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⚾|“勝利”に振り回される高校野球。明秀日立・金沢成奉、鬼軍曹が辿り着いた新たな境地 ~高校野球の…


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“勝利”に振り回される高校野球。明秀日立・金沢成奉、鬼軍曹が辿り着いた新たな境地 ~高校野球の…

 
内容をざっくり書くと
坂本勇人(巨人)、田村龍弘(ロッテ)、北條史也(阪神)など、これまでに数多くのプロ野球選手を育て上げた。
 

坂本勇人(巨人)など多くの教え子をプロ野球の世界に送り込んだ、高校野球界きっての名将・金沢成奉(せい… →このまま続きを読む

 REAL SPORTS

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北條史也

北條 史也(ほうじょう ふみや、1994年7月29日 - )は、大阪府堺市南区出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。阪神タイガース所属。

経歴

プロ入り前

小学校4年から野球を始め、堺市立美木多中学校時代は「オール狭山ボーイズ」に所属していた[2]。中学校の2学年先輩に一二三慎太が、小中高時代のチームメイトに田村龍弘がいた[3]

光星学院高等学校では1年からベンチ入りを果たす[2]。2年夏には第93回全国高等学校野球選手権大会に出場し、チーム最多タイの8打点を記録し、チームも準優勝した。明治神宮野球大会では打率.455、1本塁打、7打点の活躍で優勝に貢献。神村学園高戦では大会史上初の逆転サヨナラ満塁ホームランを放った。第94回全国高等学校野球選手権大会では、第67回大会清原和博にあと1と迫る1大会4本塁打を放つなど4番打者として活躍。決勝戦では、後にプロでチームメイトとなる藤浪晋太郎を擁する大阪桐蔭高校と対戦するも、4打数無安打2三振と抑えられ優勝を逃した。甲子園大会では2011年夏から2012年春、2012年夏と3季連続で準優勝を記録するなど、主砲としてチームを引っ張った[2]。高校通算25本塁打[2]。甲子園通算29打点は清原と並んで史上最多。

第25回AAA世界野球選手権大会の日本代表に選出され、世界大会を経験した[2]

2012年のNPBドラフト会議で、阪神タイガースから2巡目で指名され[注 1]、契約金7,000万円、年俸720万円(金額は推定)という条件で入団した[6]。背番号は2

阪神時代

2013年には、遊撃手としてウエスタン・リーグ公式戦84試合に出場。打撃面では打率.199、1本塁打、20打点、守備面では18失策を記録した。シーズン終盤から参加したみやざきフェニックス・リーグでは、実戦で二塁や三塁の守備も経験した[7][8]。現状維持となる推定年俸720万円で契約を更改した[9]

2014年には、7月17日に長崎ビッグNスタジアムで催されたフレッシュオールスターゲームで、ウエスタン・リーグ選抜の「5番・二塁手」としてスタメンで出場。同リーグの公式戦では、102試合に出場するとともに打率.259、2本塁打、23打点、リーグ最多の52四球を記録した。9月29日にプロ入り後初の一軍昇格を果たした[10]が、一軍公式戦への出場機会がないままシーズンを終えた。11月に台湾で開かれた第1回IBAF21Uワールドカップでは、日本代表の一員として全8試合に出場。打率.304、1本塁打、8打点という活躍で、二塁手部門の大会ベストナインに選ばれた[11][12]。オフに、10万円増となる推定年俸730万円で契約を更改した[13]

2015年には、前年のシーズン終了後に、正遊撃手の鳥谷敬メジャーリーグへの挑戦を視野に海外FA権を行使したことから、鳥谷の後継者の1人として期待された。鳥谷は春季キャンプの直前に残留を表明したものの、プロ入り後初めて、春季キャンプを一軍で迎え[14][15]オープン戦の終了まで一軍に帯同した。しかしオープン戦で打率.067(15打数1安打)、0打点と低迷したため、公式戦の開幕を二軍で迎えた。二遊間をポジションとする内野手が複数名加入したチーム事情を背景に、ウエスタン・リーグ公式戦の序盤は、三塁手としてのスタメン出場の機会が例年より増加。打撃も好調で、クリーンアップにも名を連ねるようになった。公式戦通算では、リーグ最多の112試合に出場。打率.243、チーム2位(リーグ7位)の10本塁打、チーム最多(リーグ8位)の43打点を記録した。5月31日の対中日ドラゴンズ戦では、3番打者としてスタメンに起用されると、4番江越大賀、5番梅野隆太郎とのクリーンアップによってチーム35年ぶりの同リーグ公式戦3者連続本塁打を達成している[16]。5月26日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、5月28日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(阪神甲子園球場)5回裏に代打で一軍デビュー。この打席で一塁へのファウルフライに終わり[17]、5月29日に登録を抹消されたため、一軍公式戦への出場はこの1打席のみにとどまった。オフに、現状維持となる推定年俸730万円で契約を更改した[18]

2016年には、前年に続いて、春季キャンプからオープン戦を通じて一軍へ帯同。13試合に出場したオープン戦で打率.333を記録したことを背景に、自身初の開幕一軍入りを果たした。4月3日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)では、7回表に藤川球児の代打で出場すると、一軍公式戦での初安打を石田健大からのソロ本塁打で記録した[19]。公式戦の開幕当初は、代走や守備要員としての起用が多かったが、4月10日の対広島東洋カープ戦(甲子園)での一軍公式戦初スタメンを皮切りに、二塁手や三塁手[20]としてスタメンに定着。鳥谷が不振でスタメンを外れるようになった7月下旬以降は、大半の試合で遊撃手としてスタメンに起用された[21]。特にシーズン終盤の多くの試合で、北條が遊撃手、鳥谷が三塁手としてスタメンへ同時に起用された。8月は、月間打率.311[22]と好調で、1番(または2番)打者に定着。8月10日の対広島戦(マツダスタジアム)では、勝ち越し点を挙げる活躍で、自身初のヒーローインタビューに臨んだ[23]。9月24日の対中日戦(ナゴヤドーム)では、一軍では初めての2試合連続本塁打を記録すると、次の打席で放った二塁打でシーズン通算の安打数が100本に達した。高校から直接ドラフト会議での指名を経て阪神へ入団してから4年目以内に、一軍公式戦でシーズン100安打を放った野手は、藤田平掛布雅之新庄剛志に次いで4人目である[24]。シーズン全体では、出場選手登録を一度も抹消されないまま、一軍公式戦122試合に出場。内野手としてはチーム最多の12失策を記録したものの、シーズンの規定打席(443)に迫る打席数(438)[25]で、105安打、打率.273、5本塁打、33打点という成績を残した。二塁打数は通算25本で、自身の目標だった坂本のブレイク年(高卒2年目の2008年)の24本[24]を上回った。また、チーム2位タイの6盗塁を記録するなど、リードオフマンとしての役割も果たした。オフに、1,470万円増となる推定年俸2,200万円で契約を更改した[26][27]

2017年には、鳥谷が遊撃手への復帰を強く望んだことなどを背景に、春季一軍キャンプの期間中から、鳥谷との間で正遊撃手争いを展開。チーム最初のオープン戦だった2月25日の対北海道日本ハムファイターズ戦で2本塁打を放つなど、体格や長打力が大きく向上したことから、一軍監督の金本知憲からキャンプの「筆頭MVP」に選ばれた[28]。オープン戦以降は打撃不振[29]で、一軍開幕戦からレギュラーシーズンの初安打までに14打席(4試合)を要した[30]が、主に「6番・遊撃手」としてスタメンに定着。4月9日の対巨人戦(甲子園)では、プロ入り後初の1試合2本塁打を記録した[31]。以降の公式戦では再び打撃が振るわず、新人の糸原健斗が遊撃手としてスタメン出場を増やした影響もあり、6月30日には2シーズンぶりに出場選手登録を抹消[32]。後に糸原が故障で戦列を離れたため、7月21日から一軍へ復帰した[33]。復帰当初は大和が遊撃手としてスタメンに起用されていたが、大和が故障で戦線を離脱した8月中旬[34]からは、スタメンでの出場を再開。8月18日の対中日戦(ナゴヤドーム)では一軍公式戦4か月ぶりの本塁打を放ち[35]、13試合連続安打も記録するなど、スタメンへの復帰当初は打撃に復調の兆しが見られた。以降は攻守で再び精彩を欠いたため、大和の実戦復帰を機に、9月7日付で登録を再び抹消[36]。そのままレギュラーシーズンを終えた。一軍公式戦には83試合の出場で、打率.210、3本塁打、20打点と、成績が軒並み低迷。チームのレギュラーシーズン2位で迎えたDeNAとのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(甲子園)では出場の機会がなかった。オフには推定年俸2,000万円(200万円減)で契約を更改した[37]

2018年には、大和が前年のシーズン終了後に国内FA権の行使によってDeNAへ移籍したことから、春季一軍キャンプで正遊撃手の座を糸原や植田海などと争ったが、公式戦の開幕を2シーズンぶりに二軍でスタート。5月31日にシーズン初の出場選手登録を果たしたが[38]、一軍公式戦5試合の出場で5打数無安打と振るわず、6月12日に登録を抹消された。6月22日の再登録後[39]は打撃が好調で、「2番・遊撃手」として再びスタメンへ定着[40]。7月には、16試合の出場で月間打率が.400に達したことから、セントラル・リーグ月間MVP(打者部門)の候補に名を連ねた[41]。9月14日の対ヤクルト戦(甲子園)4回表の遊撃守備中に、井野卓が放ったゴロへのダイビングキャッチで左肩を強打。そのまま担架に運ばれて退場すると、9月15日の診察で亜脱臼が判明したため、同日付で登録を再び抹消された。シーズン中の実戦復帰には至らなかったものの、一軍公式戦には、通算で62試合に出場。結果として、打率.322(239打数77安打)という好成績でシーズンを終えた[42]。オフには600万円増の推定年俸2,600万円で契約を更改した[43]

2019年は82試合に出場し、打率2割4分7厘、5本塁打、20打点[44]。遊撃、三塁を守り、先発出場は47試合であった[44]。12月10日に200万円アップの推定年俸2,800万円で契約更改した[44]

2020年は40試合出場、うち先発23試合(遊撃9試合、二塁14試合)、打率.192、2本塁打、7打点に終わった。12月1日、背番号が26に変更されることが発表された[45]。12月10日、600万円減となる年俸2,200万円で契約を更改した[46]

選手としての特徴

打撃

コンパクトなレベルスイングから質の良いライナー性の打球を広角に放つ[47][48]。選球眼も高く[49]、打席内での粘りやしぶとさ、嫌らしさも高く評価されている[50][51]

高校時代には長距離打者として活躍し「坂本2世」とも評されたが、U-18日本代表で打率1割台に終わるなど木製バットへの対応に苦戦し[52]、プロ入り後も高校時代の名残から、バットがやや外回りする癖が指摘されている[53]

プロ入り後は自ら「長打狙いを捨てる」ことを決断した[54]が、金本知憲からは「小器用に、こじんまりと無難に」はならないことを期待されており、金本の一軍監督在任中には長打力を伸ばす指導も度々受けていた[55][56][57]

守備

堅実さには欠けるものの、内野守備走塁コーチの久慈照嘉からは「捕る、投げるといったトータルの能力は安定している」と評価されている[58]

人物・エピソード

3つ上の兄の影響で4歳から体操を習っており[59]、小学3年時には、鉄棒の全国大会で2位に入賞。阪神入団の時点では、バク転ができることもアピールポイントになっていた[60]

阪神入団後のオフシーズンには、自身と同じ関西地方出身の高卒内野手である山田哲人や、「オール狭山」の先輩に当たる川端慎吾らとの合同自主トレーニングへ臨んでいる。

オフシーズンへ入るたびに障害児入所施設や母子医療施設を訪問しており、2018年には社会貢献活動に対して球団から若林忠志賞を授与された。授与時点での年齢は歴代最年少の24歳で、高校から直接阪神へ入団した選手の受賞は初めてである[61]

2019年12月26日、一般女性と結婚したことを発表した[62][63]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2015阪神1110000000000000000.000.000.000.000
201612243838544105251514733607438449110.273.341.382.723
2017832522192646723662000722301424.210.286.301.587
2018622662393477811902010431901327.322.370.377.747
20198221117418437056520201302301403.247.338.374.712
2020401129910194022972030901232.192.266.293.559
20213357506102011560020401111.200.273.300.573
通算:7年42313371167138300534174121061103691164923927.257.327.353.680
  • 2021年度シーズン終了時

年度別守備成績



一塁二塁三塁遊撃
















































2016阪神-335660312.97564287462.9444156101319.981
2017---71100180833.972
2018-110001.000741121.8825674169626.976
2019--1271911.9634654981122.933
2020-142344111.98520010.00019183439.945
20216120011.000132225021.00020000----110001.000
通算6120011.00061102129425.9838739104104.93523430358231109.966
  • 2021年度シーズン終了時

表彰

記録

背番号

  • 2(2013年 - 2020年)
  • 26(2021年 - )

登場曲

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 広島東洋カープも指名の方針を固めていたが、下位で指名する予定だった鈴木誠也読売ジャイアンツが上位で指名するとの情報を得たことから、鈴木の2巡目指名に切り替えたとされる[4][5]

出典

  1. ^ 阪神 - 契約更改” (日本語). 日刊スポーツ. 2021年11月26日閲覧。
  2. ^ a b c d e “北條史也(光星学院)〜高校生選手名鑑〜”. スポーツニッポン. オリジナルの2012年8月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120813213746/https://www.sponichi.co.jp/baseball/highschool/meikan/2012/238.html 2013年1月6日閲覧。 
  3. ^ 光星学院(現八戸学院光星)出身、阪神・北條史也とロッテ・田村龍弘。2人の母が語る「次なる夢」――幼馴染のプロ初対戦”. ベースボールチャンネル (2016年6月10日). 2021年9月14日閲覧。
  4. ^ 広島25年ぶりVの裏にカープ流ドラフト戦略(THE PAGE)”. Yahoo!ニュース (2016年9月12日). 2021年9月14日閲覧。
  5. ^ スター階段を上り始めたカープ鈴木誠也。担当スカウトが明かす、ドラフト指名の舞台裏”. ベースボールチャンネル (2017年1月1日). 2021年9月14日閲覧。
  6. ^ 【阪神】ドラ2北條が入団 - ドラフト会議2012ニュース”. 日刊スポーツ (2012年11月17日). 2021年9月14日閲覧。
  7. ^ “【阪神】北條どこでも守ってレベルアップ”. 日刊スポーツ. (2013年10月7日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20131007-1200761.html 2013年10月26日閲覧。 
  8. ^ “【阪神】北條、本職以外の二塁&三塁挑戦”. 日刊スポーツ. (2013年10月11日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20131011-1202787.html 2013年10月26日閲覧。 
  9. ^ 【阪神】北條 現状維持720万で更改”. 日刊スポーツ (2013年11月14日). 2021年9月14日閲覧。
  10. ^ “北條、プロ初1軍へ!2位争い起爆剤や”. デイリースポーツ. (2014年9月29日). https://www.daily.co.jp/tigers/2014/09/29/0007374201.shtml 2013年10月12日閲覧。 
  11. ^ “21UW杯ベストナイン上沢、北條ら選出”. 日刊スポーツ. (2014年11月17日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20141117-1397151.html 2013年10月12日閲覧。 
  12. ^ “【野球21Uワールドカップ】侍は無念の2位、データで大会を振り返る(THE PAGE)”. Yahoo!ニュース. (2014年11月17日). https://news.yahoo.co.jp/articles/ab716e71e42cf45002f3e97122c3353718a9ec32 2013年10月12日閲覧。 
  13. ^ 北條 10万円増で更改「来年は1軍」”. デイリースポーツ (2014年11月21日). 2021年9月14日閲覧。
  14. ^ “春季一軍キャンプメンバーについて”. 阪神タイガース. (2015年1月23日). https://hanshintigers.jp/news/topics/info_3645.html 2013年10月12日閲覧。 
  15. ^ “北條ポスト鳥谷だ 初1軍キャンプ決定的”. 日刊スポーツ. (2015年1月15日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20150115-1421799.html 2013年10月12日閲覧。 
  16. ^ 阪神ファーム公式戦では35年ぶりの3者連続ホームラン!”. Yahoo!ニュース『岡本育子』の新・小虎日記 (2015年6月1日). 2021年9月14日閲覧。
  17. ^ “北條がプロ初打席 テーマ曲は…”. デイリースポーツ. (2015年5月28日). https://www.daily.co.jp/newsflash/tigers/2015/05/28/0008071054.shtml?pg=2 2015年10月13日閲覧。 
  18. ^ 現状維持の阪神・北條、“ポスト鳥谷”へ「準備はしっかりしておきたい」 - 野球”. サンケイスポーツ (2015年11月12日). 2015年11月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月15日閲覧。
  19. ^ “阪神北條プロ初安打「自分でもびっくり」代打本塁打”. 日刊スポーツ. (2016年4月3日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1626171.html 2016年4月3日閲覧。 
  20. ^ “阪神北條 プロ初先発で初適時打「攻める気持ち」”. 日刊スポーツ. (2016年4月11日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1630073.html 2016年4月13日閲覧。 
  21. ^ “北條“鳥谷の聖域”守り切った!初ショートで守備機会4度きっちり”. デイリースポーツ. (2016年7月28日). https://www.daily.co.jp/tigers/2016/07/28/0009328147.shtml 2016年7月29日閲覧。 
  22. ^ “球団選定8月度月間最優秀選手に北條史也選手”. 阪神タイガース. (2016年9月15日). https://hanshintigers.jp/column_news/detail/2325 2016年10月9日閲覧。 
  23. ^ “阪神北條エラー帳消し?V打でヒーローインタビュー”. 日刊スポーツ. (2016年8月10日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/1692812.html 2016年9月30日閲覧。 
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関連項目

外部リンク

プロ野球選手

プロ野球選手(プロやきゅうせんしゅ)は、営利を目的とする野球チーム(プロ野球チームまたは、プロ野球球団と呼ばれる)と契約し、年間シーズンの一連の試合に出場して報酬を得ることを本業とする、つまりプロフェッショナルスポーツとして野球をする野球選手のことである。

日本のプロ野球選手

この節での「プロ野球」は日本野球機構(NPB)のみを指し、独立リーグなどは含まないものとする。

社会人野球選手との違い

日本では、一般の社会人が選手としてプレーする社会人野球が発達している。「社会人野球」という語は、広義ではプロ野球も含めてあらゆる社会人が行う野球を指すが、一般的にはアマチュアの社会人が行う野球を指す。さらに狭義的意味として、日本野球連盟に属するチームで活動する野球競技を指す。また、企業内で組織されるチームが多く存在するが、あくまで企業内のクラブ活動の一つとして存在しており、興行目的で運営されているわけではない。

基本的に様々な大会の試合で活躍することを期待されて企業に入社する日本の社会人野球の選手も、企業の本業に関わる業務をほとんどせずに実質的に野球のみで報酬を得ることがあるが(かつてのシダックス野球部が該当)、社会人野球のチームは企業名を冠する「野球部」などと呼ばれ、野球を専業とする独立した企業ではない点がプロ野球球団とは大きく異なる。

また、社会人野球の選手は加齢や故障その他の理由によって現役を引退しても即解雇とはならず、その企業で仕事を続けることもできる。逆に社の経営不振などにより廃部、つまり野球部自体が消えてしまった場合はその社の従業員である以上、他社への転職や会社の許可のもとでのクラブチームへの在籍[注釈 1]によってしか野球を続ける手段がなくなる。これに対しプロ野球球団に属する選手は戦力外通告された場合は別の球団と自力で選手契約を結ぶ事が出来る。しかしどこの球団も手を挙げない場合はコーチなどの指導者、野球解説者スポーツキャスタータレントなどの道がなければ全くの無職となってしまう(#引退後)。日本野球機構(NPB)加盟球団所属のプロ野球選手が本人の意思により任意引退した場合、保有権がある最終所属球団の了解がない場合は他の野球チームと契約を結ぶことができない。

こういった待遇面の違いもプロ野球選手と社会人野球選手の異なる点であり、全くの無報酬というわけではないものの社会人野球をアマチュアとする理由のひとつでもある。逆に、日本プロ野球のチームで、報酬を得ないアマチュア選手として契約することは認められていない。

プロ野球選手の一日

一日はハードでシーズン中は休みがほとんどなく(火曜~木曜の3日間がチームA、金曜~日曜の3日間が別のチームBとの連戦。一回3日を“対戦カード”と呼ぶ)、拘束時間も長い。一例を挙げると

  • ナイトゲーム開催時(18時試合開始)のスケジュール
    • 10時 - 起床
    • 11時 - 朝(昼)食
    • 午後 - ホームチーム選手は自宅(単身赴任の場合はホテル住まいをする選手もいる)もしくは寮から、試合が行なわれる野球場へ移動。ビジターチーム選手は、宿舎となっているホテルから移動。ビジターが本拠地から近い場合はホーム同様に各自移動。
    • 14時 - ホームチーム全体練習開始(ウォームアップはそれまでに行う。また、自主的に早出練習を行う選手も多い)
    • 16時 - ホームチーム全体練習終了・ビジターチーム全体練習開始(ウォームアップ・ミーティング・軽食摂取はそれまでに行う)
    • 16時30分ごろ - ホームチームミーティング・軽食
    • 17時30分ごろ - ビジターチーム練習終了
    • 18時 - プレイボール(先発登板予定のない投手など、一軍でも一部の選手はこの時点で帰宅する)
    • 試合終了後(試合は9イニングで3時間半程。長い時、また延長戦(12イニングまで)に発展した場合には4時間以上かかる) - ミーティングなどを行い解散し、帰宅。自主的に居残り練習をする選手もいる。また、ビジターチームの選手はホテルに移動。
    • 深夜 - 夕食は各自で取り(ビジターチームの場合はホテルのバイキングなど)、その後就寝

となっている[1]デーゲームの場合、時間分だけ繰り上がるので(13時試合開始の場合は5時間)、深夜に試合が終了した場合、朝早く起床し、練習を開始するため、さらにハードになる。月曜日は試合がないだけで、自分達がビジターになる場合には対戦相手の本拠地の所在地に移動する日。

長野久義と結婚した下平さやかによると、プロ野球選手は一年の3分の2は自宅にいないという[2]

遠征

ビジターで試合を行う際は、選手は交通機関を利用して移動する。近距離であればバスもしくは、各自移動、遠距離で移動する際は、新幹線飛行機を利用し、最寄り駅から試合会場まではバスで移動する。混乱を避けるために、2つの班(例・新幹線と飛行機)にわけて移動することが多い。従来は飛行機を利用することが多かったが、1985年に発生した日本航空123便墜落事故阪神タイガース球団社長の中埜肇が死亡したこと[注釈 2]を契機に本州間の移動はできうる限り新幹線を利用するようになった。長距離の移動は飛行機を利用するが、飛行機嫌いの選手、スタッフもおり、その選手はできるだけ新幹線などの交通機関を利用しているという。また、登板予定のない先発投手は、遠征を免除され、二軍の練習場で調整を行う場合もある。

契約・報酬

プロ野球選手は自営業者個人事業主として球団会社と業務契約を結んでいる。よって、球団会社の契約社員ではない[3]。 NPB所属選手の報酬はメジャーリーグや欧州サッカーなどと同様に日本国内の他のプロスポーツと比べても破格である。支給は年俸制。2016年のNPBに所属するすべての支配下選手登録選手(育成選手をのぞく)の平均年俸は3,712万円である[4]

1980年代前半までは平均年俸は1,000万円未満であったが[4]、1987年中日に移籍した落合博満が球界で初めて年俸1億円を突破する[5]など徐々に年俸は上昇し、1993年のFA制度が導入されると年俸の高騰が進んだ[6]

年俸が1億円以上の選手は1億円プレイヤーと呼ばれ、一流選手のステータスと見なされることもある[7]。NPBにおける1億円プレイヤーの日本人選手は、2014年シーズンでは61人[8][注釈 3]であったが、2017年シーズンでは76人[9]へと増加している。

NPB所属選手は契約更改という形で毎年契約を更新する単年契約が一般的であったが、1993年オフに当時オリックスに在籍していた酒井勉が、3年という日本球界史上初の複数年契約を結んだ[注釈 4]。その後、FA宣言による他球団移籍が一般的になり、FAによる移籍、あるいは他球団流出防止のための残留のいずれでも(日本人選手、外国人選手を問わず)複数年契約を結ぶケースが増えるようになった。一例として、

  • 杉内俊哉[10] - 2011年のシーズンオフに、ソフトバンクから巨人へと移籍した際、「4年契約・総額20億円」の契約を結んだ。
  • 中村剛也[11] - 2013年のシーズンオフに、西武との(残留のための)延長契約を結ぶ際、「4年契約・総額20億円」の契約を結んだ。
  • リック・バンデンハーク[12] - 2016年6月に、ソフトバンクとの(残留のための)延長契約を結ぶ際、「3年契約・総額12億円」の契約を結んだ。なお、外国人選手の場合は、シーズン中に(残留のための)延長契約を結ぶケースが少なからずある[注釈 5]

プロ野球選手の報酬は各選手の活躍に応じて大きく変動し、成果主義の典型的なモデルとみなされることもある[13]。報酬の支払いについて定期昇給や賞与の制度は定められていないが、成績に応じた出来高払いの契約を結んでいる選手もいる。ただし年俸の減額に関しては野球協約92条で制限が設けられており、年俸1億円以上の選手の場合40パーセント、1億円未満の選手の場合25パーセントを超える減額は原則行われない(減額制限以上の減俸を行う場合は戦力外通告と同じ期間内に選手の同意を得る必要があり、選手が同意しなかった場合は球団はやはり当該選手を自由契約としなければならない)[14]

現役期間

プロスポーツ選手全般に言えることだが、プロ野球選手が現役でいられる期間はそう長くない。プロ野球選手の平均引退年齢は約29歳とされており[15][16]、40歳を迎える前に引退する選手がほとんどである。また選手の平均現役年数は約9年であり[15][17]、長くても20年前後である。

一方例外的に長期にわたって現役を続ける選手(フランチャイズ・プレイヤージャーニーマン)もおり、現役最長在籍記録は山本昌の32年、一軍公式戦出場実働最長記録は工藤公康中嶋聡・山本昌の29年である。ちなみに、2015年10月7日時点で、選手として公式戦に出場した年齢では、最年長記録は山本昌の50歳1か月、最年少記録は戦前(年少労働者保護規定なし)が西沢道夫の16歳。労働基準法児童福祉法下における最年少記録は高校を中退してプロ入りした古沢憲司の16歳4か月である。

引退後

引退後は、監督やコーチなどの指導者、、スコアラー打撃投手ブルペン捕手、球団職員などとして球界に残ったり、野球解説者となることが考えられる。

しかし、毎年発生する引退選手に対して野球関連のポストは限りがあるために、野球関連の仕事に就けない者も多数出ることから、野球とは別の分野に就職することになる選手も多い。NPBが2007年から2014年に退団した選手への調査を行ったところ、平均して2割から3割程度の選手が野球関係以外の道を選んでおり、進路不明の者も相当数存在する[18][注釈 6]。野球関連ではない仕事で成功した例としては、親会社のはからいで映画俳優になった八名信夫板東英二宮本和知パンチ佐藤長嶋一茂金村義明岩本勉のようにそのキャラクターを活かしてタレントとして定着した者、江本孟紀三沢淳高橋栄一郎石井浩郎山本賢寿のように政治家になった者、他のプロスポーツに転向して活躍した尾崎将司プロゴルファー、尾崎正司)、ジャイアント馬場プロレスラー、馬場正平)、宮本孝雄競輪選手、宮本孝男)、(競艇選手、早瀬猛)、龍隆行プロボウラー)が挙げられる。また、玉葱農家として成功した河野博文うどん製造の修行をしてうどん店を開業した條辺剛[19]のように実業家として成功する例もある。

しかし、こういった成功例がある一方、現役引退後思うような生活が送れない元選手が自殺したり[注釈 7]犯罪に関わったりする事例もある[注釈 8]

里崎智也は、「プロ野球選手は球団関係者などが身の回りのことを何でもしてくれる」「生活力の無い選手ほど身の回りのことをやってくれる年上の女性と結婚して益々野球しかしない人間になる」と語っており、それこそ「引退したら何もできない」(野球バカの)元選手が相当数存在すると指摘している[20]

こうしたことから、プロ野球OBが自助努力として再就職をお互いに支援していこうという気運が高まりつつある。例として、日本プロ野球OBクラブパソナと連携したプロ野球OBの就活支援活動を行っている[21]。また、NPB側でも2010年代からは選手のセカンドキャリアに対する支援を強化している。2013年には日本野球機構と日本学生野球協会との合意により、学生野球資格回復研修を受けることによってプロ野球OBによる高校・大学野球の指導が可能となった[22]ことで、セカンドキャリアの間口が広くなったと言える。2016年までに、850人以上がこの制度を利用して学生野球資格を回復している[23]

NPBは2007年以来毎年若手プロ野球選手に対してセカンドキャリアに関する意識調査を行っているが、「引退後に不安を感じている」と答えた選手の割合は概ね7割程度を推移している[24]。また、引退後の希望進路については、高校野球の指導者と回答する選手が多数を占めている[24]

メジャーリーグの選手

アメリカ合衆国カナダメジャーリーグベースボール(MLB)を、日本では英語でMLBの選手を意味する「メジャーリーガーMajor Leaguer)」といった言葉をそのままカタカナ語として用いて呼称することがある。

メジャーリーグは、その強い競争原理から日本のプロ野球より厳しい環境であるとされ、成績が伴わなければ契約が更新されず直ちに自由契約、またはシーズン途中でもマイナーリーグのチーム行き、故障で成績が上がらない間にトレードで代わりの選手が入れば戦力外通告、などが普通に行われ、選手は常に厳しい立場に立たされる[25]。また、マイナーリーグとメジャーリーグには選手の待遇に大きな差があることも特徴で、両者の給料の格差を指してマイナーリーグを「ハンバーガー・リーグ」、メジャーリーグを「ステーキ・リーグ」と呼ぶ事もある[26]

ただし、選手にとって厳しい面ばかりではなく、長年に渡って好成績を残し続けたり、非凡な才能を評価されたりと球団にとって必要不可欠な選手と見なされた場合には、年俸は天井知らずとなり[注釈 9]、そのようなスター選手の移籍に伴う獲得合戦の際には数億ドル(数百億円)という大金が動くなど、「アメリカン・ドリーム」とも言うべき成功を収めることができる[27]アレックス・ロドリゲス2007年10月にニューヨーク・ヤンキースと10年総額2億7,500万ドル、出来高も含めると3億ドルの大型契約を結んだ他、ジャンカルロ・スタントンは2014年オフにマイアミ・マーリンズとの間に総額3億2,500万ドル+出来高の13年契約という北米プロスポーツ史上最高総額の超大型契約を結んでいる[28][29]。選手側も少しでも良い条件を引き出すために、球団と契約交渉を行うための代理人(エージェント)を置くことがある。

国際大会への出場

それまでオリンピックを含む国際野球連盟(IBAF。現世界野球ソフトボール連盟、WBSC)管轄の国際大会はアマチュアのみの出場であったが、他競技でのプロ解禁の流れを受けて1997年にIBAFはそれらの国際大会へのプロ出場を解禁することになった。

最初に適用された大会は翌1998年の第33回IBAFワールドカップ。同年のアジア競技大会では韓国がオールプロで編成して初の金メダルを獲得。2000年シドニーオリンピックは初めてプロ野球選手が参加するオリンピック大会となり、米国が正式種目となって初めて金メダルを獲得した(公開競技時代には1988年ソウルオリンピックで金メダルを獲っているが、キューバのボイコットによる不参加が大きかった)。

日本が初めてプロを派遣したのは1999年のアジア野球選手権大会兼シドニーオリンピックアジア地区最終予選で、この時はプロアマ混合で挑んだ。初のオールプロで編成して出場した大会は2003年のアジア野球選手権大会兼アテネオリンピックアジア地区最終予選であり、8年ぶりとなる優勝を決めている。これ以降オリンピックおよびその予選会についてはオールプロで出場しているが、それ以外の国際大会(IBAFワールドカップアジア競技大会など)は開催時期に合わせてプロアマ混合またはオールアマで出場している。

しかし、これらの大会にはメジャーリーガー(40人ロースター枠登録選手)は参加しておらず、米国の場合は3Aクラスの選手で構成されている(ただし米国以外ではシーズンと重ならない大会に限りロースターも含めて招集する場合がある。前出の1998年アジア競技大会の韓国代表には当時ロサンゼルス・ドジャース所属だった朴賛浩が含まれていた)。背景にはこれらの国際大会の多くがMLBシーズン中(それも8月以降のプレーオフ争いも佳境に入った時期)に開かれるためシーズンを中断するか各球団が主力を欠いて消化しなければならず、また、大会において負傷した際の補償など課題も多いため各球団並びに選手会が消極的なのがある。この問題はオリンピック競技からの野球除外に至った要因のひとつともされている。

2006年からはメジャーリーガーも含めたプロ選手が参加するワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が行われており、米国を始め、ドミニカ共和国などはメジャーリーガーのみでナショナルチームを結成した上で参戦している他、日本や韓国、ベネズエラなどメジャーリーガー擁する国も国内などの選手を加えたオールプロチームとなっている。この大会はIBAFの協力も受けつつMLB機構が中心となり、(MLBなど北半球主要プロ野球リーグの)シーズン開幕前に開かれている。

2011年にWBCがIBAF公認の世界一決定戦となったのに伴い、アマチュア主体たるワールドカップを発展的解消した上で、WBCの中間年にプロ主体たるプレミア12が創設された。このプレミア12の第1回大会は2015年11月に開かれたが、ワールドシリーズ終了直後という開催時期の問題からMLBは40人ロースターに登録された選手の参加を認めなかった。そのため、MLB選手会による40人ロースター枠発表後に行われた11月21日の決勝戦において、米国代表は3名の選手がこのロースター枠に入ったため出場できず、さらに試合も韓国に0-8で敗れてしまった。

関連書籍

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 一例としてサンワード貿易硬式野球部など。
  2. ^ 同事故で墜落したJA8119号機は、事故直前に福岡発羽田行JAL366便で運航しており、同便には後楽園球場での巨人戦を控えていた阪神の主力選手たちが福岡からの移動のため搭乗していた。
  3. ^ 記事では「60人」になっているが、この後に井口資仁が、1億8,000万円で契約を更改したため、「61人」になる。
  4. ^ ただし酒井は黄色靭帯骨化症という特定疾患(難病)を患ったことから、契約期間中での快復と現役復帰を見込んでの複数年契約であり、現在みられる他球団流出防止のための複数年契約とは意味合いが異なる。
  5. ^ 一例として、エクトル・ルナ中日。2013年の6月に、2年間の延長契約)、ブランドン・ディクソンオリックス。2016年の9月に、2年間の延長契約)など。
  6. ^ またこの調査対象には独立リーグなどで現役を続行する選手も含まれているため、引退者に占める割合はより高いと考えられる。
  7. ^ 具体例として、2000年高野光精神疾患を患い39歳という若さで、2011年伊良部秀輝が精神的に追い詰められて42歳の若さで其々自殺したことが挙げられる。
  8. ^ 小川博が2004年に、引退後の勤務先で強盗殺人事件を起こして無期懲役刑を受けている。また、引退後に覚醒剤に手を染めた野村貴仁清原和博のような例もある。窃盗事件を起こした者も複数名、果ては詐欺や恐喝をした者もいる
  9. ^ メジャーリーグではサラリーキャップは導入されていない。ぜいたく税制度(収益分配)は存在する。詳細はメジャーリーグベースボール#戦力均衡策を参照。

出典

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  2. ^ プロ野球選手を陰で支える? 下平さやかアナ語る「虚像」朝日新聞「わたしのThink Gender」2021年3月6日
  3. ^ 永野秀雄. “特集・スポーツと労働 プロスポーツ選手の労働者性”. 日本労働研究雑誌. 労働政策研究・研修機構. 2017年3月10日閲覧。
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  11. ^ おかわり君「ライオンズ一筋」4年最大20億にニッコリ”. スポニチアネックス. 2017年11月27日閲覧。
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  17. ^ 伊志嶺翔大はドラ1で入団しながら8年で戦力外通告を受け、合同トライアルで獲得に手を挙げてくれる他球団を探すのではなくコーチとして球団に残る道を選んだ
  18. ^ 戦力外選手/現役引退選手の進路調査結果(2007年~2014年)”. 日本野球機構. 2017年3月7日閲覧。
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関連項目


 

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