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⚽|サッカー=ユベントス今季5敗目、サンプドリア吉田は途中出場


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サッカー=ユベントス今季5敗目、サンプドリア吉田は途中出場

 
内容をざっくり書くと
吉田麻也が所属するサンプドリアはベローナに3─1で勝利。
 

[トリノ(イタリア) 27日 ロイター] – サッカーのイタリア・セリエAは27日、各地で試合を行い… →このまま続きを読む

 ロイター


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UCサンプドリア

ウニオーネ・カルチョ・サンプドリア: Unione Calcio Sampdoria)は、イタリアジェノヴァをホームタウンとするプロサッカークラブ。愛称「サンプ(La Samp)」や「ドーリア(Il Doria)」、または「ブルチェルキアーティ(I Blucerchiati、青に囲まれしもの)」。1990-91シーズン、セリエA優勝の古豪。

歴史

1946年にサンピエルダレネーゼとアンドレア・ドリアが合併して誕生。

1980年代には会長による積極経営の下で、セリエAを代表するチームに成長し、名将ヴヤディン・ボシュコヴの下で、1982年に移籍してきたロベルト・マンチーニと、1984年加入のジャンルカ・ビアリのツートップ、1986年より加入のトニーニョ・セレーゾなどを擁してクラブの黄金期を迎える。1989-90シーズン、初のヨーロッパの舞台でのタイトルとなる、カップウィナーズカップ優勝。

1990-91シーズンには初のセリエA優勝を果たし、1991-92シーズンにはチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)決勝に進出、決勝では、FCバルセロナと互角に戦うが、エースのビアリが決定的チャンスを決め切れず、延長の末クーマンに直接FKを決められ敗れた。

1992年にビアリがユベントスへ移籍、1993-94シーズンにはルート・グーリットやデビット・プラットらスター選手を獲得しセリエA優勝争いを演じ、3位、コパイタリア優勝の成績を残した。1995年にはカランブー、セードルフらが加入したが再び黄金期は訪れず。

1997年には15年間プレーしたクラブの顔とも言えるマンチーニが移籍、その後は資金難により1998-99シーズンにはセリエBに降格。

2003-04シーズンにはセリエAに復帰し、安定した経営により中堅クラブとして地位を確立していたが、2010-11シーズンはリカルド・ガッローネ会長がアントニオ・カッサーノと喧嘩となり、冬の移籍でカッサーノがミランに移籍し、ジャンパオロ・パッツィーニもインテルに移籍したこともあり、決定力不足が顕著に表れて18位となり8シーズンぶりにセリエBへの降格となった[1]。2011-12シーズンは6位になり、プレーオフでASヴァレーゼ1910に勝利してセリエA復帰を決めた。

2021年12月6日、クラブの会長であるマッシモ・フェレーロが経営面で関わっていた企業の詐欺破産、企業犯罪がカラブリア州のパオラ地検の捜査により、明らかにされ、同日に身柄を拘束された。事件発覚後、フェレーロ会長は辞任を表明し、クラブの首脳陣はクラブ経営権の譲渡を決めた[2]

なお、2003-04シーズンには日本の柳沢敦が所属していた。

同じくジェノヴァを本拠地とする古豪ジェノアCFCとはライバル関係にあり、両クラブの対戦はデルビー・デッラ・ランテルナ灯台ダービー)と呼ばれる。

タイトル

国内タイトル

国際タイトル

ユース

過去の成績

シーズンディビジョンコッパ・イタリア
リーグ順位
1946-47セリエA381481656523611位
1947-48セリエA3813101768633614位
1948-49セリエA38169137463415位
1949-50セリエA381371862703313位
1950-51セリエA381291751763312位
1951-52セリエA38169134840417位
1952-53セリエA349131237433112位
1953-54セリエA341112113840348位
1954-55セリエA341112115444349位
1955-56セリエA341211115154357位
1956-57セリエA341211115956357位
1957-58セリエA349121354623014位準々決勝敗退
1958-59セリエA34158115044385位ベスト16
1959-60セリエA341113104146358位ベスト16
1960-61セリエA34177105451414位準々決勝敗退
1961-62セリエA349121332403010位2回戦敗退
1962-63セリエA341181541503011位準々決勝敗退
1963-64セリエA341071738502715位2回戦敗退
1964-65セリエA349111419302914位2回戦敗退
1965-66セリエA34991627472716位1回戦敗退
1966-67セリエB38201444719541位3回戦敗退
1967-68セリエA30615927342710位1回戦敗退
1968-69セリエA305131221272312位GS敗退
1969-70セリエA306121222372413位GS敗退
1970-71セリエA306131130342512位GS敗退
1971-72セリエA30812102328289位GS敗退
1972-73セリエA305141116252412位GS敗退
1973-74セリエA305131227342013位GS敗退
1974-75セリエA304161021352413位GS敗退
1975-76セリエA30881421322412位2回戦敗退
1976-77セリエA306121228422414位GS敗退
1977-78セリエB381214124137388位GS敗退
1978-79セリエB38918113739369位GS敗退
1979-80セリエB38102173327417位GS敗退
1980-81セリエB38112163933435位GS敗退
1981-81セリエB38171384125473位準決勝敗退
1982-83セリエA3081573130317位GS敗退
1983-84セリエA30128103630327位準々決勝敗退
1984-85セリエA30121353621374位優勝
1985-86セリエA308111127252711位準優勝
1986-87セリエA3013983721356位1回戦敗退
1987-88セリエA30131164130374位優勝
1988-89セリエA34141194325395位優勝
1989-90セリエA34161174626435位3回戦敗退
1990-91セリエA34201135724511位準優勝
1991-92セリエA34111673831386位準決勝敗退
1992-93セリエA341212105048367位2回戦敗退
1993-94セリエA3418886439443位優勝
1994-95セリエA341311105137508位3回戦敗退
1995-96セリエA341410105947528位ベスト16
1996-97セリエA34141196046536位2回戦敗退
1997-98セリエA34139125255489位ベスト16
1998-99セリエA349101538553716位ベスト16
1999-00セリエB381711104540625位2回戦敗退
2000-01セリエB38161666038645位ベスト16
2001-02セリエB3812121442464811位ベスト16
2002-03セリエB38171655331671位ベスト16
2003-04セリエA341113104042468位ベスト16
2004-05セリエA381710114229615位準々決勝敗退
2005-06セリエA3810111747514112位準々決勝敗退
2006-07セリエA381310154448499位準決勝敗退
2007-08セリエA38179125646606位準々決勝敗退
2008-09セリエA3811131449524613位準優勝
2009-10セリエA38191094941674位4回戦敗退
2010-11セリエA388121833493618位準々決勝敗退
2011-12セリエB42171695334676位3回戦敗退
2012-13セリエA3811101743514214位3回戦敗退
2013-14セリエA381291748624512位ベスト16
2014-15セリエA38131784842567位ベスト16
2015-16セリエA3810101848614015位ベスト16
2016-17セリエA3812121449554810位ベスト16
2017-18セリエA381661656605410位ベスト16
2018-19セリエA38158156051539位ベスト16
2019-20セリエA381262048654215位4回戦敗退
2020-21セリエA38157165254529位4回戦敗退
2021-22セリエA38ラウンド16

欧州の成績

歴代会長

  • (1930-1993)

サンプドリア黄金期を創り上げた伝説の会長。ローマ出身。サンプドリアにおけるこの会長の功績は計り知れない。

1979年、自身が所有する船舶の一部を売却し、セリエBに低迷していたサンプドリアを買収。1982年にセリエA昇格を成し遂げ、ボローニャより40億リラでロベルト・マンチーニを獲得。1984年には当時代表でもコンビを組んでいたジャンルカ・ビアッリを30億リラでクレモネーゼより獲得。その後も積極的にクラブへ投資し、トニーニョ・セレーゾジャンルカ・パリュウカアッティリオ・ロンバルドなど優秀な選手を集める事に成功。

そして1990-91のスクデットを頂点とする「サンプ・ドーロ」と呼ばれる黄金期を創出した。

1993年、持病の心臓病が悪化し死去。葬儀の際、その棺をマンチーニをはじめとするサンプの選手達が運んだ映像はジェノバ市民のみならず、多くの人の涙を誘った。

  • (任1993-2002)

の息子。パオロの死後、会長に就任。在任中はシニシャ・ミハイロヴィッチクラレンス・セードルフクリスティアン・カランブーフアン・セバスティアン・ベロンなど、優秀な選手を集めたもののクラブの財政状況の悪化から長く引き留めることはできなかった。

父パオロとは異なり、クラブの財政悪化によりビジネスライクに物事を運んだため、優秀な選手は集めるもののチーム強化には至らなかった。更にチームの象徴であるマンチーニとの確執も表面化。96-97シーズンを最後にマンチーニは、監督であったエリクソンとともにラツィオへ去った。

98-99シーズンはアリエル・オルテガヴィンチェンツォ・モンテッラを要したもののチームとしてはうまく機能しなかった。更に監督の解任-再任騒動などフロントの対応のまずさも露呈し、最終節を待たずにセリエBに陥落した。

そして3年後の2002年にクラブは深刻な経営危機に陥り、マントバーニ一族はクラブの経営から手を引いた。

ガッローネは石油精製業を経営するイタリア有数の大富豪であり、2002年財政破綻寸前のサンプドリアをマントバーニ一族より買収した。チームをセリエC1降格の危機より救い、ジュゼッペ・マロッタをGM(ジェネラル・マネージャー)に招聘、小規模予算ながら堅実かつ強力なチームづくりに成功した。2002-03シーズンにはワルテル・ノヴェッリーノ監督の下でセリエA昇格を果たした。

2009-10シーズンはルイジ・デルネーリ監督の下、ジャンパオロ・パッツィーニ、前任者ワルテル・マッツァーリ監督の下で再生を果たしたアントニオ・カッサーノの2トップが機能し、4位という大躍進を遂げ、UEFAチャンピオンズリーグ 2010-11のプレーオフからの出場権を獲得した。

2010-11シーズンにはセリエB降格を経験し、2011-12シーズンは苦しみながらも途中就任したジュゼッペ・イアキーニ監督の下でプレーオフを経て、セリエA昇格を果たした。しかし晩年は、デルネーリ退任以降は相次ぐ監督解任と2012-13シーズンには昇格の功労者イアキーニを切り、インテルを率いた経験を持つラファエル・ベニテス招聘を検討するなど、一貫性のないチーム作りが露呈しまう結果となった。

2013年1月21日、癌により76歳で死去。

現所属メンバー

セリエA 2021-22シーズン 基本フォーメーション

2022年1月16日現在[3]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No.Pos.選手名
1GKイタリアエミル・アウデロ (Flag of Indonesia.svg)
2MFノルウェーモアテン・トルスビー
3DFイタリアトンマーゾ・アウジェッロ
4DFドイツユリアン・シャボー (Flag of France.svg)
6MFスウェーデンアルビン・エクダル
8MFイタリア
9FWイタリア
10FWイタリアフランチェスコ・カプート
11FWイタリア
13DFイタリアアンドレア・コンティ
14MFイングランドロナウド・ヴィエイラ
15DFガンビアオマー・コリー
16MFノルウェークリストフェル・アスキルセン
19DFルーマニアラドゥ・ドラグシン
20FWオランダモハメド・イハッターレン
No.Pos.選手名
22DF日本吉田麻也
23FWイタリアマノロ・ガッビアディーニ
24DFポーランドバルトシュ・ベレシンスキ
25DFイタリアアレックス・フェラーリ
26DFイタリアジャンジャコモ・マニャーニ
27FWイタリアファビオ・クアリャレッラ (Captain sports.svg)
28MFスペイン
29DFイタリアニコラ・ムッル
30GKイタリア
33GKイタリア
38MFデンマークミッケル・ダムスゴー
70MFイタリア
87MFイタリアアントニオ・カンドレーヴァ
88MFベネズエラトマス・リンコン

括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。

監督
  • 未定

ローン移籍選手

in 注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No.Pos.選手名
10FWイタリアフランチェスコ・カプート (サッスオーロ)
11FWイタリア (ASローマ)
19DFルーマニアラドゥ・ドラグシン (U-23ユヴェントスFC)
No.Pos.選手名
20FWオランダモハメド・イハッターレン (ユヴェントスFC)
26DFイタリアジャンジャコモ・マニャーニ (エラス・ヴェローナFC)
88MFベネズエラトマス・リンコン (トリノFC)

out 注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

No.Pos.選手名
--DFコロンビアジェイソン・ムリージョ (セルタ・デ・ビーゴ)
--DFブラジル (インテルナシオナル)
--DFイタリア (アンコーナ・マテリカ)
--DFイタリアファビオ・デパーオリ (エラス・ヴェローナFC)
--MFフランス (ブレシア・カルチョ)
--FWイタリアジャンルカ・カプラーリ (エラス・ヴェローナFC)
No.Pos.選手名
--FWイタリアフェデリコ・ボナッツォーリ (USサレルニターナ1919)
--FWイタリアアントニーノ・ラ・グミーナ (カルチョ・コモ)
--FWイタリア (ペルージャ・カルチョ)
--FWイタリア (ASグッビオ1910)
--FWイタリア (SSユーヴェ・スタビア)

歴代監督

歴代所属選手

GK

DF

MF

FW

注釈

外部リンク

吉田麻也

吉田 麻也(よしだ まや、1988年8月24日 - )は、長崎県長崎市出身のプロサッカー選手。ポジションはDF(CB)。セリエAUCサンプドリア所属。日本代表キャプテン。

FIFAワールドカップ日本代表メンバー(2014年2018年)。オリンピックには3度選出され(2008年2012年2020年)、計13試合に出場。この出場数はオリンピックサッカー史上最多記録タイである[3]

プロ入り前

のように揉まれれば揉まれるほど強い男になってほしい」という両親の想いで「麻也」と名付けられる[4]。小学校2年生のとき、地元長崎市の南陵FCでサッカーを始める[5]。小学校6年生の時に兄が見つけた名古屋グランパスのU-15セレクションを、家族で名古屋を訪れるついでに受験[5]。家族はもとより本人も合格すると思っていなかったが合格したため、愛知県みよし市に移住(受験者の70人中で合格をしたのは、吉田を入れて4人であった)[5]

愛知県豊田市にある愛知県立豊田高等学校に進学(22回生[6])。校内では成績優秀、スポーツ万能で有名だった。

早稲田大学人間科学部eスクール(通信教育課程)卒業(2007年4月入学、2019年3月卒業[7])。早大卒業時に小野梓記念賞(スポーツ賞・個人部門)を受賞している[8]。 名古屋グランパスエイトU-18時代にU-18日本代表に選ばれた。また、キャプテンを務め、ボランチ選手として攻守にわたって支える、チームの要といえる存在であった[9]2006年全日本ユースではチームを牽引して準優勝に導き、2007年長谷川徹福島新太新川織部とともにトップチームに昇格した[9]

クラブ経歴

名古屋グランパス

2007年シーズン開幕前、古賀正紘秋田豊角田誠等が退団し、層が薄くなったセンターバックにコンバートされ[9]、第9節大分トリニータ戦で初出場を果たした[10]。19試合に出場。

2008年シーズン、就任したストイコビッチ監督の信頼を受けて序盤はバヤリツァとともにセンターバックのレギュラーとしてチームを支えた。7月14日には北京五輪代表に選出。グランパスではシドニー五輪オーバーエイジ枠で出場した楢崎正剛を除けば初のU-23日本代表への選出であった[11]。出場は敗退決定後のグループリーグ第3戦オランダ戦だけであったが、マッチアップしたFWロイ・マカーイと互角に渡り合った[12]。五輪招集により一時的にレギュラーから外れた[13]ものの、22試合に出場。第22節鹿島アントラーズ戦では初得点も挙げた[10]。シーズン終盤には、決定力不足を補うために高さを生かしてFWとして起用されることもあった[14][15]

2009年シーズンは引退した大森征之から背番号4を受け継ぐ。25試合に出場し、名古屋DFの軸として活躍した。シーズン終了後の12月28日にオファーを受けたオランダVVVフェンローへ完全移籍した。

VVVフェンロー

VVVフェンローに移籍して間もない1月10日マーストリヒトとの練習試合で左足首を骨折し、09-10シーズンは出場がなかった。

新シーズンより背番号を28から3に変更。2010年10月30日の対フローニンゲン戦の後半途中から出場し、これがオランダでのデビュー戦となった。試合は3-5で敗れたが、初アシストを記録した。しかし、シーズンを通してレギュラーに定着しきれず20試合の出場に終わった。

2011年9月11日に行われたリーグ第5節PSVアイントホーフェン戦ではジャンピングボレーで一時勝ち越しとなるゴールを決めた。このゴールはオランダ放送協会(NOS)で放映されているサッカー情報番組「NOS Studio Sport(オランダ語)」において視聴者投票による「シーズンベストゴール」第1位となった[16]2012年3月3日、リーグ第24節NACブレダ戦ではチームメイトのカレン・ロバートとのアベックゴールにより2-1で勝利を収めた[17]。この年は初めてシーズン通してレギュラーとしてプレー。50年ぶりの4連勝も記録し、チーム2位の5得点を挙げて残留に貢献した。

サウサンプトン

2012年8月30日、イングランド・プレミアリーグサウサンプトンへ完全移籍[18]。9月15日のアーセナル戦で途中出場し、プレミアリーグ初出場を果たした。 その後もシーズン通してレギュラーの座を確保した。2013年1月30日、プレミアリーグ第24節マンチェスター・ユナイテッド戦では相手の香川真司と共に先発出場し、プレミアリーグ史上初の日本人対決を実現させた[19]

2014年2月22日、プレミアリーグ第27節のウェストハム戦にフル出場してリーグ戦で初ゴールをきめた。しかし、2013-14シーズンはこのシーズンから移籍してきたデヤン・ロヴレンに出番を奪われる形で、開幕からリーグ戦の出場機会には恵まれず[20]、同年3月には練習中に左ひざ靭帯を損傷し戦線離脱となり、シーズン中に復帰はできなかった。

2015年1月2日にサウサンプトンと2018年シーズン終了までの契約延長に合意。2014-15シーズンはトビー・アルデルヴァイレルトにセンターバックのポジションを奪われる形で、本職ではないサイドバックでの起用も増えた[21]ロナルド・クーマン監督からは「違うポジションでもできる選手がいるのは幸運なこと」と称賛された[22]

2015-16シーズンは、2015年9月にフィルジル・ファン・ダイクが新加入した影響でセンターバックとして出場する機会が減った。サイドバックとして出場する機会もあったが、右サイドバックとして出場したプレミアリーグ第6節マンチェスター・ユナイテッド戦と第14節マンチェスター・シティ戦で失点に直結する致命的なミスを犯してしまい、出場機会はさらに減っていった[23]。9戦ぶりに先発出場した第25節ウェストハム戦では決勝点を挙げ、無失点にも貢献するも、その後も出場機会には恵まれなかった[24]

2016-17シーズンは、年が明けた1月1日のWBA戦からスタメンに定着。7日のFAカップ3回戦ノリッジ・シティ戦では父親になってから初得点をあげた[25]。11日EFLカップ準決勝のリヴァプール戦では無失点に抑えて地元紙で高評価を得た[26]。また、18日に行われたFAカップでのノリッジ・シティとの再戦ではキャプテンとしてフル出場[27] 。21日、チームキャプテンであり吉田とCBの定位置を争っていたジョゼ・フォンテが移籍[28]してからはレギュラーとして定着する事となり、22日、岡崎慎司との日本人対決となったプレミアリーグ第22節レスター・シティ戦では、ファン・ダイクの負傷交代後にアームバンドを巻いた。

2月26日、EFLカップ決勝戦ではマンチェスター・ユナイテッドと対戦し、先発出場で接戦の末2-3で敗れたものの、大会ベストイレブンに選ばれた。4月5日、第31節のクリスタル・パレスFC戦では逆転弾となる今季初のリーグ戦初得点を決め、試合後にはクロード・ピュエル監督から「マヤはサウサンプトンの将来でもある」と絶賛された[29]。4月29日、第35節のハル・シティAFC戦では日本人選手として初のプレミアリーグ100試合出場を達成した。

シーズン終了後、DFラインを共に組んだジャック・スティーヴンスから「マヤは僕にとって素晴らしい存在だった」と称賛され[30]、地元紙『デイリー・エコー』の主催するサウサンプトン年間最優秀選手投票では2位となり、「吉田は今季セインツで成長を遂げた。ジョゼ・フォンテの移籍とファン・ダイクの長期離脱の後、センターバックの頼みの綱となった」と評価された[31]

2017-18シーズン、プレミアリーグ第2節ウェストハム戦にて試合終了間際にPKを獲得し、これが決勝点となってチームを勝利へ導いた[32]。自身の誕生日でもある8月24日に2020年まで契約延長したことを発表した[33]。開幕戦からレギュラーとして活躍し、開幕月となった8月のクラブ月間MVPを獲得した[34]。9月30日、第7節のストーク・シティ戦で今季初得点をきめた。これらの活躍が評価され、イギリス月刊サッカー雑誌フォーフォーツーが選ぶ開幕10試合時点のプレミアリーグのトップ10選手一覧に8位で名を連ねた[35]。12月13日のレスター・シティ戦ではシーズン2得点目を決めた[36]。なお、対戦相手の岡崎慎司も2得点しており、この試合はプレミアリーグの歴史で初めて複数のアジア人選手が得点した試合となった[36]。年明け後は左膝の負傷により戦列を離れる機会が多くなり、チームの調子も低迷。終盤には戦列に復帰し、チームのプレミアリーグ残留に貢献した[37]

2018-19シーズン、2018年8月28日に行われたカラバオ・カップ2回戦のブライトン戦でシーズン公式戦初出場。2018年10月7日、プレミアリーグ第8節のチェルシーFC戦で今シーズンリーグ戦初先発を果たすが、不用意な判断ミスでアルバロ・モラタにゴールを許してしまい、チームも0-3で敗れた。

2019-20シーズンは、2019年10月25日に行われたプレミアリーグ第10節レスター・シティ戦においてフル出場し、0-9の大敗を喫す。プレミアリーグで9点差がついた試合は24年ぶりの事であり、CBを務めていた吉田にも「三角コーンのようにプレーしていた」などと批判が浴びせられた[38][39]

この試合以降出場機会が激減し、リーグ戦は途中出場1試合、先発出場はカップ戦の1試合のみにとどまった。

サンプドリア

冬の移籍期間最終日である2020年1月31日にセリエAUCサンプドリアへ半年間のレンタル移籍で加入[40]。3月8日、ホームのセリエA第26節エラス・ヴェローナ戦でセリエAデビューを果たした。6月30日にレンタル元のサウサンプトンとの契約満了を発表し[41]、サンプドリアとは、シーズン終了までの短期契約を結んだ[42]。7月12日、セリエA第32節ウディネーゼ戦でセリエAでの自身初アシストを記録した[43]

2021年1月18日に、サンプドリアとの契約を2022年6月30日まで延長することに合意[44]。1月24日、セリエA第19節のパルマ戦でセリエA初ゴールを決め、チームも勝利した[45]

2021-22シーズン。9月26日、第6節のユベントスFC戦では頭でゴールをきめて、インテル戦に続いて奮闘を見せた。[46]

代表経歴

2008年北京オリンピックU-23日本代表として出場。

2009年12月21日、若手中心のメンバーで臨む方針だったアジアカップ最終予選・イエメン戦に向けたフル代表に初招集され、この試合でフル代表デビュー[2]

2010年12月24日AFCアジアカップ2011に臨む日本代表メンバーに選出。

2011年1月9日、グループリーグ第1節・ヨルダン戦の後半アディショナルタイムに代表初得点を記録[2]。2011年9月2日に行われた3次予選第1戦北朝鮮戦(埼玉)の後半アディショナルタイムに決勝点を決め、チームの勝利に貢献した。

2012年7月2日ロンドンオリンピックに出場するU-23日本代表オーバーエイジ枠として選出され、本大会では守備の要・主将としてチームを牽引。準々決勝のエジプト戦ではセットプレーからゴールを決める活躍を見せたが、準決勝のメキシコ戦と3位決定戦の韓国戦に敗れチームは4位に終わりメダル獲得にはあと一歩届かなかった。

2014年5月12日W杯ブラジル大会の日本代表メンバーに選出された[47]。本大会では全試合スタメンで起用され、試合終盤にはパワープレイ要員として前線に上がったが、いずれも結果には結びつかずチームもグループリーグで敗退した。

2017年3月23日2018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選アラブ首長国連邦戦では怪我で離脱した長谷部誠に変わってキャプテンマークを巻いた。その後も長谷部不在時にはキャプテンを務めるなど存在感を示し、日本代表で唯一W杯予選の全試合に900分間フル出場する事で、2018 FIFAワールドカップ出場へ貢献した[48]。フルタイム出場はフィールドプレーヤーでは2010 FIFAワールドカップ・アジア予選田中マルクス闘莉王以来の記録である[49]

2018年6月、ワールドカップロシア大会メンバーに選出され、2大会連続出場を果たす。グループリーグでは3試合にフル出場し、ディフェンスリーダーとしてGL突破に貢献[50]。決勝トーナメント1回戦ベルギー戦でもフル出場を果たすも、チームは後半アディショナルタイムに失点し、2-3で敗れた。試合には敗れたがイギリス『Sky Sports』で、ベルギー戦のマン・オブ・ザ・マッチに選出された[51]。ロシアW杯後は代表を引退した長谷部に代わり代表のキャプテンを務めている。

2019年1月、AFCアジアカップ2019でキャプテンとして優勝を目指すが、決勝戦のカタールに敗れて準優勝となった[52]。決勝戦では、1点ビハインドの83分にペナルティエリア内での相手のヘディングが吉田の手に当たったとして、VAR判定によりPKとなった。この失点によりカタールの優勝をほぼ決定付ける事となったが、吉田のハンドは意図的ではないと見る事もでき、海外メディアの『FOXスポーツ・アジア』は、不運だったと同情の声を寄せている[53]

2019年11月14日、2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選キルギス戦で日本代表では8人目となる国際Aマッチ100試合出場を達成。

2021年、東京オリンピックU-24日本代表にオーバーエイジとして選出。オリンピック日本代表として3度目の選出となった。グループリーグは3連勝、そして準々決勝のニュージーランド戦ではPK戦で最後のキッカーとしてPKを成功させたが、準決勝のスペイン戦と3位決定戦のメキシコ戦に敗れまたしても4位で大会終了。日本にとって53年ぶりとなるメダル獲得の夢はかなわなかった。ロンドンオリンピックに続きキャプテンとして6試合に出場。オリンピック通算13試合は、史上最多記録タイである。吉田以外の選手は、まだアマチュア大会だった頃のハンガリーの4選手であり(1960年から1970年代に記録)、プロ参加が認められ、年齢制限導入以降は最多出場となる[3]

エピソード

  • 日本代表FW本田圭佑は、憧れの存在である。
  • 子供時代は、いじられキャラだった。[11]
  • 本格的にサッカーをするきっかけを作り、名古屋でも生活面でサポートを続けた7歳年上の兄には頭が上がらないという[5]
  • 中学校入学以後、体のケアのためにとファストフード炭酸飲料などを避けている[5]
  • 幼少時代に交通事故に遭い、10メートルほど車に跳ね飛ばされたことがあるが、かすり傷程度で事なきを得た[54]
  • 実家は長崎県で離島から通えない高校生を対象とした下宿を経営している[4]
  • 日本テレビ月刊サッカーアース」内にレギュラーコーナー「吉田麻也の欧州か!?」を持っていた。これは番組MC・タカアンドトシのギャグ「欧米か!」に由来。ロンドン五輪準々決勝のエジプト戦ではゴール後パフォーマンスとしてタカのギャグ「俺だ!俺だ!俺だ!」を披露している。[55]なお、2012年10月期の番組再編に伴いサッカーアースのMCが手越祐也(当時:NEWS)に交代したため、レギュラーコーナー名は「吉田麻也の欧!NEWS」に変わっている。
  • フィギュアスケート選手の小塚崇彦競泳選手の立石諒と親交がある。
  • かつてプロ野球選手(ダイエー日本ハム阪神楽天)で投手としてプレーをしていた下柳剛は叔父(吉田の実母の弟)にあたる。
  • 2012年9月26日、自身のブログでグランパス時代から交際のあった一般女性との結婚を報告した[56]。2016年12月16日、11月末に第一子となる女児が誕生した事を発表した[57]
  • デイリー・ミラーが集計した2016-17シーズンのプレミアリーグ最速ランキングでアーセナルFCに所属していたセオ・ウォルコットに並んで8位に入った。この結果について、同紙の読者の85%が「ショックだ」と回答し、デイリー・ミラーも「マヤ本人も信じないだろう」と記した[58]
  • 2020年4月、イギリスメディアの選ぶ21世紀の日本代表ベスト11に選ばれた[59]
  • 2020年5月、新型コロナウイルス感染拡大を受けて日本赤十字社とユニバーサルミュージックによって、医療現場の最前線に立つ全国の医療従事者を応援するためのプロジェクト「#最前線にエールを何度でも」が主催され、プロジェクト開始時にはアーティストとアスリート計9組(AI黒田卓也鈴華ゆう子ナオト・インティライミMs.OOJA宮市亮MIYAVI山本彩、吉田麻也)による「何度でも」の歌唱動画が公開された[60][61]

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグリーグ戦リーグ杯オープン杯期間通算
出場得点出場得点出場得点出場得点
日本リーグ戦リーグ杯天皇杯期間通算
2007名古屋34J11903021241
20082214031292
200943041161376
オランダリーグ戦リーグ杯KNVBカップ期間通算
2009-10VVV28エールディヴィジ00--00
2010-113200-00200
2011-12325-10335
2012-1320-0020
イングランドリーグ戦FLカップFAカップ期間通算
2012-13サウサンプトン3プレミア3201010340
2013-14813120132
2014-152211000231
2015-162012110232
2016-172316021312
2017-182421020272
2018-191703000200
2019-20802010110
イタリアリーグ戦イタリア杯オープン杯期間通算
2019-20サンプドリア34セリエA140--140
2020-212232120-341
通算日本J171581113909
オランダエールディヴィジ545-10555
イングランドプレミア15461521311829
イタリアセリエA46120-481
総通算3251725325437524

その他の公式戦

  • 2011年
    • エールディヴィジ 残留・昇格プレーオフ 4試合0得点
  • 2012年
    • エールディヴィジ 残留・昇格プレーオフ 4試合0得点
  • 2015年
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2009名古屋4112
通算AFC112
UEFA ELUEFA EL
2016-17サウサンプトン360
通算UEFA60

受賞歴

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 113試合 11得点(2010年 - )[2]


日本代表国際Aマッチ
出場得点
201010
2011122
201290
2013150
2014111
2015133
2016103
201791
201890
2019111
202040
202190
通算11311

出場

No.開催日開催都市スタジアム対戦国結果監督大会
1.2010年1月5日イエメンの旗サヌアイエメンの旗 イエメン○3-2岡田武史AFCアジアカップ2011予選
2.2011年1月9日カタールの旗ドーハカタールSCスタジアムヨルダンの旗 ヨルダン△1-1ザッケローニAFCアジアカップ2011
3.2011年1月13日カタールの旗ドーハカタールSCスタジアムシリアの旗 シリア○2-1ザッケローニAFCアジアカップ2011
4.2011年1月17日カタールの旗アルライヤンアフメド・ビン=アリー・スタジアムサウジアラビアの旗 サウジアラビア○5-0ザッケローニAFCアジアカップ2011
5.2011年1月21日カタールの旗ドーハサーニー・ビン・ジャーシム・スタジアムカタールの旗 カタール○3-2ザッケローニAFCアジアカップ2011
6.2011年1月29日カタールの旗ドーハハリファインターナショナルスタジアムオーストラリアの旗 オーストラリア○1-0ザッケローニAFCアジアカップ2011
7.2011年6月7日日本の旗横浜横浜国際総合競技場チェコの旗 チェコ△0-0ザッケローニキリンカップサッカー2011
8.2011年8月10日日本の旗札幌札幌ドーム大韓民国の旗 韓国○3-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2011
9.2011年9月2日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国○1-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
10.2011年9月6日ウズベキスタンの旗タシュケントパフタコール・マルカジイ・スタジアムウズベキスタンの旗 ウズベキスタン△1-1ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
11.2011年10月7日日本の旗神戸ホームズスタジアム神戸ベトナムの旗 ベトナム○1-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2011
12.2011年10月11日日本の旗大阪大阪長居スタジアムタジキスタンの旗 タジキスタン○8-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
13.2011年11月11日タジキスタンの旗ドゥシャンベドゥシャンベ・セントラル・スタジアムタジキスタンの旗 タジキスタン○4-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
14.2012年2月29日日本の旗豊田豊田スタジアムウズベキスタンの旗 ウズベキスタン●0-1ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
15.2012年6月3日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002オマーンの旗 オマーン○3-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
16.2012年6月8日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002ヨルダンの旗 ヨルダン○6-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
17.2012年8月15日日本の旗札幌札幌ドームベネズエラの旗 ベネズエラ△1-1ザッケローニキリンチャレンジカップ2012
18.2012年9月6日日本の旗新潟東北電力ビッグスワンスタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦○1-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2012
19.2012年9月11日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002イラクの旗 イラク○1-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
20.2012年10月12日フランスの旗サン=ドニスタッド・ド・フランスフランスの旗 フランス○1-0ザッケローニ国際親善試合
21.2012年10月16日ポーランドの旗ヴロツワフスタディオン・ヴロツワフブラジルの旗 ブラジル●0-4ザッケローニ国際親善試合
22.2012年11月14日オマーンの旗オマーンスルタン・カーブース・スポーツコンプレックスオマーンの旗 オマーン○2-1ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
23.2013年2月6日日本の旗神戸ホームズスタジアム神戸ラトビアの旗 ラトビア○3-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2013
24.2013年3月22日アラブ首長国連邦の旗アル・アインハリファインターナショナルスタジアムカナダの旗 カナダ○2-1ザッケローニ国際親善試合
25.2013年3月26日ヨルダンの旗アンマンキング・アブドゥッラー・スタジアムヨルダンの旗 ヨルダン●1-2ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
26.2013年5月30日日本の旗豊田豊田スタジアムブルガリアの旗 ブルガリア●0-2ザッケローニキリンチャレンジカップ2013
27.2013年6月4日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア△1-1ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
28.2013年6月15日ブラジルの旗ブラジリアエスタジオ・ナシオナル・デ・ブラジリアブラジルの旗 ブラジル●0-3ザッケローニFIFAコンフェデレーションズカップ2013
29.2013年6月19日ブラジルの旗レシフェアレナ・ペルナンブーコイタリアの旗 イタリア●3-4ザッケローニFIFAコンフェデレーションズカップ2013
30.2013年6月22日ブラジルの旗ベロオリゾンテエスタジオ・ゴベルナドール・マガリャンイス・ピントメキシコの旗 メキシコ●1-2ザッケローニFIFAコンフェデレーションズカップ2013
31.2013年8月14日日本の旗宮城宮城スタジアムウルグアイの旗 ウルグアイ●2-4ザッケローニキリンチャレンジカップ2013
32.2013年9月6日日本の旗大阪大阪長居スタジアムグアテマラの旗 グアテマラ○3-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2013
33.2013年9月10日日本の旗横浜横浜国際総合競技場ガーナの旗 ガーナ○3-1ザッケローニキリンチャレンジカップ2013
34.2013年10月11日セルビアの旗ノビサドスタディオン・カラジョルジェセルビアの旗 セルビア●0-2ザッケローニ国際親善試合
35.2013年10月15日ベラルーシの旗ジョジナトルペド・スタジアムベラルーシの旗 ベラルーシ●0-1ザッケローニ国際親善試合
36.2013年11月16日ベルギーの旗ヘンククリスタル・アレナオランダの旗 オランダ△2-2ザッケローニ国際親善試合
372013年11月19日ベルギーの旗ブリュッセルボードワン国王スタジアムベルギーの旗 ベルギー○3-2ザッケローニ国際親善試合
38.2014年3月5日日本の旗東京国立競技場ニュージーランドの旗 ニュージーランド○4-2ザッケローニキリンチャレンジカップ2014
39.2014年5月27日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002キプロスの旗 キプロス○1-0ザッケローニキリンチャレンジカップ2014
40.2014年6月2日アメリカ合衆国の旗タンパレイモンド・ジェームス・スタジアムコスタリカの旗 コスタリカ○3-1ザッケローニ国際親善試合
41.2014年6月6日アメリカ合衆国の旗タンパレイモンド・ジェームス・スタジアムザンビアの旗 ザンビア○4-3ザッケローニ国際親善試合
42.2014年6月14日ブラジルの旗レシフェアレナ・ペルナンブーココートジボワールの旗 コートジボワール●1-2ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ
43.2014年6月19日ブラジルの旗ナタルエスタディオ・ダス・デュナスギリシャの旗 ギリシャ△0-0ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ
44.2014年6月24日ブラジルの旗クイアバパンタナルアリーナコロンビアの旗 コロンビア●1-4ザッケローニ2014 FIFAワールドカップ
45.2014年9月5日日本の旗札幌札幌ドームウルグアイの旗 ウルグアイ●0-2アギーレキリンチャレンジカップ2014
46.2014年9月9日日本の旗横浜横浜国際総合競技場ベネズエラの旗 ベネズエラ○3-0アギーレキリンチャレンジカップ2014
47.2014年11月14日日本の旗豊田豊田スタジアムホンジュラスの旗 ホンジュラス○6-0アギーレキリンチャレンジカップ2014
48.2014年11月18日日本の旗大阪ヤンマースタジアム長居オーストラリアの旗 オーストラリア○2-1アギーレキリンチャレンジカップ2014
49.2015年1月12日オーストラリアの旗ニューカッスルニューカッスル・スタジアムパレスチナの旗 パレスチナ○4-0アギーレAFCアジアカップ2015
50.2015年1月16日オーストラリアの旗ブリスベンブリスベン・スタジアムイラクの旗 イラク○1-0アギーレAFCアジアカップ2015
51.2015年1月20日オーストラリアの旗メルボルンメルボルン・レクタンギュラー・スタジアムヨルダンの旗 ヨルダン○2-0アギーレAFCアジアカップ2015
52.2015年1月23日オーストラリアの旗シドニースタジアム・オーストラリアアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦●1-1 (PK4-5)アギーレAFCアジアカップ2015
53.2015年3月27日日本の旗大分大分スポーツ公園総合競技場チュニジアの旗 チュニジア○2-0ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2015
54.2015年6月11日日本の旗横浜日産スタジアムイラクの旗 イラク○4-0ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2015
55.2015年6月16日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002シンガポールの旗 シンガポール△0-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
56.2015年9月3日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002カンボジアの旗 カンボジア○3-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
57.2015年9月8日イランの旗テヘランアザディスタジアムアフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○6-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
58.2015年10月8日オマーンの旗マスカットシーブ・スタジアムシリアの旗 シリア○3-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
59.2015年10月13日イランの旗テヘランアザディスタジアムイランの旗 イラン△1-1ハリルホジッチ国際親善試合
60.2015年11月12日シンガポールの旗カランシンガポール国立競技場シンガポールの旗 シンガポール○3-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
61.2015年11月17日カンボジアの旗プノンペンプノンペンナショナルスタジアムカンボジアの旗 カンボジア○2-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
62.2016年3月24日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002アフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン○5-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
63.2016年3月29日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002シリアの旗 シリア○5-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップUAE予選
64.2016年6月3日日本の旗豊田豊田スタジアムブルガリアの旗 ブルガリア○7-2ハリルホジッチキリンカップサッカー2016
65.2016年6月7日日本の旗大阪市立吹田サッカースタジアムボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ●1-2ハリルホジッチキリンカップサッカー2016
66.2016年9月1日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002アラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦●1-2ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
67.2016年9月6日タイ王国の旗バンコクラジャマンガラ・スタジアムタイ王国の旗 タイ○2-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
68.2016年10月6日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002イラクの旗 イラク○2-1ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
69.2016年10月11日オーストラリアの旗メルボルンドックランズ・スタジアムオーストラリアの旗 オーストラリア△1-1ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
70.2016年11月11日日本の旗茨城茨城県立カシマサッカースタジアムオマーンの旗 オマーン○4-0ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2016
71.2016年11月15日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002サウジアラビアの旗 サウジアラビア○2-1ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
72.2017年3月23日アラブ首長国連邦の旗アル・アインハッザーア・ビンザイード・スタジアムアラブ首長国連邦の旗 アラブ首長国連邦○2-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
73.2017年3月28日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002タイ王国の旗 タイ○4-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
74.2017年6月7日日本の旗東京東京スタジアムシリアの旗 シリア△1-1ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2017
75.2017年6月13日イランの旗テヘランPASスタジアムイラクの旗 イラク△1-1ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
76.2017年8月31日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002オーストラリアの旗 オーストラリア○2-0ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
77.2017年9月5日サウジアラビアの旗ブライダキングアブドゥラースポーツシティスタジアムサウジアラビアの旗 サウジアラビア●0-1ハリルホジッチ2018 FIFAワールドカップ・アジア最終予選
78.2017年10月6日日本の旗豊田豊田スタジアムニュージーランドの旗 ニュージーランド○2-1ハリルホジッチキリンチャレンジカップ2017
79.2017年11月10日ベルギーの旗リールスタッド・ピエールモーロワブラジルの旗 ブラジル●1-3ハリルホジッチ国際親善試合
80.2017年11月14日ベルギーの旗ブルッヘヤン・ブレイデルスタディオンベルギーの旗 ベルギー●0-1ハリルホジッチ国際親善試合
81.2018年5月30日日本の旗横浜日産スタジアムガーナの旗 ガーナ●0-2西野朗キリンチャレンジカップ2018
82.2018年6月8日スイスの旗ルガーノスイスの旗スイス●0-2西野朗国際親善試合
83.2018年6月19日ロシアの旗サランスクモルドヴィア・アリーナコロンビアの旗 コロンビア○2-1西野朗2018 FIFAワールドカップ
84.2018年6月24日ロシアの旗エカテリンブルクエカテリンブルクアリーナセネガルの旗 セネガル△2-2西野朗2018 FIFAワールドカップ
85.2018年6月28日ロシアの旗ヴォルゴグラードヴォルゴグラード・アリーナポーランドの旗 ポーランド●0-1西野朗2018 FIFAワールドカップ
86.2018年7月2日ロシアの旗ロストフロストフ・アリーナベルギーの旗 ベルギー●2-3西野朗2018 FIFAワールドカップ
87.2018年10月16日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002ウルグアイの旗 ウルグアイ○4-3森保一キリンチャレンジカップ2018
88.2018年11月16日日本の旗大分大分スポーツ公園総合競技場ベネズエラの旗 ベネズエラ△1-1森保一キリンチャレンジカップ2018
89.2018年11月20日日本の旗豊田豊田スタジアムキルギスの旗 キルギス○4-0森保一キリンチャレンジカップ2018
90.2019年1月9日アラブ首長国連邦の旗ドバイアルナヒヤーン・スタジアムトルクメニスタンの旗 トルクメニスタン○3-2森保一AFCアジアカップ2019
91.2019年1月13日アラブ首長国連邦の旗アブダビザイード・スポーツシティ・スタジアムオマーンの旗 オマーン○1-0森保一AFCアジアカップ2019
92.2019年1月21日アラブ首長国連邦の旗シャルジャシャルジャ・スタジアムサウジアラビアの旗 サウジアラビア○1-0森保一AFCアジアカップ2019
93.2019年1月24日アラブ首長国連邦の旗ドバイアルマクトゥーム・スタジアムベトナムの旗 ベトナム○1-0森保一AFCアジアカップ2019
94.2019年1月28日アラブ首長国連邦の旗アル・アインハッザーア・ビンザイード・スタジアムイランの旗 イラン○3-0森保一AFCアジアカップ2019
95.2019年2月1日アラブ首長国連邦の旗アブダビザイード・スポーツシティ・スタジアムカタールの旗 カタール●1-3森保一AFCアジアカップ2019
96.2019年9月5日日本の旗茨城茨城県立カシマサッカースタジアムパラグアイの旗 パラグアイ○2-0森保一キリンチャレンジカップ2019
97.2019年9月10日ミャンマーの旗ヤンゴントゥウンナ・スタジアムミャンマーの旗 ミャンマー○2-0森保一2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2023予選
98.2019年10月10日日本の旗さいたま埼玉スタジアム2002モンゴルの旗 モンゴル○6-0森保一2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2023予選
99.2019年10月15日タジキスタンの旗ドゥシャンベドゥシャンベ・セントラル・スタジアムタジキスタンの旗 タジキスタン○3-0森保一2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2023予選
100.2019年11月14日キルギスの旗ビシュケクドレン・オムルザコフ・スタジアムキルギスの旗 キルギス○2-0森保一2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2023予選
101.2020年10月9日オランダの旗ユトレヒトスタディオン・ハルヘンワールトカメルーンの旗 カメルーン△0-0森保一国際親善試合
102.2020年10月13日オランダの旗ユトレヒトスタディオン・ハルヘンワールトコートジボワールの旗 コートジボワール○1-0森保一国際親善試合
103.2020年11月13日オーストリアの旗グラーツメルクール・アレーナパナマの旗 パナマ○1-0森保一国際親善試合
104.2020年11月17日オーストリアの旗グラーツメルクール・アレーナメキシコの旗 メキシコ●0-2森保一国際親善試合
105.2021年3月25日日本の旗横浜日産スタジアム大韓民国の旗 韓国○3-0森保一国際親善試合
106.2021年3月30日日本の旗千葉フクダ電子アリーナモンゴルの旗 モンゴル○14-0森保一2022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選AFCアジアカップ2023予選

ゴール

#開催年月日開催地対戦国勝敗試合概要
1.2011年1月9日カタールドーハヨルダンの旗 ヨルダン△1-1AFCアジアカップ2011
2.2011年9月2日日本さいたま朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国○1-02014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
3.2014年11月14日日本、豊田ホンジュラスの旗 ホンジュラス○6-0キリンチャレンジカップ2014
4.2015年1月12日オーストラリアニューカッスルパレスチナの旗 パレスチナ○4-0AFCアジアカップ2015
5.2015年9月3日日本、さいたまカンボジアの旗 カンボジア○3-02018 FIFAワールドカップ・アジア2次予選
6.2015年11月12日シンガポール、カランシンガポールの旗 シンガポール○3-0
7.2016年3月24日日本、さいたまアフガニスタン・イスラム共和国の旗 アフガニスタン ○5-0
8.2016年6月3日日本、豊田ブルガリアの旗 ブルガリア○7-2キリンカップサッカー2016
9.
10.2017年3月28日日本、さいたまタイ王国の旗 タイ○4-02018 FIFAワールドカップ・アジア3次予選
11.2019年10月10日日本、さいたまモンゴルの旗 モンゴル○6-02022 FIFAワールドカップ・アジア2次予選

出演

CM

関連作品

書籍

 今までに書き溜めたブログを文章に直した物や写真に新たに加筆をしたものである。

脚注

  1. ^ 日本サッカー協会公式プロフィール
  2. ^ a b c d “吉田 麻也”. サッカー日本代表データベース. http://www.jfootball-db.com/players_ya/maya_yoshida.html 
  3. ^ a b 吉田麻也、五輪13試合に出場サンスポ 2021年8月6日
  4. ^ a b 【W杯23戦士名鑑(6)】DF吉田麻也 兄貴たちへ恩を返す“嫁にしたい”強い男 ZAKZAK 2014年5月25日
  5. ^ a b c d e 長崎新聞 (2008年7月22日). “がんばれ県勢!! 北京五輪 サッカー男子 吉田麻也(名古屋グランパス)”. 2009年6月26日閲覧。
  6. ^ 本校卒業生 吉田麻也選手の東京オリンピック出場が決定しました”. 愛知県立豊田高等学校 (2021年5月21日). 2021年5月28日閲覧。
  7. ^ 早稲田大学 オリンピック・パラリンピック事業推進室
  8. ^ 小野梓記念賞受賞者一覧 2018年度
  9. ^ a b c 中日スポーツ (2007年2月9日). “グラ新人紹介 七人の侍が歴史を作る”. 2009年6月26日閲覧。
  10. ^ a b 名古屋グランパス. “選手データ 吉田麻也”. 2009年3月24日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年6月26日閲覧。
  11. ^ a b 中日スポーツ (2008年7月15日). “吉田、グラ史上2人目の五輪戦士 スタメン出場確実”. 2009年6月26日閲覧。
  12. ^ 中日スポーツ (2008年8月16日). “吉田、中2日出場直訴”. 2009年6月26日閲覧。
  13. ^ 日刊スポーツ (2009年2月2日). “名古屋DF吉田、松坂の教えで全戦出場だ”. 2009年6月26日閲覧。
  14. ^ 日刊スポーツ (2008年9月7日). “ピクシー「決定力不足」/ナビスコ杯”. 2009年6月26日閲覧。
  15. ^ J's GOAL (2008年10月6日). “【J1:第28節 名古屋 vs 東京V】レポート:ヨンセンがロスタイムに劇的な同点弾。名古屋は首位に返り咲くチャンスを、東京Vは降格圏争い脱出を逃す痛恨のドロー。(08.10.06)”. 2009年6月26日閲覧。
  16. ^ 吉田のジャンピングボレー弾 リーグ最優秀ゴールに - スポーツニッポン、2012年5月12日
  17. ^ カレン、吉田の初アベック弾でVVVが劇的な逆転勝利…今季初の4連勝SOCCER KING、2012年3月4日
  18. ^ Japan's Yoshida Set For Saints SOUTHAMPTON FC OFFICIAL WEBSITE、2012年8月30日
  19. ^ 香川アシスト、プレミア初の日本人対決を制す Goal.com 2013年1月31日
  20. ^ 挫折と苦悩、試練を乗り越えた吉田麻也在籍5年目で到達したプレミア100試合 Sportsnavi 2017年5月1日
  21. ^ なぜ吉田麻也はプレミアで輝けたのか?活躍の基盤になったもの【海外日本人総括】 Goal.com 2017年6月5日
  22. ^ 左SB吉田をクーマン監督も称賛「違うポジションでもできる選手がいるのは幸運なこと」[字幕付] Sportsnavi 
  23. ^ 残留か移籍か、決断を迫られる吉田麻也 プレミア在籍4季目は厳しいシーズンに Sportsnavi 2016年5月24日
  24. ^ 9戦ぶり先発の吉田麻也が決勝点!!今季2点目でMOMに選出する英紙も ゲキサカ 2016年2月7日
  25. ^ 麻也パパが今季初ゴール!!おしゃぶりパフォで愛娘にゴール捧ぐゲキサカ(2017年1月7日)
  26. ^ 「MOMは吉田と言わざるを得ない」 ファン・ダイクの新たな“相棒“に英紙もサポーターも大満足the WORLD(2017年1月12日)
  27. ^ 吉田麻也が主将としてフル出場! サウサンプトンは終盤のゴールでFA杯3回戦突破 Soccer King(2017年1月19日)
  28. ^ 吉田麻也、定位置獲得に追い風。主将フォンテがウェストハムへ移籍決定 フットボールチャンネル 2017年1月21日
  29. ^ 「マヤはサウサンプトンの将来」と指揮官が吉田麻也を大絶賛!契約延長も視野か Goal.com 2017年4月7日
  30. ^ 吉田麻也の相棒DFがレギュラー定着で感謝「マヤは僕にとって素晴らしい存在」 Goal.com 2017年5月25日
  31. ^ 吉田麻也が英紙主催のセインツ年間最優秀選手投票で2位…飛躍の一年の証明に Goal.com 2017年5月19日
  32. ^ “サウサンプトン吉田麻也、終了間際PK獲得で劇勝”. 日刊スポーツ. (2017年8月20日). https://www.nikkansports.com/soccer/world/news/1874775.html 2017年10月25日閲覧。 
  33. ^ 吉田麻也が29歳バースデーにサウサンプトンと契約延長2020年まで新契約を締結 Goal.com 2017年8月24日
  34. ^ サウサンプトン吉田麻也、8月のクラブ月間MVPを獲得…ポジション争いにも意欲 Goal.com 2017年9月14日
  35. ^ Ranked! The 10 best Premier League players from the first 10 games of 2017/18”. フォーフォーツー (2017年10月31日). 2018年3月1日閲覧。
  36. ^ a b Southampton 1-4 Leicester: Shinji Okazaki double helps Foxes to fourth straight win”. Sky Sports (2017年12月13日). 2018年3月1日閲覧。
  37. ^ 吉田麻也フル出場 17位で残留確定「いい経験に」 nikkansports.com 2018年5月14日
  38. ^ 9失点の歴史的大敗で吉田麻也にも低評価。「三角コーンのようにプレー」 フットボールチャンネル 2019年10月26日
  39. ^ 吉田麻也スタメンのサウサンプトン、“英国史上初”となる0-9の大惨敗! 屈辱の結果に地元紙は「哀れ」と非難 サッカーダイジェスト 2019年10月26日
  40. ^ 吉田麻也、サンプドリアに期限付き移籍…イタリアは初挑戦、3日ナポリ戦でメンバー入りもスポーツ報知 2020年2月2日
  41. ^ 吉田麻也 サウサンプトンとの契約満了 SNSでファンに報告スポニチ2020年7月2日
  42. ^ 吉田麻也がサウサンプトンとの契約満了 「偉大な功績」と長友佑都が賛辞を贈る|ニフティニュース” (日本語). サッカーダイジェスト. 2020年8月2日閲覧。
  43. ^ サンプドリア吉田麻也がFKのロングパスでダメ押し3点目をアシスト!”. www.soccer-king.jp (2020年7月12日). 2020年7月12日閲覧。
  44. ^ Yoshida extends contract till 2022 U.C. SAMPDORIA
  45. ^ 吉田麻也がセリエA初ゴール! サンプドリアはパルマ下し2連勝”. www.soccer-king.jp (2021年1月25日). 2021年1月25日閲覧。
  46. ^ 吉田麻也ユベントス戦でゴール!今季2点目 強烈なヘッドで反撃弾も敗戦日刊スポーツ(2021年9月26日)2021年9月28日閲覧。
  47. ^ W杯臨む日本代表メンバー23名が発表…本田や香川ら、大久保も選出”. サッカーキング (2014年5月12日). 2014年5月13日閲覧。
  48. ^ 辛口セルジオ越後氏褒めた、最終予選MVP吉田麻也 日刊スポーツ 2017年9月7日
  49. ^ 吉田麻也奮闘!最終予選「空中戦」勝率81% 日刊スポーツ 2017年9月7日
  50. ^ 最終ラインまとめた吉田麻也 4年前の空虚感埋める笑み朝日新聞 2018年6月20日
  51. ^ 吉田麻也が最高点獲得で英メディアのMOMに!ルカクを90分間抑えたことを評価Goal.com 2018年7月3日
  52. ^ キャプテン吉田麻也、「この負けから僕自身もチームとしても学ばなければいけない」GOAL.com 2019年2月2日
  53. ^ 吉田麻也は「不運だった」? VARでPK献上に同情の声フットボールチャンネル 2019年2月2日
  54. ^ 月刊グラン(2008年9月号)
  55. ^ タカゴールは麻也が“アシスト”「大手柄ですよ」
  56. ^ 夏の最後のご報告|吉田麻也オフィシャルブログ Powered by Ameba” (2012年9月26日). 2012年9月26日閲覧。
  57. ^ 素晴らしいお知らせ 吉田麻也 公式ブログ 2016年12月16日
  58. ^ 英に衝撃!吉田麻也の足の速さがウォルコットと
  59. ^ 英メディアが「21世紀の日本代表ベスト11」を選出! “海外未経験”でセレクトされた2選手は?(SOCCER DIGEST Web)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2020年4月29日閲覧。
  60. ^ ドリカム「何度でも」をメッセージソングに、医療従事者へのエール募集”. Barks (2020年4月28日). 2021年8月1日閲覧。
  61. ^ Universal Music. “【#最前線にエールを何度でも】 「何度でも」”. 2021年8月1日閲覧。

関連項目

外部リンク


 

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