ポータルフィールドニュース

ポータルフィールドニュース

in ,

⚾|【プロ野球/パ・リーグ】マジック5のロッテは日本ハムと対戦、連勝でオリックスから首位奪還なるか


写真 

【プロ野球/パ・リーグ】マジック5のロッテは日本ハムと対戦、連勝でオリックスから首位奪還なるか

 
内容をざっくり書くと
打者別戦績を見ると、楽天は東浜に対して 島内宏明 が7打数5安打の対戦打率.714、2本塁打、 浅村栄斗 が7打数3安打の同.429、1本塁打。
 

▼パ・リーグ対戦カード■10/23〜24:ロッテ vs 日本ハム(ZOZOマリンスタジアム)■10/… →このまま続きを読む

 SPREAD

スポーツの未来を読みとくメディア「SPREAD」
アスリートの声や各種競技結果だけではなく、様々なデータなどを駆使した分析・予想コンテンツを通して、「スポーツの未来を読みとく」楽しみをお届けしていきます。


Wikipedia関連ワード

説明がないものはWikipediaに該当項目がありません。

7打数3安打

浅村栄斗

浅村 栄斗(あさむら ひでと、1990年11月12日 - )は、大阪府大阪市東淀川区出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。

2020年東京オリンピック野球競技金メダリスト。

経歴

プロ入り前

3人兄弟の末弟。大阪市立井高野小学校4年からソフトボールを始め、大阪市立井高野中学校1年から硬式の都島ボーイズで野球を始める。中学時代は特に目立った選手ではなかったが、次兄(中村剛也岩田稔らと同学年)が大阪桐蔭の野球部出身であったため、父親が同校野球部監督の西谷浩一に栄斗のプレーを見て欲しいと連絡し、プレーを見た西谷の判断で入学が決まった[2]

大阪桐蔭高等学校では1年秋からベンチ入り。第79回選抜高等学校野球大会ではベンチ入りできなかったものの、2年夏からは二塁手で背番号14ながらも全試合レギュラーとして出場。最高学年となった新チームがスタートすると遊撃手を守るようになり、2008年第90回全国高等学校野球選手権記念大会に出場。「1番・遊撃手」として全6試合に出場、29打数16安打(2本塁打)、守備でも好プレーと攻守にわたる活躍で大阪桐蔭高校の優勝に貢献。1回戦の大分県立日田林工高等学校戦で5安打を記録し、2回戦の金沢高等学校戦では2本塁打を記録した。守備面でも10回にセンターに抜けようかという打球を好捕、ノーバウンドスローで一塁に送球しアウトとした。決勝の常葉学園菊川高等学校戦では7回の守備で無死二塁で投手のグラブを掠めた打球を三塁に送球しアウトをとるなど美技といわれる守備で注目された。高校最後の打席もレフトスタンドへのソロ本塁打を記録した[3]。高校通算22本塁打[3]

2008年10月30日に行われたプロ野球ドラフト会議埼玉西武ライオンズから3巡目指名を受け[4]、契約金5,000万円、年俸600万円で仮契約を結んだ[5]。背番号は「32」。

西武時代

ルーキーイヤーである2009年は一軍デビューは果たせなかった。

2010年3月31日の福岡ソフトバンクホークス戦で代打としてプロ入り初出場を果たし、左翼線に適時二塁打を打ちプロ入り初安打・初打点を記録した。2010年8月10日の楽天戦ではプロ入り初本塁打を打ち[6]、そこから約2か月後の9月26日の公式戦最終戦では先制の2号2点本塁打を打った。また、この2本の本塁打はどちらもクリネックススタジアム宮城で打っている。

2011年は開幕スタメン入りを果たし、レギュラーの座を1年間守った。守備位置は固定されず、外野手もこなした。オープン戦では片岡易之の出遅れのため片岡の復帰まで主に二塁手として試合に出場、片岡が復帰してから交流戦までは主に一塁手、交流戦の指名打者が使えない試合ではファーストに回るホセ・フェルナンデスのために左翼手を務めることになった。交流戦明けからは他の選手の入れ替わりにより、一塁手、二塁手、三塁手、左翼手に加え右翼手も守った。中盤は打撃の調子を落としたが、再び一塁手に固定された10月は打率が.460とリーグトップの成績を残し、初の月間MVPを獲得した[7]

2012年は開幕を一軍で迎えたが、打撃不振に陥り5月21日に二軍落ちした。一軍に昇格した後は打撃が復調し、8月に栗山巧が左手の負傷で離脱した後は、シーズン終了まで1番打者として起用された。

2013年は開幕からしばらく一塁手で起用された。遊撃手を任せられることもあったが、失策が多くほぼ一塁手専任になると共に離脱中の中村剛也の代役として4番を任されるようになった。5月29日の対横浜DeNAベイスターズ戦でプロ入り後初めて4番打者を務めたことによって、一軍公式戦のスタメンで全ての打順を経験する。4番起用2試合目となった東京ヤクルトスワローズ戦(5月31日)では、2年ぶりのサヨナラ本塁打を含む自身初の1試合2本塁打を記録した[8]。7月には月間打率.395と6本塁打で自身2度目の月間MVPを受賞[9]。9月26日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(西武ドーム)では日本プロ野球最年少タイ(史上4人目、23歳)で100打点を達成[注 1]。最終的に110打点を挙げ、平成生まれで初の打点王を獲得した[11]。オフの11月に台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された[12]

2014年から守備位置を二塁に移す[13]中村剛也が故障により出遅れ、開幕当初は4番を務めた[14]。5月21日の読売ジャイアンツ戦で村田修一のフライを追いかけ、右翼手木村文紀と交錯。数日後に左足に痛みを覚えるもノーステップ打法に切り替え出場を続け、6月3日時点でチームトップの8本塁打、32打点を記録していたが[15]、6月5日に登録を抹消された[16]。7月15日の北海道日本ハムファイターズ戦にて復帰を果たすも[17]、前年の約半分の14本塁打、55打点に終わった。シーズンオフの11月4日には左肩のクリーニング手術を受けた[18]

2015年は開幕から3番打者として出場。前半戦打率3割キープも後半戦に入り調子を落とし、結果は打率.270、本塁打は前年以下の13本塁打でシーズン終了。9月10日に第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出された[19]

2016年のシーズン序盤は31打席無安打などで打率が1割台と打撃不振に陥ったが、5月から調子を上げた。オールスターゲーム第2戦で記録した本塁打がオールスターゲーム通算400号となった[20]。8月はパ・リーグ1位の38安打を記録し、2013年8月以来3回目の月間MVPを受賞[21]。最終的に「打率.309(リーグ3位)、24本塁打(リーグ6位)」の成績を残して、二塁手としては自身初めてのベストナインを受賞した。オフに背番号を中島宏之の退団以来空き番となっていた「3」に変更した[22]。11月24日、スポンサー向けのパーティーの席上で、2017年シーズンのキャプテンに指名される[23]

2017年5月20日のソフトバンク戦で中田賢一から通算100本塁打[24]、9月28日のソフトバンク戦で寺原隼人から左前に適時打を打ち、通算1000安打を達成[25]。平成生まれの1000安打到達者第1号となった[25]

2018年10月3日の日本ハム戦で逆転の31号2点本塁打を打ち、シーズン打点を124に伸ばしてリーグ単独トップとなり、2001年アレックス・カブレラ、2015年の中村剛也と並ぶ球団タイ記録となった[26]。10月4日のロッテ戦で有吉優樹から適時二塁打を打ち、球団新記録となるシーズン125打点を記録[27]。全143試合に出場して、打率.310 32本塁打 127打点という成績で安打・本塁打・打点はキャリアハイを記録し、球団に所属する日本人選手で初めて「3割30本塁打100打点」達成者となった[28]。オフの11月5日、国内フリーエージェント権行使を球団に通知した[29]。所属先である西武の他にソフトバンク、楽天、オリックスが獲得意思を示した。

楽天時代

2018年11月21日に楽天が獲得を発表した。背番号は引き続き「3[30]

2019年4月17日の埼玉西武ライオンズ戦で通算150本塁打を達成。最終的には球団で唯一となる全試合に出場し、キャリアハイである33本塁打を記録したが、キャリアワーストを大きく更新する162三振を記録した。クライマックスシリーズでは史上初の3試合連続本塁打を含む計4本塁打で新記録を達成した。オフの11月に開催された第2回WBSCプレミア12日本代表に選出された。また、11月17日にフリーアナウンサーの淡輪ゆきと結婚することを発表し[31]、12月21日に入籍し挙式を行なった[32]

2020年新型コロナウイルスの影響で120試合制となる。6月27日の日本ハム戦の5回に楽天は一挙10得点の猛攻を見せ、浅村は1度目の打席で3点本塁打、2度目の打席で2点二塁打を打ち、球団新記録の1イニング5打点を記録した。さらに8回にも2点二塁打を打ち、球団タイ記録となる1試合7打点を記録した[33]。浅村の7打点は2017年5月12日のオリックス戦以来2度目[注 2]。9月22日には自身初の1試合3本塁打、再び球団記録タイの1試合7打点を記録。楽天での1試合3本塁打は2017年にジャフェット・アマダーが記録して以来となった。中田翔とのデッドヒートを繰り返しながら最終的には打率.280、32本塁打、104打点を記録し、自身初の本塁打王を獲得した[35]。球団では2007年の山崎武司以来13年ぶりの快挙となった[35]

2021年、6月10日の中日ドラゴンズ戦で通算1500本安打を達成した。平成生まれでの1500本安打は史上初の快挙となった[36]。30歳6か月での1500本安打達成は藤田平大村直之と共に並ぶ歴代10位タイの年少記録となった。ただ、本塁打王を獲得した前年からは一転して長打の少なさに悩まされ、打率と出塁率は依然として高かったことから西武時代の2016年以来となる2番打者で起用されることもあった[37]オールスターゲームのファン投票では二塁手部門で256,840票を集め1位選出[38]、選手間投票でも1位選出された[39]ものの、7月15日に受けたコロナウイルスワクチン接種の影響で体調不良となり、オールスターゲームを2戦とも欠場した[40]。東京五輪の代表にも選出され、正一塁手として金メダル獲得に貢献した[41]。レギュラーシーズン再開後は8月下旬からヒットが出ない状態が続き、9月3日の西武戦でも3打数無安打で16打数連続ノーヒット。さらに第3打席を終えた直後、7回表の守備からベンチに退き[42]、翌4日の試合では移籍後3年目で初となるベンチスタートとなった[43]。9月8日にスタメン復帰を果たすも[44]同月は月間打率.188と不調が続いた。シーズン最終盤には3本塁打を含む5試合連続安打を記録し復調を予感させたが[45]、レギュラーシーズン最後の2試合をノーヒットで終えるとクライマックスシリーズファーストステージでも2試合で8打数1安打0打点と奮わず、チームも敗退した[46]。この年は全試合出場こそ達成したものの打率.269、18本塁打、67打点という成績にとどまった。

選手としての特徴

打撃

リーグ屈指の勝負強さを誇る強打者[47]。元々は中距離打者であったが、2018年の交流戦後、打率向上のため飛距離を求めて打撃フォームを改造。「肩を下げる」イメージで構える新しいフォームが功を成し、長打を量産するようになった[48][49]。なお、浅村自身は「自分がホームランバッターだとは一度も考えたことはない。『ヒットの延長がホームラン』というイメージでやっている」と語っている[50]

初球から積極的に振っていくタイプであり、初球スイング率は2012年にリーグ2位[51]、2013年にリーグトップを記録[52]。浅村自身も「ファーストストライクから思い切りバットを振っていくのが、自分の長所だと思っている」と語っており[53]、2013年のファーストストライクの打率は.363を誇った[54]

2018年に記録した32本塁打の半分が中堅より右への打球であることから、広角に強い打球を打つことができる[55]

走塁・守備

本来は遊撃手であるが[53][56]、プロ入り後は一塁手および二塁手として出場する機会が多い[56]。2011年の若手時代、コーチを務めていた鈴木康友からは「入団したときから守備のうまさはずば抜けていました。おそらく今、12球団で最も動きのいい野手だと思う」と評価されていた[53]。2013年は一塁手として136試合に出場。守備率は.997を記録し[57]UZRは16.4を記録した(いずれも一塁手としての記録)[58]。高校生時で50メートル走のタイムは6秒2、遠投100メートル[59]

人物

愛称は「アサ[60]

目指す選手像について、「トリプルスリーをできるような選手ですね。すべてパーフェクトにやりたいというか、全部でトップクラスになりたいんです。」と語っている[13]

尊敬する選手として、松井稼頭央の名前を挙げている。子供の頃、野球ゲームをする際には、必ず松井のいる西武でプレーしていた[61]。西武入団時から2016年まで浅村の付けていた背番号「32」は、松井が入団から一軍の正遊撃手の座を得るまで付けていた背番号である。浅村にとっては松井は背番号「7」の印象が強いが、入団の際に浅村は球団関係者から「松井さんが入団時に付けていた背番号だから」と言われたという[62]。西武入団後は、チームの先輩である中島裕之に憧れを持つようになり、春期キャンプ前の自主トレでは「中島組」とプリントされたTシャツを着込んで練習を共にしていた[63]。2012年オフに中島がFA海外移籍で退団となり、翌2013年に浅村は一塁手のレギュラーとして活躍。オフに浅村は中島が付けていた背番号「3」への変更を期待していたが、球団は時期尚早と判断し、見送りとなった[63]。浅村はこの時、ショックを受けたという[63]。その後もレギュラーとして活躍し、2015年のオフに球団から「3」への変更を打診されるも、今度は浅村が「まだまだ付けられない」と固辞した[64]。翌2016年に浅村は納得した成績を残すと、オフに晴れて「3」に変更となった[64]

2013年シーズンより、用具でナイキ社と契約。稲葉篤紀モデルのバットを高山久から借り、重量バランスを気に入り、同様のモデルを、当時契約していたSSK社が受注していたが、2013年からは、ナイキ社から同モデルを供給されることとなった[65]

埼玉西武ライオンズ球団シニアディレクターの渡辺久信によれば、浅村がライオンズのキャプテンに指名された時、「(主将にして)大丈夫なんですか?」と驚いたのが恩師である大阪桐蔭監督の西谷浩一であったとのこと[66]

大阪府出身だが、本籍は岡山県である。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2010西武3055421111112209201180382.262.407.476.884
201113749843748117173916745721833713528.268.327.382.709
201211445940452991877152371361343404639.245.307.376.683
20131446205438517238527301110148746135889.317.388.554.943
2014118501440521201911418355350847261008.273.345.416.761
2015141627537881451921320781129276901213613.270.362.385.747
20161436115577317240024284828636380710818.309.357.510.867
2017143633574781673411926099511644089617.291.347.453.799
2018143640565104175270322981274205684210518.310.383.527.910
2019楽天1436355299313926233268921109939416212.263.372.507.878
202012052943272121250322421041102912411115.280.408.560.969
20211435954837013018118204671007101549624.269.395.422.817
NPB:12年15196403554382615682822323025869087141456269126621125153.283.365.467.832
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位























201020パ・リーグ--------
201121--------
201222---2位----
2013235位3位1位5位4位1位-7位
201424--------
201525-8位---9位--
2016263位2位1位-6位8位--
2017276位2位2位--2位--
2018285位2位9位-3位1位-7位
201929--10位-3位5位-9位
2020309位8位4位-1位2位-5位
202131----9位10位-4位
  • -は10位未満(打率、出塁率は規定打席未到達の場合も-と表記)

WBSCプレミア12での打撃成績

















































2019日本7292519300126000140030.360.450.400

五輪での打撃成績

















































2020日本521173520071000040080.294.429.412

年度別守備成績

内野守備


一塁二塁三塁遊撃
















































2010西武-116011.00082811.90991232091.000
20118462521451.99410111313.960301001.000-
20127148823429.992561431351028.965--
2013136108687385.99710915021.000-12132144.895
2014-88206265859.98333164840.941-
2015-1413394721499.983--
2016130011.00014234745010110.988--
20175516280131.0001372773911282.982--
2018500011.0001422794121299.983--
2019楽天330001.000136285365767.989--
2020-88167214437.990--
2021-126233329855.986--
通算355236713911180.99510772297306786648.98445185751.937212553413.951
外野守備


外野












2011西武68110331.974
201246010.857
通算72116341.967

タイトル

  • 本塁打王:1回(2020年)
  • 打点王:2回(2013年、2018年)※2013年は平成生まれ初の獲得

表彰

記録

初記録
節目の記録
  • 100本塁打:2017年5月20日、対福岡ソフトバンクホークス8回戦(メットライフドーム)、2回裏に中田賢一から左越3ラン ※史上282人目[68]
  • 1000本安打:2017年9月28日、対福岡ソフトバンクホークス25回戦(福岡 ヤフオク!ドーム)、7回表に寺原隼人から左前適時打 ※史上290人目[69](平成生まれ初[70]
  • 1000試合出場:2018年5月6日、対東北楽天ゴールデンイーグルス9回戦(楽天生命パーク宮城)、3番・二塁手として先発出場 ※史上491人目[71]
  • 150本塁打:2019年4月17日、対埼玉西武ライオンズ4回戦(楽天生命パーク宮城)、5回裏に本田圭佑から左越3ラン ※史上172人目[72]
  • 200本塁打:2020年9月4日、対オリックス・バファローズ10回戦(楽天生命パーク宮城)、6回裏に山岡泰輔から中越ソロ ※史上108人目
  • 1000三振:2020年10月1日、対福岡ソフトバンクホークス21回戦(楽天生命パーク宮城)、4回裏に石川柊太から空振り三振 ※史上71人目
  • 1500本安打:2021年6月10日、対中日ドラゴンズ3回戦(楽天生命パーク宮城)、6回裏に藤嶋健人から右前安打 ※史上130人目(平成生まれ初[73]
  • 1500試合出場:2021年9月30日、対北海道日本ハムファイターズ22回戦(楽天生命パーク宮城)、3番・二塁手として先発出場 ※史上198人目(平成生まれ初[74]
その他の記録
  • オールスターゲーム出場:7回(2013年 - 2019年)[注 3]
  • 全打順本塁打:2015年9月22日、対オリックス・バファローズ22回戦(西武プリンスドーム)、5回裏に山田修義から左越本塁打で達成(史上10人目)
  • 全球団から本塁打:2019年6月14日、対広島東洋カープ1回戦(楽天生命パーク宮城)、2回裏に床田寛樹から右越ソロ ※史上36人目
  • 1イニング5打点:2020年6月27日、対北海道日本ハムファイターズ5回戦(楽天生命パーク宮城)、5回裏に玉井大翔から左越3ランと右越2点二塁打 ※東北楽天ゴールデンイーグルス球団記録
  • 1試合7打点(2度):
    • 1回目:同上、5回裏に玉井大翔から左越3ランと右越2点二塁打、8回に鈴木健矢から右中間2点二塁打
    • 2回目:2020年9月22日対千葉ロッテマリーンズ16回戦(楽天生命パーク宮城)、4回裏に石川歩右越ソロ本塁打、5回裏に石川から左越2点本塁打、7回裏に東條大樹から右越適時打、8回裏に山本大貴から左越3点本塁打 ※東北楽天ゴールデンイーグルス球団タイ記録

背番号

  • 32(2009年 - 2016年)
  • 3(2017年 - )

登場曲

[75]

代表歴

関連情報

書籍

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 王貞治、門田博光、松井秀喜に次ぐ4人目[10]
  2. ^ 複数球団で1試合7打点を記録したのは、2004年4月7日に横浜で、2010年8月8日にヤクルトで記録した相川亮二以来10年ぶりとなった[34]
  3. ^ 2021年も選出されていたが、体調不良により欠場した[40]

出典

  1. ^ 楽天浅村は現状維持、初の本塁打王は「違う喜びが」”. 日刊スポーツ (2020年12月7日). 2020年12月8日閲覧。
  2. ^ 第74回 通算180本塁打のスラッガー・浅村栄斗(東北楽天)が大阪桐蔭に入学した意外なワケ”. 高校野球ドットコム (2020年3月7日). 2021年7月22日閲覧。
  3. ^ a b 大阪桐蔭・浅村、高校有終アーチ…おおいた国体”. スポーツ報知 (2008年10月2日). 2008年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月13日閲覧。
  4. ^ 2008年 ドラフト会議開催!”. 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト (2008年10月30日). 2021年7月22日閲覧。
  5. ^ 西武3位浅村が仮契約”. 日刊スポーツ (2008年11月13日). 2021年7月22日閲覧。
  6. ^ “4連勝西武に新星!19歳浅村が初ホームラン”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年8月11日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/08/11/kiji/K20100811Z00002370.html 2013年11月8日閲覧。 
  7. ^ “浅村 初受賞に驚き「苦しい時期 今になったらいい経験」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年11月1日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/11/01/kiji/K20111101001938700.html 2013年7月21日閲覧。 
  8. ^ 浅村 新4番2発、サヨナラ弾「自分は“ただの4番目”なんで」”. スポーツニッポン (2013年6月1日). 2021年7月22日閲覧。
  9. ^ “浅村、打点に満足「このまま維持して笑って終われるように」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年8月6日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/08/06/kiji/K20130806006366560.html 2013年10月8日閲覧。 
  10. ^ “V阻止ならずも西武CS争い手応え 3位と1差”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年9月27日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/09/27/kiji/K20130927006697440.html 2013年9月29日閲覧。 
  11. ^ “【西武】浅村が打点王「感謝したい」”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ). (2013年10月13日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20131013-1203795.html 2013年11月8日閲覧。 
  12. ^ 2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト. 2015年3月30日閲覧。
  13. ^ a b 西武・浅村栄斗「目標はトリプルスリーとデレク・ジーター」”. web Sportiva (2014年3月21日). 2014年10月28日閲覧。
  14. ^ “西武4番浅村が満弾&ソロ 連敗止めた”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ). (2014年4月18日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20140418-1286899.html 2014年10月28日閲覧。 
  15. ^ “【西武】浅村、左膝じん帯損傷!5月21日巨人戦で負傷…3日抹消も”. スポーツ報知. (2014年6月3日). オリジナルの2014年6月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140603122704/https://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20140602-OHT1T50236.html 2014年10月28日閲覧。 
  16. ^ 西武 浅村と岡本洋の1軍登録を抹消”. 日刊スポーツ (2014年6月5日). 2021年8月19日閲覧。
  17. ^ “西武・浅村が戦列復帰!「いつも以上に緊張した」”. サンケイスポーツ. (2014年7月15日). オリジナルの2014年10月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141028074659/https://www.sanspo.com/baseball/news/20140715/lio14071522030001-n1.html 2014年10月28日閲覧。 
  18. ^ 西武・浅村が左肩のクリーニング手術 秋季キャンプには参加せず”. サンケイスポーツ (2014年11月6日). 2021年8月19日閲覧。
  19. ^ 「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年9月10日). 2015年9月20日閲覧。
  20. ^ 西武・浅村 球宴初アーチが驚き400号「なかなかない」”. スポニチアネックス (2016年7月16日). 2021年7月22日閲覧。
  21. ^ 小川、菊池、松井裕、浅村が月間MVP”. 日刊スポーツ (2016年9月8日). 2021年7月22日閲覧。
  22. ^ 浅村選手、永江選手 背番号変更のお知らせ”. 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト (2016年11月18日). 2021年7月22日閲覧。
  23. ^ “西武・浅村が新主将就任!辻監督から指名“新しい風”に”. スポニチアネックス. (2016年11月25日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/25/kiji/K20161125013788150.html 2016年11月25日閲覧。 
  24. ^ 西武・浅村、通算100号でソフ倒!「久々に出ました。奇跡です」”. SANSPO.COM (2017年5月21日). 2021年7月22日閲覧。
  25. ^ a b 西武・浅村栄斗が快挙!“平成生まれ一番乗り”の1000安打”. BASEBALL KING (2017年9月29日). 2021年8月29日閲覧。
  26. ^ 株式会社スポーツニッポン新聞社マルチメディア事業本部「西武・浅村、パ単独トップ124打点!球団日本人初3割30本100打点確実」『スポニチ Sponichi Annex』、2018年10月4日。2018年10月4日閲覧。
  27. ^ “西武浅村が球団新125打点「ネコ、ナイスラン!」” (日本語). 日刊スポーツ. (2018年10月4日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201810040000851.html 2018年10月4日閲覧。 
  28. ^ “西武浅村が球団記録127打点「チームのために」”. 日刊スポーツ. (2018年10月6日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201810060001005.html 2018年10月8日閲覧。 
  29. ^ 西武・浅村、FA決断激白「するなら今という気持ち」「後悔したくない」”. サンスポ (2018年11月6日). 2018年11月7日閲覧。
  30. ^ “浅村獲得で楽天・石井GMが会見「良かったと思える環境作り」を約束” (日本語). デイリースポーツ. (2018年11月21日). https://www.daily.co.jp/baseball/2018/11/21/0011839938.shtml 2018年11月21日閲覧。 
  31. ^ “楽天・浅村、フリーアナ淡輪ゆきと結婚発表「精進していきたい」”. Sponichi Annex (株式会社スポーツニッポン新聞社). (2019年11月19日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/11/19/kiji/20191119s00001173089000c.html 2019年11月21日閲覧。 
  32. ^ “浅村栄斗妻の淡輪ゆき、結婚式の「おすそ分け」が止まらない?”. BB NEWS. (2020年1月18日). https://bb-news.jp/news/%E6%B5%85%E6%9D%91%E6%A0%84%E6%96%97%E5%A6%BB%E3%81%AE%E6%B7%A1%E8%BC%AA%E3%82%86%E3%81%8D%E3%80%81%E7%B5%90%E5%A9%9A%E5%BC%8F%E3%81%AE%E3%80%8C%E3%81%8A%E3%81%99%E3%81%9D%E5%88%86%E3%81%91%E3%80%8D.html 2020年7月29日閲覧。 
  33. ^ 楽天・浅村、球団新の1イニング5打点 八回にも2点打で球団タイの1試合7打点” (日本語). SANSPO.COM(サンスポ) (2020年6月28日). 2020年6月28日閲覧。
  34. ^ 楽天浅村、複数球団での1試合7打点は相川以来” (日本語). 日刊スポーツ (2020年6月28日). 2020年6月28日閲覧。
  35. ^ a b 【楽天】浅村栄斗が32発で初の本塁打王! 球団では山崎武司以来13年ぶり2人目「自分のことを褒めてあげたい」”. スポーツ報知 (2020年11月9日). 2021年8月29日閲覧。
  36. ^ 楽天・浅村 通算1500安打!平成生まれ初の大台達成”. デイリースポーツ (2021年6月11日). 2021年6月11日閲覧。
  37. ^ 楽天・浅村、2番でまた一発”. サンスポ (2021年7月8日). 2021年9月6日閲覧。
  38. ^ ファン投票結果”. 日本野球機構. 2021年7月22日閲覧。
  39. ^ 選手間投票結果”. 日本野球機構. 2021年7月22日閲覧。
  40. ^ a b 楽天田中将大と浅村栄斗がオールスター第2戦を欠場 日本ハム近藤健介も”. 日刊スポーツ (2021年7月17日). 2021年7月22日閲覧。
  41. ^ 侍ジャパン浅村栄斗5戦5安打1打点 最後までつなぎ役に徹し金メダル貢献”. 日刊スポーツ (2021年8月7日). 2021年9月6日閲覧。
  42. ^ 楽天4番の浅村が途中交代 石井監督「ちょっと調子が悪かったから」”. デイリースポーツ (2021年9月3日). 2021年9月6日閲覧。
  43. ^ 【楽天】浅村栄斗が移籍後初のベンチスタート…両軍スタメン発表”. スポーツ報知 (2021年9月4日). 2021年9月6日閲覧。
  44. ^ コンデション不良の楽天・浅村が4試合ぶりにスタメン復帰 石井監督は「状態は良くなっている」”. Sponichi Annex (2021年9月8日). 2021年11月19日閲覧。
  45. ^ 楽天・浅村 2戦連続本塁打でポストシーズンに向け復調手応え”. Sponichi Annex (2021年10月25日). 2021年11月19日閲覧。
  46. ^ 楽天CS敗退、11安打も打線寸断 3番浅村2戦で打点なし8打数1安打”. 日刊スポーツ (2021年11月8日). 2021年11月19日閲覧。
  47. ^ リーグ随一の勝負強さを誇る浅村栄斗 楽天の救世主となるか”. SPAIA (2018年12月2日). 2021年6月13日閲覧。
  48. ^ 浅村栄斗「能力だけで打ち続けるのは無理」。フロック→真の実力へ変貌した転機”. p. 2 (2020年9月10日). 2021年5月24日閲覧。
  49. ^ 浅村栄斗「能力だけで打ち続けるのは無理」。フロック→真の実力へ変貌した転機”. web Sportiva. p. 3 (2020年9月10日). 2021年5月24日閲覧。
  50. ^ 浅村栄斗「能力だけで打ち続けるのは無理」。フロック→真の実力へ変貌した転機”. web Sportiva. p. 1 (2020年9月10日). 2021年5月24日閲覧。
  51. ^ 『2013プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2013年、217頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  52. ^ 『2014プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2014年、220頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  53. ^ a b c 西武の新星・浅村、ブレークの理由”. スポーツナビ. Yahoo! JAPAN (2011年5月25日). 2011年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年10月28日閲覧。
  54. ^ 新生侍ジャパン 初勝利を切り開いた浅村栄斗の初球打ち”. Full-Count (2013年11月9日). 2014年3月2日閲覧。
  55. ^ 楽天・浅村 広角打法でOP戦1号「右方向に行くことがバロメーターになる」” (日本語). スポニチ Sponichi Annex (2019年3月22日). 2021年5月24日閲覧。
  56. ^ a b 西武・伊原体制では用なし? スタメン落ちが危ぶまれる打点王・浅村”. 日刊ゲンダイ (2013年11月2日). 2014年11月18日閲覧。
  57. ^ 2013年度 パシフィック・リーグ 個人守備成績(規定以上)”. 日本野球機構. 2014年3月2日閲覧。
  58. ^ 『2014プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2014年、28頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  59. ^ ドラフト上位候補に浅村をリストアップ/日本ハム”. スポーツニッポン (2008年8月28日). 2008年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月13日閲覧。
  60. ^ 【楽天】浅村栄斗2戦連続V弾「ノリとお立ち台に上がりたいと思って」則本昂大4勝目後押し” (日本語). スポーツ報知 (2021年5月20日). 2021年5月24日閲覧。
  61. ^ NACK5 SUNDAY LIONS 2010年4月18日放送より
  62. ^ 元気を日本に 日本プロ野球 2011年3月3日放送より
  63. ^ a b c 充四郎, 中川 (2017年4月29日). “【西武】チーム好調の原動力は新主将・浅村栄斗とスコアラーにあり”. 文春オンライン. 2021年8月3日閲覧。
  64. ^ a b 【西武】浅村、背番号『3』へ変更!「ライオンズの背番号『3』に恥じないよう」” (日本語). BASEBALL KING (2016年11月18日). 2021年8月3日閲覧。
  65. ^ 浅村 稲葉バットで勝負「打球速を上げたい」”. スポニチ (2013年1月17日). 2021年7月22日閲覧。
  66. ^ “渡辺SD「会社、フロントが一丸になった」”. サンケイスポーツ. 産業経済新聞社. (2018年10月1日). https://www.sanspo.com/article/20181001-ZWCEGOS2DJNYDOP4ZSDEMWTJJ4/ 2018年10月1日閲覧。 
  67. ^ 西武・浅村が通算100号! 今季4号3ランで大台到達”. Full-Count (2017年5月20日). 2017年5月20日閲覧。
  68. ^ 西武浅村39戦39打点 85年落合級のハイペース - 野球”. 日刊スポーツ (2017年5月21日). 2017年5月21日閲覧。
  69. ^ 浅村栄斗選手 通算1,000安打達成!”. 埼玉西武ライオンズ (2017年9月28日). 2018年2月21日閲覧。
  70. ^ 西武・浅村栄斗が快挙!“平成生まれ一番乗り”の1000安打”. BASEBALL KING (2017年9月29日). 2018年2月21日閲覧。
  71. ^ “西武・浅村 通算1000試合出場 プロ野球491人目「ここまで、いろんなことがありました」”. スポニチアネックス. (2018年5月6日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/05/06/kiji/20180506s00001173291000c.html 2018年5月6日閲覧。 
  72. ^ “楽天単独首位!浅村 古巣相手に逆転3ランで勝利呼び込む”. スポニチアネックス. (2019年4月17日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/04/17/kiji/20190417s00001173417000c.html 2019年4月18日閲覧。 
  73. ^ “楽天浅村栄斗が1500安打 適時打含む猛打賞でイッキ達成”. 日刊スポーツ. (2021年6月10日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202106100000936.html 2021年6月10日閲覧。 
  74. ^ “楽天浅村栄斗が通算1500試合出場 平成生まれでは初”. 日刊スポーツ. (2021年9月30日). https://www.nikkansports.com//baseball/news/202109300000878.html 2021年9月30日閲覧。 
  75. ^ 選手登場曲|東北楽天ゴールデンイーグルス” (日本語). 楽天イーグルス オフィシャルサイト. 2020年7月27日閲覧。

関連項目

外部リンク


 

Back to Top
Close