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😷|さいたま市ワクチン接種予約開始 区役所に相談窓口


写真 埼玉県さいたま市

さいたま市ワクチン接種予約開始 区役所に相談窓口

 
内容をざっくり書くと
浦和区の担当者は、「ワクチン接種について、窓口に来た人の気持ちに寄り添い、不安を少しでも解消できれば」としています。
 

さいたま市で、10日から、85歳以上の高齢者のワクチン接種の予約受付が始まりました。浦和区役所には専… →このまま続きを読む

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予防接種

予防接種(よぼうせっしゅ、: vaccination)とは、病気に対する免疫をつけるために抗原物質(ワクチン)を投与(接種)すること。接種により病原体の感染による発病障害死亡を防いだり和らげたりすることができる[1]。さらに伝染病の抑止に最も簡便かつ効果的で、コストパフォーマンスの高い予防医学である。

日本における予防接種法では、「疾病に対して免疫の効果を得させるため、疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを、人体に注射し、又は接種すること」と定義されている(予防接種法2条1項)。

接種で投与される物質は、生きているが毒性を弱めた状態の病原体(細菌ウイルス)の場合もあれば、死んだり不活性化された状態の病原体の場合も、タンパク質などの精製物質の場合もある。

WHOによれば現在の世界では、予防接種により200-300万人の死を回避しているとしているという[1]。しかしさらに接種率が向上すれば、加えて150万人の死を回避できるという[1]

歴史

人間が、故意に別種の感染を受けることで病気を軽減しようとした最初の例は、天然痘である。紀元前1000年頃には、インド人痘接種法(人痘法)が実践され[2]、天然痘患者のを健康人に接種し、軽度の発症を起こさせて免疫を得る方法が行なわれていた。この人痘法は18世紀前半にイギリス、次いでアメリカにももたらされた。

1718年、メアリー・ワートリー・モンターギュは、症状の軽い天然痘から採取した液体を接種させるトルコ人の習慣について書き、また自らの子供に同様の接種を施している[3]イギリスの医師エドワード・ジェンナーは、牛痘ワクチンを人間の天然痘に対する免疫生成に利用できるかに関して、1796年までの数年間に少なくとも6人に試験を行っている。この6人は、身元不明のイングランド人(1771年ごろ)、ミセス・ゼベル(ドイツ人、1772年ごろ)、ミスター・ジェンセン(ドイツ人、1770年ごろ)、ベンジャミン・ジェスティ(イングランド人、1774年)、ミセス・レンダール(イングランド人、1782年ごろ)、ピーター・プレット(ドイツ人、1791年)である[4][5]

予防接種(vaccination)の語が最初に使われたのは1796年エドワード・ジェンナーによってである。この後ルイ・パスツールが微生物学の先進的研究によって予防接種の概念をさらに進歩させた。予防接種(Vaccination 「牛」を意味するラテン語vaccaより)の命名の由来は、最初のワクチン(vaccine)が牛に感染する牛痘ウイルスで、天然痘よりも症状が軽く、治りにくく致死性の天然痘に対してある程度の免疫をつけるものであったからだ[4][5]

種痘の試みに対しては、倫理・政治・安全性・宗教などをめぐっての(en:Vaccine controversy)はその初期からあった。初期の成功と義務化によって、予防接種は広範囲にわたって受け入れられ、また大規模な予防接種キャンペーンが実施されたことで、多くの地域にわたって多数の病気の発病が激減したと評価されている。

目的

病原体に対して抗体を作り、免疫機能を高めるため

副作用

日本では1948年の「予防接種法」以降、強制接種や集団接種が拡大していったが、安全な方法で行われていなかった。一例を挙げれば、1964年茨城県で行われた集団接種では、不十分な問診、複数の人に対して注射針を変えずに接種、マスクをせずに接種、不正確な量の注入、などのやり方が行われていた[6]。複数の人に対して針を替えずに接種をする行為が蔓延していたことが、日本でB型C型肝炎が多発した原因である[7]、と考えられている( 医原病も参照)。

使用される物質

不活性化ワクチン

毒性を十分に弱めた、生きたウイルスを接種する。ウイルスは繁殖するが、その速度は遅い。接種後も繁殖し、抗原として存在し続けるため、追加免疫はあまり必要ない。このワクチンは、組織培養によって毒性の少ない種類のウイルスを残したり、遺伝子の突然変異を誘発したり、毒性を発揮する特定遺伝子を除去することで作られる。この主のワクチンには毒性が再発するリスクがあるが、特定遺伝子の除去は比較的このリスクが少ない。

サブユニットワクチン

免疫系に示す抗原としてウイルス性物質を接種しない。ウイルス中の特定のタンパク質を分離して接種する、などの方法がある。この方式の弱点は、分離したタンパク質が変質する可能性があり、その場合ウイルスに対応するものとは別の抗体が作られてしまうと言うことである。

他のサブユニットワクチンには、組み替え型ワクチンがある。これは対象となるウイルスのタンパク質遺伝子を別のウイルスに注入する方法である。この第二のウイルスはタンパク質情報を発現するが、病気のリスクはない。この種のワクチンは現在ウイルス性肝炎に用いられており、エボラウイルスHIVなど、予防接種が難しいウイルスに対するワクチンを作るため、さかんに研究されている[8]

ヒトに対する予防接種

世界における接種状況は以下の通り。

ワクチンの種類

生ワクチン
生きた病原体の毒性を弱めたもの。、結核麻しん(はしか)、風しんおたふくかぜ水痘(みずぼうそう)、黄熱病 など。生の病原体を入れるため、接種した病原体により軽い症状(副反応)が出ることがある。
接種後は4週(中27日)以上の間隔をあけて別のワクチンを接種する。
不活化ワクチン
死んで毒性を失った病原体の成分のみのもの。B型肝炎、、小児の、百日せきポリオ日本脳炎インフルエンザA型肝炎狂犬病など。ワクチンの効果は弱いため、何度かの接種が必要になることが多い。
接種後は1週(中6日)以上の間隔をあけて別のワクチンを接種する。
トキソイド
菌が発生する毒素を取り出し、それを無毒化したもの。ジフテリア破傷風(はしょうふう)など。不活化ワクチンと同じくワクチンの効果は弱いため、何度かの接種が必要になることが多い。病原体そのものを攻撃する抗体を作らせるわけではないので、厳密にはワクチンに含めないという考え方もある。
接種後は1週(中6日)以上の間隔をあけて別のワクチンを接種する。

歴史

予防接種の習慣は紀元前1000年頃の古代インドに起源をもつと考えられてる。[9]アーユルヴェーダの教本、サクテーヤ・グランサム(Sact'eya Grantham)に予防接種についての記述があったことが、フランスの学者アンリ・マリ・ユッソン(Henri Marie Husson)によって、Dictionaire des sciences me`dicales誌中に報告されている。[10] 紀元前200年頃には、古代中国でも予防接種が行われていた[5]。 学者のオーレ・ロン(Ole Lund)はこう記している。「文書上の予防接種の例で最も古いものは17世紀のインドおよび中国のもので、天然痘に感染した人のかさぶたを粉末状にしたものを病気の予防に使用した、という例である。昔、天然痘は世界共通の病気で、感染した人の20%から30%は死亡していた。天然痘は、18世紀ヨーロッパの数カ国において、死因の8%から20%を占めていたネトリーの病理学教授、(en:Almroth Wright)は、ネトリー病院のプロフェッショナルを率いて実験を行い、後世の予防接種の形態を形作った。彼の実験結果は、ヨーロッパでのさらなる予防接種の発展に繋がった[11]

義務化

病気が蔓延する危険を避けるため、様々な時代ごとに、国や機関それぞれが、全ての人々に予防接種を義務化する法律を作ってきた。例えば、1853年の法律では、イングランド・ウェールズ全国での天然痘予防接種を義務化し、これに従わなかった者からは罰金を徴収した。現在、アメリカの州共通の予防接種法では、就学前に公的予防接種を受けることを義務づけている。他にもほとんどの国で同様の強制的な予防接種を行っている。

19世紀に始まる初期の予防接種以来、予防接種の法律化は様々な団体からの反発を引き起こした。こういった団体は包括的に予防接種反対論者(anti-vaccinationist)と呼ばれ、倫理的・政治的・衛生的・宗教的・その他の観点から予防接種に反対している。よく見られる意見は、「強制的な予防接種が個人の問題に対する過度の干渉にあたる」「推奨されている予防接種の安全性が不十分である」といったものである[12]。現代の予防接種法は、免疫不全の人々やワクチンへのアレルギーを持つ人々、強固に反対する人への例外措置を設けている[13]。 なお、ジョグジャカルタ原則の『医学的乱用からの保護』についての第18原則においても「HIV感染症やその他の疾患に関して非倫理的もしくは意思に反したワクチンや抗菌剤の投与からの保護の保障」(第18原則、項目(d))を求めている。

日本の予防接種

定期接種

予防接種法に基づいて接種される。対象年齢の接種費用には、自治体による公費助成が行われ、A類疾病については地方公共団体の多くで無償とされる(行政措置予防接種, 有償とする地方公共団体も存在)。日本で認可された予防接種により健康被害が発生した場合は、予防接種法第11条による救済制度がある[14]

【 】内はワクチンの名称

A類疾病 - 疾患の発生及び集団での蔓延の予防を目的とし、接種対象者又はその保護者等に接種の努力義務が課される。
ジフテリア百日咳破傷風ポリオ(急性灰白髄炎)【四種混合ワクチン, DPT-IPV】、麻疹(はしか)・風疹(三日はしか)【MRワクチン】、日本脳炎結核BCG)、水痘Hib、小児の肺炎球菌感染症【肺炎球菌ワクチン, PCV13】、子宮頸がんHPVワクチン】、B型肝炎ロタウイルス[15]
B類疾病 - 主に個人予防に重点。努力義務無し。
65歳以上、または60歳以上65歳未満で心臓や腎臓、又は呼吸器に重い障害のある人、後天性免疫不全症候群に罹患し免疫力が低下している人の場合、インフルエンザ。65歳の者、または60歳以上65歳未満で心臓や腎臓、又は呼吸器に重い障害のある人、AIDSなどに罹患し免疫力が低下している人の場合、肺炎球菌感染症【23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン, PPSV23】。

臨時接種

予防接種法に基づいて接種される。まん延予防上緊急の必要があると認めるとき、都道府県知事は市町村長に行うよう指示することができる。 対象年齢の接種費用には自治体による公費助成が行われ、A類疾病については原則無償とされる。予防接種により健康被害が発生した場合は、予防接種法第11条による救済制度がある[14]

A類疾病 - 接種対象者又はその保護者等に接種の努力義務が課される。
痘瘡の他に、A類疾病が対象である。
なお、2021年から接種が始められた新型コロナウイルスワクチンも接種の努力義務が課される形で行われる[16]
B類疾病 - 接種の努力義務が課されない。
新型インフルエンザ(単独ワクチンとして新型インフルエンザ等対策特別措置法による2011年(平成23年)から5年間の時限措置[17]。2011/12期から、A(H1N1)pdm09は季節性インフルエンザワクチンに含まれている[18]。)

任意接種

予防接種法に定めがなく、被接種者(又はその親権者等)の自由意思による接種。

接種費用は、全額自己負担となる。予防接種により健康被害が発生した場合は、医薬品副作用被害救済制度が適用される。

流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、A型肝炎、成人用肺炎球菌狂犬病ワイル病秋やみ等の他、定期接種の対象年齢層以外に対するA類疾病/B類疾病も任意接種となる。

予防接種の注意事項

予防接種実施規則によると、明らかな発熱を呈している者、重篤な急性疾患にかかっていることが明らかな者、当該疾病に係る予防接種の接種液の成分によるアレルギーまたはアナフィラキシーが検査で明らかになっている者は不適当と判断され接種ができない。妊娠している者に関しては、急性灰白髄炎、麻疹及び風疹にかかわる予防接種はできないことになっている。

また、心臓血管系疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、血液疾患及び発育障害等の基礎疾患を有することが明らかな者、前回の予防接種で2日以内に発熱のみられた者、又は全身性発疹等のアレルギーを疑う症状を呈したことがある者、過去にけいれんの既往がある者、過去に免疫不全の診断がなされている者、接種しようとする接種液の成分に対してアレルギーを呈する恐れのある者等は医師の判断に基づき注意して接種することが義務付けられる。

予防接種健康被害救済制度

予防接種の副反応による健康被害は、極めて稀ではあるが、発生がみられる。予防接種と健康被害との因果関係が認定された場合、接種に係る過失の有無にかかわらず、速やかに救済するための制度[19]

  • 予防接種法に基づく予防接種(=定期接種、臨時接種)を受けて健康被害が生じ、その健康被害が接種を受けたことによるものであると厚生労働大臣が認定した場合
    • 市町村により給付が行われる。
    • 厚生労働大臣の認定には、第三者により構成される疾病・障害認定審査会により、因果関係に係る審査が行われる。
    • 医療機関での治療を受けた場合、医療費の自己負担分と、医療を受けるために要した諸費用を支給。
    • 障害が残った場合、障害児童養育年金または障害年金を支給。
    • 亡くなった場合、葬祭料および死亡一時金約4,300万円等(インフルエンザワクチンの場合遺族一時金約700万円、遺族年金約240万円(最長10年))支給。
    • 救済給付に係る費用負担は国1/2、都道府県1/4、市町村1/4。

なお、任意の予防接種による健康被害は、他の医薬品同様、医薬品副作用被害救済制度が適応される。予防接種法ではなく、独立行政法人医薬品医療機器総合機構法が根拠となる。

  • 厚生労働省が設置し、外部有識者で構成される薬事・食品衛生審議会における審議を経て決定される。
    • 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)により給付が行われる。
    • 入院での治療を受けた場合、医療費の自己負担分と、医療手当を支給。障害が残った場合、亡くなった場合も支給。
    • 給付額は種類ごとに定められており、請求期限もある。
    • 救済給付に係る費用負担は許可医薬品製造販売業者等からの拠出金。PMDAの事務費の1/2相当額は、国からの補助金。

予防接種禍と法律(谷間の問題)

予防接種によって生命・身体に重大な損害が与えられた被害者を救済するための法律構成が憲法上問題となっている。17条説、29条3項類推解釈説、29条3項勿論解釈説、25条説、13条説等が主張されている。

推奨される接種順序

国立感染症研究所、VPDを知って、NPO法人子どもを守ろうの会、日本プライマリ・ケア連合学会、公益社団法人日本小児科学会から、予防接種スケジュールが発表されている。

また、NPO法人子どもを守ろうの会では、iPhoneAndroidスマートフォン用の予防接種スケジューラアプリを無料提供している。

同時接種

2種類以上の予防接種を1度の通院で同時に、同一の接種対象者に対して行う「同時接種」は、日本ではかつて「良くないもの」と認識されていて、厚生労働省は2019年時点でも「医師が特に必要と認めた場合に行うことができること」[20][21]としているが、2011年、日本小児科学会は「ワクチンの同時接種は、日本の子どもたちをワクチンで予防できる病気から守るために、必要な医療行為であると考える」と提言を出していて[21]、近年では、同時接種を行う医師も増えてきた[22]

組み合わせや本数に制限は無く、

  1. 定期接種のワクチンと任意接種のワクチン
  2. 不活化ワクチンと生ワクチン
  3. 生ワクチンと生ワクチン
  4. 注射と飲むタイプのワクチン

の全ての組み合わせで、安全に同時接種ができる[23]。一部の自治体や医師は、接種方法の異なるBCGに限って、他のワクチンとの同時接種は行わず単独接種で実施している[24][25]

混合ワクチンは、数種類のワクチンがはじめから1本の注射液に含まれているものなので、広義の同時接種ともいえる[23]

イタリアの予防接種

イタリアでは2017年より、義務教育を受ける前(6歳まで)にポリオジフテリア破傷風B型肝炎インフルエンザ、、、麻疹風疹流行性耳下腺炎百日ぜき水疱瘡の予防接種が義務付けられることとなった[26]

動物に対する予防接種

動物からに伝染する動物由来感染症(ズーノーシス:人獣共通感染症にも含まれる)や人から動物に伝染する人獣共通感染症を予防する目的で行う予防接種がある。野生動物の保護や産業に有用な家畜ペット伝染病の蔓延を予防するための予防接種もある。

農林水産省動物医薬品検査所・動物用医薬品データベース[27]で「ワクチン」を検索すると、2014年12月時点で201件登録されている。しかし、家畜伝染病予防法は「家畜の伝染性疾病(伝染病)の発生の予防、及びまん延の防止について定めた法律」であり、伝染病が発生した場合患畜などのと殺処分や消毒についての規定はあるが、予防接種に関する規定は無い。「都道府県知事は、家畜伝染病のまん延を防止するため必要があるときは、家畜防疫員に、農林水産省令で定める方法により家畜の検査、注射、薬浴又は投薬を行わせることができる(家畜伝染病予防法第31条)」に基づき、都道府県ごとに予防接種等の対応は異なる[28]

一方、狂犬病予防法に規定されているため、イヌの所有者は、飼い犬に対する狂犬病ワクチンの予防注射を、毎年1回必ず受けさせなければならない(狂犬病予防法第5条)。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h Immunization coverage (Report). WHO. (2007-03). http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs378/en/. 
  2. ^ 天然痘の予防[1]
  3. ^ Behbehani AM (1983). “The smallpox story: life and death of an old disease”. Microbiol. Rev. 47 (4): 455-509. PMID 6319980. http://mmbr.asm.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=6319980. 
  4. ^ a b Plett PC (2006). “[Peter Plett and other discoverers of cowpox vaccination before Edward Jenner”] (German). Sudhoffs Arch 90 (2): 219-32. PMID 17338405. http://lib.bioinfo.pl/meid:4459 2008年3月12日閲覧。. 
  5. ^ a b c Lombard M, Pastoret PP, Moulin AM (2007). “A brief history of vaccines and vaccination”. Rev Sci Tech. 26 (1): 29-48. PMID 17633292. 
  6. ^ 吉原賢二『私憤から公憤へ- 社会問題としてのワクチン禍』 p.112-114
  7. ^ 読売新聞2000年2月9日記事「広がるC型肝炎、3割が「陽性」の地域も」
  8. ^ Department of Veterinary Science & Microbiology at The University of Arizona Archived 2003年6月10日, at the Wayback Machine. Vaccines by Janet M. Decker, PhD
  9. ^ Lund, Ole; Nielsen, Morten Strunge and Lundegaard, Claus (2005). Immunological Bioinformatics. MIT Press. ISBN 0262122804
  10. ^ Chaumeton, F.P.; F.V. Me`rat de Vaumartoise. Dictionaire des sciences me`dicales. Paris: C.L.F. Panckoucke, 1812-1822, lvi (1821).
  11. ^ Curtin, Phillip (1998). "Disease and Empire: The Health of European Troops in the Conquest of Africa". Cambridge University Press. ISBN 0521598354
  12. ^ Wolfe R, Sharp L (2002). “Anti-vaccinationists past and present”. BMJ 325 (7361): 430-2. doi:10.1136/bmj.325.7361.430. PMID 12193361. http://bmj.bmjjournals.com/cgi/content/full/325/7361/430. 
  13. ^ Salmon, Daniel A et al. (2006) Compulsory vaccination and conscientious or philosophical exemptions: past, present, and future. Lancet 367(9508):436-442.
  14. ^ a b 予防接種事故に対する医療費公費負担制度(東京都福祉保健局)
  15. ^ 厚労省 ロタワクチン定期接種化へ 20年10月から”. ミクスonline (2019年10月3日). 2020年8月14日閲覧。
  16. ^ 予防接種法とは コロナワクチン「臨時接種の特例」”. 日本経済新聞 (2021年4月25日). 2021年6月8日閲覧。
  17. ^ 厚生労働省健康局結核感染症課「予防接種法改正(新たな臨時接種の創設等)の概要」『IASR』第32巻、国立感染症研究所感染症情報センター、2011年11月、 331-332頁。
  18. ^ インフルエンザワクチン株 - 国立感染症研究所
  19. ^ 予防接種健康被害救済制度厚生労働省
  20. ^ 定期接種実施要領 - 厚生労働省
  21. ^ a b 日本小児科学会の予防接種の同時接種に対する考え方
  22. ^ 予防接種 > 同時接種 - 有明こどもクリニック
  23. ^ a b 同時接種の必要性・安全性 - Know VPD!
  24. ^ 子どもの予防接種 - 江東区
  25. ^ 予防接種 - はら小児科クリニック
  26. ^ イタリア、予防接種を就学の条件に AFP(2017年5月20日)2017年5月20日閲覧
  27. ^ 動物用医薬品データベース - 農林水産省動物医薬品検査所
  28. ^ 家畜のワクチンについて - 一般社団法人 宮城県畜産協会

関連文献

  • 渡部幹夫「わが国の予防接種制度についての歴史的一考察」『民族衛生』第73巻第6号、日本民族衛生学会、2010年6月、 243-252頁、 doi:10.3861/jshhe.73.243

関連項目

外部リンク

浦和区

浦和区(うらわく)は、埼玉県さいたま市を構成する10区のうちの一つ。埼玉県庁さいたま市役所などの行政機関が集積する。

地理

位置

埼玉県さいたま市南部に位置する。旧浦和市の中央部北側に相当し、旧市の中心市街地を含む。区域はおおむね旧浦和町と木崎地区に相当するが、これに加えて六辻地区のうち神明の北側3分の2ほどが浦和区に含まれる。

地形

ほぼ全域が大宮台地(北足立台地)浦和大宮支台の上にあり、北端部のみが芝川低地にかかる。その他、区東部の大宮台地の縁に藤右衛門川などの中小河川が入り込んでおり、谷底平野が一部形成されている。

人口構成

浦和区の世帯数は6万6千世帯強、人口は16万人弱であり、さいたま市内では南区に次ぐ2位。人口密度は1万3千人/km²強と市内の区で最も高く、浦和区単体で見ると、人口密度は蕨市に次ぐ県内第2位である[注釈 1]

2013年(平成25年)時点の年間収入1000万円以上の世帯が占める割合は15.3%[注釈 2][注釈 3]で全国第13位、2010年(平成22年)時点における25歳以上人口のうち大卒・院卒者が占める割合は43.4%で全国第15位[1][注釈 4]

歴史

古くは調神社玉蔵院門前町として栄え、六斎市が開かれた。また、奈良時代には律令制の政庁がおかれ跡地は氷川神社となった。江戸時代になると中山道浦和宿がおかれ宿場町として発展した。廃藩置県により浦和県の県庁所在地となり、岩槻県忍県を合併し埼玉県が誕生した後も現在まで県庁所在地となっている。1883年(明治16年)には県内最古の駅の一つとして浦和駅が開業し、1889年(明治22年)の町村制施行により浦和町が誕生した。

1923年大正12年)に関東大震災が発生すると、直前にすでに耕地整理事業が行われ市街中心部の整備が行われていた当地区では比較的震災の被害が少なかった(浦和町の死者は3人[2])ことや首都東京近傍でかつ大宮台地(北足立台地)上にあるという立地条件もあって東京府などから人口が流入し、後の都市化の礎となった(浦和区#住宅地としても参照)。人口増加に伴い1934年には市制施行し浦和市となる。また当時「鎌倉文士浦和画家」と言われたように数多くの文化人が移り住んだことでも知られ、国内屈指の公立進学校である埼玉県立浦和高等学校前身の旧制浦和中学校、埼玉大学前身の埼玉県師範学校鳳翔閣)や旧制浦和高校、県内最古の女子校である埼玉県立浦和第一女子高等学校など埼玉県内屈指の教育機関が集積している。

太平洋戦争期には1945年(昭和20年)4月14日には県庁周辺、5月26日には北浦和駅付近が空襲を受け、計17人の死者[3]、740人の罹災者を出した。これは戦争末期の全国主要都市への空襲の一環であり、軍需工場などの存在しない浦和への攻撃は局所的であった。これが現在も戦前とほとんど変わらない区画の街並みとなっている理由である。常盤や岸町など比較的碁盤の目のように区画が整っているのは、戦後復興によるものではなく、戦前の1934年(昭和9年)に耕地整理が行われたためである。1941年(昭和16年)には県全域を管轄する浦和連隊区司令部が置かれ、戦後1946年(昭和21年)6月には埼玉会館別館に進駐軍である埼玉軍政部(第79軍政中隊)が置かれた。

戦後も東京都心への通勤の利便性から人口は増え続け、1945年(昭和20年)に9万3,696人だった市人口が1975年(昭和50年)には33万1,145人に膨れ上がった。東京へ通勤する埼玉都民ベットタウン的性質もより濃くなっていった。人口増による業務増加もあり仲町にあった浦和市役所は狭隘化し、1976年(昭和51年)に常盤の埼玉大学跡に移転した。さらに都市改造の一環として1981年には浦和駅西口に再開発ビル(浦和コルソ)が建設、駅前広場が拡張され、現在も県下最大の売上高を計上している伊勢丹浦和店が開店した。それまでは旧中山道や県庁通り沿いが賑わっており十字屋(1984年閉店)などの百貨店や丸井浦和店(1985年閉店)、西友浦和店(1992年閉店)もあったが、徐々に駅前周辺部に買い物客のにぎわいがシフトしていった。1999年(平成11年)、浦和市役所跡地に浦和ロイヤルパインズホテルが開業。市内初の超高層建築物であった。その後駅周辺にて再開発の機運が高まり、エイペックスタワー浦和(2003年竣工)、コスタ・タワー浦和(2006年竣工)などの超高層ビルが完成した。

2001年(平成13年)に3つの市の合併によりさいたま市が発足、2003年(平成15年)には政令指定都市への移行に伴い市を構成する9区(現在は岩槻区を加え10区)のうちの1つとして浦和区が発足し、現在に至る。埼玉県庁さいたま市役所の置かれる行政の中枢として機能している。また、近年では浦和駅周辺地区を中心に超高層マンションや商業施設などの再開発や道路整備が進められており、2007年(平成19年)には浦和駅東口に浦和パルコが開店した。また浦和駅西口南地区では27階建ての再開発も計画されており2020年(令和2年)に完成予定である。その上、上野東京ライン開業などにより東京駅新宿駅への所要時間が25分と利便性が高まったため、マンション開発が活発化している。県庁所在地として繁華街を抱えるが、駅周辺は条例により風俗店などの営業が禁止されている(#住宅地としてを参照)。

区の色は浦和をホームタウンとするJリーグのクラブ・浦和レッドダイヤモンズのチームカラーにちなんだ[4] 赤。

年表

詳細は浦和市を参照。

住宅地として

住宅地としての人気は1923年(大正12年)の関東大震災以後に高まる。それに先立つ1916年(大正5年)初頭の國民新聞の紙上において、東京近郊の理想的な住宅地・別荘地を投票により選定する企画が行われ、浦和町は郊外住宅地部門では9等、別荘地部門では8等に入賞し、良好な郊外住宅地として既に認知されていた。具体的な理由も掲載され、東京への近さ、教育環境の充実、下水道整備率の高さなどが挙げられていた。また、鹿島臺(鹿島台・現在の別所沼周辺)の風光明媚さや災害の不安が少ないことも記され、当時はまだ畑も多く宅地開発の余地があった鹿島台が住宅地として注目されていたことが分かる。震災直前には鹿島台に官吏や教員向けの町営住宅を建設しており、また1922年(大正11年)9月には浦和耕地整理事業が着工し、町としても浦和の住宅地・別荘地の期待や住宅不足に対応するため実際に宅地としての開発が本格化していた。

その矢先に大震災が発生し、浦和は東京や横浜からの移住者で一気に3000人以上の人口増加が起こった。当時の人口は1万2000人程度であり、25%の増加率であった。特に前述の鹿島台エリアである別所沼周辺には、画家の移住や画家のアトリエが目立ったため、同じような理由で移住が増えた鎌倉鎌倉文士という言葉と対になる浦和画家という言葉が生まれた。昭和初期には40人以上の画家が集住し、「さながら絵描き村である」と報道された[5]。アトリエの遺構は消えつつあるが、県展の開催される埼玉県立近代美術館うらわ美術館など美術に関する施設が多い。

戸建て住宅地建設地の余地が少なくなった近年では駅周辺を中心にマンション開発も相次ぎ、10階建て以上の高層マンションが350棟(2017年時点)と、さいたま市内で最も高層マンションが多い区でもある。

さいたま市内の住宅地公示地価の上位1位から5位までが浦和区内(高砂岸町前地北浦和常盤)で、高砂においては東京23区内以外では国内で最も住宅地地価が高い[6]

2016年の「戸建住宅地として人気の高かった市区町村ランキング(首都圏)」では、東京都世田谷区に次ぐ2位となっている[7]2018年スーモ「関東版住みたい街ランキング」において10位にランクインした。2019年のスーモ「関東版住みたい街ランキング」において、前年の10位から8位にランクアップした。

人口

浦和区成立後から毎年4月1日の人口。微増が続いており、2003年から2015年の間に約2万人増加している。住民基本台帳人口より(台帳法改正前の2012年以前は台帳人口+外国人登録人口の数値)[8]。市内では南区に次いで人口が多い区である。

2003年(平成15年)137,595人
2004年(平成16年)139,609人
2005年(平成17年)141,252人
2006年(平成18年)142,439人
2007年(平成19年)143,715人
2008年(平成20年)145,038人
2009年(平成21年)145,937人
2010年(平成22年)146,071人
2011年(平成23年)146,424人
2012年(平成24年)147,538人
2013年(平成25年)148,571人
2014年(平成26年)151,341人
2015年(平成27年)154,049人

町名

浦和区では、大半の地区で住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。

地域

北浦和・高砂・常盤・針ヶ谷・前地・本太は、住居表示実施前にはすべて「町」がついた。

市では文教都市宿場町として長い歴史を持つ区内の文化財や観光スポットなどが一目でわかる「浦和区文化の小径マップ」を地区ごとに作成し、無料で配布している。「中山道浦和宿を歩く」、「北浦和界隈を歩く」、「浦和駅東口から本太界隈を歩く」、「上木崎界隈から見沼を歩く」、「前地・岸町界隈を歩く」、「常盤・仲町界隈を歩く」、「大東から駒場を歩く」の7地区が発行されている[9]

旧大字浦和宿

浦和村・浦和町を経て浦和宿となった浦和の中心部であり、かつては小字として御殿山・上・中・下が存在した。また、中山道浦和宿時代には、北から「上町」、「仲町」、「下町」と呼ばれた。明治7年に岸村が浦和宿に編入され、上町、仲町、下町、岸(旧岸村)はそれぞれ「常盤区」、「仲区」、「高砂区」、「岸区」と称されるようになり、地域内にはこのような町名が存在した。

これらの公称町名は昭和初期の地図には確認できるが、現在ではほとんど使われることはない。NTTの電信柱に設置された管理プレートには「林町」、「弥生」、「本町」、「旭町」といった表示があり、電線の名称としては現在も残っているようである。また「日の出通り」という道路名としても旧町名が確認できる。

同様に現存しないが、稲荷丸鯛ヶ窪といった小字(以下参照)も昭和9年の耕地整理前まで存在した。耕地整理後に現在の整然とした区画が生まれ、現在の町名の原型となる区割りが設定された(常盤町、北浦和町など)。仲町や高砂の西部の住宅街は通称鹿島台と呼ばれた。

小字
  • 岸分宿、尺地、天神面、第六天前、竹之下、塚之越、窪堤、東裏、八田州、芝道通、中道通、中原・中之原、三本木、房ノ妻、一里塚、本太境、御殿尻、中向原、新山道、家頭、西川原、寺屋敷、清ヶ谷、鹿島後、下西向原、大ヶ窪南台、子ノ神、苗木原、下向原、本宿、一ノ窪、寺之下、岸之下、稲荷丸

本社を置く企業

企業集積拠点としてテクノシティ浦和がある。

Category:浦和区の企業も参照。

主要施設

行政・司法等

寺社

ホテル・商業

医療・保健

公共施設

主な支社・支店

主な法人

マスメディア

公園・運動施設

学校

高等学校
中学校
小学校

劇団・スクール

ギャラリー

交通

鉄道

JU 宇都宮線高崎線JS 湘南新宿ライン

JK 京浜東北線

バス

道路

一般国道
県道

旧跡・名物・イベント

旧跡
  • 浦和宿本陣跡
  • 浦和宿石橋と供養仏
  • 浦和宿二・七市場跡
名物

蒲焼が古くから名物で、満寿屋など創業100年を超える老舗が多い(浦和宿参照)。江戸時代には、練馬大根と並んで浦和大根の産地としても知られた。

イベント

出身者

浦和市#浦和市出身の著名人を参照。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 人口は2015年(平成27年)5月1日時点の推計人口、面積は2014年(平成26年)の全国都道府県市区町村面積調による。
  2. ^ 2013年(平成25年)住宅・土地統計調査による。分母からは収入階層不明の世帯を除く。
  3. ^ 但し、住宅・土地統計調査の表章対象外となる人口1万5千人未満の町村を除く
  4. ^ 分母からは最終卒業学校不明、及び在学者を除く。

出典

  1. ^ 2010年(平成22年)国勢調査による。
  2. ^ 浦和市史通史編Ⅲ
  3. ^ 戦災概況図浦和による。
  4. ^ さいたま市公式サイト「区の色・ロゴマークの使用について」
  5. ^ 東京日日新聞 昭和6年8月18日付
  6. ^ INC, SANKEI DIGITAL (2017年3月22日). “29年公示地価 住宅地3年ぶり上昇 入間IC付近工業地は全国一 埼玉” (日本語). 産経ニュース. 2020年7月3日閲覧。
  7. ^ 【人気の街ランキング2016/新築編】マンション・一戸建てともに、王者に輝いたのは「東京都世田谷区」! - オウチーノ 2017年1月27日
  8. ^ http://www.city.saitama.jp/006/013/005/001/jikeiretsu.html さいたま市の人口・世帯(時系列結果)
  9. ^ 浦和区文化の小径マップ

関連項目

外部リンク



 

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