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F1、将来的にレース数を減らし“特定のグランプリを交代で開催する”可能性を検討か

 
内容をざっくり書くと
メルボルンで開催予定だった開幕戦オーストラリアGPは、すでに3月からシーズン後半へと延期されており、バーレーンで2021年シーズンの開幕を迎えることになる。
 

F1のCEOを務めるステファノ・ドメニカリは、F1は年間のイベント総数を減らすとともに、将来は交代で… →このまま続きを読む

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2021年シーズン

オーストラリアグランプリ

オーストラリアグランプリ(オーストラリアGP, : Australian Grand Prix)はオーストラリアで行われている自動車レースで、1985年以降はF1世界選手権の1戦となっている。

1985年から1995年まではアデレードアデレード市街地コースにて、1996年からはメルボルンアルバート・パーク・サーキットにて行われている。

概要

オーストラリアは元々イギリスからの移住者が多い土地柄もあり、フォーミュラカーのローカルレースが様々なサーキットで開催されていた。1928年にはフィリップ・アイランドで最初のオーストラリアGPが開催された。1957年には国内選手権 (Australian Drivers' Championship) が創設され、1964年には国内トップフォーミュラ (Australian National Formula) が制定された。

南半球のモータースポーツシーズンは北半球ではオフシーズンにあたるため、当時の世界の一流ドライバーを招き、地元のドライバーが挑戦し競争した。1960年代にはタスマンシリーズの主要なイベントとなり、ジャック・ブラバムブルース・マクラーレンクリス・エイモンといった地元出身のF1ドライバーがウィナーとなった。1970年以降はF5000フォーミュラ・パシフィック、といった国際的な車両規格を取り入れて行われた。

オーストラリアGPがF1世界選手権の一部になったのは1985年である。季節が逆転する南半球で行われるこのレースは冬を避けるため、シーズン最終戦として開催された。アデレード市街地コースはモナコのモンテカルロ市街地コースほどではないにしろ、ドライバーやギヤボックスにとって厳しく、ドライバー・チーム双方からは不評を買っていた。その一方で、市街地レースとしては抜きどころが多く、観戦ポイントが整備されているなど、観客には最も人気のあった市街地サーキットのひとつであった。また、アデレード市街地コースになってから、盛大にチェッカーフラッグを振る名物オフィシャルがいた。

1996年以降はアルバートパーク・サーキットでシーズン開幕戦として開催されている。緑樹の美しい公園内の特設コースで行われ、新シーズンの始まりを盛り上げるイベントも充実している。ただし2006年はコモンウェルスゲームズ(英連邦大会)開催の関係で、また2010年もバーレーンGPに開幕戦を譲ることとなった。

近年、開催赤字幅が拡大しており、ビクトリア州の財政支援が議会で批判されている。赤字幅拡大の理由は、市街地(公園)サーキットであるために毎年ガードレールなどの設置をする必要があること、観戦者の消費が減少していること、開催権費用が高騰していることなどである。このためフィリップ・アイランド・サーキットへの移転計画が伝えられていた(ただしF1基準のサーキットではないため、開催には大幅な改修が必要となる)が、2014年8月に2020年までの延長契約を締結し、翌2015年9月にはさらに2023年まで[1]、そして2019年7月には2025年まで開催契約が延長されている[2]

また、ヨーロッパとの時差の関係上[3]、ヨーロッパでのテレビ観戦が未明になってしまうことから、バーニー・エクレストンはナイト・レース開催を要求している。2018年からは現地時間16時10分スタート[4]のトワイライトレースとして開催されているが、セーフティカー出動や雨天による中断などにより時間が長引くと日没が迫り、視界不良になってしまうという懸念もある。

過去のレース

1986年
ウィリアムズナイジェル・マンセルネルソン・ピケマクラーレンアラン・プロストら3人が最終戦でタイトルを争った。ポイントリーダーだったマンセルはタイヤバーストによりリタイアし、ピケもタイヤ交換のためピットイン。この間にトップに立ったプロストが優勝し、逆転で2度目のチャンピオンを獲得した。
1987年
気温35度という猛暑の中行われたレースをフェラーリのゲルハルト・ベルガーが予選1位からそのまま優勝している。2位には同じくフェラーリのミケーレ・アルボレートが入り、4年ぶりの1-2フィニッシュとなった。アルボレートの前で2位でゴールしたロータスのアイルトン・セナが、レース後の車検で車両規定違反でと裁定され失格になり、同3位に終わっている。
1989年
土砂降りの雨の中、危険であるとの多くのドライバーの主張を退け強行された。そのため、強行したフォーメーションラップでは、順番がバラバラになるなど大混乱のスタートとなった。プロストはこの決定を不服としてレースを棄権している。ドライバーの主張は間違っておらず、コース各所で接触・追突・スピンなどが多発した。その中で23位からスタートしたロータス・101 ジャッドに乗る中嶋悟ファステストラップを連発しながら前走車を次々と追い抜いた。終盤で3位走行のリカルド・パトレーゼを猛烈に攻めるがエンジントラブルが発生して抜くには至らず。しかし中嶋は4位でゴールし、この年唯一のポイントを獲得するとともにこのレースのファステストラップを記録した。優勝したのはウィリアムズのティエリー・ブーツェン、完走は全26台中わずか8台だった。
1991年
1989年同様大雨に見舞われ、レースは14周で中止。走行距離52.9 km、25分で終了した過去最短のグランプリとなった。このレースをもって引退することを発表していた中嶋はスピン、リタイア。また、結果的にネルソン・ピケのF1最終レースともなった。
ホンダの第2期活動に幕を閉じるレースとなった。このレースでゲルハルト・ベルガーが優勝したが、これはホンダにとって通算71勝目で、第2期活動で最後の勝利となっている。
アラン・プロストの引退レースとなった。1988年から続いたセナ・プロスト対決のラスト・レース。ポールポジションからスタートしたセナが優勝し、プロストが2位に入った。表彰台では長年に渡り対峙し、敵対してきた両者が握手を交わした。また、翌1994年に事故死したセナにとってもこれが最後の優勝となった。
1994年
1ポイント差でチャンピオンを争う、ミハエル・シューマッハデイモン・ヒルに注目が集まる。開始直後からこの2人が他を大きく突き放して接近戦を演じる緊迫の展開となるが、36周目に両者の接触・リタイアにより、シューマッハの初のチャンピオン獲得が決定した。レースはポールポジションからスタートしたナイジェル・マンセルが制したが、これはマンセルの通算31勝目であり、最後のF1優勝となった。
アデレードでの最後の開催となったこの年、決勝は上位陣が次々と脱落する展開で、優勝したデイモン・ヒルからエンジン不調を抱えながら2位に入ったオリビエ・パニスまで実に2周半もの大差がつく珍事となる。F1史上において優勝者が2位以下を2周以上周回遅れにした、現時点で唯一のレースである。
ビクトリア州政府の誘致により、メルボルンのアルバートパークサーキットに開催地が変更された。この決定は論争を巻き起こした。一連の抗議は、レースが公共の公園を個人的な遊び場に変えたと主張するアルバートパーク保護グループによって組織された。レース主催者と州政府は、州への経済的利益が費用よりも大きく、レース開催のための工事によって公園の公共的な快適さが増大したと主張した。一部からの批判があったが、参加者からは市街地レースよりも安全であるとして概ね好評である。
レースはこの年ウィリアムズからデビューのジャック・ヴィルヌーヴがデビュー戦で初ポールポジションを獲得(史上3人目)を達成、決勝も終盤までトップを維持したが、オイル漏れにより2位に後退した。
1997年
過去3シーズン勝利から遠ざかっていたマクラーレンがデビッド・クルサードにより、1993年の同GP以来50戦ぶりの優勝を飾ることとなった。また、メルセデスエンジンも1955年イタリアGP以来、42年ぶりの優勝を飾った。
1998年
この年からブリヂストンタイヤを装着した、マクラーレンのミカ・ハッキネンとデビッド・クルサードが圧倒的な速さを見せレースを席巻したが、レース途中にピットとの無線のやり取りの行き違いから予定外のピットストップを行い2位に後退したハッキネンを、クルサードがホームストレート上で「チームオーダー」により先行させるという場面があった。
1999年
予選から前年と同じようにマクラーレン勢が圧倒的な強さを見せレースを支配していたが、中盤にミカ・ハッキネンデビッド・クルサードに相次いでマシントラブルが発生し両者リタイア。フェラーリのミハエル・シューマッハもスタートのトラブルなどで順位を落とす中、シューマッハのチームメイトであるエディ・アーバインが参戦82戦目にして初優勝を成し遂げた。
2001年
スタート直後に発生したラルフ・シューマッハとジャック・ヴィルヌーヴのクラッシュにより吹き飛んだタイヤがフェンスの隙間を通って、ボランティアで参加していたコースマーシャル(レース運営に携わる係員)を直撃し、マーシャルは死亡した。
2002年
地元オーストラリア出身のマーク・ウェバーがデビュー戦で大活躍。ウェバーは絶えず競争力の劣るミナルディに乗っていたが、他のチームの不運を味方につけ、5位でフィニッシュした。ウェバーとミナルディのオーナーであるオーストラリア出身のポール・ストッダートは、FIAの特別な計らいで、表彰式終了後に2人で表彰台へ登壇して喜びを爆発させ、モーターレース界を超えて国民的な有名人になった。
2009年
撤退したホンダからチームを受け継いだブラウンGPが1-2フィニッシュを達成。コンストラクターのデビュー戦勝利は1955年のメルセデス、1977年のウルフ以来[5]。3位でチェッカーを受けたルイス・ハミルトンは偽証を行ったとして失格処分となった。
2020年
マクラーレンのチームスタッフがCOVID-19に感染したため、グランプリ自体がすべて中止となった。

過去の結果と開催サーキット

F1世界選手権として開催された1985年以降の結果について記載する。

決勝日ラウンドサーキット勝者コンストラクター結果
198511月03日16アデレードフィンランドの旗 ケケ・ロズベルグウィリアムズ-ホンダ詳細
198610月26日16アデレードフランスの旗 アラン・プロストマクラーレン-TAG詳細
198711月15日16アデレードオーストリアの旗 ゲルハルト・ベルガーフェラーリ詳細
198811月13日16アデレードフランスの旗 アラン・プロストマクラーレン-ホンダ
198911月05日16アデレードベルギーの旗 ティエリー・ブーツェンウィリアムズ-ルノー詳細
199011月04日16アデレードブラジルの旗 ネルソン・ピケベネトン-フォード詳細
199111月03日16アデレードブラジルの旗 アイルトン・セナマクラーレン-ホンダ詳細
199211月08日16アデレードオーストリアの旗 ゲルハルト・ベルガーマクラーレン-ホンダ
199311月07日16アデレードブラジルの旗 アイルトン・セナマクラーレン-フォード
199411月13日16アデレードイギリスの旗 ナイジェル・マンセルウィリアムズ-ルノー詳細
199511月12日17アデレードイギリスの旗 デイモン・ヒルウィリアムズ-ルノー
199603月10日1メルボルンイギリスの旗 デイモン・ヒルウィリアムズ-ルノー
199703月09日1メルボルンイギリスの旗 デビッド・クルサードマクラーレン-メルセデス詳細
199803月08日1メルボルンフィンランドの旗 ミカ・ハッキネンマクラーレン-メルセデス詳細
199903月07日1メルボルンイギリスの旗 エディ・アーバインフェラーリ詳細
200003月12日1メルボルンドイツの旗 ミハエル・シューマッハフェラーリ詳細
200103月04日1メルボルンドイツの旗 ミハエル・シューマッハフェラーリ詳細
200203月03日1メルボルンドイツの旗 ミハエル・シューマッハフェラーリ詳細
200303月09日1メルボルンイギリスの旗 デビッド・クルサードマクラーレン-メルセデス詳細
200403月07日1メルボルンドイツの旗 ミハエル・シューマッハフェラーリ詳細
200503月06日1メルボルンイタリアの旗 ジャンカルロ・フィジケラルノー詳細
200604月02日3メルボルンスペインの旗 フェルナンド・アロンソルノー詳細
200703月18日1メルボルンフィンランドの旗 キミ・ライコネンフェラーリ詳細
200803月16日1メルボルンイギリスの旗 ルイス・ハミルトンマクラーレン-メルセデス詳細
200903月29日1メルボルンイギリスの旗 ジェンソン・バトンブラウン-メルセデス詳細
201003月28日2メルボルンイギリスの旗 ジェンソン・バトンマクラーレン-メルセデス詳細
201103月27日1メルボルンドイツの旗 セバスチャン・ベッテルレッドブル-ルノー詳細
201203月18日1メルボルンイギリスの旗 ジェンソン・バトンマクラーレン-メルセデス詳細
201303月17日1メルボルンフィンランドの旗 キミ・ライコネンロータス-ルノー詳細
201403月16日1メルボルンドイツの旗 ニコ・ロズベルグメルセデス詳細
201503月15日1メルボルンイギリスの旗 ルイス・ハミルトンメルセデス詳細
201603月20日1メルボルンドイツの旗 ニコ・ロズベルグメルセデス詳細
201703月26日1メルボルンドイツの旗 セバスチャン・ベッテルフェラーリ詳細
201803月25日1メルボルンドイツの旗 セバスチャン・ベッテルフェラーリ詳細
201903月17日1メルボルンフィンランドの旗 バルテリ・ボッタスメルセデス詳細
2020中止詳細

複数回優勝したドライバー

回数ドライバー優勝年
4オーストラリアの旗 英語版1954, 1957, 1958, 1961
ドイツの旗 ミハエル・シューマッハ2000, 2001, 2002, 2004
3オーストラリアの旗 英語版1930, 1932, 1933
オーストラリアの旗 英語版1950, 1952, 1953
オーストラリアの旗 ジャック・ブラバム1955, 1963, 1964
ニュージーランドの旗 英語版1972, 1973, 1978
ブラジルの旗 ロベルト・モレノ1981, 1983, 1984
フランスの旗 アラン・プロスト1982, 1986,
イギリスの旗 ジェンソン・バトン2009, 2010, 2012
ドイツの旗 セバスチャン・ベッテル2011, 2017, 2018
2オーストラリアの旗 英語版1935, 1937
ニュージーランドの旗 ブルース・マクラーレン1962, 1965
オーストラリアの旗 英語版1970, 1971
オーストラリアの旗 英語版1974, 1975
オーストリアの旗 ゲルハルト・ベルガー1987,
ブラジルの旗 アイルトン・セナ1991,
イギリスの旗 デイモン・ヒル,
イギリスの旗 デビッド・クルサード1997, 2003
フィンランドの旗 キミ・ライコネン2007, 2013
イギリスの旗 ルイス・ハミルトン2008, 2015
ドイツの旗 ニコ・ロズベルグ2014, 2016

複数回優勝したコンストラクター

回数コンストラクター優勝年
12イギリスの旗 マクラーレン1970, 1986, , 1991, , , 1997, 1998, 2003, 2008,
2010, 2012
イタリアの旗 フェラーリ1957, 1958, 1969, 1987, 1999, 2000, 2001, 2002, 2004, 2007,
2017, 2018
6イギリスの旗 ウィリアムズ1980, 1985, 1989, 1994, ,
5イギリスの旗 クーパー1955, 1960, 1961, 1962, 1965
4フランスの旗 ブガッティ1929, 1930, 1931, 1932
イギリスの旗 MG1935, 1937, 1939, 1947
イギリスの旗 ローラ1974, 1975, 1977, 1979
イギリスの旗 ラルト1981, 1982, 1983, 1984
ドイツの旗 メルセデス2014, 2015, 2016, 2019
2フランスの旗 タルボ・ラーゴ1952, 1953
イタリアの旗 マセラティ1956, 1959
イギリスの旗 ブラバム1963, 1964
イギリスの旗 BRM1966, 1967
オーストラリアの旗 英語版1971, 1976
ニュージーランドの旗 英語版1973, 1978
フランスの旗 ルノー2005, 2006
  • 太字2020年のF1世界選手権に参戦中のコンストラクター。
  • ピンク地はF1世界選手権以外で開催された年。

複数回優勝したエンジン

回数メーカー優勝年
12イタリアの旗 フェラーリ1957, 1958, 1969, 1987, 1999, 2000, 2001, 2002, 2004, 2007,
2017, 2018
11ドイツの旗 メルセデス *1997, 1998, 2003, 2008, 2009, 2010, 2012, 2014, 2015, 2016,
2019
10アメリカ合衆国の旗 フォード **1950, 1951, 1968, 1980, 1981, 1982, 1983, 1984, 1990,
8フランスの旗 ルノー1989, 1994, , , 2005, 2006, 2011, 2013
7アメリカ合衆国の旗 シボレー1972, 1973, 1974, 1975, 1977, 1978, 1979
5イギリスの旗 クライマックス1961, 1962, 1963, 1964, 1965
4フランスの旗 ブガッティ1929, 1930, 1931, 1932
イギリスの旗 MG1935, 1937, 1939, 1947
日本の旗 ホンダ1985, , 1991,
3イタリアの旗 マセラティ1956, 1959, 1960
オーストラリアの旗 レプコ/ホールデン1970, 1971, 1976
2フランスの旗 タルボ・ラーゴ1952, 1953
イギリスの旗 BRM1966, 1967

冠スポンサー

脚注

  1. ^ "メルボルン、F1オーストラリアGP開催契約を2023年まで延長". TOPNEWS. (2015年9月14日)
  2. ^ 今後も開幕戦の代名詞に? オーストラリアGP、2025年まで開催契約を延長”. motorsport.com (2019年7月19日). 2019年8月3日閲覧。
  3. ^ 開催時期の3月下旬はオーストラリア東部夏時間(UTC+11)を採用している。
  4. ^ F1、各レース開始時間を刷新。欧州では多くが15時10分決勝スタートに”. motorsport.com (2018年2月2日). 2018年2月3日閲覧。
  5. ^ F1選手権の第1号戦となった1950年イギリスグランプリで優勝したアルファロメオも記録上はデビューウィン扱いとなる。

関連項目

外部リンク


 

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