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⚾|ハマの番長「いずれ球場に来て」 故郷の奈良県橿原市民へ


写真 奈良県橿原市でウェブを使ってDeNAの三浦大輔新監督(画面)と対談する亀田忠彦市長=21日午前

ハマの番長「いずれ球場に来て」 故郷の奈良県橿原市民へ

 
内容をざっくり書くと
横浜スタジアム(横浜市)から参加した三浦監督は「(関西なので、市民には)某球団のファンが多いと思うが、一緒に野球界を盛り上げて」と話した。
 

「ハマの番長」の愛称で知られ、今シーズンからプロ野球の横浜DeNAベイスターズで1軍を率いる三浦大輔… →このまま続きを読む

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横浜スタジアム

横浜スタジアム(よこはまスタジアム)は、日本神奈川県横浜市中区横浜公園内にある野球場プロ野球セントラル・リーグに所属する横浜DeNAベイスターズの本拠地(専用球場)として使用されている。通称:「ハマスタ[注 1]。本項目では運営会社の株式会社横浜スタジアムについても述べる。

概要

1978年3月、老朽化した横浜公園平和野球場(よこはまこうえん・へいわやきゅうじょう、通称「平和球場」)の跡地に竣工。同年より、川崎球場(現:川崎富士見球技場)から移転した横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)の本拠地となったほか、神奈川大学野球連盟のリーグ戦や、全国高等学校野球選手権神奈川大会、横浜市長杯関東地区大学野球選手権大会明治神宮野球大会出場決定戦)、社会人野球等、アマチュア野球の会場としても用いられる他に、アメリカンフットボールの会場としてもしばしば利用されている。高校野球夏の大会では、開会式のほか1回戦から使用され、準々決勝以降は保土ケ谷球場[注 2]にかわりメインスタジアムとなる。

土地は国有地で[2]、施設は横浜市が所有し、市などの出資による第三セクター・株式会社横浜スタジアムが運営管理を行っている。どんぶりを傾けたような外観と、横浜のイニシャル“Y”を模した逆三角形の6基の照明塔が特徴である。2003年からロングパイル人工芝「フィールド・ターフ」を、日本の屋外球場では初めて[注 3]採用した。

1978年の落成時には日本のプロ野球本拠地球場の中で両翼までの距離が最も広い球場であったが、昭和時代の終わりから平成にかけて後楽園球場大阪スタヂアム藤井寺球場平和台野球場などが次々と廃止閉場されたり、東京ドーム福岡ドームの建設、広島市民球場の移転建て替え(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)や明治神宮野球場および阪神甲子園球場の大改修などが行われた結果、現在では逆に距離が最も狭い球場となっている。

管理・運用者

事業の内容

横浜市との間の公園施設の寄附に関する契約に基づき、横浜市よりスタジアム施設の使用許可および管理許可を受けて、職業野球興行、催し物開催のための施設の運営および賃貸、物品の賃貸、広告および放映放送契約、場内売店等の経営を行ない、これらの観客、利用者を対象に入場券、キャラクターグッズ等の販売およびその他のサービス業務の事業活動を展開している。

ディー・エヌ・エーによる運営会社の買収

ディー・エヌ・エーの連結子会社でもある株式会社横浜DeNAベイスターズが、友好的TOBを通じて、2015年11月からスタジアム運営会社(株式会社横浜スタジアム)の発行済み普通株を取得[3][4]。TOBの締め切り(2016年1月20日)までに、議決権所有割合の過半数(71.12%)に該当する普通株を、総額74億2500万円で取得した[5]。このため、運営会社は同月28日付で、横浜DeNAベイスターズの子会社(ディー・エヌ・エーの孫会社)に名義を変更[6]。ディー・エヌ・エーによる球団とスタジアムの一体運営体制へ移行した(詳細後述)。

運営会社では、DeNAに買収される前の2014年に、スタジアムの近隣で日本綿花の横浜支店や大蔵省関東財務局の横浜財務事務所などに使われていた建物(1928年竣工の横浜市指定有形文化財)の活用事業権を同市から取得。買収後の2017年3月から「THE BAYS」という複合施設として運営するとともに、DeNAの球団事務所を4階のフロアに入居させるなど、収益の拡大を図っている。

沿革

  • 1876年 - 外国人居留地の彼我公園(現 横浜公園)内に、クリケット場を開設。
  • 1899年 - 「横浜公園球場」を開設。
  • 1923年 - 関東大震災により、横浜公園球場が崩壊。
  • 1929年 - 横浜公園球場を再建。
  • 1945年 - 連合国軍最高司令官総司令部によって接収され「ルー・ゲーリック・メモリアル・スタジアム」に改称。
  • 1955年 - 接収が解除され、「横浜公園平和野球場」に改称。
  • 1977年2月 - 株式会社横浜スタジアム設立。
  • 1978年3月 - 横浜スタジアム竣工 施設を横浜市へ寄贈すると同時に興行使用権を取得。
  • 1978年3月 - 株式会社大洋球団(現:横浜DeNAベイスターズ)の専用球場となる。
  • 1979年3月 - 関連会社横浜球場商事株式会社設立 スタジアム商品、入場券等販売委託、酒類小売業経営(現・連結子会社)。
  • 1984年8月 - 屋内練習場竣工 施設を横浜市へ寄贈。
  • 1993年2月 - 関連会社スタジアム・エンタープライズ株式会社設立(現・連結子会社)。
  • 2015年11月 - 株式会社横浜DeNAベイスターズが、株式会社横浜スタジアムに対する友好的TOBを開始。
  • 2016年1月 - 友好的TOBの終了を機に、株式会社横浜スタジアムを、株式会社ディー・エヌ・エーの連結子会社に異動[6]

特徴

日本初の多目的スタジアム

内野スタンドの前段とピッチャーズマウンドは日本で初めて可動式を採用した。野球開催時(通常時)はグラウンドの形状が扇形になっているが、アメリカンフットボールなどの試合を開催する際は一塁側・三塁側の可動スタンドを移動させてグラウンド形状を長方形に変更することが可能であった[7]。マウンドは昇降式であり、野球以外のイベント開催時にはマウンドを降下させ、その上に骨組みを組み、さらに人工芝マットを敷くことでグラウンド全体を水平にすることができる。

可動スタンドや昇降式マウンドは、いずれもプロ野球以外の興行への使用を前提に設置されており、横浜スタジアムは日本で初めて設計段階から多目的スタジアムとして造られた建築物といえる。二塁ベース後方を中心として真円形に作られたフィールドなど、アメリカで1960年代から1970年代にかけて流行したアメフト兼用球場の影響が見てとれる。この設計思想は後のドーム球場等にも取り入れられた。また、日本のプロ用野球場としては初めて、建設時から全面人工芝グラウンドと電光掲示式スコアボード、および映像表示装置を設置している。

可動スタンドについては、2003年シーズンより導入した「フィールド・ターフ」のメンテナンス性を考慮して移動させることがなくなっていたが、2013年よりファウルゾーンに設置されたフィールドシート(エキサイトシート)の基礎工事を施したことにより、永久的に移動が不可能となった。最後に可動スタンドが移動したのは、2001年11月23日に開催された横浜ベイスターズと横浜F・マリノスとの合同ファン感謝イベントである。

横浜スタジアム建設前には大型の競技場やコンサートホールなどが存在せず、横浜市はスポーツイベントや音楽興行の分野では立ち遅れた都市であったが、横浜スタジアムの完成がこれらの解消にも大きく寄与した。長年にわたり横浜国際女子駅伝の発着会場となった[注 4]ほか、Jリーグ草創期にはグラウンドに天然芝のマットを敷いてプレシーズンマッチを開催したこともある。

コンサート会場としても数多く利用され、国内外の多数の有名アーティストが大規模なコンサートを行なってきた。国内人気ロックバンドであるTUBE1988年から1990年を除いて30年以上にわたり毎年8月、横浜スタジアムでライブを実施しており夏の風物詩となっているのをはじめ、そのほかの人気国内アーティストも毎年夏に1組程度[注 5]野外コンサートを開催している。加えて2006年から2009年2011年には横浜レゲエ祭も開催された。しかし、屋根がない横浜スタジアムは、天候によってイベント開催の可否が左右されやすく近隣への騒音問題もあり、また3万人収容という施設に応じた集客が難しいことから、横浜アリーナ横浜国際総合競技場が完成した1990年代以降、野球以外の大規模イベントで使用される機会は減少傾向にあるが2014年から2015年にかけてはSCRAP主催の体感型謎解きイベントであるリアル脱出ゲームの野外ツアーとして2014年は進撃の巨人とのコラボ『ある城塞都市からの脱出横浜公演』が、2015年はONE PIECEとのコラボ『頂上戦争からの脱出横浜公演』が開催され、リアル脱出ゲーム野外ツアー横浜公演の会場として利用された。

建蔽率の問題

建物の立体的な外観は、他の野球場に見られるような垂直的なそれではなく、スタンドの上辺が広く下辺が狭い逆円錐形をしている。これは都市公園法施行令第6条1項1号で定められている「都市公園内運動施設の建蔽率規制」によるもので、スタンドの下辺をもって建蔽率を計算する[注 6]ためのいわば苦肉の策であり、面積上の問題をクリアするために様々な特徴ある設計を行っている。

また、1990年代以降に建設されたいわゆる「国際規格」の野球場に比べ、収容観客数の少なさやグラウンド面積の狭さが指摘されて久しいが、法規上の制限ギリギリ[注 7]で設計されていることから、スタンドの増築を伴う観客席増設や、スタンドの構造変更を伴うグラウンド面積の拡張なども、法令の改正がなされない限り事実上不可能であったが、2012年の法改正に伴い建蔽率が12%まで緩和された[注 8]

以上の理由によりダッグアウト裏やグラウンド内に場所が確保できなかったため、ブルペンは外野スタンドの下に存在する。ブルペンは目隠し用のテントと侵入防止用の鉄柵を隔てただけで横浜公園に面しているので、リリーフ投手の投球を受ける捕球音やブルペン捕手の掛け声を球場外から聞くことができる。ダッグアウトとブルペンの間は連絡路がなく隔絶されているため、プロ・アマ問わずリリーフ投手は試合前からブルペンで待機するか、試合中の攻守交替時にファウルグラウンドを歩いてブルペンに向かわなければならない。

プロの試合における投手交代時は通常、リリーフカーを使用する。球場誕生時は日産自動車ブルーバード910型のオープンカー[注 9]を使い、その後は同社のBe-1エスカルゴトヨタ自動車のスポーツカー・MR-Sを経て、2017年シーズンからは日産・リーフを改造したものを使用している[注 10]

ブルペンを外野スタンド下に収める構造を採用した結果、横浜スタジアムの外野フェンスは高さがドーム球場並み[注 11]の5メートルに達した。このため、グラウンド内でバウンドした打球がフェンスを越えてエンタイトルツーベースに至ることはまずあり得ず、フェンスによじ登ってのフライ捕球もまず不可能である(内野エキサイティングシートのフェンスは低いため、こちらに入ってのエンタイトルツーベースは何度か起きている[注 12])。フェンスが高いものの外野スタンドの奥行きは狭いため、プロのパワーヒッターであれば場外ホームランを打つことも可能である[注 13]

この高いフェンスが災いしたか、2009年8月27日開催の横浜-阪神戦において泥酔した観客がライトスタンドから1メートルあるフェンスを乗り越えて5メートル下のグラウンドに転落したことで2日後に死亡する事故が発生している[8]

短所と長所

上述の通り、法規制クリアのための設計上の無理が少なからずあり、以下のようなしわ寄せが来ている。

  • 外野スタンドは傾斜が急なため、幼児・高齢者・下肢の不自由な者が観戦しづらい。
  • スコアボードが外野席最前列に設置されているため、外野席や内野席の一部には見づらい所や全く見えない所が存在する[注 14]
  • 他のプロ野球本拠地球場ではスコアボードの大型化などのグレードアップが行われているが、前述のように拡張工事が困難であるため既存サイズ内での改修にとどまる。
  • バックスクリーンが外野フェンスのすぐ後ろ(数十cmの段差があるだけ)でフェンス最上段に黄色い識別用ラインが引かれているものの、その段差部分に飛び込んだ打球の判別に困難な時がある。2009年中日ドラゴンズトニ・ブランコがここに当たる打球を放ったが、オーバーフェンスではないという判定になった。当時監督だった落合博満が「オーバーフェンスかどうかを識別しやすい構造に変えるべきだ」と報道陣にコメントしている。2010年シーズンからは段差部分に土嚢が置かれ、土嚢に当たったボールの跳ね返りでオーバーフェンスかどうかの判別をしやすいようにしている。
  • 内外野とも前後の座席間隔が狭いため、試合中の離席が困難である(一部エリアを除く)。
  • コンコースが狭いため売店やトイレが少なく、試合終了時に通路やゲートが非常に混雑する。

他にも観客の立場から見て不都合な点も多く、必ずしも快適に観戦できる球場とは言いがたい。

  • オープン当初はスコアボード後方の通路で左右の外野スタンドを連絡していたが、トラブル防止のために通路を閉鎖し完全に分断されたため、ライト側観客席とレフト側観客席間の移動は原則できない。ただしレフト側観客席の一部を「DB指定席」としてベイスターズファン用席とした場合は、レフト側観客席での観戦であっても入場ゲートはライト側となるため、レフト側観客席へ移動するために通路を利用することになる。
  • 両翼ポール際付近はスタンドのどの位置からも死角になりやすく、例えば一塁側内野席やライト側外野席に座ると、ライト線に打球が行った場合フェアかファウルかが判りづらく、フェアであっても外野手の打球処理が見えない。内野席の外野側の座席をバッテリー間に向けるとこの不具合は避けられないものであり、近年のプロ用の新球場ではこの不具合よりも座席の向きを優先している球場が多い。

その一方で、以下の点は他球場と比較して有利とされる。

ゲーリッグとルースのレリーフ

横浜スタジアムには、かつて外野レフトスタンドのポール際にベーブ・ルースのレリーフが、ライトスタンドのポール際にルー・ゲーリッグのレリーフがそれぞれ設置されていた。これは、後述の通りルースやゲーリッグというメジャーリーグベースボールの歴史に名を残すスターがこの地でプレーしたことを記念するものである。現在は場内の内野コンコース内で展示されている。

名球会入り選手のプレート設置

2006年からは、名球会入りしたホエールズ、ベイスターズの選手の名前を入れたボール模様のプレートをライト外野スタンドに設置し、その功績を称えている。当初は外野フェンスに設置されていたが、2012年シーズンよりリボンビジョンが導入されたのに伴い外野席上部へと移動された。

配置は右中間からライトポール際に向かって、以下の通り。

売店

売店は内野スタンド2階通路と外野スタンド1階に設置されている。内野スタンド一塁側にはサーティワン アイスクリームが、三塁側にはケンタッキーフライドチキンがあり、一・三塁側双方にドミノ・ピザがワゴン形式で出店している[注 15]。場内で販売されていた牛丼は2000年頃までは吉野家、2001年頃からはなか卯となっていたが、現在はいずれも撤退している。

スタジアム内で売られている「みかん氷」が名物となっている。かき氷の上に缶詰のみかんが乗り、その上に缶詰みかんのシロップをかけたもので、一杯350円。特に真夏のデーゲームや、高校野球神奈川大会の際には売り場に長蛇の列ができる。2009年までは1,3塁側の内野売店(2004年までは3塁側のみ)での販売であったが、2010年より外野席の売店でも販売するようになった。2007年からは1塁側のみだが、みかんの代わりに缶詰パイナップルとシロップを使った「パイナップル氷」が発売された。こちらも「みかん氷」同様、一杯350円。

「みかん氷」以外にも、スタジアムのオリジナルメニューが非常に豊富で、オリジナルビールの「ベイスターズエール」と「ベイスターズラガー」はお土産用の瓶入りも販売されており、ベイスターズの選手寮「青星寮」で選手が食べているカレー「青星寮カレー」はお土産用の缶詰が販売されている他、実際に横浜市内にある公立小学校の学校給食として出されたことがある。他にも「ベイカラ」「ベイメンチ」「ベイ餃子」などの新メニューも登場して人気を博している。

崎陽軒シウマイ弁当の掛紙は、横浜スタジアムオリジナルの物が使われている(ただし定価の800円より100円高い900円)。関内駅にある崎陽軒売店では、定価で売られているが掛紙は通常のものである。

内野席中程の3階には、2005年に既存のレストランを改修した「カフェ・ビクトリーコート」があり、店内にはホエールズおよびベイスターズの歴代のユニフォームや優勝ペナントが飾られている。

スタンドの傾斜が激しいこともあり、長年客席での生ビールタンクサーバー売りは実施されていなかったが、2013年シーズンよりタンク売りがスタートした。原則1杯700円。

場内のビール販売員が販売しているおつまみは、ちくわと地元の美濃屋あられ製造本舗の横濱ビア柿の2種類である。いずれも税込み200円。

場内の自販機及びワゴンで、ペットボトル飲料の販売が行われている(他球場では投げ込み防止の観点から、ペットボトルの持ち込み・販売を禁止しているところがほとんど)。

球場の歴史

建設に至る経緯

横浜スタジアムが建設される前、この地には1929年に落成した横浜公園平和野球場(通称:平和球場)が存在した。この平和球場は、戦前にはのちの日米野球の前身となる米大リーグ選抜対日本代表の親善試合が行われ、ベーブ・ルースルー・ゲーリッグといった当時のスター選手が訪れてプレーをしている。しかし太平洋戦争後、アメリカ軍による接収を経て横浜市に返還された後は老朽化が進行し、1970年代初頭にはスタンドが半分近く使用不可能な状況であった。

時を同じくして、当時神奈川県を保護地域としていた大洋ホエールズは、本拠地である川崎球場の集客力に限界を感じており、県内で最も知名度の高い都市である横浜市への移転を目論んでいた。そこで大洋球団は1972年11月22日、横浜市に対し「横浜平和球場が改築した折には、本拠地を川崎から移転したい」と申し入れを行い、当時横浜市長だった飛鳥田一雄の同意を得て覚書を取り交わした。

新球場建設

飛鳥田市長は、大洋の移転意思もあって新球場建設にはやぶさかでなかったが、折からの第一次オイルショックを受け横浜市の財政も逼迫しており、市が単独で建設の予算を捻出することは到底不可能な状況だった。また、当時はみなとみらい地区の造成もまだ構想段階であったうえ、市内には随所に返還の目処が立たないアメリカ軍接収地も点在しており、横浜公園以外で同等の交通アクセスを確保できるような土地はなかった。

従って、必然的に球場の建設イコール平和球場の建て替え、という図式へ流れていったが、平和球場を解体してプロ野球も開催可能な規模の球場を建設するには、公園内建築物の建ぺい率制限や、所管官庁である建設省との折衝、さらに神奈川県立武道館等、球場建設によって移転を迫られる横浜公園内施設の代替地問題など、資金面以外にもさまざまなハードルがあった。中でも、横浜公園内の米軍横浜チャペルセンターの立ち退きに際しては、日本国政府のほかに在日米軍との調整も必要であった。

着工へ

しかし、飛鳥田市長の斡旋により西武グループの総帥である堤義明国土計画社長が大洋球団の株式の一部保有(約45%)と建設資金3億円の融資を表明すると、建て替えの機運は急加速をはじめる。やがて飛鳥田らの奔走により資金以外の問題は順次クリアされ、堤による支援のほか市民からの株主も募り[注 16]1977年ついに第三セクター法人の運営会社「株式会社横浜スタジアム」が設立される。そして1977年4月1日、市の建替え計画に対し大蔵省の許可が下り、球場の建設が開始された。

通常、この規模の建築物であれば2年前後の工期がかかるが、横浜スタジアムは翌年のプロ野球開幕に間に合わせるため、平和球場の解体を含めて1年程度の非常に短い工期が組まれることとなる。このため着工当初は7社程度のゼネコンによる共同企業体であったが、工期の関係上最終的には11社に及ぶゼネコンが結集し、超突貫体制で建築作業が行われた。法律上、公有地に企業が運営する施設を設置することができないため、建設は横浜スタジアム社が行った上で、一旦横浜市に施設を無償譲渡する形を執り、運営を横浜スタジアム社が行うという形が取られた。なお平和球場解体の際、スコアボードは藤沢市八部野球場に移設され、その後10年ほど使われていた。

この間、大洋球団[注 17] は6月15日、横浜移転を前提として検討を進めている旨を発表。そして8月20日、翌1978年から横浜スタジアムを専用球場とすることを川崎市に正式に通達した。しかし、大洋側がそれまで川崎市側に対して配慮を行わず一方的に移転を伝えられたことに川崎市は猛反発。市内では「エントツだけのまちにしないで」とキャッチフレーズを銘打って移転反対を唱えるキャンペーンが行われ、当時の市の人口の約半分に当たる54万人分の署名を集める事態となった。

落成

建設工事は工期どおり無事に終了し、1978年3月31日、晴れて横浜スタジアムは完成。同年4月4日にこけら落しとなる横浜大洋ホエールズ(移転により改称)対読売ジャイアンツの公式第1回戦が行われ、前年新人王の斉藤明雄の力投により地元大洋が4-1で勝利して花を添えた。この試合の始球式は、前市長として建設に尽力した飛鳥田一雄(この時の地位は日本社会党委員長)が行っている。

ロッテ共用問題

横浜スタジアムの着工が正式に決定した頃、パシフィック・リーグロッテオリオンズは大洋に対し「横浜スタジアムをロッテも本拠地として共用し、年間40試合前後の公式戦を開催したい」と申し入れを行った。

ロッテは1972年オフに東京スタジアムが閉鎖され、1973年から宮城県仙台市宮城球場(現:楽天生命パーク宮城=東北楽天ゴールデンイーグルス本拠地)を暫定本拠地[注 18]としていた。しかし当時は東北新幹線は未開通で、航空機も現在ほど気軽に利用できる交通手段ではなかった時代であり、6球団中4球団(南海ホークス近鉄バファローズ阪急ブレーブスクラウンライターライオンズ)が西日本に本拠を置き、さらに各球団とも現在とは比較にならないほど観客動員数の低かった当時のパ・リーグではカードごとの長距離移動はロッテ、ビジターともに選手の肉体面や球団の経営上大きな負担であった。それゆえ、横浜スタジアムの建設はロッテにとってまさに渡りに舟の機会であった。

これに対し、横浜スタジアムの単独使用を前提としていた大洋は、共用によって日程上の制約を受けることを懸念して、ロッテの申し入れに難色を示した。このとき大洋は既に川崎市に対し正式な移転通告をしていたため、プロ野球興行がもたらす経済効果を得たい横浜市とそれを喪失したくない川崎市、全国2位の人口を抱える横浜で集客を伸ばしたい大洋、ロッテ両球団、以上4者の思惑が交錯し、マスコミ等世間も注目するなか[注 19]で竣工間近まで交渉が続いた。だが、すでに神奈川県における地域保護権を持つ大洋の優位は最後まで覆らず、ロッテの神奈川県への保護地域移転は認められたものの、横浜スタジアムは当初の予定通り大洋の専用球場となり、ロッテは川崎球場[注 20]に落ち着くこととなった。

本拠地問題が収束した後も、大洋が横浜移転発表前後に配慮を行わず紛糾を呼んだ経緯などから川崎市と大洋は半ば絶縁状態となった。このため、川崎球場での大洋の主催公式戦は横浜に移転した1978年に2試合行われたが[9]、翌1979年から1992年までは1試合も組まれず「横浜ベイスターズ」となった1993年8月6日に大洋時代を含め15年ぶりに主催公式戦(対阪神タイガース戦)が組まれたものの雨天中止となり[注 21]、これ以降も横浜の主催公式戦は1試合も行われることなく[注 22]、2000年に川崎球場の観客席は解体された。

オーナーズシート

球場の建設に際して、当時の神奈川県・横浜市はいずれも財政難にあえいでおり、直接公営(県営or市営)として運営するのではなく、横浜市を初めとした行政・法人・団体を中心とした第三セクターの運営会社「株式会社横浜スタジアム」を設立して、施設の建設をスタジアム運営会社が行った後、完成後に横浜市に寄贈。開場後は市からスタジアム運営会社が45年契約(1978年-2023年)で借りる、事実上の「公設民営」の形を取っている。この球場運営会社の出資にあたり、1株当たり500円×5000株=250万円を一口として、市民や法人・団体から株主を募集し、その特典として「オーナーズシート」の所有権利が贈呈された。

このオーナーズシートは、当球場で行われる公式戦・オープン戦の大洋(→横浜→DeNA)球団主管全試合(年60試合前後)を球場の賃貸契約期間満了までの45年間に渡り、無料で入場・観戦できるというもの。株式公開買い付けが行われた2015年12月時点ではその株主の総数は554の個人・法人・団体が株主登録されていたが、その半数弱は個人だった。なお球場の株式公開買い付けによりディー・エヌ・エーとDeNA球団が運営母体となってからも、引き続き運営会社の株式とは別契約となっているとする観点から、オーナーズシートは契約満了の2023年まで利用することができることになっている[10]

DeNAによる「コミュニティー・ボールパーク化構想」と運営会社の買収

当スタジアムでは、1978年の開場以降、株式会社横浜スタジアム(以降「運営会社」と略記)が場内での物販・広告収入や球場使用料の設定などに関する権利を保有。横浜大洋ホエールズ・横浜ベイスターズ・横浜DeNAベイスターズは、この条件の下で、スタジアムを本拠地として使用するための契約を運営会社との間で締結している。

2002年からTBSホールディングスが保有してきた横浜ベイスターズの経営権売却交渉(2010年)では、上記の契約によって球場使用料や広告・物販収入が球団側に入らない結果として、球団の経営を圧迫していることが一部の報道で判明した[11]2011年のプロ野球シーズン終了後にTBSからベイスターズの経営権を買収したディー・エヌ・エーでは、運営会社の発行済み株式の5.74%を保有するとともに、同社出身で球団オーナー(当時)の春田真2012年シーズンの開幕前に運営会社の鶴岡博社長と会談。他のNPB球団の本拠地球場に比べて高額とされる球場使用料を入場料収入の13%に引き下げることや、看板広告の新規スポンサー収入・場外常設店舗での物販収入を球団に入れることを条件に、7年間のスタジアム使用契約を締結した[12]

2015年には、ディー・エヌ・エーが3月期の決算において、ベイスターズに関連する野球事業で13億円の赤字を計上した。その一方で、同年のプロ野球シーズンには、当スタジアムでのベイスターズ主催公式戦で43回の満員(当時のシーズン最多記録)を達成。他球場の開催分を含めた主催公式戦の累計観客動員数は約181万3,800人で、経営権の買収前から1.7倍ほど増加した[13]ことから、前述した赤字の半減を見込んでいた[14]。7月には、2016年以降に内・外野グラウンドへ天然芝を敷設することを視野に球団と運営会社の関係者がMLB球団の本拠地球場を視察していたことが報じられた[15]

ディー・エヌ・エーでは、このような背景やスタジアムの「コミュニティー・ボールパーク化構想」の下に、野球事業での収入の増加などを狙って球団とスタジアムの一体運営を模索。2015年10月9日には、運営会社の発行済み株式の過半数を保有すべく、総額100億円規模の友好的TOBを実施することで同社との基本合意に至った[16][17]。同年11月24日からは、球団を通じて、運営会社への友好的TOBを実施[14]2016年1月20日の締め切り時点でディー・エヌ・エーが運営会社の発行済み株式の76.87%を所有したため、運営会社は同月28日付で、ディー・エヌ・エーの連結子会社(孫会社)に名義を変更した[6][18]

なお運営会社の名義変更後は、ディー・エヌ・エーによる球団とスタジアムの一体運営体制へ移行。球団が場内での物販・広告収入を直接確保できることによる球団経営の改善や、スタジアムの大規模な改修(2017年以降に計画されている天然芝の敷設・観客席の増設[19]など)に向けた意思決定の迅速化が見込まれている[20]。当時の球団社長だった池田純も、友好的TOBの成立を受けて、今後のスタジアムの運営計画を発表。「COLOR(色)」「ENTERTAINMENT(イベント・演出)」「SEAT(シート)」「HISTORY(歴史)」「BALL"PARK"(野球の公園)」「FOOD(食)」「GREEN(芝)」「BEYOND(超える)」「LANDSCAPE(景観)」というキーワードの下で、横浜市民に愛されるスタジアムを目指すことを明らかにした[5]。後にコミュニティー・ボールパーク化構想は2017年10月4日グッドデザイン賞を獲得した。

2020年東京オリンピックの開催に向けた改修

横浜スタジアムを2020年夏季東京オリンピック野球・ソフトボール競技の主会場に用いることが2016年に承認されたことを受けて、運営会社では2017年3月15日に85億円規模のスタジアム改修計画を横浜市に提出した。計画によれば、バックネット裏や一・三塁側に合計で約6,000席を増設。個室観覧席やデッキ席を新設するほか、エレベーターの台数を増やすなど、バリアフリーへの対応を進めるとされていた。

横浜市が管理する横浜公園内にスタジアムがあることから、横浜市が計画を承認したうえで、2017年プロ野球シーズン終了後の11月25日から改修工事に着手。プロ野球のオフシーズンを中心に工事を進めたことから、着工から3年後の2020年2月に完了した。この結果、スタジアムの収容人数は工事前の約2万9,000人からNPB公式戦の開催時に最大で34,046人まで対応できるようになった[21]。運営会社の代表取締役社長を務める藤井謙宗(肩書は当時)によれば、2018年末の時点では翌2019年のNPBレギュラーシーズンの開幕が懸念されるほど工事が予定より遅れていたが、2019年末からの工事で遅れを取り戻したという[22]

工事完了の翌月(2020年3月)には、7日(土曜日)のDeNA対福岡ソフトバンクホークス戦(13:00開始のデーゲーム)を皮切りに、オープン戦4試合で使用。当初は4試合ともスタンドを観客に有料で開放する予定だったが、2020年の初頭から横浜市をはじめ日本国内で新型コロナウイルスへの感染が広がっていることを踏まえて、全てのカードを無観客試合として開催[23]。さらに、夏季東京オリンピックの開催が翌2021年、3月20日に予定されていたNPBレギュラーシーズンの開幕が6月19日(いずれも金曜日)にまで延期された。実際には開幕直前の6月上旬に組まれた「練習試合」(無観客のデーゲーム7試合)でも当スタジアムを使用したが、NPBでは開幕後も7月9日(木曜日)まで、(他球場での開催分を含む)全ての一軍戦で観客の入場を認めていなかった。このため、DeNAでは7月17日の主催試合(巨人とのナイトゲーム)から、5,000名を上限にスタンドの有料開放を条件付きで開始。夏季東京オリンピックの開催を予定していた時期(7月23日 - 8月10日)には、当スタジアムでDeNAのホームゲームを7試合実施した(いずれも18:00開始のナイトゲーム)。さらに、NPBの球団が公式戦の主催時に開催球場で観衆の収容率を30 - 47%の範囲で独自に設定することを9月19日開催分の試合から認められたため、DeNAでは収容率を47%(上限1万6,000名)に設定。同日に開催された巨人とのデーゲームで、試合が終了してからスタンドのエリアごとに時間差で観衆を順番に退場させることを条件に、改修完了後初めて外野席を有料で一般に開放した[24]

当スタジアムが1978年の開場以来メインの開催球場として扱われてきた全国高等学校野球選手権神奈川大会については、開催期間の一部が東京オリンピックと重なる2020年のみ当スタジアムを使用せず、開会式・決勝・閉会式を保土ケ谷球場で実施することが内定していた[25]。しかし、実際には上記の事情に加えて、日本高等学校野球連盟第102回全国高等学校野球選手権大会と全ての地方大会を中止。これに対して、神奈川大会を主催する神奈川県高等学校野球連盟では、代替大会として8月1日 - 23日に「令和2年度神奈川県高等学校野球大会」を開催した(神奈川大会で予定されていた開会式と閉会式は実施せず)。当スタジアムでは大会期間中の一部をDeNA主催・18:00開始のナイトゲーム(8月4 - 6日:対中日戦、10 - 12日:対阪神戦、14 - 16日:対ヤクルト戦)に充てていたが、当初予定されていた選手権神奈川大会から一転して、代替大会では上記以外の日(1日など)に一部の試合で使用している。

なお、2020年10月30日から予定されているDeNA対阪神3連戦では、観客の新型コロナウイルス感染リスクに関する技術実証を実施。30日開催分で収容率の上限を80%、31日開催分で90%、11月1日開催分で100%(満員)に設定したうえで、スタンド内における観客のマスク着用状況を高精度カメラを通じて調査するとともに、マスク着用時の声援による飛沫の影響などスーパーコンピューターで分析した。また、QRコードや位置情報などを活用しながら、スタジアム内の共用施設や周辺の人の流れなどを把握。混雑を回避する観客の誘導も試みたほか、来場者の中から試合後にクラスター(感染者集団)が確認された場合には、入場時に接触確認アプリやLINEでの登録を済ませていた来場者にその旨を通知することになっていた。以上の実証は官民(日本政府、神奈川県、横浜市、ディー・エヌ・エー、LINE、NECKDDI)からの共同提案によるもので、東京オリンピックで当スタジアムが延期後も野球競技の会場に使われることを視野に、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策分科会で同月15日に了承された。政府は、実証の結果を基に、他球場や野球以外の大規模イベント会場における入場制限緩和の可否や条件を検討する予定[26][27]。もっとも、実際の入場者数は10月30日が1万6,594名(定員3万2,402名の約51%)[28]、31日が2万4,537名(約76%)[29]、11月1日が2万7,850名(約86%)で、3日間とも収容率の上限に達しなかった[30]

建設後の主な改修

横浜スタジアムでは、完成から現在に至るまで改修工事を繰り返すことによって多くの改装が為されている。

  • 1978年 シーズン途中、ダグアウト前にフェンスを設置。
  • 1989年 スコアボード大規模改修(2代目)。選手名・得点表示部は、選手名・回数ごとに分割して表示部が設けられていたが、全面連結表示になり、光源も電球からLED(発光ダイオード)となった。映像表示部は動画も橙単色で写していたが、フルカラーブラウン管式のものに改められた。
  • 1998年 内野人工芝張替え。
  • 1999年 スコアボード大規模改修(3代目)。選手名・得点表示部分を橙単色LEDから3色(赤・緑・橙)LEDに変更。映像表示部も解像度の高いフルカラーLED画面(東芝ライテック製:スーパーカラービジョン)に交換。外野席をベンチシートから背もたれ付コンパートメントシートに換装。全席禁煙化。また開場以来のメインスポンサーであった日産自動車が経営不振により撤退し、トヨタ自動車が日産に替わってメインスポンサーとなった。これによりスコアボード上端の広告が日産からトヨタのものに変更され、リリーフカーも日産車(最後はエスカルゴの改造車)からトヨタ車に変更されている(いずれも2016年シーズンまで)。
  • 2001年 外野人工芝張替え。
  • 2002年 ベイスターズの親会社がTBSになったことに伴い、スコアボード左右下端のスピーカー部分にTBSの広告を掲示。2010年シーズンまではTBS関係の掲示であったが、2011年シーズンからJ:COMの掲示へと変更された。
  • 2003年 内外野人工芝を「限りなく天然芝に近い感触」とされる「フィールド・ターフ」に総張り替え。これを機に、メジャーリーグ球場やサッカー競技場等の天然芝に似せたストライプ状着色が施された。これにより内野(1・3塁側)にある可動式座席は事実上ダイヤモンド型(バックネットから見て逆台形)に固定されることになった。
  • 2005年 内野スタンドからバックネット以外のフェンスを撤去。開設時からライトスタンド中段に設置されていた電子オルガンブース(詳細後述)も撤去され、ライトスタンドの席数が若干増えた。レストランやトイレ等、コンコース内の施設を改修。
  • 2006年 外野フェンスラバークッションの高さをフェンス上端までかさ上げし、クッション厚も変更。ブルペンのマウンド数を一塁側・三塁側とも2箇所から3箇所へ増設。バックネットに1980年代前半から設置されていた回転式広告[注 23]を撤去し、新たに広告表示用のLED画面(ファンケル化粧品協賛の広告を掲示)を設置。
  • 2007年 バックネット裏[注 24]の座席を従来のオレンジ色のシートからベイスターズのチームカラーでもあるブルーのシートに変更。シートも跳ね上げ式になり、座席幅・間隔も10cm近く拡張される。その分座席数は2,000ほど削減されることになった。削減分は内野席最上段に立ち見スペースを設けることで、30,000人の収容能力を維持している。また従来はスコアボード下のみにあったスピーカー設備を内野照明灯(4カ所8個)下にも設置した。
  • 2010年 スコアボード・サブスコアボード改修。カウントのSBO表示をBSO表示に変更(後述)。
  • 2011年 フィールドターフを内外野総張り替え(着色等の意匠は変更なし)。新シート設置[31]
  • 2012年 飲食店、ロッカールームを改装し、球場外に球団グッズ店を建設[32]。外野フェンス上部にヒビノ製のリボンビジョン新設。
  • 2013年 座席を改修。ファウルゾーンにせり出す形で「エキサイティング・シート」(178席×2。なお1塁側<DeNA側>についてはセブンイレブンジャパンと命名権を締結し「セブンイレブンエキサイティングシート」と銘打たれている[33])を、内野席を改修して「ツインシート・トリプルシート」を合わせて512席、ボックスシートを336席設置。バックネット裏グラウンドレベルにも個室観戦ルーム「YOKOHAMA BAY LOUNGE」5室を設置し、これに伴い従来存在していた記者席・放送席をバックネット裏後スタンド最上段に移転させた[34]。選手ロッカーを全面改修[35]
  • 2015年 「ベースボールモニターBOXシート」(バックネット裏最上段。グラウンドの試合を見ながら、球団公式のライブ中継映像だけでなく、リプレイ映像やハイライト映像などを、ソニー製タブレットモニターで見ることができるもの)「リビングBOXシート」(3塁側のバックネット寄り最上段 リビング部屋風のボックス席で試合観戦を楽しむもの)「プレミアムテラス」(3塁側スタンド最上段。パーティー気分で試合を楽しんでもらう座席で、家族・親戚や、会社の小規模の宴会など、1組10名まで観戦できるもの)「スカイバーカウンター」(3塁側からバックネット寄りにかかる最上段。スポーツバー風のカウンター席で、飲食を楽しみながら試合を楽しんでもらい、横浜公園付近の眺めも楽しんでもらう大人のスポーツバー)の4つのスペシャルシートと、正面エントランス付近の「オフィシャルショップ」のリニューアルを実施[36]
    ナイター用の照明設備を従来のメタルハライドランプから高出力LEDに交換[37]。日本の野球スタジアムでナイター照明をLED化するのは同年に実施するヤフオクドームと同時期で、非ドーム球場(屋外型球場)では日本初となる。(横浜は岩崎電気社製を使用、福岡はコイト電工社製)
  • 2016年 上記のディー・エヌ・エー、並びにDeNA球団による運営会社の買収に伴う「コミュニティー・ボールパーク計画」構想に沿って、以下のような計画が発表された。
  1. スタンドの座席配色を統一:これまで統一されていなかったスタンドの座席配色を、チームカラーの「横浜ブルー」に塗り替える。2018年シーズン開幕前に統一化が完了した。
  2. 内野席の名称を、1塁側は「BAY SIDE」に、3塁側は「STAR SIDE」にそれぞれ変更:「1塁側が主管チーム(DeNA)、3塁側がビジターチーム」という規定概念をなくして「球場全体が一体となってプロ野球を楽しんでもらいたい」とする趣向で取り組むという。
  3. ベイスターズ専用応援団席の増築:3塁側・STAR SIDEの一部にベイスターズ応援団専用エリアを拡大させる。「ホーム・ビジターの色分けをなくしたスタジアムで、これまで以上にファンや街(地域)の皆さんが集まっていただける環境づくりをするため」と考えているという[38]
  • 2017年 1998年以来19年ぶりに日産がトヨタに代わってメインスポンサーへ復帰。これによりスコアボード上端の広告がトヨタから日産のものに変更されたほか、外野スタンド側の2つの照明塔に日産の広告が新設[注 25]され、リリーフカーも日産車(リーフの改造車)に変更された。また「ベースボールモニターBOXシート」の協賛スポンサーにJ:COMが付いたことに伴い、名称が「J:COMモニターBOXシート」に改称。シーズン終了後の改修工事で、1塁側の階段の一部とスタジアムの正面を支える人工地盤をいったん解体したうえで、内野スタンドの外周部分の人工地盤上(地上6m)に「Yデッキ」と称する通路を新設した。「Yデッキ」は、DeNA主催試合の開催日のみ通行規制を設けながら場内の通路として使用。それ以外の日には横浜公園内の無料通路として自由に通行できるように設計されている。
  • 2018年 人工芝を東京ドームやヤフオクドームと同じ「フィールドターフクラシックHD」に全面張り替え。ダグアウトおよびカメラマン席を拡張。ダグアウトは最前列にハイチェアを新たに設置した[39]。この他、リリーフカー「リーフ」が、市販モデルのフルモデルチェンジに伴い新型ベースの車両に変更されている。
  • 2019年 「コミュニティボールパーク化構想」に沿った改修工事によって、スタンドが増設された。いずれも当面はプロ野球の試合開催日のみスタンド内の座席やエリアを開放する。
  1. 外野スタンド改修の一環で「BAY SIDE」から従来のライトスタンドにわたるエリアの上段にスタンドを増設。増設したスタンド内の座席(3,564席)を、3月のベイスターズ主催オープン戦から「ウィング席」として運用する[40]とともに、スタンドの3階に「BAYSIDE ALLEY(ベイサイド・アレイ)」(球団オリジナルの飲食物を提供するフードエリア)を開設した[41]
  2. バックネット裏に、屋上付きの4階建てスタンドを新設。3・4階に設けられた「STAR SUITE」(スタースイート:観覧席とバルコニーを備えた個室で合計30席を設置)では、試合開催日に「横浜ベイシェラトン ホテル&タワーズ」のスタッフが観覧客に飲食などのサービスを提供する。同ホテルのスタッフがホテル以外の施設でサービスを定期的に提供する事例は「STAR SUITE」が初めてである。さらに、日産自動車が「STAR SUITE」の冠スポンサーに付いたことから、同席を「NISSAN STAR SUITE」と呼称[42]。NPBレギュラーシーズン中の5月には、地上31mの場所にある屋上にも「ベイディスカバリーBOXシート」を設置した。
  • 2020年 「STAR SIDE」から従来のレフトスタンドにわたるエリアの上段にも「ウィング席」(2,812席)を新設したことによって、「コミュニティボールパーク化構想」に沿った増席工事を完了。この結果、収容人数が開場後最多の34,046人にまで増加した。また「ベイディスカバリーBOXシート」のテーブルに、バーベキュー用の電気式ホットプレートを設置。このシートでDeNAの主催公式戦・(2021年以降の)主催オープン戦を観戦するグループを対象に「バーベキューセット」(観戦しながらバーベキューを楽しめる飲食サービス)の提供を開始する[43]。さらに「Yデッキ」を外野スタンドの外周部分の人工地盤上にも拡大したことによって、「Yデッキ」の総延長距離を従来の2倍強(600m)にまで延長。DeNA主催試合の開催日には、入場した観客が「Yデッキ」で場内を一周できるようになった[44]

スコアボードの改修

スコアボードは開場当時は後楽園球場に次いで日本で2番目の全面電光掲示であった。電球を使用していた初代(1988年まで)のレイアウトは川崎球場に似たタイプで、左上がスコア、右上が映像表示部(橙単色)、左右下をメンバー表示にあて、中心に大時計・カウント・審判名を表示した。最上部は左に「YOKOHAMA」、右に「STADIUM」の表記が入る。得点は1回-延長10回までのスコアを表示し、11回からは改めて表示をクリアして1回のところから表示し直す方式だった。選手表記は指名打者にも対応できるように10人分(他にチーム名表記のパネルもある)表記できていたが、10人目の分(右端)については、オープン戦やアマチュア野球(社会人、大学野球など)、ソフトボールなど限られた機会しか使われていなかった。

1989年の改修で橙単色LEDが使用された2代目は、延長戦の場合はそれが行われるイニング分左にスライドしていく形(例えば延長10回が行われる場合、1回のスコアが消去され2回〜10回のスコアが表示される)だった。スコア上部には試合の経過時間[注 26]2008年以後、スピードアップ作戦のための奨励〔イニングス交代は2分15秒、投手交代を伴うものは2分45秒以内に再開させる〕により、インターバル時間も表示)が出されている[注 27]

1999年の改修では映像部に東芝スーパーカラービジョンが採用されてカラー化(3代目)された。イニングスコアは再び10回まで表示され、11回以後は改めて表示をクリアし、対戦チームの横に10回までのスコア、そしてその右隣に11回〜18回のスコアを表示できるようにしている。2010年には球審のカウントコールの順番が変更された(国際慣習準拠)ことに伴い、ボールカウント表示を「ストライク・ボール」から「ボール・ストライク」の順に変更。日本のプロ野球本拠地では初である。

2012年シーズン終了後にスコアボードを全面映像表示式(4代目、メーカーは非公表だがソニービジネスソリューションがシステムソリューションを担当)へ改修[32]。大時計・カウントは下部広告部両端に移動し、ビジョンは国内の野球場のものとしては最も細かくなる(当時)15.88mmピッチの映像素子を使用する[45]。これまでは縦書き・横スクロールだったメンバー表示が両サイドの横書き・縦スクロールになり、スコア表示は中央下部(基本9回まで。延長の場合はプロの場合は10回の横に追加して12回まで書き込むが、アマチュアは改めて1回の箇所から書き直し)に移動となった。プロ野球開催時の表示の背景色もチームカラーのマリンブルーとなった。

2015年からは残塁数(LOB)も失策数の横に表示するようになった。また指名打者に対応できるよう、出場者の欄は10人分まで記載できるようになっている。ただしセ・リーグ主催試合では指名打者が使われない(2014年のセ・パ交流戦を除く)ため、9番打者の下のスペースは2016年まで空欄だったが2017年から2019年までは広告が掲載されていた(現在は再び空欄に戻っている)。


エピソード

  • 開場当初の横浜大洋ホエールズ主催公式戦では、同球団の選手が打席へ登場した場合や、選手を交代した場合(投手の投球練習中など)や、イニングの変わり目にビクトロン(当時日本ビクターが製造・発売していた電子オルガン)の奏者が楽曲(開場前年・大洋ホエールズ最終年の1977年に球団歌として発表された「行くぞ大洋」など)を演奏。スタジアムの名物となっていた。
    • ビクトロンが設置されていたのは、ヘルメット型の屋根に覆われたガラス張りの演奏室(通称「ビクトロン・カプセル」)で、開場当初はレフトスタンドの中段に配置。後にライトスタンドの中段(いずれもバックスクリーンの近辺)へ移されたが、横浜時代の2002年頃から使用されなくなったあげく、2005年オフシーズンのスタジアム改修工事でカプセルごと撤去された。
    • ビクトロンの奏者は横浜大洋球団のオーディションによる採用で、公式戦の開催期間中に数名が日替わりで演奏。また、開場当初のフェンスには「ビクター ビクトロン」名義の広告も掲示されていた。
    • チーム名が横浜DeNAベイスターズへ変更された後も、横浜大洋ホエールズの復刻イベント(レジェンドマッチなど)を開催する場合に、上記の演出を施すことがある。ただし、ビクトロンの生産は1991年に終了したため、楽曲の演奏では他の電子オルガンをネット裏の放送室で使用している。
  • ジェット風船を使った応援は、横浜市のポイ捨て・喫煙禁止条例抵触と試合進行妨害近隣を走るJR根岸線への影響[注 28]を理由に2012年まで通常時は禁止していた。1995年のオールスターゲームのみ特別に許可され、チームカラーの1つである黄色い風船で埋め尽くされた。2012年にはジェット風船の代用としてシャボン玉を使用した応援が行なわれていた。2013年から「スタージェット」(球場外へ飛び出す可能性が低く、球場周辺の公園の環境面や、近くを走る電車への影響という安全面でも優れた風船)のみ使用可能となった[46]。また、TUBEのライブでもアンコール演奏開始時に飛ばされるのが恒例となっているが、新型インフルエンザなどの流行時には使用自粛が呼びかけられたこともあった。
  • かつてバックネット裏にあった各社の放送席は、グラウンド側には格子があるもののガラス窓がないことから、場内の音が入りやすかった。
  • バックスクリーンが肌色と相対色である青色であるため、投手のリリースポイントが見やすい。球場の狭さも相まって、当球場での試合は乱打戦になる傾向がある。
  • 開場から2016年シーズンまでの横浜大洋→横浜→DeNA主催試合では、当該球団の選手が本塁打を放つたびに、"Good-bye Baseball!"(「入った! ホームラン!」を意味する英語)のアナウンスと共に船の汽笛の音源を流す演出が為されていた。2017年シーズン以降のDeNA主催試合では、バックスクリーン付近から花火を打ち上げる演出に変更されている。
  • 時々グラウンドに鳥やネコが入り込んで試合が中断することがある。2015年にはシーズン初頭に何度もネコが内野グラウンドに入り込んで試合が中断、2017年4月13日の対阪神戦でも、ネコがグラウンド上を走り去った影響で中断した[47]。過去には、雨天時に外野グラウンドにカエルが入り込んだことがある。
  • 3塁側内野スタンドの1階部分には剣道場(剣道横浜公武館)が入居している。
  • 1990年代初頭まではファウルポールに広告が掲載されていた他、内野席の椅子の背もたれにも広告ステッカーが貼られていた。
  • NPB他球団の本拠地球場に先駆けて、オープン戦や公式戦を開催する場合には、ビジターチームの選手やファンへの配慮が為されている。
    • ビジターチームが勝利した場合にも、当該チームの選手に対するヒーローインタビューを試合後に実施している。
    • 2013年以降のDeNA主催試合では、ビジターチームが7回表の攻撃を迎える前に、そのチームの球団歌を収録した音源を場内に流している。当初は巨人・阪神の球団歌を除外していたが、2017年から阪神の球団歌、2018年から巨人の球団歌も流すようになった。
  • 2013年からDeNA攻撃時は常時スタジアムDJが場内放送を担当するようになった(以前からも土日の試合を中心にスタジアムDJが担当することもあった)。
  • 開場以来内外野のスタンドに自由席のエリアを設けていたが、外野スタンドでは2013年から全ての座席を指定席化[48]。内野スタンドの自由席を廃止した2014年以降は、場内スタンドの全座席が指定席になっている。
  • 2015年6月3日の横浜DeNAベイスターズ対福岡ソフトバンクホークス戦では、6回表にソフトバンクの柳田悠岐がDeNAの三浦大輔から放った打球が、スコアボード上のスクリーン(ホームチーム3番打者のポジション表示部の右横付近)に組み込まれた30cm四方の液晶パネル1枚を直撃(記録はソロ本塁打)[49]。その影響でパネルが変形した。変形したパネルは、試合後の交換作業で取り外された後に、期間限定でソフトバンクの本拠地・福岡ヤフオク!ドームに展示された[50]
  • 2019年6月7日に行われた、セ・パ交流戦のDeNA対埼玉西武ライオンズ戦で、6回表に、西武・金子侑司の放ったライトポール際への飛球が、フェアゾーン内のフェンスの最上部に当たってからファウルゾーンのスタンドに入った。一塁の塁審はこの飛球を一旦本塁打と判定。しかし、打球が直接ポールに当たったのか、あるいはフェンス最上部に当たった打球がフェアエリア、ファウルエリアのどちらの客席に入ったのかが肉眼ではほぼ判断できない状況であったため、審判団はリプレー映像による検証を行った。数分間に及ぶ検証の結果、審判団は「フェアゾーン上のフェンス上部に当たったボールがファウルゾーンのスタンドへ跳ねた」と判定を変更。エンタイトル二塁打となった[51]。ちなみに、打球が直接ポールに当たるか、フェアゾーン内のフェンスの最上部に当たってからフェアゾーンのスタンドに入っていれば、判定通り本塁打だった。
    • 横浜スタジアムでは2013年からフィールドシートを設置しているが、2017年までは防球ネットを設けていなかった。そのため、ファウルライン付近のフェアゾーンで跳ねた打球がフィールドシートに入ることによってエンタイトル二塁打と判定される事例が稀にあったが、防球ネットが設置された2018年以降は、その可能性は極めて低くなっており、金子のエンタイトル二塁打はかなり珍しいケースとなった。なお、横浜スタジアムスポーツ以外のイベントで使用する場合には、防球ネットを一時的に取り外している。
  • 2018年シーズン終了時点で、NPB12球団の本拠地球場としては唯一、クライマックスシリーズを本拠地球団のホームゲームとして開催したことがなかった[52]。レギュラーシーズンを2位で終えた2019年に、同シリーズ史上初めて3位球団(阪神)とのファーストステージをDeNAのホームゲームとして開催している。
  • 2019年のDeNA主催公式戦では、外国人選手の放った打球(記録上はいずれも本塁打)がスコアボードを直撃する事態が、2度にわたって発生した。
    • 8月10日の対中日ドラゴンズ戦では、4回表に中日のダヤン・ビシエドがDeNAの石田健大から放った打球が、スコアボード上のスクリーン(ビジターチームの横にある広告スペース)に組み込まれた液晶パネルに直撃。その影響でパネルが変形した。
    • 9月11日の対巨人戦では、2回裏にDeNAのネフタリ・ソトが巨人の桜井俊貴から放った打球が、7回裏のスコアを表示するスペースを直撃。当該スペースは2回裏が終了するまで表示ができなくなったものの、実際には裏側の配線が外れただけで、4回表から復旧した[53][54]
  • バックネット裏のスタンドの最上段には、ニッポン放送が横浜ベイスターズの本拠地時代に小さなプレハブ小屋(同球団主催試合ラジオ中継用のサブ放送席)を設置。2013年の改修工事では、(他局を含む)ラジオ中継用のブースが、バックネット裏のグラウンドレベルから最上段に移された。もっとも、2018年までは、このスペースと1階(グラウンド)の間の移動に利用できる手段が階段しかなかった。階段は合計130段で、スタンドの急な勾配に合わせて設けられているため、ラジオ中継の関係者はグラウンドから中継ブースへの移動を「山登り」と称していた。2018年末の改修工事では、1階とスタンド最上段を直結するエレベーターを新設することによって、移動の簡便化を図っている[55]
  • 2020年のNPBレギュラーシーズン開幕当初は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、DeNAのホームゲームが6月28日の対阪神戦(ナイトゲーム)まで無観客で9試合(3カード)開催されていた。DeNA球団ではホームゲームを盛り上げるために、ファンから顔写真と直筆のメッセージを募集。ホームゲームを開催するたびに、顔写真とメッセージを入れた応援パネルを、内野席におよそ5,000枚設置していた[56]。さらに、上記の影響でセ・パ交流戦が中止されたことを背景に、広島との開幕カード(6月19 - 21日)では「おうちで交流!OB解説つき!オンラインハマスタ」(交流戦の冠スポンサーである日本生命との共同企画)を開催。Zoom (アプリケーション)を通じて有料のオンラインイベントへ参加していたDeNAファンから希望者を募ったうえで、試合前や7回表の終了後に、該当者のライブ動画をスコアボードのメインビジョンへランダムに映し出す企画も実施していた[57]。花火を打ち上げる演出については、打ち上げ場所を無人のスタンドへ変更したうえで、この期間にも続けられていた。

これまでに起きた新球場建設の動き

近年は横浜スタジアムに替わる新球場建設の動きも見られた[注 29]

新鶴見操車場跡地の利用

1990年代の初めには近郊の新鶴見操車場跡に新球場を建設することを目指し入札手続の準備を進めたが、入札に参加しなかったためそれが頓挫したこともあったといわれている。

横浜ドーム構想

横浜ベイスターズ(横浜大洋ホエールズ)が、この球場を本拠地としてから初めて本格的な優勝争いに加わった1997年から優勝した1998年にかけて、横浜スタジアムの来場者数は劇的に増加した。特に1998年はゴールデンウィーク以降、どの対戦カードも公式発表で2万人を超える入場があり、当日券発売なしの試合も珍しくなかった。このため、チケットを買いそびれたファンからは横浜スタジアムの収容観客数の少なさが叫ばれ[注 30]、入場できたファンからも施設内の狭さに対する不満が続出した。これに乗じた高秀秀信横浜市長(当時)は、みなとみらい地区60・61街区)に多目的ドームを前提とした新球場建設を提案し[注 31]、横浜商工会議所等の地元経済団体も呼応する動きを見られた。

しかし、大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)など他都市で多目的ドームの経営失敗例が生じたことや、横浜アリーナ等の既存施設と使用目的が競合することなどから、それ以上の具体的な進展は見られなかった[注 32]。加えて、2000年代に入るとベイスターズの成績がふたたび低迷し観客数も減少。さらに、主唱者であった高秀が2002年市長選に敗れて退陣し、新市長に就任した中田宏によって横浜市が不要不急な公共事業を凍結する政策に転換した[注 33]こともあり、新球場構想は頓挫した。

その後、高秀の構想によって新球場建設予定地と目されていた西区みなとみらい6丁目(みなとみらい地区60・61街区)の広大な空き地は、日産自動車との定期借地によりJリーグ横浜F・マリノスの練習場・クラブハウス(マリノスタウン)、ならびに横浜市の横浜みなとみらいスポーツパーク(管理・運営は(財)横浜市スポーツ振興事業団)となった[注 34]

その後、中田の国会議員への転身による市長の林文子への交代や、横浜ベイスターズ売却問題をきっかけに、2011年2月「横浜ドームを実現する会」が再編された。経済界から300社近くの賛同が得られているとされる。2012年秋をめどに運営会社を設立する方針であると報じられた[58][59]

「横浜ドームを実現する会」は2014年7月、ドーム球場の開発候補地としてみなとみらい地区60・61街区(前述の通り過去に新球場の建設予定地となったことがあり、現在あるマリノスタウンおよびスポーツパークの借地契約は2016年で満了)と山下埠頭の2箇所を挙げ、それぞれの開発地において実際に開発したと仮定した場合のCGによる完成予想図を作成した。前者の案ではショッピングモールを併設、後者の案ではカジノホテルなどを誘致し統合型リゾート (IR) として開発する(「山下埠頭#再開発構想」も参照)としている。いずれのケースも開閉式屋根でグラウンドは天然芝である [60][61][62][63]

なお、2016年1月時点で横浜DeNAベイスターズは横浜ドーム計画には関与しておらず、前述のように運営会社の買収・スタジアムの大規模な改修を行ったうえで、引き続き横浜スタジアムを本拠地とする姿勢を示している。

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脚注

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注釈

  1. ^ 横浜スタジアムの公式ウェブサイトでは、「ハマスタ」の通称が使用されている。参照:ハマスタ・ツアー(横浜スタジアム公式サイト)
  2. ^ 施設命名権により、2010年4月1日より、「保土ケ谷・神奈川新聞スタジアム」2015年4月1日より「サーティーフォー保土ケ谷球場」としている。
  3. ^ ドームも含めた野球場での初採用例は、2002年(平成14年)の東京ドーム
  4. ^ 2003年から大会が終了した2009年までの発着場所は横浜赤レンガ倉庫
  5. ^ 2014年の計5組(水樹奈々氷室京介、TUBE、ONE OK ROCKポルノグラフィティ)のように大きく上回る開催実績もある。
  6. ^ スタンドのいわゆる「軒下」にあたる部分は公共の通路であり、グラウンドは広域避難場所に指定されているため、それぞれ法令上の「建築物」とはみなされず建蔽率の計算対象から除外される。
  7. ^ 建設当初の法令では建蔽率7%以下でなくてはならないとされた。座談会 横浜公園とスタジアム (3)”. (2001年1月1日). 2015年11月9日閲覧。
  8. ^ 都市公園法改正に伴い2013年4月より横浜市の条例で12%以下に緩和された。市第87号議案 横浜市公園条例の一部改正”. 横浜市 (2012年12月6日). 2015年11月9日閲覧。
  9. ^ ひらけ!ポンキッキの歌『はたらくくるま3』のリリーフカーとして登場した。
  10. ^ 2016年のオールスターゲームではスポンサー上の理由により、マツダ・アクセラのオープンカーが使用された)。
  11. ^ スタンドが真円形で可動席を持つ球場の特徴である。
  12. ^ 2015年9月22日の筒香嘉智・2017年6月27日の會澤翼の事例などがある。
  13. ^ 実際に、何人かの選手が過去にしばしば場外ホームランを放っており、その中には投手のバルビーノ・ガルベスコルビー・ルイスも名を連ねている。松井秀喜タイロン・ウッズは、一人で複数回打っている。
  14. ^ バックネット裏のスタンド最上段にサブスコアボードは存在するが、これに表示されるのは得点経過と対戦中の選手情報のみであり、打順表、映像表示等は見ることができない。
  15. ^ 以前は一塁側にマクドナルドが、三塁側にミスタードーナツが出店していたが、現在はいずれも撤退している。
  16. ^ オーナーズ・クラブをつくり、内野席年間シートを45年間与えるというプレミアムつけ、募集一口250万円の市民株主を800口募集し20億円の資金を得る。(有隣堂『有鄰』第398号 2001年1月1日発行)
  17. ^ 横浜スタジアムとの間に契約を交わし、20年契約で入場料収入の29%、シーズン席の収入の30%と販売経費を球団から球場へ払い、球場内広告に対して5,000万円、物販協力金として350万円を球場から球団へ支払うというものだった。1978年(初年度)の横浜スタジアムは広告収入5億3,300万円、物販収入9億2,000万円。1993年は、球場収入13億9,200万円、広告収入13億9,300万円、物販収入15億6,500万円で、経常利益は13億9,600億円、資産は現金・預金・有価証券で64億3,800万円であった。この契約が現在でも有効かどうかは不明。
  18. ^ 1973年は保護地域が東京都のままであったため準本拠地扱い。
  19. ^ 一部では両球団の合併報道や国土計画が横浜スタジアムおよび大洋球団に出資していたことから、「西武が大洋を買収」という報道もあった。
  20. ^ 1973-77年は地方開催扱いとして年3-18試合を開催。1978年から正式に本拠地となり、1992年千葉県ZOZOマリンスタジアム)への移転後も2試合だけであるが川崎球場で主催試合を開催した。後述のとおり1993年のセ・リーグ公式戦が中止となったため、結果的にこの2試合が川崎球場における最後の1軍公式戦となった。
  21. ^ 代替試合は川崎球場ではなく横浜スタジアムで開催された。
  22. ^ ただし、オープン戦は1994年と2000年に開催された。なお、1995年(平成7年)にもオープン戦の日程が組まれていたが雨天中止となっている。また、ロッテ主催の大洋とのオープン戦は1991年(平成3年)までの間に行われ、2000年のオープン戦は「プロ野球サントリーカップ」として開催された。
  23. ^ スポンサーは設置当初〜1991年までが日産自動車、1992年〜1993年がリョービ、1994年〜2005年までがパロマ
  24. ^ 9・11・13・15・17ゲート周辺、可動席部分を除く。
  25. ^ 2017年シーズン開幕前に初代広告が新設された後、2019年シーズン開幕前のオープン戦中に広告の取り換え工事が行われ、同年シーズン開幕時から二代目の広告が現在に至るまで設置されている。
  26. ^ 1989年3月23日に行われた大洋対巨人のオープン戦では、試験的に秒単位で時間が表示されていたが、公式戦では分単位の表示に改められた。
  27. ^ アメリカンフットボールの各クォーターの残り時間や、ロードレースのタイム表示にも使用。
  28. ^ 風に流された風船が架線に付着し、列車がストップする恐れがあるため。根岸線では1951年に架線トラブルが大惨事へと繋がった桜木町事故が発生しているため、とりわけ慎重な扱いが求められていた。
  29. ^ 横浜スタジアム建設の際に募集した800口の市民株主によるオーナーズ・クラブの存在により、新規に建設される球場は(株)横浜スタジアムの運営、および横浜DeNAベイスターズの新球場への移転が前提とされる。このオーナーズ・クラブの存在によって、2023年まで横浜DeNAベイスターズは専用球場を(株)横浜スタジアムの運営する球場以外の場所に設置できないと規定されている。
  30. ^ 当時、特に外野自由席は私設応援団やその関係者による座席の大量占拠によって立ち見を余儀なくされる一般入場客が多く、問題化していた。これは、1999年(平成11年)の外野座席のコンパートメントシート化や外野指定席の導入によって多少は改善したが、絶対的な座席数にはほとんど変化が見られなかった。
  31. ^ 建設省出身で土木・建築業界を支持基盤としていた高秀は、1998年(平成10年)の市長選で、ベイスターズの優勝を条件にドーム球場建設を公約している。
  32. ^ この当時、ベイスターズの公式戦が行われる日に横浜公園内で「横浜ドームを実現する会」という団体が連日署名運動を行っていた。この署名活動にはかつてベイスターズ(大洋ホエールズ)に所属していた選手も多数署名したという。「実現する会」の実体は、横浜商工会議所の青年部や建設関連業者など、主に新球場建設の利権に絡む人々であった。一方で、ベイスターズファンの一部から試合中ライトスタンドにおいて「ハマドーム、イラン」や「横浜ドームはいらない」と書かれた横断幕掲示が見られた。
  33. ^ 中田市長はラジオ番組に出演した際「横浜ドームは不要。横浜スタジアムの可動式スタンドを使えなくしてでも天然芝にするか、東京ドームで今年(2002年)から導入されたフィールドターフを導入すればよい」と発言していた。
  34. ^ 横浜高速鉄道みなとみらい線新高島駅構内の柱や改札口などに「マリノスタウン」と書かれている。

出典

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  9. ^ スポニチアネックス:【6月22日】1978年(昭53) あの反対運動はどこへ…大洋 川崎に“帰郷”も観衆5000人
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関連項目

外部リンク

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