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📚|80年代アイドルがよみがえる 本田理沙の可憐なグラビア、当時のまま復刻


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80年代アイドルがよみがえる 本田理沙の可憐なグラビア、当時のまま復刻

 
内容をざっくり書くと
リバイバル企画では今後、渡辺満里奈さんや姫乃樹リカさん、本田美奈子さん、酒井法子さん、島田奈美さんらの写真集も発売する予定。
 

80~90年代に大活躍したアイドル・本田理沙さんのデジタル写真集『本田理沙デジタルMomoco写真館… →このまま続きを読む

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島田奈央子

島田 奈央子(しまだ なおこ、1971年2月1日 - )は、日本音楽ライターディスクジョッキー。10代の頃は島田奈美(しまだ なみ)の芸名アイドルとして活動していた。 東京都出身。私立富士見中学校・高等学校卒業。血液型O型

来歴

芸能界デビュー前

1971年
2月1日、東京都目黒区三田厚生中央病院で生まれる。体重:3480g、体長:51cm、血液型:O型[1]
1974年
練馬区中村の南蔵院幼稚園入園[1](現在は無い)。この頃、祖父母や母と代々木公園に遊びに行った時に、子どもモデルとしてスカウトされる。小林脳行の「モス・ボックス」などのCMにも出演したが、父親に「子どもらしさがなくなる」と言われ、2年半後にモデル活動を辞める。
1977年
練馬区立の小学校に入学。「劇団あすなろ」に入りたいと父親に相談するが反対をされて断念。小学生時代は書道剣道ギター手話などを習う。
1979年
スキーで左ひざに大怪我を負う。
1983年
練馬区中村の私立富士見中学校入学。中学に入学してから、テニス部やバレーボール部に入部するが体力的に難しいと医者に諭されて断念、退部する。
1984年
中学2年の時、本人を含めた家族5人でTBS系のクイズ番組クイズ100人に聞きました』に出場し勝利を収めてハワイ旅行を獲得した。その収録で司会関口宏が「(プロフィールに)芸能人になりたいなって書いてあるね」と言ったことがそのまま放送されたため、番組を見た幾つかの芸能事務所から誘いがあったが、検討するに留めてしまった[注釈 1]

アイドル歌手時代

アイドル歌手時代には、シングル14枚、オリジナルアルバム10枚をリリース。一部の曲では本名の「島田 奈央子」名義で作詞も手がけていた。後期は、ダンスミュージックを意識した楽曲が多く、ノンストップリミックスのアルバムもリリースしている。

1984年
映画『パンツの穴 花柄畑でインプット』のオーディションに応募し、準優勝。 同映画に本名名義で出演。
1985年
雑誌「Momoco」3月号に登場、桃組出席番号1078。西村知美杉浦幸と共に「桃組3人娘」と呼ばれるようになる。
サンヨー食品「サッポロ一番みそラーメン」CM出演。
東京池袋のサンシャイン60で開催したモモコ・パーティーで西村知美、杉浦幸と共にと共にウエディングドレス姿を披露。
1986年
島田 奈美(しまだ なみ)の芸名で、アイドルとしてデビュー。デビュー当時のプロフィールは、「身長161cm、体重44kg、B80W60H83、足23cm」。キャッチフレーズは「スイートでキュートな15歳」。所属事務所は「メリーゴーランド」。
4月から7月にかけて、TBS系ドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」にて、とんねるず木梨憲武演じる平田正美の妹「平田奈美」役でテレビドラマデビュー。この1作を機に他局系列のドラマへの出演も有力かと思われたが、実現せず。
5月3日から5月11日にかけて“ファンの集い“を開く。
5月21日、コロムビアレコードより『ガラスの幻想曲(ファンタジー)』で歌手デビュー。しかし新人賞にはノミネートされず。
1987年
2月、4thシングル『Free Balloon』が、同月26日「ザ・ベストテン」、翌月3月2日「歌のトップテン」に初ランクイン。代表曲で6th『パステルブルーのためいき』など含めて4~5曲が翌年1988年上半期までランクインした(なお、「ザ・ベストテン」では9th『NO!』が最後だった)。
ファーストコンサート大阪サンケイホール日本青年館などで開く。
8月29日日比谷野外音楽堂にて「Momoco Party 桃娘大好き! あたりまエッ!!」MCを担当。
1988年
ラジオ番組「奈美のFLYING TEAPOT」放送開始。契約上の理由からか、引退後の1990年9月まで続いた(BSN 新潟放送など多数のネット局では、島田の引退する1990年7月いっぱい、あるいはその前の月まで放送された局もあった)。
1990年
7月30日MZA有明のファイナルコンサートを最後に、自らの意思でアイドルを引退。自身の出演したラジオ番組(先述の「~FLYING TEAPOT」、「小堺一機のヤングプラザ」など)でも、1ヶ月ほど前にその引退を伝達している。
2016年
2月、オーダーメード型CD「MEG-CD」の80年代アイドル告知ポスターに「ガラスの幻想曲」のジャケットが採用され、全国のサークルKサンクス店頭に掲示された。

音楽ライター、プロデューサーとして

アイドル歌手としての引退後、『CDジャーナル』『スイングジャーナル』などの音楽雑誌でCDアルバムを紹介する記事などを担当した[2]。当初はF1雑誌の記者になろうと考えており、『Racing On』などのモータースポーツ誌に問い合わせたが、「アルバイトで雑用なら可」と言われ、しかも時給が600円で上がらないという説明を受けたために断念したという[3]。その後、元事務所関係者より『CDジャーナル』のCD評の仕事を紹介してもらったことをきっかけに[4]、音楽ライターとして歩み始めた。現在は、音楽ライターの他に、DJ、音楽イベント、CDのプロデュースも行っている。

1992年
この頃より音楽に関する文筆、ラジオパーソナリティ、クラブのDJなどで活躍。当初は完全にフリーランスであった[2] が、1996年からはプロダクション「ヒップランドミュージックコーポレーション」に所属[2]
2007年
10月、ソウル・ミュージッククラブジャズなどといったジャンルを中心に、音楽雑誌などで執筆活動をするほか、インターネットラジオなどにも出演している。 NIKKEI NET内にあるITニュースサイト「IT+PLUS」において『島田奈央子のジャズライフ』を連載した。
2012年
平井景がプロデュースする信州の風景にこだわった音楽を発信するプロジェクト「信州ジャズ」に副プロデューサーとして参加。2012年12月8日にアルバム「Field」、2014年11月30日にアルバム「Gift」を発売。

人物・エピソード

  • デビューのきっかけとなった「パンツの穴」のオーディションは、当時オーディションがはやっていて何となく応募しただけで、映画に出たかったわけではなかった。
  • 7月30日を「奈美の日」とし、同日にはファンとの運動会を毎年開催するとともに、1990年の引退日も同日付となっているなど、「ナミ」にかなり拘っている。それは日付にとどまらず、デビュー曲「ガラスの幻想曲」のレコード商品番号はAH-730、その後「73」と並ばないまでも、セカンドシングル「負けないで…片想い」はAH-763、「パウダースノーの妖精」AH-783など、7と3が入る商品番号となっている。また、当時のファンクラブの電話番号も末尾が「0073」であった。
  • 子供のころの夢は歌手になることともに幼稚園の先生になることも夢だった。
  • 島田奈美ファンクラブ「73 CLUB」の会員番号1番は島田奈央子であった。[5]
  • 西村知美杉浦幸と大変仲が良く、アイドル時代は頻繁に電話や手紙でのやり取りをしていた。西村とはザ・ベストテン出演時に一緒に手を繋いで登場し、Momoco Partyでは杉浦と手をつないでエンディングを唄った。また、西村の結婚式にも参列している。
  • この時期のアイドルとしては珍しく、水着グラビアなどの出演は基本的に行っていない。本人も「モデルではない」として断っているという。そのためファンにも「水着には一度もなっていない」と思われているが、正しくは映画「パンツの穴」でのオーディションの時と、クレアラシルのCM「プール編」の2度だけ水着になった事がある。クレアラシルプール編の撮影では水着の上からジョギングパンツを履いていたが、セリフのシーンで水着が嫌で泣き出した。そのため本編ではガウンを着用したものがOAされた[6]。なお、当時プライベートでは紺色の水着を所有していた[注釈 2]
  • デビュー3年目の1988年7月3日、渋谷エッグマンで同性ファン開拓を試み女性限定ライブを行った。
  • 引退直前には「ラストアルバムでは、素直に自分のやりたいことが出来たので、思い残すことはない」ともコメントしている[7] 一方、「ダンスミュージックは受け入れられなかった気がする」というコメントも残している[7]
  • 阪神タイガースのファンで、デイリースポーツも購読している[3]。本人によれば「弱さが好き」とのこと。ただし、家族は全員巨人ファンであるという。
  • ペットで犬を飼っていたことがある。島田本人は猫は嫌いではないが、父親が猫嫌い。
  • F1ドライバーナイジェル・マンセルのファン[3]
  • 同業の友人を通じて、同姓同名のフリーアナウンサーと交流を持つことになる[8][9][10]
  • 現在の職業について「ジャズ評論家」という呼ばれ方を本人は否定しており、あくまで「ライター」「DJ」であると言っている。

主な出演

幼少期から島田奈美デビュー前

CM・広告

  • 小林脳行 「モスボックス」(1975年、子役時代)
  • アサヒ玩具 「ママ・ジューサー」(1975年、子役時代)
  • サンヨー食品 「サッポロ一番みそラーメン」(1985年、14歳当時)
    • 藤岡琢也の隣で「うわーおいしそう」「ハイ!」のセリフ。
  • キヤノン販売 「MSXホームコンピューターV8」(1985年、14歳当時)
    • 同機の広告が掲載された「MSXマガジン」1985年8月号に「8月のときめき」(イメージガール)として掲載。
  • 大阪ガス (クリスマス篇、バレンタイン篇。CMソングも歌う)
    • 「島田奈美」の芸名が付く以前から出演開始し、「島田奈美」以降も継続して出演。

映画

島田奈美デビュー後

テレビ番組における歌唱

※ 在京キー局のテレビ番組の放送日は首都圏のもの。地方の系列局の放送日は異なる場合がある。

放送日 (曜日)番組名放送局歌唱曲備考
1986.05.18 (日)[注釈 3][注釈 3]TBSガラスの幻想曲
1986.06.05 (木)[注釈 4]おはようスタジオ[注釈 4]テレビ東京ガラスの幻想曲
1986.06.19 (木)ザ・ベストテンTBSガラスの幻想曲「今週のスポットライト」コーナーに出演。
1986.06.23 (月)歌のトップテン日本テレビガラスの幻想曲「話題曲」コーナーに出演。
1986.06.28 (土)[注釈 5]SATAMAGA[注釈 5]仙台放送ガラスの幻想曲
1986.08.02 (土)加トちゃんケンちゃんごきげんテレビTBSガラスの幻想曲
1986ヤンヤン歌うスタジオテレビ東京ガラスの幻想曲
1986.08.10 (日)ロッテ 歌のアルバムNOWTBS負けないで…片想い
1986.08.17 (日)クイズ・ドレミファドン!フジテレビ負けないで…片想い
1986.09.14 (日)スーパーJOCKEY日本テレビ負けないで…片想い
1986.09.21 (日)[注釈 6]'86KBC新人歌謡音楽祭[注釈 6]KBC負けないで…片想い福岡サンパレスにおいて開催[注釈 6]
1986.09.28 (日)[11][12]ヤングスタジオ101[11][12]NHK総合
NHK衛星第1
ガラスの幻想曲
1986.09.28 (日) 深夜フジテレビ負けないで…片想い
1986.10.12 (日)モモコクラブTBS負けないで…片想い
1986.12.07 (日)[注釈 7]クイズ・ドレミファドン![注釈 7]フジテレビパウダースノーの妖精
1986.12.13 (土)[注釈 8]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 8]TBSパウダースノーの妖精
1986.12.21 (日)[注釈 9]ロッテ 歌のアルバムNOW[注釈 9]TBSパウダースノーの妖精
1987.01.31 (土)[注釈 10]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 10]TBSFree Balloon
1987.02.01 (日)スーパーJOCKEY日本テレビFree Balloon
1987.02.15 (日)ロッテ 歌のアルバムNOWTBSFree Balloon
1987.02.26 (木)[13][注釈 11]ザ・ベストテン[13][注釈 11]TBSFree Balloon[13]第10位[13]
1987.03.01 (日)ヤンヤン歌うスタジオテレビ東京Free Balloon
1987.03.02 (月)[注釈 12]歌のトップテン[注釈 12]日本テレビFree Balloon第10位。
1987.03.09 (月)歌のトップテン日本テレビFree Balloon第10位。
1987.03.14 (土)[注釈 13]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 13]TBSFree Balloon
1987.05.03 (日)[注釈 14]モモコクラブ[注釈 14]TBS内気なキューピッド
1987.05.04 (月)交通安全キャンペーン25時間チャリティー・ラテソン「かたつむり大作戦・思いやりで高めよう交通マナー・ひとりからみんなへ」京都放送ガラスの幻想曲
負けないで…片想い
Dream Child
春人魚
内気なキューピッド
パウダー・スノーの妖精
Free Balloon
京都府総合見本市会館において行なわれた島田のチャリティー・コンサートを生中継。
1987.05.17 (日)ロッテ 歌のアルバムNOWTBS内気なキューピッド
1987.05.23 (土)[注釈 15]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 15]TBS内気なキューピッド
1987.05.24 (日)①[注釈 16]モモコクラブ[注釈 16]TBS内気なキューピッド
1987.05.24 (日)②スーパーJOCKEY日本テレビ内気なキューピッド
1987.05.28 (木)[14]ザ・ベストテン[14]TBS内気なキューピッド[14]第10位[14]
1987.05.29 (金)ミュージックステーションテレビ朝日内気なキューピッド
1987.06.01 (月)歌のトップテン日本テレビ内気なキューピッド第10位。
1987.06.07 (日)[15][16]ヤングスタジオ101[15][16]NHK総合・
NHK BS1
内気なキューピッド
1987.06.08 (月)[注釈 17]歌のトップテン[注釈 17]日本テレビ内気なキューピッド第10位。
1987.06.20 (土)オレたちひょうきん族フジテレビ内気なキューピッド
1987.07.05 (日)[注釈 18]ロッテ 歌のアルバムNOW[注釈 18]TBS内気なキューピッド[注釈 18]
1987.07.19 (日)モモコクラブTBS内気なキューピッド
1987.08.09 (日)①モモコクラブTBSパステル・ブルーのためいき
1987.08.09 (日)②ロッテ 歌のアルバムNOWTBSパステル・ブルーのためいき
1987.08.23 (日)モモコクラブTBSパステル・ブルーのためいき
1987.08.27 (木)[17][注釈 19]ザ・ベストテン[17][注釈 19]TBSパステル・ブルーのためいき[17]第7位[17]
1987.08.30 (日)クイズ・ドレミファドン!フジテレビパステル・ブルーのためいき
1987.08.31 (月)[注釈 20]歌のトップテン[注釈 20]日本テレビパステル・ブルーのためいき第10位。
1987.09.03 (木)[17]ザ・ベストテン[17]TBSパステル・ブルーのためいき[17]第9位[17]
1987.09.07 (月)歌のトップテン日本テレビパステル・ブルーのためいき第10位。
1987.09.09 (水)[注釈 21]夜のヒットスタジオDELUXE[注釈 21]フジテレビパステル・ブルーのためいき
1987.09.13 (日)[18]ヤングスタジオ101[18]NHK総合パステル・ブルーのためいき
1987.09.19 (土)[注釈 22]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 22]TBSパステル・ブルーのためいき
1987.09.27 (日)①モモコクラブTBSパステル・ブルーのためいき
1987.09.27 (日)②ロッテ 歌のアルバムNOWTBSパステル・ブルーのためいき
1987.10.03 (土) 深夜MOMOCO PARTYTBSガラスの幻想曲
内気なキューピッド
パステル・ブルーのためいき
Free Balloon
1987.10.04 (日)やる気マンマン日曜日毎日放送・TBSパステル・ブルーのためいき
1987.10.11 (日)TBSハロー・レディ
1987.11.07 (土)[注釈 23]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 23]TBSハロー・レディ
1987.11.23 (月)志村けんのだいじょうぶだぁフジテレビハロー・レディ
1987.11.29 (日)歌え!アイドルどーむテレビ東京ハロー・レディ
1987.12.06 (日)①[注釈 24]モモコクラブ'87[注釈 24]TBSハロー・レディ
1987.12.06 (日)②スーパーJOCKEY日本テレビハロー・レディ
1987.12.12 (土)[注釈 25][注釈 25]TBSハロー・レディ
1987.12.20 (日)モモコクラブ'87TBSハロー・レディ
1988.01.02 (土)[注釈 26]加トちゃんケンちゃんおめでとうテレビ[注釈 26]TBSハロー・レディ
1988.01.24 (日)[注釈 27][注釈 27]TBSタンポポの草原
1988.02.07 (日)歌え!アイドルどーむテレビ東京タンポポの草原
1988.02.13 (土)[注釈 28]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 28]TBSタンポポの草原
1988.02.14 (日)[19]ヤングスタジオ101[19]NHK総合タンポポの草原NHK衛星第2では2月20日(土)放送[20]
1988.02.21 (日)①スーパーJOCKEY日本テレビタンポポの草原
1988.02.21 (日)②吉村明宏のアイドルブティックTBSタンポポの草原
1988.02.25 (日)[21]ザ・ベストテン[21]TBSタンポポの草原[21]第8位[21]
1988.03.03 (日)[21]ザ・ベストテン[21]TBSタンポポの草原[21]第10位[21]
1988.03.07 (月)[注釈 29]歌のトップテン[注釈 29]日本テレビタンポポの草原第10位。
1988.03.20 (日)歌謡びんびんハウステレビ朝日タンポポの草原
1988コラーッ!とんねるず日本テレビタンポポの草原
1988ときめきタイムリー読売テレビタンポポの草原
1988.05.15 (日)[注釈 30]やる気マンマン日曜日[注釈 30]毎日放送・TBSNO!番組収録日は1988年5月10日(火)[注釈 31]
1988.05.21 (土)[注釈 32]JanJanサタデー[注釈 32]静岡第一テレビNO!
1988.05.28 (土) 深夜[注釈 33]オールナイトフジ[注釈 33]フジテレビNO!
1988.05.29 (日)吉村明宏のアイドルブティックTBSNO!番組収録日は1988年5月25日(水)[注釈 33]
島田は同番組の次回1988年6月5日(日)放送分にも出演(収録は同前日)。
1988.06.04 (土)[注釈 34]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 34]TBSNO!番組収録日は1988年5月17日(火)[注釈 35]
1988.06.07 (火)[注釈 36]ドリフ大爆笑'88[注釈 36]フジテレビNO!番組収録日は1988年5月24日(火)[注釈 33]
1988.06.09 (木)[22][注釈 37]ザ・ベストテン[22][注釈 37]TBSNO![22]第10位[22]
1988.06.12 (日)[注釈 38]歌え!アイドルどーむ[注釈 38]テレビ東京NO!番組収録日は1988年6月7日(木)[注釈 39]
1988.06.21 (火)[注釈 40]ダウンタウンのゆーたもん勝ち[注釈 40]毎日放送NO!番組収録日は1988年6月14日(火)[注釈 41]
1988.08.07 (日)歌え!アイドルどーむテレビ東京MOONLIGHT WHISPER番組収録日は1988年8月2日(火)[注釈 42]
1988.08.13 (土)加トちゃんケンちゃんごきげんテレビTBSMOONLIGHT WHISPER番組収録日は1988年7月12日(火)[注釈 43]
1988.08.14 (日)スーパーJOCKEY日本テレビMOONLIGHT WHISPER番組収録日は1988年8月7日(日)[注釈 44]
1988.08.27 (土)[注釈 45]三枝やすし興奮テレビ[注釈 45]毎日放送MOONLIGHT WHISPER
1988.08.28 (日)[注釈 46]24時間テレビ 「愛は地球を救う」[注釈 46]日本テレビMOONLIGHT WHISPER
1988.09.03 (土)[注釈 47]JanJanサタデー[注釈 47]静岡第一テレビMOONLIGHT WHISPER
1988.09.13 (火)ドリフ大爆笑'88フジテレビMOONLIGHT WHISPER番組収録日は1988年7月18日(月)・19日(火)[注釈 48]
1988.10.23 (日)吉村明宏のアイドルブティックTBSMOONLIGHT WHISPER番組収録日は1988年9月14日(水)[注釈 49]
島田は同番組の前回1988年9月18日(日)放送分にも出演(収録は同前日)。
1988.11.20 (日)吉村明宏のアイドルブティックTBS12月のフェアリー番組収録日は1988年11月2日(水)[注釈 50]
島田は同番組の次回11月27日(日)放送分にも出演(収録は同前日)。
1988.12.02 (金)ミュージックステーションテレビ朝日12月のフェアリー
1988.12.03 (土)[注釈 51]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 51]TBS12月のフェアリー番組収録日は1988年11月1日(火)[注釈 50]
1988.12.31 (土)[注釈 52][注釈 53]吉村明宏のアイドルブティック[注釈 52][注釈 53]TBS12月のフェアリー生放送[注釈 52]
1989.02.19 (日)[注釈 54]スーパーJOCKEY[注釈 54]日本テレビ春だから
1989.02.25 (土)加トちゃんケンちゃんごきげんテレビTBS春だから番組収録日は1989年1月24日(火)[注釈 55]
1989.03.11 (土)[注釈 56]JanJanサタデー[注釈 56]静岡第一テレビ春だから
1989.03.25 (土)春休みだよ!アイドル共和国誕生!!テレビ朝日春だから
1989.05.20 (土)アイドル共和国テレビ朝日愛を走らせて
1989.05.24 (水)[注釈 57][注釈 58]歌のビッグファイト![注釈 57][注釈 58]テレビ東京愛を走らせて[注釈 58]
1989.05.27 (土)加トちゃんケンちゃんごきげんテレビTBS愛を走らせて番組収録日は1988年4月18日(火)[注釈 59]
1989.07.01 (土)[注釈 60]JanJanサタデー[注釈 60]静岡第一テレビ愛を走らせて
1989.08.12 (土)[注釈 61]'89フェスタしずおか[注釈 61]静岡放送・TBS愛を走らせて[注釈 61]番組収録日は1989年8月6日(日)[注釈 62]
1990.03.24 (土)[注釈 63]加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ[注釈 63]TBSもと…ずっと… I LOVE YOU番組収録日は1990年3月6日(火)[注釈 64]
1990.04.07 (土)[注釈 65]JanJanサタデー[注釈 65]静岡第一テレビもと…ずっと… I LOVE YOU
1990.04.18 (火) 深夜東京イエローページTBSもと…ずっと… I LOVE YOU
1990.04.27 (木)[注釈 66][注釈 66]テレビ神奈川もと…ずっと… I LOVE YOU
1990.07.22 (日)テレビ東京もと…ずっと… I LOVE YOU島田が同番組に出演しPVを放映。歌唱のライブパフォーマンスは無いが便宜上本リストに含める。

バラエティ番組

その他多数

情報番組

テレビドラマ

CM・広告

  • 日本ヴィックス(当時) 「クレアラシル
    • 憧れの先輩編「負けないで片思い」、思われニキビ編「パウダースノーの妖精」、プールサイド編「うそつきは恋のはじまり」、おみくじ編「Sing To The Music」、回転遊具編「サファイアの湖」、の5パターンあり。代理店/、CMディレクター/。
  • 京阪電気鉄道 「きょうは、京阪」(1987年、京阪本線京都地区地下化によるCM)
    • 2010年、京阪開業100周年記念事業として2600系電車を用い実施された巡業展示「京阪ミュージアムトレイン」の車内に当時のポスターが掲示された。
  • 関東郵政局 「郵便貯金」・「定額貯金」
  • ヤンマー 「シャトルホン」
  • 伎芸天 「振り袖」

コンサート

※上記以外にも開催実績あり

ラジオ

 金曜日レギュラーパーソナリティとして出演

一日警察署長

島田奈美引退後、島田奈央子として

情報番組

  • 新 おとな総研@G+ (2009年4月 - 6月、CS・日テレG+) - メインパーソナリティ
  • 桂雀々の大判小判がじゃくじゃく (2014年5月17日 TwellV
  • この他、スペースシャワーTVでもDJを担当。

ラジオ

クラブDJ

ジャンルはSOUL、JAZZ、AORなど。

  • 六本木・BRAVE BAR(毎月最終金曜日のイベント「Delightful Flavor」に出演)
  • 青山・MANIAC LOVE
  • 青山・Blue
  • 渋谷・DJ BAR INKSTICK

一日郵便局長

ディスコグラフィ

島田奈美名義

シングル

No.タイトル発売日最高位c/w(収録曲)備考
1ガラスの幻想曲(ファンタジー)86.5.2119位Side 1. ガラスの幻想曲(ファンタジー)
Side 2. ブルードットの恋
Side 2 作詞・作曲小坂明子、小坂のセルフカバーアルバム、「「懐想」 linked to 40yrs.」に「ブルードットの恋 for 島田奈美」として収録されている。
2負けないで...片想い86.8.2115位Side 1. 負けないで...片想い
Side 2. 昼下がりの星屑
Side 1 日本ヴィックス(当時)「クレアラシル」TV-CFソング

2001年、テレビアニメ『SAMURAI GIRL リアルバウトハイスクール』のエンディングテーマとして、声優の野川さくらがカバー

3パウダー・スノーの妖精86.11.1912位Side 1. パウダー・スノーの妖精
Side 2. 綺麗になりたい
日本ヴィックス(当時)「クレアラシル」TV-CFソング
4Free Balloon87.2.119位Side 1. Free Balloon
Side 2. 頬よせて
初めて「ザ・ベストテン」(10位、1987年2月26日)、「歌のトップテン(10位、同年3月2日)」にランクイン
5内気なキューピッド87.5.157位Side 1. 内気なキューピッド
Side 2. WEEKEND MUSEUM
2曲ともEPOによる作詞作曲

ザ・ベストテン」1987年5月28日10位

6パステル・ブルーのためいき87.8.127位Side 1. パステル・ブルーのためいき
Side 2. ミントの香り
ザ・ベストテン」1987年08月27日7位、1987年09月03日9位
7ハロー・レディ87.11.1110位M-01 ハロー・レディ
M-02 シャイにならないで
M-03 Dream Child (Live Version)
M-01 TBSテレビアニメ「レディレディ!!」挿入歌・劇場版オープニングテーマ
M-03 初回限定盤3曲収録の12cm盤CDにのみ収録
本作のみMEG-CDでの復刻発売がない
8タンポポの草原88.2.109位M-01 タンポポの草原
M-02 消しゴムで消したジェラシー
M-03 鏡の中の私
M-03 初回限定盤3曲収録の12cm盤CDにのみ収録

ザ・ベストテン」1988年2月25日8位、1988年3月3日10位

9NO!88.5.2513位M-01 NO!
M-02 くちびるミュート

ザ・ベストテン」1988年06月09日10位

10MOONLIGHT WHISPER88.8.1715位M-01 MOONLIGHT WHISPER
M-02 サイレント・アプローチ
1112月のフェアリー88.11.2323位M-01 12月のフェアリー
M-02 恋はスローダンス
12春だから89.2.2232位M-01 春だから
M-02 SPRING FOOL まさか?!
13愛を走らせて89.5.2150位M-01 愛を走らせて
M-02 夏の予感
アナログレコードでの発売はこのシングルが最後
14もっと…ずっと…I LOVE YOU90.3.21100位M-01 もっと…ずっと…I LOVE YOU
M-02 MY HEART, DON'T BE SHY
2曲とも島田奈央子名義による作詞

島田奈美最終シングル

アルバム

#発売日タイトル収録曲備考
タイトルの後の(※)は、コロムビアの受注生産型CD-Rソフト「」で2009年に発売したタイトル。
1st1986年9月21日放課後のスケッチ 〜NAMI 1st collection〜(※)「ブルードットの恋(ロング・ヴァージョン)」は、
弦楽四重奏のみによるアレンジという珍しい作品
2nd1986年12月17日ほほえみをあなたに 〜NAMI 2nd collection〜(※)「Twinkle Christmas」で、初めて作詞に挑戦。
ただし、この時にはスタッフの力を借りたため、
「島田奈央子&メリーゴーランド」となっている。
「そっとRemember」の作詞・作曲・コーラスアレンジは小坂明子
3rd1987年4月1日SIXTEEN 〜NAMI 3rd collection〜(※)「Dream Child」で本格的に作詞を手がける。
「夢のバルコニー」は作詞・作曲:辛島美登里
「白い時間(とき)」は作詞・作曲:小坂明子
4th1987年7月21日Prologue 〜NAMI 4th collection〜(※)「ハッピーエンドの後で」作曲:村下孝蔵
「内気なキューピッド」作詞・作曲:EPO
「眠れる森のVENUS」作詞・作曲:太田裕美
「あぶないアクシデント」作詞・作曲:小坂明子
「九月には微笑んで」作曲:大沢誉志幸
Mini1987年12月1日VIA AIR MAIL(※)全曲島田奈央子作詞(「島田奈央子&メリーゴーランド」を含む)
ロンドン市内を散策するイメージで作成されたミニアルバムで、ナレーション入り
「Dream Child」は別ヴァージョン、「Twinkle Christmas」はライヴヴァージョン
世界初のピクチャーレーベルCD
5th1988年3月10日(※)全作詞:松本隆
「Kissは元気の出る薬」作曲:財津和夫
「Mint Tea Without Sugar」作曲:小坂明子
「+αの勇気」作曲:大沢誉志幸
6th1988年7月21日CURIOSITY(※)「Curiosity Girl」は島田奈央子作詞
「独立宣言」作曲:原田真二
「HE LOVES HER」は正式デビュー前だった黒沢健一の作曲
Remix Mini1988年10月1日TRYING BIRD 〜NAMI REMIX〜8センチCDのミニ・アルバム
7th1988年12月10日EVERYTIME I LOOK AT YOU(※)全曲島田奈央子作詞
「STILL SINGING TO MY HEART」はジョン・レノンに捧げた歌。
Best1989年3月21日NAMI BEST COLLECTION SCENE 12初のベスト・アルバム
8th1988年10月1日Voice(※)「Havin' it all」「幸せになるために」が島田奈央子作詞
Remix1989年12月21日MIX WAX 〜NAMI NONSTOP〜(※)これまでに発表した島田奈央子作詞、杉山洋一作曲の楽曲の中から
6曲を選んで寺田創一が新たにリアレンジ、ノンストップリミックスメドレーにしたもの。
9th1990年4月1日I LOVE YOU > YOU DO(※)全曲島田奈央子作詞、オリジナル・アルバムとしてはラスト
Best1990年7月21日FAREWELL 〜NAMI MEMORIAL BEST 30〜初の2枚組、アイドル引退前最後のベスト・アルバム
Remix Mini1991年6月21日SUN SHOWER REMIXES NAMI「SUN SHOWER」のダンス・リミックスヴァージョンを4曲収録。
寺田創一がリミックスを手がけた「MIX WAX」収録の
「SUN SHOWER」をさらにリミックスしたもので、
ガラージュサウンドの大御所DJラリー・レヴァンが参加した。
2004年にはオランダのインディーレーベル「CREME ORGANIZATION」からもリリースされた。
Best1991年6月21日アンコール!!ヒットグラフィティ引退の1年後に発売されたベスト・アルバム
Remix1992年SUN SHOWER REMIXES寺田創一が設立した「Far East Recording」レーベルから発売
1991年発売のアルバムとは異なるアレンジで10曲収録
Best1993年9月21日島田奈美ベスト・セレクション引退の3年後に発売されたベストアルバム
Best2004年12月1日島田奈美ベストアイドルミラクルバイブル・シリーズ、初のコンプリートシングルコレクション。
シングルの初回限定版のみ収録2曲を収録。
「NO!(REMIX)」「パウダー・スノーの妖精(REMIX)」は「TRYING BIRD」収録のヴァージョン。
ブックレットにはジャケットの表裏が縮小印刷されているが、
「レディレディ!!」の原作者・英洋子のイラストが使われた「ハロー・レディ」の
裏ジャケットは掲載されていない。
Remix2004年12月Nami Shimada – SunshowerRemix, Producer [Re-producer] – Legowelt
2004年にオランダのインディーズレーベル「」から
Nami Shimada名義で発売。
Japanツアーには寺田創一と共にDJ参加
Best2011年5月18日島田奈美 ゴールデン☆ベストレコード会社各社が発売しているゴールデン☆ベストの1枚として
2017年8月30日にはUHQCD盤も発売
Best2019年7月3日NAMI SHIMADA songs selected by NAOKO SHIMADA島田本人の選曲よるベスト盤[注釈 72]
Remix BestMIX WAX 〜(NON)NAMI NONSTOP〜1989年発売のMIX WAX 〜NAMI NONSTOP〜のアップグレート盤
アナログ盤も同時発売

島田奈央子名義

  1. シティーハンター '91『CITY HUNTER'91 - オリジナル・アニメーション・サウンドトラック』 1991年6月21日発売
    お願いキス・ミー・アゲイン
    • 3トラック目に収録。「NAOKO」名義(作詞は島田奈央子名義)
  2. HAPPY TREE(NAOKO SHIMADA with Alani) 2003年9月25日発売
    BEYOND THE REEF/IN A LITTLE HULA HEAVEN/パイナップル・プリンセス/HAWAIIAN WEDDING SONG/LOVELY HULA HANDS/PEARLY SHELLS/Happy Tree/BEYOND THE REEF(JARA JARA Remix:Soichi Terada)
    • 山内雄喜のハワイアンのアルバムにボーカリストとして参加。8曲目は寺田創一のリミックス。
  3. サムシング・ジャジー〜毎日、女子ジャズ。 2010年7月28日発売 EMIミュージック・ジャパン TOCJ-66538
    • 「Something Jazzy 女子のための新しいジャズ・ガイド」に連動したコンピレーションアルバム。選曲/監修を担当している。
  4. Something Jazzy アイランド・クリスマス〜冬の休日、女子ジャズ。 2010年11月3日発売 Pヴァイン・レコード
    • プロデュース・制作を担当。
  5. パリ旅で、女子ジャズ~Something Jazzy 2011年12月7日発売 EMIミュージック・ジャパン
    • 「女子ジャズ」コンピレーションアルバム第2弾。選曲/監修を担当。
  6. Something Jazzy 雨の日の午後に聴きたい 女子ジャズ 2016年7月1日よりiTunesで配信開始[27][28]
    • 選曲/監修:島田奈央子 ワーナーミュージックジャパン

映像作品

VHD

ビデオ

  • 時のサークルゲーム (日本コロムビア、1987年)
  • +α (日本コロムビア、1988年)
  • VIDEO CUTIE ②(日本コロムビア、1988年)
    • 『VIDEO CUTIE』は日本コロムビア所属アイドル宣伝のための無料レンタルビデオ。島田は白田あゆみらを紹介するDJとして登場。
  • VIDEO CUTIE ③(日本コロムビア、1988年)
    • 1988年7月3日における島田の女性限定ライブの模様を紹介。
  • APPLE DREAMING (勁文社、1988年)
  • スーパーモモコ (発売:マツヤカラー、配給:パワースポーツ)
  • 島田奈美 FINAL CONCERT ~FAREWELL PARTY=the 5th Nami's Day~ (1990年)
    • ファンクラブ「73CLUB」会員限定のファイナルコンサートの様子を収録したビデオ。

書籍

著書

写真集

雑誌ライター

  • CDジャーナル
  • スイングジャーナル
  • FM STATION
  • ソングコング
  • 月刊デ・ビュー

その他

ファンクラブ会報やCDのライナーノーツなどの執筆を行なっている。変わったところでは、九州出身のバンド「ブロス」のデビューアルバムのライナーノーツ執筆だけではなく、販売促進のパンフレットで「ロドリゲス航空チーフパーサー」として出演している。

関連人物

  • 西村知美 - 桃組三人娘の一人
  • 杉浦幸 - 桃組三人娘の一人
  • 杉山洋介 - 元SALLYのリーダーで、事務所の先輩。島田奈美後期を中心に楽曲の提供やアルバムをプロデュース。
  • 野間真(元・アルテミスプロモーション社長。現・撮影会スタジオ「いちごはうす」代表) - 学生時代に芸能事務所「メリーゴーランド」にてアルバイトをし、その後正式に入社。島田奈美ファンクラブの担当を務めた。
  • 村上てつやゴスペラーズ) - 「島田奈美」時代のファンクラブに入っていた。
  • 寺田創一 - 「SUN SHOWER」作曲家。この楽曲をアメリカのカリスマDJラリー・レヴァンに手渡し、島田を国際的に有名にした人物。
  • 平井景 - 信州ジャズプロデューサー
  • 近田和生 - RADIO-izmパーソナリティ時代、水・木曜DJを担当していた。
  • 宅麻仁 - RADIO-izmパーソナリティ時代、金曜DJを担当していた。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ このエピソードは島田が担当していたRADIO-izmの番組中にも語られた。
  2. ^ スクール水着ではない。
  3. ^ a b ザテレビジョン 首都圏関東版』1986年第20号の番組表p.61に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  4. ^ a b 読売新聞』1986年6月5日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年6月号p.182)のテレビ番組表に「とんねるずの妹・島田奈美初登場」として番組放送予定記載あり。
  5. ^ a b 河北新報』宮城県版1986年6月28日朝刊第24面のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  6. ^ a b c 朝日新聞』西部版1986年9月21日朝刊第24面のテレビ番組表に、福岡サンパレスにおける開催と番組放送予定の記載あり。ただし「島田奈美」の記載無し。
  7. ^ a b 『読売新聞』1986年12月7日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年12月号p.306)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  8. ^ a b 『読売新聞』1986年12月13日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年12月号p.544)および夕刊第12面(同前p.564)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  9. ^ a b 『読売新聞』1986年12月21日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年12月号p.860)のテレビ番組表に「知美・奈美×超新人類」として番組放送予定記載あり。
  10. ^ a b 『読売新聞』1987年1月31日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年1月号p.1206)および夕刊第12面(同前p.1226)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  11. ^ a b 『読売新聞』1987年2月26日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年2月号p.1024)および夕刊第16面(同前p.1044)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  12. ^ a b 『読売新聞』1987年3月2日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年3月号p.56)および夕刊第16面(同前p.80)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  13. ^ a b 『読売新聞』1987年3月14日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年3月号p.580)および夕刊第16面(同前p.604)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  14. ^ a b 『読売新聞』1987年5月3日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年5月号p.108)のテレビ番組表に「発見5歳の島田奈美」として番組放送予定記載あり。
  15. ^ a b 『読売新聞』1987年5月23日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年5月号p.922)および夕刊第16面(同前p.946)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  16. ^ a b 『読売新聞』1987年5月24日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年5月号p.970)のテレビ番組表に「無免許奈美ちゃん」として番組放送予定記載あり。
  17. ^ a b 『読売新聞』1987年6月8日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年6月号p.326)および夕刊第12面(同前p.346)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  18. ^ a b c 「音楽」(『週刊TVガイド』1987.7.4-7.10)p.45(各地方版共通)に番組放送・出演・曲目予定記載あり。
  19. ^ a b 『読売新聞』1987年8月27日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年8月号p.1082)および夕刊第20面(同前p.1102)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  20. ^ a b 『読売新聞』1987年8月31日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年8月号p.1266)および夕刊第12面(同前p.1292)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  21. ^ a b 『読売新聞』1987年9月9日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年9月号p.386)および夕刊第16面(同前p.404)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  22. ^ a b 『読売新聞』1987年9月19日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年9月号p.838)および夕刊第16面(同前p.862)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  23. ^ a b 『読売新聞』1987年11月7日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年11月号p.300)および夕刊第12面(同前p.322)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  24. ^ a b 『読売新聞』1987年12月6日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年12月号p.276)のテレビ番組表に「知美も奈美もアイドル大集合」として番組放送予定記載あり。
  25. ^ a b 『読売新聞』1987年12月12日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年12月号p.538)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  26. ^ a b 『読売新聞』1988年1月1日朝刊第44面(『読売新聞縮刷版』1988年1月号p.44)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  27. ^ a b 『読売新聞』1988年1月24日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年1月号p.1012)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  28. ^ a b 『読売新聞』1988年2月13日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年2月号p.536)および夕刊第12面(同前p.556)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  29. ^ a b 『読売新聞』1988年3月7日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年3月号p.300)および夕刊第20面(同前p.330)のテレビ番組表に「光ゲンジ知美・奈美卒業をテーマに歌う」として番組放送予定記載あり。
  30. ^ a b ザテレビジョン 首都圏関東版』1988年第20号の番組表p.61に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  31. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月16日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  32. ^ a b 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月23日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  33. ^ a b c d 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月30日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  34. ^ a b 『読売新聞』1988年6月4日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1988年6月号p.176)および夕刊第12面(同前p.192)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  35. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月23日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  36. ^ a b 『ザテレビジョン 首都圏関東版』1988年第23号の番組表p.69に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  37. ^ a b 『読売新聞』1988年6月9日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1988年6月号p.416)および夕刊第16面(同前p.432)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  38. ^ a b 『読売新聞』1988年6月12日朝刊第14面(『読売新聞縮刷版』1988年6月号p.538)のテレビ番組表に「奈美のワンワン美容」として番組放送予定記載あり。
  39. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年6月13日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  40. ^ a b 『朝日新聞』大阪版1988年6月21日朝刊第24面および夕刊第16面のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  41. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年6月20日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  42. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年8月8日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  43. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年7月18日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  44. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年8月8日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  45. ^ a b 『ザテレビジョン 関西版』1988年第35号の番組表p.69に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  46. ^ a b c 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年8月29日号)p.9に島田の出演予定記載あり。
  47. ^ a b 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年9月5日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  48. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年7月25日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  49. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年9月19日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  50. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年11月7日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  51. ^ a b 『読売新聞』1988年12月3日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1988年12月号p.140)および夕刊第16面(同前p.160)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  52. ^ a b c 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月2日・9日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  53. ^ a b 『ザテレビジョン 首都圏関東版』1989年第1号の番組表p.147に番組放送予定記載あり。ただし「島田奈美」の記載無し。
  54. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年2月20日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  55. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月30日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  56. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年3月13日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  57. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年5月29日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  58. ^ a b c 「音楽」(『ザテレビジョン』1989年第21号)p.45(各地方版共通)に番組放送・出演・曲目予定記載あり。
  59. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年4月24日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  60. ^ a b 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1989年7月3日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  61. ^ a b c 「音楽」(『ザテレビジョン』1989年第33号)p.45(各地方版共通)に番組放送・出演・曲目予定記載あり。
  62. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年8月7日号)p.16に島田の「静岡放送の番組収録」予定記載あり。
  63. ^ a b 『読売新聞』1990年3月24日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1990年3月号p.1246)および夕刊第20面(同前p.1270)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  64. ^ 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1990年3月12日号)p.13に島田の収録予定記載あり。
  65. ^ a b 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1990年4月9日号)p.15に島田の収録予定記載あり。
  66. ^ a b 『読売新聞』1990年4月27日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1990年4月号p.1386)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  67. ^ 『読売新聞』1988年3月21日朝刊第14面(『読売新聞縮刷版』1988年3月号p.988)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  68. ^ 『読売新聞』1988年4月11日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年4月号p.492)および夕刊第20面(同前p.520)のテレビ番組表に「ロンドン発びっくりルポ島田奈美」として番組放送予定記載あり。
  69. ^ 『読売新聞』1988年12月18日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年12月号p.850)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  70. ^ 茨城放送[23]山陰放送[24]山口放送[23][24]四国放送[23][24]南海放送[23][24]でネットされた。
  71. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年4月10日号)p.17に予定記載あり。
  72. ^ コロムビアのディレクターから、「シングル曲を中心にした」「ベストはすでに出ているので、今の島田さんが選曲して作りたいコンピレーションにしてほしい」とのオファーを受け、シングル曲以外から選曲した[26]

出典

  1. ^ a b c d 『BOMB!』1987年9月号, p.37
  2. ^ a b c 『URECCO』1996年12月号, p.49
  3. ^ a b c 『URECCO』1996年12月号, p.50
  4. ^ 宝島』2000年3月15日号, p.90。
  5. ^ 『BOMB!』1987年9月号, p.32
  6. ^ 『BOMB!』1987年9月号, p.35
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  28. ^ ワーナーミュージックジャパンリリース

参考文献

外部リンク


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