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👩‍🎤|「令和のグラビアプリンセス」沢口愛華、表紙&巻頭グラビアで究極ショット披露


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「令和のグラビアプリンセス」沢口愛華、表紙&巻頭グラビアで究極ショット披露

 
内容をざっくり書くと
巻中グラビアには、プロゴルファーとしても活躍する異色のグラビアアイドル・野田すみれが登場。
 

グラビアアイドル・沢口愛華が、26日発売の漫画雑誌「ヤングチャンピオン」で表紙と巻頭グラビアを務めた… →このまま続きを読む

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グラビアアイドル

グラビアアイドル和製英語: gurabia aidoru - gravure idol)とは、日本で発祥した女性モデルタレントアイドルの一種である。

女性タレントが、雑誌のグラビアページを主体とした各種メディアでセクシーな姿を魅せるアイドルとして活動し、グラドルとも略称される[1][2][3]。そのうち、グラビアアイドルの中で特に高く評価される者は、グラビアクイーン和製英語: gurabia kuiin - gravure queen)とも称される[4][5][6]

英語では、ピンナップアイドル (Pinup idol) やピンナップガール (Pinup girl) 、ビキニモデル (bikini model) が最も近い[7]

なお、グラビア (en:Gravure) の本来語義は凹版版画の技法である。

グラビアアイドルの特徴

グラビアタレントの主な活動の場は、雑誌グラビアページやポスター写真集などであり、特に青年誌・ヤング誌などといった男性向け雑誌では、グラビアタレントの被写体次第でも売れ行きが左右されるなど、非常に重要なファクターとなっている。そのような成立経緯から、セクシャルな想像を掻き立てる表現ができること、即ちセックスアピールという観点において優れていることなどが絶対的な条件であり大きな特徴である。

前述の通り、男性向け雑誌へのグラビアページ掲載を中心としており、「グラビアタレント」は女性が一般的であるが、多様化するニーズに応える形で、女性向けの男性グラビアモデルも僅かではあるが、登場し始めている[8]

アスリートの武井壮は海外ではあまり見られない文化で、日本独自に近い職種、存在であると論評している[9]

表現手法

現在のグラビアページの傾向としては、以下のパターンに大別できる。

水着

度々触れているように、グラビアタレントは主に男性誌グラビアを中心に起用される。そのうち水着は最も多いグラビア制作の手段であり、メインアイテムとして扱われている。元来雑誌グラビアとは男性が見て楽しむことを目的にしたものであり、性に対しての規制が厳しい日本では、セミヌードに代わるグラビア素材としてビキニなどの女性の体を隠す範囲の狭い水着を使うことを早くから行なってきた。

1970年代から女性アイドルが、歌手活動と連動して水着グラビアに出演するプロモートが積極的に行われていた。また、グラビアモデルも局所を隠した状態ならば、比較的自由に動けることもあり、それまでのセミヌード中心のアンダーな世界観を、一気に開放的で明るいものへと変貌させた。

撮影も、初期の頃は浜辺やプールサイドなど、水着に合った環境でのロケーションが多かったが、次第に水着には全く関係性の無い場所、それこそ街中や店先、アミューズメント施設内においても、水着グラビアを披露している場面が見受けられるようになっている。

その昔は露出度の高い水着を人前で着ることや、肌を晒す行為自体に抵抗感を覚えるタレントも数多くいた。

着エロ下着姿

上述のとおり水着姿は、最も多いグラビア制作の手段であり、メインアイテムであることは時代を通じて変わりはない。しかし水着姿から連想される性的刺激に読者層は次第に慣れてきてしまい、雑誌の売上もそれに歩調を合わせるように落ちていった。

それでもグラビアは依然として男性誌の売上を左右する重要なコンテンツであることに代わりは無い。そのためか、グラビアタレントの刷新だけでなく、水着以外での、様々な趣向を凝らしたグラビアが、多数生み出されることになる。

その顕著な例の一つが「下着・ランジェリー」姿で制作されるグラビアである。この着用される下着についても、シンプルなものから透けているもの、極小で隠されている部位の面積が小さいもの、水着に代わる「見せ下着」という、一見しただけではビキニと区別の付かないカラフルな下着を着用するものや、それさえも着崩して、より扇情的にしたグラビアも増えている。

他方で、「着エロ」と呼ばれる過激なグラビアがある。これは水着グラビアとヌードグラビアの中間に位置するもので、Tバック水着あるいは水着を着けずに手など体の一部や、小物などで女性の局所を際どく隠した上でなどのを取り、わざと男性の性的衝動をより刺激するような写真が用いるものである。

こうしたことが可能になった1つの要因として、かつての写真フィルムによる製版からデジタル処理された製版へと、印刷技術が向上したことが挙げられる。容易にが出来るようになったので、フィルムを没にしなくて済むため、制作費を安価に抑えることが可能になり、無理なポーズで女性の局所の一部が誤って写真に写ってしまうことなどを気にせずに撮影できるためである。

こうした技術の向上以降、この技術を使い、タレントのほくろ吹き出物虫刺され跡、肌などを、タレント側また出版側の要望で修正する場合も多く見られる。

印刷媒体と並行して、グラビアタレントの活動として重要なものにイメージビデオの制作がある。

ビデオ媒体は、2000年代前半に、家庭用ビデオレコーダーの規格が、VHSからDVD-Videoへと移行し、製造費が非常に安価になった。そのため、個人経営を含む中小製造会社が大量に参入し、毎月の発売本数の増加などがみられるようになり供給過多状態に陥った。

ところで着エロは、露出度の高さを売りにしてこうした状況から他社を出し抜き躍進するために、一部の製造会社が執った経営戦略上の産物でもある。着エロの盛行により、ヌードグラビアや、アダルトビデオとグラビアとのハードルを下げることにつながる。着エログラビアに出演していたモデルがAV女優やヌードモデルに転向する例も多く、2000年代以降のグラビアタレント全体の閉塞感を生みだす一因ともなっていく。

また、こうした露出度の高い制作物が猥褻物になるケースや、出演者が若いと児童ポルノに当たるとして、関係者が逮捕される例や、アダルトビデオへの出演やヌードグラビアの強要問題(強要の有無そのものに対する議論・噂なども含む)も起きている。

ヌードやセミヌード

グラビアの仕事として、ヌードセミヌードを専門に披露するグラビアタレントも、男性向け雑誌の創刊とともに、長らく存在する。後にモデル、歌手や女優、各種女性タレント等が、こうしたヌードやセミヌードを披露することもある。90年代からはヌードモデルとグラビアアイドルをもじってヌードルという造語も誕生させた。

かつては太田八重子フラワー・メグハニー・レーヌ小松みどり麻田奈美大島ゆう子岩浪とも子柳沢麻里など、1990年代からは水谷ケイ秋乃桜子三浦綺音斉藤美保渡辺由架木内美穂三浦敦子仲谷かおり田中玲那生田依子平沙織寺嶋早紀大原麻琴遠藤賀子前島かおり河合美果間宮沙希子沢田奈緒美麻丘実希伊藤かな綾瀬麻理星野陽子白石さおり梶原亜紀江口ナオのはら歩河合あすか小峰佳世三浦ふみこ上原綾麻田かおり白井夏桜井美代子池上麗子桜井美代子染谷まさ美角松かのりなどがおり、以降は藤間瑠依伊藤ミライ坂ノ上朝美YUE祥子兎丸愛美などの活動がみられる。

ロシア出身のアメリ (ヌードモデル)、ポーランド出身のシルヴィア・パツラ、米国で活動するオオシマ・ヒロミなども知られる。

通常ファッション

一方で、所属事務所の戦略により、将来的に本格派女優として売り出そうとしているタレントの清純なイメージを壊さぬように、あるいは当人が水着を含むセクシャルなイメージのグラビアを敬遠した場合は、極力肌の露出を抑えた浴衣姿やワンピースといった普段着に近い通常ファッションの写真を使用した情緒的作品も、アイドルに清純なイメージを求めているファンには好まれる傾向にある。

また、水着グラビアは“卒業”したものの、グラビア活動を継続するタレント、職業柄セクシーな露出を必要としないフリーアナウンサーキャスターなどは、概して通常ファッションやセクシーなドレスなどを着用したグラビアを披露していく(後述)。

コスプレ(お菓子系)

最も新しい表現手法に「コスプレ」と呼ばれるものでのものがあり、これはいわゆるおたくの「萌え」文化の影響を受けて生まれた表現方法である。

元は漫画アニメといった2次元世界の衣装を実際に作成し、自ら着用することで、そのキャラクターになりきって仲間内同士で楽しむ行為(通常彼らは「コスプレイヤー」と呼ばれる)であった。当初はコミックマーケットなどの同人誌即売会で、一部の愛好者が着用し、流行り出したのが始まりである。

その後、インターネットの普及で、自身のブログなどで、コスプレをした姿を写真に写して公開する「ネットアイドル」が急増したが、そういったシチュエーションをそのまま雑誌グラビアに転用したのを「コスプレグラビア」と呼び、人気を博するグラビアタレントも後述のとおり出現している。

これらは独特の世界観をグラビアに持ち込むことになった。

また、コスプレの一環として、学校制服体操着ブルマーを穿く場合も)、スクール水着などを着用して、学校生活を想起させる手法がある。こうした手法は前述の清純なイメージを求める手法とは明らかに表現方法が異なり、衣類を着用しただけでなく、身体の形を強調したり、さらに脱衣シーンやその後の見せ下着・水着姿を同時に披露したりと、エロティックさを狙ったものである。これは90年代に創刊してこうした誌面づくりを主にしていた「お菓子系」と呼ばれている雑誌が多用していた。かつて、得てしてこうしたグラビアのモデルとなっていたのは、20歳を過ぎたグラビアモデルなどもいたのであるが、実際に現役の小学生から高校生らがグラビアタレントとなって、披露している場合が多い。

年齢層の拡大

一般的に、グラビアタレントのキャリアは短いとされてきた。1970年代から2000年代初頭にかけてのグラビアタレントは、早ければ10代、遅くても大学卒業相当(22 - 23歳)の年齢でグラビアを卒業することがほとんどだった。

しかし、2000年代以降はその限りでなく、従来には見られなかった30歳を過ぎてもなおグラビアから撤退せずに第一線で活躍し続けるタレントが増えてきた。その流れを作ったと言えるのがほしのあきで、彼女は10代でファッション雑誌の専属モデルとしてデビューし、2001年頃からグラビアの仕事を始める。そして、20代後半に差し掛かった2000年代後半になると、これまで少なかった「年長グラビアアイドル」の草分け的存在として話題になる。

現在、グラビアアイドルとして活動するタレントの年齢層は、上は30代以上から下は10代前半までと、幅広くなっていく。

上限については優木まおみなどのように大学を卒業してから、あるいは井上和香壇蜜などのように社会人を経験した後に芸能界デビューする者も多く見受けられるようになったためである。

下限については、1990年代以降注目されるようになった、小学生から中学生の子役女優を指した「チャイドル」や「ジュニアアイドル」が、度々水着でグラビアを飾っており、小池里奈紗綾など、その流れを汲んだタレントのグラビアは根強い人気を維持している。

しかし、中には10歳に満たない小学生がグラビアデビューを飾る例も出てきており、しばしば児童ポルノに該当するとの指摘がなされるなど、批判の対象になる事例も少なくない(ジュニアアイドル#DVD撮影・発売における逮捕も参照)。

グラビアアイドルの傾向

一般的にグラビアタレント活動は、ひとつには芸能界において知名度向上を図るためのステップの1つと捉えられており、ある一定ラインの年齢を過ぎたり、テレビドラマ映画においてヒロインなどの重要な役に起用され、人気に火が付いたのをきっかけに女優歌手ファッションモデルなどへの転身が計られ、自然とグラビア界からフェードアウトしていくのが通例である。もうひとつはもともとが女優や声優、女性歌手、ファッションモデルなどで、グラビアタレント的活動をしている状態がある。

キャンペーンガール系

キャンペーンガールは水着姿でポスターなどの広告媒体に掲載されることが多く、グラビアタレントとは非常に融和性があり、一大供給源となっている。

女優・タレント系

水着グラビアタレントの元祖はアグネス・ラムなど、日本人女性と比べると優れたプロポーションを持つ外国人女性なども挙げられ、後に日本人のグラビアモデルが多くなったが、その後も「グラビア界の黒船」と言われたリア・ディゾンや、「無国籍の9頭身美女」のキャッチフレーズで注目されたCicaなど、様々な外国人女性が一定の人気を得ている。

芸能界で活躍している女優・タレントの中にも、以前はグラビア活動も展開していた人物は決して少なくない。例えばセミヌードの項にあるとおり1970年代から1980年代にかけて、俳優業を行っていた女優らが雑誌の他にテレビCM、商品(おもには酒類)販売促進用のカレンダーやポスターなどの広告媒体などでグラビア活動を実戦していた。1990年代以降も仲間由紀恵深田恭子加藤あい井川遥綾瀬はるか長澤まさみなど、また2010年代の有村架純吉岡里帆など、グラビア活動をこなしつつ俳優業も行っていた。その後彼女らは出演作品に恵まれたこともあり、その後女優として大成する。

一方で、もともと女優をしながら、セクシャルな写真集などを刊行するなどで、グラビア活動を展開したりする傾向も多く見られる。

優香小池栄子眞鍋かをり中川翔子若槻千夏らのような1990年代、2000年代を代表的するグラビアアイドルらは、グラビア界を離れた後も女優業や司会業、コメンテーター、果てはお笑いタレント並みのコントまでこなせる幅広い適応能力が評価されて、人気タレントになっていった。

その一方で、グラビアタレントとして一定の地位を確立した後も、あえてグラビアを(少なくともしばらくは)卒業せずにタレントや女優としての活動を並行して進める者もいる(一例として、井上和香小倉優子吉木りさおのののかなど)。

#通常ファッションの通り、グラビアは何も水着やヌードだけには止まっておらず、通常ファッションによるグラビアも展開されている。

かつては広末涼子矢田亜希子上戸彩らが、この路線で売り出されて成功しているが、同時にファンの落胆を招いている側面もある。しかし、その副産物的現象として、水着グラビアを見せること自体が極めて稀となったそれらのタレントの水着等が掲載された雑誌や写真集テレホンカードなどは、現在においても中古市場で高値で取引されている。

#年齢層の拡大においては、熊田曜子磯山さやかの活躍が、グラビアタレントとしての平均寿命を飛躍的に上げることになり、本人の意欲とプロポーション維持を怠らなければグラビアでも活躍できる、という認識が広く生まれ、この後多くの高年齢グラビアタレントが活躍の場を広げていくことになる。

1967年生まれの桜井美春が41歳にしてグラビアタレントとしてデビュー、「ほしのあきを超えた、最年長グラドル」として話題となった。また、2010年には1965年生まれで、1990年代レースクイーンなどで活躍した岡本夏生が44歳にしてグラビアタレントとしての活動を再開したことも話題になった。

一方、2020年現在は"撮影会やSNSなどでも水着になるだけで誰でもグラビアタレントと名乗れてしまう"現状となっており、前述の雑誌や映像媒体ベースで活動していたものからは、批判や不満も出ている[10]

歌手・アーティスト系

洋の東西を問わずにセクシーさを前面に打ち出した歌手・アーティストも非常に多く[11]、セクシャルな自身の姿をレコードジャケットなどに採用したり、セクシャルなミュージックビデオを製作するなども多くみられ、このことから、グラビア活動を展開するものも多い。日本でも過去には奥村チヨ山本リンダ五月みどり西川峰子阿川泰子、といったセクシー系歌手などがみられ、昨今でも藤田恵名望月琉叶、、紫艶はやせひとみ真梨邑ケイ秋本奈緒美倖田來未八反安未果 谷村奈南、等々、多くがグラビアタレント活動を展開する。

グラビア活動も展開していた浜崎あゆみは一時の休業を経て、自ら作詞もこなせる歌手として再デビュー、日本を代表するアーティストへと成長した。

ファッションモデル系

1990年代後半になると、ローティーン向けファッション誌の専属モデルを務め、同世代の少女たちに絶大な人気を誇ったタレントらが、専属モデル卒業を機に、もしくは高校進学した時期に合わせて、続々とグラビア界に進出させるという、いわゆる青田買いが増え始めた。

これは、前述した「グラビアからの転身」とは逆の現象であり、これらのタレントは、新たに別のファッション誌などでモデルに起用されるまで、あるいはテレビドラマや映画などで、ある程度女優としての経験を積むまで、グラビア活動を並行継続している。

古くは、例えば『ピチレモン』出身では榎本加奈子酒井彩名、加藤あいなどがこのケースで、酒井と加藤は新人グラビアタレントを発掘することを目的とした日本テレビのプロジェクト『日テレジェニック』の第1回メンバーにも選出されている。

2000年代に入っても、この流れは続き、当時Seventeenセブンティーン誌の専属モデルとして人気を誇っていた榮倉奈々は、現役専属モデルとして水着写真集を出版し、水着グラビアに挑戦しており、当時のティーン向けファッション誌では珍しい例であった。同様の現役専属モデルでのケースには、ピチレモン(PichiLemon)誌の専属モデルとして人気を誇っていた福原遥の例がある。

その他にも、『ニコラ』で幾度となく表紙を飾った新垣結衣、岡本玲川口春奈らも、同誌卒業後に女優業の傍ら、グラビアにも短期間進出した。同誌では久保ユリカなどは卒業後、イメージビデオを多く発売する展開を見せていく。そのほかにも天野莉絵(ピチレモン) 岩﨑名美(ハナチュー) 大野いと(Seventeen) 岡崎紗絵(Seventeen) 尾形沙耶香(Seventeen) 泉はる(ニコラ、non-no) 北乃きい(ハナチュー) 北山詩織(Seventeen) 新川優愛(Seventeen、non-no) 杉本有美(ピチレモン、JJ) 千眼美子(ラブベリー) 広瀬アリス(Seventeen) 水沢奈子(ピチレモン、ハナチュー) 三原勇希(ニコラ) 安田聖愛(ラブベリー) 岡本夏美(Seventeen、ラブベリー、ニコラ、non-no) 川津明日香(Seventeen) 飯豊まりえ(Seventeen、ニコラ) 大原優乃(ピチレモン)らの例がみられる。

2015年ごろからは、女性ファッション雑誌モデルらがグラビアに進出するようになり、「モグラ女子」と呼ばれムーブメントになっている(後述)。

特撮ヒロイン系

もともと特撮ヒーロー番組のヒロインを務めた女優が、後にヌードグラビアなどを発表することが多く見られる傾向はあったが、2002年に放送された特撮テレビドラマ忍風戦隊ハリケンジャー』に出演していた長澤奈央山本梓、『仮面ライダー龍騎』に出演していた森下千里らがビジュアル面から人気となって、グラビアに取り上げられ、「特撮ヒロイン[* 1]→グラビア」という現在も続く路線が生まれた。以後、『スーパー戦隊シリーズ』からは木下あゆ美逢沢りな高梨臨大久保桜子らが、『平成仮面ライダーシリーズ』からは加藤美佳秋山奈々白鳥百合子松本若菜馬場ふみからが、グラビアタレントとしても活躍し、ブレークのきっかけを掴んでいる。

さとう珠緒桃月なしこのように当該作品に出演する以前からグラビアで活動していたタレントも多く、また中村知世杉本有美、元アイドリング!!!メンバーの森田涼花にわみきほ秋山莉奈内田理央などは、既にグラビアタレントとして地位を確立していた。

アイドルグループメンバー

アイドルタレントが、自身の歌手活動と連動して水着グラビアに出演する手法は、1970年代から現代まで用いられており、特に新しい芸能活動の手法というものではないし、アイドルがユニット化した2000年代以降においても同様である。

1980年代半ばのおニャン子クラブをはじめ、「アイドル冬の時代」とされる1990年代前半の正統派アイドルおよびアイドルユニット(乙女塾系や桜っ子クラブなど)のメンバーも、音楽番組などへの出演数が減った分、雑誌などの水着グラビアに積極的に出演し、存在感を示す手法が取られた。

1990年代後半から2000年代前半にかけて、ミリオンセラーを連発し、本業の音楽活動でも成功したモーニング娘。などのハロー!プロジェクトや、Dreamドリームなども、メンバーのソロ活動の中で、雑誌グラビアに取り上げられ、水着姿が中心の写真集やDVDを発売する事例も多かった(たとえばDreamのメンバーだった長谷部優)。

2000年代後半から国民的な人気を得たAKB48とその姉妹グループメンバーらは、活動当初からメンバー各自で水着グラビアに積極的に進出し、CDセールスや総選挙・握手会といったライブアイドルとしての船客とは別の男性ファンを獲得する原動力した。

AKBとその姉妹グループメンバーによる水着グラビアは、2010年後半には少なくなるが、他方でデビュー以来グラビア路線と一線を画してきた乃木坂46欅坂46のグラビア界における活躍が目立つようになった。

そして、AKBグループ全盛期でも音楽活動を継続させてきたハロー!プロジェクトも、メンバーによる水着グラビア活動も活発である。

アナウンサー系

1990年代からあった流れとしては、テレビ局のアナウンサーがタレント並みに注目されるにつれ、フリーアナウンサー・キャスターとなって、グラビアを通して清楚で知的な雰囲気を醸し出し、一定の男性ファンを獲得する手法が取られた。

キャスターとしてのイメージを守るためか、ヌードや水着グラビアは無く、露出は抑えめにする例(根本美緒杉崎美香小林麻央皆藤愛子ら)が多いが、お天気キャスターで全国区の人気を得た角田華子吉田恵が写真集で水着姿を披露したり、競馬番組のキャスターだった柳沼淳子、NHK契約キャスター出身の古瀬絵理らが積極的にグラビアに進出する動きも出てきた。

2010年代に入ると、タレントとしてのキャリアがあるアナウンサー・キャスターが増加したことや、フリーアナウンサーそのものが供給過多状態になったことから、脊山麻理子塩地美澄伊東紗冶子薄井しお里など、局アナからグラビアタレントに転向し、水着グラビアに進出する者も現れている。

その他(スポーツ選手、声優など)

また、グラビア界には、前述の傾向以外からの進出も増えているが、2000年代後半からはその流れが加速している。

日本国外でもアリカ・シュミットなどの例があるとおり、スポーツの分野では、日本の例においてもスポーツ出身タレントもしくは現役アスリートで兼務する者も非常に多く、ビーチバレー選手(当時)の浅尾美和がそのアイドル並みのルックスの良さと鍛えられたしなやかな肢体が注目されて、オフシーズンの活動の一環としてグラビア活動をするようになり、水着写真集を発売、テレビ広告にも起用されるなどビーチバレーの知名度向上に一役買ったことが知られる。ほかに高野人母美菅山かおる益子直美中田久美長崎宏子岩崎恭子田島寧子寺川綾伊藤華英村主章枝今井メロ中村真衣中西悠子畠山愛理などの例が見られ、また女子プロレスラーなどが並行しまたは引退後にグラビアタレント活動を展開することが多い。

声優界では、アイドル声優として絶大な人気を誇る平野綾たかはし智秋戸松遥などが、いずれもグラビアアイドルと同様の水着姿を披露していくほか、2010年代になると、内田真礼[12]佐倉綾音[13]水瀬いのり[14]小倉唯[14]斉藤朱夏[15]逢田梨香子[16]豊田萌絵[17]などのように、いわゆる一般の漫画雑誌などの巻頭グラビアに登場したり、水着姿を含む写真集を発表する声優も現れるようになった。いくつかの声優雑誌では(特に巻頭特集などで)、インタビューページよりもグラビアページの方にページが割かれている傾向が強いことが少なからず存在している。一例として『声優アニメディア』『声優パラダイスR』『B.L.T VOICE GIRLS』などが該当する。

また、この他にも、元衆議院議員上西小百合が議員在職中に写真集を発売したり、藤川優里(青森県八戸市市議会議員)が市議会選挙初当選後に水着姿が収録された写真集やDVDを発売したことでも話題となったが、上西・藤川は大学時代にキャンペンガールやタレントとしての活動経験がある。

足跡

1970年 - 1980年代

日本においての「グラビアアイドル(以下、特別な場合を除きグラドルに略記)」の歴史は、キャンペーンガールとして1976年より活躍したアグネス・ラム(ハワイ出身)に始まる。

この時代はグラビア誌面の雑誌は、『平凡パンチ[* 2]、『週刊プレイボーイ[* 3]などの週刊誌系のみで、飾っていたのは当時の女性アイドルと専任のヌードモデル達であった。

女性アイドルのメインは、ほぼ全てがテレビ出演やコンサートでの歌手活動で「アイドル歌手」とも呼ばれ、彼女らのグラビアにおける水着披露は、歌手としての人気を獲得するプロモーションの一環に過ぎず、「あくまで本業は歌手」という前提であった。

1974年小学館からA4大判のグラビア雑誌GORO』が創刊される。それまでの雑誌グラビアが、どちらかと言えば読み物記事の添え物といったような扱いだったのに対し、『GORO』は表紙と巻頭グラビアを写真家篠山紀信が担当した。無名女性モデルのヌードからアイドル歌手、新進の若手女優を等価に扱った「激写」というグラビアコーナーを生み出し、これが世に受けてグラビア写真により大きな比重を置いた雑誌として、成人男性読者を中心に大きな反響を呼ぶ。

1980年代前半当時の芸能界は、山口百恵引退後の第2期女性アイドル歌手ブームが起きていた時期であり、掲載していた場合について、まだ世間的にも女性アイドルが「グラビアに載っている」という捉え方でしかなかったが、アイドル歌手、クラリオンガールなどのキャンペーンガールや新人女優が、グラビアで水着を披露する割合が多かった。

1982年には『スコラ[* 4]が創刊した。

1984年堀江しのぶがデビューする。堀江は後にブームの立役者となる野田義治[* 5]の秘蔵っ子であり、野田に「堀江を売り出すためにイエローキャブを創った」と言わしめるほどの存在だった。グラビアで人気を獲得した堀江は徐々にバラエティー番組やドラマ、映画へと活動の幅を拡げ、現代においても見られる「グラドル→マルチタレント」という流れの基礎を築いたが、4年後の1988年9月に、胃癌により23歳の若さで急逝。しかし、皮肉にも彼女の死が大きく報じられたことによりグラドルという存在を世に記す第一歩となり、その後野田が手掛けたかとうれいこ細川ふみえも、豊満で肉感的なスタイルを活かしてまずグラビアで人気を博した後、テレビ番組など活動の幅を拡げており、野田率いるイエローキャブはグラビア界で地位を確立した。

1990年代

1990年代に入ると、大手のオスカープロモーションC.C.ガールズシェイプUPガールズといった、セクシー路線に徹したアイドルグループを売り出し、こうしたセクシータレント及びグループが多数登場した。しかしながら、この時点でも「グラビアアイドル」という言葉は浸透しておらず、売り込む対象は一部の男性層に限られており、彼女達は(後年別な意味合いとなる)「セクシータレント」などと呼称をされていた。

1994年、この年にエポックメーキングな登場をしたのが雛形あきこである。2年前に俳優として芸能界デビューしていたがパッとせず、イエローキャブに移籍し水着グラビアを始めるとその素質が一気に開花。俗に「雛ポーズ」と呼ばれる両腕を絞り胸の谷間を強調するポーズで、一世を風靡しこれ以降の水着グラビアに、一定の方向性を示したと言える。

イエローキャブ系の巨乳グラドルが隆盛の中、細身で美乳という新しいタイプのタレントとして、藤崎奈々子山川恵里佳らを擁するアバンギャルドが台頭し、彼女らもグラビアでの成功を機にマルチタレントへとステップアップしている。

また、この頃から大手プロダクションもグラビアアイドルを手掛けるようになり、ホリプロからは優香がデビュー。デビュー1年後の1998年ゴールデン・アロー賞のグラフ賞を受賞したのを皮切りに、1999年度には最優秀新人賞・放送新人賞を、2000年度にも放送賞を受賞。遂には2002年度に記念表彰のゴールデングラフ賞を受ける快挙を成し遂げて、グラビアタレントの地位向上に大きく貢献した。

2000年代以降

2000年以降、アイドル系の新しいグッズアイテムとしてトレーディングカードが登場、グラドルのの1つとして定着していった。

グラビアタレントのバラエティ番組への本格的進出が顕著になり、特にMEGUMI若槻千夏をはじめとする「芸人並にしゃべれて面白いリアクションができるグラビアタレント」の出現が、グラビアタレントの裾野を広げる大きなきっかけとなった。

なお、この頃から大抵の番組では俗に「グラビアタレント枠」と言われるものが設けられ、お笑い芸人達に混じり番組を盛り上げる役として、お茶の間の人気を獲得していく。

2000年代中盤以後、ライブアイドルファッション雑誌専属モデルなど、グラビアのキャリアなくキャリアを成長させるタレントの増加などがみられるほか、グラビアタレントより、露出の多いジャンルへの人材流出などがみられた。

2000年代中盤以後、『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス)の新規参入や『漫画アクション』(双葉社)、『ヤングキング』(少年画報社)の復活といったものはあるものの、グラビア業界の市場規模の拡大については、陰りが見え始めた。

市場規模拡大について陰りが見えた主な原因として、少子化によるグラビア誌の購買人口の減少や、出版不況による紙媒体の衰退などがあげられる。2008年夏には『週刊ヤングサンデー』が『ビッグコミックスピリッツ』に編入される形で休刊され、2010年の始めには『sabraサブラ』が紙媒体からWEBサイトへ移行した。

更に2010年ごろから、AKB48などのグループ・アイドルやファッション誌のモデルらが、雑誌の表紙やグラビアページ、更には先述したバラエティ番組の「グラビアタレント枠」に割って登場するようになる。こうして、既存グラドルの活躍の場が、少しずつ失われていったことも挙げられる[18]

こうした中、倉持由香塚本舞鈴木咲らは、SNS等で水着姿の自画撮り画像を公開し、雑誌や既存メディアに頼ることなく、水着グラビアを披露する動きが出てくる。後に倉持は人気グラドルの一人となり、SNS等の自画撮り画像の公開は、その後のグラドル達のアピール手法の一つとして確立する。

そして、デジタルカメラの普及により、全国的に増加していた撮影会への出演を通して、地道ながらに知名度を重ねていく。

また、いわゆる「ご当地アイドル」ブームの低下と同時に、ライブアイドルたちがタレントとしての生き残りを探る中で、水着グラビアを披露する例が増加する。

2010年代中ごろから、イメージDVD等に出演していたモデルが、AV女優に転身するケースとして、AV女優やヌードモデルとして活動させることが決まっているタレントを「タレント」の肩書をつけ、転身の箔を付けさせるために、あらかじめ水着・着エロ等ほかでのグラビア媒体に出演させる例も見られていく。

2016年ごろからは、グラビアタレントとしてもファッションモデルとしても活躍する人物が「モグラ女子」として注目されるようになり、馬場ふみか久松郁実内田理央大川藍泉里香武田玲奈石川恋朝比奈彩松元絵里花武田あやな松本愛大澤玲美らが活躍[19]

2017年ごろより、AKB48系アイドルタレントが、グラビア活動をセーブする[要出典]

その一方、非AKB系のメジャーアイドルユニットを抱える事務所は、AKB系が独占してきた雑誌グラビア枠に、続々と所属タレントを出演する戦略を取った。これまで音楽業界に重点をおいてきた大手エイベックス・マネジメント浅川梨奈出口亜梨沙大原優乃など)も、先行するアップフロントプロモーション勢(例えば牧野真莉愛譜久村聖植村あかりら)のように、グラビア業界に参入していった。

2018年ごろからは、新興のモデル事務所であるリップ葉月あや犬童美乃梨橋本梨菜森咲智美HOSHINOなど)、01familia川崎あや青山ひかる桃月なしこなど)のタレントがグラビア界に参入する。

そして脊山麻理子伊東紗冶子塩地美澄ら、アナウンサーからの転身組、えなこ伊織もえなどのコスプレーヤーの登場など、多種多様なジャンルから、モデルが参入する。

こうして、群雄割拠な状況ながら、グラビアタレントは復権しつつある。

グラビアタレントの中には、その後プロアスリートに転向する例もある。

中原未來はガールズケイリン選手への転向を目指し芸能界を引退後、日本競輪学校(当時)の入学試験に合格。在学中に競輪選手資格検定にも合格し競輪選手として登録され、2018年7月より本名の日野未来としてガールズケイリンでプロデビューを果たした。

このほか、プロレスリング転向組もおり、2010年代以降、愛川ゆず季まなせゆうな万喜なつみ白川未奈らがリングデビューしている。

グラビアアイドル関連のプロジェクト・コンテスト

ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」

社団法人(現:一般社団法人)日本雑誌協会雑誌芸能記者クラブ主催の「ゴールデン・アロー賞」には、日本雑誌写真記者会が選考する「グラフ賞」という賞があり、もともとその年度で最も雑誌のグラビアを飾り話題を提供した被写体が受賞者に選出されていた。

以下、1998年度(第36回)受賞の優香以降は、グラビアアイドルの登竜門的な賞となっていた。

受賞者は、自動的に翌年度の「雑誌愛読月間」[* 6]イメージキャラクターに起用される。

いずれも、その時代を反映したフォトジェニックであり、受賞者を改めて見ることで、一般大衆が求めるグラビアの傾向やその推移が見て取れる。

そして、他のミスコンのように、同性の視線を意識してか、均整の取れたプロポーションの持ち主が選ばれやすいのが特徴。

また受賞者は、ミスマガジンなどの、当該年度キャンペーンの受賞者であることなどから、実績、活動に対しては非常に厳しい評価がされている。

ゴールデン・アロー賞は第45回を以て終了したが、雑誌愛読月間イメキャラの選出は2013年度まで行われた。

2009年度以降は佐々木希桜庭ななみ武井咲剛力彩芽能年玲奈が起用されており、ゴールデン・アロー賞終了後のイメキャラは、グラドルから若手女優へとシフトしている。つまり2012年度はグラドル勢で孤軍奮闘していた吉木りさが、2013年度はそのエロティックなキャラクターが広く話題となり、女性ファッション誌にも出演機会があった壇蜜が落選しているのである。

なおAKB48および姉妹グループのメンバーは、2009年頃以降の雑誌グラビアを席巻していた時期でも、選出者がいなかった。

2010年代中盤には「カバーガール大賞」として、事実上復活している。

プロジェクト・コンテスト例

グラビアページを掲載している主な媒体

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 悪役も含む。
  2. ^ 1964年創刊、マガジンハウス
  3. ^ 1966年創刊、集英社
  4. ^ 講談社のち分社
  5. ^ 現、サンズエンタテインメント会長
  6. ^ 2000年度までの名称は「雑誌月間」。2014年度以降も企画そのものは継続する。

出典

  1. ^ “【WEEKDAYはグラドル日記(246)】沖縄・宮古島で、かなり「えちえち」なシーンに挑戦した白宮奈々”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2020年4月22日). https://www.sanspo.com/geino/news/20200422/gra20042211300001-n1.html 2020年4月23日閲覧。 
  2. ^ “日本一エロいグラドル・森咲智美、SEXYランジェリーで大胆露出「渾身の撮影をしてきました」”. モデルプレス (ネットネイティブ). (2020年4月22日). https://mdpr.jp/news/detail/2044475 2020年4月23日閲覧。 
  3. ^ “グラドル夏本あさみ“セルフ鑑賞会”に大照れ”. ザテレビジョン (KADOKAWA). (2020年4月23日). https://thetv.jp/news/detail/229877/ 2020年4月23日閲覧。 
  4. ^ “17歳のグラビア女王「沢口愛華」父が写真の表情にダメ出し”. Smart FLASH (光文社). (2020年3月25日). https://smart-flash.jp/entame/97476 2020年4月23日閲覧。 
  5. ^ ““最強グラビアクイーン”大原優乃、春色BODYに大人モードの表情で…”. ORICON NEWS (オリコン). (2020年4月7日). https://www.oricon.co.jp/news/2159385/full/ 2020年4月23日閲覧。 
  6. ^ “5月16日開催する副業EXPO!ゲストに「カジサック」、MCに「じゅんいちダビッドソン」を迎え豪華布陣が勢ぞろい。YouTube生配信にて開催決定!” (プレスリリース), PR TIMES, (2020年4月23日), https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000027923.html 2020年4月23日閲覧。 
  7. ^ グラビアアイドルって英語でなんて言うの?”. DMM英会話なんてuKnow?. 2020年4月23日閲覧。
  8. ^ イケメン マップメイト”. プロダクションM.A.P.. 2010年9月14日閲覧。[リンク切れ]
  9. ^ 集英社「週刊プレイボーイ」2020年7月13日No.27.28合併号 193頁
  10. ^ 徳重辰典 (2020年9月12日). “「夜の人脈づくりなんて意味ないよ」30歳になった菜乃花がグラドルの後輩たちに伝えたいこと” (日本語). マイナビニュース. 2020年9月12日閲覧。
  11. ^ 音楽界のセクシー女性ランキング
  12. ^ 内田真礼:ヤングジャンプの巻頭グラビアに”. まんたんウェブ. 2017年9月17日閲覧。
  13. ^ 佐倉綾音:人気声優が「マガジン」初表紙 京都で“和”グラビア”. まんたんウェブ. 2017年9月17日閲覧。
  14. ^ a b 水瀬いのり&小倉唯:「マガジンポケット」でグラビア公開 オフショットも”. まんたんウェブ. 2017年9月17日閲覧。
  15. ^ 斉藤朱夏:「ラブライブ!サンシャイン!!」声優が「ヤンジャン」グラビアに”. まんたんウェブ. 2017年9月17日閲覧。
  16. ^ 逢田梨香子:“声優界最高の美女”が再び「ヤンジャン」表紙に はじける素肌!”. まんたんウェブ. 2018年4月30日閲覧。
  17. ^ 豊田萌絵:「ユーフォ」声優の写真集が重版 水着も話題で売り切れ店続出”. まんたんウェブ. 2017年9月17日閲覧。
  18. ^ 『グラビアアイドル「幻想」論』・双葉新書・織田祐二著
  19. ^ SEXY美ボディに男女双方が夢中!馬場ふみか・久松郁実・大川藍…“モグラ女子”の勢いがスゴい

関連項目

プロゴルファー

プロゴルファー(Professional golfer)は、ゴルフ競技におけるプロフェッショナル(Professional)選手の呼称。

概要

一般にゴルフにおける「プロゴルファー」とは、下記の2つの意味を総称したものである。

  • ツアープロ(トーナメントプロ)
  • ティーチングプロ(レッスンプロ)

一般的なスポーツにおいては「プロフェッショナル=自らが競技することで報酬を得るスポーツ選手」と定義されることが多く、ゴルフにおけるティーチングプロのような存在は「プロインストラクター」などとして選手とは明確に区別されるのが普通だが(サッカーのように指導者限定のライセンス制度を設けている競技すらある)、ゴルフの場合は近年までツアープロとレッスンプロを明確に区別せず、双方をほぼ同じ基準で認定していた点が特異的である。

最近はツアープロとティーチングプロを区別し、プロ認定を行うためのテスト等を別々に実施するようになってきているが、現在も日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)ではトーナメントプロテストの合格者に対しインストラクター(レッスンプロ)資格を付与するなど、依然として双方が密接に関係している。

男子のプロゴルファーは、トーナメントに出場するツアープロは日本ゴルフツアー機構(JGTO)が、ティーチングプロに関しては日本プロゴルフ協会(JPGA)がそれぞれ管轄している。

プロゴルファーに対しては、一般のアマチュアゴルファーと比べて様々な規則変更や規制が前倒しで適用されるケースが多い。特に近年はゴルフクラブに対する各種の開発規制(詳しくはクラブ (ゴルフ用具)#規制を参照)が厳しくなっており、アマチュアでは使用が許容されるクラブでもプロのツアー競技では使用を禁止されるケースが増えている。

ツアープロ

プロゴルファーの中でも、実際にプロのツアー競技に参加することで賞金を獲得する者を、後述の「レッスンプロ」と区別する意味で「ツアープロ」あるいは「トーナメントプロ」と呼ぶ。基本的にはツアー競技に参加することで得られる賞金や、特定の企業と所属契約を交わすことで得られる契約金、ゴルフ用品メーカーとの間で交わすアドバイザリー契約などが収入源となる。

ティーチングプロ

他のプロやアマチュアゴルファーにゴルフの指導を行うことで報酬を得る者を「ティーチングプロ」あるいは「レッスンプロ」などと呼ぶ。基本的には特定のゴルフ場やゴルフ練習場などに所属し、当該施設に来場したゴルファーの求めに応じて指導を行うのが一般的であるが、中にはたとえばタイガー・ウッズの歴代コーチである、、、また、キャロウェイと契約しているデビッド・レッドベター、日本では、元プロ野球出身の後藤修秋本祐作や、丸山茂樹らのコーチを務めた、片山晋呉諸見里しのぶらのコーチとして知られる江連忠などのように、主にツアープロを相手に指導を行ったり、その知名度を活かしてDVDやレッスン書販売、テレビ出演などで収入を得ているものもいる。

なお日本においては、ティーチングプロの名称は公益社団法人日本プロゴルフ協会の登録商標[1]となっている。

その他

誰でも、プロ宣言を行えばプロゴルファーにもなれるし、趣味としてゴルフを行っていればアマチュアゴルファーである。ただし、各種ゴルフ連盟は独自にプロ、アマを定義しており、試合に参加するには主催する連盟が定義する資格が必要である。後述のプロゴルファー及びアマチュアゴルファーという用語はJGA及びJPGA/JLPGAが定めた用語であり、一般的な用語とは異なる。

ゴルファーが「プロ宣言」を行ったからと言って、「(JPGA/JLPGA)プロゴルファー」になる訳ではない。そして後述する理由で「(JGA)アマチュア資格」を失ったとしても、そのゴルファーは「(JGA)アマチュア資格のないゴルファー」であって「(JPGA/JLPGA)プロゴルファー」ではない[2]

プロゴルファーとはPGAプロテストまたは、ティーチングテスト(各国でPGA以外のティーティングライセンスも複数存在する)。もう一つJGTOのツアー資格(「サード」をクリアするとプロとして活動できる。JGTOの主宰する試合の予選に出る資格が与えられる)は、「サード」をクリアしてもその年シードが、取れなければ再受験となる。その時はプロの称号は無いが、アマチュアの試合に出られない、アマチュア資格のないゴルファーとなる。ゴルフ研修生などは、PGA、JGTOプロテストを受験して合格しなくても一定の条件さえ満たしていれば、アマチュア資格を持ち続けることも出来る。

プロライセンス・ツアープロライセンスの無い「プロゴルファー」も一部に存在する。日本ではあまりメジャーではないが、ドラコン選手である(ドライビングコンテスト。ドライバーでどの位遠くまでボールを飛ばせるかを競う)専門の選手で、LDA世界ドラコン選手権やなどといった「賞金」つきのドラコン大会も複数存在する、上位選手には南出仁寛などメディアに露出しゴルフ用品メーカーと契約を結ぶ者もいる。ただ2011年現在、ドラコン専門選手のプロテストは日本では行われていない。

また名誉あるゴルファーが、特例としてプロ宣言で宣言プロになる事が出来る(プロ宣言の詳細は、JGAルール参照の事)。

日本の場合

統括団体

日本の法律では職業としてゴルフを行うのに資格は必要ないが、出場する試合を行う団体が設定する資格が必要になる。またゴルフトレーナーが「認定プロ」と名乗るにはその団体が設定する資格が必要になる(単に職業としてゴルフを教えることは誰でも出来るが、JGAのアマチュア資格の条件からは外れる)。日本で最も大きいプロゴルファーの統括団体は、男子は日本プロゴルフ協会(JPGA)、女子は日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)である。現在男子プロのみティーチングプロとツアープロの統括する団体が別組織で統括しており、主にティーチングプロを統括している団体が日本プロゴルフ協会(JPGA)でツアープロを統括している団体が日本ゴルフツアー機構(JGTO)である。以下の記述ではJPGA及びJLPGAの規定について記述する。

ツアープロ

日本でツアープロになるためには、自らが参加を希望するツアーの参加資格を得ることが必要となる。かつては参加資格取得には、レッスンプロと同様にJPGAもしくはJLPGAの主催するプロテストに合格する必要があったが、現在は以下のようになっている。

  • 男子のツアープロについては、日本ゴルフツアー機構(JGTO)が毎年実施するクオリファイングトーナメント(QT)に参加して成績上位順から順位付けが行われる。そのランキングにより来季ツアーへの参加資格を得ることができる。QTには、日本ゴルフ協会(JGA)のハンデキャップが3.0以内や、日本ゴルフ場支配人会連合会加盟ゴルフ場の所属責任者の署名捺印を受けた者、日本国内の高校ゴルフ部在籍経験者または大学ゴルフ部在籍経験者で所属責任者の捺印を受けた者、など一つでも条件を満たしていれば一般アマチュアゴルファーでも参加することが出来る。ただし、成績上位に入った場合のランキングは、プロ宣言を行った場合にのみ与えられる。JPGAでも「資格認定プロテスト」の名称でトーナメントプロテストを行っているが、同テストに合格して得られるのはJPGA主催大会(日本プロゴルフ選手権大会など)の予選会出場資格であり、JGTO管轄の大会に関しては別途QTで上位に入らなければツアー出場資格は原則として得られない(ただしJPGAのトーナメントプロについてはQTにおいてシード等が与えられる)。
  • 日本プロゴルフ協会の資格認定プロテストは、2013年に公益社団法人化されたことを受けて、満16歳以上の男子であれば、書類審査を経て、プレ予選大会から受験することができるようになった[3]
  • 男子のシニアツアー(PGAシニアツアー)については、JPGAが実施する予選会に参加して合格した場合にツアーの参加資格を得ることができる。レギュラーツアーと異なり、予選会参加には原則としてJPGAのトーナメントプロであるか、ティーチングプロのうち選考会を通過していることが必要。
  • 女子については、JLPGAが実施するQTに合格した場合にツアーへの参加資格を得ることができる。QTにはJLPGA会員の推薦を受けるなど一定の条件を満たせば一般人も参加可能。JLPGAではQTとは別にトーナメントプロテストも実施している(合格者は男子レギュラーツアー同様、QTのシード権が与えられる)。なおプロテスト合格者のうち1位の者には同年のツアー後半の参加資格が与えられるほか、合格者全員にステップ・アップ・ツアーの出場資格(1年間)が与えられるなど、プロテストの結果とツアー出場資格が一部連動している。

またアマチュア選手としてツアー競技に参加し優勝した場合にも、その後にプロ宣言を行えば優勝した競技に応じてシード権等が有効となる(過去には宮里藍石川遼松山英樹畑岡奈紗古江彩佳がこの形でツアープロに転向している。ただし勝みなみは権利を行使せず、高校卒業後にプロテストに合格してツアープロに転向している)。ツアープロの中でも、ツアー競技においてシード権を獲得しているものは当該ツアーの「ツアーメンバー」と称される。

2005年まではPGAシニアツアーにおいて、50歳以上のアマチュアゴルファーの中で規定の予選会を突破するなど成績優秀な者に対しシニアツアーへの出場資格を与える「シニア認定プロ」制度を設けていた(過去には、古市忠夫、、辺土名求などの例がある)。

ティーチングプロ

ティーチングプロになるためには、JPGAもしくはJLPGAが実施する資格認定講習会に合格することが必要。

  • JPGAの場合、実技審査、筆記・面接試験の後、講習会と実技審査(約1年間)を経てB級会員となり、その後1年間の研修期間・A級講習会を経てA級会員となる(なお経過措置として、「C級」が以前からのティーチングプロのためにのみ存在する。一般の人がC級会員になる事は出来ない)。
  • JLPGAの場合は、合格後まず「ティーチングアシスタント」として研修を積んだ上で、研修会での実技テストで一定以上の成績をクリアするとC級講習会の受講が認められ、以後B級→A級とステップアップする。

アマチュア資格

統括団体

日本の法律では趣味(アマチュア)としてゴルフを行うのに資格は必要ない。また、賞金を受け取る事も違法では無い(賭博に該当する賞金システムは不可。また、適切な税務処理は必要である。)。ただし、アマチュア団体によっては資格を厳格に定めており、一団体である日本ゴルフ協会(JGA)が主催する競技に出場するにはJGAが定めるアマチュア資格が必要になる。以下の記述はJGA内の規則に基づいて書かれた物である。

JGAの定めるアマチュア資格

ゴルフにおいては歴史的経緯から、アマチュア資格を極めて厳格に管理していることも特徴的である。現在、プロテストに合格する・プロ宣言を行うなど自らの意思でプロに転向する以外にも、以下の行為を行ったゴルファーは、アマチュア資格を即時に喪失するとされている。

  • ゴルフをプレーして75,000円(ジュニア競技の場合50,000円)を超える賞品を受け取ること
  • ゴルフ技術の指導をして報酬(金額を問わない)を得ること
    • 特例措置として学校の教員などは勤務時間の50%以下の指導であれば可能。(学校のゴルフ部顧問までプロ扱いになってしまうための対策)。
  • 賞金(金額を問わない)のある競技でプレーする(実際に賞金を獲得できたかどうかは問わない)
    • あらかじめ賞金を放棄することを宣言した上でプレーした場合、またホールインワン賞として金銭を受け取ることは除く[2]
  • 個人競技(ジュニア競技を除く)でプレーするための費用を家族や法律上の保護者以外のものから受け取ること
    • ただしゴルフの手腕と関係のない招待(著名人としての招待、企業の接待など)は含まれない。
  • ゴルファーとしてプロフェッショナルエージェント(マネージメント会社、代理店、芸能事務所など)と契約すること(文書、口頭を問わない)

ゴルフの手腕や名声(Golf Skill or Reputation)のあるアマチュアゴルファーが「ゴルフの手腕や名声」を有しているかどうかの判断は、統轄団体の決定事項である。一般的に次の場合にのみアマチュアゴルファーはゴルフの手腕を有していると一応考えられる。

アマチュアゴルファーが国、地区レベルの競技に優勝するか、あるいは国や地区、都道府県のゴルフ協会や連盟の代表に選ばれた場合、またはエリートレベルで競技をした場合、ゴルフの名声はゴルフの手腕を通じてのみ得られるものであり、そのような名声は、プレーヤーのゴルフの手腕が統轄団体によって決められた基準に該当して以後5年間は継続するものとみなされる。

アマチュア復帰手続き

アマチュア規則に違反しアマチュア資格を喪失した者のうち希望するものは、統括団体(日本の場合JGA)に申請を行うことでアマチュア資格の復帰を行うことができる。ただし復帰の回数は生涯を通じて最大2回までに制限される。

また復帰を希望する者は、復帰申請後一定期間(アマチュア規定に反した期間が5年未満であれば1年間、5年以上6年未満の場合は2年間)の待機期間を経る必要がある。待機期間中はアマチュア規則の厳格な遵守が要求されるだけでなく、アマチュアゴルファーに対象を限定した賞を受け取ることができないなど、通常のアマチュアよりもさらに厳しい制限下に置かれる。

6年以上アマチュア規定に反した著名なプレーヤーはアマチュアへの復帰はできない。

脚注

関連項目

外部リンク


 

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