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🚄|10年越しのリバイバル、往路は夜行! JR九州「783系ハイパーサルーンで行くリバイバルドリー…


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10年越しのリバイバル、往路は夜行! JR九州「783系ハイパーサルーンで行くリバイバルドリー…

 
内容をざっくり書くと
往路は博多駅~南宮崎駅を、復路は宮崎駅~博多駅間を783系ハイパーサルーンで特別運行する。
 

JR九州は2021年10月26日、「783系ハイパーサルーンで行くリバイバルドリームにちりんツアー」… →このまま続きを読む

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博多駅

博多駅(はかたえき)は、福岡県福岡市博多区博多駅中央街にある、九州旅客鉄道(JR九州)・西日本旅客鉄道(JR西日本)・福岡市交通局(福岡市地下鉄)のである。

概要

規模や利用客数において九州最大の駅であり、九州旅客鉄道(JR九州)の本社最寄り駅にして同社最大のターミナル駅でもある。また、九州鉄道(初代)開業当時から存在する九州最古の駅の一つでもある[注釈 1]

当駅を拠点に、東海道・山陽新幹線九州新幹線や九州の主要都市とを結ぶ特急列車福岡都市圏等を走る多くの路線が乗り入れる[1]全旅客列車停車駅である。2004年平成16年)時点では特急列車の発着本数が日本一だった[2]

山陽新幹線の終点にして東海道・山陽新幹線系統の西端でもあり、九州新幹線(鹿児島ルート)の起点でもある。東海道・山陽新幹線系統の「のぞみ」「ひかり」「こだま」は、当駅をまたいで運行する列車はない[注釈 2]。また、山陽・九州新幹線系統の「みずほ」は全列車が当駅をまたいで運行されている一方、「さくら」は当駅止まり(九州新幹線内のみ運行)の列車もある。一方、九州新幹線の「つばめ」は熊本駅小倉駅行の1本を除いて当駅で折り返す。

2007年(平成19年)3月31日に閉店した博多井筒屋が入居していた[3]駅ビル博多ステーションビル)の解体後、複合商業施設である新駅ビル(JR博多シティ)が建設され、九州新幹線鹿児島ルート全線開業9日前の2011年(平成23年)3月3日に開店した[4]

福岡市地下鉄の駅はJRホームの中心点の地下付近にある。福岡市地下鉄の駅の中では天神駅に次いで二番目に利用者が多く、同線の拠点駅である。また、七隈線を当駅まで延伸する計画があり工事中である(後述)。

JR博多駅の事務管コードは▲910127、福岡市内の事務管コードは▲919902である[5]。また、福岡市地下鉄博多駅の事務管コードは8551101である[6]

乗り入れ路線

以下の路線が乗り入れる。JR九州の在来線駅には「00」の、地下鉄空港線の駅には「K11」の駅番号が設定されている。

  • 西日本旅客鉄道(JR西日本)
    • 山陽新幹線
    • 博多南線(正式な取扱上は在来線)
  • 九州旅客鉄道(JR九州)
  • 福岡市地下鉄

乗車カード対応

ICカード乗車券は、JR九州のがSUGOCAに、地下鉄の駅がはやかけんに対応しており、いずれも交通系ICカード全国相互利用サービスに対応する。新幹線は山陽新幹線(九州新幹線は2022年春頃の予定)のみエクスプレス予約のEX-IC・スマートEXサービスに対応する。博多南線もICカード非対応である。

歴史

駅名の由来

所在地の旧来からの地名「博多」に由来する。「博多」は古代日本、遅くとも六国史が成立した頃からの地名であり[7]、中国の代には貿易港としてアジア大陸にも「覇家臺」や「八角島」として知られたほか、兵法書武備志』では日本にある三つの港の一「花旭塔津」として紹介され[8]江戸時代には福岡藩黒田氏那珂川対岸に築いた福岡城城下町とともに栄えた[9]

博多駅は、1889年明治22年)、九州鉄道が九州初の鉄道路線を敷設するにあたり、当時の「博多」の南限にあたる承天寺境内南端部、現在の「出来町公園」付近に福岡市の玄関駅を開業させ「博多駅」としたものである[10]

駅開業前の1889年4月に「市制及び町村制」の公布に基づき、県令により博多・福岡をまとめて「福岡市」として市制施行した。その際に市名論争があり「博多市」も候補だったため、九州鉄道の駅名を「博多」とすることによって和解を図ろうとしたという。

所在地の市名と中心駅名に差異の見られる例は全国各地にあるが、その多くは過去に合併等により自治体名が変更になったり、自治体名の表記変更[注釈 3]があった場合である。

福岡市内のもう一つのターミナル駅西日本鉄道の「西鉄福岡(天神)駅」である(2001年に西鉄福岡駅から改称)。同駅が福岡側の天神に開設されたことと、国鉄駅が「博多」であったために、後から開業した西鉄が市名を名乗ることができた。なお、福岡駅という駅は存在するが、富山県高岡市福岡町にあるあいの風とやま鉄道の駅である。

移転の歴史

初代博多駅は現在地の北西600mの出来町公園付近にあった。公園内に「九州鉄道発祥の地」の記念碑がある[11]

出来町公園付近[11]
明治22年駅舎(初代駅舎)
明治42年駅舎(2代目駅舎)
現在地
昭和駅舎(3代目駅舎)
平成駅舎(JR博多シティ

開業

初代博多駅は、九州で最初の鉄道である九州鉄道(初代)1889年(明治22年)12月11日に博多駅 - 千歳川仮停車場(久留米駅の北側、筑後川の北岸)間に開通時に開業した[12]

当初から東出来町付近に駅を予定していたが、地価が高く、駅南方が急曲線になるため現在地付近に建設することも検討された。しかし地元から、地価を下げる努力をするので市街地から近い所に建設して欲しいという請願があり、この地点が選ばれたという[13]。この場所は当時は福岡市境であって田畑などの耕地だったため駅の建設が容易であり、中洲など市の中心部へのアクセスの利便性も良い位置にあり、また門司熊本方面へ鉄道を結ぶに好都合であったと考えられる。

それから間もなく、1890年(明治23年)9月28日に博多駅 - 赤間駅間が開通して[14]、中間駅となった。なお、初代の駅が開業1年後に移転したという説もあるが、当時の営業報告書や新聞報道にそうした記述はなく、疑問視されている[13]

プラットホームは駅舎に面したホームと島式ホームの2面がある駅であったが、島式ホームの外側の線路は片側のみ本線に接続されている留置線で、営業列車の発着に使用されるのは駅舎側のホームと島式ホーム内側の2線のみであった。また島式ホーム外側には転車台(ターンテーブル)などを備えた機関庫が設けられ、駅舎側ホームの一部には貨物ホームが設けられていた。このときの構内総面積は20,486平方メートルであったと記録されている。

この時代から次の明治終期を経て昭和期の現在地移転に至る前までは、博多駅の南側は田畑の広がる田園地帯であった。鉄道は現在の祇園大通り付近、萬行寺、覚永寺や承天寺などの博多の寺社仏閣のすぐ南を通っており、博多の市街地の南端を形成していた。

発展

経済の発展に伴い鉄道輸送量は急速に伸びていき、九州の鉄道で最大の需要のある駅にもかかわらず規模が小さかった博多駅では支障を来すようになった。このため更なる駅の改築が計画された。周辺の土地の買い占めなどの動きがあって地価が高騰し、一時は御笠川(石堂川)を挟んで対岸の堅粕村に移転することも計画されたが、結局現在地で改築することになった。1906年(明治39年)1月13日に仮駅舎が完成し、引き続き8月から新駅舎に着工したが、1907年(明治40年)7月1日に九州鉄道が国有化されて、駅の工事は国鉄に引き継がれた。

1909年(明治42年)3月3日に新駅舎が完成した。新駅舎は煉瓦造りの2階建てで、ルネサンス様式の建物であった。総面積3,160 平方メートルで、当時の費用で11万8000円の巨費を投じ、便所にも大理石を用いるなど豪華な建物となっていた。ホームは2面あり、営業列車の発着には3線を利用できるようになっていた。さらに島式ホームの外側には広い貨物用の側線が用意され、一番南側には貨物用ホームと貨物上屋が設置されていた。

新駅舎が完成して不要となった旧駅舎は、隣接する吉塚駅に移築されたとする説と、直方駅に移築されたとする説がある。直方駅説については、1910年(明治43年)に落成した駅舎が2011年(平成23年)に解体された際に調査が行われ、建築当時の記録に「新築」とあることや、木材に再利用の痕跡が見られないことなどから、博多駅舎の移築説を否定する報告が出されている[15]

その後、取扱量がさらに増加していき、早くも1914年大正3年)には構内の拡張工事が行われており、貨物扱い設備が増設されている。この間、1911年(明治44年)5月17日に吉塚側を篠栗線単線部分を転用する形で複線化し、1919年(大正8年)10月15日には南側も二日市まで複線化が完成した。

1925年(大正14年)11月20日に北九州鉄道は新柳町駅(後の筑前高宮駅) - 南博多駅間を開通させた[16]。その後、新柳町駅 - 南博多駅間に南博多分岐点(後の住吉信号所)を設置して、そこから線路を伸ばす形で1926年(大正15年)10月15日に北九州鉄道が博多駅へ乗り入れてきた[17]。このときに南博多駅は旅客営業を廃止して貨物専用となった[17]

博多駅の貨物需要は増大し続け、この南博多駅(通称「住吉貨物積卸場」)に一部を転嫁したがそれでも間に合わず、吉塚駅・筑前高宮駅・博多港駅へも貨物の処理を分散させた。この北九州鉄道は1937年昭和12年)10月1日に国有化されて国鉄筑肥線となった[18]

こうしたことからすぐに明治42年駅舎も手狭となり、1939年(昭和14年)には早くも移転拡張の計画が持ち上がっている。1942年(昭和17年)1月には実際に都市計画決定が申請され、1943年(昭和18年)4月には認可も受けたが、太平洋戦争の激化により11月に中止された。1945年(昭和20年)6月20日には福岡大空襲で駅が被災している。

明治時代に完成した煉瓦造りの駅舎は多少の手を入れてはいたが、抜本的な改築は困難で増大する旅客輸送に対処しきれていなかった。福岡市の急速な発展に伴い乗降客数は激増を続け、特に便所の不足は深刻となっていた。ホームも狭くごったがえしており、混雑する時期には始発駅での座席の確保を目的に、本来は他の駅から出発する乗客も博多駅に集中したためさらに混雑が増し、死傷者が出かねないと懸念されるほどの混雑となっていた。さらに博多駅が地上にあるために駅の前後に踏切があり、列車の発着の多い時間帯には1時間に50分近くも踏切が閉まる「開かずの踏切」と化していた。こうした問題は、駅を移転し高架化することでしか解決できないと考えられた。

戦後

第二次世界大戦後も博多駅の混雑は限界に達しており、1947年(昭和22年)には貨物列車は全て博多駅を通過するようにし、博多駅に発着する貨車のみを吉塚駅で別途編成しなおして運転する形式に変更して、博多駅の負担を緩和した。さらに貨物扱いに使っていたホームを旅客列車用の第3ホームに転用し、旅客用ホームが3面となった。しかし貨物設備を旅客用に転用したために、貨物の処理能力はますます逼迫することになった。

このため大戦中に計画されていた移転拡張が再度動き始め、1958年(昭和33年)12月9日に高架式の純旅客駅とすることが決定され[19]、1960年(昭和35年)7月に着工された。博多駅で取り扱われていた貨物は1961年(昭和36年)6月1日に廃止されて吉塚駅へ移転された。また香椎操車場が完成して、福岡地区での貨物の入換作業を一手に引き受けている。貨物扱い廃止と同日、門司港駅から久留米駅までの交流電化が完成しており、移転直前の博多駅も電化されている。なお、この際、感電事故防止のため、交流電化には高さが十分でなかった跨線橋の下部が、死電区間とされた。

1963年(昭和38年)12月1日に、2007年まで使用された昭和の駅舎(駅ビル)が開業した[19]。それまでの博多駅付近で市街地に駅を近づけるために大きく曲がっていたところをショートカットするように南東方向へ移設されており、これにより鹿児島本線について吉塚駅との距離が1.6 kmから1.8 km、竹下駅との距離が3.4 kmから2.7 kmとなり、合わせて0.5 km短縮され、筑肥線については筑前簑島駅との距離が2.3 kmから1.6 kmとなって0.7 km短縮された。0時52分に旧駅舎最後の列車を送り出すと、新駅舎への慌ただしい引っ越しが行われ、4時28分に新駅最初の列車が出発した[19]。新駅は4面8線で完成し、さらに2面4線分の増設が可能なように配慮されていた。結果的にこの2面4線は、山陽新幹線に生かされることになった。また竹下気動車区と結ぶ本線と独立した線が建設されて、博多駅で始終着となる列車の回送が本線の線路容量を圧迫しなくなった。 新駅舎への通路を建設するために徹夜で旧駅ホームの撤去作業が行われて、旧駅舎の前後に2本の通路が通された。移転前の旧駅舎は貴重な文化財であるとの観点から保存も検討されていたが、12月13日の福岡市議会で西日本文化協会の保存の請願が否決された[19]。福岡市の都市計画に基づいて旧駅舎の地点を貫く道路(大博通り)が建設されて取り壊されている。

1975年(昭和50年)3月10日には、山陽新幹線が延伸してきて博多駅まで開業した[20]。この際には、昭和駅舎建設時にあらかじめ増設余地として準備されていたスペースが活用された。さらに1983年(昭和58年)3月22日には福岡市交通局の地下鉄が博多駅まで開業した[21]。このときは仮駅(現在の祇園駅方面連絡通路付近)であったが[21]、1985年(昭和60年)3月3日に本駅が開業した[22]。一方、地上を長く走行して福岡市内の道路交通の妨げとなっており、また非電化単線で輸送力に限りのあった国鉄筑肥線の姪浜駅 - 博多駅間は、地下鉄に代替されて地下鉄開業と同時に廃止となった[21]筑肥線の姪浜駅以西は電化され、地下鉄に直通して博多駅へ乗り入れるようになった[21]

1987年(昭和62年)4月1日に国鉄分割民営化が行われ、博多駅のうち在来線部分がJR九州に、新幹線部分がJR西日本に承継された[23][24]

平成期

1990年(平成2年)4月1日に、新幹線の車両基地(博多総合車両所)までの回送用の線路を旅客化した博多南線が開業した[25]

1992年(平成4年)には駅構内コンコースの大規模なリニューアルを実施している。このリニューアルは有馬裕之がデザインを手がけており、同年度の第6回福岡市都市景観賞を受賞している[26][27]

1993年(平成5年)3月3日には福岡市地下鉄が福岡空港まで延伸され、博多駅から2駅で空港へ行けるようになった[28][29]

2005年(平成17年)から、九州新幹線の全線開業を見据えたホームの再編および駅舎の大規模な増改築工事が始められた。プラットホーム部分は在来線のスペースを一部削ってそこに山陽新幹線・九州新幹線用の増設ホームを建設するなどの工事が行われた。また昭和期の旧駅ビル(博多ステーションビル)を取り壊して、新しい駅ビル(JR博多シティ)を建設する工事が行われ、2011年3月3日に開業した[4]

詳細は後述の#九州新幹線開業に向けた動きも参照。

年表

なお、明治42年の新駅舎完成、昭和60年の地下鉄博多駅の本駅開業[22] と平成5年の福岡空港駅延伸開業、および平成23年の新駅ビル開業[4] はいずれも3月3日である。

九州新幹線開業に向けた動き

当駅は2011年に全線開業した九州新幹線鹿児島ルート起点駅で、山陽新幹線との相互乗り入れが行われている。鹿児島ルート全線開業開通に合わせて、2006年から駅本屋解体及び新築、新幹線ホームの増設や在来線ホームの再編、駅周辺の環境整備等の総合再開発が行われた。

新幹線ホーム工事

2005年10月1日に実施された秋のダイヤ改正と共に九州新幹線開業準備工事(新幹線ホーム新設工事など)が開始されたため、在来線ののりば変更が実施された。

新幹線ホーム新設に伴い、新幹線高架下にあった在来線の9番のりば(単式ホーム、福北ゆたか線専用)が撤去され、7番・8番のりばも南半分が使用停止となった[52][注釈 5]。これにより生まれたスペースに新幹線ホーム島式1面2線が増設されている[52]。スペースが狭隘なため、新設の新幹線ホーム西面(11番のりば)を8両編成対応・車止め設置とし、在来線8番線と突き合わせとなる構造(ホーム階層は異なる)とする[52]などの策が取られている。

博多駅部分の工事については、九州新幹線全体の建設を担当した鉄道建設・運輸施設整備支援機構から駅を管理するJR九州・JR西日本に委託され、両社が分担して行った。全長約1 キロメートルの区間が4つの工区に分割され、中央の2つの工区をJR九州が、両端の2つの工区をJR西日本が担当した。また、電気設備とレールの敷設はJR西日本が担当した。営業中の在来線と新幹線の線路に挟まれた狭隘な空間で建設を行う困難な条件となっていた[53]

建設期間の短縮と費用の削減のために、新幹線の高架橋は既存の在来線の高架橋の上に重ねて建設する「高架橋の重層化」が検討された。専門家による耐震性と耐久性の詳しい検討の結果、鋼板を巻いたり浸透固化処理を施したりして基礎補強を行うことで可能と判断された[53]。ホームおよび線路の本体工事は2010年9月23日完了した[54]

博多口駅ビル工事

博多口には九州新幹線乗り入れを前に、地下3階・地上10階、旧駅ビルの約7倍の延べ床面積約20万平方メートルを持つ、新駅ビル「JR博多シティ」が2011年3月3日に開業した[55]

博多駅再整備事業

新・駅ビル「JR博多シティ」と並行して、博多口駅前広場ほか駅ビル周辺の再整備事業が福岡市により実施されている。新駅ビルの開業に合わせて使用を開始する予定となっていたが、一部の事業対象施設の完成は、ビル開業以降にずれ込んだ(後述)。

対象事業は次のとおり[56]

  • 博多口駅前広場(新駅ビル前面)の再整備
    北寄り地上部、および南寄り地上部と地下部。地下部には地下通路、新地下街(アミュプラザ博多所属)および地下駐車場が整備される。
  • 新駅ビル地上2階部分(博多口側)の空中回廊(ペデストリアンデッキ)の設置。
  • 博多口駅前広場地下駐車場と地上との車両連絡路の建設。
連絡路など
地上1階には既存の中央コンコース(筑紫口と博多口を結ぶ)の南側に、連絡通路を新設。地上2階部分(博多口側)には隣接する博多バスターミナル(旧・福岡交通センター)、旧・博多郵便局(現・KITTE博多[57])ビル方面に通じる空中回廊(ペデストリアンデッキ)を設ける計画となっていた[58]。2011年3月3日の新駅ビル開業時点では、この内、博多バスターミナルへのデッキだけが建設され開通している。また、大博通りに面する博多新三井ビル付近の歩道まで、「博多駅歩行者連絡橋」としてデッキを延伸し、2012年12月20日に開通した[59][60]。また、同デッキはKITTE博多[57]JRJP博多ビル(現・博多郵便局が入居)方向にもそれぞれ延伸された。
駅前の博多口交差点を横断する地下通路が整備された[61][62]
駅ビル中央コンコース周辺に広場が設けられた。
博多口駅前広場
主として、既存のタクシープールや地下鉄入口がある北寄り部分と、工事開始以前には平面駐車場などがあった南寄り部分とに分かれる。南寄り部分は一新され、特徴的なデザインの巨大な屋根モニュメントが置かれる。福岡市によると、イベントを行なったり、市民の憩いの場となる交流スペースを設けたりする[63]。南寄り部分の地下には、地下1階に新地下街(アミュプラザ博多所属)、地下2階に新設の地下送迎場(後述)が設けられた。なお、地下3階部分は隣接するKITTE博多と連結されKITTE博多・JR博多シティ駐車場となり、出入り口はKITTE博多南側に設置され2016年4月21日に開業した(後述)。
駅前広場北寄り部分は地上部に、タクシープール、一般車乗降場が集約され再整備された。
2011年3月3日の時点では地上部分については殆ど完成し使用されている。南寄り部分には、博多警察署博多駅前交番が、筑紫口より移転して設置・使用されている。
駅前広場南寄りの地下1階には、「JR HAKATA CITY駐輪場」がオープンしている。料金は、自転車と50cc未満のバイクが2時間まで駐輪無料。2時間を超えて1日ごとに自転車は100円、バイクは200円となる。
駅前広場地下の送迎場等
駅前広場南寄り部分の地下2階に、46台分の一時駐車場と一般車地下送迎場[注釈 6] および福岡市タクシー協会協賛の「プレミアムタクシー」専用タクシープールを持つ「博多駅地下送迎場」が新たに建設された。博多駅地下送迎場の出入口は、博多口交差点から西方の「はかた駅前通り」上に西向きに設置されている。この施設の完成は九州新幹線鹿児島ルート全線開業から2度の延期を経て2011年10月31日にずれ込んだ。当初は地下2階と3階に計約200台分の駐車場を建設する予定だったが、前述のとおり地下2階部分だけの小規模な駐車場に留まった[61][64][65]。一方、隣接するKITTE博多[57] の地下2階・地下3階に約120台分の駐車場が設置されるが、この地下3階部分は、「JR博多シティ地下駐車場」の3階部分(約110台分、新設)と接続され一体化する。なお、どちらも出入りはKITTE博多の敷地南面の専用出入口からとなる[66]

駅構造

ホームはJR在来線、JR新幹線と福岡市地下鉄の3群がある。JR在来線・新幹線ホームは南北方向に高架化されており、福岡市地下鉄は東西方向の地下にある。

駅西側(正面)を博多口(はかたぐち)、駅東側を筑紫口(ちくしぐち)という。

駅本屋はJR九州とJR西日本で分かれており、駅長室もそれぞれにある[67]。駅本屋については、在来線と新幹線11・12番のりば部分がJR九州、新幹線13~16番のりば部分がJR西日本の管轄である。ただし、新幹線11・12番のりばの運転取扱等はJR西日本が担当する。駅ビルも、博多口・JR九州側はJR博多シティが、筑紫口・JR西日本側は山陽新幹線ホームの直上にオフィスビルの「新幹線博多ビル」があり、後者の直下に商業施設の博多デイトスが入居している。また、中央コンコースの北寄りの在来線ホーム直下にはマイング博多駅名店街が入居している。

博多口と筑紫口は、東西に伸びる駅中央のコンコースで繋がっている。博多口はJR九州の在来線乗り場に近く、筑紫口はJR西日本の新幹線乗り場に近い位置にある(改札口の位置は各鉄道ごとに後述)。

また、新駅ビルJR博多シティの落成に伴い、中央コンコースより南寄りのビル1階部分と同ビル3階[注釈 7]に東西に伸びる新連絡通路が設置されている。

JR九州・JR西日本

JRの特定都区市内制度における「福岡市内」の駅であり、運賃計算の中心駅となる。東京駅発着のぞみ号の最西・最遠の駅であり、現在東京駅から交通系ICの1回「1エリア(EX予約エリア)/1改札/1予約/1決済」で行ける最遠駅である[注釈 8]

構造・通路など

在来線のホームは2階にあり島式ホーム4面8線と留置線1線を有する[52]。新幹線ホーム増設の影響で5面9線の構造から縮小したが、1・2番のりばが拡幅されている[52]。吉塚駅 - 博多駅間の三線区間の福北ゆたか線を走行する列車は7・8番のりばにのみ入線が可能なことと、8番のりば竹下方は行き止まりとなっているため、福北ゆたか線の列車専用となっている[52]。かつては新幹線高架下7・8番のりばの東に福北ゆたか線専用の単式ホーム9番のりばがあったが、新幹線ホーム増設に伴い廃止された[52]。在来線ホームでは、2006年1月頃から、列車(博多駅終着列車、回送列車及び貨物列車を含む)接近時に、チャイムとともに発車標に「列車が入ります ご注意下さい」の表示が出されるようになっている。

新幹線のホームは3階にあり島式ホーム3面6線を有する。1975年の山陽新幹線開業時は2面4線だったが、2011年の九州新幹線鹿児島ルート全線開業に伴い、従前の11~14番のりばを13~16番のりばに変更(改番)した上で、西側に1面2線を増設している(詳細は別記)。増設ホームのうち1線(11番のりば)は8両編成対応の短いホームで、小倉方に車止めがある関係で九州新幹線・博多南線専用となっている。

在来線ホーム間の連絡通路は、ホーム下の中2階の南北に「中央通路」と「東通路」の2本がある。両通路ともに新幹線乗り換え改札口がある。博多口の新駅ビルJR博多シティの落成に伴い、駅ビル3階にも新通路・新改札口「博多シティ3階改札口」が設置され、2011年3月7日に使用開始した[注釈 9]。3階連絡通路の改札内は広場状になっておりコーヒースタンドや休憩用のイスが並ぶ。在来線ホームの一部に直接、および新幹線コンコース方面に乗り換え改札口経由で、それぞれ連絡する。

改札口など

新駅ビル開業とほぼ同時に、前述の「博多シティ3階改札口」と「阪急百貨店改札口」、「アミュプラザ博多改札口」・「東急ハンズ改札口」が新駅ビル開業とほぼ同時に新設された[注釈 10]。後2者は、それぞれ中央通路・東通路と同じ階の中2階にあり、また朝の時間帯は出口のみの一方通行となり、博多口方面の降り客をさばく。なお、東通路の東口は「北改札口」に、名店街口は「マイング改札口」にそれぞれ名称変更されている[67]

中央・北出札及び「中央口」改札はJR九州の直営で、博多シティ3階出札および「北口改札」「博多シティ3階改札口」「阪急百貨店改札口」「アミュプラザ博多改札口」「東急ハンズ改札口」はJR九州サービスサポート(旧JR九州鉄道営業)、「マイング改札口」は博多ステーションビル業務委託である。

みどりの窓口はJR九州管轄が「中央口」・「北口」近くにそれぞれ有り、JR西日本管轄が新幹線口1階と新在乗換口(改札内)にそれぞれある。なお、中央改札口横にあるみどりの窓口には外国人専用の窓口がある[52]。一部の企画きっぷは発売会社の自社窓口でしか発券できない場合がある[注釈 11][注釈 12]。指定席券売機[注釈 13] はJR九州管轄みどりの窓口のほか、「博多シティ3階改札口」などにも置かれている(2018年時点[注釈 14])。

3階新通路の改札外には「ななつ星 in 九州」の旅行説明及び乗客用専用ラウンジ「金星」がある[注釈 15]

2016年3月26日に、在来線ホーム7・8番のりばと直結する改札口が、マイング博多駅名店街の北端中央に新設された。無人(監視つき)改札であり、階段のみ・ICカード専用となっている。なお、従来の「マイング改札口」とは別である[68]

2018年9月28日より、JR九州在来線にて駅ナンバリングを導入した[69] が、当駅は路線記号を使わず、鹿児島本線が赤色 00 で、福北ゆたか線が黄色 00 で表示される。

のりば

在来線のりば
のりば路線方向行先備考
1・2JA鹿児島本線上り折尾小倉方面上りは大半が1~4番のりばに発着し、5番のりばは一部の列車のみ
3~5
JB鹿児島本線下り二日市鳥栖方面
5・6
7福北ゆたか線は一部の列車のみ ほとんどが鹿児島本線普通列車の下り
JC福北ゆたか線-篠栗直方方面
8当駅折り返し、通常はこのホームから

1~4番のりば - 1~4番線、留置線 - 5番線、5番のりば~8番のりば - 6~9番線

自動放送を使用している。詳細な案内をする為、方面フレーズが使用されている。他の駅とは少し違う博多駅のみのフレーズも使用されている。また1つのフレーズごとに数秒間がある。

2012年3月17日から、在来線ホームにおいて向谷実作曲による発車メロディーの使用が開始された。ただし、回送列車や貨物列車などの非営業列車に対しては従来通りベルが流れる[70]

鹿児島本線の上り本線は1番線(1番のりば)、下り本線は8番線(7番のりば)である。貨物列車や回送列車など当駅を通過する列車は両のりばを通過する。

留置線は竹下寄りと吉塚寄りと4番のりばと5番のりばの間にある。吉塚寄りの留置線には4番のりばと5番のりば到着列車のみ引き上げられる西側のものと、福北ゆたか線用の東側のものがある。また、別に有効長の長い留置線(吉塚電留線と呼ばれている)が吉塚駅北方、高架前の旧箱崎駅付近[要説明]にある。一方、竹下寄りの留置線は、専用線である「竹下小運転線(単線並立)」を経由し、留置専用の車両基地である南福岡車両区竹下車両派出構内の留置線まで回送する(中には竹下小運転線を利用し、南福岡車両区本所まで回送することもある)ほか、行き止まり式の留置線もある。吉塚電留線や竹下車両派出には特急列車や長大編成の列車等が留置されることが多い。

新幹線のりば
のりば路線方向行先備考
11 - 16■ 九州新幹線下り熊本鹿児島中央方面11番のりばは当駅始発
博多南線博多南
12 - 16■ 山陽新幹線上り広島新大阪東京方面

福岡市地下鉄

管区駅長所在駅で、博多管区駅として祗園駅 - 福岡空港駅間を管理している直営駅である[72]

現在営業中の空港線の駅は島式ホーム1面2線を有する地下駅である。東比恵方に引上線があり、定期列車では終電のみに使用する。

駅のシンボルマークは福岡市出身のグラフィックデザイナー、西島伊三雄がデザインしたもので、博多献上模様の生地である。

プラットホームは地下3階にある。コンコースは地下1階に博多口側の「博多口」と筑紫口側の「筑紫口」が、駅中央コンコース直下の地下2階に「中央口」があり3箇所に分かれている。博多口コンコースと中央口コンコースは地下で直結している(改札内・改札外とも)が、筑紫口コンコースから改札外に出た場合は一旦地上に出る必要がある。出入口の番号は博多口が1 - 4番、中央口が5 - 7番、筑紫口が11 - 17番(16番は欠番)となっていたが、博多駅周辺の整備に合わせ博多口側の地上との出入口を西1番 - 15番、筑紫口側を東1番 - 6番、中央口を中1番 - 3番に改めている。博多口の出入口が大幅に増えたのは、駅周辺整備により地上出口が増えたことと、全ての地上出口に地下鉄の出入口番号を割り当てたため。駅長事務室は西1番出口の下に設けられている。

2007年2月には筑紫口の自動改札機が新型機に更新された[注釈 16]

1983年3月22日の開業当時は仮駅として現在の祇園駅方面連絡通路に設けた駅で営業していた。1985年3月3日に現在の駅が開業した。なお、祇園駅とは、博多駅地下街経由で大博通り地下のコンコースにより直結しており、コンコースに地上出口 (P1 - P9) が設けられている。

地下鉄車内での案内において、JR線の乗り換えは「新幹線、鹿児島本線」とのみアナウンスされ、福北ゆたか線はアナウンスされない。但し、303系(K03編成)、305系の案内表示機には「新幹線、JR鹿児島本線、JR福北ゆたか線」と表示される。

七隈線の駅ははかた駅前通りと住吉通りが交わる付近の博多口駅前広場地下約25mの位置に設けられる。地下4階にコンコース、地下5階に島式ホーム1面2線が設けられ、地下街やJR駅コンコースとつなぐ計画となっている[73]。空港線の乗り場からの乗り換え距離は約150メートルとなる[73]。2020年の開業を目指していたが、2016年11月8日に発生した博多駅前2丁目交差点付近での大規模な道路陥没事故(博多駅前道路陥没事故)などの影響により、開業が2022年度に延期されている。

のりば

のりば路線行先
1Subway FukuokaKuko.svg 空港線福岡空港方面
2天神姪浜筑前前原唐津方面

途切れたエスカレーター

筑紫口側出口(東1出口)からJR博多駅筑紫口への階段に敷設されたエスカレーターは、長らく中間の踊り場から下の部分だけしかなく、利用者は途中から階段の利用を余儀なくされていた。これは、通路の管理者が踊り場から上がJR西日本・下が福岡市交通局に分かれ、福岡市の管理部分だけにエスカレーターを設置したことによるもの[74]

福岡市交通局は2012年以降JR西日本にエスカレーターの設置を要請したが、JR西日本は「既存の階段へ新たにエスカレーターを設置するのは難しい」との理由で応じず、2018年になってようやく残余部分へのエスカレーター設置が決定。設置費用(約3億3000万円)は福岡市が約85%・JR西日本が約15%の比率で負担し、2021年9月28日に供用を開始したことにより積年の課題が解決した[75]

駅弁

主な駅弁は下記の通り[76]

  • 博多かしわ飯弁当
  • 娘てまり弁当
  • 香草物語
  • 長崎街道焼麦弁当
  • 博多彩時記弁当
  • 辛しめんたいこ弁当
  • 九州物語
  • 黒豚横丁
  • 極黒豚めし
  • 博多味自慢弁当
  • 玄海のかぜ
  • 牛めし
  • 九州新幹線さくら弁当
  • 九州一周味めぐり弁当
  • 贅沢和牛弁当

利用状況

博多駅は九州で最大の乗降客数である。近年は大幅な増加傾向にある。JR博多シティ九州新幹線鹿児島ルートの全線開業の影響と考えられている。

  • JR九州 - 1日平均乗車人員126,627人(2019年度) - JR九州では最多。2011年度にJR九州の駅として初めて乗車人員が10万人を突破した。西日本に位置するJRの駅では、大阪駅京都駅天王寺駅京橋駅に次いで第5位であり、神戸市にある、三ノ宮駅よりも多い。
  • JR西日本 - 1日平均乗車人員は22,741人(2019年度)
  • 福岡市交通局 - 1日平均乗車人員は82,086人(2019年度) - 福岡市交通局では天神駅に次ぐ第2位。2013年(平成25年)度には西鉄福岡(天神)駅乗車人員を上回った[77]
年度1日平均 乗車人員
JR九州JR西日本地下鉄
1987年56,608[78]
1988年62,047[78]
1989年68,318[78]
1990年73,295[79]
1991年79,682[79]
1992年85,889[79]
1993年88,997[79]
1994年91,099[79]
1995年94,034[80]
1996年97,844[80]
1997年96,762[80]
1998年97,795[80]
1999年97,595[80]
2000年96,123[81]
2001年97,794[81]52,915[82]
2002年98,199[81]53,138[82]
2003年97,945[81]52,364[82]
2004年97,530[81]52,045[82]
2005年97,988[83]16,60652,222[84]
2006年99,019[83]16,77654,582[84]
2007年98,653[83]54,957[84]
2008年98,353[83]17,12354,942[84]
2009年96,518[85]15,85352,731[84]
2010年99,006[86]16,61755,301[87]
2011年107,112[88]17,793[89]61,496[90]
2012年108,867[91]18,07563,357[92]
2013年112,288[93]19,018[94]66,514[95]
2014年113,566[96]19,31569,711[97]
2015年118,082[98]20,406[99]73,938[100]
2016年121,370[101]20,700[102]76,366[100]
2017年124,436[103]21,902[104]79,046[105]
2018年126,213[106]22,956[107]82,154[108]
2019年126,627[109]22,741[110]82,086[111]

駅周辺

駅周辺は九州最大の繁華街である天神と並ぶ福岡市の都心部、並びにビジネス街・商業地となっており、駅ビルであるJR博多シティ博多阪急アミュプラザ博多など)やKITTE博多博多マルイ)を核とした繁華街を形成している。また博多口には博多地下街が位置している。ただ、福岡市最大の繁華街は当駅周辺ではなく西鉄福岡(天神)駅地下鉄天神駅を中心とした天神地区であるが、2011年のJR博多シティや2016年の博多マルイ開業により、天神・博多間の商業地競争が激化している(天神流通戦争も参照)。また山陽・九州新幹線の主要駅と言う立地もあり、各企業などの支社・支店が多数存在している。博多口・筑紫口を問わず、オフィスビル・商業施設・ビジネスホテルが混在する。なお、博多駅は福岡空港から4キロメートル以内に位置し、航空法に基づく水平表面による高さ制限(標高54.1メートル)が適用される[112] ため、周辺に超高層ビルは見られない。

諸企業、諸店舗については著名な物だけ列挙。

駅ナカ

ファミリーマートキヨスク、うどん店、ラーメン店など。在来線の博多シティ3階改札内に「エキナカカフェ」がある。1・2番のりば吉塚寄りにはキッズルーム「おもちゃのチャチャチャ。ちゃちゃくらぶ」(有料)[113] がある。

駅ビル・商業施設

1963年に博多駅が現在地に移転してから現在まで、博多駅の駅ビル・商業施設は次のような構成になっている。

博多口側駅ビル
博多ステーションビル → JR博多シティ(2011年)
現在地移転後以来の駅ビル「博多ステーションビル」には、1966年より百貨店の博多井筒屋が入居していた。九州新幹線鹿児島ルートの博多駅乗り入れに伴い、博多ステーションビルを解体して、床面積を大幅に拡大した新しい博多口駅ビルが建設されることになった。2007年3月に博多井筒屋が駅ビルから退店し、2007年夏から解体が開始された。新しい博多口駅ビル「JR博多シティ」は2011年3月3日にオープンした[55]。「JR博多シティ」は、在来線ホーム南寄り部分をビル内ホームとしている。JR九州が手がけるファッションビルの「アミュプラザ博多」や百貨店の「博多阪急」などで構成される大型商業施設である。
在来線ホーム高架下(北寄り部分)
マイング博多駅名店街
筑紫口側駅ビル(新幹線ホーム直上、直下)
博多デイトス[114]→DEITOS、AMU EST
新幹線博多ビル博多駅屋上駐車場
周辺地下街
博多駅地下街[注釈 17]
アミュ地下、ほか近傍ビルの各地下部(「バスチカ」など)
隣接ビル
博多バスターミナルデイトスアネックス[注釈 18]KITTE博多[57]

以下の◎:駅と地下街、ベデストリアンデッキ等で直結している施設等

博多口

博多駅の表玄関であり、JR博多シティも博多口に位置している。

以下は、◎福岡市地下鉄祇園駅の方がやや最寄りとなる

筑紫口

バス

博多口に位置する博多バスターミナル(旧称:博多駅交通センター)は西鉄天神高速バスターミナルに次ぐ福岡市の高速バスの拠点となっており、西鉄バスの福岡市内・近郊路線の一部と昭和バスJR九州バス、およびこれらと共同運行またはこれらの会社が運行支援を行う九州各都市や関西、東京に向かう多数の[高速バスが発着する。

ほかに、博多口側に博多駅A - Fまでの各乗り場と降車場があり、筑紫口側にも乗り場がある。これらの乗り場・降車場には西鉄バスの福岡市内・近郊路線バスが発着する。福岡都心150円エリア内であれば、どの区間のバスでも150円で利用できる。ほかに高速ツアーバスから乗合バスに移行した各社の高速バス路線もここに発着する。なお、筑紫口側の乗合バスに移行した各社の高速バス路線に関しては、2018年12月16日にHEARTSバスステーション博多が開業したことから、全便が同施設に移転した。

レンタカー

  • レンタカーの利用者は、レンタカー会社に事前に予約するとレンタカーを借りることが可能。
  • 会社により博多駅よりで店舗まで行き受付するところと直接車を博多駅まで配車引取るところがある。

駐車スペース等・その他

九州新幹線鹿児島ルート全線開業を受けて、新設駐車スペースは、九州新幹線ホーム上に約150台設置された。こちらは既存の博多駅屋上駐車場[注釈 21]の増設となるため、出入口も共用となる。

また、筑紫口のJR九州・旧本社ビル跡地には立体駐車場(約380台収容)が入る「JR九州筑紫口ビル」(愛称:旧・エキサイド博多、現デイトスアネックス)が2007年4月にオープンしている。

全線開業後しばらくして、前述の博多駅地下送迎場が整備された。

また、博多口駅前広場地下部分に、約110台分が駐車可能な「JR博多シティ地下駐車場」が新設され、KITTE博多の地下駐車場と接続。出入り口はKITTE博多側となる。[57]

各駐車場の店舗利用提携サービスの有無については、JR博多シティKITTE博多等の各記事を参照。

駐輪スペースは駅前広場南寄りの地下1階に「JR HAKATA CITY駐輪場」がオープンした(前述)。また、KITTE博多地下にも900台の24時間一時駐輪場が開設。

隣の駅

九州旅客鉄道(JR九州)
■ 九州新幹線
博多駅 - 新鳥栖駅
JAJB鹿児島本線
*:特急「かもめ」吉塚行は、当駅 - 吉塚駅間普通列車
快速・区間快速
吉塚駅 (JA01) - 博多駅 (00) - (一部竹下駅 (JB01)) - 南福岡駅 (JB03)
普通
吉塚駅 (JA01) - 博多駅 (00) - 竹下駅 (JB01)
JC福北ゆたか線[注釈 22]
快速・普通
吉塚駅 (JC01) - 博多駅 (00)
西日本旅客鉄道(JR西日本)
■ 山陽新幹線
小倉駅 - (鞍手信号場) - 博多駅
博多南線
博多駅 - 博多南駅
Fukuoka City Subway Logo.svg 福岡市交通局
Subway FukuokaKuko.svg 空港線
祇園駅 (K10) - 博多駅 (K11) - 東比恵駅 (K12)

かつて存在した路線

日本国有鉄道
筑肥線
博多駅 - 筑前簑島駅

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 博多駅自身は、移転や改築を繰り返しているため、現存すると言う意味ではない。同様の駅には二日市駅原田駅田代駅鳥栖駅の4つがある。
  2. ^ 「こだま」の一部列車は博多南線との間で実質的に直通しているが、運行系統上はいったん当駅で打ち切りとなる。
  3. ^ 原ノ町駅福島県南相馬市)の旧市名は原町市だった。
  4. ^ 付近に櫛田神社前駅が置かれる。
  5. ^ 7番のりばはその後全面での使用再開
  6. ^ 一般車は、無料部分は乗り降りのための停車のみ許可されており、人待ち等の駐車や放置駐車は、後述の「プレミアムタクシー」を除いて不可。そのため、人を乗降させて直ちに移動する場合はいずれの自動車でも利用可能だが、人待ち等を含む駐車は併設されている駐車場へ入れる必要がある。ただし、一定時間以内の駐車(2015年時点で15分以内)は無料である。
  7. ^ それぞれ博多阪急との境界付近
  8. ^ 2022年春に鹿児島中央駅まで延伸予定。
  9. ^ なお博多シティ3階改札口は、1 - 6番のりばとだけ直結しており、7 - 8番のりばは一旦中央通路または東通路を経由する必要がある。また、新幹線コンコースとの乗換連絡改札もある(エスカレーターを2台経由する)。
  10. ^ 改札口は、中央通路側には「中央口」と「つばめ口」(旧「西口」)および「博多口」が、東通路側には「東口」と「名店街口」があったが、このうち「つばめ口」、「博多口」は2007年10月28日に改装工事のため閉鎖、廃止されている。
  11. ^ なおJR九州インターネット列車予約やJR西日本e5489で予約した、山陽新幹線の自由席・指定席・グリーン席の一般きっぷ(割引きっぷを含む)はどちらの管轄窓口や指定席券売機でも発券可能である。
  12. ^ なお、エクスプレス予約はJR東海・JR西日本のサービスであるため、JR西日本の窓口・券売機では発券できるが、JR九州の窓口・指定席券売機では2022年に予定されている同サービスへのJR九州の参加と九州新幹線への拡大まで発券できない
  13. ^ 指定席券売機では、JR九州インターネット列車予約やJR西日本e5489で予約した、一般の自由席・指定席・グリーン席きっぷを含め、通常のほとんどの種類のきっぷが発券可能である(一部の特殊なきっぷや企画きっぷを除く。なお発券後の乗車変更や払い戻しは指定席券売機では不可)。なお、博多南線のきっぷは本駅構内の全てのJR券売機で発券できる。
  14. ^ 利用状況やその他の事情により、指定席券売機の設置場所は年々変更されている。
  15. ^ JR博多シティ落成当初は、みどりの窓口・JR九州旅行が設置されていたが廃止された。
  16. ^ JR九州のものとは色違いの同型機になっている。
  17. ^ ※「食堂街一番街」は2007年4月から休業、JR博多シティ開業と同時に「博多1番街」としてリニューアルオープン
  18. ^ 筑紫口側・駅ビルのすぐ隣にあったJR九州・旧本社ビル跡地に立体駐車場(約380台収容)と飲食店街が入る「JR九州筑紫口ビル」(旧愛称:・エキサイド博多)が2007年4月にオープンした
  19. ^ a b 旧・エキサイド博多
  20. ^ 同行には博多駅筑紫口支店もあったが、2006年11月に統合された。その後同所はATMコーナーとなっていたが、2008年現在は閉鎖されている。
  21. ^ (山陽新幹線ホームの屋上。筑紫口側に出入口がある)
  22. ^ 正式路線名称は鹿児島本線

出典

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  7. ^ 続日本紀淳仁天皇天平宝字3年3月の記事に「博多大津」、天平宝字8年7月の記事に「太宰博多津」と見える。同書の嵯峨天皇弘仁5年10月の記事に「筑前国博多津」と見える。
  8. ^ 『武備志』日本考 津要に「花旭塔津 筑前州所属」とある。
  9. ^ 九州大学記録資料館九州文化史資料部門(九州文化史研究所)所蔵『三奈木黒田家文書』423号 文化9年 (1812年) 写「福岡城下町・博多・近隣古図」
  10. ^ 『改正福博詳見全図』(1880年、大阪響泉堂発行)および『福岡市明細図』(1890年、林芹介発行)。
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関連項目

外部リンク

JR九州783系電車

783系電車(783けいでんしゃ)は、九州旅客鉄道(JR九州)の交流特急形電車[1]。「ハイパーサルーン」の愛称を持つ[1]1988年昭和63年)3月13日に営業運転を開始した。

概要

九州島内特急列車の増発および競争力強化を目的に設計された。国鉄分割民営化後、JRグループ初の新型車両であり[1]、登場時は大いに注目を集めた。1988年から1991年までの間に計90両が製造され[2]、メーカーは日立製作所近畿車輛のほか、JR九州小倉工場でのノックダウン生産も行われた[2]

車両自体の開発計画日本国有鉄道(国鉄)時代末期の1986年(昭和61年)夏にまで遡り[3]、設計には国鉄末期に開発された新しい技術を多く取り入れている[3]485系電車と比べると居住性は大幅に改善され、また130 km/h運転を前提として設計された[1]のも特徴である。

登場の経緯

本系列の開発当時、九州地方では都市が点在している都合、高速道路網の急速な整備が進行していた。こうした背景から競合他交通機関(自家用車高速バスなど)は発達しており、本来ならば十分に競争力を持つ特急車両が必要であった。JR九州が国鉄から承継した485系電車は最大でも製造後20年程度であったが、サービス水準が低く、また今後の速度向上も望めなかった。そこで新しい設計思想を取り入れた車両として開発されたのが本系列である。

構造

この節では、製造時の構成について述べる。

車体

軽量なオールステンレス車体が採用された[1]。乗降扉とデッキを車体中央部に配し、各車両の客室を前後に分割しているところが、一般的な車端部に乗降扉を設ける他の特急形車両と大きく異なっている[1]。客室側窓の上下寸法は従来の485系に比べてグリーン車は70 %、普通車は35 %拡大されており、客室からの展望に配慮された[1]。先頭車の前頭部は普通鋼製で、スピード感を持たせるため大型の前面窓には50度の傾斜角がつけられ、客室からの前面展望を可能とするため、運転台と客室との間の仕切り壁を低くするとともに、客室の腰掛部分の床面を通路より200 mm高くしている[1]前照灯は従来どおりのシールドビームだが、尾灯にはLEDが採用された。

車体断面は、211系電車等のステンレス製近郊形電車と同一とされ、全員着席を前提として車体断面を縮小した従来の一般的な特急形車両と比べて、車内空間が大きくなっている[注 2]

車体色はステンレス部分は無塗装で、側面窓下に赤色と白色の帯が入っている[1]。普通鋼製の先頭車前頭部は白色に塗装されているが、クモハ783形は先頭部正面まで帯が回り込んでいるのに対し、クロ782形およびクロハ782形では側面の運転席下部で帯が途切れており、正面までは回り込んでいない[1]。また、「かもめ」用として製造されたグループの先頭車(クモハ783-10・14、クロ782-5・8で、4両とも日立製作所製)は、前頭部から乗降扉までの帯色が水色になっている。また側面窓の間柱は黒く塗装されており、連続窓風の外観としている。

接客設備

前述のように、一つの車両の客室を二分化することで、グリーン席普通席、喫煙席と禁煙席指定席自由席とを必要に応じて柔軟に設定できるようになった[1]。1両を2室に分割したのは、輸送単位の小さい地域での短い編成での運用も想定していたためである[1]。なお、分割した客室は下り方がA室、上り方がB室と呼ばれ、車内放送でもこのように案内されている。この構造のため、揺れの大きい車端部にも座席が設置されている[4]

グリーン室の座席は、485系クロハ481形で採用された横2列 + 1列の広幅リクライニングシート(2人がけのAB席と通路を挟んで1人がけのC席)を採用し、各座席は1,200 mm 間隔で配置している。肘掛にマルチステレオ設備を備え、座席の背面には液晶テレビを設置している[1]。ただし、2次車以降では肩部の角を切り落とし、客室からの前方視界を向上させている。グリーン車には、「ハイパーレディ」と呼ばれる女性客室乗務員が1992年6月まで乗務していた。

普通室の座席は、横4列(2 + 2列)のリクライニングシートを960 mm 間隔で配置している[1]。普通車でもフットレストを設け、床面はカーペット敷きとなっている[1]。1988年度製造の2次車からは普通車にもマルチステレオ設備を設けたが、テレビは設置されていない。

(鹿児島本線玉名駅 - 熊本駅間、1996年3月2日)

この音声や映像がうまく視聴できない場合は、Help:音声・動画の再生をご覧ください。

また、JR九州の特急形車両として初めて、客室とデッキを仕切る扉の上部にLED車内案内表示器が設置された[注 3]。2次車以降では、運転席と客室との仕切上にも設置されている。なお、この系列では「見えるラジオ」を利用したニュース配信には対応していない。

自動放送も本系列で初めて採用された。当初はエンドレステープによる放送であったが、後に現行の放送[要追加記述]に変更された。なお、当初の放送では始発直前および終着直前にJR九州社歌『浪漫鉄道』のフルオケ(ハイ・ファイ・セットのボーカル入り。ただし曲順は原曲とは異なる)が流れていた。当初備えられていたテレビ・マルチステレオは、現在は普通室・グリーン室ともにすべて撤去されている(後述)。

台車・機器

台車は、電動車にはDT50Q形を、制御車付随車にはTR235Q形を採用している[1]。これらは205系電車以来採用されているDT50形・TR235形空気ばね式軽量ボルスタレス台車に、ヨーダンパ追加など若干の設計変更を加えたものである[1]

電動車は、1両単位で必要な装備をすべて搭載する1M方式を採用した[注 4][1]。主回路制御方式としてサイリスタ連続位相制御を用い、1両あたり4個の主電動機(直流整流子電動機)を駆動する。主電動機は当時の電車として一般的な直巻整流子電動機(電機子と界磁が直列)ではなく、界磁を電機子と並列配置した他励方式としている。サイリスタ連続位相制御に使用されている主制御整流装置は、2次側に電機子制御用の主回路用ブリッジ整流回路を4つ(ブリッジすべてがサイリスタで構成されているサイリスタ純ブリッジを採用している)のほか、界磁制御用のブリッジ整流回路を1つ(サイリスタとダイオードで構成されたサイリスタ・ダイオード混合ブリッジを採用している)を備えており、ともに連続位相制御を行なって交流回生ブレーキを可能とする構成である。このシステムは713系電車を基本としたものだが、主制御整流装置の小型軽量化が図られている[1]

ブレーキシステムには電気指令式ブレーキを採用し、回生ブレーキトルクを制御器内で演算して不足分を空気ブレーキで補う電空協調制御である[5]。ブレーキ性能向上により、JRの在来線用で初めて最高速度130 km/h に対応する車両となった[3]

消費電力については、415系の約63%(1両あたりの消費電力の理論値で、415系を100とした場合の比率。)である[6]

運転席まわりの機器配置も211系電車に準じている(横軸式マスコンハンドル + 縦軸式ブレーキハンドル:常用7段 + 非常)が、マスコンハンドルはT字形となっている。また、ATS電源を含めすべての表示灯を計器盤左側の多重表示画面に表示するようになっている。ちなみに、1両単位での多重表示画面は9両までの対応であり、10両以上連結した場合は編成単位での表示となる。2018年12月現在、編成単位表示に切替わる定期列車は存在しない。

後日装備として、ATS更新工事の際にATS-DKの表示コンソールが運転台右に取り付けられた。視認しやすいように斜め向きに取り付けられている。

形式

※本項では新製形式・番台区分のみ記す。

クモハ783形 (Mc)
普通席を備える上り方制御電動車。前位側(B室)は座席設置面が20cm嵩上げされ、客用窓の上方向に拡大されている[2]。またトイレ・洗面所は設置されていない。パンタグラフを後位側に、主変圧器を床下に備える。2次車 (8-15) では乗降扉後位側に行先表示幕を備えるほか[7]、運転室と客室との仕切部にも車内案内表示器が設置されている。なお、2次車以降の先頭車は側面運転席側の窓のうち、運転席側の先頭側の三角小窓が省略されている[8](クロ782形、クロハ782形でも同様)。定員60名(A室32名/B室28名)。
モハ783形
普通席を備える中間電動車[9]
0番台 (M)
トイレ・洗面所は全車の前位側に備え、パンタグラフを前位側に、主変圧器を床下に搭載する[9]。行先表示器は1次車 (1 - 4) ではLED式を前位側、2次車 (5 - ) は字幕式を乗降扉後位側に備える。当初は「かもめ」と、西鹿児島駅を発着する「有明」編成にのみ連結されていた。パンタグラフを撤去し、高圧亘り線を屋根上に設置することで、モハ783系100番台と同等の使用が可能である。定員64名(A/B室とも32名)。
100番台 (M1)
クモハ783形とペアを組む[10]。車両番号は相方のクモハ783形の番号に100を加えたものである。パンタグラフは設置されず準備工事に留まっているが、特高圧電力をクモハ783形からわたり線を経て受電する[10]ことから主変圧器は装備されており、わたり線を撤去し、パンタグラフを設置することで0番台と同等の使用が可能である。その他の諸元は0番台に同じ。定員64名(A/B室とも32名)。
クロ782形 (T'sc)
グリーン席を備える下り方制御付随車[11]。当初は「かもめ」と、西鹿児島を発着する「有明」編成のみに連結されていた。運転室寄りの客室(A室)の処理は、クモハ783形B室と同等。ただし座席配列に併せ、A/B室ともデッキと客室の仕切扉は若干オフセットされている。後部(B室)にトイレ・洗面所を備える。また行先表示器は1次車ではLED式を後位側、2次車では字幕式を乗降扉後位側に備える。また床下に電動発電機 (MG) および電動空気圧縮機 (CP) も備えている。定員29名(A室12名/B室17名)。
クロハ782形 (T'hsc0)
グリーン席と普通席を備える下り方制御付随車[11]。当初は、熊本駅または水前寺駅を発着する「有明」に連結されていた。運転室寄りの客室(A室)の処理は、クモハ783形B室と同じ。ただし座席配列に併せ、A室のデッキと客室の仕切扉は若干オフセットされている。また行先表示器は1次車ではLED式を後位側、2次車は字幕式を乗降扉後位側に備える。また床下にMGおよびCPも備えている。定員40名(A室12名/B室28名)。
サハ783形
普通席を備える中間付随車[12]
0番台 (T0)
当初は、西鹿児島駅を発着する「有明」に連結されていたが、1年足らずで熊本駅または水前寺駅を発着する「有明」のみへの連結に変更された。トイレは設置されておらず、同じ場所に飲み物の自動販売機が設置されていた。行先表示器は2次車のうち、6, 7のみ字幕式を乗降扉後位側に備える。また床下にMGおよびCPも備えている。定員64名(A/B室とも32名)。
100番台 (T1)
1989年に、「かもめ」と、西鹿児島駅を発着する「有明」編成用の増結用として製造された。2次車以降しか存在せず、トイレ・洗面所は設置されていない[12]。床下にMGは備えるがCPは備えられていない。字幕式行先表示器を乗降扉後位側に備える。定員68名(A室32名/B室36名)。
200番台 (T2)
1989年に、「有明」(西鹿児島発着分のみ)「かもめ」編成用の増結用として製造された。2次車以降しか存在しない。B室にカフェテリア(供食設備)を備えるが、トイレ・洗面所は備えられていない[13]。字幕式行先表示器を乗降扉後位側に、床下にMGおよびCPを備えている。定員56名(A室32名/B室24名)。

改造

本系列は様々な改造を受けたが、その概要は以下のとおりである。

第1次リニューアル改造

改造前の時点ではつばめ用7両編成×5本、かもめ用青帯車9両編成×3本、有明・にちりん用に4両編成×7本計90両が在籍していた。

後に登場した787系電車との格差を是正するため[14]、1994年(平成6年)から1996年(平成8年)にかけて、以下の改造が行われた。改造はまず「有明」用から行われ、後に「かもめ」用にも行われた。

クロ782形の一部普通室化
クロ782形のB室を普通室化し、同時にトイレ・洗面所を拡大、クロハ782形500番台 (T'hsc5) とした[15]。また、デッキと客室の仕切扉はオフセットされていたことから、11C席は欠番となり、定員は39名(A室12名/B室27名)である。B室の座席と窓割りは一致していない。これに伴い、旧クロ782-1 - 8はクロハ782-501 - 508となった。(原番号に500を加えたもの)

その他の改造は、以下のとおりである。

  • 内装材やカラーリングを、787系と同様のもの(客室内:ダークグレー系、クロハ(改造後含む)のデッキ:青系、それ以外のデッキ:シルバー系)に全面変更。
  • 共用トイレは男女別とし[9]、洗面所の拡大および[9]、トイレ・洗面所使用灯が増設された。これによりトイレ・洗面所が設置されているモハ783形、クロハ782形は定員が4名減となった。
  • サハ783形0番台B室に車内販売準備室の追加[12]。定員4名減。
  • フリースペースの追加
  • 車体塗装を、銀色と、赤・青・緑・黒の4色のブロックパターンを併用したものに変更
  • 空調装置のルーバー塞ぎ込み(塞ぎ板のリベット取付による。これが後述の窓ガラス破損事故の原因となる)
  • 先頭車の前面下部にフォグランプを[7]、正面中央上部に棒状の尾灯を追設
  • 「かもめ」用には乗降扉窓へ「KAMOME」ロゴおよびカモメのイラスト(485系「KAMOME EXPRESS」と同様のもの)が追加された
  • 組成変更が行われ、かもめ用6両×8本、有明用5両×7本、波動用中間車7両の陣容になった。

ただし、モハ783-14、18、サハ783-111に対しては外観塗装の変更のみ行われ、内装は登場時の原型を留めている。また、クモハ783-5はリニューアルによる塗装変更の際、塗料の色合わせがうまくいかず、運転室ブロックが金色になっていたが、現在は他車同様銀色になっている[16]

編成表

1次リニューアル後[17]

かもめ用
編成番号
← 長崎・熊本
博多・門司港 →
クロハ782サハ783モハ783サハ783モハ783クモハ783
CM15011012201105×5
CM25021023202106×6
CM350310352031088
CM450410462041099
CM55051051020511010
CM65061061620611212
CM7507109120711313
CM8508108920811414
増結用更新済→110410717
増結用未更新車塗装変更済1811114
有明用
編成番号
← 水俣・肥前山口
博多 →
クロハ782モハ783サハ783モハ783クモハ783
CM1017×1101×1
CM11211×2102×2
CM12312×3103×3
CM13419×4104×4
CM14513>×5107×7
CM15615611111
CM1678711515

第2次リニューアル改造

2000年(平成12年)3月のダイヤ改正では「かもめ」に新形振子式電車885系が投入され、これに伴い「かもめ」に使われていた編成のうち5編成(旧CM2 - 4, 6, 8編成)が「みどり」+「ハウステンボス」用へと転用された。このとき、以下の改造が行われ、中間車の先頭車化改造車も登場した。

中間車の貫通型先頭車化改造

「みどり」「ハウステンボス」を併結する際、両編成間を行き来できるように貫通型先頭車を使用することになったため、サハ783形100番台の後位側8席を撤去し、台枠を残して車体を切断のうえ、817系電車類似の貫通型運転室ブロックを接合したものである[18]。分割併合時間を短縮するため、電気連結器と自動幌装置が設けられた[注 5]。また、同時に塗装も変更されたが、営業運転実施中に改造が行われたため、改造が間に合わなかったり、竣工後に別列車で使用されたりしていた。

クロハ782形100番台 (T'hsc1)
「みどり」(CM11 - 15編成)の早岐方先頭車。種車は2室とも普通車であったが、本形式ではA室がグリーン室に改造された[15]。座席には他番台グリーン車と同じものが使用され、内装は明るい木目調に変更されている。ただし、座席設置面の嵩上げはされず、座席と窓割りも一致していない[15]。また、B室にトイレが設置された[15]
貫通型の前頭部は緑色に塗装される。定員は40名(A室12名/B室28名)。
旧番号:サハ783-101 - 104、110→クロハ782-101 - 104、110(改番なし)
クハ783形100番台 (Tc1)
「ハウステンボス」(CM21 - 25編成)の博多方先頭車[15]
貫通型の前頭部は黄色に塗装される。改造にあたって方転改造も併施された。定員60名(A室36名/B室24名)。
旧番号:サハ783-105 - 109→クハ783-105 - 109(改番なし)

電動車のパンタグラフ撤去

新製当初は、クモハ783形の隣に連結されていた車両を除いて、モハ783形には菱形パンタグラフが搭載されていたが、「ハウステンボス」編成では電動車同士が隣り合う組成となるため、片方の電動車からパンタグラフを撤去し、もう片方から亘り線引き通しにより給電するよう改造が行われた。

種車はすべてモハ783形0番台で、モハ783形200番台と同300番台の組み合わせとなっており、隣接する電動車間で亘り線を引通している。

モハ783形200番台 (M2)
中間電動車。パンタグラフが残され、亘り線引き通し用の引通し線が新設されている。
旧番号:モハ783-1 - 3、9、11→モハ783-201 - 203、209、211(番号順、原番号+200)
モハ783形300番台 (M3)
中間電動車。パンタグラフが撤去された。隣接する車両から亘り線を引き通すため、引通し線が新設されている。
旧番号:モハ783-4 - 7、16→モハ783-304 - 307、316(番号順、原番号+300)

外装の変更

「みどり」「ハウステンボス」編成全車に対して車体塗装の変更およびエンブレムが取り付けられた。また、「ハウステンボス」は非貫通先頭車の前頭部が赤色に変更された。

ただし、車体塗装の変更は2000年ダイヤ改正の時点では全車に対して完了しておらず、しばらくは旧塗装(現在の標準色)との混成が見られた。なお、この改造は当初4編成(旧CM2, 4, 6, 8編成)に対して行われたが、翌2001年(平成13年)には残る1編成(旧CM3→CM12編成(2代))にも行われた。

グリーン室の改装

クロハ782形500番台では同100番台と同様、グリーン室の内装を木目調のものに変更する工事が実施された。

第3次リニューアル改造

長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」が2017年に開園25周年を迎えるのに合わせ、本系列のうち特急「ハウステンボス」用の4両編成5本についてリニューアルを行うものである[20]

車両の内外装のデザインは水戸岡鋭治が行い、外見はオレンジとゴールドの塗装をベースに車両のロゴマークやエンブレム、ななつ星牽引機にあるようなデザイングリルを設置する予定で内装は車内も刷新し、天井や床は木目調の材質にすることで温かみのある内装に仕上げる[20]。車両連結面転落防止幌設置工事開始された。

最初の編成は2017年3月18日より運転を開始し[21]、残りの編成も2018年度中までに順次改造された[20]

その他の改造

普通席フットレストの撤去
1993年(平成5年)年末までに実施。
オーディオ・ビデオサービスの廃止・設備撤去
同じく1993年末までにグリーン室・普通室ともに実施。液晶テレビ、オーディオ機器をすべて撤去した。当初は操作盤を板で塞ぎ、グリーン車のテレビ設備の跡にはロゴ入りプレートを埋め込んだ。
空調装置の移設
1993年末までに実施。空調装置はヒートポンプ式で床下に設置されていたが、冷房時の冷却効率が悪かったため屋根上に移設された[8]。このとき取り外された空調装置は50系客車の冷房化に転用された。
フリースペースの設置
2000年ごろに、「にちりん」系統に充当されるクロハ782形 (6, 7, 501, 505, 507) に対して実施された。B室のうち11CDおよび12CD席を撤去してフリースペースとし、定員は36人とされた。ただし、クロハ782-7(→クロハ782-407)は2003年に座席を再び設置し、定員40人に戻された。
座席の取替
2003年(平成15年)ごろより実施。暖房容量の強化を目的に、廃車された485系から発生した座席に取り替えている。
強化形スカート(排障器)への交換
2003年ごろより実施。
停車駅接近予告装置の設置
2004年(平成16年)ごろより、全先頭車に対して実施。チャイムおよび音声は787系以降のものと同じであるが、以下の点でこれらの系列とは異なる。なお、本系列と同種の装置は同時期に485系先頭車にも設置された。
  • 停車パターンを、乗務員交代のたびに、テンキーで入力する必要がある(787系以降では、ICカードから停車パターンを読み出し、選択すれば自動的に設定される)。
  • 「停車」表示は、追設された「停車」表示灯(路線バスの運転席と同様の表示灯)に表示・点滅される。
  • 行き違いのための停車駅や臨時停車駅など、通常客扱いを行わない停車駅では告知されない。
客扉脇のエンブレムおよびルーバー塞ぎ板の撤去および再取付
2005年(平成17年)7月11日、本系列を博多発長崎行き特急「かもめ3号」に運用中に窓ガラスが破損し、乗客6人が負傷する事故が発生した。車両のルーバー塞ぎ板(リベット留め)が脱落し、窓ガラスに当たり破損したと推定されたことから、事故発生当日中に急遽全編成のエンブレム(CM11 - 15, 21 - 25編成のみ)とルーバー塞ぎ板が取り外された。その後2006年(平成18年)3月までに塞ぎ板の再取付が、同年度末までにエンブレムの再取付(ただし、ステッカータイプに変更)が実施された。
流線型先頭車の貫通型改造
2006年3月、不足するみどり編成を補うため、クロハ782-7に対して施工され、車両番号はクロハ782-407 (T'hsc4) に改められた。本区分番台は新規区分であるが、流線型先頭車を貫通型に改造したこと(ゆえに、側面窓ガラスの天地方向寸法やデッキ周りのレイアウトも不変である)、前頭部と車体の色が統一されていないことから、クロハ782-100番台と容易に識別できる。
運転室にスポットクーラー取り付け
2017年5月より、空調設備が整っていなかった流線型の運転室スポットクーラーが設置された。走行中に窓を開けると客室との仕切り戸に著しい隙間風の音が発生したり、乗務員の熱中症対策が事由である。
前照灯LED化
最後に第3次リニューアル改造を施されたCM24編成のみ前照灯がLEDライトに変わった。

編成の変遷

1996年3月改正後、旧CM1 - 8編成は「かもめ」用、旧CM10 - 16編成は「有明」用だったが、2000年3月改正で編成内容は大幅に変更され、概要は以下のとおりとなった。これにあわせて旧CM1、5、7、15、16編成は一部減車の上で増結用予備車4両と共に大分車両センターに転出したが、翌2001年3月改正で南福岡車両区に復帰した。

  • 旧CM1, 5, 7編成→旧CO31 - 33編成→現CM31 - 33編成(旧編成に組み込まれていたサハ783-100を外し5両編成化。後にモハ783-0も外し4両編成とされた。)
  • 旧CM2, 4, 6, 8編成→現CM11+21、13+22、14+23、15+24編成(ただし、旧編成時から引き継いでいるのはクロハ782-500、サハ783-200、モハ783-100、クモハ783のみ。クロハ782-500は「ハウステンボス」編成の下り先頭車、残り3両は下り方からこの順で「みどり」編成の上り方3両である。これにモハ783-0・サハ783-100をそれぞれ2両ずつ、改造の上で組み込んだ。)
  • 旧CM3編成→旧CM12編成(2代)→現CM12+25編成(同上)
  • 旧CM10 - 14編成→現CM1 - 5編成(当初、モハ783-0は外されていたが2006年9月に再度組み込み5両編成に復帰。但しいずれも減車前とは異なる車両を連結している。)
  • 旧CM15, 16編成→旧CO34, 35編成→現CM34, 35編成(CM35編成は南福岡復帰後、2003年にモハ783-8が外され4両編成とされた。)
  • 増結用予備車:9両(うち4両は大分に転出、翌年に南福岡に復帰)→5両(2001.3)→6両(2003.3)→1両(2006.9)→5両(2011.3)→4両(2014.3)→0両(2016.12:廃車)

2015年現在、5両編成が6本、4両編成が14本、波動用中間増結車が4両の合計90両体制となっていたが、波動用中間増結車4両は2016年10月~11月にかけて廃車回送され、同年12月より解体工事が始まった[22]。また2021年3月に定期運用を離脱した編成は順次、小倉総合車両センターへ廃車回送され、解体が始まっている。

沿革

1988年(昭和63年)

  • 2月:JR九州の新系列特急電車として、1次車7両編成2本、3両編成5本が南福岡電車区(現・南福岡車両区)に配属。
  • 3月13日:ダイヤ改正により、「有明」(博多駅 - 熊本駅・水前寺駅・西鹿児島駅(現・鹿児島中央駅))に投入。5両編成(実態は2両増結した7両編成での運用が日常化)は博多駅 - 西鹿児島駅間に、3両編成は博多駅 - 熊本駅間の運用とされた。このうち西鹿児島発着の速達型列車を「スーパー有明」と称し、その後「スーパー」を冠する列車愛称のさきがけとなった。また、当時は電化されていなかった豊肥本線熊本駅 - 水前寺駅間にDE10形ディーゼル機関車の牽引・推進によって入線していた。電源車としてヨ8000形(28000番台)も連結していた。これは熊本駅が市街地からやや外れた立地にあり、熊本市の中心部に近い水前寺駅まで直通させることで需要喚起を狙ったものである。このとき、豊肥本線内では普通列車扱いだった。従来の485系電車との格差は大きく、旅客が本形式での運用に集中したため、特に3両編成の運用では大変な混雑が見られた[注 6]

1989年(平成元年)

  • 3月11日:ダイヤ改正からの使用開始にあわせて、2次車7両編成2本、9両編成1本、サハ783形5両(0番台1両、100番台およびカフェテリア付きの200番台2両ずつ。いずれも1次車向け)が南福岡電車区に配属された。「有明」での好評を受け、長崎本線特急「かもめ」2往復にも投入された[8]。「かもめ」には9両編成が充当されたが、この編成の先頭車は「有明」用と区別するため、展望席の窓下の赤帯を青帯に変更していた[23]。1次車のサハ783形0番台4両は、当初は7両編成に組み込まれていたが新造された1両とともに3両編成に連結され、4両編成化された[8]。代わりにサハ783-100番台および同200番台を連結(2次車に同区分番台は新造時より連結)。「有明」(西鹿児島発着分)および「かもめ」では、カフェテリア営業を開始[8]。電子レンジ調理による簡素な設備であったが、新車効果と相まって集客力の向上に貢献した。

1990年(平成2年)

  • 3月10日:ダイヤ改正。3次車7両編成2本、9両編成1本、4両編成1本が南福岡電車区に配属され、改正にあわせて使用開始。大分駅以北のみを運転する「にちりん」にも投入された[8]。運用は熊本駅発着の「有明」と共通。一部線区で最高速度130km/h運転を開始。

1991年(平成3年)

  • 3月16日:ダイヤ改正にあわせ、4次車となる6両編成1本が「有明」「にちりん」用として南福岡電車区に配属された。これをもって783系の増備は終了した。

1992年(平成4年)

  • 6月:「有明」(西鹿児島発着分)および「かもめ」でのカフェテリア営業が休止された。
  • 7月15日:ダイヤ改正により、14往復あった西鹿児島発着の「有明」が「つばめ」に名称変更され、7往復に新製の787系を充当、残り7往復は783系を継続使用。

1993年(平成5年)

  • 「つばめ」「かもめ」用とも、年間を通して7両編成となる。このとき余剰となった車両は「有明」編成の増結にまわされた。
  • 年内に普通室のフットレストおよび全室のオーディオ・テレビ設備の撤去と、冷房装置の改造を実施。

1994年(平成6年)

  • 7月1日:ダイヤ改正。
    • 「有明」用の第1次リニューアル工事が完了し、同列車はリニューアル編成(5両編成7本)に車両が統一される(485系および、787系は撤退、787系は翌年4月に一部列車に再投入される)。また豊肥本線への乗り入れはいったん終了。
    • 「つばめ」14往復のうち、本系列を使用する列車は3往復となり、リニューアル未施工車両は7両編成から5両編成に組成変更して「にちりん」へ充当されるようになった。

1995年(平成7年)

  • 4月20日:ダイヤ改正により「ドリームつばめ」へ投入された。
  • リニューアル工事は同年中に完了した。

1996年(平成8年)

  • 3月16日:ダイヤ改正。
    • 「つばめ」「ドリームつばめ」は全列車787系へ統一され撤退。
    • 「にちりん」での運用も883系の増備により消滅。
    • これらの列車で運用されていた車両は「かもめ」のパターンダイヤ化と増発に転用された。これにより運用列車は「有明」(5両編成7本)「かもめ」(6両編成8本)に集約された。
  • 5月:第1次リニューアル工事完了。クロ782形は廃形式となった。

1999年(平成11年)

  • 10月1日:豊肥本線熊本駅-肥後大津駅間の電化に伴い、「有明」の豊肥本線乗り入れを再開。既にこの区間を走る普通列車の本数が十分に確保されていたため、豊肥本線内も全区間特急列車として運転された。

2000年(平成12年)

  • 2月:「みどり」「ハウステンボス」転用に向け、第2次リニューアル工事を実施。
  • 3月11日:ダイヤ改正。
    • 「みどり」「ハウステンボス」「にちりんシーガイア」「ドリームにちりん」の全列車、および「ソニック」の一部列車への運用開始。佐世保線、大村線、日南線、宮崎空港線および日豊本線の大分駅以南での定期運用は初となる。
    • 「有明」は787系への統一によりいったん撤退。「かもめ」には引き続き充当されたが、それまでの単独運転列車への運用から「みどり」「ハウステンボス」併結列車への運用に改められる(単独運転列車は新たに投入された885系に置き換えられ、併結運転列車は旧「有明」編成を転用した)。
    • この運用変更により編成の大幅な組み換えが行われ、「かもめ」用の4両編成×5本、「みどり」用の4両編成×5本、「ハウステンボス」用の4両編成×4本、日豊本線系統用の5両編成×5本、予備車9両の体制に変更(総車両数は90両で変化なし)。また、日豊本線系統で運用される編成と予備車4両に関しては大分鉄道事業部 大分運輸センター(現・大分鉄道事業部 大分車両センター)に転配された。この時点では第2次リニューアル工事は1編成が未完了で残り(CM12編成)、「みどり」編成は1本だけ下り方先頭車が非貫通であった。

2001年(平成13年)

  • 3月3日:ダイヤ改正。
    • 「きらめき」「にちりん」「ひゅうが」の一部列車での運用開始(「にちりん」には5年ぶりに運用復帰、ただし大分駅以南に乗り入れる「にちりん」としては新規)。「ソニック」は885系の増備により撤退。
    • 大分運輸センターに転出していた車両が全て南福岡電車区に復帰し、再び全車両が南福岡電車区の所属となった。
    • 「みどり」「ハウステンボス」向けの第2次リニューアル工事が終了。「みどり」編成の下り方先頭車は全てが貫通型となり、「ハウステンボス」用4両編成は5本となった。予備車は5両に減少。

2003年(平成15年)

  • 3月15日:ダイヤ改正。「ひゅうが」からいったん撤退。宮崎地区での滞泊運用がなくなる。日豊本線系統のうち1編成が4両に減車の上、定期列車では「きらめき」1往復の専用編成の形となる(CM35編成)。

2004年(平成16年)

  • 3月13日:ダイヤ改正。「ひゅうが」での運用が再開、宮崎地区での滞泊運用が復活。同時に延岡駅 - 宮崎空港駅間の「さわやかライナー」および宮崎駅 - 宮崎空港駅間での普通列車での運用も開始された。

2005年(平成17年)

  • 7月11日:「かもめ3号」に使用中のCM34編成で窓ガラスの破損事故が発生した(同編成は所定より1両減車の上で「かもめ」編成の代走に入っていた)。

2006年(平成18年)

  • 3月
    • CM35編成の下り方先頭車(クロハ782-7)を非貫通型から貫通型に改造(同時にクロハ782-407に改番)。これ以降、CM35編成は予備編成のなかった「みどり」編成の代走に優先的に用いられるようになる。
    • 宮崎空港線開業10周年を記念した記念ステッカーが、CM31・32・34編成各車両の出入台脇に貼付された。その後剥離。
  • 9月:「かもめ」編成にモハ783形0番台を連結し5両編成に戻したが、2007年3月までは増結扱いだった。市販の時刻表でも4両編成のまま案内されていた。

2007年(平成19年)

  • 3月18日:ダイヤ改正により早岐駅→佐世保駅間の普通列車1本に充当開始(上りの「みどり」への車両送り込みを兼ねる)。またそれまで所定では「きらめき」1往復専業の形だったCM35編成を新たに設定された佐賀駅発着の「かもめ」2往復に充当開始。

2008年(平成20年)

  • 3月15日:ダイヤ改正により早岐駅→佐世保駅間の普通列車への運用は終了。

2009年(平成21年)

  • 3月14日:ダイヤ改正によりCM35編成は佐賀駅発着の「かもめ」からは撤退し(同列車は783系の「かもめ」編成により運行)、新たに「みどり」1往復について肥前山口駅で増解結する編成として用いられるようになる。

2011年(平成23年)

  • 3月12日:ダイヤ改正
    • 「有明」での運用が復活、「きりしま」「かいおう」の一部列車での運用を開始。南宮崎駅 - 鹿児島中央駅間および直方駅 - 吉塚駅間での定期列車運用は初めてで、鳥栖駅 - 熊本駅間は2000年3月に「有明」運用から撤退して以来11年ぶりの定期運用復活となった。
    • 「ドリームにちりん」は列車廃止により運用終了。「かもめ」は787系の投入により佐賀駅発着列車のみでの運用となる(この「かもめ」は「みどり」編成で運転)。これにより長崎本線の肥前山口駅 - 長崎駅間から撤退。「みどり」には引き続き用いられるが一部は787系での運行となる。またCM35編成は「きらめき」固定運用がなくなり、「みどり」編成と共通運用を組むようになった。
    • 以上により定期ダイヤでの充当列車は「みどり(・ハウステンボス)」14往復、「にちりん(シーガイア)」4往復、「ひゅうが」3往復、「きらめき」「有明」「かもめ」「きりしま」各2往復、「かいおう」1往復となる。
    • これらの運用変更により、日豊本線系統用の5両編成×5本(旧「かもめ」用編成)、「みどり」用の4両編成×6本、「ハウステンボス」用の4両編成×5本、「有明」「かいおう」などに運用される4両編成×4本(旧「にちりん」用編成からモハ783形0番台を減車、抜かれたモハは予備車へ)、予備車5両の体制に変更(総車両数は90両で変更なし)。

2013年(平成25年)

  • 9月21日:鹿児島本線上り弥生が丘駅 - 基山駅間を走行していた日本貨物鉄道(JR貨物)の幡生操車場行き56レ列車(EF81 - 452+コキ20両)が、機関車故障のために立ち往生。後から来た「みどり・ハウステンボス24号」(CM12編成+CM24編成)が救援列車となり、中間連結機を取り付けて56レ列車を推進運転し、基山駅まで押し込んだ。

2014年(平成26年)

  • 3月15日:ダイヤ改正。
    • 「有明」の熊本駅発着列車が廃止され、鹿児島本線の長洲駅 - 熊本駅間から再度撤退(「有明」での運用も1往復減)。
    • 旧「にちりん」編成(4両)で運転していた「みどり」1往復を5両編成に増結。これにあわせてCM34編成に予備車のモハ783-15を組み込み5両編成とし、この「みどり」および日豊本線系統の運用に回った(CM1〜5編成と共通運用を組む)。CM34編成自体は3年ぶりに日豊本線での定期運用に復帰。

2015年(平成27年)

  • 3月14日:ダイヤ改正により「みどり」と併結運転をする「ハウステンボス」の早岐ーハウステンボス間が783系初のワンマン運転開始。ドアの開閉については日豊本線787系4両編成と同様に運転士が既存の車掌スイッチを扱う。ただし、一駅区間のみのため機器の増設などは行われず自動放送と行き先字幕の改修にとどまっている。

2016年(平成28年)

  • 3月26日:ダイヤ改正により佐賀駅発着の「かもめ」のうち1往復を日豊本線系統用編成での運行に変更。
  • 9 - 11月:予備車となっていたモハ783形3両・サハ783形100番台1両が南福岡車両区から小倉総合車両センターに回送される[22]
  • 12月2日:モハ783-17が783系としては初めて廃車解体される[22](廃車日は12月6日付)。年内に同車とモハ783-14・18、サハ783-111の4両が廃車解体され、サハ783形100番台は廃形式となった[24]

2017年(平成29年)

  • 3月4日:ダイヤ改正
    • 「有明」「かもめ」の併結運転開始。運用としては、従来「みどり」編成+「ハウステンボス」編成で運行していた「有明4号」のうち、「ハウステンボス」編成を「かもめ104号」に変更したものである(両列車は鳥栖駅で併結)。なお「かもめ104号」は平日のみ運転のため、実際に併結運転を開始したのは3月6日となった。
    • 「にちりん」「ひゅうが」の783系での運用が1往復ずつ減少(787系4両編成に置き換え)。
  • 3月18日:「ハウステンボス」編成のリニューアル車両が運用開始。最初の運用は臨時特急「ハウステンボス91号」となった。翌日には「みどり・ハウステンボス10号」で「みどり」との併結運転も開始。

2018年(平成30年)

  • 3月17日:ダイヤ改正
    • 「きらめき」での運用が下り5本(1本は土休日のみ)・上り6本に増加。これまで所定では運用のなかった日豊本線系統用編成も充当される。
    • 「有明」での運用は終了(「かもめ」との併結運転も終了)。これにより鹿児島本線鳥栖駅 - 長洲駅間から再度撤退。
    • 「かもめ」での運用が2往復、「みどり」での運用が1往復減(「かもめ」1往復と「みどり」は787系6両編成に変更、「かもめ」1往復は列車自体廃止)。これにより日豊本線系統用編成は長崎本線での定期運用がなくなる。また「かもめ」での運用は104号の1本のみとなる(「みどり」編成+「ハウステンボス」編成)。
2020年(令和2年)
  • 3月14日:ダイヤ改正
    • 博多駅発着時刻が近接していた「きらめき5号」と「かもめ101号」を統合し、門司港始発佐賀行の「かもめ101号」として運転。この列車およびその折り返しとなる「かもめ108号」(101号、108号共に改正前までは787系7両編成で運行)を783系での運行とする(平日は4両+5両の9両編成で、土休日は5両編成で運転。土休日の4両編成は「きらめき93号」に充当される)。これにより日豊本線系統用編成の長崎本線での定期運用が2年ぶりに復活。
    • 「かもめ104号」を「みどり」編成のみの4両編成での運転に変更する。
2021年(令和3年)
  • 3月上旬:CM-3、5編成の2号車のモハ783形を脱車しそれぞれCM-31、32編成に連結。4両編成となった前者は博多口の「きらめき」などに、5両編成となった後者は日豊本線系統で、以下のダイヤ見直しまで運用された。
  • 3月13日:ダイヤ見直し
    • 「にちりん(シーガイア)」「ひゅうが」「きりしま」での定期運用を全て787系[注 7]に置き換え、日豊本線[注 8]から撤退[25][26]。これと共通の編成で運転する「きらめき」5本のうち2往復は運転取りやめ、残る上り1本も「かもめ」101・108号と共に787系6両編成での運転に変更。これにより5両編成での定期運用がなくなる。
    • 定期運用は「ハウステンボス」「かいおう」「みどり(3往復を除く)」「きらめき(下り1本、上り2本)」「かもめ(平日のみ・上り1本)」に縮小。
  • 3月30日:CM-1編成が南福岡車両区から小倉総合車両センターに回送。翌4月より廃車解体が始まった。
  • 4月23日:CM-31編成(旧CM-3編成のモハ783-13を組み込んだ5両編成)が南福岡車両区から小倉総合車両センターに回送。同年6月より廃車解体が始まった。
  • 5月18〜20日:CM-2編成が日豊本線で試運転
  • 6月15日:CM-32編成(旧CM-5編成のモハ783-8を組み込んだ5両編成)が南福岡車両区から小倉総合車両センターに回送。
  • 8月14日:北方駅に留置してあったみどり編成(CM??編成)が、付近の冠水により水没。

現況

以下は2021年3月13日時点での状況を記す。

使用列車

783系は、JR九州発足後に初の自社開発による特急形車両であり、JR九州の電車特急で運用されたフラッグシップ的存在であったが、1992年に787系電車が登場して以降、新型特急車両の投入が相次いだために度々運用が変わり、2000年以降は「みどり」とその併結列車および日豊本線での運用が主になっていた。

2011年3月12日の九州新幹線全線開業に伴うダイヤ改正では、それまで783系で運行していた「かもめ」のうち長崎駅発着の列車をすべて787系に置き換えたうえで「みどり」との併結運転を終了したことや[27]、「かもめ」用の編成は787系とともに「にちりん」など日豊本線系統に残っていた485系を置き換え[27]、従来の「にちりん」用編成は主に博多駅発着のホームライナーに相当する列車に充当する、といった運用の変更が行われ、783系は「川内エクスプレス」「ソニック」を除くすべてのJR九州在来線電車特急に使用されるようになった。なお、783系はこれまでJR九州の電車特急が乗り入れていたことがある交流電化区間[注 9]全てに、定期列車として乗り入れた実績がある。

その後もダイヤ改正毎に細かい運用の変更が相次いだが、大きく動いたのは2021年3月13日のダイヤ改正で、日豊本線での運用が終了。これと共通の編成を使用していた「かもめ」「きらめき」も廃止あるいは787系への置き換えが進み、5両編成での運用がなくなった。

現在はすべての車両が南福岡車両区(略号・本ミフ)に所属している。現CM31 - 35編成、モハ783-8・14・18、サハ783-110・111は、2000年3月に大分鉄道事業部大分運輸センターに転出したが、2001年3月に再び南福岡電車区に転入した。その他の車両は新製時以来転属していない。

現在使用されている列車

  • きらめき」(2001年3月- ):3・12・14号
  • かもめ」(1989年3月 - ):104号
    • 平日のみ、上り1本のみ運転
    • 1989年 - 1994年は「ハイパーかもめ」の列車名で運行されていた。長崎駅発着列車への運用は2011年3月11日をもって終了。
    • 「みどり」1・10号が783系で運転される日に限り、かもめ100号も783系で運転される(後述)。
  • みどり」(2000年3月 - ):1・4・6・10・29・31号を除く全列車(13往復)
    • 臨時特急「ハウステンボス」1・10号が運転する日はこれと併結運転する関係で1・10号は783系での運転となる。2021年春の設定はない。
  • ハウステンボス」(2000年3月 - ):全列車(但し、臨時運用ではごく稀に787系が使用される場合がある。)
  • かいおう」(2011年3月 - ):全列車
  • 博多駅→吉塚駅間の普通列車(2074M。「かもめ」104号の末端区間で、「かもめ」共々平日のみ運転)

所属編成および運用

編成記号「CM」の「C」は783系を、「M」は南福岡車両区所属を示す記号である(大分所属時は「O」だった)。

なお、現在CM34編成はCM1 - 5編成、CM35編成はCM11 - 15編成と共通運用のため、便宜上CM34・35編成はそれぞれのグループに含めて記載する。

車両番号の太字行先表示器LED式、×は行先表示器なし、他は字幕式行先表示器、列車方向はすべて博多駅基準

CM1 - 5・34編成
5両編成・リニューアル色(銀一色、車端部および帯に緑・赤・青・黒のアクセントカラー)。先頭車はすべて非貫通型。登場時はDE10形の牽引・推進により、当時非電化だった豊肥本線に入線していたグループ。
2021年3月13日現在、このグループの定期運用は存在しない。但しCM2・3・5編成については2号車のモハを抜いた4両編成で他形式や「みどり」「ハウステンボス」の代走に用いられる場合がある。CM4・34編成は門司港駅の側線に、CM1編成は南福岡に留置されていたが同年3月30日にCM1編成は小倉総合車両センターに廃車回送された。
2021年3月12日時点では「きらめき」(1・2・7・10・14号)、「かもめ」(101・108号)および「にちりん」「にちりんシーガイア」「ひゅうが」「きりしま」の783系全列車に充当されていた。繁忙期には臨時「かもめ」「にちりん」「九十九島みどり」の運用もあった。「かもめ」101・108号は佐賀方にCM31 - 33編成を連結する平日に限り号車番号が5 - 9号車となっていた。
2011年3月まで主に「かもめ」に使用されていたため、かつては「かもめ」編成とも呼ばれていた[27]。CM34編成と同様の編成内容ではあるが、編成総定員は若干多くなっている[28]
2000年3月 - 2006年9月頃までは、2号車のモハ783形0番台は4編成のみに多客期に限り連結されていた (8・13・14・18) 。ただし組込先は一定でなく、このとき残りの1編成は「かもめ」運用に入らなかった。
CM1編成の2号車であるモハ783-20は、2003年7月まではCM13編成の13号車(現在は7号車)でみどり色のモハ783-109だったが、モハ783-19に置き換えられていた(後述)。しかし2006年9月に、新製時には未搭載であったパンタグラフを搭載し、標準色に戻し、エンブレムも撤去したうえで本編成に連結され、さらに2007年に、同番号(同区分番台ラストナンバーの追番だが、外観や車内設備の変更なし)に改番された。ただし、乗降扉周辺はしばらく緑色のままで、他の車両と容易に識別可能であった(その後の塗装変更で扉もリニューアル色となっている)。
2014年3月のダイヤ改正で「みどり」1往復にも運用されるようになったため予備編成がなくなることから、「有明」「みどり」各1往復から撤退し運用に余裕が生じたCM31 - 34編成(4両編成)のうち、CM34編成に予備車だったモハ783-15を組み込んでCM1 - 5編成と共通運用とした。2016年3月からは佐賀駅発着の「かもめ」1往復にも充当され、5年ぶりにこのグループの「かもめ」定期運用が復活していたが、2018年3月17日のダイヤ改正で「かもめ」「みどり」からは撤退し、代わって「きらめき」での運用が開始された。2020年3月14日のダイヤ改正で「かもめ101号」が「きらめき5号」を編入し、門司港駅 - 佐賀駅間の通し運転になったことに伴い、2年ぶりにこのグループの「かもめ」定期運用が再度復活している。
2016年までに内装の1次リニューアルが未施工のモハ783-14、18が予備車の10、12と交換された。抜かれた14、18はその後廃車(後述)。
編成番号
← 佐賀・鹿児島中央・宮崎空港
門司港 →
クロハ782モハ783サハ783モハ783クモハ783
CM1120 ×1101 ×1
CM22(12)×2102×2
CM33(13) ×3103×3
CM4410×4104×4
CM55(8)×5107×7
CM34615611111
CM11 - 15・35編成
4両編成・みどり色(窓下に「MIDORI EXPRESS」のロゴ、扉付近に緑のアクセント)。クロハ782形が貫通型(緑にスカートが赤)、クモハ783形が非貫通型(銀にスカートが緑)。なお、CM35編成はクロハ782形の運転席部のみみどり色で、他はリニューアル色である。
「きらめき」(3・12号)「かもめ」(104号)「みどり」(783系全列車)および「かいおう」に充当。なお「ハウステンボス1・10号」の運転日は「かもめ100号」もこの編成で運転される。この他、ごく稀だが「ハウステンボス」に充当されるケースも存在し、「みどり」編成2本で「みどり」「ハウステンボス」や8両編成「みどり」の運用に入ることがある。逆にこの運用が「ハウステンボス」編成2本で運転される場合もある(後述)ほか、「みどり」編成が「ハウステンボス」に、「ハウステンボス」編成が「みどり」に充当されるケースも存在する。
「きらめき12号」「かもめ104号」および「みどり」の早岐駅 - 佐世保駅間を除き「ハウステンボス」編成を早岐方に連結して運用されるため、号車番号は5 - 8号車となっている(「かいおう」のみ1 - 4号車と表示される)。なお「みどり」は列車によって全区間単独運転、または全区間「ハウステンボス」編成を連結する場合がある。
2009年10月31日をもってJR九州は在来線特急列車の車内公衆電話サービスを廃止したが、このグループに関してはCM35編成を除き、もともと電話の設置はなかった。
CM13編成の7号車(当時は13号車)であるモハ783-116は、モハ783-109に代わって標準色のまま、モハ783-19として、パンタグラフの撤去などの改造を受けたうえで連結されていた。同車は、2006年10月ごろに標準色のままステッカーエンブレムも貼付され、さらに2007年には116に改番(同区分番台ラストナンバーの追番)され、外装もみどり色に変更された(車内設備の変更はなし)。
CM35編成は予備編成のなかった「みどり」編成の増強のため、2006年3月のダイヤ改正に合わせて早岐方の先頭車を非貫通型から貫通型に改造した編成で(改造車の車番はクロハ782-7からクロハ782-407に変更)、クロハ782-407の先頭部は「みどり」編成に準じた塗色とされたがそれ以外はリニューアル色のままである。CM31 - 34編成と同様大分に転出していた時期があり、大分時代は5両編成であったが、南福岡復帰後の2003年3月改正で2号車だったモハ783-8を減車し、4両編成とされた。
2011年3月のダイヤ改正前は「みどり」(27・32号の肥前山口駅増解結編成。現在は全編成佐世保駅まで乗り入れ)および「きらめき」(当時の1・3・14号)に充当されていた。さらに2007年3月改正までは「きらめき」(当時の1・10号)専用で、2007年3月改正から2009年3月改正までは佐賀駅発着の「かもめ」2往復に充当されていた。改造の目的から「みどり」運用に入ることも多く、その場合本来の運用は別の編成が充当されていた。2011年3月のダイヤ改正以降はCM11 - 15編成と共通運用となっている。
編成番号
← 早岐
佐世保/門司港/直方 →
クロハ782サハ783モハ783クモハ783
CM11102202106×6
CM121102031088
CM131042041169
CM1410120611212
CM1510320811414
CM35407711515
CM21 - 25編成
4両編成・ハウステンボス色(オレンジ一色)。クロハ782形が非貫通型、クハ783形が貫通型。
「きらめき」(3・14号)、「みどり」(2・8・21・23・25・27・30・32号)および「ハウステンボス」全列車に充当。なお「ハウステンボス1・10号」の運転日は「かもめ100号」もこの編成で運転される。車両の都合上、ごく稀に「ハウステンボス」編成2本で「みどり」「ハウステンボス」や8両編成「みどり」の運用に入ることがある。
「きらめき14号」および「ハウステンボス」の早岐駅 - ハウステンボス駅間以外では「みどり」編成を門司港方に連結して運用される。「みどり」での運用時には途中駅で増解結される場合もあったが、2016年3月26日のダイヤ改正で全列車佐世保駅まで乗り入れるようになった。
2000年に「ハウステンボス」での運用を開始した時点では485系時代のカラーリングを踏襲し、車端部と扉付近に赤と青・黄・緑のアクセント、編成先端はクロハ782形が赤にスカートが緑、クハ783形が黄にスカートが赤のカラーリングであったが、2017年度より順次リニューアルが行われ、2018年度までに全編成が現在のカラーリングとなった。
編成番号
← ハウステンボス
佐世保/門司港 →
クロハ782モハ783モハ783クハ783
CM21502306203105
CM22504304201107
CM23506316209106
CM24508305202108
CM25503307211109
CM31-33編成
4両編成・リニューアル色。先頭車はすべて非貫通型。
2021年3月13日現在、定期運用は存在しない。このダイヤ改正に前後してCM3・5・2編成のモハ783形0番台をそれぞれ組み込んでおり、CM31・32編成は南福岡、CM33編成は熊本に留置されている。これらは順次、小倉総合車両センターへ廃車回送されている。
2011年3月までは2号車にモハ783形0番台を連結した5両編成で運用され[27]、「にちりん」「にちりんシーガイア」「ドリームにちりん」「ひゅうが」および宮崎地区の「さわやかライナー」や宮崎駅・南宮崎駅 - 宮崎空港駅間普通列車に充当されていた。さらに多客期には1編成に関して、クロハ782形とモハ783形の間にサハ783-111を連結し、6両編成で運行されていた。また、大分運輸センターに転出していた時期がある。減車時に抜かれたモハ783形は10・12・17の3両[27]で、サハ783-111共々、増結用として使用されていた。
2020年3月から2021年3月までは平日のみ、「かもめ101・108号」において博多・門司港方にCM1 - 5・34編成を連結していた(土曜・休日はCM1 - 5・34編成が単独で「かもめ101・108号」、CM31 - 33編成が「きらめき93号」として運転していた)。
2011年3月以降、定期運用は朝晩のみで日中には運用がないため臨時列車や「みどり」「ハウステンボス」の代走を務めることもあった。
編成番号
← 佐賀・中津
門司港・直方 →
クロハ782サハ783モハ783クモハ783
CM31 501 201 105 ×5
CM3250520511010
CM3350720711313
波動用中間車

1次リニューアルにおいて増結車となったサハ783-111、旧「にちりん」編成から減車されたモハ783-17、上述の組み換えにより編成から外されたモハ783-14、18は予備車として南福岡車両区に留置してあったが、老朽化を理由に2016年9月29日から11月30日にかけて、モハ783-17を皮切りに廃車回送が実施された[29]。そして、同年12月2日よりモハ783-17の廃車解体が開始され[22]、年内には4両すべての解体が終わった[22]

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 営業運転開始時は120km/h[1]
  2. ^ 車体断面の大型化は、前述の側窓の拡大にも寄与している。
  3. ^ 211系電車のシステムを改良し、車内表示は新幹線100系電車をベースとしたものである[1]
  4. ^ 1M方式に対し、必要な装備を複数の車両に分散配置するものをユニット方式という。1M方式はユニット方式に比べ、編成の自由度が高い。
  5. ^ 営業運転開始時にも自動解結装置が取り付けられていたが、実際に使用することがなく踏切事故等で装置が破損して運転不能となる事態が続出したため撤去された[19]
  6. ^ しかし、485系電車の「有明」も乗客数は減っておらず、結果的には5%程度の増客となった。
  7. ^ 「にちりんシーガイア」及び一部の「にちりん」「ひゅうが」は6両編成、それ以外は4両編成。
  8. ^ 厳密にはこれに加え日南線南宮崎駅 - 田吉駅間、宮崎空港線田吉駅 - 宮崎空港駅間、鹿児島本線鹿児島中央駅 - 鹿児島駅間も含む
  9. ^ 鹿児島本線(現在の肥薩おれんじ鉄道線区間を含む)、長崎本線(旧線を除く)、佐世保線日豊本線篠栗線宮崎空港線の全線と、大村線早岐駅 - ハウステンボス駅間、筑豊本線直方駅 - 桂川駅間、豊肥本線熊本駅 - 肥後大津駅間、日南線南宮崎駅 - 田吉駅間。なお787系は大村線のみ定期列車での乗り入れ実績がない。また一時期「にちりん」が乗り入れていた山陽本線下関駅 - 門司駅間は直流電化のため、交流電車である本形式は乗り入れが不可能であった。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 「JR九州ニューフェイス三姉妹 ハイパーサルーン783系交流電車」『鉄道ジャーナル』第22巻第5号、鉄道ジャーナル社、1988年5月、 65-73頁。
  2. ^ a b c 下田、p.3。
  3. ^ a b c 開発のころ、p.4。
  4. ^ 西村、p.5。
  5. ^ 諸星幸信、千崎文雄「JR在来線交流電車用電機品 (PDF) 」 『富士時報』第62巻第8号、富士電機、1989年8月、 16-18頁。
  6. ^ 九州を走るエコ車両(JR九州 環境報告書2017) - 九州旅客鉄道 2017年10月1日(インターネットアーカイブ
  7. ^ a b 下田、p.4。
  8. ^ a b c d e f 西村、p.8。
  9. ^ a b c d 下田、p.5。
  10. ^ a b 下田、p.6。
  11. ^ a b 下田、p.8。
  12. ^ a b c 下田、p.10。
  13. ^ 下田、p.12。
  14. ^ 西村、p.9。
  15. ^ a b c d e 下田、p.9。
  16. ^ 鉄道ファン』2011年9月号、交友社、2011年、 49頁。
  17. ^ 『JR電車編成表』99夏、ジェー・アール・アール、1999年、170-171頁。ISBN 4-88283-031-0
  18. ^ 『鉄道ファン』2011年9月号、交友社、2011年、 46頁。
  19. ^ 西村、p.6。
  20. ^ a b c “HTB号欧風に一新 JR九州、開園25周年に合わせ”. 西日本新聞. (2017年1月4日). オリジナルの2017年1月4日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170104133841/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/299157 2017年1月4日閲覧。 
  21. ^ “特急「ハウステンボス号」3月18日(土)リニューアルして運行開始!” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 九州旅客鉄道, (2017年1月30日), オリジナルの2021年3月17日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20210317062007/https://www.jrkyushu.co.jp/news/__icsFiles/afieldfile/2017/04/05/170405huistenbosch03.pdf 2021年3月17日閲覧。 
  22. ^ a b c d e ステンレス車両初解体 - NHK北九州 2016年12月2日「ニュースブリッジ北九州」同日放送分(インターネットアーカイブ)
  23. ^ 下田、p.13。
  24. ^ 「JR電車編成表2017夏」ISBN 9784330787176 p.358。
  25. ^ “特急783系「ハイパーサルーン」、ラストラン 日豊線、鉄道ファン惜しむ”. 南日本新聞. (2021年3月13日). オリジナルの2021年3月13日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210313001445/https://373news.com/_news/?storyid=134127 2021年3月13日閲覧。 
  26. ^ JR九州春のダイヤ改正 大幅減便 宮崎県” (日本語). テレビ宮崎 (2021年3月12日). 2021年3月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月13日閲覧。
  27. ^ a b c d e 坂正博「JR九州新幹線・特急列車の運転体系概要」『鉄道ダイヤ情報』第323号、交通新聞社、2011年3月、 28-35頁。
  28. ^ 『列車編成席番表』2007冬・春、ジェー・アール・アール、2007年。ISBN 4-882-83322-0
  29. ^ 【JR九】783系 配給輸送 - 鉄道ホビダス RMニュース 2016年11月15日

参考文献

  • 「インタビュー JR九州783系開発の頃」『RAIL FAN』第50巻第9号、鉄道友の会、2003年9月1日、 3-9頁。:九州旅客鉄道取締役 北部九州地域本社長 西村隆夫
  • 下田晃市「JR九州783系 形式・番代別カタログ」『RAIL FAN』第50巻第9号、鉄道友の会、2003年9月1日、 3-13頁。

外部リンク

関連項目


 

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