ポータルフィールドニュース

ポータルフィールドニュース

in

😷|新型コロナの影響で売り上げ減少店を応援 秋田市


写真 

新型コロナの影響で売り上げ減少店を応援 秋田市

 
内容をざっくり書くと
秋田市などが、春から夏にかけて観光客の減少で、おみやげの販売が伸び悩む小売店などを支援しようと開催。
 

県内の小売り業者を応援するイベントが秋田市で開かれた。秋田市などが、春から夏にかけて観光客の減少で、… →このまま続きを読む

 秋田テレビ

「秋田テレビ」(フジテレビ系列)ニュースのアカウントです。秋田県の最新ニュースを発信します。


Wikipedia関連ワード

説明がないものはWikipediaに該当項目がありません。

観光

観光(かんこう)とは、一般には、楽しみを目的とする旅行のことを指す。

英語では観光する側(en:sightseeing)と、観光させる側(en:tourism)で言葉が(概念も)分かれている。 これには、後述される宗教行為の対象者(大衆:観光客)と行為者(仕掛け人:観光業者)の立場が現れているとも見られる。

なお狭義には、観光事業を指すこともある。

歴史

人類最古の観光の形態は聖地への巡礼の旅であったと考えられている[1]

例えばスペインでは世界各国からサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼者を1000年以上にわたって受け入れてきた歴史がある[1]

観光とツーリズム

日本における「観光」

日本でも古代から神社仏閣への参詣が行われていた。社会が安定した江戸時代中期以降、伊勢神宮などに参るついでに、名所巡りや飲食を楽しむ旅が庶民にも広がった。これらは「旅」「行旅」「遊山」などと呼ばれた。寺社や景勝地を紹介した各地の名所図会や、『東海道中膝栗毛』のような旅行文学も刊行された。

「観光」の語源は古代中国『易経』にある「観国之光,利用賓于王(国の光を観る、用て王に賓たるに利し)」との一節による。この句を略した「観光」の日本での早い時期の用例としては、幕末にオランダから江戸幕府に贈られた軍艦「観光丸」のほか、明治時代初めの米欧使節団を率いた岩倉具視が、報告書である『米欧回覧実記』冒頭に「観」「光」と揮毫[2]した。後者は「外国をよく観察して、日本に役立てる」という意味だったと思われるが、岩倉自身も東京奠都で衰退した京都経済を再生するため、外国人らによる京都観光を政府に献策している。

鉄道敷設など近代化に伴い日本人の国内旅行も更に盛んとなり、明治時代後半には遊覧旅行の意味で「観光」が使われるようになった[3]

大正時代以降、観光は「tourism」の訳語として定着したが、学者や論者によって定義が違うこともある。例えば、国土交通省『』では「宿泊旅行」を「観光」「兼観光」「家事、帰省」「業務」「その他」に分けている。この解釈によると家事、帰省、業務、その他を除いた旅行が「観光」である。

日本政府は昭和5年(1930年)、濱口内閣の時に鉄道省の外局として国際観光局を創設した[4]。岸衛(戦後に静岡県熱海市長を務め、『観光立国』を刊行)が進し、名称は江木翼鉄道大臣の意見によったと言われている。博識であった江木が『易経』を引用した[5]。この時期には、「大変珍しいもの」という程度で用いられていたといった見方もあるが、国際観光局に先立ち1912年にはジャパン・ツーリスト・ビューロー(後の日本交通公社)が設立されている。その出版物TOURIST(1918年3月号)では、アイヌ文化を詳しく伝えて、国の光=文化の概念の普及に努めている。

概括的に言えば、観光は明治時代からある単語ではあるが、きわめて限定的にしか用いられず、むしろ今日で言う外国人観光客誘致、インバウンド誘致といった意味合いが込められていく。ツーリズムの訳語として充てられたのも、そうした時代背景がある。

国内観光には「遊山」「遊覧」「漫遊」「行楽」などの用語が用いられ、今日の意味合いで、つまり、国内旅行の意味も含めていうところの「観光」が定着したのは1960年代以降とする主張もある[6]。ただ実際は、昭和初期から国内の旅行に関しても「観光」という言葉が広く使用されていた。たとえば1936年に国際観光局が発行した「観光祭記念 観光事業の栞」には「日本国中の年も村落も、それぞれその土地を美しく立派にし、観光客の誘致を図ること、之は日本国内の問題ですから国内観光事業と呼ぶことができます」と記されている。

近年、再び國の光を観るという「易経」の解釈が引用されることが多くなってきた。原義を厳密に解釈すると、文字通り「見物」「物見」であろうが、「」という比喩的表現で対象が幅広く多様な解釈が可能な事も一因であろう。

庶民に観光と言うものが流行り出した当初は、観光に行くという事自体に価値があり、場所や何をするのかということは重点に置かれなかった。しかし、次第に観光に行くということ自体は当たり前となり、何処に行くのかということがステータスとなった。観光地を大きい見出しにしたパンフレット等が流行り出したのもこの時期のことである。しかし、その時代も長くは続かず、たいていの観光地には行ったことがある人が増え、何処に行ったということが自慢になる時代は終わりを告げた。

この頃から観光はステータスではなくなり、純粋な楽しみとしての観光が広まることになる。具体的には場所ではなく目的が観光を引っぱる時代となった。○○をしたいからそれができる場所を観光しようということである。体験型観光が流行り出したのもこの時期からである。現在はこの時代にあると言われるが、もう一歩進んだ次元にあるという考え方もある。それは目的だけでは客は来ない、具体的には楽しい気持ちになりたいとか、癒されたいとか、ゆったりした時間が過ごしたいとか、そういった感情が観光を引っぱる時代となったという考え方である。実際そういう言葉がパンフレット等に登場し始めていることも事実である。

なお、中国では「観光」という語は一般的ではなく、「旅游」「遊覧」が用いられる。中華人民共和国国家観光局の中国語表記は「中華人民共和国国家旅游局」[7]である。

ツーリズム

「観光」との対比

特に近年、「観光」という用語に物見遊山的な、あるいはビジネス的・事業的なニュアンスを感じる場合、あえて「観光」を用いずツーリズムという用語を充てることも増えてきた。原義であるtourは「轆轤(ろくろ)で回す」という意味があるとされ、そういう意味では周遊に近い概念と言える。ただ、今日では「ツーリズム」は、「観光」とイコール、さらに広義では業務も含む旅行そのものと解釈されている。

しかし、近年はツーリズムという言葉は特に観光業者の間では特別なものと認識されることも増えてきた。かつての物見遊山的な観光をサイトシーイングとして昔の物とし、ツーリズムとは体験型観光として位置づける動きが強まっている。そして、ツーリズム自体もその特性によりさまざまな言葉を付加して区別している。環境に配慮したツーリズムをエコツーリズム、自然特に山や森などを扱うツーリズムをグリーンツーリズム、自然特に海を扱うツーリズムをブルーツーリズムと呼んだり、地域独自のツーリズム名が生まれたりしている。

日本でも都道府県や市町村の観光協会、観光連盟に相当する団体でも「ツーリズム」を冠する例が見られるようになってきた。例えば、兵庫県では、「社団法人ひょうごツーリズム協会」と、大分県では「財団法人ツーリズムおおいた」と「観光」を冠していない。また、大分県竹田市では市町村合併に伴い旧自治体単位であった観光協会を統合、「竹田市観光ツーリズム協会」[8]として再発足した(2006年3月)。

ツーリズムの付く用語

ツーリズムのつく用語は非常に多い。ただ、概念や理念が先行しているものもある。

アーバンツーリズム、インダストリアルツーリズム[9]インフラツーリズム、、エコツーリズム、、オーバーツーリズム[9]オールタナティブツーリズムガーデンツーリズム、、グリーンツーリズム、、アニメツーリズム産業ツーリズムサスティナブルツーリズム、、スポーツ文化ツーリズム、スローツーリズム[9]セックスツーリズムソーシャルツーリズム、、ダークツーリズム、、ニューツーリズム、、、、フィルムツーリズム、、ヘリテージツーリズムヘルスツーリズムマイクロツーリズムマスツーリズムメディカルツーリズム(医療ツーリズム)[9]、、など。
※表記法として「ツーリズム」の前に「・」を付ける場合もある。

ビジター産業

「ツーリズム」には観光産業という意味もあるが、これに対してビジター産業と呼ぶこともある。もともと米国発の発想で、目的の如何を問わず、その地を訪れる全ての人(ビジター)を対象にしていこうという考え方である。ただし、米国では来訪による移動の距離や宿泊を伴うかどうかにより、近隣や日帰りの場合は除外することもある(溝尾2003年)。

観光政策

ヨーロッパ

ヨーロッパの観光政策では観光事業と歴史的建造物の保存と活用が特に着目されている[1]

イタリア、フランス、イギリス、アメリカ等の欧米諸国では歴史的建造物の修復や再生、旧市街地の活性化など先進的な取り組みが実施されている[1]

また、スペインでは観光事業に歴史的建造物の保存と活用を積極的に結びつける観光政策がとられてきた[1]。具体的には歴史的建造物のパラドールとしての活用である。スペインでは1960年代に観光ブームがおこり増大する観光客に対応するために新築のパラドールが次々と建設された[10]。しかし、新築のパラドールの増大は既存の歴史的建造物の中に矛盾する要素を取り込むこととなったとの問題が指摘され、1960年代に建設されたパラドールにはのちに廃止されたものも多い[10]。その後、パラドールを設置する場合にはできる限り古い建物を活用し、芸術的価値・歴史的価値を検討し、その建物が宿泊施設として利用可能かどうか専門家委員会が判断する仕組みが導入されている[10]

日本

観光基本法の制定に際し、法案作成の事務作業をした衆議院法制局では、観光の法的定義を試みたものの困難であると断念し、観光概念は世間で使われているものと同じ意味であるとしたと伝えられている(運輸省観光局監修『観光基本法解説』学陽書房1963年p.208)。

用語としての観光は、朝日新聞データベース「聞蔵」による検索結果によれば、当初は固有名詞(観光丸、観光社、観光寺等)に使用されるケースしかない。普通名詞として使用された初めてのケースは、1893年10月15日に日本人軍人による海外軍事施設視察に使用された「駐馬観光」である。その後日本人軍人から外国人軍人、軍人以外の者の海外視察等へと拡大してゆき、最終的には内外の普通人の視察にも使用されるようになっていったが、いずれも国際にかかわるものである点ではかわりはなかった。

明治期に多くの概念が西洋から輸入され、漢語を用いて造語され、収斂していった。社会、宗教、会社、情報等がその例として認識されているが、字句としての観光はこれらの新たに造語されたものとは異なり、既に存在していたものである。前述の通り固有名詞の一部として使用され朝日データベースに登場もしている。一方tourismが用語として日本社会において造語しなければならない状況にあったのは現在の資料では不明確である。touristに関してはツーリストと外来語のカタカナ表示がなされていた。

概念の明確化が求められる法令において観光が使用されたのは、1930年勅令83号国際観光局官制がはじめてである。朝日新聞データベースから推測されるように、世間では観光が国際にかかわるものに限定されて使用されていたにもかかわらず国際観光と表現した経緯につき、『観光の日本と将来』観光事業研究会1931年及び『観光事業10年の回顧』鉄道省国際観光局1940年に江木翼鉄道大臣(当時)の強い思い入れがあったと記述がなされている。当時の語感からすれば外遊に国際をつけて国際外遊と表現したかの印象があったのであろう。しかしこの時に観光に国際をつけたために国内観光の用語の発生する余地ができたとも考えられる。

国際観光局の英文名はBoard of Tourist Industryとなっており、国際にあたる表示はなされていない。朝日新聞データベース「聞蔵」による記事検索では、ツーリストは1913年から外国人にかかわるものとして使用されているが、原語のtourist自体が当時原語国で外国人にかかわるものに限定されていたのかの立証は、これからの研究課題である。ツーリズムという用語については朝日新聞データベース「聞蔵」によれば、戦前は検索されないどころか、昭和末期までほとんど検索結果に表れてこない状況である。なお、観光が国内観光、国際観光を区別しないで使用されるようになったのは、戦後連合国の占領政策が終了する時期、つまり日本人の国内観光が活発化する頃からである。

政府の観光政策審議会の「今後の観光政策の基本的な方向について」(答申第39号、1995年6月2日)」では、観光の定義を「余暇時間の中で、日常生活圏を離れて行うさまざまな活動であって、触れ合い、学び、遊ぶということを目的とするもの」とし、「時間」、「場所・空間」、「目的」の3つの面から規定している。

さらに、「21世紀初頭における観光振興方策について」(答申第45号、2000年12月1日)によると、「いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである。」としている。

2008年10月1日国土交通省外局として「観光庁」が発足し、第1種旅行業者の登録は、従来の国土交通省大臣登録から観光庁長官登録に変わった。

「観光化」の光と影

宿泊を伴うか否かにかかわらず「観光旅行」の普及と発展は、「観光地」にさまざまなプラスのまたはマイナスの影響を引き起こす。このような現象は「観光(地)化」と呼ばれるが、これについてはマスツーリズムに詳しい。

関連書籍

  • 小口孝司 編 前田勇、佐々木土師二『観光の社会心理学―ひと、こと、もの 3つの視点から』千葉大学文学部人文科学叢書 北大路書房 ISBN 4762824968
  • Charles R.Goeldner,J.R.Brent Ritchie『TOURISM』 - 欧米の観光学のバイブルである。心理学からマーケティングまでP624の著書である。研究者、大学院生は、必読書である。 John Wily & Sons,Inc. ISBN 9780470084595

脚注

  1. ^ a b c d e 『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、40頁
  2. ^ 特命全権大使米欧回覧実記. 第1篇 米利堅合衆国ノ部国立国会図書館デジタルコレクション(2018年1月6日閲覧)
  3. ^ 【明治あとさき 維新150年】(1)旅/寺社参詣から文化観光へ 岩倉具視、京都再生へ「誘客」の妙手『読売新聞』朝刊2018年1月1日
  4. ^ 砂本文彦 (2008). 『近代日本の国際リゾート 一九三〇年代の国際観光ホテルを中心に』. 青弓社 
  5. ^ 『ホテルと日本近代』(学芸出版)
  6. ^ 溝尾2003年p8
  7. ^ 中華人民共和国国家旅游局
  8. ^ 竹田市観光ツーリズム協会ホームページ
  9. ^ a b c d ツーリズムとは | 観光や旅行との違い・見聞にとどまらない体験や交流・10のニューツーリズム・オーバーツーリズムについても解説” (日本語). 訪日ラボ (2019年10月28日). 2020年6月25日閲覧。
  10. ^ a b c 『現代スペイン情報ハンドブック 改訂版』三修社、2007年、41頁

参考文献

  • 溝尾良隆『観光学 基本と実践』(古今書院、2003年)を参考とした。諸外国での解釈や「観光」と「レクリエーション」「レジャー」等の異同についての詳しい説明もある。
  • 寺前秀一『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)第 11 巻第2号2008年9月 マスコミ、情報との類似性に着目して観光を論じている新しい考え方である。

関連項目

  • トーマス・クック - パッケージツアーの産みの親で「ツーリズムの父」とも呼ばれる19世紀の英国実業家
  • - パソコンやテレビの画面、VRに世界各地のライブカメラの映像をオンラインで取得して嗜むものである。2019年新型コロナウイルスの影響下で、外出制限の中、ドローンの航空映像などを含めた様々なオンラインサイトで繰り広げられている。リモート旅行ともいう。

研究・調査

産業・地域振興、国際協力

文化

弊害、問題点

外部リンク

秋田市

秋田市(あきたし)は、秋田県の沿岸中部に位置する。秋田県の県庁所在地で、中核市に指定されている。

概要

市制施行は1889年明治22年)。日本で最初に市制施行された31都市のうちのひとつである。1997年平成9年)4月に東北初の中核市に指定される(郡山市と同時)。

秋田県の県庁所在地であり、同県の政治、経済、交通の中心都市である。久保田藩時代から城下町として、また土崎港北前船の寄港地として栄えた。土崎地区には秋田港があり、秋田火力発電所を代表として工業団地が広がる。また、八橋寺内地区を中心として国内最大の油田である八橋油田が広がる。

高速交通網としては、秋田駅を発着し東北新幹線を介して東京駅へ直通する秋田新幹線こまち」、国土交通省から空港法第4条に基づく特定地方管理空港の指定を受けている秋田空港、また秋田南IC秋田中央IC秋田北ICを中心に秋田自動車道日本海東北自動車道が整備されている。

市のシンボル

市政

市長

歴代市長

議会

市議会

  • 議長 : 小林一夫(フロンティア秋田)
    • 副議長 : 花田清美(市民クラブ)

選挙は統一地方選挙として実施。

会派名議員数備考
秋水会16
そうせい6
市民クラブ4
公明党秋田市議会4公明党
フロンティア秋田4
社会・市民連合3
日本共産党秋田市議会議員団2日本共産党
欠員0
定数39

秋田県議会(秋田市選出)

  • 定数:12名
  • 任期:2019年(令和元年)5月11日〜2023年(令和5年)5月10日
議員名会派名備考
鈴木健太自由民主党
沼谷純次の世代につなぐ会党籍は無所属
松田豊臣公明党
工藤嘉範自由民主党
石川ひとみ社会民主党
加賀屋千鶴子日本共産党
竹下博英自由民主党
鳥井修みらい無所属
北林康司自由民主党
三浦茂人みらい無所属
今川雄策自由民主党
宇佐見康人自由民主党

衆議院

選挙区議員名党派名当選回数備考
秋田県第1区(秋田市)冨樫博之自由民主党3選挙区

地理

河川・運河

隣接している自治体


気候

極値[3]観測値観測年月日
最高気温38.2℃1978年8月3日
最低気温-24.6℃1888年2月5日
日降水量186.8mm1937年8月31日
最深積雪117 cm1974年2月10日

日本海側気候であるが、冬季の降水量はそれほど多くなく、最多雨月は7月、最少雨月は2月である。前述のように冬季の降水量が少ないことや風の強い海岸部にあることもあり、平年の降雪量は377cm・最深積雪は38cmと、どちらも東北日本海側としては少なめである。1888年(明治21年)に-24.6℃を記録しているが、通常冬季は曇天が多く放射冷却が弱いため、最低気温平均は北関東の宇都宮市水戸市と同じくらいである。平成になり-10℃を下回ることさえほとんど無くなり、-10℃以下の気温を観測した年は1990年(平成2年)と1999年(平成11年)のみである。1882年(明治15年)10月より観測された最高気温の記録の上位10位の内、9つの観測記録が1999年(平成11年)以降に観測された記録である(最低気温の記録上位10位はすべて戦前・戦中の記録)[4]。夏季の気温は札幌市青森市より低くなることが多く、日本の県庁所在地としては一番涼しい。なお秋田地方気象台は1989年9月26日に秋田市内の八橋運動公園から山王七丁目の秋田第二合同庁舎に移転している。

秋田地方気象台(1981年 - 2010年平均)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C (°F)13.7
(56.7)
19.8
(67.6)
21.0
(69.8)
28.0
(82.4)
31.8
(89.2)
33.7
(92.7)
37.9
(100.2)
38.2
(100.8)
36.1
(97)
28.9
(84)
23.3
(73.9)
21.4
(70.5)
38.2
(100.8)
平均最高気温 °C (°F)2.8
(37)
3.5
(38.3)
7.4
(45.3)
14.0
(57.2)
19.0
(66.2)
23.2
(73.8)
26.5
(79.7)
29.0
(84.2)
24.7
(76.5)
18.6
(65.5)
11.9
(53.4)
5.9
(42.6)
15.2
(59.4)
日平均気温 °C (°F)0.1
(32.2)
0.5
(32.9)
3.6
(38.5)
9.6
(49.3)
14.6
(58.3)
19.2
(66.6)
22.9
(73.2)
24.9
(76.8)
20.4
(68.7)
14.0
(57.2)
7.9
(46.2)
2.9
(37.2)
11.7
(53.1)
平均最低気温 °C (°F)−2.5
(27.5)
−2.3
(27.9)
−0.1
(31.8)
5.1
(41.2)
10.5
(50.9)
15.5
(59.9)
19.8
(67.6)
21.3
(70.3)
16.5
(61.7)
9.8
(49.6)
4.1
(39.4)
0.0
(32)
8.2
(46.8)
最低気温記録 °C (°F)−19.8
(−3.6)
−24.6
(−12.3)
−19.5
(−3.1)
−7.2
(19)
−1.4
(29.5)
4.1
(39.4)
8.9
(48)
9.0
(48.2)
3.1
(37.6)
−1.4
(29.5)
−5.4
(22.3)
−18.7
(−1.7)
−24.6
(−12.3)
降水量 mm (inch)119.2
(4.693)
89.1
(3.508)
96.5
(3.799)
112.8
(4.441)
122.8
(4.835)
117.7
(4.634)
188.2
(7.409)
176.9
(6.965)
160.3
(6.311)
157.2
(6.189)
185.8
(7.315)
160.1
(6.303)
1,686.2
(66.386)
降雪量 cm (inch)138
(54.3)
108
(42.5)
43
(16.9)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
11
(4.3)
74
(29.1)
377
(148.4)
平均降水日数 (≥ 0.5 mm)24.020.017.513.212.511.213.611.013.615.619.823.6195.6
平均降雪日数27.823.617.02.2000000.17.021.198.8
湿度73716767727579767572727373
平均月間日照時間39.962.5124.7170.4182.0176.2150.3193.0153.8145.482.745.11,597.4
出典 1: 気象庁
出典 2: 観測史上1 - 10位の値(年間を通じての値)
旧秋田地方気象台(秋田市八橋運動公園)・1961 - 1990年平均の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
平均最高気温 °C (°F)2.4
(36.3)
2.7
(36.9)
6.6
(43.9)
13.6
(56.5)
18.7
(65.7)
22.7
(72.9)
26.3
(79.3)
28.6
(83.5)
24.0
(75.2)
18.0
(64.4)
11.5
(52.7)
5.6
(42.1)
15.1
(59.2)
日平均気温 °C (°F)−0.4
(31.3)
−0.3
(31.5)
2.8
(37)
9.1
(48.4)
14.2
(57.6)
18.6
(65.5)
22.6
(72.7)
24.4
(75.9)
19.6
(67.3)
13.1
(55.6)
7.4
(45.3)
2.5
(36.5)
11.1
(52)
平均最低気温 °C (°F)−3.2
(26.2)
−3.3
(26.1)
−0.9
(30.4)
4.5
(40.1)
9.6
(49.3)
14.8
(58.6)
19.2
(66.6)
20.7
(69.3)
15.6
(60.1)
8.7
(47.7)
3.6
(38.5)
−0.5
(31.1)
7.4
(45.3)
出典: 理科年表

歴史

飛鳥時代

奈良時代

平安時代

鎌倉時代

室町時代

江戸時代

明治期

大正期

昭和期

平成期

市町村合併の経緯

河辺郡との合併

2005年(平成17年)1月11日、秋田市は河辺町・雄和町を編入し、新『秋田市』が誕生した。合併は両町からの要請で行われ、合併記念式典は同日、秋田市の秋田拠点センターアルヴェで行われた。

秋田市役所の所在地(山王一丁目1番1号)も変更はせず、河辺・雄和の旧役場は市民センター(2011年5月16日以降、市民サービスセンターに移行)として活用されている。

詳しくは 秋田市ホームページ を参照。

友好都市・姉妹都市

海外友好都市・姉妹都市

国内姉妹都市

地域

人口

Demography05201.svg
秋田市と全国の年齢別人口分布(2005年)秋田市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 秋田市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

秋田市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


拠点総合病院

警察

消防

  • 秋田市消防本部
    • 秋田消防署(牛島出張所・勝平出張所・新屋分署)
    • 土崎消防署(寺内出張所・将軍野出張所・飯島出張所・外旭川出張所)
    • 城東消防署(広面出張所)
    • 秋田南消防署(河辺分署・雄和分署)

裁判所

検察庁

その他行政機関

いずれも地方支分部局。

その他市内施設

市民サービスセンター

その他コミュニティ施設

  • 秋田市下新城交流センター
  • 秋田市将軍野高齢者学習センター・松林館
  • 秋田市雄和地区北部コミュニティ施設 長者やま荘

その他

  • 産業振興プラザ
  • 女性学習センター(主に女性対象)
  • 青少年センター(主に、市内に働く青少年対象)

教育

大学・短大

高等専門学校

高等学校

中学校

小学校

    • 浜田小学校
    • 豊岩小学校
    • 仁井田小学校
    • 四ツ小屋小学校
    • 上北手小学校
    • 下北手小学校
    • 下浜小学校
    • 金足西小学校
    • 八橋小学校
    • 東小学校
    • 泉小学校
    • 大住小学校
    • 桜小学校
    • 飯島南小学校
    • 寺内小学校
    • 御所野小学校
    • 岩見三内小学校
    • 河辺小学校
    • 戸島小学校
    • 雄和小学校


特別支援学校

経済

秋田市は、秋田県内において一極集中型の首位都市、いわゆるプライメイトシティである。県の主要な官公庁と、秋田銀行北都銀行秋田魁新報などの県内を主な活動拠点とする企業の本社が集中している。また、国の各出先機関や、国際石油開発帝石秋田鉱業所、JR東日本秋田支社など、県外に本社を持つ企業の支社も数多く集中。地域の行政、経済、産業の拠点となっている。

秋田市内における高さ30m以上の高層ビルは、2006年(平成18年)4月の時点で、建設中のビルを含め145棟にのぼる[9]

地方独立行政法人

公営企業

かつて存在した公営企業

金融機関

統一金融機関コード・支店コード順)


秋田市の指定金融機関は、秋田銀行(取りまとめ店は秋田市役所支店)。

かつて存在した金融機関(廃止当時の名称)

統一金融機関コード順)…1960年代以降に廃止になった金融機関かつ、県内金融機関同士での合併によるものは法人格上消滅した金融機関に限る。

郵便

交通

鉄道

道路

高速自動車国道

一般国道

主要地方道

一般県道

自転車道

バス

かつては秋田市交通局(秋田市営バス)が市内を運行していたが、2006年(平成18年)4月1日に廃止され、路線は秋田中央交通に譲渡された。

航空

港湾

マスメディア

新聞・出版

放送局

(ラジオ第一1503kHz、ラジオ第二774kHz 、NHK FM 86.7MHz リモコンキーID 総合1、Eテレ2)
(ABSラジオ936kHzまたは90.1MHz リモコンキーID4)(ラテ兼営)
(リモコンキーID8)
(リモコンキーID5)
(秋田ケーブルテレビでのリモコンキーID6)

広報番組

  • おはよう秋田市から(秋田朝日放送 月 - 木 10:30 - 10:35)
  • こんにちは秋田市から(秋田放送 金 11:20 - 11:25、土 11:45 - 11:50・15:55 - 16:00、日 11:55 - 12:00)
  • こんばんは秋田市から(秋田テレビ 水 22:54 - 23:00/ただし、ナイターなどの番組延長時は繰り下げなどをして放送)
内容は、「おはよう-」と「こんにちは-」はほぼ同じ。

郵便番号

秋田市内の郵便番号は次の通り(括弧内は日本郵便による担当支店ないし集配センター)。

観光

観光への取り組み

秋田市立赤れんが郷土館重要文化財上の名称は「旧秋田銀行本店本館」)をはじめとする多種の博物館・記念館や美術館、多くのアウトドアスポット、さらにきりたんぽをはじめとする郷土料理など、多くの観光資源を抱える秋田市は、「観光あきた維新」を掲げて国内・国外からの観光客誘致に取り組んできた。2010年度から秋田市観光アドバイザーに就任した吉井靖の協力のもと、市民参加型観光情報サイト「アキタッチ」の構築、中国放送局を招聘し秋田地域産品と観光地の紹介を中国およびASEAN各国に衛星放送を通じて番組配信しながら、秋田産品の販路拡大とインバウンド旅行開発を企画するなど、様々な取り組みを行っている。また、インバウンド観光客に対するスマートフォンの他言語観光ガイドの仕組みも構築する。

観光スポット・建築物

名所・旧跡

市立建築物

第三セクター等建築物

県立建築物

その他

祭事

  • 竿燈まつり:東北を代表する夏祭り。(毎年8/3 - 6・竿燈大通り)
  • 桜まつり・つつじまつり:千秋公園などの桜まつり(4月中旬 - 下旬)、千秋公園つつじまつり。(5月中旬 - 下旬)
  • 雄和華の里スプリングフェア:植木市や物産展など。(4月下旬 - 5月初旬)
  • へそまつり:河辺地区へそ公園で行われる祭り。をメインにへその緒奉納など。(例年6月上旬)
  • 蕗刈り撮影会:畑で秋田おばこの写真撮影会。(例年6月中旬・仁井田地区)
  • ヤートセ秋田祭:秋田をはじめ、各地のよさこい団体が集結する、札幌市YOSAKOIソーラン祭りに倣った秋田のよさこいイベント。秋田音頭をはじめ、秋田の民謡やソーラン節よさこい節等をロックやテクノ、オーケストラ等にアレンジした5分程度の楽曲を使用し乱舞する。ステージ形式、パレード形式の演舞を行う。(例年6月下旬、大町・通町予定)[11]
  • 土崎港曳山まつり、:武者人形を乗せた山車を曳く勇壮な祭り。(毎年7/20・7/21)
  • 与次郎駅伝:市内中心部を会場として開催される市民駅伝大会。(7月第3週)
  • 秋田長持唄全国大会[12]:雄和地区発祥の秋田長持唄(毎年7月第3日曜日)
  • 雄物川筏下り大会:夏の雄物川をいかだカヌーで下るコンテスト。(毎年8月第4日曜日)
  • 雄物川花火大会:雄物川の河川敷で行われる花火大会。(毎年8/10)
  • 岩見川清流まつり:河辺岩見地区。魚のつかみどりなど。(毎年8/15)
  • 大正寺おけさまつり:雄和大正寺地区。おけさ総踊りや芸能披露、花火大会など(毎年8月中旬)
  • 高尾山まつり:雄和高尾山で開催。学童・成人すもう大会や吟行俳句大会など。(毎年9月上旬)
  • :(毎年10月上旬)
  • 雄和華の里秋祭り:ダリアや孔雀草が咲く華の里での秋まつり。(毎年10月上旬)
  • ボートピア河辺ふれあいフェスタ秋の収穫祭、:地元産の秋野菜販売や食事コーナーなど。(毎年10月下旬)
  • 童っ子の雪まつり:毎年2月第1土曜日に開催され、馬ゾリつき、県内の小正月行事が体験できる冬祭りであったが、2006年豪雪にともない、会場となる八橋運動公園が使用不可となり中止。また翌年度も開催の見通しが立たず中止が決定され、2005年(平成17年)2月の開催をもって30年の歴史に幕を下ろした。2013年エリアなかいちにて、「なかいち童っこの雪まつり」として復活している。
  • スノードリーム号:冬期限定の市内観光バス。きりたんぽ作り体験や竿燈体験、酒蔵見学も。(例年2月土日祝日)

スポーツチーム

出身者

政治関連

文化人

芸能

スポーツ選手

マスメディア

実業家

官僚

アダルトタレント

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 元は、日本勧業銀行第一勧業銀行→旧みずほ銀行から継承した店舗。2013年7月に、旧みずほ銀行はみずほコーポレート銀行に吸収合併されており、法人格上は、旧富士銀行秋田支店廃止以来の再進出となった。
  2. ^ 野村證券秋田支店と取引があり、オンライントレード契約を有する顧客のみ利用可能。したがって、実体店はない。
  3. ^ 元は、山形相互銀行→山形しあわせ銀行から継承した店舗。合併時の法人格上の存続行であった(旧)殖産銀行は、第二地銀転換前の旧殖産相互銀行時代に廃止されており、法人格上は再進出となった。
  4. ^ 2017年3月31日に営業終了し、同年4月3日より本店法人営業部へ統合。
  5. ^ 三菱UFJ信託銀行へ移行後の2011年2月10日、東京サービス支店は本店へ統合。

出典

  1. ^ 図典 日本の市町村章 p40
  2. ^ 秋田市の紋章
  3. ^ 秋田地方気象台観測
  4. ^ 気象庁(秋田市の観測史上1 - 10位の値)
  5. ^ 「秋田市史 昭和編」より。
  6. ^ 「秋田市史 第四巻」pp.283-284。
  7. ^ 「秋田市史 第四巻」pp.286-287。
  8. ^ 告示第26号
  9. ^ 秋田魁新報』(2006年5月26日 朝刊)
  10. ^ “秋田市最古のれんが建物、移設保存へ 横町通りの旧大島商会”. 秋田魁新報. (2018年12月15日). https://www.sakigake.jp/news/article/20181215AK0009/ 2019年3月27日閲覧。 
  11. ^ ヤートセ秋田祭”. 2020年10月24日閲覧。
  12. ^ 秋田長持唄全国大会

参考文献

  • 「秋田市史 第四巻 近現代I 通史編」秋田市編、2004年

関連項目

外部リンク

行政
観光

 

 

【Twitterを使って感想を簡単に書けます!】
 
下のボタンを押して「記事の感想: 」の後に書いてツイートするだけ!その際、最初から入力されているものは消さずに、URLには文章がつながらないよう感想の後にスペースを入れて下さい。
 
PORTALFIELD News公式アカウントでも、ご感想を拡散(フォロー・いいね・リツイート)します。ツイート後、ご自分で拡散したり削除などはご自由ですのでお気軽に感想をお寄せ下さい!皆さまのご協力をお願い致します。
Twitterに寄せられた、この記事への感想ツイートを見ることができます。
Back to Top
Close