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🚗|ニコ・ヒュルケンベルグ、アストンマーティンF1のリザーブ&開発ドライバーに就任


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ニコ・ヒュルケンベルグ、アストンマーティンF1のリザーブ&開発ドライバーに就任

 
内容をざっくり書くと
一方アストンマーティンF1のチーム代表兼CEOであるオットマー・サフナウアーは、ヒュルケンベルグが素晴らしい仕事をしてくれることに期待していると述べた。
 

4月8日(木)、アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワン・チームは、ドイツ人ドライバーのニ… →このまま続きを読む

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アストンマーティンF1

アストンマーティンF1Aston Martin Formula One)は、イギリスの自動車メーカー「アストンマーティン」の名を冠したF1のコンストラクター。

1959年から1960年にかけてF1世界選手権に参戦。2021年に前身レーシング・ポイントから改称し、61年ぶりにブランド名が復活した[1]。運営は、AMR GP Ltd.。チーム名は、アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム(Aston Martin Cognizant Formula One Team)。

概要

イギリスの自動車メーカー「アストンマーティン・ラゴンダ」社は、元々はカーレースに参戦するための工房から発展した背景を持ち、戦前の早い段階からモータースポーツに携わってきた歴史がある[2]

第二次世界大戦後、同社がイギリスの実業家一族デイヴィッド・ブラウン・コーポレーション(アストンマーティンとラゴンダを統合した創業者)の傘下だった時代にスポーツカーレースで成功を収め、1959年にはル・マン24時間レースを初制覇し、同年のスポーツカー世界選手権のマニュファクチャラータイトルを獲得した。それと並行してフォーミュラカーF1世界選手権に参戦したが、2年間でわずか6戦の参加にとどまった[3]

2000年代以降、アストンマーティンはプロドライブと提携し、スポーツプロトタイプGTレースで活躍してきた。F1に関してはアンディ・パーマーCEO時代の2018年よりレッドブル・レーシングのタイトルスポンサーとなり、ハイパーカーアストンマーティン・ヴァルキリーを共同開発するなど関係を深めてきた。ヴァルキリーのレース仕様車でFIA 世界耐久選手権LMH(ル・マン・ハイパーカー)クラスに参戦し、ル・マン総合優勝を狙う計画も発表された[4]


2018年10月、アストンマーティンはロンドン証券取引所に株式上場するも、株価低迷が続き経営状態が悪化[5]。2020年1月、トミー・ヒルフィガーマイケル・コースなどのファッションブランドを保有するカナダの大富豪が率いる投資家グループが アストンマーティンの大株主となり[6]、ストロールはアストンマーティン・ラゴンダ社の会長に就任した。ストロール会長は息子のランス・ストロールが所属するF1チーム「レーシング・ポイント」のオーナーでもあり、2021年シーズンより所有するレーシング・ポイントをアストンマーティンのワークスチームに改変し、リニューアル参戦することを表明[7]。F1コンストラクターとしてのアストンマーティンが、61年ぶりに復活することになった。

これに伴い、2020年限りでレッドブルとのタイトルスポンサー契約を終了し、共同開発していた車種アストンマーティン・ヴァルキリーのLMH計画も延期[8]。レーシング・ポイントの運営会社レーシングポイントUKリミテッドも、「AMR GPリミテッド」に社名を変更した[9]

シーズン

1959年・1960年(デイヴィッド・ブラウン・コーポレーション時代)

1959年オランダグランプリにて、キャロル・シェルビーの布陣でデビュー。デビューマシンであるDBR4は、オランダグランプリでは2台ともエンジンブローでリタイアしてしまったものの、その後のレースではサルヴァドーリが2回の6位、シェルビーが8位、10位をシーズン中に獲得した。

翌年1960年オランダグランプリのみにDBR4を投入し、イギリスGPから新マシンであるDBR5を投入。しかし、当時のF1はクーパーに象徴されるミッドシップマシンへの転換期にあり、伝統的なフロントエンジンマシンは時代遅れになろうとしていた。結果はサルヴァドーリがリタイア、シェルビーに変わって参戦したモーリス・トランティニアンが11位で完走するも、このレースの勝者であるクーパーのマシンを駆るジャック・ブラバムから5周遅れという惨憺たる結果となってしまった。

このレースをもってアストンマーティンはスポーツカーレースに集中するべくF1を撤退した。

2021年

タイトルスポンサーとしてコグニザント(Cognizant)と契約[10][11]。「アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム」として参戦。ドライバーは残留するランス・ストロールと、スクーデリア・フェラーリから移籍するセバスチャン・ベッテル[11]

戦績

シャシーエンジンタイヤドライバー12345678910ポイントランキング
1959アストンマーティン RB6

2.5L L6

AMON500NEDFRAGBRGERPORITAUSA0NC
イギリスの旗Ret66Ret
アメリカ合衆国の旗 キャロル・シェルビーRetRet810
1960
DBR5
アストンマーティン RB6

2.5L L6

DARGMON500NEDBELFRAGBRPORITAUSA0NC
イギリスの旗DNSRet
フランスの旗 モーリス・トランティニアン11
シャシーエンジンタイヤNo.ドライバー1234567891011121314151617181920212223ポイントランキング
2021年メルセデス M12 E Performance 1.6L V6ターボPBHREMICAN1*6位*
18カナダの旗 ストロール10
5ドイツの旗 ベッテル15

関連項目

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ AT&A, AKAI Taro /. “アストンマーチンF1チームとは? | F1用語集 | Formula1-Data” (日本語). F1ニュース速報/解説【Formula1-Data】. 2021年1月21日閲覧。
  2. ^ アストンマーチンに惚れたが”. カー&レジャーニュース (2020年3月22日). 2021年2月2日閲覧。
  3. ^ 様々なドラマがあった!アストンマーティンのレーシング・ヒストリー”. Octane Japan (2020年12月16日). 2021年2月2日閲覧。
  4. ^ “【WEC2020】アストンマーティン 「ヴァルキリー」ハイパーカーで2021年ル・マン24時間レース優勝狙う”. AUTO PROVE. (2019年7月21日). https://autoprove.net/astonmartin/184208/ 2021年2月6日閲覧。 
  5. ^ 【まだ出口は見えず?】アストン マーティンの苦境は続く 注視が必要”. AUTOCAR (2020年3月30日). 2021年2月6日閲覧。
  6. ^ ストロール父がアストンマーチン大株主に。レーシングポイントの名称も変更へ”. motorsport.com (2020年1月31日). 2021年2月2日閲覧。
  7. ^ 株式会社インプレス (2021年1月1日). “アストンマーティン、F1 2021年シーズンからマニュファクチャラーとして参戦” (日本語). Car Watch. 2021年1月21日閲覧。
  8. ^ WEC:アストンマーティンが2020/21年の参戦延期を正式発表。ハイパーカーを再評価へ”. autosport web. 2020年2月19日閲覧。
  9. ^ 2020年 - 2021年F1エントリーリスト”. FIA.com (2021年1月8日). 2021年2月9日閲覧。
  10. ^ AT&A, AKAI Taro /. “アストンマーチンF1、コグニザントとの冠スポンサー契約を発表…新VIもお披露目” (日本語). F1ニュース速報/解説【Formula1-Data】. 2021年1月21日閲覧。
  11. ^ a b 2020 & 2021 FIA Formula One World Championship Entry List” (英語). Federation Internationale de l'Automobile (2015年3月14日). 2021年1月14日閲覧。

外部リンク

チーム代表兼CEO


 

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