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☕|【東京⇔八戸】注目!八戸圏域と首都圏をつなぐ拠点


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【東京⇔八戸】注目!八戸圏域と首都圏をつなぐ拠点

 
内容をざっくり書くと
※8市町村とは、八戸市、三戸町、五戸町、田子町、南部町、階上町、新郷村、おいらせ町を指します。
 

NO.280 カテゴリー: カフェ ごはん おでかけ 【東京⇔八戸】注目!八戸圏域と首都圏をつなぐ拠… →このまま続きを読む

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五戸町

五戸町(ごのへまち)は、青森県三戸郡

地理

三戸郡北部の内陸部に位置する。町内は坂が多い。総面積の半分以上を森林が占める。

  • 河川:、

土地利用

五戸町は都市計画区域に指定されている。 五戸町の総面積17,782haの内訳は以下の通り。 都市計画区域:8,220ha(そのうち用途地域は325.7ha) 農用地:4,630ha 森林:9,278ha 原野:679ha 河川・水面・水路:228ha 道路:691ha 宅地:638ha その他:1,638ha

気候

青森県農林総合研究センターリンゴ試験場 県南果樹研究センターの資料(平成11年から平成15年までのデータ)から五戸町の気候について述べる。

  • 年間平均気温 9.6度(平成11年から平成15年までの平均)
  • 最高気温 35.0度(平成11年)
  • 最低気温 -12.4度(平成12年)
  • 降水量は 1165mm(平成11年から平成15年までの平均)
  • 日照時間 1556時間(平成11年から平成15年までの平均)
  • 最深積雪 90cm(平成15年)

隣接している自治体

人口

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、6.84%減の17,433人であり、増減率は県下40市町村中20位。

Population distribution of Gonohe, Aomori, Japan.svg
五戸町と全国の年齢別人口分布(2005年)五戸町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 五戸町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

五戸町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史

行政

  • 町長:若宮佳一(わかみやけいいち)(1期目) 任期:2023年(令和5年)6月26日まで[3]

産業

金融機関

郵便

  • 倉石郵便局(84154)
  • 五戸郵便局(84004)
  • 浅田郵便局(84111)
  • 上市川郵便局(84132)
  • 又重簡易郵便局(84710)
  • 切谷内簡易郵便局(84734)

姉妹都市・提携都市

国外

  • フィリピンの旗 フィリピン共和国ヌエバ・ビスカヤ州 - 1983年(昭和58年)12月22日提携 戦没者慰霊訪問、教育・文化・スポーツの交流
  • 大韓民国の旗 大韓民国忠清北道沃川郡(おくちょん) - 1997年(平成9年)8月28日提携 農業技術研修・教育・文化・スポーツの交流

学校

小学校

※以下は廃校。

  • 五戸町立浅水小学校(1965年・南小学校を統合新設)
  • 五戸町立扇田小学校(同上)
  • 五戸町立手倉橋小学校(1987年・南小学校へ統合)
  • 五戸町立豊川小学校(同上)
  • 五戸町立中市小学校(2013年・倉石小学校へ統合)
  • 五戸町立石沢小学校(同上)
  • 五戸町立又重小学校(同上)
  • 五戸町立蛯川小学校(2014年・五戸小学校へ統合)
  • 五戸町立豊間内小学校(同上)
  • 五戸町立南小学校(同上)

中学校

高等学校

専門学校

交通

鉄道

東北新幹線JR東日本)が八戸駅 - 七戸十和田駅間で約 800m ではあるが当町を通過している。ただし、ほとんどがトンネル区間である。

かつては八戸駅五戸駅の間を南部鉄道が運行していたが、1968年十勝沖地震の影響で廃止された。

路線バス

ほかに、民間団体「五戸循環バス運営委員会」が南部バスに運行委託をしている無料コミュニティバス五戸ちんちんバス」もあり、病院や薬局など、五戸町中心商店街を運行している。

道路

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

  • 江渡家住宅〔荒町〕国の重要文化財[1]
  • 寶福寺 〔浅水字浅水〕本堂(県重宝)
  • 浅水城跡 〔浅水字浅水〕現八幡宮。四戸城の候補地のひとつ。
  • 野沢(ぬさ)城跡 志戸岸地区を四戸とする説を採る際の、四戸城の候補地のひとつ。
  • 歴史みらいパーク
  • 小渡平公園
  • ひばり野公園
  • わむら(上村)のカシワの木 〔倉石中市字中市〕県天然記念物、推定樹齢650 - 750年。[2]
  • 旧圓子家住宅 〔倉石中市字中市〕県重宝[3]
  • 五戸町消防団第一分団屯所 〔野月〕県重宝、大正11年。[4]
  • えんぶり
  • 五戸まつり
  • 南部駒踊り
  • 奥州街道 現国道4号線とは別に、三戸本城(聖寿寺館)から五戸町中心部とを結ぶ。

出身有名人

ゆかりのある人物

四戸(しのへ)について

一戸〜九戸の地名のうち、四戸のみ地名としては現存しない。ただし、四戸は嘗ては存在したことが判っており、『北辺の中世史』(六戸町編 名著出版 1997年)、『六戸町史 上』(六戸町史編纂委員会編 六戸町史刊行委員会 1993年)、『角川日本地名大辞典 2 青森県』(角川書店 1985年)、『七戸町史』(七戸町 1982年)などの郷土資料によると、四戸は現在の馬淵川下流域の・・・・苫米地櫛引島守地区にあたるという[4]

五戸町内には大字豊間内字志戸岸ならびに大字浅水という候補地がある。ともに浅水川沿岸であり、4kmほどの距離である。南部氏祖先光行の五男宗清から始まる四戸氏も参照のこと。

  • 志戸岸 「志」がもともと「四」であったとする説。ただし周辺の丘陵には、山城であったことを推定できる遺構が発見されていない。また、この集落には寺またはその遺構も発見されておらず、根拠が乏しい。五戸町へ到る青森県道214号線はあるが、五戸町中心部からは外れている。この集落の北側には大規模な山城を設置可能な平坦な丘陵があり(現在は畜産施設として利用されているため調査不可)、浅水川上・下流に対する視界は良好である。
  • 浅水 「死の辺」から「朝不見」になったという説。浅水城跡が八幡宮として現存する。古陸羽街道沿いにあり、本三戸城(聖寿寺館)と五戸城(詳細地不明、現古舘地区の駒形神社か)の中間に当たる。小規模ながら近世まで宿場町であった。中世のかなり早い時期に四戸城と四戸川が同時に浅水と改名された可能性がある(浅水川上流には他にも集落があるので、中間の集落と同名であることが不自然)。古街道の三戸との峠付近に山姥伝説がある。
  • 両者の中間の浅水川南岸には野沢(ぬさ)城跡が稲荷宮として現存する。
  • 岩手県二戸市の北部を二戸郡四戸郷とする説がある。四戸氏の入部(浅水より移転)によってこのように呼ばれるようになったのか、それ以前からであったのかは不明。金田一に四戸城址とする箇所がある[5]が、これは「四戸氏の居城」との意味である可能性が高い。「南部光行の五男宗清が浅水に配置され四戸氏と呼ばれるようになり、後に二戸郡北部に移転、その地を四戸郷と呼ぶようになった」とするのが合理的である。

脚注

[脚注の使い方]

関連項目

外部リンク

田子町

Camera-photo Upload.svg画像提供依頼:ガーリックセンターの画像提供をお願いします。2021年4月

田子町(たっこまち)は、青森県三戸郡西南部に位置する。同県最南の町で、南は岩手県、西は秋田県との境に接する。

概要

町面積の多くを山地にて占めており、町を東西に流れる、、、大川などの流域沿いを主とした居住圏としている。町名はアイヌ語のタプコプ(小高い丘)に由来する。山岳地帯特有の冷涼な気候であり一日の中でも寒暖の差が大きい(※夏は三戸町より気温が高いことがある。また、冬期の積雪量は町内の地域によってかなり異なる)。また、ニンニクの生産が盛んであり、「ニンニクの町」として全国的に知られている。

地理

青森県の最南部、岩手県秋田県との境に位置する。

八甲田山系を構成する山岳地帯に位置し、町面積の多くを山地が占める、自然豊かな町である。1992年平成4年)には環境庁より星空日本一に認定された。

  • 山: 大黒森(719メートル)、(874メートル)、(720メートル)、(679メートル)、(727メートル)、(897メートル)、四角岳(1003メートル)
  • 河川: 、、、、

歴史

古くより定住集落が存在していたと見られ縄文時代遺跡も多数分布している。

鎌倉時代の始め、奥州合戦の功により南部光行がを拝領して以降、南部氏の支配地となる。田子にも支城が築かれ鹿角方面への要衝として機能した。

江戸時代に入ると南部藩尾去沢鉱山(現・鹿角市)から野辺地湊への交易ルートとして栄えた。

地名の由来

田子はアイヌ人のアイヌ文化と関係が深い土地で、アイヌ語の「タプコプ」(小高い丘)に由来する。

併合して編入した地域の佐羽内はアイヌ語の「サッパナイ」(広範囲に崩れた沢)に由来する。

行政

  • 町長:(平成28年(2016年1月15日 - )
  • 町議会:議員定数10名

経済

町の基幹産業は畑作を中心とした農業である。特にニンニクは全国的に知名度が高く、ニンニクを中心とした町作りが行われている。

産業

郵便

姉妹都市・提携都市

国外

にんにくの生産地。1987年7月にギルロイ市の「英語版」を田子町職員らが訪問、翌8月に行われる田子町の「にんにく祭り」にギルロイ市長らを招待したことが契機。産業・文化・教育等の交流が行われている。
にんにくの生産地。モンティチェッリ・ドンジーナとすでに姉妹都市関係であったギルロイからの紹介を受け、1990年10月のモンテチェリ・ドンジーナの「にんにくまつり」に田子町から職員が訪問したことから交流が継続して行われるようになった。産業・文化・教育等の交流が行われている。
1990年に韓国一のにんにくの産地として知られる当時の瑞山郡を町職員が訪問し、友好都市としての交流が始まる[3]

地域

人口

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、10.06%減の5,554人であり、増減率は県下40市町村中26位。

Population distribution of Takko, Aomori, Japan.svg
田子町と全国の年齢別人口分布(2005年)田子町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 田子町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

田子町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


所轄警察署

所轄消防署

教育

高等学校

中学校

※以下は廃校。

  • 田子町立上郷中学校水亦分校(1985年・上郷中学校へ統合)
  • 田子町立上郷中学校(2003年・田子中学校へ統合)

小学校

※以下は廃校。

  • 田子町立上郷小学校〈旧〉(1970年・上郷小学校〈新〉を統合新設)
  • 田子町立遠瀬小学校(同上)
  • 田子町立関小学校(同上)
  • 田子町立夏坂小学校(同上)
  • 田子町立原小学校(1980年・田子小学校へ統合)
  • 田子町立相米小学校(同上)
  • 田子町立上郷小学校水亦分校(1985年・上郷小学校へ統合)

金融機関

主要機関・企業

交通

鉄道

町内には存在しない。かつて当町と秋田県を結ぶ計画が存在したが実現しなかった。[5]

路線バス

道路

隣接する市町村までの距離

  • 三戸町まで約10km
  • 二戸市まで約24km
  • 鹿角市まで約60km
  • 八幡平市まで約70km

主要な都市までの距離

  • 八戸市まで約35km
  • 青森市まで約115km
  • 秋田市まで約165km
  • 盛岡市まで約90km
  • 函館市まで約220km(フェリー経由)
  • 札幌市まで約340km(フェリー経由)
  • 仙台市まで約270km
  • 東京都まで約610km
  • 名古屋市まで約860km
  • 大阪市まで約1000km

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

頂上付近の山肌を這うようにして数万株のヤマツツジの群生が広がる。頂上からは360度のパノラマが見渡せる。
1992年に星空日本一に輝く。田子牛の飼育も行われる。
熊原川源流に存在する。ピクニックコースが整備されている。水の流れが素麺のように細く見える事から地元ではソーメンの滝とも呼ばれる。また、その形状がスヌーピーに似ている事からスヌーピーの滝とも呼ばれる[6]
三戸城支城
三戸城支城
  • 旧橋本家住宅 〔田子字川代ノ上ミ〕
県重宝、19世紀後半の南部曲家、タプコプ創遊村に移築[8]
807年創建と伝えられる。
青森県無形民俗文化財指定。南部藩御用神楽
伝統産業や文化に対する体験施設、郡アルペンスキーの聖地「創遊村229スキーランド」を併設する。
図書館、野外ステージ、文化ホール、田子町ケーブルテレビジョンのテレビスタジオを併設。町民向けの文化発信基地として設立された。[1]
青森県無形民俗文化財指定。江戸時代より伝わる五穀豊穣を祈願する祭り。

出身有名人

脚注

関連項目

外部リンク


 

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