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⚽|鹿島元監督・石井正忠招へいのタイ強豪、元神戸マシカの獲得発表!契約期間は…


写真 ヴィッセル神戸 写真提供: Gettyimages

鹿島元監督・石井正忠招へいのタイ強豪、元神戸マシカの獲得発表!契約期間は…

 
内容をざっくり書くと
4月17日に開催された明治安田生命J1リーグ第10節・湘南ベルマーレ戦でデビューすると、翌週に行われた第11節・鹿島アントラーズ戦では先発出場。
 

タイ1部の強豪ブリーラム・ユナイテッドは、かつて鹿島アントラーズや大宮アルディージャを率いていた石井… →このまま続きを読む

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J1リーグ

J1リーグ(ジェイワンリーグ)は、日本のサッカー1部リーグ。タイトルパートナー契約により2015年から明治安田生命J1リーグ(めいじやすだせいめいジェイワンリーグ)として知られる。

日本サッカーのリーグ構成における最上位カテゴリーであり、Jリーグカップ天皇杯と並んで日本の国内3大タイトルとされる(スーパーカップは除く)。上位3クラブにAFCチャンピオンズリーグへの出場権(上位2クラブに本戦出場権、3クラブ目にプレーオフ出場権)が与えられる。

概要

1993年から1998年までは1部のみの「Jリーグ」として最大18チームで開催され、1999年からの2部制導入に伴いJリーグ ディビジョン1: J. LEAGUE DIVISION 1)に移行した。

毎年早春(1993年シーズンのみ5月)に開幕し、晩秋から初冬の時期までリーグ戦を行う「春秋制」を採用しており、3大タイトルの中ではJリーグカップの後、天皇杯の前にタイトルが決まる。

J1リーグ戦の開催方式は#開催方式を参照のこと。なお、2017年シーズンから1ステージ制を採用している。

大会名称

リーグ開始時の1993年から1995年までの間は、Jリーグ協賛スポンサーの最上級カテゴリーに当たる「ステージスポンサー」としてサントリー株式会社と、日本信販株式会社(現・三菱UFJニコス株式会社)が就任。第1ステージ(リーグ前半戦)を「サントリーシリーズ」、第2ステージ(後半戦)を「NICOSシリーズ」と、ステージごとにタイトルスポンサーをつけて開催。年間決勝戦のチャンピオンシップ (CS) もサントリー株式会社の協賛による「サントリーチャンピオンシップ」として開催された。1996年に1シーズン制となりステージスポンサーがなくなり、2シーズン制が復活した1997年以降もステージスポンサーが復活することはなかったが、同年から2004年まで行われたCSでは、引き続きサントリーがタイトル協賛した。

2015年より明治安田生命保険相互会社とJリーグ全体のタイトルスポンサーとしての契約(Jリーグタイトルパートナー契約)を締結し[1]、リーグ戦の名称を「明治安田生命J1リーグMEIJI YASUDA J1 LEAGUE)」[注釈 1] とすることとなった[2]。2018年12月14日に明治安田生命保険との4年契約を更新している[3]

所属クラブ(2021年)

各指標はJリーグ公式サイトのクラブプロフィールの記述に基づく。Jリーグ加盟年は正会員となった年。J1在籍年には1998年以前の1ディビジョン時代を含む。

クラブ名Jリーグ加盟年J1在籍年
北海道コンサドーレ札幌1998年1998, 2001-2002, 2008, 2012, 2017-
ベガルタ仙台1999年2002-2003, 2010-
鹿島アントラーズ1991年1993-
浦和レッズ1991年1993-1999, 2001-
柏レイソル1995年1995-2005, 2007-2009, 2011-2018, 2020-
FC東京1999年2000-2010, 2012-
川崎フロンターレ1999年2000, 2005-
横浜F・マリノス1991年1993-
横浜FC2001年2007, 2020-
湘南ベルマーレ1994年1994-1999, 2010, 2013, 2015-2016, 2018-
清水エスパルス1991年1993-2015, 2017-
名古屋グランパス1991年1993-2016, 2018-
ガンバ大阪1991年1993-2012, 2014-
セレッソ大阪1995年1995-2001, 2003-2006, 2010-2014, 2017-
ヴィッセル神戸1997年1997-2005, 2007-2012, 2014-
サンフレッチェ広島1991年1993-2002, 2004-2007, 2009-
徳島ヴォルティス2005年2014, 2021-
アビスパ福岡1996年1996-2001, 2006, 2011, 2016, 2021-
サガン鳥栖1999年2012-
大分トリニータ1999年2003-2009, 2013, 2019-

開催方式

1993-1998年のJリーグ、および1999年以降のJ1には「2ステージ制」の時期と「1ステージ制」の時期があった。

通年制(1996年、2005-2014年、2017年-)
  • 1996年はアトランタ五輪アジアカップなどの日程の都合で2回戦総当りの通年制を採用。チャンピオンシップの替わりにリーグ戦上位とカップ戦上位のチームによるポストシーズンマッチとしてサントリーカップを開催。
  • 2005-2014年は2回戦総当たりの通年制へと移行。この間チャンピオンシップは行われていない。
  • 2017年シーズンから2回戦総当たりの通年制へと再び移行。
2ステージ制(1993-1995年、1997-2004年、2015年-2016年)
1シーズンを2つのステージに分けて行い、第2ステージ終了後に両ステージの優勝チームによるJリーグチャンピオンシップ(年間王者決定戦)を開催し、そのシーズンの年間優勝クラブ(年間王者)を決める。
  • 1993-1995年は2回戦総当たりの2ステージ(年間4回戦総当たり)とし、同一チームが完全優勝(両ステージ優勝)をした場合、各ステージの2位同士でプレーオフを開催し、その勝者と両ステージを制したチームがチャンピオンシップに出場できる方式としていた(実際には行われず)。
  • 1997-2004年は1回戦総当たりの2ステージ(年間2回戦総当たり)とし、同一チームが完全優勝をした場合はJリーグチャンピオンシップを行わないことになった。
  • 2015年-2016年は再び1回戦総当たりの2ステージ(年間2回戦総当たり)とし、チャンピオンシップはステージ優勝チームと年間勝ち点上位のチームで争うトーナメント方式で行われた。

開催日時

Jリーグはシーズンの開催期間を2月頃開幕・12月頃閉幕の「春秋シーズン制」を採用している。

基本的に開催期間内の毎週末(土曜日または日曜日)に開催されるほか、ゴールデンウィーク期間中をはじめとして祝日に開催され週2試合開催となることがある。週末開催については2012年シーズン以降は原則として土曜日に開催日が集約されているが、それ以前は終盤の数節を除き、土曜日に6-7試合程度、日曜日に残りの2-3試合程度を分散開催していた。また、週の半ば(基本的に水曜日)にリーグ戦を開催することもある(Jリーグ創設当初は水曜・土曜の週2回開催が基本であった)。

2018年から年間10節程度の予定で、DAZN協賛による「明治安田生命フライデーナイトJリーグ」と題して、金曜日のナイターを各節1~3試合行う節を設けている

AFCチャンピオンズリーグ (ACL) に参加するクラブについては、ACLの試合がおおむね火曜日または水曜日に開催されることから、試合日・移動日との間隔を考慮して当該クラブの試合を日曜日、あるいは後日の平日に延期することがある。

なお2017年のゴールデンウィークにおいては、5日間連続開催とし、5月3日ルヴァンカップ第4節を行った後、5月4日-5月7日J1リーグの第10節を分割開催した。このうち、AFCチャンピオンズリーグ2017に出場する4クラブは、翌週の5月9日5月10日にグループリーグ第6節が行われるため、5月4日・5日に分けて開催[4]、残りの各チームは5月6日・7日に試合を行った。

日本代表の強化を優先させる観点から、日本代表の出場する国際試合(FIFAワールドカップAFCアジアカップの本選・予選)あるいはU-23日本代表が出場する国際試合(オリンピックのサッカー競技アジア競技大会サッカー競技)が行われる期間はリーグ戦が長期中断される。

水曜日に開催する場合は祝日と重ならない範囲であれば原則ナイトゲームである。ただし1993年1994年2011年のごくわずかな試合で平日のデーゲームが行われた事例がある[5]

試合方式

以下は2019年シーズンの場合。

  • 18チームによる年間でホーム&アウェイ2回戦総当たりの1ステージ制を採用。
  • 延長戦は行わず、各試合ごとに勝ち3点、引き分け1点、負け0点の勝ち点を与え、最終的に勝ち点の多いチームが優勝。同点の場合、得失点差・総得点・直接対決成績・反則ポイント・抽選の順で優劣を決める。
  • 原則として、下位2チーム(17-18位)が自動的に降格し、翌年はJ2所属となる。また16位のチームはJ1参入プレーオフにまわる。(詳細は入れ替え制度の項目を参照)。

試合方式の変遷

  • 詳細な試合方式については各シーズンの項目を参照の事。
  • 1993-1998年までは1部制のJリーグ。
  • 対戦方式の「×2」は2ステージ制を表す。
年度クラブ対戦方式試合数延長戦PK戦勝ち点計算方法降格
1993102回戦×236あり
Vゴール方式
あり(勝利数で決定)
19941244
19951452勝ち:3点
PK負け:1点
負け:0点
1996162回戦30
1997171回戦×23290分勝ち:3点
Vゴール勝ち:2点
PK戦勝ち:1点
負け:0点
19981834
1999

2002
1630なし90分勝ち:3点
Vゴール勝ち:2点
引き分け:1点
負け:0点
2
2003なし勝ち:3点
引き分け:1点
負け:0点
20042+0.5
2005

2008
182回戦34
2009

2014
3
2015
2016
1回戦×2
20172回戦
2018
2019
2+0.5
20200[注釈 2]
202120384

結果

年度年間優勝1stステージ優勝2ndステージ優勝クラブ数
1993ヴェルディ川崎 (1)鹿島アントラーズヴェルディ川崎10
1994ヴェルディ川崎 (2)サンフレッチェ広島ヴェルディ川崎12
1995横浜マリノス (1)横浜マリノスヴェルディ川崎14
年度優勝2位3位クラブ数
1996鹿島アントラーズ (1)名古屋グランパスエイト横浜フリューゲルス16
年度年間優勝1stステージ優勝2ndステージ優勝クラブ数
1997ジュビロ磐田 (1)鹿島アントラーズジュビロ磐田17
1998鹿島アントラーズ (2)ジュビロ磐田鹿島アントラーズ18
1999ジュビロ磐田 (2)ジュビロ磐田清水エスパルス16
2000鹿島アントラーズ (3)横浜F・マリノス鹿島アントラーズ
2001鹿島アントラーズ (4)ジュビロ磐田鹿島アントラーズ
2002ジュビロ磐田 (3)ジュビロ磐田ジュビロ磐田
2003横浜F・マリノス (2)横浜F・マリノス横浜F・マリノス
2004横浜F・マリノス (3)横浜F・マリノス浦和レッズ
年度優勝2位3位クラブ数
2005ガンバ大阪 (1)浦和レッズ鹿島アントラーズ18
2006浦和レッズ (1)川崎フロンターレガンバ大阪
2007鹿島アントラーズ (5)浦和レッズガンバ大阪
2008鹿島アントラーズ (6)川崎フロンターレ名古屋グランパス
2009鹿島アントラーズ (7)川崎フロンターレガンバ大阪
2010名古屋グランパス (1)ガンバ大阪セレッソ大阪
2011柏レイソル (1)名古屋グランパスガンバ大阪
2012サンフレッチェ広島 (1)ベガルタ仙台浦和レッズ
2013サンフレッチェ広島 (2)横浜F・マリノス川崎フロンターレ
2014ガンバ大阪 (2)浦和レッズ鹿島アントラーズ
年度年間優勝1stステージ優勝2ndステージ優勝クラブ数
2015サンフレッチェ広島 (3)浦和レッズサンフレッチェ広島18
2016鹿島アントラーズ (8)鹿島アントラーズ浦和レッズ
年度優勝2位3位クラブ数
2017川崎フロンターレ (1)鹿島アントラーズセレッソ大阪18
2018川崎フロンターレ (2)サンフレッチェ広島鹿島アントラーズ
2019横浜F・マリノス (4)FC東京鹿島アントラーズ
2020川崎フロンターレ (3)ガンバ大阪名古屋グランパス
2021川崎フロンターレ (4)横浜F・マリノスヴィッセル神戸20
202218
  • 1993-1995年、1997-2004年、2015年-2016年は2ステージ制、1996年と2005年-2014年及び2017年以降は1ステージ制で開催されている。
  • 2ステージ制で完全優勝(同一年での両ステージ優勝)を達成したのは、2002年の磐田と2003年の横浜FMの2クラブ。
  • J1とJ2両カテゴリーで優勝を経験しているのは、柏、広島、G大阪、川崎の4クラブ。なお、柏(2011年)とG大阪(2014年)はJ1昇格後1年目での優勝である。
  • 連覇を達成したことがあるクラブはV川崎、鹿島、横浜FM、広島、川崎の5クラブ。このうち、鹿島は唯一の3連覇を達成したチームで、川崎はJ2からスタートしたチームで唯一連覇を達成したチームでもある。
  • 複数回の連覇を達成したことがあるクラブは鹿島と川崎の2クラブ。
  • 1993年のリーグ創設時の参加10クラブの「オリジナル10」のうち、J2降格の経験がないのは、鹿島、横浜FMの2クラブである。
  • 例年最終節まで縺れる事の多いJリーグで、2度以上最終節を待たずに優勝した(2018年と2020年)のとリーグ優勝を得失点差(2017年)で決めたのはいずれも川崎の1クラブである。
  • J2からJ1に初昇格して以降、1度もJ2に降格経験のないクラブは、鳥栖の1クラブである。

統計

クラブ別優勝回数

クラブ名回数優勝年度
鹿島アントラーズ81996,1998,2000,2001,2007,2008,2009,2016
横浜F・マリノス41995,2003,2004,2019
川崎フロンターレ2017,2018,2020,2021
ジュビロ磐田31997,1999,2002
サンフレッチェ広島2012,2013,2015
東京ヴェルディ21993,1994
ガンバ大阪2005,2014
浦和レッズ12006
名古屋グランパス2010
柏レイソル2011

クラブ別通算成績

クラブ名
北海道コンサドーレ札幌103369956181427598-171
ベガルタ仙台14472144122206561686-125
モンテディオ山形4136303670108199-91
鹿島アントラーズ2999054814230017021169+533
浦和レッズ2896044715935414781280+198
大宮アルディージャ12408129104175455579-124
ジェフユナイテッド千葉1757822770281874980-106
柏レイソル2480835013632212181173+45
FC東京21698293150255961891+70
東京ヴェルディ1447622643207767713+54
川崎フロンターレ186123201281641128771+357
横浜F・マリノス2999048817233015731198+375
横浜FC310619196889203-114
湘南ベルマーレ1449815672270632869-237
ヴァンフォーレ甲府82726973130255404-149
松本山雅FC2681320355194-43
アルビレックス新潟14472156115201557679-122
清水エスパルス2895641415538713711405-34
ジュビロ磐田2481438513029913421113+229
名古屋グランパス2895643714937014451335+110
京都サンガF.C.1135210441207398640-242
ガンバ大阪2895643614537516071415+192
セレッソ大阪2171029312129610711080-9
ヴィッセル神戸2376025515634910211209-188
サンフレッチェ広島2792639615537513381238+100
徳島ヴォルティス27213114850129-79
アビスパ福岡103268540201355604-249
サガン鳥栖1034412492128398435-37
V・ファーレン長崎13486203959-20
大分トリニータ1137010888174387512-125
横浜フリューゲルス62281170111375373+2

リーグ年間ゴール数

年度ゴール数試合数クラブ数
1993年53218010
1994年84126412
1995年1,21436414
1996年77824016
1997年89827217
1998年1,07430618
1999年75724016
2000年712
2001年788
2002年683
2003年718
2004年744
2005年87330618
2006年976
2007年867
2008年783
2009年791
2010年813
2011年869
2012年855
2013年879
2014年774
2015年820
2016年805
2017年793
2018年813
2019年797
2020年866
2021年92038020
合計24,0338,342

賞金・強化理念配分金・賞品

チームに対する表彰は、Jリーグ表彰規定[8] に定めがある。下記は2018年の場合。

順位賞金賞品
年間1位3億円Jリーグ杯(優勝銀皿)、日本サッカー協会会長杯
メダル、チャンピオンフラッグ
年間2位1億2000万円Jリーグ杯(準優勝銀皿)
年間3位6000万円

2017年度より動画配信のDAZNと結んだ10年2100億円超の放送権料を原資に、J1上位(1〜4位)クラブに賞金とは別にJリーグ理念強化配分金が支給される事となった[9]

順位強化理念配分金内訳
年間1位15億5000万円1年目5.5億円、2年目5億円、3年目5億円の計15.5億円
年間2位7億円1年目2.5億円、2年目2.5億円、3年目2億円の計7億円
年間3位3億5000万円1年目2億円、2年目1.5億円の計3.5億円
年間4位1億8000万円1年目1.8億円

これによりJ1優勝クラブは優勝賞金3億円に加え、理念強化配分金15億5000万円、ACL出場チームに対するACLサポート金2000万円、全クラブに支給される均等配分金3億5000万円の総額22億2000万円を獲得する事となる。

なお、チャンピオンシップ制度のあった2015年の場合は下記のとおりとなっていた。

順位賞金賞品
年間1位1億円Jリーグ杯(優勝銀皿)、日本サッカー協会会長杯
メダル、チャンピオンフラッグ、明治安田生命杯「球軌道」[10]
年間2位賞金なしJリーグ杯(準優勝銀皿)
ステージ優勝5000万円-
年間勝ち点1位8000万円-
年間勝ち点2位3000万円-
年間勝ち点3位2000万円-
チャンピオンシップ勝利
(決勝以外)
1500万円-

特典

年間優勝(年間王者)はJ1で年間の最終順位が1位(優勝)だったクラブのみに与えられる。J1で優勝したクラブには翌年のJリーグおよび天皇杯で使用するユニフォームの右袖に、金色のJリーグロゴマークエンブレムをつけることができる。ロゴマークの下には、2行で「yyyy(優勝した年)J LEAGUE CHAMPIONS」と表示されている。また、翌年開催されるFUJIFILM SUPER CUPへの出場権が与えられる。

J1で年間最終順位の上位クラブに翌年のAFCチャンピオンズリーグ (ACL) の出場権が与えられる。出場枠については32クラブが本大会に参加するようになった2009年大会以降は「年間順位の上位3クラブ(上位3クラブのいずれかが天皇杯優勝クラブと重複する場合は上位4クラブ)」に出場権が与えられているが、本戦出場枠の見直しが行われた2015年大会以降は、「上位2クラブがグループリーグ(本戦)出場、3位(上位3クラブのいずれかが天皇杯優勝クラブと重複する場合は4位)のクラブがプレーオフ出場」となっている。

1993-2000年までの年間優勝には、AFCチャンピオンズリーグの前身であるAFCアジアクラブ選手権の出場権が特典として与えられていた。ただ、Jリーグが発足する前年の1992年は、Jリーグカップの優勝クラブ(ヴェルディ川崎)が国内リーグの優勝クラブ扱いでこの大会に出場した。

このほか、FIFAクラブワールドカップが日本で開催される場合、その年度の優勝クラブは「開催国出場枠」で出場する権利が与えられる(2007年以降)。ただし、ACLにおいて日本のクラブが優勝した場合はACL優勝クラブの出場が優先され(ACL準優勝クラブが「開催国枠」の代替で出場する)、Jリーグ優勝クラブはACLとの2冠でない限り出場できない[11]

通算記録

選手名が太字は2021年シーズン開始後時点で現役の選手(別カテゴリ所属を含む)。

試合

2021年12月5日時点[12]

順位選手名試合数順位選手名試合数
1遠藤保仁64111大久保嘉人477
2楢崎正剛63112中村憲剛471
3中澤佑二59313興梠慎三459
4阿部勇樹59014山口智448
5曽ヶ端準53315今野泰幸443
6小笠原満男52516森﨑和幸430
7西川周作52217前田遼一429
8伊東輝悦51718新井場徹423
9山田暢久50119川口能活421
10明神智和497青山敏弘

得点

2021年12月5日時点[13]

順位選手名得点数順位選手名得点数
1大久保嘉人19112柳沢敦108
2佐藤寿人16113渡邉千真104
3興梠慎三15814遠藤保仁103
4中山雅史15715藤田俊哉100
5前田遼一15416玉田圭司99
6マルキーニョス15217豊田陽平98
7三浦知良13918城彰二95
8小林悠13019武田修宏94
9ウェズレイ124森島寛晃
10ジュニーニョ116久保竜彦
11エジミウソン111-

表彰

シーズン中において、以下の表彰に該当する成績を収めたチームや個人にはシーズンの全日程終了後に開催されるJリーグアウォーズにて表彰される。

個人賞

  • 最優秀選手賞
  • ベストイレブン
  • 得点王
  • ベストヤングプレーヤー賞
  • 高円宮杯フェアプレー賞(チーム賞)
  • フェアプレー個人賞
  • 最優秀監督賞
  • 最優秀主審賞
  • 最優秀副審賞
  • 功労選手賞
  • 最優秀育成クラブ賞

特別賞

  • Join賞

スタジアム

いずれも2022シーズンのもの。

北海道コンサドーレ札幌鹿島アントラーズ浦和レッズ柏レイソルFC東京川崎フロンターレ
札幌ドーム県立カシマサッカースタジアム埼玉スタジアム2002三協フロンテア柏スタジアム味の素スタジアム等々力陸上競技場
収容人数: 38,794収容人数: 38,669収容人数: 62,010収容人数: 15,109収容人数: 47,894収容人数: 26,827
Sapporodome201108171.JPGKashima Stadium 1.JPGSaitama Stadium Panorama.jpgKashiwa20120311-1.JPGAjinomoto Stadium 20101120.JPGKawasaki Frontale 2008.11.23.JPG
横浜F・マリノス湘南ベルマーレ清水エスパルスジュビロ磐田名古屋グランパス京都サンガF.C.
日産スタジアムレモンガススタジアム平塚IAIスタジアム日本平ヤマハスタジアム (磐田)豊田スタジアムサンガスタジアム
by KYOCERA
収容人数: 72,013収容人数: 15,380収容人数: 19,496収容人数: 15,165収容人数: 43,739収容人数: 21,623
Nissan Stadium 20101123.jpgHiratsuka20100102 4.JPGNihondaira stadium20090412.jpgYamahastafium05161.JPGNagoya Grampus game in Toyota Stadium 100814.JPGSanga stadium by kyocera05.jpg
ガンバ大阪セレッソ大阪ヴィッセル神戸サンフレッチェ広島アビスパ福岡サガン鳥栖
パナソニックスタジアム吹田ヨドコウ桜スタジアムノエビアスタジアム神戸エディオンスタジアム広島ベスト電器スタジアム駅前不動産スタジアム
収容人数: 39,694収容人数: 24,481収容人数: 28,962収容人数: 35,909収容人数: 21,562収容人数: 24,130
Municipal Suita Stadium.JPGKinchostadium1008081.JPGInside View of Kobe Wing Stadium.jpgBigarch050423.jpgLevel5 Stadium 03.JPGTosu Stadium 20110508.JPG

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ “明治安田生命保険相互会社とJリーグタイトルパートナー契約を締結” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2014年12月16日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00006256.html 2014年12月17日閲覧。 
  2. ^ “リーグ戦大会名称・タイトルマーク” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2014年12月16日), http://www.j-league.or.jp/release/000/00006257.html 2014年12月17日閲覧。 
  3. ^ “サッカー「Jリーグ」との「Jリーグタイトルパートナー契約」を更新 ~地域社会の活性化へのさらなる貢献に向け、Jリーグと「新しい価値」を共創~” (PDF) (プレスリリース), 明治安田生命保険, (2018年12月14日), https://www.meijiyasuda.co.jp/profile/news/release/2018/pdf/20181214_01.pdf 2018年12月14日閲覧。 
  4. ^ 5月4日が浦和vs鹿島戦、5月5日はこの節のルヴァンカップの試合がなかったクラブを含めた川崎Fvs新潟とG大阪vs清水を開催。
  5. ^ 1993年はテレビ中継の都合による。1994年は開催スタジアムに照明設備がないため。2011年は東日本大震災発生に伴う被災地での省エネ対策のため
  6. ^ J.League Data Site / 通算勝敗表”. 2021年12月4日閲覧。
  7. ^ 対戦データ”. J.League Data Site. 2021年12月4日閲覧。
  8. ^ 日本プロサッカーリーグ 規約・規程集 (PDF)
  9. ^ J1優勝15・5億円 理念強化配分金の詳細発表”. 日刊スポーツ. 2019年7月16日閲覧。
  10. ^ “明治安田生命J1リーグチャンピオンに授与される 明治安田生命杯「球軌道」が完成” (プレスリリース), J.LEAGUE.jp, (2015年11月27日), http://www.jleague.jp/release/post-40552/ 2015年12月1日閲覧。 
  11. ^ 2007・2008年の鹿島がこれに該当する(ACLで2007年は浦和、2008年はG大阪が優勝)。
  12. ^ 通算出場試合数ランキング”. J.League Data Site. 2021-012-05閲覧。
  13. ^ 通算得点ランキング”. J.League Data Site. 2021年12月5日閲覧。

注釈

  1. ^ ロゴ等で用いられている表記は「明治安田生命 J1 LEAGUE
  2. ^ J2からの昇格のみ実施

関連項目

外部リンク


湘南ベルマーレ

湘南ベルマーレ(しょうなんベルマーレ、Shonan Bellmare)は、日本の神奈川県厚木市伊勢原市小田原市茅ヶ崎市秦野市平塚市藤沢市大磯町寒川町二宮町鎌倉市南足柄市大井町開成町中井町箱根町松田町真鶴町山北町湯河原町ホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。

概要

フジタ工業サッカー部を前身として1994年ベルマーレ平塚の名称でJリーグへ加盟[1]2000年湘南ベルマーレへクラブ名称を変更した。ホームスタジアムはレモンガススタジアム平塚で[1]、練習場は平塚市の馬入ふれあい公園サッカー場である[1]。チーム名はラテン語の美しい(bellum、ベルム)と海(Mare、マーレ)の2つの単語を合わせた造語[1]

ホームタウンは1999年までは平塚市1市、2000年よりJリーグで「広域ホームタウン制度」が認められたことを受けて、厚木市伊勢原市小田原市茅ヶ崎市秦野市藤沢市中郡高座郡の3町を加えた7市3町へ変更された。2017年10月24日には鎌倉市南足柄市足柄上郡足柄下郡の8町をホームタウンに加え、神奈川県西部の9市11町にホームタウンを拡大した[4]

設立以来、フジタの出資する株式会社湘南ベルマーレ平塚が運営を行っていたが、フジタの経営難により1999年に新旧分離を実施し、地元企業が共同出資する株式会社湘南ベルマーレが運営する。2018年4月に、当時の筆頭株主だった三栄建築設計と、トレーニングジム・健康食品販売などを手がけるRIZAPグループが共同出資した合弁会社「メルディアRIZAP湘南スポーツパートナーズ」がクラブの第三者割当増資を引き受け、同社が筆頭株主となっている(詳細後述)

湘南スタイル

湘南は曺貴裁体制より「攻撃的で、走る意欲に満ち溢れた、アグレッシブで痛快なサッカー」という内容の独自の堅守速攻スタイル「湘南スタイル」を提唱している[5][6]。攻撃的と語られているが、湘南はカウンター重視の攻守一体の堅守速攻的な戦い方が多く、ポゼッション比率が少なく、攻撃重視のサッカーという事ではなく、攻撃性・攻撃的な姿勢・意識を持つ事であるように見受けられる[5][6]。湘南はプロフェッショナルチームである以上、成果は「勝点3」のみと考えており、選手には「判断スピード」「強いフィジカル」「90分間走り続ける強い意欲・意志」「ポジティブに取り組む姿勢」「逆境をプラスにする事」「夢と目標を明確に持つ事」「一つ一つの練習に100%の集中力で取り組む事」「ミスを割り切り常にチャレンジする事」「謙虚さ」などを求めている[5]。この湘南スタイルを軸に、曺は就任時の2012年より湘南を三度J2からJ1へ1年で昇格させている。

歴史

前身

前身は1968年栃木県で発足した藤和不動産サッカー部(フジタSC)で[1]1975年にフジタ工業サッカー部に改称した[1]1972年日本サッカーリーグ(JSL)1部へ昇格[1]1977年JSL初優勝。以後、リーグ優勝3回、天皇杯優勝2回を果たした。1992年10月、運営会社としてフジタが全額出資する株式会社フジタスポーツクラブが設立され、チームの愛称を「湘南ベルマーレ」とした。

1993年Jリーグ準会員に承認。ベルマーレ平塚へチーム名を変更した。同時に運営会社の商号を株式会社ベルマーレ平塚へ変更し、地元企業・団体などが出資(1996年に株式会社湘南ベルマーレ平塚へ商号を変更)した。1993年のJFL1部で優勝、スタジアム問題もクリアして、Jリーグ入会が承認された[1]

1994年 - 1999年(Jリーグ)

1994年

Jリーグ加入前から監督を務めていた古前田充とヘッドコーチのニカノールの二頭体制の下、超攻撃的サッカーを標榜したが、サントリーシリーズは全クラブ最多の54失点を喫して12チーム中11位の成績。そこで、それまで左サイドバックを務めていた岩本輝雄をオフェンシブハーフにコンバートし、左サイドバックには公文裕明を起用。これが功を奏し、ニコスシリーズは得点が全クラブ最多タイの48、失点が全クラブ最少タイの26と攻守共に安定し、V川崎と1勝差の2位に躍進し、湘南の暴れん坊と呼ばれた。また、天皇杯は決勝でC大阪を破り、初優勝した。田坂和昭が新人王、ベッチーニョおよび名塚善寛ベストイレブンを受賞した。

1995年

中田英寿が入団。シモン加入後のニカノールによる中盤の底に3人のMFを置くスリーボランチを採用。サントリーシリーズは全クラブ最多の60得点を挙げ、7位とまずまずの成績を残したが、ニコスシリーズは一転不振に陥り、8月末にニカノールが解任されると、第18節限りで古前田も辞任。残り試合はサテライト監督を務めていた植木繁晴が監督代行を務めたが、14チーム中最下位に終わる。それでも最後はアジアカップウィナーズカップで優勝した。

1998年

1998 FIFAワールドカップ日本代表としてGK小島伸幸、MF中田、FW呂比須ワグナー、同韓国代表としてDF洪明甫の計4人が選出された。W杯終了後、中田がイタリアACペルージャへ移籍。この年に姉妹クラブで日本女子サッカーリーグ(Lリーグ)のフジタサッカークラブ・マーキュリーが廃部した[7]

1999年

メインスポンサーのフジタが経営再建のためスポンサーから撤退[7]。また、小島、野口幸司、名塚、田坂、公文裕明岩元など主力が退団(岩本輝雄名良橋晃、ベッチーニョ、アウミール渡辺卓は1998年1stステージ以前に退団)。J1リーグ戦は1st・2ndステージ共に最下位(年間4勝)に終わり、Jリーグ ディビジョン2(J2)へ降格した。12月にフジタが株式会社湘南ベルマーレを新たに設立しクラブの営業権を同社へ移すと共に、同社株式を平塚市などの湘南ベルマーレ平塚の株主に譲渡した。一方でフジタは湘南ベルマーレ平塚の全株式を買い取った。なお、湘南ベルマーレ平塚は2004年11月22日の臨時株主総会決議により解散した[8]

2000年 - 2009年(J2)

2000年

チーム名を「ベルマーレ平塚」から「湘南ベルマーレ」に改称[1]。ホームタウンを平塚市1市から厚木市伊勢原市小田原市茅ヶ崎市秦野市、平塚市、藤沢市中郡大磯町二宮町および高座郡寒川町神奈川県の7市3町へ変更・広域化した[1][7]

加藤久を監督に迎えて、名古屋からベテランGK伊藤裕二清水からDF白井博幸、元V川崎の前園真聖や元清水の松原良香などを獲得したが、終盤に8連敗するなど苦戦を強いられ8位に終わった。加藤をシーズン中に解任する発表をしたフロントに不信感を持った前園、松原らの主力もチームを去った。

2001年

田中孝司が監督に就任。元コロンビア代表パラシオスをはじめとしたコロンビア組を中心に補強。1998年以来の復帰となった栗原圭介とエースとして期待された若手FW高田保則がそれぞれ17得点するなど活躍したが、シーズン中盤に栗原が離脱すると同時に失速。前年と同じく8位に終わる。

2002年

田中体制2年目。パラシオスを中心とした守備陣と、途中加入した熊林親吾吉野智行らを中心にチームが奮起。前年度に在籍していたガビリアがコロンビアで練習中に落雷を受け死亡する悲報もあったが5位へ躍進。

2003年

サミアを監督に迎え、フラット3を組み込んだ3-5-2システムを採用。開幕戦こそ機能したが、パラシオスのケガによる離脱、期待されていた元プレミアリーグミドルズブラリカルドの不調など序盤で躓き、10位に終わった(サミアは途中退任、リカルドも退団)。

2004年

山田体制2年目。FC東京よりアマラオを獲得したが、前年に続き波に乗れず、7月に山田松市を監督より解任して、上田栄治が後任監督に就任したが、前年と同じく10位に終わった。シーズン終了後、2003年より攻撃の中心として据えられていたキム・グンチョル、シーズン途中でへレンタル移籍していたパラシオスが退団した。

2005年

上田体制2年目。シーズン序盤は快調だったが、シーズン中盤に苦戦を強いられ、結局リーグ戦7位でシーズンを終えた。シーズン終了後、ユースからの生え抜きのFW高田保則鈴木良和佐野裕哉吉野智行バリシッチなどが退団した。

2006年

上田体制3年目。レンタル移籍のFW梅田直哉浦和から完全移籍で、山形からMF外池大亮、元浦和のMFアジエル、元山形のMFニヴァウド、FWファビオを獲得した。リーグ戦は、シーズン中盤に8連敗を喫するなどで、上田が監督を辞任。終盤も6連敗するなど11位に終わった。シーズン終了後、佐藤悠介が東京Vへ移籍。また、城定信次小林弘記など7人が退団した。

2007年
クラブスローガン :「蹴志 Best mind

菅野将晃が監督に就任。浅野哲也がトップチームコーチに就任。FC東京からジャーン、山形から原竜太清水から斉藤俊秀、ドイツ・SVアイントラハト・トリーアから鈴木伸貴を獲得。また、鹿島から名良橋晃が11年ぶりに復帰した。また、J1にレンタルしていた選手を呼び戻した(2006年までの湘南のレンタル放出は、資金面などの理由もあり基本的には完全移籍をオプション事項に盛り込んでいた。そのため、レンタル先から復帰させたのは当時としては珍しい事例だった)。アジエルを攻撃の基点としたチーム作りで昇格争いに肉薄、終盤まで昇格の可能性を残したが6位でシーズンを終えた。このシーズンをもって選手会長の外池大亮が引退。

2008年
クラブスローガン :「志闘 ~HEART&HARD~

菅野体制2年目。左サイドバックのレギュラーを務めていた尾亦弘友希C大阪に移籍。一方で福岡よりリンコン新潟から三田光、FC東京から阿部吉朗、山形から湘南ユース出身の臼井幸平を獲得。リーグ戦は最終節まで昇格争いに絡んだが、最終順位は5位となった。

2009年
クラブスローガン :「勇志湘南 Heart&Hard

湘南OBの反町康治が監督に就任。また、新潟時代に反町が指導した寺川能人野澤洋輔、元京都のFW田原豊Honda FCからDF村松大輔を獲得した一方、DF斉藤俊秀、FW石原直樹などが退団した。リーグ戦は開幕5連勝でスタートダッシュに成功。シーズンを通して昇格レースに絡み、12月5日の最終節水戸戦で勝利し3位が確定。11年ぶりにJリーグ ディビジョン1 (J1)復帰が決定した(11シーズンぶりのJ1復帰はJリーグ最長記録)。このシーズンをもって、原竜太伊藤友彦が現役を引退した。

このシーズンは終盤の第49節甲府戦(勝ち点91同士で並んでいた)を含むアディショナルタイムでの得点が10得点を数え、最終節水戸戦も2点のビハインドを跳ね返した。

2010年(J1)

クラブスローガン :「PLAY ON Heart & Hard 2010

反町体制2年目。千葉から新居辰基、新潟から松尾直人札幌から中山元気水戸より小澤雄希神戸より湘南ユース出身の馬場賢治を期限付き移籍で獲得した。

リーグ戦は、開幕前にポジションを問わずケガ人が続出し、引退しユースチームのコーチを務めていた伊藤が現役復帰を余儀なくされ、練習試合が組めなくなるほどに深刻なものとなった。開幕戦(山形戦)は引き分け、第4節の新潟戦で初勝利を収めたが、前年までの堅守が崩壊、大量失点に苦しむ。中でも、前年の昇格の功労者であるアジエルが両脛のケガから立ち直れず選手登録抹消(退団はせず)、効果的な攻め手を欠き、前年までの人数をかけた鋭いカウンターを中心とした攻撃は影を潜めた。

後半戦を前に、選手登録されているGK4人中、3人が負傷離脱中という状況を打開するために、浦和から都築龍太を期限付き移籍で獲得(これと同時に金永基を登録抹消、退団はせず)。さらに中国北京国安に所属していたFWヴァウドと、元FC東京のエメルソンを獲得した。椎間板ヘルニアのため戦列を離れていた野澤洋輔や開幕前に大ケガを負った松尾直人が戦列に復帰したが、7月18日の京都戦以降勝ちが全くないまま、11月14日(第30節)の清水戦に敗れ、4試合を残してJ2降格が決定した。その後も名古屋の優勝を目の前で決められてしまうなど最終節まで連敗し、結局リーグ戦21試合連続未勝利となった。これはJ1のワースト記録となった(J全体では北九州の35試合連続未勝利がワースト)。また、勝ち点16、シーズン3勝、総失点82、得失点差-51はJ1ワースト記録となった(当時)。

2011年 - 2012年(J2)

2011年
クラブスローガン :「蹴燃 HEART&HARD

反町体制3年目。清水から西部洋平、FC東京から阿部伸行、C大阪から石神直哉を完全移籍で獲得。また、磐田から大井健太郎、名古屋から巻佑樹平木良樹鹿島から佐々木竜太も期限付き移籍で獲得した。その一方で、エメルソン、寺川能人中山元気らが退団した。開幕戦は岡山に5-0と圧勝したが、昨年同様にケガ人による離脱者が多数発生し、シーズンを通しほぼ中位に留まり、シーズン成績は14位に終わった。

天皇杯は4回戦で川崎を撃破した。シーズン終了後、反町が監督を退任した。

2012年
クラブスローガン :「蹴激

新監督に曺貴裁が就任。この年より「湘南スタイル」(ミスを割り切りアグレッシブにトライする攻守一体の堅守速攻)が確立されていった[5][6]

6年間在籍していたアジエルが中国・武漢卓爾に、小澤雄希SC相模原に、西部洋平が川崎に、田原豊横浜FCに、臼井幸平栃木SCに、松尾直人関西サッカーリーグF.C.大阪に、野澤洋輔松本に、昨シーズン甲府にレンタル移籍していた阿部吉朗が磐田に、ツエーゲン金沢にレンタル移籍していた菅野哲也SC相模原に完全移籍、石神直哉大分に、松浦勇武FC琉球にレンタル移籍、大井健太郎(磐田に復帰⇒新潟へ完全移籍)、巻佑樹(名古屋へ復帰)、佐々木竜太(鹿島へ復帰)がレンタル移籍期間満了につき退団したが、神戸から馬場賢治山形から下村東美古橋達弥パウリスタFCからマセナを完全移籍で、大宮から宮崎泰右、新潟から昨シーズン愛媛FCにレンタル移籍していた大野和成をレンタル移籍で獲得、 松本拓也古林将太島村毅がレンタル移籍先から復帰、植村慶三平和司のレンタル移籍期間が延長、大槻周平三原向平が新加入した。 また7月には札幌のキリノを完全移籍で獲得した。

リーグ戦は、開幕戦で前年度天皇杯準優勝の京都に勝利。開幕から9試合を4連勝2回を含む8勝1分負けなしで、第3節終了時から首位をキープ。第10節(水戸戦)から第17節(北九州戦)まで8戦勝ち無しで第13節に2位、第17節終了時には6位まで順位を下げたが、第18節から9試合連続負けなし(5勝4分)で、第31節(栃木SC戦)に勝利して2位に浮上。第39節の千葉戦に引き分けて3位となったが、最終節に町田戦に勝利して、京都に代わって自動昇格圏内の2位に入り、3年ぶりのJリーグ ディビジョン1 (J1)復帰が決定した。シーズン終了後に12年間在籍していた坂本紘司が引退した。

2月には1億円を超える債務超過に転落し、最悪の場合はクラブ自体の解散の可能性もあるとの一部報道があった(実際の債務超過額は8268万9819円)が、9月から10月にかけて行われた湘南ベルマーレ持株会への一口5万円の拠出金の募集に4120万円、普通株に2980万円の申込みがあり、合計7100万円の増資を行った[9]。また、第2回湘南ベルマーレ持株会への一口5万円の拠出金の募集により1000万円、普通株の3000万円の申込みがあり、Jリーグの承認後に2013年1月の臨時株主総会の承認を受け増資を行う予定[10]。 最終的に上記2回の増資により債務超過は解消した。また5期ぶりの黒字計上となった[11]

2013年(J1)

クラブスローガン :「蹴躍

曺体制2年目。 金永基大分)、松本拓也北九州)、福田健人新潟S)、前年大分へ期限付き移籍していた三平和司京都)が完全移籍、松浦勇武JFL琉球植村慶磐田)が期限付き移籍先へ完全移籍。三原向平愛媛)、山口貴弘長崎)、今シーズン大阪桐蔭高校から加入した白井康介(JFL・福島U)が期限付き移籍、宮崎泰右大宮)、イ・ミンス清水)が所属元へ復帰した。

補強は、栃木SCから宇佐美宏和荒堀謙次東京Vから梶川諒太山形から鈴木雄太が完全移籍で、川崎から安藤駿介から中川寛斗武富孝介クォン・ハンジンが期限付き移籍で獲得、新外国人としてムアントン・ユナイテッドからエジバウドを獲得、河野諒祐(前年2種登録選手)、村岡拓哉吉濱遼平(前年特別指定選手)、田村翔太が新加入した。

シーズン中にエジバウドが退団、クォン・ハンジンが群馬へ期限付き移籍先が変更、キリノがへ、岩上祐三松本山雅FCへ期限付き移籍したが、水原三星ブルーウィングスからステボECペロタスからウェリントンが完全移籍で、からアレックス・サンターナFC東京から大竹洋平が期限付き移籍で加入、特別指定選手として三竿雄斗宮市剛菊地俊介福岡将太(ともに2014年に正式加入することが内定)、2種登録選手としてが加入した。

リーグ戦は開幕から6戦勝ち無し(3分3負)となったが、第7節大分戦に2-1で勝利し初勝利を挙げた。 しかしながら折り返しの17節まで3勝4分10負の勝ち点13で16位と苦しい戦いが続き、第32節のFC東京戦に1-2で敗れ16位以下が確定、J2降格が決まった[12]

2014年(J2)

クラブスローガン :「決弾

曺体制3年目。下村東美古橋達弥石神直哉らベテラン選手の契約満了を発表[13]高山薫韓国栄に完全移籍、田村翔太河野諒祐村岡拓哉猪狩佑貴の4名が福島に、鎌田翔雅岡山に、馬場賢治水戸にレンタル移籍。レンタル移籍中だった三原向平愛媛)、山口貴弘長崎)の移籍期間が延長、大野和成新潟)、安藤駿介川崎)、アレックス・サンターナ()がそれぞれ所属元へ復帰した。

補強面では、愛媛より秋元陽太を、FC東京よりレンタル移籍中の大竹洋平らを完全移籍で獲得。福島にレンタル移籍中の吉濱遼平白井康介が復帰。前年からよりレンタル移籍中の武富孝介中川寛斗の移籍期間が延長。FC東京から丸山祐市が、鳥栖から岡田翔平がレンタル移籍で加入した。

開幕から14連勝するなど、快進撃を続ける。15節で愛媛FCに敗北したが、その後は21戦負けなし。9月23日、アウェイの第33節の京都戦に2-2で引き分け、J1自動昇格を確定した。 その後2連敗を喫するものの、結果的に2014シーズンを31勝8分3敗、勝ち点101でリーグ優勝を勝ち取った。

2015年 - 2016年(J1)

2015年
クラブスローガン :「証明 show the style

曺体制4年目。2年ぶりのJ1挑戦となった。

福島へレンタル移籍していた猪狩佑貴が引退[注釈 1]、福島へレンタル移籍していた河野諒祐JFLV大分)、鈴木雄太吉濱遼平群馬)、阿部伸行北九州)、宇佐美宏和山形)、長崎にレンタル移籍していた山口貴弘大分)、岡山にレンタル移籍していた鎌田翔雅清水)が完全移籍、岩尾憲宮市剛水戸)、福岡将太、今シーズンユースから昇格した前田尚輝(福島)、梶川諒太(長崎)、亀川諒史福岡)がレンタル移籍、田村翔太安東輝(福島)のレンタル移籍期間が延長、村岡拓哉(福島)、馬場賢治(水戸)、荒堀謙次栃木)、三原向平愛媛)がレンタル移籍先に完全移籍、丸山祐市(FC東京)、樋口寛規(清水→相模原にレンタル移籍)、中川寛斗武富孝介)、熊谷アンドリュー横浜FM)が所属元へ復帰した。

補強面では、札幌から李昊乗を、横浜FMから藤田祥史、昨シーズン福岡にレンタル移籍していた武田英二郎を、浦和から坪井慶介を、ボタフォゴからアンドレ・バイアを、東京Vから金鐘必を、柏から2シーズンぶりの復帰となる高山薫を完全移籍で、ミラソルFCからアリソンを、浦和から山田直輝を、川崎から可児壮隆をレンタル移籍で獲得。レンタル移籍だった藤田征也が完全移籍に移行、レンタル移籍中の岡田翔平の移籍期間が延長、岡崎亮平(6月に熊本へレンタル移籍)、アモリンキリノが新加入した。

8月に行われた東アジアカップ2015では遠藤航が日本代表として出場した。年齢制限のない日本代表選手を輩出したのは98年の小島、中田、呂比須以来17年ぶり。名前が湘南ベルマーレとなってからは初めてである。

シーズンは鹿島から20年ぶり、名古屋から16年ぶり、柏から17年ぶりに勝利するなど勝負強さを発揮し、最終成績8位で湘南ベルマーレとなってから史上初のJ1残留を決めた。曺監督の手腕は高く評価され、シーズンオフには曺の故郷のクラブである京都サンガF.C.への監督就任の可能性が高まったが、最終的には湘南ベルマーレとの契約を更新した[14]

同年のシーズン開始に合わせてテレビ神奈川(tvk)で「Spirit ベルマーレTV」の放映が開始され、テレビでの広報体制が強化された[注釈 2]

2016年
クラブスローガン :「挑越 湘南EXPRESSは、2016年も走り続けます

曺体制5年目。

遠藤航浦和)、永木亮太鹿島)、秋元陽太FC東京)、古林将太名古屋)、李昊乗Kリーグ全南)、水戸にレンタル移籍していた岩尾憲徳島)が完全移籍、広瀬健太(栃木)、福島にレンタル移籍していた安東輝金沢)、水戸にレンタル移籍していた宮市剛鳥取)がレンタル移籍、白井康介(愛媛)、梶川諒太(長崎)、亀川諒史(福岡)がレンタル移籍先へ完全移籍、前田尚輝福岡将太(福島)のレンタル移籍期間が延長、可児壮隆(川崎へ復帰→金沢へレンタル移籍)がレンタル移籍期間満了、澤田篤樹アリソンアモリンが退団した。

補強面では、横浜FMから奈良輪雄太端戸仁を、松本から村山智彦を、甲府から下田北斗を完全移籍で、千葉からパウリーニョを、浦和から岡本拓也をレンタル移籍で獲得、山田直輝のレンタル移籍期間が延長、岡崎亮平田村翔太がレンタル移籍先から復帰、神谷優太山根視来長谷川アーリアジャスールが新加入した。

10月22日のJ1 2ndステージ第15節の大宮戦で敗れ、年間順位で16位以下が確定、4度目のJ2降格が決定した。

2017年 (J2)

クラブスローガン :「共走

曺体制6年目。この年はベルマーレ平塚時代にメインスポンサーであったフジタが18年ぶりにユニフォームスポンサーに復帰した[15]

金鐘必徳島)、三竿雄斗鹿島)、菊池大介浦和)、大竹洋平岡山)、村山智彦松本)、大槻周平神戸)、長谷川アーリアジャスール大宮)、福島へレンタル移籍をしていた福岡将太栃木SC)が完全移籍、梶川裕嗣(徳島)がレンタル移籍、岡本知剛鳥栖に復帰→松本へ完全移籍)、ウェズレータイブリーラム・ユナイテッドFCへ復帰→Kリーグ仁川へ移籍)がレンタル移籍期間満了、大分へレンタル移籍していたキリノが退団した。

補強面では、愛媛から表原玄太を、名古屋から野田隆之介を、FC東京から2シーズンぶりの復帰となる秋元陽太を完全移籍で、から秋野央樹をレンタル移籍で獲得、安東輝宮市剛がレンタル移籍先から復帰、石原広教がユースから昇格、後藤雅明杉岡大暉が新加入した。

シーズン中には、伊藤剛福島、宮市剛がJFL滋賀へ育成型レンタル移籍、シキーニョが期限付き移籍契約解除(その後大分へレンタル移籍)となったが、大宮からドラガン・ムルジャを完全移籍で、名古屋から高橋諒をレンタル移籍で獲得した。

第39節、10月28日開催だった2位福岡東京V戦で引き分けたため、湘南の2位以上が確定しJ1昇格が決定。翌日行われた岡山戦で湘南が引き分けたため3年ぶり2回目のJ2優勝が決定した。

2018年 - (J1)

2018年
クラブスローガン :「ALIVE

曺体制7年目。

坪井慶介山口)、安東輝松本)、武田英二郎横浜FC)、広瀬健太新潟)、下田北斗川崎)、藤田祥史秋田)、ジネイ甲府)、タンドウ・ベラピAリーグウェリントン・フェニックスFC)、ドラガン・ムルジャスロベニアNKオリンピア・リュブリャナ)が完全移籍で退団し、神谷優太愛媛)、奈良輪雄太東京V)、JFLV大分へ期限付き移籍していたパク・テファン韓国ナショナルリーグ・)、JFL・滋賀へ期限付き移籍していた宮市剛盛岡)が他クラブに期限付き移籍し、山田直輝浦和に復帰)がレンタル移籍期間満了、レンタル移籍の伊藤剛田村翔太福島)、梶川裕嗣徳島)がレンタル移籍先へ完全移籍した。また和田響稀(福島)、呂薛安(盛岡)がユースから昇格し即期限付き移籍した。

補強面では、新潟から5シーズンぶりに復帰の大野和成を、山形から富居大樹を、浦和から梅崎司を、広島からミキッチを、セルビアパルチザン・ベオグラードから元セルビア代表アレン・ステバノヴィッチを完全移籍で、から小林祐介を、Kリーグ2釜山から韓国代表イ・ジョンヒョプをレンタル移籍で獲得、高橋諒が完全移籍に移行、真田幸太がユースから昇格、新井光松田天馬山口和樹坂圭祐鈴木国友金子大毅が新加入した。

2018年4月、当時湘南ベルマーレの筆頭株主だった三栄建築設計がRIZAPグループと共同で「株式会社メルディアRIZAP湘南スポーツパートナーズ」を設立。この新設会社が湘南ベルマーレ株式の50%を取得した。同時にRIZAPグループは湘南ベルマーレに対して取締役7名を派遣し、本格的にクラブ運営に関与することになった[16][注釈 3]。RIZAPグループはベルマーレに対し今後3年間で10億円を投資する意向である[17]

リーグ戦では、開幕戦こそ勝利したものの、その後8試合で1勝3分4敗と低迷、第10節からシーズン初の連勝を挙げたが直後に3連敗し、ワールドカップによるリーグ戦中断前の第15節終了時には暫定12位となる。再開後は11位から14位の間を推移し、最終節直前の時点では14位、最終節の結果次第で16位に陥落しJ1参入プレーオフに進出する可能性は残っていたものの、最終節では名古屋相手に2点を先制したもののその後2PKを与え結局引き分け、10勝11分13敗、鳥栖と勝点得失点差で並ぶも総得点で上回り13位でシーズンを終えた。

YBCルヴァンカップでは、グループDで第5節まで3位にいたが、最終節で2位長崎に勝利し、3勝1分2敗で逆転で2位となり決勝トーナメントに進出、1回戦で仙台に初戦ホームで3-0と快勝したが2戦目アウェーは1-3で敗れたものの計4-3で準々決勝進出、C大阪に初戦ホーム3-0、2戦目アウェー2-2で準決勝に進出、柏には初戦アウェー1-1、2戦目ホームも90分では1-1で延長となり、延長でともに1点を追加し2-2となったためPK戦に突入、5-4で勝利し初の決勝進出となる。決勝では、横浜FMと対戦し、36分に杉岡大暉のミドルシュートで先制した1点を守り切り、湘南ベルマーレとなってからは初、ベルマーレ平塚時代の第74回天皇杯で優勝して以来の3大タイトル獲得となった。

天皇杯では、4回戦で川崎に敗れた。

2019年
クラブスローガン :「Acceleration -加速-

曺体制8年目。序盤は好調を維持したものの、監督の曺貴裁がクラブ内でコーチングスタッフや選手へのパワーハラスメントを行っていたと報道され[18]、進退問題が浮上[19]。曺が活動を自粛し、コーチの高橋健二が暫定的に指揮を執ることになった。その後Jリーグも調査を行った結果、曺のパワハラ行為が認定され、Jリーグからけん責と公式戦5試合の出場資格停止処分が下される[20]。これを受けて曺は監督を退任、後任にU-18監督の浮嶋敏が監督に就任した。

永年チームを率いた曺の活動自粛と監督交代の影響もあり、順位を徐々に落とし、最終的に年間順位16位となって、J1参入プレーオフJ2の4位から勝ち上がってきた徳島ヴォルティスと対戦。試合は1-1の引き分けで終わったが、規定により初めて2年連続のJ1残留を決めた。

2020年
クラブスローガン :「PROGRESSION -前進-

浮嶋体制2年目。シーズン序盤から下位に低迷し、第1節(13位)と第6節(15位)を除きシーズンを通じて仙台横浜FCと共に16位以下に低迷。シーズン総得点29は16番目の仙台・大分からも7点離されるほどの得点力不足に悩まされた結果、6勝9分18敗の勝ち点27で最下位(18位)に終わる。しかし、新型コロナウィルス感染症の影響でレギュレーションが変更となり、J1からの降格がなくなったためJ1残留となった。

成績

通算得点ランキング

順位選手名得点数
1坂本紘司57
2ベッチーニョ56
3野口幸司53
4アジエル48
5高田保則43
6石原直樹41
7呂比須ワグナー36
8加藤望30
9栗原圭介29
10柿本倫明28
11高山薫25
12阿部吉朗25
13菊池大介23
14中村祐也23
15ウェリントン23
16遠藤航23
17田原豊21
18永木亮太18
19アウミール17
20原竜太17

※出典:Jリーグ・JFL・日本代表・ブンデスリーガのデータベース。2015年8月末時点

(Jリーグ・J1およびJ2のみ。Jリーグカップ天皇杯全日本サッカー選手権大会FUJI XEROX SUPER CUPアジアカップウィナーズカップ等は含まない)

タイトル・表彰

国内タイトル

国際タイトル

表彰

ユニフォーム

ユニフォームの色
カラーシャツパンツストッキング
FP(1st)黄緑[1]黄緑[1]黄緑[1]
FP(2nd)[1][1][1]
GK(1st)オレンジオレンジオレンジ
GK(2nd)
GK(3rd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd
GK 3rd

チームカラー

  •     ライトグリーン[1]    ブルー[1]    ホワイト[1]

ユニフォームデザイン

  • 1997年にJリーグクラブで初めて、背番号の下に背ネームを採用。1997年 - 1999年及び2002年 - 2004年に採用された。
  • 2000年までライトグリーンを基調。2001年よりブルー基調に変更したが、2010年よりライトグリーンを基調とするデザインに再度変更している。
  • ライトグリーンは親会社であったフジタのイメージカラーであるが、1994年のJリーグ加盟時にJリーグ側から青からの変更依頼があったためライトグリーンを全面に押し出した。
  • 2013年から付いた左胸のエンブレム上の星(★)は第74回天皇杯全日本サッカー選手権大会(1994年)およびアジアカップウィナーズカップ1995-96の優勝を表している[21]。2015年からはJ2優勝(2014年)、2018年からはJ2優勝(2017年)、2019年からはルヴァンカップ優勝(2018年)を表す星がそれぞれつけられた(それに伴い、J2優勝を表す星2つは右袖に移動)。
  • 2019年よりエンブレムの下に、クラブのスローガンである「たのしめてるか。」を配置した[22]

ユニフォームスポンサー

掲出箇所スポンサー名表記掲出年備考
三栄建築設計MELDIA2016年 -2016年は「三栄建築設計」表記
2017年 - 2021年は「MELDIA 三栄建築設計」表記
鎖骨日本端子日本端子2021年11月 -左側に表記
2012年途中は胸
2012年途中は「日本端子 Nippon Tanshi Co., Ltd.」表記
2016年 - 2021年は背中下部
2018年 - 2021年は「NT 日本端子」表記
RIZAPグループRIZAP2018年10月 -右側に表記
背中上部産業能率大学産業能率大学2010年 -2004年途中 - 2009年は胸
2004年途中 - 2006年は「SANNO 産能大」表記
2007年 - 2009年は「SANNO 産業能率大学」表記
背中下部マッケンジーハウスMackenzie
House
2022年 -2021年9月 - 同年12月はパンツ前面
フジタFUjiTA1996年 - 1998年
2017年 -
パンツ前面なし--
パンツ背面なし--

ユニフォームサプライの遍歴

  • 1992年 - 1993年(Jリーグ準会員):アシックス、93年天皇杯のみベーシック(フェニックス)
  • 1994年 - 1996年:リーグ戦はミズノ、カップ戦はベーシック(フェニックス)
  • 1997年 - 1998年:リーグ戦はミズノ、カップ戦はカッパ(フェニックス)
  • 1999年 - 2002年:カッパ・スポーツ(フェニックス)
  • 2003年 - 2004年:プーマ
  • 2005年 - 2006年:PIKO(製作:2005年はエレア・ジャポネスポーツ、2006年はエーライン・ジャポネスポーツ)
  • 2007年 - 2011年:エーライン(エーライン・ジャポネスポーツ / カレッジリーグ)
  • 2012年 - 現在:ペナルティ

歴代ユニフォーム

FP 1st
1994 - 1996
1997 - 1998
1999 - 2000
2001 - 2002
2003 - 2004
2005 - 2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021 -
FP 2nd
1994 - 1996
1997 - 1998
1999 - 2000
2001 - 2002
2003 - 2004
2005 - 2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2018
2019
2020
2021 -
FP Other
2012
七夕記念
2013
七夕記念
2014
七夕記念
2015
七夕記念
2016
七夕記念
2017
七夕記念
2018
七夕記念
2018
クラブ創立
50周年記念
2019
七夕記念
2020
七夕記念

歴代スポンサー年表

年度箇所サプライヤー
鎖骨左鎖骨右背中上部背中下部パンツ前面パンツ背面
1994DDI解禁前HOYA
VISION CARE
解禁前Tohato-解禁前Mizuno /
Basic
1995HOYA
1996FUjiTA
1997Mizuno /
Kappa
1998
1999- /
cdmaOne
- /
DDI
POCKET
Kappa
2000DDI /
KDDI
nakata.net- /
Bloomberg
2001BloombergRhythmedia
2002Rmt
Rhythmedia Tribe
-a
avex group
2003- /
Regain
- /
Regain
PUMA
2004Rmt
Rhythmedia Tribe
/
SANNO 産能大
Regain /
SANKYO
avex group /
A
APTHOME
SANKYO
2005SANNO 産能大SANKYOA
APTHOME
PIKO
2006- /
グッドウィル
Daiichi-Sankyo
2007SANNO
産業能率大学
グッドウィルA-LINE
2008-A
APTHOME /
-
2009- /
クリック証券
-
2010La
PARLER
/
I Net Rely
CORPORATION
産業能率大学ジーコム
NOVA
シノケン
2011---
2012- /
日本端子
Nippon Tanshi Co., Ltd.
CHECKER
MOTORS
WILLPLUS
- /
TRUST TECH
PENALTY
2013- /
TRI TERASU
- /
START
2014TRI TERASUYOKOHAMA
2015ENERESTRI TERASU
2016三栄建築設計日本端子
2017MELDIA
三栄建築設計
FUjiTA
2018新興和製薬- /
RIZAP
NT
日本端子
2019- /
Λnritsu
RIZAP-
2020-- /
HNK 東日本急行
-
2021- /
NT
日本端子
- /
Mackenzie House
2022MELDIA日本端子Mackenzie
House
-

特殊ユニフォーム

  • アジアカップ戦用ユニフォーム
アジアでのカップ戦では、胸がHOYAの物、リーグ戦と同様にDDIの物などいくつか種類がある。基本はベーシック製のカップ戦ユニフォームと同じデザイン(ただし袖にスポンサーはなく、背も個人名が入っている)。また1995年の中国遠征時及びプレシーズンマッチとして行われた湘南ローズカップ用として、胸スポンサーがFujitaになっている物も存在する。アジアスーパーカップでは、胸にDDI、袖に日の丸がついたユニフォームを着用した。
  • レジェンド・オブ・ベルマーレ
2003年、ベルマーレの誕生10周年を境に、100試合以上(9,000分以上)出場し、クラブの発展に貢献した選手を「レジェンド・オブ・ベルマーレ」と称し表彰。受賞者には在籍当時に付けていた背番号と名前をゴールドでプリントした、表彰したシーズンのホームモデルユニフォームが贈られる。
しかし、正式な受賞者は2003年のベッチーニョのみ。同じく2003年に呂比須ワグナーが規定出場時間には届かないが、1998 FIFAワールドカップの出場に貢献したなどの特例を受けて受賞した。
  • ジュニアユース全国大会用ユニフォーム
2006年よりジュニアユースチームが公式戦の決勝トーナメントなど、特別な試合でのみ着用するユニフォームが存在する。ベルマーレOBの中田英寿が2004年にベルマーレから依頼された物で、デザインを中田が監修、ウェア自体も彼がチームにプレゼントしている。
これは、ジュニアユースの子供達に物を大切にして欲しい、そうした気持ちも育てていかなければならないと感じたジュニアユースコーチ達が、大学ラグビーの正選手のみに渡されるユニフォームにヒントを得て、「憧れの選手のデザインした物ならば、愛着が生まれ、大切に使うのでは」と思い立ち、中田にオファーした物。
  • 七夕記念ユニフォーム
2007年:湘南ひらつか七夕まつりの盛り上げとホームタウンの結びつきを強める狙いで[23]7月7日の試合においてのみ使用された。1試合のみ着用されるユニフォームはジュビロ磐田の10周年記念ユニフォームに続き2例目で、登録上は両方ともサードシャツ扱いとなっている。
2009年:エーラインが七夕マンスリーと題して企画[24]。一般販売用は追加販売や、その後に受注生産もかかるなど好調な売上を記録した[25]
2011年:東日本大震災の復興を祈願した「復興祈願七夕 2011オーセンティックユニフォーム」として企画した。
2020年:地域の活気を取り戻すこと及び医療現場の最前線で戦っている人々に感謝を表す「MAKE IT BLUE」キャンペーンの日本実行委員会の活動に賛同し、「2020七夕・MAKE IT BLUE記念ユニフォーム」として企画した。
2021年:新しいライフスタイルの在り方を考えるきっかけにしてもらいたいとの思いから、「2021七夕・One Health記念ユニフォーム」として企画した。
年度月日時期対戦相手スコアユニフォームの特徴
20077月7日J2第26節福岡0-2●ベルマーレのチームカラーと笹の色であるライトグリーンと、夜空の黒を配色。
デザインは2007年ホームモデルと同様だが、ホームモデルとはライトグリーン配色が反転。
20087月5日J2第24節水戸0-1●夜空の黒を配色、ホームモデルとライトグリーンが反転。
笹のライトグリーンを前面に押し出すモデル。
20097月9日J2第26節甲府2-1○フィールドプレーヤー用は夜空をイメージした黒をメインにステッチに星を表す金色を配色。
ゴールキーパー用は七夕の笹を表したライトグリーンをメインにステッチに星を表す金色を配色。
7月19日J2第28節福岡2-3●
20108月1日J1第16節清水3-6●1994年のJリーグ昇格当時のデザインを復刻。フィールドプレーヤー用のメインカラーは黒。ライトグリーンが
首と袖周りに配色。ゴールキーパー用はライトグリーンを使用。フィールドプレーヤー用と配色が対となる。
8月18日J1第19節京都2-2△
8月21日J1第20節浦和1-4●
20117月2日J2第19節東京V1-3●フィールドプレーヤー用は夜空と力強さをイメージした黒。
ゴールキーパー用は天の川をイメージしたサックスブルー。
両ユニフォーム共に前後両面にゴールドの十字ラインを配している。
7月17日J2第21節千葉2-0○
7月31日J2第23節熊本1-0○
20127月1日J2第22節松本1-1△ユニフォーム全面に星がグラデーションで入り、さらに肩口、パンツサイドのPENALTYマークにも星マークがドット。
フィールドプレーヤー用は夜空をイメージした黒。ゴールキーパー用は七夕の笹を表したライトグリーン。
7月22日J2第25節山形0-0△
7月29日J2第26節北九州1-0○
20137月6日J1第14節仙台0-0△デザインコンセプトは、ユニフォーム全面に表現された「天の川」。
今までにない大胆なデザインで、クラブ20周年記念の七夕記念ユニフォーム。
フィールドプレーヤー用は青がベース。ゴールキーパー用はピンクがベース。
両ユニフォーム共に左袖部分がグリーンとなっている。
7月10日J1第15節1-2●
7月17日J1第17節新潟0-2●
20147月5日J2第21節群馬0-1○フィールドプレイヤー用には夜空を彩る星(勝ち星)をイメージしたフラッシュイエローを大胆にシャツ、パンツ、ソックスに採用。
七夕飾りの吹流しをグリーンで表現。
ゴールキーパーは天の川をイメージしたパープルを濃淡グラデーションで表現。
7月20日J2第22節熊本2-1○
7月26日J2第23節富山2-0○
20157月11日J1 2nd第1節名古屋2-1○フィールドプレイヤー用は「グリーンギャラクシー」をコンセプトに、
ディープネイビーの宇宙空間で光輝くグリーンの星雲をボディ上部にデザイン。
シャツ全体に配置したグラデーションピンストライプは勝利へと進む、「緑の流星」を表現。
ゴールキーパー用のベースカラーはクールグレーをベースに、
シアンブルーからネイビーのグラデーションで夏らしいカラーリングに仕上げた。
7月19日J1 2nd第3節甲府0-2●
7月29日J1 2nd第5節3-0○
20167月2日J1 2nd第1節横浜FM0-3●フィールドプレイヤー用は漆黒の夜空で緑に輝く沢山の星座をボディ全体にデザイン。
クラブエンブレムの近くには七夕伝説の主役である「琴座のベガ=織姫星」と
「わし座のアルタイル=彦星」をフラッシュイエローでプリント。
GK用はフラッシュグリーンにブラックを掛け合わせた、七夕らしいカラーリング。
星図は200年前の古星図を基にデザイン。
7月13日J1 2nd第3節鳥栖0-2●
7月30日J1 2nd第6節川崎2-3●
20177月1日J2第21節名古屋2-1○「幻惑」を意味する「ダズルパターン」を使用。
複雑な幾何学模様の中に七夕にちなんだスターパターンを組み込んだ。
フィールドプレーヤーは「湘南ブルー」、ゴールキーパーは昨年に引き続き「ベルマーレグリーン」でカラーリング。
7月16日J2第23節東京V2-0○
7月29日J2第25節徳島2-0○
20187月18日J1第16節鳥栖1-1△デザインコンセプトは「Victory Star/勝利の星」。
天空に向かって上昇する星をスターグラデーションで表現、星が作り出すV字ラインは、Victory(勝利)のVをイメージ。
袖ラインもスターグラデーションでデザイン。
カラーリングはフィールドプレーヤーはネイビーにベルマーレグリーンの星、ゴールキーパーはフラッシュマゼンタにピンクの星を採用。
20196月30日J1第17節C大阪0-2●フィールドプレイヤー用のベースカラーにはサポーターからも人気が高いネイビーを採用し、
七夕にちなんだスタージオメトリーパターン(幾何学模様)を同系色で表現。
ゴールキーパー用は前年に続きピンクを採用した。
また最大の特徴として、全てのユニフォームパートナーの理解のもと、
ブランディングの一環としてヨーロッパのトップリーグなど多くのクラブチームが採用している。
「スポンサーロゴ、背番号・ネーム表記、ホームタウン表記」などをクラブカラーのライトグリーン1色で統一表現した、
スタイリッシュなデザインを実現。
そして背番号、ネームには昇華プリントを採用し、湿度の高い日本の夏に適応して軽量化を図った。
7月14日J1第19節神戸3-1○
20207月4日J1第2節仙台0-1●2020年の湘南ひらつか七夕まつりは新型コロナウイルスの影響により開催中止となったが、
「こんな時こそ地域を明るくしたい」との思いからバンブー柄を使用した。
MAKE IT BLUE JAPAN実行委員会の活動に賛同し、フィールドプレーヤー用は青で、ゴールキーパー用はピンクで全身を統一し、
シャツ前面裾には「MAKE IT BLUE」のロゴマークが付く。
7月12日J1第4節札幌0-0△
7月22日J1第6節鹿島1-0〇
12月16日J1第33節大分1-2●
20217月11日J1第22節FC東京0-1●公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)とコラボし、「人と動物、生態系の健康はひとつ」であるという「ワンヘルス」のイメージマークをあしらったデザイン。
クラブ収益の一部をWWFジャパンのワンヘルス推進に取り組む野生生物グループに寄付し、環境保全活動等に役立てることとしている。
8月9日J1第23節鹿島1-2●
8月15日J1第24節名古屋0-1●
8月21日J1第25節清水1-1△
8月29日J1第27節浦和0-0△
  • SHONAN10thユニフォーム
「湘南ベルマーレ」へ名称変更して10周年の2009年に作成。
10年間の感謝と、これから先も共に歩んでいただきたいという願いを込めて天皇杯で着用された。
  • スペシャルエキシビションマッチ用ユニフォーム
2012年9月14日、J2第33節の草津戦の開始前に行われた「ベルマーレレジェンド(OB選手)vs 芸能人サッカーチーム SWERVES(スワーブス)」のスペシャルエキシビションマッチにてベルマーレレジェンド(OB選手)が着用したユニフォーム。デザインはこの年の通常モデルと同じものであるが、フィールドプレーヤー用が青、ゴールキーパー用はピンクを基調としている。また胸にはこの年のユニフォーム袖スポンサーであるチェッカーモータースのロゴを付けたものとなっている[26]
  • ベルマーレ創立20周年記念試合「Re-member」用ユニフォーム
2013年1月27日のベルマーレ創立20周年記念試合「Re-member」においてベルマーレチームが着用する1試合限定のメモリアルユニフォーム。ベルマーレの歴史に色濃く残るデザインのひとつのストライプ柄を現代風にアレンジしアクセントとしてアシメントリーを採用し、躍動感を演出。右袖にはベルマーレ平塚時代のホームタウン表記である「HIRATSUKA」とJリーグ20周年マーク。左袖にはベルマーレ20周年マークが入る[27]
  • クラブ創立50周年記念オーセンティックユニフォーム
2018年9月22日のクラブ創立50周年記念試合(J1第27節C大阪戦)にて、ベルマーレチームが着用した1試合限定のメモリアルユニフォーム。フジタ工業クラブサッカー部時代のユニフォームデザインを復刻したもの[28]

下部組織・育成

2002年、Jリーグ百年構想に沿った総合的なスポーツクラブ作り定着を目指して、特定非営利活動法人湘南ベルマーレスポーツクラブ(湘南BSC)を新たに設立した。同時にジュニア、及びジュニアユース部門を湘南BSCへ移管して、株式会社湘南ベルマーレはトップチームおよびユースの運営を行うこととなった。また、湘南BSCはサッカー以外の異競技交流にも取り組んでいる。なお、湘南BSCに関する詳細は当項目を参照のこと。

株式会社湘南ベルマーレは、2004年よりスペインCAオサスナと提携している[29] 他、2013年3月より福島ユナイテッドFCと「営業・事業」「強化」「アカデミー」に関する提携を締結した(後述[30][31]

また、かつてはスポンサーの産業能率大学の繋がりにより「湘南シーレックス」(現在の横浜DeNAベイスターズのファーム(2軍)チーム)と共同割引チケットなどの企画を行ったこともある。

クラブハウス

かつては親会社であったフジタが所有する大神グラウンドを練習場とし、クラブハウスも置いていたが、大神グラウンドを2004年に買収した松蔭大学松蔭大学湘南キャンパスのグラウンドとした。2006年9月までは契約でベルマーレが練習場として使用していたが、2006年10月から馬入ふれあい公園サッカー場に練習場を移すと共に、事務所やクラブハウスも馬入サッカー場の隣接地へ移転した。

日系ベルマーレ

2006年9月、スペイン語版を設立。強化プログラムの一環として、外国籍枠のないパラグアイリーグで若手選手の派遣・育成・強化を図る計画であり、同リーグの地域2部(実質4部に相当)に所属。チーム顧問として、南米サッカー連盟会長のニコラス・レオス、株式会社湘南ベルマーレ元社長の眞壁潔が名を連ねる。将来的にはこのクラブで育った選手が湘南ベルマーレへ、そして世界のリーグ・クラブへ選手たちが飛躍していくことを願い、サポートしていきたいと関係者が語っている[32]

クラブの運営主体は現地法人のサクラグループ社と日本のSEA Global社が出資して設立した「社団法人日系ベルマーレ」であり、湘南ベルマーレは出資はしていないため、両クラブの関係は提携・協力という形となる。 海外で選手を育成しようという意図としては同じものではあるが、アルビレックス新潟が母体となり設立されたアルビレックス新潟シンガポール[33] また、プロ野球広島東洋カープが直接運営するカープアカデミー[34] などとは異なった組織となっている

Jリーグ他クラブとの提携

2013年福島ユナイテッドFCとの業務提携を行った。両クラブは、クラブやホームタウンの枠を飛び越えて、互いのスケールメリットを拡大すると共に、さらなるクラブの価値向上と発展を目指すことを念頭に、営業・事業、選手やコーチなどの育成、下部組織の提携などを進めていく[30]

このことで、湘南に所属する選手でなかなか出場機会を得られない選手を福島に紹介し、期限付き移籍(若手選手育成型含む)などにより実践機会の提供強化を図ること、さらに福島が湘南の練習場(馬入サッカー場)を会場としたシーズン開幕前の練習開催や、2014年1月に平塚で行われた合同ファン感謝イベントで、互いのサポーターが提携関係のクラブのグッズの購入するなどの相乗効果やメリットを生み出すことができる[35] としている。

中田英寿との関係

中田英寿はベルマーレに1995年から1998年7月まで在籍した。

  • 2000年-から2001年までユニフォーム背中部分のスポンサーとなった(ロゴは「nakata.net」)。
  • 2002年以降、オフィシャルクラブパートナーとなっている。
  • 2006年、中田がデザインしたユニフォームを、ジュニアユースが全国大会などで着用した。詳細は後述の#特殊ユニフォーム参照。
  • 2008年、中田が主催するTAKE ACTION! 2008 『+1 FOOTBALL MATCH』に向けての身体作りの為、湘南の練習に参加[36]
  • 2010年2月、『湘南ベルマーレJ1昇格記念試合』として、湘南OBチームの「We're back F.C.」と「TAKE ACTION F.C.」とが対戦。中田にとっては海外移籍以来となる平塚競技場での試合となり、前半は「TAKE ACTION F.C.」、後半は「We're back F.C.」のメンバーとして出場した。
  • 2013年1月、ベルマーレ創立20周年記念試合「Re-member」にベルマーレOBとして出場。

ベルマーレクイーン

2010年シーズン開幕前に、ラ・パルレの協賛で4人のベルマーレクイーン、1人のベルマーレマーメイドが選出された。5人はホームゲーム・ホームタウン内のイベントに登場しチームのマスコットとして活動。個人的にアウェーに出向くメンバーもいた。2010年10月にラ・パルレが倒産したが、2011年以降もメンバーを入れ替えて活動を続け、週刊サッカーマガジン2011年6月発売のインタビュー企画にも登場した。インターネット投票などを通じて2012年は4人(うち2人は2年ぶりの選出)、2013年も4人、2014年は5人が選出された。2016年はメンバーの一般募集は実施せずにオスカープロモーションから選出された。

ベルマーレクイーン(2010年)

ベルマーレマーメイド(2010年)

ベルマーレクイーン2011


ベルマーレクイーン2012

ベルマーレクイーン2013

ベルマーレクイーン2014

ベルマーレクイーン2015

ベルマーレクイーン2016

ベルマーレクイーン2017

ベルマーレクイーン2018

ベルマーレクイーン2019

スタジアム移転構想

湘南ベルマーレは、本拠地を平塚市に移転してから今日まで平塚競技場(レモンガススタジアム平塚)を本拠地としているが、現状の収容人員はJ1基準の15,000人をわずかに上回る程度しかない。そこで、大手建設コンサルタント会社から、ホームタウンである平塚、藤沢、茅ケ崎市などから複数の箇所を候補地として、2万人以上収容できるスタジアムの建設構想を検討していたことが、2016年9月の一部報道で明らかになった[37]

そして2017年1月、「湘南スタジアム研究会」と称する、地元商工会議所や経済関係者らからなる組織が結成され、同12月までをめどに移転候補先をベルマーレに提案する方針を確認した。これまでも、平塚競技場のJリーグクラブライセンス制度に適合した屋根付きスタジアムへの改修や増築などについてベルマーレ側は平塚市に訴えてきたが、平塚市はこの計画に消極的な姿勢が続いている。そこで、新たなスタジアムの建設の可能性を探るように研究会に要請しているという[38]

同4月の第2回研究会会合で、平塚競技場以外の平塚、茅ケ崎、藤沢、小田原の4市から、民有地3か所、公有地7か所の都合10か所の候補が挙げられた。今後はスタジアムをサッカー・ラグビーだけでなく、コンサートなど多目的用途に利用できるように音楽関係者からの意見を求めるとしている[39]

一方、平塚市は平塚競技場に引き続きとどまってもらうように要請している。平塚市は2000年のJ2降格以後、スタジアムの年間使用料推定約5000万円のうち、3000万円を減免している。この減免処置は現状ベルマーレのみであるため、「多大な支援をしてきたのに、突然(平塚競技場から)出ていくのは勝手すぎる」との声も市役所からある。また平塚市長の落合克宏も「平塚競技場に残ってもらいたいメッセージの一つ」として、スタンド増築や2017年末に予定される照明塔のLED化などについて話している[40]

決算

湘南ベルマーレの決算は、つぎのとおり。

損益

年度収入広告料入場料配分その他費用事業費人件費管理費利益純利益
200573333613311115373154135219020
2006709352128114115855651425204-146-144
200797037014111834197076350420701
20089303411421113361,062789542273-132-132
20091,0663721911053981,178912618266-112-115
20101,2884303602092891,3421,041646301-54-53
  • 金額の単位: 百万円
  • 人件費は事業費に含まれる。

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200520062007200820092010

年度収益広告料入場料配分育成その他費用人件費試合トップ育成女子販売利益純利益
2011670227168910184991511627000348-321-130
2012869330203890247873366677500365-44
20131,19138726319103501,211530829800501-20-11
20141,1214532259303501,126452768700511-52
20151,56157333519304601,5176999010200626445
  • 金額の単位: 百万円

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 20112012201320142015

年度収益広告料入場料配分育成物販その他費用人件費試合トップ育成女子物販販売利益純利益
20161,62768133118501992311,62879810411300129484-13
  • 金額の単位: 百万円

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 2016

資産

年度総資産総負債純資産資本金
200520612581369
200623316567434
200728822068434
200839237516474
20095215201524
201035430747574
2011237320-83574
201230227032630
201333831820630
201432129922630
201542734483658
201641132586658
  • 金額の単位: 百万円

出典: 各年度のJクラブ決算一覧。 200520062007200820092010201120122013201420152016

脚注

注釈

  1. ^ 猪狩はそのまま同クラブ職員となり「Spirit ベルマーレTV」にも出演するようになった。
  2. ^ なお、平塚市内などを放映エリアとするケーブルテレビ局の湘南ケーブルネットワークでは以前から「Go!Go!ベルマーレ」を放映している。
  3. ^ 三栄建築設計はメルディアRIZAP湘南スポーツパートナーズに50.05%出資する筆頭株主だが、その株式に議決権はなく、象徴的な出資にとどまる。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac クラブガイド:湘南ベルマーレ”. 日本プロサッカーリーグ. 2021年2月19日閲覧。
  2. ^ a b 株式会社湘南ベルマーレ”. 湘南ベルマーレ. 2018年11月21日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 株式会社湘南ベルマーレ 第22期決算公告
  4. ^ “湘南ベルマーレ ホームタウン追加について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2017年10月24日), https://www.jleague.jp/release/post-51320/ 2017年10月24日閲覧。 
  5. ^ a b c d トップチームフィロソフィ « 湘南ベルマーレ公式サイト”. www.bellmare.co.jp. 2021年11月29日閲覧。
  6. ^ a b c 湘南ベルマーレ 2021 チームスタイル[攻撃セットプレー | データによってサッカーはもっと輝く | Football LAB]”. www.football-lab.jp. 2021年11月29日閲覧。
  7. ^ a b c 11年ぶりのJ1昇格を果たした湘南ベルマーレ”. 湘南経済新聞 (2010年3月5日). 2013年3月13日閲覧。
  8. ^ 官報、2004年12月9日、2014年5月1日閲覧
  9. ^ 【御礼】湘南ベルマーレ持株会へご参加いただいた皆様へ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2012年10月27日閲覧。
  10. ^ 【御礼】湘南ベルマーレ持株会へご参加いただいた皆様へ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2012年12月27日閲覧。
  11. ^ 2013年2月4日”. 河野太郎twitter. 2013年2月18日閲覧。
  12. ^ 湘南が1年でJ2へ…2節を残して降格3チームが決定”. サッカーキング. 2013年11月23日閲覧。
  13. ^ “契約満了選手のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト. (2013年12月12日). http://www.bellmare.co.jp/95239 2013年12月12日閲覧。 
  14. ^ 京都新聞、京都サンガ応援特集、2015年12月3日付記事、[1]
  15. ^ 2017シーズン ユニフォームパートナー(袖)「株式会社フジタ」決定のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2016年12月20日閲覧。
  16. ^ 株式会社湘南ベルマーレ 募集株式発行及び株式会社メルディアRIZAP湘南スポーツパートナーズへの割当決定のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・ニュース (2018年4月15日). 2018年5月16日閲覧。
  17. ^ RIZAPは湘南ベルマーレの「優勝」にコミットできるのか”. ITmedia ビジネスONLINE (2018年4月6日). 2018年5月16日閲覧。
  18. ^ “「滑ってんじゃねーかよ」スパイク蹴る…湘南監督に指摘”. 朝日新聞. (2019年8月13日). https://www.asahi.com/articles/ASM8F5R38M8FULZU00K.html 2021年11月3日閲覧。 
  19. ^ “湘南曹監督が退任濃厚 コンプライアンス問題浮上”. 日刊スポーツ. (2019年8月12日). https://www.nikkansports.com/soccer/news/201908110001068.html 2021年11月3日閲覧。 
  20. ^ “制裁決定について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2019年10月4日), https://www.jleague.jp/release/post-60842/ 2021年11月3日閲覧。 
  21. ^ 2013シーズン ユニフォームデザイン決定のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト. 2013年3月13日閲覧。
  22. ^ 2019シーズン ユニフォームデザイン決定のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト (2012年1月11日). 2019年1月20日閲覧。
  23. ^ 湘南から”. 湘南から・サッカー・今年の七夕. 2013年1月16日閲覧。
  24. ^ 「七夕マンスリー」第2戦の福岡戦はA-LINEスペシャルデー”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2013年1月16日閲覧。
  25. ^ 七夕記念公式オーセンティックユニフォーム完売と受注生産による販売のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2013年1月16日閲覧。
  26. ^ 9月14日(金)スペシャルエキシビションマッチ ベルマーレレジェンドユニフォームスポンサーに株式会社ウイルプラスホールディングス決定のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2012年9月8日閲覧。
  27. ^ ベルマーレ創立20周年記念試合「Re-member」着用ユニフォーム発表・限定オーセンティクユニフォーム予約販売開始のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2012年12月28日閲覧。
  28. ^ 「クラブ創立50周年記念試合」開催および「クラブ創立50周年記念オーセンティックユニフォーム」販売のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト・トピックス. 2018年7月10日閲覧。
  29. ^ 湘南ベルマーレ/クラブ・アトレチコ・オサスナ クラブ間提携に関して”. J's Goal (2004年6月2日). 2014年5月2日閲覧。
  30. ^ a b 湘南ベルマーレ・福島ユナイテッドFC 提携のお知らせ”. 湘南ベルマーレ公式サイト. 2013年3月13日閲覧。
  31. ^ 【湘南ベルマーレ・福島ユナイテッド提携会見】会見でのコメント”. J's Goal (2013年1月17日). 2013年3月13日閲覧。
  32. ^ 日系ベルマーレとは”. NIKKEI BELLMARE 日系ベルマーレサッカー留学プログラム. 2013年1月16日閲覧。
  33. ^ クラブ基本情報”. Albilex Niigata Singapore公式サイト・クラブガイド. 2013年1月16日閲覧。
  34. ^ 【ドミニカ共和国アカデミー”. 広島東洋カープ公式サイト・施設案内・ドミニカ. 2013年1月16日閲覧。
  35. ^ テレビ東京FOOT×BRAIN」(同系2014年3月8日放送分)
  36. ^ 中田英寿氏 湘南ベルマーレで練習参加① .”. YouTube. 2013年1月20日閲覧。
  37. ^ 湘南2万人新スタジアム 平塚、藤沢など候補に検討(2016年9月29日 日刊スポーツ)
  38. ^ ベルマーレ本拠地移転 検討 12月までに候補地答申(2017年1月21日 東京新聞)
  39. ^ ベルマーレ本拠地移転 平塚など4市10カ所候補(2017年4月20日 東京新聞)
  40. ^ ベルマーレ、ホーム移転の動き加速 平塚「残留」へ熱意届くか(2017年5月30日 東京新聞)

関連項目

外部リンク