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🏓|44歳サムソノフ「テニスは国際大会開催。卓球もその道に」本格的な大会再開へ意見


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44歳サムソノフ「テニスは国際大会開催。卓球もその道に」本格的な大会再開へ意見

 
内容をざっくり書くと
サムソノフは、2016年のリオ五輪では男子シングルス3位決定戦で 水谷隼 (木下グループ)と対戦し、敗れたものの4位に入賞した実力者だ。
 

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男子シングルス3

水谷隼

水谷 隼(みずたに じゅん、1989年6月9日 - )は、静岡県磐田市生まれのプロ卓球選手、俳優、作家、明治大学政治経済学科卒業。身長は172cm[1][2]、体重は63kg[2]、靴のサイズ27.0cm[2]血液型はB型[1]既婚木下グループホールディングス所属。ITTF世界ランキング最高位=男子シングルス4位。混合ダブルス2位。チームランキング2位。海外リーグ、日本リーグの成績1位。段級位は7段。北京オリンピックロンドンオリンピックリオデジャネイロオリンピック、東京オリンピックの日本代表。日本人初のシングルスでのオリンピックメダリスト。全日本卓球選手権男子シングルスで史上最多優勝10回、史上最多記録13年連続決勝進出、史上最多記録5連覇達成、男子ダブルスでは史上最多タイ自身7回優勝、史上最多タイ記録10回決勝進出、史上最多タイ記録4連覇達成。ジュニアの部史上最多タイ記録。ジュニアの部史上最年少記録。

概歴

幼少期

小さい頃はサッカーバスケットボールバレーボールなど様々なスポーツをしており何をしても万能なタイプだったという。また中学2年の時にプロレスを見て以来プロレスラーに憧れていた時期もある、デスマッチ大仁田厚大日本プロレスからWWEまで幅広くファンになった。両親が卓球経験者であり、兄と妹がいる、父が代表を務める豊田町卓球スポーツ少年団[3]に第1期生として入って5歳から卓球を始める[4]。当初は右利きだったが両親が左の有利性を考え、卓球の利き手を左に矯正した[5]。1年生時に初出場した全日本卓球選手権大会バンビの部(小学校2年生以下)で準優勝し本格的に卓球の道に進んだ。翌年バンビの部で優勝するとその後もカブ、カデットの部と優勝を重ね、中学になると卓球面での環境を考え、福原愛などを擁する青森山田中学校に転校、青森で寮住まいをすることになった。東アジアホープス男子団体では日本初優勝に貢献した。シングルスの結果は不明。

世界に転戦

中学2年で出場した2004年1月の全日本卓球選手権ジュニアの部で優勝(男子では史上最年少)、また一般の部もランク入りし、その天性の柔らかいボールタッチから話題になった。15歳になり青森山田高校に進学した。2005年には15歳10ヶ月という男子史上最年少で世界卓球選手権日本代表に選出された(当時。後に張本智和が更新)。当時の日本代表はアテネオリンピックなどの惨敗を受け、一気に若返りを図り水谷はその中でも最年少であった。当時の水谷は時として世界ランキング上位の選手に勝利を収めることもあった。また、代表の強化選手となったことで、岸川聖也らと共にドイツに留学。ドイツリーグの1部(ブンデスリーグ)でプレーして、一年の大半をドイツで過ごした。しかしイタリアンの店で、3〜4ユーロのピザコーラという食生活で高校1年の時に右脛を疲労骨折。半年間も卓球から離れた。その後バランスの良い食生活の改善に心がけた[6]

2005年の第48回世界卓球選手権個人戦では当時世界ランク8位、アテネオリンピック5位であった荘智淵台湾)をフルゲームの末破った。当時、靖国神社参拝問題などにより日中関係が悪化し上海で行なわれたこの大会で大半の観客が水谷の相手選手である荘智淵に声援を送る中での勝利であった。同じ年に行われたアジア選手権では当時世界ランク2位、アテネオリンピック銀メダリストである王皓中国)を破るなど日本の若きエースとなっていた。しかし、2006年初頭には足を疲労骨折するなどのトラブルもあった[7]

2006年(平成18年)度の全日本卓球選手権では男子シングルス、男子ダブルス、男子ジュニアの部シングルスを制し3冠を達成した。男子ジュニアの部シングルスでは史上最多の3回優勝の記録を残した。このうち男子シングルスでは3連覇を狙った吉田海偉を決勝で破り、史上最年少の17歳7ヶ月での全日本卓球選手権優勝であった(当時。後に張本智和が更新)。またこの優勝で2007年クロアチア・ザグレブでの世界卓球選手権(シングルス)の出場が決定した。

2007年、青森山田高校から「世界で戦うためのサポート体制がいい」と名門卓球部のある明治大学への進学を決め、同大学政治経済学部に入学した。2007年/2008年シーズンはドイツリーグの1部(ブンデスリーグ)のデュッセルドルフに加入[8]

初のオリンピック

2008年の北京オリンピックでは団体で5位入賞、2009年の第50回世界卓球選手権個人戦では岸川聖也とのダブルスで銅メダルを獲得した。またその後に続いた中国オープン、荻村杯では同ダブルスで連続優勝している。またこの年から中国の中国スーパーリーグの浙商銀行に加入[9]。2008年中国スーパーリーグではオリンピック(2012)、ワールドカップ(2011)、世界選手権(2011、2013)で金メダルに輝いた張継科選手に勝利。

2009年、韓国オープンにおいて準々決勝で朱世赫、準決勝でオフチャロフ、決勝で郝帥といった格上の強豪を次々と撃破し、優勝した。また、同年のアジア選手権団体戦では、中国との決勝戦で2-1先攻で迎えた水谷vs許听戦で、最終ゲーム10-7のマッチポイントからデュースに持ち込まれ逆転負けを喫したものの、中国の同年代に対し対等に戦った一戦であった。第5回東アジア競技大会では団体戦で世界ランク1位の中国の王皓を破るなどの活躍を見せ、2010年1月の世界ランキングで初めてトップ10入りを果たした。年を経るにつれ体の細さを補う筋力も徐々につき、本来後ろでプレーすることを好む選手だったが平成20年度の全日本では積極的に前に出て回り込む戦法を心がけ、優勝した。4連覇が懸かっていた平成21年度全日本卓球選手権大会の男子準決勝でも張一博にゲームカウント1-3のポイント7-9まで追い込まれながら、そこから粘りを見せて勝利し、決勝でも吉田をストレートで下し4連覇を果たした。

初優勝を果たした平成18年度から、田崎俊雄、坪口、岸川、張一博といった選手に毎年敗北の際まで追い詰められながらも逆転する、という精神的な強さを見せていた。

2010年の全日本卓球選手権で、男子ダブルスにおいては決勝で松平健太丹羽孝希組に破れて5連覇はならなかったものの、シングルスにおいては初戦から圧倒的な力の差を見せつけ優勝し、史上初の男子シングルス5連覇を達成した。またこの年から再び中国の中国スーパーリーグの四川郵儲・先鋒汽車に加入[10]、この年ITTFワールドツアー・グランドファイナルで初優勝。2010年中国スーパーリーグでは世界選手権金メダル11個取得の王励勤選手に勝利。

2010ワールドカップシングルスでは準決勝で中国の張継科との対戦となった。ゲームセット3ー0とリードしておりあと一本で勝利という場面でサービスのフォルトを取られ1ゲームを落とす。張継科に勢いが戻り4セット連取され逆転負けとなった。3位決定戦ではドイツのティモ・ボルとの対戦となり、3ー4で敗れ4位の結果となった。

世界選抜メンバーに選ばれた。

2011年の全日本卓球選手権では男子シングルスで準決勝まで順当に勝ち上がるものの、決勝で高校3年生の吉村真晴にフルセットの末3-4で敗れ6連覇を阻まれた。先にチャンピオンシップポイント10ー7でリードしていたが、吉村真晴が4連続ポイントと逆転され2位の結果となった。

2011年ワールドカップシングルスでは3位決定戦で韓国のチュ・セヒョクに敗れ4位の結果となった。

2011年世界卓球選手権大会では男子シングルスベスト8の成績を残した。

世界選抜メンバーに選ばれた。

ロンドンオリンピック以降

2012年に明治大学を卒業後、4月1日付でスヴェンソンと所属契約を結んだことがこのほど日本卓球協会より発表された[11]。7月4日付世界ランキングで自己最高の5位となり、ロンドンオリンピックではメダルを期待され自身もメダル目標に掲げて男子シングルスで第3シードとして挑んだ。初戦の3回戦は突破したものの4回戦で敗退しマイナス要素を考えすぎ、不眠症になり無理やり飲酒をし睡眠をとるなどしたためにプレーに影響が出て[12]、団体でもメダルを逃す。なお話題作りで襟足の髪の色を変えて挑んだ。団体戦全勝であった。

2012年世界卓球選手権大会では男子団体でエースとして活躍。銅メダルに貢献した。

全日本選手権では決勝で後輩にあたる青森山田高校の丹羽孝希との対戦になり、ゲームカウント3-4で丹羽孝希の勝利。ファイナルセット9-11と敗れ、2大会連続2位の結果となった。水谷はこの大会コーチ無しで挑んだ。

2012年10月に卓球のラケットのラバーに違法行為である「補助剤」を、多くの選手が使用している卓球界の現状を問題提起した。国際試合への出場を取りやめ、問題の解決を訴えたという[13]。しかし問題の解決には時間がかかり、選手としてプレーをしたいという思いも強く、半年後のワールドツアー・クウェートオープンに参戦し国際試合に復帰する[14]

2013年世界卓球選手権パリ大会でダブルス銅メダル、同年全日本卓球選手権大会では3年ぶり6度目のシングルス優勝を達成した。

2013ワールドカップ男子団体戦では、銅メダルに貢献した。

2013年よりロシア・プレミアリーグのUMMCと契約。10月、青森山田時代からの知遇であったを専属のプライベートコーチとして迎え入れる。

2013年11月22日(いい夫婦の日)に、高校時代に知り合った一般女性と7年の交際を経て結婚、25日に、DIOジャパンとスポンサー契約を結ぶ[15]、2014年には第一子となる長女が誕生し、年末のITTFワールドツアー・グランドファイナルで2度目の優勝。

2014年世界卓球選手権大会では男子団体でエースとして活躍。銅メダルに貢献した。

2014年8月に、DIOジャパンとの契約満了で新たにと契約[16]

2014全日本選手権大会優勝。明治大学の後輩にあたる町飛鳥との対戦。ゲームセット4ー1。

2014ワールドカップシングルスでは3位決定戦でドイツのティモ・ボルとの対戦となった。ゲームセット2ー4で4位の結果となった。

2015全日本選手権大会優勝。明治大学の後輩にあたる神巧也との対戦。ゲームセット4ー0。

2015年世界卓球選手権大会では男子シングルス2度目のベスト8の成績を残した。

2015ワールドカップシングルスでは3位決定戦でドイツのオフチャロフとの対戦となり2ー4で敗れ4位の結果となった。

2014-15年シーズン、所属するロシア・プレミアリーグのUMMCでは全勝優勝を果たす[17]、またはヨーロッパチャンピオンズリーグでは準々決勝で敗退[18]

2016年世界卓球選手権大会男子団体ではエースとして銀メダルに貢献した。

2015-16年シーズン、所属するロシア・プレミアリーグのUMMCはオレンブルクFakel Gazpromに敗れ準優勝[19]

日本人初のオリンピックのシングルスメダリスト誕生

2016年1月同じロシア・プレミアリーグのオレンブルクのFakel Gazpromに移籍。全日本卓球選手権決勝では張一博を4-1で退け、3年連続8回目の優勝を決めた。通算優勝回数はソウルオリンピック代表の斎藤清に並び史上最多タイとなった。ワールドツアー・クウェートオープン男子シングルス準々決勝では中国・許昕との対戦でゲームセット3ー3の10ー4で水谷隼がリードしていたが、許昕が8連続ポイントと逆転され敗れた。

2016年リオデジャネイロオリンピックでは、ノングルー時代になって以来使っていたテナジー64から、更に進化を求めるためテナジー80に変え挑んだ。男子シングルスにおいて、準決勝で世界ランク1位の馬龍(中国)に2-4で敗れたものの、3位決定戦ではブラディミル・サムソノフベラルーシ)に4-1で勝利し、オリンピックシングルスで男女通じて日本人初のメダル(銅メダル)を獲得した。また男子団体においても水谷は、ドイツとの準決勝で過去1勝15敗のティモ・ボルに3-0で勝利、中国との決勝で過去0勝12敗の許昕に3-2で勝利するなどの快進撃を見せ、男子団体に初の銀メダルをもたらし、「用具を変えなければ、勝てなかった」と用具へのこだわりもあらわにした。団体戦全勝であった。リオオリンピックを最後に邱建新との契約が満了[20]

2017年の全日本卓球選手権決勝では吉村和弘を4-1で退け、4年連続9回目の優勝を決めた。通算優勝回数9回は単独で史上最多となった[21]。3月1日より木下グループ所属となる。

2016-17年シーズン所属するオレンブルクはヨーロッパチャンピオンズリーグで優勝[22]、またマレーシアでスタートしたプロリーグ「アジア太平洋リーグ」に参戦。シングルス3位、チーム戦2位の成績を残した。

2018年の全日本選手権では張本智和に2-4で敗れての5年連続10回目の優勝を逃す。2018チームワールドカップ男子団体は欧州チュンピオンズリーグの予定に合わせる形で不参加となった。同年より開始される日本卓球プロリーグTリーグ (卓球)の「木下マイスター東京」に加入することが決まった。全日本選手権男子ダブルスでは大島裕哉とのペアで挑み、史上最多タイ自身7回優勝の結果を残した[23]

2019年の全日本選手権で大島祐哉を4-2で下し、2年ぶり10度目の優勝で、最多優勝記録を更新した。史上最多記録13年連続決勝進出。試合後「今年で最後の全日本選手権にしたい。来年は出場しないと思う」と話した[24]。これ以降、水谷は試合の際に広告板の光などで視界が遮られボールが見えなくなることが気になっていたことからサングラスをかけることがしばしばある。Tリーグでは初代王者に輝き、初代MVPに選ばれた。

2020東京五輪での引退を明言した水谷は、2019年は最後の世界卓球個人戦となったが、前年の世界卓球で敗れた宿敵韓国のチョン・ヨンシクにフルゲームの死闘の末敗れ、自身の目標だと語っていた世界卓球シングルスのメダルを獲得することなくベスト32でこの大舞台を去った。

出場予定だった2019年のワールドカップ(団体戦)を、腰の負傷のため出場を見送った[25]。東京オリンピックシングルスは肩の古傷、腰の悪化、目の異常事態、国際大会側のミスなど不運が続き4大会連続オリンピックシングルス出場を逃した。東京オリンピックでは団体戦、混合ダブルスに出場を内定している。4大会連続オリンピック出場を内定している。

プレースタイル・人物など

シェークハンド、両面裏ラバーオールラウンド型。水谷は幼い頃から天性のセンスを持っており、柔らかいボールタッチと高い予測能力を活かしたプレースタイルを特徴とする。日本卓球の前原正浩強化本部長は「何十年に1人の天性のボールタッチ」と語っている、また日本代表監督のは「小学6年で水谷を初めて見て、ボールタッチがただものではなかった」と回想している[26]

柔らかいボールタッチが磨かれたのは、小学校時代の厳しい練習を苦痛に感じていた水谷が、よりラリーの引き合いができるロビングに楽しさを見出だしたためであった。ラリーにおけるボールコースの読みに優れ、ブロックを有効な戦術として用いることができる選手である。日本卓球協会のコーチであるドイツ語版によればブロッキング・ゲームを主体に戦える数少ない逸材であるという。しかし近年は、前陣について戦うことも増え、毎年時代の流れと共にプレースタイルを変えるためそのことを「ニュー水谷」と呼ばれており、プレーの幅の広さを示している。

得意な技術はサーブ英語版ミドルのブロック、ロビング。特にサーブは20種類ものレパートリーを誇っている。 平成17年度全日本卓球選手権にて松下浩二、北京オリンピック団体戦にて陳衛星にストレートで敗れていたため、カット打ちが課題とされていた。しかし2009年の韓国オープンにて朱世赫を破るなど、克服の兆しが見えている。

自分と同じ左利きの選手を苦手としており、その代表的な選手はマイケル・メイス陳玘許昕ティモ・ボルなどである。ただし許昕に関してはリオオリンピックの団体戦決勝で3-2で、ティモ・ボルに関してはリオオリンピックの団体戦準決勝で3-0と、大舞台で勝利している。

中学1年生の時から試合の時はパンツを着用していない。磐田城山中時代に参加した日本協会の強化合宿で、青森山田中高の選手たちがパンツを穿いていないことを知り、水谷もその合宿から穿かなくなった[27]。水谷はこれを「青森山田高校の伝統」と説明しているが、同じ高校出身の丹羽孝希は否定している[28]

試合を欠場するほど大きなケガに関しては円熟期に達してからは少なくなったがツアー、所属チームへの転戦でスケジュールが過密になっているためにストレスなどで口唇ヘルペスに悩まされている。2015年の冬には5度目の発症[29][30]をし2017年2月にも再発している[31]

上記の通りプロレス好きで2017年1月には東京スポーツ正月特別号で大仁田厚と対談を行った[32]、また趣味は筋トレ[1]

ドミトリ・オフチャロフは親友であり長らくライバル関係で国際大会では何度も対戦している。

またスマホゲームも趣味としており、人気youtuberとコラボすることなどもある。

2019年9月、19歳少女が水谷選手からホテルでキスをされたという告発記事が週刊誌に掲載される。少女の交際相手とされる男から、現金数百万円を要求され、少女と男2人が恐喝罪で逮捕されるという事件に巻き込まれた。

戦績

  • 2004年
  • 2005年
    • 平成16年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス ベスト32・ジュニア準優勝
    • 第48回世界卓球選手権個人戦 男子シングルス ベスト32
    • 世界ジュニアサーキット 男子シングルス 優勝3回
    • 第3回世界ジュニア選手権 男子シングルス 準優勝、団体優勝
  • 2006年
    • 平成17年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス ベスト8・ジュニア優勝
  • 2007年
    • 平成18年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(初)・男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)・ジュニア優勝
    • 第49回世界卓球選手権個人戦 男子シングルス ベスト32、ダブルス ベスト8
    • 第18回アジア卓球選手権大会 団体戦2位
  • 2008年
    • 平成19年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(2度目)・男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
    • 第49回世界卓球選手権団体戦 3位
    • 北京オリンピック 男子シングルス3回戦敗退(ベスト32)・男子団体戦敗者復活2回戦敗退(5位)
    • アジアカップ男子シングルス 4位
  • 2009年
    • 平成20年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(3度目)・男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
    • 第50回世界卓球選手権個人戦(横浜大会) 男子ダブルス3位(岸川聖也ペア)
    • ITTFプロツアー・チャイナオープン 男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
    • ITTFプロツアー・荻村杯 男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
    • ITTFプロツアー・韓国オープン 男子シングルス優勝
    • 第19回アジア卓球選手権大会 団体戦2位
    • 第5回東アジア競技大会 卓球競技 団体戦2位・男子ダブルス2位(岸川聖也ペア)
  • 2010年
    • 平成21年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(4度目)・男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
    • 大林カップ第15回会長杯ジャパントップ12 優勝
    • 第50回世界卓球選手権(モスクワ大会) 男子団体 3位
    • ITTFプロツアー・ハンガリーオープン 男子シングルス優勝
    • 第16回アジア競技大会(広州)団体3位、シングルス3位
    • ITTFプロツアー・グランドファイナル(ソウル大会) 男子シングルス優勝
    • ワールドカップ男子シングルス 4位
  • 2011年
    • 平成22年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(5度目)・男子ダブルス準優勝(岸川聖也ペア)
    • 大林カップ第16回会長杯ジャパントップ12 優勝
    • 第20回日本卓球リーグ・ビッグトーナメント(石川大会) 優勝
    • 第51回世界卓球選手権個人戦(ロッテルダム大会) 男子シングルスベスト8 男子ダブルスベスト16
    • ワールドカップ男子シングルス 4位
  • 2012年
    • 平成23年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス準優勝・男子ダブルス優勝(岸川聖也ペア)
    • ITTFワールドツアー・クウェートオープン 男子シングルス優勝
    • 男子団体 準優勝[33]
    • 第51回世界卓球選手権団体戦(ドルトムント大会) 男子団体 3位
    • ITTFワールドツアー・ジャパンオープン(荻村杯) 男子シングルス優勝
    • ロンドンオリンピック 男子シングルスベスト16 団体戦5位
  • 2013年
    • 平成24年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス準優勝
    • 第22回日本卓球リーグ・ビッグトーナメント(愛媛大会) 優勝
    • ワールドカップ男子団体 銅メダル
    • 東アジア選手権男子団体3位
  • 2014年
    • 平成25年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(3年ぶり6度目)
    • 大林カップ・第19回ジャパントップ12卓球大会 優勝
    • 第27回卓球アジアカップ2014 3位
    • 第52回世界卓球選手権団体戦(東京大会) 男子団体 3位
    • ITTFワールドツアー・グランドファイナル(バンコク大会) 男子シングルス優勝
    • ワールドカップ男子シングルス 4位
  • 2015年
    • 平成26年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(2年連続7度目)・男子ダブルス準優勝(岸川聖也ペア)
    • 第53回世界卓球選手権個人戦(蘇州大会) 男子シングルスベスト8
    • ITTFワールドツアー・オーストリアオープン 男子シングルス優勝
    • ワールドカップ男子シングルス 4位
  • 2016年
    • 平成27年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(3年連続8度目)・男子ダブルス優勝(吉田雅己ペア)
    • 第53回世界卓球選手権団体戦(クアラルンプール大会) 男子団体 2位
    • リオデジャネイロオリンピック男子シングルス 3位・男子団体 2位
  • 2017年
    • 平成28年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(4年連続9度目)
    • ワールドカップ男子シングルス ベスト8
  • 2018年
    • 平成29年度全日本卓球選手権大会 男子ダブルス優勝(大島祐哉ペア)
    • ジャパントップ12卓球大会 優勝
    • ITTFワールドツアー・カタールオープン 男子ダブルス準優勝(大島祐哉ペア)
    • ワールドツアーグランドファイナル男子シングルス3位
  • 2019年
    • 平成30年度全日本卓球選手権大会 男子シングルス優勝(10度目)
    • ITTFワールドツアー・ブルガリアオープン 混合ダブルス優勝(伊藤美誠ペア)
    • ITTFワールドツアー・グランドファイナル 混合ダブルス準優勝(伊藤美誠ペア)
  • 2020年
    • ITTFワールドツアー・ドイツオープン 混合ダブルス準優勝(伊藤美誠ペア)
    • ITTFワールドツアー・カタールオープン 混合ダブルス優勝(伊藤美誠ペア)

成績

※最高成績

シングルス

ダブルス

  • 世界卓球選手権 銅メダル(2009,2013)
  • ワールドツアー 2回優勝
  • 最高世界ランク=男子ダブルス ?位

混合ダブルス

  • 世界卓球選手権 ベスト16(2009)
  • ワールドツアー・グランドファイナル 2位(2019)
  • ワールドツアー 2回優勝
  • 最高世界ランク=混合ダブルス 2位

団体戦

対戦成績

ITTF公式戦における主要選手とのシングルス対戦成績[35]。 太字は最高世界ランク1位の選手

※2020年3月現在

世界ランキング

1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2003年573546530524528451
2004年334314310306304299282283282215182176
2005年181185183118111112112119989783
2006年8286888993959191939696102
2007年989491959467697258403230
2008年292928242223222122232629
2009年292926222020171711121112
2010年10111011119981010910
2011年777776686678
2012年9987775567710
2013年1089101011141315141413
2014年1313111088887755
2015年555555565666
2016年676766665555
2017年546666768767
2018年131414111313131212121913
2019年101010131314131413131314
2020年16151517

Tリーグの成績

所属チーム背番号種目試合数勝利敗戦種目試合数勝利敗戦
2018-19木下マイスター東京#0シングル19試合14勝5敗 ダブルス15試合7勝8敗

受賞

メディア関連

映画

著書

関連書籍

スポンサー

関連項目

  • 伊藤美誠 - 同郷、伊藤は幼いころ豊田町卓球スポーツ少年団に通っていたために水谷は伊藤の小さいころから家族ぐるみの付き合いがある[40]
  • ミックス。 - 2017年の卓球の混合ダブルスを題材にした映画、本人役で石川佳純らとともに出演している。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d “木下グループ スポーツ支援”. 木下グループ. http://kinoshita-group-sports.com/tabletennis/ 
  2. ^ a b c d e “水谷 隼PROFILE - ビーコン・ラボ”. . http://beacon-lab-entertainment.com/talent/junmizutani 
  3. ^ プロフィール 豊田町卓球スポーツ少年団 公式サイト
  4. ^ 豊田町卓球スポーツ少年団創立20周年 水谷隼オフィシャルブログ 2014年8月11日閲覧
  5. ^ 夢と感動と愛を与えた日本卓球界の偉人5人”. 【SPAIA】スパイア (2016年7月23日). 2020年11月14日閲覧。
  6. ^ 卓球・水谷も抗議 中国卓球の“違法ラバー” デイリー新潮 2016年10月8日閲覧
  7. ^ ジュニア男子は水谷が連覇/卓球 日刊スポーツ 2007年1月20日
  8. ^ 水谷・岸川・高木和卓・大矢がドイツ1部でプレー - 卓球王国WEB、2017年03月16日閲覧
  9. ^ 08超級リーグの登録メンバー発表-1 - 卓球王国WEB、2017年02月04日閲覧
  10. ^ 超級男1節、水谷隼が四川省チームから出場 - 卓球王国WEB、2017年02月08日閲覧
  11. ^ 水谷はスヴェンソン所属に 卓球代表4人が今春変更 産経新聞 2012年3月22日閲覧
  12. ^ 水谷隼、メダルあと1勝「とれなかったら一生悔い」 - 卓球 : 日刊スポーツ 日刊スポーツ 2016年12月30日閲覧
  13. ^ Number web日本卓球界の至宝、覚悟の告発
  14. ^ 打倒中国へ国際大会復帰 水谷隼「不 正ラバーに絶対負けない」
  15. ^ “水谷隼が株式会社DIOジャパンとスポンサー契約を締結!”. 卓球王国. (2017年2月5日). http://world-tt.com/ps_info/ps_report_detail.php?&pg=HEAD&page=BACK&bn=000001&rpcdno=1215 
  16. ^ “卓球の水谷、所属先を変更 DIOからビーコン・ラボ所属に  :日本経済新聞”. 日本経済新聞 . (2017年2月5日). http://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK20380_S4A810C1000000/ 
  17. ^ “ロシアリーグ 水谷の活躍でUMMCが全勝優勝”. 卓球王国. (2017年6月22日). http://world-tt.com/ps_info/ps_report_detail.php?&pg=HEAD&page=BACK&bn=3&rpcdno=448#448 
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外部リンク


 

 

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