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中国通信3社、NY証取が上場廃止へ 米投資規制で

 
内容をざっくり書くと
米中関係の緊張が続く中、バイデン大統領はこの規制を維持している。
 

[7日 ロイター] – 中国移動(チャイナモバイル)、中国聯通(チャイナユニコム)香港、中国電信(チ… →このまま続きを読む

 ロイター


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米中関係

米中関係(べいちゅうかんけい、英語: China–United States Relations、中国語: 中美关系)とは、アメリカ合衆国(アメリカ・米国)と中華人民共和国(中国)の両国関係である。

概説

米中関係は複雑で多面的であり、米中関係は同盟関係でも敵対関係でも無いともいわれる。ホワイトハウスアメリカ軍当局は中華人民共和国を軍事的な脅威とみなしており、また中華人民共和国はアメリカ合衆国の力を背景にした他国への干渉に不信感を示している。しかし、貿易や文化など他分野ではお互いをパートナーとみなしている。

両国のデータ比較

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国中華人民共和国の旗 中華人民共和国
人口3億2956万7756人14億205万9200人
面積962万8000平方キロメートル960万平方キロメートル
首都ワシントンD.C.北京市
最大都市ニューヨーク上海市
政府大統領制 連邦共和国一党制 社会主義人民共和国
指導者大統領ジョー・バイデン
副大統領カマラ・ハリス
中国共産党総書記国家主席習近平[注釈 1]
国務院総理李克強
国家副主席王岐山
公用語英語 (事実上)中国語普通話
宗教77% キリスト教、18% 無宗教、1% 仏教、2% ユダヤ教、1% イスラム教、1% その他89% 無宗教、5.5% 仏教、0.5% 道教、3% キリスト教、3% イスラム教
人種白人系アメリカ人ヨーロッパ系アメリカ人アラブ系アメリカ人)、ヒスパニック及びラテン系アメリカ人(全ての人種)、
アフリカ系アメリカ人混血アジア系アメリカ人ネイティブ・アメリカンまたは太平洋諸島に住むアメリカ人
漢民族モンゴル人満洲人朝鮮人チベット人ウイグル人(その他は中国の少数民族を参照)
GDP (為替レート)21兆4394億米ドル (1人当たり6万5111米ドル)14兆1401億米ドル (1人当たり1万98米ドル)
GDP (購買力平価)21兆4394億米ドル (1人当たり6万7426米ドル)27兆3088億米ドル (1人当たり2万984米ドル)
軍事費6490億米ドル2500億米ドル
核兵器数6,450280

歴史

米清貿易からアヘン戦争を経て

米中関係は、独立戦争後の1784年に商船エンプレス・オブ・チャイナ号清国時代の広州に辿り着いた時から始まった。米清貿易で仲買商人は巨万の富を得、アメリカで最初の世代の億万長者となった[注釈 2]。中国からの輸出品は消費者市場を開拓しようとする欧米商人の商売意欲をかきたてた。

その後、1842年阿片戦争が終結。清国は南京条約を締結し、多くの港の開港を余儀なくされた。これにより米清関係の貿易は強化される一方、南京条約の効果によりイギリスの権益が増大し、アメリカ商人の権益を圧迫するという脅威が深刻になっていた。そこでジョン・タイラー大統領は清国と望厦条約を締結し、イギリスだけでなくアメリカの治外法権も認めさせた。以降米清貿易は新たな時代を迎え、アメリカは他の列強とともに貿易で特権を得た。

1857年、第二次アヘン戦争(アロー戦争)の敗北後、咸豊帝は北京から逃れ、彼の弟である恭親王により天津条約が批准、1860年10月18日には北京条約が締結された。この条約には当時閉鎖都市であった北京へのイギリス・フランス・ロシア・アメリカ公使の駐留が条件として含まれていた。

排華移民法

カリフォルニアゴールドラッシュ大陸横断鉄道建設の頃、中国から大量の移民がやって来たためアメリカ国民の反感を買った。南北戦争後の1870年代に景気が悪化すると、中国人苦力によって給与水準が引き下げられていると主張した英語版デニス・カーニーカリフォルニア州のジョン・ビッグラー州知事によって反中感情が政治的に具現され、1868年の天津条約追加条約に続き、1882年5月6日、アメリカ史上初の自由移民の規制である中国人排斥法(排華移民法)としてアメリカ議会を通過した。この法案によりアメリカは移民の停止が可能になり、鉱山などに従事する中国人は技能の有無を問わず入国拒否をうけ、投獄あるいは強制送還された[注釈 3]。中国人は鉱山から強制的に退去させられると、サンフランシスコなどのチャイナタウンに住み、底辺の職に就いた。

義和団の乱

1899年11月、自ら義和団と称する集団が中国北部において反外国人、反帝国主義の運動を始めた(義和団の乱)。暴動は農民運動として始まり、清国を支配していると考えられていた「列強」の外国人キリスト教徒風水を無視して鉄道を建設する外国人を攻撃した。1900年6月には義和団は北京に侵攻し、外国人公使や外国人230人と主に山東省陝西省の何千人もの中国人キリスト教徒を殺害した。6月21日、西太后は欧米諸国に対し宣戦布告し、外交官・一般外国人・兵士・中国人キリスト教徒らは、オーストリア=ハンガリー帝国フランスドイツイタリア日本ロシア・イギリス・アメリカからなる2万人の八カ国連合軍が彼らを救出するために到着するまでの55日間、公使館へ避難した。この時、アメリカは米西戦争及び米比戦争のためアメリカ軍艦船及び部隊がフィリピンに展開していたため、義和団の乱の鎮圧に大きな役割を果たした[注釈 4]1901年9月7日まで続いた義和団の乱後、清国政府は被害者への賠償と多くの譲歩を強いられ、それは辛亥革命による中華民国建国と清国の滅亡をもたらした。

門戸開放政策と世界大戦の時代

フランス・アメリカ・イギリスドイツイタリア日本ロシアなど19世紀末の世界の列強清国でそれぞれ勢力圏の拡大にしのぎを削っていた。1899年、アメリカ国務長官ジョン・ヘイは列強諸国に対しそれぞれの勢力圏内の条約港の自由利用と領土行政権の清国への帰属を保障することを要請する通牒を送った。列強諸国は他国が賛成しない限り認められないとはぐらかしたが、ヘイ国務長官は提案が承認されたものとして受け取った。

門戸開放政策は国際的に受容されたが、1890年代後半のロシアの南下がはじまり満州朝鮮へ進出をはじめた。イギリスとアメリカはロシアに抗議し、日露戦争に発展する。

第一次世界大戦中の1915年に日本の大隈重信政権は中華民国に対し「対華21ヶ条要求」を突きつけ、連合国との間でドイツ帝国が保有する権益に関する秘密協定を結ぶことにした。台頭する日本を脅威に感じたアメリカでは1924年には排日移民法を制定した。

1931年9月18日に日本が満州事変を起こし傀儡国家である満州国を建国すると、アメリカは他国と共にこれを強く非難した。

第二次世界大戦

1937年支那事変日中戦争)が勃発するとフランクリン・ルーズベルト政権は蒋介石が率いる中華民国を支援する。アメリカが戦争状態にある他国を支援することを禁ずる中立法関連法案が孤立主義者の支援によって議会を通過していたが、日中戦争では両国が宣戦布告を行わなかったため、ルーズベルト大統領は中国が戦争状態にあると認めず、蒋介石に対する支援を進めた。

アメリカ紙はイギリスに比べて対中関係についての報道は比較的中立的なものであったが、プロテスタント宣教師パール・バックのような小説家による記事はしばしばアメリカにおける反日世論の喚起に貢献した。日本軍による南京爆撃の際パナイ号事件が起こると日本は謝罪したが、日米関係は悪化した。南京事件において日本軍が行ったとされる残虐行為を『タイム』誌が報道し、アメリカ国内で一定の反響を呼んだ。

1941年、大東亜戦争太平洋戦争)勃発後、中華民国は連合国として日本に対し公式に宣戦を布告する。アメリカは首都を重慶に移した中国に対し支援したが、蒋介石政府は日本軍に対し効果的な抵抗ができないか、日本軍が優勢と考えられていた。蒋介石は西安事件もあって渋々第二次国共合作を認めることになり、共産党軍は国民政府軍に編入された新四軍八路軍として米ソの援助を受けた。

第二次世界大戦以後

国共内戦

1945年第二次世界大戦が終結した後、中国国民党中国共産党は再び国共内戦を再開した。ダグラス・マッカーサーは蒋介石に日本軍が撤収した台湾を接収するよう指示し、台湾に軍政が敷かれた。トルーマン政権のアジア政策も対中政策を最も重要視し、パトリック・ハーレー大使が仲介した双十協定など国共内戦の調停を成立させることによって中国の「大国化」を達成しようとした。1946年ジョージ・マーシャルは国民党と共産党に休戦を打診するが蒋介石はこれを破棄、中国の工業および農業改革の復興を援助する計画も内戦により破綻した。国民党は着々と台湾へ移動した。なお、この中国国民党の台湾移動に際し、1947年2月28日に中華民国は二・二八事件を引き起こしている。

第二次国共内戦において国民党軍は敗戦を続けた後、毛沢東中国共産党主席率いる中国人民解放軍が勝利した。毛沢東主席は1949年10月1日中華人民共和国の建国を宣言、台湾を含む中国大陸全土の領有を主張した。敗北した国民党軍は台湾に移動し、台湾国民政府を存続させた。1950年1月5日にトルーマンは台湾不干渉声明を発表し[1]、後に朝鮮戦争が起きるまで台湾海峡への介入を拒否した[2]

朝鮮戦争

1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争で米中両国は直接衝突した。ソビエト連邦の支援を受けた朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が大韓民国(韓国)へ侵略を開始したことを受け、アメリカは国際連合安全保障理事会を招集し、これを非難した。拒否権を持つソ連は安保理常任理事国の座を中華人民共和国では無く、中国国民党蔣介石総統率いる中華民国台湾国民政府が占めていることに抗議し、理事会をボイコットした。

当初劣勢にあった大韓民国はダグラス・マッカーサー国連軍司令官による仁川上陸作戦以後、アメリカ軍大韓民国国軍を中心に巻き返しを図り、1950年10月以降は韓国の李承晩大統領の「北進統一」構想に従い、開戦前の事実上の南北朝鮮の国境線であった38度線を北上して朝鮮人民軍(北朝鮮軍)を追い、1950年10月中に中朝国境の鴨緑江付近まで接近した。しかしながら、この国連軍の38度線北上に際し、中国人民解放軍が「中国人民志願軍」(抗美援朝義勇軍)として参戦し、共産主義陣営の大規模な反撃が始まった。

彭徳懐司令官率いる中朝連合軍は清川江に沿って人海戦術(山岳浸透戦略)で反撃、国連軍に側面から打撃を与えた。アメリカ第8軍は長期退却を余儀なくされ、アメリカ軍史上かつてない敗北を喫し、1951年1月4日にはソウルを失陥した。1951年3月、中国が国境付近に新規兵力を移動させたため、沖縄嘉手納基地アメリカ空軍は臨戦態勢に入り、4月5日、統合参謀本部は新兵力投入のための基地になっていた満州への核攻撃を要求する。トルーマン大統領は9基のマーク4英語版のもとへ移動させることを承認したがアメリカ軍内部で反対意見が多く、実際に原爆投下は行われなかった。

その後、朝鮮戦争は膠着状態が続き、1953年7月27日朝鮮戦争休戦協定署名に至った。

なお、朝鮮戦争は公式には終結(終戦)しておらず、朝鮮統一問題は米中関係での重要な地位を占めている。また、朝鮮戦争で中国の脅威を認識したアメリカは台湾海峡への不介入政策を転換させ、第一次台湾海峡危機後の1954年12月2日には米華相互防衛条約が結ばれた。

アメリカは台湾に逃れた中華民国を唯一合法な中国政府と見なし(「一つの中国」)、以後1979年までの30年間、中国大陸の共産党政府とは国交を結ばなかった。

ベトナム戦争

新中国はソ連とともに1950年から第一次インドシナ戦争に介入し、ホー・チ・ミンらのベトミンに対し支援を行っていた。

1962年の夏、毛沢東北ベトナムに9万丁のライフルを供給した。

「」の開始後、中国は空軍を派遣し、アメリカ軍の空爆によって破壊された道路や鉄道を修復するために技術部隊を派兵、南ベトナム軍を駆逐するために行われた。1965年から1970年までの間に32万人を超える中国軍兵士が北ベトナム軍とともにアメリカ軍と戦った[注釈 5]。ベトナム戦争で中国軍は1446名、アメリカ軍は中国軍と北ベトナムのベトコンの合同軍との戦いで58,159名の戦死者をそれぞれ出した。

関係悪化

ホワイトハウス中華民国を支持して中華人民共和国の国際連合加盟に強く反対し、日本国などの同盟国もアメリカ政府からの要求で中国との国交の樹立には消極姿勢をとり続けた。またアメリカは中華人民共和国に対する制限貿易を実施し、同盟国にもこれに続くよう求めた。

1964年に中華人民共和国は初めて原爆実験に成功した(中国の核実験参照)。民主党リンドン・ジョンソン大統領は中華人民共和国の核実験を中止させるために中国への先制攻撃も考慮していた。

1954年からアメリカは中国を承認しなかったが、アメリカと中国共産党は最初にジュネーヴで行ったのを皮切りに最後はワルシャワで、136回にわたって大使級非公式協議を続けた。

国交正常化

再接近

米中両国は関係改善を模索していた。1969年中ソ国境紛争英語版が悪化すると、それは中国にとって特に重要な関心事となった。中国は西側と敵対していたが、指導層はアメリカとの関係を改善することはソ連の脅威に対してバランスを取るうえで有用であると考える様になった。周恩来総理はこの努力の矢面に立ったが、毛沢東の妨害に遭い不発に終わった。

アメリカでは中国を世界の舞台から除外することは悪影響のほうが大きいという意見があった。また、ベトナム・カンボジアラオスなど東南アジア諸国とのつながりが強いアメリカとの連携を強めることはソ連の影響力を弱めることにつながるという意見を持つ者もいた。泥沼化したベトナム戦争の収拾に中国を利用すべきとの見方もあり、十億の人口を誇る巨大な中国市場は大きなビジネスチャンスをアメリカにもたらすと思われていた。

民主党マイケル・マンスフィールド上院院内総務は中国に最も関心を持っていたアメリカ人の一人であり、マンスフィールドは中国に会談の開催を呼びかけた。マンスフィールドはその案を国務長官とリチャード・ニクソン大統領に手渡した。

ニクソン大統領もアジア政策への関心は高く、ニクソン大統領とヘンリー・キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領補佐官は中国との接触は価値があると信じていた。ニクソン大統領には中国との関係改善は1972年アメリカ合衆国大統領選挙に向けた国内世論にも良い材料になるという考えもあった。ニクソン大統領は民主党の議員が彼より先に中国訪問を行うことを怖れていた。

米中首脳の折衝はパキスタンルーマニアが仲介地点となっていた。

1969年よりアメリカ政府は貿易や他の2国間にとって障害となる規制を中国の要望に応じて徐々に緩和した。しかし、国交正常化の作業はインドシナ半島のアメリカの行動のため中断された。1971年4月6日、若いアメリカ人卓球選手グレン・コーワンは日本の名古屋で行われた第31回世界卓球選手権においてバスを乗り間違え、中国人卓球選手から手を振られた。コーワンは中国の選手は友好的な服装で、3度の男子世界チャンピオンである中国人選手荘則棟から絹で黄山がかたどられたポートレートを贈られたと語った。この行為は2人のアスリートによる純粋で自発的なものだったが、中国はこれを外交的なカードとして利用することにした。荘則棟は2007年に南カリフォルニア大学の米中研究所でこのことについて語った。中国の情報筋によると荘則棟とグレン・コーワンの接触と二人がDacankaoで撮った記念写真は毛沢東の意思決定に影響を与えたとされる。彼はアメリカ選手を中国に招くつもりは無かったが意思を変えた。のちにピンポン外交として知られるアメリカ卓球チームの中国への招待である。1971年4月10日、1949年の共産党による中国大陸制圧後初めてアメリカ人が中国を公式訪問した。

1971年7月、キッシンジャーはパキスタンを訪問中に体調不良のため一日間、公に姿を現さなかった。キッシンジャーはある外交的な使命を帯びて北京を極秘訪問していた[3]。1971年7月15日、ニクソン大統領は中国から訪問の要請があり、それを了承したことを電撃的に発表した。

この発表は世界に衝撃を与えた。アメリカでは最も強硬な反共主義者たちがこの決定に反対した。しかし世論はこれを受容し、ニクソン大統領の支持率はニクソン大統領が望んだ通り急上昇した。ニクソン大統領は反共主義者から信任を得たため「容共主義者」と呼ばれる怖れはなくなった。

中国でも対外政策において最左派の立場であったソ連派から反対意見があった。この動きは軍首脳である林彪によって導かれていたと伝えられている。やがて林彪はソ連への亡命の途上、国内の反対世論を封じるための謀殺として後々疑われる事となるモンゴル上空謎の墜落事故でこの世を去った。

国際社会の反応は様々だった。ソ連は米中和解に深い懸念を示し、新しい世界秩序は米ソデタントに大きく貢献した。ヨーロッパの同盟国の多くとカナダは既に中国を承認していたため歓迎の意向を示した。しかし、アジアの反応はもっと複雑だった。日本は発表の内容を15分前まで知らされておらず、アメリカが日本よりも中国を重視することを怖れて非常に強い不快感を示し、日本の政界は対中政策を巡って大混乱に陥る第一次ニクソン・ショックに見舞われた。間もなく日本も中国を承認し、本格的な貿易を再開した。韓国南ベトナムは米中和解が共産主義国との戦いにおける支援の打ち切りを意味するのではないかと懸念した。アメリカは国交正常化の作業中を通じて、これらの国々との同盟関係が損なわれるものでは無いことを保障した。

1972年2月21日から2月28日にかけてニクソン大統領は中国を訪問し北京杭州上海を回ったのち、最終日の28日に外交方針をまとめた(上海コミュニケ)を発表した。その中で米中両国は国交正常化へ向けて連携を一層強化していくことを誓った。[4] アメリカは台湾は中国の一部であるとする「一つの中国」を認知し、両国は国交正常化の妨げとなる重要な台湾問題はさておき、開かれた貿易や連絡を行うことになった。

ニクソンの訪中から3か月後に行われた米軍による北爆再開と北ベトナムへの海上封鎖は中国の了解を得たとされ、ベトナム共産党書記局員で党機関紙編集長も務めたホアン・トゥンは「中国は『中国を攻撃さえしなければよい』と米国に言った」と証言している[5]。以後、北ベトナムは中華人民共和国と対立するソ連との関係を強化し、北ベトナムと中華人民共和国との関係悪化は決定的になり、ベトナムは中国の同盟国であるカンボジアクメール・ルージュ政権へ侵攻して中越戦争が勃発しており、米中は親ベトナム政権ではなく、民主カンプチアを承認した。また、米中はアフリカラテンアメリカで連携してキューバと敵対し[6][7]ランド研究所マイケル・ピルズベリーの助言などによって米中の軍事協力が推し進められることとなった[8][9]。国交正常化の成果は安全保障に限定され、経済への影響は遅く、アメリカ製品の中国市場への参入にはあと10年を必要とした。

米中連絡事務所

1973年5月に米中両国は正式な国交を樹立するための努力の一環として、北京ワシントンD.C.にを設立した。1973年から1978年の間に、ジョージ・H・W・ブッシュ、、が事務所の特命全権公使として任命された。

共和党ジェラルド・フォード大統領が1975年に訪中し、アメリカの対中関係正常化の意思を再確認し、1977年には民主党ジミー・カーター大統領がの目的を再確認した。

1978年12月15日、米中両国は1979年1月に国交を樹立することを発表した。

国交正常化から六四天安門事件

1978年12月15日の(中華人民共和国とアメリカ合衆国の外交関係樹立に関する共同コミュニケ)の合意通りに、1979年1月1日を以ってアメリカは中華民国に代わって中華人民共和国外交関係を結ぶことになった[10]。アメリカは上海コミュニケで示した「台湾は中国の一部である」との中国の立場を改めて確認した。中国はアメリカ人が台湾の人民との商業的・文化的・その他の非公式の交流を続けていくことを確認した。こうした台湾との実務的な非公式関係を保障するため、アメリカは国内法で『台湾関係法』を制定した[11]

1979年1月の鄧小平副総理のアメリカ訪問により両国のハイレベルな政治交流が始まり、1989年の春まで続けられた。以後科学的・技術的・文化的交流や貿易に関する二国間条約が次々と締結されていく[12]。1979年初頭以降科学及び技術協力における合意に基づき、数百もの共同調査プロジェクトや協力計画を開始され、二国間の計画としては最大のものとなった。

1979年3月1日に米中両国はそれぞれの首都大使館を正式に設置した。1979年には未解決の私的問題の多くが解決され、貿易に関する合意が締結された。1979年8月にアメリカのウォルター・モンデール副大統領は鄧小平副総理のアメリカ訪問の返礼に中国を訪問した。この訪問をきっかけに1980年9月に二国間の領事に関する慣習・海上船舶・民間航空機の定期便就航や織物の問題について協定が結ばれた。

1980年に開始されたハイレベルな交流の結果、米中の対話の話題は世界的あるいは地域的な戦略・政治・軍事・国際連合や他の多国間の国際機関による武器管理・国際的な麻薬問題にも及んだ。この時代はモスクワオリンピックをボイコットした中国はロサンゼルスオリンピックには参加し、ソ連のアフガニスタン侵攻に対してムジャヒディンを米中両国が支援したことは米中の蜜月ぶりを象徴した[13]

しかし、1981年に中国がアメリカの台湾への武器供与について異論を唱えると両国関係は脅威にさらされる事になる。1981年7月にアレクサンダー・ヘイグ国務長官がアメリカと台湾の非公式な関係についての中国の疑問を解決するために中国を訪問し、8ヶ月間の対話を経て1982年8月17日にを発表した。この声明の中でアメリカは台湾への武器供与を削減していく方針を打ち出し、中国側は台湾問題を平和的に解決していく基本方針を明示した[14]。その間の1982年5月に米中連絡事務所所長を務めた経験を持つ知中派のジョージ・H・W・ブッシュ副大統領が中国を訪問している。また、同声明に先立つ7月14日にアメリカのレーガン大統領は台湾の蔣經國総統に対して、台湾への武器供与の終了期日を定めない事などからなる六つの保証を伝達した。1983年のジョージ・シュルツ国務長官とキャスパー・ワインバーガー国防長官の中国訪問後からはそれまでソ連や他の共産圏と同じグループ分類だった対中輸出管理が見直され、1984年には中国は日本並にまでグループが格上げされ[15]UH-60 ブラックホークC-130[16] などが輸出され始め、ジャガー戦車NFV-1歩兵戦闘車グラマン社とのFC-1J-8IIロッキード社とのY-8Cの共同開発も行うまでになった。

1980年代には米中首脳による相互訪問が活発に行われた。1984年にアメリカのレーガン大統領と中国の趙紫陽総理が相互に訪問し、1985年7月には李先念国家主席が外遊でアメリカを訪れた。中国首脳によるこのような訪問は初めての事だった。1985年10月にアメリカのジョージ・H・W・ブッシュ副大統領は中国を訪問し、中国で4ヵ所目となる成都のアメリカ領事館が開かれた。

1985年から1989年にかけて両国の閣僚による交流が行われ、1989年2月にアメリカのジョージ・H・W・ブッシュ大統領が中国を訪問し華を添えた。

六四天安門事件発生前まで、米中の民間レベルでの文化的・芸術的・教育的な交流も広く行われた。中国の公式な代表団が毎月アメリカを訪問した。これらの交流の多くは、六四天安門事件の鎮圧後も継続された。

天安門事件以後(1990年代)

1989年6月4日に発生した六四天安門事件でアメリカをはじめとした主要国はこぞって中華人民共和国の人権状況を非難し、アメリカは高レベル交流を中止し、対中武器禁輸及び経済制裁を課した。翌1990年夏のヒューストン・サミットでG7各国は中国に対し政治及び経済、特に人権の状況改善を強く求める声明を発表した[17]

六四天安門事件は米中貿易に暗雲を落とし、アメリカの対中投資は劇的に減少した。1989年6月5日及び20日、アメリカ政府は政治的抑圧の為予定されていた貿易及び投資計画を凍結することを発表し、以下のような制裁法案が制定された。

  • アメリカ貿易開発庁(TDA) - 1989年6月から2001年1月にまでビル・クリントンによって解除されるまで中国での活動停止。
  • 海外民間保険公社(OPIC) - 1989年6月から活動停止。
  • 開発銀行、国際通貨基金 - アメリカは人道支援以外のアジア開発銀行及び国際通貨基金による貸し出しを支援しない。
  • アメリカ軍需品リスト - いくつかの例外を除き、アメリカ軍需品リストの武器輸出を認可しない。この規制は大統領の決定によって左右される。
  • 武器輸入 - 対中武器輸出禁止賦課後、中国からの武器輸入が禁止される、この措置は行政によって左右され、1994年5月26日に再び実行される。アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局の軍需品輸入リストの全ての品目に及ぶ。この危機的な時期、アメリカ海外サービスのキャリア職員J.ステープルトン・ロイは北京の特命全権大使に任命された[注釈 6]

台湾問題と核攻撃発言

1995年に中国軍部副参謀総長は「もしアメリカが台湾に介入したら、中国は核ミサイルでロサンゼルスを破壊する。アメリカは台北よりロサンゼルスを心配した方がよい」と、台湾海峡での武力紛争にアメリカが介入した場合、中国はロサンゼルスに対して核攻撃する可能性があると表明した[18]。翌1996年中華民国総統選挙に際して中国は台湾海峡においてミサイル演習を行い、台湾の有権者を恫喝した。アメリカは2つの空母機動部隊を派遣し、第三次台湾海峡危機が危ぶまれた。その後台湾海峡の緊張は緩和し、高レベル交流及び人権核不拡散などの協議が行われ、米中関係は改善された。

緊張緩和

1997年中華人民共和国主席としては1985年以来となる江沢民のアメリカ訪問が実現し、1985年に結ばれた平和的な核の協力についての協定を実行することで合意した[19])。1998年6月にはアメリカのビル・クリントン大統領が中国を訪問し、中国の様々な都市を巡り、ラジオ番組で演説を行うなど中国の人々と直に触れ合い、アメリカ人の理想や価値観を伝えた。しかしクリントン大統領は中国の人権蹂躙について十分な注意を払っていないという批判もあった[20]

1999年5月に在ユーゴスラヴィア中国大使館がNATO空軍による誤爆を受ける事件が発生すると、両国関係は再び緊迫した。原因は情報に誤りがあったためだとされるが、中国の一部の人々は意図的なものだったと信じていた。しかし1999年の終わりまでに関係は快方に向かい始め、1999年10月に両国はベオグラードと中国の大使館への損害への補償及び怪我や死亡した犠牲者に対する人道的な補償を行うことで合意した。

2000年代

海南島事件

2001年4月1日、中国南部を飛行していた偵察機EP-3Eと中国の戦闘機J-8が空中衝突事故を起こした。EP-3は大きく損傷したが、海南島に緊急着陸することが出来た。中国の戦闘機に搭乗していたパイロット王偉は衝突後行方不明になった。EP-3は接触する前、中国人民解放軍に対するスパイ活動を行っていたと広く信じられている。広範囲にわたる交渉の結果、EP-3のパイロットは「2つのお詫びの手紙」を書くことで11日後、中国を出国することが許された。しかし、損傷したアメリカの偵察機の機体は3ヶ月間出国することが許されなかった。またこの「お詫びの手紙」については、在北京アメリカ大使が中国外相に宛てた書簡の中の「regret」「sorry」の多義性を利用して中国に都合のよいように宣伝したとする見方もある[21]。事件後、両国の関係は険悪化したがゆっくりと改善した。

上海協力機構

2001年6月15日に中国は、NATOに批判的なロシア中央アジア諸国とともに安全保障機関「上海協力機構」(SCO)を結成して、西側諸国を牽制。2005年に同機構は、アメリカ軍が中央アジアから撤退するように要求した。

その後、上海協力機構にはアメリカの同盟国であるパキスタンと友好国インドのみならず、アメリカと対立するイランもオブザーバー加盟した。同機構加盟国はしばしば共同軍事演習を行ない、2005年には中ロ共同軍事演習、露印共同軍事演習、2007年には正式加盟6か国となり、中印共同軍事演習が実施された。

なおアメリカは2006年にパキスタンが中国の技術提供により核武装を進めつつあるため、インド米印原子力協力協定Indo-US civilian nuclear agreement)を締結し、日本も自由陣営の一員として2006年11月には麻生太郎外相が「自由と繁栄の弧」政策を打ち出し、2007年8月には安倍晋三首相が訪印して日印の安全保障・防衛分野での協力を確認した[22]

アメリカ同時多発テロ事件以後

米中関係は2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件によって大きな転換点を迎えた。中国は「テロとの戦い」に対し、強力な支援を申し入れた。中国は国連安保理決議1373に賛成し、有志連合によるアフガニスタンでの戦いを支援、タリバン駆逐後のアフガニスタンの復興に1億5000万米ドルの資金を提供した。米中両国は9-11事件直後、テロ対策について話し合いを始めた。この第3段階の会話は、2003年2月北京で行われた。

テロリストによる攻撃はアメリカにおける議論の本質を大きく変えた。中国がアメリカの最も主要な脅威であるというブルーチームの主張はもはや説得力を失い、アメリカにとって最も重要なのは中東と対テロ戦争であり、東アジアにおける緊張は避ける必要があった。

中国の指導層はアメリカがウズベキスタンタジキスタンにアメリカ軍基地を建設し始めたため、アメリカによる対テロ戦争は反中運動に繋がるのではないかと危惧していた。アメリカがイラクでの作戦を開始したためその懸念は後退した。世界貿易センタービルの瓦礫の中で多くの中国人が亡くなり、中国の企業や個人はアメリカの犠牲者に哀悼の意を捧げた。イラクでのアメリカの活動と米中の協力は、1990年代半ばでは一般的だった反米感情を和らげた。

米中両国は北朝鮮による核開発問題のような地域的な問題でも緊密な協力を行った。中国は北朝鮮の六者会合からの離脱に反対し、北朝鮮の核開発能力を懸念、朝鮮半島の非核化を望んでいる。また、北朝鮮が国際原子力機関の査察を拒否している問題を国連安保理に付託することに賛成した。

台湾問題の再燃と朱成虎発言

台湾問題は未解決の問題で、アメリカの対台方針は四つのノー、一つのないを強調している。アメリカは陳水扁総統が台湾独立を示唆するレトリックを使ったことを非難したことがある。また、中国に批判的なブルーチームは、中国はアメリカがイラクで戦争を行っている隙に台湾で自らに有利な状況を作り出そうとしていると非難した。

2005年にもし台湾が公式に独立宣言をするならば中国は武力を用いてそれを阻止することを述べた反国家分裂法が中国で制定された。また、同2005年7月6日には、朱成虎少将が「アメリカ政府が台湾海峡での武力紛争に介入した場合、核攻撃も辞さない」と海外メディア記者会見において発言した[23]。発言は以下の通り。

我々(中国)は核兵器先制攻撃により中国以外の人口を減らすと共に自民族を温存させる事に力を注ぐべきで、この核戦争後に百年余りの屈辱に満ちた歴史を清算し未来永劫この地球を支配するようになるだろう。

世界人口の総数はすでに地球資源と生態環境の許容能力を超えており、これを解決するために戦争、疫病或いは飢饉などの手段を用いて大量に人口を消滅させ、人類を引き続き生存させるべきである。

中国政府は全力で核兵器の開発に取り組んでおり、十年以内には地球上の半数以上の人口を消滅させるだけの核兵器を装備することが可能である。

中国は西安以東の全都市が焦土とする事を覚悟している。アメリカも数百の都市が破壊されることを覚悟しなければならない。

--朱成虎発言,2005年7月6日[24]

この朱成虎少将の発言に対してアメリカ国家安全保障会議ショーン・マコーマック報道官は7月15日、朱成虎発言は「極めて無責任で、中国政府の立場を代表しないことを希望する。非常に遺憾」と非難し、7月22日にはアメリカ下院議会は、発言撤回と朱成虎少将の罷免を求める決議を採決した。中国政府はのちに公式見解ではないと発表したが、これについての執行長官は朱成虎少将の発言はアメリカ日本に向けられたもので、中国政府は米日両国の反応を試しているとした[23]

また同2005年には親中派とされるロバート・ゼーリック米国務副長官に就任。同年9月21日に「今後アメリカは中国を“責任ある利害共有者”(responsible stakeholder)とみなす」と発言して(ゼーリック発言)、融和的な姿勢で自制と大国としての責任ある行動を促した[25]

胡錦濤国家主席(総書記)は2006年4月に訪米した。2001年から2008年まで駐中大使を務めたクラーク・ラントは南カリフォルニア大学米中研究所で米中関係の現状について講演した。2008年に馬英九が台湾総統に選出された。馬は国民党の代表であり、大陸との再接近を訴えている。

オバマ政権

選挙戦での争点

2008年アメリカ合衆国大統領選挙では、戦争と景気後退が争点となった。しかし、ジョン・マケインバラク・オバマの両候補はともに様々な角度から対中政策についても語った。両候補とも中国と主要な問題で協力を続けていくことでは一致していたが、貿易政策は異なっていた。オバマ候補は中国が自国の輸出業者が利益を得るよう通貨価値を低く設定していることに対し懸念を表明していた。マケイン候補は自由貿易は重大で大きな影響を中国に与えると主張した。しかし、マケイン候補はアメリカは中国と利害は共有しているかもしれないが、価値観は共有していないと指摘した[注釈 7]

トーマス・クリステンセン東アジア・太平洋担当国務副次官補は「対中政策の方向性選択:次政権の課題」について語り、両国の関係は近年大きな進歩があったこと、問題を解決するためにアメリカは中国に対して積極的な行動を続けなければならないことを主張、米中関係の問題の多くはミャンマースーダンなどの第三国にも影響を与えていると示唆している。

「親中派」政権の誕生

2009年1月20日にアメリカでは親中派と見られる民主党バラク・オバマ候補が大統領に就任するのに伴い、両国の協力と友好関係の緊密化が期待された。2008年11月8日に中国の胡錦濤国家主席(総書記)とオバマ候補は電話で会談し、大統領選挙の勝利を祝福した[注釈 8]。中国側もオバマ候補の勝利に肯定的な反応を示し、特にオバマ候補の気候変動問題に対する前向きな姿勢を称えた[注釈 9]

アメリカのオバマ大統領は米中戦略経済対話の演説で孟子の教えを引用して米中両国の相互理解を促した。オバマ大統領は、同年11月15日~18日にはアジア歴訪日程の半分を費やして初めて訪中して胡錦濤主席(総書記)と会談し、共同声明で米中の戦略的相互信頼の構築と強化を謳い[注釈 10]、アメリカではG2チャイメリカ)という二大大国を意味する言葉が使用され[26]、米中接近が演出された。

またオバマ大統領は会談などで、中国国内の人権問題チベットウイグル(東トルキスタン)、内モンゴルにおける少数民族への弾圧や大量虐殺などへの批判をまったく控え、これらにより、中国側の自制を期待していた。中国はこれに対し、少数民族の抑圧や弾圧を改めないばかりか、南沙問題などで周辺諸国に軍事的恫喝を加えるまでになり、Google事件や、中国における言論弾圧と戦う活動家劉暁波へのノーベル平和賞授与への妨害介入など、国際社会に挑戦する外交を繰り返した。

他方でアメリカ側も台湾への兵器売却の決定、そしてダライ・ラマ14世とオバマとの会談実現などで方向転換しつつあることを示した。

「関与」政策から「抑止」政策へ

2011年1月14日にはアメリカ紙のワシントン・ポストにおいてアメリカ政界の重鎮であるヘンリー・キッシンジャー元国務長官が「米中は冷戦を避けなければならない」と述べ、米中が冷戦状態に入りつつあると警鐘を鳴らす記事が掲載された。キッシンジャー元国務長官は米中が冷戦状態に入った場合、「核拡散や環境、エネルギー、気候変動など、地球規模で解決が必要な問題について、国際的に(米中の)どちらに付くかの選択を迫ることになり、各地で摩擦が発生する」と述べた[27]

2011年11月にアメリカのオバマ大統領は、訪問先のオーストラリア議会での演説でアメリカの世界戦略を「対中国抑止」へと転換することを宣言した[28]。膨張する中国に対し、アメリカが従来の「関与」政策から「抑止」に転換したことを内外に鮮明にしたものであり、これにより、リチャード・ニクソン大統領の訪中以来、約40年ぶりに米中関係は再び対立の時代に入ったことを意味する歴史的演説となった[28]

2011年11月9日アメリカ国防総省は「」(空・海戦闘)と呼ばれる特別部局の創設、中国の軍拡に対する新たな対中戦略の構築に乗り出していることが明らかとなった。この構想には中国以外の国は対象に入っていないとアメリカ側は事実上認めており、米政府高官は「この新戦略はアメリカの対中軍事態勢を東西冷戦スタイルへと変える重大な転換点となる」と述べた[29]

2011年11月12日から13日にかけてハワイで開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で、アメリカは日本にTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加を要請、日本は協議に入ると表明した。TPPについては、これを「」とも解釈する論者も多く、中国も警戒した[30]。中国国際関係学院の楊伯江教授は、日本の交渉参加は「アメリカ重視の対外戦略のシンボル」と発言している[30]。なお中国外務省は、貿易自由化による発展を促す経済一体化に対し、中国はオープンであるとのコメントを表向きで出した。

APEC首脳会議の3日後の2011年11月16日、オバマ大統領はオーストラリア北部へのアメリカ海兵隊駐留計画を発表し、2012年からアメリカ軍がダーウィンなどに半年交代で駐留、オーストラリア軍と共同訓練や演習を行い最終的に2500人の駐留を目指すとし、海上交通路(シーレーン)確保をにらんだアメリカ軍配備を進め、中国への牽制を行った[31]。オーストラリアはアメリカが東アジア有事として想定していた台湾海峡や朝鮮半島などから距離があり、これまで拠点としての重要度は低かったが、中国から直接の攻撃を受けにくいこと、また南シナ海、インド洋へのアクセスにおいて戦略的な位置付けが高まったとされる[31]。これに対して中国は中国共産党機関紙・人民日報系の英字紙グローバル・タイムズを通じて「オーストラリアは中国をバカにしてはならない。中国の安全保障を弱体化させているのに、それと切り離して経済協力を進めることはできない。越えてはならない一線がある」と批判した[32]。また、インドネシアのマルティ・ナタレガワ外相は、アメリカ軍のオーストラリア駐屯について、中国の反発を生むとして危険性を指摘した[33]

また、アメリカ議会諮問機関「米中経済安全保障見直し委員会」年次報告書は同11月16日、中国が東アジアにおける有事の際、奇襲攻撃や先制攻撃でアメリカ軍の戦力を低下させ、日本周辺を含む東シナ海までの海洋権益を支配する戦略を中国軍は持っていると指摘した[34]。また中国軍は、指揮系統をコンピューターに依存するアメリカ軍の弱点を突く形でサイバー攻撃を仕掛ける作戦や、南シナ海や東シナ海での紛争では対艦弾道ミサイルや巡航ミサイルによって、防衛戦線の規準として、九州―沖縄―台湾―フィリピンを結ぶ第一列島線を設定し[注釈 11]、かつアメリカ軍等を含む他国の介入を阻止する作戦があるとも指摘した[34]。第一列島線はもともと1982年に鄧小平の意向を受けて、中国人民解放軍海軍司令官・劉華清(1989年から1997年まで中国共産党中央軍事委員会副主席)が打ち出した構想で、2010年までに第一列島線内部(近海)の制海権確保をし、2020年までに第二列島線内部の制海権確保をし、2040年までに航空母艦建造によって、アメリカ海軍による太平洋、インド洋の独占的支配を阻止し、アメリカ海軍と対等な海軍を持つというものであった[35]

2011年12月25日の日中首脳会談では、中国側が中国包囲網を切り崩すために懐柔するとみられ[36]、実際、日中で高級事務レベル海洋協議の開設と海上捜索・救助協定(SAR協定)の締結で合意した[37]。なお、12月17日(発表は19日)には北朝鮮の金正日書記の死去をうけて、周辺諸国は緊張していた。

2012年1月5日、アメリカのオバマ大統領はアジア太平洋地域での軍事的なプレゼンスを強化する内容の新国防戦略「アメリカの世界的リーダーシップの維持と21世紀の国防の優先事項」を発表した[38]。新戦略文書では中国とイランを名指し、サイバー攻撃やミサイル開発などの非対称的手段でアメリカに対抗していると指摘、中国について軍事力増強の意図の透明化を求めたうえで、オバマ大統領は演説で「第二次大戦やベトナム戦争の後のように、軍を将来への準備もない状態にする失敗は許されない。アメリカ軍を機動的かつ柔軟に、あらゆる有事に対応できるようにする」と述べ、アメリカが安全保障を主導する決意を示した[38]。これは、第二次世界大戦以来の「二正面作戦」を放棄してアジア太平洋地域での戦略的関与を最優先するものであり、「中国の膨張を抑止する」というアメリカの強い国家意志の現れであった[39][40]。これに対し、中国政府系メディアは警戒感を示したが[41]、これは米中がアジア太平洋地域で互いに覇権を求めない1972年の米中共同声明(上海コミュニケ)の実質的廃棄を意味し、米中冷戦の時代の幕開けを意味した[39]。一方で環太平洋合同演習(リムパック)では中国の参加を認め、気候変動問題ではオバマ大統領はパリ協定を中国・杭州で同時批准[42] するなど米中の協調も続いた。

トランプ政権

選挙戦後の動き

2016年アメリカ合衆国大統領選挙に勝利してオバマ政権と交代したアメリカのドナルド・トランプ大統領は選挙中に米中貿易の不均衡を問題視し、当初は一つの中国政策の見直しも示唆していたものの、大統領就任後の中国の習近平国家主席総書記)との電話会談では、一転して「一つの中国」政策を尊重すると表明した[43]。これには米中関係への影響を懸念したジャレッド・クシュナー大統領上級顧問[44]レックス・ティラーソン国務長官によるトランプ大統領への説得があったとされる[45]。中国から称賛[46] された春節での祝電もトランプ大統領にティラーソンが提案したとされている[47]。ただし、トランプは出馬当初や選挙中から貿易問題を取り上げながらも中国に好意的な発言も行っており[48][49]、大統領選勝利後もトランプは声明で中国からの祝電に感謝して「今後両国は最も強固な関係を築きたい」と述べたと発表した[50]。過去に天安門事件を正当化したかのような発言をテレビ討論会で追及された際に中国政府は「暴動」を押さえ込んだという表現を使ったことで[51]、天安門事件でリーダー格だった王丹[52]魏京生[53]ウイグル人ウーアルカイシ[54] といった著名な中国民主化運動家から「まるで中国共産党の指導者」「中国共産党による抑圧に反対する者への侮辱だ」「アメリカの価値観の敵」として抗議を受けていた。また、トランプ大統領の顧問で親中派[55][56] で知られる大統領戦略政策フォーラム議長[57] のスティーブ・シュワルツマンはトランプが中国批判を緩める可能性を示唆していた[58]。中国側もトランプの大統領就任後はその愛娘であるイヴァンカ・トランプと孫のを春節に駐米大使館に招くなどトランプの懐柔を試みるかのような動きに出ていた[56]

2017年2月10日の安倍晋三内閣総理大臣との日米首脳共同記者会見でも「昨日、私は中国の習主席と様々な問題について非常に温かい良い会話をした。我々はこれからうまくやっていけると思う。それは日本にも非常に有益だと思う。日米中にも地域全体にも非常に良い結果をもたらすと信じる」と述べた[59]

2017年2月18日に訪中したティラーソン国務長官と王毅外相との会談でも「一つの中国」政策の堅持で一致し[60]、会談後の共同記者会見では朝鮮半島の緊張が非常に高くなっていて「事態はかなり危険なレベルに達している」との認識を米中両国が共有し[60][61][62]、「中国との協力を決意した」と述べた[63][64]。19日には、習近平総書記と人民大会堂で会談した[65][66]。この際に習近平政権がオバマ政権時代から米国に提案してきた「新型大国関係」(衝突・対抗せず、相互尊重し、Win-Winで協力する原則)にティラーソン国務長官は事実上同意して多くの観測筋を驚かせた[66][67][68][69]。28日、訪米した中国の外交担当国務委員楊潔篪ワシントンでティラーソン国務長官は会談し、高官同士の定期対話が重要であるとの認識で一致した[70]。また、楊とティラーソンはその後に行われた米中首脳会談の最終調整も行った[71]

米中首脳会談以降

2017年4月7日マー・ア・ラゴの米中首脳会談で、アメリカのトランプ大統領と中国の習近平総書記は経済と外交安全保障と法執行サイバーセキュリティと社会文化の4つの分野に及ぶ「米中包括対話」に米中戦略経済対話を発展的解消することで合意し[72]、米中貿易の不均衡を是正する「100日計画」の策定で一致した[73]。米中は北朝鮮問題で連携することで一致し[74]、習総書記は米中首脳会談と同時に行われたシリアアサド政権への武力行使について理解を示したとされ[75]、国連安保理でのシリア非難決議の採決で中国が棄権した際はトランプ大統領は「素晴らしい」と称賛した[76]。会談後、トランプ大統領は選挙中に訴えていた中国を「為替操作のグランドチャンピオン」[77] と批判して就任初日で為替操作国に即時指定するとした公約を撤回し[78][79]、北朝鮮問題で協力が得られれば貿易交渉で中国に譲歩[80] して中国が有利になるよう取り計らうとも述べた[81]。中国に対する厳しい貿易政策を推し進めるとされた国家通商会議も廃止されて改組されてからは貿易摩擦激化の懸念は後退したという見方がされた[82]。大統領就任前に中国を刺激した台湾の蔡英文総統との電話協議も習近平総書記との良好な個人的な関係から再会談には応じないとする意向を示し[83][84]、台湾への武器売却も遅らせてることについて批判する声も出ており[85]、トランプ政権初の台湾への武器売却には大型兵器は含まれず[86]、習近平総書記を「中華民国総統」とホワイトハウスが間違えて紹介したことからトランプ政権の中台問題への理解を一部では不安視された[87]4月12日の記者会見ではロシアとの関係を史上最低と評する一方で中国と関係改善が進んでることを述べた[88][89]5月10日には2016年のトランプ大統領当選後から「航行の自由作戦」が途絶してることに米議会から懸念の声が上がり[90]、アメリカ軍からオバマ政権で続けられてきた同作戦の南シナ海での実施が要請された際にもアメリカ国防総省はこれを3度拒否している[91]。同年5月24日になってトランプ政権は初めて同作戦を実施したと報じられた際にも米国防総省はオバマ政権と違って公表しなかった[92][93]。習総書記とトランプ大統領は災害時の捜索救難活動の米中合同演習の強化も合意し[94]、2017年11月に実施された[95]

2017年5月11日、トランプ政権はウィルバー・ロス商務長官スティーヴン・マヌーチン財務長官、中国の汪洋国務院副総理を共同議長とした米中包括的経済対話で合意した「100日計画」の第一弾として10項目を発表し[96]、そのうちの1つである習近平総書記が国策に掲げる英語版への代表団の派遣も決定し[97][98]、出席した米国代表団は中国の掲げる経済圏構想である一帯一路への協力を表明した[99]。トランプ自らも一帯一路への協力で米国はオープンであると述べてる[100]。トランプ大統領の上級顧問で元中央情報局(CIA)長官の英語版はAIIBへの米国の不参加を前任のバラク・オバマ政権の「戦略的失敗」と批判してトランプ政権は中国の一帯一路に「ずっと温かくなる」との見通しを述べていた[101]。トランプ政権になってから北京のアメリカ大使館などで米国企業と中国国有企業を集めた一帯一路での米中協力をテーマとした会合が行われるようになった[102]

2017年6月1日、「中国、ロシア、インドは何も貢献しないのに米国は何十億ドルも払う不公平な協定だ」[103] としてアメリカはオバマ政権時代の米中協力の象徴だったパリ協定から離脱すると表明した。これはアメリカ国内でも反発を呼び、ワシントン州ニューヨーク州カリフォルニア州はトランプ政権から独立してパリ協定目標に取り組む米国気候同盟を結成し、さらにマサチューセッツ州など他の7州も加盟し[104]、その立ち上げを主導したカリフォルニア州知事ジェリー・ブラウンは直後に訪問した中国で中国政府がアメリカに代わって気候変動対策のリーダーシップを握ったとして中国と協力する[105][106][107] として中国とクリーンエネルギー技術のパートナーシップを結び[108]、一帯一路構想へのカリフォルニア州の参加も表明した[109][110][111]。また、6日の北京での英語版に出席[112] するためトランプ大統領のパリ協定離脱表明直後に中国に出発したアメリカ合衆国エネルギー長官リック・ペリーは、中国が気候変動対策でリーダーシップをとることを歓迎[113][114] するとしつつアメリカはクリーンエネルギー技術分野などでリードしてると述べ、中国の張高麗国務院副総理との会談でクリーンエネルギーでの米中協力で一致[115] するも一地方自治体に対するものでは異例の厚遇であった中国の習近平国家主席総書記)との会見を行ったブラウン州知事との対応の違いが米メディアで注目された[116]

2017年6月2日国際連合安全保障理事会はトランプ政権では初となる対北朝鮮制裁強化決議を全会一致で可決した[117]。決議はトランプ政権下で初めて米中が協力したものとされ[118][119]、ロシアの賛成も得た[120]。トランプは度重なる北朝鮮のミサイル発射を「中国に無礼だ」と批判し[121]、北朝鮮は「米中が裏部屋で勝手にでっち上げた」と決議に反発した[122]。同年8月5日にも米中は石炭や鉄鉱石などを全面禁輸する制裁強化決議を協議し、ロシアの賛成も得て安保理で全会一致で可決された[123]ニッキー・ヘイリー国連大使は「中国の重要な貢献に感謝したい」と演説し、「中国は口先だけで何もしない」と苦言を呈していたトランプ大統領も「中国とロシアも我々と一緒に投票した。北朝鮮に対して過去最大の制裁だ」と述べ[124]、中露に謝意も表明した[125]

2017年6月21日、アメリカのティラーソン国務長官とジェームズ・マティス国防長官、中国の楊潔篪国務委員と房峰輝中国人民解放軍総参謀長を共同議長とした初の米中外交安全保障対話が行われ、北朝鮮問題、南シナ海問題などが話し合われて平行線を辿ったものの、新たな軍事協力の模索で一致し、テロ対策ではISILと戦うイラクへの中国政府の支援が評価された[126]

2017年7月4日、北朝鮮のICBMを発射したと称する実験に対して「この男(金正恩)は他にやることないのか」「日韓は忍耐できなくなり、中国はこの無意味なことを終結させるだろう」と批判し[127]、6日には中国の取り組みの不十分を指摘しつつ「協力を決して諦めない」と述べ[128]、7月8日の米中首脳会談では習近平総書記の対北朝鮮制裁措置に感謝して「私とあなたが望むより長期化するかもしれないが、最終的には解決する」と述べた[129]。21日には北朝鮮でのオットー・ワームビアらアメリカ人の拘束を受け、アメリカ国民の北朝鮮への観光の禁止とアメリカ国務省による渡航の審査を発表し[130][131]、アメリカ人の北朝鮮ツアーを行ってきた中国の旅行会社に渡航禁止措置を通知した[132]

2017年7月13日、中国政府の対応で国際的な問題となっていた劉暁波の死去直後にはトランプ大統領はこれを無視して習近平を絶賛する発言を行った[133]。7月19日、第1回米中包括経済対話が行われ、貿易不均衡是正の具体策まで合意できず記者会見を中止するも、期限を迎えた100日計画に代わる「1年計画」の策定で一致した[134]

2017年9月3日の北朝鮮の水爆実験を受けて行われた6日の米中電話会談についてはトランプ大統領は「習氏は100%私に賛成してくれた」と述べ[135]、12日には国連安保理で原油輸出の数量制限や天然ガスと繊維の輸出入と北朝鮮労働者の新規就労許可・更新などを禁止する制裁強化決議が全会一致で可決され[136]、アメリカのヘイリー国連大使は「今回の決議はトランプ大統領と習近平総書記の間で築かれた強い関係なしにはありえなかった」と中国に謝意を表明した[137]。同時期に香港での中国国営企業中国語版の子会社CLSAグループのフォーラムに出席したトランプの助言者の一人で元アメリカ合衆国首席戦略官・大統領上級顧問スティーブン・バノンは「トランプ大統領は習総書記よりも尊敬してるリーダーは世界にいない」[138]「北朝鮮の問題は米中の二国間で解決策を見出すのを望む」[139] と発言し、習近平の腹心である王岐山中南海で90分間の秘密会談も行った[140]。18日の米中電話協議ではトランプ大統領と習総書記は北朝鮮への圧力の最大化で一致し[141]、19日の国連総会ではウクライナ東部や南シナ海の問題にも触れつつ制裁に賛成した中露に謝意を述べてさらに北朝鮮を孤立化させる必要性を演説した[142]。また、トランプ大統領は北朝鮮と取引のある企業・個人に資産凍結などの制裁を課し[143]、北朝鮮と取引する海外の金融機関をアメリカから排除する大統領令を発動した際には「海外の銀行は米国を選ぶか、北朝鮮のならず者政権を選ぶかを迫られる」と表明して中国人民銀行が自国の銀行に北朝鮮との取引を即時停止を指示してることを称賛した[144]

2017年9月28日、アメリカのティラーソン国務長官と劉延東国務院副総理を共同議長とした初の米中社会文化対話が行われ、新型インフルエンザ対策や米国の中国人留学生受け入れの拡大などの協力で一致した[145]。同年9月30日に2017年北朝鮮危機の中、ティラーソン国務長官は訪問先の中国で「対話の意思があるか打診してる。意思疎通できるチャンネルはある」とトランプ政権では初めて米朝の水面下での接触を認めたことで注目されたが[146]、直後にトランプ大統領は「対話、交渉は時間の無駄である。長官はエネルギーを浪費してはならない」と否定しており[147][148]、対話による解決を求めてきた中国に配慮したとする見方もある[149]。同時期、当初計画されたイヴァンカ・トランプ補佐官と夫のクシュナー大統領上級顧問の中国訪問が中止され、首都ワシントンDCで行われた国慶節の記念式典に夫婦揃って出席して訪米してる中国の劉延東副総理と会見した[150][151]。イヴァンカらの訪中取りやめは、中国との非公式な関係が政権の逆風となることを懸念したハーバート・マクマスター国家安全保障問題担当大統領補佐官ジョン・フランシス・ケリー大統領首席補佐官が同年11月に予定するトランプ大統領の公式中国訪問を優先したことによるとされている[152]

2017年10月2日、2016年4月に南シナ海問題を巡る対立で香港への寄港を拒否されていた原子力空母ロナルド・レーガンが3年ぶりに香港寄港を認められ、北朝鮮を牽制した[153]。寄港中には第七艦隊司令官のと中国人民解放軍幹部の会談も調整された[153]。その後、空母レーガンはアメリカ軍が戦略兵器を集結させている朝鮮半島に向かい[154]、11日にトランプ大統領は北朝鮮への対応について「中国はとても協力的だと思う」と述べた[155]

2017年10月4日ジェフ・セッションズ司法長官、エレイン・デューク国土安全保障長官代行と郭声琨中国公安部部長を議長とした第1回米中法執行サイバーセキュリティ対話が行われ、不法移民と汚職容疑者の送還やサイバー犯罪の取り締まりなどが話し合われた[156][157]

2017年10月22日、FOXのインタビューでトランプ大統領は「習主席は中国のため、私は米国のために動く。中国は我々に非常に協力的で特別な関係にある。党大会で彼は歴代の指導者になかったものを与えられる。正直に言ってそれまでは静かに見守りたい。彼がそれを手にすることを私も望むし、値するとも思う。彼は良い男だ」と述べて習政権への権力集中化を歓迎した[158][159][160]。25日に中国共産党第十九回全国代表大会と1中全会が閉幕した後はトランプは電話会談で習近平総書記を祝福して北朝鮮や貿易問題を協議し[161]、ツイッターでも「並々ならぬ栄達をお祝いした」と述べた[162]。その直後に再びFOXで行われたインタビューでもトランプは習主席を「彼は非常に良い男だ。強大な力を手にした彼を『中国の王』と呼ぶ人たちもいるだろう」と称え[162][163]、「ロシアは我々の邪魔をしているが、中国は我々を助けてくれてる」と述べた[164]11月6日のアジア歴訪中の日米首脳共同記者会見では「習主席は素晴らしい関係を築いてる友人」と述べ[165]、ツイッターでは「韓国国会での演説を終えて中国に行き、偉大な政治的勝利をおさめた習主席と会うのを楽しみにしてる」と呟いた[166]。2017年11月8日には、韓国の国会での演説で「我々をなめるな、試すな。愚かにも米国の決意を試して滅びた政権は歴史上いくつもある」[167]「北朝鮮は人が住むに値しない地獄だ、あなた(金正恩)の祖父が描いた地上の楽園ではない」[168] として北朝鮮を孤立化させるよう中国とロシアに名指しで求めた[169]。同日、トランプ大統領の公式中国訪問にあわせてボーイングGEハネウェルゴールドマンサックスなど大企業のCEOら財界人で構成された使節団が訪中し[170][171]、使節団を率いたロス米商務長官と中国の汪洋国務院副総理の同席のもと90億ドル規模の契約が人民大会堂で調印された[172]。当初使節団への参加希望者は100社を超えるも最終的には29社が選ばれたとされる[173]。一方でクアルコムを除いて使節団に加わらなかった傾向[174] があるIT企業ではAppleティム・クックマイクロソフトビル・ゲイツなどの経営者も同時期にアメリカ政府の動きとは別に相次いで訪中して注目された[175]。9日には「対中貿易赤字で中国に責任はない。貿易不均衡の拡大を防げなかった過去の政権のせいだ」[176] として米中両国首脳の立ち合いのもと超大型商談が調印されたことをトランプは表明し[177]、習主席と一帯一路への協力で一致し[178]、成立した約2500億ドル規模の商談の中にはシルクロード基金とGEの共同投資プラットフォーム[179] など一帯一路関連のものもあった[180]。北朝鮮への圧力強化で一致[181] しつつ「米中関係は最も重要だ。両国の問題だけでなく、世界的な問題の解決でも協力したい」と述べた[182][183]。訪中した際は孫娘のアラベラが漢詩を暗唱してる動画を習主席と彭夫人に披露し、晩餐会ではスクリーンに大写しされた[184]。人権問題には「個人の権利と法治主義の改革を提唱し続ける」とだけ触れ[178]、中国の国営紙環球時報はこれを歓迎し[185]、中国の人権活動家胡佳は「完全に中国のやり方に乗せられており、非常に残念だ」と述べた[185]。11日には訪問先のベトナムで「貿易赤字は習主席のせいではない。我々のかつての代表の責任だ」「習主席は非常に強く賢明な人だ、私は彼が大好きだ。毛沢東以来最も強力な中国の指導者だ、いくつかの人は毛沢東以上と評してる」[186]「中国は北朝鮮に圧力を強めるだろう」[187] と記者に述べた。11月15日、アジア歴訪から帰国したトランプは、中国の習主席と北朝鮮が脅威であることと問題解決の時間が限られてることを確認して協力を引き出し[188][189]、貿易問題でも米中企業の巨額商談成立を米国に雇用をもたらすと歓迎して「アメリカが食い物にされる時代は終焉した」と述べ[190]、各国とも北朝鮮への圧力最大化で一致し[191]、米軍や韓国軍の幹部と軍事的選択肢も協議[192] したと成果を強調する声明を発表した。また、万引きで中国で逮捕されたカリフォルニア大学ロサンゼルス校バスケットボール選手も帰国し、選手達の釈放を要請していたトランプ大統領は習主席に感謝を述べるも[193]、選手の父親がトランプ大統領に感謝しなかったことから「とても恩知らずだ。選手らを監獄に残しておくべきだった」と唾棄した[194]11月20日にトランプ大統領はアメリカ人大学生オットー・ワームビアの事件を例に挙げて「北朝鮮は世界を核で脅してるだけでなく、引き続き国際テロを支援している」「もっと何年も前に再指定されるべきだった」として北朝鮮を9年ぶりにテロ支援国家に再指定することと追加制裁の意向を表明した[195]。本来アジア歴訪からの帰国直後に発表されるはずが遅れたのは特使を派遣した中国の面子を立てたためとされる[196]

2017年12月12日、ティラーソン国務長官は朝鮮半島有事を想定した核の確保と難民対策や38度線を越えた米軍の撤退など具体的対応を中国と協議してることを初めて表明した[197][198][199]

2017年12月18日に発表されたトランプ政権初の国家安全保障戦略では「原則ある現実主義」「力による平和」を掲げ、中国をロシアと並ぶ米国や国際秩序に挑戦する「修正主義国家」「競争相手」と呼ぶ一方で「米国の国益を守る前提で両国と協力を目指す」と述べ[200][201][202]イランや北朝鮮のような「ならず者国家」と区別した[203]

2017年12月22日、米中の協議[204] により石油精製品輸出の9割削減や24ヶ月以内の北朝鮮労働者の本国送還を盛り込んだ対北朝鮮制裁強化決議が議長国日本やロシアの賛成も得て国連安保理で全会一致で可決され[205]、制裁違反の可能性がある船舶に対する臨検及び拿捕の義務化や新たな核実験やミサイル発射があればさらに北朝鮮への石油供給を制限するとの表現が初めて記載された[204]

2018年1月16日、カナダバンクーバーでティラーソン国務長官の呼びかけ[206] により国連軍派遣国を中心に日本や韓国なども参加した外相会合が開かれ、平昌五輪に向けた南北対話が非核化対話に進展することを期待しつつ「完全で検証可能かつ不可逆な非核化」まで北朝鮮に圧力を継続する方針を盛り込んだ議長声明が発表され[207][208]、ロシアと中国を名指しで「重要な役割と特別な責任を持つ」として制裁履行を求めて北朝鮮に対する海上阻止行動の強化や国連安保理の枠を超えた独自制裁の検討でも一致した[207][209][210]。この会合に対しては中露だけでなく[211][212]、北朝鮮も「新たな戦争の火種」と反発した[213]。また、この会合に先立つ夕食会でマティス国防長官は情勢次第で外相会合から国防相会合に発展するとして「アメリカには北朝鮮との戦争計画がある」と言明[214][215] して国連軍の参加国・関係国と軍事面の連携で一致した[216]。19日、マティス国防長官は「アメリカの国家安全保障の優先課題はテロリズムではなく、大国間の競争」として中国とロシアを競争相手を位置づける新たな国家防衛戦略を発表した[217]。31日にトランプ大統領は初の一般教書演説で北朝鮮を異例の5分超[218] にわたって非難するも、中国とロシアは「我々に挑戦する競争相手」と一言だけ触れた[219]。同年3月3日には中国で波紋を呼んでいた習主席の任期撤廃案について「中国は偉大で、習主席は偉大な紳士だ。素晴らしい。我々もいつか終身大統領を試してみようか」と冗談交じりに称賛し[220][221]ホワイトハウス報道官サラ・ハッカビー・サンダースも「中国が決めること」と論評を避けた[222]

2018年3月6日、北朝鮮が非核化に向けアメリカと対話に意欲を示したことを受けてトランプ大統領は「制裁で中国が大いに助けてくれたからだ」と述べた[223]。9日には訪朝した韓国の特使鄭義溶との面会後に「金正恩は単なる凍結でなく、非核化を韓国の代表に言った。北朝鮮はミサイル実験をこの期間自制する。大きな前進だ。合意するまで制裁は続ける。会談を計画中だ!」と表明し[224]、日本の安倍首相や中国の習主席と相次いで電話協議して完全かつ検証可能で不可逆的な非核化まで圧力と制裁を維持することを確認して「中国は引き続き助けてくれる」と述べ[225]、サンダース報道官も米朝首脳会談は「非核化の具体的な行動が前提」と述べ[226]、25日に最高指導者就任後の初外遊で中国を訪れた金正恩委員長と会談した習総書記からメッセージを受け取り、トランプ大統領は「金正恩が北朝鮮の国民と人類のために正しい選択を行うのは今がいい機会だ。我々の会談が楽しみだ。中朝首脳会談を大成功させた習主席から金正恩が私と会うことを楽しみにしてると伝えられた。同時に残念ながらそれまで最大限の制裁と圧力は何があっても保ち続ける!」と述べた[227]。また、習近平はトランプにアメリカ・中国・北朝鮮・韓国の4カ国による平和協定を含む「新たな安全保障の枠組み」をアメリカに提案したとされ[228]2018年南北首脳会談で米中が署名した朝鮮戦争休戦協定を平和協定にすることで韓国と北朝鮮で合意された際は「朝鮮戦争が終わる。アメリカは誇るべきだ。私の親友である中国の習主席の多大な助力を忘れない。彼がいなければ、解決は遠のいた」と述べるも[229]、隠然と影響力を行使して北朝鮮を駆け引きに利用してることに対しては「習主席は世界一流のポーカーのプレイヤー」と評した[230]

2018年3月22日、トランプは「習主席を尊敬し、中国は友人と思う」[231] と前置きしつつ「対中貿易赤字はどの国も経験してない史上最大の貿易赤字だ」[231] と表明して7か月間の中国の知的財産権問題をめぐる調査も基にスーパー301条による中国製品への関税賦課をアメリカ合衆国通商代表部(USTR)に指示する覚書に署名し[232]、4月3日にUSTRはパーソナルコンピュータスマートフォン衣料品などといった輸入額の大きい消費財を除外しつつ産業用ロボット小銃爆弾[233][234]医療機器電気自動車半導体などの中国製品1300品目(500億ドル相当)の特定を発表し[235][236]、翌4日に中国は大豆自動車・一部の航空機牛肉などアメリカ製品160品目に同じ25%の関税を課す計画で報復したことに対してトランプは「米中貿易戦争は起きてない。愚かで無能な歴代の米国政府が戦い、既に負けている」と述べ[237][238]、ロス商務長官やマヌーチン財務長官、ピーター・ナヴァロ通商製造業政策局局長[239]ラリー・クドロー国家経済会議委員長[240] なども貿易戦争の可能性を否定したことで下落した株式市場は一時持ち直した[241][242]。しかし、5日に株価への影響も容認[243] して中国の報復に対してスーパー301条による1000億ドルの報復関税の是非を検討するようUSTRに指示して貿易摩擦の懸念が再燃[244] するも、8日にトランプは中国とは相互税で貿易障壁は撤廃されて知財問題でも合意に達するという見通しを述べて「中国の習主席と私は貿易摩擦で何が起きても常に友人だ」と表明し[245]、10日にはトランプは習主席がボアオ・アジア・フォーラムで自動車関税の引き下げや輸入促進などを述べたことを称賛した[246]。また、同時に中国による鉄鋼の過剰生産を問題視し、「日本の安倍首相や他の偉大な友人たちは『アメリカをうまく出し抜いてきた』とほくそ笑んでいる。そういった時代は終わりだ」と述べ[247][248]、安全保障を理由とした輸入制限としては1982年リビア産原油以来である鉄鋼・アルミニウムの輸入制限をアメリカ通商拡大法231条に基づいて中国をはじめとする欧州連合[249]メキシコカナダ、ロシア[250]、インド[251]、日本[252] など世界各国への鉄鋼輸入制限を発動した[253]

2018年5月3日、訪中したマヌーチン財務長官、ライトハイザー通商代表、ロス商務長官、クドロー国家経済会議委員長、ナヴァロ通商製造業政策局局長ら米国代表団と中国の劉鶴国務院副総理は北京で米中貿易摩擦回避の通商協議を行った[254]。作業部会の設立など一定の合意はあったものの、一部の問題で対立したとされる[255][256]。17日からワシントンDCで第2回の通商協議が行われて中国の対米貿易黒字削減で合意したとする米中共同声明が発表され、劉副首相は「貿易戦争回避で一致した」と述べてマヌ―チン財務長官も「貿易戦争を留保する」と表明し[257][258]、トランプ大統領は「中国との公平な貿易だ、初めて障壁や関税は下がる」と述べた[259]。また、トランプ大統領は習主席への個人的な好意[260] を理由としてZTEの制裁緩和を合意したと表明した[261]

2018年6月1日、訪米した金英哲との会談後、トランプ大統領は中止を撤回して米朝首脳会談を予定通りに行うと述べ、「中国の習主席はこの件に関して様々な支援を行ってたくさんの成果があった」と謝意を述べ[262]、非核化後に北朝鮮を経済支援するのは「韓国がすべきであり、日本もだ。正直、中国が助けると思う」としてアメリカによる資金拠出は否定した[263][264]。6月12日、トランプは史上初の米朝首脳会談後の記者会見で中国と習主席に謝意を表明して「私の友人であり、素晴らしい人物、偉大な指導者」と称え[265]、米朝の非核化合意は中国に有益と述べ[266]、中国も米韓合同軍事演習中止の決定を中国のロードマップに沿うとして支持した[267]。また、アメリカのトランプ大統領は朝鮮戦争休戦協定を平和条約にする際は「中国と、法的には問題があっても韓国も加われば素晴らしい」と呼びかけた[268]

2018年6月16日、トランプ大統領は「「習主席との友情や対中関係は非常に重要でも、アメリカとの長年の公平ではない貿易は放置できない」として当初の1300品目からテレビなどを除いて1102品目に減らしつつ中国製品820品目に関税を7月6日から課すと表明し[269]、中国も4月のリストから航空機を外しつつ約500億ドル規模の米国製品659品目に報復すると述べた[270]

2018年6月20日、ロス商務長官は中国製・日本製・ドイツ製・ベルギー製・スウェーデン製の一部品目を対象に鉄鋼の輸入制限では初の除外を発表した[271]

2018年7月6日、アメリカは中国から輸入される818品目に対して340億ドル規模の追加関税措置を発動。同日、中国も同規模の追加関税措置を発表して報復合戦となった[272]。また、7月10日には、中国に対する2,000億ドル規模の追加措置の検討に入ったことを発表した[273]。詳細は、米中貿易戦争の項を参照のこと。

2018年10月17日、アメリカは中国への優遇を理由に万国郵便連合からの脱退を表明し[274]、中国はこれに反発した[275]

2019年4月29日、米中の貿易摩擦の激化を受け、アメリカの中長期的な外交戦略を担う国務省政策企画本部英語版政策企画本部長は「米ソ冷戦時代、我々の戦いは謂わば西側の家族間の争いのようなものだった。しかし、今後アメリカは史上初めて白人コーカサス人種、Caucasian)文明ではない中国文明との偉大なる対決に備えていく」として米中の対立を文明の衝突に位置付けることを表明した[276][277][278][279]

2020年1月15日、米中経済貿易協定が米中両国で署名され、米中貿易戦争は休戦状態となった[280]

COVID-19の感染拡大

2019年に中国武漢で発生し、パンデミックを引き起こした2019新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連して、トランプは当初COVID-19対策で中国と緊密に協力しているとして中国を力強く率いていると習近平国家主席を称賛し[281]、ウイルスも「自然に消えてなくなる」と意図的に軽視していた[282]。しかし、次第に米国国内でも流行すると中国および世界保健機関(WHO)への批判を強め、「中国ウイルス」「カンフルー」(中国のカンフーインフルエンザをあわせた造語)とも形容するようになった[283]。2020年4月7日、トランプ大統領はWHOが「中国中心主義」で、世界に不適切な提言を行っていると批判した[284]。また、5月6日には真珠湾攻撃アメリカ同時多発テロを引き合いに、アメリカで感染拡大が深刻化する事態について「アメリカが経験した最悪の攻撃」とした上で「発生した場所で抑え込まれるべきだったが、そうはならなかった」と指摘し、暗に中国を批判した[285]

さらに、5月14日には中国の対応への失望を述べるとともに、現時点で習近平国家主席との対話は望んでいないとし、「われわれには多くの措置を講じることが可能だ。関係を完全に断ち切ることもできる」と述べ、中国との断交の可能性も示唆した[286]。5月18日にはWHOを「中国の操り人形」だと批判し、米国からWHOへの拠出金の削減や打ち切りを検討していることを認めた[287]

新型コロナへの中国の対応に関しても改めて批判を加え、「武漢ウイルス」の用語をあえて使用して「中国がウイルスを隠蔽したせいで感染が世界に拡大し、アメリカでも10万人以上が死亡した」と訴えた[288]。さらに関連してWHOについても「中国に牛耳られている」「アメリカの組織改革の要求に応えていない」と批判。年間4億5千万ドル規模とされるWHOに対する米国の拠出金を他の保健衛生関連の国際組織に振り向けると表明、WHOとの「関係を断絶する」と発表した[288]

記者会見後には、中国人民解放軍に連なる研究機関に所属する大学院生のアメリカへの入国を禁じる大統領布告に署名した[288]

同年8月9日、アメリカは新型コロナウイルスへの対応としてアレックス・アザー厚生長官を長官を台湾に派遣。同月10日、台湾を訪問しているアザー長官と蔡英文総統が会談を実施した[289]。同時期には、国家安全法導入をめぐり米中双方で資産凍結の応酬があり(後述)、両にらみの展開となった。

国家安全法導入に関連した動き

5月29日のホワイトハウスでの記者会見では、中国の全国人民代表大会香港に国家安全法を導入する「決定」を採択したことについて「中国は香港に約束していた『一国二制度』を『一国一制度』に変えた」と非難。「香港の自由の圧殺」に関与した中国や香港の当局者に制裁を科すと表明し、アメリカが香港に対し認めている優遇措置を見直す手続きに着手すると表明した。 対象については関税や査証(ビザ)発給など「ごく一部を除き全面的なものになる」としている[288]。また、国務省の香港に対する渡航勧告を中国に対するものと同等とし、滞在中に「監視を受ける危険が増大する」との文言を明記するとした[288]

2020年8月7日、アメリカは香港政府トップの林鄭月娥行政長官をはじめ、中国高官ら計11人のアメリカ国内の資産を凍結すると発表。同月10日、中国は対抗措置としてマルコ・ルビオテッド・クルーズ両上院議員らを含むアメリカ人11人に制裁を科した。中国の趙立堅報道官は「中国は、香港に関連する問題でひどい振る舞いをした者に制裁を科すと決めた」とコメント[290]

バイデン政権

2021年1月に発足したバイデン政権下でも米中関係は悪化の一途辿っている。2021年3月にバイデン大統領は米中関係を「21世紀における民主主義と専制主義の闘い」と定義した[291]。同月新疆ウイグル自治区の人権問題をめぐってEUとともに弾圧に関わっていると見られる自治区当局者に対して制裁を発動。EUが中国に制裁を科したのは天安門事件以来のことだった。中国政府に対し、拘束したウイグル族などの解放、国連による現地調査を認めることを要求している[292]。4月8日にはバイデン政権は中国でスーパーコンピューターを開発する7つの企業および国立研究団体について軍事転用に関与したとしてアメリカ製品の輸出を事実上禁止する制裁措置をとることを発表した[293]


米中両国間における諸懸案

台湾問題

米中関係において台湾問題は大きな障壁となっている。中国はかつて台湾を実効支配したことはないが、台湾は中国の23番目の省であると主張し、武力を行使して併合するとたびたび脅迫してきた。アメリカは台湾海峡の軍事勢力のバランスを保たせる名目で台湾への武器供与を幾度となく行い、またそのためもあり、中国と違って多元論や民主主義を育成してきた台湾へ大きな共感を寄せている。冷戦期には台湾の自由民主主義化を画策して反共の砦として利用した。冷戦期3回にわたる台湾海峡危機台湾有事は周辺国において重大な関心事となった。アメリカの中国への接近はこの地域における政治及び軍事の力の均衡の変化をもたらし、この可能性は歴史的に台北遷都以来台湾、中華民国の同盟国であった日本の懸念を増幅してきた。

台湾域内においても台湾人意識の高揚で台湾独立運動が再燃、民主進歩党も結成された。1988年からの8年間は本省人李登輝が政権を握り、2000年からの8年間は民進党の陳水扁が総統を務め、中台関係は益々深刻さを増していく。こうした台湾情勢の軟化は、国民党馬英九政権が誕生するまで待たなければならない。

アメリカ政府台湾政策に関する公式見解は、6つの保証とに基づく台湾関係法に集約されている。アメリカ政府は両岸問題が双方の対話によって平和的に解決することを一貫して望んでいる。アメリカ政府は中国政府の「一つの中国」を承認、非公式な実務関係で台湾との交流を続けている。仲介組織としてアメリカ側は美国在台協会を設置[294]、台湾側はを設置している[295]。また、アメリカ政府も中華民国政府のAPECWTOアジア開発銀行など国際機関での活動を大いに支持している。

台湾では現状を維持するという基本的なコンセンサスがあるが、李登輝のような独立論者らは長期的に中国は経済力、軍事力を増強するので台湾は即座に行動を起こし、独立を宣言しなければならないとの考えを表明している。もし台湾が独立を宣言し、中国が武力介入をするならば、アメリカは台湾関係法に基づき介入すると思われるが、そのような独立宣言が行われるならばアメリカは窮地に立たされるであろう。かつて台湾が陳水扁政権時代に現状維持から独立へ向かって行動を起こそうとした際、アメリカは台湾に「四つのノー、一つのない」の方針に従って思いとどまるよう要請し、台湾はこれを受け入れた。

経済問題

米中の貿易関係は1972年から1973年にかけて修復された。アメリカはこれまでに中国に対し巨額の直接投資を行い、製造業、ホテル、外食、石油化学など広範囲に渡る様々なプロジェクトを展開してきた。アメリカ企業は中国市場に参入するために2万以上もの合弁企業や、を設立することに合意した。アメリカの多国籍企業100社以上が中国で活動しており、そのうちのいくつかは複数の投資を行っている。アメリカの累計対中投資は480億米ドルに上る。2006年のアメリカの対中貿易赤字は3500億米ドルに達し、これはアメリカの二国間貿易における貿易赤字としては最大のものである。米中貿易の総額は1992年の330億米ドルから2004年には2300億米ドルにまで達した。(Bunton). アメリカが対中貿易で赤字に陥った原因は以下のものが考えられる。

  • アメリカ経済の強さ:製造業の最終組み立て作業を他のアジアの新興工業経済地域から中国にシフトした。中国は付加価値を加える長い工程の最終段階地になることが増えている。アメリカの貿易資料によると、最終工程地へ送られる製品の価値の中で、中国で付加される価値は過大評価されている。
  • アメリカの労働集約型製品の需要が国内生産による供給を超過していること:中国はしばしば国有企業を保護する目的で、外国製品やサービスへに高い関税を課したり、商品を輸入する際に特別な許可を要求したり、法律や規制の矛盾した適用を行ったり、市場参入への見返りとして外資企業に技術の開示を要求したりするなどの不透明な貿易活動の制限を行っている。中国の世界貿易機構への加盟はこうした問題を解決しなければならないことを意味している。
  • アメリカ合衆国ドルと比較して人民元が過小評価されていること[296]

などが挙げられている。

2002年9月、米中両国はワシントンで合同経済委員会会議を行い、テロリストの財政、資金洗浄対策における関係強化、中国大陸での財政サービスに対する海外直接投資の予想、アメリカのマクロ経済開発への地域的依存などについて話し合った。中国経済の力強い成長の継続は地域経済発展の重要な原動力として機能し、中国は市場の再構築とグローバル経済の開放性の戦略を繰り返し述べている。

2002年9月、両国は経済問題や他の懸念材料についてハイレベルな対話を定期的を行うため、を2006年より隔年で開催することで合意、これまでに5回開催され、直近では2008年12月に行われた。両国の代表団による開幕プレゼンでは両国において経済ナショナリズムが高まりつつあることが述べられた[297]

米中両国は国際政治問題の解決についてハイレベルな話し合いを行うためにも創設した。

人権・宗教問題

2003年、アメリカはその年には部分的に肯定的な兆候が見られ、中国が人権についてアメリカや他との約束に意欲を見せたものの、依然として深刻な後退があると宣言した。中国政府は原則的に人権保護の重要性を認めており、中国の人権を国際基準に合わせるため段階的な手段をとっていると主張している。これらの中には1997年10月の経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約への署名批准は2001年)、1998年の市民的及び政治的権利に関する国際規約への署名(未批准)が含まれる。2002年、中国は膨大な数の政治犯や宗教的な理由により収容された囚人を釈放し、国連の拷問や恣意的な拘束、宗教の専門家に協力することに合意した。しかし、世界の人権保護団体はそれらの約束は実質的に意味が無く、その後も似たような罪状でより多くの人が拘束され続けていると主張している。それらの団体は中国が未だ基本的な体系を設立する変革の長い途上にあり、将来的にはすべての中国国民の人権や自由が守られるとの見方を維持している。アメリカ国務省は世界の人権に関する年次報告を公表しており、その中では中国の人権状況も報告されている[298]。2008年、アメリカ国務省は中国政府の人権に関する報告について多くの批判がありながら、「最も深刻な人権侵害をしている国家」のリストから中国を削除した。2008年の報告書は3月11日に提出された。

アメリカによる非難に対抗するように、中国政府も1998年以降毎年中国の人権に関する白書を出版し、その地域における発展の詳細を明らかにしている。2008年の報告書はアメリカ国務省の2日後に提出された。

2005年10月19日以来、中国政府は民主主義の進展に関する白書も刊行している。2007年11月、中国政府は共産党や他の政党の役割について述べた白書を出版した。

中国の軍事費の機密問題

ブルーチームのような多くのアメリカの人々によって中国の軍事費は脅威であると言及されてきた。中国人民解放軍への軍事予算は近年加速度的な増加を遂げている。アメリカの独立系アナリストらは中国が実際の軍事費を隠していると確信している。中国政府によると、2007年中国は防衛のために450億米ドルの予算を費やした。その一方で、2008年のアメリカの軍事費は6230億米ドルであり、他の世界のすべての国々と共同で1230億米ドル以上が使われた。しかし、アメリカの専門家の試算では中国の軍事費はおよそ850億米ドルから1250億米ドルの間であると見積もられている。政府内の人物によれば、中国は2007年防衛のため1日当たり1億2300万ドルを使ったとされる。これに対しアメリカは1日当たり17億米ドル使った。

中国の軍事費に対する懸念は中国がアメリカまたは近隣諸国に対して軍事的挑戦を試みているとするアメリカの憂慮によるものである。中国は南シナ海近辺に海軍基地を開発中であり、中国人民解放軍の資源を海軍と空軍及びミサイル開発に転換しつつある。しかし、対GDP比でみるとアメリカの軍事費のほうが中国より依然高い水準にあることも事実である。

脚注

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注釈

  1. ^ 実際には中国の国政を動かすのは中国共産党であり、共産党の最高指導集団である中央政治局常務委員会が権力を掌握する構造となっている、実権は中国共産党中央委員会総書記が握っていた、中華人民共和国主席(国家主席)の権限は儀礼的・名誉的なもので、彼らの権力の源泉は支配政党である共産党の総書記職であった。
  2. ^ 米清貿易で米清両国の商人が得たものはどれも希少であり、船主は思いがけない利益を得ることができたため、米清両国は交易を本格的に開始した。米清貿易により清国金属オタネニンジン毛皮を、アメリカは綿漆器陶磁器家具を得た。清国はアメリカ向け商品を優先的に作るようになった。
  3. ^ この法案は60年以上もの間有効だった。
  4. ^ アメリカ軍では義和団の乱の鎮圧は"China Relief Expedition"(en)として知られている。
  5. ^ 1967年には17万人もの兵力が投入された。
  6. ^ 2007年彼は南カリフォルニア大学の米中研究所においてこの時期の米中関係の状態について語った。
  7. ^ 南カリフォルニア大学米中研究所が製作したドキュメンタリー"Election '08"と"the Challenge of China"は選挙に焦点を合わせ取材された(オバマ候補とマケイン候補の対中政策に関する部分はYouTubeで見ることができる)。
  8. ^ 2人は会談の中で米中関係の発展は両国の関心事だけでなく、世界の関心事にも及ぶことを合意した。President Hu Jintao and US President-elect Barack Obama Discuss over Telephone -- Hunan Government
  9. ^ ピュー・リサーチ・センターやアメリカアジア協会、ブルッキングス研究所米国財務省を含む多くの機関は中国の対応する部局と気候変動について議論を交わすため共同で活動している。
  10. ^ なお、中国はアメリカの「バイ・アメリカン」条項が中国を含む海外の製造者を差別するものであるとして懸念を表明した。
  11. ^ Military Power of the People’s Republic of China 2007 p.16。
    ほかに宝島社『自衛隊vs中国軍』(ISBN 4-7966-4802-X)55ページでは千島列島を起点としスラベシ島・ジャワ島までいたるとしている。

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関連文献

日本人によるもの

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  • 高井潔司、藤野彰遊川和郎 [編] (2008)『現代中国を知るための50章』明石書店
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  • (2000)『米中相克の時代』日本評論社
  • 浜田和幸 (1999)『「日本抜き」ゲーム 千年帝国アメリカの野望』PHP研究所
  • 浜田和幸 (2000)『たかられる大国・日本 中国とアメリカ、その驚くべき“寄生”の手口』祥伝社
  • 船橋洋一 (2006)『同盟漂流』岩波書店
  • (2004)『台湾総統列伝 米中関係の裏面史』中央公論新社
  • 防衛研究所安全保障研究会 [編] (1999)『これからの安全保障環境 世界の動向・日本の課題 世界化と地域化の複合潮流を読む』亜紀書房
  • (1998)『中国はどこに向かうのか アメリカか中国か』総合法令出版
  • (2002)『戦後国際政治史 4』柘植書房新社
  • (2006)『中国を取るアメリカ見捨てられる日本 アメリカ人は日本人より中国人が好き』光文社
  • (1997)『米中関係の歴史的展開 一九四一年~一九七九年』研文出版
  • 山本吉宣 [編] (2005)『アジア太平洋の安全保障とアメリカ』彩流社
  • 渡邉昭夫 [編] (2005)『アジア太平洋連帯構想』NTT出版

訳書・洋書

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  • 緒方貞子添谷芳秀 [訳] (1992)『戦後日中・米中関係』東京大学出版会
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  • Song, Yuwu [Ed.] (2006) Encyclopedia of Chinese-American Relations, McFarland

外部リンク

米国サイト
中国サイト
その他

関連項目

ジョー・バイデン

“ジョー”ジョセフ・ロビネット・バイデン・ジュニア(英語:Joseph Robinette "Joe" Biden Jr. ([ˈbdən] BY-dən)、1942年11月20日 – )は、アメリカ合衆国政治家弁護士。同国第46代大統領[1](在任: 2021年1月20日 – )。

ニューキャッスル郡議会議員、デラウェア州選出連邦上院議員バラク・オバマ政権で第47代副大統領を歴任した。2020年アメリカ合衆国大統領選挙2020年11月3日実施)に民主党の大統領候補として出馬して当選を果たし[2]、2021年1月20日に大統領に就任した[3][4]ジョン・F・ケネディ以来2人目のカトリックの大統領である[5]。また就任時の年齢は78歳で[6]、アメリカ合衆国史上最高齢の大統領である[7]

略歴

1942年11月20日にペンシルベニア州スクラントンに誕生し、デラウェア州ニューキャッスル郡で育った。アイルランドカトリック中産階級の家庭の生まれである[5]。子供の頃は吃音に悩み、鏡の前でアイルランドの詩を朗読するという独自の発声練習で克服したという。高校や大学ではアメフトに夢中になった[5]

デラウェア大学で学んだ後、シラキューズ大学法務博士号を取得[8]。ロースクールを経て1969年弁護士となり、1970年にデラウェア州の英語版議員に選出された[5]1972年1月に29歳でデラウェア州の上院議員に当選し、アメリカ史上5番目に若い上院議員となった[9]。同年12月にクリスマスの買い物に出かけた妻と娘を交通事故で失った[9]。1977年に現在の妻ジルと再婚している[5]

連続6期上院議員を務め、外交・刑事司法・薬物問題などに取り組み、英語版の委員長や上院外交委員会の委員長などを歴任した[5][9]。政策実現を重んじる調整型の政治家として党派を超えた信頼を確立した[5]

上院議員として1991年湾岸戦争に反対し、東ヨーロッパへのNATOの拡大と1990年代のユーゴスラビア紛争への介入を支持した。2002年イラク戦争承認決議を支持したが、2007年のアメリカ軍増派には反対した。また、1987年から1995年まで上院司法委員会の委員長を務め、麻薬政策・犯罪防止・市民の自由に関連する問題を扱っていた。バイデンは暴力犯罪取締法と女性に対する暴力法の成立に向けた取り組みを主導し、ロバート・ボーククラレンス・トーマス最高裁判所長官への指名を監督した。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙バラク・オバマと並んで副大統領に当選した後に上院議員を辞任した。4番目に在職期間の長い上院議員だった[10]。オバマとバイデンは2012年アメリカ合衆国大統領選挙においても再選され、2期8年に渡って務めた。副大統領としてバイデンはリーマンショックの不況に対抗するために2009年にインフラ支出を監督した。彼の議会の共和党との交渉は、オバマ政権が税制の行き詰まりを解決した2010年税制救済法、債務上限危機を解決した2011年予算管理法、差し迫った財政の崖に対処した2012年アメリカ納税者救済法などの法案を通過させるのを助けた。外交政策ではアメリカ合衆国及びロシア連邦との間で新START条約の成立に向けた取り組みを主導し、リビアへの軍事介入を支持し、2011年のアメリカ軍の撤兵までイラクに対するアメリカの政策を所管した。サンディフック小学校銃乱射事件の後、バイデンはアメリカにおける銃暴力の原因に対処するために設立された「銃暴力タスクフォース」を率いた[11]

2015年に長男のボー・バイデン脳腫瘍で亡くし、失意から2016年アメリカ合衆国大統領選挙を見送った[9]2017年1月にオバマ大統領はバイデンに大統領自由勲章を授与した[12]

2019年4月25日に2020年アメリカ合衆国大統領選挙への立候補を発表した。2020年2月から各州で始まった予備選挙・党員集会で急進左派候補バーニー・サンダースらを破って勝利し[9]、6月には党の指名を確保するために必要な1991人の代議員数の閾値しきいちを満たした。2020年8月11日にバイデンは2020年アメリカ合衆国大統領選挙の副大統領候補としてカマラ・ハリス上院議員を発表した[13]

11月3日に大統領選挙が実施され、11月7日ABCAP通信CNNFOXニュースNBCニューヨーク・タイムズロイターなどの主要メディアは現職のドナルド・トランプを破って勝利を確実にしたことを報じた[14]。12月14日に各州で選挙人による投票が実施されたが、誓約違反投票は発生せず、過半数の306人の選挙人を獲得しての当選を確実にし[15]2021年1月6日から1月7日の連邦議会の上下両院合同会議において、その投票結果が承認された[16]1月20日正午の就任式を経て第46代大統領に就任した[17]ジョン・F・ケネディ以来のカトリックの大統領[5]、また就任時に歴代最高齢となる78歳の大統領である[7]

大統領就任前の経歴

少年・学生時代

1942年11月20日にペンシルベニア州スクラントンで、父のジョセフ・バイデン・シニア (Joseph Robinette Biden Sr.)と母のキャスリーン・ユージニア・フィネガン (Catherine Eugenia Finnegan)の間に4人兄弟の長男として誕生した[18][19]。父親のジョセフ・バイデン・シニアは、20代の頃はヨット狩猟自動車などの趣味に熱中するなど、非常に裕福な生活を送っていた。しかし長男であるジョーが生まれた頃には、彼は数件の事業に失敗し、その為にジョーの母方の祖父母に当たるフィネガン夫妻と数年に渡って同居しなければならなくなるなど、バイデン一家は苦しい生活を送っていた[20]

その後1950年代の経済低迷の中で、父のジョセフ・シニアも生計を立てていくだけの十分な仕事が得られなくなってしまったことから[21]、10歳の頃にデラウェア州英語版に引っ越し、その後さらに父親が勤めていた冷暖房ボイラー清掃会社のあるデラウェア州ニューキャッスル郡ウィルミントンへ引っ越し[20]、以後高校卒業までこの地で過ごす。ウィルミントンは、後にバイデンが弁護士として初めて開業した地であり、現在に至るまで自宅を構えている地でもある。ちなみにこの前後、フルートを愛好していたことから、「fleet flutin joe」というあだ名が付いていたという。その後ジョセフ・シニアは中古車セールスマンの職を得て、バイデン一家は中産階級家庭として安定した生活を送ることになる[20][21][22]

バイデンはクレイモントにあるカトリック系の私立学校、英語版へ入学し、1961年の卒業までこの学校で過ごした。在学中はフットボールと野球に熱中し、特にフットボールにおいては、高校のフットボールチームに所属し、ハーフバックランニングバックの一種。)やワイドレシーバーのポジションで活躍、長年にわたって敗北続きだったチームを最終学年時にはシーズン無敗を達成するまでの強豪チームに成長させた一翼を担った[20][23]。また、政治活動についても、ウィルミントンの劇場で行われた人種差別に反対する座り込み活動に参加するなど、積極的に取り組んだ。学業に関しては平凡で目立たない生徒であったものの[19]、バイデンはリーダーシップを発揮する生徒であったという[24]

1961年にアーキメア・アカデミーを卒業した後、ニューアークにあるデラウェア大学に進学し、歴史学政治学を専攻した。当初はアーキメア・アカデミー時代と同様にフットボールに熱中、デラウェア大のチームであるデラウェア・ファイティンブルー・ヘンズに所属し、最初は新入生チームにおいてハーフバックとしてプレーしていた[23]。しかし大学3年の時に、デラウェア州外に住む恋人と過ごす時間を確保するために、大学代表チームでディフェンシブバックとしてプレーする計画を諦めざるを得なくなった[23][25]。このように、スポーツや友人・恋人との交際に熱中していた[20]ためか[要追加記述]、学業の成績はあまり優れず、専攻していた歴史学と政治学において学士号を取得し[19]1965年に卒業したものの、688人中506番目というあまり良くない成績で卒業することになった。しかし友人たちは、むしろバイデンの詰め込み勉強の才能に驚かされたという[26]

その後シラキューズ大学ロースクールに進学。在学中の1年目(1965年)に法律評論誌の記事(全15ページ)から5ページにわたって論文を盗用したことが1965年に発覚し、同校から盗用事件としてその科目「法律的手法(legal method)」の単位を取り消されたものの、退学処分には科されず、バイデンは翌年の1966年にその単位を取得した[27]。この事件についてバイデンは、「引用についての正確なルールを知らなかったことによる不注意で起こしてしまったものだ」として、悪意があったことを否定している。1968年法務博士号を取得[28]、修了後の翌1969年にはデラウェア州弁護士会へ加入し[28]、ウィルミントンで弁護士として開業した。

ロースクール在学中の1966年に彼は最初の妻であるネイリア・ハンターと出会い、結婚する。ネイリアとの間には2男1女(ジョセフ・ロビネット・バイデン3世(愛称:ボー)ロバート・ハンター・バイデン、ナオミ・バイデン)をもうけた。

ベトナム戦争の最中、バイデンは大学在学中の1963年からロースクール在学中の1968年までの間、少年時代の喘息の病歴を理由に5回の徴兵猶予を受けていた。このためベトナム戦争には従軍していなかった[29][30]

幼少期から吃音症に苦しみ、その克服に20代前半まで要した。鏡の前で詩の朗読を続けていた。また近親者がアルコール中毒で苦しんでいたことから禁酒家となった。

上院議員当選、前妻・娘を失う事故

弁護士活動開始後間も無い、1970年にバイデンはニューキャッスル郡英語版選挙の第4区に民主党候補として出馬し、当選を果たした[31]

その後1972年の上院議員選挙に民主党から出馬する。この時現職だった共和党英語版議員は、著名な議員の1人であったが、ボッグス議員は政界引退を考えていた。しかしながら、共和党内でボッグスの後継をめぐって、デラウェア州選出の下院議員だったピエール・S・デュポン4世(のちデラウェア州知事)と、ウィルミントン市長であったハリー・G・ハスケル・ジュニアが対立し、共和党陣営内での分裂が生じた。この打開策として、リチャード・ニクソン大統領は、ボッグスにもう1期出馬するよう要請し、共和党が全面的に支援することを約束したため、ボッグスもこれを受諾した。しかしながら、最終的にはバイデンがボッグスを破って勝利を収めた。連邦上院議員では建国以来5番目の若さでの当選となった。

しかし上院議員に当選直後、1972年12月18日に妻のネイリアはクリスマスの買い物をするために、3人の子供たちを連れてデラウェア州英語版に車で出かけていたのだが、ネイリアの運転するステーションワゴンが、交差点でトレーラーに追突され、ネイリアとまだ幼かったナオミが死亡、ボーロバートは生き残ったものの、瀕死の重傷を負う[32]。当時の警察の記録はもう残っていないが、当時の新聞の報道はトレーラーの運転手に過失はないことを明らかにしている[33][注釈 1]

若手上院議員からベテラン上院議員へ

バイデンは、一度は息子たちの看病・世話を理由に議員職を辞退しようとしたが、当時民主党の上院院内総務であったマイケル・マンスフィールドから辞退を思い留まるよう説得を受け、議員に就任することを決意し、1973年1月5日には息子の病室から上院議員としての宣誓を行った[33][35]1973年1月から他の議員と同様に通常どおり登院し、議員活動を開始した。この時バイデンは30歳で、30歳での上院議員はアメリカ史上5番目の若さだった。通常は議員になるとワシントンD.C.に居住する議員が多い中で、彼は息子たちの為に、毎日片道1時間半かけてウィルミントン郊外の自宅とワシントンD.C.を電車通勤した。

1974年にバイデンはタイム誌の「200 Faces for the Future」の1人に選ばれるなど、議会の内外で活躍の場を広げ、知名度を高めていった。また私生活においても、1977年に2人目の妻ジル・トレイシー・ジェイコブスと結婚し、1女(アシュリー)をもうけた。1978年の選挙では、ジェームズ・H・バクスター・ジュニアを破り再選を[36]1984年の選挙ではジョン・M・バリスを破り3選を果たす[37] など、ベテラン議員への仲間入りを果たしていく。

1974年のインタビューでは自らの政治的立場について公民権、自由、高齢者の問題や医療についてはリベラルだが、中絶や軍の徴兵制については保守だと説明した[38]

1970年代半ば、デラウェア州白人有権者に反対者が多かった「差別撤廃に向けたバス通学」に反対した。民主党上院議員の中の主要な反対者の一人となった[39]。南部州のような法律上の英語版を是正するためにバスを利用することには賛成したが、デラウェア州のような近隣居住の人種パターンから生じる事実上の分離を是正するためのバスの使用には反対という立場だった[40]。この件について2019年に民主党候補指名争いの討論会でカマラ・ハリスから追及された[41][注釈 2]

上院議員になって最初の10年は軍備管理に関わることが多かった[43][44]1979年に民主党のジミー・カーター大統領とソ連のレオニード・ブレジネフ首相の間で締結されたSALTIIがアメリカ議会の批准を得られなかった後、バイデンはソ連のアンドレイ・グロムイコ外相と会談し、アメリカの懸念と上院外交委員会の異議に対応する修正を行うよう求めた[45]

共和党のロナルド・レーガン大統領が戦略防衛構想の為にSALTIを大雑把に解釈したいと主張した時、バイデンは条約を厳格に遵守することを求めた[43] 。またアパルトヘイトを進める南アフリカをレーガン政権が支援したことについて、上院の公聴会で国務長官ジョージ・シュルツを非難して注目を集めた[46]

1981年には英語版英語版に就任。1984年の英語版の可決に民主党側の議場指導者として協力。後にこの法律は厳しくなっていったため、2019年にバイデンはこれを可決させたことは大きな誤りだったと自省している[47][48]。彼の支持者は彼がこの法律の最も最悪な部分を複数修正したことを賞賛しており、それが彼の立法上の最大の功績としている[49]。この法律には英語版[50][51] や、彼が自分が携わった立法の中でも最も重要なものとする英語版が含まれる[52][53]

1987年には上院司法委員長として初めて常任委員会の委員長に就任。

1988年大統領選挙予備選挙と脳の手術

1987年6月9日に翌年の英語版への出馬を表明した.[54]。彼の人柄や英語版をめぐる上院司法委員長としての知名度、ベビーブーマーへのアピールなどにより有力候補と見なされていた。もし大統領に当選していればジョン・F・ケネディに次ぐ二番目に若い大統領になっていた[46][55][56]

1987年の第1四半期まで最有力候補だったが[55][56]、9月には英労働党党首ニール・キノックの演説内容を盗用した疑いが持ち上がり、さらに学生時代の論文盗用の疑惑も持ち上がり、公式に盗用を認めてシラキュース大学法科大学院に謝罪し、大統領候補指名予備選挙が始まる前に立候補を取りやめた[27]

1988年2月に45歳の時、バイデンは首の痛みに悩まされ、救急車で英語版に搬送された。脳動脈瘤が破裂したのが原因であり、脳の手術を受けた[57][58]。回復中、肺塞栓症を患い、重篤な合併症に苦しんだ[58]。同年5月には2度目の脳動脈瘤の手術を受け[58][59]、入院から7ヶ月で上院に復帰した[60][61]

上院外交委員会委員長として

病気から復帰後、バイデンは再び上院議員として活躍した。1991年湾岸戦争に反対票を投じた[62]。民主党上院議員55人のうち45人と同じ立場に立ち、英語版における負担をほとんどすべてアメリカが負わされているとして反対した[63]

1991年にはクロアチア紛争におけるセルビア人の残虐行為を聞き、ユーゴスラビア紛争に関心を持った[43]ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発すると、武器禁輸を解除してボスニアのイスラム教徒に武器を提供して訓練するとともに、NATOによる空爆で彼らを支援し、戦争犯罪を調査するという「英語版」政策を最初に主張したのがバイデンだった[43][64]。しかしジョージ・H・W・ブッシュ政権もビル・クリントン政権もバルカン半島がもつれることを恐れ、この政策の実施には消極的だった[43][62]1993年4月にバイデンはセルビア共和国大統領スロボダン・ミロシェヴィッチと緊迫した3時間の会談を行い、ミロシェヴィッチに対して「私は貴方は戦争犯罪人だと思う。裁判にかけられるべきだ」と伝えている[65]1992年にはブッシュ政権に対してボスニア人への武器提供を迫る修正案を書き、1994年にはクリントン政権が好んだやや柔らかい表現に変更されるも、1年後にはボブ・ドールジョー・リーバーマンが後援するより強力な案に署名した[65]。バイデンは、1990年代半ばにバルカン半島への政策に影響を与えたことについて「公的人生のうち最も誇り高い瞬間だった」と述べている[62]

1997年には上院外交委員会の少数党筆頭委員に就任し、民主党が上院の多数派を占めた2001年から2003年と2007年から2009年の間には同委員会委員長となった[64]。外交に関する彼のスタンスは英語版を基調とした[43][62]。彼は共和党とも太いパイプがあり、時には民主党の方針にも反対した[62][64]

1999年コソボ戦争ユーゴスラビア連邦共和国に対するNATOの空爆を支持した[43]。バイデンは共和党のジョン・マケインと連携し、クリントン大統領に対して地上部隊を含むすべての必要な戦力を使い、コソボのアルバニア人に対するユーゴスラビアの政策を阻止してミロシェヴィッチと対決することを求めた[62][66]

同時多発テロ後の2001年のアフガン作戦を支持した[67]。2002年にバイデンは上院外交委員長として「サダム・フセインは国家安全保障に対する最大の脅威であり、その脅威を排除する以外に選択肢はない」と述べ[68]、同年10月16日の英語版に賛成した[62]。この直後の2002年11月の中間選挙で民主党が少数党に転落したため、新しい連邦議会が招集された2003年1月3日付で外交委員長職を離れ、少数党筆頭委員に戻った。また、2004年の大統領選挙への出馬にも意欲を見せたが、最終的に断念した。

その後、2006年11月の中間選挙で民主党が多数党に返り咲いてからは、2007年1月4日より2度目の外交委員長職を務めている。また同時に、司法委員会に連なる犯罪および麻薬に関する小委員会の委員長を務めている。特に外交委員会では、同委員会のリーダーとして、また外交通として、積極的な発言を行った。また、上院本会議においても、行き詰まりを見せていたイラク政策に関連して、2007年9月26日共和党サム・ブラウンバック上院議員と共に、法的拘束力のない「イラク分割決議」を75対23で成立させた。

2008年時点では6回連続当選・在職36年目を誇る、押しも押されもせぬ上院民主党の重鎮となっている。ちなみに彼は、故郷デラウェア州の歴史上、最も長く在職した上院議員となっている。しかし、これほど多くの連続当選と長い在職期間を誇りながら、彼がデラウェア州の先任上院議員(アメリカでは Senior Senator と呼ばれている。各州2名の上院議員のうち、それまで連続して当選しており、より任期の長い議員が先任上院議員となる。)となったのは2000年のことであり、かなり遅いと言える。これは、バイデンの2年先輩にあたる共和党のウィリアム・ヴィクター・ロス・ジュニア上院議員(William Victor Roth Jr.)が、1971年の初登院以来、2000年の選挙で民主党のトーマス・リチャード・カーパー州知事(Thomas Richard Carper)に敗れて引退するまで、約30年にわたって議席を維持した為である。

2度目の大統領選挙挑戦・副大統領へ

2008年には自身2度目の大統領選挙となる2008年アメリカ合衆国大統領選挙に挑戦するが、バラク・オバマ候補とヒラリー・クリントン候補の2強が他を突き放す形勢となり、1月3日に撤退した。しかし8月23日に大統領候補の指名を確実にしたオバマから副大統領候補指名の意向が発表され、これを受諾してその後8月27日にコロラド州デンバーで開催された民主党全国大会で、オバマと共に民主党の正副大統領候補に正式指名された。

オバマの副大統領候補としてメディアから有力視されていたのは、オバマの最大の対抗馬であったヒラリー・クリントンであった。激しい予備選の過程でオバマとクリントンの支持者同士の感情が険悪化しており、党内融和のためにもオバマ-クリントンの「ドリームチケット」が期待されていた。そのためバイデンが選ばれた事に関しては少なからず驚きの声があった。この選択理由としては次のような点が評価されたためと言われている。

  • オバマが弱いとされている有権者層である白人(特に白人労働者)・カトリックに強いこと。
  • 民主党中道派の重鎮であり、政治的・思想的に偏りが少ないという点。当時クリントンはオバマ同様に民主党でもリベラル寄りと見なされており、リベラル同士のチケットでは本選挙の鍵を握る中道層の取り溢しが懸念された。
  • オバマに関して指摘されていた経験で特に外交経験の不足を補う上で、上院外交委員長として外交経験豊富であり、国民にも“外交通”として認知されているバイデンは、オバマの弱点をうまく補完できるという点[69]
  • 議会対策の上でも、上院民主党の重鎮であったバイデンの影響力が期待できること[70]
  • アイルランド系カトリックとして労働組合にも太いパイプがあること[69]
  • 中産階級層の出身という経歴であること。

しかし、共和党のジョン・マケイン候補がサラ・ペイリンを副大統領候補に抜擢したことと比較され、地味な選択とみられた。また、バイデンは予備選でオバマ候補の経験不足を指摘していたため、指名受諾後にはその点を共和党側より批判された。

本選挙の選挙戦では、オバマが攻撃的な発言を抑制するかたわらバイデンはマケインへの激しい批判を展開した。ペイリンとの副大統領候補討論会後の世論調査では「討論はバイデンの勝利」と答えた者が多数を占めたものの、好感度の面ではペイリンに軍配を上げる者が多かった。

2008年11月4日(現地時間)に行われた大統領選挙の投開票において、民主党のバラク・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に当選したことに伴い、自身も第47代副大統領に当選が確定した。

ちなみにバイデンは大統領選挙での敗北も想定した上で、大統領選挙と同日投票となった上院議員選挙にも出馬していた。この選挙では選挙区全体の65パーセントの票(25万7484票)を獲得し、対立候補であった共和党の英語版に大差を付ける形で、自身7回目となる上院議員当選を果たした。その上で2009年1月3日に開会した第111期連邦議会では、1月15日まで上院議員職に留まり、同日辞職した。なお自身が務めていた上院外交委員長職については、新しい議会の招集を契機に1月3日付で辞職した。外交委員長としての最後の仕事となったのは、1月の第2週目に行ったイラクアフガニスタンパキスタンの3カ国歴訪・首脳会談であった。バイデンの議席は、長年にわたって彼のアドバイザーを務めていたテッド・カウフマンに、外交委員長のポストは2004年アメリカ合衆国大統領選挙において民主党の大統領候補だったジョン・フォーブズ・ケリー上院議員に引き継がれた。

副大統領

2009年1月20日にバラク・オバマの第44代アメリカ合衆国大統領就任に伴い、自身も第47代アメリカ合衆国副大統領に正式に就任した。連邦議会議事堂(キャピトル・ヒル)で開催されたオバマの就任式には、セカンドレディとなった妻のジルと共に出席し、オバマに先立って、ジョン・ポール・スティーブンス連邦最高裁判所判事の立ち会いの下で就任宣誓を行った。最初のデラウェア州出身の副大統領[71]、また最初のローマ・カトリックの副大統領となった[72][73]

また、自身のスタッフ選任も進め、首席補佐官には民主党のベテラン弁護士であるロン・クラインを、広報部長にはタイムのワシントンD.C.支局長であるジェイ・カーニーを任命した。

バイデンは、前任者であるディック・チェイニーが従来の副大統領とは異なり、政策決定や実務などジョージ・W・ブッシュ大統領の政権運営において、かなり深い部分まで関わっていたのに対して、「自らは(チェイニー副大統領のように)大統領の政策決定などに深く関わることはしない」という旨を言及している。その一方で、「オバマ大統領が重大な決断を下す際には、その全てにおいてアドバイスや助言を行う」と述べた。

オバマ政権にメンバーによればバイデン副大統領の政権内での役割はあえて反対意見を述べることで、他の人に自分の立場を守らせようとすることにあったと証言する[74]。ホワイトハウス首席補佐官英語版はバイデンが集団思考に陥るのを防いだと評価している[74]。バイデンの広報部長も「バイデンはシチュエーションルームの悪役を演じた」と表現している[74]。オバマ大統領も「ジョーの一番いいところは、みんなが集まった時、みんなに考えること、自分の立場を守ること、あらゆる角度から物事を見ることを強要することにある。それは私にとって非常に大事だ」と述べている[75]

2010年8月までにイラクにおけるアメリカ軍の役割を終わらせると宣言したオバマ大統領は、2008年6月にバイデンをイラクに関する責任者に任じ、以降バイデンは2カ月に一度はイラクを訪問するようになり[76]、イラク政府にアメリカ政府のメッセージを伝える政府要人になった[75]。2012年までバイデンは8回イラクを訪問したが、2011年にアメリカ軍がイラクから撤退するとバイデンのイラクへの関与も減った[77][78]

2010年6月11日には2010 FIFAワールドカップ南アフリカ大会のイングランド対アメリカの試合を観戦し、その後エジプトやケニアも訪問した[79]

2010年11月の中間選挙に民主党が敗北すると長い議会生活で共和党議員ともコネクションがあるバイデンの役割がより重要になった[80][81]新戦略兵器削減条約の上院通過を主導したのはバイデンだった[80][81]。12月にもブッシュ減税の延長を含む共和党との妥協案をまとめた[81][82]

2011年のNATOリビア軍事介入を支持した[83]ロシアとより緊密な経済関係を持つことに賛成し、ロシアのWTO加盟を支持した[84]。いくつかの報告書によればバイデンは2011年5月2日に実行されたビン・ラディン殺害作戦に反対していたという[77][85]

オバマ政権の支持率低下傾向から、2012年11月の大統領選挙では副大統領候補をバイデンではなくヒラリー・クリントンに置き換えるべきだという声も上がっていたが[86]、オバマは引き続きバイデンを副大統領候補にし再選された。

2012年12月のサンディフック小学校銃乱射事件を受けて設立した銃規制の強化を検討するための特別チームのトップになった[87]。31日には共和党のミッチ・マコーネル上院院内総務との間で「財政の崖」を回避する合意を成立させた[88]

2014年ロシアクリミア併合を強行するとオバマ政権はウクライナ政府を支持し、ウクライナ支援とロシア経済制裁を行った。バイデンも2015年12月にウクライナ議会でウクライナを支持する演説を行った[89]。バイデンは南米の指導者にも顔が利き、副大統領在職中に16回も南米を訪問している[90]

2016年8月にはセルビアへ訪問し、アレクサンダル・ヴチッチ大統領と会見し、コソボ戦争中の爆撃による民間犠牲者に哀悼の意を表した[91]。コソボではコソボの裁判官や検察官の育成に貢献した亡き息子ボー・バイデンの功績が称えられて、ボーの名に因む高速道路が作られ、父であるジョー・バイデンが式典に出席した[92][93][94]

2016年アメリカ合衆国大統領選挙にはオバマは任期制限により出馬できないためにバイデンの出馬が取沙汰され、勝手連(Draft)のPACも結成された[95]。2015年9月11日の時点では出馬するか否かを決めていないと述べた[96] が、同年10月21日に不出馬を表明[97]民主党予備選挙ではオバマ大統領ともども当初いずれの候補への支持も表明せず、ヒラリー・クリントンが指名を確実とした後の2016年6月9日に同候補への支持を表明した[98]

2017年1月12日、副大統領としての功労を讃えられ、大統領自由勲章をオバマ大統領より受章した。受賞を事前に知らされていなかったバイデンは涙し、即興のスピーチを20分間行った[99][100]

バイデンは上院の議長決裁をしなかった副大統領であり、その期間が最長の副大統領である[101]

3度目の大統領選挙挑戦で当選

出馬の経緯

2017年6月1日に政治活動委員会(PAC)「米国の可能性(American Possibilities)」の設立を発表した。2020年アメリカ合衆国大統領選挙への出馬を検討している可能性があると報じられた[102]

2019年4月25日に2020年アメリカ合衆国大統領選挙へ出馬することを正式に公表した[103]

動画での声明では出馬の理由について、2017年バージニア州シャーロッツビルで起きた極右集団とその反対派の衝突で女性が死亡した事件についてトランプが「どちらの側にも素晴らしい人々がいた」と述べて極右を非難しなかったことに言及したうえで「アメリカの大統領はこの言葉によって、憎悪を撒き散らす人々と、それに立ち向かう勇気ある人々を倫理的に同等に扱った」「この国の核となる価値や(中略)私たちの民主主義、アメリカをアメリカたらしめる全てが危険にさらされている」「歴史がこの4年を振り返ったとき、そこには異常さしか残っていないと思う。しかしトランプ氏が8年間ホワイトハウスに居座れば、トランプ氏はアメリカの本質や私たちの性質を永久に、根本的に変えてしまう。それを黙って眺めていることはできない」と述べた[104]

党大統領候補指名争い

2019年6月27日に行われた民主党候補者らによる討論会のバイデンのパフォーマンスは酷評されたが、8月にCNNが民主党および民主党寄りの登録有権者に対して行った候補者に対する調査では、29パーセントの支持を集めて首位に立った[105]。しかし予備選挙・党員集会直前の2020年1月22日のCNNの世論調査では左派の候補バーニー・サンダースに支持率で抜かれた[106]

2月3日、民主党指名候補選びの初戦であるアイオワ州党員集会が開催。翌日の暫定結果の発表では、中道派のピート・ブティジェッジが首位となり、バイデンは4位に沈んだ[107][108]。続く2月11日のニューハンプシャー州の予備選挙もサンダースが首位となり、バイデンは5位だった[109]。3戦目の2月22日のネバダ州の党員集会もサンダースが勝利し、バイデンは2位ながら大差を付けられた[110]。勝利できなければ敗退濃厚とみられていた同月29日のサウスカロライナ州の予備選挙で4戦目にして初勝利を得た[111]

スーパーチューズデーの直前の3月1日にブティジェッジ、翌2日にはエイミー・クロブシャーがそれぞれ予備選挙戦から撤退することを表明し、いずれもバイデン支持を表明した。これにより民主党中道派はバイデンのもと結束して左派サンダースと対決する構図となった[112][113]。そして3月3日に14州で行われた予備選挙・党員集会(スーパーチューズデー)において10州でサンダースに勝利、これにより獲得代議員数で首位に立つ候補となった[114]。スーパーチューズデーの勝利で支持率も上昇し、サンダースを抜いて再び支持率首位に立った[115]。3月4日にマイケル・ブルームバーグも撤退してバイデン支持を表明[116]、3月5日にエリザベス・ウォーレンも撤退したが、彼女は誰を支持するか明言しなかった[117]

3月10日にミシガン州など6州の予備選挙・党員集会があり、4州で勝利したことでさらに優勢となった[118]。3月17日のフロリダ州など3州の予備選挙でもバイデンが大勝、サンダースを更に引き離して指名獲得が濃厚となった。サンダースの岩盤層であったはずのリベラル層がサンダースから離れてバイデンに投票している傾向が確認できる[119]

3月19日に撤退表明したトゥルシー・ギャバードもバイデン支持を表明[120]。最後まで残った対立候補のサンダースも4月8日に撤退を表明し[121]、4月13日にバイデン支持を表明した[122]。これによりバイデンが指名を確実にした。候補が決まったことを受けて、4月14日に前大統領バラク・オバマがバイデン支持を表明し[123]4月15日には態度を明らかにしてなかったウォーレンからも支持表明を受け[124]4月18日には前回候補ヒラリー・クリントンからも支持表明を受けて挙党体制を整えた[125]

5月25日ペンシルベニア州で黒人男性ジョージ・フロイド白人警察官によって暴行死させられた事件をきっかけに始まった人種差別抗議運動のブラック・ライヴズ・マター(BLM)に連帯を表明。「暴動や略奪、放火は抗議ではない。違法行為だ」としてデモに乗じての暴力行為は支持しないことを明言しつつ、人種や党派分断をあおる発言を繰り返し、各地の抗議活動に対抗する武装した自身の支持者を糾弾しないトランプの姿勢が、衝突に拍車をかけていると批判した[126]

8月11日、黒人とインド系のハーフである非白人女性カマラ・ハリスを副大統領候補に選んだことを発表した[127]。BLM運動の高まりに配慮した人選と考えられている[128][129]

8月18日に民主党全国大会で正式に党大統領候補に指名され、20日に指名受諾演説を行い「名誉ある米大統領候補指名を謹んで受諾する」「団結すれば我々は米国の暗黒の季節を克服できる。克服しよう」と述べ、科学を重視し、国民の命と生活を守り、同盟国と協調し、独裁者と親密になったりせず、あらゆる人の尊厳と融和を重視すると強調した。また、トランプについて「この大統領は一切の責任をとらず、先頭に立とうとせず、何事も他人のせいにし、独裁者と仲良くして、憎悪と分断の炎をあおり続ける」と批判した[130][131]

大統領選挙本選

大統領選挙戦中、バイデンはトランプ政権の新型コロナウイルスの感染対策遅れについて「ドナルド・トランプが米国を守ることに失敗し、米国を恐怖に陥れているというのが事実だ」と批判し[126]、トランプ政権側の「コロナの最悪期はすぎた」という主張も否定した。そのためトランプ陣営が大規模集会を行い、参加者がほとんどマスクをしなかったのに対し、バイデン陣営は車を乗り入れるドライブイン形式で集会を行い、参加者にはマスク着用を要請するという対照的なコロナ対応が見られた[132]

公約として連邦最低賃金時給15ドル、グリーン・エネルギーへ2兆ドル投資、アメリカ製品購入促進に連邦予算4000億ドル拠出、オバマケア拡大、人種差別を是正する刑事司法改革(ただし左派が主張する警察予算削減には反対)、トランプ政権による富裕層や企業への減税措置の廃止、トランプ政権による移民規制策の廃止、トランプ政権が離脱したパリ協定への復帰、トランプ外交の単独主義を廃して北大西洋条約機構(NATO)など同盟国との関係を強化し中国に対抗していく外交、学生ローンの返済免除や大学無償化、小学校以前の学習機会を全国民に提供などを上げた[133]。また全米単位のマスク着用の義務化や、地方政府に資金や人材を支援して検査能力を引き上げて検査を拡大させる新型コロナ対策を訴え、感染症の専門家からは評価を受けた[134]

前回選挙での民主党の敗因として当時の候補ヒラリー・クリントンが左派を軽視しすぎたせいで左派の票が十分に得られなかったという分析があったため、公約をかなり左派に寄せたものになった[135]。しかしそのために大統領選挙ではトランプから「バイデンは極左に乗っ取られた操り人形」[135]、「社会主義者の『トロイの木馬』」[136] と執拗に攻撃される材料となった。

9月29日の最初の大統領選挙討論会ではトランプがたびたびバイデンの持ち時間の最中に割り込んだため、次回からは候補者の1人が発言する際に相手側のマイクを一定時間切る措置が取られることになった[137]

10月22日テネシー州ナッシュヴィルで開かれた二度目の大統領選挙討論会では前回と打って変わって不規則発言はなくなり、新型コロナウイルス対策や北朝鮮問題、人種差別や気候変動対策など、様々な政策課題についてお互いが主張を展開し、批判し合った[138]。人種差別問題ではトランプが「リンカーン元大統領を除けば私ほど黒人のために貢献した人物はいない」「私はこの部屋にいる人のなかで、最も非差別的な人間だ」と述べたのに対し、バイデンは「現代の歴史で最も人種差別主義者の大統領の一人がここにいる」と批判した[139]

11月3日大統領選挙の本選挙が実施され、11月7日午前に主要メディアは、バイデンが接戦州ラストベルト3州(ペンシルベニア州ミシガン州ウィスコンシン州)で勝利するのが確実の情勢になり、獲得が確実になった選挙人数が過半数に達したため当選確実になったと報道した。これを受けてバイデンは同日夜に勝利宣言を行い「私は分断するのではなく団結させる大統領になると誓います。赤と青に分かれた州ではなく、団結した州(合衆国)を見る大統領に、国民全員の信頼を勝ち取るために全身全霊で努力する大統領に」と決意を述べた[140]11月13日には全50州の勝者が判明し、バイデンはラストベルト三州のほか、共和党の地盤だったアリゾナ州ジョージア州でも勝利して306人の選挙人(トランプは232人)を獲得する見通しであると複数のメディアにより報じられた[141]

現職の大統領であるトランプは敗北を認めておらず、政権移行に協力しないよう各省庁に指示していたため、英語版が滞っていたが、手続きの遅れは国家安全保障に悪影響を与えるとの懸念が与野党に広がったため、11月23日英語版が政権移行手続きを承認。バイデンは政権移行の準備のための政府資金の提供や機密情報アクセスなどを受けられるようになった[142]

2020年12月14日に全米50州とコロンビア特別区で選挙人による投票が実施された[15]。誓約違反投票をした選挙人は出ず[143]、過半数の306人の選挙人を確保しての次期大統領当選が確定した[15]

この結果を受けてバイデンは改めて演説を行い、トランプの選挙結果を覆そうという様々な試みにもかかわらず、民主制度は持ちこたえたとの認識を表明し「民主主義の炎はこの国ではるか昔に灯された。パンデミックや権力乱用もこの炎を消すことはできないことが分かった」「米国の魂のための闘いで民主主義が勝利した」と語った。そして「(トランプの時代から)ページをめくり、結束し癒やしを得る時が来た」[144]「今回の選挙キャンペーンを通じて、私は全ての米国民の大統領になると述べた。私に投票した人々のためと全く同じように私に投票しなかった人々のためにも懸命に働く」[145] と述べた。

2020年12月21日にはファイザーバイオンテックが開発したCOVID-19ワクチンTozinameran)の公開接種を受けた[146]

2021年1月6日から上下両院の合同会議が行われ、先の選挙人の投票結果が正式に確定される予定だったが、議会の開始直後、選挙結果を認めないトランプ支持者が暴徒と化して連邦議会に乱入、議会を占拠する事件が発生した[147]。この暴動に対してバイデンは「われわれの民主主義がかつてない攻撃にさらされている」「連邦議会議事堂に突入し、窓ガラスを割り、オフィスと米上院の議場を占拠し、適法に選出された議員の安全を脅かす? これは抗議デモではない、反乱だ」と述べて強い憤りを示した[148]

この騒ぎで議会が一時中断されたが、州兵が動員されて乱入したトランプ支持者たちが排除された後、6日夜に再開され、7日未明に選挙人投票の結果が承認されて正式にバイデンの当選が決定した[149]

バイデン新政権への準備

大統領選挙の当確報道が出た後からバイデン新政権の閣僚指名が順次行われている。国務長官にはオバマ政権下で国務副長官を務めたアントニー・ブリンケン[150]国防長官には黒人の元陸軍大将ロイド・オースティン[151]財務長官には連邦準備制度理事会(FRB)前議長ジャネット・イエレン[152]内務長官には先住民のニューメキシコ州下院議員デブ・ハーランド[153]司法長官にはかつてオバマ政権が上院共和党の反対で最高裁判事にするのに失敗したリベラル派の連邦高裁判事メリック・ガーランド[154]労働長官にはボストン市長英語版[155]運輸長官には同性愛者(ゲイ)を公言する前サウスベンド市長で予備選挙を争った若手のピート・ブティジェッジ[156]国土安全保障長官にはヒスパニック系の元同省次官英語版[157]保健福祉長官にはヒスパニック系のカリフォルニア州司法長官英語版[158]農務長官にはオバマ政権でも農務長官を務めたトマス・ジェイムズ・ヴィルサック[159]国家情報長官には元CIA副長官英語版[160]通商代表には台湾系で下院歳入委員会法律顧問のキャサリン・タイ[161] が内定した。ただしこれらの閣僚ポストへの人事は上院の同意が必要である[162]

大統領首席補佐官には副大統領時代のバイデンの主席補佐官だったロン・クレイン[163]、外交・安保の総合調整を担う国家安全保障担当大統領補佐官には、副大統領時代のバイデンの国家安全保障担当補佐官だったジェイク・サリバンが指名された[157]。オバマ政権の国務長官だったジョン・フォーブズ・ケリーは気候変動問題担当大統領特使[164] に指名された。またオバマ政権時代に国家安全保障担当大統領補佐官・国連大使を務めた黒人女性スーザン・ライスは国内政策チームのトップとなる[165]。これらの人事には上院の承認は不要である[162][165]

バイデンは「(新政権は)米国を象徴するようなものにしたい」と発言しており、性別や人種など多様性の確保に配慮した人事と考えられている[157]。上記人事が上院の承認を得られれば、ハーランドは先住民として初めての閣僚[153]、ブティジェッジは同性愛者を公表している人物として初めての閣僚[166] となる。

また当確直後の2020年11月9日に新政権で新型コロナウイルス対策を率いる新型コロナウイルス諮問委員会を創設したことを発表した。疫学者や免疫学者、生物兵器防衛専門家ら13人の専門家から成る[167]

2021年1月5日ジョージア州の上院議員選挙決選投票(2議席)は、上下両院で民主党が過半数を押さえて主導権を握れるか、あるいは「ねじれ議会」になるのか、1月20日から発足するバイデン新政権の今後を占う選挙として注目されていた[168]。次期大統領バイデンも現職大統領トランプもジョージア州に入り、自らの党候補の応援演説を行った。バイデンは前日の4日にアトランタで演説し、トランプ政権の新型コロナウイルスワクチン配布が遅いとして「(新年は)ひどいスタートを切った」「大統領は問題に対処するより、泣き言や不満を言うことに多くの時間を割いている」と批判し、民主党候補なら国民向けの2000ドル現金給付が実現するよう取り組むと述べ「明日はアトランタ、ジョージア州、そして米国にとって新しい日となり得る」と訴えた[169]。開票後の1月6日に2議席とも民主党候補(英語版英語版)に当確報道が出された。カマラ・ハリス次期副大統領の議長決裁を含めて民主党が上院の多数派を得た。民主党がホワイトハウスと上下両院をすべて掌握したのは2009年以来のことである[170]

1月8日、大統領就任式への欠席を表明したトランプ大統領について「彼は国家の恥だ。来ないのは良いことだ」と述べて欠席を歓迎した。一方、マイク・ペンス副大統領については「(出席してもらえれば)名誉だ」と述べた。前大統領が新大統領の就任式に出席しないのは1869年以来152年ぶりのこととなる[171]。連邦議会襲撃事件をめぐって反乱を扇動したとしてトランプの弾劾条項を含む訴追決議案が議会で進んでいることについては、「弾劾は議会が決めることだ」としつつ、「トランプ大統領は以前からこの職務にふさわしくなかった」と述べた[172]

大統領就任前日の1月19日に地元デラウェア州ニューキャッスルにある亡き長男ボーの名に因んだ州兵本部で演説し「ボーがこの場にいないことだけが残念だ。大統領として息子を紹介できたのだが」と述べて涙を拭った[173]

アメリカ合衆国大統領

2021年1月20日にワシントンの連邦議会前でカマラ・ハリスとともに大統領・副大統領就任式に臨み、第46代大統領に就任した[17]。宣誓の後「アメリカをまたひとつにまとめて、立て直すため、全身全霊をかける」「私たちはまたしても、民主主義が貴重だと学ぶことになった。民主主義は壊れやすい。そして皆さん、今この時には、民主主義が打ち勝った」「恐怖ではなく希望の、分断ではなく団結の、暗闇ではなく光の、アメリカの物語を一緒に書いていきましょう」と演説した[17]

同日中に15の大統領令[注釈 3]に署名。気候変動抑制に関するパリ協定への復帰、カナダからアメリカ中西部まで原油を運ぶ「キーストーンXLパイプライン」の建設認可取り消し、アラスカ州北東部の北極野生生物国家保護区での石油・ガス開発に向けたリース活動の停止措置、自動車の燃費基準やメタン排出規制の見直し検討の指示など、環境重視の政策への転換を示した[17]。しかし英語版アラスカ州マイク・ダンリービー州知事からは批判の声が起きている[17]。またWHOからの脱退の取り消し[175]、連邦庁舎内でのマスク着用や社会的距離の確保の義務化、メキシコとの国境の壁建設に連邦資金を振り向ける根拠になっていた非常事態宣言の解除の命令も含まれる[17]。翌1月21日には新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため、ワクチン供給加速などを目指す計10本の大統領令[注釈 4]に署名した[176]

1月22日までにホワイトハウス・大統領執務室の模様替えを行い、イギリスのウィンストン・チャーチル首相の胸像[注釈 5]を執務室から撤去させ、代わりにヒスパニック系の公民権運動指導者英語版マーチン・ルーサー・キング牧師、ケネディ大統領の弟で司法長官を務めたロバート・ケネディ、公民権運動家ローザ・パークスフランクリン・ルーズベルト大統領の妻エレノア・ルーズベルトの胸像が置かれた[177]。また暖炉の上の最も目立つ場所にはフランクリン・ルーズベルト第32代大統領の肖像画がかけられた(トランプ時代にはジョージ・ワシントン初代大統領の肖像画)。その両側には、トーマス・ジェファーソン第3代大統領と、当時ジェファーソン大統領と対立したアレクサンダー・ハミルトン財務長官の肖像画が並べられた。「共和制の枠内での意見の違いは民主主義にとって重要だという象徴」とバイデン政権は説明する。逆側にはジョージ・ワシントン初代大統領と、エイブラハム・リンカーン第16代大統領の肖像画が対になって飾られた[178]

1月25日には政府調達でアメリカ製品を優先する英語版の運用を強化する大統領令[179] に署名した[180]。27日には公有地での石油や天然ガスの新たな掘削の禁止や、洋上風力発電を2030年までに倍増させるなど気候変動対策に関する一連の大統領令に署名した。「今日はホワイトハウスの気候変動の日だ」と述べ、気候変動危機に対する世界的な対応をアメリカが「リードしなければならない」と述べた[181]。1月28日には「トランプ前政権によるダメージを修復する」として国民の医療保険加入拡大に向けた2種類の大統領令に署名した。またトランプ政権下で実施されたメディケイド(低所得者向け公的医療保険)の加入資格厳格化などの政策を見直すよう連邦政府機関に指示した[182]

3月11日に1兆9000億ドル規模の新型コロナウイルス追加経済対策法案に署名して成立させた。追加対策の柱となる現金給付について、ホワイトハウスの試算によれば約1億6000万世帯が給付の対象となる[183]

3月20日には公約に掲げていた100日以内の1億回のワクチン接種を約60日で達成した[184]

3月26日に就任後初めての正式な記者会見を行い、米中関係を「21世紀における民主主義と専制主義の闘い」と定義。世界一の大国になろうという中国の野望は、自分が大統領でいるかぎり、そうはさせないと表明した。南部国境でメキシコからアメリカへ入国しようとする子供が増え、当局の施設に留められている問題についてバイデン政権がトランプ前政権の政策を転換して、親などが同行していない子供に限り入国を認め始めたためではとの疑念に対しては、一時滞在の施設の確保を進めるなど対策を急ぐと釈明するとともに「トランプ政権のあまりにも非人道的な政策をやめたからといって謝罪はしない」と述べた[185]。また年齢から1期で辞めるつもりなのではないかという噂について記者会見で否定し、2024年の出馬にも意欲を示した[185]

3月31日に「米雇用計画」と銘打って2兆2500億ドル規模のインフラ計画を発表した。バイデンはこの計画が成立すれば1900万人の雇用が生まれるとしている[186]。またその財源の一つとしてトランプ前政権が35%から21%に引き下げていた連邦法人税を28%まで上げることを提案した。2017年にトランプ政権が実施した富裕層と大企業優遇の減税措置を撤回するものだとしているが、法人税増税には野党の共和党やワシントンの企業ロビイストの反発が強く、民主党穏健派からは25%への引き上げなら支持できるといった妥協案も出ている[187]

4月8日に製造番号がなく追跡が困難になっている「ゴースト銃」と呼ばれる自家製銃の規制などを目指す最初の銃規制政策を発表した。追加の規制政策も出す姿勢を示している。連邦議会では銃購入時の身元確認を厳格化する法案などが審議中だが、野党の共和党が反対しており、また与党の民主党内にも一部に慎重論がある。規制反対派から違憲として訴訟が起こされる可能性もある[188]

4月20日、ジョージ・フロイドを死亡させたとして殺人罪に問われていた元警官の裁判で有罪判決が出たことを受けて声明を出し、「フロイドさんは帰ってこないが、この評決はアメリカでの正義に向けた闘いの中で大きな前進となる可能性がある」「我々は真の改革のため、ここで立ち止まらず、今回のような悲劇が再び起こらないように、もっと努めなければならない。フロイドさんが最後に言った『息ができない』という言葉を忘れてはならない。いまこそ大きな変革のときだ」と述べ、人種差別解消や警察改革の必要性を訴えた[189]

4月28日に上下両院合同会議で施政方針演説を行った。新型コロナ危機の中で政権を引き継いだが、100日にして危機から脱しつつあるとして「アメリカは再び動き出した」と宣言。また中国の習近平総書記については改めて「専制主義者」と定義し、「専制主義者の彼らは、民主主義は21世紀において専制主義に対抗できないと考えている」として、中国との競争に勝利するためにも国内融和や中間層復活につながる経済政策が必要と強調。民主主義の優位を示すためにも分断を乗り越えて結束することを国民に呼びかけた。「この国をつくったのはウォール街ではなく、中間層だ」として低中所得の労働者への支援姿勢を示した。先に発表した2兆ドル規模のインフラ計画に加え、児童教育無償化など、育児や教育支援を軸とした総額1.8兆ドル規模の追加経済対策を示した。財源には富裕層増税を主充てるべきだとし、議会に予算措置を要求した[190]

政策スタッフ(大統領顧問団、内閣)

人物像

  • 身長は、182センチメートルである[191]
  • 宗教はローマ・カトリック。家族も全員ローマ・カトリックの信者であり、デラウェア州グレンヴィルのブランディワイン地区にある英語版ミサに定期的に出席している。2021年現在、カトリックの信者でアメリカ合衆国の大統領になった人物は、1961年就任のジョン・F・ケネディとバイデンの2人だけである[192]
  • 酒は全く飲まないと公言している。これは、彼の近親者にアルコール依存症が広まっているためであるという。ちなみに大統領選挙を戦ったドナルド・トランプも同じ理由により酒を全く飲まないことで知られる。
  • その反面甘い物が大好きで、特にアイスクリームには目が無い[193]。ちなみに彼が最も好きなアイスの種類は、チョコレートチップ入りのアイスであるという。
  • 子供の頃には吃音症で悩み、意味不明な言葉ばかり言うことを指すスラング「ダッシュ」をあだ名にされて、いじめられたという。妹によれば、バイデンは吃音症を治すために、毎日鏡に向かって詩を朗読し、懸命に発音を矯正していたという。アトランティックとのインタビューで、大人になった今も吃音症の症状がまだあることを認めている[194]
  • 毎年12月18日には、前述の自動車事故で他界した最初の妻ネイリアと長女ナオミを偲ぶため、一切の仕事をしない。
  • 前述のような波瀾万丈の経歴から、「サバイバー」と呼ばれることもある。
  • 副大統領に就任するにあたって、シークレットサービスからコード名(警護官等が警護任務中の無線通信の際に用いる通称)を割り当てられており、そのコード名は「セルティック」である。これは、「ケルト系の」という意味を持つ言葉であり、バイデンのアイルランド系移民の子孫、という出自に基づいたものである。
  • フィラデルフィア・フィリーズのファンであり、民主党党員集会ではジミー・ロリンズから特製ユニフォームを手渡された[195]
  • 2010年3月23日、国民皆保険制度への道を開く医療保険改革法にオバマ大統領が署名した際、オバマと抱き合い、嬉しさのあまり「This is a big fucking deal!」(これは大したものだ!)と思わず発言した。「Fuck」は英語圏内では極めて下品な言葉であり、関係者は火消しに追われた[196]
  • 2匹のジャーマンシェパードチャンプとメイジャーを飼っている。チャンプは2008年の大統領選挙が終わった後、妻のジルとの犬を選ぼうという約束で飼うことになった。メイジャーは2018年にデラウェア州の動物保護団体を通して、バイデン家に引き取られた[197]。この2匹の犬もホワイトハウスに入った。トランプ前大統領は100年ぶりのペットを飼ってない大統領だったので「ファーストペット」の伝統が復活する形となった。ジル・バイデン大統領夫人の報道官は、CNNテレビに対して「チャンプは暖炉のそばにある新しいベッドを楽しんでいて、メイジャーはサウスローン(南庭)を走り回るのが気に入っていた」と明らかにした[198]
  • 上院議員時代、副大統領時代からアムトラックを愛用しており、これで約8000回地元とワシントンを行き来したという。そのため「アムトラック・ジョー」の異名をとった。2021年1月20日の大統領就任式にも地元デラウェア州ウィルミントンから首都ワシントンにアムトラックを使って移動する計画が検討されていたが、連邦議会議事堂の襲撃事件を受けて中止となった[199]

日本との関係

  • 2011年8月に副大統領として来日し、東日本大震災の被災地である宮城県を訪問している。当時「トモダチ作戦」で在日米軍部隊が復旧に携わった仙台空港でバイデンを出迎えた宮城県知事村井嘉浩は、2020年にバイデンが大統領選挙に当選した後「宮城と非常につながりのある方だ」「被災地に心を寄せていただいた。大統領になることは大変うれしい」というコメントを出した[200]
  • 2013年12月上旬にも副大統領として来日し、内閣総理大臣安倍晋三と会見した。この際にこれまでアメリカ政府が控えめに警告してきた靖国神社参拝への懸念がバイデンから安倍に伝えられ、アメリカ政府は日本側に正しく伝わったと思っていたところ、それから間も無い12月26日に安倍の靖国参拝が行われたため、これがアメリカ政府が異例の「心から失望」声明を出すことにつながったと見られている[201]
  • 2016年8月15日、同年の大統領選で民主党大統領候補ヒラリー・クリントンを応援する際、ペンシルベニア州での演説で当時日本などの核兵器保有容認論を展開していた共和党大統領候補ドナルド・トランプへの批判のために「(日本が)核保有国になり得ないとする日本国憲法を、私たちが書いたことを彼(トランプ)は知らないのか」と発言。アメリカ政府の要人によって、(第二次大戦後の連合国軍占領下での)アメリカによる日本国憲法の起草が強調されることは異例である[202]
  • 2020年アメリカ合衆国大統領選挙戦中、バイデン陣営が任天堂のゲーム機「Nintendo Switch」向けのゲーム「あつまれ どうぶつの森」の中に「選挙本部」を設置した[203]
  • バイデンの大統領選挙当選後、熊本県山都町の町長梅田穰(うめだ ゆたか)を音読みにすると「バイデン・ジョウ」と読めることから「日本のジョー・バイデン」と呼ばれて話題になった[204]。また山口県宇部市のバス停「上梅田」(かみうめだ)[205]福島県須賀川市のバス停「上梅田」[206] も音読みで「ジョウバイデン」と読めることから話題になった。
  • 東京都台東区の人形店久月2021年(令和3年)の「期待びな」にはバイデンとハリスが選ばれ、マスクを持った二人のひな人形が作られた[207]
  • 2021年1月28日のバイデンと日本の内閣総理大臣菅義偉の日米首脳電話会談の際の申し合わせで、2人は「ヨシ(Yoshi)」「ジョー(Joe)」とファーストネームで呼び合うことになった[208]。日米首脳が互いにファーストネームで呼び合うのは、ロナルド・レーガン中曽根康弘の「ロン(Ron)」「ヤス(Yasu)」から始まったとされる。
  • 2021年2月19日、1942年当時、民主党政権下のフランクリン・ルーズベルト大統領が署名した大統領令により、全米各地において行われた日系人の強制収容から79年を迎えたことを受けてコメントを発表し、バイデンは「こうした政策によって苦しんだ日系米国人への連邦政府の公式な謝罪を再確認する」と表明し、改めて謝罪すると共に、「米国史で最も恥ずべき時の一つ」との声明を出した[209]。過去にも、共和党ロナルド・レーガン、民主党のビル・クリントンといった歴代大統領がこの日系米国人の強制収容について公式にその誤りを認め、謝罪している。
  • 2021年3月26日の前内閣総理大臣安倍晋三のツイッターでの報告によれば、米国の財団英語版から安倍が「世界の政治家」に選出されたことに対し、バイデンから「世界中における安倍氏の意義深い貢献、そして安倍氏自身による長年にわたる日米同盟のかじ取りに御礼申し上げる」という祝電を受けたという。安倍はバイデンから祝電を受けたことについて「改めて賞の重みを感じている」と投稿した[210]
  • 菅義偉首相が2021年4月15日-18日の日程でアメリカ合衆国を訪問し、バイデン政権となって初めてホワイトハウスで迎える外国首脳となった[211]。また同年4月16日に発表された日米首脳共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」の中で「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」が明記された。日米首脳声明で台湾海峡が明記されるのは、1972年(昭和47年)の日中国交正常化前の1969年(昭和44年)11月の共同声明(佐藤栄作首相、リチャード・ニクソン大統領)以来となる[212][213]

家族・出自

近親者

バイデンはイングランドフランスアイルランド系の血を引く不動産業者ジョセフ・ロビネット・バイデン・シニアとアイルランド系の妻キャサリン・ユージニア “ジーン”・バイデン(旧姓フィネガン)の間に生まれた4人兄弟の長男として生まれ、弟が2人と妹が1人がいる。また、最初の妻のネイリアとの間に2男1女、2番目の妻のジルとの間に1女をもうけている。彼の近親者は以下の通り。

先祖

バイデンの父方のバイデン家は、高祖父のウィリアム・バイデンの代の1822年イギリスイングランドサセックスからアメリカ・メリーランド州に移民した家である[216][217]。イングランドで「バイデン」という姓が見られるようになったのは13世紀のことであり、この姓は古フランス語のボタン(Button=バトン)を意味するButonに由来すると見られ、11世紀ノルマン・コンクエスト以降にイングランドに入ってきた姓と考えられる[218]

バイデンの母方のフィネガン家は母の曾祖父オーウェンの時代にアイルランドからアメリカへ移民してきた家である[218]。また母キャサリンの母方の祖父には英語版の議員英語版がある。彼の父エドワード・ブリューイット(Edward Blewitt)は、1851年に当時イギリス統治下にあったアイルランドメイヨー県英語版からアイルランド大飢饉と貧困から逃れるためにアメリカ・ニューヨークに移住したアイルランド系移民だった[219]

父の系譜からもアイルランド系の血が流れており[218]、系図学者英語版によれば、バイデンは「アイルランド人の血を8分の5程度」引き継いでいるという[219]

そのためバイデンが大統領選挙に当選した後アイルランドは大いに沸いた。アイルランド首相ミホル・マーティンは、バイデン当確が報じられた後、敗北を認めないトランプを無視して真っ先にバイデンに祝辞を送った首脳の一人である[219]。マーティン首相によれば「ジョン・F・ケネディ以来のアイルランド系のアメリカ大統領」であるという[219]。バイデン自身は副大統領時代の2016年にアイルランド・バリナを初めて訪問しており、同地に残る親族と交流を深めた。父親がバイデンの「みいとこ」にあたるアイルランド人ジョー・ブリューイットの一家もホワイトハウスに招待されるなどバイデンと親戚付き合いをしている。彼によればバイデンは再びアイルランドの故郷を訪問することを約束しているという[220]

政策スタンス・主な活動

基本的な立場

民主党内では中道派に位置付けられ、上院議員時代は民主党所属者の51パーセントよりもリベラルな立場をとっていた。リベラル支持団体のAmericans for Democratic Action(アメリカンズ・フォー・デモクラシック・アクション)からは80パーセントのリベラルスコアを授与された一方、保守主義団体 American Conservative Union からは13パーセントの保守スコアを授与された。

外交

自身が最も得意とする外交分野においては様々な発言や政策提言を行っている他、各国を訪問するなど行動派の一面も見せている。

基本スタンス

彼は国際自由主義(リベラル・インターナショナリズム)の信奉者であり、彼の外交政策スタンスにも反映されている。上院においては、同じくリベラル・インターナショナリズムを掲げる共和党の重鎮である・ジェシー・ヘルムズ両上院議員(ヘルムズは故人)と投票行動を共にすることが多く、その為彼の出身政党である民主党の方針に反することもしばしばあった。

大統領選挙当選後の2020年11月24日には「米国は戻ってきた」「力によってだけでなく、模範となり世界を主導する」「世界に背を向けるのではなく導く。敵対国に対抗し、同盟国を遠ざけない。われわれの価値観のために立ち上がる」と述べ、トランプのアメリカ第一主義とは決別して国際社会の主導役に戻り、法の支配民主主義人権といった価値観外交を行い、同盟国を重視する方針を示した[221]

最初の大舞台

バイデンを一躍有名にしたのは1979年第二次戦略兵器制限交渉(SALT II)をめぐる一連の活動である。SALT IIは1979年オーストリアウィーンにおいて、アメリカのジミー・カーター大統領とソ連レオニード・ブレジネフ書記長の間で調印され、後は連邦議会の承認・批准を待つのみとなっていた。しかし原案では批准に必要な議員数の3分の2以上の賛成を得ることは厳しい情勢であり、上院執行部は対応に苦慮し、修正案を加えることで賛成を得られる見込みがたったものの、修正案追加には相手国であるソ連の承認が必要であった。そこで執行部は当時2期目の若手上院議員の1人であり、ちょうど所用でモスクワに向かうことになっていたバイデンに、当時のソ連のアンドレイ・グロムイコ外相と交渉し、修正案追加の承諾を得てくるという重大な任務を託したのである。この当時グロムイコはその強硬な交渉姿勢から「ミスター・ニエット」(“ニエット”はロシア語で“NO”を意味する)の異名を取るなど百戦錬磨の外交官として恐れられており、若手議員のバイデンにとってこの任務は大変な重責であった。しかし最終的に、彼は“ミスター・ニエット”のグロムイコに修正案追加を認めさせることに成功したのである。結局SALT IIは同年末から開始されたソ連のアフガニスタン侵攻が原因で連邦議会の批准拒否を受け、1985年に期限切れを迎えてしまったものの、アフガニスタン侵攻が無ければ、最大の難関であった上院外交委員会での承認は確実だった。言い換えればそれほどの“大金星”だったのである。この成功はその後交渉術などさまざまな分野の書籍[222] でも取り上げられている。

コソヴォ問題

バイデンはバルカン半島で特にコソヴォにおける紛争問題にも積極的に取り組み、1990年代に同紛争が国際的な注目を集め、ビル・クリントン大統領の政策にも影響を与えるよう尽力したことで知られている。彼は紛争地域を繰り返し訪問する一方で、コソヴォ紛争当時のユーゴスラビア大統領であり、セルビア人勢力の代表でもあったスロボダン・ミロシェヴィッチと深夜に極秘会談を行い事態打開を図ろうとするなど、同紛争解決に向けて奔走した。

コソヴォ紛争におけるNATO軍の直接介入の決定には、過去のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争での経験が関わっている。コソヴォ紛争のおよそ5年前に発生したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のさなかにあった1993年頃、交渉による事態打開が難しい情勢になると、ムスリム人主導のボスニア・ヘルツェゴビナ政府への武器禁輸解除や戦争犯罪の調査、NATO軍による空爆の実施などを主とする積極的な介入を政府に訴えるようになる。この時の提言は、クリントン大統領が1999年のコソヴォ危機に際してに実行されたアライド・フォース作戦など、主にセルビア人勢力によるアルバニア系住民への組織的人権侵害に対する武力制裁・介入を容認する上で、重要なきっかけとなった。また、コソヴォ危機時には、セルビアに対するアメリカの直接攻撃を擁護する姿勢を表明し、これに賛同する共和党議員と協力して、セルビアに対して「必要なあらゆる武力」を行使する権限をクリントン大統領に与えるとする、「マケイン=バイデン・コソヴォ決議」を成立させた。バイデン自身は大統領選挙運動用に刊行された自伝の中において、この時の活動を「海外政策において最も誇りに思う実績」だと書いている。

対中東政策

バイデンとイラクとの関わりは、1991年湾岸戦争における対イラク武力行使に反対したことが最初である。

2003年から始まったイラク戦争においては、ジョージ・W・ブッシュ政権が武力行使を表明した際には、これを容認する姿勢を示し、前述の「イラクに対する武力行使容認決議」にも賛成票を投じている。しかしながらブッシュ政権が目指したサッダーム・フセイン独裁体制の排除には反対を表明していた。また、ブッシュ政権の一国主義的な行動や、「自衛のための先制攻撃」を許容するブッシュ・ドクトリンについても批判している。このように、ブッシュ政権を批判しつつも、当初はイラク戦争開戦に肯定的だったバイデンだが、その後イラク国内の情勢が泥沼化の様相を呈してくると、一転して反対に転じ、2007年初めに政府が提案したイラクへのアメリカ軍増派法案についても反対した。

バイデンがイラク戦争とそれに伴う混乱・内戦を収拾する手段としてかねてより提唱しているのが、いわゆる「イラク3分割案」である。この案は、イラクをそれぞれシーア派スンニ派クルド人の区域に分割し、これら3つの区域から成る連邦国家にするという物である。この案を上記のアメリカ軍増派法案への対案として正式に提案した物が、前述の「イラク分割決議案」である。この決議の提案にあたっては、バイデンと同じイラク分割論者である共和党サム・ブラウンバック上院議員も賛成を表明し、共同提案者として名を連ねた。なおこの決議案は2007年9月26日に上院において75対23の賛成多数で成立した。

イラクからの撤兵を目指すオバマ政権の誕生後、オバマ大統領から「ジョー、あなたがイラクをやるんだ(Joe, you do Iraq)」と言われて副大統領のバイデンがイラク問題を所管することになった[223]。以降2012年までにバイデンは8回イラクを訪問し、2011年にアメリカ軍がイラクから撤兵するまでイラク問題に携わった[77][78]

2020年1月14日の大統領候補指名争いの討論会で左派候補バーニー・サンダースが「バイデンは2002年のイラク戦争承認決議に賛成した」と批判した。これに対してバイデンは「彼ら(当時のブッシュ共和党政権)が戦争に突入しないと言ったのを信用したことは誤りだった」「彼らはただ査察官を派遣すると語っていた。実際に世界は査察官の派遣を決めており、それでもやはり戦争に突入した」と釈明したうえで自身はオバマ大統領の副大統領として軍の帰還に取り組んだと説明し、その後の自身の行動については壇上の他の候補者と比較する準備ができていると語った[224]

元国防長官ロバート・ゲーツは、バイデンについて「過去40年、ほぼ全ての主要な外交、国家安全保障問題で間違っていた」と回顧録の中で批判している。国連決議に基づく湾岸戦争に反対したこと、イラク戦争の対応、2011年のイラク撤退でテロを激化させたこと、アフガニスタン増派に反対したことなどをバイデンの「誤り」として指摘している[225]

米企業公共政策研究所の外交政策専門家コリ・シェイクは、バイデン外交についてトランプ外交よりはいいとしながらも「軍事力をいつどのように使うかという一貫した哲学に欠けている」「バイデンが混乱し、誤った外交政策を唱え続けていることは見落とされるべきではない」と警告している[225]

2020年11月の大統領選挙当確後、イスラエル首相ベンヤミン・ネタニヤフと電話会談し、「イスラエルの安全保障やユダヤ人による民主国家としての将来をしっかりと支える」と約束したが、バイデンはトランプ政権のイスラエル肩入れ外交の見直しや、イスラエルが反対しているイラン核合意への復帰に意欲を示しているため、今後の米イスラエル関係について不透明感が漂っている[226][227]

2021年1月26日、ミルズ米国連代理大使はバイデン新政権はイスラエルとパレスチナの「2国家共存」を支持し、トランプ前政権が大幅に削減したパレスチナ人道支援を復活させ、閉鎖された外交公館も再開する方針であることを明らかにした。極端な親イスラエル外交が目立ったトランプ前政権の中東政策を変更し、パレスチナ側への関与も強める姿勢を明確にした[228]

2018年にトランプ前政権が離脱したイラン核合意については、イランが核合意を遵守するなら復帰するとの考えを示しており、フランス大統領エマニュエル・マクロンが仲介役になることを申し出ている[229]。ただ、トランプ政権が合意離脱後にイラン産原油禁輸などの経済制裁を発動して以降、それに反発したイランがウラン濃縮度の上限超過など合意からの逸脱行為を繰り返しているため、国務長官ブリンケンは現状ではイランが「多くの面で規則に従っておらず、(復帰は)長い道のりだ」と述べた。またイランが合意順守を決断したとしても、「(義務履行の)評価に時間がかかる」との見通しを示し、早期復帰には慎重姿勢を示している[230]

2021年2月25日、米軍はバイデン政権下初の軍事行動であるシリアの「親イラン民兵組織」への空爆を実施した[231]。米当局者によれば、ロイド・オースティン国防長官の助言を受けてバイデン大統領が決定したとされる[232]

4月14日に「米史上最長の戦争を終える時だ」と述べてアフガニスタン駐留軍を9月までに撤収させると発表した。さらに中国について触れ「我々は厳しい競争に対処するため米国の競争力(の向上)を支援すべきだ」と述べ、安全保障の重点をテロとの戦いから対中国に移す意向を示した[233]

5月上旬にパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとイスラエルの間で武力衝突が発生すると、イスラエルの自衛権を支持しつつ[234]、イスラエル首相ネタニヤフやパレスチナ自治政府議長のアッバスと電話会談し、緊張緩和に向けた働きかけを行い、5月20日にはエジプトの仲介で停戦合意に達した。バイデンはネタニヤフからパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理組織ハマスとの停戦同意が伝えられたとし、対立を終わらせる決断をたたえ、ガザへの人道支援を急ぐ考えを表明した[235]。しかし前大統領トランプらから「(トランプが大統領だった時代は)イスラエルに敵対する者たちは、米国が断固としてイスラエルとともにあったために、イスラエルを攻撃すれば即座に報いを受けると分かっていた」「バイデンの弱腰とイスラエルへの支援の欠如のせいで、我々の同盟国に対する新たな攻撃が起きている」との批判が起こっている[236]

対ヨーロッパ政策

バイデンは大統領選挙で当確が出た後の11月10日に欧州各国の首脳と相次いで電話会談し、その内容について記者団に「米国が戻ってきたと知らせた。(