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👶|思わぬトラブルが発生!ゴム手袋で手先を保護するはずが…【体験談】


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思わぬトラブルが発生!ゴム手袋で手先を保護するはずが…【体験談】

 
内容をざっくり書くと
もちろんこの時点ではゴム手袋との因果関係などまったく想像もしていませんでした。
 

手先の小ジワが気になり出した主婦が保湿ケアをしようと決心。友人が洗剤による肌荒れを防ぐため、ゴム手袋… →このまま続きを読む

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手袋

手袋(てぶくろ)とは、人のを熱や寒さや危険物から保護するため、もしくは装飾のために利用される、手(形態によってはやその一部を含む)を覆う衣服[1]である。

親指用と、他の指をまとめて入れるスペースが二つに分かれている手袋はミトン mitten[2]と呼ぶ[1]。それに対して5本指に分かれたものは英語では「glove グラブグローブ)」と呼んでいる[2]。 また、指を解放しているタイプのものもあり[1]、「オープンフィンガーグローブ」や「指抜きグローブ」などと呼ばれる。

手袋の素材は多様で、綿羅紗ニトリルポリエステルナイロンアクリル繊維毛糸フェルト、牛や豚や羊の人造皮革ゴムラテックスニトリル金属耐熱手袋にはアラミド繊維シリコン樹脂も使われている。柔らかい布地で作られたウォッシンググローブ (: washing glove) というものがあり、体を洗うのに使う。

数量単位は双。10双をデカ、12双をダースとして取引に用いられる。

使用目的

手袋を着用する主な目的は手の保護である。冬の防寒具としては一般的であるほか、季節を問わず火傷や擦り傷、切り傷の防止、さらに汚れや素手で触ることが危険な化学物質病原体からも手を保護する。ニトリル製、ラテックスビニル製の使い捨て手袋は、医療従事者の間で感染症を防ぐ有効な手段として使われている。逆に直接手に触れることで価値や有効性が減る対象物を、人間の皮脂などから保護するためにも手袋は装着される。例として各種製造過程での製品接触、美術品骨董品の取り扱い、警察の捜査等がある。

フィンガーレスグローブは寒さから手を守る必要があり、なおかつ指先を自由に使えることが必要な状況で用いられる。手袋の中には、手首までではなく近くまで保護するものもあり、これらをガントレット(籠手)と呼んで区別することもある。

手を保護する必要がない場合でも、装身具として用いられることも多い。

生産地

世界中で手袋は生産されており、各家庭で編まれることも多い[3]

フランスイタリアデンマークハンガリーカナダでは高価な女性用のブランド物手袋が作られている。アメリカ合衆国ニューヨーク州、特に英語版は手袋の産地であったことが知られているが、近年では多くの手袋が東アジアで作られている。日本では、国内製手袋の約90%が香川県東かがわ市周辺で作られている。

歴史

手袋の歴史は少なくとも古代ギリシア時代に遡る。ホメロスの『オデュッセイア』のいくつかの翻訳によると、オデュッセウスの父ラーエルテースは庭を歩く時に手袋をしていたとしている。しかし、他の翻訳によると、ただで手を覆っただけである。紀元前440年に書かれたヘロドトスの著書『歴史』の中にレオテュキデスという人物が手袋、あるいはガントレット一杯の銀貨賄賂として受け取った罪に問われていることが記述されている。古代ローマ人の記述の中にも、度々手袋が登場する。西暦100年前後に活躍した小プリニウスによると、大プリニウスは馬車に乗車中に口述筆記させていた速記者の間は手袋を着用させ寒さの中でも文章を書けるようにしていたという。

ファッション儀式、それに宗教のために手袋は用いられる。13世紀頃からヨーロッパでは女性の間でファッションとして手袋を着用するようになった。リネンでできており、時には肘まである手袋が広まっていた。16世紀イギリスの女王エリザベス1世宝石刺繍レースで豪華に装飾されたものを着用した時に、手袋の流行は頂点に達した。オペラグローブと呼ばれる肘上から二の腕まで至る長い手袋がエリザベス1世女王、キャサリンデメディチ王妃、メアリー2世女王などの王族によって愛用された。長い手袋は貴族や王族と密接に関連しており、数千年の王族権威象徴とされ、多くの架空の女王王女貴族ドレスの一部としてそれらを身に着けているように描かれている[4]

刺繍と宝石で装飾された手袋は皇帝徽章の一部となっている。1189年ヘンリー2世が埋葬された時には、戴冠式のときに着用したローブ王冠、それに手袋とも共に埋められたと、マシュー・ペリーは記録している。1797年イングランド王のジョンの墓を開いた時、それに1774年エドワード1世の墓を開いた時にも、手袋が発見されている。

祭服としての手袋は、主にカトリック教会教皇枢機卿、僧侶たちが着用している。教義によりミサを祝う時にのみ着用を許されている。手袋はこの習慣は10世紀に遡り、儀式の際に手をきれいにしておきたいという単純な欲求が始まりかも知れないが、特権階級として豊かになった聖職者たちが己の身を飾るためにつけたものが始まりかも知れない。フランク王国からローマにこの習慣は広まり、11世紀の前半にはローマでも一般的になった。

日本では、鎌倉時代に武士が身につける籠手として発達した。当時は「手覆」(ておおい)とも呼ばれた。日本の手袋は分類して、「手袋」と「手袋」に別けられ、藁製は拇指と四指の二分に別れている。民俗学の分野では、布製も「ワラテ」と呼ぶことから、布製は藁製よりのちに作られるようになったと考察される(文化庁文化財保護部監修 『日本民俗資料事典』 第一法規 1969年 p.10.p.11に青森県上北地方の藁手袋の写真が載せられている。)。

15 - 16世紀に南蛮貿易によって西洋式の手袋が輸入され、珍重された。やがて国内生産も始まり、手袋づくりは貧乏武士の内職として盛んになっていく。手袋は俳句における冬の季語でもある。

女性皇族は常に白の手袋を携帯しているが、これは帽子と共にその貴族性を象徴する為の物である。皇室晩餐会や儀式などの特別に改まった場面においてローブ・デコルテと併せてオペラグローブを着用し、ティアラ(小さな王冠)を付けることを基本としており、宮中ではこれを女性の最上級礼装としている[5]

分類・種類

さまざまな分類法がある。

ひとつは最初に説明したように、形状で ミトン / グラブ と分類する方法である。 指が露出している形状はフィンガーレスグローブと分類し、腕まで覆うタイプをと分類する。

ほかには使用目的で分類する方法もあり、医療用 / スポーツ用 / 作業用手袋 / 運転用手袋...といった分類がある。

スポーツ・武道用手袋

スポーツ用もさらに下位分類することができ ボクシング用 / /サッカー用 / 野球用 / ダイビング用...などと多種類ある。

なおゴルフ用や、サッカーゴールキーパー用などは、手の保護に加えて、掴んだものを滑りにくくするグリップ性も重視している。

野球用グラブミットボクシンググローブなど競技ごとに特化した手袋も存在する。

サッカー用

サッカー用としては、チームでただひとり手を使う選手、ゴールキーパーが着用する手袋、ゴールキーパーグローブが重要である。

野球用

野球は手袋が捕球のための道具として進化してきた歴史がある。ピッチャーや野手が使う野球用グラブや、キャッチャーが使うミットがある。バッターが使う英語版もある。

スキー用

なおスキー用手袋は、米国の輸入カテゴリーとしては次の項目を満たすものと定義されている: 1.ナスカンがついていること、2.掌側に補強層があること、3.関節部に補強層があること、4.手首に伸縮処理があること。

ダイビング用

ダイビングに使う手袋はダイビング・グローブと言う。

鷹狩用

鷹狩は世界のさまざまな地域で行われているが、英語では手袋タイプはglove、甲がけタイプはgauntletと分類し、(falcon用は)falconry gloveやfalconry gauntlet, (eagle用は)eagle gloveやeagle gauntletと言う。日本の鷹匠用のものは「餌掛け」(えがけ、ゆがけ)などと言い、鹿革でつくる[6]

弓道用

日本の弓道用には「ゆがけ」という手袋がある。

剣道用

剣道用には籠手(こて)という手袋がある。


医療用手袋

手術鑑識の際に着用される医療用手袋の基礎となるゴム手袋は、「レジデント制度の父」と呼ばれるジョンズ・ホプキンス大学ウィリアム・スチュワート・ハルステッド1890年に自身の恋人であった看護婦のキャロラインの為に発案した。

当時は消毒のために強力な消毒液に手を漬けて手術に挑まなければならず、手の皮膚が弱いキャロラインが消毒液による手荒れを防げるよう、ゴム手袋を発案した。殺菌性についても、既存の消毒液に手を漬けて行うものよりも強力であったために注文が殺到し、全世界の手術の現場で普及することになる[7]

ちなみにその後、二人はこのことがきっかけで結婚することになったが、当のキャロラインはハルステッドと結婚して看護婦を引退したため、このゴム手袋を使うことは無かった。ラテックス製の手袋は、1964年オーストラリアアンセル社が開発した。

一般に食品産業や精密作業などで使用されるものは、100枚や、50枚単位で箱に収め、ポップアップして使えるようになったものが、手術用は衛生管理のため一双ずつ梱包してある。更に感染症を防ぐため滅菌処理を行っているため、価格も10倍以上違う。

2020年現在、世界で使われる医療用手袋の生産量の3/5はマレーシアで生産されている。同年3月から4月にかけて、マレーシア国内で新型コロナウイルスの感染拡大に伴いロックアウトが実施された際には、医療用手袋の供給不安を招いた[8]


作業・運転用手袋

工場農作業工事現場での作業時には軍手をはめる場合が多い。軍手は防水性がないため、水仕事など液体を扱う時にはゴム製や合成樹脂製の手袋を、油や電動工具研磨などを取り扱う場合は、怪我防止や粉塵に触れないために豚革牛革の手袋を使うこともある(軍手は繊維を巻き込み危険なので使えない)。シンナートルエンなどを扱う時は、溶剤専用のゴム手袋を使う。

また、自動車オートバイ自転車などを運転する時に滑り止めや防寒や安全のために、そのほか、警備員手旗の代わりに用いたり、タクシー等の運転手が礼装をアピールしたり手やハンドルを汚さない為に用いる。

スマホ用手袋

スマートフォンの操作に必要な指が発する静電気指紋認証を妨げないように、導電性素材の使用や形状が工夫されている[9]。逆にタブレットPCで静電容量式スタイラスを用いるときに物理的にパームリジェクション機能を実現するための小指、薬指のみの絶縁体手袋もある。

礼装用手袋

フルコートドレスローブ・デコルテ等の女性礼服に用いられる[10]。礼服ではイブニンググローブという言い方をし、材質は革か布、色は白か黒色であるが慶事では白色が主流である[11][12]。手袋の長さはドレスのの長さによって選ぶべきもので[13]、袖が短いほど手袋は長くなり、袖なし(ノースリーブ)のイブニングドレスでは肘より上までの長いものも用いる[14]。また、ウェディングドレスでは長い手袋ほどフォーマル性が高く、特に長いものは肘上から二の腕あたりまですっぽりと覆う長さがあり、これをオペラグローブという。

神事用手袋

神社神職御霊代奉戴などを行う時、手が触れないように専用の手袋を用いる。白布製で拇指と四指とに分けた仕立てで、手元の紐で手首を括るようになっている[15]

作業用は白が多い。一部の警備会社では略して「白手」(しろて)と呼ぶ。本来は燕尾服タキシードなど夜の正装に用いて、モーニングコートなど昼には用いなかったが現在は昼夜関係なく用いられている。色は白が幅広く用いられているが厳密には燕尾服には白、モーニングコート・フロックコートには灰色、タキシードは黒となっている(背広で代用した場合も同じ)が現在は気にせず白や灰色を用いることも多い。ウェディングドレスの場合は、手袋の色はドレスの色を乱さないよう白色が標準である。弔事には服装を問わず灰色や黒を用いる。


製造方法

手袋製造のポイントは、親指の位置に起因する3次元性と、着脱時手幅と装着時手首幅の両方を受け入れる手首部分の柔軟性にある。

  • ラテックスを含むゴム手袋は、手の形をした立体型に層を形成して製造する。素材の伸縮性により手首の柔軟性に問題はない。
  • 裁断方法:革手袋や繊維生地手袋(縫い手袋)は、立体性を持たせるため主な裁断方法に「手型」と「ガンカット型」がある。前者は指4本を含む本体(掌と甲)をマチ(手の厚みである指側面)を中間に置いて縫い合わせ、後者は人差指と小指のマチを一体で裁断し 中指と薬指部分をマチ一体で別途裁断して縫い合わせる(中指と薬指の「付け根」を本体に縫い合わせる)。革の作業手袋など素材価格より縫製コストを抑えたい場合や躍動的感覚を持たせたい場合は後者となる。手首は、手が入りやすいように型に広がり(フレア)をつけておくか、ベンツ(開き)をつけておくか、伸縮性のあるマチまたは手首部分の材料を使うかのいずれかを施す。高級皮革手袋では、皮革を事前に湿らせて引き伸ばした状態で粗裁ちし、型抜きするテーブルカットという手法で、皮革自体に伸縮性を持たせる。園芸用やムートン手袋は、生地費用を節約するため、端材を利用できるような裁断・縫製を施すことがある。
  • 縫製方法:素材の表面同士を縫い合わせて裏返す「内縫い」、素材の裏面同士をミシンや手で縫う「ゲージ縫い」、素材の裏面同士まつり縫いする「まつり縫い」、素材の表面と裏面をあわせる「ピケ縫い」がある。
  • 工程:裁断後、マチを介し掌と甲を縫い合わせ、親指をつける。裏地も同様に縫製したあと本体に挿入し指先を本体に止める。手首を縫い合せる(折り返しやパイピングなど)。手の型をした金属片またはアイロンにかぶせ熱でアイロンがけする。検品後、タグ付けし袋詰めする。
  • 毛糸手袋や軍手は縫製ではなく編み(ニット)手袋で、軍手は右手・左手に関係なく親指を広げた平面に全体を編む。対して毛糸手袋は本体を円筒形に編み、親指は後付する。ニットの伸縮性により手首の柔軟性に問題はない。手を入れると手の大きさにあわせて全体が拡張する「のびる手袋」は、弾力性のある糸で編んだあと洗濯して縮ませ、アイロンをかける。

日本と手袋

なお、日本では「革又は合成皮革を製品の全部又は一部に使用して製造した手袋」について、家庭用品品質表示法の適用対象となっており、雑貨工業品品質表示規程に定めがある[16]

用語

  • ラテックス (語源:: latex)
  • 編み手袋
  • マチ
  • 手首
  • 手首広がり
  • ベンツ (語源:: vents)
  • ゲージ (語源:: gaugegage)
  • 内縫い
  • まつり
  • ピケ (語源:: pique)
  • 半ピケ
  • ガンカット (語源:: guncut)
  • 指下(親指最下部から手首までの長さ:一般に日本で売られる物は短い)
  • 裏地
  • 三本飾り

「片手袋」にまつわる文化

通常は2つで1セットとして扱われる手袋が、不注意などで片方だけ落とし物となり、路上などに放置されることがある。こうした「片手袋」に注目する人もおり、ドイツ版画マックス・クリンガーは1880年代、こうした片手袋を女性が拾ったことから始まる連作『手袋』を制作した。

アメリカの俳優トム・ハンクスは街などで見掛けた落とし物をTwitterで発信しており、その中には片手袋も多い[17]

日本でも石井公二が片手袋の写真を数千枚撮影し、場所や状況などを記録・分類する研究を行っている[18][19]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 意匠分類定義カード(B2) 特許庁
  2. ^ a b 『ブリタニカ国際大百科事典』、手袋
  3. ^ 日本の「かあさんの歌」(1956年発表)の歌詞で描かれたように。
  4. ^ All The Tropes : Opera Gloves are ~
  5. ^ 日本の礼儀作法~宮家のおしえ~
  6. ^ [1]
  7. ^ 院長コラム Vol.09 外科医の恋心から生まれた手術用手袋”. 医療法人徳洲会 新庄徳洲会病院 (2005年11月15日). 2016年8月27日閲覧。
  8. ^ 医療用手袋が世界で不足、最大の生産国マレーシア封鎖”. ロイター (2020年3月28日). 2020年3月27日閲覧。
  9. ^ 手袋でも指紋認証可能!この冬おすすめの最新スマホ手袋3選&Androidの便利ワザKDDI「TIME&SPACE」(2017年11月22日)2018年2月11日閲覧
  10. ^ 作法心得 第4章-美容と服装 第21節-女子礼服の細部
  11. ^ WHITE TIE DRESS CODE FOR WOMEN
  12. ^ Six Easy Tips for Understanding Dress Codes and Knowing What to Wear
  13. ^ 作法心得 第4章-美容と服装 第26節-手袋
  14. ^ 解説:「新・田中千代服飾事典」より
  15. ^ 神社本庁『神社有職故実』1951年7月15日発行全129頁中70頁
  16. ^ 雑貨工業品品質表示規程”. 消費者庁. 2013年5月23日閲覧。
  17. ^ トム・ハンクスが、なぜが「街の落し物」をツイートし続けているBuzzFeed(2016年3月22日)2018年2月11日閲覧
  18. ^ 片手袋大全(2018年2月11日閲覧)
  19. ^ 「ワンダフルライフ:“片手袋”のある風景を撮り続けて13年。東京という大都市で人生が交差する――石井 公二さん」『ビッグイシュー日本版』326号

関連項目

  • 決闘:欧米では、白手袋を相手に投げる、又はそれで相手を叩いて決闘の挑戦とする伝統があった。
  • オペラグローブ

外部リンク

因果性

因果性(いんがせい、: causality、コーザリティ)とは、2 つの出来事が原因と結果という関係で結びついていることや、あるいは結びついているかどうかを問題にした概念である。日本語では「因果関係」という表現も用いられる。

概要

まず導入として、Oxford Dictionaryがcausalityの語義としてどのような説明をしているか紹介すると、「結果と原因の関係」および「何事にも原因があるとする原理」の2つを挙げている[1]

つまり、因果性は、ひとつは、ある物事が別の物事を引き起こしたり生み出していると考えたとき、その二つの物事の間にある関係(性)であり、もうひとつは、何事にも原因がある、とする原理(あらかじめ置かれている言明)を指しているのである。

たとえば、「C が起きた原因は B1 と B2 である」「A の結果、Z が起きた」「A のせいで B が起きた」などが因果性があると表現した文章である。

ある出来事の原因について考察するとき、しばしばたった一つのことを原因として挙げる場合がある。たとえば、「今朝遅刻した原因は、昨日飲み過ぎたのが原因だ」といったような考え方がそうである。しかし、「昨日飲み過ぎたことが、今朝の遅刻の原因である」と言うことが適切なのかは、疑問の余地がある。たとえば、昨日飲み過ぎたとしても、昨晩目覚まし時計をかけるのを忘れなければ、起きられたかもしれない。また、夜中に近所で騒音がして睡眠が妨害されることが無かったら起きられたかも知れない。さらに、カーテンを閉めて朝日が入らなかったことも原因かも知れない。その他にも、書ききれない無数の条件が揃っていたからこそ、その出来事は起きたのである。つまり、「遅刻した」という一つの出来事には、実際には無数の原因が存在しているのである。

一方で、人々が因果関係だと信じているものの中には、実際には誤解・錯覚に過ぎず、因果関係ではないものが多数含まれている。言い換えれば、因果性に関する誤謬の一つに、同時に発生している 2 つの出来事の間に因果性を認めてしまうのである。たとえば、アイスクリームの消費が増える時期と水死者が増える時期はおおむね一致する。しかし、だからといって「人々がアイスクリームを食べたから、水死者が増えた」とするのは短絡的である。これは、相関関係に過ぎない。実際には、「暑い→アイスクリーム消費量が増える」「暑い→水遊びをする人が増え水死者が増える」という共通原因があるに過ぎない。

西洋哲学では、古来より因果性についてさまざまな考察が行われてきた。アリストテレスは、原因を4つに分類して考察してみせた。これは、現在でも有用性が認められることがある。また、ヒュームは、因果性の存在自体を疑問視した。

古代ギリシアでは、「自然はそれ自体に変化する能力がある」と理解されていた。つまり、自然は動的なもの、それ自体で変化するもの、としてとらえられていたのである[2]。言い換えれば、「自然自体や個々の存在自体の中にも、原因・動因がある」という理解である。それは、一般的な理解であった(東洋人でも、一般的な自然理解としては、昔も今も、自然自体に変化する能力を認めている)。

西欧でルネ・デカルトが『世界論』を最初に構想・執筆したときも、(ギリシアの自然観同様)自然自体に発展する能力を認めた説を構築しその原稿を書いた[2][注 1]。だが、その原稿を書き終えた後でガリレオ裁判の判決の結果を聞いたデカルトは、自身がブルジョア階級者で体制側の人間そのものでもあったこともあり、体制である教会を敵に回すことを避けるため、その説の出版は止め[2]、説の内容を改変した[2]。その結果、デカルトは、キリスト教的な神が必要とされるように「自然は死んでいて、常に神が働きかけることによって動いている」とする世界観となるように自説を変更してから、出版した[2]

もともと世の中では一般的に、(要因・原因)には、内的な力と外的な力があるとされていた。しかし、デカルトの政治的な意図によって、それは改変された。デカルトが書いた本の説明の中では、内的な力がすっかりそぎ落とされてしまった。こうして改変された説が、同時代や後世へと大きな影響を及ぼした。その結果、「死んだものとしての自然」観、個々の存在の内的な力(動因)の記述が欠落した説明方法が登場し、世に広まってゆくことになった。

アイザック・ニュートンも、自身の信仰によってを考慮しつつ説を組み立てており、万有引力と関係させ「空間は神の感覚中枢 」と述べた[注 2]

20世紀に発展した量子力学によれば、量子論的な状態決定論的に振る舞うが、そこから得られる観測結果は確率的に振る舞う[3]。そこでは、古典的な意味での因果律は成立せず、局所性実在性は両立しない。このように、状態が決まっても結果は一意には決まらない、とする論などを非決定論と言う。

アリストテレスの説

アリストテレスは、ものごとが存在する原因を以下の四種類に分類した(これを「四原因説」と言う)。

  1. 素材因(質料因)
  2. 形相因
  3. 作用因(始動因)
  4. 目的因

たとえば、目前にひとつの木彫りの彫刻が存在する場合、これが存在するのは、誰かが木材という「素材」を用いて、何らかの表現をする「目的」で、彫るという「作用」を加え、なんらかの「形」を作り出したからである。このようにアリストテレスは、原因というものを四つに分類してみせた。

また、アリストテレスは、世界の様々なできごとの原因を、原因の原因、またさらにその原因…と遡ってゆくと、最終的に「第一原因」にたどりつく、とした。この第一原因を別の文脈では「不動の動者」と呼んでおり、この用語はとほぼ同じ意味でも用いられた。

ヒュームの因果説

西洋近代ではデイヴィッド・ヒュームが、因果性とは、空間的に隣接し時間的に連続で、2 種類の出来事が伴って起きるとき、この 2 種類の出来事の間に人間が想像する(人間の心、精神の側に生まれる)必然的な結合関係のことである、とした。つまり、物事はたまたま一緒に起きているだけでも、人間が精神活動によって勝手に結びつきの設定をしている、という指摘を含んでいる。

因果規則性説

隣接し、連続して起きる二つの出来事は、それを述べる普遍言明の文に組み込まれるとき、因果的に結びついている、とする。ヒュームの心理的要素を除き、そのかわり statement 記述の生成という点に着目している説。科学の場で記述を作りだしてゆく方法やその問題点についての示唆も与えてくれる説である。

単称因果言明、因果律

人間というものは、あるいは人間の頭脳というものは、規則性の記述が現前になくても、いくつかの出来事を知覚・認知しただけで、それらが因果的に結びついていると考える強い傾向を持っている。

例えば、「この医者がお産にたずさわったことが、この妊婦の産褥熱を引き起こした」というstatement言明がある。この言明は、たとえ「お産への従事が、全て産褥熱を引き起こす」という普遍言明(全称命題)が偽であるにしても、それとは独立に真でありうる(可能性がある)。個々の出来事は、この言明が記述する順序で起きているためである。

個々の出来事の間に因果性の関係を設定するのは、人間の精神というものが、「全ての出来事には原因がある」という考え方、いわゆる「因果律」の考え方、を前提にしているからである。

人間は日常生活を送る上では、そのような考え方、つまり「全ての出来事には原因がある」とする考え方をして、特に問題は生じはしない。だが、いざそれが本当にそうなのか、正しく論証しよう、科学的に究明しようとすると、実は非常に困難である。それが困難であることは、歴史的には、カントによる論証の試みにも現れている。

人間が「全ての出来事には原因がある」という考え方、いわゆる「因果律」の考え方、を前提にしているのは当然である。なぜなら、実際に、全ての現象はそれが現実に発生する際には必ず因果関係を伴い、結果が発生する直前の原因を欠いて「何かが生起する」ということは起こり得ない。例えばボールが転がる際には、必ず誰かが投げるなり風に吹かれるなど、直前に何らかの原因がなければ「転がる」という結果は生じ得ない。人間の行動についても、何の動機(原因)も無く行為が現実に発生することはありえない。(というのも、この結論に反対する者も、反対する動機が無ければ反対するという行為が起きないであろう)。上述の産褥熱の例でも、病気が現実に起こる際にも患者の抵抗力、体調、ウイルスの存在など、直前の原因を欠いて結果は発生し得ない。しかし、例えば植物が気候・土壌・日当たりなどの条件(原因)が揃って初めて果実をつける(結果)のと同じで、複数の原因が複合して一つの結果をもたらすのが普通である。ゆえに、「この医者がお産にたずさわったことが、この妊婦の産褥熱を引き起こした」という判断は、他の原因を除外し、一つの原因を結果に影響するよりも大きく考えている点で誤謬である。というのも人間は唯一、抽象的判断を行うことができる生物なのであるが、抽象的判断は一つの要素だけを個別に抽出して思考を行うという性質であるため、それを現実に生起している出来事に適用する際に、判断力(つまり抽象的思考を現実に生起する現象に適用する過程)で、誤謬(つまり因果関係の間違った解釈)をおかすことがあるからである。因果関係を必然的に伴うのは、抽象的思考によって推論された過去や未来の出来事ではなく、現在において現実的に発生している現象についてである。ゆえに、原因と結果の連鎖や究極の原因などの抽象的推論が誤謬と矛盾に陥ることは、カントも証明している。

因果律という考え方の反事実条件法への置き換え

「全ての出来事には原因がある」と「因果律」という考え方を採用するということは、宇宙全体の性質に関して、検証も無しに、形而上学的に非常に強い主張をしてしまうことになる[4]。このような主張を含んでしまうと、結局、証明も反証もできない言明をしてしまっているのと同じことになるので、(広く認められている反証主義の方法論を採用すると)これはもはや科学的言明ではない、ということになってしまうのである。

一般に、科学の世界では、もし途方もなく強い主張をする時は、途方もない主張を支えるに足るだけの非常に確たる証拠を示さなければならない、とされている。したがって、(科学的な方法を守り、科学的な記述を構築してゆくためには)このような主張(因果律)を含めずに済むならば、そのほうが良いのである[4]

また、「事象 x が、別の事象 y を引き起こした」という単称因果言明は、「この状況においては、事象 x がなければ、事象 y は起きなかったはずだ」という、条件法命題に置き換えると、「因果律」という、途方もない前提は含んでいない。

「この状況においては」という箇所の明示的な記述が必要となってくる。実は、これを厳密に行おうとすると、大きな困難が生じる。というのは、その状況というのは、つきつめると厳密には全宇宙の状態を記述しなければならないということになるからである。このように結局、因果性という概念は、本質的に形而上学的概念である[4]

因果律

物理学における因果律

古典物理学での因果律とは、指定された物理系において「現在の状態を完全に指定すればそれ以後の状態はすべて一義的に決まる」と主張するものであったり、「現在の状態が分かれば過去の状態も分かる」と主張するものである[5]

また相対性理論の枠内においては、情報は光速を超えて伝播することはなく、光速×時間の分以上離れた距離にある二つの物理系には、時間をさかのぼって情報が飛ぶ事なしに、上記の時間内に情報のやり取りは起こらない。物理学の範疇ではこの「光速を超える情報の伝播は存在しない」という原理を同じく因果律という[5]

原子分子程度の極めて小さなスケールの現象では量子力学的な効果が無視できないほど大きく、古典的な意味での因果律は完全には成り立たない[6]。量子力学における基本方程式であるシュレディンガー方程式の解たる状態関数は、シュレディンガー方程式が満たす状態の確率振幅しか与えず、ある時点における物理的な状態が決定したとしてもその後の状態が一義的に決まるわけではないことを示している[7]

古典的定義から離れ因果律の定義を「時間軸上のある一点において状態関数が決まれば以降の状態関数は自然に決まる」と解釈すれば「量子論的領域でも因果律は保たれる」と言える[8]。また、一見因果律が破れているように見える思考実験であるEPR相関においても、実際光速を超えているのは状態関数の波束の収束速度であり、状態関数そのものが演算子によって書き換えられる(つまり情報を受け取る)わけではなく、因果律は保たれていると言える[8]

医学における因果律

病気の治療には原因を特定する事が重要だが、原因と結果を混同あるいは勘違いし、大学病院においてさえもとんでもない医療行為が行われる場合があり、注意が必要である[9]。因果関係の幻想は、実際には無関係な2つのイベントの間に因果関係があるという信念を人々が発達させるときに発生する。健康、財政、幸福などの重要な生活分野に関連して悲惨な結果をもたらすことがある[10]。今日の世界では、科学的証拠よりも個人的な信念、迷信、疑似科学を信頼する傾向が高まっている[11][12][13][14]

歴史

因果律の定義時間の定義とも密接に関係している。また、「時間」や「因果」はそれを認識する人間の主観によっても左右される。いずれにせよ、我々の感覚における「時間」に相当する性質を一部でも持つものを時間として定義し、そうして定義された時間の下で因果と因果律の概念は定義される。

人間の因果に関する認識について問題提起を行った哲学者イギリスディヴィッド・ヒュームがいる。彼は普段人間がある物事と物事を結びつけて考える際、先に起こった事が後の事の原因になっていると観察する暗黙の経験則に導かれているに過ぎないのではないかと疑った。つまり蓋然性は必ずしも必然性を意味しないということであり、連続して起こった偶然錯覚している可能性があるとする。

近世になると西欧でゴットフリート・ライプニッツらによって機械論的な世界観が強く主張され、簡単化された因果律が主張された。そして、20世紀初期にはアルベルト・アインシュタインによって相対性理論が発表されたが、そこには時空連続体という概念が含まれており、因果律についても新たな観点が与えられることとなった。

19世紀末から20世紀初頭に量子力学が形成され、1926年にはエルヴィン・シュレーディンガーによってシュレーディンガー方程式が示された。シュレーディンガー方程式のとなる波動関数 Ψ の物理的解釈は明確ではなかったが、マックス・ボルンによって波動関数の絶対値の二乗 |Ψ|2 が測定値の確率分布確率密度関数)になるという、波動関数の確率解釈が与えられると、すべての物理現象は確率的に起こるという考えが示されるようになった。

このことは、ピエール=シモン・ラプラスが自身の確率論の中で示したラプラスの悪魔の問題とはいささか事情が異なる。ラプラスの悪魔とはの情報をすべて持っている観測者のことで、ラプラスは確率的事象は観測者の知る情報量の不足によって生じると考えた。この考えは古典力学に対しては正しいが、量子力学に対しては正しくない。量子力学においては、観測者が完全な情報を得ていたとしても、系の波動関数はシュレーディンガー方程式に従って時間発展し、波動関数そのものは決定論的に振る舞うが、観測される物理現象は確率的に振る舞う。従って、量子論的な世界における因果律は、従来考えられていた古典論に則した因果律とは違ってくる。量子力学における因果律とは、波動関数がシュレーディンガー方程式に従って変化し、かつどの時刻でも波動関数が定まることを意味する。

量子力学における確率的な現象に対して、古典論と同じようにそれが情報の不足によって現れるとする考えと、量子論的なスケールでは根源的に物理現象は確率的にしか予測できないとする考えが示された。アインシュタインは前者の考えを支持し、1935年にアインシュタインとボリス・ポドルスキーネイサン・ローゼン実在論的な物理モデルが従うべき仮定と隠れた変数理論の必要性を示した[15]。一方、ニールス・ボーア (1885 — 1962) は後者の考えを支持した。

アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼンの示した仮定は1967年英語版英語版が提出した英語版によって否定された[16]。また実験的にも、1982年アラン・アスペによって英語版が破れていることが報告され、局所実在論的な隠れた変数理論は否定された。CHSH不等式とは、ジョン・スチュワート・ベルが局所実在論的な測定モデルが満たすべき条件として導出したベルの不等式の一種であり、ジョン・クラウザー、マイケル・ホーン (Michael Horne)、アブナー・シモニー (Abner Shimony)、リチャード・ホルト (Richard Holt) らによって示された不等式のことである。

因果律についてボーアは、あくまで人間的なスケールにおいて近似的に成り立っているに過ぎず、微視的なスケールでは成り立っていない、と考えていた[17]。ボーアの考えは、当時の量子力学は原子分子のスケールで起こる現象を中心に取り扱っていて、原子などに比して巨大な系に対する量子論的な現象が知られていなかったことによる。

SFなどにおける因果律

因果律は、サイエンス・フィクション(SF)の分野ではしばしば扱われるテーマである。例えばタイムマシンについて、その存在により因果律が破綻することによるパラドックス(タイムパラドックス)がエッセンスとして用いられたり、または、そのようなパラドックスの「発生を防ぐ」という事が物語の主要テーマとして用いられるような例がある。

また、タイムマシンの可能性を否定する根拠として"因果律"が用いられている場合がある。タイムパラドックスの存在がその根拠とされる。しかし、因果律自体が科学的客観的に証明された事実ではない以上、タイムマシンの存在を否定する根拠として用いるのは不適当である。「ただし、因果律について考察を行う場合には、仮にタイムマシンの存在を仮定してみることが必要不可欠である」という。

脚注

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注釈

  1. ^ つまり、現代の創発の概念にもつながるような発想の原稿。
  2. ^ 光学』において、「空間は sensorium dei(神の感覚中枢)」と記述している。

出典

  1. ^ Oxford Dictionaries
  2. ^ a b c d e 大沼正則 (1978)
  3. ^ 平凡社『西洋思想大事典』(1990)【因果性】
  4. ^ a b c 『哲学・思想 事典』
  5. ^ a b 平凡社『世界大百科事典』 vol.7 p.7【因果律】。
  6. ^ 平凡社『西洋思想大事典』 (1990)【因果性】p.595。
  7. ^ Peskin, Schroeder (1995) Chapter 2 他。
  8. ^ a b 上田 (2004)
  9. ^ とある勘違い治療の実例”. 夏井睦 (2001年12月20日). 2017年11月10日閲覧。
  10. ^ Matute, Helena; Blanco, Fernando; Yarritu, Ion; Díaz-Lago, Marcos; Vadillo, Miguel A.; Barberia, Itxaso (2015). “Illusions of causality: how they bias our everyday thinking and how they could be reduced” (English). Frontiers in Psychology 6. doi:10.3389/fpsyg.2015.00888. ISSN 1664-1078. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2015.00888/full. 
  11. ^ Schwarz, Norbert; Sanna, Lawrence J.; Skurnik, Ian; Yoon, Carolyn (2007) (英語). Advances in Experimental Social Psychology. 39. Elsevier. pp. 127–161. doi:10.1016/s0065-2601(06)39003-x. ISBN 978-0-12-015239-1. https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S006526010639003X 
  12. ^ Aeschleman, Stanley R; Rosen, Christopher C; Williams, Melissa R (2003-02). “The effect of non-contingent negative and positive reinforcement operations on the acquisition of superstitious behaviors” (英語). Behavioural Processes 61 (1-2): 37–45. doi:10.1016/S0376-6357(02)00158-4. https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0376635702001584. 
  13. ^ Too rich to get sick? Disneyland measles outbreak reflects anti-vaccination trend” (英語). the Guardian (2015年1月17日). 2021年2月1日閲覧。
  14. ^ Lilienfeld, Scott O.; Ammirati, Rachel; David, Michal (2012-02). “Distinguishing science from pseudoscience in school psychology: Science and scientific thinking as safeguards against human error” (英語). Journal of School Psychology 50 (1): 7–36. doi:10.1016/j.jsp.2011.09.006. https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0022440511000793. 
  15. ^ Einstein, Podolsky, Rosen (1935).
  16. ^ Kochen, and Specker (1967).
  17. ^ ボーア論文集 (1)

参考文献

  • 『西洋思想大事典』フィリップ・P・ウィーナー(編)、平凡社、1990年8月。ISBN 9784582100105
  • 『世界大百科事典』平凡社。
  • 大沼正則『科学の歴史』青木書店、1978年。
  • 『現代量子物理学』培風館、2004年12月。ISBN 978-4563022655
  • L D Landau, E.M. Lifshitz (1976-12-31). Quantum Mechanics: Non-Relativistic Theory. Course of theoretical physics 3 (3rd ed.). Butterworth-Heinemann. ISBN 978-0750635394 
  • Michael E. Peskin, Daniel V. Schroeder (1995-10-02). A Introduction to Quantum Field Theory. Westview Press. ISBN 978-0201503975 
  • 江夏弘「場の量子論における相対論的 Hamilton 形式と微視的非因果律」『立命舘大学理工学研究所紀要』第11巻、1964年、 65-66頁。
  • 「高エネルギーで因果律の破れている可能性」『素粒子論研究』第36巻第3号、1967年11月、 231-242頁。
  • 関根松夫「因果律の破れと高エネルギー π-N 全断面積」『素粒子論研究』第40巻第5号、1970年1月、 200-202頁。
  • 稲垣久和「微視的因果律の破れと共鳴準位」『素粒子論研究』第49巻第1号、1974年3月、 22-34頁。
  • 藤沢令夫「Aitia-Causa-Cause --「因果律」とは基本的に何だったのか」『理想』第634号、1987年4月、 100-103頁。
  • 「複雑系と多対多の因果律(研究会「複雑系」研究会報告)」『物性研究』第59巻第3号、1992年12月、 343-347頁。
  • ニールス・ボーア『ニールス・ボーア論文集〈1〉因果性と相補性』岩波文庫。
  • A. Einstein, B. Podolsky, and N. Rosen (1935). “Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?”. Physical Review 47: 777-780. http://prola.aps.org/abstract/PR/v47/i10/p777_1. 
  • S. Kochen, and E.P. Specker (1967). “The problem of hidden variables in quantum mechanics”. Journal of Mathematics and Mechanics 17: 59–87. 

関連項目


 

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