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💴|岸田政権、疲弊する国民の税金から台湾TSMCに5千億円援助…国益を損なう懸念も


写真 TSMCのサイトより

岸田政権、疲弊する国民の税金から台湾TSMCに5千億円援助…国益を損なう懸念も

 
内容をざっくり書くと
例えば、日本政府の補助金を受給して半導体を低価格で出荷した場合、他国が日本への輸出に支障が出たとして、WTOに提訴することもあり得る。
 

アベノミクスに別れを告げる岸田文雄首相が掲げる経済政策の根幹を成す「新しい資本主義」は、財政規律なき… →このまま続きを読む

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日本国政府

日本国政府(にほんこくせいふ、にっぽんこくせいふ、: Government of Japan[2])は、日本国政府法令上は、「」と称される。日本における近代政府は、1885年明治18年)の内閣制に始まるとされる[1]。現在の日本における統治機構の基本的部分は、日本国憲法によって定められている[3]。日本において「政府」は内閣および内閣の統轄する中央省庁など行政府を指す場合が多いが[4]、本項では立法府司法府をまとめて解説する。

「政府」の範囲

政府とは広義には立法府司法府行政府などの統治機構を総称し、狭義には内閣および内閣の統轄する中央省庁官僚機構)のみを指す[4]

英米系の国では「政府(government)」は統治機関過程の全体を指し、機構を指す場合は行政・立法・司法機関の総称を意味する。行政府については「administration」と表現するのが一般的である[5]イギリスフランスアメリカなどにおいては国民の意思を代表する議会を中心とする政治機構が整えられ、「政府」は立法府をはじめ司法府や行政府も包括するものと考えられてきた[4]

一方近代以降も皇帝大権が大きかったドイツにおいては行政府の持つ権限が強力であり、国法上の政府(Regierung)とは行政府のみを指す[4][5]。ドイツの影響を受けた国々においても同様で、日本においても「政府」とは明治以来、行政府のみを指すことが多い[5]

立法府

立法府とはその名のとおり、立法を行う機関のことである。近代的な国家では、国民を代表する機関である議会を立法府とする。日本においては国会が唯一の立法機関として立法を担っている。

日本の国会両院制であり、4年ごとの総選挙または解散総選挙により議員が選出される全465議席の衆議院と、6年の任期を有し半数ずつ3年ごとに改選される議員による全242議席の参議院から構成される。満18歳以上の男女の全国民が選挙権を有する普通選挙が実施され、すべての選挙において投票の秘密が保障される。

国会は立法権を有し、法案を審議して可決または否決する機能を果たす。衆議院は条約予算内閣総理大臣の指名に関して、参議院に対し優越的権限を持つ。

行政府

政府の長内閣総理大臣であり、国会において国会議員の中から指名された後、天皇により任命される。内閣総理大臣は国会議員でなければならず、その任にあたっては衆議院の信任を得なければならない。内閣総理大臣は日本の行政府たる内閣首長として、国務大臣に対して任命権および罷免権を有する。内閣法により国務大臣は通常14名まで(必要がある場合は3人まで増やせる)と制限されている。また憲法により国務大臣の過半数は国会議員から構成されなければならないという制約もある[6]

日本国憲法の規定ではイギリスを起源とする議院内閣制を採用しており、国会が内閣総理大臣指名権内閣不信任案決議権を有する代わりに、内閣は解散決定権を有しており、内閣の助言と承認に基づき、天皇は国事行為として衆議院を解散する[7]

内閣総理大臣

2000年(平成12年)以降の歴代内閣総理大臣を以下に示す。

氏名任期備考
森喜朗2000年(平成12年)- 2001年(平成13年)
小泉純一郎2001年(平成13年)- 2006年(平成18年)
安倍晋三2006年(平成18年)- 2007年(平成19年)第1次内閣
福田康夫2007年(平成19年)- 2008年(平成20年)
麻生太郎2008年(平成20年)- 2009年(平成21年)
鳩山由紀夫2009年(平成21年)- 2010年(平成22年)
菅直人2010年(平成22年)- 2011年(平成23年)
野田佳彦2011年(平成23年)- 2012年(平成24年)
安倍晋三2012年(平成24年)- 2020年(令和2年)第2次 - 第4次内閣(戦後2例目の返り咲き)。
菅義偉2020年(令和2年)- 2021年(令和3年)
岸田文雄2021年(令和3年)- 第1次 - 第2次内閣

中央省庁

内閣府金融庁消費者庁宮内庁警察庁国家公安委員会公正取引委員会
総務省 | 法務省 | 外務省 | 財務省 | 文部科学省 | 厚生労働省 | 農林水産省 | 経済産業省 | 国土交通省 | 環境省 | 防衛省

司法府

司法府は裁判所であり、最高裁判所および下級裁判所から構成される。最高裁判所を頂点として複数の階層の裁判所から構成され、裁判所は違憲審査権を有する。日本には行政裁判所や請求裁判所は存在しない。裁判員制度が2009年に導入された。最高裁判所長官は内閣の指名に基づき天皇が任命する。最高裁判所裁判官は内閣が任命し、天皇が認証する。

地方公共団体

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 百科事典マイペディア「政府」(コトバンク)
  2. ^ 日本国政府公式サイト(JAPANGOV)
  3. ^ 日本国憲法の本文は、11章103条からなる。大別して、人権規定、統治規定、憲法保障の三つからなる。統治規定とは、国家の統治機構を定めた規定であり、「第1章 天皇」「第4章 国会」「第5章 内閣」「第6章 司法」「第8章 地方自治」など多岐にわたる。
  4. ^ a b c d 『ブリタニカ国際大百科事典』「政府」(コトバンク)
  5. ^ a b c 見田宗介, 栗原彬 & 田中義久 1988, p. 540.
  6. ^ 大沢(2003) p.297
  7. ^ 大沢(2003) p.292-294

参考文献

関連項目

外部リンク

半導体

半導体(はんどうたい、: semiconductor[注釈 1]とは、電気伝導性の良い金属などの導体(良導体)と電気抵抗率の大きい絶縁体(不導体)の中間的な抵抗率をもつ物質を言う[1]。半導体は、不純物の導入や磁場電圧電流放射線などの影響で、その導電性が顕著に変わる性質を持つ[注釈 2]。この性質を利用して、トランジスタなどの半導体素子に利用されている[注釈 3]

概要

金属などの導体とゴムなどの絶縁体の中間の抵抗率を持つ物質を半導体(semiconductor)と呼ぶ。代表的なものとしては元素半導体のケイ素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、化合物半導体のヒ化ガリウム(GaAs)、リン化ガリウム(GaP)、リン化インジウム(InP)などがある。

半導体の特徴は、固体のバンド理論によって説明される。

なお、バンド理論を用いれば、半導体とは、価電子帯を埋める電子の状態は完全に詰まっている(充満帯である)ものの、禁制帯を挟んで、伝導帯を埋める電子の状態は存在しない(空帯である)物質として定義される[注釈 4]

非オーム性抵抗(non-ohmic effect)

一般的に、抵抗は電流と電圧に関して比例的な関係を満たす、すなわちオームの法則が成り立つことからオーム性抵抗(ohmic resistance)と呼ばれる[2]。一方、電気回路においては、非オーム性抵抗素子はオーム性抵抗素子に劣らず重要である。

半導体が重要視される性質の一つは、半導体と金属、または半導体同士を適当に接触させることでさまざまな非オーム性抵抗が得られることにある[3]

具体的には、p型半導体とn型半導体をpn接合したダイオードや、n型半導体をp型半導体で挟んだ、もしくはp型半導体をn型半導体で挟んだトランジスタなどがある。太陽電池もpn接合を用いている。

熱電効果(thermoelectric effect)

半導体では通常、温度が上がると電気伝導性が増す。

室温では、キャリアが不純物原子から受ける束縛を離れて結晶中を動ける状態にある。言い方を変えれば、ドナーとアクセプターの原子は多くがイオン化しているが、温度が低下すると熱励起も弱くなり、不純物原子のクーロン引力による束縛の影響が相対的に大きくなる。キャリアが束縛を離れている温度の領域を飽和領域、あるいは出払い領域といい、キャリアが束縛を受ける温度領域を不純物領域という。また、温度を上昇させると価電子までもが熱励起され、キャリアの供給源となり、この温度領域を真性領域と呼ぶ。半導体素子として利用する場合は飽和領域が利用される。

逆バイアスされたpn接合などにおいて温度が上がりすぎると、キャリアの増加で電流が増加し、その抵抗発熱でさらに温度が上がる熱暴走が発生する。

材料

半導体となる材料には以下のものがある。

半導体の型

不純物や格子欠陥を全く含まない半導体を真性半導体(intrinsic semiconductor)と呼ぶ。真性半導体は、そのフェルミ準位禁制帯の中央に位置し、全温度領域においてキャリアは価電子帯のエネルギーレベルにある電子の励起によってのみ供給されることから、電子回路に用いるような半導体素子としては使い難い。

半導体素子として用いることができるような半導体は、真性半導体にドーパントと呼ばれる微量の添加物を混ぜて不純物半導体とする(ドープする)ことで作成する。このドープによって、半導体のキャリアである電子または正孔の密度が変化することとなるが、伝導現象を支配するキャリアとして電子が優勢である半導体をn型半導体(negative semiconductor)、逆に正孔が優勢なものをp型半導体(positive semiconductor)と呼ぶ。このような優勢なキャリアを多数キャリア(majority carrier)、逆に劣勢なキャリアを少数キャリア(minority carrier)と呼ぶ。n型半導体での多数キャリアは電子、少数キャリアは正孔である。p型半導体での多数キャリアは正孔、少数キャリアは電子である。 なお、p型半導体やn型半導体はドーピングしなければ作れないというわけではない。カーボンナノチューブはP型半導体として知られている。

n 型半導体(negative semiconductor)

n型半導体(negative semiconductor)とは、電圧がかけられると伝導電子や自由電子、ほとんど自由な電子とも呼ばれる電子の移動によって電荷が運ばれる半導体である。価数の多い元素をドーピングすることで作られる。例えばシリコンゲルマニウム(4価の元素)の結晶に、ヒ素などの5価の原子を混ぜることでn型となる。

不純物の導入によって生成されたキャリアは、導入された不純物原子から受けるクーロン引力により束縛される。ただしその束縛は弱く、ゲルマニウムのn型半導体では、電子束縛エネルギー = -0.01 eV、ボーア半径 = 4.2 nm 程度であるため、結晶内の原子間距離 0.25 nm、室温での熱励起は約 0.025 eV 程度では単独原子の束縛を離れて結晶の原子同士間を自由に動き、これらの原子は互いの電子を共有する状態となる。 バンド構造で言えば通常、ドーパント原子は禁制帯の上端付近にドナー準位を形成し、そこから熱エネルギーにて伝導帯へ励起される。フェルミ準位は禁制帯中のドナー準位に近い位置になる。

p 型半導体(positive semiconductor)

電圧がかけられると正孔の移動によって電荷が運ばれる半導体である。価数の少ない元素をドーピングすることで作られる。例えばシリコン(4価)の結晶にホウ素などの3価の原子を混ぜることでp型となる。

電子が伝導帯側に遷移して価電子帯側の電子が不足することで生じる電子軌道上の空隙が正孔となる。結晶の原子同士間の自由電子が隣の正孔に移動することで正孔の位置は自由に移動でき、 電圧に応じて電子とは逆方向へ流れる。移動度は電子に比べて劣る。バンド構造で言えば、ドーパント原子は禁制帯の下端付近にアクセプター準位と呼ばれる空の準位を形成し、アクセプター準位へ価電子帯から熱エネルギーによって価電子が励起されることで、価電子帯に正孔が生じる。フェルミ準位は禁制帯中のアクセプター準位に近い位置になる。

歴史

1821年にトーマス・ゼーベックは半導体の特性の一つである熱電変換効果を発見した。

1839年にマイケル・ファラデー硫化銀を加熱すると導電性が増し、冷やすと伝導性が低下する現象を発見した[4]

1839年にアレクサンドル・エドモン・ベクレルは薄い塩化銀で覆われた白金の電極を電解液に浸したものに光を照射時に電流が生じる光電効果を発見した。

1873年にウィロビー・スミスは光を照射するとセレンの電気抵抗が低下する事を発見した[注釈 5]

1874年にフェルディナント・ブラウンは硫化金属の伝導性と整流作用を観測したが、この効果は1835年に既にM.A. RosenscholdがAnnalen der Physik und Chemieに記述しており[5][6]アーサー・シュスターは電線の表面の酸化銅の被膜に整流作用があることを発見していた。

1876年にAdamsとDayはセレンの光電効果を観測した[7]

これらの事象を説明するためには20世紀前半の固体物理学の理論の構築を必要とした。

1878年にエドウィン・ホールは磁場のない時には等電位の部分が、磁場を印加すると電位差(ホール電圧)を生じるホール効果を発見した。

半導体を使用した素子は当初は理論が確立する前だったので手探りで製造された。

1880年にアレクサンダー・グラハム・ベルセレンの感光特性を光線電話に使用した。

1883年に低効率で作動する太陽電池はCharles Frittsによってセレンを塗布して金メッキを施した金属板を使用して製造された。これは1930年代以降、露出計として1970年代まで市販された[8]

1897年にジョゼフ・ジョン・トムソンによって電子が発見された。

1904年に硫化鉛製の高周波の点接触検波器の整流素子はジャガディッシュ・チャンドラ・ボースによって天然の方鉛鉱を使用した鉱石検波器として製造された。これは初期の鉱石ラジオに使用されて普及した。しかし、当時は作動の原理が不明で改良の方法も不明だった。

1906年にH.J. Roundは炭化珪素の結晶に電流を印加すると発光する現象を観測した。これは発光ダイオードの原型だった。

1922年にオレク・ロシェフも類似の現象を観測したが、当時はこの効果を実用化することができなかった。酸化銅セレンを使用した電力整流器は1920年代に開発され、真空管整流器が普及するまで商業的に重要だった[7][8]

1922年にオレク・ロシェフは2接点式の負性抵抗増幅器を無線のために開発したが、彼はレニングラード包囲戦の犠牲になった。

第二次世界大戦前に赤外線の検出と光無線通信を目的とした素子が硫化鉛との材料で研究された。これらの素子は船舶航空機熱紋の捕捉と音声通話のために使用された。

およそ4000 MHz以上の周波数帯域では当時入手可能だった真空管では機能しなかったので点接触鉱石検波器マイクロ波帯域を使用するレーダーの受信装置で使用された。戦争中には検波器を開発するために適した高純度のシリコン材料を製造するための研究開発が進められた[8]

検波器と電力整流器には信号の増幅は不可能だった。半導体増幅器の開発に多くの労力が費やされたが半導体材料への理論的な限界により失敗した[8]

1926年にJulius Edgar Lilienfeldは近代的な電界効果トランジスタの特許を取得したが、当時は実現しなかった[9]

1930年代には理論的には半導体による増幅器の出現はある程度予想されていたものの、実験の結果は芳しくなかった。これは当時の半導体の純度が低かったためで、半導体増幅器を実現するためには1950年代のゾーンメルト法の開発を待たなければならなかった。

1935年にO.Heilは半導体抵抗を面電極によって制御するMOSFETに類似の素子の特許を出願した。半導体(Te2、I2、Co2O3、V2O5 等)の両端に電極を取付け、その半導体上面に制御用電極を半導体ときわめて接近するが互いに接触しないように配置してこの電位を変化して半導体の抵抗を変化させることにより、増幅された信号を外部回路に取り出す素子だった。R. HilschとR. W. Pohlは1938年にKBr結晶とPt電極で形成した整流器のKBr結晶内に格子電極を埋め込んだ真空管の制御電極の構造を使用した素子構造で、このデバイスで初めて制御電極(格子電極として結晶内に埋め込んだ電極)に流した電流0.02 mA に対して陽極電流の変化0.4 mAの増幅を確認している。このデバイスは電子流の他にイオン電流の寄与もあって、素子の遮断周波数が1 Hz程度で実用上は低すぎた[10][8]

1938年にベル研究所ウィリアム・ショックレーとA. Holdenは半導体増幅器の開発に着手した。

1941年頃に最初のシリコン内のpn接合Russell Ohlによって発見された。

1947年11月17日から1947年12月23日にかけてベル研究所ゲルマニウムトランジスタの実験を試み、1947年12月16日に増幅作用が確認された[10]。増幅作用の発見から1週間後の1947年12月23日がベル研究所の公式発明日となる。特許出願は、1948年2月26日にウェスタン・エレクトリック社によってジョン・バーディーンウォルター・ブラッテンの名前で出願された[11]。同年6月30日に新聞で発表された[10]。この素子の名称はTransfer Resistorの略称で、社内で公募され、キャリアの注入でエミッターからコレクターへ電荷が移動する電流駆動型デバイスが入力と出力の間の転送(transfer)する抵抗(resistor)であることから、J.R.Pierseが「trans-sistor」としたことに由来する[10]

第二次世界大戦中にレーダーの開発に従事したドイツ人技術者のHerbert MataréとHeinrich Welker達が戦後にフランスウェスティングハウスの子会社に勤務して半導体の機能の研究を進めており[12]ゲルマニウム上で点接触の電極間での増幅作用を観測していた。ベル研究所が"トランジスタ"を発表後、まもなくMataréのグループは彼らの"Transistron"増幅器を発表した[13][14]

1948年6月26日にウィリアム・ショックレーバイポーラトランジスタの特許を出願した[15]

日本国内ではトランジスタの開発のニュースが1948年中頃に伝わり、1948年10月には東北大学の渡辺寧、東京大学の久保、電気試験所東芝日本電気日立などの研究者によるトランジスタ勉強会がスタートした。この勉強会は1949年4月には日本電子機械工業会(EIAJ)の文部省研究費によるトランジスタ研究連絡会に発展した[16]。1948年11月には日本電気小林正次によって無線と実験誌に日本で最初のトランジスタに関する解説記事が掲載された[17]。続いて日本物理学会誌の1949年7-8月号に東京大学の山下次郎、澁谷元一による解説論文が発表された[18]。この時点では、バイポーラトランジスタの動作原理は日米ともにまだ完全には理解されていなかった。

1950年4月3日には東京工業大学で開催された日本物理学会分科会で、トランジスタに関する日本で最初のシンポジウムが開催され、電気試験所から分割された逓信省電気通信研究所の岩瀬、浅川は、高純度ゲルマニウム単結晶を使用した点接触型トランジスタの試作、動作確認に日本で初めて成功した[16]

1952年5月7日に集積回路の原型はイギリスのレーダー科学者英語版によって概念が発表されたものの、当時は製造技術が未熟で実現には至らなかった。その後、テキサス・インスツルメンツジャック・キルビーによって「Miniaturized electronic circuits」は1959年2月に出願され、1964年6月にアメリカ合衆国特許第3,138,743号が登録された。フェアチャイルドセミコンダクターロバート・ノイスの考案した「Semiconductor device-and-lead structure」は1959年7月に出願され、1961年4月にアメリカ合衆国特許第2,981,877号が登録された。

1954年1月に神戸工業(現在の富士通テン)から合金接合型のゲルマニウムトランジスタが発売され、同年7月にはソニーから成長接合型ゲルマニウムトランジスタが発売された[19]成長接合型トランジスタの不良品を調査する過程で江崎玲於奈によってエサキダイオードが開発された[20][21]

1959年にはフェアチャイルド・セミコンダクタープレーナー技術が開発された[22][23]。プレーナー技術は後に集積回路で使用される。

1960年代の初頭にはウェスティングハウスが当時、テキサスインスツルメンツ(TI)、フェアチャイルドとは独立して「Molectronics」という名称の集積回路の開発を進めていて1960年2月にSemiconductor Product誌に掲載された記事に触発されて電気試験所でも同年12月に見方次第ではマルチチップ構造のハイブリッドICともいえるゲルマニウムのペレット3個を約1 cm角の樹脂容器に平行に配列した集積回路の試作に成功した[24][25]

1990年、世界の半導体メーカーの売り上げで上位10社のうち6社は日本企業であった。しかしその後は急速な凋落を辿る[26]

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ なお、「半導体」の名称は、英語 "semiconductor" の "semi-" =「半分」と "conductor" =「導体」に基づいたものである。
  2. ^ バンド理論によれば、これらは適切な幅の禁制帯を持つバンド構造に由来し、電子伝導電子になったり価電子になったりすることで、電気的・光学的・熱的などの面で性質が変化する。
  3. ^ 半導体は産業のコメと例えられるように、重要な産業応用の需要がある。
  4. ^ 通常、半導体として扱われる物質のバンドギャップは、シリコンで約1.1 eVゲルマニウムで約0.67 eV、ヒ化ガリウム化合物半導体で約1.4 eVである。発光ダイオードなどではもっと広いものも使われ、リン化ガリウムでは約2.3 eV、窒化ガリウムでは約3.4 eVである。現在では、ダイヤモンドで5.27 eV、窒化アルミニウムで5.9 eVの発光ダイオードが報告されている。ダイヤモンドは絶縁体として扱われることがあるが、実際には前述のようにダイヤモンドはバンドギャップの大きい半導体であり、窒化アルミニウム等と共にワイドバンドギャップ半導体と総称される。
  5. ^ この現象は後に電子写真で応用される事になる。

出典

  1. ^ シャイヴ(1961) p.9
  2. ^ シャイヴ(1961) p.16
  3. ^ シャイヴ(1961) p.16
  4. ^ “半導体の歴史 その1 19世紀 トランジスタ誕生までの電気・電子技術革新” (PDF), SEAJ Journal 7 (115), (2008), http://floadia.com/column/semi_2.pdf 
  5. ^ Peter Robin Morris (1990). A History of the World Semiconductor Industry. IET. p. 12. ISBN 9780863412271 
  6. ^ M.A. Rosenschold (1835). Annalen der Physik und Chemie. 35. J.A. Barth. p. 46. 
  7. ^ a b Lidia Łukasiak & Andrzej Jakubowski (January 2010). "History of Semiconductors" (PDF). Journal of Telecommunication and Information Technology: 3.
  8. ^ a b c d e Peter Robin Morris (1990). A History of the World Semiconductor Industry. IET. p. 11–25. ISBN 0-86341-227-0 
  9. ^ アメリカ合衆国特許第1,745,175号
  10. ^ a b c d “半導体の歴史 その5 20世紀前半 トランジスターの誕生” (PDF), SEAJ Journal 3 (119): 12-19, (2009), http://floadia.com/column/semi_6.pdf 
  11. ^ アメリカ合衆国特許第2,524,035号
  12. ^ アメリカ合衆国特許第2,552,052号
  13. ^ FR 1010427 
  14. ^ アメリカ合衆国特許第2,673,948号
  15. ^ アメリカ合衆国特許第2,569,347号
  16. ^ a b 1950年 日本初トランジスタ動作確認(電気通信研究所), http://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi340.htm 
  17. ^ 小林正次「TRANSISTORとは何か」『無線と実験』、誠文堂新光社、1948年11月号。
  18. ^ 山下次郎,澁谷元一、「トランジスター: 結晶三極管.」 日本物理学会誌 1949年 4巻 4号 p.152-158, doi:10.11316/butsuri1946.4.152
  19. ^ 1954年 日本で初めてゲルマニウムトランジスタの販売開始, http://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi310.html 
  20. ^ 1957年 エサキダイオード発明, http://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi302.htm 
  21. ^ 江崎玲於奈トンネルデバイスから超格子へとナノ量子構造研究に懸けた半世紀 (PDF) 」 『半導体シニア協会ニューズレター』第61巻、2009年4月。
  22. ^ 1959年 プレーナ技術 発明(Fairchild), http://www.shmj.or.jp/museum2010/exhibi305.htm 
  23. ^ アメリカ合衆国特許第3,025,589号
  24. ^ 米誌に触発された電試グループ, http://www.shmj.or.jp/shimura/ssis_shimura2_06.htm 
  25. ^ 固体回路の一試作 昭和36(1961)年電気四学会連合大会, http://www.shmj.or.jp/shimura/shimura_J_L/shimura2_06_3L.jpg 
  26. ^ 「平成の大失敗」の歴史潮流は少なくとも、あと数十年は続く!(3):【公式】データ・マックス NETIB-NEWS

関連項目

参考文献

  • 大脇健一、有住徹弥『トランジスタとその応用』電波技術社、1955年3月。 - 日本で最初のトランジスタの書籍
  • J.N.シャイヴ『半導体工学』神山 雅英, 小林 秋男, 青木 昌治, 川路 紳治(共訳)、岩波書店、1961年。
  • 川村 肇『半導体の物理』槇書店〈新物理学進歩シリーズ3〉、1966年。
  • 久保 脩治『トランジスタ・集積回路の技術史』オーム社、1989年。

外部リンク


 

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