ポータルフィールドニュース

ポータルフィールドニュース

in ,

🚄|東京―名古屋 新幹線と同額、所要時間は3倍_いつもと違う車窓や乗車比較を体感する5時間


写真 

東京―名古屋 新幹線と同額、所要時間は3倍_いつもと違う車窓や乗車比較を体感する5時間

 
内容をざっくり書くと
車内販売もくるから、コーヒーにお弁当、ビール、アイスクリームといろいろ楽しい。
 

東京~名古屋を行くなら、新幹線。のぞみ自由席ならば10,560円、1時間40分で行ける。 富士山をみ… →このまま続きを読む

 鉄道チャンネル

鉄道チャンネルは、いつでも鉄道に浸れる!鉄道ファンのための鉄道専門チャンネルです。
気になる最新鉄道ニュースをまとめてチェックできます!


Wikipedia関連ワード

説明がないものはWikipediaに該当項目がありません。

アイスクリーム

アイスクリーム: ice cream)は、牛乳などを原料にして、冷やしながら空気を含むように攪拌してクリーム状とし、これを凍らせた菓子である。そのうち、柔らかいものは「ソフトクリーム」と呼ばれる。

後述する通り、国によっては「アイスクリーム」製品の規格を規定する場合がある。例えば日本では乳固形分及び乳脂肪分が最も高いアイスクリームと、アイスミルクラクトアイスの3種類を合わせて広義に「アイスクリーム類」と称す。乳成分をほとんど含まず、クリーム状でない氷菓もアイスクリームに括られることも多い[3]

歴史

起源

乳製品を天然ので冷やして食べる習慣は紀元前より見られた。すでにの時代の中国古代エジプトにはシャーベットのような冷菓が存在した[4]

ユリウス・カエサルアレクサンドロス3世(大王)は乳や蜜に氷や雪を加えて飲んだという話が伝わっている。また、もともとは3000年以上前に中国で作られた菓子であるとマルコ・ポーロは伝えている。彼が中国で乳を凍らせたものを食べ、その製法をイタリアに伝えたという話もある。

16世紀初頭にパドヴァ大学の教授だったマルク・アントニウス・ジマラが常温の水に多量の硝石を溶かすと溶解熱により吸熱反応を示し、水の温度を下げることができることを発見した[4]。また16世紀中頃にはベルナルド・ブオンタレンティ(Bernardo Buontalenti, 1536年 - 1608年)が氷に硝石を加えることで-20℃程度まで温度が下がることを発見した。この原理を利用することで雪や氷を使用しなくてもシャーベットのような食品を人工的に凍結させることが可能となった[4]。もちろんその水溶液から硝石は何度でも回収できる。

現在のアイスクリームの原型は16世紀中頃、フィレンツェでブオンタレンティがメディチ家のために創作したセミフレッドズコットとされている。フランスのオルレアン侯アンリ(後のアンリ2世)に嫁いだメディチ家の カテリーナ・デ・メディチ(Caterina de' Medici, 仏名:カトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Médicis)、1519年 - 1589年)が、菓子職人とともにフランスに持ち込んだとも言われる。しかし、米国ニューヨーク大学のローラ・ワイスは、この話には根拠がないと述べている[5]

1686年、シチリア出身のフランチェスコ・プロコピオ・ディ・コルテッリ(仏名フランソワ・プロコープ)がパリカフェル・プロコープ」を開店し、1720年、シチリアの氷菓グラニータをアレンジしたグラス・ア・ラ・シャンティ(glace à la chantilly)を売り出した。これはホイップクリームを凍らせた氷菓であり、アイスクリームの商業的成功の最初の例と見なされている。

イギリスには1624年、カトリーヌの孫アンリエット・マリーチャールズ1世(1625年 - 1649年)の元に嫁いだ時にジェラート(アイスクリーム)職人を伴い伝わったと言われる。チャールズ1世の宴会でフランスの料理人ド・ミレオによって作られ、大いに賞揚されたという。チャールズ1世は、アイスクリームの製法を秘密にし、王にだけアイスクリームを提供する見返りに、アイスクリーム職人に一生年金を与えたという伝説がある。しかし、この逸話は19世紀以前の文献には現れず、アイスクリーム売りによる創作とされている。なお、この時代になってもアイスクリームはまだ乳製品をほとんど使用しておらず、代わりにメレンゲを使用したシャーベットに近いものであった。

世界での普及

初期のアイスクリームは、冷たいボウルの中で手を使い造られたため、製造は大変に困難であった。これを改良する発明は主に18世紀に移民によってアイスクリームが伝わったアメリカ合衆国でなされた。1846年、アメリカのナンシー・ジョンソンという主婦によって手回しのクランク式の攪拌機が発明された。1851年にはメリーランド州ボルチモア市の牛乳屋が、余った生クリームを処理するために世界初のアイスクリーム製造工場を造った。この後、アイスクリームは量産品と、生洋菓子にはっきり分かれるようになる。量産品のアイスクリーム製造は、アメリカ合衆国が盛んである。一方、1867年ドイツで製氷機が発明されると、この冷凍技術と酪農の発達に伴い、アイスクリームの工場生産時代を現出した。

アイスクリームサンデー(Sundae)は、1881年ウィスコンシン州のエド・バーナー(Ed Berners)によって発明された。バーナーは日曜日に、5セントでデザートを提供した。このためにこの名がついた。

2015年夏の1か月間、イタリア国内の数百店舗では、貧困家庭の子ども等にアイスを無償提供するプロジェクト「保留アイス」が実施された。趣旨に賛同した購入客が2つ分の料金を支払うことで成立する仕組みで、SalvamammeというNGOが考案した。同国ナポリ発祥とされる「カフェ・ソスペーゾ(他人のコーヒー先払い)」に倣ったもの[6][7]

アイスクリームの国別消費量は、統計主体や手法により差はあるが、ユーロモニター社の調査によれば1人あたり年間消費量の最大国はオーストラリアの19.3リットルである[8]

日本での普及

日本人で初めてアイスクリームを食べたのは幕末1860年万延元年)、咸臨丸で渡米した遣米使節団であるとされている。

日本初のアイスクリームは、1869年明治2年)6月(旧暦、新暦では7月)、遣米使節団のメンバーであった町田房蔵が米国渡航歴のあった出島松蔵から製法を教わり、横浜の馬車道通りに開いた「氷水屋」で製造・販売したものである[9]。「あいすくりん」という名称で、一人前の値段は2分(現在の価値で約8000円)と大変高価な物であったため、民衆に敬遠され、なかなか浸透しなかった。原料は、生乳、砂糖卵黄と至ってシンプルなもので、これは現在、「カスタードアイス」とも呼ばれている。『横浜沿革誌』によると、明治2年は大赤字となり、一時休業したが、明治3年4月の横浜総鎮守伊勢山皇大神宮創建の祭に際して再開、祭礼の賑わいと初夏の日差しにより「頗る繁盛を極め、因て前年の失敗を快復」したとある。なお「アイスクリームの日」である5月9日が日本で初めてアイスクリームを製造・販売した日と一般的に言われているが、『横浜沿革誌』にはそのような記述はない(日付自体は社団法人日本アイスクリーム協会が1965年(昭和40年)に制定した正式なものである)。出島松蔵は明治天皇に「あいすくりん」を献上している。このアイスは富士山麓の氷穴及び函館北海道)の天然氷を用いて製造したと本人が書き残している。後に1899年(明治32年)7月、東京銀座資生堂でも売り出し、人気メニューとなった。その後日本でアイスクリームの工業生産がスタートするのは大正9年である。

日本でのアイスクリームの2006年(平成18年)度の国産品および輸入品の国内販売額は3558億円とされている(日本アイスクリーム協会集計)。うち、森永乳業 12.5%、江崎グリコ 約12.0%、 ハーゲンダッツジャパン 11.8%、明治乳業10.5%、 ロッテ9.8%、その他(カネボウ(現クラシエ)赤城乳業オハヨー乳業センタン等といったメーカー)43.4%(日本経済新聞社推計)。

原材料

アイスクリームの原材料としては、乳製品糖分油脂安定剤乳化剤香料が使用される。

乳製品

乳製品は大きく分けて、乳脂肪源となるもの、と呼ばれる脂肪以外の源となるもの、両方を含むものに分類される。乳脂肪源となるものとしては生クリームや無塩バターがある。無塩バターの方が安価であるが、発酵臭が欠点となりうる。脂肪以外の乳固形分源となるものとしては脱脂粉乳やがある。これらも特有の臭いが欠点となりうる。両方を含むものとしては濃縮乳、やがある。また、脂肪分操作のために、脱脂粉乳を造る際に分離した乳脂肪を添加する場合もある。通常、「」は牛乳を意味するが、まれにヤギの乳のものもあるので一概に牛乳と解釈するのは誤解といえる。

乳脂肪分と分の量比はそれぞれ出来上がったアイスクリームの性質に大きな影響を及ぼす。乳脂肪分が多いと舌触りが滑らかになるが、多過ぎると空気を含みにくくなるので硬くなる。無脂乳固形分は乳タンパク質乳糖ミネラルなどからなる。味にコクを与え、空気を含みやすくするが、多過ぎると乳糖が結晶化してザラザラした食感になってしまう。

糖分

アイスクリームに甘味を与えるために糖分を添加する。アイスクリームは冷えた状態で味わうため甘味を感じにくくなる。そこでアイスクリームミックスに対してショ糖なら15%前後とかなりの高い割合で添加する。ショ糖以外にブドウ糖異性化糖水飴などが使用される。それぞれの甘味や物性によりアイスクリームの風味が変化する。例えばブドウ糖は清涼感をもたらす効果がある。水飴以外の糖は凝固点降下により、アイスクリームミックスを凍結しにくくする。これはミルクの味わいを強くする効果があるが、アイスクリームが融けやすくなるので加減が重要である。

油脂

アイスミルクやラクトアイスに脂肪分を補う目的で使用される。また、原料コストの低減や健康を意識した観点の商品では、植物性油脂が使用される(アイスクリームは乳脂肪以外の使用禁止)。これは乳脂肪分と同じように室温付近で固体となり、体温程度の温度では液体となる性質の油脂が使用される。また、油脂自身が特有の臭いを持っていないことが必要である。この条件に適う植物油はヤシ硬化油パーム油綿実油などである。ポリフェノールで水分と油脂の分離を防ぐ技術を使って常温でも形が崩れにくいアイスクリームも開発されている[10]

添加物

安定剤
乳固形分の乳タンパク質には凍結時にアイスクリームをゲル化させ、空気を保持して氷の結晶を細かく保つ働きがある。しかし、乳固形分の少ないアイスミルクやラクトアイスではその働きが期待できない。また、アイスクリームの輸送や貯蔵などの途中で温度が変動すると一部の氷の結晶が融解して再凍結することで氷の結晶が成長していき、硬い食感になってしまう(ヒートショック)。これを防ぐために安定剤が使用される。昔はデンプンやゼラチンが使用されていたが、現在はペクチンアルギン酸ナトリウムアラビアガムなども使用される。ハーゲンダッツは、原則不使用なので取り扱いには注意を要する。
乳化剤
乳固形分にはある程度乳化剤としての効果があるため、その量の多いアイスクリームでは特に乳化剤を添加しなくとも均一なアイスクリームを作ることができる。しかし、乳固形分の少ないアイスミルクやラクトアイスでは不十分なため乳化剤を添加する必要がある。
しかし、アイスクリームにも乳化剤を添加する場合がある。このアイスクリーム中の乳化剤の働きは通常期待される界面活性効果とは異なり、逆に凍結時に乳化を適度に破壊して乳脂肪の油滴を大きく成長させることにあるとされている。これによってアイスクリームの食感が水っぽくなくなる。グリセリン脂肪酸エステルショ糖脂肪酸エステルレシチンなどが使用される。
天然素材を求める時代の風潮から、これらの添加物も食物由来である場合が多くなった。
フレーバー
アイスクリームには乳の味に合うフレーバー(香料)が付与される。バニラチョコレートストロベリーの3種のフレーバーが主であったが、現在ではそのほかの果実や、抹茶コーヒーなどの嗜好飲料のフレーバーを添加した製品も多くなっている。アイスミルクやラクトアイスでは乳の味を補うためにミルクフレーバーも用いられる。

製法

アイスクリームの製造は原料の混合、乳化、殺菌、冷却、エージング、凍結、硬化からなる。

原料の混合
原料を混合し完全に溶解しアイスクリームミックスとする。60℃前後に加温して行なわれる。
乳化
アイスクリームミックス中の油滴を細かく粉砕して均一な状態にする。通常2回乳化は行なわれる。1回目の乳化は高圧で行ない、油滴の直径を2µm以下まで細かくする。この時点ではいくつかの油滴がくっつきあっている。2回目の乳化は低圧で行ない、この油滴をバラバラにして分散させる。
殺菌
アイスクリームミックス中の菌を殺菌するほか、乳原料中に含まれる酵素を失活させる働きもある。酵素の活性が残存していると油脂が分解されて臭いが出てくるためである。工業的にはタンクで行なうバッチ式の殺菌では冷却に時間がかかり品質の劣化が起こりやすいため、連続流通式の高温瞬間殺菌法が使用されている。
冷却・エージング
殺菌後ただちにアイスクリームミックスは冷蔵され、そのまましばらく貯蔵される。貯蔵中に乳化剤が油滴の表面に充分に吸着したり、油滴中の脂肪が固化したりする。これは凍結時の空気の保持などに影響する。
凍結
アイスクリームミックスと空気をフリーザーに導入し-2〜-9℃程度の温度まで急速に冷却し凍結させる。激しく撹拌しながら急速に凍結することによって空気がアイスクリーム中に気泡として取り込まれたまま凍結し、アイスクリーム特有の食感が得られる。この取り込まれた空気の体積のアイスクリームミックスの体積に対する比率をオーバーランという。適当なオーバーランはアイスクリームミックスの組成により変わるが、低過ぎると硬く冷た過ぎる食感となり、多過ぎるとパサパサした食感となる。凍結速度が速いほど、氷の結晶が細かくなり滑らかな食感のアイスクリームができる。この凍結でアイスクリーム中の水分の50-80%程度が凍結した状態になる。なお、ソフトクリームはこの時点でアイスクリームを取り出し盛り付けたものである。
硬化
フリーザーから出てきたアイスクリームを容器に充填して、そのまま-20℃以下まで冷却して、残っている水分の大部分も凍結させる。これはフリーザーの凍結温度そのままでは氷の結晶の融解と成長によって徐々に氷の結晶が合体してザラザラした食感になったり、気泡が合体して不均一になったりしてしまうためである。

なお、一連の工程を液体窒素を用いて短時間で調理する方法もある[11]

成分規格による分類

アイスクリームは成分規格により分類される[4]

日本

日本におけるアイスクリーム類と氷菓は「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(乳等省令)及び「アイスクリーム類及び氷菓の表示に関する公正競争規約」[12]によって分類されている。なお、乳等省令において乳製品に分類されるのは、下記のアイスクリーム類である。

日本におけるアイスクリーム類と氷菓の分類
分類定義
アイスクリーム類アイスクリーム重量百分率で乳固形分15.0%以上、うち乳脂肪分8.0%以上のもの濃縮乳を使用したり、生乳をベースに生クリームを混合させたり、「アイスクリーム」の分類に合わせるため乳脂肪を調節する場合もある。
アイスミルク重量百分率で乳固形分10.0%以上、うち乳脂肪分3.0%以上のもの
ラクトアイス重量百分率で乳固形分3.0%以上のものラクトとはラテン語で「乳」を意味する。乳固形分がアイスミルクより少なく、アイスクリームの風味を出すため植物系油脂を混合するなどして脂肪分を補った製品の場合、カロリーがアイスクリームやアイスミルクより高い場合もある。
氷菓糖液若しくはこれに他食品を混和した液体を凍結したもの又は食用氷を粉砕し、これに糖液若しくは他食品を混和し再凍結したもので、凍結状のまま食用に供するものかき氷など。アイスクリーム類との区別は成分の比率によるため、シャーベットアイスキャンディーなどで原材料として乳製品を使用していても、比率によっては氷菓に分類される。

※いずれも食品衛生法に基づく規格に適合しなければならないとされている。

なお、長年の研究から、アイスクリームの温度が氷点下25℃以下であれば、元の状態がほとんど変化しないことがわかっており、日本アイスクリーム協会では工場冷凍庫や営業冷凍庫において長期間アイスクリームを保管する場合は氷点下25℃以下、小売店に配送して家庭で保存するまでは最低限氷点下18℃以下で保管することを推奨している[13]。氷点下18℃以下で保存されることが前提であり、適切な温度で保存されれば品質変化は極めてわずかだが、適切に温度管理されなければ変質し元に戻らないことから、保存期間よりも温度管理が重要である。そのため、日本では賞味期限消費期限の表示義務はない[14]

米国

アメリカ食品医薬品局による規則ではアイスクリームは乳固形分20%以上、乳脂肪分10%以上を含むものとされている。乳脂肪6%以上、タンパク質2.7%以上のものはメロリン(Mellorine)と称される。以前はアイスクリームよりも乳固形分、乳脂肪分が少ない分類としてアイスミルクがあったが、現在は廃止されている。

商品形態による分類

アイスクリームは商品形態により次のように分類される[4]

カップ
カップ入りのアイスクリームのカップは紙製と樹脂製に大別され、蓋やシールで密封されている[4]
スティック
スティックタイプのアイスクリームのスティックには木製や樹脂製のものがある[15]。スティックタイプのアイスクリームの製法はモールドタイプとエクスツールドタイプに分けられる[15]
モナカ(アイスモナカ)
最中生地(モナカ皮)を可食容器として利用したもの[15]
アイスクリーム・コーン
食べられる円錐形の受け皿は、アイスクリームコーン(ice cream cone)あるいは単にコーンという。日本語ではカタカナ表記が同じなので勘違いされることが多いが、コーンという呼び名は形状から来ており、原料はトウモロコシ(コーン:corn)ではなく小麦粉である。現在では四角錐のような形状のもの、小型のタルト生地のような形状のものもあり、このような円錐形でないものも含めて小麦粉を焼いて作られる上部の開いた容器は一般にコーンと呼ばれている。ワッフル生地を硬く焼いたワッフルコーンもある。
コーンの発明者は不明である。これに関する最初の文献記述は、Mrs. A. B. Marshall's Cookery Book(1888年)である。Marshallはアイスクリーム製法に様々な工夫をした人物として知られ、彼女自身による発明の可能性もある。このカップは、1904年セントルイス万国博覧会のアイスクリーム売りが使用し、一気に全世界に広まった。
アイスクリーム専門店などでは販売時にコーンを保管しておくためのコーンスタンドが用いられ、販売の際にはコーンの下端に円錐状の紙(スリーブ)が取り付けられることもある。さらに、ソフトクリームなどでは小麦粉の生地を焼いて作られたキャップがアクセントにのせられていることもある。
その他
  • 一口タイプ[15] - 一口で食べることができるようチョコレートでコーティングしたものなど。
  • サンドイッチタイプ[15]
  • スティックレスバータイプ[15]
  • デコレーションタイプ[15]
  • ハンディ容器タイプ[15] - スパウト付パウチ容器などを利用したもの[15]

販売形態による分類

アイスクリームには次のような販売形態がある[15]

シングルパック

1個単位で販売されるものをシングルパックという[15]コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどでは、一食分に包装されたアイスクリームが販売されている。製品の形態としては、紙製あるいはプラスチック製のカップに入ったカップアイス、プラスチック容器に一食分ずつ密封包装されて皿に簡単に取り出せるようにしたポーションアイス、プラスチック容器(パウチ容器)入りアイスクリーム、木などの棒にアイスクリームがついたアイスバーなどの形態をとる。

マルチパック

やや小さめのアイスクリームを詰め合わせたものをマルチパックという[15]。個包装のアイスクリームを複数個ずつ箱詰めした形態で販売されている(マルチアイス、ファミリーパック、箱入りアイス)。

ホームタイプ

大型容器あるいはケーキタイプのように皿に盛り付けたり切り分けたりするものをホームタイプという[15]

スーパーマーケットコンビニエンスストアなどでは、丸型あるいは角型のプラスチック製あるいは紙製の大型容器に入ったアイスクリーム(バルクアイス)が販売されている。容量数リットルのアイスクリームが容器に充填されており、容器から取り分けて食べる。代表的なブランドに、ハーゲンダッツレディーボーデンなどがある。

業務用

レストラン、ファーストフード店、ホテル、喫茶店など向けに2~10リットル程度のアイスクリームを大型容器に充填したもの[15]

外食産業

喫茶店などではバニラアイスクリームだけを置いてある場合もあるが、レストランによってはアイスクリームの盛り合わせやフルーツなど他の食品との組み合わせからなるデザートも提供される。これらの飲食店では何らかの皿や器にアイスクリームを盛って提供する点が共通している。

専門店

アイスクリームを専門に売る店舗があり、そうした店舗は全国的、国際的または広域的なチェーン店であることも多い。代表的なものにバスキン・ロビンス(日本でのブランドは「サーティワンアイスクリーム」)、ハーゲンダッツ、ホブソンズ、ブルーシールなどがある。これらの店舗では多種多様なフレーバーのアイスクリームを提供し、コーンワッフル、紙製のカップなどを用いる。これらのアイスクリームは、店内で食べるだけでなく持ち帰りも可能である。

以下は主なアイスクリームパーラー。

その他

自動販売機

日本では江崎グリコが「セブンティーンアイス」ブランドで駅構内ゲームセンターなどに設置している。また森永製菓ショッピングセンターサービスエリアに展開している。

屋外販売

屋台などの屋外販売の場合、一食分を取り分ける場合(アイスクリーム・シャーベット)、個別にパッケージされた場合(アイスキャンディー)、その場で一食分を作る場合(かき氷)、など複数の商品形態がある。一例として、秋田県名物のババヘラなどが挙げられる。

アイスクリームの提供

デコレーション

アイスクリームグラスなどでアイスクリームが供される場合には、デコレーションとして上にウエハース、硬く焼いたワッフル、シガーロール(円筒状の焼菓子)がのせられることもある。

関連用品

ディッシャー
アイスクリームをコーンや器に簡単にのせることができるようにした専用の道具。
アイスクリームグラス
食事などでデザートにアイスクリームを出す際に用いられる専用のグラス。
アイスクリームスプーン
アイスクリーム専用のスプーン。金属製スプーンのほか、紙袋などに包装された使い捨ての木製スプーンもある。

関連する作品

ノンフィクション作品

  • ドキュメンタリー『』シリーズ 第4回「アイスクリーム」(ヒストリーチャンネル
  • ドキュメンタリー『現代の驚異』シリーズ 第454回「アイスクリーム」(ヒストリーチャンネル)

フィクション作品

  • 映画『』(原作:)
  • 映画『』(原題:The Freshman1925年(大正14年)) - サイレント喜劇映画俳優ハロルド・ロイド演じる田舎出身で世間知らずの青年が、学生として通う大学にて人気者になるため、当時まだまだ高級品であったアイスクリームを学内中の生徒に奢り、破産状態になる様を描いたコメディー映画。
  • 映画『』(原題The Stuff、監督:ラリー・コーエン1985年) - 外宇宙から来た(見た目も味覚もアイスクリームそっくりの)流動状寄生生物が、巧みに誘引の上、成功させた口内摂取を通じ体を乗っ取った地球人を使い、全米規模アイスクリーム・チェーン店を偽装して侵略を進めていく異星人侵略物パニック映画。
  • 歌『アイスクリームのうた』(作詞:さとうよしみ、作曲:服部公一1960年昭和35年))- ABCラジオ『』で放送された童謡1962年昭和37年)にはNHKみんなのうた』で放送された。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 文部科学省 「日本食品標準成分表2015年版(七訂)
  2. ^ 厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2015年版)
  3. ^ 教えて!アイスクリーム王子/アイスクリームとラクトアイスは、何がちがうの?日本アイスクリーム協会(2018年11月15日閲覧)。
  4. ^ a b c d e f 上野川修一 編『ミルクの事典』p.126、朝倉書店、2009年
  5. ^ ローラ・ワイス『アイスクリームの歴史物語』竹田円訳、原書房〈お菓子の図書館〉、2012年。ISBN 978-4562047857
  6. ^ 誰かのために先払い、「保留アイスクリーム」 イタリア - AFPBB News(2015年8月1日)
  7. ^ “《冷たい善意》お裾分け=貧困家庭の子供に無料アイス−伊”. ローマAFP=時事. (2015年8月2日). オリジナルの2015年8月9日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150809115247/http://www.jp105.net/news-693273.html 
  8. ^ 世界各国の1人当り年間消費量”. 日本アイスクリーム協会. 2019年8月22日閲覧。
  9. ^ アイスクリームの日本昔話信州大学 細野明義 p33
  10. ^ 「溶けないアイス」増産日経産業新聞』2018年9月20日(食品・日用品・サービス面)、『日経MJ』2018年10月1日(コンビニ・フード面)、2018年11月15日閲覧。
  11. ^ アイスクリームをつくろう”. 三重県総合教育センター. 2003年11月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年12月20日閲覧。
  12. ^ アイスクリーム類及び氷菓の表示に関する公正競争規約と公正競争規約施行規則”. 日本アイスクリーム協会. 2016年10月6日閲覧。
  13. ^ アイスクリームと温度管理 日本アイスクリーム協会
  14. ^ 5.賞味期限 日本アイスクリーム協会
  15. ^ a b c d e f g h i j k l m n 上野川修一 編『ミルクの事典』p.127、朝倉書店、2009年

関連項目

外部リンク

車内販売

車内販売(しゃないはんばい)とは、列車バスの車内において物品を販売するサービスのことである。略して車販(しゃはん)ともいう。食堂車とともに、列車内の供食サービスの一つである。

日本における車内販売

日本では1934年鉄道省は食堂車が連結されていない列車で弁当類販売の要望があったため、試験的に販売したところ好評であった。このため列車内乗込販売手続を制定し、1935年11月より開始した[1]

定義と営業形態

鉄道

主に新幹線特急列車(主として長距離列車)など、JR私鉄優等列車に専門の要員が乗務し、各車両の通路を定期的に巡回して、乗客の要望に応じて物品(主として飲食物)を販売する形態の販売行為を指す。ただし普通列車快速列車なども含む)でも、首都圏のJR線(東海道本線横須賀線総武快速線宇都宮線高崎線常磐線湘南新宿ライン上野東京ライングリーン車)など一部の線区で車内販売員が乗務している。なお、アテンダント(客室乗務員)が車内販売を行うこともある。

車内にビュッフェ(ビュフェ)またはカフェテリア、カウンターなどを設け、そこで物品を販売している列車もあるが、これらの販売形態を車内販売に含めるかどうかは意見が分かれる。また、列車内に設けられた自動販売機での販売は車内販売に含まれないと考えられている。

バス

日本ではバスの車内で専門要員が車内販売を行う例はないが、国によっては車内販売が行われるバス路線が存在する。なお日本でも神奈川中央交通グループでは子会社の湘南神奈交バスなどにおいてセルフサービスによる車内販売を行なっていたが、これは運賃外収入によるバス路線の維持を目的としていた。

また、バス事業者によっては車内で回数乗車券一日乗車券のほかにも傘などの雨具[2]などを販売していることがある。停車中に運転手に申し出ることによって購入する事が出来るが、運転手による金銭のやりとり[3]が伴うため近年は縮小傾向にある。

車内販売で販売される主な物品

など

基本的な乗務内容

販売員はまず所定ので販売品が積み込まれたワゴンを列車内に持ち込むか、車内販売の材料を車内に持ち込み、車内に格納されているワゴンに積み込む(新幹線の場合に多い)。新幹線や特急列車には販売員の車内販売業務の拠点となる部屋が設けられていることが多い。この部屋を車販準備室(しゃはんじゅんびしつ)という。以前は食堂車の厨房を拠点としていたが(当時は弁当やサンドイッチなども食堂車で調製していた)、食堂車が廃止されたためこのような部屋が設けられるようになった。車販準備室には簡単な作業を行うための空間や、飲料の保温用ポット・保冷用冷蔵庫・アイスクリーム用冷凍庫などが備えられているのが通常であるが、車両によっては、通常車掌が使用する乗務員室(業務用控室)をそのまま利用し、このような設備がない場合もある。

発車後、車掌による案内放送の後に車内販売の案内を行い、車内を巡回する。列車の運行中に車販準備室に出入りしつつ何度か巡回し、終点近くになると案内放送で営業終了の旨を放送し、車販準備室で後片付けや集計などを行い、車内販売の乗務スケジュールに定められた駅で下車する。

列車内の巡回は、販売員が販売品を積んだワゴンを押して移動する、ワゴンサービスが一般的だが、2階建て車両でワゴンによる移動が困難な場合や販売品の量が少ない場合には、販売品を入れたカゴなどの容器を手で携えて巡回する。またE4系Max」の場合、デッキ付近に車内販売ワゴン用エレベーターがあり、これでワゴンを1階⇔2階に運んでいる。

車内販売のある列車を運行する鉄道事業者は車内販売専門の子会社を持っていることが多く、販売員はその子会社に所属しているのが普通であるが、正規従業員ではなく派遣・契約やアルバイトといった非正規雇用で採用しているケースも少なくない。また、駅弁屋などの業者が特定の列車を担当することがあり、自社の商品(駅弁など)の販売に従事する。なお、食堂車を営業している列車においては、車内売員も食堂車のクルーの一員として扱われ、食堂車の接客と車内販売を兼務するケースもある。

販売員は女性が多いが、男性の販売員もいる。

JR時刻表では、車内販売が乗務する新幹線には記号(○印)をつけている。東海道・山陽新幹線では、2003年9月30日までは旧国鉄時代から食堂車・ビュフェがあった時代の名残で通し乗務を行っていたが、現在は新大阪駅で全て交代している。一方、2015年3月14日に開業した北陸新幹線においては、全区間通しでJR東日本の関連会社が車内販売を担当している。なお、ともに2019年3月15日限りで車内販売を廃止した九州新幹線2011年3月12日全線開業)と北海道新幹線2016年3月26日開業)においては、九州新幹線ではかつて実施していた車内販売は直通運転をしている山陽新幹線との境界駅である博多駅で全て交代していたが、北海道新幹線では北陸新幹線同様、JR東日本の関連会社が通しで車内販売を担当していた。

現状

利用客の多い駅を中心に、駅構内でも売店以外にコンビニエンスストアや「駅ナカ」と呼ばれる商業施設が充実してきている現状では、乗車前にそれらで予め商品を購入するケースが多くなっている[4][5]。その一方で、車内販売では取り扱い品目が限られることもあって年々利用客は減少しており採算が取れなくなっていることに加えて、相次ぐ離職で人員確保が難しくなってきているという事情もある[4][5]。そのため、JR・私鉄問わず車内販売は、採算の取れない・利用客の少ない列車では廃止するなど縮小傾向にある[4][6]。JR各社での車内販売売り上げは2000年前後がピークで、2010年代後半には半分以下に減っている[7]。利用客の多い東海道新幹線であっても車内販売は採算が取れていないのが実情だが、東海道新幹線においては車内販売も担当するパーサーに緊急事態時における乗客の避難誘導など『安全要員』としての役割も与えているため、「のぞみ」と「ひかり」においては当面継続する意向である[5]

JRグループでは、東海西日本の各社が2015年3月までに在来線特急列車での車内販売を全廃し、東海道・山陽新幹線でも「こだま」は2012年3月までに全廃した。また、東日本北海道九州の各社でも、一部の新幹線(「なすの」「たにがわ」「さくら」など)や特急列車で車内販売を全廃する動きが出てきている[8][9][10]。なお、寝台特急列車においては、唯一の定期列車である「サンライズ出雲」は既に廃止され[11]、臨時列車を含めても「カシオペア」「北斗星」のみとなっていた。

JR北海道は2019年2月28日をもって在来線の車内販売を、3月15日をもって北海道新幹線の車内販売(NREに委託)を終了した[4](但し「大雪」1・2・4号、「オホーツク」1号、「サロベツ」1・4号で行われている期間・区間限定での沿線特産品の販売のみ継続[12])。JR九州も2019年3月15日限りで九州新幹線内での車内販売を終了した(観光列車の一部に限り継続)[13]。JR東日本も、2019年3月15日をもって一部の特急列車の車内販売を終了し、車内販売を継続する列車においても販売品目の見直しが行われ、弁当、軽食類の販売を中止し、飲み物、菓子類に販売品目を限定した[14]四国旅客鉄道(JR四国)では2003年平成15年)10月に全廃した[15](代わりに飲料の自動販売機を設置)が、2009年3月19日から予讃線土讃線の特急での試験的な再開を経て、同年8月1日より予讃線の丸亀高松駅 - 観音寺間の「しおかぜ」「いしづち」の一部列車と土讃線の丸亀 - 琴平間「南風」の一部列車で正式に復活した[16] [17]。車内販売の営業をしていたJR四国の子会社である高松駅弁の解散に伴い、2014年5月31日で一旦営業を休止していたが、JR四国の子会社であるステーションクリエイト東四国が車内販売の営業を引継ぎ、2014年6月21日から「しおかぜ」の一部列車と「南風」の日中を中心とした一部列車で丸亀駅 - 観音寺駅・琴平駅間などのごく短区間に限って実施していた[18]が、これも2019年3月15日をもって再度全廃した[19]。一方で、首都圏JR線の普通列車グリーン車では車内販売が新たに開始され、客室乗務員が車内改札を兼ねて片手で持てるバケットに商品を詰め込み、車内販売を行っている。このように、JRでは定期的に車内販売を行っているのは東海道・山陽新幹線北陸新幹線のみで、あとは首都圏の快速・普通列車グリーン車で簡易的に、その他は一部の観光列車や期間限定でのイレギュラーな営業のみとなっている。

私鉄では、近畿日本鉄道伊勢志摩への観光客誘致の一環として、一旦全廃していた車内販売を、2006年(平成18年)11月から土曜・休日ダイヤの伊勢志摩ライナーを使用する伊勢志摩方面特急において4年ぶりに車内販売を再開したほか、2007年(平成19年)10月8日より同じく土曜・休日ダイヤの名阪甲特急(アーバンライナーplusアーバンライナーnext)においても早朝・夜間を除き車内販売を再開したが、名阪甲特急においては2020年(令和2年)3月14日のダイヤ変更をもって再度廃止した。なお、観光列車としての要素が強い「しまかぜ」、「青の交響曲」、「伊勢志摩ライナー(土休日の一部列車のみ)」では車内販売を継続する[20]。なお、「しまかぜ」「青の交響曲」では供食サービスも実施している。

小田急電鉄ではロマンスカーで長年、供食サービス(シートサービス)を含む車内販売営業を行っていたが、2016年にシートサービスを廃止、2021年3月13日のダイヤ改正をもってワゴンサービスも廃止することが発表された[21]

車内販売を行う主な企業

鉄道会社による直営のもの
かつては九州新幹線、在来線の特急列車でも行っていたが、現在は一部の観光列車のみ。
鉄道会社の関連企業が行うもの
日本食堂は国鉄時代に設立された企業である。国鉄分割民営化に伴いJR各社ごとに分割され、JR各社が単一株主または大株主となっている。
  • その他

かつて車内販売を行っていた主な企業

  • 北海道旅客鉄道(JR北海道。在来線の特急列車で実施)
  • にっしょく北海道(JR北海道子会社。北海道ジェイ・アール・フーズとなった後、北海道キヨスクに合併[22]
  • 四鉄構内営業(JR四国子会社。同社が運行する列車の車内販売が2003年9月に営業終了したのに伴い、同年10月に会社解散)
  • ステーションクリエイト東四国(JR四国子会社。同じJR四国の子会社だった高松駅弁の解散に伴い、同社が行っていた車内販売を2014年6月21日から引き継いだが、2019年3月15日に終了)
  • ジェイアール九州トラベルフーズ(JR九州子会社。にっしょく九州として設立、2005年に会社解散)
  • 鉄道弘済会(国鉄時代に設立された財団法人。国鉄分割民営化に伴い多くの事業をJR各社ごとに分割したが、引き続き一部の事業を単独で行っている)
  • 越川(鉄道弘済会への飲料の納入が縁で1982年に車内販売に参入。当初は鉄道弘済会及び後身の東日本キヨスクとの委託契約であったが、NREとの委託契約への移行・NREとの合弁会社化を経て2006年にNREに吸収された)
  • ビュフェとうきょう(略称:BT、1961年創業当時は「東海車販」という社名だった。東海道本線で営業していたが、東海道・山陽新幹線開業により新幹線で弁当車販参入。1965年社名変更、ビュフェ営業参入(のちに食堂車も営業)。1993年、ジェイダイナー東海(現:JRCP)に吸収された)[23][24]
  • (新幹線)パッセンジャーズサービス(略称:SPS、1987年6月創業。東海道新幹線専門の車販・ビュッフェ・店舗営業者であった。2002年にジェイダイナー東海と企業統合し、JRCPとなった)
  • 帝国ホテル列車食堂(1953年につばめ号の食堂車・車販に参入。以降在来線や東海道・山陽新幹線で営業していたが、1991年に列車営業から撤退した)
  • 都ホテル列車食堂近鉄グループのホテル。昭和20年代末期のかもめ号から食堂車・車販に参入。以降在来線や東海道・山陽新幹線で営業していたが、平成初期に列車営業から撤退した)[25]
  • 聚楽(1962年に「大日本食堂」の社名で列車食堂に参入、上越線及び上越新幹線専門の業者であった。NREとの合弁会社聚楽ティ・エス・エスを経て、2011年にNREに吸収された)
  • 高松駅弁(JR四国子会社。2009年3月19日から予讃線・土讃線の特急での試験的な車内販売の営業再開を経て、同年8月1日より予讃線の丸亀・高松駅 - 観音寺駅間の「しおかぜ」「いしづち」の一部列車と土讃線の丸亀駅 - 琴平駅間「南風」の一部列車で正式に復活した。会社解散に伴い車内販売を2014年5月31日で中止。同じJR四国の子会社であるステーションクリエイト東四国が引き継いだ)
  • 近鉄観光近鉄特急の車内販売を行っていたが、2002年に車内販売廃止に伴い撤退、2010年に解散。後に近鉄特急で車内販売を再開した際には近鉄リテールサービスによる運営となった)
  • 北陸トラベルサービス(略称:HTS、鉄道弘済会系。1970年代に「金鉄車販」の社名で列車食堂に参入。主に在来線特急の車内販売を行っていたが、会社解散に伴い車内販売を2014年9月30日で中止。特急「はくたか」の車内販売分はNREが引き継いだ[26]。)
  • 日本レストランエンタプライズ(現・JR東日本フーズ)(略称:NRE、JR東日本子会社。登記上、日本食堂の直系の系譜となる企業。2019年7月1日、車内販売業務をJR東日本サービスクリエーションに移管)

東アジアにおける車内販売の形態

  • 台湾においては、台湾高速鉄道や、在来線の台湾鉄路管理局で車内販売が行われている。販売品は日本と同様、弁当や飲み物などであるが、太魯閣号では列車にちなんだ記念品の販売もある。
  • 韓国中国においては、地下鉄の車内で様々な物を売り歩く人の姿が見られる。これらは本来違反であるのだが、乗務員の目を盗むようにして半ば公然と行われている。大声を上げて啖呵売りを行う者もいれば、チラシを配って購入を希望する客にのみ対応を行う控えめな人も居る。売られるものには日用品食料品のほか、電卓時計などもある。なお、韓国鉄道公社の列車においては、日本と同様に弁当や菓子類を移動販売していたが、2017年をもって終了し、自動販売機によるセルフサービスに変更された。

東南アジアにおける車内販売

  • 東南アジア諸国の鉄道においても、様々な物売りが列車に乗ってくることがある。自家製の野菜を売るものもいれば、ダフ屋のように入手困難なチケットを売るもの、更にはゲリラ的に乗ってきて一駅で折り返すもの、外貨の闇両替を行うもの、チンドン屋や日本の街頭ライブのように音楽演奏・芸を行って金をもらうものなど、種類は多種多様である。

南アメリカにおける車内販売

  • 鉄道会社および専門業者の販売員が車内を巡回し、軽食や飲料類を販売する形態の車内販売のほか、主に各国の主要都市の地下鉄や近郊鉄道路線において、飲料水やスナック菓子、アイスクリーム、雑貨、小物などの販売が存在する。これの多くはかつての日本の一部の路線や、現在の東南アジア・アフリカ諸国の路線、および北アメリカ・ヨーロッパ諸国の大都市のごくごく一部の路線などで行われている類似のものと同様、正規の販売員ではない人間によって行われており、その中にはボールペンなどの商品を順番に乗客に配り、買わない客からは後から回収するという形態のものもある。この場合、周りの客が当然のように受け取っていることから、観光客らが試供品のサービスと思って開封してしまい、代金を請求されトラブルになることがある。

ヨーロッパにおける車内販売

西欧諸国では長距離列車の車内に売店(イートインスペースも設けている場合が多く、日本の鉄道におけるビュッフェに近い)がある場合が多いが、乗客が売店に買いに行く方式が主流であり、車内販売を実施する列車は少ない。

ベルニナ特急やゴールデンパス・ライン(BLS区間及びZB区間)には車内販売がある[27]

ギャラリー

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 『鉄道省年報. 昭和10年度』国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  2. ^ 降車後徒歩で移動する乗客がおり、雨天時に需要があると考えられているため販売している。
  3. ^ 運賃の支払いは運賃箱を用いて行うが、運賃箱でカバー出来ない物品の販売は運転手に直接現金を手渡して行うため、運転手が売上金を着服する可能性もある。
  4. ^ a b c d 客室乗務員による車内サービスの終了について (PDF)”. 北海道旅客鉄道 (2019年1月24日). 2019年1月24日閲覧。
  5. ^ a b c “東海道新幹線の車内販売、もうからなくても続ける理由”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2019年12月19日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53531430Y9A211C1L91000/ 2020年3月10日閲覧。  ※会員限定記事のため、全文の閲覧は会員登録が必要
  6. ^ “特急オホーツク 車内販売の思い出”. どうしん鉄道ブログ. (2015年6月18日). http://blog.hokkaido-np.co.jp/tamatetsu/2015/06/post-35.html 2016年5月3日閲覧。 
  7. ^ (ニュースQ3)消えゆく車内販売、旅を彩る味どうなる?朝日新聞』朝刊2019年2月21日(社会面)2019年2月24日閲覧。
  8. ^ 一部の新幹線・在来線特急列車の車内販売サービスと新幹線「グリーンアテンダント」によるサービスの終了について (PDF) - 東日本旅客鉄道ホームページ、2015年1月16日
  9. ^ 客室乗務員による車内サービスの見直しについて (PDF) - 北海道旅客鉄道ホームページ、2015年2月12日
  10. ^ 「かもめ」「ソニック」の車内販売3月で終了 JR九州、駅店舗増加で売り上げ減 - 『産経新聞』、2015年1月28日
  11. ^ 出雲市ゆきの岡山駅 - 新見駅間のみ営業していた。同列車の東京ゆきと、途中併結する「サンライズ瀬戸」は運転開始当初から営業していない。
  12. ^ JR北海道の客室乗務員サービスが全廃へ、JR九州も九州新幹線で…続く赤字、人材確保も困難に - Response.、2019年1月24日
  13. ^ 車内販売サービスのご案内”. 九州旅客鉄道 (2019年1月24日). 2019年1月24日閲覧。
  14. ^ 新幹線・在来線特急列車の車内販売サービスの一部列車の終了と取扱品目の見直しについて (PDF) - 東日本旅客鉄道ホームページ、2019年2月18日
  15. ^ 「鉄道記録帳2003年9月」『RAIL FAN』第50巻第12号、鉄道友の会、2003年12月1日、 22頁。
  16. ^ 特急の車内販売6年ぶり復活/JR四国が8月1日から”. 『四国新聞』 (2009年7月30日). 2009年7月30日閲覧。
  17. ^ 車内販売6年ぶり再開 JR四国の特急”. 『産経新聞』 (2009年8月2日). 2009年8月2日閲覧。
  18. ^ 車内販売のご案内”. 四国旅客鉄道 (2014年3月15日). 2014年5月30日閲覧。
  19. ^ 特急列車の車内販売終了「ありがとうキャンペーン!!」の実施について (PDF)”. 四国旅客鉄道 (2019年2月27日). 2019年3月15日閲覧。
  20. ^ “大阪~名古屋間の特急における車内販売サービス終了について” (PDF) (プレスリリース), 近畿日本鉄道, (2020年1月21日), https://www.kintetsu.co.jp/tetsudo/tetsudo_info/news_info/200121_meihan-syahan.pdf 2020年1月30日閲覧。 
  21. ^ “小田急、ロマンスカーの車内販売を2021年3月に全て廃止”. 鉄道コム (朝日インタラクティブ). (2020年12月19日). https://www.tetsudo.com/news/2379/ 2021年1月6日閲覧。 
  22. ^ 子会社2社の合併について (PDF) - 北海道旅客鉄道(2010年3月30日付、2012年6月5日閲覧)
  23. ^ 『鉄道ピクトリアル』2014年10月号 通算895号 P.64-66
  24. ^ 『鉄道ピクトリアル』 2014年10月号 通算895号 P.69-70
  25. ^ 『鉄道ピクトリアル』 2014年10月号 通算895号 P.69-70
  26. ^ JR西日本、北陸特急の車内販売を9月に一部終了へ”. Respose. (2014年2月21日). 2018年10月9日閲覧。
  27. ^ 『るるぶスイス(2017年版)』JTB、36-37頁

関連項目


 

Back to Top
Close