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✈|オーストラリア/ニュージーランド間で増便、双方向で隔離措置不要に


写真 カンタス航空イメージ(harahara555さん撮影)

オーストラリア/ニュージーランド間で増便、双方向で隔離措置不要に

 
内容をざっくり書くと
このうち、カンタス航空はケアンズ、ゴールドコースト発着のオークランド線を開設します。
 

カンタス航空とジェットスターは2021年4月19日(月)から、オーストラリア/ニュージーランド間のフ… →このまま続きを読む

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ゴールドコースト発着

カンタス航空

カンタス航空(カンタスこうくう、英語: Qantas Airways)は、オーストラリアおよび南半球最大手の航空会社

オーストラリアでのQantasの発音は、Quantas ([ˈkwɒntəs][注釈 2][注釈 3][注釈 4]クウォンタス) のように発音される。

概要

カンタス航空はオーストラリアのフラッグ・キャリアであり、その機材数、国際便と国内便の就航都市数において国内最大の会社である。1920年11月に設立され、KLMオランダ航空アビアンカ航空に次ぐ世界で3番目に古い航空会社で、旅客国際便開始は1935年5月である。当初の社名は「Queensland and Northern Territory Aerial Services Ltd」 (QANTAS、クイーンズランド・ノーザンテリトリー航空サービス株式会社) であった[2]。空飛ぶカンガルーの愛称がついている。ワンワールド・アライアンスの創立メンバーである。

シドニー郊外のマスコットをベースとし、シドニー国際空港をハブにしている。2014年3月時点で国内便の65%のシェアを占め、国際便ではオーストラリア国内へ入る乗客とオーストラリアから国外に出る乗客の合計の14.9%のシェアを持つ。オーストラリア国内では様々な子会社が遠隔地中心部と幹線空路にカンタスリンクの名称のもと乗り入れをしている。子会社のジェットコネクトはカンタスブランドのもとオーストラリア、ニュージーランド間を運航している。カンタスは、オーストラリアからの国際便とオーストラリア及びニュージーランドの国内線を運航している格安航空会社のジェットスターを所有し、多くのその他のジェットスターブランドに共同出資している。

オーストラリアは地理的に世界中から遠く離れているため飛行時間の長い長距離便が多い。伝統的に客室乗務員に男性を多く採用している[要出典]。世界で初めてビジネスクラスを導入した他、747率いる長距離用大型機材関連でボーイング社との結びつきも強いが、近年はエアバス社の導入も進んでいる状況である。

航空券の座席予約システム(CRS)は、アマデウスITグループが運営するアマデウスを利用している。 [3] [4]

歴史

設立

カンタス(QANTAS Ltd)は1920年11月16日クイーンズランド州で設立された。当初は州西部の砂漠の中にあるロングリーチという小さな町に本社を置き、観光飛行や州政府によって補助された郵便飛行を行っていた。

1934年にカンタスとイギリスのインペリアル・エアウェイズは合弁企業を設立した。社名はカンタス・エンパイア・エアウェイズ(Qantas Empire Airways)で、それぞれ49%ずつの株を保有、独立仲裁者が2%の株を保有した。カンタス・エンパイア・エアウェイズは、イギリス製のデハビランド を使用してブリスベンシンガポール間の運航を開始した。なおインペリアル・エアウェイズは1933年にロンドン〜シンガポール間に定期便を開設していたため、オーストラリアからイギリスまで飛行機で移動することが可能になった。

1938年にこの路線はショート23 Empire水上飛行艇を使用しての水上飛行サービスに置き換えられた。シドニーからサウサンプトンへのサービスは、経由地で乗客がホテルに宿泊する必要があったために9日間かかった。

第二次世界大戦

カンタス・エンパイア・エアウェイズの機材の多くは1939年9月から1945年までの間にオーストラリア軍に徴用され、航空機の多くは日本軍との戦闘のため(1942年カンタス航空ショートエンパイア撃墜事件など)飛行中に失われている。

1942年に日本軍がシンガポールを占領したため、ダーウィン (ノーザンテリトリー)・シンガポール間は運行停止となった。ダーウィンも空襲を受け、空港設備が破壊された。

1943年1944年、カンタス・エンパイア・エアウェイズは、当時戦争中であった日本軍の脅威を受けつつも、パース (西オーストラリア州)とセイロン(現スリランカ)を結ぶ水上飛行艇による直航便を運航していた。飛行は、日本軍をはじめとする枢軸国軍による攻撃を避けるため無線なしで行われ、24時間以上かかった。セイロンで英国海外航空ブリティッシュ・エアウェイズの前身)と連絡していた。

戦後

1947年、カンタス・エンパイア・エアウェイズは首相率いるオーストラリア労働党政権によって接収された。これにより連邦政府が株式の100%を保有する非上場の公営企業として存続することになった。同時に親会社のカンタスは解散した。この措置はその後の保守政権でも継続された。この様な状況にあったものの、同社は英国海外航空と共同でアブロ・ランカストリアンを用いたシドニーロンドン間の運航を始めた。

拡大

1948年に、当時の最新鋭大型プロペラ旅客機であるロッキードL-049 コンステレーションの引き渡しを受け、長距離路線を中心に導入を進めた。同社のネットワークはブリティッシュ・コモンウエルス・パシフィック・エアウェイズ(British Commonwealth Pacific Airlines/BCPA)の運航を引き受けた1954年太平洋を越えて拡張された。

1948年にはダグラス DC-4によって週1便で岩国基地への乗り入れを開始し、また1952年には、ダグラス DC-4によって週2便で羽田空港への乗り入れを開始した。その後同路線はより大型のダグラス DC-6やロッキードL-188に引き継がれ、さらにデイリー化された。

1960年代には大型ジェット旅客機のボーイング707の導入を進める一方、オーストラリアからアジア及び中東経由、アメリカ並びにメキシコ経由でロンドンへの世界一周路線を運航するなど、拡張路線を推し進めた。

同社は1967年に「カンタス航空(Qantas Airways Limited)」に改名された。

1970年以降、大型機のボーイング747を導入したが、1973年に起きたオイルショックなどによる世界各国における航空需要の落ち込みを受けて拡張路線は縮小された。

現在

1992年オーストラリアン航空を吸収合併し、国内線が大幅に拡充された。

1993年から1997年にかけて連邦政府が保有する株の売却が行われ、民営化が実施された。ただし法律により株の51%以上はオーストラリア人が保有すると規定されている。

2001年には、完全出資子会社であるオーストラリア航空を設立し、2004年には、完全出資子会社である格安国内線航空会社ジェットスター航空を設立した。

2006年、カンタスとジェットスターの2つにブランドを統合することになり、子会社のオーストラリア航空の事業の廃止を発表した。

2012年9月6日に、ブリティッシュ・エアウェイズとの提携を2013年に解消し、新たにエミレーツ航空と提携を結ぶ事を発表した。[5]

2016年10月28日には、翌年2017年のボーイング787導入に向け新塗装を発表。フライングカンガルーの根本的要素を残しつつブランドを進化させるコンセプトのもと、カンガルーのマークに影を作り躍動感と奥行きを与え、垂直尾翼から機体後部にかけてシルバーのラインを加え高級感を演出させた。また、コクピット窓の下には伝統を受け継ぐ形でかつて尾翼に描かれていた「翼のあるカンガルー」のマークが描かれる[6][7]

2018年3月24日に、商業飛行としては史上初となるカンガルールートの無着陸路線(パース-ロンドン・ヒースロー空港)を開設、移動距離は15,000km、17時間のフライトとなるが従来の中東を経由する便よりも3時間ほど短縮された[8]。カンタスでは最長飛行を伸ばす努力を継続しオーストラリアとヨーロッパや北米への無着陸直行便計画「Project Sunrise」を進めており、2019年10月には787-9のデリバリーフライト時に測定器を付けた社員を乗せ、ニューヨークやロンドンからのフライト(約19時間)が体に及ぼす影響を調査する予定[9][10]

就航都市

日本路線は現在、東京国際空港関西国際空港新千歳空港(季節運航) - シドニー国際空港間と成田国際空港 - ブリスベン空港メルボルン空港(メルボルン線は2020年3月28日より羽田に移管予定)間の4路線で、他路線はジェットスター航空に移管。

保有機材

カンタス航空 機材(2020年8月現在)
機種運用機数発注機数旅客定員備考
F J WY
合計
エアバスA330-2001836199235[14]
27228254[15]
28243271[16]
エアバスA330-3001028269297[17]
エアバスA380-80012147060341485[18]
146435371484[19]
A350-1000ULR0122023年受領予定
ボーイング737-8008012162174[20]
ボーイング787-9864228166236[21]
合計1306

カンタスリンクの機材は以下の航空機で構成される (2011年8月現在):

なお、1992年から1994年まで当時の日本航空がカンタスのボーイング747-300(VH-EBT/EBX/EBYの3機)を運航乗務員ごとリースして運航したことがあった(コードシェア便ではなく純然たる日本航空便。また客室乗務員は日本航空が乗務していた)。当該機体は日本航空のフルカラー塗装がされていたが、後部胴体に「Operated by QANTAS」の表記があり、また尾翼の鶴丸(日本航空のロゴマーク)が小さいなどの差異があった。タイムテーブルには当該機体で運航する便について「機内でのサービスは日本航空の客室乗務員が行うが、カンタス航空の機材及び運航乗務員で運航する」旨が書かれていた。

B767-300ER型機は2014年12月27日メルボルン発シドニー着のQF767便でラストフライトとなった。後継機はA330である。

特別塗装機

"Nalanji Dreaming"
ボーイング747-300(VH-EBU),(*)
"Wunala Dreaming"
初号機-ボーイング747-400(VH-OJB)[注釈 5],(**)
2号機-ボーイング747-400ER(VH-OEJ)[注釈 6]
"Yananyi Dreaming"
ボーイング737-800(VH-VXB)(ヤナニは先住民の言葉で、意味は「旅行している」または「行っている」である。[22]
"Formula 1"
ボーイング747-400(VH-OJC),(**)
"QANTAS SOCCEROOS"
ボーイング747-400(VH-OJS)
"one world"
ボーイング747-400ER(VH-OEB),(***)
ボーイング747-400(VH-OJU)
エアバス330-200(VH-EBL)
"COME PLAY"
ボーイング747-400ER(VH-OEB)

(*);現在は機体そのものが同社から退役している。,(**);現在は通常塗装による運航である。,(***);現在は別の特別塗装による運航である。


なお、カンタス航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は38で、航空機の形式名は747SP-38, 747-238, 767-338ER, 747-438, 747-438ER などとなる。

マイレージサービス

マイレージサービスとして「Frequent Flyer」を運営している。ワンワールド加盟航空会社以外に下記の航空会社と提携している。

機内サービス

長距離路線の多い同社は、機内サービスにも力を入れている。最新鋭機材のエアバスA380全てと一部のボーイング747-400(ER型含む)はファーストクラスビジネスクラスプレミアム・エコノミーエコノミークラスの4クラスで、ボーイング747-400はビジネスクラス・プレミアムエコノミー・エコノミークラスの3クラスで[注釈 7]。エアバスA330は、ビジネスクラスとエコノミークラスの2クラスでそれぞれ構成されている。A380・B747-400(ER)のファーストクラスはスリーパーベットタイプ、A380・B747-400(ER含む)の一部にはビジネスクラスにフルフラットタイプのスカイベッドが装着されている。

またA380・B747-400・A330-300では、全ての座席にオンデマンド式の機内エンターテイメントシステムを搭載し、AVODプログラムを用いることで多くの番組視聴などが出来る。エコノミークラス以外の座席では、ノートパソコンに対応したAC電源コンセントも搭載されている。

機内食は各クラスごとに異なるが、ファーストクラス向けにはロックプールと協力のもとで、またビジネスクラスとプレミアムエコノミークラスは、ニール・ペリー氏監修の食事が提供される。B747-400及びA330-300にはバーカウンターも設置されており、軽食や飲み物が用意されている。エコノミークラスはスナック・軽食・紅茶やコーヒーなどの飲み物が提供され、路線によっては該当する時間帯に合わせた食事も用意される。

広報活動

1969年に始まり数十年続いた初期のテレビコマーシャルキャンペーンはアメリカ人視聴者に向けたものであった。それはハワード・モリスの声でコアラが、多くの観光客がオーストラリアに来ると不満を言い、「カンタスが嫌いだ」と締めくくるものだった。このコアラのCMはこれまでずっと、最も素晴らしいCMとして賞賛された。長く続いている広告キャンペーンでは、オーストラリア国内の様々な有名な名所やベニスなどの海外の場所で、ピーター・アレンの “I Still Call Australia Home”(オーストラリアはいつになっても私の家)を子供達がコーラスする演奏が特徴となっている。カンタスはオーストラリアナショナルラグビーユニオンチームのカンタスワラビーズのメインスポンサーであり、オーストラリアサッカー協会(Australia’s national association football team)のサッカールー(The Socceroo)のスポンサーでもある。そしてフォーミュラワンオーストラリアグランプリのメインスポンサーを務める。2011年12月26日には、オーストラリアのクリケットを運営する

新ユニフォーム

パリにベースを置くオーストラリア人デザイナー、マーティン・グラントが2013年4月16日に公式発表になったカンタス航空社員の新ユニフォームの責任者である。このユニフォームは、デザイナーのピーター・モリッセイの名前から、社員達に日常的にモリッセイと呼ばれた前のユニフォームに変わるものとなった。カンタスの広告大使でモデルのミランダ・カーが紺、赤、フューシャピンクが施された新しいユニフォーム披露の手助けをした。カンタスの最高責任者アラン・ジョイスはカンタス社員がモデルを務めた発表イベントで、新しいユニフォームは”グローバルな舞台においてオーストラリアのスタイルを物語るもの”と語った。グラントは、最終的に製作されることになった35スタイルに絞るために1年以上にわたりカンタス社員達と話し合った。全ての社員が新しいユニフォームに満足ではなく、客室乗務員の1人は「ユニフォームはとても窮屈で、私達が行わなければならないとても肉体的な仕事にはただ単純に現実的ではない」と話した。

事故及び故障

一部の映画などで「事業開始以来無事故である」とされているが、これは虚偽であり真実ではない。公式発表では「ジェット機を墜落させたことがない」ということである。それ以前には複数死亡事故を起こしている。

1942年カンタス航空ショートエンパイア撃墜事件
1942年1月30日、カンタス航空所属の飛行艇コリオ号(Corio)が、オランダ領東インド・西ティモール沖を飛行中、日本軍作戦機によって撃墜された。乗員および乗客13人が死亡した。
カンタス航空デハビランド・ドローバー墜落事故
1951年7月16日にはデハビランド・ドローバー(VH-EBQ)がエンジンの故障によりパプアニューギニアに墜落し、7名の乗客全員と搭乗員が死亡した。
カンタス航空1便オーバーラン事故
1999年9月23日カンガルールートであるシドニー発バンコク経由ロンドン行き1便(ボーイング747-400)がドンムアン空港着陸時にオーバーランした。死者は無く軽傷38名のみであった。しかし機体は大きく破損し、ほぼ全損状態であったが、評判維持のために約1億ドル掛けて修理し復帰させた[23]
2005年8月20日成田パース行き70便(エアバスA330)が和歌山県串本沖約900kmの地点を飛行中に、貨物室の出火警告灯が複数回作動したために関西国際空港に緊急着陸した。着陸後にパイロットによって要請された消防による外部確認で機首から白い煙があがっていると報告された為パイロットはシューターを用いた緊急脱出を選択したが、その際に乗客194人のうち1人が骨盤骨折の重傷、8名が軽傷を負った。国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は、貨物室火災の警告灯点灯は誤作動であり、着陸後の白い煙は温度計から排出された高圧空気の断熱膨張により水蒸気が発生したものを誤認したものであると結論づけた[24]
カンタス航空30便機体破損事故
2008年 7月25日ロンドン・ヒースロー空港メルボルン・タラマリン空港行き(香港国際空港経由)のカンタス航空30便(使用機材:ボーイング747-438、VH-OJK)の貨物室前方で突然非常用酸素ボンベが爆発し、機体右前方、主翼の付け根付近に穴が空いた。同機は10,000フィートまで緊急降下した。その後、機体は無事にフィリピンニノイ・アキノ国際空港に緊急着陸した。数人が降機時に吐き気を訴えたが、乗客・乗員365名にけがはなかった。オーストラリア運輸安全局は同月30日、貨物室に積んであった酸素シリンダー(緊急時の酸素マスク用に用意されたもの)の爆発によるものと断定した。事故時、機内では酸素マスクが配られたが、10人弱の乗客が確保できなかった。
カンタス航空72便急降下事故
2008年10月7日シンガポール・チャンギ国際空港パース国際空港行きエアバスA330-300型機(VH-QPA)が、飛行中に意図しない機首下げが発生し、急降下した。同機には303人の乗客と乗員12人が搭乗しており、このうち119人が怪我を負い、うち12人は重傷だったが、幸いにも死者は出なかった。原因はA330・A340型機に搭載されていたADIRUというソフトウェアのバグによるものだった。
カンタス航空32便エンジン爆発事故
2010年11月4日シンガポール・チャンギ国際空港シドニー国際空港行きのエアバスA380-800型機が、インドネシアバタム島上空で、第2エンジンが爆発したため、同日昼前、シンガポールに緊急着陸した。地元テレビによると、着陸時に機体の下部から煙があがっていたが、待機していた消防車が消火した。乗客440人と乗員29人が搭乗していたが、負傷者はなかった。第2エンジンが爆発した際、カバーが脱落し、破片が民家に落下したが、落下時に民家に人はおらず、死者はなかった。この事故はA380史上初めての事故だった。また、翌日の夜、シンガポール発シドニー行きのボーイング747型機が、チャンギ国際空港を離陸直後、エンジントラブルで同空港に再び緊急着陸した。

論争

性差別問題

2005年11月、カンタス航空には同伴者のいない子供の隣に成人男性の乗客を座らせないというポリシーがあることが明らかになった。これは差別の告発につながった。このポリシーは、ニュージーランドのカンタス航空便で男児の隣に座っていた乗客が女性の乗客と座席を変更するよう求められた2004年の事件の後に明らかになった。客室乗務員はこの男性客に、「同伴者のいない子供の隣に座ることは女性だけが許可されているという航空会社のポリシーである」と述べた。[25] NSW市民自由評議会の代表である英語版はこの方針を批判し、「禁止の根拠はなかった」と述べた。 彼はまた、すべての成人男性が子供に危険をもたらすと仮定するのは間違っていると述べた。[26]このポリシーは、女性虐待者を考慮に入れていないことでも批判されている。[27]

2010年、ブリティッシュ・エアウェイズが子供の座席に関する方針を変更するよう訴えられたとき、カンタスは、同伴者のいない子供の隣に男性が座ることを禁止することを「両親の懸念を反映した」と再び主張した。[注釈 8] 2012年8月、客室乗務員が男性の乗客が一人で旅行している無関係の女の子の隣に座っていることに気付いた後、女性の乗客と座席を交換しなければならなかったときに、論争が再浮上した。看護師であるその男性の乗客は、ペドフィリアとして他の乗客から差別され、屈辱を受けたと語った。[28] カンタスのスポークスマンは、オーストラリアおよび世界中の他の航空会社の方針と一致するものとして方針を擁護した。[注釈 9]

「オーストラリア・アジア航空」

中華人民共和国に路線を持つことから、カンタス本体では中華人民共和国と対立を続ける中華民国台湾)に運航ができなかった。そこで1990年にカンタスは中華民国への路線を運航するオーストラリア・アジア航空を設立した。ブリティッシュ・アジア・エアウェイズエールフランス・アジーのように別会社を装って運航するのではなく、日本アジア航空と同様の別会社であった。航空会社コードはIATA2レターがIM、ICAO3レターがAAUであった。

いくつかのボーイング747SP及び767航空機はカンタスから移籍した。垂直尾翼のデザインは赤色の地に2つのAをシンボライズしたリボンが描かれていた。しかし、同社は1996年に運航を中止した。

補足

MBSファミリー・クイズ」、「クイズ・その手にのるナ!!」(いずれも八木治郎司会)、テレビ朝日クイズタイムショック」(田宮二郎司会)の優勝賞品の旅行協賛も担当していた。

2007年オーストラリアからインドへと向かう便で、 ビジネスクラストイレ客室乗務員俳優レイフ・ファインズ性行為に及び、ムンバイホテルでも一夜を共にしたと報じられた。これは、その乗務員が情報料と引き換えに新聞社に投稿したことで発覚。当該の客室乗務員は解雇された。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ QFは QANTAS Flightの略である
  2. ^ 「Qantas」『Wikipedia英語版』 2010年11月6日 11:44 UTC。
  3. ^ 他の発音表記としては「KWON-tuhs [1]」がある。
  4. ^ オーストラリア人による発音として、fordum 「Qantas の発音」 (音声ファイル)、FORVO、2008年8月25日、2010年12月5日閲覧。
  5. ^ 同社初の特別塗装機である。関西国際空港の開港日(1994年9月4日)、そして啓徳空港の閉港日(1998年7月5日)で「メモリアルフライト」を行っている。
  6. ^ 初号機と違い、エンジンには特別塗装は施されていない。
  7. ^ ボーイング747-400の一部機材は、プレミアムエコノミーが装着されていない機材が存在する。
  8. ^ なお、ブリティッシュ・エアウェイズはこの時の訴えにより、同伴者のいない子供の隣に男性が座ることを禁止するポリシーを取りやめた。
  9. ^ ただし、一般に知られている範囲では、このポリシーを持っている航空会社はカンタス以外ではニュージーランド航空ヴァージン・オーストラリアのみである。

出典

  1. ^ 問い合わせ先 | カンタス航空(日本語)”. www.qantas.com. 2020年8月17日閲覧。
  2. ^ 「History」(英語)、Qantas Airways Limited、2010年11月6日閲覧
  3. ^ 日本発着路線をもつアルテア利用航空会社 (2015年6月現在)” (日本語). アマデウス・ジャパン. 2015年9月26日閲覧。
  4. ^ Airlines using Amadeus” (英語). アマデウスITグループ. 2015年9月27日閲覧。
  5. ^ [2]
  6. ^ カンタス航空、787導入に合わせカンガルーロゴ刷新--流線を生かした躍動感 - マイナビニュース
  7. ^ Qantas unveils new logo - but not everyone's convinced - 9news.com.au
  8. ^ カンタス「17時間直行便」で起きていること - 東洋経済オンライン
  9. ^ カンタス航空、787で19時間の調査フライト 豪州-NY・ロンドン直行便視野に
  10. ^ 豪カンタス航空、「世界最長」19時間の直行便を実験へ - BBC
  11. ^ カンタス航空、12月開設の大阪/関西〜シドニー線を通年運航に変更 週3便を運航 Traicy 2017年9月14日閲覧
  12. ^ [3] FlyTeam 2019年4月18日閲覧
  13. ^ カンタスとエミレーツ、共同事業延長で運航路線の再編成を追加発表 FlyTeam 2017年10月23日閲覧
  14. ^ Airbus 330-200 Seat Map for Configuration: 36 Business; 199 Economy – International” (2014年). 2014年5月28日閲覧。
  15. ^ Qantas Fleet Details and History”. www.planespotters.net. 2020年8月8日閲覧。
  16. ^ Airbus 330-200 Seat Map for Configuration: 28 Business; 243 Economy – Domestic” (2015年). 2015年1月1日閲覧。
  17. ^ Airbus 330-300 Seat Map for Configuration: 28 Business; 269 Economy – International” (2015年). 2015年6月7日閲覧。
  18. ^ Qantas Fleet Details and History”. www.planespotters.net. 2020年8月8日閲覧。
  19. ^ Airbus 380 Seat Map for Configuration: 14 First; 64 Business; 35 Premium Economy; 371 Economy” (2014年). 2014年5月28日閲覧。
  20. ^ Boeing 737–800 Seat Map for Configuration: 12 Business; 162 Economy -” (2016年). 2016年2月4日閲覧。
  21. ^ “Qantas reveals Boeing 787-9 Dreamliner seating, configuration”. Australian Business Traveller. http://www.ausbt.com.au/qantas-reveals-boeing-787-9-dreamliner-seating-configuration 2016年10月27日閲覧。 
  22. ^ http://www.theqantassource.com/specialliveries.html[リンク切れ]
  23. ^ “CHICAGO HEALTH REPORT.”. The Lancet 195 (5044): 976–978. (1920-05). doi:10.1016/s0140-6736(00)80907-1. ISSN 0140-6736. http://dx.doi.org/10.1016/s0140-6736(00)80907-1. 
  24. ^ http://araic.assistmicro.co.jp/aircraft//download/pdf/%E7%B5%8C%E9%81%8E%E5%A0%B1%E5%91%8A060929-VH-QPE.pdf
  25. ^ Thomson, Ainsley (2005年11月28日). “Ban on men sitting next to children” (英語). ISSN 1170-0777. https://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=10357510 2019年8月30日閲覧。 
  26. ^ Qantas ban on men 'discriminatory' | NEWS.com.au Business”. web.archive.org (2008年5月1日). 2019年8月30日閲覧。
  27. ^ 7.30 Report - 24/4/2000: Qantas moves to reassure after Boeing 747 failure”. web.archive.org (2007年10月16日). 2019年8月30日閲覧。
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関連項目

外部リンク


 

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