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🥾|蔵王巡礼トレッキングで御朱印集め 来月から、リフトや露天風呂の割り引きも


写真 蔵王連峰に鎮座する三大神一宮を巡るトレッキングのオリジナル御朱印帳

蔵王巡礼トレッキングで御朱印集め 来月から、リフトや露天風呂の割り引きも

 
内容をざっくり書くと
蔵王山は古くから山岳信仰の地で、温泉地、スキー場として世界的に有名。
 

蔵王温泉観光(山形市、岡崎弥平治社長)は蔵王の新たな観光商品として、蔵王連峰にある神社など5カ所を巡… →このまま続きを読む

 山形新聞


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山岳信仰

山岳信仰(さんがくしんこう)とは、を神聖視し崇拝の対象とする信仰

解説

山岳信仰は、自然崇拝の一種で、狩猟民族などの山岳と関係の深い民族が山岳地とそれに付帯する自然環境に対して抱く畏敬の念、雄大さや厳しい自然環境に圧倒され恐れ敬う感情などから発展した宗教形態であると思われる。山岳信仰では、山岳地に霊的な力があると信じられ、自らの生活を律するために山の持つ圧倒感を利用する形態が見出される。

これらの信仰は主に、内陸地山間部の文化に強く見られ、その発生には人を寄せ付けない程の険しい地形を持つ山が不可欠とされる。

そのような信仰形態を持つ地域では、山から流れるや、山裾に広がる森林地帯に衣食住の全てに渡って依存した生活を送っており、常に目に入る山からの恩恵に浴している。その一方で、これらの信仰を持つ人々は、険しい地形や自然環境により僅かな不注意でもを奪われかねない環境にあることから、危険な状況に陥る行為を「山の機嫌を損ねる」行為として信仰上の禁忌とし、自らの安全を図るための知識として語り継いでいると考えられる。

山岳信仰のある文化圏

日本の山岳信仰

日本の古神道においても、水源・狩猟の場・鉱山森林などから得られる恵み、雄大な容姿や火山などに対する畏怖・畏敬の念から、や森を抱く山は、神奈備(かんなび)という神が鎮座する山とされ、御霊が宿る、あるいは降臨する(神降ろし)場所と信じられ、時として磐座(いわくら)・磐境(いわさか)という常世(とこよ・神の国や神域)と現世(うつしよ)の端境として、祭祀が行われてきた。また、死者祖霊)が山に帰る「山上他界」という考えもある(この他は海上他界、地中他界など)。これらの伝統は神社神道にも残り、石鎚山諏訪大社三輪山のように、山そのものを信仰している事例もみられる。農村部では水源であることと関連して、になると山の神が里に降りて田の神となり、秋の収穫を終えると山に帰るという信仰もある。

また仏教でも、世界の中心には須弥山(しゅみせん)という高い山がそびえていると考えられ、空海高野山を、最澄比叡山を開くなど、山への畏敬の念は、より一層深まっていった。平地にあっても仏教寺院が「○○山△△寺」と、山号を付けるのはそのような理由からである。

チベット仏教でも聖なる山は信仰の対象であるが、信仰は山自体に捧げられ、その山に登るのは禁忌とされる場合が多い。一方で日本では、山頂に達することが重要視されるのは注目すべきである。日本人の場合、山自体を信仰する気持ちももちろんあるのだが、そこから早朝に拝まれるご来光を非常にありがたがる傾向が強く、山頂のさらにその先(彼方)にあるもの(あの世)を信仰していることが原因であろう。日本ではアニミズムとしての太陽信仰と山岳信仰が結びついているのである。

その後、密教道教の流れをくんだ修験者山伏たちが、俗世との関わりを絶ち、悟りを開くために山深くに入り修行を行った。これは、後に修験道や呪術的宗教などを生み出している。

主な形態

日本の山岳信仰の主な形態をまとめると、以下のようになる。

火山への信仰

富士山や阿蘇山や鳥海山など、火山の噴火への畏れから、火山に神がいるとみなして信仰するもの。

水源である山への信仰

白山など、周辺地域を潤す水源となりうる山を信仰するもの。

死者の霊が集うとされる山への信仰

日本には、恐山や月山、立山、熊野三山など、死者の霊が死後にそこへ行くとされている山が各地に存在しており、それらの山々が信仰の対象となることがある。

神霊がいるとされる山への信仰

宇佐神宮の奥宮である御許山や、大神神社の御神体とされる三輪山や、役小角が開いたとされる大峰山など、山としては規模が小さいが、あるとき、その山に神霊がいるとされて、以後信仰が始まったもの。

修験道の誕生

日本において、山岳信仰が、日本古来の古神道や、伝来してきた仏教(特に天台宗や真言宗などの密教)への信仰と結びついて、「修験道」とされる独自の宗教が生み出された点は、特筆に値する。修験道は、修行により吸収した山の霊力を人々に授けるというもので、役小角が創始したとされる。現在も、「本山派」(天台宗)あるいは「当山派」(真言宗)の修行僧(山伏、あるいは修験者などと呼ばれる)が、伝統的な修験道の修行を行っている。

歴史

山岳信仰は、もともとが自然崇拝アニミズム的信仰から発展してきただけに、江戸末期まで神仏習合の形態を取ってきたが、神仏習合が明治以後の神仏分離令により禁止されて以後、もともと真言密教系の修験が強かった出羽三山も含め、寺と神社が分けられ、信仰の本体の多くは神社の形態を取って存続した。

山が神界として信仰の対象となっていた一方で、死者の集まる他界として、イタコ口寄せをはじめとする先祖霊供養にも発展をみせた。なお、民衆の間でも信仰の顕れとして登山を行う習慣があり、現在でも、霊場といわれる山岳をはじめとして、山には多くの人々が登っている。

日本の主な山岳信仰

中国の山岳信仰

中国において泰山衡山嵩山華山恒山五岳と呼ばれ、神格化されている。本来は山自体を信仰する山岳信仰であったと考えられるが、盤古神話五行思想と結びついて、道教の諸神のひとつに変容している。ただ、泰山についてはいまだに別格であり、道教の聖地であるだけでなく、岱廟石敢當など、他と異なる山岳信仰の形態を残している。

現代における「登山」と山岳信仰

古来は、人跡未踏の地であった山岳に、交通の発達や道具や装備の充実から、登山が安易になり、スポーツ競技観光として様々な人が入り込んで、信仰における禁忌を破ったり、ゴミの放置などの自然環境を汚染する行為や、過信からの登山事故などが、エベレストウルルのように、山岳信仰を尊ぶ地域住民の感情を害する事もある。

これらにあるような信仰の禁忌を犯すと、地域住民は罰が下ると信じ、山をなだめようと大規模な祭事を行う場合もあり、一層、地域住民に精神的負担だけでなく、経済的負担を強いる結果になり、そのことが逆に山岳信仰という、自然と共存するために培われた精神性が、見直されるきっかけになっている。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 和束町の歴史|和束町|歴史と文化遺産”. 和束町. 2017年8月3日閲覧。

参考文献

  • 和歌森太郎著『修験道史研究』平凡社[東洋文庫]、1972年。ISBN 4582802117。河出書房、1943年。
  • 宮家準著『修験道―その歴史と修行―』講談社[講談社学術文庫]2001年。ISBN 4061594834
  • 宮家準著『大峯修験道の研究』佼成出版社、1988年。
  • 宮家準著『修験道と日本宗教』春秋社、1995年。
  • 宮家準編『山岳修験への招待ー霊山と修行体験ー』新人物往来社、2011年。ISBN 9784404039897
  • 五来重著『山の宗教』淡交社、1970年。
  • 著『修験道歴史民俗論集』全3巻法蔵館、2003-2004年。
  • 宮本袈裟雄著『天狗と修験者』人文書院、1989年。
  • 戸川安章著『出羽三山修験道の研究』佼成出版社,1973年.
  • 景山春樹著『神体山』学生社(新装版),2001 (1971)年.
  • 長野覚著『英彦山修験道の歴史地理学的研究』名著出版、1987年。
  • 鈴木正崇著『山と神と人ー山岳信仰と修験道の世界ー』淡交社、1991年。
  • 鈴木正崇著『山岳信仰ー日本文化の根底を探るー』中央公論新社[中公新書]、2015年。
  • 鈴木正崇監修『日本の山岳信仰』宝島社[別冊宝島2373]、2015年。
  • 鈴木昭英『修験道歴史民俗論集』全3巻,法蔵館,2003-2004年.
  • 岩科小一郎『富士講の歴史』名著出版,1985年.
  • 『山岳宗教史研究叢書』全18巻、名著出版、1975-1984年。
  • 『和束町史』 第1巻

関連項目

信仰の対象となる主な事物

外部リンク

温泉街

温泉街(おんせんがい、おんせんまち)は、温泉に付随して温浴施設や宿泊施設、飲食店や土産物店、遊戯店などが立ち並ぶ町並み。

温泉街の形成

温泉街の形成条件

一概に温泉街といっても実に多種多様である。鉄筋の大型ホテルやリゾートホテルが建ち並ぶような温泉街から昔ながらの木造旅館が並ぶもの、昔ながらの湯治場など様々である。このような変化を及ぼす要因としては次のようなものが挙げられる。

  • 地形条件
地形条件はその場所が、沿岸部、丘陵地、田園地帯、山野、河谷、急崖などによって温泉街の開発に制約が生じたり、また温泉街の構成に面的な変化が起こったりする(例:指宿温泉伊香保温泉宇奈月温泉など)。また、周辺の自然景観を借景や囲繞環境として有効活用したりと、温泉地のイメージに応じた開発が行われたりする(例:由布院温泉瀬波温泉、など)。
  • 交通条件(他都市、他地域との密着、近接性)
主要都市に近いと、その奥座敷として発展するケースは多い(有馬温泉定山渓温泉月岡温泉飯坂温泉など)。比較的遠方でも、港湾整備や観光航路の開設、鉄道の敷設や専用自動車道の開通などに伴い、人口が稠密する大消費地などと密着性を持つと急速に発展を遂げることもある(別府温泉山代温泉芦原温泉鬼怒川温泉など)。また、著名な観光地が近いと、その観光拠点として温泉が開発される例もある(阿寒湖温泉洞川温泉阿蘇内牧温泉天橋立温泉など)。
  • 経済条件(外部からの流入資本や地元の地域振興など)
地形条件や交通条件などに優れると、大都市や海外などの企業から大量の資本が投入され、一大リゾート地を形成することがある(バーデンバーデン越後湯沢温泉南紀白浜温泉など)。また、それとは対照的に地元資本で衰退した温泉地の再興の気運を高め、独自の政策、方針などで温泉地を興隆していった例も見られる(黒川温泉乳頭温泉郷小野川温泉など)
  • 泉質、湯量など温泉自体が及ぼすもの
温泉は泉質が優れ、効能が高いものであるとその温泉は専ら保養、湯治などに用いられ、そのような客を対象とした温泉街を形成することがある(スパ俵山温泉酸ヶ湯など)。また、温泉療法を行う医療施設の進出をきっかけに温泉街が発達したり(三朝温泉亀川温泉など)、湯の花の生産など特殊な産業をきっかけに温泉街が形成されることがある(明礬温泉など)。
湯量が豊富であると保養温泉と行楽温泉として発展すべき双方の条件を満たす温泉も現れることがある(ホットスプリングス草津温泉下呂温泉鉄輪温泉など)。

これらの様々な条件は複合することも多く、その他様々な理由から変化に富んだ温泉地が形成される要因となっている。


楽しみ方

温泉街を楽しむには宿泊するのが最適とされている。夕食後、旅館の大浴場に入った後に外に繰り出すのが最も一般的な楽しみ方である。 朝の出発前、外湯での朝湯や、みやげ物屋を見て歩くのもまた温泉旅行の楽しみの一つである。

共同浴場のある場合、外湯も温泉地宿泊の一つの楽しみとなっている。外湯への行き帰りの際に土産物屋などをのぞいてみるのも一つの楽しみといえる。別府温泉には、88ヶ湯を巡り温泉名人を目指す別府八湯温泉道というものがある。
  • 職場のの場合
近年は温泉への職場旅行自体が減少してきたが、職場等の慰安旅行の場合には集団心理も働き、宴会後に集団で街に繰り出すのがかつては通例であった。ただ、宿泊施設も二次会需要の吸収を目的に館内施設を充実させてきたため、宿泊施設の側はお客の「囲い込み」により全体の売り上げ増につながるが、一方では温泉街の衰退につながるという意見もある。
  • 外出時の装束
旅館の浴衣が一般的であり、寒い場合は丹前を羽織っていく。履物は下駄草履雪駄がよく、これも旅館名が書いてあることが多い。旅館では番傘等の貸し出しを行っている。これらの光景がまた温泉街に風情を添える。外湯へ出かける場合、着替えなどはに入れるか、風呂敷に包むのが良い。最近では外出時の貴重品持参用に、旅館名入りの袋が準備されていることが多い。城崎温泉など、浴衣に下駄履きを正装とする地域も存在する。
  • みやげ物
温泉地の土産物として温泉饅頭薄皮饅頭酒饅頭)は定番である。温泉の蒸気で蒸して作成するものも存在し、情緒を添えている。夜祭の屋台にも通じるものがあるので、買い食い品はその場で消費されるものとして雰囲気の盛り上げに貢献する。旅行地の土産物を留守家族が喜ぶさまは既に過去のものであろう事から、近所に土産を大量に買い込むお客は減っているものと思われる。温泉の気分を家庭で味わうことのできる湯の花も多くの温泉地で見かけることができる。
  • 射幸
スマートボールと常設の射的場は、昭和時代の温泉街には必ずあった。一時期時代遅れと見なされていたが、湯原温泉など、最近温泉街の目玉として新たに復活している所もある。また、パチンコにしても、最新台を揃える、いわゆるパーラー等を横目に、手打ち台が残るところに情緒を感じる。

温泉街をめぐる問題点

温泉街の多くに当てはまる問題点として、1970年代のオイルショック以後から、1980年代のバブル期リゾートブームの中で、温泉施設の大型化に伴い営業利益を追求するため、温泉街の持つ歓楽街の機能を巨大な温泉ホテルの中に組み込む動きが各地で見られた。温泉ホテル内で全ての歓楽行為が充足される仕組みを作り、観光客が温泉街で落とす金銭のすべてが、ホテルを経営する大企業の利益になるよう考え出されたものであった。この動きは温泉街にとって大きな打撃となり、中小の旅館や飲食店・土産物店は縮小や消滅を余儀なくされた。

しかしながら近年、温泉街の持つ情緒を楽しみつつ散策することに注目する旅行客が増えてきたこともあり、誘客の一環として温泉街を含めての温泉郷全体の魅力が再認識されるようになった。だがバブル崩壊以後の長期不況下において、かつての温泉街を復活・復興させることについては困難もある。

また、温泉観光地として有名な熱海伊豆石和温泉山中温泉雄琴温泉皆生温泉などを筆頭に、多くの温泉街ではは慰安旅行など団体旅行客の集客を目的として風俗街歓楽街を兼ね備えてきたが、団体旅行の衰退とそれに代わる個人旅行・家族旅行の増加、女性客の旅行ブーム、インバウンドの発展などの時代の変化に対し、観光地としてのイメージ低下が懸念されている。これに対して温泉組合などでは温泉街の「脱・歓楽街」化を目指し、取り締まり強化や再整備により風俗街の機能を衰退させたり(石和、山中、皆生)、温泉街と風俗街を完全に分離する対策(雄琴)をとっている。

そうした中で、2001年別府温泉で始まった「オンパク」の取り組みは、このような構造的問題で悩む各地の温泉街へと拡大を見せており、その動向は注目に値する。

日本の温泉街

北海道

東北

関東

中部

関西

中国

四国

九州

台湾の温泉街

台湾には金山から北投温泉にかけて大屯火山群があり、付近を通る金山断層は金山温泉から北投温泉にかけて伸びているとされ、たくさんの温泉がある[1]。なお、北投温泉は1894年に発見された温泉で、ガイドブックなどでは新北投温泉と表記されていることもある[1]

北投温泉の場合、公衆浴場、個室浴場、銭湯式の温泉などがあるほか、リゾートホテルなどの温泉施設が立ち並んでいる[1]

脚注

  1. ^ a b c 須藤 茂. “野柳、大屯火山群、北投温泉など、台湾のジオパークめぐり”. 産業技術総合研究所. 2020年2月4日閲覧。

関連項目


 

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