ポータルフィールドニュース

ポータルフィールドニュース

in

🌏|ノルディックスキー=小林陵は4位で表彰台逃す、W杯ジャンプ


写真 

ノルディックスキー=小林陵は4位で表彰台逃す、W杯ジャンプ

 
内容をざっくり書くと
中村直幹、伊東大貴、小林潤志郎はいずれも2回目のジャンプに進めなかった。
 

[16日 ロイター] – ノルディックスキーのワールドカップ(W杯)ジャンプ男子は16日、ポーランド… →このまま続きを読む

 ロイター


Wikipedia関連ワード

説明がないものはWikipediaに該当項目がありません。

小林潤志郎

小林 潤志郎(こばやし じゅんしろう、1991年6月11日 - )は、日本岩手県岩手郡松尾村(現在の八幡平市)出身のノルディック複合スキージャンプ選手。盛岡中央高等学校東海大学を経て雪印メグミルクスキー部所属。妹の小林諭果、長弟の小林陵侑、末弟のもスキージャンプ選手である。

人物

高校時代はノルディック複合の選手として活躍し、3年時にはノルディックスキージュニア世界選手権複合・個人スプリントで優勝、小林範仁以来日本人2人目となる金メダルを獲得した。 しかし、元々ジャンプが得意であり、高校1年時の全国高等学校スキー大会(インターハイ)で優勝、高校3年時の第11回伊藤杯シーズンファイナル大倉山ナイタージャンプ大会では天候不良のため1本のみで決勝したものの、成年組の選手を押さえて優勝する[1] などジャンパーとしての才能の片鱗を見せた。

東海大学国際文化学部地域創造学科(札幌キャンパス)に入学後、2年次の2011/2012シーズンより本格的にスペシャルジャンプに転向すると、第12回札幌市長杯大倉山サマージャンプ大会で2位[2]、白馬でのスキージャンプ・サマーグランプリでは2戦連続トップ10入りし、ジャンプ転向1年目にしてスキージャンプ・ワールドカップ(W杯)日本代表入りを果たした。このシーズンのW杯個人戦最高成績は1月6日のビショフスホーフェン大会での16位。

翌2012-13シーズンもW杯代表入りしたが、総合60位。

2013-14シーズンは札幌大会の2試合のみの出場でポイントなしに終わる。

2014-15シーズンは再びW杯代表入り。ユニバーシアード冬季大会に出場し、混合団体で優勝、男子団体で2位を獲得。その後世界選手権に初出場。3月12日、W杯トロンハイム大会でW杯個人戦自己最高の13位に入り、総合44位。

2015-16シーズンもW杯代表入りしたが、総合61位。

2016-17シーズンもW杯代表入りしたが、総合54位。

2017-18シーズン、11月3日の全日本スキー選手権大会ノーマルヒルで初優勝。2位は弟の陵侑が入り、1990-91シーズンの東昭広東和広兄弟以来、27シーズンぶりの兄弟での1位、2位となった。11月19日ポーランドヴィスワで行われたワールドカップの第1戦(ヒルサイズ=HS134m)で、1回目に124mで2位につけ、2回目に126.5mを飛んでワールドカップ初優勝[3](W杯表彰台獲得、トップ10入りも今回が自身初)。日本勢のW杯優勝は2014年11月の葛西紀明以来である。年末年始のスキージャンプ週間では全4戦でトップ10入りし、総合4位となった。平昌オリンピックには日本勢最高のW杯総合8位で臨んだが、個人ノーマルヒルで31位、同ラージヒルで24位に終わり、団体戦のメンバーから外れてしまい[4]、初めてのオリンピックは不本意な結果で終わった。最終的には今季日本勢最高の総合11位でシーズンを終えた。

2018-19シーズンのW杯開幕戦に出場するために出国する際、5月に一般女性と結婚していたことを発表した[5]。W杯個人戦はトップ10入りは2度だけだったが個人戦全28戦中25戦でポイントを獲得し、総合19位タイでシーズンを終えた。世界選手権では3種目に出場し、個人ノーマルヒル、ラージヒルとも17位でラージヒル団体で3位となった。

2019-20シーズンはサマーグランプリより参戦し、英語版大会の混合団体2位[6]ザコパネ大会の男子団体優勝[7] などのメンバーとなった。国内戦は全日本選手権ノーマルヒルなどで優勝。W杯は個人開幕戦のヴィスワ大会で10位に入るなどし、総合30位でシーズンを終えた。

2020-21シーズンは、コロナ禍のため10月以降の開催となったサマージャンプ国内戦は7戦中、2位2回、3位1回となりワールドカップへ向かった。ワールドカップでは個人開幕戦のヴィスワ大会の15位が最高で総合33位であったが、フライングの団体戦では20年ぶり[8] の表彰台となる団体2位のメンバー[9] となった。また途中で参戦したコンチネンタルカップでは、8戦中表彰台2回を含む1桁順位7回の成績を挙げた。世界選手権では個人戦で出場し、ノーマルヒル29位、ラージヒル32位であった。

2021-22シーズンはサマージャンプ国内戦で優勝。ワールドカップにはフル参戦し、最高9位、総合32位であった。団体戦では2度表彰台に登った。北京オリンピック代表に選ばれ、個人ノーマルヒル27位、個人ラージヒル24位、男子団体ラージヒル5位のメンバーとなった。フライング世界選手権ヴィケルスン大会では個人33位、団体6位のメンバーとなった。

主な競技成績

オリンピック

世界選手権

フライング世界選手権

  • 2018年オーベルストドルフ大会(ドイツの旗 ドイツ
    • 個人 29位
  • 2022年ヴィケルスン大会( ノルウェー
    • 個人 33位
    • 団体 6位(佐藤幸椰、中村直幹、小林潤志郎、小林陵侑)

ジュニア世界選手権

  • 2009年シュトルブスケ・プレソ大会(スロバキアの旗 スロバキア
    • 複合男子スプリント 21位
    • 複合男子団体 8位(佐々木啓夫、小林潤志郎、清水亜久里、渡部善斗
  • 2010年ヒンターツァルテン大会(ドイツの旗 ドイツ
    • 複合男子スプリント Med 1.png優勝
    • 複合男子団体 4位(田中寛幸、渡部善斗、佐々木啓夫、小林潤志郎)
  • 2011年オテパー大会( エストニア
    • ジャンプ個人 18位

ユニバーシアード

ワールドカップ

個人総合成績(総合:W杯シーズン個人総合、4H:スキージャンプ週間総合
シーズン総合4H優勝準優勝3位
2011/1252位46位0回0回0回
2012/1360位---0回0回0回
2013/14------0回0回0回
2014/1544位38位0回0回0回
2015/1661位54位0回0回0回
2016/1754位---0回0回0回
2017/1811位4位1回0回0回
2018/1919位25位0回0回0回
2019/2030位29位0回0回0回
2020/2133位18位0回0回0回
2021/2232位17位0回0回0回
合計------1回0回0回
個人表彰台
シーズン開催日開催地HS成績
2018/1911月19日ポーランドの旗 ヴィスワ134優勝
男子団体
シーズン開催日開催地HS成績メンバー
2011/1211月27日フィンランドの旗 クーサモ142準優勝小林潤志郎 栃本翔平 竹内択 伊東大貴
2017/1811月25日フィンランドの旗1403位竹内択 小林陵侑 葛西紀明 小林潤志郎
2018/192月9日フィンランドの旗 ラハティ1303位佐藤幸椰 伊東大貴 小林潤志郎 小林陵侑
3月9日ノルウェーの旗 オスロ134準優勝佐藤幸椰 葛西紀明 小林潤志郎 小林陵侑
2019/2012月14日ドイツの旗 ドイツ語版1403位佐藤幸椰 伊東大貴 小林潤志郎 小林陵侑
2020/213月28日スロベニアの旗 プラニツァ240準優勝中村直幹 小林潤志郎 佐藤幸椰 小林陵侑
2021/221月9日オーストリアの旗 ビショフスホーフェン142準優勝佐藤幸椰 佐藤慧一 小林潤志郎 小林陵侑
1月15日ポーランドの旗 ザコパネ1403位佐藤幸椰 小林潤志郎 中村直幹 小林陵侑

サマーグランプリ

  • 通算 優勝3回、2位1回、男子団体優勝1回、混合団体優勝1回、2位1回(2021シーズンまで)
シーズン順位ポイント
201123.128
201217.121
201367.18
20146.217
201511.217
201641.65
20173.332
201819.98
201913.146
202174.9

国内大会

出典

  1. ^ 第11回伊藤杯シーズンファイナル大倉山ナイタージャンプ大会公式記録(PDF)
  2. ^ 第12回札幌市長杯大倉山サマージャンプ大会公式記録(PDF)
  3. ^ 小林潤志郎がW杯初優勝 1回目2位から逆転スポーツニッポン2017年11月20日閲覧
  4. ^ 小林陵侑の兄は「魔物」に苦しんだ 潤志郎、呪縛を解く男子団体
  5. ^ ジャンプ小林潤志郎、結婚公表で逆襲宣言! 昨年W杯初Vの地でスタートダッシュ決める” (日本語). スポーツ報知 (2018年11月15日). 2018年12月22日閲覧。
  6. ^ メンバーは丸山希、小林潤志郎、高梨沙羅佐藤慧一
  7. ^ メンバーは中村直幹佐藤慧一佐藤幸椰、小林潤志郎
  8. ^ FIS STATISTICS”. 2021年3月29日閲覧。
  9. ^ メンバーは中村直幹、小林潤志郎、佐藤幸椰、小林陵侑
  10. ^ Universiade - Men's HS106 14.12.2013”. FIS. 2015年2月2日閲覧。
  11. ^ Universiade - A Team HS106 17.12.2013”. FIS. 2015年2月2日閲覧。
  12. ^ Universiade - Men's Team HS106 18.12.2013”. FIS. 2015年2月2日閲覧。
  13. ^ Universiade - Men's HS134 20.12.2013”. FIS. 2015年2月2日閲覧。
  14. ^ Universiade - Men's HS100”. FIS. 2015年2月2日閲覧。
  15. ^ Universiade - A Team HS100”. FIS. 2015年2月2日閲覧。
  16. ^ Universiade - Men's Team HS100”. FIS. 2015年2月2日閲覧。

外部リンク

伊東大貴

伊東 大貴(いとう だいき、1985年12月27日 - )は、日本の元スキージャンプ選手で、現在は指導者である。北海道下川町出身。オリンピック5大会(2006トリノ、2010バンクーバー、2014ソチ、2018平昌、2022年北京)日本代表2014年ソチオリンピック団体銅メダリスト。2013年世界選手権混合団体金メダリスト。

経歴

元々はアルペンスキーをやっていたが、小学生の時にジャンプ競技に興味を持ち、親の目を盗んでジャンプを始める[1]

中学組で圧倒的な強さを見せていた2000年には1月10日HBCカップジャンプ競技会で、歴代最年少の14歳と14日でラージヒルの公式試合に出場し25位となっている。またこの時は試合の前に練習で飛んでいるので、葛西紀明を抜き大倉山を跳んだ当時の歴代最年少記録も樹立している(現在の記録は2007年に小学4年生でテストジャンパーとして跳んだ伊藤将充)。この伊東の快挙で、以後中学生年代でもラージヒルの大会にエントリーできるようになった。

下川商業高校を経て一時は雪印乳業への入社を決めていたが、同郷で幼なじみのが土屋ホーム入社を決めたため、自身も一転して土屋に入った。

2005年1月6日オーストリアビショフスホーフェンでのジャンプ週間最終戦でこの台のバッケンレコードとなる143mを飛び初めてW杯の表彰台(3位)に立った。また、同年3月20日にはスロベニアプラニツァで行われたW杯最終戦のフライングヒルで2本目に222.5mを飛び、19歳ながら日本人で初めて220mの壁を突破している。

豪快なジャンプスタイルだけでなく、底抜けに明るくいつも笑顔でいることや必要以上にユーモアとウィットに富んだ発言を連発することなどからも、原田雅彦の後継者として期待されている。また国内大会の表彰式などでは、撮影タイムで表彰台から降りて自分の携帯電話で他の表彰選手を撮影して観客の笑いを取ることが時折見られる。

2008年2月に結婚し新居を構えたが、その新居を手がけたのは2006年シーズン限りで現役引退し、土屋ホームの社業に専念していた千田侑也であった。

この年のサマーグランプリでは3度2位に入る活躍を見せたが、帰国後の10月6日に土屋ホームがチームへの支援を縮小したのに伴い、木下監督、伊藤謙司郎と共に10月限りで退社し、新天地を求めることが明らかになった[2] が、所属先が決まらず、土屋ホーム所属期限を12月いっぱいまで延長した後、木下監督、伊藤とともに2009年1月1日からはに名義を借りていた(大会に出場するための暫定的な措置で、山田いずみ渡瀬あゆみもサッポロスキッドの名義を借りていたことがある。)。また、1月21日には伊藤とともに日立製作所の支援を受けることが決まった。2月6日には木下監督、伊藤謙司郎と共に、携帯ショッピングサイトを手がけるモバイルコンビニの支援を受けることが発表された[3]

2009年4月1日付で雪印乳業株式会社(現・雪印メグミルク株式会社)に入社[4][5] した。

2011-2012シーズンは序盤躓いたもののすぐに好調に転じ、度々W杯の表彰台に立つようになる。一時帰国した2012年1月21日の第39回HTBカップで大倉山ジャンプ競技場のバッケンレコード(146.0m)を記録すると、好調そのままに1月28日、地元札幌でのW杯で日本人として12人目となる念願の初優勝を果たした[6]。翌29日も優勝し、日本人選手としては1999年1月の葛西紀明以来、13季ぶりのW杯連勝を達成[7]。また、2月26日にはヴィケルスンでのスキーフライング世界選手権団体戦の1本目で240.0mの日本人歴代最長不倒を達成した。3月4日のフィンランドラハティ大会では国外でのW杯初優勝を果たし、続く3月8日のノルウェートロンハイム大会で4勝目。2011-2012シーズン合計で9度表彰台に立ち、シーズン個人総合成績で自己最高の4位に入った。日本人選手が個人総合成績で10位以内に入るのは2003-2004シーズン8位の葛西紀明以来である。

2012-13シーズンはワールドカップ序盤戦を膝の故障のため欠場し、年末年始のスキージャンプ週間ガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会から復帰した[8]。しばらくは30位台が続き、ポイントを獲得できなかったが、1月19日の札幌大会と2月16日のオーベルストドルフ大会で6位に入り復調。直後にイタリアのヴァル・ディ・フィエンメで開催された世界選手権では、伊藤有希高梨沙羅竹内択とともに出場した男女混合団体で金メダルを獲得。世界選手権後のワールドカップで2度表彰台を獲得した。

2013-14シーズンは12月8日のリレハンメル大会で3位。ソチオリンピックの日本代表にも選出されたが、オリンピック直前のワールドカップで左膝を痛めたため、ノーマルヒルは欠場し[9]、ラージヒル一本に絞り入賞まであと一歩に迫る9位。清水礼留飛竹内択葛西紀明とともに出場した団体では3番手を任され130m越えのジャンプを2本揃えて1998年長野オリンピック以来16年ぶりのメダルとなる銅メダル獲得に貢献した。団体戦でも膝の状態は悪く2本目の着地の後に倒れこむ場面が見られ、フラワーセレモニーではまともに歩くこともできない状態であった[10]。五輪後の海外遠征はキャンセルしてシーズンを終えた。

2014-15シーズンは開幕よりW杯メンバーに復帰。ソチ五輪と同じメンバーと挑んだ団体第1戦で2位。個人戦も11月28日の第2戦(フィンランド・ルカ)で2シーズンぶりの2位でシーズン初表彰台を獲得した。その他に2大会で4位を記録した。

2015-16シーズンは1月1日のジャンプ週間ガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会から6戦連続でトップ10入り。このうち1月30日札幌大会と2月10日トロンハイム大会で5位。1月31日の札幌大会では1回目で首位に立ったが2回目で順位を落として7位。

2016-17シーズンは、3月12日にオスロで4位となったのが最高成績。この他12月17日エンゲルベルク大会(5位)、2月12日札幌大会(8位)でトップ10入りした。ラハティでの世界選手権では男女混合団体ノーマルヒルで銅メダルを獲得。個人ノーマルヒルでも10位に入った。

2017-18シーズンもW杯メンバー入りしたが、11月19日の第1戦ヴィスワ大会で転倒し、右肩を負傷したため帰国した[11]。この怪我の影響もありこの年のW杯出場は2試合に留まり総合63位に終わった。平昌五輪は個人ノーマルヒル20位、団体ラージヒル6位だった。

2018-19シーズンもW杯メンバー入りしたが、30位以内に残れない試合がしばしばありスキージャンプ週間のガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会の12位が最高で総合32位だった。世界選手権では団体ラージヒルで銅メダルを獲得した。

2019-20シーズンはサマーグランプリ白馬大会参戦の後、W杯開幕戦のヴィスワ大会およびスキージャンプ週間のガルミッシュ=パルテンキルヒェン大会で5位に入るなどし、総合24位でシーズンを終えた。

2020-21シーズンは、コロナ禍のため10月以降の開催となったサマージャンプ国内戦は7戦中、2位3回、3位2回の成績でワールドカップへ向かった。ワールドカップではルカ大会1日目の21位が今季最高と調子が上がらず、エンゲルベルク大会後に一度帰国。HBC杯3位入賞の後再度ワールドカップに参戦したが、腰を痛めて[12]帰国、総合55位でシーズンを終えた。

2021-22シーズンでは北京五輪の代表に選ばれたが、出場機会はなかった。北京五輪終了後の3月7日、今季限りでの引退を表明[13]。ワールドカップより一時帰国し、伊藤杯シーズンファイナル大倉山ナイタージャンプ大会に出場し優勝した[14]。その後ワールドカップに戻り、プラニツァ大会の団体戦が現役最後のジャンプとなった[15]

2022年4月より雪印メグミルクスキー部のコーチに就任した[14]

主な競技成績

オリンピック

世界選手権

フライング世界選手権

ジュニア世界選手権

  • 2001年カルパチ大会 (ポーランドの旗 ポーランド)
    • 個人ノーマルヒル 24位
    • 団体ノーマルヒル 7位 (桐生貴幸、樋口大二郎、讃良貴志、伊東大貴)
  • 2002年ショーナッハ大会 (ドイツの旗 ドイツ)
    • 個人ノーマルヒル Med 2.png2位
    • 団体ノーマルヒル 5位 (細山周作、讃良貴志、樋口大二郎、伊東大貴)
  • 2003年ソレフテオー大会 ( スウェーデン)
    • 個人ノーマルヒル 23位
    • 団体ノーマルヒル 9位 (吉成広志、山本健太、長南翼、伊東大貴)

ワールドカップ

  • 通算4勝、2位6回、3位7回 (2021/22シーズンまで)
  • シーズン個人総合最高成績 4位 (2011/12シーズン)
  • スキージャンプ週間総合最高成績 6位 (2011/12シーズン)
個人総合成績(総合:W杯シーズン個人総合、4H:スキージャンプ週間総合
シーズン総合4H優勝準優勝3位
2003/0437位---0回0回0回
2004/0513位07位0回0回1回
2005/0619位23位0回1回0回
2006/0760位45位0回0回0回
2007/0831位56位0回0回0回
2008/0929位19位0回0回0回
2009/1016位13位0回0回2回
2010/1115位32位0回0回0回
2011/1204位06位4回3回2回
2012/1326位50位0回1回1回
2013/1421位14位0回0回1回
2014/1516位32位0回1回0回
2015/1616位13位0回0回0回
2016/1724位25位0回0回0回
2017/1863位---0回0回0回
2018/1932位21位0回0回0回
2019/2024位9位0回0回0回
2020/2155位---0回0回0回
2021/2239位32位0回0回0回
合計------4回6回7回
ワールドカップ個人表彰台
シーズン開催日開催地HS成績備考
2004/051月6日オーストリアの旗 ビショフスホーフェン1403位スキージャンプ週間
2005/061月22日日本の旗 札幌134準優勝
2009/1012月20日スイスの旗 エンゲルベルク1373位
1月16日日本の旗 札幌1343位
2011/1212月9日チェコの旗142準優勝
1月1日ドイツの旗 ガルミッシュ=パルテンキルヒェン1403位兼スキージャンプ週間
1月15日オーストリアの旗200準優勝
1月28日日本の旗 札幌134優勝(1)
1月29日日本の旗 札幌134優勝(2)
2月12日ドイツの旗 ヴィリンゲン1453位
2月18日ドイツの旗 オーベルストドルフ213準優勝
3月4日フィンランドの旗 ラハティ97優勝(3)
3月8日ノルウェーの旗 トロンハイム131優勝(4)
2012/133月12日フィンランドの旗 クオピオ127準優勝
3月15日ノルウェーの旗 トロンハイム1403位
2013/1412月8日ノルウェーの旗 リレハンメル1383位
2014/1511月28日フィンランドの旗 ルカ130準優勝
男子団体
シーズン開催日開催地HS成績メンバー
2003/043月6日フィンランドの旗 ラハティ1303位東輝 伊東大貴 宮平秀治 葛西紀明
2010/1111月27日フィンランドの旗 クーサモ1423位栃本翔平 葛西紀明 竹内択 伊東大貴
2011/1211月27日フィンランドの旗 クーサモ142準優勝小林潤志郎 栃本翔平 竹内択 伊東大貴
2013/1411月23日ドイツの旗 ドイツ語版1403位伊東大貴 清水礼留飛 竹内択 葛西紀明
2014/1511月22日ドイツの旗 クリンゲンタール140準優勝清水礼留飛 伊東大貴 葛西紀明 竹内択
3月6日フィンランドの旗 ラハティ1303位栃本翔平 竹内択 伊東大貴 葛西紀明
2015/162月6日ノルウェーの旗 オスロ1343位竹内択 作山憲斗 伊東大貴 葛西紀明
2月22日フィンランドの旗 クオピオ1273位竹内択 作山憲斗 伊東大貴 葛西紀明
2018/192月9日フィンランドの旗 ラハティ1303位佐藤幸椰 伊東大貴 小林潤志郎 小林陵侑
2019/2012月14日ドイツの旗 クリンゲンタール1403位佐藤幸椰 伊東大貴 小林潤志郎 小林陵侑
混合団体
シーズン開催日開催地HS成績メンバー
2013/1412月6日ノルウェーの旗 リレハンメル100優勝伊藤有希 伊東大貴 髙梨沙羅 竹内択

サマーグランプリ

  • 通算3勝、2位7回、3位2回 (2021シーズンまで)
    • 2010シーズンに総合優勝 (3勝、2位1回、3位1回)
シーズン順位ポイント
200415.116
200542.29
200620.109
200720.107
20086.264
20097.252
20101.530
201116.164
201351.46
201553.53
201620.102
201737.49
201816.110
201927.85
202121.95

国内大会

  • 1998年6月28日 第4回名寄ピヤシリサマージャンプ大会中学生の部
  • 1999年1月16日 第31回北海道中学校スキー大会
  • 1999年7月25日 第5回名寄ピヤシリサマージャンプ大会中学生の部
  • 2000年1月9日 第41回雪印杯全日本ジャンプ大会ジュニアの部
  • 2000年1月15日 第32回北海道中学校スキー大会
  • 2000年2月8日 第37回全国中学校スキー大会
  • 2000年3月12日 第34回雪印杯全日本ジャンプ旭川大会ジュニアの部
  • 2000年3月15日 第19回全国ジュニアオリンピック大会中学生の部
  • 2000年7月16日 第6回名寄ピヤシリサマージャンプ大会中学生の部
  • 2001年1月7日 第42回雪印杯全日本ジャンプ大会ジュニアの部
  • 2001年2月28日 第20回全国ジュニアオリンピック大会中学生の部
  • 2001年3月18日 第35回雪印杯全日本ジャンプ旭川大会ジュニアの部

脚注

  1. ^ 日本ジャンプ陣のホープ・伊藤大貴選手と語る (PDF)”. 札幌市. 2014年10月22日閲覧。
  2. ^ “求む!スポンサー 伊東大貴が新体制へ”. スポーツニッポン. (2008年10月9日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2008/10/09/kiji/K20081009Z00000450.html 
  3. ^ “モバイルコンビニ、伊東大貴・伊藤謙司郎選手を支援”. NewsAsiaBiz. (2009年2月8日). http://asiabiz.sakura.ne.jp/first_website/newsasiabiz/2009/02/post_5983.html 
  4. ^ “伊東大貴、伊藤謙司郎選手 雪印スキー部へ入部” (プレスリリース), 全日本スキー連盟, (2009年4月1日), http://www.ski-japan.or.jp/official/saj/articles/info_20090401_02.html 2014年10月22日閲覧。 
  5. ^ チーム雪印新メンバーのご紹介”. 2009年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年9月7日閲覧。雪印乳業株式会社
  6. ^ http://mainichi.jp/enta/sports/general/general/news/20120129k0000m050046000c.html [リンク切れ]
  7. ^ “ジャンプ、伊東が逆転で2連勝 W杯札幌大会”. 47NEWS. (2012年1月29日). http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012012901001142.html 
  8. ^ “「昨季に恥じないよう」伊東大貴、ジャンプ週間へ”. スポーツニッポン. (2012年12月27日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/12/27/kiji/K20121227004860960.html 
  9. ^ “伊東大貴は左膝裏に痛み LHも欠場か”. 日刊スポーツ. (2014年2月13日). http://www.nikkansports.com/sochi2014/skijump/news/f-sochi-tp0-20140213-1256796.html 
  10. ^ “4人でつかんだ銅 膝痛に耐えた伊東「最後までもってよかった」”. スポーツニッポン. (2014年2月18日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/02/18/kiji/K20140218007613810.html 
  11. ^ 伊東大貴、右肩脱臼で帰国へ W杯個人第1戦で転倒
  12. ^ “佐藤幸椰と中村直幹8位で本戦進出”. 日刊スポーツ. (2021年2月13日). https://www.nikkansports.com/sports/news/202102130000063.html 2021年3月29日閲覧。 
  13. ^ スキージャンプ伊東大貴 今季限りで現役引退 14年ソチ五輪団体銅メダル”. 日刊スポーツ (2022年3月7日). 2022年4月1日閲覧。
  14. ^ a b 伊東大貴「本当に幸せなジャンプ人生」引退会見後のラスト試合で有終V”. 日刊スポーツ (2022年3月19日). 2022年4月1日閲覧。
  15. ^ 佐藤幸椰、佐藤慧一、小林陵侑、伊東大貴の日本6位、スロベニアV W杯ジャンプ男子団体”. 日刊スポーツ (2022年3月26日). 2022年4月1日閲覧。

外部リンク


 

Back to Top
Close