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🥾|群馬県内の山岳遭難 今年上半期は44件 外出自粛緩和でコロナ前の水準に


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群馬県内の山岳遭難 今年上半期は44件 外出自粛緩和でコロナ前の水準に

 
内容をざっくり書くと
県警では登山の際には、登山届を提出するほか日没や天気の急変に備え、防寒具やライトなどの装備を準備するよう呼びかけています。
 

今年上半期に群馬県内で発生した山岳遭難は件数が44件、遭難者数は51人でともに去年より増えたことが分… →このまま続きを読む

 群馬テレビ

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登山計画書

登山計画書(とざんけいかくしょ)とは、登山の際に提出する書類のこと。「登山届」「登山者カード登山カード)」「入山届」ともいう。

概要

登山計画書は警察へ提出し、家族にも通知する。基本的には提出は任意だが、自治体によっては登山条例によって特定の山岳に登山する場合に登山計画書の提出を義務づけ、または努力義務化している場合もある[1]。2017年3月、北アルプス西穂高岳で登山届を出さないまま入山し、滑落事故に遭った男性2人に対して、岐阜県は条例に基づく罰則(過料5万円)を初めて適用している[2]

登山計画書を提出することで、遭難や行方不明時の初動捜索が容易になり、救出が行いやすくなる。

山域によっては、登山後に「下山届」による下山報告を求められる場合もある。

2014年の御嶽山噴火では登山届を出さずに入山した人が多く、行方不明者数の把握を難しくしたとの指摘がある[3]

家族への通知

登山計画書や下山届を提出しても、提出した個々人が無事に下山したかどうかを警察が把握する運用とはなっていない。下山予定日に下山しなかった遭難者の検知は、警察ではなく家族(あるいは職場)の通報により行われる。

従って、登山計画書は警察だけでなく家族にも渡しておくことが重要である。

たとえ、警察に登山計画書を提出したとしても、家族に行き先を告げずに登山に行くと、万一遭難した時に、「どの山に登ったのか家族も警察も誰も知らない」ということになり、捜索しようがなく、救出できない恐れがある。

警察への提出

登る山を管轄する警察署への提出を基本とする。あるいは道府県警察本部地域課あてでもよい。郵送・FAXのほか、最近はインターネットでの受付を行っている自治体もある[4]

その他、以下の場所でも提出を受け付けている。

  • 登山口に近い駐在所(常勤ではないから、深夜早朝は郵便受けに投函する)
  • 主要登山口にある提出箱(必ずあるとは限らない)
  • 山の麓の鉄道駅の提出箱(必ずあるとは限らない)

登山計画書の書式

基本的に自由様式である。警察などが作成した雛形がインターネットで公開[5][6]されているので。それを利用することもできる。

最低限、以下の項目は記入したほうがよい。

  • 登山者それぞれについて、氏名・性別・年齢・住所・携帯電話番号・緊急連絡先(家族)の電話番号
  • 登山ルート(登山口、目的の山、経由する山、下山口)
  • 登山日数、入山予定日時、下山予定日時
  • 非常時対策はどうするか
  • 非常時は、どの山小屋に泊まるのか、あるいは、どのルートで下山するのか。
  • ここでいう非常時とは、予定時間を大きくオーバーしたり、突然の荒天・負傷、想定以上の積雪などをいう。
  • 計画変更時の緊急下山ルート
  • 食糧の数量

脚注・出典

関連項目

外部リンク

防寒着

防寒着(ぼうかんぎ)は、寒さを防ぐための衣服のことである。

概説

ヨーロッパの伝統的な防寒着のひとつとしてセーターが挙げられる。

一説によると、11世紀のことノルマン人地中海世界シチリアにまで進出した折、イスラム世界手芸技術と接触、それを学んで持ち帰り、ノルマン人の地元のイギリス海峡のガーンジー島ジャージー島に伝えたのが欧州のセーターの起源だともいう[1]

ジャージー島では、ウール木綿を用いてプルオーバー式の[注 1]編み物の服が作られるようになった。これはJerseyジャージー)と呼ばれている。そしてこれが今日「セーター」という言葉で一般に思い描かれるものに相当する。

ガーンジー島というのはジャージー島の近くにある島であるが、同島は英王室と深い繋がりがあり、15世紀からイングランドからウールを輸入して編み物として加工しノルマンディースペインに輸出することを始めていた。ガーンジー島の編み物は漁師の服として用いられるようになった。寒い海で働く漁師らは、暖かくて、仕事向きで、海で水しぶきを浴びても大丈夫な服を求めていた。糸をしっかりと、堅く編んだ編み物は、水しぶきや雨を防ぐのに向いていた。その編み物は編み柄を特徴とし、伝統的に漁師の妻によって編まれ、その編み柄は母から娘へと伝えられた。この防寒着をイギリスやフランスなどの漁師たちが着るようになり、Guernsey()と呼ばれるようになった。


アラン諸島と結びつけられて考えられているアランセーターは「フィッシャーマン・セーター」とも呼ばれ、今日では(ジャージー同様に)やはり「漁師が海で着る」と語られ、アランセーターの売り手の話では一般に「編み柄には、冷たくて厳しい海へと漁に出る夫の無事と豊漁を願う女たちの愛や祈りが込められている」とされ、アランセーターの編み柄の組み合わせは各家の編み手ごとに異なっていて、母から娘へと伝えられ、ちょうど日本の家紋のような役割を果たしていて、漁で不幸にも溺死者が出て岸に打ち上げられた時には、着ているセーターの柄のおかげその身元が判り家族のもとへと遺体が返った[2]、というお話になっている。だが、(歴史の長いジャージー島やガーンジー島のセーターとは異なり)アラン諸島のセーターに関しては20世紀になってから編まれるようになったらしい[注 2][注 3]

ヨーロッパでは18世紀や19世紀ころ、コート外套)を着ることが一般化していた。


20世紀、2度の世界大戦の間に、パイロットが寒いコクピットで着るための機能的なジャケット(フライトジャケット)が作られるようになった。 20世紀半ばには、欧米で、街着としてフライトジャケットに類似したジャケット(ジャンパー)を着用することが流行した。

21世紀の初頭から、フリース素材の防寒着が世界的に普及しはじめた。日本では防寒着のなかでも、一番外側に着るのを英語風に「アウター」、内側に着るものを「インナー」などと呼ぶことが行われるようになった。

登山では、以前はセーターやアノラックヤッケウィンドブレーカー的なジャケット)などが使用されていたが、最近ではフリースダウンジャケットおよび透湿防水ウェア(ゴアテックスなど)を着用することが一般的である。

スキーでは、初期の段階はもっぱら登山家がスキーを行っていたので、当時の登山同様にセーター、ヤッケ、アノラックなどを着用していたが、20世紀後半には化学繊維でできていて、スキー用に様々な工夫をこらした専用のスキーウェアが普及した。最近ではスキーやスノーボード用としては透湿防水素材を用いたウェアが多い。

日本

日本では大戦の後しばらくは、暖房と言っても囲炉裏火鉢炬燵などくらいで、身体を暖かく保つには衣類に頼るところが大きかった[3]。当時の防寒着と言えば、羽織半纏掻巻、ひっぱり、「でんち」と呼ばれる袖なしのちゃんちゃんこ、などであり、それを必要に応じて重ね着していた[3]。羽織がおしゃれを意識した外出着だったのに対して、半纏は実用的な防寒着であった[3]。ひっぱり や でんち は仕事着であった。ところでは、表布と裏布の間に綿(基本的に木綿の綿)を入れて仕立てたものであり、当時 防寒着として欠かせないものであったのであり[3]、羽織、半纏、丹前(男性用の家庭用の全身の防寒着、「どてら」とも言う)などが綿を入れて仕立てられた[3]

養蚕地では真綿(上質ではない繭を精錬した後、水中で木枠に広げたもの)を首に巻いたり、襦袢の上に着て防寒に用いた[3]。また、この真綿を着物の背中部分や、全体に薄く入れたものがあり、これらはかさばらずに暖かいものだった[3](背負い真綿)。

明治後半には日本で男性用に「とんび」と呼ばれる、和洋折衷の外套が広まったが、これは1枚で1.8kgもあるもので、当時の仕事着の裂織などもやはり2kgを越えていて、当時、服が「暖かい」ということは「重い」ということを意味していた[3]

参考文献

  • 丹波生活衣振興会、柿原志津子 『丹波の生活衣: 明治・大正・昭和の着物と暮らし』 2012年

脚注

  1. ^ つまり、前ごろもが開かない、カーディガンのようではない、頭から被るようにして着る方式の
  2. ^ 実は、アラン諸島では以前から小物の編み物はあったものの、セーターに関しては20世紀以前は編まれていなかったらしく、20世紀初頭にアラン諸島の女性たちが家族のために、あるいは産業の乏しい同島で副収入を得るためにセーターを編んで売り、それが他国、特に米国などで広まって「フィッシャーマンセーター」などと呼ばれるようになり、その後にアラン諸島の漁師らもいわゆる「アランセーター」を着るようになった、といういきさつがあるらしい[1][2]
  3. ^ アランセーターにからめて語られる話というのは、ガーンジー島の編み物にまつわる(本当の)逸話を、アランセーターを大規模に売る商人などがアランセーターの話として巧妙に借用したか、あるいはどこかで話が混線した可能性が疑われる。
出典
  1. ^ 宮崎正勝『世界を動かしたモノ辞典』日本実業出版社、2002年。
  2. ^ https://megalodon.jp/2013-0624-0739-52/www.clanarans.com/history-of-aran-sweaters
  3. ^ a b c d e f g h 丹波生活衣振興会、柿原志津子『丹波の生活衣: 明治・大正・昭和の着物と暮らし』2012、p.26、「防寒着」

関連項目


 

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