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⚽|本田圭佑、森保一監督は「解任できない」と断言も…「良くないと思ってる」こととは…


写真 本田圭佑 写真提供:Gettyimages

本田圭佑、森保一監督は「解任できない」と断言も…「良くないと思ってる」こととは…

 
内容をざっくり書くと
その中、本田圭佑は16日に自身のYouTubeチャンネルでライブ配信を実施。
 

日本代表は今月12日開催のFIFAワールドカップ・カタール大会のアジア最終予選・オーストラリア戦で2… →このまま続きを読む

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ストリーミング

ストリーミング英語: Streaming)とは、主に音声動画などのマルチメディアファイルを転送・再生するダウンロード方式の一種である。

通常、ファイルはダウンロード完了後に開く動作が行われるが、動画のようなサイズの大きいファイルを再生する際にはダウンロードに非常に時間がかかってしまい、特にライブ配信では大きな支障が出る。そこで、ファイルをダウンロードしながら、同時に再生をすることにより、ユーザーの待ち時間が大幅に短縮される。この方式を大まかに「ストリーミング」と称することが多い。

プログレッシブダウンロード

類似した転送方式にプログレッシブダウンロードがある。ファイルをダウンロードしながら再生するという点ではストリーミングと同じだが、HTTPによる転送が可能であるため、別途ベンダロックインのストリーミングサーバを購入する必要がない、リバースプロキシコンテンツデリバリネットワークとの相性が良いなど、安価に大規模配信できるという大きな利点がある。一方でストリーミングと異なり、再生後、ハードディスクのにマルチメディアファイルがアクセス可能な状態で残ってしまうため、著作権保護の観点からサービス提供者に忌避された時期があった。プログレッシブダウンロードが可能な代表的なファイル形式として、Flash動画などが挙げられる。YouTubeニコニコ動画などの投稿型動画配信サイトを始め、無料コンテンツ配信でも一般的に利用されている。最近は、プログレッシブダウンロードに帯域制御などを追加したストリーミング技術も出てきており(Microsoft Smooth Streaming、Adobe Dynamic Streaming、HTTP Live Streaming、MPEG-DASHなど)、GYAO!Yahoo! JAPANなどが採用していた[1]

ストリーミング専用プロトコル

ブラウザ標準対応のプロトコル

  • (HLS)
  • AppleによるHTTPベースのストリーミング・プロトコル。IETF標準化を目指して仕様が公開されており、多くのサーバやクライアントが対応している。また、いくらかのウェブブラウザSafariChromeなど)でも直接再生することができる。Flash Playerも再生に対応している。また、hls.jsなどのスクリプトを使うことで、HTML5英語版 APIに対応しているブラウザでも再生することができる。
  • (Dynamic Adaptive Streaming over HTTP)
  • MPEGによって開発されたHTTPベースのストリーミング技術。VLCとGPACが再生に対応しているほか、dash.jsを使うことによってHTML5のMedia Source Extensions APIに対応しているブラウザでも再生することができ、dash.asを使うことによってFlash Playerでも再生することができる。
  • MP4BoxやFFmpegがMPEG-DASH互換MP4フラグメントの生成に対応している。

ブラウザ再生にプラグインが必要となるプロトコル

  • IETFで標準化されており、RealMedia / QuickTime / Windows Media / GStreamer を含む多くのプレーヤーで再生することができる。また、Flash Playerからは、Locomote Video Playerなどのプレイヤーを通して再生することができる。ただし、多くのブラウザは直接対応しておらず、プラグインや外部プレイヤーを使う必要がある。
  • 多くのストリーミングソフトウェアで、この送出が可能。
  • Windows Mediaのストリーミング配信に使用される。EUの独占禁止法による問題から、楕円曲線暗号を使ったDRMを含むプロトコル仕様が公開されている。MMSを再生できるプレーヤーは多いが、互換性に問題があるものもある。また、多くのブラウザは直接対応しておらず、プラグインや外部プレイヤーを使う必要がある。
  • いくらかのストリーミングソフトウェアで、この送出が可能。
  • Microsoft Smooth Streaming
  • マイクロソフトによるSilverlight用のストリーミングプロトコル。HTTPプログレッシブダウンロード技術を用いている[2]VLCメディアプレーヤー 2.1以降がこの再生に対応している。Flash Playerからは、Smooth Streaming Plugin for OSMFを使うことで再生することができる。多くのブラウザは直接対応しておらず、プラグインや外部プレイヤーを使う必要がある。
  • FFmpegがスムースストリーミングに使われるISMVフラグメントの生成に対応している。
  • アドビによるFlash Video用のストリーミングプロトコル。リバースエンジニアリングによって仕様が解析されているため、多くのオープンソースソフトウェアがこの再生及び送出に対応している。ただし、多くのブラウザは直接再生することができず、プラグインを使う必要がある。このことは、プラグインに対応していないモバイル端末で特に問題となる。
  • Adobe HTTP Dynamic Streaming (HDS)
  • アドビによるHTTPベースのFlash Video用ストリーミングプロトコル。ファイルを分割しフラグメント毎にダウンロードするという手法を使っている。多くのブラウザは直接対応しておらず、プラグインを使う必要がある。
  • FFmpegがHDSフラグメントの生成に対応している。

P2Pマルチキャスト配信プロトコル

  • アドビが開発したFlash用P2Pプロトコルであり、RFC 7016としてプロトコル仕様が公開されている。P2Pマルチキャスト配信に対応している[3]
  • PeerCastプロトコル
  • PeerCastの使っているプロトコル。
  • P2Pマルチキャスト配信が実現可能なWeb標準のP2P APIであり、ブラウザが直接対応している。P2P配信プロトコル自体は標準化されていない。WebRTCに対応するブラウザとして、Chrome、Firefox、Operaがある。

その他、JavaアプレットによるP2Pマルチキャスト配信も使われている。

通信経路の暗号化

HTTPベースのプロトコルは、HTTPの代わりにHTTPSを通すことで通信経路の暗号化が可能。

  • RTMPS
  • アドビが開発した、RTMP及びSSLに基づくFlash用の暗号化ストリーミングプロトコル。リバースエンジニアリングによって仕様が解析されているため、多くのオープンソースソフトウェアがこの再生及び送出に対応している。
  • RTMPE
  • アドビが開発した、RTMP及びディフィー・ヘルマン鍵共有に基づくFlash用の暗号化ストリーミングプロトコル。リバースエンジニアリングによって仕様が解析されているため、多くのオープンソースソフトウェアがこの再生及び送出に対応している。設計に欠陥があり、中間者攻撃が可能という脆弱性が存在する[4][5]
  • Clear Key
  • W3C標準のEncrypted Media Extensionsで規定されている暗号化方式。Google Chromeなどが復号に対応している。
  • HLS暗号化
  • AES-128を使った暗号化。

ストリーミング用DRM

ストリーミング形式では配信目的のためにコピーガードが用意されていることが多く、映像や音楽をファイルに保存することを困難にさせることができる。ただし、コピーガードは視聴者の見られる環境を狭め、視聴者の合法的な利用を妨害し、競合他社の製品も排除するという設計の欠陥を故意に作り出すため批判されており (Defective by Design)、何時でも何処でもどんなデバイスでもオンデマンドで見られることを目指すニューメディア (New media) には使われないことが多い。

UltraViolet

  • Google Widevine DRM
  • AES-128 CTRを使ったDRM。Common Encryption (CENC、ISO/IEC 23001-7)に基づく[6]。MPEG-DASHで使うことができる。ChromeやAndroidが復号に対応している。オープンソースのBento4[7][8] が暗号化に対応している。FFmpeg[9] やedash-packagerやMP4BOX[10] が暗号化及び復号の両方に対応している。
  • 2016年現在、GoogleのWidevine DRMの実装に問題が見つかっている[11]
  • Microsoft PlayReady
  • AES-128 CTRを使ったDRM。Common Encryption (CENC、ISO/IEC 23001-7)に基づく[6]。Microsoft Smooth StreamingやMPEG-DASHで使うことができる。Internet ExplorerやWindows PhoneやSilverlightが復号に対応している。Microsoft Expression EncoderやAzure Media Services samples、オープンソースのBento4[7][8] が暗号化に対応している。FFmpeg[9] やMP4BOX[10] が暗号化及び復号の両方に対応している。
  • Adobe Primetime DRM
  • 旧Adobe Access DRM。pRTMPやPHDSで使うことができる。Adobe Flash PlayerやFirefox 38以降のWindows版32bitバイナリー[12] が復号に対応している。Adobe Media Serverが暗号化に対応している。
  • Marlin DRM
  • 多くのIP-TVが復号に対応している。MPEG DASHのMP4コンテナではCommon Encryptionに基づき、MPEG DASHのMPEG2-TSコンテナではMarlin BBTSに基づく[13]。オープンソースのBento4が暗号化に対応している[7][8]
  • OMA DRM v2.0
  • 多くのフィーチャーフォンが復号に対応している。ファイル形式にはDCFとPDCFが存在する[14]。PDCFは3GPPのPSSに基づいている[14]。構文以外は英語版と互換性がある[15]

レガシー

これらはレガシーであり、ハリウッドスタジオ(除ディズニー)ではUltraViolet対応のDRMを推進している。

  • WMDRM
  • 楕円曲線暗号を使ったDRM。MS-RTSPやMMSで使うことができる。Windows Media PlayerやWindows Phoneが復号に対応している。Windows Media Rights Manager (WMRM) が暗号化に対応していた。
  • Windows 10 Anniversary Updateで、WMDRMの復号が削除され、WMDRMで暗号化されたメディアの視聴が不可能となった[16]
  • Helix DRM
  • RealRTSPで使うことができる。Real Playerが復号に対応している。Helix Universal Server(ディスコン[17])が暗号化に対応していた。
  • FairPlay
  • QuickTime Playerが復号に対応している。2016年、Microsoft AzureがFairPlayの暗号化に対応した[18]

主なストリーミングサーバ

現在はHTTPベースのストリーミングプロトコルの普及により、動画をフラグメント化してHTTPサーバで送出することが主流になりつつある。

  • アドビが提供しているWindows・Linux向けのストリーミングサーバ。コピーガードが有効な動画を、PCにおける普及率が高いマルチプラットフォームのFlash Playerに配信する唯一の手段であったため、現在のデファクトスタンダードとなっている。Flash Playerが使えないiOSへの配信にも対応しており、Protected HLSプロトコルを使うことによってブラウザから再生可能にできる。同じくFlash Playerが使えないAndroid 4.1以降への配信には、再生側にAdobe Air製のアプリをインストールさせる必要がある。なお、コピーガードを使うにはプロフェッショナル版以上を使う必要がある。バージョンによって最大同時接続数やプロセス数にライセンス的な制限があるため、大規模配信する場合にはサーバ一台に対して複数ライセンスを購入し、ライセンスをスタックする必要がある。
  • Wowza Media Systems が開発している動画ストリーミングサーバ。RTMP を使い、Adobe Flash Player と通信できるが、クライアント・サーバー間のリモートプロシージャコールにも対応しており、その際、サーバー側は Java で記述する。バージョン4.0より、Webブラウザベースで管理出来るGUIを搭載した。
  • Javaで書かれたオープンソースのFlash Player向けマルチプラットフォームストリーミングサーバ。ライセンスはApache License 2.0(LGPLv3から変更された)。RTMPによる動画配信、RTMPEによる暗号化動画配信だけでなく、Flashの共有オブジェクトやRemotingなどにも対応している。ただし、プログラミング言語はJavaであり、FMS向けにActionScriptで書かれたサーバサイドスクリプトは直接動かすことができない。
  • NGINXを基にしたオープンソースのストリーミングサーバ。RTMPだけでなくHLSやMPEG-DASHによるライブストリーミングにも対応している。
  • Winampの開発・配布先と知られているNullsoftが無償で提供していたが、インターネットラジオのRadionomyに買収された。
  • プラットフォームはWindows 95/98/Me/NT/2000/XP/2003からFreeBSD、 Linux、macOS サーバ、そしてSolaris 2.x サーバ(Sparc版)と対応OSも幅広く、バイナリでの配布となっている。
  • MP3形式のデータをストリーミング送信可能である。また、プラグイン導入済みWinampとSHOUTcastサーバの組合せでライブ送信が行なえる。
  • MP3形式のストリーミングが可能なオープンソースのストリーミングサーバ。
  • VideoLANプロジェクトで開発されているオープンソースのマルチメディアプレーヤー。GUIだけでなく、CUIやWebインタフェースも持っており、ストリーミングにも対応している。HTTP、MMSH、RTSP、Icecastなどのプロトコルでストリーミング出力が可能。

主な開発停止中のストリーミングサーバ

  • Helix Universal Server
    RealServerの後継製品であり、リアルネットワークスが販売していた。ディスコン[17]。配信可能なメディア種類がReal Media、Windows Media、Quick Timeと豊富であり、プラットフォームとするOS種類もWindows NT、Windows 2000、LinuxFreeBSDSolarisHP-UX等幅広い。
    他社製品のコピーガードには対応していない。独自のコピーガードHelix DRMがあるものの、これを使うとReal Player以外では見ることはできないため、使われることは少ない。なお、リアルネットワークスはプレーヤ側において、DRMの相互運用性を確保するために、他社製品のコピーガードに対応しようとHarmony技術を開発したことがあるものの、アップルからの訴訟の可能性によって開発を停止している。
  • Helix DNA Server
    リアルネットワークスが開発したHelix Universal Serverのオープンソース版。独自のライセンスを適用していた。最終バージョンは2006年リリースの11.1。
  • VLS (VideoLAN Server)
    VideoLANプロジェクトで開発されていたオープンソースのストリーミングサーバ。現在、VLSのほとんどの機能はVLCにも実装されており、VLSは開発が終了している。
  • Darwin Streaming Server
    オープンソースのストリーミングサーバー。
  • QuickTime Streaming Server
    OS X Serverに搭載されていたストリーミングサーバ。
  • rtmplite
    Pythonで書かれたオープンソースのFlash Player向けストリーミングサーバ。ライセンスはGPLv3。
  • C++ RTMP Server
    C++で書かれたオープンソースのFlash Player向けストリーミングサーバ。ライセンスはGPLv3。
  • PeerCast
    P2P技術を使ったオープンソースのストリーミングシステム。送信機能は無く、中継機能のみ持っている。RTSPやMMSの中継に対応している。
  • FFserver
    FFmpegに含まれていたオープンソースのストリーミングサーバ。HTTPとRTSPに対応していた。廃棄された[19]
  • IIS Media Services
    マイクロソフトが提供しているWindows向けのストリーミングサーバであり、英語版の後継製品。コンテンツ開発用エンコーダ等も無償で配布されている。コピーガードが有効な動画は、Microsoft製品以外での視聴ができないため、Windows以外のPCやモバイルデバイス等への配信が難しい。
    更新されておらず、Windows Server 2016以降へのインストールには回避策が必要となる[20]

主なフラグメント化ソフトウェア

  • MP4Box
    MPEG-DASH互換MP4フラグメントやMPEG-DASH互換MPEG-2 TSフラグメントなどの生成に対応している。オープンソース。
  • FFmpeg
    MPEG-DASH互換MP4フラグメント、MPEG-DASH互換WebMチャンク、HDSフラグメント、Microsoft Smooth Streamingに使われるISMVフラグメントなどの生成に対応している。オープンソース。
  • edash-packager
    MPEG-DASH互換MP4フラグメントの生成に対応している。ISOのCommon Encryption及び英語版の一つであるWidevine DRMの暗号化・復号に対応している。オープンソース。
  • TITAN File
    ATEMEの動画変換ソフトウェア。MPEG-DASH、Smooth Streaming、HLS互換フラグメントの生成に対応している。

クラウドベース

  • Amazon Elastic Transcoder
    MPEG-DASH、Smooth Streaming、HLSに対応している[21]
  • Azure Media Services
    MPEG-DASH、Smooth Streaming、HLSに対応している[22]
  • Akamai Media Services Live/On Demand
    MPEG-DASH、Smooth Streaming、HLS、HDSに対応している[23][24]
  • Arkena Cloud4TV

主なWebベースのストリーミングメディアプレーヤー

Flowplayer
HTML5及びFlashベースのWebプレーヤー。オープンソース。
MediaElement.js
HTML5及びFlashベースのWebプレーヤー。オープンソース。
Video.js
HTML5及びFlashベースのWebプレーヤー。オープンソース。
Shaka Player
GoogleによるHTML5ベースのWebプレーヤー。オープンソース。
Strobe Media Playback
AdobeによるFlashベースのWebプレーヤー。OSMF (Open Source Media Framework)を基にしている。オープンソース。更新停止中。
MicrosoftはOSMFに向けて、Smooth Streamingに対応させるSmooth Streaming Plugin for OSMFをリリースしている。
Locomote Video Player
FlashベースのWebプレーヤー。オープンソース。RTSPにも対応している。

ライブストリーミング

ライブストリーミング(en:Live streaming)はライブメディアをストリーミングすることである。より限定的には、その場で記録された(ライブ)メディアをコンピュータネットワークを介してリアルタイムにストリーミング配信すること(生配信)を指す。生配信されるメディアの例として以下が挙げられる。

  • ライブカメラ映像(天気・景勝地・被災地・天体観測(彗星))
  • 音楽ライブ映像
  • 既存メディア(ラジオ、テレビ)

ライブストリーミングは生放送 (en:Live broadcast) の一種とみなされる。インターネットを利用した生放送であるライブストリーミングは、公共の電波を利用するテレビメディアの様な複雑な放送認可手続き・審査・取得を必要としない。ゆえにネットにて擬似的なラジオ放送、およびTV放送を開局可能であり、個人や小規模な各種法人団体、既存のラジオ放送局(放送局スタジオ内のライブカメラ映像とセットで流してTV放送化)も積極的にライブストリーミングへ参入している。前述の通り、(放送コンテンツの著作権関係さえクリアしていれば)規制の殆ど存在しないメディア形態である為、機材さえ用意すれば刑務所の中までネットワーク中継をすることも可能である。

短所としては、下記が挙げられる。

  • ライブストリーミングの場合、既存放送メディア同様、視聴者が放送時間を忘れて目的の番組を見逃す事がありえる。
  • ライブストリーミングと非ライブストリーミング(放送時間の制約が無いオンデマンド・コンテンツのストリーミング送信)共通の欠点として、ネットTV放送側が映像画質の仕様を策定する際に多くの視聴者獲得を優先させる(低スペックPCや低速ナローバンド通信回線接続PCでも視聴に耐える様、画質・画像サイズ・映像フレーム数を低めにする)か否か判断に悩まされる。

配信プラットフォーム

様々なライブストリーミングプラットフォームが存在する。詳細は以下のリンク先を参照。

ライブストリーミング送出

Adobe Flash Media Live Encoder
Open Broadcaster Software (OBS)
オープンソース。
英語版 (英語版)

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 9 特別インタビュー - ヤフーに聞く、Silverlight採用の理由
  2. ^ MSDN IIS Smooth Streaming について
  3. ^ メディアのマルチキャスト(RTMFP) Adobe
  4. ^ Ripping Media Off of the Wire A Step-by-Step Guide P.40 DEF CON 2010年
  5. ^ What is RTMPE Wowza Media Systems
  6. ^ a b Using PlayReady and/or Widevine Dynamic Common Encryption Microsoft
  7. ^ a b c Software DASH Industry Forum
  8. ^ a b c MPEG DASH Axiomatic Systems
  9. ^ a b FFmpeg Changelog
  10. ^ a b Common Encryption GPAC project
  11. ^ A Bug in Chrome Makes It Easy to Pirate Movies Wired 2016年6月24日
  12. ^ Firefox で DRM コンテンツを視聴する方法#サポートする環境 Mozilla Support
  13. ^ Marlin Tutorial Intertrust
  14. ^ a b OMAにおけるDRMの標準化動向 NTTドコモ
  15. ^ OMA DRM GPAC project
  16. ^ Windows 10 Anniversary Update: 音楽とビデオの消失 Microsoft
  17. ^ a b Helix Media Delivery Platform RealNetworks
  18. ^ Microsoft announces general availability of Apple FairPlay Streaming for Azure Media Services MSPoweruser 2016年8月3日
  19. ^ ffserver program being dropped FFmpeg project 2016年7月10日
  20. ^ Workaround: error installing IIS Media Services on Windows Server 2016 Microsoft 2017年5月9日
  21. ^ Amazon Elastic Transcoder が MPEG-DASH をサポート Amazon 2016年5月24日
  22. ^ Azure Media Services の概要と一般的なシナリオ Microsoft
  23. ^ Media Services Live Akamai
  24. ^ Media Services On Demand Akamai

関連項目

本田圭佑

本田圭佑(ほんだ けいすけ、1986年6月13日 - )は、日本サッカー選手監督リトアニアAリーガスードゥヴァ所属。ポジションミッドフィールダー。元日本代表カンボジア代表GM・監督を務める。

アジア(日本)、ヨーロッパ(オランダロシアイタリアアゼルバイジャンリトアニア)、北中米(メキシコ)、オセアニア(オーストラリア)、南米(ブラジル)の5地域のプロリーグでプレーして得点を決めた。

日本代表時代には日本人初となるW杯3大会連続ゴールを決め(日本人のW杯最年長得点者)、アジア人のW杯最多得点者となり、アジア人初となるW杯3大会連続アシストも達成。ルディ・フェラーデイビッド・ベッカムらに続くW杯3大会連続となる得点とアシストの両方を記録した史上6人目の選手となった[3][4]FIFA選出のW杯の「マン・オブ・ザ・マッチ」数において日本人最多の「4回」受賞し、ミロスラフ・クローゼエデン・アザールハメス・ロドリゲスらと並び受賞総数5位である[5]

2020年にイギリスメディア『90min』選定の「21世紀の日本代表ベストイレブン」に選出[6]、ドイツメディア『SPOX』選定の「アジア歴代ベストイレブン」に選出[7]、『アジアサッカー連盟(AFC)』『Opta』選定の「W杯アジアベストイレブン」に選出された[8]

現役選手ながら選手以外の活動も精力的に行い、2012年には自身がプロデュースするサッカースクール「SOLTILO FAMILIA」を日本全国で開校[9]。2015年からは複数のプロサッカークラブの実質的なオーナーを務め[10]、2018年にはカンボジア代表GM・監督に就任した。

クラブ経歴

プロ入り前

大阪府摂津市出身。両親は本田が小学2年生の春に離婚、自身は父親に引き取られたが、仕事で忙しかったこともあり、祖父母に育てられていた[11][12]。幼少時は鳥飼さつき園に通園[13]摂津市立鳥飼北小学校2年時から地元の摂津FCに入団しサッカーを始めた。摂津市立第四中学校に入学。あだ名はゴリ[14]。その後、ガンバ大阪ジュニアユースに所属し家長昭博安田理大東口順昭らとともにプレーしたが[14]、当時はスタミナやスピードに難があり、ユースチームへの昇格が見送られた為[15]石川県星稜高校へ進学した[16]。1年時に高円宮杯全日本ユース選手権で準優勝し、3年時にはキャプテンとして第83回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、石川県勢として初のベスト4に貢献した[16]。高校では、豊田陽平橋本晃司とともにプレーした。2004年には特別指定選手として名古屋グランパスエイトの練習に参加し、7月24日に行われたナビスコカップジュビロ磐田戦で公式戦初出場を果たした。背番号は「39」。同時期に横浜F・マリノスの練習にも参加したが獲得は見送られた[17]

名古屋グランパスエイト

高校卒業に際して複数のJリーグクラブからオファーを受け[16]、前年に特別指定選手として在籍していた名古屋グランパスエイトとプロ契約を結んだ。背番号は「24」。本人の希望により加入時の契約に「オファーがあれば海外クラブへの移籍を認める」という条項が盛り込まれていた[18]。2005年3月5日、ジェフユナイテッド千葉戦でクラブ史上4人目となる高卒ルーキーの開幕スタメンでプロデビューし、アシストを決めた。4月28日、第8節東京ヴェルディ戦でプロ初ゴールを決めた。プロ2年目でレギュラーに定着し、左サイドハーフ、左ウイングバック、左サイドバックなどのポジションでプレーした。

VVVフェンロ

2008年1月16日、エールディヴィジ(オランダ1部リーグ)のVVVフェンロへ移籍。2年半契約+1年のオプション付きで背番号は「29」[19]。1月20日の入団会見ではオランダ語で挨拶を行い、会見直後に行われたPSV戦に後半開始から出場した[20]。 3月15日、第29節フェイエノールト戦で移籍後初得点となる直接FKを決めた[21]。レギュラーに定着したが、チームはエールステ・ディヴィジ(オランダ2部リーグ)への降格が決定した。

2008-09シーズンは8月に浦和レッズからオファーが届いたが、本田はオファーを断り、残留を決めた[22][23]。背番号を「10」に変更し、攻撃の軸として首位を独走するチームの原動力となり、2009年3月20日のフォルトゥナ戦からはキャプテンを任された。4月24日、ハーレムに勝利し、チームをリーグ優勝と1部復帰に導いた[24][25]。リーグ戦36試合に出場し16ゴール13アシストを挙げ、2部各チームの監督と主将投票による年間最優秀選手賞(MVP)を受賞した[26][27]

2009-10シーズンは8月にジーコが率いるロシア・プレミアリーグCSKAモスクワからオファーが届いたが、本田はオファーを断り、残留を決めた[28][29]。前半戦18試合に先発出場し、6ゴール7アシストを挙げた。第3節ユトレヒト戦では30mの距離から豪快なミドルシュートを決めた[30]。このゴールは2017年に『FOX Sports』で過去10年のエールディビジで生まれた「スーパーミドルTOP10」で5位に選出[31]、2019年にはエールディビジで生まれた「日本人最高のゴールTOP10」で1位に選出された[32]。2009年12月にCSKAモスクワ、PSVからオファーが届いた[33][34]

CSKAモスクワ

2010年1月1日、移籍金900万ユーロ(約12億円)でロシア・プレミアリーグCSKAモスクワへ移籍。4年契約で背番号は「7」。ロシア・プレミアリーグでプレーする初めての日本人選手になった[35][36][37]

2010年2月24日、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメント1回戦1stレグのセビージャ戦に先発出場し、CL初出場を果たした。この大会のみ背番号は「18」をつけた。3月16日、2ndレグのセビージャ戦で前半39分には先制点をアシストし、後半10分には30mの距離から決勝点となる直接FKを決め、CL初得点。2戦合計3-2でCSKAが勝利し、日本人初、クラブ史上初、ロシアリーグ所属チーム史上初となるCLベスト8への原動力となった[38]。この試合で「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出、さらに1stレグ2ndレグともに欧州の複数のスポーツ紙にてCL週間ベストイレブンに選出された[39][40]。準々決勝ではジョゼ・モウリーニョが率いるインテルと対戦し、1stレグ2ndレグともに先発出場したが、チームは敗れた。この大会でインテルは優勝を果たした。

2010-11シーズンは2010年3月12日に行われた開幕戦のアムカル戦に先発出場し、後半アディショナルタイムに移籍後初得点となる決勝点を決めた[41]。不慣れなボランチでの出場が多いながらも、リーグ戦で4得点を挙げ、ロシア紙『スポーツ・エクスプレス』の採点では平均6.02で全選手中10位と高く評価され[42]、来シーズンのCL本戦出場権獲得に貢献した。UEFAヨーロッパリーグ(EL)では、グループリーグのパレルモ戦で1ゴール2アシストを挙げるなどの活躍を見せ、グループリーグ突破に貢献した[43][44]。2011年3月、EL決勝トーナメント2回戦でフッキラダメル・ファルカオハメス・ロドリゲスらを擁し、アンドレ・ビラス・ボアスが率いるポルトと対戦。1stレグ2ndレグともに先発出場したが、チームは敗れ、ベスト16に終わった。この大会でポルトは優勝を果たした。2011年5月22日、ロシア・カップ決勝のアラニア戦で決勝点をアシストし、CSKAモスクワの2シーズンぶりの優勝に貢献した。

2011-12シーズンはボランチではなく、得意とする右サイドハーフで起用されたことで得点に絡む機会が増え、18試合で前シーズンを上回る7得点を挙げるなど好調だったが、2011年8月28日のスパルタク・モスクワ戦で右膝半月板を損傷し、9月1日に手術を受け、全治には最長3か月と発表された[45]。11月18日のルビン・カザン戦で先発フル出場し、2か月半ぶりに復帰を果たすも、試合後に右膝の故障が再発し、またも長期離脱となり[46]CLグループリーグを全試合欠場した。2012年1月、イタリア・セリエAラツィオへの移籍が取り沙汰され、冬の移籍市場でイタリア勢で最高金額の移籍金のオファーを提示されたが、CSKAがオファーを断り、移籍は破談となった[47][48]。2012年2月21日、CL決勝トーナメント1回戦1stレグのレアル・マドリード戦で途中出場し、3か月ぶりに公式戦復帰を果たした。しかし、2ndレグは左太ももの負傷で欠場し、チームも敗退した。4月21日のディナモ・モスクワ戦で1か月半ぶりに復帰を果たした。5月13日、最終節ルビン・カザン戦で9カ月ぶりの得点を決めるもチームは敗れ、来シーズンのCL出場権を逃した。

2012-13シーズンはトップ下で起用され、前半戦18試合で7得点を挙げる活躍を見せていたが、2013年2月に左足首の負傷でチームを離脱。以後、長期に渡り治療を余儀なくされ、3月のW杯アジア最終予選ヨルダン戦も欠場し、4月21日のスパルタク・モスクワ戦で2か月ぶりに復帰を果たした。2013年5月18日、CSKAモスクワは6シーズンぶりのリーグ優勝を達成し、自身にとって初の欧州1部リーグでの優勝となった。6月1日、ロシア・カップ決勝のアンジ戦に先発出場し、2シーズンぶりの優勝に貢献、2冠を達成した。ロシア紙『スポーツ・エクスプレス』選定の2012-13シーズンのベストイレブンにトップ下で選出された[49]

2013-14シーズン初戦となったロシア・スーパーカップゼニト戦で2得点を決める活躍を見せ、CSKAモスクワの4シーズンぶりの優勝に貢献した[50][51]。また、CLグループリーグではバイエルン・ミュンヘン戦とプルゼニ戦で1ゴールを決めるなど2G2Aの活躍を見せたが、チームはグループリーグで敗退した。2013年12月11日、CSKAモスクワ退団が発表された。

ACミラン

2013年12月11日、セリエAACミラン移籍が発表された[52]。3年半契約で背番号は自ら希望した「10」に決まった。2014年1月12日、第19節サッスオーロ戦で後半から途中出場し、セリエAデビューを果たした[53]。しかし、翌日マッシミリアーノ・アッレグリ監督が解任された。アッレグリの下で得意とするシャドーでの起用予定だったが[54]、新監督のクラレンス・セードルフカカをトップ下に置き、本田は右サイドで起用された。1月15日、初の先発出場となったコッパ・イタリア5回戦スペツィア戦で移籍後初得点を決めた。4月7日、第32節ジェノア戦でリーグ戦初得点を決めた。

2014-15シーズンフィリッポ・インザーギが監督に就任し、3トップの右ウイングで起用された。開幕戦のラツィオ戦で先発出場し、先制点を決めた[55]。第2節パルマ戦ではジャコモ・ボナヴェントゥーラの先制点をアシスト、イニャツィオ・アバーテのクロスを頭で決め、1ゴール1アシストを記録した[56][57][58]。第7節ヴェローナ戦で移籍後初の1試合2得点を決めた。2014年11月23日のミラノダービーインテル所属の長友佑都とともに出場し、ミラノダービーで初の日本人対決が実現した[59]

2015-16シーズンシニシャ・ミハイロヴィチが監督に就任。2試合連続で出場機会がなく、チームが2連敗を喫した10月4日のナポリ戦後、チーム批判とも受け取られかねない発言をした[60]。次節からアレッシオ・チェルチが右ウイングで起用されたため、出場機会が激減した[61]。12月20日、第17節フロジノーネ戦でシステム変更に伴い右サイドハーフに抜擢、リーグ戦では12試合ぶりの先発出場となり、アシストを挙げフル出場を果たし勝利に貢献[62]。監督の信頼を得て、以降は右サイドハーフのレギュラーに定着。2016年1月30日のミラノダービーで決勝点をアシスト、伊3紙から最高点が与えられた[63]。2月14日、第25節ジェノア戦で今季初得点となるミドルシュートを決めた。このゴールはミランサポーターが選ぶシーズンベストゴールに選出された[64]。コッパ・イタリアでは7試合で1G4Aを挙げ決勝進出に貢献、決勝戦のユヴェントス戦で先発フル出場を果たしたが、チームは延長戦で敗れ、優勝を逃した[65]。ユヴェントスはリーグでも優勝を果たしていたため、準優勝のミランが来シーズンのスーペルコッパ・イタリアーナの出場権を獲得した。

2016-17シーズンヴィンチェンツォ・モンテッラが監督に就任し、スソエムベイェ・ニアンジェラール・デウロフェウといった若くてスピードがあるウイングが起用されたため、出場機会が少なかった。2016年12月23日、スーペルコッパ・イタリアーナが行われ、ベンチ入りしたが出場せず、チームはユヴェントスにPK戦で勝利し、ミラン移籍後初タイトルを獲得した。2017年1月31日、冬の移籍市場最終日にイングランド・プレミアリーグハル・シティからオファーが届いたが、本田はオファーを断り、残留を決めた[66]。2017年5月21日、ホーム最終戦のボローニャ戦で今季初得点となる直接FKを決めた。ミランの来季のEL出場を決定付ける得点でもあり、このFKはミランサポーターが選ぶ5月のベストゴールに選出された[67]。試合後、自身の公式Twitterを開設すると同時に今季限りでのミラン退団を表明した[68]。5月28日、ミランでのラストマッチとなった最終節のカリアリ戦では、移籍後初のキャプテンマークを巻き、フル出場を果たした[69]

ミラン情報サイト『ピアネタ・ミラン』は本田について「良いテクニックを持っており、戦術的には貴重な選手であり、頭も良い。それに非常にプロフェッショナルな選手だ」と評した一方で「マーケティング目当てで獲得したというレッテルが貼られ、ティフォージ(サポーター)から愛されなかった。もし本田が背番号10番以外を選んでいたとしたら、ミランのサポーターの態度は違っていたのかもしれない」と指摘した。「模範的なプロ選手であり続け、コンディションを保つために労を惜しまず、彼を指導した監督は全員、彼について好印象を持っていた。ミランでは大成功を収めることはできなかったが、足跡はしっかり残した」と締めくくった[70]

パチューカ

2017年7月14日、リーガMX(メキシコ1部リーグ)のパチューカへの移籍が決定した[71][72]。1年契約で背番号は「02」[73]。ユニフォームネームは「KSK」となっている。この「KSK」とは自身の展開するブランドの名前であり、圭佑という名前をもじったものである[74]

2017-18シーズンは右ふくらはぎ肉離れで出遅れたが、8月22日の前期第6節ベラクルス戦で後半から途中出場し、移籍後初得点を決めた[75]コパMXでは決勝トーナメント1回戦のサカテペク戦で移籍後初の1試合2得点を決め[76]、準々決勝のティフアナ戦ではハーフウェーライン手前から4人抜きのゴールを決め称賛された[77][78]。2017年12月9日、北中米カリブ海王者として挑んだFIFAクラブワールドカップでは、準々決勝のウィダード・カサブランカ(アフリカ王者)戦で先発フル出場し、勝利に貢献した[79]。2018年2月3日、後期第5節モレリア戦で2試合連続ゴールとなる直接FKを決め[80]、第14節プエブラ戦ではリーグ戦初の1試合2得点を決めた[81]。1トップ、トップ下、右インサイドハーフ、右ウイングと複数のポジションでプレーし、リーグ戦29試合に出場し10ゴール7アシストを挙げ、チームの攻撃を牽引。この活躍を北米メディア『ESPN』は「今季メキシコリーグに加入選手の中で最もインパクトを残した」と称賛した[82]

メルボルン・ビクトリー

2018年8月6日、Aリーグ(オーストラリア1部リーグ)のメルボルン・ビクトリーへの移籍が発表された。1年契約で背番号は「4」。年俸制限のないマーキープレーヤーとしての契約となる[83]

2018-19シーズンは右インサイドハーフで起用され、10月20日に行われた開幕戦のメルボルン・シティ戦にキャプテンマークを巻き先発出場し、移籍後初得点となる先制点を決めた[84]。開幕から7試合で4G3Aを挙げ、10月と11月のAリーグ月間最優秀選手に選出された[85]。12月に右太もも裏を負傷し、チームを離脱。2019年2月10日、第18節パース・グローリー戦で2か月ぶりに復帰を果たした。AFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)のグループステージ第1節大邱FC戦で大会初出場を果たした。2019年3月12日、クラブチームの選手として、11年3カ月ぶりの日本凱旋試合になった第2節サンフレッチェ広島戦でACL初得点を決め、第2節のベストイレブンに選出された[86][87]。チームはレギュラーシーズン3位になり、ファイナルシリーズ進出を決めた。ファイナルシリーズでは2試合にフル出場し、2アシストを挙げたが、準決勝でシドニーFCに敗れた[88]

フィテッセ・アーネム

2019年6月にメルボルンビクトリーを退団後、無所属の状態が続いたが、同年10月31日からCSKAモスクワ時代の恩師であるレオニード・スルツキー率いるエールディヴィジSBVフィテッセの練習に参加。11月6日、フィテッセへの移籍が発表された。シーズン終了までの1年契約で背番号は「33」。2年半ぶりの欧州復帰、10年ぶりのオランダ復帰となった[89][90]。練習参加だけの予定だったが、スルツキー監督から獲得を熱望され、心変わりした事を移籍理由に挙げた[91]

2019年11月24日、第14節スパルタ戦に先発出場し、半年ぶりの実戦となった[92]。第15節ヘーレンフェーン戦も先発出場を果たしたがチームは敗れ、試合後に5連敗の責任を取り、スルツキー監督は辞任した[93]。12月23日、フィテッセ退団が発表された[94]。低迷するチーム状況を変えられず、恩師であるスルツキ監督の退任を招いたことを退団理由に挙げた[95]

ボタフォゴ

2020年1月31日、カンピオナート・ブラジレイロ・セリエA(ブラジル1部リーグ)のボタフォゴへの移籍を発表[96]。1年契約で背番号は「4」。

2020年3月15日、リオデジャネイロ州選手権の第3節バングー戦に先発出場し、先制点となるPKを決め、移籍後初得点を挙げた[97]。この得点により、クラブキャリア通算100得点を達成した[98]。また、アジア・ヨーロッパ・北アメリカ・オーストラリア・南アメリカの5大陸のプロリーグで得点を記録した史上初の選手となった[注釈 1][99][100]。しかし、試合後に新型コロナウイルスの感染拡大を受け、全ての公式戦が中断。中断によりクラブの収入は激減し、以前から巨額の負債を抱えていたクラブの財務状況は一層悪化、選手やクラブスタッフへの給与遅配が続いた。5月に本田は遅配している3月分の給与を受け取らないことを申し出たが、クラブ側は全選手に給与を支払う方針を示した[101]。6月29日、公式戦再開となるリオデジャネイロ州選手権の第4節カボフリエンセ戦からゲームキャプテンを任された[102]。10月11日、ブラジル全国選手権の第15節スポルチ戦で全国選手権初得点を挙げた[103]。日本人の全国選手権でのゴールは三浦知良(1990年)、前園真聖(1998年)に続き3人目となった[104]。チームは降格圏に沈み、1年で4人(最終的には1年で5人)の監督が解任。度重なる監督交代、1試合も指揮を執っていない監督を就任13日で解任したフロント陣に不満を持ち、ボタフォゴ退団を示唆した[105]。12月19日のコリチーバ戦で左太ももを負傷し、全治6週間~8週間の診断を受け、チームを離脱。

2020年12月30日、自身のTwitterでボタフォゴ退団を表明し[106]、2021年1月29日に退団が発表された。チームに残留しても負傷でシーズンの残り試合の出場は難しい中での退団だったが、チームが降格圏に沈む中での退団にサポーターやメディアからは厳しい声が上がった。しかし、チームメイトのサロモン・カルーはボタフォゴの問題を指摘し、本田の退団に理解を示した[107]。新型コロナウイルスの感染が深刻化している中でチームメイトやチームスタッフと自身の送別会を開き、批判を受けた[108]

ポルティモネンセ

2021年2月4日、プレミアム音声サービスNowVoiceプリメイラ・リーガ(ポルトガル1部リーグ)のポルティモネンセへの移籍報告を行った[109]。半年契約で背番号は「4」[110]。プリメイラ・リーガの冬の移籍期限の2分前に契約した事を明かした。しかし後日、選手登録が間に合ってなかった事が判明し、またリーグ規定により2020年夏の移籍市場が閉まった時点で無所属でなければ追加登録が可能なフリーエージェントとして認められない事も判明。2021年1月までボタフォゴ所属の本田はこれに該当しないため、選手登録が認められず、今シーズンの公式戦出場が不可能になったため、退団した[111]

ネフチ・バクー

2021年3月15日、アゼルバイジャン・プレミアリーグネフチ・バクーへの移籍が発表された。今シーズン終了までの契約で背番号は「4」[112]。アゼルバイジャン・プレミアリーグでプレーする初めての日本人選手となった[113]。4月4日、第21節スムガイト戦に後半開始から出場し、3か月半ぶりの公式戦出場となった。第25節ケシュラ戦で移籍後初得点を挙げ[114]、第26節サバイル戦では2試合連続となる得点を挙げた[115]。5月19日、リーグ7連覇中で首位のカラバフと優勝を懸けた最終節に先発出場し、チームはカラバフに勝ち、逆転で8シーズンぶりのリーグ優勝を達成した[116]

スードゥヴァ・マリヤンポレ

2021年9月14日、Aリーガ(リトアニア1部リーグ)のスードゥヴァへの移籍が発表された[117]。今シーズン終了までの契約で背番号は「3」[117]。 9月26日、第30節バンガ戦に先発出場し、4か月ぶりの実戦となった試合で移籍後初得点を挙げた[118]

代表経歴

星稜高校3年時に石川県選抜として、本来のボランチではなく左サイドバックとしてプレーし、ステップなしの強いキックで、いとも簡単にサイドチェンジしていた姿がU-19日本代表監督を務めていた大熊清の目に留まり、2004年に初めて日本代表に選出された[119]。2005年6月に開催されたFIFAワールドユース選手権・オランダ大会にU-20日本代表として招集され、負傷明けの梶山陽平に代わって、グループリーグ初戦のオランダ戦にボランチで先発出場した[120]。しかし試合は前半にオランダが圧倒、後半は日本もペースをつかむ時間帯を得たが本田は途中交代となり、チームも敗れた。この後、チームはベスト16に進出したものの、梶山の復調もあって出場機会はなかった。

2007年に開催された北京オリンピックアジア予選では左サイドハーフ、左ウイングバック、左サイドバックとして最終予選5試合にフル出場し、五輪出場権獲得に貢献した。2008年8月に開催された北京オリンピックでは3試合に先発出場し、谷口博之らとともに主力として攻撃を牽引したが、グループリーグ3戦全敗で敗退した。

2006年11月、A代表に初選出されたが出場はなかった。2008年6月22日、2010 FIFAワールドカップ・アジア3次予選バーレーン戦でA代表デビュー[2]。2009年5月27日、キリンカップチリ戦で山田直輝からパスを受け、A代表初得点を挙げた[121]。右サイドには中村俊輔が君臨していたため、本田は控えの立場だったが、2010年に入るとレギュラーに定着。

2010年6月に開催されたFIFAワールドカップ・南アフリカ大会では4試合にフル出場。大会直前にそれまで経験のないセンターフォワード(1トップ)に抜擢され、グループリーグ初戦のカメルーン戦で決勝点を挙げ、FIFA選定の「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出された[122][123]。第3戦のデンマーク戦では直接FKで先制点を挙げ、岡崎慎司のゴールもアシストし、日本代表の決勝トーナメント進出に貢献、この試合でも「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出された[124]。決勝トーナメント1回戦のパラグアイ戦では強烈なミドルシュートを放つなど強い印象を残したが、PK戦の末に日本代表は敗れた(記録上は引き分け)。しかし敗戦チームからは異例の今大会3度目となる「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出された[125]

2011年1月に開催されたアジアカップ2011では5試合に先発出場。グループリーグ第2戦のシリア戦では、PKで日本代表の国際Aマッチ通算1000点目となる決勝点を挙げた[126]。準決勝の韓国戦でも全2得点に繋がるプレーを見せ、この2試合で「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出された。準々決勝のカタール戦での2得点につながる縦パスを含め、出場した試合で日本代表が挙げた全9得点中6得点に絡む活躍で日本代表の2大会ぶりのアジアカップ優勝に貢献し、最優秀選手(MVP)に選出された[127][128]

2011年2月7日、全国のサッカー担当記者の投票による2010年度のフットボーラー・オブ・ザ・イヤー(年間最優秀選手)に有効投票202票のうち、75票を集めて初選出された[129]。50年の歴史がある賞だが、海外クラブ所属の選手が受賞するのは本田が初めてであった[注釈 2]。3月29日に開催されたチャリティーマッチ「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」では、先制点のきっかけとなったFKを獲得し、岡崎慎司の決勝点をアシストする活躍を見せた。2011年8月に右膝半月板を損傷し、長期離脱を余儀なくされ、2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選を全試合欠場した。2012年5月のアゼルバイジャン戦で9か月ぶりに代表復帰を果たした。

2012年6月8日、2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選ヨルダン戦でハットトリックを達成[130]。本田のハットトリックは高校時代以来でプロ入り以降は初めてであり、W杯アジア最終予選の日本人選手のハットトリックは三浦知良(1997年ウズベキスタン戦)以来となる、史上2人目の快挙となった[131]。2013年6月4日、オーストラリア戦の後半アディショナルタイムに自らが獲得した同点となるPKを決め、日本代表は2014 FIFAワールドカップ出場を決めた。最終予選で5得点を決めた本田は、1大会のW杯アジア最終予選における通算得点で三浦知良の4得点を抜き、歴代最多得点を更新した[132]

2013年6月に開催されたFIFAコンフェデレーションズカップ2013では3試合に先発出場。グループリーグ第2戦のイタリア戦でPKで先制点を決めるが、チームは逆転負け。グループリーグ3戦全敗で敗退した。本田はFIFA選定のグループリーグベストイレブンにアンドレス・イニエスタマリオ・バロテッリらとともに選出され、グループリーグ敗退国からは唯一の選出となった[133]

2014年6月に開催されたFIFAワールドカップ・ブラジル大会では3試合にフル出場。グループリーグ初戦のコートジボワール戦では先制点を決め、日本人のW杯最多得点を更新したが、チームは逆転負け。第2戦のギリシャ戦ではチームは引き分けに終わったものの、FIFA選定の「マン・オブ・ザ・マッチ」に選出された[134]。第3戦のコロンビア戦では岡崎慎司のゴールをアシストしたが、チームは敗れ、グループリーグで敗退した。

2015年1月に開催されたアジアカップ2015では4試合に先発出場。グループリーグで3得点(2得点がPK)を決め、AFC選定のグループリーグベストイレブンに選出された[135]。準々決勝UAE戦では柴崎岳の同点弾をアシストするも、PK戦で本田と香川真司がPKを外し、チームは敗れた[136]

2015年11月17日、2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選カンボジア戦で得点を決め、日本サッカー史上初のワールドカップ地区予選5試合連続ゴールを記録[137]シリア戦でも得点を決め、6試合連続ゴールを記録[138]。2016年9月1日、2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選UAE戦で先制点を決め、7試合連続ゴールを記録[139]タイ戦では得点を決められず、連続ゴールは7試合でストップした。オーストラリア戦では4年ぶりとなる1トップで出場し原口元気の先制点をアシスト、イラク戦では大迫勇也の先制点をアシストした。

2017年9月6日のサウジアラビア戦に先発したが、前半終了後交代となった。試合後に代表監督のヴァヒド・ハリルホジッチは「本田のゲーム勘が欠けていたことが分かっていたので、45分限定で使った。リズムの面でトップレベルにない、今後も努力して取り戻してもらいたい」と評した[140]。自身も「全然ダメ」と認める低調なプレーに[141]、サッカーファンやメディアの間から“本田不要論”が噴出した。本田はこれを受けて、Twitterにて「サッカーファンの皆さん、メディアの皆さん、『もう代表に必要ない』とか他にも厳しい声をありがとうございます」「良い感じで舞台は整ってると思ってます」と批判に対して感謝を述べた[142]。2017年9月28日、負傷や国内組で編成された試合を除いて、代表とクラブでの不振を理由に2009年3月以来となる8年半ぶりに代表メンバーから外れた。2018年3月、クラブでの活躍が評価されて半年ぶりに代表復帰を果たした。

2018年6月に開催されたFIFAワールドカップ・ロシア大会ではスーパーサブとして3試合に途中出場。グループリーグ初戦のコロンビア戦でCKから大迫勇也の決勝点をアシストし、アジア人初となるW杯3大会連続のアシストを達成した[143]。第2戦のセネガル戦では同点弾を決め、日本人初となるW杯3大会連続ゴールを達成し、アジア人のW杯最多得点を更新した[144]。W杯3大会連続となる得点とアシストの両方を記録した史上6人目の選手となり[3]、32歳11日でのゴールは中山雅史が30歳277日で決めた得点(1998年ジャマイカ戦)を上回り、日本人のW杯最年長ゴールとなった[4]。日本代表の決勝トーナメント進出に貢献した本田の活躍は“本田不要論”を唱えていた者たちにも予想外であり、ネット上で「本田さん、ごめんね」といった謝罪の言葉があふれた[145]。また、イギリス公共放送『BBC』にグループステージのベストイレブンに選出された[146]。決勝トーナメント1回戦のベルギー戦では、同点で迎えた後半アディショナルタイムに南アフリカW杯のデンマーク戦を彷彿とさせる直接FKを遠距離から放ったが、GKのティボ・クルトゥワの好守に阻まれた。その直後に蹴ったCKをクルトゥワにキャッチされた流れから、カウンターで失点し、チームは逆転負け。試合後に本田は「僕自身はこれが最後のW杯になる。次の世代にバトンを渡して、W杯で優勝という目標を掲げて引っ張っていく若い連中に期待したい」とW杯優勝の夢を次の世代に託して、自らは4年後のW杯は目指さないことを明言した[147][148]

ベルギー戦の後半アディショナルタイムに勝ち越し点を狙いに行った本田や日本代表には賛否両論が噴出し、試合直後にファビオ・カペッロは「ボールをキープして延長戦に持ち込むべきだった」とCKを蹴った本田を批判し、書籍『ロストフの14秒』では「ゴール前に2人のCBを上げずに、1人は自陣に残してカウンターに備えるべきだった」と日本代表の判断を批判した[149]。しかし、同書でアルベルト・ザッケローニは「CKを蹴った選択は正しかったんだ。私が監督だったら日本代表と同じように『ゴールを狙え』と指示したでしょう」「CKで得点できていれば、世界中から日本代表は称賛された。逆にボールを回す選択をして負けたら『勇気をもって戦えば良かったのに』と言われたかもしれません」「攻める姿勢を貫いたことは日本のサッカー文化だ」と語った[150]。また、NHK BS1で放映された『激白!西野朗×岡田武史』で岡田武史は「ショートコーナーで時間を使って延長戦に持ち込む、俺は絶対違うと思ったね。ここは勝負に行くべきでしょ」と語り、西野朗も「ビッグチャンスだからね」と同調した。ベルギー戦から1年後には「負けた一番の原因は1失点目。そして2失点目」「3失点目はクルトゥワのスローイングを遅らせなかった事が痛かった」などの日本サッカー協会テクニカルスタッフによる分析内容の一部が明かされた[151][152][153]

2018年8月、2020年東京オリンピックオーバーエイジとして出場を目指す事を宣言した[154]。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行を受けて、オリンピックは1年延期となった。2021年6月、東京オリンピックに臨むU-24日本代表が発表され、オーバーエイジとしてA代表で主力の吉田麻也酒井宏樹遠藤航の3人が選出され、本田の五輪出場は叶わなかった。

指導者として

カンボジア代表監督

2018年8月12日、カンボジアで記者会見を開き、現役選手ながら実質的なカンボジア代表GM・監督に就任することが発表された[155]。ただし、本田自身は監督の資格を有していないために、実質的には本田が指揮をとるものの、登録上はフェリックス・アウグスティン・ゴンザレス・ダルマスが監督に就任した。11月20日、2018年東南アジアサッカー選手権ラオス戦で監督初勝利を挙げた[156]。カンボジア代表の東南アジアサッカー選手権での勝利は通算3勝目であり、2002年大会以来16年ぶりの勝利となった。

2019年6月11日、2022 FIFAワールドカップ・アジア1次予選パキスタンに勝ち、2次予選進出を決めた[157]。2019年9月5日、2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選香港に引き分け、カンボジアサッカー史上初の2次予選で勝ち点を挙げた[158]。五輪代表も実質的な監督を兼任し、2019年の東南アジア競技大会で史上初のグループリーグ突破を果たし、過去最高の4位の成績を残した。

2021年3月24日、2023年の東南アジア競技大会までの契約延長が発表された[159]。また、フェリックス・アウグスティン・ゴンザレス・ダルマスの監督退任が発表され、帝京高校などを率いてきた広瀬龍の監督就任が発表された[160]

その他の指導者としての実績

2012年5月、自身がプロデュースするサッカースクール「SOLTILO FAMILIA」を地元の大阪に開校[9]。同年11月には神戸にも開校している。SOLTILOはスペイン語の「SOL=太陽」と「ESTILO=スタイル」からの造語で、FAMILIAは家族を意味する。

2015年8月19日、『HONDA ESTILO 株式会社』がのユース、ジュニアユースを新設することを発表した[161]

2016年6月22日、国連財閥の教育事業である「グローバル・アドボケイト・フォー・ユース」に任命された。また、アメリカのマサチューセッツ工科大学メディアラボの特別研究員に日本人アスリートとして初めて就任した[162]

ビジネスとして

  • 2017年12月、株式会社HRBrain に本田圭佑氏が代表を務める「KSK Angel Fund LLC」が出資。投資家に加わり独自の目標達成メソッドの共同開発やパブリシティ面で随時連携を図っていく予定。
  • 2018年4月、ウィル・スミスと共同で投資ファンド「ドリーマーズ・ファンド」を設立[163]。世界各国の投資家から資金として約1億ドルを集め、アメリカの新興企業に投資を行う計画である[163]。7月18日には、野村ホールディングスがファンドへの出資に参加することを発表した[163]
  • 2020年4月、音声通話サービス「Now Voice」をリリースし、ダルビッシュ有錦織圭など多くの著名人が参加した[164]
  • 2020年5月、投資などを行うビジネスファンド「WEIN挑戦者FUND」を設立した[165]

選手としての特徴

プレースタイル

名古屋時代はシュートへの意識はそれほど高くなく、かつては「自分の中の美学はパスだった」とも語っていたが、海外移籍後はゴール数を残すことがキャリアアップへの近道と考え、貪欲にゴールを目指すスタイルを確立した[166][167]

フリーキックが得意と評されており[168][169]、距離的にはやや離れた位置が得意である[170]

以前も日本代表において守備時の運動量の少なさを指摘されることもあった[171]。またすべての中盤のポジションとウイング、時にはセンターフォワード左サイドバックでもプレーし[注釈 3]ユーティリティ性に優れている。

2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会パラグアイ戦では、両チームの中で最速の29.43 km/hのランを記録した。J SPORTSウェブ版のコラムニスト原田公樹は「この数字は一瞬のもので、どれくらいの時間、持続していたかわからないが、少なくとも本田は鈍足ではない」と記事を綴った[172]

評価

2010年に南アフリカW杯、CLでの活躍が評価され、日本人選手として小野伸二(2002年)以来2人目となるUEFAチーム・オブ・ザ・イヤーにノミネートされた[173][174]

2020年にイギリスメディア『90min』選定の「21世紀の日本代表ベストイレブン」に選出[6]、ドイツメディア『SPOX』選定の「アジア歴代ベストイレブン」に選出[7]、『アジアサッカー連盟(AFC)』『Opta』選定の「W杯アジアベストイレブン」に選出された[8]

日本代表監督として本田を4年間指導していたアルベルト・ザッケローニは「素晴らしい技術に恵まれた偉大なプロ意識の持ち主だ。日本人選手としては珍しいタイプで、フィジカルが強い。 際立ったパーソナリティーがあり、試合の中で多くのボールを必要とする」「ピッチの上では自分の方法でリーダーになることを知っている」と評した[175]。2016-17シーズンに本田がACミランで控えになった際には、本田がサイドのポジションで起用されることに懐疑的な見解を示し「これは私が昔から言っていることで、彼はトップ下の選手なんだ。彼は足下でボールを受けて、そこからアイディアを出す。彼は100本のパスを送る必要があり、そうしても決して疲れることはない」とあくまでトップ下が適正ポジションだと言及[176]。「決して落第ではない。ミランは色んな問題もあり、本田という選手を生かし切れなかった」と分析した[177]

レオニード・スルツキーCSKAモスクワ監督時代に「本田は最高のテクニックを備えた選手だ。ビッグクラブでも十分にやっていけるだけの強い精神力も持っている。高精度のラストパスに強烈なシュートと、近代サッカーの司令塔に求められる資質を全て兼ね備えた選手。本田はビッグクラブでプレーするのがふさわしい。彼はプロとして非の打ち所がない男だ。」と評した[178]。また、フィテッセ監督時代には「ケイスケはロボットだよ。食事、睡眠、トレーニング、準備、コンディションなど全てが適正だ。確かに彼は決してスピードのある素早い選手ではない。だが、スピード以外のクオリティーは十分。彼は私の指導者人生のなかで、最高の選手の1人だ」と絶賛した[179][180]。 

2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会敗退直後、アーセナル監督のアーセン・ヴェンゲルから、「天才」「ここまでのベストプレーヤー」「間違いなくトップレベル」「日本のさらなる成長のためには本田のように能力が揃っているクローン選手を育成するべき、それが無理なら本田をさらに活かすためにビジャのような相棒を探すべき」との絶賛を受けた[181]。FIFAの技術研究グループが作成したW杯南アフリカ大会の報告書では、松井大輔とともにドリブル技術が高いと評価された[182]。2010年10月には世界的なサッカー情報サイト「goal.com」が「アジア人最高のサッカー選手」と称える記事を掲載した[183]

2014年のFIFAワールドカップ・ブラジル大会敗退後に日本のメディアからは批判もされたが[184][185][186]、コートジボワール戦をイタリアのガゼッタ・デロ・スポルト[187]、フランスのル・モンド[188]レキップ[189]、コロンビア戦をブラジルのプラカール誌、ガゼッタ・エスポルチーバ、ランセ紙[190]、フォーリャ紙[191] では高評価が与えられた。グループリーグ終了後にFIFAは、公式分析システムのを使い、出場全選手736人のランキングを10点満点で発表し、本田は8.96点の全体37位および日本選手では最上位と採点した[192][193][注釈 4]

2013-14シーズン途中に移籍したACミランでは、クラブOBのアレッサンドロ・コスタクルタに「現時点での本田は『ミランの10番』どころか、単に『ミランの一員』としても認めるわけにはいかないレベルにある、と言わざるを得ない」[194]、同OBのパオロ・マルディーニはミランの低迷を踏まえて「その救世主たり得るだけの実力を本田は残念ながら持ち合わせてはいない」[195] と評された。

しかしOBでミラン監督のフィリッポ・インザーギは2014-15シーズン前から「本田は勝利に必要なスピリットを随所で見せられる選手。(イタリアメディアが)本田に対して過小評価の報道をするのに納得できない」と、イタリアで報じられる本田不要説を一蹴[196]。2014-15シーズン開幕後、元イタリア代表DFフルヴィオ・コッロヴァーティは「本田には驚いた。異なるサッカーから来た選手だからね。いいクオリティーを持った選手だ。」[197]、 ミランOBのマウリツィオ・ガンツは「本当に素晴らしい活躍を見せている。ミランのクオリティを高めた」[198]、イタリア高級紙コリエーレ・デラ・セラは本田の得点力を「ミランのチェッキーノ(Cecchino:射撃の達人)」という異名をつけ[199]ガゼッタ・デロ・スポルトは「美徳と勇気を備えた男」と[200]、関係者・マスコミが次々と評価を翻した。

人物

父親は熊本県坂本村の出身[201]。母親は広島県出身[202]。実兄の弘幸も元サッカー選手で2005年には大分トリニータ加入が決まっていたが、けがのために現役を引退し、現在は本田の代理人を務めている。

大叔父本田大三郎1964年東京オリンピックカヌー競技のカナディアンペアに出場。その息子の本田多聞(圭佑の父母の従兄弟、圭佑からみて従兄弟違いになる)はレスリングフリースタイルで3大会連続のオリンピック出場経験を持つ現役プロレスラーである[16]

2008年7月に元保育園勤務の保育士の女性と結婚[203]。2012年秋に第一子となる長男が誕生した[204][205]

1999年から2004年に週刊少年サンデーで連載されていたサッカー漫画ファンタジスタ」のファンであり、2009年に作者の草場道輝と対談。これがきっかけで、2012年10月から2015年まで連載されたファンタジスタの続編「ファンタジスタ ステラ」に原案という形で参画し、本人役で登場した[206]

名古屋時代は黒髪だったが、オランダ移籍後から金髪にしており、現在では本田のトレードマークになっている[207]

プライベートでは、いつも両腕に腕時計をつけている[14]。2011年10月にはイタリアの腕時計メーカー「GaGa MILANO」とスポンサー契約を結んだ[208]。両腕にはめる理由について、2008年に安田理大から尋ねられたときは「誰が時計は片腕って決めたん?」とはぐらかしていたが[14]、2013年(CSKAモスクワ在籍中)にロシア誌『Futbol』のインタビューを受けた際は「僕のスタイルだからだが別の意味もある。1つはロシア時間、もう1つは日本時間。間違えて夜中に電話やメールをしないように」と答えている[209]。このエピソードは本田の物真似をする芸人のじゅんいちダビッドソンも用いている。

スパイクはミズノ「イグニタス」を使用している[210]。W杯後に本田の活躍によりこのスパイクが急激に売れたとのこと。ちなみに右足は26.5 cm、左足は27.0cmとサイズが異なるだけでなく、2010年W杯のときは右足のポイントを付け替え式、左足を固定式とするなど、左右非対称の構成を採用している。またメンテナンスは欧州移籍後も古巣・名古屋グランパスの用具担当である松浦紀典に依頼しており、松浦によれば「年間で約10 - 15足ほどを消費する」という[211]

ファッションがメディアに取り上げられることが多い。2010年の南アフリカワールドカップから帰国した際は、チーム内では唯一サングラス姿で到着ロビーに現われた[212]

エピソード

  • 利き足と生年月日が一緒である家長昭博とはガンバ大阪ジュニアユースの同期生であり、親友として互いに尊重しあう間柄である[213]
  • 本田が尊敬している中田英寿とは、日本代表のトップ下を務める新旧エースとして比較されることが多い。21歳で欧州リーグへ移籍し活躍していることをはじめ、日本人離れした強靭なフィジカルとメンタリティ、ファッションへの独自のこだわりといった共通点が挙げられる。二人は南アフリカW杯の直前に放映された対談で初対面した。中田は本田について「彼は貪欲に上を目指せるタイプで、今後の日本を背負う選手」と期待を寄せている[214]
  • 北京五輪のグループリーグで敗退が決まったあとの消化試合では、数名の選手とともに反町康治監督の指示に造反していたことを明かした[215]
  • VVVフェンローは「本田を放出した際の移籍金の一部を、新スタジアム建設に充てる」と発表した。NHKの取材に対してサポーターたちは「新スタジアムの名前は『ケイスケ・ホンダスタジアム』にすべきだ」「名前がダメならせめて銅像だけでも建てるべき」など、本田の功績と求心力がうかがえるコメントを残し、VVVフェンローのオランダ語版会長も「ケイスケのクラブに対する功績は何らかの形で残すつもりだ」と明言した[216]。2018年9月20日、3人の歴代の名選手の1人として、VVVフェンローのホームスタジアム外壁に肖像画が描かれた[217]
  • 2ちゃんねるをはじめとしたインターネット掲示板ツイッターmixiニコニコ動画のコメント欄などにおいて本田△(意味:本田三角形→本田さんかっけー→本田さんカッコイイ)というネットスラングが広がっており[218]、2010年度の「新語・流行語大賞」にもノミネートされた[219]
  • 2010年ワールドカップでの活躍を受けて、FCバルセロナをはじめとする欧州複数クラブが水面下で獲得に動いていたことが明らかになった。
  • 2011年3月、東日本大震災の義援金として日本赤十字社を通じて5000万円を寄付した[220]。また、サッカーボール200個を被災地の子供たちに寄贈した[220]。さらに、「Notice of Honda災害支援基金」を設立して募金を募り、集まった950万円を超える基金を運用し、被災地の宮城県石巻市フットサル場を建設した[221]
  • 2011年8月、VVVフェンローで2008-09シーズンのMVPを獲得した活躍を称え、高校時代を過ごした第2の故郷・石川県金沢市内に子供向けの42メートル×28メートルの人工芝コート「本田圭佑クライフコート」が設置された[222]。オランダのNPO法人ヨハン・クライフ財団からフェンローのベルデン会長を通じ、同コートを寄付したい旨の要望が日本サッカー協会に届いた。その後、日本協会が石川県協会、金沢市などの協力を経て実現する運びとなった。
  • カプコンの人気ゲーム『モンスターハンター』シリーズのファンで、総プレイ時間は2013年時点で185時間を超えている。2013年にはニンテンドー3DS用ソフト『モンスターハンター4』のCMイメージキャラクターを務めた[223]
  • 小学校の卒業文集に「世界一のサッカー選手になる」「セリエAに入団し10番で活躍する」という将来の夢を書いている[224]。2014年1月、ACミランの加入会見で複数のクラブ[225] からオファーを受ける中、「なぜACミランを選んだのか」との質問に「心の中の"リトルホンダ"に聞いたらミランでプレーしたいと言った」と答え[226]、「夢が1つ叶いました」とコメントした[227]
  • 「ミランの経営ではいい部分と反面教師にすべき部分を直に見ている。これは今後のビジネスに必ず生きてくる。だから経営者としてもミランでプレーすることは価値がある」と引退後に経営者としてサッカービジネスに携わることを公言している。
  • 2016年4月、同月に発生した熊本地震を受け、熊本県に1000万円を寄付した[228]
  • 2016年8月、前日に発生したイタリア中部地震を受け、イタリア赤十字社に2万ユーロ(230万円)を寄付した[229][230]
  • 2017年9月、同月に発生した2度のメキシコ地震を受け、メキシコ赤十字社に50万メキシコ・ペソ(310万円)を寄付した[231]
  • 「元日本代表」という呼称を嫌い「ナショナルチャレンジャー」と書いてほしいと自身のSNSで発信した[232]

経営者として

サッカースクール

2012年、小学生を対象に始めたサッカースクールは日本国内で65を数え、中学生を対象としたクラブは関東と関西で合計3、高校生のユースクラブは1と、わずか4年間で日本最大級のサッカースクールを運営する経営者となる(2016年4月)[9]

「才能とは生まれ持ったものではなく、環境によって磨き上げられるもの。大きな夢を持ち、物事がうまくいかなかったときにも心の折れない人材を育成し、才能を開花させるために必要な環境、機会を与える」のがスクールのミッション。一現役選手がこれだけ本格的にスポーツビジネスに参画するのは、本場欧州でも異例である。「誰も成しえていないことに挑戦する」という本田の哲学を体現するスクール経営を目指している。

2017年、2025年国際博覧会誘致特使に就任[233]

ホルン

2015年6月9日、自身のマネジメント事務所である『HONDA ESTILO 株式会社』がオーストリア・3部リーグSVホルンの経営に参入することを発表した。多くのメディアでは「クラブ買収」と報道されたがこれは誤報であり、SVホルンのドイツ語公式HPでは「HONDA ESTILOは我がクラブに投資をする新しい業務提携パートナーである」と発表されている。SVホルンのルドルフ・ラウドン会長は本田サイドとの合意事項は3年であり、2018年シーズン終了時までのパートナーシップ契約を結んでいると説明している。

欧州では下部リーグであってもトップチームにスカウトされるチャンスがあるため、若くして欧州でプレーする選手を増やしたいという意図がある[234]。本田は現役選手としてプレーしているため現地でクラブの業務に関わることはできないが、毎日スタッフと連絡を取り合い近況報告を聞くだけではなく、自らもピッチ内のことに限らず集客などの細かいアイデアを出している。

また、本田とHONDA ESTILOはIT活用による選手強化やチームのパフォーマンス改善にも取り組んでおり、2016年4月25日にはドイツのソフトウェア企業SAPと協力して、選手達のトレーニングや試合中のデータを分析して育成に繋げる取り組み「」の開始を発表した。 同プロジェクトではバイエルン・ミュンヘン横浜F・マリノスでも採用されている「SAP HANA」をデータ分析ツールとして利用する[235][236]。同ツールは2014年サッカーワールド杯でドイツ代表の優勝に貢献したことから、HONDA ESTILOの同取り組みはスポーツビジネス界やIT業界でも大きく注目を集めた[237][238][239][240][241][242]

アンコール

2016年12月26日、カンボジアのシェムリアップ・アンコールFCの経営に携わることを発表した。クラブ経営はSVホルンに続いて2クラブ目[243]

ウガンダ

2017年9月11日、アフリカでは初のチームを買収し、ウガンダン・スーパーリーグ(1部)のの実質的なオーナーになった。実質的なオーナーになるのは3クラブ目[10]

所属クラブ

ユース経歴

プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグリーグ戦リーグ杯オープン杯期間通算
出場得点出場得点出場得点出場得点
日本[244]リーグ戦リーグ杯オープン杯期間通算
2004名古屋39J10010-10
2005243122020352
20062964210348
20073033020353
オランダリーグ戦リーグ杯KNVBカップ期間通算
2007-08VVV29エールディヴィジ142--142
2008-0910エールステ3616-103716
2009-10エールディヴィジ186-22208
ロシアリーグ戦ロシア杯オープン杯期間通算
2010-11CSKAモスクワ7ロシア・プレミア28450-334
2011-1225810-268
2012-1323731-268
2013-1418100-181
イタリアリーグ戦イタリア杯オープン杯期間通算
2013-14ミラン10セリエA14121-162
2014-1529610-306
2015-1630171-372
2016-178110-91
メキシコリーグ戦コパMXオープン杯期間通算
2017-18パチューカ02リーガMX291053-3413
オーストラリアリーグ戦リーグ杯FFA杯期間通算
2018-19メルボルン・V4Aリーグ187-00187
オランダリーグ戦リーグ杯KNVBカップ期間通算
2019-20フィテッセ33エールディヴィジ40--40
ブラジルリーグ戦ブラジル杯オープン杯期間通算
2020ボタフォゴ4セリエA18291-273
ポルトガルリーグ戦リーグ杯ポルトガル杯期間通算
2020-21ポルティモネンセ4プリメイラ---00
アゼルバイジャンリーグ戦リーグ杯オープン杯期間通算
2020-21ネフチ・バクー4プレミア72--72
リトアニアリーグ戦リーグ杯オープン杯期間通算
2021FKスードゥヴァ3Aリーガ61--61
通算日本J190111025010513
オランダエールディヴィジ368-223810
オランダエールステ3616-103716
ロシアロシア・プレミア942091-10321
イタリアセリエA819112-9211
メキシコリーガMX291053-3413
オーストラリアAリーグ187-00187
ブラジルセリエA18291-273
アゼルバイジャンプレミア72--72
リトアニアAリーガ61--61
総通算415864498246797
その他の公式戦
国際大会個人成績 FIFA
年度クラブ背番号出場得点出場得点出場得点
UEFAUEFA ELUEFA CLクラブW杯
2009-10CSKAモスクワ18-41-
2010-11771--
2011-12-10-
2013-14-62-
CONCACAFCONCACAF CL-クラブW杯
2017パチューカ02--20
AFCACL-クラブW杯
2019メルボルン・V441--
通算UEFA7111320
通算CONCACAF--20
通算AFC41--
その他の国際公式戦

日本代表歴

出場大会

試合数

国際Aマッチ 98試合 37得点(2008年 - 2018年)[2]


日本代表国際Aマッチ
出場得点
200810
2009103
2010123
201182
201294
2013128
2014134
20151410
201672
201750
201871
通算9837

ゴール

  FIFAワールドカップでの得点
#開催年月日開催地対戦国勝敗試合概要
1.2009年5月27日日本、大阪チリの旗 チリ○4-0キリンカップサッカー2009
2.2009年10月10日日本、横浜スコットランドの旗 スコットランド○2-0キリンチャレンジカップ2009
3.2009年10月14日日本、宮城トーゴの旗 トーゴ○5-0
4.2010年3月3日日本、豊田バーレーンの旗 バーレーン○2-0AFCアジアカップ2011 予選
5.2010年6月14日南アフリカ、ブルームフォンテーンカメルーンの旗 カメルーン○1-02010 FIFAワールドカップ
6.2010年6月24日南アフリカ、ルステンブルクデンマークの旗 デンマーク○3-1
7.2011年1月13日カタール、ドーハシリアの旗 シリア○2-1AFCアジアカップ2011
8.2011年8月10日日本、札幌大韓民国の旗 韓国○3-0キリンチャレンジカップ2011
9.2012年6月3日日本、埼玉オマーンの旗 オマーン○3-02014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
10.2012年6月8日日本、埼玉ヨルダンの旗 ヨルダン○6-0
11.
12.
13.2013年2月6日日本、神戸ラトビアの旗 ラトビア○3-0キリンチャレンジカップ2013
14.2013年6月4日日本、埼玉オーストラリアの旗 オーストラリア△1-12014 FIFAワールドカップ・アジア4次予選
15.2013年6月19日ブラジルレシフェイタリアの旗 イタリア●3-4FIFAコンフェデレーションズカップ2013
16.2013年8月15日日本、宮城ウルグアイの旗 ウルグアイ●2-4キリンチャレンジカップ2013
17.2013年9月6日日本、大阪グアテマラの旗 グアテマラ○3-0
18.2013年9月10日日本、横浜ガーナの旗 ガーナ○3-1
19.2013年11月16日ベルギーヘンクオランダの旗 オランダ△2-2国際親善試合
20.2013年11月19日ベルギー、ブリュッセルベルギーの旗 ベルギー○3-2
21.2014年6月6日アメリカタンパザンビアの旗 ザンビア○4-3
22.
23.2014年6月14日ブラジル、レシフェコートジボワールの旗 コートジボワール●1-22014 FIFAワールドカップ
24.2014年11月14日日本、豊田ホンジュラスの旗 ホンジュラス○6-0キリンチャレンジカップ2014
25.2015年1月12日オーストラリアニューカッスルパレスチナの旗 パレスチナ○4-0AFCアジアカップ2015
26.2015年1月16日オーストラリア、ブリスベンイラクの旗 イラク○1-0
27.2015年1月20日オーストラリア、メルボルンヨルダンの旗 ヨルダン○2-0
28.2015年3月27日日本、大分チュニジアの旗 チュニジア○2-0キリンチャレンジカップ2015
29.2015年6月11日日本、横浜イラクの旗 イラク○4-0
30.2015年9月3日日本、埼玉カンボジアの旗 カンボジア○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
31.2015年9月8日イランテヘランアフガニスタンの旗 アフガニスタン○6-0
32.2015年10月8日オマーンマスカットシリアの旗 シリア○3-0
33.2015年11月12日シンガポール、カランシンガポールの旗 シンガポール○3-0
34.2015年11月17日カンボジアプノンペンカンボジアの旗 カンボジア○2-0
35.2016年3月29日日本、埼玉シリアの旗 シリア○5-0
36.2016年9月1日日本、埼玉アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦●1-22018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
37.2018年6月24日ロシアエカテリンブルクセネガルの旗 セネガル△2-22018 FIFAワールドカップ

年表

指導経歴

タイトル

クラブ

VVVフェンロー
PFC CSKAモスクワ
ACミラン
ネフチ・バクー

代表

個人

出演番組

ラジオ

その他

CM

CM 広報

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ なお、アフリカ大陸でも2010年南アフリカW杯で2得点を挙げているため、これを含めれば南極大陸以外の大陸を全制覇したことになる。
  2. ^ 2位は名古屋グランパスエイトのGK楢崎正剛で33票、3位はボルシア・ドルトムントのMF香川真司とDF田中マルクス闘莉王(名古屋)が22票[129]
  3. ^ 2006年はチームの事情により、左サイドバックを務めることが多かった。
  4. ^ 日本から100位以内に入ったのは他にMF山口蛍のみで、全体1位はコロンビアMFハメス・ロドリゲスで9.79点を記録した[193]

出典

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  2. ^ a b c d e “本田 圭佑”. サッカー日本代表データベース. http://www.jfootball-db.com/players_ha/keisuke_honda.html 
  3. ^ a b 「奇跡だ」ベッカムらに並ぶW杯史上6人目の偉業を達成した本田圭佑を世界が絶賛!【ロシアW杯】 サッカーダイジェスト 2018年6月25日
  4. ^ a b 円熟の本田圭佑、32歳11日でW杯“日本最年長”ゴール。中山雅史上回る【ロシアW杯】 フットボールチャンネル 2018年6月25日
  5. ^ W杯でのMOM受賞総数
  6. ^ a b 英メディアが「21世紀の日本代表ベスト11」を選出! サッカーダイジェスト 2020年4月29日
  7. ^ a b 海外メディアがアジア歴代ベスト11選定! ゲキサカ 2020年4月23日
  8. ^ a b 長友佑都、本田圭佑、中田英寿が選出 フットボールチャンネル 2020年7月7日
  9. ^ a b c 本田プロデュースのスクールが11・1開校”. nikkansports.com (2012年10月22日). 2013年4月24日閲覧。
  10. ^ a b 本田、ウガンダのチーム買収 実質的3クラブ目オーナーでアフリカは初 サンケイスポーツ(2017年9月12日)
  11. ^ 本田圭佑 激戦からの帰国を待ちわびる離別した母の存在(女性自身)
  12. ^ 本田圭佑スペシャルインタビュー「僕は世界一になれると確信している」”. サッカーキング (2012年9月12日). 2013年6月4日閲覧。
  13. ^ “えっ本田先輩!?突然の母校訪問に後輩興奮” (日本語). 読売新聞. (2010年7月3日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/japan_2/news/20100702-OYT1T01305.htm 2017年7月8日閲覧。 
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  15. ^ 「『見る眼がない』と散々に言われた」。当時の育成担当者語る、本田圭佑がガンバユースに上がれなかった理由”. フットボールチャンネル (2014年1月15日). 2014年1月17日閲覧。
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  21. ^ 本田移籍後初ゴール スポニチ 2008年3月16日
  22. ^ 浦和、本田圭獲得失敗につきコメントを発表 ゲキサカ 2008年8月21日
  23. ^ 「2部でやります」本田圭、浦和に断り スポニチ 2008年8月21日
  24. ^ VVV本田主将がV導いた 日刊スポーツ 2009年4月26日
  25. ^ Vと昇格置き土産! スポニチ 2009年4月26日
  26. ^ 本田がオランダ2部最優秀選手に 日刊スポーツ 2009年5月15日
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  28. ^ 本田、断ったオファーも「自信になった」 日刊スポーツ 2009年8月27日
  29. ^ CSKA監督時代のエピソードも明かす サッカーダイジェスト 2020年2月16日
  30. ^ 「皇帝」本田圭佑 “30m超絶ミドル弾”反響「ヒーロー」「史上最高 football-zone 2019年8月24日
  31. ^ オランダ史に刻まれた「過去10年のスーパーミドルTOP10」 football-zone 2017年10月6日
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関連項目

外部リンク


 

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