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🏛|五輪・聖火リレー中止発言の丸山知事が上京し直談判 中央省庁の反応は…(島根・東京)


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五輪・聖火リレー中止発言の丸山知事が上京し直談判 中央省庁の反応は…(島根・東京)

 
内容をざっくり書くと
一方で感染対策が改善されなければ、聖火リレーは開催できないと改めて強調した。
 

「オリンピック反対」や「聖火リレー中止検討」発言を受け、島根県の丸山知事がきょう上京した。 中央省庁… →このまま続きを読む

 山陰中央テレビ

「山陰中央テレビジョン放送」(フジテレビ系列)ニュースのアカウントです。島根県・鳥取県の最新ニュースを発信します。


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オリンピック聖火

オリンピック聖火(オリンピックせいか、: Olympischer Fackellauf、: Olympic Flame: Flamme olympique)は、国際オリンピック委員会の権限の元、ギリシャオリンピアでともされるのことであり、オリンピック象徴でもある。

オリンピック大会開催期間中、主競技場でともされ続ける。その起源は古代ギリシア時代に遡り、ギリシア神話に登場するプロメーテウスゼウスの元から火を盗んで人類に伝えたことを記念して、古代オリンピックの開催期間中にともされていた。聖火は、1928年アムステルダムオリンピックで再び導入されて以来、近代オリンピックの一部であり続けている。

なお、現在の聖火リレーは、1936年ドイツベルリンで開催された1936年ベルリンオリンピックで、導入された[1]

採火と聖火リレー

聖火はギリシャのオリンピア遺跡で太陽を利用して採火され、聖火ランナーによってオリンピック開催地まで届けられる。

伝統的に、オリンピックの開会式が行われる数か月前に、古代オリンピックが行われていたペロポネソス半島のオリンピアにおけるヘーラーの神殿跡で採火されている。聖火トーチへは、太陽光線を一点に集中させる凹面鏡に、の女神ヘスティアーを祀る11人の(女優が演じる)巫女がトーチをかざすことで火をつけている。

その後、聖火は聖火リレーによってオリンピック開催都市まで運ばれる。聖火ランナーには、スポーツ選手や有名人だけでなく一般人も参加している。聖火ランナーの第1走者はギリシャの人物が、第2走者は開催国の人物がそれぞれ務めることが慣例となっており、一例で2020年東京オリンピックの聖火ランナーは第1走者に2016年リオデジャネイロオリンピック射撃女子25メートル金メダリストの英語版、第2走者に2004年アテネオリンピック女子マラソン金メダリストの野口みずきが務めるが、第1走者はこれまで男性が務めており、コラカキは女性として初めて第1走者を務めることとなった[2]

開会式当日、聖火リレーは大会のメイン会場となる競技場に設置された聖火台に点火される。

かつては最終ランナーが階段などで聖火台へ向かって走りより、トーチから聖火台に火を移すことが一般的であったがアーチェリーの矢、スキージャンパー、競技場に設置された花火など近年は様々な趣向が凝らされるようになってきている。多くの場合、最終ランナーや点火の「仕掛け」は最後の瞬間まで秘密にされ、一般的に開催国の有名スポーツ選手が務める。聖火台に火をともすことは、大変栄誉なことと考えられている。この聖火の点灯を通して大会の開会とされ、そのオリンピックの開催期間中灯され続け、閉会式の最後に消灯される。

2014年大会までの過去の近代五輪の聖火リレーの燃料はすべて、プロパンガスともいわれる[3]2021年の東京オリンピック・パラリンピック聖火リレーでは聖火台と一部区間のトーチに福島県で作られた水素燃料が用いられた[4]

歴史

古代ギリシア人にとって、火はプロメーテウスが神々の元から盗んできたものだと考えられており、神聖なものだった。このため、火はオリンピアの多くの神殿に見られるのである。火はオリンピアにあるヘスティアーの祭壇で燃え続けた。オリンピック開催期間中は、ゼウスとゼウスの妻ヘーラーの神殿に火がともされ、ゼウスを称えた。近代オリンピックにおける聖火は、かつてヘーラーの神殿が建てられていた場所で採火されている。

近代オリンピックでは、1928年まで聖火は見られなかった。オランダの建築家のヤン・ヴィルス1928年アムステルダムオリンピックにあたって、オリンピックスタジアムの設計に塔を取り入れ火が燃え続けるというアイディアを盛り込んだ。これが評価され、ヴィルスは建築部門で金メダルを受賞している。1928年7月28日、アムステルダム電気局の職員が地元ではKLMの灰皿として知られているいわゆる"マラソンタワー"と呼ばれる塔に最初の聖火をともした。この聖火というアイディアは熱い注目を浴び、オリンピックの象徴として取り入れられた。

夏季オリンピック

1936年ベルリンオリンピックでは、ドイツのスポーツ当局者でスポーツ科学者のが聖火リレーを発案した。ギリシャで採火した聖火をベルリンまで運ぶという発想は、ゲルマン民族こそがヨーロッパ文明の源流たるギリシャの後継者であるというヒトラーの思想に適った物でもあった。ギリシャの(Konstantin Kondylis)を第一走者とし、3,000人以上のランナーが聖火をオリンピアからベルリンまで運んだ。ドイツの陸上選手だったフリッツ・シルゲン(Fritz Schilgen)が最終ランナーで、競技場で聖火をともした。聖火リレーもまた、オリンピックの一部となった。

1948年ロンドンオリンピックではイギリス海峡を渡るために初めて船が使われ、1952年ヘルシンキオリンピックでは初めて飛行機が使われた。1956年メルボルンオリンピックの際には、開催国であるオーストラリアの厳しい検疫の関係で馬術競技が隔離して開催され、馬術競技が開催されたストックホルムへは、馬に乗って聖火が運ばれた。

また回を経るごとに凝った演出が用いられ、1968年メキシコシティーオリンピックでは聖火が大西洋を渡る事になったが、その移動に船を利用し、その航路はコロンブスのアメリカ大陸行きルートをそのまま辿った。注目すべき輸送手段として、1976年モントリオールオリンピックの時には、聖火を電子パルスに変換する試みがあった。このパルスをアテネから衛星を経由してカナダまで送り届け、レーザー光線で再点火が行われた。他の輸送手段としては、ネイティブアメリカンカヌーラクダコンコルドも挙げられる。

1988年ソウルオリンピックでは点灯した聖を利用して焼き鳥が調理され、大会選手・スタッフに提供された。

2000年シドニーオリンピックではグレートバリアリーフの海中をダイバーによって移動され、史上初めての海中聖火リレーとなった。

2004年アテネオリンピックの時には、78日間にわたる初の世界規模の聖火リレーが行われた。聖火は、およそ11,300人の手によって78,000kmの距離を移動し、この中で初めてアフリカ中南米に渡り過去のオリンピック開催都市を巡り、2004年のオリンピック開催地であるアテネまで戻ってきた。

2008年北京オリンピックでは世界135都市を経由し、標高8848mで世界最高峰のエベレスト山頂を通過した。しかし、アルゼンチンアメリカフランスイギリスオーストラリアインド日本韓国など世界各国では中国のチベット弾圧に対する抗議デモなどの影響で三度ほど聖火を消したり、予定されていたルートを変更する国が続出する事態となった。また、長野市で聖火リレーが行われた日本では善光寺がスタート地点としての利用を取りやめにしたほか、公式スポンサーのレノボジャパン、日本サムスン、日本コカ・コーラ三社が広告掲示を取りやめ(三社ともチベット問題を理由とはしていない)るなど混乱が生じた。詳細は2008年北京オリンピックの聖火リレーを参照。

2009年3月26日、国際オリンピック委員会(IOC)は、北京オリンピックの聖火リレーが円滑に運営されなかったことを受け、今後の五輪開催に伴う聖火リレーは主催国内のみで行い、世界規模の聖火リレーを廃止することを決めた。

2016年リオデジャネイロオリンピックでは国内約270都市を経由したが資金難などで聖火リレーを辞退したり、一部で妨害などが発生した[5][6]

2020年東京オリンピックでは、全国47都道府県で2-3kmの区間でリレーを行い、その他の区間では車で聖火を運ぶ形式で聖火が運ばれることとなっている[7]。リレーでの1人あたりの走行距離は200mとされ、2分間程度の時間で走ることが求められた。専用の衣装が用意され、伴走車とともに走る予定になっている[7]。このため1964年の東京オリンピックでは10万人以上が必要であった走者が、1万人程度と大幅に減少している[7]。なお車で運搬している時の聖火については非公開とされており、ルートも事前公表されていない[7]

冬季オリンピック

冬季オリンピックにおいては、最初の聖火リレーが行われたのは1952年オスロオリンピックだった。最初の聖火リレーの採火地はオリンピアではなく、ノルウェーのにある、スキースポーツの開拓者、英語版の家の暖炉であった。1960年1994年の聖火もそこで採火された。

1956年の聖火リレーはローマからスタートとなった。この年を除き、冬季オリンピックの聖火リレーはオリンピアからスタートしている。

1998年長野オリンピックではリレー用トーチの設計が悪く、特に前傾させると走行風で聖火が消えるトラブルが頻発した。火が消えないよう、垂直、あるいはやや後傾させた場合は燃料が垂れ、火傷の原因となるなど事前のテスト不足が指摘された。

2014年ソチオリンピックでは聖火が砕氷船で史上初めて北極点に運ばれた[8]。また、ソユーズTMA-11Mによってトーチが国際宇宙ステーションに運ばれ、ロシア人宇宙飛行士2名がトーチを持って宇宙遊泳を行い、史上初の宇宙空間での聖火リレーが行われた[9]

歴代最終聖火ランナー

長年にわたって、有名なスポーツ選手や元スポーツ選手が最終ランナーを務めることが伝統になっている。他の有名な最終聖火ランナーは、フランスのスターサッカー選手ミシェル・プラティニ(1992年)、ボクシングヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ(1996年)、アボリジニの陸上選手キャシー・フリーマン(2000年)らが挙げられる。

他にも有名ではない人物が聖火台に点火したこともあるが、それはオリンピックの理想を象徴している。東京オリンピックで聖火ランナーを務めた坂井義則広島に原爆が投下された1945年8月6日広島県三次市)で生まれ、坂井は第二次世界大戦後の日本の復興を象徴した。1976年モントリオールオリンピックでは二人のティーンエイジャー(一人はフランス語を話す地域の出身者、もう一人は英語を話す地域の出身者)はカナダの調和を象徴した。2012年ロンドンオリンピックでは、過去のイギリスの名選手から「次代を担う若者」として指名された10代の選手7人はイギリスの未来を象徴した。

以下は競技場で聖火台に点火した歴代の最終聖火ランナーのリストである。

夏季オリンピック

冬季オリンピック

聖火台への点火

聖火が衆目を集める理由は、聖火台への点火が開会式のクライマックスとなることにもある。一方では、ショーアップのために点火の「仕掛け」が複雑化し、コストの上昇やトラブルをもたらす問題もあり、回を追うごとにエスカレートする傾向の演出には批判の声もある。

  • 1992年バルセロナオリンピックでは、パラリンピックアーチェリー選手が、スタジアムの端に位置する聖火台へ火矢を放つ方法で点火した。
  • 1994年リレハンメルオリンピックのスタジアムにはスキージャンパーによって聖火がもたらされた。
  • 1998年長野オリンピックでは開会式場の外側に立つ聖火台にどうやって点火するのか話題となったが、十二単をモチーフにした衣装を身にまとった伊藤が会場内のエレベーターでせりあがり、聖火台に近づいて火をつけた。
  • 2000年のシドニーオリンピックでは、池の中にフリーマン自身が入りトーチをぐるりと1周回して点火、その火がせり上がった。
  • 2002年のソルトレイクシティ大会では、全員でトーチを持って聖火台に火をつけた。
  • 2004年のアテネ大会では、聖火台がお辞儀する様に点火した。
  • 2006年のトリノ大会では、トンネル形のアーチの目の前にベルモンド自身が立ち点火。スタジアム全体を火が走り聖火台に点いた。
  • 2008年の北京大会では、ワイヤーロープを繋いだ李寧が、スタンド最上段に張り巡らされた大型スクリーンの上を疾走するという演出を行い、聖火台直下にあった鉄パイプに点火した。
  • 2010年のバンクーバー大会では、地面から4本の支柱が伸び4人のランナーが同時に点火する予定だったが、機械の故障で1本が上がらず3本で点火する形となった。しかし閉会式でこのハプニングを逆手に、ピエロがプラグを繋いで引き揚げるという演出がなされ、開会式では点火出来なかったカトリオナ・ルメイ・ドーンが点火している[10]。また、この大会では会場外の聖火台にも点火されている。
  • 2012年のロンドン大会では、競技場の中央に長い棒が放射状に設置され、その先がカラーの花のようになった参加国の数と同じ204本のトーチに点火。するとトーチが自動的に立ち上がり、すべてが垂直に起立して一つの巨大な聖火台を構成した。
  • 2014年のソチ大会では、開会式会場の外、メダルプラザに聖火台が設置され、聖火台下の点火台に着火すると、炎が聖火台をせり上がり聖火が灯った。観客は聖火台が見えないため、花火で点火が知らされた。
  • 2016年のリオデジャネイロ大会では開閉会式用聖火台がスタジアム内に、大会期間中に聖火を灯すための聖火台が屋外に設置された。開会式では球体のような小さな聖火台に点火され、上昇した聖火台が後ろの太陽をイメージしたオブジェと一体となって輝く太陽となり、会場に光を注ぐ演出がなされた。
  • 2018年の平昌大会では聖火台の下の氷をイメージしたオブジェに点火すると、輪状の棒が伸びて直上の聖火台に火が灯った。
  • 2020年の東京大会では、開閉会式用と大会期間用の聖火台がそれぞれ競技場内と屋外に設置される予定。

聖火台

聖火台及びその支柱はユニークで大胆なデザインとされることが多く、これらは開会式の間に点火される方法にも関係している。1992年のバルセロナオリンピックでは、火をともすための火矢が聖火台に向かってアーチェリーから放たれた。1996年のアトランタオリンピックでは、聖火台は赤と金で飾られた芸術的な巻物のようだった。同年のパラリンピックでは、半身不随の登山家が聖火台から垂れ下がったロープを登って点火した。

建築家の伊東豊雄によると2016年時点で、複数回同一の都市で開催されたオリンピックを含めて同じ聖火台が2度使われた例は無いという[11]

国際オリンピック委員会(IOC)はガイドラインで、聖火台を「競技場の観客全てから見える場所に設置」「期間中は競技場の外にいる人々からも見えるように設置」と原則として定めているが、近年は例外も出ている。2012年のロンドンオリンピックでは点火後に競技場の観客席の前部に移設し、外からは見えない状態だった[12]

1964年東京オリンピックの聖火台

1964年東京オリンピックでは、その招致の前哨戦となる1958年東京アジア大会の聖火台を再利用した。

大会組織委員会から、「納期3ヶ月で製作費は20万円」という条件だった。これは、同様の物を造るとなると最低でも8ヶ月かかるとされ、費用も相場の20分の1の価格であったため、大手企業から軒並み断られてしまった。組織委員会は、当時の川口市大野元美に対し、アジア大会に間に合わせるため、聖火台の製作を依頼してきた。大野は、鋳物づくりの名工とうたわれたを指名した。だが、萬之助は第一線を退いたこともあり、萬之助の長男である鈴木幸一が「割に合わない」とこの依頼を断ったが、萬之助が「俺がやる。こういう仕事は損得を考えるな」と言って依頼を請け負った。

聖火台の製作に入った萬之助は、三男であるを誘い2ヶ月後に鋳型を完成させたが、湯入れ作業で爆発事故が起き、このショックと過労で8日後に萬之助は亡くなった[13][14]。しかし、納期までは1ヶ月を切っていたため、文吾は兄弟と萬之助の教えを受けた周囲の職人たちの協力のもと、不眠不休で第二の聖火台を製作して2週間の作業の後、何とか納期に間に合わせ[15]国立競技場の南側スタンド上部へ設置された。文吾は、「もし自分まで失敗したら腹を切って死ぬつもりだった」という。

この聖火台は東京アジア大会の物であるため、東京オリンピックでは新しい聖火台を製作する構想が持ち上がった。だが、鈴木父子の話を聞いた河野一郎オリンピック担当大臣の英断により、オリンピック聖火台として正式採用されることとなり、オリンピックに向けて行われた拡張工事の際に増築されたバックスタンド上部へと移設された。

聖火台は高さ2.1m、最大直径も2.1mで重さは約4トン[16]。設計・デザインは国立競技場の設計者でもあるほか4名によって行われ、20の横線は、東京アジア大会での参加国・地域の数、波模様は太平洋を表している。

この聖火台は、文吾の手により製作者名として父・萬之助の名を指す「鈴萬」の文字が彫り込まれ、国立競技場が解体されるまで置かれた。解体後、国立競技場建て替えの間は東日本大震災の被災地等に貸し出される事になった。2015年に宮城県石巻市に貸与され、石巻市総合運動公園に設置された[17]。聖火台は2019年3月まで石巻市に展示され、その後は岩手県と福島県へ貸し出しが行われ、両県内を巡回した[16]。そして、製造地である川口市に戻り、10月6日から2020年3月15日まで川口駅東口の川口駅東口公共広場(キュポ・ラ広場)で展示された[16][18]。展示終了後は、 神奈川県内の工場で燃焼装置を交換するなどの修繕を行った後、6月9日に新国立競技場の東側ゲート正面に移された(当初は4月9日を予定)。 なお、一般公開は7月以降を予定している。

また、萬之助の聖火台も修繕を経て、2004年に川口市の青木町公園に置かれている。

炬火

炬火(きょか)とは松明(たいまつ)のことである。

日本では国民体育大会全国健康福祉祭(ねんりんピック)において炬火リレーが行われている。

国民体育大会では開催地独自に採火されることが決まっていて、開催直前にひとつに集火され開会式において点火される。また、全国障害者スポーツ大会においても同様となる。

全国健康福祉祭では総合開会式場にて採火され、その場で炬火リレーが行われ三世代のランナーで炬火台に点火される(第17回群馬大会より)。

例外としては全国高等学校総合体育大会熊本大会2001ひのくに新世紀総体にて炬火が点火された。

炬火台

炬火台の点火方法は原則として炬火ランナー2名が階段に登り、その場で点火されるが、1998年かながわ大会横浜国際総合競技場)では史上初の8名による炬火点火が行われ、導火線を伝わった白煙の中からの勢いで炬火台に付いた。

トーチ

脚注

  1. ^ 独裁者ヒトラーってどんなヒトだ??…舛添要一著「ヒトラーの正体」 : スポーツ報知
  2. ^ 聖火リレー第1走者、初の女性に”. 朝日新聞DIGITAL. 朝日新聞社 (2020年2月7日). 2020年2月7日閲覧。
  3. ^ 石巻に世界初バイオガス聖火 東京五輪へ実験成功 - 日刊スポーツ、2016年3月7日
  4. ^ “[https://www.eneos.co.jp/newsrelease/20200124_01_1090046.pdf 東京2020 オリンピック・パラリンピック競技大会における聖火台へのENEOS水素燃料供給について ~聖火リレートーチにもENEOS水素が使用されます!~]”. JXTGエネルギー株式会社 (2020年1月24日). 2021年3月25日閲覧。
  5. ^ 山本秀明 (2012年8月4日). “聖火リレーを辞退した街 「金がかかる五輪いらない」”. 朝日新聞デジタル. 2016年8月15日閲覧。
  6. ^ Sebastian Smith (2012年7月28日). “聖火リレー、暴動で一時中断 リオ五輪”. AFPBB News. 2016年8月15日閲覧。
  7. ^ a b c d 聖火リレーに参加しよう!
  8. ^ 聖火北極点到着を正式発表 ソチ五輪組織委
  9. ^ ソチ「聖火」宇宙空間へ ロシア人飛行士と遊泳
  10. ^ 聖火台の柱、やっとそろった 失敗を逆手に演出 asahi.com 2010年3月1日
  11. ^ 新国立“聖火台”の置き場なし B案の建築家が疑問「不自然」 - Infoseekニュース(日刊ゲンダイ / 2016年3月6日)
  12. ^ 新国立競技場:JSC、聖火台も「失点」 検討初会合 - 毎日新聞、2016年3月12日 東京朝刊
  13. ^ 田村崇仁「聖火台磨き、遺産を継承 五輪招致で心温まる物語」『スポーツリレーコラム』47NEWS、2009年11月4日[リンク切れ]
  14. ^ 高樹ミナ「職人の技と心を受け継ぐ聖火台<前編>」『スポーツのエクセレンス』第44話、日本トップリーグ連携機構
  15. ^ 高樹ミナ「職人の技と心を受け継ぐ聖火台<後編>」『スポーツのエクセレンス』第45話、日本トップリーグ連携機構
  16. ^ a b c “61年ぶり 東京五輪聖火台里帰り 製造地・埼玉県川口市で記念式典”. スポーツニッポン. (2019年10月7日). https://www.sponichi.co.jp/society/news/2019/10/07/kiji/20191007s00042000176000c.html 2019年10月7日閲覧。 
  17. ^ 五輪の聖火台、被災地に 地元「復興のシンボルになる」 宮城・石巻 産経新聞 2015年6月18日閲覧
  18. ^ “おかえり 東京1964の聖火台 製造の地・川口で展示”. 東京新聞. (2019年10月7日). https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201910/CK2019100702000131.html 2019年10月7日閲覧。 

関連項目

外部リンク

感染管理

感染管理(かんせんかんり)、あるいは医療疫学とは、医療施設内での感染流行の予防を目的とした取り組みを指し、実践を重視した疫学の一分野である。公衆衛生活動と感染管理・医療疫学には共通点が多く、前者が社会全体に向けられたものであるのに対して後者は一般に特定の医療機関(群)の中に限られた問題を扱う。「感染対策活動」「感染予防管理活動」「感染制御活動」とも呼ばれ、感染制御チームを中心に施設内の多くの職種が共同して取り組む活動として病院の基本的な医療安全管理体制の一つに数えられる。

感染管理は大きく2つに分けられる。

  • 予防活動
  • 流行対策
    • 特定の医療機関内で発生した、もしくは発生が疑われる感染流行を対象に行う調査活動や対策(例:集団発生対策)。

医療機関における感染管理

発生状況の監視

感染監視(surveillance)とは、日常的に施設内での感染症の発生状況を把握することを指す。施設間・地域間の比較を容易にするために、血流感染症尿路感染症院内肺炎・・といった主な院内感染症の定義には米国院内感染サーベイランスシステム(National Nosocomial Infections Surveillance System, NNIS)の基準が用いられる。

実際には、感染制御チームの要員が患者カルテを調査したり、患者を直接診察して感染症に特有の症状や兆候の有無を判断したりしてデータを収集する。細菌検査室からの細菌検査室のデータも重要な情報源である。近年では細菌検査室データの自動化や電子カルテ化によりデータ抽出の自動化が進みつつあり、スタッフは臨床的なデータ収集により多くの時間を費やすことが可能となった。 院内感染の約1/3は予防可能であるとされ[1]、感染監視と予防活動は病院職員によっても次第に重要事項になりつつある。CDCによる院内感染管理プロジェクト(SENIC)によれば、感染監視活動と予防活動を重点的に行うことにより、院内感染の発症率を約32%減少させることができたと報告している。

感染拡大の予防

院内感染の伝播を防ぎ、医療従事者自身を感染から守るために、各病原体の感染経路に応じた対策をたて、をする必要がある。

手洗いを中心とした標準予防策

ウィーンゼンメルワイス(1847年)やボストンオリバー・W・ホームズ(1843年)により発表された独自研究により、医療従事者の手と院内感染との関連が示された[2]アメリカ疾病予防管理センター(CDC)はこれを受けて、「病原体の拡散を防ぐのに最も重要な方法は有効な手洗いであることが示された」と報告している[3]

手洗いはほとんどの医療機関で義務付けられており、米国では単に常識として守られるだけではなく様々な自治体や地方自治体によっても義務付けられている。 米国では労働安全衛生庁(OSHA)の基準[4]は、いつでも使える手洗い設備の設置を雇用者に義務付け、従業員が血液やその他の感染の恐れのある物質に触れた場合に、手やその他の皮膚を石鹸と水で洗ったり、粘膜を流水で洗えることを保証するように求めている。

日本では国立大学付属病院感染対策協議会による「国立大学病院院内感染対策ガイドライン」[5]をはじめとする指針が2002年に策定された。

  • 既知の感染の有無にかかわらず患者の血液・体液・分泌物・排泄物・損傷皮膚・粘膜に触れる前後に手洗いと手袋着用を推奨。手技に応じてマスク・ゴーグル・フェイスシールド・ガウンも使用。
  • 注射針、メス、その他の鋭利な器具による刺傷・切傷を避けるためにリキャップの禁止、使用直後の安全な廃棄のために医療廃棄物容器の適切な配置、さらに安全装置付き注射針の採用を呼びかけ。
  • 床・壁など環境表面の汚染時には手袋を着用し、ペーパータオルと消毒薬により清拭消毒。汚染されたリネンは洗浄まで周囲への汚染を防ぐために適切に保管する。
  • 血液で身辺を汚染する可能性のある患者は個室に収容する。

隔離予防策

さらに、原因となる病原体が分かっている場合はそれぞれに特有な感染経路に応じて適切な隔離予防策をとる。

空気(飛沫核)感染隔離

  • 医療従事者はN95マスクを着用。
  • 患者の個室環境・手術室・気管支鏡検査室・呼吸機能検査室では1時間に6回以上の強制換気により陰圧を保つ。院外へはHEPAフィルターを介して排気。構造上不可能な場合にはポータブルのHEPAフィルター内蔵空気清浄機を代用し、12回換気を行う。
  • 患者移送のため公共エリアを通過する際には外科用マスクを着用、または気管内挿管の際には呼気フィルタを装着。

飛沫感染隔離

  • 患者から半径1m以内での活動には外科用マスクを装着。
  • 個室隔離・集団隔離の際にはベッドを2mずつ離して配置。
  • 患者移送のため公共エリアを通過する際には外科用マスクを着用。

接触感染隔離

  • 患者や汚染表面への接触前後に手洗い・手袋着用。
  • 全身で患者や汚染表面に接触する可能性がある場合はガウン着用。
  • 個室内で使用する医療器具はなるべく専用とする。

清掃・消毒・滅菌

患者の手が触れる病室や共用エリアの接触表面は日常的な清拭により清掃。手が触れない壁や床は1日1回の清掃。 MRSAやVRE、クロストリジウム・ディフィシレ保菌者の接触する領域では4級アンモニウム塩やアルコールを用いた清拭により日常的に消毒を行う。 再利用可能な医療器具の消毒滅菌には、それぞれ想定される病原体に応じた方法が選択されなければならない。

個人用保護具

(Personal protective equipment, PPE)は医療従事者が危険から身を守るために身につける衣類や器具を言う。医療現場での危険とは、ウイルス性肝炎HIVなどの病原体を含む可能性のある血液・唾液・その他の体液やエアロゾルへの曝露を指す。個人用保護具はそれらの感染性物質と医療従事者の間に物理的なバリアを作ることにより曝露を防ぐことを目的とする。

米国ではOSHAの基準により、血液その他の感染性物質への曝露が十分に予想される場合、血液感染の病原体から身を守るため医療従事者に防護具の着用を求めている。[6]

防護具には・・帽子・靴カバー・顔面シールド・(口対口呼吸用の)マスクゴーグル・などの種類がある。どれを組み合わせてどのように使うかは、通常医療機関ごとに定められた規則によって決定される。ほとんどの器具は、完全に消毒滅菌するための高コストを考慮して、使い捨てするようにできている。OSHAの基準では、感染性物質に曝露した現場を去るときに、直ちに防護具を外して消毒または廃棄するように求めている。[7]

医療従事者への予防接種

作業中に感染症に曝露される可能性のある医療従事者には、ワクチンを活用して感染から身を守ることができる。通常用いられるのはB型肝炎インフルエンザ三種混合(麻疹/水痘/風疹)・新三種混合(ジフテリア/破傷風/百日咳)・髄膜炎菌帯状疱疹ウイルスなどのワクチンで、施設の規則や勧奨・職種・個人の希望などに応じて医療従事者や救急隊員などが接種を受けている。一般的にワクチンの予防効果は完全とは言えず、一方で副作用も見られるため、十分な情報を元に接種の判断を行うべきである。[8]

感染症流行時の調査

感染監視により感染症の発症率が通常よりも高いことに気づくと、感染管理チームは調査によって、(1)それが本当の感染流行なのか、(2)細菌検査プロセスの汚染による偽の流行なのか、(3)通常の発症率がたまたまランダムに上昇しただけなのか、を判断する。もし(1)であれば流行の引き金となった要因を追究し、流行を食い止めるためにその要因を排除にかかる。通常は正しい手順が守られていないことが原因であることが多いが、時には建設工事など他の要因が関与していることもある。

感染管理と医療疫学の研修制度

感染管理を身に付けるにはいくつかの教育制度がある。職業的背景として、多くは看護師、時に臨床検査技師(特に臨床微生物検査)、そして医師(通常は感染症科医)が多い。感染管理と医療疫学に特化された研修コースは下記の職能団体によって提供されている。医師として感染管理に関わろうと考える者は感染症科の臨床研修を経ることが多い。

米国では、米国感染管理疫学認定機関(CBIC)は、医療従事者の職業的背景と実務経験を審査し、標準化された学科試験により知識のレベルをチェックした上で、感染管理担当者に免許を与えている。出願には2年間の活動経験が求められ、5年ごとに資格更新の必要がある。

また米国では、CDCと米国医療疫学会(SHEA)の合同で、病院疫学(病院における感染管理)のコース が毎年開催されている他、感染制御実践者協会(APIC)のコースもある。

感染制御チームと感染制御委員会

  • 感染制御チームは医療機関における実働部隊であり、感染制御委員会は感染制御チームを管理する立場にある(図1)。

感染管理専門職

脚注

  1. ^ Weinstein et al
  2. ^ CDC Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings
  3. ^ CDC General information on Hand Hygiene
  4. ^ OSHA Bloodborne Pathogens Regulations 1910.1030
  5. ^ 国立大学病院院内感染対策ガイドライン(pdf 5.2MB)
  6. ^ OSHA Bloodborne Pathogens Regulations 1910.1030(d)(2)(i)
  7. ^ OSHA 1910.1030(d)(3)(vii)
  8. ^ CDC Vaccine Site
  9. ^ 佐藤法仁、渡辺朱理、苔口進、福井一博「歯科臨床実習生における感染制御専門資格および組織に関する認知度調査」INFECTION CONTROL(メディカ出版),Vol.16(6),p.97,2007.

関連項目

外部リンク


 

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