ポータルフィールドニュース

ポータルフィールドニュース

in ,

⚾|【社会人野球】開幕から波乱…昨年王者のJFE東日本が初戦敗退、日ハムドラ6今川は無安打で終戦


写真 先制適時打で盛り上がる三菱自動車倉敷オーシャンズベンチ【写真:荒川祐史】

【社会人野球】開幕から波乱…昨年王者のJFE東日本が初戦敗退、日ハムドラ6今川は無安打で終戦

 
内容をざっくり書くと
初戦で昨年優勝のJFE東日本が登場したが、16年ぶりに出場した三菱自動車倉敷オーシャンズに1-3で破れて初戦敗退。
 

16年ぶり出場の三菱自動車倉敷オーシャンズ戦、先発の本田が2回までに3失点第91回都市対抗野球大会が… →このまま続きを読む

 Full-Count


Wikipedia関連ワード

説明がないものはWikipediaに該当項目がありません。

初戦敗退

三菱自動車倉敷オーシャンズ

三菱自動車倉敷オーシャンズ(みつびしじどうしゃくらしきオーシャンズ)は、岡山県倉敷市に本拠地を置き、日本野球連盟に所属する社会人野球の企業チームである(但し後述のとおり一時期クラブチーム登録だった時代あり)。

略歴

1947年三菱重工業の水島製作所で『三菱重工水島硬式野球部』として創部し、1968年都市対抗野球に初出場を果たした。

1970年、三菱重工業が自動車部門を三菱自動車工業として独立させたため、チーム名を『三菱自動車水島硬式野球部』に改称した。

1986年日本選手権に初出場し、1990年には22年ぶりに都市対抗野球に出場した。

2001年オフに断行された三菱自動車工業の野球部統廃合の一環として、同チームは2003年からは同一の名称でクラブチームとして運営されることになった。

2004年からはチーム名を『三菱自動車水島硬式野球クラブ』としていたが、クラブ化されて本社からの財政的援助が受けられなくなり、また同年に発覚した三菱自動車工業の一連の不祥事を受け、同年の都市対抗野球の本戦出場を決めた直後、チーム名を『倉敷オーシャンズ』に変更し[1]、出場した。なお、三菱自動車水島時代にユニフォームにプリントされていたスリーダイヤのマークは、倉敷オーシャンズとなった現在も袖の部分に小さくプリントされている。

2007年、同じ倉敷市内で活動する創部2年目の倉敷ピーチジャックス都市対抗岡山県・鳥取県1次予選で敗れ、21年ぶりの1次予選敗退という屈辱を味わったが、その雪辱に燃えた日本選手権予選では倉敷ピーチジャックスを破り、中国地区予選でも全勝で本大会出場を決めた。

2009年、「三菱の名前で応援したい」という社員の声により、チーム名を『三菱自動車倉敷オーシャンズ』に変更し[2]、5年ぶりに三菱の名前が復活した。

2016年、再び会社登録の企業チームとなった[3]。しかし、同年春に発覚した三菱自工本社の燃費データ改ざんに伴い、第87回都市対抗野球大会予選大会出場を辞退した[4]

2020年、チームとして16年ぶり、三菱の名前では19年ぶりとなる都市対抗野球に出場した。

設立・沿革

  • 1947年 - 三菱重工業の水島製作所で『三菱重工水島』として創部。
  • 1968年 - 都市対抗野球に初出場。
  • 1970年 - 三菱グループの自動車製造部門が分社化し三菱自動車工業となったことに伴い、チーム名を『三菱自動車水島』に改称。
  • 1986年 - 日本選手権に初出場。
  • 2003年 - クラブ登録となる(チーム名は変更せず)。
  • 2004年 - チーム名を『三菱自動車水島硬式野球クラブ』に改称。都市対抗野球中国地区予選後にチーム名を『倉敷オーシャンズ』に改称。
  • 2009年 - 社員の声により、チーム名を『三菱自動車倉敷オーシャンズ』に改称。
  • 2016年 - 再び会社登録となる。同年春に発覚した三菱自工本社の燃費データ改ざん問題に伴い、第87回都市対抗野球大会の予選大会出場を辞退。

主要大会の出場歴・最高成績

主な出身プロ野球選手

かつて在籍していた主な選手

脚注

  1. ^ チーム情報 登録・変更情報 2004年”. 日本野球連盟. 2016年6月12日閲覧。
  2. ^ チーム情報 登録・変更情報 2009年”. 日本野球連盟. 2016年6月12日閲覧。
  3. ^ チーム情報 登録・変更情報 2016年”. 日本野球連盟. 2016年6月12日閲覧。
  4. ^ 三菱自動車2チーム 燃費データ改ざん受け都市対抗予選辞退”. スポニチ (2016年5月11日). 2016年6月12日閲覧。

関連項目

外部リンク


 

Back to Top
Close