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🌏|カズオ・イシグロ氏、若い作家の自主検閲を懸念 「ネットでの攻撃を恐れている」


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カズオ・イシグロ氏、若い作家の自主検閲を懸念 「ネットでの攻撃を恐れている」

 
内容をざっくり書くと
「実際にAIは、次の大きなアイデア、共産主義やナチズム、資本主義といったアイデアを作り出すこともできるだろう(中略)もしそうなったら、その状況を人間が制御するのはとても大変だ。
 

レベッカ・ジョーンズ芸術担当編集委員、BBCニュース 若い作家はインターネットでの攻撃や全否定を恐れ… →このまま続きを読む

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資本主義

資本主義(しほんしゅぎ、: capitalism)または資本制は、営利目的の個人的所有者によって商業産業が制御されている、経済的・政治システム[1]。特に近現代の資本主義の根幹は、自由資本主義・リベラルキャピタリズム(liberal capitalism)と呼ばれており[2]、資本主義に基づく社会は「資本主義社会」「市民社会」「近代社会」「ブルジョア社会」等という[3][4]

資本主義は封建主義の後に現れた体制である[5]産業革命および、アメリカ独立革命フランス革命等の資本主義革命(市民革命)によって確立された[5][6]。資本主義は、一切全てを商品化していく「市場システム」であり、かつ、諸々の近代国家蓄積競合をさせる「世界システム」でもあるという[7]。その主体企業であり、これが物財サービス生産流通させている[8]。構造的には、資本(としての生産手段)を私有する資本家が、労働者から労働力を買い、それを上回る価値のある商品を生産し、利潤を得ている[5]

資本主義の弊害に対し、修正や反対をする概念や立場には修正資本主義反資本主義社会主義共産主義国家主義ナショナリズム[9][注 1]国家社会主義ナチズム)、結束主義(ファシズム)、第三の道第三の位置等がある。一方で、資本主義的な自由競争を更に推進する概念・立場には新自由主義リバタリアニズム等がある。

用語

類語辞典において、「資本主義」の語義は「私有権の経済システム(economic system of private ownership)」であり、その類義語は

  • 商業主義」(commercialism 営利主義)
  • 「競争」(competition)
  • 民主主義」(democracy)
  • 「産業主義」(industrialism 産業熱)
  • 重商主義」(mercantilism)
  • 「自由企業[制]」(free enterprise)
  • 自由市場」(free market 実勢市場)
  • 自由放任経済政策」(laissez faire economics 自由放任経済学)
  • 民間企業」(private enterprise 私企業)

となっている[10]

「資本」(英語: capital)の語源は、ラテン語で「頭」の意味を持つ「caput」で、12世紀から13世紀にかけて動産を意味するようになり、更に「資本家」や「資本主義」との言葉が派生した[11][12][13]。「資本家」(英語: capitalist)との用語は、17世紀に「資本の所有者」との意味で使用されるようになった[14]

「資本主義」(英語: capitalism)との用語は、1850年フランス社会主義ルイ・ブランによって現代の意味で使用され、「私が資本主義と呼ぶものは、ある者が他者を締め出す事による、資本の占有である」と記した。また1861年ピエール・ジョゼフ・プルードンは「資本主義の経済社会体制では、資本は労働する者には所属しない」と記した[15]。1867年より発行されたカール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスによる著書『資本論』での用語「資本家(資本制)システム」(英語: capitalistic system)および「資本家(資本制)生産様式」(ドイツ語: kapitalistische Produktionsweise英語: capitalist mode of production)も、日本語訳では「資本主義」とされた場合が多い[16]

労働者労働力の価値に相当するものを生産し、余剰労働を資本に充当した時点を超えた労働は、絶対的剰余価値の生産である。それは「資本家システム」の一般的な土台を形成し、相対的剰余価値の生産の出発点となる。 — 『資本論』、(カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルス

「資本主義」の同義語または類義語には、以下がある。

資本主義経済体制を肯定する立場からは、通常は「自由主義」や「自由経済」などの用語が使用されている[16]

概要

資本主義とは、生産手段私的所有と利益のための運用を基本とする経済システムである[21] [22] [23] [24]。資本主義の中心的特徴は、私有財産と財産権の承認、資本蓄積賃金労働、自発的交換、価格制度、競争市場などである[25] [26]。資本主義市場経済では、意思決定と投資は、金融資本市場における富・財産・生産能力のすべての所有者によって決定されるが、財・サービスの価格と分配は、主に財・サービス市場における競争によって決定される[27] [28]。資本主義システムでは、権力構造は富の分配に基づいている[29] [30]

経済学者政治経済学者社会学者歴史家は、資本主義の分析において異なる視点を採用し、実際に資本主義の様々な形態を認識してきた。これらには、自由放任主義自由市場資本主義、福祉資本主義、国家資本主義などが含まれる。資本主義の様々な形態は、自由市場公的所有[31]、自由競争の障害、国家による社会政策の程度の違いを特徴としている。市場における競争の程度、介入と規制の役割、および国家所有の範囲は、資本主義のモデルによって異なる[32]。異なる市場の自由度や、また私有財産を定義する規則の程度は、政治と政策の問題である。既存の資本主義経済のほとんどは、自由市場の要素と国家の介入、場合によっては経済計画を組み合わせた混合経済である[33]

市場経済は、様々な形態の政府の下で、様々な時代、場所、文化の下で存在してきた。現代の資本主義社会は、貨幣に基づく社会関係の普遍化、賃金のために働かなければならない一貫して大規模でシステム全体にわたる労働者階級、生産手段を所有する資本家階級によって特徴づけられ、産業革命につながった過程で西ヨーロッパで発展した。その後、政府の直接介入の程度の異なる資本主義体制が西欧世界で支配的になり、広がり続けている。時間の経過とともに、すべての資本主義国は一貫した経済成長生活水準の向上を経験してきた[34]

資本主義の批判者は、資本主義は、多数派の労働者階級とその労働力を搾取することによって存在する少数派の資本家階級の手に権力を確立し、社会的利益天然資源環境よりも利益を優先し、不平等、腐敗、経済的不安定性のエンジンであると主張している。支持者は、競争を通じてより良い製品とイノベーションを提供し、多元主義と権力の分散化を促進し、市場の要求に基づいて有用な企業に投資できる人々に富を分散させ、資本を保護するために効率性と持続可能性が優先される柔軟なインセンティブシステムを可能にし、強い経済成長を生み出し、社会に大きな利益をもたらす生産性と繁栄をもたらすと主張している。

特徴

一般的に、経済システムおよび生産様式としての資本主義は、次のように要約できる[35]

  • 資本蓄積[36]:利益のための生産と、生産のすべてまたは大部分の暗黙の目的としての蓄積、以前は共通の社会的または私的な家庭ベースで行われていた生産の縮小または排除[37]
  • 商品生産:市場での交換のための生産;使用価値ではなく交換価値を最大化すること。
  • 生産手段の私的所有[38]
  • 高いレベルの賃金労働[39]
  • 利益を得るためのお金の投資[40]
  • 競合する使用の間で資源を割り当てるために価格メカニズムの使用[38]
  • 生産プロセスの付加価値の最大化による生産要素および原材料の経済的に効率的な使用[41] [42]
  • 事業や投資を管理する上での資本家の自己利益で行動する自由[43]

市場

自由市場自由放任型と放任主義の形態では、市場は最も広く使用されており、価格設定のメカニズムに対する規制が最小限または全くない状態である。今日ではほぼ普遍的になっている混合経済[44]では、市場は引き続き支配的な役割を果たしているが、市場の失敗を是正し、社会福祉を促進し、天然資源を保護し、国防公共安全に資金を供給したり、その他の合理的な理由のために、国家によってある程度規制されている。国家資本主義体制では、市場への依存度は最も低く、国家は資本を蓄積するために国有企業や間接的な経済計画に大きく依存している。

供給とは、購入または販売のために利用可能な財またはサービスの量である。需要とは、人々がある時点で購入したいと思っている商品の価値の尺度である。価格は、利用可能な資源に対する需要が増加するか、その供給が減少すると上昇し、需要とともに下落するか、または供給が増加すると下落する傾向がある。

複数の生産者が同じバイヤーに同じか同じようなプロダクトを販売しようとしているとき競争は起こる。資本主義理論の支持者は競争が革新およびより現実的な価格に導くことを信じる。独占カルテルは、特に競争がない場合に発展する可能性がある。独占は会社が市場上の独占を与えられるとき起こる。それ故に、会社は競争の恐れがないので、出力を制限し、価格を上げるなどの行動を求めてレントシーク行動に従事することができる。カルテルは、出力と価格を制御するために独占的な方法で一緒に行動する企業のグループである。

政府は、独占とカルテルの創造を防止する目的で法律を実施してきた。1890年、シャーマン独禁法は、独占を制限するために米国議会で可決された最初の法律となった[45]

利益動機

利益動機とは、資本主義の理論では、利益という形で収入を得たいという欲求のことである。言い換えれば、事業の存在理由は利益を上げることである。この利益動機は、合理的選択理論、すなわち個人が自分の最善の利益を追求する傾向があるという理論に基づいて機能している。したがって、企業は、利益を最大化することによって、自分自身や株主の利益を追求することになる。

資本主義理論では、利益動機は資源が効率的に配分されていることを保証すると言われている。例えば、オーストリアの経済学者ヘンリー・ハズリットは次のように説明する。「ある記事を作ることに利益がなければ、それは生産に捧げられる労働および資本が誤って方向づけられている兆候である: 記事を作ることに使い切られなければならない資源の価値は記事自体の価値より大きい」[46]。つまり、利益は、その商品が生産する価値があるかどうかを企業に知らせてくれるのである。理論的には、自由で競争的な市場で利益を最大化することは、資源が無駄にならないことを保証する。

私有財産

国家とその形式的メカニズムと資本主義社会との関係は、19世紀から活発な議論が行われ、社会理論・政治理論の多くの分野で議論されてきた。エルナンド・デ・ソトは、現代ペルーの経済学者であり、資本主義の重要な特徴は、所有権や取引が明確に記録された形式的な財産制度の中で、国家による財産権の保護が機能していることにあると主張している[47]

デ・ソトによれば、これは、物理的資産が資本に変換される過程であり、市場経済において、より多くの方法で、より効率的に利用される可能性がある。多くのマルクス経済学者は、イギリスの囲い込み法や他の地域での同様の法律は、資本主義の原始的な蓄積の不可欠な部分であり、私有地所有の特定の法的枠組みは、資本主義の発展に不可欠であったと主張してきた[48] [49]

市場競争

資本主義経済学では、市場競争とは、価格、製品、流通、プロモーションなどのマーケティングミックスの要素を変化させることで、利益、市場シェア、販売量の増加などの目標を達成しようとする売り手間の競争である。メリアム-ウェブスターは、ビジネスにおける競争を「最も有利な条件を提供することによって、第三者のビジネスを確保するために独立して行動する2つ以上の当事者の努力」と定義している[50]。それは、アダム・スミスの『国富論』(1776年)と後の経済学者によって、生産的な資源を最も高く評価された用途に配分することが効率を高めるするものとして説明された。スミスをはじめとするアントワーヌ・オーギュスタン・クールノー以前の古典的経済学者は、買い手の入札による最良の条件で商品を販売するための生産者間の価格・非価格競争に言及していたが、これは必ずしも多数の売り手がいるわけでもなく、また最終的な均衡状態にある市場でもない[51]。競争は、市場のプロセス全体に蔓延している。それは、「買い手は他の買い手と競争し、売り手は他の売り手と競争する傾向がある」状態である[52]。交換のために商品を提供する際に、買い手は、売り手がそのような商品を提供することを選択した場合に利用可能であるか、または利用可能であるかもしれない特定の商品の特定の量を購入するために競争的に入札する。同様に、売り手は、市場に商品を提供する際に、他の売り手に対して入札を行い、買い手の注目と交換資源を競い合う。競争は希少性から生じる-考えられるすべての人間の欲求を満たすのに十分なことは決してない-そして「人々が誰が何を得るかを決定するのに使用されている基準を満たすために努力するとき」起こる[52]

経済成長

歴史的に、資本主義は、国内総生産(GDP)、生産能力の利用率、または生活水準によって測定される経済成長を促進する能力を持っている。この議論は、例えばアダム・スミスが自由市場に生産と価格をコントロールさせ、資源を配分することを提唱した際に、中心となったものである。多くの理論家は、世界のGDPが時間の経過とともに増加したことは、近代的な世界資本主義システムの出現と一致していると指摘している[54] [55]

1000年から1820年の間に、世界経済は人口増加率の6倍の速さで成長したため、個人の所得は平均して50%増加した。1820年から1998年の間に、世界経済は50倍に成長し、人口の増加よりもはるかに速い速度で成長したため、個人は平均で9倍の所得増加を享受した[56]。この間、ヨーロッパ、北米、オーストラレーシアでは、これらの地域ではすでに物価水準が高かったにもかかわらず、一人当たりの経済成長率は19倍、1820年に貧しかった日本では一人当たりの経済成長率は31倍となっている。第三世界では、増加はあったが、一人当たりの増加は5倍に過ぎなかった[56]

生産形態として

資本主義的生産様式とは、資本主義社会内の生産と分配を組織化するシステムを指す。資本主義的生産様式の発展に先立って、様々な形態の私的な金儲け(賃貸、銀行、商人貿易、利益のための生産など)が行われていた。賃金労働と生産手段の私有化と工業技術に基づく資本主義的生産様式は、産業革命から西欧で急速に成長し始め、後に世界の大部分に拡大した。

資本主義的生産様式という用語は、生産手段私的所有資本蓄積を目的とした所有階級による余剰価値の抽出、賃金ベースの労働、少なくとも商品に関しては市場ベースであることによって定義される[57]

金儲け活動の形をした資本主義は、文明の誕生以来、単純な商品生産に従事する消費者と生産者の間の仲介者として行動する商人と貸金業者の形で存在してきた(それゆえ、「商人資本主義」と呼ばれている)。「資本主義的生産様式」に特有なのは、生産のインプットとアウトプットの大部分が市場を通じて供給され(すなわち、それらは商品である)、本質的にすべての生産がこの様式であるということである[58]。対照的に、繁栄している封建主義では、労働を含む生産の要因のほとんどまたはすべてが、封建的な支配階級によって完全に所有され、プロダクトはまた、いかなる種類の市場なしで消費されるかもしれず、それは封建的な社会的な単位内の使用のための生産であり、限られた貿易のためのものである[59]。このことは、資本主義の下では、生産プロセスの組織全体が、社会全体が直面しているより大きな合理的な文脈よりも、投入物と出力物(賃金、非労働要素コスト、売上高、利益)の間の価格関係で表現される資本主義に制限された経済合理性に適合するように、再編成され、再編成されるという重要な結果をもたらすのである。本質的に、資本の蓄積は、資本主義生産における経済的合理性を定義するようになる[60]

社会、地域、国家は、分配されている所得と製品の主要な供給源が資本主義的活動であれば資本主義的であるが、そうであっても資本主義的生産様式がその社会で支配的であることを必ずしも意味するものではない。

歴史

近代以前

近代以前より、多くの時代・地域で資本は小規模に存在していた。現代的な形の資本主義は、ルネッサンスにおけると商業主義の出現にまで遡ることができる[61]。また私有財産制は古代のアテナイ古代ローマにも存在した。

産業革命と初期資本主義

18世紀半ば イギリスより産業革命が発生し、デイヴィッド・ヒュームアダム・スミスらの新しい経済理論家グループは、従来の重商主義に異議を唱え、市場経済では自己利益のための投資が「見えざる手」により全体の効率と成長に導かれる、とした(古典派経済学)。他方で手工業生産の衰退や囲い込みなどにより、伝統的な共同体が崩壊し、都市労働者が増大して労働者階級プロレタリアート)が形成され、劣悪な労働条件や低賃金が拡大した。このためシャルル・フーリエらは社会改革を提唱した(空想的社会主義)。

1780年代からのフランス革命などの市民革命(ブルジョワ革命)では、私有財産制が確立して経済的自由主義が拡大した一方、経済的平等を重視する立場から社会主義が登場した。1867年、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスらは『資本論』で、資本主義の拡大により国家の役割は縮小するが、資本主義の本質は資本家による労働者からの搾取であり、資本家は富を蓄積し労働者は貧困を蓄積するため、必然的に革命が発生して、資本主義社会(生産手段の私的所有)から社会主義社会(生産手段の社会的所有)に移行するとした(マルクス経済学)。

18世紀後半のアメリカ合衆国独立以降、ロックフェラーモルガンメロンの三大財閥が市場を独占し、自由競争を妨げているとして独占禁止法反トラスト法)が制定され、法廷闘争が行われた。

日本では幕末の開港貿易を契機に商業高利貸資本の蓄積が行われるようになり、明治維新後、明治政府による上からの殖産興業政策に促されて成長を遂げ、政商資本・銀行資本を形成するようになり、官営事業の払下げや紙幣整理を通じて、それらが産業資本に変化したことで資本主義が日本において成立して軌道にのったというのが一般的な評価である。欧米で18世紀に起きた産業革命は日本では1870年代から始まったと考えられている。日清戦争をはさむ1880年代から1890年代に軽工業を中心とする第1次産業革命、日露戦争をはさむ1890年代から1900年代には重工業を中心とする第2次産業革命が行われた[62]

他方「原始社会→奴隷制→封建主義→資本主義→社会主義」という歴史発展五段階論を持つマルクス主義者の間では日本にいつ資本主義が成立したのか、あるいはしていないのかが、特に戦前に論争になった。労農派は明治維新を不徹底ながらブルジョア革命と見なし維新後の日本は封建主義的な部分を残しながらも近代資本主義社会と評価することは可能であり、したがって社会主義革命が可能とする立場だったが、共産党系の講座派はそれに反対し、「半封建的な絶対主義天皇制」の支配を強調して、まずブルジョア民主主義革命を起こす必要があり、それを社会主義革命へ転化する二段階革命が必要と主張していた(日本資本主義論争[63]

第一次世界大戦後の世界恐慌と修正資本主義

1914年に第一次世界大戦、1917年にロシア革命が発生して社会主義国が誕生し、産業の公有化や計画経済を行った。1917年 ウラジーミル・レーニンは『帝国主義論』で、現在の資本主義は独占資本主義に転化し、植民地搾取により延命する帝国主義である、とした。各国の社会主義運動は分裂し、資本主義の枠内での社会改良を目指す者は「社会民主主義」、レーニン流の革命を目指す者は「共産主義」と呼ばれるようになった。

1929年、世界恐慌により大量の失業者が発生して社会不安が増大し、従来の資本主義理論(レッセフェール景気循環理論)への懐疑が広がった。アメリカ合衆国ケインズ経済学有効需要理論を採用しニューディール政策を実施した(修正資本主義)。イギリスフランスブロック経済政策により自由貿易を制限した。広大な植民地を持たない諸国では、イタリアファシズム(結束主義)は第三の位置としてコーポラティズムによる経済を提唱し、ドイツナチズム国家社会主義)は大規模な雇用創出を行って生存圏を主張し、日本では統制派により統制経済や大陸侵出が進められた(集産主義軍事ケインズ主義国家総動員体制)。

第二次世界大戦後

冷戦の発生により、アメリカ合衆国や西ヨーロッパは「西側、自由主義(資本主義)陣営」、ソビエト連邦や東ヨーロッパなどは「東側、社会主義(共産主義)陣営」などと呼ばれ、体制競争が行われた。特にヨーロッパの資本主義諸国では労働条件の改善や労働組合の重視、社会保障などの富の再分配、主要産業の国営化などが進められ、混合経済化が進んだ(社会的市場経済福祉国家論)。また第二次世界大戦を引き起こした経済対立の原因にブロック経済があったとの反省により、GATTWTO協定などの世界自由貿易が推進された。アメリカでは大量生産・大量消費の経済が拡大した(フォーディズム)。社会主義国では、西側諸国による経済封鎖や軍事費負担、技術革新の遅れ、官僚主義による非効率などもあり、1991年 ソビエト連邦の崩壊が発生し、中国では改革開放、ベトナムではドイモイ政策が進められた(社会主義市場経済)。

1970年以降、ミルトン・フリードマンらはケインズ主義を批判し、市場原理の拡大を提唱した(新古典派経済学マネタリズム新自由主義)。チリではチリの奇跡、イギリスではサッチャリズム、アメリカではレーガノミクス日本では小泉改革などの規制緩和民営化などが進められた。グローバリゼーション拡大により、各国政府の権限や多国籍企業への規制の縮小による雇用や安全への脅威や、格差社会の拡大も主張された(反グローバリズム)。また1990年代のインターネット普及後は、IT革命による経済効率化や情報格差も主張された。

2013年、トマ・ピケティは著書『21世紀の資本』で、長期的にはは経済成長率より大きく、富は蓄積され格差は拡大するため、格差是正には世界的な政治的再配分が必要とした。

類型

資本主義の類型には、時代・立場・観点などにより、以下などが主張されている。

近代化との関連

近代化」とは「封建的なものを排して、物事を科学的、合理的に行うようにすること」であり、「産業化・資本主義化・民主化」等として認識される[64]

合理主義・法治主義・世俗主義

バード大学教授イアン・ブルマおよびヘブライ大学名誉教授アヴィシャイ・マルガリートによれば、19世紀ロンドンのような都市文明では、過大な富の不均衡があったと同時に、都市や個人自由が相当保証されてもいた[65]。その種の自由の起源はマグナ・カルタ(大憲章)まで遡り得るが、啓蒙主義に負うところも大きい[65]

啓蒙主義者・合理主義ヴォルテールは、1726年イギリスへ亡命し、自由を讃え、専制主義への攻撃を開始した[65]。ヴォルテールは当代随一の論客であり、議論上いくらかの誇張は否めないが、鋭い観察を残したことは確実視されている[65]。ヴォルテールが賞賛したものの中には、科学探求の自由・思想家の高い地位に並んで「王立証券取引所」もあった[66]。それは

すべての代表人類の利益のために集まってくる、大抵の裁判所よりも尊ばれるべき場所

だとヴォルテールは述べた[67]フランス商人階級ブルジョア階級)は、貴族文化人から見下されていたが、ヴォルテールは商業こそ人間自由を確保するための重要条件と見なした[67]。王立証券取引所についてヴォルテールは

ユダヤ人、回教徒[ムスリム]、キリスト教徒が、まるで同じを崇拝するかのように互いに接している。この場で不信心者とされるのは破産者だけだ。

とも記した[67]。ヴォルテールが見て取ったように、金銭信条人種といった違いを解消する[67]市場では誰もが、共通の規則契約法律で結び付けられている[67]。そのような共通制度は(先祖代々からのによって啓示されたものではなく)、個々の所有物を守り、他人に欺かれるリスクの削減のために人間が作ったものである[67]。市場では、生まれはあまり重要ではなく、村落氏族の間ではある程度有効だった慣習にも、頼ることはできない[67]合理性を重視することにより、世俗的な通商法は絶賛された[67]

世界的に、近代化世俗化を伴っている[68]。そのため通念上、産業革命を経験した西洋は他地域に比べて劇的に豊かになった一方、過去の伝統農業と切り離された、と言われる[68]産業化には科学技術の絶えざる応用が伴い、それは必然的に世俗化に繋がっている[68]。何故なら、産業社会における合理的生産は、物事がどのように機能するのかという問いかけや、原因結果の絶えざる探求無くしては成立しないからである[68]。それは、因果関係を曖昧化する宗教の「呪縛」を除去し、マックス・ヴェーバーが呼ぶところの「」(脱宗教化)をもたらした[69]

脱伝統・脱宗教化を経済成長と結びつける近代化のイメージは、特に非西洋世界の改革推進勢力の間で説得力を持った[70]。そのイメージは完全には間違っていなかったが、反改革派の宗教的勢力と同様に、改革派の結論も極端な方向へ走りがちだった[70]

自由主義・民主主義・平和主義

自由民主主義は、商業国に最適な政治制度とされている[71]。このシステムでは競争し合い、利益の相違は交渉・妥協を通じて解決することが前提となっている[71](当然、そのような制度は「英雄的」ではなく、反民主主義からは「卑劣」「軟弱」「凡庸」「腐敗」等と見なされてきた[72])。一例はアメリカの民主主義であり、アレクシ・ド・トクヴィルは以下のように論じている[73]

もしも人間の的・道徳活動現実生活の必要性に注ぎ込み、生活の向上に役立てたいのならば、
もしも理性の方が天才よりも人の役に立つと考えるならば、
もしも英雄美徳ではなく穏やかな習慣の創造を望むならば、
もしも政府の主な目的が、最強の力や国家全体の栄光の獲得ではなく、すべての個人に最大の幸福を提供することであるならば、

条件の平等を整えて民主的政府を確立するのが良いだろう。

19世紀中頃のアメリカ訪問中には、こう述べている[74]

すべての人が積極的野心にみなぎるこの国では、崇高な理想は希薄である。

実際には民主主義と戦争の相性は悪くなく、近代史では、民主主義国家が独裁政権にことごとく勝利している[75]。しかしトクヴィルの見解によると、民主主義下の市民ゾンバルトの言う「ブルジョア」や「商人」)は、生命をかけて戦闘することを簡単には受容しない[75]

自由民主主義や資本主義は、「英雄的」信条とは異なり、自由思想(リベラル)に近い[76]。観点によっては、リベラル社会は「凡庸さ」を奨励さえしている[76]ナチス・ドイツ国家主義者アルトゥール・メラー・ファン・デン・ブルックは、リベラル社会では自由が与えられ、「際立った人生よりもありふれた日常」に重きが置かれると見ており、その点ではトクヴィルも類似している[76]。すなわちリベラルな資本主義社会では、大多数の人々は「普通の生活」を送る[77]ピューリタンの伝統に則り、リベラルは普通に生きることを受け入れた[77]。そして17世紀オランダ絵画イギリス文学ジェーン・オースティンの小説)が描いたように、凡庸な日常生活にも威厳があり、それは嘲笑するのではなく大切に育むべきだという考えも確立されていった[77]。英雄主義や結束主義(ファシズム)等は、これに対立する[77]

すべての近代ヨーロッパ思想の中で、非西洋の知識人に最も受容されたのはドイツナショナリズムだと考えられる[78]。例えばナチズム(国家社会主義)は、バース党(アラブ社会主義復興党)へ多大な影響を与えている[79]。その理由としてはドイツのナショナリズムが、近代西洋の普遍性の主張に反発するものだったことが挙げられている[79]

学派

資本主義に関する経済理論や学派には以下がある。ただし多くの学派名は他称であり、その分類にも議論がある。

古典派経済学

18世紀後半以降、アダム・スミストマス・ロバート・マルサスデヴィッド・リカードなどのイギリス経済学者に代表される。従来の重商主義を批判し、労働価値説を提唱した。また重農主義によるレッセフェール(自由放任)の概念を使用し、個人の利己的な経済活動が、自由市場の「見えざる手」(需要と供給による価格決定メカニズム)によって、全体として資源の最適配分となるとした。なおジョン・スチュアート・ミル功利主義に基づく自由主義を重視する一方、貧富の差植民地の増大を懸念し、政府の再分配機能も重視して後の社会民主主義などの改良主義に影響を与えた。

マルクス経済学

19世紀後半以降、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスらは、古典派経済学の労働価値説を批判的に継承して剰余価値説を提唱し、資本主義の本質は資本家による労働者の搾取とした。また資本主義は普遍的なものではなく歴史的なものであり、資本主義の矛盾が累積すると最終的には革命が発生し、社会主義社会(生産手段の社会的共有)に移行するとした。ルドルフ・ヒルファーディング金融資本論を提唱し、ウラジーミル・レーニン帝国主義論を提唱して帝国主義は資本主義の最終段階であり植民地主義により延命しているとした。

オーストリア学派

19世紀後半以降、カール・メンガーらは、古典派経済学の労働価値説や生産費説に対し、功利主義による限界効用理論に基づいて消費財の価格を説明した(限界革命)。またフリードリヒ・ハイエク経験論を重視した自由主義を唱え、理性主義合理主義を批判し、それらに基づく計画経済社会主義ファシズム全体主義)を批判した。

新古典派経済学

19世紀後半以降、新古典派経済学(ネオクラシカル)は、アルフレッド・マーシャルなど古典派経済学の伝統を重視する限界効用理論以降の学派であり、市場経済を重視するが、市場の失敗への対応など政府の役割も認める。なお1970年代以降の新しい古典派(ニュー・クラシカル)は、ネオクラシカルの枠組みに、ミクロ的基礎づけを重視する。

アメリカ学派

19世紀後半から20世紀前半のアレクサンダー・ハミルトンらのアメリカ合衆国のマクロ経済学的政策。製造業を支援するために保護貿易主義を提唱し、交通機関などインフラ建設を政府が投資し、国営銀行が投資や投機よりも商業や経済の成長を促進した。

ケインズ経済学

20世紀前半、ジョン・メイナード・ケインズらは、古典派経済学のセイの法則(供給はそれ自らの需要を生み出す)や古典派の公準(賃金変動により雇用調整される)を中心とした自由放任経済を批判し、有効需要理論により政府が需要創出を行い経済を拡大する事により、実在している非自発的失業を無くせると提唱して、ニューディール政策に大きな影響を与えた。

シカゴ学派

1920年代以降、シカゴ学派はミクロ経済学的な手法を多種多様な分野に適用した。オスカル・ランゲ世界恐慌後、市場経済社会主義に導入した市場社会主義を提唱した。ミルトン・フリードマンらは実証主義を重視し、ケインズ主義の有効需要理論を批判し、マネーサプライを重視してマネタリズムと呼ばれ、更に新自由主義とも呼ばれた。またロナルド・コースらは新制度派経済学法と経済学などの分野を創始した。

マネタリスト

シカゴ学派でもあるミルトン・フリードマンが主唱。貨幣数量説の再評価などマネーサプライを重視し、ケインズ主義的な裁量的財政政策を批判して、ルールに基づいた政策の実行を提唱した。

ニュー・ケインジアン

1990年代以降、グレゴリー・マンキューらが提唱。マネタリストや新しい古典派(ニュー・クラシカル)に対して、裁量的な財政・金融政策の有効性を提唱した。

議論

主な思想による批判

資本主義に対する主な思想的立場からの見解や批判には以下がある。

批判の詳細

資本主義の支持者は、資本主義は過去に作られたいかなる経済システムより優れており、その利益は主に一般の人々に与えられると主張する[80]。一方、批判者は、多様な経済的な不安定さがあり[81]、全ての人々に幸福を提供する事はできず[82]、自然環境に持続不可能な損害を与える[83]、と論じる。

資本主義への批判には、経済システムとしての社会的不平等、不公正な富や権力の配分物質主義、労働者や労働組合への抑圧、社会的疎外失業、そして経済の不安定さなどが関連する[84]。多くの社会主義者は、資本主義は非合理的で、生産や経済の方向性は計画されず、多数の矛盾や内的不整合があると考えている[85][86]。資本主義と個人主義的な私有権は、所有者が賛同できないアンチコモンズの悲劇に陥っている。マルクス経済学Richard D. Wolff は、資本主義経済では共同体の社会的必要性よりも利益と資本蓄積が優先され、資本主義企業では企業の基本的な方針に労働者を含める事は稀である、とした[87]

労働関係の一部の歴史家や学者は、奴隷奉公、強制された囚人などの強制労働は、資本主義における雇用関係と類似性があると論じている。社会学者でケンブリッジ大学クイーンズカレッジ社会政治学研究部長のトム・ブラス(en:Tom Brass)は強制労働は資本主義に受容可能と論じた[88][89]

資本主義の多くの側面は、主に企業による資本主義に反対する反グローバリゼーションの批判を受けている。環境主義者らは、資本主義は継続的な経済成長を必要として、必然的に地球の有限な天然資源を枯渇させ、多数の動植物を絶滅させていると論じている[90][91]。また、新自由主義または現代の資本主義は、世界貿易を拡大する半面、伝統的な文化様式を破壊し、不平等の悪化と世界的な貧困の拡大を招いた結果、我々は新自由主義以前よりも貧困な時代に生きており、1970年以降の環境指数は大幅な環境悪化を示している、と論じている[92][93][94]

一部の学者は2007年の金融危機の責任が新自由主義的な資本主義モデルにあると批判した[95][96][97][98][99]

多くの宗教は、資本主義の特定の要素を批判または反対している。伝統的なユダヤ教キリスト教イスラム教などでは利息付きの金貸し業を禁じているが[100][101]銀行が設立されている。一部のキリスト教徒は資本主義を、その物質主義崇拝では全人類の幸福を測る事はできないと批判している[102]カトリックの学者と聖職者はしばしば、貧困層を排除した分配に関して免責されていると、資本主義を批判してきた。ローマ教皇フランシスコは、解き放たれた資本主義は「新たな専制」として、世界の指導者に対して貧困と不平等に対する戦いを呼びかけた[103]

関連項目

注釈

  1. ^
    ナショナリズム

    19世紀後半に入って先進資本主義国が経済上の利益確保を至上のものとして対外的膨張策を図り、アジア・アフリカなどの後進諸地域を支配・抑圧すると、被支配諸民族がそうした不当な支配から自己を解放し、自民族や自国の独立を主張する民族主義的(ナショナリスティック)な思想や運動が現れた」[9]

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共産主義

共産主義(きょうさんしゅぎ、: Communism: Kommunismus: Коммунизмコミュニズム)とは、政治経済分野での思想理論社会運動政治体制のひとつで、財産の一部または全部を共同所有することで平等な社会をめざす[1][2][3][4][5]

広義には共同体(コミュニティ)のための財産共有を意味し、狭義には特にマルクス主義ボリシェヴィズムマルクス・レーニン主義などを指す(用語を参照)。当記事では広義の意味で記述する。

共産主義のシンボルには、社会主義と同様に赤色赤旗が広く使用されている。また特にマルクス・レーニン主義系の共産主義を表すシンボルには赤い星鎌と槌なども使用されている。

用語

共産主義(英語: communism、コミュニズム)の用語は「フランス語: communisme」より派生し、その語源は「コミュニティ(共同体)の」または「コミュニティのための」を意味する「ラテン語: communis」と、「状態、運動、思想」への抽象化を示す接尾語の「ism」により造られた[6][7][8]。このため直訳では「コミュニティの(コミュニティのための)状態」を意味する。この用語は色々な社会的状況を指すために使用されたが、現代では経済的政治的な組織や体制に関連して使用されるようになり、特にマルクス主義と関連付けて使用されるようになった。著名な例には1848年の『共産党宣言』がある。

この用語の現代の意味での初期の使用例には、1785年頃にフランスの著作家のVictor d'Hupayニコラ・エドム・レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ に送った手紙があり、その中でd'Hupayは自分自身を「フランス語: auteur communiste」(共産主義の作家)と記述した[9]。後にレチフはこの用語を彼の著作で頻繁に使用し続け、政治体制として「共産主義」の用語を使用した最初となった[10]。更に1840年頃にイギリスの社会主義者のJohn Goodwyn Barmbyがこの用語を最初に英語で使用した[11]

1793年、フランソワ・ノエル・バブーフは「共産主義」との言葉に「完全な平等」という意味を込めて「平等クラブ」を「コミュニストクラブ」と言い換えた。1795年、バブーフは「平民派宣言」で「土地は万人のもの」として、個人が必要以上の土地を私有する行為を批判するなど、平等社会実現のために私有財産制の廃止を主張し、「共産主義の先駆」とも呼ばれる。

1840年代には「共産主義」は「社会主義」と通常は区別されていた。1860年代に「社会主義」の現代的な概念と用法が確立して、同義語として従来使用されていた連携主義者(associationist)、協働主義者(co-operative)、相互主義者(mutualist)などの用語の中で主流となると、この時期は「共産主義」の用語は使用されなくなった[12]。また初期には、社会主義は生産の社会化のみを目的とし、共産主義は生産と消費の両方の社会化(最終財への無償アクセス)を目的とする、との区別も存在した[13]。1888年までにマルクス主義者は「共産主義」の代わりに「社会主義」を採用し、「共産主義」は「社会主義」の古い同義語とみなされるようになった。

1914年の第一次世界大戦勃発で第二インターナショナルが分裂し、社会主義者は自国の戦争を支持する多数派と、戦争反対と国際主義を主張する少数派に分裂した。

1917年のロシア革命ウラジーミル・レーニンは、ロシアの生産力社会主義革命には不十分との古典的マルクス主義による批判に対抗して、ボリシェヴィキによる権力奪取を行い、「社会主義(社会)」は「資本主義(社会)」と「共産主義(社会)」の中間の発展段階と主張するようになった(二段階論)[14]。更に1918年にロシア社会民主労働党ロシア共産党(後のソ連共産党)に改名すると、「共産主義者」は特にボリシェビズムレーニン主義、後のマルクス・レーニン主義などの理論や政策を支持する社会主義者を意味するようになり、政治的思想としての「共産主義」と「社会主義」の区別が明確となった[15]が、しかし各共産党は以後も自らを社会主義を掲げる社会主義者と説明し続けた[12]

また「共産主義」と「社会主義」の区別は、宗教に対する文化的態度など地域によっても異なる。キリスト教ヨーロッパでは「共産主義」は無神論と信じられた。プロテスタントイングランドでは「共産主義」はローマカトリック教会の聖体拝領(英語: communion rite)に言葉が近すぎたため、多くの無神論者は社会主義者を自称した[16]。1848年に出版された「共産主義宣言」でフリードリヒ・エンゲルスは「社会主義は大陸で尊敬されたが共産主義は違った」と述べた。イギリスのオウエン主義者やフランスのフーリエ主義者らは労働者階級の「全体的な社会変革の必要性の提唱者」として尊敬できる社会主義者と考えられたが、共産主義者とは自称しなかった。社会主義の中の共産主義の系統より、フランスのÉtienne Cabetやドイツのヴィルヘルム・ヴァイトリングなどが共産主義的活動を生み出した[17]。そして1848年革命を、民主主義者は自由、平等、友愛を掲げた民主革命とみなし、マルクス主義者はブルジョワ階級によるプロレタリア階級への裏切りとみなした[18]

なお日本語訳の「共産主義」の「共産」は、「を行う」ことから作られた言葉である[19]

社会主義との違い

「社会主義」と「共産主義」は、とりわけマルクス主義に関し、同一視される場合と使い分けられる場合がある。それは以下の歴史的経緯による。

(1) マルクス主義=共産主義
カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスが『共産党宣言』を書いた1847年には、社会主義と共産主義の違いは明瞭なものだった。エンゲルスは1890年に出版された『共産党宣言』ドイツ語版の序文で「1847年には、社会主義はブルジョア(中産階級)の運動を意味し、共産主義はプロレタリア(無産階級)の運動を意味した」[20]と説明している。マルクスもエンゲルスも共産主義者と自認していた。
(2) マルクス主義=科学的社会主義
1875年にマルクス派とラッサール派の合同によってドイツ社会主義労働者党が創設された際、マルクスはラッサール派によって書かれた綱領草案を厳しく批判する手紙を関係者宛に送った。『ゴータ綱領批判』として知られるものである。その中でマルクスは共産主義の低い段階と高い段階を区別し、低い段階では労働者は労働に応じて受け取り、高い段階では欲求に応じて受け取る、とした[21]。批判対象の綱領草案には共産主義という単語は含まれていなかったにもかかわらず、マルクス自身は手紙の中で共産主義について語った。とはいえ、新しい党は社会主義政党であり、そこに参加したマルクス主義者は社会主義者ということになる。
1880年に出版された『空想から科学へ』において、エンゲルスは、「唯物史観剰余価値説によって社会主義は『科学』となった」、という見解を示した。マルクスもこの小冊子を「科学的社会主義の入門」として推薦する序文を書いた。これによりマルクス主義は科学的社会主義とも呼ばれるようになった。
(3) 社会民主主義と共産主義の対立
ドイツ社会主義労働者党は1890年にドイツ社会民主党と改称され、マルクス主義者は社会民主主義者とも称するようになった。ドイツ社会民主党は順調に党勢を拡大し、国際的な社会主義運動(第二インターナショナル)の中でもリーダー的存在だった。
しかし第一次世界大戦の勃発に際し、それまでの政策を捨てて自国政府を支持したため、反戦を貫いた社会民主主義者から激しく批判された。レーニンはボリシェヴィキに対して「その公式の指導者たちが、全世界で社会主義を裏切り、ブルジョアジーの側に寝がえってしまった『社会民主党』(『祖国防衛派』と動揺的な『カウツキー派』)という名称のかわりに、われわれは共産党と名のるべきである」と提案した[22]。ボリシェヴィキは1919年に党名を共産党と改称した。以後、社会民主主義と共産主義は明瞭に区別されるようになった。社会民主主義は議会制民主主義の尊重や漸進的改革の主張を意味し、共産主義は革命によるプロレタリアート独裁の主張を意味した。
レーニンは1917年に出版された『国家と革命』でマルクスの『ゴータ綱領批判』を詳しく解説し、理論面でもマルクスの共産主義論を復権させた。以後、革命後の体制はプロレタリアート独裁期を経て社会主義へと移行し、さらに共産主義へと発展する、という考え方が定着した。マルクスの言う共産主義の低い段階は社会主義と位置づけられた。
(4) 共産党の社会民主主義化
一時は圧倒的だったソ連の権威は、1956年のスターリン批判ハンガリー動乱、1968年のプラハの春などの事件によって次第に低下した。西欧諸国の共産党はソ連共産党との違いを強調するようになった。自由や民主主義を強調するユーロコミュニズムがその一例である。共産党の政策は社会民主主義政党の政策と大差ないものになり、社会民主主義と共産主義の違いも再び曖昧になった。

思想

黎明期の共産主義思想

コミュニズム(共産主義)という言葉の由来はラテン語の「communisコムニス」であり、共有、共通、共同 を意味する。歴史的に最も早い使用例はシルヴィ父子によって書かれた『理性の書』(1706年)である。私有財産の否定による完全平等の実現という現在使われる文脈とほぼ同じ意味でコミュニズム(共産主義)という語を用いた最初の人物はフランソワ・ノエル・バブーフである。バブーフは後に「共産主義の先駆」とも呼ばれ、また前衛分子による武装蜂起階級独裁などの革命思想の概念の先駆者の一人でもある。またルイ・オーギュスト・ブランキも武装した少数精鋭の秘密結社による権力の奪取や人民武装による独裁といった概念を主張した。

その後、フランスにおいて社会主義や共産主義などの思想が広まった。1842年に出版されたローレンツ・フォン・シュタインの著作『今日のフランスにおける社会主義と共産主義』がその概要をドイツに伝え、マルクスエンゲルスもそれによってフランスの思想状況を知った[23]

エンゲルスは『空想から科学へ』の中で次のように述べた。

「大きなブルジョア運動がおこるたびごとに、近代的プロレタリアートの、多少とも発展した先駆者である階級の、自主的な動きがいつも現われた。たとえば、ドイツの宗教改革農民戦争との時代における再洗礼派トマス・ミュンツァーイギリス大革命における平等派(レヴラーズ)フランス大革命におけるバブーフがそれである。まだ一人前になっていなかった階級のこれらの革命的蜂起とならんで、それにふさわしい理論的表明がおこなわれた。一六、一七世紀には理想的社会状態の空想的な描写が、一八世紀にはすでにあからさまな共産主義理論(モレリーとマブリー)が現われた。」[24]

マルクス主義(科学的社会主義)

マルクスとエンゲルスは、1847年6月に共産主義者同盟の綱領的文書として執筆した『共産党宣言(共産主義者宣言)』において、資本主義社会をブルジョワジー(資本家階級)とプロレタリアート(労働者階級)の階級対立によって特徴づけ、ブルジョワ的所有を廃止するためのプロレタリアートによる権力奪取を共産主義者の当面の目標とした。最終的に階級対立は解消され、国家権力は政治的性格を失うとし、各人の自由な発展が、万人の自由な発展の条件となるような協同社会(共産主義社会)を形成する条件が生まれるとした。

エンゲルスは、1880年に出版された『空想から科学へ』において、唯物史観剰余価値説によって社会主義は科学となったとし、自らの立場を科学的社会主義と称した。共産主義社会の詳細な構想を語るのではなく、資本主義社会の科学的分析によって共産主義革命の歴史的必然性を示そうとするところにマルクス主義の大きな特徴がある。

とはいえ、マルクスやエンゲルスが共産主義社会のイメージを語った例もいくつか存在する。前述の『共産党宣言』のほか、1873年に出版された『資本論』第一巻の第二版には、「共同の生産手段で労働し自分たちのたくさんの個人的労働力を自分で意識して一つの社会的労働力として支出する自由な人々の結合体[25]」についての言及がある。社会的分業の一環としての労働が私的な労働として行われる商品生産社会を乗り越えた社会についての記述であり、事実上の共産主義論と見なされている。また、直接言及した箇所には第一版の「共産主義社会では、機械は、ブルジョワ社会とはまったく異なった躍動範囲をもつ」、第二版の「共産主義社会は社会的再生産に支障が出ないようあらかじめきちんとした計算がなされるだろう。」がある。1875年、マルクスは『ゴータ綱領批判』の中で共産主義社会を低い段階と高い段階に区別し、低い段階では「能力に応じて働き、英語版」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という基準が実現するという見解を述べた。

その後の歴史的展開により、マルクス主義には様々なバリエーションが存在する。マルクス・レーニン主義トロツキズム毛沢東主義ユーロコミュニズムなどである。

無政府共産主義

無政府共産主義は自由主義共産主義とも呼ばれ、国家私的所有権資本主義などの全廃を提唱し、生産手段社会的所有[26][27]、自主的な組合や生産現場における労働者評議会による直接民主主義や水平的なネットワーク、「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」との指導原理をベースとした消費、などに賛成する[28][29]

ピョートル・クロポトキン英語版などの無政府共産主義者は、そのような社会のメンバーは公的企業や相互扶助の利益を認識しているために必要な労働を自発的に達成すると信じた[30]。一方で、ネストル・マフノリカルド・フロレス・マゴンなどは、無政府共産主義の社会では子供や老人、病人、弱者などを除いた全員は労働を義務とされるべきと確信していた[31][32][33][34]

クロポトキンは、真の無政府共産主義社会では「怠惰」または「サボタージュ」は大きな問題になると考えなかったが、自由な無政府共産主義では、担当した仕事を実行するという共通の合意を満たさないままで離脱する事を認めた[35]

キリスト教共産主義

キリスト教共産主義は、キリスト教を中心にした宗教的共産主義の形態の1つである。その理論的および政治的な理論は、イエス・キリストキリスト教徒に理想的な社会体制としての共産主義を論じた、という視点をベースとしている[36]

キリスト教共産主義は、キリスト教社会主義急進的な形態と見ることもできる。また多くのキリスト教共産主義者は、過去に独立した、国家の無い共同体を形成したため、キリスト教共産主義と英語版の間には関連がある。キリスト教共産主義者には、マルクス主義の色々な潮流に、賛成する者、賛成しない者などがいる。

キリスト教共産主義者はまた、資本主義を社会主義に置換え、更に将来には共産主義に移行する、などの点では、マルクス主義者と政治的な目標を共有する。しかしキリスト教共産主義者は、社会主義者または共産主義者の社会が組織されなければならないとするマルクス主義、特にレーニン主義に対してはしばしば賛同しない。

歴史

共産主義の源流とされる思想の歴史は古く、プラトンの国家論[37][38]キリスト教共産主義などの宗教における財産の共有、空想的社会主義と呼ばれる潮流における財産の共有、フランス革命でのジャコバン派、一部のアナキズムによる無政府共産主義などがある。19世紀後半にカール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスが共産主義思想を体系化し、唯物史観を基本に生産手段の社会的共有と私有財産制の制限による共産主義革命を掲げた「マルクス主義(科学的社会主義)」が共産主義思想の有力な潮流となった[39]。また十月革命の成功によるソビエト連邦の成立により、ウラジーミル・レーニンによる革命的な党の組織論などをマルクス主義に総合した「レーニン主義」が影響力を高め、後に「マルクス・レーニン主義」として定式化された。更にレフ・トロツキーによるマルクス主義の概念である「トロツキズム」、毛沢東による当時の中国の状況に適合させたマルクス主義の解釈である「毛沢東主義」など、マルクス主義は革命の起こった国の指導者の考えや国情により多数の思想や理論、運動、体制となり世界へ広まっていった[40]ソビエト連邦の崩壊以降は「正統派マルクス主義」の影響力は世界的に大きく低下したが、マルクス主義または非マルクス主義の、各種の共産主義の思想や運動が存在し続けている。

空想的社会主義

19世紀前半にはアンリ・ド・サン=シモンシャルル・フーリエロバート・オウエンといった思想家達が、ユートピア構想に基づく社会主義的理論と、共同体の運営実験を行った。ロッチデール先駆者協同組合ニュー・ラナークはその試みの例である。彼らの思想はカール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスにも影響を与えた。エンゲルスは彼らの思想を「空想的社会主義」と特徴づけた。

共産主義者同盟

1834年、パリで君主主義に反対するドイツ人亡命者の秘密結社ドイツ語版が結成された。1837年カール・シャッパーヴィルヘルム・ヴァイトリングらが分裂し、正義者同盟を結成した。1838年に同盟では共産主義的綱領が採択され、最初の共産主義団体となった。やがて合法活動に転じたシャッパーと武装蜂起路線をとるヴァイトリングの対立が表面化し、同盟は分裂状態に陥った。

1846年2月にマルクスとエンゲルスはブリュッセルでブリュッセル共産主義通信委員会を結成した。マルクスらとシャッパー派は連携し、正義者同盟の再編を行った。1847年6月に正義者同盟は共産主義者同盟と改称し、再スタートを切った。シャッパーはマルクスとエンゲルスに綱領的文書の作成を依頼し、シャッパーの校閲を経た上で発表された。これが『共産党宣言(共産主義者宣言)』である。

第一インターナショナル

1866年、ジュネーブで社会主義者の国際組織第一インターナショナルが初開催された。この組織の中でマルクスの理論は次第に影響力を強めていくが、ピエール・ジョゼフ・プルードンミハイル・バクーニン等の無政府主義者と対立した。1872年にはマルクス派がバクーニンを除名し、第一インターナショナルは分裂した。

同じ頃ピョートル・クロポトキンは無政府主義の延長上にある無政府共産主義を唱え、幸徳秋水を始めとする世界の思想家に影響を与えた。

社会民主主義の成長と挫折

1889年にはマルクス主義派が中心となって第二インターナショナルが設立された。中心的な役割を果たしたのはドイツ社会民主党であり、カール・カウツキーが同党の中心的理論家として活躍し、マルクス主義の権威も高まった。しかし同党では1890年代プロレタリア独裁暴力革命を否定するエドゥアルト・ベルンシュタインらによる修正マルクス主義とカウツキーらの論争(修正主義論争)が勃発した。後に修正主義の路線は社会民主主義の思想を生み出すことになる。

マルクス主義はゲオルギー・プレハーノフによってロシアにも持ち込まれ、ロシア社会民主労働党のイデオロギーとなった。ロシア社会民主労働党のウラジミール・レーニンは、ボリシェヴィキと呼ばれる分派を形成し、マルクス・レーニン主義と呼ばれる思想を形成しつつあった。彼の思想に対する有力な反論者がドイツ社会民主党のローザ・ルクセンブルクであり、激しい論争が起こっている。

しかし1914年第一次世界大戦が始まると、加盟政党は国際主義的な戦争反対の主張を放棄してそれぞれ自国政府の戦争を支持し、第二インターナショナルはばらばらになった。戦争反対を貫いたのはボリシェヴィキのほかには、カウツキー、ベルンシュタイン、ルクセンブルクらが結成したドイツ独立社会民主党をはじめとするごく少数だった。

ロシア革命の成功と世界革命支援

ボリシェヴィキは1917年10月にロシアで武装蜂起を成功させ(十月革命)、権力を獲得した。1918年には党名をロシア共産党に変更し、ドイツとブレスト=リトフスク条約を結んで第一次世界大戦から離脱した。土地の社会化や労働者統制などの政策を実施した。

一方ドイツ帝国では、1918年11月12日に皇帝ヴィルヘルム2世が退位すると、独立社会民主党のカール・リープクネヒトによって社会主義共和国の成立が企てられたが、戦争中から和平に転じた社会民主党が機先を制し、社会民主党主導の政府が成立した。同年12月、独立社会民主党から分裂したルクセンブルクとリープクネヒトによってドイツ共産党が成立し、ドイツ革命を目指したが翌年1月に鎮圧された(スパルタクス団蜂起)。

ロシア共産党は1919年コミンテルンを設立して世界各地の革命を支援した。この結果生まれたのがハンガリー・ソビエト共和国等であったが、大半が短期間のうちに消滅した(参照)。しかしコミンテルンの革命支援・共産党に対する指令の動きはその後も継続された。コミンテルン書記のカール・ラデックは、革命を起こすために各国の右派との連帯を目指すナショナル・ボルシェヴィズム路線を提唱し、ルール占領に反対するストライキなどで右派政党との協調路線をとらせた。

ペルーではホセ・カルロス・マリアテギが1928年にペルー社会党を結成したが、彼が『ペルーの現実解釈のための七試論』(1928年)で示した独自の理論は1929年にコミンテルンから否定され、1930年にコミンテルン支部としてペルー共産党が結成された。彼は生前は評価されなかったが、死後ラテンアメリカ先住民の復権を唱えたインディヘニスモラテンアメリカのマルクス主義者に大きな影響を与え、チェ・ゲバラセンデロ・ルミノソトゥパク・アマル革命運動などの後のラテンアメリカ左翼運動に影響を残している。

スターリン主義とトロツキー主義

内戦終結後の1922年ソビエト連邦[41]が成立した。1924年、ソ連でレーニンに代わって指導者となったスターリンは、マルクス、エンゲルスからレーニンへと受け継がれた世界革命の思想をソ連の現実に合わせる形で修正した(スターリニズム)。

マルクスやレーニンにとっては、共産主義革命とは世界革命であった。後進国の革命は先進国の革命と結びつくことによってのみ共産主義へ到達できるものとされていた。しかしスターリンは、1924年に発表された「十月革命とロシア共産主義者の戦術」の中で、ソ連一国だけでも社会主義を実現することが可能だとする一国社会主義論を主張した。そして、1936年スターリン憲法制定時に、ソ連において社会主義は実現されたと宣言した。コミンテルンの指導部もスターリンの影響下に落ち、社会民主主義を「ファシズムの双生児」と定義した社会ファシズム論が主張されるようになった。

スターリンは農業集団化を強引に進め、農民の抵抗が激しくなると、スターリンは1930年に、「共産主義が実現するにつれて国家権力は死滅へと向かう」というマルクス以来の国家死滅論を事実上否定し、「共産主義へ向かえば向かうほどブルジョワジーの抵抗が激しくなるので国家権力を最大限に強化しなければならない」とした。

しかしコミンテルン支部である各国共産党による革命路線と社会民主主義勢力への攻撃は、各国での共産主義革命にはつながらず、結果的にはイタリアでのファシズムやドイツでのナチスの政権獲得を許したため、1935年にコミンテルンは左派の連帯をとる人民戦線戦術へと転換し、スペイン内戦で人民戦線政府を支援した。しかし1936年から1938年には大粛清がはじまり、共産党幹部を含めた数百万の人々が犠牲になった。コミンテルンの活動家も例外ではなく、ハンガリー革命の指導者クン・ベーラを始めとする多くの活動家が処刑された。

第二次世界大戦にあたっては、「労働者は祖国を持たない」という『共産党宣言』以来の国際主義を放棄し、ロシア人の愛国心に訴えかけて戦争を遂行した。ナチス・ドイツに勝利した後の1945年5月、赤軍指揮官を集めた祝宴の中でスターリンは、「私は、なによりもまずロシア民族の健康のために乾杯する。それは、ロシアの民族が、ソヴィエト連邦を構成するすべての民族のなかで、もっともすぐれた民族であるからである」と演説した。また連合国の警戒心を解くため、1943年にコミンテルンを解散した。

レフ・トロツキーと彼の支持者は、スターリンの一国社会主義論を強く批判し、ボリシェヴィキ内部で党内闘争を続けた末に敗れた。1929年にトロツキーはソビエト連邦から追放された。トロツキー派は変質したコミンテルンに変わる新しい国際組織として1938年第四インターナショナルを創設した。

社会主義国家陣営の成立

1945年の独ソ戦におけるソビエト連邦の勝利は、ソ連の影響下に置かれた社会主義国を多数生み出した。1947年、ソ連を含む東欧諸国の共産党はコミンフォルムを結成し、東側諸国を形成していくことになる。西側諸国との対立は深まり、冷戦が開始された。西側諸国の一部では共産主義者の追放(赤狩り)なども発生した。

1948年にはユーゴスラビア共産党非同盟運動を提唱してコミンフォルムを脱退、ソ連・東欧諸国とは一線を画した。同時に独自の自主管理社会主義を打ち出し、ソ連型とは異なる分権的な経済システムの構築を始めた。1949年には中国共産党国共内戦に勝利し、中華人民共和国を成立させた。1950年には朝鮮戦争が勃発し、冷戦期に多く見られる西側と東側の支援を受けた地域紛争の初例となった。

共産主義運動の多様化

スターリンが死んだ3年後の1956年、ソ連共産党第一書記のニキータ・フルシチョフスターリン批判を行ってスターリンの権威を失墜させ、世界中の共産党に大きな衝撃を与えた。ソ連はスターリン体制の改革に動きだし、各国の共産党も追随した。

一方、中華人民共和国とアルバニアはスターリン死後のソ連の変質を、「修正主義」「社会帝国主義」と見なして激しく攻撃し、自らを英語版として正当性を主張した。一方のソ連も毛沢東の人民弾圧を非難して、両国は厳しく対立することになった(中ソ対立)。ソ連の指導から離れた中国共産党は毛沢東の指導下で毛沢東思想を形成していくことになる。中ソ対立は世界中のコミンテルン直系の共産党に分断をもたらし、新左翼の間にも信奉者を生んだ。国家の政権を握った例では、アルバニア労働党クメール・ルージュが中華人民共和国側についた(日本では日本共産党(左派)や一部の日本の新左翼など)。毛沢東の指導下の中国共産党は、事実上、国際的な共産主義潮流の分断を再びもたらした。毛沢東死後の中国では鄧小平が実践する鄧小平理論の下で社会主義市場経済が導入されたが、中華人民共和国が資本主義を導入して反修正主義的な毛沢東主義が顧みられなくなった1980年代以降も、ペルーインドネパールなどで毛沢東主義を掲げる共産党によって武装闘争が繰り広げられた。

また同年、ハンガリー動乱においてソ連率いるワルシャワ条約機構軍が民衆の蜂起を弾圧したことは、各国でソ連に対する失望を産むことになった。欧米や日本では新左翼(ニューレフト)と呼ばれる潮流が発生し、トロツキズムも影響力を拡大した。

1959年キューバ革命が成功すると、ラテンアメリカ、アフリカ、中東におけるソ連派と西側派の抗争が高まった。これらは「代理戦争」とも呼ばれる。ベトナム戦争コンゴ動乱アンゴラ内戦オガデン戦争などきわめて長期間に及ぶ大規模な紛争も発生した。ラテンアメリカでは、マリアテギやチェ・ゲバラ毛沢東思想等の多様な影響を受けた左派がゲリラを形成した。

1968年にはチェコスロバキアの改革の動き「プラハの春」が始まったが、再びワルシャワ条約機構軍によって鎮圧された。この事件はさらにソ連への失望を産むことになり、西欧の共産党はソ連型社会主義とは一線を画した、いわゆる「ユーロコミュニズム」と呼ばれる、市場経済や、個人の自由や民主主義を前提とした共産主義を目指して行く。その中心はイタリア共産党であったが、日本共産党も「自由と民主主義の宣言」によって、市民的自由や政権交代を含む多党制の擁護を明確にし、日本型社会主義のビジョンを提起する(ユーロコミュニズムと基本的には同様の傾向をもつが、非同盟平和主義を正面に押し出した点が異なる)。

1977年頃、アルバニアのエンヴェル・ホッジャはアメリカと接近した中国とも訣別し、アルバニア派と呼ばれる独自のスターリン主義派(ホッジャ主義)を形成した。この潮流は、自分自身をスターリンの遺産の厳格な防衛者と定め、他の全ての共産主義集団を修正主義と激しく批判した。エンヴェル・ホッジャアメリカ合衆国、ソビエト連邦、中華人民共和国を批判し、1968年にワルシャワ条約機構チェコスロバキアに軍事侵攻したプラハの春を非難した。ホッジャは1978年の中国との決裂後、アルバニアは世界で唯一のマルクス・レーニン主義国家となると宣言した。同様にソ連と距離を置く独自路線を行っていたユーゴスラビアのチトー主義や、ルーマニアのニコラエ・チャウシェスク、北朝鮮の金日成も批判したアルバニアは孤立を深めることになる。一方でこのアルバニアのイデオロギーは、 コロンビア人民解放軍ブラジル共産党など主にラテンアメリカで毛沢東主義の大きなシェアを獲得し、国際的な賛同者を産んだ[42]。この傾向は後にホッジャ主義と呼ばれた。アルバニアで共産主義者の政権が倒れた後、親アルバニア政党は国際会議の英語版に参加した。

ソ連型社会主義の崩壊と各国の動向

ソ連や東欧の共産党政権は、1989年以降に次々と崩壊し、1991年にはソ連が解体された。

ソ連・東欧の共産主義政権崩壊の理由としては、社会主義国の経済の停滞が長く続き、西側から大きく引き離されてしまったこと、ゴルバチョフ政権が推進したグラスノスチにより共産貴族の腐敗の実態が暴露されたこと、衛星放送の普及などで国民が西側の豊かな生活を知ってしまったことなどがある。経済停滞の原因には、一党独裁・中央集権による官僚主義(ノーメンクラトゥーラ)や非効率、西側の封じ込め政策である禁輸、過度の軍需・重工業優先による民生部門(軽工業・流通・サービス・農業)の立ち後れなどがある。

中華人民共和国は、毛沢東が主導した大躍進政策文化大革命によって社会的混乱を経験した後、1970年代後半から主導権を握った華国鋒により西側諸国との国交を相次いで樹立し、次いで後継者となった鄧小平の指導で1980年代以降改革開放を進め、社会主義市場経済を標榜した。これは、資本主義と社会主義の混合経済とする見方もあり、毛沢東時代の横並び的な平等思想とは全く異なる。「鄧小平理論」として具現化されたこの考えは、ほぼ同時期に西側で行われたレーガノミクスサッチャリズム同様、一種のトリクルダウン理論だと考えられている。「発達した資本主義経済から社会主義経済へ移行する」というマルクス主義の経済発展段階の学説に基づき、市場原理の導入によって経済を発展させ、それを基に社会主義社会を通して共産主義社会を目指すとしており、現在は資本主義社会から社会主義社会への過渡期であると主張している。しかし、鄧小平による改革開放路線採用以降、民工などの過酷な労働者の搾取が存在し、貧富の格差が増大するなど、その路線の問題点も指摘されている。

ベトナムは、ベトナム戦争期において、中ソ間の等距離外交に努め、両国の支援によりアメリカ合衆国と砲火を交え、これを撤退に追い込んだ。戦後は親ソ政策に舵を切り、また隣国カンボジアに侵攻して独自の原始共産主義を掲げる親中派のクメール・ルージュポル・ポト派)を駆逐したことで、中越戦争を招いた。さらに、カンボジア駐留の長期化により、国際的に孤立し、経済を悪化させた。しかし、1986年にはドイモイ政策を掲げて市場経済を部分的に導入し、以降中国を除く他の社会主義国が急速に衰えていく中、逆に高い経済成長率を達成した。ソ連崩壊の前後には、ベトナム共産党の党規約および憲法に「ホー・チ・ミン思想」を明記し、共産主義をベトナムの事情に合わせて解釈する独自路線を採用した[43]。その後は、アメリカや日本など西側諸国との関係を深め、またカンボジア問題の解決により中華人民共和国とも和解し、これらの国々と良好な状態を保っている。

北朝鮮は独自の主体思想を標榜し、ソ連・東欧の崩壊に伴う交易環境の悪化にもかかわらず体制を維持したが、経済は破綻、深刻な飢餓によって数百万の死者を出したといわれる。なお、2010年9月28日の第3回党代表者会で採択された朝鮮労働党の党規約では、「社会主義」や「マルクス・レーニン主義」は残されたものの「共産主義」の文言は削除されている。

冷戦終結後に最大の援助国ソ連を失ったキューバは、米国の経済封鎖下で深刻な経済危機に直面したが、都市部での有機農法での食料増産や省エネルギー政策で持ち直した。国民には民主化が不十分な事への不満は多いが、無料の教育や医療や、他のラテンアメリカ諸国への医療援助などで一定の支持を得ている。最近ではベネズエラなどのラテンアメリカ諸国との経済交流が進んでいる。

西側諸国では、冷戦期は社会主義に対する脅威もあり、労働法制の強化や、社会保障を充実させるなど、労働者の権利を認めざるを得なかったが、1980年代以降経済的な規制を緩め、市場原理主義を推進する新保守主義新自由主義)が台頭し、再び資本主義国の労働者が過酷な境遇に追い立てられている。新自由主義の影響が強いのは先進国の中ではアメリカ合衆国や英国、ニュージーランド、日本などである。

また国際通貨基金の介入により韓国、中南米諸国など中進国に導入された新自由主義は、先進国以上に深刻な貧困と社会的な分断を生み出した。これらの資本主義諸国における国会に議席を持つ共産主義諸党の多くは、自由と民主主義を土台にした共産主義(スペイン共産党などユーロコミュニズムの流れをくむ諸政党、日本共産党など)を主張している。

現在

国家が憲法などで共産党指導政党と規定する国家には以下がある。

上記の他、アジア、アフリカやラテンアメリカの国々では、国家や政権与党が「社会主義」や「共産主義」を掲げ、複数政党制をとる諸国が多数あるが、これらは通常は、「社会主義国」「共産主義国」とは呼ばれていない。また資本主義を掲げる政党が与党の国々で、通常「資本主義国」と呼ばれる国々でも、共産主義を掲げる共産党や、各種の共産主義の思想や運動が存在しており、資本主義自由主義、あるいは新自由主義に対する批判や共産主義の思想に基づく政策の実施を要求している。また共産主義の思想や運動に対する反対や批判には各種の反共主義がある。

国際組織としては、1943年のコミンテルン解散以降、各国主要共産党が参加する国際組織は存在しないが、大会時に相互に代表を派遣したり、共産主義に関する研究の到達点に関して、相互に情報を交換しあう理論交流などが行われている。また、社会主義系の国際組織であるインターナショナルのうち、共産主義を掲げているものには、トロツキズム系の第四インターナショナル(各派に分裂中)、左翼共産主義系の国際共産主義潮流などがあり、共産主義が提唱されているが存在していないものに第五インターナショナルがある。

日本では日本共産党や、新左翼系の革マル派中核派社青同解放派第四インターナショナルなどの党派が、それぞれ異なる共産主義を掲げている。

議論

共産主義に関する議論は、「共産主義」の定義によっても異なる。

また共産主義に対しての論争は、右翼や保守主義者以外にも、左翼や社会主義者からもなされている。

反マルクス主義の立場からは、生産手段や商品売買の形態を土台とする、下部構造・上部構造論に異論がある。

また、唯物史観生産手段や雇用形態の発展とその矛盾による階級闘争でしか人類の歴史を見ていないと言う批判がある。

マルクス経済学の等価交換の法則は、価値観や品質という概念を無視して材料費や生産性のみで商品を解釈しているという批判がある。

自由主義者は「財産を共有する」必要性や、平等を絶対善と前提した上での平等主義や階級闘争に反対している。

社会主義者のベルンシュタインは階級間は単純に闘争しているのではなく時に敵対しつつも、お互いに補完したりアウフヘーベンしているとし、労働者の反乱や革命にのみ注目して、階級闘争を歴史の必然だとするマルクスの歴史観に反対し、社会主義革命は不要だと唱えた。

ユダヤ人で反ファシストのハンナ・アーレントは、国家社会主義(ナチス)と科学的社会主義(共産主義)は敵対したが、計画経済集産主義という点でこの2つの概念は共通していると考察した。(全体主義の起源)

基本文献

関連項目 

基本思想


左翼だが共産主義に反対する立場

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 広辞苑(第六版)「私有財産制を否定して共有財産制を実現することで貧富の差をなくすことをめざす思想・運動。」
  2. ^ オックスフォード・オンライン辞典「全ての財産が共同体によって所有され、各人は能力に応じて働き必要に応じて受け取る社会機構に関する学説または制度 (a theory or system of social organization in which all property is owned by the community and each person contributes and receives according to their ability and needs.)」communism - oxford dictionaries
  3. ^ 「全ての財産が共同で保持され、実際の所有は全体としての社会または国家に帰せられることに基礎をおいた社会機構に関する学説または制度 (a theory or system of social organization based on the holding of all property in common, actual ownership being ascribed to the community as a whole or to the state. )」communism - dictionary.com
  4. ^ 「財産の集団的な所有や、全構成員の共通利益のための労働の組織を特徴とする、理論的な経済システム(A theoretical economic system characterized by the collective ownership of property and by the organization of labor for the common advantage of all members.)」communism - The free dictionary.com
  5. ^ 「財産(特に土地や生産手段)を共有する社会システム」(A system of social organization in which property (especially real property and the means of production) is held in common. )」 communism - The Columbia Encyclopedia]
  6. ^ 大日本百科辞典(ジャポニカ)「コミュニズムの訳。これは共有財産を意味するラテン語のコムーネからきた言葉で、人間が人間を支配し、搾取することのない社会体制(共産社会)、あるいはその実現を目標とする思想。今日では一般にマルクス主義ないしマルクス=レーニン主義の意味に使われている。」
  7. ^ 「共有財産を意味するラテン語のcommuneに由来する英語のcommunismを訳したことば。人間が人間を支配したり、搾取したりしたりすることのない社会体制(共産社会)、あるいはその実現を目的とする思想を意味する。しかし現在では、一般に「マルクス主義」あるいは「マルクス-レーニン主義」の意味に用いられる。」塩田庄兵衛『エポカ 新版』旺文社
  8. ^ 「ラテン語communia(共有・共同共有財産)を語源とし、生産手段の私的所有を廃止して、公的所有を確立し、人間による人間の搾取をなくそうとする構想。」『現代政治学小辞典』有斐閣双書
  9. ^ Grandjonc, Jacques (1983). “Quelques dates à propos des termes communiste et communisme” (French). Mots 7 (1): 143–148. doi:10.3406/mots.1983.1122. 
  10. ^ Nancy, Jean-Luc (1992年). “Communism, the Word”. Commoning Times. 2019年7月11日閲覧。
  11. ^ Harper, Douglas. "communist". Online Etymology Dictionary.
  12. ^ a b Williams, Raymond (1985). “Socialism”. Keywords: A Vocabulary of Culture and Society (revised ed.). New York: Oxford University Press. p. 289. ISBN 978-0-1952-0469-8. OCLC 1035920683. https://archive.org/details/keywordsvocabula00willrich/page/289. "The decisive distinction between socialist and communist, as in one sense these terms are now ordinarily used, came with the renaming, in 1918, of the Russian Social-Democratic Labour Party (Bolsheviks) as the All-Russian Communist Party (Bolsheviks). From that time on, a distinction of socialist from communist, often with supporting definitions such as social democrat or democratic socialist, became widely current, although it is significant that all communist parties, in line with earlier usage, continued to describe themselves as socialist and dedicated to socialism." 
  13. ^ Steele, David (1992). From Marx to Mises: Post-Capitalist Society and the Challenge of Economic Calculation. Open Court Publishing Company. pp. 43. ISBN 978-0-87548-449-5. "One widespread distinction was that socialism socialised production only while communism socialised production and consumption." 
  14. ^ Steele, David (1992). From Marx to Mises: Post-Capitalist Society and the Challenge of Economic Calculation. Open Court Publishing Company. pp. 44–45. ISBN 978-0-87548-449-5. "By 1888, the term 'socialism' was in general use among Marxists, who had dropped 'communism', now considered an old fashioned term meaning the same as 'socialism'. [...] At the turn of the century, Marxists called themselves socialists. [...] The definition of socialism and communism as successive stages was introduced into Marxist theory by Lenin in 1917 [...], the new distinction was helpful to Lenin in defending his party against the traditional Marxist criticism that Russia was too backward for a socialist revolution." 
  15. ^ Busky, Donald F. (2000). Democratic Socialism: A Global Survey. Praeger. p. 9. ISBN 978-0-275-96886-1. "In a modern sense of the word, communism refers to the ideology of Marxism-Leninism." 
  16. ^ Williams, Raymond (1985). “Socialism”. Keywords: A Vocabulary of Culture and Society (revised ed.). New York: Oxford University Press. ISBN 978-0-1952-0469-8. https://archive.org/details/keywordsvocabula00willrich/page/289 
  17. ^ Engels, Friedrich (2002) [1888]. Preface to the 1888 English Edition of the Communist Manifesto. Penguin. p. 202.
  18. ^ Gildea, Robert (2000). "1848 in European Collective Memory". In Evans, Robert John Westonm, ed. The Revolutions in Europe, 1848–1849. pp. 207–235.
  19. ^ 『マルクスを読む』p156 植村邦彦、青土社、2001年
  20. ^ マルクス・エンゲルス『共産党宣言』、岩波文庫、1951年、19ページ
  21. ^ マルクス・エンゲルス『ゴータ綱領批判 エdzgchfchcjcmgchxdtzdrzstdz』、国民文庫、1954年、25-28ページ
  22. ^ レーニン「現在の革命におけるプロレタリアートの任務について」、『レーニン全集』第24巻、大月書店、1957年、6ページ
  23. ^ 廣松渉「フランス社会主義と初期マルクス」、『廣松渉コレクション第二巻』所収、情況出版、1995年
  24. ^ フリードリヒ・エンゲルス 『空想から科学へ』 大月書店〈国民文庫〉、1966年、58頁。
  25. ^ : Assoziation
  26. ^ From Politics Past to Politics Future: An Integrated Analysis of Current and Emergent Paradigms Alan James Mayne Published 1999 Greenwood Publishing Group 316 pages ISBN 0-275-96151-6. Books.google.com. (1999). ISBN 9780275961510. http://books.google.com/?id=6MkTz6Rq7wUC&pg=PA131&dq=Communist+anarchism+belives+in+collective+ownership 2010年9月20日閲覧。 
  27. ^ Anarchism for Know-It-Alls By Know-It-Alls For Know-It-Alls, For Know-It-Alls Published by Filiquarian Publishing, LLC., 2008 ISBN 1-59986-218-2, 9781599862187 72 pages. Books.google.com. (2008-01). ISBN 9781599862187. http://books.google.com/?id=jeiudz5sBV4C&pg=PA14&dq=Communist+anarchism+believes+in+common+ownership#PPA13,M1 2010年9月20日閲覧。 
  28. ^ Fabbri, Luigi. "Anarchism and Communism." Northeastern Anarchist #4. 1922. 13 October 2002. http://dwardmac.pitzer.edu/anarchist_archives/worldwidemovements/fabbrianarandcom.html
  29. ^ Makhno, Mett, Arshinov, Valevski, Linski (Dielo Trouda). "The Organizational Platform of the Libertarian Communists". 1926. Constructive Section: available here http://www.nestormakhno.info/english/platform/constructive.htm
  30. ^ * Kropotkin, Peter Mutual Aid: A Factor of Evolution, 1998 paperback, London: Freedom Press. ISBN 0-900384-36-0, also at Project Gutenberg
  31. ^ Dielo Trouda Editoral Group. "Supplement to the Organizational Platform (Questions and Answers)". 2 November 1926. "Supplement to the Organizational Platform (Questions and Answers)"
  32. ^ Puente, Isaac. "Libertarian Communism". 1932. The Cienfuegos Press Anarchist Review #6. Orkney. English Translation 1982. Also available at: アーカイブされたコピー”. 2010年1月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年1月6日閲覧。
  33. ^ Berneri, Camilo. "The Problem of Work". pp. 59-82, Why Work?. Vernon Richards (ed.). p. 74
  34. ^ Flores, Magon; Rivera, Librado; Figueroa, Anselmo; Magon, Enrique Flores. "Manifesto". 23 September 1911. Dreams of Freedom: A Ricardo Flores Magon Reader. Chaz Bufe and Mitchell Cowen Verter (ed.) 2005. pgs. 139,141 & 144
  35. ^ Kropotkin, Peter The Conquest of Bread, Ch. 12, Objections, first published 1892, also at [1][リンク切れ]
  36. ^ 「そして彼らは断固として使徒達の教義や団結を継続した ...そして互いに信じ、全ての物を共有した。 そして彼らの所有物や品物を売り、彼らは全員の一部となり、全員が必要となった。」『欽定訳聖書』、使徒行伝の2章
  37. ^ プラトンは「理想国家」の章で「婦女と子供の共有」を挙げた(「国家 (上)」(岩波書店、1979年)、p368-379)
  38. ^ 佐々木毅「プラトンの呪縛:二十世紀の哲学と政治」(講談社、1998年、p276)
  39. ^ 共産党宣言』(カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルス)「共産主義の著しい特徴は、一般に所有を廃止することではなく、ブルジョワ的所有を廃止するところにあるのです。しかし近代のブルジョワ的私的所有は、階級対立に、少数者による多数者の搾取にもとづく生産と生産物の専有のシステムの、最後の、最も完成された表現なのです。この意味で、共産主義者の理論は、私的所有の廃止という唯一つの文に要約できるかもしれません。」[2]
  40. ^ Holmes 2009. p. 01.
  41. ^ 正式な表記「Советский Союз」は日本語では「ソビエト連邦」と訳されるが、「сoюз」は「同盟」という意味を持つ。詳しくはソビエト連邦#名称を参照
  42. ^ 日本共産党(左派)など
  43. ^ 党の公式的な見解では「マルクス・レーニン主義の創造的適用」と説明される。坪井善明『ヴェトナム新時代』岩波新書、2008年、164-174頁
  44. ^ 中華人民共和国憲法
  45. ^ 赤い言葉
  46. ^ 朝鮮民主主義人民共和国 社会主義憲法

参考文献


 

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