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🙋|「福井鉄道200形」現役時代の姿に甦らせるクラウドファンディング始動 


写真 福井鉄道200形「203」2016年10月撮影(Tsurugi2999さん撮影)

「福井鉄道200形」現役時代の姿に甦らせるクラウドファンディング始動 

 
内容をざっくり書くと
「湘南型」と呼ばれる正面のスタイルや「WN駆動方式」の電車用駆動システムを採用した車両は、鉄道ファンから人気を集めました。
 

福井県越前市は2021年10月21日(木)から、福井鉄道200形電車「203号」を現役時代の姿に甦ら… →このまま続きを読む

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WN駆動方式

WN駆動方式(WNくどうほうしき、WN Drive)は、電車の駆動方式の一種である。

概要

高速運転に適した電車用駆動システムとして、アメリカの大手電機メーカーであるウェスティングハウス・エレクトリック(WH)社が、傘下の機械・歯車メーカーであるナタル社(Natal Co.Ltd)と1925年以降共同開発を実施、実用化した。「WN」とは開発に携わった両社の頭文字 (Westinghouse - Natal) にちなむ。もっとも、現在の米国では単に「gear coupling」と呼称される方が多い。

駆動系全体は主電動機を車軸と平行に台車枠に固定し、小さな偏位を許容する「WN継手」を介して電動機の出力軸と駆動歯車を接続する。一般的には主電動機の荷重を全てばね上の弾性支持とした電車用の車軸無装架駆動方式全般をカルダン駆動方式と呼称するため、「WN継手」を使った「平行軸カルダン駆動」の一種とされる。

「WN継手」自体の仕組みは、二組の遊びの大きなスライドスプラインで構成される。スライドスプラインは歯車と異なり全ての歯が噛み合っているので小さくても大きな力を伝達でき、信頼性も高い。ただし公差を利用する角度変化の許容度はわずか5度以内である。

歴史

主電動機を小型、軽量化しつつ駆動力を発揮するには、高速電動機と減速歯車が必要になる。

過去に電気鉄道で使用されていた吊り掛け駆動方式は、主電動機に取り付けられた主歯車と動力を伝達される車軸に取り付けられた大歯車を一体のギアボックスに納め、そのギアボックスが主電動機の重量の約半分を支え、残る半分はばねで台車枠が弾性支持する単純な構造の駆動系だった。

吊り掛け駆動は、その単純さ故に欠点もあった。

  • 主電動機重量の約半分が車軸にかかり、ばね下重量が大きくなる構造により、軌道への負担が多く、かつ軌道と車輪の追従性が悪く、乗り心地が悪い。
  • レールの継ぎ目や分岐器で車軸に加わった衝撃が、ギアボックスを介して主電動機に直接伝わるため、軸受やモーターケースに損傷を生じる負担があった。整流子電動機の弱点であるフラッシュオーバーを考慮すると、モーター回転数の引き上げも困難になるなど[1]、更なる高速化に向けての性能向上は頭打ちの状況であった。

この問題を克服する方法として、1920年代には、スイスなどでブフリ式駆動方式が、アメリカや欧州でクイル式駆動方式が実用化された。しかし、いずれも大型であるため電気機関車用であり、電車用としては普及しなかった。

こうして電車の性能向上のため、当時アメリカで有数の鉄道用電動機メーカーであったWH社は1925年から、傘下のナタル社と共同で、小型の車軸無装架駆動方式と低電圧高回転電動機を開発した。

平行軸WN駆動は10年以上の長期にわたる実用試験を経て信頼性や性能が確認された後、1941年シカゴ・ノースショア・アンド・ミルウォーキー鉄道(ノースショアー線)のエレクトロライナーと呼ばれる軽量構造の4車体連接車に採用されて成功を収め、さらに1948年にはニューヨーク市地下鉄用R12形電車に大量に採用され、以後アメリカとアジアで普及した。

採用事例

日本

構造的に高出力に耐える継手の特性から、古くから地下鉄私鉄各社で用いられてきた。また高速運転を行う新幹線でも、開業以来長く標準駆動システムとして使用され続けているが、700系やN700系の一部グリーン車では例外がある(後述)。

日本におけるWNドライブは、1953年6月に完成した京阪電気鉄道1800型1802[2][3][4]に搭載された、アメリカからの技術情報に基づき住友金属工業(現:日本製鉄)が独自開発したWN継手[5]が最初の実用化例となり、これと同様の継手を用いた東京都電5500形5502[6]、さらにWH社のライセンスに基づく駆動装置を備え、営団丸ノ内線開業に備えて30両が一気に製造された300形電車[7]、と続いた。

丸ノ内線をはじめ、米国の鉄道と同等の1,435 mm軌間(標準軌)を採用した路線のほとんど(営団地下鉄(現:東京メトロ)の銀座線丸ノ内線近畿日本鉄道奈良線大阪線などの標準軌線区、京阪神急行電鉄(現:阪急電鉄)の神宝線)においては、継手の耐久性が高く大出力化に有利なWNドライブは早くから導入された。

一方、軌間1,067 mmの狭軌路線では、装置の幅が広くなるため、WNドライブの導入には継手だけではなく主電動機の小型化、あるいはその外枠形状の工夫が必要であった。この過程では、主電動機の軸方向長さの短縮とWN継手の小型化に加え、これを補うための主電動機直径の増大も図られている。1956年に富士山麓電気鉄道(現:富士急行3100形で、主電動機の1時間定格出力は55 kWと低出力であったものの初の狭軌用WN継手が実用化され、次いで翌年に登場した長野電鉄2000系電車で75 kW級電動機へ対応する継手が実用化された[8]

しかし当時既に直角カルダンでは110 kW(東急5000系電車)、中空軸平行カルダンでは100 kW(国鉄101系電車)といった、より大出力の主電動機への対応を実現し、これにより付随車を組み込んだ経済的な編成での運用を可能にしていた。このため、当方式を採用した狭軌私鉄は全長15 - 18 m級の小柄な車両を運用する事業者が大半を占めていた。この点、国鉄と同じ20 m級車を運行する各社では、各モーターの出力が制限されるこの方式で所要の性能を確保するには、全電動車方式とせねばならないことがネックとなった[9]。このためWNドライブの日本における本格的普及は、1960年代に入り狭軌向けでも定格出力が100 kWを超える大出力電動機が製造可能になってからであり、南海電気鉄道(三菱電機製主電動機装備車両)、小田急電鉄などにその例を見ることができる。

国鉄の在来線用電車においては、中空軸カルダンが標準とされたために、WNドライブの使用実績はない[10]が、電気機関車では1台車1モーター2軸駆動方式を採用し継手寸法の制約が事実上なかったEF30形に採用されている。分割民営化後、JR西日本においては大出力高速回転型のモーターを使用するために駆動系の高い耐久性が求められたことから、整流子が無い分スペースに余裕を確保しやすいVVVFインバータ制御交流かご形三相誘導電動機を使用する207系以降の在来線電車において、一部例外を除き[11]WN継手を標準採用しており、特に223系225系新快速電車をはじめとする新型電車群の高速運転に威力を発揮している。また、日本唯一のコンテナ貨物電車である日本貨物鉄道(JR貨物)のM250系電車でもWNドライブが採用されている。車体装架カルダン駆動方式が過半数を占めている超低床路面電車(100 %超低床)では鹿児島市交通局7500形電車リトルダンサータイプX)で東洋電機製造が新設計したWN継手が採用されている。

WN継手は基本的に等速継手であり、変位を与えた状態で回転しても回転角速度変動は発生しない。ただし「たわみ板式継手」や「TD継手」ほど滑らかではない。

現在での国内での生産数は、ウェスティングハウスとの技術提携の経緯や金属加工技術の制約などから、三菱電機製主電動機と日本製鉄(前身の住友金属工業を含む)製継手の組み合わせが半数以上を占めている[12][13]

海外

海外ではクイル式駆動方式と並んで最も一般的に用いられる駆動方式となっており、アジア北米などで主流となった。スペイン[14]を除くヨーロッパではクイル式駆動方式が主流であるが、近年ではWN駆動方式も増えつつある。

問題点

惰性走行時の騒音

(JR西日本223系2000番台)それぞれの車両の音は台車や製造時期などの条件で多少異なる。

この音声や映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声・動画の再生をご覧ください。

WN継手では、継手に力が掛かっていない惰性走行時、構造上、内部にある歯車の公差により騒音が発生してしまう。このため、一定以上の速度域では惰性走行時にごくわずかに回生ブレーキをかけ、継手に負荷をかけて騒音を抑制するよう制御を行う車両[15]も存在する。また近年の車両では、歯車の設計において低バックラッシュ化を行い、製造時に内部の歯車の公差を出来るだけ少なくして騒音を抑える努力をしているが、歯車の経年劣化により騒音が徐々に大きくなるため、根本的な解決には至っていない。 本方式の場合、内歯は単なる直歯インターナルギアであるが、外歯は芯ずれ変位を許容するため非常に大きなを付与する必要があり、このような非常に大きなクラウニングを有する外歯ギヤは現在の技術をもってしても研磨盤が開発されておらず、あくまでも歯切り→焼き入れ→すり合わせという工程しかとれず、歯車の高精度化によるバックラッシュの縮小は困難であり、現在はモジュールの縮小による歯型の小型化により行われている、また無闇なバックラッシュの縮小は焼きつきの可能性を増加させるため難しい状態である。

東海道山陽新幹線では、700系JR東海所属編成(C編成)のC19編成以降およびJR西日本所属編成を含むN700系Z・N編成グリーン車にのみTD継手を採用するように変更し、騒音を抑制している[16]

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 吊り掛け式のモーターは一般に定格回転数800 - 1,300 rpm程度であったが、WN駆動に代表される新しい駆動方式では1,500 - 2,000 rpm以上の高速モーターが多用される。
  2. ^ 1953年7月22日竣工。営業運転は翌7月23日から開始された。
  3. ^ 『京阪車輌竣工図集(戦後編~S40)』、レイルロード、1990年、pp.63-66。
  4. ^ 沖中忠順「京阪特急物語 -京阪特急を眺め,乗り,50年あれこれ-」『鉄道ピクトリアル No.695 2000年12月臨時増刊号』、電気車研究会、2000年、p.122。
  5. ^ 福原俊一 『日本の電車物語 旧性能電車編 創業時から初期高性能電車まで』、JTBパブリッシング、2007年、pp.128・153 - 154
  6. ^ 1953年11月21日竣工。
  7. ^ 1953年10月完成。323を除き1954年1月5日竣工。
  8. ^ 三菱電機の75 kW主電動機とこれに対応するWN継手のセットの場合、長野電鉄向け狭軌セットの軸方向長さは同級出力の標準軌用に比して約300 mmもの縮小で958 mmに短縮されている(一方主電動機直径は55 mm増大した)。またWH社原型の標準軌用WN継手が継手の許容軸偏位・駆動力伝達容量に相当な余裕を持っていることも割り出し、実用に問題のない範囲で偏位許容度を削る構造マージン切り詰めで小型化に振り向けた設計とした。三菱電機の技術者は、1955年当時、台車技術の発達で電車用新型台車の軸ばね剛性が比較的大きくなり、これによって車軸の変位が小さくなっていたことが、WN駆動への適正化ともなったことを指摘している(真鍋裕司「わが国におけるWN駆動の発達過程」『鉄道史学』第14号 鉄道史学会1995年12月 p.41-p.48)。
  9. ^ 全電動車とすると、車両製造コストの上昇や、変電所の負荷過大などの問題が伴う。
  10. ^ 国鉄時代の車両すべて(207系900番台を除く)が直流直巻整流子式電動機を装架していたため、継手に割り当てられるスペースが限られていた。
  11. ^ 在来線営業用車両では223系5000番台が該当。
  12. ^ ただし、三菱電機との取引のない一部事業者(阪急電鉄、京王電鉄他)や、公開入札により資材を調達している大阪市高速電気軌道(旧・大阪市交通局)などでは日立製作所東芝といった三菱電機以外の国内各電機メーカーが製作した電動機がWN継手と組み合わせて使用されている。
  13. ^ 石本隆一「私鉄車両めぐり150 大阪市交通局」『鉄道ピクトリアル No.585 1993年12月臨時増刊号』、電気車研究会、1993年、pp.165 - 168。
  14. ^ 日本の三菱電機による電気機器の提供およびライセンス生産が行われたため。
  15. ^ JR西日本223系1000番台など。
  16. ^ JR西日本所属の700系B編成はグリーン車を含め全車WN継手を使用する。また、九州新幹線用の800系や山陽・九州直通用のN700系7000番台(JR西日本所属のS編成)およびN700系8000番台(JR九州所属のR編成)でも全車WN継手を使用する。

関連項目

外部リンク

鉄道ファン

(てつどうファン)とは、日本において、鉄道、またはこれに関する事象を対象とする趣味鉄道趣味)を持っている人のことである。

鉄道趣味の分野

以下は鉄道趣味とされる趣味の例である。それぞれの分野に熱中するファンは、カッコ内に示すような愛称・俗称で呼ばれることがある。

車両研究

  • 車両研究(車両鉄)- コアなファン層を形成しており、鉄道趣味誌にもこの層をターゲットにした記事が多い。
    • 車両分類 - 各系列・形式の特徴を詳細に把握
    • 車歴 - ある特定車両の改造遍歴や所属履歴を追跡
    • 装置 - 走行のための電装内燃機関台車集電装置等の性能比較・研究
    • 内装 - 座席配置や室内快適性を検討
    • 編成 - 過去及び現在の列車編成の把握)

鉄道写真

録音・音響研究

鉄道模型

コレクション

旅行・乗車

時刻表・駅研究

  • 時刻表収集・ダイヤグラム分析(時刻表鉄)
    • の構造研究
    • 駅名研究
    • 駅巡り・全駅制覇
    • 駅名標撮影
    • 時刻表の時間を元に走行中の場所を突き止め、車窓を妄想する。

施設設備・運転業務研究

鉄道関連法規・規則研究

その他

鉄道を題材とした漫画小説随筆等の制作。鉄道研究会の会誌や個人の同人誌では研究成果(ノンフィクション)と並んで発表される。
鉄道絵画(描き鉄) - 車両や駅舎の絵画を描く。絵画の技量が必要なこともあり少数派だという[1]
架空鉄道 - 想像上の鉄道路線や時刻表、車両を創作する。
鉄道会社への株式投資 - 株主優待券や限定グッズの入手が主目的だが応援目的の者もいる。

日本の学校鉄道研究部・研究会

学校のサークル活動・部活動の一つとして鉄道研究部・研究会などが存在する。

全国的な学校・サークルの連合組織は日本には運動系以外は少ない。神奈川県には、神奈川県高等学校文化連盟の一組織として、神奈川県高等学校鉄道研究部連盟(神奈川県高鉄連)があり[2]、神奈川県内の高校の鉄道研究部等が加盟している。また、毎年行われる神奈川県高等学校総合文化祭において鉄道研究発表会を実施している。

大学生においては、「関西学生鉄道研究会連盟(関西学鉄連)」が存在している。この種の組織はかつて日本各地にあった。各サークル自体の人数が非常に少ないためにサークル自体が廃部になり、連盟も事実上解散している場合がある。2010年12月には、千葉県にある5大学が加盟する「ちば学生鉄道研究会連合」が新たに発足し、2013年には関東学生鉄道研究会連盟(関東学鉄連)が再起した[3]

鉄道研究部の活動は各校異なるが、おおむね以下のようなものがある。

  • 例会
  • 部誌制作およびそのための取材活動
  • 合宿・旅行(この旅行記を部誌の中心に置いている場合もある)
  • 学園祭・文化祭における出展・研究発表

学校レベルでの部誌の中には、一般書店の鉄道コーナーで販売されるものもある。部誌は白黒の単色刷りのものが多いが、一部にカラー刷りのものもある。研究発表活動は、取材の成果(写真・データなど)や鉄道模型の展示などが基本である。

特に長い歴史と多大な活動実績を持つ鉄道研究部の中には、鉄道趣味雑誌から記事執筆の依頼を受けるものもある。

一般鉄道サークル

ある一つの学校の学生・生徒だけで構成される学校鉄道研究会だけではなく、一般に入会希望者を募り、活動している鉄道サークルもある。代表的なもので鉄道友の会や鉄道資料交換会(RSEC)、Rail-On(JR東日本公認のファンクラブ・2008年に解散)など。

これらは貸切列車を仕立てた大規模な懇親イベントや鉄道模型の運転会、あるいは貴重な歴史的鉄道車両の保存・維持管理など、個人では不可能な活動を実現することを活動の目的としていることが多い。

鉄道高校(鉄道学校)

鉄道について学ぶ学校(鉄道学校)がある。東京都には昭和鉄道高等学校岩倉高等学校など鉄道関係の学科を持つ高等学校が存在する。高校の授業として鉄道が学べることや、在学中にJR・私鉄駅での実習やアルバイト(私鉄のみ)までできること、鉄道関係各社局への就職率が高い等の理由で鉄道ファンの生徒も多い。東京近郊から遠く離れた地方から受験し入学する生徒もいる。ただし、これらの学校に入学できたからといって必ずしも鉄道事業者等へ就職するわけでなく(希望が叶わなかったり、もしくは逆に本人希望で)、卒業後に鉄道以外の分野の職業に就いたり、大学短期大学専門学校に進学する者も多い。

鉄道ファンの使う道具

時刻表

鉄道ファンにとって時刻表とは、単に時刻を調べるための道具にとどまらず、様々な使用法がなされる。主なものは以下のとおり。

  • 時刻表を見て、架空の旅行計画を立てる(机上旅行) - 沖縄県を除いた46都道府県沖縄都市モノレールが2003年開業したので航空機を入れてここを含めて全部にする者もいる)の都道府県庁所在地をいかに早く周るかや、いかにJR最南端の西大山駅から最北端の稚内駅まで行くか等がある。
  • 時刻表を見て、ダイヤグラムを推測する - 列車の行き違い箇所、追い抜き箇所、折り返しの運用などを推測する。
  • 古い時刻表を見て、当時の列車状況などを調べる - 時刻表は当時の鉄道を知る「資料」となるため、明治時代から昭和時代まで、大掛かりなダイヤ改正があった時期などを中心にいくつかの古い時刻表を復刻した「復刻版時刻表」が販売されることもある。ただし、国鉄は詳細な記録がまとめられているが、私鉄は巻末に大雑把にしか掲載されていない。そのため、各社から個別の時刻表が発売されたり、が発行されるなど利用客向けの広報体制が整う時代(大まかに1980年代頃)よりも前のダイヤを調査することは、困難な場合が多い。当然ながら、過去の時刻表には現在は廃止されてしまった路線や列車のダイヤが載っているので、現在では実現不可能な鉄道旅行を空想する楽しみ方もできる。

旅行の際、大判の時刻表を持っていくのはかさばるからと携帯版の時刻表を持っていく者も増えているが、それでも大型時刻表を持っていく者も存在する。その理由として、複雑な旅行計画を組む鉄道ファンにとって、旅行中に万が一ダイヤが乱れた際行程を立て直すためにはどうしても情報量の多い大型時刻表が要ること、また、列車の中や待ち合わせ時間に暇な際に情報量の多い大型時刻表を見るなどして時間つぶしをすることなどが挙げられる。人によっては、大判時刻表の必要な部分だけをちぎったり、コピーする者もいる。

大型時刻表の発行元は交通新聞社JTBパブリッシングの2社に現在では集約されたため、好みが大きく別れる。前者の「JR時刻表」はJR化以後の公式時刻表であり、優等列車が赤色表示なので分かりやすいこと、入線時刻や発車番線などの情報量が多いこと、後者の「JTB時刻表」は、国鉄時代において公式時刻表「国鉄監修交通公社の時刻表」として長い歴史があり、ページ割りも国鉄時代とほとんど同じであること、大都市近辺詳細図のページが会社別色別で見やすいこと、「グッたいむ」といった読者投稿コラムが載っていることなどを、それぞれ利点として挙げている。

紀行作家の宮脇俊三は自著『時刻表2万キロ』において、自分の国鉄全線完乗を『「列車に乗る」のではなく「時刻表に乗る」』と評している。

最近は[いつ?](社)鉄道貨物協会発行の「貨物時刻表」が貨物列車を撮影する鉄道ファンの必需品となりつつある。

カメラ

鉄道趣味、特に鉄道写真においてはカメラは欠かすことのできない道具である。望遠から広角まで様々な種類のレンズが必要になるため、一眼レフが好んで用いられる。特に一本限りの臨時列車など、一発勝負でミスできない撮影のために、プロ並みに複数のカメラを同時に準備する例もある。通勤中などに不意に変わった車両や変わった運用を目撃したときのため、小型軽量で携行の容易なコンパクトカメラを欠かさず携帯する鉄道ファンもいる。ただしカメラ付き携帯電話やタブレットコンピュータの普及で、これで代用するケースも増えており、近年ではスマートフォンのカメラ高性能化もあり、スマホで本格的な写真撮影を行う人も存在する。

そのほかに脚立と三脚も使うと便利である場合があり、有名な撮影ポイントやプラットホームの先端部分では三脚を立てたファンが集い、熾烈な場所取り合戦を展開することもある。ただし、混雑したり幅が狭いプラットホームにおいて三脚を立てるのはマナーの悪い行為とされ、持ち込み禁止の駅も存在する。このため、鉄道事業者側でも駅での三脚・脚立の使用自粛を求める動きが強まっている。駅でなくても、線路沿いの交通量の多い道路などで脚立を使うのは、迷惑行為であると同時に危険行為でもある。

鉄道写真を趣味とするファンはカメラメーカーのよい「お得意様」である。そのため、カメラメーカーが鉄道ファンを支援することもある。例えば富士写真フイルムは、「いい旅チャレンジ2万キロ」を後援していた時期もあり、キヤノンは、1977年から雑誌『鉄道ファン』でのコンテストを協賛している。鉄道趣味誌にカメラメーカーが広告を掲載することは現在でも多い。

鉄道ファンの概要

日本の鉄道ファンの構成・特徴

年代層は青少年から高齢者まで幅広い。

鉄道ファンが父親・母親となった場合に、子供がその両親の影響で鉄道ファンになるという例がある。逆に、子供を授かるまで鉄道にそれほど興味を抱かない人が、子供と一緒に鉄道趣味を楽しむことで鉄道ファンになることもある。母子で鉄道ファンという「ママ鉄」というジャンルがある。

時刻表トリックを多用する西村京太郎は、鉄道ファンの興味を引くミスのあった作品が口コミにより売れたため、担当の編集者から1作に1箇所はミスを入れて欲しいと依頼があったという[4]

日本における呼称について

日本における「鉄道ファン」に対する呼称は一様ではなく、時代や文脈によってさまざまに分かれている。以下、呼称について各呼称ごとにその由来・時代変遷を述べる。

「鉄道ファン」
最も一般的かつ無難な呼称。後述するように昭和30年代頃までは「鉄道マニア」が通常呼称であったが[要出典]、「マニア」という言葉が次第に嫌われるようになり、代わりに広く使用されることとなった。
英語でも鉄道趣味人のことは「railfan」といい、日本語でも「レールファン」という表現が用いられることがある。
なお、「鉄道ファン」は同名の雑誌を発行する交友社商標登録しているが、「雑誌、新聞」というジャンルに限った呼称の登録であるため、一般的な使用や、「雑誌、新聞」以外のジャンルでの商業的使用にはまったく問題がない。
「鉄ちゃん」 「鉄ちん」
「…ちゃん」という愛称形をとっているため、親しみを込めた文脈から差別的な文脈まで広く用いられ、ファン自身が卑称扱いで自称することもある。発生時期は明確でないが昭和40年代頃とみられ、元は卑称・蔑称であったともいわれる。これに対し女性の場合は、「みっちゃん」と呼ばれる。これは、「鉄道」の「道」から発生したものである[注釈 1]。近年では「鉄子」とも呼ばれる(後述)。
「鉄」
2000年代以降中立的名称として広く使用が認められる語。「てつ」・「テツ」と仮名表記することもある。アクセントは「て」に置く場合がほとんどで、物質としての「鉄」と区別される(関西での物質としての「鉄」と同じ発音)。
シンプルなため造語性が高く、列車に乗ることを趣味とする人(駅の周りを探索するいわゆるぶらり途中下車の旅を含む場合もある)を「乗り鉄」、列車の撮影を趣味とする人を「撮り鉄」と呼ぶように、鉄道趣味の種類を補ってファンのジャンルを区別する呼び名もある。
さらに派生語として、鉄道に関する情熱の度合いを「鉄分」と表現し[要出典]、鉄道ファンでない人を「非鉄」と鉄道ファンが呼ぶこともある。また、漫画『鉄子の旅』の影響で、女性の鉄道ファンを「鉄子」と呼ぶこともある[注釈 2][注釈 3]
「鉄道趣味者」「鉄道愛好者」「鉄道愛好家」
「鉄道ファン」の和訳とでも言うべき呼称。一部で用いられるが、日本語として据わりが悪いためか、鉄道ファンや鉄道ファンをターゲットにした分野で使われることは少ない。
「鉄キチ」
「鉄道キチガイ」の略。類語として「汽車キチ」などもある。現代では差別的と見られるものであるが、文脈上は必ずしも明確な差別意識を持って用いられるとは限らない(実際、『汽車キチ昭和史 車窓からみた日本の50年』(中村薫著、1987年)という鉄道の書物がある)。「○○キチ(カーキチ、釣りキチなど)」という呼び方は、昭和40年代頃広く用いられた用語であるが、鉄キチも含め現在は廃れている。
「鉄道マニア」
昭和30年代頃までは普通に鉄道ファンを指す呼称として用いられており、ファン自身が通常の言葉として用いている例も多い。先述の通り、少なくとも当時は「鉄道ファン」よりも一般的な用語であった。しかし後述するようなファンの質の低下により「マニア」の語が持つ差別性がクローズアップされ、次第に蔑称的なものとして認識されるようになった。
現在も、特に他者に対して差別意識なしにこの語を使用する人も多く、必ずしも「蔑称」とは言い切れない面があるが、否定的な文脈での使用例が多いのも事実であるため、こう呼ばれることを好まない鉄道ファンも多い。
なお英語の「Railway Mania」は日本語でいう「鉄道マニア」のことではなく、鉄道の創成期に鉄道敷設や鉄道会社への投機に熱中した「鉄道狂時代」のことを指し、鉄道趣味とは関係ない。
「鉄道オタク」「鉄道ヲタク」
卑称・蔑称のうち、最近広く用いられているもの。
オタク」「ヲタク」という語の浸透とともに起こったもので、「一般人にはよく分からないディープな世界」である鉄道趣味の性質をいわゆる「オタク」と混同して作られた語である[注釈 4]
上記をさらに略した「鉄オタ」「鉄ヲタ」という呼称もある。一般に、より卑下の度合いが強い語として扱われる。

日本国外の鉄道への興味

日本の鉄道ファンは、その対象を日本国内の鉄道のみとしている人が多く、日本国外の鉄道を趣味の対象としている人は多くない。

その理由としては、次のようなものが挙げられる。

  • (一般論として)日本の鉄道が「世界の鉄道の中でもかなり先進的である」ため、日本国内で満足していることが多い
  • 列車に乗ることを趣味としているファンにとって、鉄道趣味とは「日本独特の旅情」を楽しむ側面を併せ持っており、国外の鉄道ではこの「日本の旅情」を楽しむことができないという(日本の領土時代に日本により鉄道が建設され、発展した台湾樺太(サハリン)では、日本のファンがこれら地域に残された日本らしさを発見するという楽しみ方をすることもある)
  • 日本が島国であり、色々な意味で国外の鉄道に接触する機会が少なく、鉄道自体も他の国との物理的接点を持たない
  • 戦後(特に高度経済成長期以後)の日本の鉄道が、世界の鉄道とは違った独自の発展(例えば動力分散方式など)を遂げたことで、技術や運営の面などで、世界の鉄道から「ガラパゴス化」している[注釈 5]
  • いわゆる「言語の壁」、すなわち語学力の問題

かつては「鉄道雑誌以外に、日本国外の鉄道の情報を得る手段がないから」と言われる事も存在したというが、現在ではインターネットの発達により、以前に比べ情報量や即時性などの面で劇的に改善されている。それにより(言語の問題はあるが)、「情報の少なさ」という理由は以前に比べ緩和されていると言える。

(定量的なデータではなく、あくまで定性的なものであるが)日本の鉄道ファンが、日本国外の鉄道に興味を示さない傾向が強いのは、鉄道雑誌において「日本国外の鉄道を特集に取り上げると、売り上げが落ちる」「日本国外の記事はいつも人気がない」と言われていることからも窺い知れる[注釈 6]

日本の鉄道ファンが日本国外の鉄道を趣味の対象とする場合でも、その対象はヨーロッパ(特にフランスドイツ)、あるいは日本統治の歴史があり地理的に隣接している台湾や韓国、樺太など、きわめて少数の国・地域に偏っている傾向がある。さらに、高速鉄道や観光鉄道など、日本の学生用社会科(地理など)の教科書やテレビや雑誌などでの注目・露出度が高い鉄道だけを趣味の対象としている場合も少なくない。

そのような状況の中、2000年代に入ってからは、日本の鉄道の近代化・合理化が進んだことや、ローカル線の縮小が進んでいることなどの理由で、きわめて少数ではあるが、現在の日本の鉄道に興味を失い、新たに日本以外の鉄道に関心を抱く鉄道ファンも存在する。また、かつて日本で運用された車両が国外の鉄道事業者に譲渡されるようになったことや、格安航空券の普及で日本国外への旅行にハードルの高さを感じなくなったことにより、日本国外の鉄道を撮影・乗車するためのハードルは下がっている。長年鉄道ファンを続けてきたリタイア層が、金銭的な余裕も持ち合わせていることにより、日本の鉄道のみならず国外の鉄道を見聞するために旅行するといった現象も起きている。こういった層をターゲットとした旅行商品も用意されるようになり、一般観光旅行より高額にも関わらず、多くの参加者を集めるという現象も起きるようになった。

各国の鉄道ファン

欧米では保存鉄道や保存車両の運営、維持にボランティア活動や資金カンパなどを行っている鉄道ファンが存在する。保存鉄道は、イギリスフランスなどで特に盛んである。アメリカでは廃車になった車両を修繕し展示や運転を行うグループが存在する。また、国や地域によって、ファンの活動にも温度差があり、下記の旧共産圏に含まれる東欧方面では、法律によって鉄道施設の撮影などが制限されている国もある。

いわゆる「新興経済国」や旧共産圏の国々のなかには、「国家防衛上の理由」により鉄道趣味への制約が存在する国も多々見られ、それ以外の「発展途上国」では「鉄道趣味」という概念はおろか定期的に運行される鉄道自体が存在しない国が幾つも存在する。

欧米にも「鉄道オタク」・「鉄道マニア」を意味する言葉が存在する。英語圏では、一般的にRailfanが鉄道ファンを指す言葉であるが、「マニア」を意味するGeekNerd、アメリカで用いられるFoamer、イギリスで用いられるTrainspotterAnorakCrankGrizzerGricer、オーストラリアで用いられるGunzelなどスラング的な言葉も存在する。これらの中にはは侮蔑的な意味を含む言葉が幾つも存在し、いずれも鉄道に対して過度に熱中し、見境なく暴走、はては迷惑行為を行い、社会的適応力に欠けてしまっている鉄道ファンを揶揄する言葉である(日本でいう「迷惑鉄」ないしは「でんちゃっちゃオタク」「屑鉄」などに相当)。

2001年9月11日同時多発テロ事件以降、アメリカでは列車撮影目的の鉄道ファンが警察官からの不審尋問を受ける事例も生じている[注釈 7]

各国での楽しみ方

  • 日本以外の国・地域のファンも日本と同様、旅行、写真、模型、コレクションなどを楽しんでいる。
  • 欧米では、鉄道事業者の協力の下で、保存鉄道や保存車による貸切列車が、大々的に運転されることもある。
欧州
欧州の独特の趣味として「車両を見る(トレイン・スポッティング)」という趣味がある。駅などのホーム端部で行き来する列車の車両番号をノートに記録、または車両を見ながら車両番号を読み上げそれを録音する。これは地続きのヨーロッパにおいては、一つの列車に複数の国・地域の車両が連結されていることも多く、ファンの心をくすぐるためである。ただし「トレイン・スポッティングをする人」を意味するTrainspotterは、上記のように侮蔑的な意味を含む。
また、実際の営業路線で動態保存の蒸気機関車や列車を、団体臨時列車・イベント列車として走らせるグループ・組織や、実際に列車運転を体験できる鉄道もあり、その楽しみ方は多彩である。
アメリカ合衆国カナダ
国土が広大で、貨物列車主体の鉄道であるため列車のスケジュールは一定ではなく、列車を撮影する際には無線機を携帯し、列車無線を聞いて列車の現在位置を把握することが多い。単に目撃した機関車の番号を記録するだけのファンもいる。
非常に裕福なファンも存在し、個人で列車を借り切ることもある。また、線路上を走行可能なように整備された寝台車や豪華なソファーに会議室厨房など移動を更に楽しくさせる要素を含んだプライベートカーが存在し、それらの車両をアムトラックなどの定期旅客列車に併結させることもある。
旅客輸送の全盛期の備品のコレクションが盛んである。なかでも、「レイルウェイ・チャイナ」と呼ばれる食堂車で使われた高級食器の収集は他地域ではあまり見られない。また、鉄道会社の発行する株券にはそれぞれの鉄道会社の特徴を表すイラストが載っていることが多いため、株券を収集するファンも存在し、消滅した鉄道会社の株券を売買するコレクター・ショップも存在する。
自宅の庭に大型の鉄道模型である「庭園鉄道」を敷設するファンも存在する。
中央アメリカ南アメリカ
中南米地域の国々では、鉄道は欧米諸国の大企業によるプランテーション農業)や鉱山開発から発生する作物を輸送するために敷設された路線が多く、輸送する作物の価格動向や生産高、代替手段としての道路交通の発達などの影響を受けて旅客輸送はおろか路線自体が「休止」となっているケースも多々見られる。また情勢が不安定な国々も多く、「安全上の問題」により列車の写真を撮影出来ない場合もある。それらにより、中南米地域全体では鉄道ファンと呼べる人々はさほど見られない。
しかし、中南米地域の中では経済に加え鉄道網も最も発展しているとされるブラジルコーノ・スールアルゼンチンウルグアイチリ)では、鉄道車両[6][7]や鉄道模型[8][9]が製造され、鉄道に関する沢山のホームページや同好者組織[10][11][12]が作られ、特にブラジルとアルゼンチンでは数種類の鉄道雑誌[13][14][15][16]が定期的に発行され、ブラジル保存鉄道協会(ABPF)やスペイン語版[17]などの鉄道保存団体が多数存在するなど鉄道趣味が浸透している。リオプラテンセ・スペイン語スペイン語のチリ方言には鉄道ファンを指す"Ferroaficionado"(アマチュア鉄道人)という言葉があるほどである[18][19]。アルゼンチンの首都の大切な足として親しまれているブエノスアイレス地下鉄では日本の中古地下鉄車両が使用されており、日本から撮影や乗車をするために現地へ向かう鉄道ファンも存在する。
共産主義圏
共産主義圏においては、鉄道およびその関連施設の多くが軍事施設の扱いとされることから、資本主義圏に比べて鉄道撮影に対する制約が強い傾向が見られるが、主にインバウンド来訪者を対象として、鉄道事業者が蒸気機関車の体験運転を実施する例もある。
台湾
台湾では1987年まで戒厳令が施行されていたため、鉄道施設・車両に対する撮影に制限があったが、近年徐々にファンが増えてきている。特に台北捷運台湾高速鉄道の開通後は増え方が加速している。日本同様に鉄道研究会がある大学もある。1995年に鉄道愛好者の団体である「鉄道文化協会」(鐵道文化協會)が結成され、鉄道趣味雑誌鐵道情報が発行されている。
韓国
準戦時体制下にある韓国では、鉄道は軍事上重要な位置を占めており、鉄道施設・車両に対する撮影には制限がある。鉄道を趣味とする人は少ないため、情報発信は韓国に在住、あるいは韓国を訪問したインバウンド来訪者によるものが多い。近年は、以前よりも撮影規制などが緩和傾向にある。しかし韓国では、鉄道は「嫌悪施設」という概念が強く、東海南部線京義線ソウル郊外線蒸気機関車による観光列車が走ったことがあるが、いずれも長続きしていない(「ムグンファ号」の項目参照)。一方で豪華寝台列車ヘラン」号や海列車旌善線などの廃線跡を活用したレールバイクの運行など、鉄道ファンを増やす試みも見られる。
インドネシア
オランダの植民地時代から存在し、インドネシア語で狂人を意味するエダン(edan)とオランダ語で鉄道を意味するスポール(sepur)をあわせてエダンスポール(edan sepur)と呼ばれる。英語風にレールファン(railfan)と呼ばれることもある。2009年にインドネシア・エダンスポール・クラブが設立され、鉄道専門店の「プラサスティ」でグッズなどの展開を行っている。
モンゴル
モンゴルは、民主化後は鉄道施設・車輌に対する撮影の制限が緩和されている。また、NHKの番組「行くぞ!最果て!秘境×鉄道」では、同国に3人しかいないという「撮り鉄」が紹介された[20]ほか、ウランバートルには鉄道博物館も設置されている。
中国
中国は撮影マナーに関して非常に厳しく、駅の入場時間に制限が設けられていたり、撮影しようとして拘束されるケースなどがある。近年では鉄道趣味が普及しつつあり、いくつかの大学には鉄道研究会もある。
ロシア
ソ連時代、鉄道車両や施設などは軍事情報とされ撮影等は基本的に禁止されていた。現在では基本的に撮影可能であり、鉄道ファンが情報交換するサイト(trainpix.org)やインスタグラムにも鉄道写真が多数投稿されている。

また、ミャンマー国鉄タイ国鉄・インドネシア(KRLジャボタベック)では日本の事業者より譲渡された鉄道車両が運用されているため、すでに日本国内で引退した車両を乗車・撮影する目的でそれらの国へ渡航する日本の鉄道ファンも存在する。

鉄道ファンによる迷惑・犯罪行為

鉄道趣味に関する活動の中で、マナーをわきまえず迷惑行為を繰り返す者もいる。車内や駅構内で無謀な撮影・収録を試みるなどの他の利用者に迷惑となる行為や、それに伴う駅員・警備員との対立のほか、鉄道会社の所有物を盗むという犯罪行為すら発生している。これら悪質なファンの行動を原因とする一般の乗客や鉄道沿線の近隣住民とのトラブルも少なくない。また、一部の鉄道会社ではこれらの迷惑行為を考慮して、ファンサービスの企画(動態保存車両の特別運転や車両基地の一般公開など)を縮小、もしくは一切行わない方針とする傾向も見られる。

日本でこのような迷惑行為が増加したのは、1970年代の蒸気機関車全廃に伴う「SLブーム」でファンが著しく広がり、それに続く「ブルートレインブーム」で当時の若年層がより流入したことが原因であると考えられている。この時代、列車撮影が盛んになるとともに、撮影名所での場所取り・不法侵入・危険な区域への突入・窃盗破壊行為・列車妨害等々の無法行為や、過熱した鉄道ファンが沿線で夜行列車撮影のために深夜徘徊することが問題になった[注釈 8]

鉄道ファンは自動車ファンなどと異なり、趣味対象を直接所有することは極めて難しい。鉄道関係のイベントで解体された車両の備品などを販売している事例はあるが、車両そのものの譲渡や寄贈を受ける(斎藤茂太など)場合には相応の資金力やコネクションが要求される[注釈 9]。そうした背景もあってか、保存車両や鉄道敷地内の備品が盗難されることもある[注釈 10]。イベント列車などの運転、廃車回送、路線の開業あるいは廃止などでファンが集まる際、上記の如くマナーに欠ける者の迷惑行為により、鉄道ファンに対する世間の評価を低下させているのが現状である。

以下は迷惑行為の例である。

  • 犯罪・法令違反
    • 鉄道車両・関連施設の部品・備品等の窃盗破壊・除去[21][22][23][24][25][26]
    • 立入が禁止されている鉄道用地などへの無断侵入[27][28]
    • 鉄道用地にドローンマルチコプター)を飛ばす行為
    • (撮影を目的とした)沿線の草木や構造物の無断伐採・除去
    • 第1種踏切で遮断中の踏切を強行突破して撮影する行為や、第3種と第4種踏切で通過中の列車に近寄り撮影する行為
    • 撮影地へのゴミの投棄
    • 鉄道員の制服を詐取する行為[29]
    • 運転室への侵入(鉄道営業法第33条により罰せられる)[30]
  • 迷惑行為・マナー違反(犯罪・法令違反以外。なお程度の度合いにより、殺人罪、暴行罪、傷害罪、威力業務妨害罪、公務執行妨害罪、往来危険罪等の刑罰の適用を受ける場合あり)
    • ホーム白線からはみ出た位置での写真撮影(冒頭写真を参考)
    • 線路敷地内へはみ出した機器による撮影
    • 軌道敷へ侵入しての撮影[31]
    • 走行している列車に向かってのフラッシュ撮影(運転士の視界を損なったり、信号確認などに悪影響を及ぼすおそれがあり危険)
    • ホームや車内通路などにおける脚立・三脚の使用による、他一般利用客の通行の阻害(俗に言うひな壇)
    • 走行中の列車の窓から手を出す、印刷物を掲げるなどの行為
    • 鉄道車両の廃車反対、保存や譲渡といった、鉄道会社に対する無理な要望。特に保存については要求だけ行い、保存や維持管理にかかる経費の支出といった行為について消極的な、いわゆる「口は出しても金は出さない」姿勢が多く見られる[32]
    • 鉄道車両やサービスに対して特定の鉄道事業者の方針を絶対視する、あるいは個人の好みに合わないという理由から[33]鉄道事業者を批判・中傷する行為。こうした批判行為は一般のファンのみならず、一部の鉄道雑誌や専門書などでも見られ、著者の偏見や出版社側が事実関係を検証しないために起こることが多い[34]
    • 「撮影時フレーム内に入る」などの理由で他の鉄道ファンや一般利用者、沿線住民などに罵声を浴びせる行為(俗に言う罵声大会)[35]
    • 趣味活動を注意・制止する駅員・警備員・鉄道警察などとの争い。
    • 本人の承諾を得ずに鉄道関係の従業員を勝手に撮影し、その画像をネット上で公開する。
    • 撮影場所に向かうために、キセル乗車をする。

日本における鉄道趣味の市場規模と将来

野村総合研究所オタク市場予測チーム による「オタク市場の研究」(東洋経済新報社)によると、鉄道ファンは約3 - 5万人、市場規模は40億円と推定されている。趣味の分野によってつぎ込む金額は異なるが、模型、コレクションの分野では支出額が大きくなると分析されている。

2007年には、ドラマ「特急田中3号」、アニメ「鉄子の旅」、鉄道趣味を取り上げたテレビ番組が放送されるようになり、また団塊の世代の定年退職後に鉄道ファンとなる人など、市場の拡大を期待しているケースもある。

ただし、同研究所の報告では、鉄道趣味は「販売数・利用者数の減少による商品供給の鈍化」「新規利用者が減少」により、「安定・衰退期」にある趣味と分析しており、市場規模は今後は縮小、良くて横這いになると分析している[36]

鉄道趣味の歴史

日本以外における鉄道趣味の歴史

台湾

1891年(光緒17年)、初代台湾巡撫劉銘伝の任期中に清朝台湾鉄路基隆駅 - 大稲埕駅(初代台北駅)間が開業後、日本統治時代の路線網拡充を経て大衆交通手段として定着した。

その後中山高速公路の全通(1978年)を機にモータリゼーションの発達とともに台湾鉄路管理局(台鉄)や台湾糖業鉄道は廃線が相次いだが、台湾高速鉄道や各都市の捷運の開業とともに台鉄も競争力向上を目指して、次世代車の導入や観光列車の運行、日本国鉄の『愛国駅幸福駅』から影響を受けたとされる縁起もの切符(永康駅保安駅の「永保安康」が最も有名。永から時計回りに4文字を読むと『安らかな生活と健康な体を永遠に保つ』という縁起のよい文になる)の発売(詳細はzh:吉祥語車票を参照)、リバイバル列車の運行など、単に移動手段としての鉄道ではなく趣味分野を含めて付加価値を意識した事例が増えてきている。

既述のとおり1987年までは戒厳令により、撮影や出版には制限が多かった。1988年6月9日鐵路節:台湾における鉄道の日)には国立交通大学でサークル「交大鉄道研究会」が発足。翌年には、交通大学鉄研会報として鐵道情報(後に定期雑誌化)が創刊された。1990年には国立台湾大学でも洪致文がサークル「臺大鐵道暨火車研習社」を設立、1992年には民間書籍としては台湾で初の鉄道趣味書籍「台湾鉄道伝奇(台灣鐵道傳奇)」を刊行した。こうした一連の動きにより民間人若年層における鉄道趣味が一般化する契機となった。台湾大学と交通大学を中心とした学生、卒業生たちが1995年中華民国鉄道文化協会を発足させ、変革を迎えつつあった台湾鉄道業界で記録、保存、出版を行うことで趣味の枠組みを超えた鉄道文化の保存、継承のための活動が社会的意義を帯びることになった。鉄道趣味の勃興期とインターネットの普及時期が重なったことで、鉄道ファン界で重鎮とされる人物の年齢層も現在の日本より若年であり、それらの多くが公式個人サイトや公式ブログを開設している。台湾鉄道網(TRC、現在はサービス終了)に代表されるファンフォーラム、PTT(批踢踢)Komicaなどの大手電子掲示板でも鉄道専用のスペースがあるなど、人口に比してオンライン活動は活発であり、近年はSNS、特にFacebookに比重が移行している。

鉄道模型も当初は富裕層を中心に日米欧の輸入製品を嗜む高嶺の花であったが、2003年に創業した鐵支路模型により近年は国内列車型式の製品化、量産化が相次いでいる。

地理的・歴史的経緯から、国外だけでなく台湾国内の鉄道分野の中でも日本の比重は高い。また哈日族に代表されるオタク文化(御宅族文化)の影響で、鉄道ファンは通常「鐵路迷(英語はRail fan)」と呼ばれるが、近年はファンのジャンルが多様化しているため、代表的鉄道研究家の1人で学者の蘇昭旭は「"關懷鐵道的人士" (英語:Rail devotee)」(それぞれ「鉄道を気遣う人」、「鉄道熱愛者」を意味)という呼称を提唱している[37]

日本からのサブカルチャーの消化も早く、高捷少女台湾鉄道少女に代表される鉄道擬人化などで独自の進化を遂げている。また井上雄彦の漫画作品SLAM DUNKの影響で、台東県南廻線太麻里駅付近の太麻里踏切周辺の光景が作中に出てくる鎌倉高校前駅の1号踏切のものに似ていると話題になり、鉄道ファン以外も来訪する聖地巡礼スポットと化している[38]

一方で、日本における迷惑行為も伝播しており、撮影時の線路内立ち入りや私有地立ち入りが問題化している[39][40]

チェコ

かつてオーストリア帝国の中のチェコ王領モラヴァ辺境伯領、上・下スレスコ公領であったチェコでは、19世紀以降全土に鉄道網が張り巡らされ、20世紀初めには現在につながる主要路線がほぼ開通していた。19世紀には既に鉄道趣味が見られ、19世紀後半に活躍した作曲家アントニン・ドヴォルザークも熱心な鉄道ファンであったといわれている。

日本における鉄道趣味の歴史

黎明期 - 戦前

鉄道を趣味の対象とする行為の歴史は古く、鉄道の歴史とともに始まったといわれる。歌人若山牧水のように、鉄道旅行を好みその体験を書き記した作家は少なくなかった。ただし明確な「鉄道趣味人」の登場までには少しばかり時間がかかったようだ。詩人童話作家の宮沢賢治は鉄道に関心を持ち、自作の中に多くの鉄道を用いた描写があるが、現代的な意味での「マニア」とはいささか異なる。

明確に「鉄道を職業とは異なるレベルで探求する」という人物は1902年から1907年にかけて全国の鉄道写真を撮影して回った岩崎輝彌 (1887 - 1956) と (1880 - 1921) をもって嚆矢とするといわれる。この2人が写真家の小川一真に依頼して撮影した膨大な写真は、「岩崎・渡邊コレクション」として鉄道博物館に所蔵されている。

この両名のように広く名前が知られることはなかったものの、鉄道に関心を示し、個人的に探求を行った人物が他に存在する可能性も指摘されており、たとえば横浜で酒屋を経営していた田島貞次(1889 - 1957)は明治30年代以降に京浜間を走っていた蒸気機関車を詳細に観察して晩年にその証言を残したという[41]

鉄道創世期からにおける「鉄道マニア」は経済的に裕福な層が中心となっている。岩崎輝彌は三菱財閥創始者の岩崎家の一員であり、渡邊四郎は渡邊銀行創立者の一族である。また、大正時代にすでに機関車や一等車を趣味で乗り比べていた内田百閒は陸海軍の学校や大学で語学を教える教授だった。

当時の一般庶民の生活水準を考えると、鉄道趣味を含めた、今日的な趣味を行うだけの余裕はなかった。一般庶民のなかに鉄道趣味が浸透するのは、さらに時代が下ってから(一般的には1970年代以降)になる。

昭和初期には「鉄道」(1929年)「鉄道趣味」(1933年)「カメラと機関車」(1938年)といった鉄道趣味を専門とした雑誌や書籍も発行されるようになった。もっとも、これらは流通機構に乗って発売されていたわけではなく、発行部数も読者数もきわめて僅少であった。この頃から活躍していた鉄道趣味人としては、高松吉太郎、、、宮松金次郎、杵屋栄二らが挙げられる。彼らは鉄道写真の大家としても成し、膨大な写真コレクションの数々は今でも十分活用されている。

しかし、昭和10年代になり、国内が次第に軍国主義に傾いていくと、鉄道の軍事的側面が重視されるようになり、軍事機密保護上の理由で高所からの撮影が禁止となるなど、鉄道趣味に対する制約が厳しくなっていった。また戦時体制により用紙の統制が進んだこともあって、「鉄道」「鉄道趣味」は1937年-1938年に相次いで廃刊に追い込まれた。その後、関東・関西で趣味者の同人会が立ち上げられ、1940年に関東では「」、関西では「古典ロコ」という会員制の同人誌が発行されたが、これらも翌1941年に終刊となり、以後は太平洋戦争の終結まで鉄道趣味活動は事実上、不可能となったのである。

だが、一部の鉄道趣味者は、厳しい看視の目をかいくぐり、涙ぐましい努力と危険を冒しながら趣味活動を続行していた。公共機関の輸送力は軍事機密であったため、駅構内などで鉄道車両に直接カメラを向けたり、車両番号をノートに書き留めたりする行為は完全に禁止(不可能)となった[42]。もし見つかれば、スパイ容疑による厳しい取調べが待ち受けていた。当局の許可を得てようやく撮影した写真も、検閲により容赦なく葬り去られるなど、鉄道趣味の暗黒時代であったが、周囲の目をごまかすため、数学の教科書の行間に車両番号を書き留めたというエピソードはよく知られている。

また、戦争による影響はこうした趣味活動の面のみにとどまらず、戦前に趣味者が蓄積・収集した写真などの記録や各種資料が空襲により焼失したり[注釈 11]、終戦直後の外地からの引き揚げの際にやむなく放棄されたりして多数失われている。

戦後

終戦後は国内情勢が混乱していたとはいえ、鉄道撮影に関する制約が少なくなったため、戦後間もない頃でも多くの鉄道写真が一部の趣味者により撮影されている。また、進駐軍が持ち込んだカラーフィルムの一部が日本人向け市場に流れ、鉄道趣味者の手に渡ってカラー写真による鉄道の記録が残されるようになるのもこの頃である。当時のカラーフィルムは高価で品質や性能も良くなく、感度が低く光線漏れが起こりやすい上に経年により退色しやすかったため良質のカラー写真は数が少ないが、近年ではコンピュータによる画像補正技術の進歩と普及により、劣悪であった当時の写真が貴重な記録として日の目を見るケースも多くなっている。

1946年頃からは関東・関西を中心に趣味者の同人会が立ち上げられ、同人誌が発行されるようになった。

1947年には戦後初の鉄道趣味雑誌として「鉄道模型趣味」が創刊されている。これは本来は鉄道模型の専門誌であるが、実物の鉄道車両に関する記事も掲載されていた。1951年、はじめて一般流通機構に乗った鉄道趣味雑誌「鉄道ピクトリアル」が創刊された。また、内田百閒1950年から発表した『阿房列車』シリーズは、鉄道紀行文学の先駆といわれる。

1953年には日本初の全国規模の鉄道愛好団体である鉄道友の会が設立された。また、旧華族昭和天皇の皇女・孝宮と結婚した鷹司平通(乗り物通として知られていた)が交通博物館の館長になった。交通博物館が秋葉原に近い神田にできたことで鉄道マニアが集結する場所は秋葉原が拠点となり、他の全くジャンルの違うマニアにも秋葉原の集結の影響を少なからず与えた。現在でも鉄道趣味の情報発信基地は秋葉原と言われることも少なくない。

1960年代

1960年代に入り、高度経済成長の中、東海道新幹線の開業や、鉄道車両・設備の更新が急速に進められ、秀逸な車両が次々と投入される。だがそれは同時に古い車両の淘汰が進められることと表裏一体であった。またこの時代、道路網の整備とバス路線の拡充により、全国各地の地方私鉄が廃業に追い込まれていった。このような時代背景の中、鉄道趣味といえば鉄道車両・列車とそれに伴う鉄道撮影が主体であった。切符収集などもあったが、少数派であった。

鉄道趣味雑誌としては「鉄道ピクトリアル」に続き、1961年には「鉄道ファン」、1967年には「鉄道ジャーナル」が創刊された。これらも記事の中心は鉄道車両や列車であった。1962年からは「鉄道ピクトリアル」誌上に廃線に関する記事も掲載され、廃線跡趣味の嚆矢ともなった。

1970年代

1970年、「ディスカバー・ジャパンキャンペーンが始まった。1970年代に入ると蒸気機関車の減少が社会的関心事となり、多くの人々が蒸気機関車の見物や撮影を行うようになった。いわゆる「SLブーム」である。これに乗じた形で1972年に新たな鉄道趣味雑誌「SLダイヤ情報」(1976年に「鉄道ダイヤ情報」に改題)が創刊された。同年には、日本の鉄道開業100周年を記念して、日本初の蒸気機関車動態保存施設「梅小路蒸気機関車館」が、京都市の梅小路機関区の扇形庫を利用して開設され、日本の近代型蒸気機関車16形式17両が同館に収められた。

1976年に蒸気機関車が全廃されると、客車寝台特急列車ブルートレイン)を撮影する人々が増えた。いわゆる「ブルートレインブーム」であった。このSLブームとブルートレインブームにより低年齢層を中心に鉄道ファンが急増したが、反面、鉄道ファンの質的低下を問題視する声も出るようになった。もっとも団塊世代が趣味の中心だったSLブームと違って、ブルートレインブームは趣味人の中心が小学生中学生であったためか、休日や休日前日の深夜の駅での撮影など風紀上の問題はあったが、マナーの問題はさほど出なかった。さらに1978年10月のダイヤ改正で国鉄の特急電車に絵入りヘッドマークが採用されると、そちらも人気を集め、多数の特急が発着する上野駅のホームでは休日となると、撮影に訪れたたくさんの少年ファンで賑うようになった。

1980年代

1978年宮脇俊三国鉄全線完乗を達成し、その過程を綴った『時刻表2万キロ』を発表した。さらに国鉄が「いい旅チャレンジ20,000km」キャンペーンを実施したことや、宮脇のほかに種村直樹の執筆活動もあって、鉄道旅行が鉄道趣味の一分野として定着してきた。

また当時は国鉄分割民営化という、当時としては世界にも類を見ない巨大事業が進められていたことや、川島令三などの執筆活動の影響により、独自の理論を構築する鉄道ファンも増加した。

1990年代

鉄道に関する書籍も様々な視野からのものが発行されるようになったことや、情報技術(IT)が普及し、ニフティサーブの鉄道フォーラムやネットニュースfj.rec.railなどによって情報発信・閲覧が容易になったことなどから、次々と新しいタイプの趣味が生まれ、鉄道趣味の多様化が進んだ。1995年頃からWindows95の発売などもあって個人で鉄道趣味に関するウェブサイト電子掲示板を開設する愛好者も増加していった。

この時代の特徴として、新幹線が鉄道趣味として一躍メジャーになったことがあげられる。これは新規路線の開業が相次いだこと、JR各社が用途に応じた新型車両や改造車を次々に導入したことにより車両のバリエーションが一気に豊かになったことが理由である。

2000年代以降

インターネットのさらなる普及により、1990年代後半以降に見られた趣味者による個人ホームページ・電子掲示板の開設がますます進んだ。また、画像や音声のデジタル化技術の進歩や、動画投稿サイトが台頭してきたこともあって、撮影した鉄道画像や録音した鉄道音声の公開・投稿が盛んに行われるようになった。さらには鉄道趣味専門のポータルサイトや電子掲示板サイトを運営する者も現れた。SNSの普及以降は、情報が即時に鉄道ファン同士で交換・共有できる環境が整い、より早く鉄道情報が入手できるようになった一方、特定の列車(特に機関車牽引列車)の運行やさよなら運転時にファンが大量に集まり、迷惑行為が顕著化するようになったのもこの頃である。

また、103系113系485系24系等、鉄道ファンに特に人気のある国鉄形車両の廃車が相次いだことにより、これらの国鉄型車両のファンも増えている。

鉄道雑誌

鉄道ファン向けの雑誌も多数刊行されている。日本国外でも鉄道雑誌は発行されている。国によっては数多くの雑誌が発行されており、また、「都市鉄道」「路面電車」「庭園鉄道」など、特定の分野に特化した雑誌が多いことが日本国外誌の特徴である。

日本
イギリス
  • The Railway Magazine:1897年創刊の歴史ある鉄道雑誌。
  • Modern Railways
  • Railways Illustrated
  • Tramways & Urban Transit:路面電車専門の鉄道雑誌。
  • レイルウェイ・ギャゼット・インターナショナル:いわゆる趣味誌ではなく、日本でいう「業界誌」であるが、世界中の鉄道の最新情報を手に入れることができる。
  • International Railway Journal(IRJ):上記のレイルウェイ・ギャゼット・インターナショナルと同じく「業界誌」であるが、こちらの雑誌でも世界中の鉄道の最新情報を手に入れることができる。
フランス
  • Revue Generale des Chemins de Fer
  • La Vie du Rail
  • Rail & Public Transport
ドイツ
  • Eisenbahn Kurier:ドイツの鉄道雑誌では、Eisenbahn Journalと並ぶ双璧。
  • Eisenbahn Journal:上記のEisenbahn Kurierと同じくドイツでは最も有名な鉄道雑誌である。
  • Eisenbahn Magazin
オランダ
  • Op de rail
アメリカ
  • Trains:アメリカで最も有名な鉄道雑誌。カナダでも販売され、多彩な内容を特集する。
  • Railway Age:1876年創刊の鉄道雑誌。
  • Railfan and Railroad
台湾
韓国
  • Railers:2009年創刊の鉄道雑誌。軍事上の理由で鉄道自体が「嫌悪施設」とみなされていた同国でも鉄道趣味が浸透してきたことを象徴する雑誌でもある。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 「てっちゃん」「みっちゃん」ともに、アクセントは「ちゃ」の場所にある。なお、「鉄ちゃん」の語は、一般のゲームプレイヤーにも人気を博した鉄道運転ゲーム『電車でGO!』のナビゲーション役キャラクターの名前としても用いられている。
  2. ^ なお、山口よしのぶの漫画『名物!たびてつ友の会』単行本の、読者からの手紙を紹介するページにすでに「鉄子」の語が見えることから、1990年代にすでに「鉄子」の語があったことがうかがえる。
  3. ^ 2007年4月から同年6月までTBS系で放送されていたテレビドラマ「特急田中3号」では主に「テツ」の愛称を用いていた。
  4. ^ (内容のほとんどは鉄道とは関係ない)オタク文化を扱うテレビ番組において「鉄道オタク」という言葉が使われ(実際はそうでないにもかかわらず)鉄道趣味者は全員「オタク」であるかのような解説がなされていることや、鉄道ファンにオタク文化の代表である二次元萌えアニメを好む人が多いことも、この語を浸透させる要因にもなっている。
  5. ^ 「『ガラパゴス化した日本の鉄道』そのものに興味を抱く人」と、「海外の鉄道に比べて日本の鉄道同士だと類似点が多く、プラスアルファという形で追究しやすいと感じる人」の2パターンがある。
  6. ^ 例えば、『鉄道ジャーナル』1997年3月号において、ヨーロッパの鉄道に関する特集を約50ページにわたって特集したが、当該月号の読者の人気投票では、日本国内の記事が軒並み上位に入り、日本国外の記事はいずれも不人気だった、という事例がある。
  7. ^ 鉄道ファンに対するものではないが、テレビ番組「世界の車窓から」の撮影班がテロ事件後のロケにおいてニューヨークペンシルベニア駅での撮影時に「2度尋問された」という案件があり、沿線での列車撮影時には「3度捕まった」ほか、サスケハナ川橋梁での撮影のためにカメラを設置していた際には貨物列車運転士により警察に通報された、と撮影日記に記している。[5]
  8. ^ エスカレートしすぎたゆえに、1976年(昭和51年)には小学生が写真撮影のために線路敷内に侵入し、列車に轢かれて死亡する事故(京阪100年号事故)が発生し、大都市近辺における蒸気機関車の保存運転が事実上不可能となる(事故防止の沿線の警備にコストが掛かりすぎるため)など、結果としてファン自身の不利益になるような事態もある。
  9. ^ 車両自体は無償譲渡の場合が多い(鉄道会社にしてみれば、本来必要な解体費用がかからないため)が、保存・保管のための用地の準備、輸送・補修等に莫大な費用を要する。
  10. ^ こうした行為は俗に撮り鉄にかけて盗り鉄などと揶揄されている。
  11. ^ 杵屋栄二も戦災にあいコレクションを失っている。

出典

  1. ^ <杜の都のチャレン人>絵を通じ人と人連結 鉄道復興を支援する「描き鉄」 - 河北新報
  2. ^ 神奈川県高鉄連
  3. ^ 関東学鉄連公式ブログより
  4. ^ 愛用の時刻表はどれ?「西村京太郎」創作の秘密 - 東洋経済オンライン
  5. ^ テレビ朝日テレコムスタッフ. “アメリカ編 撮影日記”. 2018年8月11日閲覧。
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参考文献

関連項目

外部リンク


 

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