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🏛|熊本2区で当選の西野氏 年内にも自民党入りへ


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熊本2区で当選の西野氏 年内にも自民党入りへ

 
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「テレビ熊本」(フジテレビ系列)ニュースのアカウントです。
 

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 テレビ熊本

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フジテレビ系列

フジテレビ系列(フジテレビけいれつ)とはフジテレビジョンキー局とする放送事業者ネットワークである。

概要

フジテレビ系列には、2つのネットワークが存在している。一つは フジニュースネットワーク(Fuji News Network、FNN)であり、もう一つはフジネットワーク(Fuji Network System、FNS)である。前者はニュース番組を、後者はそれ以外の放送番組の供給をそれぞれ目的としている。

加盟全局がTV単営となっており、FNN/FNS系列局にラテ兼営局は存在しない[1]

フジテレビ系列の一覧

地上波

衛星放送

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ なお、フジテレビジョン(CX)、東海テレビ放送(THK)ではラジオ局(それぞれニッポン放送東海ラジオ放送)を関連会社に持っている。過去に系列関係があった局では九州朝日放送(事実上NET系列のクロスネット。当時は組織としてのANNとFNN/FNSが未成立)と札幌テレビ放送日本テレビ系列とのクロスネット。フジテレビ系列はFNN非加盟。日本テレビ系一本化後にラジオ部門を分社)がラテ兼営だった。

関連項目

外部リンク

テレビ熊本

株式会社テレビ熊本(テレビくまもと、: TV-Kumamoto Co., Ltd.) は、熊本県放送対象地域としたテレビジョン放送事業を行っている、特定地上基幹放送事業者である。

通称ならびに愛称ひらがなテレビくまもととしている。コールサインはJOZH-DTV1968年10月に設立し、翌1969年4月1日に開局した。フジテレビ系列局。

放送局概要

テレビネットワークはフジテレビFNNFNS系列であるが、くまもと県民テレビ(KKT)開局までは日本テレビ(NNN)系列、熊本朝日放送(KAB)開局まではテレビ朝日(ANN)系列とのクロスネット局でもあった。

略称TKUは、「TV Kumamoto UHF」の頭文字からきている。略称にUHFの"U"がつく例はアナログ放送の親局がUHFだったテレビ局でよく見られるが、大抵は「U○○(UHB等)」「○U○(SUT等)」のパターンのため、「○○U」は唯一のケースである。

局キャラクターとして、局名(社名)にちなみ、1998年より「てれくまくん」を採用していたが、2019年4月1日より、チャンネルIDと社名にちなんだ「くまはち」に交代した。

西日本新聞産経新聞などと親密で、また朝日新聞読売新聞毎日新聞も出資している。 ラジオ局ではTKU以外にも熊本シティエフエム(FM791)のみである。

なお、設立発起人の一人で同局のオーナーでもある河津龍介も発行済み株式を1割強保有する大株主として名を連ねている。

2020年1月からのキャッチコピーは、「リズム!TKU」

本社・支社

沿革

  • 1967年昭和42年)
    • 10月13日 - 熊本にUHF民放局への電波割り当てが決定される[2]
      • 1962年から1967年10月の電波割り当てまでに、11社が放送局の設置申請を行っていた。TKUの母体となる「熊本中央テレビ」(小国町長・自由民主党熊本県連会長・全国町村会長など、河津寅雄系)は最後発(1967年7月29日)の申請であった[3]
    • 10月21日 - 免許申請の一本化調整を開始。「新熊本放送」(日本社会党森中守義系)以外の10社が受け入れる[4]
    • 11月14日 - 前日(11月13日)に新熊本放送が免許申請を取り下げたことを受け、熊本中央テレビに対し予備免許が交付される[5]。当時のキャッチフレーズは「新しき光と音の誕生」で武者小路実篤の作であった[6]
  • 1968年(昭和43年)
    • 1月5日 - 創立事務所を熊本市桜町2-9(当時の熊本県町村自治会館隣)に設置[7]
    • 3月12日 - 創立総会を開催[7]
    • 5月18日 - 第1回株主総会を開催。社名を熊本中央テレビ株式会社から、現在の株式会社テレビ熊本へ変更することを決定する(NHK熊本中央放送局との混同が理由)。同時に略称もTKUと決定された[8]
    • 12月3日 - ネット系列をフジテレビ系中心とすることを決定。
      • フジテレビはTKUへの全面支援と、熊本放送(RKK)で放送されている番組の全面切り替えを約束した。一方で、日本テレビは当時の看板番組である巨人戦中継(プロ野球・読売ジャイアンツ主催試合の中継番組)をRKKに残す意向があった上に、NETテレビ(現在のテレビ朝日)は「好きな番組をネットしても良い」とのスタンスであった[9]
  • 1969年(昭和44年)
    • 3月1日 - 正午からテストパターンを発射[10]
    • 3月17日 - サービス放送を開始[10]
    • 4月1日 - 午前8時10分に熊本県内2番目の民放テレビ局として開局。12時45分にTKU初のローカルニュース番組を放送する[11]
      • アナログVHF局の先発局(NHK・RKK)は県域放送局の指定がなかったため金峰山送信所は無指向性で送信されていたが、アナログUHF局のTKUは熊本県域局として開局した関係で、北から310度(おおむね北西、佐賀県方面)には送信アンテナが設置されなかった。このため、熊本県北の有明海沿岸ではゴースト障害が発生していた[12]
    • 4月6日 - TKU初の自主制作番組『TKU週間展望』放送開始。1週間のニュースを取り上げ社説風に解説する15分番組[13]
    • 9月18日 - 矢部中継局(TKU初の中継局)が開局[14]
    • 9月20日 - 高森中継局(後の南阿蘇中継局)がVHF局として開局[14]
      • 高森局(南阿蘇局)と小国局がVHF局として開局したのは、チャンネル割り当てに空きがあったためである。1969年当時はUHF局の受信に別途UHFコンバーターが必要であることが一般的であり、VHFでの開局は視聴者側の対策(コンバーターの設置)が不要という点で優位であった[14]
    • 10月8日 - 人吉中継局が開局[14]
    • 10月24日 - 小国中継局が開局[15]
    • 11月18日 - 蘇陽中継局が開局[15]
    • 11月22日 - 水俣中継局が開局[15]
    • 12月27日 - 阿蘇中継局が開局[15]
  • 1974年(昭和49年)10月 - テレビ中継局数がRKKと同数になる[16]
  • 1976年(昭和51年)10月 - 熊本県北地域の受信対策として玉名中継局が開局[17]
    • 金峰山送信所へのアンテナ増設はサガテレビが同意しなかったため断念し、中継局設置により受信対策を実施した。玉東中継局も同様の目的で1978年3月に設置。これにより玉名・玉東局でカバーされない荒尾市を除き、受信障害はおおむね解消された[17]
  • 1981年(昭和56年)12月14日 - 新キャッチフレーズ「くまもとが好き だからTKU」を公表。放送上では翌1982年から使用される[18]
  • 1982年(昭和57年)12月 - 本社の増築棟竣工。(運用は翌年4月から[19]
  • 1983年(昭和58年)
    • 3月18日 - 新マスターが稼動開始し、同時に音声多重放送も開始される[19]
    • 6月 - 開局以来初の視聴率三冠を獲得する[20]
    • 8月 - 「くまもとが好き だからTKU」が楽曲として使用開始される。メロディーは公募によるもので、約800点から当時18歳の男性の作品が選定された[18]
    • 10月 - 旧マスター室を報道センターに改修[21]
  • 1984年(昭和59年)
    • 4月 - ワイドニュース番組『TKUニュースアイ』放送開始[21]
    • 12月 - 金峰山送信所に北面アンテナ(北から315度)が設置される(出力は1/10の1kW)。なお、1982年に開局した熊本県民テレビ (KKT) は当初から北面にもアンテナが設けられていた[22]
  • 1986年(昭和61年)7月 - TKUとKKTの金峰山送信所が全方向フルパワー化される[22]
    • サガテレビや九州朝日放送(KBCテレビ。TKUと同じ34chを使用する中継局があった[23])からの了解も得られた上で実施。北面アンテナはスピルオーバー防止対策として、主ビームを足元に向けるように調節された[22]
    • 金峰山送信所のフルパワー化に伴い、玉名中継局の位置付けが「熊本県北地域の主要中継局」から「二岳、三岳の山陰になる地域(当時の玉名市域および天水町河内町)のための中継局」に変更、出力は7月19日[24]に30Wから10Wに減力された[22]
  • 1987年(昭和62年)4月3日 - 『若っ人ランド』が金曜深夜の番組として放送開始(同年10月より土曜17時に番組枠を移動)[25]
  • 1989年(昭和64年/平成元年)
    • 1月1日 - Visual Identity(VI)導入に伴い、開局20周年マークとして「TKU」ロゴを2代目に変更(ただしロゴ変更から1998年までは、2018年までの物より細かった)、呼称「テレビくまもと」の使用開始[26]スターダストレビュー作詞・作曲のイメージソング『NEW DAY BEGIN ~愛は風にのって』も使用開始[27]
    • 4月1日 - 開局20周年を迎える。第1回TKUの日を開催[28]
    • 10月1日 - 熊本朝日放送 (KAB) の開局に伴い、フジテレビ系列のフルネット局となる[29]
  • 1998年(平成10年)
    • 10月1日 - 開局30周年記念キャッチコピー「ドラマちっくTKU」およびイメージソング『ドラマちっくTKU~輝いて~』を使用開始。オープニング(1日の放送開始映像)も同日から変更される。イメージソングはサーカス(TKU主催「音楽畑コンサート」の常連アーティストであった)によるもの[30]
    • 12月 - 開局20周年マーク(2代目ロゴ)を太字にマイナーチェンジ、これを3代目ロゴマークとする[31]
    • 12月14日 - イメージキャラクター「てれくまくん」を公表[30](2019年3月まで使用)。
  • 2006年(平成18年)
  • 2009年(平成21年)
    • 1月1日 - 地上デジタル放送でウォーターマークの表示を開始(ただし、ワンセグでは非表示)。
    • 4月1日 - 開局40周年を迎える。この年、開局40年記念として、地球環境をテーマにしたキャッチコピー「明日(アース)のために、できること。」が1年間使用された。
  • 2011年(平成23年)7月24日 - 正午(午後0時)地上アナログ放送終了。その後、23時59分までにアナログ放送は停波。地デジに完全移行する。
  • 2018年(平成30年)12月14日 - 開局50周年を機に、新ロゴマーク(4代目)およびキャッチコピーを発表(2019年1月1日より使用開始)。新キャッチコピーは「リズム!TKU」。[32]

ネットワークの移り変わり

主な送信所

リモコンキーID - 8

親局
名称識別信号チャンネル空中線電力
熊本JOZH-DTV42ch1kW
送信機はNEC製。アナログ時代とは異なり、熊本放送の施設を間借りし県内全民放テレビ局とエフエム熊本(FMラジオ)と共に施設を共同使用している。
中継局
名称チャンネル空中線電力
人吉19ch10W
水俣27ch100W
天草牛深27ch0.3W
阿蘇42ch1W
阿蘇北19ch0.3W
南阿蘇23ch3W
肥後小国18ch1W
清和35ch1W
蘇陽43ch1W
矢部20ch1W
三加和42ch0.3W
砥用38ch1W
菊水35ch0.1W
三角33ch0.3W
湯浦42ch0.3W
芦北42ch0.3W
立田山27ch0.3W
波野42ch1W
熊本託麻18ch0.3W
玉名42ch1W
玉東42ch0.3W
牛深魚貫32ch0.1W
新和27ch0.3W
崎津28ch0.1W
河浦14ch0.3W
水上30ch0.1W
鹿北31ch0.3W
本渡北37ch0.3W
本渡48ch0.3W
倉岳42ch1W
栖本18ch0.1W
有明上津浦43ch0.1W
御所浦14ch0.1W
19ch0.1W
小川海東39ch0.1W
松島教良木43ch0.1W

アナログ放送

2011年7月24日停波時点 アナログ中継局の内小国中継局南阿蘇中継局のみVHF波で送信していた。

ケーブルテレビ再送信局

長崎県ケーブルテレビジョン島原(カボチャテレビ)では、テレビ熊本のアナログテレビの再送信を行ってきたが、2011年7月24日のアナログ放送終了をもって同社での再送信も終了した。これでテレビ熊本は、熊本県の民放4局の中で唯一、県外のケーブルテレビ局による再送信が実施されていないことになる(2013年春以降は熊本放送も)。

資本構成

企業・団体の名称、個人の肩書は当時のもの。出典:[33][34][35][36][37]

概要

フジテレビ日本テレビテレビ朝日のトリプルクロスネット時代には、西日本新聞社と同比率で読売新聞社務臺光雄)と朝日新聞社広岡知男)の社長が個人大株主となっていた。

2015年10月1日

株主比率
フジ・メディア・ホールディングス19.2%

過去の資本構成

主な番組

アナウンサー

男性

女性

過去に在籍していたアナウンサー

男性

女性

  • 矢部絹子
  • 古沢久美子
  • 浅田麻梨乃(MBA留学、三井物産を経て、現・テレビ朝日社員。USCPA米国公認会計士、CIA公認内部監査人の資格を持つ)
  • 岩永暁子(1997年[38] - )
  • 瀬山英子(1996年[38] - 、退社後、フリーでパインズ所属[39]
  • 中島道子
  • 若松美雪
  • 橋本絵理子(1980年 - 1985年。退職後、フリーアナウンサーへ転向)
  • 小門容子(退社後、タレントに転身)
  • 野田亜紅(1989年[38] - 、その後はフリーでFM熊本等で活動)
  • 横田浩子
  • 白浜美津子
  • 勝田麻吏江
  • 風戸直子(1992年[38] - )
  • 田中(現・仲野)朝子(2006年 - 2009年12月。退社後、ホリプロ所属のフリーアナウンサーになる)
  • 西村佳良子(1992年[38] - 、報道制作局に異動)
  • 木村佳那子(2010年 - 2011年、元静岡放送契約社員。退社後、千葉テレビ放送へ移籍)
  • 藤本愛英(2001年 - 2011年。一旦家庭に入った後、フリー情報誌出版の仕事を始める)
  • 長安智子(2010年 - 2012年。四国放送から移籍。退社後、NHK山口放送局の契約キャスターになる)
  • 井後真奈美(2001年 - 2014年3月)

自社主催イベント

情報カメラ設置ポイント

関連施設

特色

  • ローカル制作番組強化の一つとして、1993年から熊本県出身の偉人を発掘・顕彰して後世に伝えようと大型ドキュメンタリードラマ「郷土の偉人シリーズ」を制作、毎年11月3日文化の日)前後に合わせてFNS九州各局で放送している。また、2013年4月から月~金曜日に朝の情報番組「英太郎のかたらんね」をスタートさせるなど、自社制作番組の強化やニュース番組の充実に取り組んでおり「英太郎のかたらんね」が7年連続同時間帯視聴率トップ独走中、また「TKU Live News」も同時間帯で平均視聴率トップをとるなど自社番組の視聴率も好調である。
  • 2004年に熊本の放送局で初めて国際標準規格ISO 14001を取得している。
  • 本社所在地は1991年に編入によって熊本市(現在の熊本市北区)になるまで飽託郡北部町であり、全国的にも珍しい郡部(町または村)に社屋を持つ放送局で、民間放送局(ケーブルテレビ局とコミュニティFMラジオ局を除く)としては唯一郡部(町または村)に本社を置く放送局であった[注釈 9]。また、在熊テレビ局では唯一、本社を開局時から移転していない。

補足

関連人物

脚注

[脚注の使い方]
注釈
  1. ^ 但し、日本テレビ系はニュース番組供給部門(NNN)のみに加盟し、一般番組供給部門(NNS)はニュース系列脱退まで未加盟。
  2. ^ アナログ放送ではNHKを除いて旧国名の「肥後」を中継局名に加えていなかった。
  3. ^ a b テレビ熊本 代表取締役社長
  4. ^ a b c テレビ熊本 取締役
  5. ^ テレビ熊本 非常勤取締役
  6. ^ フジテレビジョン 代表取締役会長
  7. ^ テレビ熊本 代表取締役会長
  8. ^ 関西テレビ放送 代表取締役社長
  9. ^ 同様の事例は青森放送(開局時は青森県東津軽郡浜舘村(出典:『青森放送二十五年史』(青森放送1980年発行))やNHK沖縄放送局(沖縄県島尻郡豊見城村)でもある。青森放送は市町村合併により青森市となり、NHK沖縄放送局は合併ではなく移転(那覇市おもろまち)による。なお、NHK沖縄放送局があった豊見城村は後に市に昇格した。
  10. ^ 国政選挙運動期間中の公明党に関しては、公職選挙法の規定により、放送局の都合で断ることができないため、有償扱いで出稿を認めている。
  11. ^ なお、同じ創価学会系の学校教育機関である学校法人創価学園については、熊本県内に当該法人が管理運営する学校教育機関が存在しないため、同学園のCMは当局での放送は行われていない。
  12. ^ 2004年のFNS27時間テレビ出演時岡村先生にいじられクローズアップされる。
出典
  1. ^ a b 株式会社テレビ熊本 第54期決算公告
  2. ^ 『テレビ熊本30年史』p.20
  3. ^ 『テレビ熊本30年史』p.21
  4. ^ 『テレビ熊本30年史』p.22
  5. ^ 『テレビ熊本30年史』p.23
  6. ^ 『テレビ熊本30年史』p.24
  7. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.25
  8. ^ 『テレビ熊本30年史』p.28
  9. ^ 『テレビ熊本30年史』pp.33-35
  10. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.38
  11. ^ 『テレビ熊本30年史』p.43
  12. ^ 『テレビ熊本30年史』p.74
  13. ^ 『テレビ熊本30年史』pp.48-49
  14. ^ a b c d e 『テレビ熊本30年史』p.53
  15. ^ a b c d 『テレビ熊本30年史』pp.276-277
  16. ^ 『テレビ熊本30年史』p.73
  17. ^ a b 『テレビ熊本30年史』pp.75-76
  18. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.109
  19. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.112
  20. ^ 『テレビ熊本30年史』p.124
  21. ^ a b 『テレビ熊本30年史』p.118
  22. ^ a b c d 『テレビ熊本30年史』pp.147-148
  23. ^ 太宰府中継局松ヶ江中継局頴田中継局が該当。ただし、後にアナアナ変換で使わなくなった。
  24. ^ 『テレビ熊本30年史』p.320
  25. ^ 『テレビ熊本30年史』p.167
  26. ^ 『テレビ熊本30年史』p.158
  27. ^ 『テレビ熊本30年史』p.159
  28. ^ 『テレビ熊本30年史』p.160
  29. ^ 『テレビ熊本30年史』p.144
  30. ^ a b 『テレビ熊本30年史』pp.212-213
  31. ^ 『テレビ熊本30年史』p.16
  32. ^ TKUのロゴが変わります!キャッチコピーは「リズム!TKU」”. テレビ熊本. 2018年12月28日閲覧。
  33. ^ 総務省 電波利用ホームページ”. 総務省. 2016年1月1日閲覧。
  34. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2015』コーケン出版、2015年11月20日、444頁。
  35. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑2003』コーケン出版、2003年11月、471頁。
  36. ^ 日本民間放送連盟『日本民間放送年鑑'92』コーケン出版、1992年11月、439頁。
  37. ^ 日本民間放送連盟『日本放送年鑑'78』洋文社、1978年12月、301頁。
  38. ^ a b c d e f NHKウィークリーステラ全国アナウンサー名鑑
  39. ^ 瀬山英子プロフィール

参考文献

  • 30年史編纂委員会『テレビ熊本30年史』テレビ熊本、2001年。

外部リンク


 

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