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😷|新型コロナ緊急対策解除 青森県内の施設が1日から利用再開 新作ねぶたはようやく一般公開


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新型コロナ緊急対策解除 青森県内の施設が1日から利用再開 新作ねぶたはようやく一般公開

 
内容をざっくり書くと
【兵庫県から来た観光客】
「(Q.ねぶたを見るのは)初めて。
 

我慢の1カ月間、青森県の緊急対策が9月30日で終わりました。閉館を余儀なくされていた県や市町村の施設… →このまま続きを読む

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観光

観光(かんこう、: sightseeingあるいはleisure travel: tourisme)とは、もともとは「日常の生活では見ることのできない風景風俗習慣などを見て回る旅行」を意味したが、旅行が安全性になり快適になるにつれて「楽しみのための旅」全般を指す言葉として広く使用されるようになっている[1]

英語ではサイトシーイング(en:sightseeing)と、ツーリズム(en:tourism)をはっきり区別している。 英語は、原則的に主語を明記し、行為の主体は誰なのか、誰が行う行為なのかはっきりさせる言語なので、やはり主語をはっきりさせるのである。サイトシーイング(sightseeing)のほうは、特定の地で興味ある場所を訪れる行為。 一方、ツーリズム(tourism)のほうは「関心を持たれる場所を訪れるための商業的な組織や運営[2]。つまりツーリズムのほうは観光業や観光業者にすぎず、業者側の組織や運営のことを言っているにすぎない。別概念である。

日本語の観光はあくまでサイトシーイング(sightseeing)のほうである。

本記事では、基本は日本語の定義どおり観光をする側、つまり旅行者側の視点で説明してゆく。ただし若干は観光業にも言及する。観光業(tourism)については観光業という別記事が立ち上げられているので、そちらで記述すること。本記事で大量に書いてはいけない。

なおフランス語では観光をトゥリスム(: tourisme)と言う。定義は「楽しみのために旅をしたり場所を訪れること」[3]であり、まさに観光を指している。英語という言語は、何かを "おしゃれ" なものとして表現をしたい時にしばしばフランス語の単語を借用するので、英語圏の人々がここ数十年、フランス流の観光のやりかた、さまざまなアクティビティを行って旅を存分に楽しむやりかたを見て、(本来の英語のtourismは観光業という意味しかないのに)フランス流に「tourism(e)」と呼び始めた可能性はある。(なおフランス人たちのバカンスという行動や用語も、世界中であこがれの的となりバカンスという表現が世界中に広がった経緯がある)  英語圏でフランス流のアクティビティ満載の楽しい旅を、フランス語の借用語でなく英語そのもので表現する場合は1語では無理なので、きちんとした英語を使える学者はしかたなく「レジャートラベル leisure travel」と2語で表現することも行なうが、一般人はこれだと2語になってわずらわしいと感じて1語のフランス語からの借用語を使いすぎているうちに、特に無知な若者たちの間で自分たちが借用語を使っているという意識が希薄になってきている可能性がある。だが、Oxfordなどの正統な英語辞書の執筆者・学者は英語の歴史や本来の意味を調べて知っていて、こちらの定義文のほうが正しい、と理解したほうがよい。

なお、中国では「観光」という語は一般的ではなく、「旅游」「遊覧」が用いられる。中華人民共和国国家観光局の中国語表記は「中華人民共和国国家旅游局」[4]である。

歴史

人類最古の観光の形態は聖地への巡礼の旅であったと考えられている[5]

例えばスペインでは世界各国からサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある[5]


日本における観光の歴史

観光という用語の歴史 概観

「観光」の語源は古代中国『易経』にある「観国之光,利用賓于王(国の光を観る、用て王に賓たるに利し)」との一節による。この句を略した「観光」の日本での早い時期の用例としては、幕末にオランダから江戸幕府に贈られた軍艦「観光丸」のほか、明治時代初めの米欧使節団を率いた岩倉具視が、報告書である『米欧回覧実記』冒頭に「観」「光」と揮毫[6]した。後者は「外国をよく観察して、日本に役立てる」という意味だったと思われるが、岩倉自身も東京奠都で衰退した京都経済を再生するため、外国人らによる京都観光を政府に献策している。

用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞(観光丸、観光社、観光寺等)に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。

明治期に多くの概念が西洋から輸入され、漢語を用いて造語され、収斂していった。社会、宗教、会社、情報等がその例として認識されているが、字句としての観光はこれらの新たに造語されたものとは異なり、既に存在していたものである。前述の通り固有名詞の一部として使用され朝日データベースに登場もしている。一方tourismが用語として日本社会において造語しなければならない状況にあったのは現在の資料では不明確である。touristに関してはツーリストと外来語のカタカナ表示がなされていた。

朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。

あまり参考にならない情報ではあるが、国土交通省の『』では「宿泊旅行」を「観光」「兼観光」「家事、帰省」「業務」「その他」に分けている。この解釈によると家事、帰省、業務、その他を除いた旅行が「観光」である。

古代

日本でも古代から神社仏閣への参詣が行われていた。社会が安定した江戸時代中期以降、伊勢神宮などに参るついでに、名所巡りや飲食を楽しむ旅が庶民にも広がった。これらは「旅」「行旅」「遊山」などと呼ばれた。寺社や景勝地を紹介した各地の名所図会や、『東海道中膝栗毛』のような旅行文学も刊行された。

明治時代

明治時代に近代化が行われ鉄道が敷設されたわけだが、これにより日本人の国内旅行も更に盛んとなり、明治時代後半には遊覧旅行の意味で「観光」が使われるようになった[7]

日本政府は昭和5年(1930年)、濱口内閣の時に鉄道省の外局として国際観光局を創設した[8]。元帝国ホテル副支配人で熱海ホテル経営者の岸衛(戦後に静岡県熱海市長を務め、『観光立国』を刊行)が進言し、名称は江木翼鉄道大臣の意見によったと言われている。博識であった江木が『易経』を引用した[9]。この時期には、「大変珍しいもの」という程度で用いられていたといった見方もあるが、国際観光局に先立ち1912年にはジャパン・ツーリスト・ビューロー(後の日本交通公社)が設立されている。その出版物TOURIST(1918年3月号)では、アイヌ文化を詳しく伝えて、国の光=文化の概念の普及に努めている。

概括的に言えば、観光は明治時代からある単語ではあるが、きわめて限定的にしか用いられず、むしろ今日で言う外国人観光客誘致、インバウンド誘致といった意味合いが込められていく。ツーリズムの訳語として充てられたのも、そうした時代背景がある。

昭和初期から国内の旅行に関しても「観光」という言葉も一部で使用されるようにはなっていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。だが、国内観光には「遊山」「遊覧」「漫遊」「行楽」などの用語が用いられ、今日の意味合いで、つまり、国内旅行の意味も含めていうところの「観光」が定着したのは1960年代以降とする指摘もある[10]

近年、再び國の光を観るという「易経」の解釈が引用されることが多くなってきた。原義を厳密に解釈すると、文字通り「見物」「物見」であろうが、「」という比喩的表現で対象が幅広く多様な解釈が可能な事も一因であろう。

庶民に観光と言うものが流行り出した当初は、観光に行くという事自体に価値があり、場所や何をするのかということは重点に置かれなかった。しかし、次第に観光に行くということ自体は当たり前となり、何処に行くのかということがステータスとなった。観光地を大きい見出しにしたパンフレット等が流行り出したのもこの時期のことである。しかし、その時代も長くは続かず、たいていの観光地には行ったことがある人が増え、何処に行ったということが自慢になる時代は終わりを告げた。

この頃から観光はステータスではなくなり、純粋な楽しみとしての観光が広まることになる。具体的には場所ではなく目的が観光を引っぱる時代となった。○○をしたいからそれができる場所を観光しようということである。体験型観光が流行り出したのもこの時期からである。現在はこの時代にあると言われるが、もう一歩進んだ次元にあるという考え方もある。それは目的だけでは客は来ない、具体的には楽しい気持ちになりたいとか、癒されたいとか、ゆったりした時間が過ごしたいとか、そういった感情が観光を引っぱる時代となったという考え方である。実際そういう言葉がパンフレット等に登場し始めていることも事実である。


観光業者とその業務(ツーリズム)

観光業者の間では、ツーリズムという言葉は自分たちの業務や組織運営や組織を指す言葉である。彼ら自身を指しているのである。昔は、物見遊山的なバスツアーなどを提供していればよかったが、近年では人々はそういったサービスでは満足しないので、近年の観光業は、体験型観光も提供するようになっている。

観光業者の行為の光と影

観光業者による、特定の場所の商業主義的な選定や、大規模な業務の展開と膨大な数の人々をその場所へ連れてゆくことは、大きな影響をその場所に引き起こす。このような現象は「観光地化」と呼ばれる。


観光政策

ヨーロッパ

ヨーロッパの観光政策では観光事業と世界遺産などの歴史的建造物の保存と活用が特に着目されている[5]

イタリア、フランス、イギリス、アメリカ等の欧米諸国では歴史的建造物の修復や再生、旧市街地の活性化など先進的な取り組みが実施されている[5]

また、スペインでは観光事業に歴史的建造物の保存と活用を積極的に結びつける観光政策がとられてきた[5]。具体的には歴史的建造物のパラドールとしての活用である。スペインでは1960年代に観光ブームがおこり増大する観光客に対応するために新築のパラドールが次々と建設された[11]。しかし、新築のパラドールの増大は既存の歴史的建造物の中に矛盾する要素を取り込むこととなったとの問題が指摘され、1960年代に建設されたパラドールにはのちに廃止されたものも多い[11]。その後、パラドールを設置する場合にはできる限り古い建物を活用し、芸術的価値・歴史的価値を検討し、その建物が宿泊施設として利用可能かどうか専門家委員会が判断する仕組みが導入されている[11]

日本

観光基本法の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている(運輸省観光局監修『観光基本法解説』学陽書房1963年p.208)。

概念の明確化が求められる法令において「観光」が使用されたのは、1930年勅令83号国際観光局官制がはじめてである。朝日新聞データベースから推測されるように、世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていたにもかかわらず国際観光と表現した経緯につき、『観光の日本と将来』観光事業研究会1931年及び『観光事業10年の回顧』鉄道省国際観光局1940年に江木翼鉄道大臣(当時)の強い思い入れがあったと記述がなされている。当時の語感からすれば外遊に国際をつけて国際外遊と表現したかの印象があったのであろう。しかしこの時に観光に国際をつけたために国内観光の用語の発生する余地ができたとも考えられる。

国際観光局の英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、国際にあたる表示はなされていない。

政府の観光政策審議会の「今後の観光政策の基本的な方向について」(答申第39号、1995年6月2日)」では、観光の定義を「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行うさまざまな活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、「時間」、「場所・空間」、「目的」の3つの面から規定している。

さらに、「21世紀初頭における観光振興方策について」(答申第45号、2000年12月1日)によると、「いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている。

2008年10月1日国土交通省外局として「観光庁」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。


関連書籍

  • 小口孝司 編 前田勇、佐々木土師二『観光の社会心理学―ひと、こと、もの 3つの視点から』千葉大学文学部人文科学叢書 北大路書房 ISBN 4762824968
  • Charles R.Goeldner,J.R.Brent Ritchie『TOURISM』 - 欧米の観光学のバイブルである。心理学からマーケティングまでP624の著書である。研究者、大学院生は、必読書である。 John Wily & Sons,Inc. ISBN 9780470084595

脚注

  1. ^ 『日本大百科全書』【観光】
  2. ^ [1]
  3. ^ Action de voyager, de visiter un site pour son plaisir.
  4. ^ 中華人民共和国国家旅游局
  5. ^ a b c d e 『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、40頁
  6. ^ 特命全権大使米欧回覧実記. 第1篇 米利堅合衆国ノ部国立国会図書館デジタルコレクション(2018年1月6日閲覧)
  7. ^ 【明治あとさき 維新150年】(1)旅/寺社参詣から文化観光へ 岩倉具視、京都再生へ「誘客」の妙手『読売新聞』朝刊2018年1月1日
  8. ^ 砂本文彦 (2008). 『近代日本の国際リゾート 一九三〇年代の国際観光ホテルを中心に』. 青弓社 
  9. ^ 『ホテルと日本近代』(学芸出版)
  10. ^ 溝尾2003年p8
  11. ^ a b c 『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、41頁

参考文献

  • 溝尾良隆『観光学 基本と実践』(古今書院、2003年)を参考とした。諸外国での解釈や「観光」と「レクリエーション」「レジャー」等の異同についての詳しい説明もある。
  • 寺前秀一『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)第 11 巻第2号2008年9月 マスコミ、情報との類似性に着目して観光を論じている新しい考え方である。

関連項目

  • トーマス・クック - パッケージツアーの産みの親で「ツーリズムの父」とも呼ばれる19世紀の英国実業家
  • - パソコンやテレビの画面、VRに世界各地のライブカメラの映像をオンラインで取得して嗜むものである。2019年新型コロナウイルスの影響下で、外出制限の中、ドローンの航空映像などを含めた様々なオンラインサイトで繰り広げられている。リモート旅行ともいう。

研究・調査

産業・地域振興、国際協力

文化

弊害、問題点

外部リンク

兵庫県

兵庫県ひょうごけん: Hyogo Prefecture)は、日本近畿地方に位置する県庁所在地神戸市

概要

南北に長い県域を持ち、近畿地方の府県で最大の面積を持つ。北は日本海、南は瀬戸内海の2つの海に接している県である。本州で2つの海に接している県は、両端である青森県山口県を除けば兵庫県のみである。本州を青森県から山口県まで陸路で縦断しようとすると、必ず本県を通ることになる。

ほぼ中央を日本標準時子午線(東経135度)が南北に通過し、明石市にはこれに因む明石市立天文科学館がある。県中央部には中国山地が東西に横たわり、交通の難所ともなっている。

南部の瀬戸内海沿岸は阪神工業地帯播磨臨海工業地帯といった日本有数の重化学工業の集積地となっており、近畿圏最多の工場立地数となっている。一方で、中部から北部にかけては農林水産業が主な産業であり、過疎地豪雪地帯も抱える。これら過密と過疎を平均した県単位の産業活動指数は全国平均であることから、日本の縮図といわれることがある。また、南東部の阪神間大阪府ベッドタウンとしての性格があり、神戸市(国内の大都市人口7位)と阪神地方で県人口の約6割を占め、複数の幹線道路鉄道路線が並行している。なお、兵庫県の人口は国内7位、人口密度は国内8位である。

令制国(旧国)の摂津国西部、丹波国南西部および但馬国播磨国淡路国のそれぞれ全域で県域の大半が構成されるが、岡山県からの越境編入が2回あったため、僅かながら美作国東部、備前国南東部も含んでいる[注釈 3]北海道(11国)に次ぐ7国にまたがり、その7国が五畿八道畿内(摂津国)、山陰道(丹波国・但馬国)、山陽道(播磨国・美作国・備前国)、南海道(淡路国)に分かれるため、全国最多の4地方にまたがる当県は、古来の行政区分・地方区分をほとんど無視する形で成立している。現在の地方区分でも、鳥取県境より西に位置する西播磨地域の西部は、地図帳等において近畿地方のページには収まりきれず、中国地方のページに掲載されている場合がある。

外貨獲得を急務とした明治政府は、但馬の生糸の輸出に摂津の神戸港を活用するため、大久保利通の指示の下、櫻井努が策定した案を基に1876年(明治9年)、第三次兵庫県の区域を確定した。神戸を発展させるための財源として、豊かな農業国であった播磨・但馬などからの税収を充てたのである。

江戸時代に置かれた藩は摂津国に尼崎藩三田藩、丹波国に篠山藩柏原藩、但馬国に出石藩豊岡藩があり、播磨国に姫路藩林田藩明石藩龍野藩赤穂藩三日月藩小野藩三草藩安志藩山崎藩が、淡路国に阿波藩(阿波徳島藩)洲本城代の稲田家、旗本交代寄合)の山名家の村岡陣屋、交代寄合の池田家の福本陣屋が存在した。

上記のように多様性を内包した当県は、かつて存在したユーゴスラビア社会主義連邦共和国になぞらえて「ヒョーゴスラビア」と呼ばれることがあり[注釈 4]、県もこれに乗る形で2018年(平成30年)から「U5H=United 5koku of HYOGO(兵庫五国連邦)」というプロモーションを行っている[3] [2][4]

県名の由来

現在の神戸市兵庫区にあった兵庫城に役所が置かれたことによる。兵庫城のあった八部郡兵庫津(旧称は大輪田泊)は、当時人口2万人を超える港町として栄えていたが、兵庫津の北東に近接し、事実上の開港場となった同郡神戸村が明治以降急速に発展。兵庫津は自治体名としては1879年(明治12年)に神戸区に、港湾名としても1892年に神戸港に併呑されてしまった。

「兵庫」の由来は、天智天皇の治世に武器庫という意味である「つわものぐら(兵庫)」があったことに由来し、兵庫県旗県章も兵の字を図案化したものである。

地理・地域 

広袤(こうぼう)

国土地理院地理情報によると兵庫県の東西南北それぞれの端は以下の位置で、東西の長さは111.13km、南北の長さは168.50kmである。

重心
北緯35度2分25秒 東経134度49分33秒 / 北緯35.04028度 東経134.82583度 / 35.04028; 134.82583 (兵庫県重心)
北端
北緯35度40分29秒 東経134度45分53秒 / 北緯35.67472度 東経134.76472度 / 35.67472; 134.76472 (兵庫県最北端)
西端
北緯34度51分7秒 東経134度15分9秒 / 北緯34.85194度 東経134.25250度 / 34.85194; 134.25250 (兵庫県最西端)
中心点
北緯34度54分55秒 東経134度51分38秒 / 北緯34.91528度 東経134.86056度 / 34.91528; 134.86056 (兵庫県中心点)
東端
北緯34度55分32秒 東経135度28分7秒 / 北緯34.92556度 東経135.46861度 / 34.92556; 135.46861 (兵庫県最東端)

南端
北緯34度9分21秒 東経134度48分59秒 / 北緯34.15583度 東経134.81639度 / 34.15583; 134.81639 (兵庫県最南端)

地形

大阪湾に面した南部は平野部だが、中部・北部の大半は山地・丘陵地帯となっている。人口は南部に集中している。

山地

平野・盆地

河川

湖沼

溜池

ため池の数が日本一多い。[5] 県内では、淡路市の13,301か所が最も多く、洲本市の7,014か所、神戸市の6,305ヶ所と続く。淡路島全体で県の約半分を占める[6]。一方近年、県の調査により全体の3割近い約1万ヶ所が実際には存在していないことが判明している[7]。ただそれを勘案しても、ため池の数は相変わらず全国1位である。

海岸

島嶼

自然公園・国営公園

気候

北部は日本海側気候、南部は瀬戸内海式気候で、北部の自治体は豪雪地帯に指定されている。

夏季は全般に高温である。北部や内陸部を中心にフェーン現象による猛暑日が発生することがしばしばあり、また、南部では神戸から阪神間の沿岸部を中心に熱帯夜になることが多くなる。

冬季は瀬戸内海沿岸部では温暖であるが、その他の内陸部や北部の1月平均気温は3℃台以下で冬日も多く比較的寒い。三田市など、同標高で比較しても北関東等の東日本より低温となるところもある。 北部の日本海側気候の地域では北西の季節風の影響で降水日数ならびに降雪量が多くなる。日本海寒帯気団収束帯の影響を受けると半日から数日の短時間で積雪が急増し、豊岡市街地や香住などの平野部でも50cmから1m前後のドカ雪となることもある。播磨北部の内陸部でも、南部の沿岸部・平野部と比較すると降水日数がやや多くなり、日本海から活発な雪雲が南下してきた場合は20cm前後の大雪となることもある。瀬戸内海沿岸部でも播磨南部を中心に小雨や小雪、みぞれが降る日もあるが、積雪は多くとも一冬に1〜2回・5~10cm程度である。特に神戸から阪神間での積雪は極めて少なくなっている。

兵庫県内各地の平年値

平年値
(月単位)
但馬北播・丹波
北部南部
香美町
香住
豊岡朝来市養父市
大屋
丹波市
柏原
西脇丹波篠山市
後川
和田山生野
平均
気温
(°C)
最暖月25.9(8月)26.3(8月)25.7(8月)25.1(8月)26.2(8月)26.5(8月)
最寒月4.2(2月)2.9(2月)2.2(2月)1.8(1月)2.8(1月)3.2(1月)
降水量
(mm)
最多月255.6(1月)241.3(9月)206.6(9月)270.5(9月)228.6(9月)217.2(9月)201.0(6月)227.7(6月)
最少月104.1(4月)105.4(4月)81.5(12月)67.1(12月)89.0(12月)43.9(12月)37.5(12月)52.2(12月)
降水
日数
(日)
最多月22.4(1月)20.8(1月)16.7(1月)14.1(3月)17.0(1月)12.7(6月)12.0(6月)13.3(6月)
最少月9.1(8月)9.3(8月)9.5(8月)9.4(11月)9.5(8月)7.8(11月)6.0(1月)8.4(11月)
平年値
(月単位)
播磨
北西部南西部南東部
宍粟市
一宮
福崎上郡姫路市三木明石
東今宿家島
平均
気温
(°C)
最暖月25.4(8月)26.7(8月)26.4(8月)27.1(8月)26.5(8月)26.4(8月)27.6(8月)
最寒月2.3(1月)3.3(1月)2.9(1月)4.0(1月)4.8(2月)3.5(1月)5.1(2月)
降水量
(mm)
最多月272.8(7月)207.0(6月)179.1(7月)179.1(9月)157.4(6月)179.7(6月)148.2(6月)
最少月54.9(12月)35.8(12月)30.0(12月)34.5(12月)26.5(12月)32.4(12月)36.1(1月)
降水
日数
(日)
最多月13.4(6月)12.1(6月)12.0(6月)11.3(6月)11.2(6月)11.8(6月)11.2(6月)
最少月7.5(11月)5.6(12月)4.7(12月)4.5(1,12月)4.4(12月)4.9(12月)5.3(1,12月)
平年値
(月単位)
阪神淡路島
三田神戸淡路市
郡家
洲本
平均
気温
(°C)
最暖月26.1(8月)28.0(8月)27.1(8月)26.3(8月)
最寒月2.3(1月)5.7(1月)5.4(2月)5.0(2月)
降水量
(mm)
最多月190.3(6月)189.6(6月)163.4(6月)224.2(9月)
最少月33.2(12月)38.9(1月)34.0(12月)44.3(12月)
降水
日数
(日)
最多月11.6(6月)11.3(6月)12.0(6月)12.3(6月)
最少月5.8(12月)4.8(12月)5.5(12月)5.2(12月)

(出典:気象庁・気象統計情報

行政区画

県内には29市と12町がある。なお、町の読み方は全て「ちょう」である。また、村は1962年に消滅している。
[9]

以下は、県が地域ごとに設置している総合出先機関である7の「県民局」と3の「県民センター[10]」ごとに記述している。「県民局」と「県民センター」の違いは、管内に政令市・中核市を擁し県から多くの業務が移譲されている地域は「県民センター」として「県民局」よりも組織がスリム化されている。なお、推計人口は2021年12月1日現在[11]の統計である。

神戸地域

神戸県民センター管内には、以下の1市(9区)が属しており、管内の推計人口は1,515,907人である。

阪神南地域

阪神南県民センター管内には、以下の3市が属しており、管内の推計人口は1,035,805人である。

阪神北地域

阪神北県民局管内には、以下の4市と1町が属しており、管内の推計人口は711,677人である。

東播磨地域

東播磨県民局管内には、以下の3市と2町が属しており、推計人口は714,073人である。

北播磨地域

北播磨県民局管内には、以下の5市と1町が属しており、推計人口は260,312人である。

中播磨地域

中播磨県民センター管内には、以下の1市と3町が属しており、推計人口は567,665人である。

西播磨地域

西播磨県民局管内には、以下の4市と3町が属しており、推計人口は242,878人である。

丹波地域

丹波県民局管内には、以下の2市が属しており、推計人口は99,588人である。

但馬地域

但馬県民局管内には、以下の3市と2町が属しており、推計人口は154,918人である。

淡路地域

淡路県民局管内には、以下の3市が属しており、推計人口は125,852人である。

人口

Demography28000.svg
兵庫県と全国の年齢別人口分布(2005年)兵庫県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 兵庫県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

兵庫県の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

都市

兵庫県が発表した2020年国勢調査結果の速報値によると、2020年10月1日時点の兵庫県の人口は、546万9184人であった。

隣接都道府県

歴史

県域に相当する令制国

第2次府県統合により、摂津国の西部(八部郡菟原郡武庫郡川辺郡有馬郡)、丹波国の南西部(多紀郡氷上郡)、但馬国の全域、播磨国の全域、淡路国の全域で構成されるようになった。同時に、畿内(摂津国)、山陰道(丹波国・但馬国)、山陽道(播磨国)、南海道(淡路国)と4つの地方にまたがることにもなった。

その後、岡山県からの越境編入が2回あった。1896年明治29年)に岡山県吉野郡石井村が兵庫県佐用郡へ転属、吉野郡讃甘村大字中山が佐用郡江川村へ編入となり、美作国の一部を含むようになった。1963年昭和38年)には岡山県和気郡日生町大字福浦(北部の寺山を除く)が兵庫県赤穂市へ編入となり、備前国の一部を含むようになった。

特記事項

県域の変遷

年表

古代~近世

 

幕末~太平洋戦争終戦

太平洋戦争以後

岸田県政
阪本県政
金井県政
坂井県政
貝原県政
井戸県政

政治

県政

県知事

県議会

財政

平成19年度
  • 財政力指数 0.59
    • Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)17自治体中9位
平成18年度
  • 財政力指数 0.53
    • Iグループ(財政力指数0.5以上、1.0未満)16自治体中14位
  • 標準財政規模 9461億円
  • 一般会計歳入 2兆0397億円
  • 一般会計歳出 2兆0358億円
  • 人口1人当たり人件費・物件費等決算額 11万5275円(都道府県平均 12万4759円)
  • 人口100.000人当たり職員数 1,044.75人(都道府県平均 1,173.11人)
    • 2000年(平成12年)から2007年(平成19年)に一般行政部門で1,134人(12.0%)の削減を実施。2008年(平成20年)から2018年(平成30年)に向けて一般行政部門等では約30%の削減を行う。
  • ラスパイレス指数 100.9(都道府県平均 99.6)
  • 実質公債費比率 19.6%(3カ年平均、都道府県平均 14.7) ※起債に許可が必要になる18%を超えている。
  • 人口1人当たり地方債現在高 65万9471円(都道府県平均 62万2416円)

地方債の残高

  • 普通会計分の地方債現在高 3兆6801億円
  • 上記以外の特別会計分の地方債現在高 4306億円
    • 地域整備事業会計分 1172億円、流域下水道会計分 1240億円、など。他に第三セクターなど(51法人)への債務保証残高などがある。
    • 主な債務保証:兵庫みどり公社 187億円、兵庫産業活性化センター 143億円、兵庫住宅供給公社 203億円、兵庫道路公社 161億円
平成17年度
  • 財政力指数:0.49
    • IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)8自治体中1位
平成16年度
  • 財政力指数:0.47
    • IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)10自治体中4位

U5Hプロジェクト

U5Hプロジェクトとは、兵庫に関わりを持つ個人、一人一人が自身の兵庫における『ふるさと』について再発見していくために立ち上げられた兵庫県公式のプロジェクトである[14]。冒頭の『U5H』とは『United 5koku of Hyogo』の略称である。5koku(五国)については以下に詳細に記す。

  • かつて日宋貿易の拠点として、明治維新後は日本を代表する港として発展した摂津国(神戸・阪神)。
  • 日本海の良港であり江戸時代には北前船の「風待ち/潮待ち」港としても栄えた、但馬国
  • 兵庫県、どころか、日本のはじまりの地として「古事記」冒頭に描かれる、淡路国
  • 日本随一の古墳数を誇る兵庫県のなかでも、旧石器時代からの遺跡も多く残る、播磨国
  • 大規模古墳、旧石器時代遺跡、さらには1億年遡る白亜紀丹波竜まで発見された、丹波国

国政

衆議院小選挙区が12。参議院では、全県で1区を構成。

経済

兵庫県に本社を置く企業

県内に工場を置く主な企業

生活・交通

交通

空港

鉄道

道路

バス

神戸市および阪神間、播磨、但馬、淡路島で概ね事業者は分かれるが、神戸市は明石海峡大橋の開業で淡路島や四国への高速バスが発達し、また鉄道だけではカバーしきれない地域などに多くの路線が伸びる。都市型の阪神間に対し、但馬などでは過疎路線も少なくない。公営事業者も少なくなかったが、姫路市営バス明石市交通部尼崎市交通局が撤退して民間委譲されている。主な事業者は下記。

港湾

航路

かつては淡路島や四国への連絡航路が多数発着していたが、明石海峡大橋の開通でその多くが役目を終えた。しかし長距離の国内外へ向かうフェリーなどが今も神戸港を発着する。下記航路のうち特記なきものはフェリー。

警察

医療・福祉

教育

  • 兵庫県は、昔から教育に関して他自治体と異なる特色を持っている。
  • 校長の監督を受け、円滑な学校運営の推進、教員等の資質及び能力の向上を司る「主幹教諭」の職階を設置している。
  • 県内の小中学生に、提示すると県内の対象施設が無料になる「ひょうごっ子ココロンカード」を配布している。
  • 自然学校(林間・臨海学校)を県が小学校5年生を対象に推進している。補助金を市町に交付して6日間実施している。(2010年度からは5日間)
  • トライやる・ウィークを中学生対象に職業体験を1週間行う。他県と比べても長期である。
  • 公立高校の入試方法が他教育委員会と異なっているために「兵庫方式」と呼ばれている。

大学

専修学校

その他の教育

マスメディア

従来、兵庫県を放送対象地域とする民間放送局は、中波(AM)、超短波(FM)、テレビジョン(TV)の3つ全てが独立放送局であったが、2003年(平成15年)に Kiss-FM KOBEがJFNに加盟。これに伴い、3つ全てが独立放送局である都道府県は神奈川県のみとなった。

新聞社

  • 神戸新聞
    • デイリースポーツ - 本部がある。2010年3月に神戸新聞に会社が吸収されるまで、西日本向け紙面の1面には神戸本部ではなく大阪本社の住所が記載されていたが、現在は神戸本部の住所が記載されている
  • 日本海新聞 - 新温泉町に支社を持っていて但馬地域向けに新聞を発行している。なお、2000年(平成12年)4月には姫路市に支社を開設して播磨版を発行したが、『大阪日日新聞』が同社傘下(2008年(平成20年)2月1日にザ・プレス大阪と合併して日本海の大阪本社となる)の朝刊紙となった関係で同年9月に閉鎖された。この姫路支社(播磨版)の編集に携わった人たちが大阪日日との経営統合に関わったという説がある。現在は『大阪日日新聞』が神戸市尼崎市など京阪神通勤圏で即売が売られている。

テレビ局

放送区域は近畿広域圏に属する。

以下は兵庫県域放送

テレビ大阪TXN系)は尼崎市や伊丹市を中心とした阪神地域や神戸市の一部地域などで直接受信が可能であるがあくまで大阪府域局であり、県域放送局であるサンテレビでは諸事情によりTXN系の番組が放送できないため、46都道府県の地上波テレビ局で放送されているTXN系列の番組[注釈 6]が兵庫県内では視聴できないものもある。

播磨灘沿いの県南西部の一部では、岡山県・香川県の各放送局が受信できる地域が存在する。これらの地域では1969年(昭和44年)までNHK岡山放送局西日本放送山陽放送)しか受信できなかった。

ラジオ局

兵庫県が放送対象地域であるFM局の親局及びラジオ関西のFM補完放送のメイン局は、地上デジタルテレビの県域局も含め摩耶山に設置されている。在阪民放3局(MBSラジオABCラジオラジオ大阪)は放送対象地域が"近畿広域圏"であり、兵庫県も対象地域に入っている。radikoでは兵庫県各局に加え在阪民放AM・FM各3局も兵庫県内で無料聴取が可能である。NHKラジオ第1放送第2放送は南部は大阪から受信する。北部は中継局(豊岡市・香美町・新温泉町)がある(ただし、香住・新温泉は第1放送のみ)。

  • AM放送局
  • FM放送局
    • Kiss FM KOBE
      • JFN系列。radikoは関西全域に配信。
    • FM COCOLO
      • 県内の外国語放送実施地域(公式なエリア)は神戸市、尼崎市のみ。ただし、周辺でも聴取は可能。radikoは関西全域に配信。
    • NHK神戸放送局
      • 県域放送はFMのみ実施。

コミュニティFMは以下の11局が放送しており、近畿2府4県では最多である。

文化・スポーツ

兵庫県は異なる歴史を持つ地域の寄せ集めであり、地域によって風俗習慣に違いが見られる。兵庫県民としての連帯感はそれほど強くなく、神戸市、姫路市、豊岡市、阪神地域に隣接する大阪市など、各エリアの中心となる都市圏に帰属意識を持つ。そのため、自らを「兵庫県民」と称することが少ない。実際、県人会も県内の出身各地方で別々となっている(東京淡路会、大阪但馬人会、関東氷上・多紀郡郷友会など)[16]

方言

方言の違いも多彩である。県南部では近畿方言(関西弁)が使われるが、県北部では中国方言である但馬弁が使われる。県南部の方言も、中国方言の影響を受けた播磨地域の播州弁大阪弁の流れを汲む阪神地域の摂津弁、播州弁と摂津弁の中間的な方言で神戸市を中心に使われる神戸弁京言葉の流れを汲む丹波弁阿波弁などともつながりがある淡路島の淡路弁、と細かく分かれる。

食文化

伝統工芸

スポーツ

観光

有形文化財建造物

県の景観条例に基づく指定制度

文化施設

兵庫県を舞台とした作品

兵庫県で撮影された作品

兵庫県は様々な景色を持つため、多くの映像産業に積極的に協力している。

映画

宝塚市において製作された映画作品については、以下も参照。

西宮市、芦屋市において大正時代から戦前にかけて製作された作品については、以下も参照

テレビドラマ

時代劇などでは「姫路城」の映像を「江戸城」に見立てて使用している場合も多い。

テレビCM

  • 優子と達也の阪神沿線物語(2014年)- 阪神電気鉄道のテレビCMである。

人物

脚注

注釈

  1. ^ a b c 和歌山・香川・徳島の3県とは海上を隔てて隣接。
  2. ^ ただし、現在は全く演奏されておらず県では2014年までこの県民歌を制定した事実そのものを否定していた[1]。2006年以降は非公式楽曲として主に『ふるさと兵庫』が演奏されている。
  3. ^ ただし、美作国に該当する地域は吉野郡(美作国・岡山県)から佐用郡(播磨国・兵庫県)への転属という形を取っており、以降は播磨国に含むとする見解もある。
  4. ^ ユーゴスラビアは「7つの国境(隣国、不安)、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字を持つ、1つの連邦国家(1人のチトー)」と形容された。これになぞらえた形で、兵庫県を「7つの県境、6つの方言、5つの旧国、4つの新幹線駅、3つの空港、2つの海を持つ、1つの県」と説明する[2]
  5. ^ 空港敷地の大半が兵庫県伊丹市に属している。
  6. ^ TXN系列のない府県でも番組販売により放送されている『開運!なんでも鑑定団』『ポケットモンスター』『妖怪ウォッチ』など。

出典

  1. ^ 金旻革 (2015年1月1日). “布く新憲法 ゆくては明かるし…幻の兵庫県民歌”. 神戸新聞. オリジナルの2016年3月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160309062646/http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201501/0007625977.shtml 2015年1月9日閲覧。 
  2. ^ a b “兵庫ってヒョーゴスラビア連邦 SNS投稿に反響”. 神戸新聞NEXT (神戸新聞社). (2018年8月25日). https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201808/0011576140.shtml 2018年10月13日閲覧。 
  3. ^ 兵庫は五国(令和3年6月)”. 知事のページ. 兵庫県 (2021年6月28日). 2021年9月26日閲覧。
  4. ^ 神戸新聞NEXT|総合|ヒョーゴスラビアが現実に?「兵庫五国連邦」が誕生” (Japanese). www.kobe-np.co.jp. 2019年6月20日閲覧。
  5. ^ ひょうごのため池”. 2014年3月17日閲覧。
  6. ^ 兵庫県の農業用ため池数は?”. 2014年3月17日閲覧。
  7. ^ 神戸新聞NEXT|総合|「ため池王国」兵庫県で“水増し” 調べたら1万カ所ありませんでした” (Japanese). www.kobe-np.co.jp. 2019年10月31日閲覧。
  8. ^ ため池:農林水産省”. www.maff.go.jp. 2019年10月31日閲覧。
  9. ^ わたしたちの市・町”. 兵庫県 (2019年6月24日). 2020年4月11日閲覧。
  10. ^ 県民局・県民センター情報 - 兵庫県(2014年5月15日閲覧) ※自治体の記述序列は当該サイトに準拠。
  11. ^ 推計人口 - 兵庫県
  12. ^ 「東播磨における文観の活動――空白の11年間を中心とする石塔造立・耕地開発――」『鎌倉遺文研究』第44号、吉川弘文館、2019年10月、 1–27。
  13. ^ 「ひょうごe-県民制度」いよいよ平成31年1月から登録開始企画県民部地域創生局地域創生課(2018年12月27日)2019年9月8日閲覧。
  14. ^ U5Hとは?”. 兵庫五国連邦(U5H). 2020年7月29日閲覧。
  15. ^ 大阪空港駅の一部が伊丹市にかかる。
  16. ^ 『県別日本人気質』河出書房新社、1983年刊。
  17. ^ 兵庫県/景観ガイドライン(2015年5月30日閲覧)

関連項目

外部リンク

先代:
谷町代官所
摂津国播磨国内の幕府領旗本領
豊崎県
尼崎県三田県
飾磨県
豊岡県の一部
但馬国および丹波国氷上郡多紀郡
名東県の一部(淡路国
行政区の変遷
1868年 - (兵庫裁判所→兵庫県)
次代:
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大阪府
川辺郡を除く旧豊崎県)

 

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