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🍴|「コノハト茶葉店」の福袋が充実の中身!少しずついろんなお茶が楽しめる。


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「コノハト茶葉店」の福袋が充実の中身!少しずついろんなお茶が楽しめる。

 
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有機農業

有機農業(ゆうきのうぎょう、英語: Organic farming、Organic agriculture)は、農業形態の一つで、有機農法有機栽培オーガニック農法などとも呼ばれる。

定義

自然科学術語としての有機は、一般に、有機化合物に帰着する。農業の展開を吟味すべき時代に盛んだった化学肥料が無機的だったこととは幾分異なり、古典的な肥料が、典型的には有機的かつだったと考察され、象徴的に有機という単語が用いられた。したがって有機農業を省略して有機としてしまうと、意味が通じないので注意が必要である。たとえば、「有機農業で栽培された食品」を「有機食品」と略すことは、食品の大部分は有機質であるため不適切といえる。

国際機関等

IFOAM(国際有機農業運動連盟)による「有機農業の原則」は、予防的管理、伝統的知識、社会的・生態学的公正など幅広い内容を含んでいる。 同連盟によると、有機農業の役割は、生産、加工、流通、消費のいずれにおいても、生態系および、土壌の最も小さい生物から人間に至る有機体の、健全性を持続し強化することである。アメリカ合衆国農務省 (USDA) 等による有機農業の基準は、遺伝子組換え品種を禁じているわけではない。多くの国では、特例を除いて家畜への投薬を禁じている。

また、有機農業は、フェアトレードや環境管理 (environmental stewardship) といった文化的実践の上にある原理への賛同とも関係がある[注釈 1]

一方、国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が定めた『有機的に生産される食品の生産、加工、表示及び販売に係るガイドライン』(通称「コーデックスガイドライン」)も、世界的に共通して採用されている[1]日本のガイドライン(有機農産物の日本農林規格)はコーデックスガイドラインを基に作成されたため[2]、基本的に有機農業の定義を同じくしている[注釈 2]。ただし、有機農産物の認定は日本では農家の申請によるのに対し、海外では生産時だけでなく収穫時や輸送中も含めて化学肥料、農薬、遺伝子組換え品種の非混入の客観的な証明を要する[3]

アメリカ合衆国、ブルガリアアイスランドノルウェイルーマニアスイストルコオーストラリアインド日本フィリピン韓国台湾タイアルゼンチンコスタリカチュニジア、そして欧州連合(EU)など、多くの国々・地域では、有機農業は法律によっても定義されているので、農業や食品製造における「有機」という単語の商用利用は、政府によって統制されている。法律が存在する場合、有機であるという認定は有料で行われる。無認可の農場にとって、自分自身あるいは自分の生産物を有機であると称することは違法ということになる。 カナダにおいては、法律は整備されていないが、任意の認定が可能である。

日本

「有機農業の推進に関する法律」(平成18年法律第112号)の第二条において、有機農業は次のように定義される;「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」[4]

農林水産省の「有機農産物の日本農林規格」[5] では、有機農業で生産された農産物(有機農産物)は次のように定義されている。

  • 有機農産物
  1. 有機農産物:農薬と化学肥料を3年以上使用しない田畑で、栽培したもの[注釈 2]
  2. 転換期中有機農産物:同6ヶ月以上、栽培したもの。
  • 特別栽培農産物
  1. 無農薬栽培農産物:農薬を使用せずに栽培したもの。
  2. 無化学肥料栽培農産物:化学肥料を使用せずに栽培したもの
  3. 減農薬栽培農産物:その地域での使用回数の5割以下しか農薬を使わずに栽培したもの。
  4. 減化学肥料農産物:同化学肥料を使わずに栽培したもの。

有機JAS規格では有機農産物を「生産から消費までの過程を通じて化学肥料・農薬などの合成化学物質や生物薬剤、放射性物質、遺伝子組換え種子及び生産物等をまったく使用せず、その地域の資源をできるだけ活用し、自然が本来有する生産力を尊重した方法で生産されたもの」と定めている。

歴史

20世紀から今日まで、一般的に農業では、化学肥料や化学合成農薬といった農業用化学合成基質(化学工業で生産された、生物(農作物、害虫雑草、病害微生物など)に対する効果を目的とした基質で、化学工業により生産されるもの)が利用されている。このことが有機農業の背景の一つとなっている。

世界

イギリスの植物学者英語版が、1905年から1931年までインドで東洋の自然観に基づく農業を研究して、インドール方式と呼ばれる堆肥のつくり方を発表する。『農業聖典』[6] などの著作がある。

ドイツでは、ハワードと同時代に、神秘思想家のルドルフ・シュタイナーバイオダイナミック農法の講演を行っていた[7]

1962年、アメリカの自然科学者レイチェル・カーソンが、DDTなどの毒性と残留性の強い農薬による危険性を訴えた『沈黙の春[8] を出版して反響を呼ぶ。

1972年、国際有機農業運動連盟(IFOAM、アイフォーム、International Federation of Organic Agriculture Movements)ができる。

1989年1月7日、ウェールズ公チャールズは、自分の領地では有機農業を行うと宣言し、また自ら所有する家庭菜園でも有機農法を実践している[9]。1992年、ウェールズ公チャールズは有機農産物のブランド「ダッチー・オリジナル」を創設した。

キューバでは、都市部の自給的農業を中心に展開している。

2014年の有機食品の市場規模は、日本が約1,300億円、欧州が約3.7兆円、米国が約3.8兆円である[10]。また、2014年の各国の農地面積に占める有機農業の面積の割合は、日本が0.3%(有機JAS)、イタリアが10.8%、ドイツが6.3%、フランスが4.1%となっている[10]

日本

日本では1930年代に福岡正信や宗教家の岡田茂吉が、農作業の大部分を自然に任せる自然農法を開始した。また、マクロビオティックの創始者である桜沢如一が、農薬や化学肥料を使った農法に対する問題提起を行った[11]

1961年に農業基本法が制定され、化学肥料や化学合成農薬の使用が大きく推進されることとなった。これは、農地の単位面積あたりの収量を大幅に増大させるためである。しかし、後述する理由により化学合成基質の使用が問題視され、化学合成基質を使用しない有機農業が生じる背景となった。

「有機農業」という言葉は、1971年に農協役員の(1906年 - 1994年)が考案したものである[12]。既にこの時、日本の農業政策は化学肥料や化学合成農薬の使用を前提とした食糧増産の路線を進み、日本の農村から有機農業の基盤は失われていた[12]。一楽は、経済合理主義によって推進されていた農業の近代化に対して疑問を持ち、近代農業は農薬や化学肥料の毒性の問題だけでなく、農民の生活基盤を破壊する思想そのものが人間社会や自然生態系の存続を危機に陥れかねないと考えた。経済の領域を超えたあるべき姿の農業、「豊かな地力と多様な生態系に支えられた土壌から生み出された健康的で食味の良い食べ物を通して、自立した生産者と消費者が密接に結び付き、それにより地域の社会や文化の発展と、安定した永続的で幸福な生活の実現を図る」ことを目指し、こうした社会全体の大きな変革の基礎となる農業のあり方を「有機農業」と名付けた。同時にこうした社会運動の母体として1971年に「日本有機農業研究会」を設立し、同研究会を農業者、消費者、研究者や行政が同じテーブルについて対話する核として位置づけた。以降、有機農業という言葉は徐々に日本に広まったが、農薬や化学肥料を支持する人が大多数を占める状況の中で、当初の一楽たちの試みは困難を極めた。有機農業を志す農業者は奇人・変人扱いされ、集落の共同体から排除されることもしばしばあった[12]

経済優先主義による環境破壊が顕著になってきたため、1980年代に入ると、先駆的な有機農業者と消費者たちの努力が徐々に認められるようになっていった[12]1987年に有機米の公認(特別栽培米)、1991年に有機栽培のガイドラインが制定された。

1990年代から有機農業と減農薬農業の研究が本格的に始まった[3]。有機農業に関する研究は、ここまでの時期には、(農薬の未使用なども含めた)有機農業の効果よりも、有機資材の施用の効果、すなわち無機肥料の施用との比較や、無機肥料の施用により生じた土壌浸食の防止[13]、土壌物性の改善[14][15][16][16] 等が中心であった。この頃、米国でLISA(Low lnput Sustainable Agriculture)が提唱された[17]。日本でも、1992年に農林水産省が『新しい食料・農業・農村政策の方向(新政策)』の中で、生態系と調和した持続可能な「環境保全型農業」を提唱した[18]

2000年1月、日本農林規格(JAS規格)に、コーデックス委員会に準拠した「有機JAS」の規格ができた。認証されるのは、遺伝子組み換えされておらず、基本的に化学合成された農薬や肥料を避けられた食品である。2002年12月には、農薬取締法に特定農薬指定制度ができた。特定農薬は、安全性の明らかなものと定義されており、通称「特定防除資材」と呼ばれる。しかし、定義が安全性の明らかなものとされているのに農薬という呼称をつけるのはどうかとの批判がある[19]。とはいえ、有機JASにおいては、緊急の際に特定農薬や、許可された天然に存在する物質に由来する農薬が使用されることがある。また、2009年(平成21年)8月27日の改正により、遺伝子組み換え作物に由来する堆肥の使用は当分の間、許可されることとなった。

2006年12月、『有機農業の推進に関する法律[20] が制定・施行された。またそれを受け、2007年4月には『有機農業の推進に関する基本的な方針』が公表された。これにより、日本の法制度のもとでは規制の対象としか見られてこなかった有機農業が、法律によって推進されることとなった。

有機農産物認定事業者の数は、2002年(平成14年)6月時点で3639戸、平成15年5月時点で4273戸、平成16年3月時点で4453戸、平成17年3月で4664戸、平成18年3月時点で4611戸、平成18年9月時点で5104戸と、増加傾向にあるといえる[21]

日本政府は2021年5月にまとめた『みどりの食料システム戦略』で、有機農業を営む農地を2050年までに全体の25%に拡大する目標を掲げた。2020年4月時点の有機JAS圃場は全耕地の0.27%にとどまる。農薬などを使う慣行栽培への信頼度が高いこと、見た目の不揃いが出やすいことへの消費者の理解などが課題として指摘されている[22]

中国

中国における有機農業は1990年代に始まった[23]。2013年の中国の有機栽培面積は128.7万平方キロメートルとなっている[23]

2016年の中国の有機食品の総生産量は農作物全体の0.2%である[23]。ただし、中国国内の有機食品販売額が食品販売額総額に占める割合は、2007年の0.36%から2013年には1.34%にまで伸びている[23]

2016年の中国における有機農業の生産面積は272万ヘクタール、中国国内の耕地面積の0.9%にあたり世界第4位となっている[23]。また、有機製品の国内取引額は約800億元、年間輸出額は約4億ドルである[23]

特徴

広義には、有機農業は無農薬または低農薬農法までを含む。農薬による薬害や公害も次第に明らかになり、70年代にもDDTなどの毒性の強い農薬が規制されてきた。これらの農薬には生分解されにくいものがあり、環境や人体への蓄積も懸念される。また本来の生態系を破壊することで、新たな害虫の発生や天敵による、害虫抑止力の喪失の弊害を招くことも明らかとなった。この反省から、有機肥料とともに無農薬または低農薬農法を実践する農家がある。

一方、無農薬や低農薬農法を用いた結果、病害虫防除が不十分だと病害虫に抵抗するために、植物自体が作る天然化学物質の方が残留農薬などよりも遙かに毒性が強いという報告が、突然変異原性の検出法エームズ試験の開発で有名な、エームズ博士らによって出されている[24]

各国の有機農業

中国

認証

2016年現在の中国の有機製品の認証機構数は24である[23]

生産モデル

中国における有機農業は1990年代に始まり、各地域の資源的優位や技術的条件から4つの主要なモデルが形成されている[23]

  1. 政府主導型
    政府が農地の区域の設定、土地の移動、ブランド開拓、科学技術的サポート、研究開発、品質管理等で大規模な援助を行うモデル[23]
  2. リーディングカンパニー牽引型
    農産物の加工企業やマーケティング企業が主導して生産、加工、販売など一体化経営を行う経済共同体を形成するモデル[23]
  3. 特徴的産業グレードアップ型
    伝統的で特徴的な農産物の生産で、有機農業によって経済効果と生態保護を相互補完するモデル[23]
  4. 環境保護推進型
    生態環境の保護や環境汚染問題の解決のために始まったもので、有機農業による余暇観光農業などで、農民生産や生活方式の転換を行うモデル[23]

北京・上海地域では野菜類の農作物栽培が主に発展し、有機肥料を用いた栽培で政府から補助金を得ながら旅行業と伝統農業が結合するなど、都市農業の新たなモデルになっている[23]

コスト

有機農業は労働集約型で生産前、生産中、生産後のすべてで大量の労働力を必要とするため、生産労働力投入のコストは増加する[23]。また、有機製品は有機認証のための認証費が必要になるほか、有機食品の品質の保証、有機農業の実施のための農民への訓練と教育、生産上の各種環境・食品汚染リスクの低減のコストも必要とされる[23]。中国の場合、有機食品の価格は多くが普通の食品の2~5倍とされ、中には8~10倍に達する食品がある[23]

日本

特定非営利活動法人日本有機農業研究会は、「有機農業のめざすもの」として、下記の項目を挙げている[25]

  • 安全で質のよい食べ物の生産
  • 環境を守る
  • 自然との共生
  • 地域自給と循環
  • 地力の維持培養
  • 生物の多様性を守る
  • 健全な飼養環境の保障
  • 人権と公正な労働の保障
  • 生産者と消費者の提携
  • 農の価値を広め、生命尊重の社会を築く

有機JAS規格で使用が認められている物質

有機JAS規格では、以下のような天然に存在する物質の使用が許可されている[26]

有機肥料の他に、様々な無機肥料が認められる。それらは、草木灰炭酸カルシウム苦土炭酸カルシウムを含む。)、塩化加里硫酸加里、硫酸加里苦土、天然りん鉱石、硫酸苦土水酸化苦土石こう硫黄生石灰(苦土生石灰を含む。)、消石灰、微量要素(マンガンほう素亜鉛モリブデン及び塩素)、岩石を粉砕したもの、塩基スラグ鉱さいけい酸質肥料、よう成りん肥塩化ナトリウムリン酸アルミニウムカルシウム、塩化カルシウムなどであり、有機肥料しか有機農業に用いられていないということは誤解である。

使用可能な農薬は、使用条件付きもあるが、除虫菊乳剤及びピレトリン乳剤、なたね油乳剤、マシン油エアゾル、マシン油乳剤、大豆レシチン・マシン油乳デンプン水和剤、脂肪酸グリセリド乳剤、メタアルデヒド粒剤、硫黄くん煙剤、硫黄粉剤、硫黄・銅水和剤、水和硫黄剤、硫黄・大豆レシチン水和剤、石灰硫黄合剤、シイタケ菌糸体抽出物液剤、炭酸水素ナトリウム水溶剤及び重曹炭酸水素ナトリウム水和剤、銅水和剤、銅粉剤、硫酸銅、生石灰、天敵等生物農薬性フェロモン剤、クロレラ抽出物液剤、混合生薬抽出物液剤、ワックス水和剤、展着剤二酸化炭素剤、ケイソウ土粉剤、食酢の30種類である。

その他、有機JAS規格によれば、本来は種苗や防除資材や肥料などに組換えDNA技術を用いたものを利用できない。しかし、附則(平成18年10月27日農林水産省告示第1463号)により、特例として遺伝子組換え作物に由来する有機質肥料である堆肥を有機栽培に用いることが許可された(「遺伝子組み換え作物#遺伝子組換え作物と有機栽培」参照)。

有機農産物の品質

下表は、有機資材投入・無農薬栽培および有機資材投入と慣行農法との比較を農作物の品質について行った研究とその結果を作物別に示す。

慣行農法と比較した、有機資材投入・無農薬栽培および有機資材投入による農産物の品質変化の比較
農産品栽培方法品質変化
有機資材投入・無農薬栽培デンプンの粘り、Mg/K比、食味が向上した[27]
無化学肥料・無農薬栽培収量が10%程度減少した[28]
有機資材投入食味、アミロース含量、Mg/K比に差がなかった[29]
減化学肥料・減農薬栽培食味と収量に差がなかった[29][30]
ニンジン有機資材投入・無農薬栽培香気成分パターンに差はなかった[31]
カロチノイド含量に差はなかった[32]
微弱振動電磁波による評価に差がなかった[32]
葉中の硫黄とナトリウムが高かった。収量、ビタミンCビタミンE、αおよびβ-カロチン、N(窒素)、P(リン)、K(カリウム)、Na(ナトリウム)、Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)、S(硫黄)、Fe(鉄)、B(ホウ素)、Mn(マンガン)、Zn(亜鉛)、Cu(銅)で差がなかった[33]
官能試験に差があった。ビタミンC、還元糖アミノ酸含量とその組み合わせに差がなかった[34]
有機資材投入カロチン含量と日持ち性が向上した。上物収量に差はなかった[29][35]
減化学肥料・減農薬栽培糖度、ビタミンC、β-カロチン含量に差はなかった[36]
大根有機資材投入・無農薬栽培日持ち性、香味で差があった[37]
香気成分パターンに差はなかった[31]
で識別可能[31]
微弱振動電磁波による評価に差がなかった[32]
有機資材投入辛み成分が低かった[29][35]。上物収量に差がなかった。
有機資材(油粕)投入外観、肉質、歩留まりが向上した[38][39]
有機資材(バーク)投入になった[38][39]
収量および土壌の陽イオン交換能が増加した[40]
減化学肥料・減農薬栽培含量が低かった[32]
トマト有機資材投入・無農薬栽培N、P、K、Ca、ビタミンC含量および官能評価に差がなかった[41]
官能試験で慣行農法の評価がより高かった[42]
官能試験で、表面の赤みと旨みとの評価がより高かった。糖度とビタミンC含量がより高かった[43]リコピン含量とアミノ酸含量に差はなかった。
有機資材投入外観、肉質、歩留まりが向上した[38][39]
食味が良く、貯蔵性が高かった[44][45]
栽培年と着果位置による調査成分の変動が大きかった[45]
果色、糖、酸度、ビタミンCに差がなかった[29]
ホウレンソウ有機資材投入・無農薬栽培葉色と硝酸含量に差があった[29]。ビタミンC、シュウ酸、日持ち性、無機成分含量に差がなかった。
官能試験と日持ち性に差があった[46]
水分、ビタミンC、糖分、硝酸、シュウ酸含量、日持ち性に差がなかった[47]
有機資材投入食味に差がなかった[29]
還元糖含量は高く、硝酸態窒素含量は低かった[48]
キャベツ有機資材投入・無農薬栽培収量、ビタミンCとE、αおよびβ-カロチン、N、P、K、Na、Ca、Mg、S、Fe、B、Mn、Zn、Cuで差がなかった[33]
腫瘍壊死因子(TNF-α)産生誘導と(肝解毒酵素)活性と関連は認められなかった[49]
有機資材投入収量と土壌の陽イオン濃度が増加[40]
還元糖含量は高く、硝酸態窒素含量は低かった[48]
外観、肉質、歩留まりが向上した[38][39]
レタス有機資材投入・無農薬栽培N、P、K、Ca、ビタミンC含量と官能的評価に差がなかった[41]
有機資材投入糖含量と貯蔵性が高かった[50]
外観、肉質、歩留まりが向上[38][39]
還元糖含量は高く、硝酸態窒素含量は低かった[48]
ジャガイモ有機資材投入・無農薬栽培N、P、K、Ca、ビタミンC含量と官能的評価に差がなかった[41]
有機資材投入内部品質(ビタミンC・タンパク質・遊離アミノ酸含量、、乾物率)に差がなかった[51]
白菜有機資材投入・無農薬栽培香気成分パターンに差はなかった[31]
で識別可能[31]
微弱振動電磁波による評価に差がなかった[32]
紫外線の蛍光写真で差がなかった。
葉ネギ有機資材投入・無農薬栽培葉色と硝酸含量に差があった[29]。ビタミンC、シュウ酸、日持ち性、無機成分含量に差がなかった。
タマネギ有機資材投入・無農薬栽培フラボノイド含量に差がなかった[32]
N、P、K、Ca、ビタミンCの含量と官能評価に差がなかった[41]
微弱振動電磁波による評価に差がなかった[32]
サツマイモ有機資材投入・無農薬栽培香気成分パターンに差はなかった[31]
含量に差はなかった[32]
微弱振動電磁波による評価に差がなかった[32]
近赤外スペクトルで識別可能[31]
メイズ有機資材投入・無農薬栽培収量が10%減少したが、タンパク質含量が低下し、アミノ酸組成は変化しなかった[52]
タイム有機資材投入・無農薬栽培活性成分含量は作物ごとのばらつきが大きかった[53]。乾燥重量は慣行農法のほうが高かった。
カモミール有機資材投入・無農薬栽培活性成分含量は作物ごとのばらつきが大きかった[53]。乾燥重量は慣行農法のほうが高かった。
エンドウ有機資材投入・無農薬栽培N、P、K、Ca、ビタミンCの含量と官能評価に差がなかった[41]
ペッパー有機資材投入・無農薬栽培N、P、K、Ca、ビタミンCの含量と官能評価に差がなかった[41]
イチゴ有機資材投入・無農薬栽培日持ち性と香味で差があった[37]
ブロッコリー有機資材投入・無農薬栽培微弱振動電磁波による評価に差がなかった[32]
ナス有機資材投入外観、肉質、歩留まりが向上[38][39]
チンゲンサイ有機資材投入還元糖含量は高く、硝酸態窒素含量は低かった[48]
温州みかん有機資材投入収量と糖度が高かった[13][54][55]。ただし、病害虫により品質が低下した。酸度、果実重、果実比重、果皮色に差はなかった。土壌物性の改善効果は認められなかった。
有機資材投入官能評価、収量、全窒素含量に差がなかった[56][57][58]
小麦有機資材投入タンパク質含量が低かった[59]
収量と土壌物性が向上した[14][15]
大豆有機資材投入収量と土壌物性が向上した[14][15]
ネットメロン有機資材投入遊離アミノ酸含量が低かった[29]
キュウリ有機資材(油粕)投入外観、肉質、歩留まりが向上[38][39]
有機資材(バーク堆肥)投入形状不良[38][39]

脚注

注釈

  1. ^ これは全ての有機農場・有機農業者に当てはまるわけではない。
  2. ^ a b 日本の「有機農産物の日本農林規格」と海外の「コーデックスガイドライン」のどちらも有機農産物の条件に、化学肥料と化学合成農薬を「3年間」使用しないことをあげているが、なぜ3年なのかという科学的根拠はない[60]

出典

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  2. ^ 有機食品の検査認証制度について (PDF) (平成27年1月)
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  4. ^ 有機農業の推進に関する法律(平成 18 年法律第 112 号) (PDF)
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関連項目

外部リンク

静岡県

静岡県しずおかけん: Shizuoka Prefecture)は、日本中部地方に位置する県庁所在地静岡市

概要

直線距離にて県域の東西が155km、南北に118kmと全国13番目に広大な県域を保ち、全国10位の約360万人の人口を有する。旧令制国伊豆国のほとんどが[注釈 6]駿河国遠江国の凡そ3国に相当する県である。地域によって住民の意識、方言、文化面に大きな違いが見られる。北側は広大な南アルプス、南側には駿河湾遠州灘に面する。23市10区12町の自治体があり、はない。

約20万の事業所を抱え、全国4位の製造品出荷額を有するなど、全国有数の工業地域でもあり[3][4]ホンダの発祥地でスズキヤマハ発動機の本社がある他、オートバイピアノプラモデルの輸出量では日本一を誇る[5]。また、全国一の水揚げ額を有する焼津漁港や、静岡茶が有名であるなど、第一次産業も盛んであり、東西の交通網港湾を利用した6次産業化も進んでいる[6]

政令指定都市である静岡市浜松市、そして施行時特例市である沼津市富士市を有し、人口10万人以上の都市が10市ある[7]など、平野部を中心に人口が分散傾向にあり[8]首位都市(プライメイトシティ)は存在しない。

また、富士山富士山本宮浅間大社韮山反射炉三保の松原などの世界遺産や、世界ジオパークの一つである伊豆半島ジオパーク熱海温泉三嶋大社久能山東照宮登呂遺跡大井川鐵道など多くの観光資源を有し、年間約1.5億人の観光客が訪れる[9]

地理

広袤

『静岡県 市区町村の役所・役場及び東西南北端点の経度緯度(世界測地系)』(国土地理院)によると静岡県の広袤は以下の通り[10]。また、『我が国の人口重心 -平成27年国勢調査結果から-』(総務省)による人口重心[11] も併記する。

地形

県総面積の64%が非可住の森林で構成されており、僅かな平野部に人口の大半が集積し高密度な都市を形成している[12]。 北部には標高3,000mを越える峰もある赤石山脈の山々がそびえ、一級水系大井川安倍川の源流となる。東部には第四紀火山が多く、富士山や、箱根山、伊豆東部火山群が現在でも活動しており、すでに活動を終えた天城山達磨火山等の数々の大型火山が伊豆半島の大地を造り上げた。この伊豆半島は、本州の中で唯一フィリピン海プレート上にあり、プレート境界である駿河トラフの延長線上に富士山が形成されている。南西部には台地や平野が多くなる。県の中央には糸魚川静岡構造線が南北に走り、安倍川がその南端に当たる。したがって、地質構造はこの安倍川を境にして県の東西で全く異なる。静岡県の形は金魚に例えられることがあり、この場合、西部を頭、東部を尾に見立てる。

主な台地
牧之原台地
磐田原台地
三方原台地
主な半島
伊豆半島
三保半島
主な河川
狩野川
富士川
安倍川
大井川
菊川
天竜川

自然公園

県立自然公園
日本平県立自然公園
奥大井県立自然公園
御前崎遠州灘県立自然公園
浜名湖県立自然公園

気候

全域が太平洋側気候であるが、標高差が大きいため地域による寒暖の差が激しい。冬の平野部や沿岸部は黒潮の影響で本州の中でも非常に温暖であり、寒気の影響を受けにくいために放射冷却によって朝晩は氷点下まで下がることがあっても、日中は10°Cを超えることがほとんどである。特に伊豆地方の沿岸部では氷点下まで下がることはなく、雪が降ることもほとんどないなど、南九州並みに温暖な気候である。一方、旧井川村と旧水窪町などの赤石山脈に接する北部山間部は中央高地式気候の影響も受けており、冬はが多く豪雪地帯である。また、東部内陸部の御殿場市などでも南岸低気圧によりかなりの積雪をもたらし、東北地方並みのかなり厳しい冷え込みになることが多い。そのほか、裾野市にあるスキー場「スノータウンイエティ」は20年連続で日本一早いオープンを飾っている。夏は、天竜地域など西部内陸ではかなりの酷暑となるが、それ以外の地域ではそれほどの酷暑とはならず、東部や伊豆地方を中心に比較的冷涼である。

ケッペンの気候区分によると県域の大部分は温暖湿潤気候ではあるが、富士山は最暖月の平均気温が6℃しかなく、寒帯地域のツンドラ気候に相当している。

夏から秋にかけては台風の影響を受ける。1951年昭和26年)以降の台風上陸数は鹿児島県高知県和歌山県に次いで4番目に多い県である。

台風の上陸数
(都道府県別)
順位都道府県上陸数
1鹿児島県42
2高知県26
3和歌山県24
4静岡県21
5長崎県17
6宮崎県14
7愛知県12
8千葉県9
9熊本県8
10徳島県7
静岡県各地の平年値(統計期間:1971年 - 2000年、出典:気象庁・気象統計情報
平年値
(月単位)
西部中部東部伊豆
浜松浜松市
天竜区
浜松市
佐久間
磐田御前崎市
御前崎
菊川市
菊川牧之原
牧之原市
静岡空港
川根本町静岡市
井川
静岡静岡市
清水
富士富士山御殿場三島松崎南伊豆町
石廊崎
東伊豆町
稲取
熱海市
網代
平均
気温
()
最暖月26.7
(8月)
26.6
(8月)
26.1
(8月)
26.2
(8月)
26.2
(8月)
25.2
(8月)
24.8
(8月)
21.9
(8月)
26.8
(8月)
26.4
(8月)
26.2
(8月)
6.0
(8月)
23.4
(8月)
26.5
(8月)
25.9
(8月)
25.8
(8月)
25.3
(8月)
26.0
(8月)
最寒月5.8
(1月)
5.3
(1月)
3.6
(1月)
6.1
(1月)
6.5
(1月)
4.6
(1月)
3.0
(1月)
1.2
(1月)
6.6
(1月)
6.5
(1月)
5.5
(1月)
−18.5
(1月)
2.5
(1月)
5.5
(1月)
6.8
(2月)
7.9
(2月)
6.5
(2月)
6.7
(2月)
降水量
(mm)
最多月262.2
(9月)
292.5
(6月)
350.1
(9月)
239.7
(9月)
265.7
(6月)
304.8
(9月)
438.3
(9月)
502.5
(9月)
304.3
(9月)
307.6
(9月)
281.9
(9月)
371.4
(9月)
249.3
(9月)
263.3
(6月)
243.9
(6月)
310.2
(6月)
262.5
(9月)
最少月50.1
(12月)
46.6
(12月)
50.6
(12月)
40.6
(12月)
62.4
(12月)
50.6
(12月)
62.3
(12月)
68.9
(12月)
59.6
(12月)
55.0
(12月)
53.5
(12月)
69.1
(12月)
54.7
(12月)
54.2
(12月)
59.1
(12月)
58.2
(12月)
46.0
(12月)

地域

静岡県の分類

名目上の行政区分で、東日本中部地方東海地方広域関東圏などに区分されている。また、名古屋圏関東地方からも独立した地域として、「静岡(県)地方」とされるケースも存在する。しかし、糸魚川静岡構造線を挟んで東側と西側に広い面積を占めているため、行政やその他諸々の区分では、西日本に分類される場合もあり、またこれらとは違う区分に属することもある。

全域を一括する場合

東日本西日本
静岡県は、東日本と西日本のほぼ真ん中に位置しているが、全国二地方区分では歴史的・文化的経緯・面積の比率を勘案して、東日本に分類されることが多い。しかし、民間企業を中心に、企業・団体に依っては西日本に分類される場合もある。
中部地方東海地方)、広域関東圏
静岡県(知事)は、関東地方知事会に所属していたが1967年以降中部圏知事会議にも所属している。中央省庁や民間企業の管轄も、中部地方(東海地方)とする機関と関東地方とする機関が混在している。この場合、中央省庁の出先機関の所在地が、中部(東海)はほぼ全て名古屋に置かれ、関東は東京さいたまに置かれることが多い。
*法務省、警察庁、防衛省、農林水産省、経済産業省、環境省の関連・外郭団体の類も、基本的に静岡県は関東(広域)圏の枠組みに入る(一部を除く)[要出典]

県を分割する場合

その他のエリア区分例

  • (1)静岡県全域を愛知県西部などと一緒に東海や中部に区分する。
  • (2)静岡県全域を広域関東圏(もしくは南関東)に区分する。
  • (3)静岡県全域を単独で東海とする。[注釈 7]
  • (4)特定の川で静岡県を分割する。

企業・団体によってエリア区分はそれぞれ異なる。

企業・団体のエリア区分は、それぞれの監督官庁のエリア区分を反映している物が多いが、基本的に静岡県が地域分類される場合、大まかに分けて次の4分類のいずれかが見られる。

中部(東海)
一番よく見かける分類である。なお、静岡県を除く東海地方3県のみの枠組みとして「東海3県」という分類があるが、「東海地方」という分類において静岡県を除外することは稀である。
広域関東圏(関東・甲信越静)
次に多いのがこの分類である。また、西部のみを「中部(東海)」として、東部、中部を「関東」とする例も最近では見受けられ、静岡市から新幹線東京横浜に通勤・通学する人間も少なくない。
神静(神奈川県と静岡県)
日本ビクター(現:JVCケンウッド)、ダイア建設ホシザキ湘南 など、神奈川県全域と静岡県全域を一緒にするエリア区分も少数ながら存在する。この枠組みでは、横浜を業務拠点として、静岡県はその管轄下となるケースがある。
なお、旧コカ・コーラセントラルジャパンは、山梨県神奈川県・静岡県の3県全域(旧称:富士コカ・コーラボトリング営業エリア)を富士地区統括としていた。
静岡県
静岡県労働金庫のように、首都圏名古屋圏とも別にして、静岡県を単独のエリアとするエリア区分も存在する。この場合、静岡県が「東海」と区分されることがある(例えば、東海工業地域《静岡県》と中京工業地帯愛知県三重県岐阜県》)。
なお、ユニーのように、静岡県全域と山梨県で「静岡ブロック」「山静(甲静)ブロック」とするエリア区分も存在する。

道州制

静岡県を巡る道州制の区割り案について、地方制度調査会は、9道州案では中部州、11道州案や13道州案では東海州に含まれるとしている。また、国土交通省広域地方計画では、静岡県は中部圏に含まれるとしている。ただ東部では国政への発言力増大のため、静岡県東部政令指定都市構想が出される等動きが活発であり、今後の動向が注目される。

地域区分

静岡県は、富士川牧之原台地を境として、東部、中部、西部の3地域に区分される。東部はさらに狭義の東部伊豆に分けられることもある。ただ富士川より西にあり中部であった旧富士川町2008年(平成20年)11月の富士市に編入されたことで富士川による境は実質なくなってしまい、県庁による地域区分でも必ずしも川が境界線とは限らない場合がある。

静岡県内には以下の23512がある。村は旧龍山村が浜松市と合併したことにより2005年(平成17年)6月30日をもって消滅した。

「町」の読み方は、森町のみ「まち」で、その他は「ちょう」。

東部

旧駿河国のうち富士川以東、および伊豆諸島を除いた旧伊豆国に相当する。市外局番は0544、0545、055または055Cであり、郵便番号は41から始まる。自動車のナンバープレートはかつては全域で「沼津」であったが、2006年(平成18年)10月から伊豆地域(上記「伊豆」エリア)でご当地ナンバーの「伊豆」が、2008年(平成20年)11月からは富士市、富士宮市、御殿場市、裾野市、小山町で「富士山」が導入されてからは、新規で沼津ナンバーを配布しているのは、沼津市と駿東郡清水町、長泉町のみである。

狭義の東部
伊豆

中部

旧駿河国のうち富士川以西と、旧遠江国のうち牧之原台地以東(現・牧之原市および榛原郡域)に相当する。市外局番は054または054Cであり、郵便番号は42から始まる。自動車のナンバープレートは「静岡」である。

西部

榛原郡域を除く旧遠江国に相当する。現在は、「遠州」と言われている。市外局番は053または053Cであり、郵便番号は43から始まる。自動車のナンバープレートは「浜松」である。

ただし例外がある。

  • 御前崎市のうち、旧御前崎町は、旧浜岡町との合併まで中部に属していたことから、市外局番と郵便番号は中部と同じで、合併後も変更されていない。
  • 教育行政上の区分では、掛川市、菊川市、御前崎市は中部教育事務所に管轄される。

浜松市南部、湖西市を西遠として、浜松市北部を北遠、磐田市袋井市掛川市南西部、森町を中遠、掛川市菊川市御前崎市を東遠、中遠と東遠を合わせて中東遠と区分することがある。

歴史

※各地域ごとの歴史は「伊豆国」「駿河国」「遠江国」を参照すること。

県名の由来

静岡という名称は、1869年から1871年まで存在した静岡藩に由来する。

「静岡」の名称の決定は版籍奉還に際して行われた。現在の静岡県庁周辺を指していた「府中」という名称が特定の地名を指しておらず紛らわしいこと[14]、読みが同じ「不忠」を想起させることを理由に明治政府から改名が要請された。それにより藩庁で改名について議論され、1868年府中藩が明治政府に「静岡」「静」「静城」の3つの案を上申し、明治政府が「静岡」を採用した[15]。この「シズオカ」という名称のうち「シズ」は賤機山に由来するとされており[14]、名称の決定に際して賤機山にちなんだ「賤ヶ丘」としていったんは決まったが藩学校頭取であった向山黄村の提案で、「賤」の字を「静」に改めたとされる。なお静岡市政90周年に際して建てられた「静岡の由来」という碑が静岡市役所前に設置されている。

先史

1960年(昭和35年)から1962年(昭和37年)に静岡県西部の浜北市根堅(現浜松市浜北区根堅)において人骨が発見されたが、2002年(平成14年)9月になって旧石器時代の約1万4000年前に生息していた浜北人の人骨であると、科学的な測定法で確認された。浜北人骨は20歳代の女性で身長143センチメートルと考えられている。人骨の発見以来、県内での調査例が増加し、今では200カ所近くに達している。場所は、天竜川左岸の磐田原台地西端一帯、沼津市の背後の愛鷹山南麓、箱根山西麓の3カ所に密集している[16]

縄文時代の遺跡総数は約2000カ所を超える。縄文草創期の遺跡は少ないが、伊豆の国市三福の仲道A遺跡で土器が出土している。早期になると撚糸文(よりいともん)や押型文(おしがたもん)の土器が集落跡から出土している。その後(約7000〜8000年前)愛鷹山南麓から箱根山西麓・伊豆半島にかけて集落が急増し、県中部にかけても広がっていく。縄文前期には、遺跡数が減少するが、前期末から中期・後期前半までになると、遺跡数も増加し、県内の縄文最盛期を迎える。東部では集落遺跡・住居の形と構造・土器・土偶・石棒・石斧などの様相が類似・発達した文化が伊豆半島から掛川市付近まで広がっている。それに対して、西部の遠江平野では、近畿・瀬戸内地域の土器が流入し、伊那谷系の土器なども分布し、東部とは様相を異にしている。また、矢尻として多く使用された石鏃の原料の石材も県内西部の天竜川付近までは、畿内の二上山産出のサヌカイトや下呂石などが大量に使用されているのに対し、東部では八ヶ岳や神津島の黒曜石が主流である。遠隔地との交易・交流が盛んに行われていたことが分かる。縄文後期後半になると遺跡数が、東部では激減し、中・西部では緩減する。一方では儀式用の石器が普及し出す[17]

1958年(昭和33年)から1960年(昭和35年)、静岡県西部の三ヶ日町只木(現浜松市北区三ヶ日町只木)で、約7500〜9500年前に生息の三ヶ日人の住んでいた遺跡が発見されている。また、約4000〜6000年前のものとされる全国的に見ても大規模な集落跡である千居遺跡が静岡県東部の上条地区(現富士宮市)で確認されている。

弥生時代の遺跡としては、静岡市駿河区登呂で、弥生時代の水田、住居跡などが発見されている(登呂遺跡)。

古代

古くには六つの国造が設置された他、浜名県主の存在も見られる。

中央から派遣された国司が政務を司る政庁は、国府に置かれ、国衙と呼ばれた。まず、遠江国府は磐田市御殿二宮遺跡が、駿河国府は静岡市駿府城東南地区が候補地としてあがっているが、伊豆国府は三島市内にその候補地を見出していない。その土地の国造や新興の有力者が就任した郡司郡衙は郡家とも呼ばれた。官衙遺跡では、浜松市の伊場遺跡群(伊場遺跡・城山遺跡・梶子遺跡・梶子北遺跡・三永遺跡・鳥居松遺跡・九反田遺跡・中村遺跡)が発掘されている。これらの遺跡は敷知郡家および関連官衙(館・厨)や栗原駅家など地方官衙が複合する遺跡と考えられている。また、これらの遺跡は、出土する木簡から天武朝に溯る事が分かり、柱立建物が13〜14棟、絵馬墨書土器が検出されている。このほか、藤枝市御子ヶ谷遺跡(国の史跡)と秋合遺跡は駿河国志太郡家遺跡と考えられ、袋井市坂尻遺跡(佐野郡家ヵ)、藤枝市郡(こおり)遺跡(益頭(さしず)郡家ヵ)などの郡衙遺跡の存在が明らかになってきている[18]

遠江国
次の3つの国造を統合
遠淡海国:磐田市に比定
久努国:袋井市久能に比定
素賀国:掛川市大須賀に比定
駿河国
次の2つの国造を統合
珠流河国:伊豆を含む富士川以東に比定。
廬原国:大井川と富士川の間に比定。
伊豆国
駿河国成立から程なく分立した。伊豆諸島を含む。
伊豆造国の比定地については異説が多い

記紀においては、ヤマトタケルが蝦夷征伐に赴いた時、駿河国でだまし討ちに遭う。その時に草薙剣で草を薙ぎ払って難を逃れたというヤマトタケル伝承が記されており、その地を「草薙」と呼んだ。また、賊を焼き払った野原を「焼津」と呼んだという。

律令制で中央集権国家が形成されるに従って、現在の静岡県内に有った国造は、伊豆国、駿河国、遠江国という3つの令制国に合併・再編された。

律令制下には、遠江国には白輪官牧(しろわのかんまき)があり、その後荘園化し白羽荘と称した。故地は御前崎西方の砂丘地帯から北方の牧之原台地におよぶと推定される。駿河国には岡野(大野)・蘇弥奈の2官牧がある。前者は愛鷹山の東南麓、現沼津市の大岡・金岡・愛鷹を中心とする地域に存在し、後に大岡牧、あるいは大岡荘と呼ばれる荘園になった。後者の位置は明確でないが、現静岡市街地の西北、安倍川藁科川とに囲まれた牧ヶ谷から美和の内牧に至る一帯の山地と思われる。伊豆国では、官牧の存在が明確ではないが、現伊豆市修善寺町に牧之郷という地名がある。後にこれらの地域に武士団が簇生した[20]

伊豆国は畿内から遠いために、流刑地の一つとされていた。一方で、駿河国には藤原南家の末裔(まつえい)の多くが住み着き、土着したようである。

遠江国の国分僧寺は磐田市中央町に、国分尼寺はその北にあったことが確かめられている。駿河国分僧寺は静岡市大谷の片山廃寺がその有力候補とされており、国分尼寺は不明である。伊豆国分僧寺は三島市泉町に、国分尼寺は三島市南町にあった。

中世

平治元年(1159年)、平清盛に敗退した源義朝は東国に敗退する最中に謀殺され、義朝三男の源頼朝は平家方に捕らえられるが助命され、伊豆国韮山(伊豆の国市)に流刑された。豆駿遠三国はいずれも平家の勢力圏であったが、頼朝は伊豆において在庁官人北条氏の庶流北条時政の娘政子を室として婿になり、伊豆の反平家方の武士たちから支持を受けると治承4年(1180年)には以仁王の平家討伐令旨に応じて挙兵する(治承・寿永の乱)。

治承・寿永の乱は豆駿遠三国のみならず相模国や甲斐国など東国圏から西国にかけて展開するが、三国内における平家勢は治承4年8月23日に相模石橋山の戦い(小田原市)において頼朝勢を撃退するが、8月25日には駿河目代橘遠茂の軍勢が富士山麓において甲斐源氏の勢力に敗退し(波志田山合戦)、甲斐源氏の勢力と安房へ逃れた頼朝が三浦氏の後援を得て勢力を挽回すると反平家勢は再び三国方面へ侵攻し、平家勢は10月14日には富士山麓における鉢田の戦いにおいて敗退し、さらに10月20日の富士川の戦いにおいて大敗し、三国は頼朝や甲斐源氏の勢力圏となった。

頼朝が鎌倉幕府を開府すると三国の所領も恩賞として御家人に安堵された。伊豆は北条氏が守護となったが、治承・寿永の乱においては特に甲斐源氏の功績が大きく、駿河は武田信義、遠江は安田義定が守護となったが、頼朝は甲斐源氏の粛清を行い、三国は北条氏の影響下に置かれた。『曽我物語』に拠れば建久4年(1193年)5月15日には富士の巻狩が行われ、5月28日には曽我の敵討が発生する。

鎌倉幕府において源氏将軍が途絶すると北条氏は執権として幕政を主導する執権政治を開始し、三国は北条氏の所領における中心となる。承久3年の承久の乱において三国の武士は幕府勢の主力である東海道軍に加わり活躍し、乱の平定後に三国の御家人は西国にも恩賞を獲得し、勢力を拡大した。

頼朝や北条氏は寺社を振興し、三国においても頼朝の信仰した伊豆山神社や北条氏の氏寺である願成就院など幕府にゆかりのある寺院が分布している。三国においては天台宗・真言宗の旧仏教の影響が強かったが、鎌倉新仏教においても臨済宗の高僧である円爾(聖一国師)や南浦紹明(大応国師)は駿河の出身で三国でも臨済寺院が分布しており、日蓮宗の宗祖である日蓮は伊豆において布教を行っており、日蓮が甲斐国南部の身延(身延町)に草庵を構え信仰の拠点となると駿河・伊豆においても門徒が拡大し、日興大石寺(富士宮市)・北山本門寺(富士宮市)など岳南地方において日蓮宗の拠点寺院を建立した。

南北朝時代に入ると、今川氏守護大名として駿河国府中(駿府)に入った。14世紀後半に入ると今川氏は遠江国の守護職も兼ねて勢力を伸長する。

戦国期には今川氏親は伊勢宗瑞(北条早雲)らの力によって一族の抗争を終わらせ、戦国大名への道を歩んだ。また、応仁の乱の後に、散逸した貴族達が多く逗留した。一方の北条早雲は、伊豆国の堀越公方を攻め滅ぼし、それを足がかりに関東の支配へ乗り出す。その後、今川氏と(早雲の息子である)氏綱(後北条氏)の主従関係が崩れ、富士川以東の地域をめぐって争いが生まれる(河東の乱)。

駿府は今川領国の中心として繁栄し、今川義元は後北条氏との争いを収束させると、甲斐の武田氏、相模後北条氏と三国同盟を形成し駿河国、遠江国、三河国の3国を支配した。永禄3年(1560年)、尾張国織田信長との桶狭間の戦いにおいて当主義元が敗死し今川氏真に当主交代すると三河においては松平元康(徳川家康)が独立するなど今川領国は動揺する。外交関係においても武田氏と手切となり、永禄11年(1568年)に武田信玄と徳川家康が協調して今川領国へ侵攻し、今川氏は相模後北条氏の支援を得るが領国は崩壊した。

その後は武田信玄と徳川家康は今川領国の割譲を巡り対立し、さらに徳川氏と協調し武田氏に敵対する後北条氏や越後上杉氏、徳川氏と同盟関係にありつつ武田氏とも友好的関係を持ち将軍義昭を擁する尾張の織田信長など旧今川領国を巡る情勢は複雑に推移するが、元亀年間に武田氏は駿河を確保すると、後北条氏との同盟も回復する。その後、武田氏は矛先を遠江・三河方面に向け家康や信長と対決し畿内情勢にも影響を及ぼしたが(西上作戦)、元亀4年には信玄が死去し事態はいったん収束する。

信玄の死後、信長は畿内において政権を確立し家康も岡崎から浜松に拠を移し勢力を回復し、武田氏では勝頼に当主交代すると再侵攻を繰り返すが、天正3年の三河において織田・徳川勢が武田勢に致命的打撃を与えた長篠の戦いと、天正9年の高天神城陥落を契機に駿遠二国における武田氏の勢力は後退し、天正10年(1582年)に武田氏は織田・徳川勢により滅ぼされた。

同年、本能寺の変において信長が横死し旧武田領国が空域化すると家康は本国の三河・遠江のみならず武田遺領である甲斐・信濃国・駿河を確保し(天正壬午の乱)、5国を支配し東国における一大勢力に成長した。

近世

豊臣秀吉が後北条氏を滅ぼすと、1590年には家康は駿府から江戸に移され、代わって駿府には中村一氏が入り、遠江国には掛川に山内一豊堀尾吉晴が入り、それぞれ織田家の家臣が入った。

1603年、徳川家康が江戸幕府を開くと後継者の徳川秀忠将軍職を譲り、家康は駿府において大御所政治を敷いた。江戸時代の伊豆国、駿河国、遠江国の3国(以下「豆駿遠三国」と略称)には、幕府直轄領や譜代大名の藩領、旗本領が入り組んでおり、伊豆国には韮山の代官江川太郎左衛門、駿河国には沼津藩の水野出羽守、田中藩の本田紀伊守、小島藩の瀧脇丹後守、遠江国には相良藩の田沼玄蕃頭、横須賀藩の西尾主計頭、浜松藩の井上河内守、掛川藩の太田惣次郎、堀江藩の大澤右京大夫といった具合に領主支配は複雑に変遷している。

近世には江戸日本橋から京都に至る東海道宿場が整備されるが、豆駿遠三国には53の宿場のうち22宿が存在し、各地に宿場町が成立した。東海道は西国諸大名の参勤交代朝鮮通信使琉球使節も通行し、新居関所(今切関所)は箱根関所と並ぶ重要な関所として知られ、大井川では川越制度が整えられ、大井川徒歩が行われた。

近世には新田開発が行われ米麦や畑作物の生産が増大したほか、椎茸山葵などの特産物の生産も行われる。また、伊豆や駿河では金銀山での採掘が行われたほか、豆駿遠三国では林業が行われ幕府の御林も設置されていた。

近世後期には、天保の大飢饉などに際して豆駿遠三国でも凶作や飢饉の被害を受け、強訴や打ちこわし、百姓一揆が発生しており、明和元年(1764年)の駿河小島藩の惣百姓一揆、天明3年(1783年)の駿河、天明6年の遠江、文化13年のなどが発生している。

文化面では国学を創始した確立した荷田春満の弟子に浜松諏訪神社大祝杉浦国頭がおり、国頭は江戸において春満に学び、春満の姪を妻に迎え浜松で私塾を開き多くの門弟を育てた。そのなかには伊庭村の賀茂明神神職の賀茂真淵がおり、真淵は春満に国学の学問的手法を確立し、地元出身者を含む多くの門弟を育て、豆駿遠三国では春満・真淵との関わりからが発達する。

幕末には嘉永6年(1853年)にアメリカ艦隊司令長官ペリーが日本との通商を求めて来航し、翌嘉永7年1月には下田・函館両港が開港する。下田にはアメリカ領事タウンゼント・ハリスが駐在し、安政5年に日米修好通商条約が締結されるまで、玉泉寺はアメリカ総領事館として機能した。また、嘉永6年にはロシアのプチャーチン艦隊も日本との通商を求めて来航し、同年11月1日には下田において幕府側全権と交渉を行っている。嘉永7年11月4日には安政東海地震が発生しプチャーチン艦隊のディアナ号は沈没し、日本側では韮山代官江川英龍が主導し、戸田港において代船ヘダ号の造船を行っている。

近代

江戸幕府が倒されて明治維新が起こると、1868年5月には、駿河国の天領沼津藩田中藩小島藩・交代寄合の榊原家の久能陣屋、諸旗本領、遠江国の相良藩横須賀藩掛川藩浜松藩・交代寄合の近藤家の気賀陣屋、諸旗本領が合併されて、静岡藩(70万石)が設置され、徳川将軍家徳川家達が入った。同年6月、伊豆国(旧韮山代官領)の地域に韮山県が成立した。同年9月、旧堀江陣屋(5600石、申告1万6石。今の浜松市舘山寺地区)が堀江藩に昇格した。そして、1869年には、駿府は静岡に改名された。

1871年8月29日廃藩置県では、静岡藩は静岡県に置き換わり、堀江藩が堀江県に置き換わった。同年12月31日には、当時の静岡県は分割され、駿河国部分が静岡県となり、遠江国部分は浜松県となった。堀江県は浜松県に編入された。韮山県は、荻野山中県や小田原県と合併して、足柄県となった。

しかし、1876年(明治9年)4月18日には足柄県が分割され、相模国部分は神奈川県に編入され、伊豆国部分は静岡県に編入された。そして、同年8月21日になると、浜松県が廃止されて静岡県に編入された。1878年(明治11年)には、伊豆諸島東京府(現在の東京都)に編入された。

このように、伊豆国、駿河国、遠江国の3国が、1876年(明治9年)に行われた県の合併によって、現在の静岡県となった。

人口

Demography22000.svg
静岡県と全国の年齢別人口分布(2005年)静岡県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 静岡県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

静岡県の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

都市

静岡県内 市別人口ランキング
静岡県内市別人口密度ランキング(推計人口 2022年1月1日)
  1. 焼津市(1,928.82人/km2
  2. 三島市(1,724.9人/km2
  3. 沼津市(1,000.03人/km2
  4. 磐田市(1,011.67人/km2
  5. 富士市(995.06人/km2

静岡県内市町別人口・面積・人口密度

人口・面積・人口密度
自治体コード人口
(人)
面積
(km2
人口密度
(人/km2
静岡市221007687,2721,411.90486.77
浜松市221309785,7291,558.06504.3
沼津市222038186,966186.961,000.03
熱海市22205433,29061.78538.85
三島市222062106,97862.021,724.9
富士宮市222071126,781389.08325.85
伊東市22208964,702124.10521.37
島田市22209794,839315.70300.41
富士市222101243,740244.95995.06
磐田市222119165,357163.451,011.67
焼津市222127135,61570.311,928.82
掛川市222135114,197265.69429.81
藤枝市222143140,705194.06725.06
御殿場市22215185,539194.90438.89
袋井市22216087,712108.33809.67
下田市22219419,704104.38188.77
裾野市22220849,990138.12361.93
湖西市22221657,24386.56661.31
伊豆市22222427,655363.9775.98
御前崎市22223230,42565.56464.08
菊川市22224147,29094.19502.07
伊豆の国市22225946,24994.62488.79
牧之原市22226742,541111.69380.88
東伊豆町22301811,26477.81144.76
河津町2230266,701100.6966.55
南伊豆町2230427,689109.9469.94
松崎町2230515,84285.1968.58
西伊豆町2230696,855105.5464.95
函南町22325536,54265.16560.8
清水町22341731,5248.813,578.21
長泉町22342543,19926.631,622.19
小山町22344118,271135.74134.6
吉田町22424328,61020.731,380.13
川根本町2242945,917496.8811.91
森町22461817,122133.91127.86
推計人口 2022年1月1日

都市圏

総務省が定義する大都市圏として、静岡・浜松大都市圏及び関東大都市圏を有する。

都市雇用圏では、以下の都市圏を有する。

  1. 浜松都市圏人口1,113,163人、面積2,050.31km²、人口密度543人/km²。(2022年1月1日、推計人口
  2. 静岡都市圏人口1,058,431人、面積1,991.97km²、人口密度531人/km²。(2022年1月1日、推計人口
  3. 沼津都市圏人口479,113人、面積808.17km²、人口密度593人/km²。(2022年1月1日、推計人口
  4. 富士都市圏人口370,521人、面積634.03km²、人口密度584人/km²。(2022年1月1日、推計人口[注釈 8]
  5. 掛川都市圏人口191,912人、面積425.44km²、人口密度451人/km²。(2022年1月1日、推計人口
  6. 御殿場都市圏人口153,800人、面積468.76km²、人口密度328人/km²。(2022年1月1日、推計人口
  7. 島田都市圏 : 人口95,529人、面積315.70km²、人口密度303人/km²。(2020年8月1日、推計人口

政治

静岡県は、「住んでよし、働いてよし、訪れてよし」の「富国有徳の日本の理想郷」を創るための施策に取り組んでいる[21]。「富国有徳」は、前知事石川嘉延の県政キャッチコピー「富国有徳――しずおかの挑戦」にも現れるが、これは現知事川勝平太の著した『富国有徳論』(1995)[22] の思想に賛同したもの。

国際コメ年2004年から、「コメの購入量・購入金額」日本一である静岡市で「お米日本一コンテストinしずおか」を毎年開催している。主催者「全国お米まつりinしずおか実行委員会」は静岡県庁こめ室内に置かれている[23]

国政

衆議院小選挙区が8。参議院では、全県で1区を構成。

県政

静岡県のイメージキャラクターは「ふじっぴー」(2003年(平成15年)開催 NEW!!わかふじ国体マスコットキャラクター)である[24]

歴代知事(公選)

経済・産業

2017年(平成29年)度の県内総生産は名目17兆2770億円であり[25]、全世界の2/3の国々のGDPを上回り、ギリシャニュージーランドなど一部の先進国と匹敵する規模を持つ[26]

※本社を置く企業は「Category:静岡県の企業」を参照すること。

トヨタグループの創始者である豊田佐吉の生誕の地であり、ホンダの発祥地、スズキヤマハカワイといった企業の本社所在地であることから第二次産業が発達している。製造品出荷額は大阪府とほぼ同等の17兆1540億円(2019年度)であり、愛知県神奈川県に次ぐ国内3位である[27]

静岡市浜松市など県内大都市(政令市)を中心に多くの企業が事業所を置いている[28]

また、静岡茶みかんに代表される農業やマグロ・カツオ・桜エビなどで有名な漁業、富士山伊豆半島赤石山脈南アルプス)・浜名湖などの観光等のサービス業も盛んである。

  • 清水港のコンテナ取扱貨物量は全国8位であり、積極的な貿易が行われている[31]
  • 浜名湖周辺では養鰻業が盛んであったが、1980年代以降は他の産品に転換しており、生産高は落ちこんでいる[33]。現在は名産品として有名なの養殖ではなく、スッポンが養殖されているところが多い。周辺海域では、高級魚として人気の高いトラフグの養殖も行われ、新たな特産品となっている。
  • 静岡空港(富士山静岡空港)の建設を進め、空港過疎地域の救済を図る。

生活・交通

警察

電気

富士川を境に県の東部のみ50Hz(ヘルツ=東京電力パワーグリッドが送配電)。その他は60Hz(中部電力パワーグリッドが送配電)。新潟県の佐渡島糸魚川市の一部や長野県の一部で電源周波数が県の大半と異にする地域があるものの、同一都道府県内で電源周波数が東西に大きく二分されるのは本県のみであるため、電気の分野では富士川がよく知られている。

浜松市北部の佐久間ダム近傍に、東西の電力を相互に融通するための電源開発送変電ネットワーク佐久間周波数変換所が、静岡市清水区の中部電力パワーグリッド東清水変電所内に同様の目的の東清水周波数変換装置(FC; frequency converter)がある。

ガス

静岡県内では、静岡ガス系やTOKAI系、中部ガス系、サイサン系を中心として、複数の業者が地域を分けてガス事業を行っている。静岡県内の主な一般ガス事業者は次の通り。

交通

東海道の沿線として、古くから関東地方近畿地方とを結ぶ大動脈が整備されてきた。特に浜名湖畔は、首都圏東京鎌倉)と畿内大阪京都奈良)から等距離に位置している。

鉄道

※ 伊東線全線と東海道本線(在来線)熱海駅東日本旅客鉄道(JR東日本)の管轄。ほかのJR線は東海旅客鉄道(JR東海)の管轄。

静岡県は第三セクター鉄道を除いた中小私鉄事業者が最も多く[40]遠州鉄道静岡鉄道遠鉄グループ静鉄グループを形成し、中小私鉄でトップの売上高である[41]

このように東西に新幹線などの幹線級の鉄道が敷かれており三大都市圏を結ぶ大動脈として整備されており、全国で5番目の規模を有する静岡・浜松大都市圏及び東海工業地域の輸送の要であるが、通過点としての役割も強く、三大都市圏に匹敵する程の流通はない。現に一日12万人程の利用がある東海道新幹線静岡県内区間ですら『のぞみ』は県内の全駅を通過している現状もある[42][43]

静岡県内のJR線は全線電化されている。私鉄も非電化路線は天竜浜名湖線と大井川鉄道井川線(但しアプト式区間は電化)のみである。

このほか、2027年開通予定の中央新幹線山梨県駅と長野県駅の間で静岡市葵区北部を通過するが、赤石山脈内の大井川源流部を南アルプス隧道として通過し、駅の設置予定はない。

道路

※ このほかの詳細は「静岡県の県道一覧」「中部地方の道路一覧」を参照のこと

これらのほかに、地方港湾漁港などがある。

船舶航路

空港

医療・福祉

災害拠点病院
保育所

教育

賀茂地域教育振興センター[44]

平成29年4月3日開所。賀茂地域教育振興センターは、静東教育事務所参事1名、賀茂地区5町指導主事3名、下田市指導主事1名、県幼児教育アドバイザー1名の計6名で構成されている[45]

各学校を訪問し、教科指導、生徒指導等に関して賀茂地域の教育の質の維持・向上を図る取組を推進する組織。

県内初のモデル事業として県幼児教育アドバイザーを配置し、幼稚園・保育所・認定こども園を卒業する幼児が、スムーズに小学校生活に溶け込めるための調整役も務める。

静岡県では、平成29年2月に「賀茂地域教育振興方針」を作成。5年後、10年後の賀茂地域のあるべき教育の姿を見据え、このセンターの整備を足がかりに、方針の施策を推進する[45]

賀茂地域教育振興センターの具体的な活動内容等は、「静岡新聞@S」や静岡県教育委員会広報誌「Eジャーナル189号193号」で紹介されている。

高等教育

入学希望者に対し県内の高等教育機関が不足しているため、県内の高校生は県外に進学する者が比較的多い[要出典]。県内に企業の本社が多いこともあって、UターンIターン就職者が比較的多い。

6年制課程または専門職大学院としては、医学部浜松医科大学薬学部静岡県立大学法科大学院静岡大学にそれぞれ存在する。

なお、東海大学が1955年に本部を東京都に移転した後、常葉学園大学が1980年に開学するまで、静岡県内に本部を置く4年制私立大学は存在しなかった。

高等専門学校

静岡県には沼津工業高等専門学校がある。

高等学校

下田高韮山高沼津東高富士高清水東高静岡高静岡東高静岡市立高藤枝東高榛原高掛川西高磐田南高浜松北高浜松西高浜松市立高等学校がある。

私立高校についても、浜松日体高日大三島高東海大翔洋高などの大学付属高や、静岡雙葉高不二聖心女子学院高などの中高一貫女子校、中高一貫男子校である静岡聖光学院高といった特色のある高校が存在する。

義務教育

伝統的に公立小・中学校が義務教育の中心を担っており、地域の公立小中学校への進学者が多い。

近年は国立・私立校の人気が高まっている。学校側も、特に私立校においては少子化時代の生徒確保を意識して高校に小・中学校を併設する動きが出ている。教育内容についても、例えば小学生の英語教育で全国的に有名な加藤学園暁秀初等学校など、公立とは異なる特色ある教育を行っている。

マスメディア

新聞

地方紙
  • 静岡新聞
    静岡県内を主な購読地域とする地方紙。静岡県内一円に取材拠点を置いており、静岡市で印刷している。静岡県内情報や茶業情報については最も詳しい。系列テレビ・ラジオ局を有し、県内に一大メディアグループを築いており、県内各界への影響力も大きい。囲碁碁聖戦主催紙の一つでもある。特定の系列販売店はないので、県内の大半の新聞販売店で購入が可能である。
  • 中日新聞東京新聞
    中日新聞社発行の新聞においては、富士川以西では主に中日新聞、富士川以東では主に東京新聞が販売されている。また、浜松市東海本社があり、東京新聞の県版を含む静岡県内向けの編集と発行が行われている。なお東京新聞は、県内を「統合版」エリアとしているため、朝刊のみの発行。
全国紙
全国紙は基本的に東京都もしくは神奈川県千葉県愛知県の工場で印刷して静岡県に輸送している物が多い。いずれの新聞も、紙面のうち1〜2面程度の広さを静岡県内記事(静岡県版)に割いている。静岡県版は、静岡県東部版、静岡県中部版、遠州版の3つに分けられているが、支局の表示は3つとも同じである[注釈 9]
  • 読売新聞は、浜松市を除く県内向けの朝刊・大井川以東向けの夕刊は神奈川県横浜市瀬谷区の横浜工場で印刷され、大井川以西向けの夕刊及び浜松市向けの朝刊は中部支社管轄の愛知県清須市の清須工場で印刷されている(なお中部支社では東海3県に向けた新聞の夕刊そのものは発売・発行していない)。
  • 朝日新聞は、天竜川以西(浜松市の一部・湖西市)向けの朝・夕刊は、北名古屋市朝日プリンテック名古屋工場、天竜川以東向けの朝・夕刊は神奈川県座間市トッパンメディアプリンテック東京座間工場で印刷。
  • 毎日新聞は、静岡県向けの朝刊・大井川以東の夕刊は、神奈川県海老名市毎日新聞首都圏センター海老名工場で印刷されたものが販売されているが、大井川以西の夕刊は名古屋市中区の中日新聞本社工場にて受託印刷されたもの(中日新聞への委託前は、名古屋市にあった自社工場「毎日新聞名古屋センター」[注釈 10] で印刷されていた)が販売されている。
  • 産経新聞は、東京本社が編集し、紙面は関東地区の産経新聞印刷の工場で印刷されている。
  • 日本経済新聞は、東京本社が編集し、紙面印刷を静岡新聞社に委託している。このため、静岡県内向けには静岡市内から各販売所に配送されている。
スポーツ紙
全国向けスポーツ紙は、東京都もしくは神奈川県で印刷して静岡県内に輸送している。紙面の一部を静岡県版として割いている物が多い。
郷土紙(地域密着紙)
ごく狭い地域のみで発行される新聞、タブロイド版のものが多い。
  • 伊豆新聞 ※静岡新聞系
    • 伊東版 (伊東市)
    • 下田・賀茂版 (下田市、賀茂郡:東伊豆町、河津町、南伊豆町、松崎町、西伊豆町、伊豆市(旧田方郡土肥町))
  • 熱海新聞 ※静岡新聞系(熱海市、神奈川県湯河原町)
  • 伊豆日日新聞 ※静岡新聞系 (伊豆の国市、伊豆市、田方郡函南町、駿東郡清水町、三島市、沼津市)
  • 日刊伊豆毎日 (熱海市)
  • 岳麓新聞 (御殿場市)
  • 日刊静岡 (御殿場市)
  • 沼津朝日新聞 (沼津市、駿東郡清水町)
  • 沼津新聞 (沼津市)
  • 富士ニュース (富士市、富士宮市)
  • 岳南朝日新聞 (富士宮市、富士市)
  • 岳陽新聞 (富士宮市)
  • 庵原新聞 (静岡市清水区(由比・蒲原)、富士市(富士川))
  • 郷土新聞 (掛川市)
  • タウン情報はままつ (浜松市)
  • 日刊焼津港報 (焼津市)
フリーペーパー
  • 中日ショッパー(浜松市、静岡市など) ※中日新聞系
  • びぶれ(浜松市) ※静岡新聞系
  • リビング静岡(静岡市) ※サンケイリビング新聞社

放送

静岡県の地上デジタルテレビ・FMラジオの県域放送親局は静岡市清水区の日本平デジタルタワーに集約されているが、SBSラジオ補完FM局のメイン送信所は焼津市の高草山に設置された。

テレビ局

静岡県は人口10位以上の都道府県で唯一、TXNネットワーク系列局または独立局が存在しない[46]。静岡県はTXN系列局であるテレビせとうちの放送対象地域である岡山県香川県両県の合算人口を約100万人程上回っており、2007年には静岡県のTXN系列局新規開局が計画されたが[47]リーマン・ショックなど景気後退のために現在は棚上げ状態にある[48]

ラジオ局

AMラジオ局
FMラジオ局
  • NHK静岡放送局(FM放送
  • K-mix(静岡エフエム放送)(JFN系列)
※かつて存在したMegaNet系列の「愛知国際放送(RADIO-i・本社名古屋市)」も浜松市に中継局を置いていた(在名局で唯一静岡県の一部も公式放送区域としていた)。

コミュニティFM局

西部(遠州)
  • FM Haro!(浜松市中区)ミュージックバードを配信
中部(駿西)
東部(駿東)
伊豆

ケーブルテレビ

文化・スポーツ

方言

食文化

郷土料理

伝統工芸

経済産業大臣指定伝統的工芸品
  • 駿河竹千筋細工(竹工品、1976年
  • 駿河雛具(人形、1994年
  • 駿河雛人形(人形、1994年)
伝統工芸品

スポーツ

観光

静岡県を舞台とした主な作品

県内には自治体・商工会議所・企業または任意団体などが地域ごとにフィルム・コミッションを組織し、各地域での映像作品制作の支援が行われているが、これらの団体および撮影地に関する情報提供や撮影手配の支援など行う「静岡フィルムコミッションnet」が県により組織されている。この取り組みは、地域を題材とした映像作品が発信されることにより、県内各地の広報および地域活性化や観光振興に繋げるためのものである[49]

以下のリストは発表年順での記載である。

映画

静岡県が舞台ではないが、静岡県をロケ地とした作品
静岡県が舞台であるが、静岡県をロケ地としていない作品

テレビドラマ

バラエティ

楽曲・MV

文学

アニメ・漫画

静岡県内
西部
中部
東部
伊豆
富士山

ゲーム

人物

国際関係

姉妹自治体・提携自治体

友好州省道

脚注

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注釈

  1. ^ 1968年(昭和43年)8月26日制定
  2. ^ 1968年(昭和43年)8月6日制定
  3. ^ 海上を隔てて隣接。
  4. ^ 1965年(昭和40年)9月21日選定
  5. ^ 1964年(昭和39年)10月2日制定
  6. ^ 後に東京都に越境合併された伊豆諸島を含まない。
  7. ^ この場合、東海3県を「中京」もしくは「中部」「愛三岐」などと表記。
  8. ^ 県外(山梨県)の南部町は除く。
  9. ^ 尚、朝日新聞は2019年4月1日、「静岡」に統一され、その他の新聞社も「静岡」で統一した。また、2021年10月1日、読売新聞は、「静岡」「東部・伊豆」を統合し、中東部・伊豆地方は「静岡」に変更された。
  10. ^ 会社自体は現存しており、現在は中部本社管内の新聞の配送のみに特化。

出典

  1. ^ a b 県の概要-県章・県旗”. 静岡県ホームページ. 2014年7月19日閲覧。
  2. ^ a b c 県の概要-県の鳥・花・木work=静岡県ホームページ”. 2014年7月19日閲覧。
  3. ^ 製造業合計(都道府県データランキング)” (日本語). 製造業合計(都道府県データランキング). 2020年10月11日閲覧。
  4. ^ kanenshiryou3-2”. 2020年10月11日閲覧。
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  6. ^ 静岡県/6次産業化の推進”. www.pref.shizuoka.jp. 2020年12月10日閲覧。
  7. ^ 日本の市の人口順位
  8. ^ “[https://www.pref.shizuoka.jp/kikaku/ki-030/documents/02shizuokajinnkougennsyouteigen_1.pdf 静岡県の人口減少対策への 提 言]”. 人口減少問題に関する有識者会議. 2020年12月11日閲覧。
  9. ^ H30観光交流客数の動向冊子(校正版)”. 静岡県文化・観光部観光交流局、観光政策課. 2020年11月23日閲覧。
  10. ^ 静岡県 市区町村の役所・役場及び東西南北端点の経度緯度(世界測地系) 国土地理院(2018年5月2日閲覧)
  11. ^ 我が国の人口重心 -平成27年国勢調査結果から- 総務省(2018年5月2日閲覧)
  12. ^ 都道府県別森林率”. 林野庁. 2020年10月13日閲覧。
  13. ^ 岳南地域(読み)がくなんちいきコトバンク
  14. ^ a b 県の概要-県の成り立ち”. 静岡県. 2020年10月16日閲覧。
  15. ^ 「静岡の由来」碑について”. 静岡市. 2020年10月16日閲覧。
  16. ^ 荒木敏夫「静岡県の夜明けと律令体制の成立」 本多隆成・荒木敏夫・杉橋隆夫・山本義彦『静岡県の歴史』山川出版社 1998年 10-11ページ
  17. ^ 荒木敏夫「静岡県の夜明けと律令体制の成立」 本多隆成・荒木敏夫・杉橋隆夫・山本義彦『静岡県の歴史』山川出版社 1998年 12-15ページ
  18. ^ 荒木敏夫「静岡県の夜明けと律令体制の成立」 本多隆成・荒木敏夫・杉橋隆夫・山本義彦『静岡県の歴史』山川出版社 1998年 40-43ページ
  19. ^ 富士山世界文化遺産登録推進両県合同会議/富士山を世界遺産にする国民会議 発行 『富士山 信仰と芸術の源』 小学館 2009年 p84
  20. ^ 杉橋隆夫「地域の武士社会と政権」 本多隆成・荒木敏夫・杉橋隆夫・山本義彦『静岡県の歴史』山川出版社 1998年 66-68ページ
  21. ^ 静岡県 / 応援していただきたい施策の紹介
  22. ^ 川勝平太著『富国有徳論』(B6)紀伊國屋書店、1995年9月。ISBN 9784314006910
    対談部分を除く出版元を変え再版 -- 川勝平太著『富国有徳論』(文庫)中央公論新社中公文庫〉、2000年1月25日。ISBN 9784122035713
  23. ^ お米の消費日本一の静岡で開催する「お米日本一コンテスト」参加募集”. 共同通信PRワイヤー (2004年8月3日). 2018年1月8日閲覧。
  24. ^ 静岡県 / ふじっぴー紹介
  25. ^ 地域別総生産及び所得 [1]
  26. ^ 国の国内総生産順リスト (為替レート)
  27. ^ 静岡県 (2021年6月29日). “2020年工業統計調査(確報)調査結果の概要等”. 2021年6月29日閲覧。
  28. ^ 都道府県別事業所数・従業者数等について[2]
  29. ^ 『47都道府県うんちく事典』著者八幡和郎127頁
  30. ^ Myしずおか日本一 プラモデルの出荷額 日本一 ふじのくに(静岡県公式ホームページ)2018年9月16日閲覧
  31. ^ コンテナ取扱貨物量上位20港ランキング[3]
  32. ^ 『47都道府県うんちく事典』著者八幡和郎126頁
  33. ^ 静岡大学人文社会科学部・地域創造学環(編)『大学的 静岡ガイド:こだわりの歩き方』 昭和堂 2019年 ISBN 978-4-8122-1815-0 pp.226-227.
  34. ^ かつおの漁獲量、産出額、輸出日本一 静岡県
  35. ^ きはだの漁獲量、産出額日本一 静岡県
  36. ^ さくらえびの漁獲量日本一 静岡県
  37. ^ サイサングループ
  38. ^ a b c d e 静岡ガスグループ
  39. ^ 島田瓦斯株式会社の株式取得に関するお知らせ”. 静岡ガス (2008年3月23日). 2018年3月31日閲覧。
  40. ^ 日本の鉄道事業者一覧
  41. ^ 鉄道業界 売上高ランキング(2019 - 2020年)[4]
  42. ^ 統計センターしずおか/鉄道運輸状況 新幹線駅別乗車人数(一日平均)”. toukei.pref.shizuoka.jp. 2020年12月10日閲覧。
  43. ^ 乗車人員ベスト10駅” (日本語). JR東海. 2020年12月10日閲覧。
  44. ^ 賀茂地域教育振興方針 [5] 平成29年2月 p.27
  45. ^ a b ふじのくに 静岡県公式ホームページ
  46. ^ ネット別テレビ局一覧表”. www.saturn.dti.ne.jp. 2021年2月7日閲覧。
  47. ^ MSN毎日インタラクティブ(丸山進)”. 毎日新聞. 2007年5月31日閲覧。
  48. ^ なぜテレビ東京系は広島や仙台で視聴できないのか” (日本語). エキサイトニュース. 2021年2月7日閲覧。
  49. ^ 静岡フィルムコミッションnet(2013年9月2日閲覧)
  50. ^ “本広克行監督コメント”. BARKS. http://www.barks.jp/news/?id=1000109359 2015年1月5日閲覧。 
  51. ^ メイド喫茶で映画『サイレントヒル』のナイショの話が聞けちゃった!! - ファミ通.com” (日本語). www.famitsu.com. 2018年7月13日閲覧。
  52. ^ 韓国・忠清南道と静岡県 友好協定を締結(聯合ニュース、2013/4/30)

関連項目

外部リンク

行政
福祉
観光
先代:
静岡藩

足柄県の一部(伊豆国


浜松県

行政区の変遷
1871年 -
次代:
-----

東京府伊豆諸島


 

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