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🏛|県南の市長・町長 知事と意見交わす


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県南の市長・町長 知事と意見交わす

 
内容をざっくり書くと
この道路が整備されることで野木町から渡良瀬遊水地の近くを経由して国道50号に至ることができるようになります。
 

県南地域の市長や町長と福田富一知事が意見を交わす会合が6日、小山市で開かれました。 栃木県は市や町と… →このまま続きを読む

 とちぎテレビ

2019年4月に開局20周年を迎えた栃木の県域テレビ局「とちぎテレビ」。栃木県内の最新ニュースをお届けします。


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渡良瀬遊水地

渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)は、足尾鉱毒事件による鉱毒を沈殿させ無害化することを目的に、渡良瀬川下流に作られた日本最大の遊水池である。

本州以南最大の湿地2012年(平成24年)7月3日ラムサール条約の登録湿地になった[1]

概要

渡良瀬川に思川巴波川の2つの川が合流する地点である渡良瀬川下流部一帯にはかつて、赤麻沼・石川沼・赤渋沼・前原沼、さらに板倉沼などがあった。そのような、地形的には周辺より一段と低く洪水が自然に遊水する大湿地帯が[2]堤防によって囲われ、遊水池となっている。足尾鉱毒事件の発生当時は、鉱毒対策が目的で設けられたのではなく、洪水防止が目的とされたが、1903年の大日本帝国政府の第二次鉱毒調査委員会が、足尾銅山の渡良瀬川下流部に遊水池を設置する案を提示したことを受けて造成されており、鉱毒対策目的であることは明白であった。

法令上は、国土交通省が管轄する河川の内部になっている。足尾鉱毒事件から100年以上経って鉱毒は減少し、主に治水と利水のための地域になっている。ただし、減少したのは上流から新たに流れてくる鉱毒の量であって、遊水地の土壌には2020年現在も銅などの重金属が多く含まれている。

地理

遊水地の領域は、栃木県群馬県埼玉県茨城県の4県にまたがるが、大半が栃木県栃木市に属し、残りの部分が栃木県小山市、栃木県下都賀郡野木町、茨城県古河市、埼玉県加須市、群馬県邑楽郡板倉町に属する。

面積は約3300haで羽田空港の2倍以上の広さがある。ゴルフ場が造成されている場所があったり、ごく一部に旧建設省の許可を得て圃場が行われた場所があったりするが、建物はなく、若干の道路と橋のみがある。

内部に第1調節池、第2調節池、第3調節池がある。渡良瀬川の西側が第1調節池である。第2調節池は巴波川の東で、第3調節池は渡良瀬川と巴波川の北側である。第1調節池はかつてお化け沼と呼ばれ、釣り人に親しまれたが、その後の造成により南側の一部がコンクリート張りの谷中湖になった。谷中湖を除く第1調節池の大部分と、第2・第3調節池は、増水時のみ貯水する構造で、平時から池としての実態があるのは、谷中湖のみである。

交通・アクセス

自動車

東北自動車道ICから、一般車両の主要な入口である中央エントランス・北エントランスまでの経路を示す。

  • 東北自動車道館林IC
    • 国道354号を東へ(古河方面)約11km(約20分)走行し、柏戸交差点を左折。次に遊水地西岸に沿って県道9号を直進し、1km先の中央エントランス、あるいは更に3km先の北エントランスにて右折・入場(駐車場あり)
  • 東北自動車道佐野藤岡IC
    • 国道50号を西へ約1km走行し、高萩交差点を側道から左折。そのまま県道9号を南東へ(藤岡・古河方面)走行し、国道50号から約6kmの地点にある新開橋北を右折。あるいは、さらに200m先の藤岡大橋北を右折し、バイパスになっている県道11号を走行すると、やがて両道は合流する。国道50号から約11km(約20分)の地点にある北エントランス、あるいは更に3km先の中央エントランスにて左折・入場(駐車場あり)

鉄道

渡良瀬遊水地内の主な目的地別に最寄駅を示す。

  • 遊水地南西部:中央エントランス(谷中湖南西岸・下宮橋)
  • 遊水地西部:北エントランス(谷中湖北西岸・谷中村史跡保存ゾーン・子供広場ゾーン・親水多目的ゾーン・ウォッチングタワー・ヨシ原浄化施設等)
    • 東武日光線・板倉東洋大前駅下車。東口から北エントランスまで徒歩約20分(約1.8km)。北エントランスから、子供広場ゾーン・谷中村史跡保存ゾーン・ウォッチングタワーまでさらに徒歩約25分(約2km)
      • レンタル自転車:板倉東洋大前駅・東口から徒歩約3分(約0.2km)のわたらせ自然館にて利用可(大人 400〜600円)[3]
  • 遊水地北西部〜北部:、、第1調節池等
    • 東武日光線・藤岡駅下車。徒歩約20分(約1.5km)で、渡良瀬遊水地湿地資料館へ。渡良瀬カントリークラブ、第1調節池も近い
      • レンタル自転車: 藤岡駅から徒歩約20分(約1.5km)の渡良瀬遊水地湿地資料館にて利用可(有料)
  • 遊水地南部:、渡良瀬川・三国橋
    • 東武日光線・新古河駅下車。東口より徒歩約3分(約0.2km)で渡良瀬川および遊水地南端に接する三国橋へ
    • JR宇都宮線古河駅下車。西口より徒歩約20分(1〜2km)で渡良瀬川および三国橋
      • レンタル自転車:古河駅西口前「花桃館」(まちなか再生市民ひろば)にて市内観光用無料レンタル自転車「コガッツ」利用可[4]
  • 遊水地東部: 桜堤、渡良瀬川・、思川、第2調節池等
    • JR宇都宮線・野木駅 桜堤まで約4.5km

また、栃木市営バス 藤岡線(谷中湖系統)が土曜・日曜・祝日に東武日光線の新大平下駅から谷中湖まで運行されている(東武新大平下駅 - 栃木駅南口 - JR大平下駅 - 東武新大平下駅 - 岩舟駅 - 藤岡駅前 - 谷中湖)。

沿革

現在の渡良瀬遊水地の中央部の原野を開墾して成立した栃木県下都賀郡谷中村は、周辺に比べて標高が低いため水害を受けやすく、村の周囲には囲堤(堤防)が築かれていて輪中地域であった。谷中村や周辺の村では、各家で洪水に備えて水塚揚舟などがあった。村では、水田、畑作を行うほか、周りには多くの池沼や水路があり、魚捕りや湿地の植物ヨシ、スゲを使ったヨシズ、スゲ笠作り、養蚕業なども行われていた[5]

明治20年代になると、渡良瀬川最上流部に位置する足尾銅山より流出する鉱毒の排水による被害が大きくなり、農民の鉱毒反対運動が盛り上がると、1905年、政府は谷中村全域を買収して、この地に鉱毒を沈殿する遊水池を作る計画を立てた。ただし、これは、鉱毒反対運動の中心地だった谷中村を廃村にすることにより、運動の弱体化を狙ったものであるという指摘が、谷中村に住んでいた田中正造によって既になされている。

谷中村は全域が強制買収され、1906年強制廃村となった。1907年までに立ち退かなかった村民宅は強制破壊された。ただし、一部の村民はその後も遊水池内に住み続けた。最後の村民は1917年2月25日ごろこの地を離れた。

政府は、1912年から1918年にかけての工事で、この地を堤防で囲い、遊水池とした。ただし、赤麻沼・石川沼・赤渋沼・前原沼以外の中央部の谷中村の部分には囲堤があって通常は水はなく、洪水時に水が貯められる仕組みであった。同時期に川の付け替え工事も行われ、栃木・群馬県境をうねるように流れていた渡良瀬川は、藤岡町(現栃木市)東側を流れるように変更された。しかし、県境の変更を行わなかったため、かつての流路の痕跡が栃木・群馬・埼玉の三県境として残っている。

この時代、遊水池の拡張も行われ、旧谷中村以外の下都賀郡部屋村(現栃木市)、同野木村(現野木町)群馬県邑楽郡海老瀬村(現板倉町)、茨城県猿島郡古河町(現古河市)の一部も遊水池の内部となった。

この後、調整池を作る計画があったが、第二次世界大戦により中断。1963年(昭和38年)から1998年(平成10年)にかけて、全域を堤防で囲う工事が行われ、第1・第2・第3調節池の3地域に分けるほぼ現在の形となった。第1調整池は1970年(昭和45年)、第2調整池は1972年(昭和47年)、第3調整池は1997年(平成9年)完成。第1調整池内に1989年(平成元年)、第1貯水池である渡良瀬貯水池(谷中湖)が造成された。

1970年代までは銃猟が規制されておらず、シーズンにはハンターがを行っていた。1990年(平成2年)に栃木県側が銃猟禁止区域に設定され、その後、この地での猟銃による銃猟は行われなくなった。遊水池内には、東武鉄道が設置した有料猟場が存在した。この猟場は、栃木県内で最後の有料猟場であった。2012年平成26年)にラムサール条約に登録されたことに伴い、国指定の鳥獣保護区となり、猟は不可能となっている。

バブル景気さなかの1988年(昭和63年)、渡良瀬遊水地アクリメーションランド構想が発表され、ゴルフ場オートキャンプ場などを設置した大型公園にする構想があった。しかし、反対運動やバブル景気の終了により、複数のゴルフ場と野球場テニスコートなどの運動場が整備されたのみで、オートキャンプ場などは着工されなかった。渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団は、アクリメーションランド構想に基づく施設を管理運営するために設置された第三セクターである。2017年(平成29年)には渡良瀬遊水地のロゴマークが作成された[6]

埼玉県加須市、群馬県板倉町の「渡良瀬遊水地の未来に向けて」で、平成29年度手づくり郷土賞を受賞している[7]

現在の遊水地

遊水地内には道路があるため、水が貯まっている場所以外は内部に行くことは可能である。

治水

元々は洪水対策目的の施設であり、降雨直後などは全体が水びたしになる。利根川に流しきれない渡良瀬川の水をいったんこの地に貯め、利根川の水位が下がってから徐々に遊水地内に貯めた水を放水する仕組みになっている。したがって、降雨時・降雨後に遊水地内に立ち入るのは、危険が伴う。

その他

谷中湖の北には藤岡町商工会、農業協同組合が出店しており、バーベキューが行える場所もある(平日や冬季を除く)。ゴルフ場も複数存在する。

レンタサイクルは、道の駅かぞわたらせわたらせ自然館(板倉東洋大前駅東)・渡良瀬遊水地湿地資料館(藤岡駅東)・谷中湖北の子供広場レンタサイクルセンターの4か所にある(定休日あり。冬季、平日は営業していない場所もあり)。

これらの利用されている地域は渡良瀬遊水地のほんの一部であり、残りのほぼ全域は未だ自然の豊かな葦原となっている。花火大会などの会場になっているほか、隅を高圧線がかすめる以外は電線もないため、スカイフィールドわたらせ(藤岡場外離着陸場)が常設されており、熱気球スカイダイビング超軽量動力機などのスカイスポーツも行われ、トライアスロン大会も多数開催されている。

年中行事

※例年行われている行事。

  • 1月から4月 - 谷中湖干し上げ(下記のとおり、上水道の異臭の原因になるプランクトンを死滅させるため、谷中湖の水をいったん空にする作業。この時期はウォータースポーツが行えない)
  • 3月上旬 - 谷中湖 魚とのふれあい体験(ふれあい移動水族館など/栃木市藤岡遊水池会館前広場)
  • 3月下旬 - ヨシ焼き
  • 4月上旬 - 藤岡町桜まつり
  • 4月上旬 - 渡良瀬バルーンレース(熱気球ホンダグランプリ第1戦)
  • 8月第1土曜日 - 古河花火大会(茨城県古河市の渡良瀬川の河川敷にある『古河ゴルフリンクス』で開催される。打ち上げ数は約25,000発(三尺玉3発含む)で約35万人の人出がある)
  • 11月 - 遊水地マラソン(1986年-2004年。2005年以降廃止)
  • 12月 - 渡良瀬カップ「12月の風」(熱気球競技)

このほか、自然保護団体などが独自にこの地でイベントを行っている。ヨットレース、トライアスロン大会も開催されることがあるが、毎年開催されるとは限らない。

谷中湖

谷中湖(やなかこ)は湖底がコンクリート張りの人造湖であり、首都圏の水がめである利根川上流ダム群の1つに数えられ、渇水時に東京地方に水を供給するための貯水池という位置付けがなされている。高い堤体は無く、国土交通省の説明では「平地ダム」となっている[8]1976年(昭和51年)着工、1989年(平成元年)竣工した。

落成直後の1990年(平成2年)夏に、谷中湖から放水した時期に下流の水道水が臭くなったという苦情が殺到した。異臭の原因になるプランクトンを死滅させるために、2004年から毎年一度は谷中湖を空にして干し上げを行なっていることや、高度浄水処理の導入もあって、その後、同様の騒ぎはない。なお、この時期はウォータースポーツが行えない。

遊漁料が必要ながら釣りができ、非動力船も利用できる。このためこの種のウォータースポーツが盛んであり、第59回国民体育大会(彩の国まごころ国体)でセーリング競技も開催された。

よく、渡良瀬遊水地とは谷中湖のことであると誤認されるが、谷中湖は渡良瀬遊水地内にある第1調節池の中にある貯水池である。また全体の名前が渡良瀬遊水で、谷中湖の名前が渡良瀬遊水であると誤認されることもある。しかし後述するとおり、渡良瀬遊水と渡良瀬遊水は同義である。なお、谷中湖には渡良瀬貯水池という別称もある。

谷中湖のその形状から、近隣にある旧下野煉化製造会社煉瓦窯とともに「野木町煉瓦窯&ハート池」の名称で恋人の聖地に認定され、2017年5月31日に、青山セントグレース大聖堂にて銘板の授与式が行われた[9]

遺跡

谷中村役場跡地、雷電神社跡地などの遺跡が谷中湖北にある。堤防の外側に谷中村合同慰霊碑がある。

県境確定作業

2016年1月、これまでの渡良瀬遊水地の整備に伴う土地区画整理の結果不明瞭なままになっている栃木県(栃木市)、群馬県(邑楽郡板倉町)、埼玉県(加須市)3県の境界点を確定するための測量調査が栃木市・板倉町・加須市合同で行われた[10]。3県の県境は元々渡良瀬川の中にあったが、長年の区画整理事業により本来の境界が不明となり、境界未定地域となっていた。平地に3県の境界点がある例は全国でも珍しく、周辺の自治体では正確な境界点を確定し、歴史的遺産や自然環境なども生かした、新たな観光スポットにする[11]。同年3月までに県境確定作業を終了し、3月31日に加須市役所において栃木市・板倉町・加須市の3首長が境界を定めた文書への調印式を行った[10]

自然

人間の活動とは隔離されているため、野鳥が多く、昆虫魚類なども採取される。希少な植物も多い。環境省レッド・データブックに掲載された絶滅危惧種も多く発見されている。このため2012年5月、環境省はラムサール条約湿地の新規登録候補地の1つとして渡良瀬遊水地を指定し[12]、同年7月にルーマニアで開かれた第11回ラムサール条約締約国会議で正式に登録された[1]

渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団によれば、レッド・データブック掲載植物は43種。

貯水池以外のほぼ全域が原になっている。毎年3月にヨシズ生産農家らで組織される渡良瀬遊水地利用組合連合会がヨシ焼き(野焼き)を行っている。人為的な野焼きで植生遷移が抑制されていることが、結果的に多くの絶滅危惧種が残る理由の1つとなっている。ヨシ焼きと春一番の強風が重なると、宇都宮市鹿沼市など栃木県の県央地域まで空が暗くなったり、降灰が見られたりすることがある[13]。また、ヨシ焼きであぶり出されたイノシシが近隣の住宅街に出没することもある[14]

谷中村村民を移転させる際、栃木県は旧村民に対し、ここでヨシやカヤなどを独占的に刈る権利を認めた。ただし、文書による確認はされなかった。その後、旧村民以外の藤岡町民らが、ここでヨシやカヤを刈る権利を設定。大正時代の1920年から1921年にかけて、両者が遊水地で睨み合うという騒ぎに発展した(カヤ刈り事件、またはヨシ刈り事件と呼ばれる)。旧村民が弁護士に確認したところ、文書による証拠がなくても、当時の法令では元々旧村民に独占的な権利があることが判明。裁判でもこれが認められた。このため、現在でも近隣農家がこの地に育つヨシを刈り、ヨシズ作りが行われている。ただし、最近は安い中国産のヨシズに押され、生産は減少している。

民間や建設省(当時)の調べによると、土壌中の銅の濃度が作物の生育に障害が発生するといわれる125ppmを超えている地点がある。ただし、特定の地点で目立った植物の生育不良などは報告されていない。

生息魚種は33種生息する。しかし、在来種は20種程度と少なく大半はコイ科である。ブラックバスも昭和40年代後半から移植されているが、個体数は安定している様子で、ルアーで狙って釣るのはなかなか難しい[独自研究?]。意外なところでは、ボラスズキが海から遡上したまま定着している。

開発

この遊水地内は広大なため、他用途への転用を主張する意見が何度かあがった。戦後には1952年には保安隊陸上自衛隊の前身)の演習地に、1962年にはアメリカ軍の演習場にする計画があったが、いずれも反対運動により実現しなかった。1990年には埼玉県知事畑和が、この土地に人工地盤を敷き、首都圏第3の国際空港「渡良瀬空港」を建設するという構想を提起したことがある。しかし、周辺には旧地権者とその遺族が多く住むため、事実上、利用は不可能になっている。1972年の谷中湖造成時も激しい反対運動がおき、結果として丸く造る予定であったものがハート型に設計変更されるという事態も起きている。

第2調節池内に第2貯水池を造る計画があったが、特に野鳥観察家などからの反対が多く、着工されなかった。このため、当初「第1貯水池」と呼ばれるはずであった谷中湖は、「第1」が外れ、単に「渡良瀬貯水池」と呼ばれている。

しかし、2005年9月、国土交通省は第2貯水池着工の方針があることを表明。これに対し、周辺の自然保護団体などから反発する意見が出ていた[15]。その後、2010年の渡良瀬遊水地湿地保全・再生基本計画により、事実上なくなった[16]

名称

この地域にははっきりとした命名がされず、遊水または渡良瀬遊水と呼ばれた。20世紀初期の地図には何も記されないことが多く、最初に公的な地図上で現れた表記は単に遊水であったとされる(昭和4年修正測図「古河」)。ただし、現在は後者の表記に統一されている。統一されたのは、1987年頃、アクリメーション構想が具体化した頃だとされる。

なお、昭和4年修正測図「古河」より前の1925年、内務省の公文書『渡良瀬川改修工事概要』では、「遊水」という表記が使用されている[17]

表記が統一する前につけられた固有名詞に関しては、現在でも表記が混乱している。たとえば、渡良瀬遊水地を管轄する日本国政府の機関は、国土交通省利根川上流河川事務所渡良瀬遊水出張所だが、実際に管理運営をしているのは渡良瀬遊水アクリメーション振興財団である。また、渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団がある建造物の名前は遊水会館である。出張所の名前は遊水だが、国土交通省がこの地域を示すときは渡良瀬遊水という名称が用いられる。

一部のNPOなどは、渡良瀬遊水という呼称を使うことに反対し、現在(2006年)も積極的に遊水という語を用いている。これには、遊水池が設置された経緯を後世に伝えていこうとする意図がある。

調節池機能

遊水地内の堤の一部にはあえて低く作られたがあり、増水時には調節池に向けて意図的に水を導き、渡良瀬川の下流で合流する利根川への流入水量を抑えることで、これら下流域での洪水を防ぐ仕組みになっている。

治水効果

渡良瀬調整池の機能並びにこれによる治水上の効果について、2019年10月12日から13日にかけて日本に影響を及ぼした令和元年東日本台風(台風19号)を例に見てみる。

国土交通省関東地方整備局の発表(速報値)によると、渡良瀬遊水地は、東日本台風に伴う雨で、約1.6億立方メートルの洪水を貯めた。これは同遊水地総貯留量約1.7億トンxeen[注 1]の約95 %にあたる。また、朝日新聞の報道(10月14日)によると、識者が上空から河川の氾濫状況を分析。渡良瀬遊水地に大量の水が流れ込んだ。しかし、渡良瀬川が利根川に合流する埼玉県久喜市の栗橋観測所では、13日午前1時から10時にかけて、水位が氾濫危険水位である8.9 mを超えていたものの、利根川から分かれて東京湾に注ぐ江戸川は、氾濫危険水位には達しなかった[18]

渡良瀬遊水地より下流は、利根川との合流後、江戸川が分かれて東京湾にそそぐ。渡良瀬川上流からの水の流入量が多く渡良瀬遊水地が一杯になったときは、江戸川も増水することになるが、利根川支流の吾妻川八ッ場ダム(貯水容量は約7,500万立方メートル。台風当時は試験湛水中)が出来たことにより、吾妻川上流域で降った雨を、一時的に大量にせき止めることが可能となった。これにより、渡良瀬遊水地の治水上の負荷を減すことができ、その分調整池での水流の量的コントロールをしやすくなった[19]

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 「トン」=「m3

出典

  1. ^ a b 渡良瀬遊水地とラムサール条約について”. 小山市ホームページ. 2022年4月22日閲覧。
  2. ^ 渡良瀬遊水地の歴史 渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団 2020年7月14日閲覧。
  3. ^ 板倉町公式ホームページ 板倉町レンタサイクルセンター
  4. ^ 観光・歴史 古河市の観光パンフレット (PDF)”. 古河市. 2013年12月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月22日閲覧。
  5. ^ 渡良瀬遊水地の成り立ち 4谷中村渡良瀬遊水地アクリメーション振興財団.2020年7月14日閲覧。
  6. ^ 利根川上流河川事務所
  7. ^ 一般部門 渡良瀬遊水地の未来に向けて (PDF)”. 国土交通大臣表彰 手づくり郷土賞. 2022年4月22日閲覧。
  8. ^ ダムカード(関東地方)”. 国土交通省水管理・国土保全局. 2022年4月22日閲覧。
  9. ^ 「野木町煉瓦窯&ハート池」が「恋人の聖地」に選定されました!”. 野木町役場. 2019年7月31日閲覧。
  10. ^ a b 埼玉、栃木、群馬の3県境が確定で調印式”. NHK. 2016年3月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月22日閲覧。
  11. ^ あいまい県境、埼玉・栃木・群馬が測量で確定へ : 社会”. 読売新聞. 2015年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月22日閲覧。
  12. ^ ラムサール条約湿地の新規登録候補地について(お知らせ)”. 環境省 (2012年5月9日). 2012年5月11日閲覧。
  13. ^ 「空の色おかしい」 県央でも通報、春一番で灰拡大か ヨシ焼き”. 下野新聞 (2022年3月6日). 2022年4月23日閲覧。
  14. ^ 街中にイノシシ、女性かまれ軽傷 野木、ヨシ焼きの影響か”. 下野新聞 (2022年3月6日). 2022年4月23日閲覧。
  15. ^ 鹿沼のダム - 渡良瀬遊水地第2貯水池計画再浮上(2006年4月26日時点のアーカイブ
  16. ^ 渡良瀬遊水地見学会 資料 2020年2月11日.渡良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会 2020年7月14日閲覧。
  17. ^ 渡良瀬川改修工事概要 本文 (PDF)”. 土木図書館デジタルアーカイブス 内務省関連書籍. p. 12. 2022年4月22日閲覧。
  18. ^ 【台風19号】首都圏の調節池ギリギリ…9割に到達、危機目前だった | 産経ニュース
  19. ^ 八ッ場ダムより水を貯めた渡良瀬遊水地の誕生秘話

参考文献

  • 『藤岡町史 資料編 渡良瀬遊水地の自然』 藤岡町 2002年
  • 『新・渡良瀬遊水池』 渡良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会 2005年 ISBN 4-88748-127-6
  • 末次忠司著、『河川の科学』、ナツメ社、2005年10月11日初版発行、ISBN 481634005X

関連項目

外部リンク

国道50号

国道50号(こくどう50ごう)は、群馬県前橋市から茨城県水戸市に至る一般国道である。

概要

沿線は北関東3県の人口密度が比較的高い地域となっており、また沿線に内陸工業地域が連なることもあって、常に一定の交通量がある。栃木県内では各種バイパスが整備され(「バイパス」の項目参照)立体交差が連続し、小山市街地等、一部を除き流れの良く快適に走行できる区間がある。反面、群馬県や茨城県内に残る未整備の2車線区間は慢性的に流れが悪くなっている。

群馬県内ではこの道路に並行する形で北関東自動車道が整備され、群馬県内の2車線区間は渋滞は多少解消した[1]。しかし、栃木県内や茨城県内ではこの道路と北関東自動車道との並行区間が短い。栃木県内は前述のバイパス整備により比較的快適に走行できるが、茨城県内は結城市結城バイパスが完成、筑西市内で下館バイパスが整備中である他、桜川筑西インター付近が拡幅されている(岩瀬バイパスの項参照)程度で、他は対面通行道路が多く、流れは悪い。

北関東自動車道は佐野田沼IC - 太田桐生IC間が2011年3月19日の開通をもって全線開通となり、トラックバスなどの大型車や遠距離まで行く乗用車などはそちらを利用することが望まれているため、当道路の混雑は解消される模様である。ただし、北関東自動車道は小山市を通過せず宇都宮市付近を通過する。

全線が指定区間に指定されている。

路線データ

一般国道の路線を指定する政令[2][注釈 1]に基づく起終点および重要な経過地は次のとおり。

歴史

  • 1953年昭和28年)5月18日 - 二級国道122号前橋水戸線(群馬県前橋市 - 茨城県水戸市)に指定される。
  • 1963年(昭和38年)4月1日 - 二級国道122号を昇格し、一級国道50号(群馬県前橋市 - 茨城県水戸市)として再指定される。なお、改番に伴い国道122号は栃木県日光市 - 東京都豊島区の区間となる。
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 道路法改正によって一級・二級の区別がなくなり、一般国道50号(群馬県前橋市 - 茨城県水戸市)となる。
  • 1970年(昭和45年)2月19日 - 茨城県西茨城郡岩瀬町大字水戸 - 笠間市稲田の道路改良により、旧道(10.3 km)を県に移管[4]
  • 1972年(昭和47年)7月8日 - 笠間バイパスの全線(笠間市大字飯合 - 大字笠間)が開通[5]

路線状況

別名

  • 黄門さん通り(茨城県水戸市内)

バイパス道路

重複区間

  • 国道122号(群馬県桐生市・広沢町四丁目交差点 - 群馬県太田市・只上交差点)
  • 国道400号(茨城県水戸市・中央郵便局前交差点 - 茨城県水戸市・水戸駅前交差点)

道路施設

主な橋梁

  • 群馬県
    • 観音橋(桃ノ木川、前橋市)
  • 栃木県
  • 茨城県

道の駅

交通量

24時間自動車類交通量(台/日)[6]

地点台数
群馬県前橋市三河町二丁目5-240,393
群馬県前橋市東大室町1268-122,593
群馬県桐生市広沢町三丁目381841,497
栃木県佐野市高橋町105448,381
栃木県小山市大字上泉75137,500
栃木県小山市大字犬塚98144,705
茨城県結城市大字結城18,338
茨城県桜川市上野原地新田31123,649
茨城県桜川市加茂部52816,631
茨城県笠間市小原448222,873

地理

通過する自治体

交差する道路

交差する道路の特記がないものは市道

群馬県区間
交差する道路交差点名
群馬県庁方面
国道17号国道17号
国道291号
前橋市本町一丁目
県道17号前橋停車場線県道4号前橋赤城線(本町2丁目地内)
県道2号前橋館林線本町三丁目
県道40号藤岡大胡線小島田町
国道17号(上武道路今井町[注釈 4]
県道74号伊勢崎大胡線二之宮町
県道114号苗ヶ島飯土井線東大室町西
県道103号深津伊勢崎線東大室町
県道352号笠懸赤堀今井線伊勢崎市赤堀今井町
県道73号伊勢崎大間々線
県道102号三夜沢国定停車場線
県道73号伊勢崎大間々線
県道76号前橋西久保線
県道102号三夜沢国定停車場線
西久保町
県道293号香林羽黒線曲沢町
県道291号境木島大間々線赤堀鹿島町
-県道352号笠懸赤堀今井線みどり市笠懸小学校
県道69号大間々世良田線鹿
県道344号阿左美桐生線総合グラウンド東
県道78号太田大間々線岩宿
県道68号桐生伊勢崎線阿左美沼入口
国道122号
国道353号
県道332号桐生新田木崎線
桐生市広沢町四丁目
広沢高架橋下
県道332号桐生新田木崎線広沢町交番
県道316号太田桐生線松原橋
県道254号丸山葉鹿線太田市原宿南
県道39号足利伊勢崎線只上西
国道122号県道256号竜舞山前停車場線只上
栃木県区間
交差する道路交差点名
国道407号
県道5号足利太田線
県道256号竜舞山前停車場線
県道5号足利太田線足利市南大町
県道38号足利千代田線堀込町
国道293号公設市場前
県道128号佐野太田線上渋垂町
県道20号足利邑楽行田線久保田町
県道148号野田多々良停車場線(久保田町地内)
県道8号足利館林線瑞穂野町
県道223号寺岡館林線佐野市高橋町
県道7号佐野行田線田島インター
県道9号佐野古河線高萩
東北自動車道佐野藤岡I.C
県道168号静藤岡線栃木市(岩舟町静地内)
県道11号栃木藤岡線
県道160号和泉間々田線鯉ヶ島
県道252号蛭沼川連線西水代
県道174号南小林松原線県道153号南小林栃木線小山市下河原田
県道33号小山環状線
県道173号萩島白鳥線
萩島
-県道36号岩舟小山線
県道264号小山結城線
大行寺
国道4号神鳥谷
県道265号粟宮喜沢線神鳥谷(東)
県道191号大戦防小山線県道339号小山下野線駅南4丁目
県道33号小山環状線横倉新田
茨城県区間
交差する道路交差点名
新4号国道結城市小田林(西)
-県道15号結城下妻線小田林
県道17号結城野田線城南小北
県道20号結城坂東線鹿窪運動公園入口
県道15号結城下妻線小森北
県道303号舟玉川島停車場線筑西市下川島
-県道304号小川川島停車場線(布川地内)
国道294号
国道408号
西谷貝
県道305号下館停車場線田町
県道7号石岡筑西線桜町
県道14号筑西つくば線県道207号高田筑西線横島
県道149号横塚真壁線-(横塚地内)
県道45号つくば真岡線門井
県道148号東山田岩瀬線桜川市長方
-県道216号岩瀬二宮線(長方地内)
北関東自動車道桜川筑西I.C
県道41号つくば益子線-鍬田
-県道41号つくば益子線元岩瀬
県道307号岩瀬停車場線-(明日香2丁目地内)
県道140号西小塙石岡線県道257号西小塙真岡線(友部地内)
県道64号土浦笠間線-笠間市(福原地内)
県道109号稲田友部線県道289号富谷稲田線稲田
県道1号宇都宮笠間線石井
国道355号寺崎
県道39号笠間緒川線金井
県道61号日立笠間線才木
県道193号杉崎友部線水戸市三軒屋
県道52号石岡城里線内原跨線橋北
常磐自動車道水戸I.C
-国道50号(水戸バイパス)大塚池の端
県道59号玉里水戸線赤塚郵便局前
県道171号石川袴塚線新原三差路
県道177号赤塚馬口労線自由ヶ丘
県道30号水戸岩間線-大工町2丁目
県道342号上水戸停車場千波公園線大工町
-国道118号
国道400号
中央郵便局前
県道50号水戸神栖線-水戸駅前
国道51号
国道124号
国道245号

ギャラリー

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 一般国道の路線を指定する政令の最終改正日である2004年3月19日の政令(平成16年3月19日政令第50号)に基づく表記。
  2. ^ 2005年3月28日に、真壁郡関城町・明野町・協和町と合併して、筑西市となる。
  3. ^ a b c d e f g 2020年3月31日現在
  4. ^ 前橋方面からは熊谷方面のみ進行可。

出典

関連項目

外部リンク


 

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