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⚽|「創立3年、監督22歳」急成長中、福山シティの秘密とは…田中憧選手に直撃!


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「創立3年、監督22歳」急成長中、福山シティの秘密とは…田中憧選手に直撃!

 
内容をざっくり書くと
天皇杯ではバレイン下関、三菱水島FC、アルテリーヴォ和歌山を次々と撃破。
 

現在行われている第100回天皇杯でもっとも注目を集めているクラブが、広島県代表の「福山シティFC」だ… →このまま続きを読む

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三菱自動車水島FC

三菱自動車水島FC(みつびしじどうしゃみずしまエフシー、Mitsubishi Motors Mizushima F.C.)は、岡山県倉敷市で活動する社会人サッカークラブ。

日本フットボールリーグ (JFL) 参戦当時は「三菱水島FC」の呼称を用いていたが、現在は「三菱自動車水島FC」の呼称としている。メディア等では「三菱自水島」の略称で呼ばれることもある[1]

概要

母体は三菱自動車工業水島製作所。多くの選手が期間工として働いている[1]

1946年に「三菱自工水島FC」として創部。1990年代に入ると中国サッカーリーグで強豪チームとなり、2005年シーズンからJFLに5年間参加。2010年のみ下記歴史の事情により1年間は岡山県リーグ1部、以降中国リーグに在籍している。

チームカラーは「赤」。ギリシャ語ダイヤモンドの語源であり、英語では「断固とした・強固な」という意味を有する「レッドアダマント」の愛称を持っている。マスコットキャラクターは、桃太郎をモチーフとした「桃助」、「こももちゃん」、「まもる君」。

かつては女子サッカーチーム「レッドアダマントFC」が存在していたが2008年度を以て廃止された。

歴史

1946年、終戦で荒廃した水島地区の地域レクリエーションの向上を目指して「三菱自工水島FC」として設立され、1965年から岡山サッカーリーグに在籍。県内の実業団サッカーをリードするチームとして長年活躍。1979年中国サッカーリーグ昇格を果たしたが、1982年に岡山県リーグに降格。

その後1990年に8年ぶりの中国リーグ復帰を果たしてからは常にリーグ上位に君臨。1992年に初優勝して以来2004年まで5回の優勝を達成。2004年度の第28回全国地域リーグ決勝大会で初優勝を果たし、JFL昇格が決定した。

これを機に地域密着型チーム運営を目指すことになった。ただJFL昇格後の成績は芳しくなく、多くの選手が期間工として2交替勤務で1週間おきに夜勤があるため、なかなかベストメンバーで試合ができず、チームは下位に低迷した[1]

JFL昇格1年目の2005年は勝ち点8で16チーム中最下位だった。特に後期は勝ち点を3しか上げられず、2005年から2006年にかけて15連敗を喫することになる。ちなみに三菱水島が2005年から2006年に記録した15連敗はJFLのリーグワースト記録である。

2006年も苦しい戦いとなり前期は17位と残留争いに巻き込まれたが、後期は12位と持ち直した。最終順位は17位となるも、佐川急便東京SC佐川急便大阪SCの合併で全国地域リーグ決勝大会上位チームとの入替戦の対象が18位チームだけになったこともあり、JFL残留を果たした。

2007年は前期9位と健闘し、最終成績15位で残留を果たす。

2008年は降格圏内に低迷、しかし上位チームのJ2昇格(栃木SCカターレ富山ファジアーノ岡山FC)に伴い引き続きJFL残留を果たしている。同年にはファジアーノ岡山FCとの岡山ダービーが実現した。

2008年末、世界的な経済情勢の悪化から、今後の活動について運営費削減および活動縮小が懸念された。これに対し、ホームスタジアム・岡山県笠岡陸上競技場のある笠岡市が、同クラブが地域スポーツ振興の中核的な存在であるとして活動存続を要望した[2]

2009年も引き続きJFLに在籍したものの、所属選手の半数近くが雇用保険やアルバイトで生計を立てる状況で[3]、チームも最下位に低迷。さらには遠征費どころかJFL加盟料を捻出する事が困難な状況になったため、同年9月30日JFL事務局に脱退する書面を提出、同年10月30日JFL臨時評議員会にて認められ、成績にかかわらず降格が決定した[4][5]。三菱自動車では長引く不況の影響で、社営水島病院が廃院閉鎖に追い込まれるなど、リストラ策が進められており、本業以外に対する支出に厳しい目が向けられていた。

降格以外の理由でのJFL脱退であるため、全国社会人サッカー連盟の規約上中国リーグ側から参加登録を拒否されたこともあり、2010年はさらにその下の都道府県リーグである岡山リーグ1部に参加することとなった[6]

2010年、岡山県リーグ1部を無敗で優勝。中国地域県リーグ決勝大会で準優勝し、2011年から中国リーグに昇格した。

2016年6月、三菱自動車による燃費データの改竄問題を受けて岡山県サッカー選手権大会(天皇杯県予選)への参加を辞退した[7]。10月、第52回全国社会人サッカー選手権大会で優勝。11月の全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2016では1次ラウンドを3戦全勝したが、決勝ラウンドでは3戦全敗に終わり、大会を4位で終えた。

2017年、13年ぶりに中国リーグ優勝。全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2017では、1次ラウンドBグループでFC TIAMO枚方アミティエSC京都に連敗。最終戦を待たずにグループリーグ敗退が決まった。

年度別成績・歴代監督

年度所属順位チーム数勝点試合得点失点監督クラブ名
1978岡山県1部2位三菱自工水島FC
1979中国7位871431102022-2
19807位811143561222-10
19818位8614149828-20
1982岡山県1部優勝
1983優勝
1984優勝
19852位
1986優勝
1987
1988優勝
1989優勝
中国3位92216943412219
3位8221464424177
優勝834141112361422
2位82614824371621
2位8261482434268
2位82714761301416
3位82614824422220
4位8221462PK勝,0631283
3位8281491PK敗4381820
優勝83514112PK敗1381820
2位8311483PK勝,1PK敗2462026
2位7221271PK敗4241212
2002優勝8291091PK勝037928
優勝83714121PK敗134727
2004優勝84114131PK勝040634日本の旗
2005JFL16位1683022262485-61三菱自動車水島FC
200617位18273476213274-42
200715位183534112213653-17
200818位18163437243076-46
200918位18183446242869-41
2010岡山県1部優勝133412111044836
2011中国4位1037181215473314
20125位10261875645432
20137位1017184592637-11
20143位1033181035412318
20153位1040181314382216日本の旗
20163位1032181026492524
2017優勝1046181512471829
20182位1032181026462521
20192位1047181521601347
2020新型コロナウイルスの影響により中止[8]

主な結果・タイトル

リーグ戦

  • 中国サッカーリーグ
    • 優勝(6回):1992, 1999, 2002, 2003, 2004, 2017
    • 準優勝(7回):1993, 1994, 1995, 2000, 2001, 2018, 2019

カップ戦

所属選手・スタッフ

2021年

スタッフ

役職名前前職備考
総監督日本の旗三菱自動車水島FC 監督
監督日本の旗三菱自動車水島FC コーチ
助監督日本の旗三菱自動車水島FC ヘッドコーチ
ヘッドコーチ日本の旗オーストラリアの旗 英語版 選手選手兼ヘッドコーチ
コーチ日本の旗吉備国際大学選手兼コーチ
コーチ日本の旗 山下聡也三菱自動車水島FC ヘッドコーチ
トレーナー日本の旗三菱自動車水島FC 選手

選手

PosNo.選手名前所属備考
GK1日本の旗創志学園高校新加入
21日本の旗就実高校新加入
30日本の旗 滝裕徳高知ユナイテッドSC
31日本の旗桃山学院大学新加入
DF2日本の旗ファジアーノ岡山U-18
3日本の旗環太平洋大学
4日本の旗吉備国際大学選手兼コーチ
5日本の旗秀岳館高校
14日本の旗R.K.クラシック
16日本の旗秀岳館高校新加入
22日本の旗専修大学新加入
23日本の旗作陽高校
27日本の旗オーストラリアの旗 英語版
28日本の旗ファジアーノ岡山FC U-18
MF7日本の旗環太平洋大学
8日本の旗 キャプテン岡山龍谷高校キャプテン
9日本の旗環太平洋大学
13日本の旗
15日本の旗吉備国際大学
17日本の旗作陽高校
18日本の旗ファジアーノ岡山FC U-18新加入
19日本の旗作陽高校
20日本の旗パナソニック岡山サッカー部新加入
24日本の旗川崎医療福祉大学新加入
25日本の旗パナソニック岡山サッカー部新加入
33日本の旗吉備国際大学
34日本の旗小豆島中央高校
FW6日本の旗デッツォーラ島根EC
10日本の旗オーストラリアの旗 英語版選手兼ヘッドコーチ
11日本の旗秀岳館高校
26日本の旗 石川隆汰パナソニック岡山サッカー部新加入

背番号変遷

1-10

12345678910
2021
2020
2019-
2018山下聡也丸山拓志
2017坂口遥西林直輝
2016
2015
2014--
2013
2012--
2011坂口遥
2010---
2009永冨裕尚萩生田真也山下聡也波夛野寛熊田圭佑川口正人日笠山優清水俊典
2008三宅一徳丸山拓志中川心平曽根祐一
2007野村正和渡辺晋平曽根祐一丸山拓志高畑龍太
2006渡辺聡檜垣信義沖本尚之
2005小野敦生大豆寄勝正原賀啓輔
2004
12345678910

11-20

11121314151617181920
2021サポーターズナンバー
2020
2019-
2018
2017
2016
2015-
2014山本篤志-
2013岩山寛人
2012
2011唐木航太-
2010--河村旬記-
2009菅康介荒井太輔井上圭佑
河村勝
井田健太郎松下晋也
渡辺貴之
木村大輔後藤裕馬
2008尾後貫淳松永一慶井手健太郎森前健市川裕太
2007松岡大輔菅康介小林靖典唐木航太
小原一展木村卓也
2006高松剛太郎和泉新高畑浩二-大豆寄勝正
2005岩田尚記渡辺勇気苔口陽介川原周剛高松健太郎加藤寿一
2004
11121314151617181920

21-30

21222324252627282930
2021石川隆汰-滝裕徳
2020-
2019----
2018
2017渡部亮武-
2016-----
2015
2014丸井孝文-
2013石川裕起-
2012--
2011--岩山寛人--佐々木陽
2010-
2009上田隆央松岡宏晃瀬藤淳鈴木康崇田平謙篠原和也池ノ谷晋里
2008折見健治陳明俊
2007高松健太郎池田英井手健太郎中川心平岸田茂樹田崎拓真松永一慶森前健
2006石川大-井田健太郎--
2005高松剛太郎山下聡也曽根祐一川口正人
2004
21222324252627282930

31-40

31323334353637383940
2021-------
2020-
2019-
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011森安洋文
2010---
2009丸井孝文齋藤良平下村尚文須崎奨尾上勇也
2008徐暁飛田丸誠阿部直人奥山卓廊池田光忠
2007折見健治木村大輔日笠山優田平謙岩山寛人上田隆央高原翔吾瀬藤淳
2006永冨裕尚-丸山拓志-市川裕太--
2005牟田将士五藤幸範野村正和
2004
31323334353637383940

41-

41424344454647484950
2021----------
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014-
2013
2012
2011
2010
2009冨江悠
2008-
2007
2006菅康介
2005東大陽秋好大知土屋健太郎
2004------
41424344454647484950

スタジアム

中国リーグ時代は以下の通り。

JFL時代は5000人以上収容スタンドが求められていたこともあり、公式戦会場は以下の通り。

ユニフォーム

ユニフォームの色
カラーシャツパンツストッキング
FP(1st)赤×黒
FP(2nd)
GK(1st)水色水色水色
GK(2nd)
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

クラブカラー

  •  

ユニフォームスポンサー

掲出箇所スポンサー名表記掲出年備考
創宅SOUTAKU2012年 -
鎖骨なし--
背中上部両備ホールディングス両備バス
背中下部一井工業ICHiI2018年 -
Car Freak MAXCar Freak
MAX
2012年 -
パンツ明治安田生命保険明治安田生命2008年 - 2011年は袖とパンツ

ユニフォームサプライヤ

歴代ユニフォームスポンサー年表

年度鎖骨背中上部背中下部パンツサプライヤー
2006(OH!くんバス)-両備バス-ISP明治安田生命KARDERI
2007
2008OHK明治安田生命ASICS
2009
2011
2010
2011
2012SOUTAKUCar Freak
MAX
FUTURIST
2013
2014
2015
2016
2017
2018ICHiI
2019
2020

オフィシャルスポンサー

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 山陽新聞 (2008年12月5日). “JFL三菱自水島 不振の4季目振り返って”. 2008年12月5日閲覧。
  2. ^ 中国新聞 (2008年12月23日). “笠岡市長が水島FC存続要望”. 2008年12月23日閲覧。
  3. ^ 同年1月現在で所属選手35人中、正規従業員17人。山陽新聞 (2009年1月15日). “「不況に屈さぬ」三菱自水島サッカー部 今季JFLへ始動”. 2009年1月15日閲覧。
  4. ^ 山陽新聞 (2009年11月3日). “三菱自水島JFL脱退 今季限り不況など影響”. 2009年11月5日閲覧。
  5. ^ JFL公式 (2009年11月2日). “三菱水島FCのJFLからの脱退について”. 2009年11月2日閲覧。
  6. ^ 山陽新聞 (2010年2月1日). “今季は岡山県1部 岡山社会人サッカー”. 2010年2月3日閲覧。
  7. ^ 47NEWS山陽新聞) (2016年6月14日). “サッカー三菱自水島が天皇杯辞退”. 2016年6月26日閲覧。
  8. ^ 代替大会の「CSL Championship2020」に出場。予選リーグBグループ1位(2勝1分)、決勝トーナメント準決勝敗退。

関連項目

外部リンク

天皇杯

天皇杯(てんのうはい)は、日本において様々な競技などで優勝した者に対して授与される賜杯トロフィー)のこと。また、その賜杯が授与される大会名。

概要

本来は天皇賜杯天皇から賜った記念杯)という名称が正しいが、大相撲軟式野球などを除き天皇杯(盃)と呼ぶのが一般的である[注釈 1]菊花紋章が配された銀製のトロフィーである。

宮内庁から競技大会を運営する団体に対して下賜されており、天皇杯は宮内庁に認められた証となるため、その競技に権威を与えている。下賜は原則として1競技につき1つ[注釈 2]で、国内を統括する団体に与えられており各競技の日本選手権大会で優勝した選手チーム)に授与される場合が多い。例外として、硬式野球1926年(大正15年)に皇太子摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)によって東京六大学野球連盟へ摂政杯が下賜されていた経緯もあり、同連盟に天皇杯が下賜されていて同リーグの優勝チームに与えられている。バレーボールサッカーのように賜杯を授与する大会が変わるケースもある。

ここでいう競技とはスポーツ競技のみではなく、農林技術などの競技も含まれる。天皇杯の下賜が行われていた頃は原則としてアマチュア競技のみが対象となっていたが、現在ではプロ・アマは関係無くなっている。

男女別に行われる競技では、男子に天皇杯が下賜されている場合、女子に対して皇后が下賜されるケースも存在する。しかし、必ずしも男女ともに下賜されるわけではなく、競技によっては男子のみの下賜となっている[注釈 3]。また、レスリングのように男女通じて選ばれた競技者に対して天皇杯が下賜されるケースも存在する。

歴史

近代スポーツ史において天皇杯の下賜を受けた最初の事例は競馬にあり、1880年明治13年)6月9日横浜居留外国人で組織された日本レースクラブが主催し、明治天皇から銀製の花瓶が下賜された「Mikado's Vase」競走を嚆矢とする[1]。馬事一般に興味が深かった明治天皇は横浜競馬に対して酒杯や花器などの賞品をたびたび下賜し、これらが争われた競走はいずれも英語で「The Emperor's Cup」や「The Emperor's Gift」などと呼ばれた[2]。競馬の天皇賞はこれらの競走の流れを受け継いだもので、直接的な起源は1905年(明治38年)に日本レースクラブが菊花御紋付銀製花盛器の下賜を受けて横浜競馬場で開催した「エンペラーズカップ(のちの帝室御賞典)」である[3]

太平洋戦争後すぐの頃までは、直接トロフィーやを下賜されるケースのほか、下賜金を元に作成されたトロフィーも同様に呼ばれていたが、現在はトロフィーや楯を下賜されたもののみを天皇杯と呼ぶことになっている。

下賜されている所持団体

天皇杯(盃)・皇后杯(盃)

団体名下賜された年月日授与される対象
公益財団法人日本サッカー協会天皇杯:1948年(昭和23年)7月
皇后杯:2012年(平成24年)10月24日
天皇杯:天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会の優勝チーム
皇后杯:皇后杯 JFA 全日本女子サッカー選手権大会の優勝チーム
公益財団法人日本スポーツ協会天皇杯:1948年(昭和23年)
皇后杯:1948年(昭和23年)
天皇杯:国民体育大会の冬夏秋の全大会を通じて男女総合成績第1位の都道府県
皇后杯:同女子総合成績1位の都道府県
公益財団法人日本バレーボール協会天皇杯:1950年(昭和25年)
皇后杯:1950年(昭和25年)
天皇杯:全日本バレーボール選手権大会男子優勝チーム
皇后杯:同女子優勝チーム
公益財団法人全日本柔道連盟1952年(昭和27年)天皇盃:全日本柔道選手権大会優勝者
皇后盃:皇后盃全日本女子柔道選手権大会優勝者
一般財団法人全日本剣道連盟天皇盃:1958年(昭和33年)7月28日
皇后盃:1997年(平成9年)
天皇盃:全日本剣道選手権大会優勝者
皇后盃:全日本女子剣道選手権大会優勝者
公益財団法人全日本弓道連盟天皇盃:1960年(昭和35年)11月11日
皇后盃:1997年(平成9年)
天皇盃:全日本弓道選手権大会男子優勝者
皇后盃:同女子優勝者
公益財団法人日本卓球協会1948年(昭和23年)天皇杯:全日本卓球選手権大会男子シングルス優勝者
皇后杯:同女子シングルス優勝者
公益財団法人日本ソフトテニス連盟1948年(昭和23年)天皇賜杯:全日本ソフトテニス選手権大会男子の部優勝者
皇后賜杯:同女子の部優勝者
一般社団法人日本車いすテニス協会天皇盃・皇后盃:2018年(平成30年)3月天皇杯:飯塚国際車いすテニス大会男子シングルス優勝者
皇后杯:同女子シングルス優勝者
公益財団法人日本バスケットボール協会1948年(昭和23年)天皇杯:天皇杯全日本バスケットボール選手権大会優勝チーム
皇后杯:皇后杯全日本バスケットボール選手権大会優勝チーム
一般社団法人日本車いすバスケットボール連盟天皇盃・皇后盃:2018年(平成30年)3月天皇杯:日本車いすバスケットボール選手権大会優勝チーム
皇后杯:日本女子車いすバスケットボール選手権大会優勝チーム
公益財団法人日本陸上競技連盟天皇盃・皇后盃:2009年(平成21年)8月4日天皇盃:天皇盃全国都道府県対抗男子駅伝競走大会優勝チーム
皇后盃:皇后盃全国都道府県対抗女子駅伝競走大会優勝チーム
公益財団法人全日本空手道連盟天皇盃・皇后盃:2016年(平成28年)5月17日天皇盃:全日本空手道選手権大会男子個人組手優勝者
皇后盃:同女子個人組手優勝者

天皇杯(盃)のみ

団体名下賜された年月日授与される対象
公益財団法人日本相撲協会1925年(大正14年)[注釈 4]大相撲本場所における幕内最高優勝者
一般財団法人東京六大学野球連盟1946年(昭和21年)東京六大学野球リーグ戦の優勝チーム
日本中央競馬会1947年(昭和22年)[注釈 5][注釈 6]天皇賞優勝馬の馬主[注釈 7]
公益財団法人全日本軟式野球連盟1948年(昭和23年)天皇賜杯全日本軟式野球大会の優勝チーム
公益財団法人日本相撲連盟1966年(昭和41年)全日本相撲選手権大会優勝者
公益社団法人日本学生陸上競技連合1947年(昭和22年)日本学生陸上競技対校選手権大会の男子総合優勝校
公益財団法人日本水泳連盟1947年(昭和22年)日本学生選手権水泳競技大会の男子選手権獲得校
公益財団法人日本体操協会1977年(昭和52年)全日本体操競技選手権大会の男子個人総合優勝者
公益財団法人日本テニス協会1947年(昭和22年)全日本テニス選手権男子シングルス優勝者
公益財団法人日本レスリング協会1977年(昭和52年)全日本レスリング選手権大会の優勝者の中の最優秀選手
公益財団法人全日本スキー連盟1951年(昭和26年)全日本スキー選手権大会ノルディックスキー・距離男子リレーの優勝チーム
公益財団法人日本障がい者スポーツ協会2018年(平成30年)3月全国車いす駅伝競走大会の優勝チーム
公益財団法人日本農林漁業振興会農林水産祭の各部門最上位者

皇后盃のみ

団体名下賜された年月日授与される対象
公益財団法人全日本なぎなた連盟1995年(平成7年)全日本なぎなた選手権大会の優勝者

スポーツ競技以外の天皇杯

農林水産業 

  • 農林水産業の7部門(農産・養蚕園芸畜産林業水産、多角化経営、むらづくり)ごとに、年間を通じた農林水産祭参加表彰行事で特に優秀な実績をあげた生産者等に対して贈られる天皇杯[4]

脚注

注釈

  1. ^ 大相撲の場合は「賜杯」と呼ばれることがほとんどである。又大相撲ではかつて「菊花大銀盃」と言う事もあった。
  2. ^ 相撲は、大相撲日本相撲協会)とアマチュア相撲日本相撲連盟)に下賜されている。
  3. ^ 唯一の例外として、女子を中心とした競技である「なぎなた」は、皇后盃のみを下賜されている。
  4. ^ 皇太子摂政宮裕仁親王(後の昭和天皇)からの下賜金で摂政宮賜杯として作成。
  5. ^ 1905年明治38年)に明治天皇から菊花御紋付銀製花盛器を下賜されたThe Emperor's Cup(のちの帝室御賞典)を起源とする。
  6. ^ 日本中央競馬会では、1937年(昭和12年)秋に東京競馬場で行われた帝室御賞典を、天皇賞の第1回としている。
  7. ^ 馬主には木製の優勝(持ち回り)が授与される。

出典

  1. ^ 早坂(1987)、23頁。
  2. ^ 早坂(1987)、24頁。
  3. ^ 今週の注目レース(第149回天皇賞・春) - JRA公式サイト
  4. ^ 令和元年度(第58回)農林水産祭天皇杯等の選賞について”. 農林水産省 (2019年10月28日). 2020年12月1日閲覧。

参考文献

  • 早坂昇治『競馬異外史 - Sports of Kingsヨコハマに上陸』(中央競馬ピーアール・センター、1987年ISBN 978-4924426207

関連項目


 

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