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⚾|新庄剛志さんが始球式 ホームスチール決めた思い出のスタジアムで試合盛り上げ


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新庄剛志さんが始球式 ホームスチール決めた思い出のスタジアムで試合盛り上げ

 
内容をざっくり書くと
始球式で手にしていたのは1993年に初めて獲得したという「ゴールデングラブ」です。
 

18日に長野市で行われたプロ野球BCリーグの試合に、メジャーリーグなどで活躍した新庄剛志さんが登場し… →このまま続きを読む

 NBS長野放送

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ゴールデングラブ賞

ゴールデングラブ賞(ゴールデングラブしょう)は、日本プロ野球選手表彰の一つ。

正式名称は三井ゴールデン・グラブ賞(みついゴールデングラブしょう)。シーズンを通してそれぞれのポジションで最も守備力に卓越した選手に与えられる。

概要

三井広報委員会提供。1972年ダイヤモンドグラブ賞として創設され、1986年より、三井物産スポーツ用品販売の協賛によって現在の名称となる。セ・パ各連盟の公式表彰に準じた特別賞と位置付けられている。

守備力に卓越した選手を、ベストナインと同じ選出方式によって表彰する賞で、プロ野球記者による投票を行い、得票数のいちばん多かった者が受賞となる。有資格者は、規定投球回数以上投球している、または所属チームが行った年間試合数の3分の1以上登板している投手と、チーム試合数の2分の1以上同じポジションで出場している捕手野手。ベストナインやかつての沢村栄治賞と同様に、受賞者には実際の成績が伴っていない選手が選ばれることがあり、批判が起こることがある(後述)。2010年代以降は日本でもUZR等、セイバーメトリクスによる守備力の算出が行われるようになったこともあり、記者による投票含め賞の選考自体への批判も上がっている[1]

記者の投票要件は、日本の報道機関(新聞社、通信社、放送局)のプロ野球記者で、5年以上の取材キャリアを持つ者。

各リーグで、ポジションごとに原則各1名ずつ、9名が選ばれる(外野手については、左翼手中堅手右翼手を同一のポジションとみなして3名を選出する)。同一ポジションの選手の得票数が並ぶと同時受賞となるため、リーグあたり10名以上選ばれる年度もある。

あるポジションの「該当者なし」の得票が過半数に達した場合、そのポジションでの受賞選手の選出は見送られる。ただし非常にまれな例であり、2010年にセ・リーグの一塁手で「該当者なし」となったのが初である。なお、「該当者なし」の得票が過半数に達していなかったために、得票数が少なかった選手が受賞した例が過去3度ある(後述)。

受賞者には金色の皮革で作られたグローブ(捕手や一塁手ミット)と、ボールを台座に飾ったトロフィーが贈られる。このグローブは受賞者決定後、受賞者が使用しているものを模して作られるもので、革製のため実際に使用できる。

セントラル・リーグ歴代受賞者

投手捕手一塁手二塁手三塁手遊撃手外野手
1972堀内恒夫
巨人
大矢明彦
ヤクルト
王貞治
(巨人)
J.シピン
大洋
長嶋茂雄
(巨人)
バート.S
中日
山本浩司
(浩二)

広島
高田繁
(巨人)
柴田勲
(巨人)
1973田淵幸一
阪神
C.ボイヤー
(大洋)
長嶋茂雄
(巨人)
藤田平
(阪神)
1974高木守道
(中日)
C.ボイヤー
(大洋)
河埜和正
(巨人)
1975大矢明彦
(ヤクルト)
大下剛史
(広島)
島谷金二
(中日)
藤田平
(阪神)
ローン.W
(中日)
1976D.ジョンソン
(巨人)
高田繁
(巨人)
山下大輔
(大洋)
柴田勲
(巨人)
池辺巌
(阪神)
1977高木守道
(中日)
若松勉
(ヤクルト)
1978土井正三
(巨人)
掛布雅之
(阪神)
J.ライトル
(広島)
1979西本聖
(巨人)
若菜嘉晴
(阪神)
高木守道
(中日)
J.スコット
(ヤクルト)
1980大矢明彦
(ヤクルト)
基満男
(大洋)
衣笠祥雄
(広島)
1981山倉和博
(巨人)
藤田平
(阪神)
篠塚利夫
(巨人)
掛布雅之
(阪神)
松本匡史
(巨人)
1982中尾孝義
(中日)
中畑清
(巨人)
北村照文
(阪神)
平野謙
(中日)
1983山倉和博
(巨人)
高木豊
(大洋)
長嶋清幸
(広島)
1984達川光男
(広島)
篠塚利夫
(巨人)
衣笠祥雄
(広島)
平田勝男
(阪神)
屋鋪要
(大洋)
山崎隆造
(広島)
1985木戸克彦
(阪神)
岡田彰布
(阪神)
掛布雅之
(阪神)
平野謙
(中日)
1986北別府学
(広島)
達川光男
(広島)
篠塚利夫
(巨人)
衣笠祥雄
(広島)
長嶋清幸
(広島)
1987桑田真澄
(巨人)
山倉和博
(巨人)
正田耕三
(広島)
原辰徳
(巨人)
山崎隆造
(広島)
1988達川光男
(広島)
立浪和義
(中日)
彦野利勝
(中日)
1989西本聖
(中日)
中尾孝義
(巨人)
駒田徳広
(巨人)
W.ロードン
(広島)
川相昌弘
(巨人)
山崎賢一
(大洋)
栗山英樹
(ヤクルト)
1990斎藤雅樹
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
岡崎郁
(巨人)
柳田浩一
(ヤクルト)
1991桑田真澄
(巨人)
角富士夫
(ヤクルト)
R.J.レイノルズ
(大洋)
飯田哲也
(ヤクルト)
前田智徳
(広島)
1992斎藤雅樹
(巨人)
J.パチョレック
(阪神)
和田豊
(阪神)
T.オマリー
(阪神)
池山隆寛
(ヤクルト)
亀山努
(阪神)
1993今中慎二
(中日)
桑田真澄
(巨人)
駒田徳広
(巨人)
(横浜)
石井琢朗
横浜
川相昌弘
(巨人)
新庄剛志
(阪神)
1994桑田真澄
(巨人)
西山秀二
(広島)
1995斎藤雅樹
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
立浪和義
(中日)
野村謙二郎
(広島)
音重鎮
(広島)
緒方孝市
(広島)
1996西山秀二
(広島)
江藤智
(広島)
川相昌弘
(巨人)
新庄剛志
(阪神)
1997桑田真澄
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
進藤達哉
(横浜)
宮本慎也
(ヤクルト)
1998谷繁元信
(横浜)
R.ローズ
(横浜)
石井琢朗
(横浜)
高橋由伸
(巨人)
1999上原浩治
(巨人)
古田敦也
(ヤクルト)
仁志敏久
(巨人)
宮本慎也
(ヤクルト)
2000工藤公康
(巨人)
R.ペタジーニ
(ヤクルト)
岩村明憲
(ヤクルト)
松井秀喜
(巨人)
2001野口茂樹
(中日)
赤星憲広
(阪神)
2002桑田真澄
(巨人)
阿部慎之助
(巨人)
福留孝介
(中日)
2003上原浩治
(巨人)
矢野輝弘
(阪神)
G.アリアス
(阪神)
今岡誠
(阪神)
立浪和義
(中日)
赤星憲広
(阪神)
2004川上憲伸
(中日)
古田敦也
(ヤクルト)
渡邉博幸
(中日)
荒木雅博
(中日)
岩村明憲
(ヤクルト)
井端弘和
(中日)
英智
(中日)
アレックス.O
(中日)
2005黒田博樹
(広島)
矢野輝弘
(阪神)
A.シーツ
(阪神)
金城龍彦
(横浜)
福留孝介
(中日)
2006川上憲伸
(中日)
谷繁元信
(中日)
青木宣親
(ヤクルト)
2007中村紀洋
(中日)
金城龍彦
(横浜)
高橋由伸
(巨人)
2008石川雅規
(ヤクルト)
阿部慎之助
(巨人)
新井貴浩
(阪神)
栗原健太
(広島)
鈴木尚広
(巨人)
赤星憲広
(阪神)
2009D.ゴンザレス
(巨人)
谷繁元信
(中日)
栗原健太
(広島)
宮本慎也
(ヤクルト)
松本哲也
(巨人)
亀井義行
(巨人)
2010前田健太
(広島)
城島健司
(阪神)
該当者なし平野恵一
(阪神)
梵英心
(広島)
廣瀬純
(広島)
赤松真人
(広島)
2011浅尾拓也
(中日)
谷繁元信
(中日)
栗原健太
(広島)
鳥谷敬
(阪神)
大島洋平
(中日)
長野久義
(巨人)
2012前田健太
(広島)
畠山和洋
(ヤクルト)
田中浩康
(ヤクルト)
井端弘和
(中日)
荒波翔
DeNA
2013阿部慎之助
(巨人)
J.ロペス
(巨人)
菊池涼介
(広島)
村田修一
(巨人)
鳥谷敬
(阪神)
丸佳浩
(広島)
(巨人)
2014森野将彦
(中日)
大和
(阪神)
大島洋平
(中日)
2015中村悠平
(ヤクルト)
畠山和洋
(ヤクルト)
川端慎吾
(ヤクルト)
福留孝介
(阪神)
2016菅野智之
(巨人)
石原慶幸
(広島)
J.ロペス
(DeNA)
村田修一
(巨人)
坂本勇人
(巨人)
鈴木誠也
(広島)
2017小林誠司
(巨人)
鳥谷敬
(阪神)
桑原将志
(DeNA)
2018梅野隆太郎
(阪神)
宮﨑敏郎
(DeNA)
田中広輔
(広島)
平田良介
(中日)
大島洋平
(中日)
2019西勇輝
(阪神)
高橋周平
(中日)
坂本勇人
(巨人)
鈴木誠也
(広島)
2020菅野智之
(巨人)
D.ビシエド
(中日)
青木宣親
(ヤクルト)

パシフィック・リーグ歴代受賞者

投手捕手一塁手二塁手三塁手遊撃手外野手
1972足立光宏
阪急
種茂雅之
(阪急)
大杉勝男
東映
大下剛史
(東映)
有藤通世
(道世)

ロッテ
大橋穣
(阪急)
福本豊
(阪急)
池辺巌
(ロッテ)
広瀬叔功
南海
1973成田文男
(ロッテ)
野村克也
(南海)
C.ジョーンズ
(南海)
桜井輝秀
(南海)
弘田澄男
(ロッテ)
島野育夫
(南海)
1974足立光宏
(阪急)
村上公康
(ロッテ)
W.パーカー
(南海)
1975有田修三
近鉄
加藤秀司
(阪急)
B.マルカーノ
(阪急)
1976藤原満
(南海)
B.ウイリアムス
(阪急)
1977山田久志
(阪急)
加藤俊夫
(日本ハム)
山崎裕之
(ロッテ)
島谷金二
(阪急)
大熊忠義
(阪急)
1978中沢伸二
(阪急)
柏原純一
(日本ハム)
B.マルカーノ
(阪急)
簑田浩二
(阪急)
B.ウイリアムス
(阪急)
1979梨田昌崇
(近鉄)
高代延博
(日本ハム)
平野光泰
(近鉄)
1980木田勇
(日本ハム)
小川亨
(近鉄)
山崎裕之
西武
羽田耕一
(近鉄)
水上善雄
(ロッテ)
1981山田久志
(阪急)
柏原純一
(日本ハム)
藤原満
(南海)
石毛宏典
(西武)
島田誠
(日本ハム)
1982大宮龍男
(日本ハム)
大石大二郎
(近鉄)
古屋英夫
(日本ハム)
1983東尾修
(西武)
梨田昌崇
(近鉄)
片平晋作
(西武)
1984藤田浩雅
(阪急)
山本功児
(ロッテ)
松永浩美
(阪急)
弓岡敬二郎
(阪急)
高沢秀昭
(ロッテ)
1985伊東勤
(西武)
西村徳文
(ロッテ)
古屋英夫
(日本ハム)
石毛宏典
(西武)
金森永時
(西武)
1986ブーマー.W
(阪急)
辻発彦
(西武)
山本和範
(南海)
西岡良洋
(西武)
山森雅文
(阪急)
1987白井一幸
(日本ハム)
石毛宏典
(西武)
弓岡敬二郎
(阪急)
高沢秀昭
(ロッテ)
秋山幸二
(西武)
(ダイエー)
島田誠
(日本ハム)
新井宏昌
(近鉄)
1988西崎幸広
(日本ハム)
清原和博
(西武)
辻発彦
(西武)
田中幸雄
(日本ハム)
平野謙
(西武)
1989阿波野秀幸
(近鉄)
中嶋聡
オリックス
愛甲猛
(ロッテ)
松永浩美
(オリックス)
田辺徳雄
(西武)
本西厚博
(オリックス)
1990渡辺久信
(西武)
伊東勤
(西武)
清原和博
(西武)
田中幸雄
(日本ハム)
西村徳文
(ロッテ)
1991郭泰源
(西武)
J.トレーバー
(近鉄)
石毛宏典
(西武)
佐々木誠
ダイエー
(西武)
1992清原和博
(西武)
田辺徳雄
(西武)
1993野田浩司
(オリックス)
田村藤夫
(日本ハム)
広瀬哲朗
(日本ハム)
1994工藤公康
(西武)
(ダイエー)
伊東勤
(西武)
松永浩美
(ダイエー)
イチロー
(オリックス)
1995J.フランコ
(ロッテ)
小久保裕紀
(ダイエー)
馬場敏史
(オリックス)
田中幸雄
(日本ハム)
田口壮
(オリックス)
1996西崎幸広
(日本ハム)
高田誠
(オリックス)
片岡篤史
(日本ハム)
大島公一
(オリックス)
1997西口文也
(西武)
伊東勤
(西武)
髙木大成
(西武)
片岡篤史
(日本ハム)
松井稼頭央
(西武)
井出竜也
(日本ハム)
1998金子誠
(日本ハム)
大村直之
(近鉄)
大友進
(西武)
1999松坂大輔
(西武)
城島健司
(ダイエー)
(ソフトバンク)
小笠原道大
(日本ハム)
中村紀洋
(近鉄)
小坂誠
(ロッテ)
秋山幸二
(ダイエー)
2000大島公一
(オリックス)
柴原洋
(ダイエー)
田口壮
(オリックス)
2001井口資仁
(ダイエー)
谷佳知
(オリックス)
2002西口文也
(西武)
高木浩之
(西武)
松井稼頭央
(西武)
井出竜也
(日本ハム)
小関竜也
(西武)
2003松坂大輔
(西武)
福浦和也
(ロッテ)
井口資仁
(ダイエー)
小笠原道大
(日本ハム)
柴原洋
(ダイエー)
大村直之
(近鉄)
村松有人
(ダイエー)
(オリックス)
2004松中信彦
(ダイエー)
中村紀洋
(近鉄)
川﨑宗則
(ダイエー)
SHINJO
(日本ハム)
2005福浦和也
(ロッテ)
西岡剛
(ロッテ)
今江敏晃
(ロッテ)
小坂誠
(ロッテ)
大村直之
(ソフトバンク)
サブロー
(ロッテ)
2006里崎智也
(ロッテ)
小笠原道大
(日本ハム)
田中賢介
(日本ハム)
川﨑宗則
(ソフトバンク)
森本稀哲
(日本ハム)
稲葉篤紀
(日本ハム)
2007ダルビッシュ有
(日本ハム)
福浦和也
(ロッテ)
TSUYOSHI
(ロッテ)
サブロー
(ロッテ)
2008細川亨
(西武)
A.カブレラ
(オリックス)
中島裕之
(西武)
坂口智隆
(オリックス)
2009涌井秀章
(西武)
鶴岡慎也
(日本ハム)
髙橋信二
(日本ハム)
小谷野栄一
(日本ハム)
金子誠
(日本ハム)
糸井嘉男
(日本ハム)
(オリックス)
2010嶋基宏
楽天
小久保裕紀
(ソフトバンク)
西岡剛
(ロッテ)
栗山巧
(西武)
2011田中将大
(楽天)
細川亨
(ソフトバンク)
本多雄一
(ソフトバンク)
松田宣浩
(ソフトバンク)
中島裕之
(西武)
岡田幸文
(ロッテ)
2012炭谷銀仁朗
(西武)
稲葉篤紀
(日本ハム)
小谷野栄一
(日本ハム)
陽岱鋼
(日本ハム)
2013嶋基宏
(楽天)
浅村栄斗
(西武)
藤田一也
(楽天)
松田宣浩
(ソフトバンク)
今宮健太
(ソフトバンク)
秋山翔吾
(西武)
2014金子千尋
(オリックス)
伊藤光
(オリックス)
T-岡田
(オリックス)
柳田悠岐
(ソフトバンク)
2015涌井秀章
(ロッテ)
炭谷銀仁朗
(西武)
中田翔
(日本ハム)
L.クルーズ
(ロッテ)
清田育宏
(ロッテ)
秋山翔吾
(西武)
2016大野奨太
(日本ハム)
藤田一也
(楽天)
糸井嘉男
(オリックス)
陽岱鋼
(日本ハム)
2017菊池雄星
(西武)
甲斐拓也
(ソフトバンク)
銀次
(楽天)
鈴木大地
(ロッテ)
柳田悠岐
(ソフトバンク)
西川遥輝
(日本ハム)
2018岸孝之
(楽天)
中田翔
(日本ハム)
中村奨吾
(ロッテ)
源田壮亮
(西武)
2019千賀滉大
(ソフトバンク)
内川聖一
(ソフトバンク)
浅村栄斗
(楽天)
荻野貴司
(ロッテ)
2020中村晃
(ソフトバンク)
中田翔
(日本ハム)
外崎修汰
(西武)
鈴木大地
(楽天)
柳田悠岐
(ソフトバンク)
大田泰示
(日本ハム)

ゴールデングラブ賞に関する主な記録

複数回受賞者(野手)

選手回数年度
福本豊dagger121972, 1973, 1974, 1975, 1976, 1977, 1978, 1979, 1980, 1981, 1982, 1983
伊東勤dagger111985, 1986, 1987, 1988, 1990, 1991, 1992, 1994, 1995, 1997, 1998
秋山幸二dagger111987, 1988, 1989, 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1995, 1996, 1999
山本浩二dagger101972, 1973, 1974, 1975, 1976, 1977, 1978, 1979, 1980, 1981
駒田徳広101989, 1990, 1991, 1993, 1994, 1995, 1996, 1997, 1998, 1999
古田敦也dagger101990, 1991, 1992, 1993, 1995, 1997, 1999, 2000, 2001, 2004
新庄剛志101993, 1994, 1996, 1997, 1998, 1999, 2000, 2004, 2005, 2006

複数回受賞者(投手)

選手回数年度
西本聖81979, 1980, 1981, 1982, 1983, 1984, 1985, 1989
桑田真澄8[2]1987, 1988, 1991, 1993, 1994, 1997, 1998, 2002
堀内恒夫dagger71972, 1973, 1974, 1975, 1976, 1977, 1978
松坂大輔71999, 2000, 2001, 2003, 2004, 2005, 2006
山田久志dagger51977, 1978, 1979, 1981, 1982
東尾修dagger51983, 1984, 1985, 1986, 1987
足立光宏41972, 1973, 1974, 1976
斎藤雅樹dagger41990, 1992, 1995, 1996
涌井秀章42009, 2010, 2015, 2016
前田健太42012, 2013, 2014, 2015
菅野智之42016, 2017, 2018, 2020
工藤公康dagger31994, 1995, 2000
西口文也31997, 1998, 2002
川上憲伸32004, 2006, 2007
田中将大32011, 2012, 2013
  • 個人最多受賞回数:12回 福本豊(1972年 - 1983年、パ・リーグ 外野手部門)
  • 個人最多連続受賞回数:12回 福本豊(1972年 - 1983年、パ・リーグ 外野手部門)
  • 個人最多受賞ポジション数:3ポジション 立浪和義(二塁手部門:3回、三塁手部門:1回、遊撃手部門:1回)
  • 最年長受賞者:宮本慎也(41歳11ヶ月、2012年:三塁手部門)
  • 最遅初受賞:内川聖一(19年目、2019年:一塁手部門)
  • 受賞の最長ブランク:15年 小久保裕紀(1995年:二塁手部門、2010年:一塁手部門)
  • 入団1年目からの最多連続受賞回数:6回 高橋由伸(1998年 - 2003年、セ・リーグ 外野手部門)
10代で開幕を迎えたシーズンに受賞した選手
選手名球団守備位置リーグ年度開幕時の年齢
桑田真澄巨人投手1987年19歳
立浪和義中日遊撃手1988年18歳
前田智徳広島外野手1991年19歳
松坂大輔西武投手1999年18歳
2000年19歳
内野・外野の両方でゴールデングラブ賞を獲得した選手
選手名内野手での受賞外野手での受賞年度
年度守備位置
高田繁1976年-1977年三塁手1972年-1975年
西村徳文1985年二塁手1990年
稲葉篤紀2012年一塁手2006年-2009年
中継ぎ・抑え投手の受賞選手
該当者なし
  • セ・リーグ一塁手部門(2010年)
チーム最多受賞ポジション数
  • セ・リーグ:6ポジション 中日ドラゴンズ(2004年)
  • パ・リーグ:8ポジション 阪急ブレーブス(1978年)、西武ライオンズ(1992年)
受賞者が選出されなかったレギュラーシーズン最高勝率球団あるいは日本シリーズ出場球団
  • セ・リーグ:中日ドラゴンズ(1999年、2010年。両年とも日本シリーズ出場)
  • パ・リーグ:ロッテオリオンズ(1981年前期。後期は最高勝率を逃し、さらにプレーオフに敗退して日本シリーズには不出場)

その他特筆すべき過去の受賞例

同一チーム所属の複数選手が特定部門を長期間独占的に受賞した例
  • セ・リーグ 投手部門:2003年まで32年間(延べ33人)中30人(90.9%)が受賞時点で巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手。この間、巨人への所属経験のない投手が受賞したのは1986年の北別府学(広島)、1993年の今中慎二(巨人・桑田との同時受賞)、2001年の野口茂樹(いずれも中日)のみ。ちなみに野口は2005年シーズンオフにFA権を行使して巨人に移籍している。2004年以降、巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手の受賞はディッキー・ゴンザレス菅野智之のみ。
  • セ・リーグ 一塁手部門:1999年まで28年間中26人(92.9%)が受賞時点で巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手。内訳は王貞治9回、中畑清7回、駒田徳広10回と3人で独占的に受賞。2000年以降、巨人に所属、もしくは過去に所属していた選手の受賞はホセ・ロペスのみ。
受賞者の得票が「該当者なし」を下回った例
受賞者球団リーグ年度守備位置総投票数有効投票数得票数「該当者なし」の投票数
渡邉博幸中日2004年一塁手171票42票50票
畠山和洋ヤクルト2012年一塁手245票64票102票
アレックス・カブレラオリックス2008年一塁手143票40票53票
チームの成績の躍進により多数選手が受賞した例
  • セ・リーグ
    • 1992年に最下位から2位に躍進した阪神は前年0人だったが同年4人に増加。このうちジム・パチョレックトーマス・オマリー亀山努は通算でもこの年のみの受賞。翌年は2人。
    • 1998年にレギュラーシーズン最高勝率を記録した横浜(2012年よりDeNA)は前年2人だったが同年は5人に増加。投手を除く内野の全ポジションを独占した。翌年は2人、2000年以降は金城龍彦(2005年・2007年)、荒波翔(2012年 - 2013年)、ホセ・ロペス(2016年 - 2019年)、桑原将志(2017年)の4人による9回のみ。
    • 2003年にレギュラーシーズン最高勝率を記録した阪神は前年0人だったが同年は4人に増加。翌年は1人。
    • 2015年にレギュラーシーズン最高勝率を記録したヤクルトは前年0人だったが同年は3人に増加。
  • パ・リーグ
    • 2005年に10年ぶりにレギュラーシーズン勝率3位以内(2位)のロッテは前年0人だったが同年は5人に増加。翌年は2人。
    • 2006年に25年ぶりにレギュラーシーズン最高勝率を記録した日本ハムは前年1人から同年は5人に増加、外野の3ポジションを独占した。

選考に対する議論と批判

選考結果に疑問が投げかけられたケース

  • 1979年 セ・リーグ 捕手部門
    • 若菜嘉晴阪神)が捕逸のセ・リーグ年間最多タイ記録(17個)を作ったにもかかわらず受賞したことに対する批判がある[4]
  • 1981-1983年 セ・リーグ 外野手部門
    • 松本匡史(巨人)が3年連続受賞したが、松本は弱肩で有名であるとする批判がある[4]
  • 1984年 セ・リーグ 遊撃手部門
    • 平田勝男(阪神)が初受賞(その後1987年まで4年連続受賞)したが、同年は水谷新太郎ヤクルト)が遊撃手守備率の日本記録(.991、当時。現在は1997年に鳥越裕介が樹立した.997。ちなみに鳥越もゴールデングラブ賞未受賞)を樹立しており、疑問を呈せられた[4]
  • 1987年 セ・リーグ 二塁手部門
    • 正田耕三広島)が初受賞(その後1991年まで5年連続受賞)し、二塁手の守備率日本新記録(.9971)を樹立した高木豊(大洋)は選出されなかった。
この年は、同じ二塁手の正田と篠塚利夫(巨人)が同率(.333)で首位打者となり、優勝した巨人の篠塚がベストナインに選ばれた。一方で、首位打者を獲得したにもかかわらずベストナインに選出されなかったことへの同情票も集まり、正田が初めてゴールデングラブ賞を受賞した。賞に選ばれなかった高木豊は「今年は守備率の日本新記録を作ったのでゴールデングラブ賞は間違いなく自分だと確信していたが、こんな大記録にすら野球記者は気付いてもいない」という趣旨の発言をして投票したプロ野球記者を批判し、あからさまに不快感を表明した。この高木のコメントがスポーツ記事で報道され、ゴールデングラブ賞の選考基準を疑問視するスポーツ記事等も出たため、同賞の発表(同年11月16日)から2週間以上が経った12月になって、セ・リーグは高木を特別表彰することを決めた[5]。この一連の出来事は、ゴールデングラブ賞受賞者発表の翌日から、高木が特別表彰を受けた後までしばらくの期間スポーツ記事で断続的に報道された。
高木が守備率日本記録を達成しながら選外となったという選考結果については、スポーツライターからの批判もある[4]
  • 2005年 パ・リーグ 外野手部門
    • 負傷の影響から106試合の出場に留まったSHINJO北海道日本ハムファイターズ)が外野手部門に選出され、「今年のオレのゴールデングラブ賞はおかしい。1年間この賞を心の中で目指して取り組んでいた選手に申し訳ない。来年からは、印象ではなく数字で選んで欲しい。そうでないとこの素晴らしい賞の価値がなくなってしまう」などとコメントした[6]

脚注

[脚注の使い方]

出典

  1. ^ なぜ京田や金子が選外?ゴールデン・グラブ賞の無記名投票は見直すべきでは? Slugger 2019年11月6日
  2. ^ ゴールデン・グラブ賞の歴代記録あれこれ 最多受賞は“世界の盗塁王”!BASEBALL KING 2014年12月3日
  3. ^ 『日本プロ野球歴代名選手名鑑』恒文社、1976年、399頁、ボイヤーの項
  4. ^ a b c d 玉木正之『プロ野球大辞典』新潮社〈新潮文庫〉、1990年、334頁、ダイヤモンドグラブ賞の項
  5. ^ 東京読売新聞 1987年12月4日 朝刊 17ページ
  6. ^ 北海道日刊スポーツ「新庄の受賞に「なぜ俺を選ぶ」/ゴールデングラブ賞 」2005年11月9日(インターネット・アーカイブ2006年3月9日付保存キャッシュ)

参考文献

  • 『The Official Baseball Encyclopedia'94』(社)日本野球機構、1994年
  • 『ベースボールレコードブック』ベースボールマガジン社、1997年~2008年
  • 坂本邦夫『プロ野球データ辞典』PHP研究所、2001年

関連項目

外部リンク

始球式

始球式(しきゅうしき)とは、スポーツ(主に球技)における試合開始前のセレモニーである。主催者や来賓など現役選手以外の人物が務めることが多い。

野球

野球における始球式(Ceremonial First Pitch)では、試合開始前に来賓が投手役として1球(稀に数球)投球を行う。

アメリカ合衆国における始球式

アメリカ合衆国では、試合開始前に投手役の来賓がマウンドまたはマウンド前方から捕手役に向けて1球投球する。基本的に打席に打者は立たず、内外野の守備も就かない。捕手役には試合に出場する選手(あるいは監督・コーチ)でその来賓にゆかりのある人物が務めることがある(例えば、仰木彬マリナーズの始球式に招かれた際には愛弟子のイチローが捕手を務めた)。20世紀当初は、来賓が客席からグラウンド上の選手へボールを投げ渡す方式で行われていた。

記録に残る最古の始球式は、1892年ウェスタンリーグ開幕試合でのウィリアム・マッキンリー(当時オハイオ州知事、後のアメリカ合衆国第25代大統領)による始球式である[1]メジャーリーグベースボール(MLB)では、アメリカ合衆国第27代大統領のウィリアム・タフトが、1910年ワシントンD.C.の地元球団『ワシントン・セネタース』の開幕式で行ったのが最初である。これは、当時太りすぎのタフトを見かねた側近が、タフトに運動をさせようとして思いついたことがきっかけと言われている[2]。これ以降歴代の大統領が、ワシントンを本拠地とするMLB球団の開幕戦で始球式を行うことが恒例行事となった[3]

日本における始球式

日本では、当初より、投手役の人がマウンドから打者に対して1球(稀に数球)投球する形式がとられていた。試合開始直前に始球式が行われるケースが多く、この場合投手役の人は先攻チームの1番打者に対して投球し、また捕手を含めた守備も後攻チームの先発メンバーが務めることになる。

記録に残っている最古の始球式は1908年11月22日にアメリカの大リーグ選抜チームと早稲田大学野球部の試合における大隈重信の始球式とされる[4]。大隈重信の投球はストライクゾーンから大きく逸れてしまったが、“早稲田大学の創設者、総長、政治家である大隅大先生の投球をボール球にしてはいけない”と考えた早稲田大学の1番打者・山脇正治がわざと空振りをしてストライクにした。これ以降、打者は投手役に敬意を表すため、投球がボール球でも絶好球でも空振りをすることが慣例となった[4][5]。これらの日本式の始球式はその後アジアの国々だけでなく、アメリカでもこの方式で実施するケースが出てきている。

しかし、始球式の投球を空振りしないこともある。北海道日本ハムファイターズ時代の新庄剛志 (SHINJO) の数例[6]川﨑宗則等のように打ちにいった例、1964年7月22日オールスター第3戦での山内和弘による見逃し(原因は捕手と雑談していたため。ボールを全く見ていなかった)[4]など。また、平野恵一のように空振りをしたつもりが結果的にはバットに当たってしまったというハプニングもある[7]。始球式の投球を空振りしなくても特に罰則規定はない(ただし投手役はスポーツ選手でない場合も多く、ピッチャー返しを打つと危険であるため、わざと空振りするのは投手役の負傷を防ぐ目的もあるともいわれている)。

高校野球

センバツ大会は開幕試合の始球式では1975年第47回選抜高等学校野球大会以降、文部大臣(2001年以降は文部科学大臣)が投手役を務める(ただし、何度か始球式が中止になったことがある)。夏の甲子園大会の始球式では1997年第79回全国高等学校野球選手権大会までは文部大臣(2001年以降は文部科学大臣)が投手役を務めることが多かった。旧制中学時代野球部に所属していた愛知揆一が文部大臣時代に行った始球式では、外角低めにストライクとなる球を投げた[8]。また第85回全国高等学校野球選手権大会2003年)で小泉純一郎高校野球大会史上初となる現職首相による始球式を行い、ど真ん中へのストライクを投じた。

1988年第70回全国高等学校野球選手権大会では、当時皇太子だった徳仁が皇族初の始球式投手を務めた。打者は常総学院の仁志敏久[9]

1998年第80回全国高等学校野球選手権大会以降は高校球児が務めることが多く、特に2006年8月6日夏の甲子園の始球式では、前年に人命救助をした久美浜高校の野球部員4名が始球式を務めたため、投手役のほか、打者役と捕手役も同校の選手が務めた。このほか、上空のヘリコプターから投下されたボールをグラウンドで拾って投手役に渡す役も設定された。

2018年8月5日から8月21日まで16日間(8月19日の休養日を除く)開催された第100回全国高等学校野球選手権記念大会では、甲子園レジェンド始球式が毎日行われ、松井秀喜桑田真澄佐々木主浩太田幸司などかつて高校球児として夏の甲子園大会で活躍した、元野球選手の合計18人がそれぞれ参加しプレーボール直前でボールを放り投げていた[10]

プロ野球

近年の日本野球機構(NPB)管轄のプロ野球では中継テレビ局で放送しているバラエティ番組ドラマ、または球団スポンサーのCMの出演者をはじめ、芸能人宣伝の一環として行うケースが増えている。球団のレトロ企画として往年の名選手(投手出身者に限らない)が行う場合や、異競技交流の名目として野球以外のアスリートが行う場合、地域密着を目指して球団ファンクラブの会員や本拠地の地方自治体に多額のふるさと納税を行った寄付者が行うケースもあり、多様化が進んでいる[11]。引退選手の最終試合の始球式を選手の子息などが務めることもある。また打者が打席に立たないアメリカ方式や、来賓が投手役ではなく打者役(2名の場合は両方)になる始球式が行われるケースもある。2010年3月27日にはタレントの磯山さやかが捕手役を務めるという異例の始球式が行われた[12]。2016年4月24日には、タレントの稲村亜美が「始球式」と「始打式」を1人で行った。また稲村・上杉あずさ長谷川玲奈など、野球やソフトボールなどの経験のある女性タレントが100km/h前後の球を披露することも増えている[13]

現職首相によるプロ野球公式戦の始球式は、1957年3月30日に岸信介が、開幕戦となる巨人国鉄戦でおこなったのが初めてで[14][15]、2020年現在まで唯一の事例である。ただし、日本選手権シリーズでは1960年の日本シリーズ第1戦で池田勇人が始球式をおこなっている[16]

その他

独立リーグ四国アイランドリーグplus愛媛マンダリンパイレーツは、2011年8月26日の徳島戦(松山中央公園野球場)の試合前にファンやスポーツ少年団の選手らにより「最大人数で行う始球式」に挑戦した。111組222人が成功を収め、ギネス世界記録に認定された[17][18]

それ以外の球技

アイスホッケーでは、センターライン中央のフェイスオフ・スポットでフェイスオフを行う。

ゴルフでは、最初のパーティーがラウンドをはじめる前に、招待者がスモークボールを1番グラウンドのティーグラウンドから打つことが多い(行われない場合も多い)。

サッカーでは、コート外からボールを蹴ってコート内の審判にパスをする。正式には「キックイン」と呼ばれる(PKを蹴る場合もある)。スポンサー関係者、地元自治体の首長、チームゆかりの有名人、サポーター代表などが務める。

バスケットボールでは、ティップ・オフを行う(ティップ・オフ・セレモニー)。来賓が選手の1人にパスを渡し、ドリブルしてシュートを決めるのが通例である。来賓によってはフリースローを投げる場合もある。

バレーボールでは、サーブを行う。人によってサーブライン(自信有りの人)かアタックライン(自信無しの人)のどちらかに分かれる。

ラグビーでは、ペナルティキックを行う。キック力を要することから、サッカー選手などが招待されることが多い。

アメリカンフットボールでは、実際に試合の攻撃順・陣地を決めるコイントスのコイン投げを審判の代わりに来賓が行うことがある。なお、1948年の第1回ライスボウルでは、訪日したポール・ラッシュがキックオフを行った。

その他

モータースポーツにおいて、新しいサーキットが完成した時には始球式ならぬ「始走式」でサーキットの完成を祝う。

空手テコンドーでは、大会の開始前セレモニーとして行う「試割り演武」を始球式に掛けて「始割式」と呼ぶこともある。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ “始球式の歴史、トランプ氏は今年も「登板」せず”. ナショナルジオグラフィック. (2020年8月6日). https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/080400459/ 2021年7月22日閲覧。 
  2. ^ 『アメリカ大統領を読む事典』宇佐美滋著、講談社+α文庫、p331。
  3. ^ “昨季王者ナショナルズ、開幕戦の始球式にファウチ所長 米大リーグ”. CNN.co.jp. (2020年7月21日). https://www.cnn.co.jp/showbiz/35157087.html 2021年7月22日閲覧。 
  4. ^ a b c 幸運社『意外と知らないもののはじまり』PHP文庫、2002年、p.249。ISBN 4-569-57841-1
  5. ^ NHK「チコちゃんに叱られる!」2019年4月19日放送分「なぜ始球式で空振りするようになった?」
  6. ^ “やっぱり輝いてた金色バットでファンを魅了”. 新庄カウントダウン プロ野球 : nikkansports.com 日刊スポーツ2005年7月24日紙面. (2005年7月24日). http://www5.nikkansports.com/baseball/professional/shinjo/487/0724-12441.html 2016年6月25日閲覧。 
  7. ^ “こじるりノーバン 平野恵バット当てる”. デイリースポーツ. (2014年9月13日). http://www.daily.co.jp/newsflash/baseball/2014/09/13/0007326880.shtml 
  8. ^ 朝日新聞1975年8月
  9. ^ 皇太子さまの始球式「打ってしまったら…」仁志敏久さん 朝日新聞2018年8月4日
  10. ^ スター、再び夢舞台へ 甲子園レジェンド始球式、全日程で実施 第100回全国高校野球朝日新聞 2018年7月7日
  11. ^ 福岡・筑後市:ふるさと納税返礼に、今年も「始球式権」”. 毎日新聞 (2018年12月1日). 2021年3月31日閲覧。
  12. ^ 磯山さやか、ウエディングドレスでプロ野球史上初のキャッチャーでの始球式に!荻野貴司選手の球を見事キャッチ!”. シネマトゥデイ (2010年3月27日). 2015年5月29日閲覧。
  13. ^ 今どき始球式は可愛さより“速さ” 稲村亜美、NGT長谷川ら“本格派”ズラリ
  14. ^ 宇佐美徹也『宇佐美徹也の記録巨人軍65年』説話社、2000年、p.98[1]
  15. ^ 【1957】日本の現職の総理大臣としては初めて始球式登板! - 野球太郎twitter
  16. ^ ““アベノミクス”より、はるかに大胆かつ、実効性があった“イケノミクス”。その池田首相も広島の弱さだけは……”. 週刊ベースボール. (2015年1月26日). http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=018-20150202-01 2020年12月30日閲覧。 
  17. ^ プレス・パイレーツ2011年9月19日付
  18. ^ “236人同時に始球式、ギネスに認定/松山”. 四国新聞. (2011年8月27日). http://www.shikoku-np.co.jp/sports/iblj/20110827000098 2017年1月27日閲覧。 

関連項目


 

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