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🥾|大船渡市にボルダリング場オープン 沿岸部に初めて開業<岩手県>  


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大船渡市にボルダリング場オープン 沿岸部に初めて開業<岩手県>  

 
内容をざっくり書くと
その後、東京や奥州市のボルダリングジムで約10年働いた後「大船渡をボルダリングで盛り上げたい」と高校の同級生と協力して施設を造った。
 

オリンピック競技の一つ、ボルダリングを気軽に楽しめる施設が9月17日、岩手県大船渡市にオープンした。… →このまま続きを読む

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奥州市

奥州市(おうしゅうし)は、東北地方の中部、岩手県の内陸南部に位置する、県内第二の人口を擁する。岩手県の県南地方を管轄する出先機関である県南広域振興局の所在地。

2006年平成18年)に、水沢市江刺市の2市、および、胆沢郡前沢町胆沢町衣川村の2町1村が新設合併して誕生した。

概要

奥州市は、西側を奥羽山脈、東側を北上山地で挟まれる北上盆地の南部に位置する。北は花巻市北上市西和賀町金ケ崎町、南は一関市平泉町、東は遠野市住田町、西は秋田県東成瀬村に接している。

奥州市最高峰の焼石岳を主峰とする西部地域の焼石連峰は、ブナの原生林が多く残されている。また、北上川東側には、北上山地につながる田園地帯が広がり、東端部には、種山高原、阿原山高原が連なっており、地域全域が緑のあふれる豊かな自然に恵まれている。

主な可住地は、東流する胆沢川によって拓かれた広さ2万ヘクタールで日本最大級の胆沢扇状地[1][注釈 1]、その扇端の東側を南北に流れる北上川が形成した河岸段丘、および、その他の小河川沿い平地や高原地域となっている。可住地面積は444.77km2であり全国で8位(岩手県内では一関市に次いで2位)である。岩手県の可住地率は低いが、当市は北上盆地の恩恵を受けているといえる。

人口は約11万人で、県内では盛岡市に次ぐ第2位の人口規模となる。総面積は993.35平方キロメートルと広大で、東京都の約2分の1弱の広さがあり、県内では宮古市一関市に次いで第3位の面積を有する。

土地の利用状況は、総面積のうち、田が、17.7%、畑が4.8%、宅地が3.5%、山林が44.1%で、農地の割合が高く、稲作を中心とした複合型農業により、県内屈指の農業地帯となっている。肥沃な大地からは前沢牛江刺りんご、江刺金札米などの全国的に有名な農産物を生産している。また、交通の利便性の良さを背景に県内でも屈指の商業集積が進み、工業団地等が整備され、商業・工業・農業のバランスがとれた産業基盤が特徴である。

胆江地方は古代東北の歴史舞台の中心地として知られ、角塚古墳胆沢城跡、衣川遺跡群など数多くの史跡が残されている。市中心部の水沢地区からは幕末から近現代にかけて多くの偉人を輩出しており、特に高野長英後藤新平斎藤実は水沢三偉人と呼ばれ、それぞれ資料館や生家など史跡も多く残されている。奥州藤原氏に起源を持つ南部鉄器岩谷堂箪笥秀衡塗などの伝統産業や、日高火防祭などの祭典も多く、基幹産業の事業展開が図られている。

奥州街道および東北本線は、扇端沿いで河岸段丘上の水沢地区の中心地域を南北に通っているが、段丘崖下の段丘面を通る国道4号沿いには新しい市街地が形成され、大規模なロードサイド店舗の進出が見られる。東北新幹線水沢江刺駅は、その対岸(北上川東岸)に位置している。

地理

人口

Demography03215.svg
奥州市と全国の年齢別人口分布(2005年)奥州市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 奥州市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

奥州市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、4.27%減の119,422人であり、増減率は県下33市町村中9位。

隣接自治体

歴史

原始

およそ500万年前、奥州市周辺が仙台から続く入り江になっていた頃の時代は、マエサワクジラなどの海棲哺乳類が棲んでいた。

約3万5000年前には、斜軸尖頭器を出土した柳沢舘遺跡(水沢)などが存在し、旧石器時代から人が住んでいたと考えられる。遺跡は中期旧石器時代で、片刃礫器、削器、斜軸尖頭形剥片などの石器があるが、後続する後期旧石器時代の遺跡は未発見である。

縄文時代の東北地方(特に北部)は、後世と比べ気候温暖であった。当時の東北地方はコナラ・クリなど の落葉広葉樹林に広く覆われ、海岸線は平野の中まで深く入り組んで、採集生活に適した環境を作り出した。なお縄文時代の文化は「東高西低」といわれ、西日本の人口密度が希薄だったのに対し、東北地方と関東地方は、日本列島の人口の過半が集中する、縄文文化の中心地であった。市内にある縄文時代の集落跡としては、大清水上遺跡などがある。

弥生時代の遺跡としては清水下遺跡などから石包丁が発見され、近くから水田の跡も見つかったことから、胆江地方にも稲作文化が伝承されていた。

古代

この地方は古代、大和朝廷から日高見国と呼ばれ、日本書紀には「日高見の国は土地が広大で肥沃である」と記されている。平安時代初期に編纂された続日本紀によると「水陸万傾の地」と記されており、古くから拓けた豊かな土地であった。

東北地方が近畿地方の大和王権に服属せず独立を保っていた地方王国の時代から、仙台平野南部に次ぐ東北地方住民の中心地の一つであった。当時、東北地方の人々は、大和王権から蝦夷(エミシ、エゾ)と呼ばれ恐れられていた。蝦夷とは、和人化される前の、アイヌ語系統の言葉を話していた続縄文文化の担い手と推定されている。

5世紀後半〜6世紀初、日本列島北端に位置する前方後円墳角塚古墳が造営された。大和朝廷と繋がりがあり、強大な権力を持った豪族がいたことを伺うことができる。

729年(天平1年)、東北地方初の寺院として、行基が黒石に東光山薬師寺(後の黒石寺)を建立する。

5世紀前後、仙台平野を中心とする東北地方南部が大和王権に服属すると、大和王権は胆沢盆地を中心とする東北地方中南部の蝦夷と対立した。

780年、俘囚長、伊治呰麻呂が東北地方の長官らを殺害して反乱を起こすと、蝦夷と朝廷の間にいわゆる「三十八年戦争」が始まった。このとき、胆沢江刺は蝦夷側の根拠地であった。789年、蝦夷の軍事指導者・アテルイ率いる蝦夷軍は徹底抗戦し、巣伏の戦いで朝廷軍を撃退した。しかし802年(延暦21年)、征夷大将軍坂上田村麻呂に降伏し、「三十八年戦争」は桓武天皇の勝利で幕を閉じた。戦後、朝廷は国府多賀城から鎮守府胆沢城(現在の胆沢城跡歴史公園)へ移した。

平安時代初期、胆沢城の整備が進み、国家鎮護の仏教儀礼を行う僧侶のための山林修行の場として、江刺郡(現在の北上市稲瀬町)の国見山に極楽寺が造られる。当初は小さな山寺だったが、後に地域を治めた安倍氏出羽清原氏が、五重塔など多くの堂塔を建築し、北東北最大の山岳仏教寺院となった。藤原清衡が平泉に拠点を移すまで、北上盆地の仏教寺院の中心として栄えた。

平安時代後期、衣川を拠点とする豪族であった安倍氏俘囚長として奥六郡を支配し、近辺では国司よりもはるかに強力な勢力を持つに至った。しかし前九年の役で、出羽の俘囚長・出羽清原氏の援軍を得た源頼義義家親子により滅ぼされた。衣川の地は、都人もあこがれた歌枕としても有名で、多くの歌人によって歌に詠まれた。

平安時代末期、前九年の役および後三年の役を経て、清原清衡(藤原清衡)が実父の姓に復して藤原氏を名乗り、根拠地を江刺郡豊田館から磐井郡平泉(現在の平泉町)に移して独自の地方政権を打ち立て、仏教を基盤とした東北地方における政治・文化の中心都市の建設に着手した。砂金をはじめとした豊かな産物による経済力と、奥州十七万騎と呼ばれた強大な軍事力を背景に、平泉は平安京に次ぐ日本第二の国際都市にまで発展した。

平泉の市街地は衣川の北側の奥州市域にも広がっており、衣川をはさんだ南の政治都市と北の産業・商業都市が融合して機能する複合都市を形成していた。衣川には藤原基成源義経の居所である衣川館や、中尊寺の子院などが並び、一大産業・商業地があった。また、清衡が平泉に居館を移した後も、江刺では益沢院で中尊寺に奉納された金銀字交書一切経が書写されるなど、清衡の本拠地として胆江地方は重要な役割をもち続けた。

安倍氏の血を引く奥州藤原氏は、約100年間に渡って東北全域を支配した。しかし四代目当主・藤原泰衡のとき、源義経を匿ったことを口実に源頼朝の侵略を受けて滅亡した。

なお、史実には無いが、義経は衣川では死なず北に逃れたとされる、いわゆる義経北行伝説の伝承地が江刺に残されている。

中世

鎌倉時代から室町時代にかけて頼朝から奥州総奉行に任じられた葛西清重を祖とする葛西氏が当地を治めた。初代清重は奥州藤原氏の要である胆沢郡、磐井郡牡鹿郡を与えられ、平泉ではなく石巻城に居を構えた。

胆沢郡は葛西氏重臣で大林城(金ケ崎町)を拠点とした柏山氏が治めた。築城年代・築城者は不明だが、現地の伝承では、葛西氏家臣の蜂谷氏佐々木氏・柏山氏などが水沢城を築城している。水沢城も葛西氏の胆沢平野支配の拠点の一つであったと考えられている。

また、江刺郡には幕府御家人千葉頼胤の三男である胤道が配され、岩谷堂城を居城として江刺氏を名乗り、江刺氏配下の人首氏が人首城を築城している。

貞和4年、無底良韶が黒石に正法寺を建立。奥羽二州(東北地方)における曹洞宗の本寺・日本第三の本山で、東北地方における曹洞宗の中心寺院として発展。かつては東日本各地に末寺が508ヶ寺や1200ヶ寺あったと伝えられている。

戦国時代末期になると、葛西氏は領土を胆沢郡、磐井郡、牡鹿郡から、登米郡本吉郡江刺郡気仙郡にまで拡大した。その一方で南部で隣接する大崎氏と衝突するようになった。このため大崎氏を挟み合う位置関係にある戦国大名、伊達氏と同盟し、伊達氏から当主を受け入れるなど、伊達氏と密接な関係を築いた。

伊達政宗の頃になると、葛西領は「伊達の馬打ち」と呼ばれる伊達氏の準領土となった。伊達氏は葛西氏の軍事指揮権を掌握したが、徴税権は葛西氏が握った。

伊達政宗が豊臣秀吉に屈服し、秀吉が奥州仕置によって葛西氏を滅亡させると、秀吉は葛西領を家臣、木村吉清に与えた。これに不満を抱いた伊達政宗は、旧葛西領および旧大崎領で「葛西大崎一揆」を起こさせた。しかし政宗の陰謀は秀吉に露見する。秀吉から一揆鎮圧の命令を受けた政宗は木村吉清を一揆勢から救出し、自ら一揆を鎮圧した。

戦後、秀吉は政宗から伊達郡などの先祖ゆかりの地や政宗が征服した会津地方を奪い取り、政宗に旧葛西領(現・岩手県南部)と旧大崎領(現・宮城県)を与えた。政宗は居城・岩出山城を築き、新しい領土の統治に当たった。こうして奥州市一帯は伊達領の一部となった。

豊臣秀吉が死ぬと伊達政宗は徳川家康の天下取りに協力し、1600年の関ヶ原の戦いを経て1601年、政宗は居城・仙台城と城下町を築いた。ここに仙台藩が誕生し、奥州市一帯は仙台領の一部となった。

近世

伊達政宗は平泉を含む岩手県南部(北上市まで)を支配した。当初、水沢には代官が置かれていたものの、後に伊達政宗の従兄弟にあたる留守宗利水沢城に入ると、以後は留守宗利を祖とする「水沢伊達氏」の支配が幕末まで230余年間続いた。なお、留守宗利は父、留守政景(政宗の叔父)の代から「伊達氏」を名乗っている。水沢は奥州街道が南北を貫き、手倉街道と盛街道が交差する交通の要所であったため宿場町として栄えた。この頃から近世城下町・水沢の原型が出来上がっていった。

また、江刺郡岩谷堂も仙台藩北辺の要害として、伊達家の重臣が治めた城下町として栄えた。岩屋堂城は幾たびも領主が変わったが、明治まで最も長く治めた岩城氏の時代に城下町が整備され、また問屋町が開かれた。岩谷堂宿は 北上川の舟運や陸路交通の要衝として栄え、江刺郡の中心地となるが、明治に入り日本鉄道(現:東北本線)の敷設に反対し、同線が北上川西岸側である水沢ルートを通ると、次第に流通の機能を失い急激に衰退していった。

慶長17年、キリシタンである後藤寿庵は、政宗の家臣で見分(現在の水沢福原)に千二百石を領した。彼は自分の家臣や領民をキリシタンに帰依させ、居館の傍に天主堂やクルス場(墓地)をおき、この地を聖書の福音にちなんで福原に改めた。ここに全国から信者が移り住み、ガルバリヨ神父など外国人宣教師が訪れ、福原は東北地方のキリシタン布教の拠点となった。また、慶長17年から元和9年には、寿庵が西洋の知識を大いに活用し、私財を投じて胆沢川の水を引く用水堰の開削に尽力し、イエズス会宣教師アンジェリスをして「アラビアの砂漠の如し」と言わしめた胆沢平野の開墾に大きな功績を残し、現代まで胆沢平野を潤している寿安堰が完成した。

近代

1868年、明治維新の際の戊辰戦争では、仙台藩は奥羽越列藩同盟(北部政府)をつくって明治新政府と戦った。仙台藩の一門である水沢伊達氏も白河の役に出陣したが、石切山などで敗れ、慶応4年6月12日に星隊長ら17人の死者を出した。新朝廷を創設する動きまであったが、敗戦により「東武朝廷」の誕生は成らなかった。

戊辰戦争敗戦にともない、水沢伊達氏領は仙台藩から没収されたため失領。翌明治2年(1869年)、邦寧は旧姓に復して留守氏を名乗る。同年、居城・水沢城が胆沢県庁として使用されることになり新政府に接収され、さらに水沢伊達氏家中は陪臣であるからとして帰農を命じられ、仙台藩の士族籍を得られなかった。このため、士分を保つために家中一同そろって北海道開拓に参加すべきとの意見が出されたが、邦寧は病身のため極寒の気候に耐えられないであろうとの判断から仙台に残留し、吉田元俶・坂本平九郎が家中200名を率いて石狩国札幌郡に移住した。この時、水沢伊達氏家中によって拓かれたのが平岸村(現・札幌市豊平区平岸)である。

1872年、廃藩置県により、伊沢県(仮県庁は前沢)、胆沢県(県庁は水沢。大参事・安場保和後藤新平斎藤実山崎為徳など地元の俊英な少年5名を見い出し、胆沢県庁給仕に採用した)、江刺県設置(県庁は岩谷堂。後に現在の遠野市に移された。江刺県は現在の岩手県北地域にまで広がる広大な領域であった)。その後、県合併により一関県(県庁は現在の一関市)、水沢県(水沢県の県庁は当初は水沢に置かれる予定であったが、現在の宮城県登米市に置かれた)、磐井県(県庁は現在の一関市)、岩手県(県庁は現在の盛岡市)となる。

なお、奥州市が属していた旧仙台藩領が「仙台県」とならずに「宮城県」となったのは、仙台藩の雄藩のイメージを明治新政府が抹殺したためだといわれる。但しこれは宮武外骨が昭和になって提唱した説であり、実際は官軍側であっても県名に郡名を採用した結果県名と都市名が一致しない例が沢山あることからも、俗説の域を出ない。

1878年、胆沢・江刺郡役所が塩竈村(現在の水沢)に置かれる。

薩長藩閥政治に反対し、国会を開き、国民の権利と議会政治の実現を求める自由民権運動は岩手県でも起こり、水沢では旧仙台藩士族の阿部靖之助と下飯坂権三郎が中心となり立成社が結成された。岩手県成立後も、旧仙台領である胆沢、江刺、西磐井、東磐井、気仙の県南五郡は地形、産業、歴史上、南部領とは異なるとして、住民により県南五郡を宮城県へ編入する分県運動が明治23年に自由民権運動とともに起きた。分県運動は署名運動がなされ、宮城・岩手両県の政治家により、衆議院、貴族院を通過したが、県南五郡を岩手県から離せば、県の財政基盤が崩れる点から、岩手県側から強い反対にあい、実行されなかった。

明治32年には、世界に6箇所ある国際緯度観測所の一つとして、水沢に緯度観測所(現・国立天文台水沢VLBI観測所)が開設された。初代所長の木村栄博士が世界的偉業であるz項を発見した功績により、水沢緯度観測所が国際極運動観測事業の中央局となり、Mizusawaの名が世界に知られた。

戦後も水沢は商工業が盛んな県南の中核都市として発展してきたが、1990年代のバブル経済崩壊後の平成不況や、グローバル化の進展に伴う規制緩和の流れの中で、2000年に施行された新大店法による郊外の大型店進出などの影響により、かつて商都として栄えた中心市街地は空洞化している。

年表

江戸時代以前

明治時代

大正時代

昭和時代

.東京大空襲の時に、胆沢郡南都田町でアメリカ軍にばれないように草をしいて、弾を作っていたという。

でも、アメリカ軍にばれたと言われる。

平成時代

行政区域の変遷

行政

市長

現職市長

2010年(平成22年)3月14日初当選(51歳)[3]、3月19日就任。2014年(平成26年)3月9日再選(55歳)[3]、3月19日就任。2018年(平成30年)3月4日3選(59歳)[3]、3月19日就任。現在3期目で、任期満了日は2022年(令和4年)3月18日。
  • 副市長 - 及川 新太おいかわ しんた
2017年(平成29年)4月17日就任。現在1期目で、任期満了日は2021年(令和3年)4月16日。[4]

歴代市長

首長の代数(歴代)の数え方は何種類もあるが、本節では a, b を添える形で書き分けながら解説する。表示欄では「代a」「代b」という名で2種類を記載した。a は就任のあるたびにカウントする方式に基づく代数であり、b は同一人物による連続就任をカウントしない方式に基づく代数である。a の方式を採っているは、八王子市弘前市[1]浜松市[2]など、b の方式を採っているのは、京都市[3]大垣市[4]などであるが、a と b の違いを認識しないまま単純に比較すると誤解が生まれる。奥州市がどちらの方式を採っているかは未確認である[注釈 2]。なお、返り咲きがあろうとも同一人物を1カウントとする方式もあるが、現状、奥州市は該当しない。

代a代b肖像氏名就任年月日退任年月日備考
 公 選 市 長
ささき ひてやす
2006年平成18年)2月20日2006年(平成18年)3月19日[注釈 3]衣川村長。市制の施行に伴い、市長臨時代理を務め、市長就任までの空位を埋める[5]
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相原 正明あいはら まさあき
2006年(平成18年)3月19日2010年(平成22年)3月18日江刺市長。第1回市長選挙で当選し(58歳)、当日就任。1期4年を満了。再選を目指すも対立候補・小沢昌記に敗れる。
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Masaki Ozawa cropped 2 Masatsugu Oe and Masaki Ozawa 20110713.jpg
小沢 昌記おざわ まさき
2010年(平成22年)3月19日2014年(平成26年)3月18日2010年(平成22年)3月14日、51歳で初当選[3]。1期目4年を満了。
3
2014年(平成26年)3月19日2018年(平成30年)3月18日2014年(平成26年)3月9日再選[3]。2期4年を満了。
4
2018年(平成30年)3月19日
(現職)
2018年(平成30年)3月4日、3選を果たす[3]。現在3期目で、任期満了日は2022年(令和4年)3月18日。

庁舎

奥州市では総合支所方式を採用し、本庁舎の他に、5か所の総合支所を設けている。

奥州市役所 本庁舎・水沢総合支所
〒023-8501
奥州市水沢大手町一丁目1番地
江刺総合支所
〒023-1192
奥州市江刺大通り1番8号
前沢総合支所
〒029-4292
奥州市前沢字七日町裏71番地
胆沢総合支所
〒023-0401
奥州市胆沢南都田字大持50番地
衣川総合支所
〒029-4332
奥州市衣川古戸64番地4

都市情報

奥州市民憲章
わたしたちは、歴史・伝統・自然に恵まれたこのまちの市民であることを誇りとし、さらに良いまちをめざして市民憲章を定めます。
  1. ふるさとを愛し いきいきと働くことができるまちをつくります
  2. すすんで学び 文化のかおり高いまちをつくります
  3. みんなが手をつなぎ 健康で明るいまちをつくります

市歌

  • 奥州市民のうた
    • 作詞者:千田貴子、作曲者:さとう宗幸、編曲者:只野展也

紋章

  • 「奥のOと州のS」の外郭に、中心に「米」を納めて「奥」の字を簡略化したもの。[2]

広域行政

国際リニアコライダー計画

奥州市から一関市・宮城県気仙沼市にかけての北上高地が国際プロジェクトで建設される世界初の超大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」の最有力候補地となっている。

誘致が実現すれば、国際機関や大学、企業の研究所が集積し、多くの研究分野が融合した国際科学都市の形成が見込まれる。世界中から研究者が訪れるため交通インフラの整備も必要になり、仙台空港の国際線増便や科学都市までのアクセス整備も計画に含まれる。

都市形成が始まって初期10年間の経済波及効果は5兆2026億円になると予想されている。

奥州市ILC推進室 も参照。

金融機関

農協生協

指定金融機関

指定金融機関は、岩手ふるさと農業協同組合(JA岩手ふるさと)である。

JA岩手ふるさとは、市役所内に奥州市役所本庁内支店を設置、水沢を除く各総合支所にJA岩手ふるさとの公金課が出納派出所を設置している。

なお、江刺地区は岩手江刺農業協同組合(JA江刺)の事業エリアであるため、JA岩手ふるさとの支店・有人出張所を設置しておらず、江刺総合支所に出納派出所が設置されているのみであるため、指定代理金融機関が別途設定されている。

合併及び新市成立に至る経緯

平成の大合併以前から、広域行政組合の設立や電算事務の一括化など胆江6市町村(水沢市、江刺市、金ケ崎町、胆沢町、前沢町、衣川村)として合同で事務を行ってきた経過から、2004年4月以降、胆江6市町村の合併論議が首長をはじめ構成市町村間で行われてきたが、金ケ崎町が早々に離脱し、残る5市町村で枠組みを模索する形となった。

前沢町、胆沢町、衣川村の結束は固く、水沢市は3町村に同調するか、江刺市と2市先行合併に踏み切るかの状況となり、2市合併には、江刺市長が難色を示し、5月に江刺市を除く4市町村(水沢市、前沢町、胆沢町、衣川村)の合併の枠組みが決まり、4市町村は7月に任意協議会を設置し法定協議会設置に向け準備を進めた。しかし9月に水沢市議会が法定協議会設置議案を否決し、任意協議会は解散となった。

一方、江刺市は4市町村の枠組み決定を受け、隣接する金ケ崎町、北上市と6月に3市町の合併推進を公表し、3市町合併課題研究会を設置し検討に入った。

しかし、2004年12月に水沢市長が合併特例法期限内の胆江6市町村合併を目指すとして、合併協議を行うための首長会議を招請し、金ケ崎町を除く5市町村(水沢市、江刺市、胆沢町、前沢町、衣川村)が合意し、2005年1月上旬に法定合併協議会を設置した。

総務省によると22ヶ月かかるとする合併協議がわずか2ヶ月余りで進められ、臨時を含めた通算15回の合併協議会により、奥州市の47協定項目を承認したが、あまりに短期間での協議調整であったため細部までの調整が不可能であり、協議事項のほとんどは「合併後調整する」とし、課題を先送りしたままでの市町村合併となった。

しかし、市町村合併論議があまりにも拙速であり、住民自治が本当はどうあるべきなのかというような住民(市民)行動を起こすまでにはいたらなかった。

3月28日、5市町村は合併協定書に調印、30日同時議会で合併関連議案を可決し、合併特例法期限最終日の31日に知事に合併を申請した。

公共機関

県南地域を管轄とする国や県の行政機関が置かれる場合が多い。

岩手県の機関

  • 県南広域振興局
    • 管轄市町:奥州市、一関市、花巻市、北上市、遠野市、金ケ崎町、平泉町、西和賀町
  • 県南家畜保健衛生所
    • 管轄市町:奥州市、一関市、花巻市、北上市、遠野市、大船渡市、陸前高田市、釜石市、金ケ崎町、平泉町、西和賀町、住田町、大槌町

国の機関

警察

消防署

医療

救急指定病院

休日夜間急患センター

  • 奥州金ケ崎小児夜間診療所
  • 奥州金ケ崎休日診療所

その他病院

  • 医療法人社団創生会 胆江病院
  • 社団医療法人啓愛会 美山病院
  • 社団医療法人啓愛会 美希病院

姉妹都市・友好都市

国内

海外

経済

商業

市内商業集積地である水沢地区は、江戸時代から平成初期まで商人の町として栄えた。その中心街である水沢駅西側は1990年代中頃まで従来の商店の他にマルサンデパート、マルカンデパート、ダイコー、三春屋(後のダイエー)、ジャスコなどの大型商店が進出し、中心市街地の規模では盛岡に次ぐ都市として栄えた。

しかしバブル経済崩壊後の平成不況や、2000年以降に旧大店法が廃止され、水沢駅東部及び前沢駅東部の国道やバイパス沿いへの大型店進出などの影響により、駅前のアーケードシャッター通りとなり、中心市街地が空洞化している。

主な商業施設

スーパーマーケット

ドラッグストア

その他

  • 高豊
  • Kマート
  • 神文ストア(3店舗)
  • スーパーマーケット・サンエー

家電量販店

ホームセンター

書籍・CD・DVD・文具

工業

胆江地域では古くから伝統工芸品や工業用部品(鋳物・木工品・繊維・魚網)などを製造する諸工業が発達していたが、産業構造の変化により、既存の諸工業は最盛期を過ぎ、変わって政策的誘致による電子部品組立工場が立地。近年になりトヨタ自動車が東北地方をコンパクトカー生産の拠点と位置づけており、北上川流域では自動車組立工場とその関連工場が隆盛を極めている。

市内では主に江刺中核工業団地、江刺フロンティアパーク、本杉工業団地(前沢)などへの企業誘致により、奥州市の年間の製造品出荷額は約2,500億円と、県内では隣接する金ケ崎町、北上市に次いで第3位の規模となっている(事業所数は約300で県内一位)。

市内には東京エレクトロンの拡散炉・減圧CVD装置の製造拠点である東京エレクトロン テクノロジーソリューションズ東北事業所(旧東京エレクトロン東北)が進出しているほか、隣接している金ケ崎町に立地しているトヨタ自動車東日本岩手工場(現在は主にアクアヤリスC-HRを製造している)の増産に伴い、関連する自動車産業が活性化している。

また、伝統産業の一つである南部鉄器が近年経済成長が著しい中国の富裕層に人気で、中国市場からの発注が伸びている。

主な事業所

農業

農業の面では全国有数の農業県である岩手県のなかで、奥州市は市町村別農業生産額がトップとなっている。

観光業

市内には数多くの名所・旧跡、レジャー施設が点在(「観光」の項を参照)。奥州市観光物産協会が中心となり祭典や物産、グルメなどを交えながらPRしている。しかし、南に世界遺産の中尊寺毛越寺などを有する平泉町、北に温泉地や宮沢賢治といった観光資源がある花巻市があり、どうしても通過点として埋没しがちで、周辺の有名観光地ほど認知度も高くないといった課題を抱えている。宿泊施設は東北本線水沢駅周辺に集中。そのほかは江刺地区や郊外の温泉地に点在する。地元資本のホテルや旅館がほとんどで、域外資本のビジネスホテルチェーンはホテルルートイン奥州のみ。東北新幹線水沢江刺駅周囲には宿泊施設がない。

市内に本社を置く主要企業

伝統産業

郵便

  • 水沢郵便局(水沢) - 集配局
  • 羽田郵便局(水沢) - 集配局
  • 江刺郵便局(江刺) - 集配局
  • 野手崎郵便局(江刺) - 集配局
  • 米里郵便局(江刺) - 集配局
  • 伊手郵便局(江刺) - 集配局
  • 前沢郵便局(前沢) - 集配局
  • 胆沢郵便局(胆沢) - 集配局
  • 衣川郵便局(衣川) - 集配局

マスメディア

新聞社

放送局

開局当初は旧水沢市・Zホール付近に本社・演奏所を構えており、盛岡市の現・本社が「業務センター」を名乗っていた。現在は奥州市のオフィスが「業務センター」を名乗る。県南部における報道・営業を管轄する支社で、制作機能はない。

情報誌

ウェブマガジン

教育

大学

専修学校

  • 水沢学苑看護専門学校

高等学校


中学校


小学校

  • (えさしおだき)
  • (いさわあたご)


特別支援学校

学校教育以外の施設

職業能力開発短期大学校
自動車教習所
  • 水沢自動車学校
  • 第一自動車学校
  • 江刺自動車学校
  • 前沢自動車学校


交通

鉄道路線

中心駅は水沢駅である。

道路

高速自動車国道

隣接する平泉町に平泉前沢ICが設置されている。

一般国道

主要地方道

一般県道


バス

ナンバープレート

観光

景勝地

歴史的・文化的建造物

テーマパーク・レジャー施設

温泉

  • 球玉の湯 薬師堂温泉
  • 水沢 石田温泉
  • 胆沢川温泉 さくらの湯
  • 前沢温泉 舞鶴の湯
  • やけいし館
  • 奥州胆沢温泉 すぱおあご
  • サンホテル衣川荘
  • いきいき交流館 国見平温泉 はごろもの湯
  • 黒滝温泉 のぞみの湯

博物館・記念館

祭り

  • 熊野神社蘇民祭(1月)
  • 黒石寺蘇民祭(2月、国の選択無形民俗文化財
  • 全日本農はだてのつどい(2月)
  • 奥州水沢くくり雛まつり(3月)
  • 日高火防祭り(4月)
  • 羽田火防祭(4月)
  • 奥州前沢春まつり(4月)
  • 前沢桜まつり(お物見公園桜まつり)(4月)
  • 江刺桜まつり(4月)
  • 水沢公園花まつり(4月)
  • 水の郷さくらまつり(4月)
  • 子供騎馬武者行列(5月)
  • 江刺甚句まつり(5月)
  • いわて奥州きらめきマラソン(5月)
  • 前沢牛まつり(6月)
  • 平泉やぶさめ(6月)
  • 種山高原山開き(6月)
  • 奥州市南部鉄器まつり(7月)
  • 奥州前沢よさこいFesta(7月)
  • 奥州水沢夏祭り(8月)
  • むらまつり(8月)
  • 前沢夏まつり(8月)
  • 奥州ころもがわ祭り(8月)
  • みちのく盂蘭盆まつり(8月)
  • アテルイ歴史の里まつり(9月)
  • 奥州YOSAKOI in みずさわ(9月)
  • 水沢産業まつり(10月)
    • 奥州水沢グルメまつり
  • 江刺産業まつり(10月)
  • 鬼剣舞(国の重要無形民俗文化財
  • (国の重要無形民俗文化財)
  • 江刺鹿踊り(国の重要無形民俗文化財)

名産品・特産品

伝統工芸品

食品

スポーツチーム

奥州市を舞台とした作品

漫画

音楽

映画

文学

テレビドラマ

児童書

著名な出身者

近代以前

政治・経済・法曹

学術・文化・芸術

マスコミ・芸能

スポーツ

その他

ゆかりのある出身者

百選

脚注

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注釈

  1. ^ 他に大型扇状地として那須野が原扇状地(4万ha)、黒部川扇状地(1.2万ha)などがある。
  2. ^ 小沢昌記は初就任後に「第2代市長」を自称しているが、この時点では a でも b でも代数は変わらない。2期目以降の自称が確認できればはっきりするが、見当たらない。
  3. ^ 公職選挙法第102条の規定により、職務代理権の喪失は当選人の告示日と同日。前日ではない。

出典

  1. ^ 胆沢ダム工事事務所
  2. ^ a b 『図典 日本の市町村章』2007年。p30。
  3. ^ a b c d e f g h 選挙ドットコム
  4. ^ 岩手県 政策地域部 市町村課 行政担当 (2018年〈平成30年〉4月1日). “市町村長・副市町村長・議長名簿”. 公式ウェブサイト. 岩手県. 2018年4月6日閲覧。
  5. ^ 水沢市・江刺市・前沢町・胆沢町・衣川村合併協議会だより 平成18年2月9日発行 Vol.9。

参考文献

関連項目

外部リンク

10年

10年(10 ねん)は、西暦ユリウス暦)による、平年

他の紀年法

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できごと

誕生

死去

脚注

注釈

出典

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関連項目


 

 

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