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⚾|通算324勝のサットンが75歳で死去 200投球回20度は史上唯一


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通算324勝のサットンが75歳で死去 200投球回20度は史上唯一

 
内容をざっくり書くと
これを記念し、背番号「20」はドジャースの永久欠番に指定された。
 

日本時間1月20日、ドジャースなどで23年間にわたって活躍して通算324勝を挙げたドン・サットンが死… →このまま続きを読む

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「MLB.jp」はメジャーリーグの日本語版公式サイトです。大谷翔平(エンゼルス)やダルビッシュ有(カブス)、イチロー(マリナーズ)といった日本人選手はもちろん、試合結果から選手情報までメジャーリーグに関する様々な話題を日々お届けします(1日あたりの記事数は10~15本)。大谷のメジャー挑戦で再び注目を集めているメジャーリーグの世界をぜひお楽しみください。


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永久欠番

永久欠番(えいきゅうけつばん、英語:retired number)は、背番号などを使用するスポーツにおいて、多大な功績を残した人物の使用した背番号を、その人物の栄誉と栄光の歴史を末永く称えるために、団体内で対象となった人物のみが使用できるように欠番にした番号をいう。

野球界の永久欠番

サッカー界の永久欠番

  • ナショナルチームにおける永久欠番制度は国際サッカー連盟(FIFA)に認められていない。
  • サポーターを12番目の選手にたとえる意味で12番を欠番とするチームが複数存在する。Jリーグでは2021年シーズン現在、浦和レッドダイヤモンズと後述の理由で17をサポーターナンバーとしているサガン鳥栖以外全チームで採用しているが、日本ではチームによって「サポーターナンバー」などと規定するチームはあるものの「永久欠番」との規定はされていない。欧州ではフェイエノールトなど永久欠番扱いとなっているチームも存在する。
  • サッカーの場合、長い歴史の割には永久欠番の数は少ないが、最近では在籍中に死亡した選手の番号を永久欠番にする不幸なケースが増えている。
  • リーガ・エスパニョーラも固定背番号制だが、1番から25番までの番号をトップチーム在籍選手に振るように定められているため、これらの番号を永久欠番にすることができない。アントニオ・プエルタの背番号16を永久欠番にできなかったのもこのためである[1]

日本サッカー界の永久欠番

日本のプロサッカーリーグ・Jリーグでは、1997年の固定背番号制度発足に伴い、「選手が着用する背番号は連番とし、欠番を作らないように」という通達が出ていたが、サポーターとしての欠番や、移籍選手の背番号の空き番措置に対して各クラブチームの意思が強くなったために、2004年、原則として連番でなくてもよいと改正された。この改正により、選手個人としての永久欠番が認められるようになった。

チーム所在地順。

ザスパクサツ群馬
  • 31 - 奥野僚右 2005年
    選手兼任の初代監督としてチームをJリーグ昇格に導いた功績により、2005年に彼が付けていた31番を永久欠番に制定。
横浜F・マリノス
  • 3 - 松田直樹 2011年8月12日
    2010年まで在籍し、2011年はJFL・松本山雅FCに在籍したが、同年8月2日の練習中に急性心筋梗塞により倒れ同月4日に急逝。同月12日にJ1初の永久欠番に指定。F・マリノスはその理由について「(松田直樹選手の)横浜F・マリノス、日本代表、そして日本サッカー界への多大なる貢献への敬意と謝意、さらには松田直樹という偉大な選手への心からの追悼の証として、横浜F・マリノス在籍時に使用していた『3』を永久欠番とすることを決定した」と説明している[2]。なお2011年シーズン当初から3番は空き番号だった[3]
FC岐阜
  • 13 - 2011年
    ジュニアユースに所属していた選手であったが、2010年に遠征中に立ち寄った海水浴場で水難事故に遭い急逝。事故再発防止を誓う意味を込め、すべてのチームカテゴリーにおいて13を永久欠番とした[4][5]
ガイナーレ鳥取
  • 5 - 不明 2001年
    JFL加盟当初から永久欠番に指定しているが指定理由は公表されていない。これは(ガイナーレの)前身のクラブで現役中に亡くなった選手の着けていた番号であると思われる[6](選手名は不明)。
    ファミリーチームのSC鳥取ドリームスでも、同様に欠番だったが、2015年からこの番号をつける選手が登場している。
サガン鳥栖
  • 17 - 坂田道孝 2005年1月30日
    Jリーグ初の永久欠番。当時、佐賀大学教授で佐賀県サッカー協会理事長。1994年静岡県浜松市にあったPJMフューチャーズ佐賀県鳥栖市に誘致し、 鳥栖フューチャーズを発足させた。クラブチーム中興の祖であり、経営難による鳥栖フューチャーズ消滅後も、再設立活動に尽力し、チームを復活させた鳥栖最大の功労者。チームの再興を見届け、2000年1月7日逝去(命日1月7日にちなみ意志を受け継ぐという意味で17番を永久欠番に制定)。
    また、当時J2のベンチ登録選手が16人(2010年より18人に拡大)であることからサポーターをそれに次ぐ「17番目の選手」としてサポーターズナンバーも兼ねている。

失効・消滅となった永久欠番

アルテ高崎
  • 30 - 加藤康祐 2005年 - 2011年
    2005年2月、練習中に心室細動を起こし急逝。彼の功績を称えて彼が付けていた30番を永久欠番に指定。2011年にアルテ高崎が解散したため永久欠番も消滅した。
藤枝MYFC
  • 2 - 斉藤俊秀 2013年11月28日[7] - 2019年
    2009年の静岡県1部リーグ時代から選手兼監督としてチームを率いてJFL昇格に貢献、翌年創設されるJ3リーグ参入が決定した2013年をもって選手兼任監督を退いた際に制定。2020年、前年のJ3優勝争い(3位)をしたことを受け、J3優勝・J2昇格という次なるステージを本格的に捉え、日本サッカー・Jリーグの発展に貢献している斉藤の姿に刺激を受けつつ、尊敬の気持ちをクラブの原動力に変えて新たな歴史を築いていく決意のもとで再び選手の背負う番号として使用すると発表した[8]
    同年からは川島將が前年の22から変更する形で使用。

ヨーロッパサッカー界の永久欠番

イタリアサッカー界の永久欠番

ACミラン
インテルナツィオナーレ・ミラノ
SSCナポリ
アタランタBC
  • 14
    現役中に急死。付けていた背番号が欠番となった。
カリアリ・カルチョ
ブレシア・カルチョ
LRヴィチェンツァ・ヴィルトゥス
  • 3
    現役中に急死。付けていた背番号が欠番となった。
  • 25ピエルマリオ・モロジーニ
    2011年までチームに在籍しており、リヴォルノ移籍後の2012年に急死。ヴィチェンツァ時代に付けていた背番号が欠番となった。
ACキエーヴォ・ヴェローナ
SSローブル・シエーナ
  • 4
ボローニャFC
  • 27
    現役中に急死。付けていた背番号が欠番となった。
ジェノアCFC
パルマ・カルチョ1913
ACRメッシーナ
  • 41
ACFフィオレンティーナ
ASリヴォルノ・カルチョ
失効した永久欠番
ASローマ
ASリヴォルノ・カルチョ

イングランドサッカー界の永久欠番

マンチェスター・シティFC
チェルシーFC
ウェストハム・ユナイテッドFC
バーミンガム・シティFC
ハートリプール・ユナイテッドFC
  • 25
クイーンズ・パーク・レンジャーズFC
  • 31
ウィコム・ワンダラーズFC
  • 14

フランスサッカー界の永久欠番

スタッド・レンヌ
クレルモン・フット
  • 14
    現役中に急死。付けていた背番号が欠番となった。
CSスダン・アルデンヌ
RCランス
FCナント
  • 9エミリアーノ・サラ
    ナントからカーディフへ移籍する際、移籍先へ向かうはずの飛行機が墜落。2019年2月7日に死亡している状態で発見された[9]

ドイツサッカー界の永久欠番

SVヴァッカー・ブルクハウゼン
  • 11

オランダサッカー界の永久欠番

アヤックス・アムステルダム
FCユトレヒト

ベルギーサッカー界の永久欠番

クラブ・ブルッヘ

ポルトガルサッカー界の永久欠番

SLベンフィカ

スイスサッカー界の永久欠番

FCバーゼル
  • 2

ギリシャサッカー界の永久欠番

PAOKテッサロニキ
  • 17
    現役中に急死。付けていた背番号が欠番となった。

ポーランドサッカー界の永久欠番

レギア・ワルシャワ

ハンガリーサッカー界の永久欠番

フェレンツヴァーロシュTC
  • 2
ブダペスト・ホンヴェードFC

オーストリアサッカー界の永久欠番

SVリート
  • 27

ルーマニアサッカー界の永久欠番

FCディナモ・ブカレスト

チェコサッカー界の永久欠番

SKディナモ・チェスケー・ブジェヨヴィツェ

デンマークサッカー界の永久欠番

オールボーBK
  • 12
FCミディランド
  • 32
ネストヴェズBK
  • 7
  • 22
FCコペンハーゲン
  • 32

スウェーデンサッカー界の永久欠番

カルマルFF
  • 15
IFKノーショーピング
  • 18

ノルウェーサッカー界の永久欠番

フレドリクスタードFK
  • 8

ロシアサッカー界の永久欠番

PFC CSKAモスクワ

イスラエルサッカー界の永久欠番

  • 6

メキシコサッカー界の永久欠番

アトランテFC
  • 12
CFモンテレイ
CDグアダラハラ
  • 7

南米サッカー界の永久欠番

CDコブレロア(チリ)
  • 8
ウニベルシタリオ・デポルテス(ペルー)

アメリカサッカー界の永久欠番

ニューヨーク・コスモス

韓国サッカー界の永久欠番

釜山アイパーク
水原三星ブルーウィングス
  • 38

中国サッカー界の永久欠番

北京控股足球倶楽部

サウジアラビアサッカー界の永久欠番

アル・ナスル

バスケットボール界の永久欠番

アメリカンフットボール界の永久欠番

NFLの永久欠番

アメリカン・フットボール・カンファレンス(AFC)
ナショナル・フットボール・カンファレンス(NFC)

備考

アイスホッケー界の永久欠番

NHLの永久欠番

北米アイスホッケーリーグ(NHL)全球団

エドモントン・オイラーズ
オタワ・セネターズ
  • 8-
カルガリー・フレームス
  • 9-
  • 30-
カロライナ・ハリケーンズ
コロラド・アバランチ
シカゴ・ブラックホークス
セントルイス・ブルース
ダラス・スターズ
  • 7-
  • 8-
  • 19-
デトロイト・レッドウィングス
トロント・メープルリーフス
ニュージャージー・デビルス
  • 3-
  • 4-
ニューヨーク・アイランダース
ニューヨーク・レンジャース
バッファロー・セイバーズ
バンクーバー・カナックス
  • 12-
ピッツバーグ・ペンギンズ
フィラデルフィア・フライヤーズ
フェニックス・コヨーテズ
ボストン・ブルーインズ
モントリオール・カナディアンズ
ロサンゼルス・キングス
ワシントン・キャピタルズ
  • 5-
  • 7-
  • 32-

モータースポーツの永久欠番

F1世界選手権
フォーミュラ2
ロードレース世界選手権
ブリティッシュスーパーバイク選手権
チャンプカー
国際モータースポーツ協会
飯塚オートレース場

備考

  • ケビン・シュワンツはロードレース世界選手権500ccにおいて1988年から1995年までの8シーズンでGP通算25勝を記録し、1993年にはチャンピオンとなった。引退後、功績を称え、シュワンツが長年愛用したゼッケン番号34をMotoGPクラスにおける永久欠番とした。
  • 加藤大治郎は2003年4月6日鈴鹿サーキットにて開催された第1戦日本GP決勝レース中の事故で死亡。日本バイク界への多大なる功績を称え、愛用していたゼッケン番号74はMotogpクラスの永久欠番となった。74番は誕生日の7月4日に由来。
  • グレッグ・ムーアはCARTの最年少優勝記録を樹立するなど、下位カテゴリーを含め多くの最年少記録を塗り替え、若手の有望株として知られていた。しかし、1999年10月31日、最終戦フォンタナの決勝レース中に事故死。その死を悼み、愛用していた99番が永久欠番となったが、CARTの跡を継ぐ組織チャンプカー(CCWS)が2008年にインディカー(IRL)との再統合を果たしたのと同時にこの永久欠番制度も消滅した(CCWSとIRLの分裂時代、および統合以降のインディ500では、99番のマシンがエントリーしている)。
  • 中村政信はSGを二度制覇するなどオートレース西の横綱と称されファンからも愛されたが、1999年12月23日飯塚オート第11レースでの落車事故で死亡。その後、ファンからの強い要望もあり飯塚での練習番号71が永久欠番となった。
  • ジュール・ビアンキは、フェラーリの契約下でマルシャに所属し、2014年モナコグランプリで自身とチームの初ポイントを挙げるなど若手の有望株であったが、同年10月5日鈴鹿サーキットにて開催された第15戦日本GP決勝レース中での大事故で意識不明に陥り、翌2015年7月に死去。その死を悼み、折しも2014年に制定されたばかりのドライバー固定番号制のもとで、ビアンキが付けていた17番が永久欠番となった。F1で永久欠番が制定されるのは史上初めてである。
  • ニッキー・ヘイデンは2006年ロードレース世界選手権MotoGPクラスチャンピオン、28度の表彰台フィニッシュなど輝かしい成績を残してきたライダーだったが、2017年5月17日にイタリアのリミニ近郊で自転車でのトレーニング中に車と衝突、事故から5日後の5月22日に病院で死去した。
  • アントワーヌ・ユベールは2018年のGP3王者で、今年からFIA F2に参戦。ルノーの秘蔵っ子として将来を嘱望された若手だったが、第9戦スパ・フランコルシャンでのレース1でのレース中に、クラッシュに巻き込まれ死去。所属していたアーデンはユベールが付けていた「19」を永久欠番となった。

その他のスポーツにおける永久欠番

バレーボール

ダイエー・オレンジアタッカーズ(現久光製薬スプリングス)、アメリカ女子代表[要出典]
1986年1月の試合中に意識を失い急死。オレンジアタッカーズおよびアメリカ代表[要出典]それぞれの7番を永久欠番とする。ただしオレンジアタッカーズの永久欠番については久光製薬には引き継がれていない。
サントリーサンバーズ
チームの黄金時代に多大に貢献したジルソン・ベルナルドの功績を称えて永久欠番としており[11]、2014年10月現在Vリーグ唯一の永久欠番である。
韓国Vリーグ

ソフトボール

NPF

ハンドボール

東京学芸大学
  • 2-
    1972年11月6日にインカレの帰途、東名高速の事故で死亡。主将として1部昇格へ導くなど功績を称え、2番を永久欠番とする。
ハンガリー女子代表
  • 13-

自転車(ロードレース)

ジロ・デ・イタリア

その他転用

「永久欠番」という言葉は、その本来に意味合いにならったかたちで転用される事がある。

落語の名跡

落語などの伝統芸能では、功績が偉大だった者の名跡や、あるいは元々のジャンルでは軽い名跡であるが、別ジャンルへの移籍後に大きな功績を残した事により、襲う者がいない、名跡の管理を行っている者たちが触れたがらないなどの事情から、長年に渡り襲名が行われない名跡がある。これについて、「永久欠番の芸人」「永久欠番の名跡」などと評する事がある。 止め名の項も参照。

歌舞伎の掛け声

歌舞伎上演中に大向うが役者に掛ける「~屋っ!」「~代目っ!」といった掛け声のなかには、二つの歴代数が過去の特定の歌舞伎役者を指す語として歌舞伎の世界では定着している。

したがって、例えば当代の九代目市川團蔵六代目澤村田之助が舞台にのぼっても、これに「九代目っ!」「六代目っ!」といった掛け声を掛ることはまずない。
また上方落語界において「六代目」は六代目笑福亭松鶴のことを指すといわれており、2012年7月に6代目の桂文枝を襲名した桂三枝は、六代目松鶴に畏敬を込めて「目」を入れずに「六代桂文枝」を名乗る。

脚注

  1. ^ 理由はさまざま!サッカー界の「永久欠番」”. 2019年12月15日閲覧。
  2. ^ 松田直樹選手、横浜M時代の「3」が永久欠番に”. サンスポ (2011年8月12日). 2011年8月12日閲覧。
  3. ^ 松本山雅FCでも2013年まで空き番であったがこれについての公式発表はなかった。2014年よりF・マリノスで松田とプレー経験がある田中隼磨が着用。
  4. ^ 木村元彦「永久欠番 未来永劫FC岐阜とともに戦い、走り続ける背番号13」『フットボール批評』第11号、カンゼン、2016年6月、 70-73頁。
  5. ^ クラブとともに戦い、走り続ける背番号13――。FC岐阜の永久欠番 ジュニアサッカーを応援しよう!(2016年9月9日)、2017年9月1日閲覧。
  6. ^ J1横浜マ:急逝の松田直樹さんの背番号「3」永久欠番に”. 毎日jp (2011年8月12日). 2011年8月12日閲覧。
  7. ^ “齊藤俊秀監督兼選手 現役引退及び退団のお知らせ” (プレスリリース), 藤枝MYFC, (2013年11月28日), http://myfc.co.jp/?p=3728 2014年5月11日閲覧。 
  8. ^ “永久欠番としていた「背番号2番」について” (プレスリリース), 藤枝MYFC, (2020年3月6日), http://myfc.co.jp/news/20200306/1107707/ 2020年3月6日閲覧。 
  9. ^ ナント、サラ選手の背番号9を永久欠番に…「クラブに貢献しファンから愛された」”. スポーツニッポン (2019年2月9日). 2019年2月9日閲覧。
  10. ^ Greene, Nick (2014-11-07). “Who Had the First Jersey Number to Be Retired in Sports?”. Mental Floss. http://mentalfloss.com/article/59830/who-had-first-jersey-number-be-retired-sports 2017年10月28日閲覧。. 
  11. ^ サントリーサンバーズ. “メンバー”. 2012年7月20日閲覧。

関連項目

背番号

背番号(せばんごう)とは、スポーツ選手のユニフォームの背中に識別のためにつける番号のことである。

概要

団体競技の場合には、たいていのスポーツで背番号が与えられ、競技によっては背番号により大まかなポジションが推定可能である場合がある。

個人競技の場合には、ゴルフなど背番号とは無縁のものと、陸上競技などのように背番号(選手登録時に申告した番号または競技会主催者が用意したもの)が与えられるものがある。

背番号の文字には現代では、アラビア数字が使われるが、日本においては漢数字が使われた時代がある。競技によっては、特定の数字の使用を禁じるルールが採用される場合もある。

背番号は単なる数字ではなく、時に選手の象徴となり、しばしば思い入れや敬意の対象になる。プロスポーツにおいては、名選手を称えるためにその選手の背番号を永久欠番として使用を控える場合がある。また、永久欠番までには至らなくても、そのチームにおいて名誉ある背番号であるとされる場合もある。

陸上競技

陸上競技では、1人の選手が複数の種目に参加することもあり、他の選手と重複しない1つの番号を種目に関係なく使う。所属団体や参加する大会の単位で採番されるため、チームごとに採番される「背番号」とは位置づけが異なる。球技の場合における、協会や連盟から発行される登録者番号に等しいものと考えることができる。

地区レベルの大会では、選手が所属する地区の陸上競技協会へ選手登録(登記)する際に申告した番号を使用する。競技会では、番号を書いた布地(ゼッケン日本陸上競技連盟による正式名称は「ナンバーカード」。最近は後者で呼ぶことが普通)を服装の前面と背面に縫いつける。ただし、地域のシティマラソンや大規模な大会の場合は不織布でつくられたものを、その大会のみ使用することが多い。

競技会によっては、トラック競技の順位判定における番号確認を容易にするため、同一組の選手に1から順に番号を割り当てた通称「腰ゼッケン」をパンツの右側に付ける。ただし、リレー競技の場合はアンカーのみが使用。腰ゼッケンは大抵の場合、主催者によって用意される。

夏季オリンピック世界陸上選手権、全国規模の大会や冠スポンサーが付いた大会などでは、主催者によって用意された、冠スポンサー名・大会名入りナンバーカードを用いる。

番号は、登録者の数もあり3桁や4桁に及ぶ。また、球技のような永久欠番という概念はなく、特定の選手に暗黙で特定の番号が割り当てられるということもない。日本国内の競走では、車両ナンバープレートと同じフォントで表記される場合がある[1]

但し、通常の参加選手と、主催者による招待選手で、それぞれ異なる色のナンバーカードを用意する場合がある。この場合、招待選手は1から採番されることが多く、トップ選手や有名選手が1番を割り当てられることが多い。またナンバーカードは、例えば一般選手は白、招待選手は黄など、明確に識別できるようなカラーリングがされている。また、市民マラソンなどでは、招待選手に番号ではなく「氏名」が書かれたナンバーカードを着用させる場合もある。

野球

ソフトボール

ソフトボールでは、背番号(ユニフォームナンバー;UN)は1 - 99番までを使用しなければならない。ただし、監督は30番、コーチは31番と32番、主将は10番と定められている。

また、中学・高校での公式戦の場合、コーチ番号のうち、31番は教員、32番は外部指導者がつけるように定められているケースもある。

サッカー

ラグビー

ラグビーユニオンでは、一般的には、正選手には1 - 15番までが与えられ、その背番号がポジションを示す場合が多い。

現在ではフォワードからフルバックへと、1 - 15の順にナンバリングされているが、背番号がつけられるようになった当初は、1がフルバック、2 - 5スリークォーターバック67ハーフバック8 - 15がフォワードというように、今とは逆に番号がつけられていた。

背番号ポジション略号
1左プロップPR
2フッカーHO
3右プロップPR
4ロックLO
5
6フランカーFL
7
8NO.8NO.8
9スクラムハーフSH
10スタンドオフSO
11ウイングWTB
12センターCTB
13
14ウイングWTB
15フルバックFB
16 - 23控え選手-

一方、ラグビーリーグでは、今でもフルバックの方から番号がつけられている。フルバックが1バックス2 - 7、そしてフォワードが8 - 13までである。ただし、ラグビーリーグでは、近年では選手背番号固定制を採用するチームが増え、ポジションと背番号は必ずしも一致しなくなっている。

背番号ポジション略号
1フルバックFB
2右ウイングW
3センターC
4
5左ウイングW
6スタンドオフSO
7スクラムハーフSH
8左プロップPR
9フッカーHO
10右プロップPR
11第2列FWFL
12
13ロックLO
14 - 17控え選手-

バスケットボール

バスケットボールでは、各競技団体によって規定が異なる。

FIBAの国際ルールでは、1961年から、審判の3秒ルールに対するシグナルとの混同をさけるため、使用できる背番号は4 - 15番までとされていたが、2015年より0,00および1から99の番号が使用できるようになった。1桁数字に0を付けた01から09は使用できないが、0番と00番は同時に使用できる。ただし、大会主催者の決定によって使用する番号を制限することができる。

NBAでは、000) - 99番まで使用可能である。ただし、56以上の番号を使用するにはリーグの許可が必要であり、また同じチーム内に000番を着ける選手がいてはならないという条件がある。また、チームを移らずに背番号を変更する際は、同じチームで最低4年間は同じ背番号を着け、期限までにリーグに申請を行う必要がある。そして、新しい背番号は最低3年間着けなくてはならない。

アメリカの大学バスケットボールのNCAAでは、六進数の背番号が使用される。使える数字は 0 から 5 までの六種類で、0 から 55 までの三十六種類に、00 を合わせて計三十七種類が使用可能な番号である。六進数なので、数列は45101115202155 となる。

Bリーグでは、2桁の番号であればどの番号でも使用可能である。また、1桁の番号は0を前に付けることも可能である。

バスケットボールでも偉大な選手の背番号を永久欠番とする慣習がある。NBAで最も数が多いのはリーグ最多の優勝を誇るボストン・セルティックスで、現在21の背番号が永久欠番となっている。セルティックスの「18」はが着用していたが、永久欠番を辞退し、後にデイブ・コーウェンスが着用し永久欠番となった。2003年には、マイアミ・ヒートでプレーしていないにも関わらず、マイケル・ジョーダンの背番号「23」がヒートの永久欠番となった。球団によってはコーチ、オーナー、ファンの他、コーチに纏わる記録までも永久欠番に指定している場合がある。また、現役中に事故や病気で亡くなった選手の番号が永久欠番となる場合もある。日本でも2010年に日立サンロッカーズ菅裕一ライジング福岡川面剛が永久欠番に指定されたが、それらの永久欠番はともに「11」である。

背番号がある特定の選手と結びついて記憶されていることも多く、カリーム・アブドゥル=ジャバーの活躍以後は33番を着用する選手が増え、マイケル・ジョーダンの活躍以後は23番を着用する選手が増えた。特にジャバーの33番はバスケットボールのエースナンバー的扱いになり人気の背番号となった。その為、既に使用されていたり永久欠番になっていたりと使えない場合に前後の32番や34番を選ぶ例も多く(マジック・ジョンソンはレイカーズ入団時にジャバーが居たため32番を選択している)、そこから新しいエースナンバー的背番号が生まれている。また、尊敬する選手や親族と同じ番号を着用する選手もいる。

背番号尊敬対象選手着用選手
1アンファニー・ハーダウェイトレーシー・マグレディ
2ジェリー・ターカニアングレッグ・アンソニー、ラリー・ジョンソン、ステイシー・オーグモン
10ウォルター・ザービアックウォーリー・ザービアック
11アルビダス・サボニスジードルナス・イルガスカス
21マリック・シーリーケビン・ガーネット
23マイケル・ジョーダンレブロン・ジェームズなど
25ベン・ウィルソンデリック・ローズ
30デル・カリーステフィン・カリーセス・カリー
31レジー・ミラーショーン・マリオン
32マジック・ジョンソンジェイソン・キッドシャキール・オニールなど
33パトリック・ユーイングアロンゾ・モーニングなど
91デニス・ロッドマンロン・アーテスト

一般的には、ガードの選手は1番、3番など小さい数字を、パワーフォワードセンターなど背の高い選手は大きい数字を選択すると言われている。

アメリカンフットボール

アメリカンフットボールでは1915年からユニフォームに番号着用が義務付けられた。ポジションごとに選手の番号が規定されており、審判が各選手の不正な動きを判断する作業を助けている。番号はユニフォームの前と後ろに大きく、両肩やヘルメットにも書かれている。そのため、アメリカンフットボールでは、背番号ではなく番号と表現する。

NFL

NFLでは1952年に番号の割り当てがルールに規定され[2]1973年[3][4]および2004年[5]に改正された。

番号攻撃側守備側
0, 00着用不可
1 - 9クォーターバック、キッカー、パンターなし
10 - 19クォーターバック、キッカー、パンター、ワイドレシーバー
20 - 39ランニングバックディフェンシブバック(コーナーバック、セイフティ)
40 - 49ランニングバック、タイトエンド、Hバックラインバッカー、ディフェンシブバック(コーナーバック、セイフティ)
50 - 59オフェンシブライン(センター)ラインバッカー、ディフェンシブライン
60 - 79オフェンシブライン(タックル、ガード、およびセンター)ディフェンシブライン
80 - 89ワイドレシーバー、タイトエンドなし
90 - 99なしディフェンシブライン、ラインバッカー

番号は選手の登録上のポジションを基準に決められる。登録しているポジションとは異なるポジションでプレーすることは可能であり、1番をつけたQBがワイドレシーバーの位置につくことも可能である。 ただし、攻撃では「有資格の番号(1~49、80~89)」「無資格の番号(50~79、90~99)」の2種類の大別されており、この区分を越えるようなポジション変更は、プレー毎にプレー前にあらかじめ審判に報告しなければならない。

なお、プレシーズン中はチームはレギュラーシーズン中より多くの選手を抱えることがあるため、必ずしも上記ルールに従って番号を割り当てる必要はない。この場合、53名のロースターが確定した後に、上記ルールに従って再割り当てを行う必要がある。

ワイドレシーバーの番号

ワイドレシーバーの番号は1973年80 - 89と規定されたが[4]1996年80番台に空きがなくなったニューヨーク・ジェッツに入団したキーション・ジョンソンは、19番の使用を求め、彼の主張は認められた。その後、2004年、空きがあってもワイドレシーバーが10 - 19番を使用することを正式に認められた。

番号の割り当てをめぐるトラブル

  • 2006年ニューオーリンズ・セインツのランニングバック、レジー・ブッシュUSC時代に使用していた番号5の使用を認めるか、番号規定を変更するよう求めたが、NFL側は「1人の選手にだけ例外を認めることはできない」としてこれを却下し、チームは番号25を与えた[6]
  • シアトル・シーホークスに在籍したラインバッカー、ブライアン・ボズワースはオクラホマ大学時代に番号44を使用しており、プロ入り後の1987年のプレシーズンでも44で通した。彼は番号44の使用を求めてNFLに対して訴訟を起こしたが敗訴し、番号55に変更した。

NCAA

カレッジフットボールでは、より緩やかな番号割り当て制度が採用されている。ルールでは「無資格」ポジション(オフェンシブライン)の番号は50から79と規定されている。他にも攻撃側にはポジションごとの番号は規定されているが「強く推奨」であり義務ではない。また、守備側には規定がない。

アイスホッケー

アイスホッケーでは、1 - 99までの背番号の使用が認められる。

背番号選手の特徴
1, 30, 31, 33, 35ほとんどの場合、1番がGKの背番号となる。また30、31、33、35番もGKの背番号とされることが多い。
2 - 8DFである場合が多い。
9, 10, 11 -FWはほとんどの場合、9番や10番台の背番号をつけ、それよりも大きい数字の背番号をつけることも多い。また、9番はチームの主力FWの背番号となる場合が多い。
99“アイスホッケーの神様”ウェイン・グレツキーが現役時代につけていた背番号で、NHLでは全チームから永久欠番として扱われている。グレツキーのデビュー以前は30番より若い数字の背番号が主流となっていたがグレツキーの影響で大きい数字の背番号をつける選手が見られるようになった。

ハンドボール

ハンドボールのユニフォームには、背番号と胸番号の表示が義務付けられている。番号は1番から99番までが認められている[7]。サッカーと同様、ゴールキーパーが1番や12番、16番などを着用することが多いが、規則上の規定は無い。

ゴールキーパー以外のポジションに関しては、明確な統一性はみられない。交代が自由であることもあり、正ゴールキーパーが1番以外を着用するなど、主力選手が大きな背番号を着用する例も珍しくない。

バレーボール

ポジションごとの背番号は決まっていないが、以前はスタートポジションの後衛ライトから始まるサーブ順に、123456と背番号を振るのが一般的だった。そのため、4番は前衛のレフトに入る選手に割り当てられ、そこはエースが入るポジションでもあるため、4エースナンバーだった。中学、高校のバレーにはまだこの名残があり、4はチームの大黒柱という印象。また、1も伝統的にキャプテンが付ける番号のイメージが強い。[8]

国際的に使用できる番号は年々増え、1 - 18番(FIVBの公式大会では1 - 20[9][10])となったが、ワールドリーグでは2014年には22番の選手も、2015年には25番の選手も出場した。日本のVリーグでは、かつて000番を付けた選手(佐々木みき)がいた。

日本国内に関して、6人制・9人制で、数字の高さの指定が異なる[11]

脚注

[脚注の使い方]

関連項目


 

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