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🚗|鮮烈な初表彰台を生んだ三宅の速さと“プロフェッショナリズム”、そしてTEAM GOHの底力/S…


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鮮烈な初表彰台を生んだ三宅の速さと“プロフェッショナリズム”、そしてTEAM GOHの底力/S…

 
内容をざっくり書くと
三宅のみならず、相方の佐藤蓮にとっても、スーパーフォーミュラで初めてオートポリスを走る週末だった。
 

今年一番の暑さの中で行われた2022全日本スーパーフォーミュラ選手権の第4戦オートポリス。決勝レース… →このまま続きを読む

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スーパーフォーミュラ

スーパーフォーミュラSUPER FORMULA)は、2013年から日本で開催されている自動車レースの1カテゴリー(格式は国際)。略称は「SF」。

2013年から2015年は“全日本選手権スーパーフォーミュラ”、2016年から“全日本スーパーフォーミュラ選手権”として開催されている[1][2]

概要

フォーミュラカー(オープンホイール)を使用した四輪レースで、日本自動車連盟(JAF)公認の下、日本レースプロモーション(JRP)を運営母体とし、フォーミュラ・ニッポンを引き継ぐ形で2013年にスタートした。

全日本F3000からフォーミュラ・ニッポン時代には“日本一速い男 決定戦”とも呼ばれ日本最高峰のカテゴリーとして扱われており、ランキング3位以内を獲得すればスーパーライセンスを取得できた時期もあり、ステップアップカデゴリーとしてF1ドライバーを輩出していた。だが年を追うごとに海外に拠点を移してF1を目指す日本人ドライバーが増えたこともあり、F1にステップアップするドライバーはほとんど見られなくなった。またリーマン・ショックによる経営への打撃でトヨタやホンダが相次いでF1から撤退したことから出場台数や観客数が減少傾向となった。

そこで2013年から国内という枠からの脱却し、アジアのスタンダードフォーミュラを目指しアジアを中心にグローバル展開を進めるにあたり、現在の名称であるスーパーフォーミュラとして再スタートすることとなった。その関係で初年度の2013年に韓国インジェ・スピーディウムでの開催が予定されたが、最終的には中止となった[3]。また、2015年の概要発表会の際、当時のJRP社長である白井裕の口から「名実ともに世界の三大フォーミュラカーレースのひとつとして、F1インディカーと並び称されるカテゴリーにまで発展させることを目標」と述べ[4]、独立したカテゴリーの性格を強めていく方針を取ったこともあり、本カテゴリーと並び国内最高峰のレースであるSUPER GTとは異なり海外展開は見送られている。

2020年から全日本F3選手権を踏襲した全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権が下位カテゴリとして開催されている。

源流となる全日本F2000選手権発足から50周年を迎えた2022年に、社会環境との共存およびエンターテインメントの持続可能性を追求する『NEXT50』というプロジェクトを立ち上げている[5]

評価

改名当初は、F1で使用されるピレリ製タイヤやそのサーキットの経験を積めない事、スーパーライセンスを取得する条件を満たすまで(他のカテゴリより)時間がかかる[6]などの問題があった。同年に元F1ドライバーのビタントニオ・リウッツィナレイン・カーティケヤンが参戦するなど、レベルは充分高いとは言われるものの、やはりF1を目指す上では参戦する意義は薄いと見られていた。

ところがフォーミュラ・ニッポン時代から長らく参戦していたアンドレ・ロッテラーが、電撃的に2014年にF1のベルギーグランプリにスポット参戦した際に、日本のトップフォーミュラというキャリアの道筋を示して[7]から欧州でも注目が集まるようになった。2015年にはGP2王者のファビオ・ライマーが参戦を表明(後に彼の事情により撤回)、同じくGP2王者のストフェル・バンドーンが2016年、ピエール・ガスリーが2017年にF1のシートを確保するまで参戦し、フォーミュラレース界でも独特の存在感を示すようになった。加えてヨーロッパのジュニアカテゴリーの参戦資金が高騰している事から[8]、F2へ参戦できないドライバー[9]やF2以外でF1マシンに準じた経験を積めるカデゴリーという点で見直され、本カデゴリーの参戦を企図する海外勢のドライバーが増えつつある。

ただしF1参戦にはFIA F2、或いはF3の経験がないと不利な状況には変わりなく、前述のドライバーたちもF2(GP2)のタイトルを獲得し、すでにスーパーライセンスの発給条件を満たした上での参戦である為、F1目的での参戦という観点からは課題も残っている。一方でライセンスポイントが必要なかったり、必要であっても条件が緩いトップフォーミュラ(インディカーやフォーミュラEなど)へ行く上では、何かしらの事情でF1・F2のシートが得られないドライバーにとっては有力な選択肢になっているとも言える。後にインディカーに転戦するフェリックス・ローゼンクヴィストアレックス・パロウ(2021年インディカー王者)や、現在フォーミュラEに参戦しているニック・キャシディなどはその例である。

運営面での問題としては本カテゴリーも含め、審査委員会への報告内容に統一的な基準がない為、サーキット側の競技長の判断基準に委ねられているという、国内レース共通の課題を抱えている。スーパーフォーミュラのセッション中の判定に関しても、JRPがレースディレクターを派遣しているものの、主催者側(開催地のサーキット)が選定する競技長に決定権があり、その決定を審査委員会が承認するという形を取っている。その為、メディア対応は基本的にJRPが担っているものの、JRP側はレースの判定/裁定についての決定権がない為、無許可でのコメントや説明が出来ないという状況にある。この状況については、長年苦悩しているらしく、2016年にJRP社長へ就任した倉下明によれば、「三権分立の様な形で判定と裁定がされている為、メディアへの対応や最高責任者が明確化されていない」という課題[10]を抱えているとコメントしている。その一方で、SUPER GTが株式会社GTアソシエイションが必要に応じて対応するのに対し、スーパーフォーミュラ側は2019年シーズンの第3戦で、予選が赤旗中断のまま終了になった一件で、JRPが公式声明を出すといった対応を[11]した例を除けば、運営側がノーコメントで終わるケースも多い。また、その問題について事実上、手を付けられず、それらが明文化されないままレース運営が行われている状況であり、参加ドライバーから度々苦言を呈される点も課題となっている。

車両

国際自動車連盟の国際モータースポーツ競技規則 (国際スポーツ法典) 付則J項による車両分類では、グループE部門IIのSSに属するフリーフォーミュラシングルシーターとされる。

2013年のみフォーミュラ・ニッポンで使用していたスウィフト・017.n(FN09)を改称した「SF13」に、3.4L V8 NAエンジンのトヨタ・RV8Kまたはホンダ・HR12Eを搭載した物を使用。

2014年からはダラーラ社のSF14[12]に、SUPER GT・GT500クラス用と基本設計が共通の2.0L 直4 直噴 ターボ[13]NRE(Nippon Race Engine[14]トヨタ・RI4A、またはホンダ・HR-414Eを搭載した。このNREには燃料流量を制限する燃料リストリクターが装着されており、通常時の出力は550~600馬力程度に抑えられている。またサーキットによっては安全を考慮し、通常よりも燃料流量が少なく設定されている。
燃焼効率を追求したいわゆるダウンサイジングターボの潮流の中に生まれたこのエンジン規格は、旧来のようにガソリンを際限なく消費してパワーのみを追求するターボではなく、限られたガソリン流量でパワーを追求することが求められており、希薄燃焼(リーンバーン)やプレチャンバー(副室)などの先端技術が駆使されている。2014年に通常時100kg/hであった燃料流量は2015年に95kg/h、2021年に90kg/hへと段階的に引き下げられているが、ほぼパフォーマンスを維持している[15]

燃料リストリクターには一時的に燃料流量を増加させる「オーバーテイク」機能がついており、ドライバーはステアリング上にあるボタンを押すことで作動させることができる。ただし「オーバーテイク」の使用には回数または時間の制限(2021年現在は合計で200秒間まで)があり、一度使用すると一定時間機能が使えなくなる(2021年現在は100秒間のクールタイムが必要)。なお「オーバーテイク」の利用状況はマシンのロールフープ部分にあるLEDの表示に反映され(通常時は常時点灯、使用中は高速点滅、クールタイム中は低速点滅)、残り時間が20秒未満になると色が緑→赤に変化するなど、観客目線である程度の状況が判別できるようになっている[16]

当初はハイブリッドシステム「System-E」の搭載も計画され、エンジンについてはトヨタが、System-Eについてはホンダが、それぞれ基礎開発を担当[17]。しかし何回かテストは行なわれたが、実現はしていない。

2019年からはエンジンはそのまま、シャシーをダラーラ社のSF19に移行。車両性能そのものには大きな変更はないものの、安全対策の一つとしてコクピットを保護するHaloを導入。また、2021年から、いわゆる第5世代移動通信システム(5G)を導入し、全車のオンボード映像をネットでライブ配信する事を前提に、その為の機材を搭載出来るようなスペースを設ける予定[18]である。

タイヤは当初ブリヂストンワンメイクであったが、2015年をもって供給を終了[19]。2016年からは横浜ゴムが供給する事になり、ドライタイヤも2スペック開発されるようになった[1][20]。しかし2020年からドライタイヤは1スペック制に戻っている。

2014〜2016年の規定のF1マシンが従来よりスピードが低下していた事もあり、ドライバーの感想や走行データの比較では「スーパーフォーミュラのコーナリングスピードはF1よりも速い」と言われていた[21][22][23]。またコースの違いから単純には比較てできないものの、F1を基準としたラップタイム比では、より高出力なFIA-F2よりも速いというデータもある[24]

歴代チャンピオン

ドライバー・チームタイトル

ドライバー
(所属チーム/エンジン)
チーム
(エンジン)
2013年日本の旗 山本尚貴
TEAM MUGEN/ホンダ
PETRONAS TEAM TOM'S
(トヨタ)
2014年日本の旗 中嶋一貴
(PETRONAS TEAM TOM'S/トヨタ)
PETRONAS TEAM TOM'S
(トヨタ)
2015年日本の旗 石浦宏明
P.MU/CERUMOINGING/トヨタ)
PETRONAS TEAM TOM'S
(トヨタ)
2016年日本の旗 国本雄資
(P.MU/CERUMO・INGING/トヨタ)
P.MU/CERUMO・INGING
(トヨタ)
2017年日本の旗 石浦宏明
(P.MU/CERUMO・INGING/トヨタ)
P.MU/CERUMO・INGING
(トヨタ)
2018年日本の旗 山本尚貴
(TEAM MUGEN/ホンダ)
KONDO RACING
(トヨタ)
2019年ニュージーランドの旗 ニック・キャシディ
VANTELIN TEAM TOM'S/トヨタ)
DOCOMO TEAM DANDELION RACING
(ホンダ)
2020年日本の旗 山本尚貴
(DOCOMO TEAM DANDELION RACING/ホンダ)
VANTELIN TEAM TOM'S
(トヨタ)
2021年日本の旗 野尻智紀
(TEAM MUGEN/ホンダ)
carenex TEAM IMPUL
(トヨタ)

ルーキー・オブ・ザ・イヤー

  • ルーキードライバー(SFの決勝レース出走回数が積算で4戦未満のドライバー)の中で年間獲得ポイント最上位の選手が受賞。なお、2013年から2021年まではルーキーが3人以上いる場合、2022年は2名以上存在する場合に成立
ルーキー・オブ・ザ・イヤー
(所属チーム/エンジン)
2013年not held
2014年日本の旗 野尻智紀
(DOCOMO TEAM DANDELION RACING/ホンダ)
2015年日本の旗 小林可夢偉
KYGNUS SUNOCO TEAM LEMANS/トヨタ)
2016年not held
2017年フランスの旗 ピエール・ガスリー
(TEAM MUGEN/ホンダ)
2018年日本の旗 松下信治
(DOCOMO TEAM DANDELION RACING/ホンダ)
2019年スペインの旗 アレックス・パロウ
TCS NAKAJIMA RACING/ホンダ)
2020年日本の旗 大湯都史樹
(TCS NAKAJIMA RACING/ホンダ)
2021年日本の旗 大津弘樹
Red Bull MUGEN Team Goh/ホンダ)

シリーズ参戦したF1ドライバー

ドライバー参戦年SFでの年間成績F1参戦歴
日本の旗 佐藤琢磨20132013年18位2002-2008(ジョーダンBARスーパーアグリ
インドの旗 ナレイン・カーティケヤン2014-20182014年13位、2015年11位、2016年14位、2017年19位、2018年15位2005, 2011-2012(ジョーダン、HRT
イタリアの旗 ヴィタントニオ・リウッツィ20142014年 16位2005-2007, 2009-2011(レッドブルトロ・ロッソフォース・インディア、HRT)
日本の旗 中嶋一貴2013-2013年4位、2014年1位、2015年2位、2016年4位、2017年5位、2018年6位、2019年11位、2020年11位2007-2009(ウィリアムズ
日本の旗 小林可夢偉2015-2015年6位、2016年17位、2017年7位、2018年10位、2019年6位、2020年16位2009-2012, 2014(トヨタザウバーケータハム
ドイツの旗 アンドレ・ロッテラー2013-20172013年2位、2014年3位、2015年3位、2016年2位、2017年6位2014(ケータハム)
ベルギーの旗 ストフェル・バンドーン20162016年4位2016-2018(マクラーレン
フランスの旗 ピエール・ガスリー20172017年2位2017-(トロ・ロッソ、レッドブル、アルファタウリ
ブラジルの旗ピエトロ・フィッティパルディ20182018年22位2020(ハース

テレビ放送

レース中継

J SPORTSが決勝全戦を生中継しており、2014年からは予選の生中継も行っている。2017年からBSフジでも決勝の生中継(J SPORTSの実況と映像を使用)を開始[25]。2018年よりTAKUROGLAY)が作曲を担当した『流転』が中継のテーマ曲となっている[26]。2019年からBSフジの放送が、生中継から当日夕方の録画放送に変更となり[27]、J SPORTSの決勝生中継もBSフジの実況を使用。2021年からサーキットの場内実況がJ SPORTSでも使用されることになった[28]。また、BSフジは放送が当日深夜に移行。

またGYAO!インターネットでレース映像の無料配信を行っていた。

日本国外向けにはが2018年より決勝のライブ配信を行っている[29]。また2020年からはレッドブルが運営する独自の配信プラットフォーム「Red Bull TV」が予選及び決勝のライブ&オンデマンド配信に参入した[30]

2021年シーズンをもってBSフジでの放送及びRed Bull TVでの配信が終了し、新しいデジタルプラットフォーム『SFgo(エスエフゴー)』やYouTubeの公式チャンネルの強化といったデジタルコンテンツの強化が今後は図られる[31]

関連番組

2014年 - 2016年には、関係者をゲストに迎えてのトークとレースハイライトで構成した『スーパーフォーミュラTV』がフジテレビNEXTで放送されていた。また、BSフジのバラエティ番組カンニングのDAI安☆吉日!』で本シリーズを取り上げていた。2016年にはフジテレビ関西テレビで専門番組として『超速GO音』が放送され、フジテレビ On Demandでも視聴可能である[32]。他に、ドライバーや関係者を交えてレースの模様を伝えるBSフジの『』が2022年2月まで放送された。

2022年7月より、BSフジで新たに『GO ON! NEXT~サーキットで会いましょう~』が1時間番組として不定期に放送される(2022年は年4回放送の予定)。MCには日向坂46富田鈴花を迎える[33]

スポンサー

NEXT50 PARTNERS

2021年までは下記の通りスポンサーの細分化がなされていたが、2022年に全スポンサーが『NEXT50 PARTNERS』に統一された。

過去

シリーズパートナー

シリーズサポーター

プロモーションパートナー

ブロードキャストパートナー

協賛パートナー

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ a b ヨコハマ、Sフォーミュラへのタイヤ供給を発表 - オートスポーツ・2015年10月29日
  2. ^ 2016年以降の使用タイヤについて - スーパーフォーミュラ公式サイト・2015年10月29日
  3. ^ スーパーフォーミュラ第5戦インジェ、中止決定 - オートスポーツ・2013年7月24日
  4. ^ シリーズ20周年。SF概要発表会がフジテレビで開催 - オートスポーツ・2015年3月18日
  5. ^ 「SUPER FORMULA NEXT50(ネクスト ゴー)」プロジェクト始動ー日本レースプロモーション、Honda、TOYOTAを中心とした、モビリティとエンターテインメントの技術開発パートナーシップを発足ー スーパーフォーミュラ公式サイト 2022年4月10日閲覧
  6. ^ FIA F2は年間トップ3に入ればスーパーライセンスを取得する条件を満たせるのに対し、スーパーフォーミュラのみでそれを満たす場合、タイトルを獲得しても最短でも2年かかるという違いがある。
  7. ^ F1 'not what it used to be' - Lotterer Motorsports.com 2022年4月10日閲覧
  8. ^ 2018年頃のFIA F2の参戦費用だが、一説には年間で2億~2億5,000万円ものシート代が必要と言われている。「F1の夢はあきらめない」。松下信治が名門F2チームから欧州再挑戦 - sportiva.shueisha.co.jp・2018年12月31日
  9. ^ 資金面の話もあるが、F2の場合、タイトルを獲得した者は同カテゴリーからの卒業を命じられる(継続参戦ができない)ため、バンドーンとガスリーはドライバーとしての技量を維持するために参戦していた面もある。
  10. ^ スーパーフォーミュラの不透明な裁定はなぜ──JRP倉下社長が現状を説明 - www.as-web.jp・(2016年11月6日)2019年6月28日閲覧
  11. ^ 腑に落ちない予選Q3セッション。繰り返されるスーパーフォーミュラの説明不足問題に、JRPが大きな一歩を踏み出す - www.as-web.jp・(2019年6月22日)2019年6月28日閲覧
  12. ^ JRP、2014年からの新シャシーをダラーラに決定 - オートスポーツ・2012年9月22日
  13. ^ Fニッポンの次期エンジンは2リッター直4ターボに - オートスポーツ・2012年10月15日
  14. ^ スーパーフォーミュラ、ダラーラ製の2014年型レーシングカー「SF14」を初実走 - CAR Watch・2013年7月10日
  15. ^ 「5kg/h」で起きたこと、あるいは起こらなかったこと テクラボ開幕戦レビュー スーパーフォーミュラ公式サイト 2022年4月9日閲覧
  16. ^ スーパーフォーミュラ:オーバーテイクシステムは100秒の持ち時間制へ。2019年概要発表 - AUTOSALON Tokyo・2019年3月2日
  17. ^ FNテスト:2日目午後はJP首位。開発面での報告も - オートスポーツ・2012年11月20日
  18. ^ ダラーラ社CEOが来日会見、スーパーフォーミュラ次期車両『SF19』のコンセプト発表 - オートスポーツ・2017年10月21日
  19. ^ ブリヂストン、今年限りでSフォーミュラから撤退 - オートスポーツ・2015年9月25日
  20. ^ 横浜ゴム、アジア最高峰のフォーミュラレースに「ADVAN」レーシングタイヤをワンメイク供給 - 横浜ゴム・2015年10月29日
  21. ^ "ロッテラー「SF14は世界最高のフォーミュラカー」 (page4/5) ". AUTOSPORT Web. (2014年9月13日)
  22. ^ "第2戦岡山国際サーキット・プレビュー:マシン編". スーパーフォーミュラ公式サイト. (2015年)
  23. ^ "ファンドールネ「コーナーではスーパーフォーミュラのほうがF1より速い」". TopNews. (2015年11月11日)
  24. ^ F1の次に速いのはスーパーフォーミュラ! いろんなカテゴリーの"速さ"、比べてみました motorsports.com 2022年4月9日閲覧
  25. ^ 『2017シーズンより、日曜決勝レースをBSフジで生中継!』
  26. ^ TAKURO(GLAY)作曲の「流転」がスーパーフォーミュラのテーマソングに! - スーパーフォーミュラ公式サイト・2018年4月20日
  27. ^ 千代勝正がピットレポーターに就任。BSフジのスーパーフォーミュラは時間帯移行で視聴しやすい放送に - auto sport web・2019年3月2日
  28. ^ スーパーフォーミュラ、今季J SPORTSの実況を兼任するピエール北川さんに聞く『実況の裏事情』と『個人的な見どころ』 - auto sport web・2021年4月2日
  29. ^ スーパーGTの注目度、海外で益々高まる。motorsport.tvで世界に向けたライブ配信が決定 - motorsport.com 2019年5月2日
  30. ^ 『レッドブルTV』スーパーフォーミュラ全7戦の予選・決勝を無料ライブ配信へ - オートスポーツ・2020年8月18日
  31. ^ スーパーフォーミュラ、新デジタルプラットフォーム導入にあたり“開発サポーター”を募集。YouTubeでの有料プランも充実へ - motorsport.com 2022年1月31日
  32. ^ 超速GO音、フジテレビオンデマンドで無料配信 - F1-Gate.com・2016年4月29日
  33. ^ 日向坂46富田鈴花を新番組MCに起用するスーパーフォーミュラの狙い。7月の第6戦では富士で“すずか”に会える!? - motorsport.com 2022年6月22日

関連項目

外部リンク

オートポリス

オートポリス: AUTOPOLIS)は、大分県日田市上津江町上野田にあるサーキットである。

歴史

オープン

元々は山本観光が「ゲーリー・プレイヤー・カントリークラブ」という名のゴルフ場を建設する予定地として所有していたが、1970年代オイルショックにより計画が頓挫していた広大な土地に、不動産開発などを中心とする企業のオーナーで、オートポリスの運営会社である株式会社日本オートポリス社長の鶴巻智徳の指揮により、バブル景気全盛期の1990年にオープンした。

オープンに合わせて、同年11月30日には竹下登首相などを招待し、東京全日空ホテルでオープニングパーティーが行われた。なお鶴巻は、1989年に同ホテルで行われたオークションで、パブロ・ピカソの「ピエレットの婚礼」を5160万ドルで競り落としたことで世界的に有名となっていた。また後に馬主としてエーピーインディを所有していた。

1991年3月には、こけら落としイベントとも言える全日本F3000選手権が開催され、決勝日には7万人を超える観衆が押し寄せ、スタンドを埋め尽くした。同年10月には、オートポリス初のFIA公認世界選手権レースとなるスポーツカー世界選手権(SWC)の最終戦が開催され、F1デビュー間もないミハエル・シューマッハも出走し、優勝を飾っている。

F1誘致

オートポリスは、当初からF1開催を目指して建設されたサーキットで、1990年1991年にはネルソン・ピケがドライブするベネトンチームのスポンサーとなり、オープニングイベントには、フラビオ・ブリアトーレ以下の同チーム関係者とピケなどが列席するなど、積極的にF1の誘致活動を行っていた。

さらに、バーニー・エクレストンに対しても様々なロビー活動や交渉を行い、これが実り、1993年にはF1第3戦を「アジアGP」として初開催することになった。

充実した施設

F1開催に向けて、3階建てのピットビルディングや2万人の観客を収容できる最終コーナースタンド、コースを見渡せるホテル「ベラ・ビスタ」、美術館、3回ワールドチャンピオンとなったネルソン・ピケの博物館カートコース、ヘリポートなどを備えていた。

なお、サーキット内のホテル「ベラ・ビスタ」は、わずか28室の高級ホテルとして建設され、他にも350室のリゾートホテルが建設される予定であった。また美術館には、鶴巻が購入したピカソの作品の他に、ルネ・マグリットクロード・モネフィンセント・ファン・ゴッホなどの作品を展示する予定であった。

また、オートポリス独自のワンメイクフォーミュラ「FC45」のレースが1991年から開催された。「FC」とは当時の社長の名前から「フォーミュラ・クレーン(鶴)」と言われている。45は排気量(4,500cc)。

倒産

このように、日本の他のサーキットでは見られないような様々な投資が行われたが、バブル崩壊により1992年に「日本オートポリス」は倒産。翌1993年初開催の予定であったF1はキャンセルとなった。美術館とホテルは閉鎖され、美術品は債権者に差し押さえられた。また、「FC45」もこの年限りで終了となった。

翌1993年以降、債権者であるゼネコンのハザマが「大分阿蘇レーシングパーク」として運営を続けるものの、アクセスの悪い山間奥地にあるため経営が成り立たず、サーキットの存続が危ぶまれる状態に陥ってしまう。

再建

1996年にハザマより上津江村(当時)に、抵当権付きのままながらも無償譲渡された後は、地元住民によるボランティアの協力等を得つつ、第3セクターの、有限会社かみつえグリーン商事がサーキット運営を継続。名称も、知名度の高かった「オートポリス」に戻された。その頃はビッグレースは開催不能で、走行会やアマチュアレース中心の運営であった。

1999年11月には、オールスター戦ではあるものの全日本GT選手権が初めて開催され、季節外れの大雪の中、5万人近い観客を集める。2002年からは全日本ロードレース選手権2003年からは、経営が行き詰った美祢サーキットに代わる形で全日本GT選手権が開催された他、2006年にはフォーミュラ・ニッポンも開催されるなど、徐々に運営は上向きとなった。

2005年3月に、川崎重工が同サーキットを買収したことを発表。同月、市町村合併上津江村日田市に編入合併した事も関係あるといわれている。同社の二輪車の開発用テストコースとして活用する一方で、全日本格式をはじめとする各種レースイベントも継続して開催されている。なお、川崎重工は、同じ大分県内にSPA直入という二輪用サーキットを所有していたが、オートポリス買収後もSPA直入の運営を続けている。

その後、営業されないままで、さらにメインテナンスもされないまま老朽化したホテル「ベラ・ビスタ」や、美術館の建物は取り壊され空き地になった。2010年からは国際格式の二輪レースであるが全日本ロードレース選手権と併催で開催されている。

現在

2011年にはSUPER GTが復活し、フォーミュラ・ニッポンが2&4として全日本ロードレース選手権(ST600)と併催で開催され、それとは別に全日本ロードレース(全クラス)がASIAN GPと併催で開催されるなど、レーススケジュールが大きく変更された。2011年11月より2012年3月までの期間で、オープン以来初となるメインコースの全面改修工事(路面の全面張替えと縁石の一部を改修)を行った。

また、2012年からはスーパー耐久レースが開催されている。2013年には、2004年より続いていた全日本プロドリフト選手権がスケジュールから外れたが、2014年には復活している。

熊本地震による影響

2016年4月の熊本地震では、16日の本震で震源地近くに所在する本コースも被災し、コース数カ所やパドックビル・ロイヤルルーム等にヒビが入る、メインスタンドの地盤沈下などのダメージを受けたため、当座同年5月末までの施設クローズを決定[2]、5月に開催予定だったSUPER GT第3戦と、6月に開催予定だった全日本ロードレース選手権第4戦、9月に開催予定だったスーパーフォーミュラ第5戦の中止も決定した[3][4][5]

その後、同年10月1日に営業を再開し11月にはスーパー耐久シリーズ第6戦が予定通り開催された[6]。なお、被害があった東側のロイヤルルームと表彰台のモニュメントは後に取り壊されている。

コース

インターナショナルレーシングコース

全長4,674mの長さを誇る国際公認コース。ホームストレートは902m、高低差は52メートル、最大上り勾配7,2%、下り勾配10%のアップダウンの激しいテクニカルコース。その為、タイヤの磨耗度が激しく、一部のレーサーからは「タイヤ泣かせのコース」といわれている。日本では珍しく、ピットロードがコースの外側にある。よって、ピットから見るとマシンの走行方向が他のサーキットと逆になる。 元ホンダF1の責任者桜井淑敏がコース監修を行った。

レイクサイドコース

全長1,760m。 カートやドリフト走行会、市販車試乗会等に使われる。

ジムカーナ場

ファイナルコーナースタンドから駐車場を過ぎて上がった先にある。 主にドリフト走行会、ドリフト練習会などのイベントで使用されていたが、2019年3 月末をもって営業を終了した。

コースレコード

オートポリス コースレコード
カテゴリーマシンドライバー・ライダータイム樹立年
スーパーフォーミュラTEAM MUGEN SF19野尻智紀1'24.1402020年
SUPER GT(GT500)Red Bull MOTUL MUGEN NSX GT大湯都史樹1'31.3892021年
SUPER GT(GT300)TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT嵯峨宏紀1'42.0392018年
スーパー耐久マッハGoGoGo車検 GT-R山野直也1'47.0892013年
二輪(JSB1000)YAMAHA FACTORY RACING TEAM YZF-R1中須賀克行1'46.3062019年
グループCジャガーXJR-14テオ・ファビ1'27.1881991年
全日本F3000TOSTEM LOLA T90中谷明彦1'30.1241991年

現在の施設

  • ロイヤルルーム
  • メイングランドスタンド
  • ファイナルコーナースタンド
  • コースサイドロッジ
  • ドライバーズサロン
  • メインコントロールタワー
  • ヘリポート
  • パドックビル
  • ガソリンスタンド

イベント

1999年

2002年

2003年

  • 全日本GT選手権
  • 全日本ロードレース選手権

2004年~2005年

2006年

2007年

  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • 全日本F3選手権
  • AFOS(アジアンフェスティバルオブスピード)

2008年

  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • 全日本F3選手権

2009年

  • フォーミュラ・ニッポン
  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本F3選手権
  • 全日本プロドリフト選手権

2010年

  • フォーミュラ・ニッポン
  • 全日本ロードレース選手権(大雨のため決勝レース土曜日開催のGP-MONOクラス以外は全て中止)
  • 全日本F3選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • FIMアジアロードレース選手権
  • SUPERRACE CHAMPIONSHIP

2011年

  • フォーミュラ・ニッポン
  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • FIMアジアロードレース選手権

2012年

  • フォーミュラ・ニッポン
  • SUPER GT
  • 全日本ロードレース選手権
  • スーパー耐久
  • 全日本プロドリフト選手権
  • FIMアジアロードレース選手権

2013年

2014年

  • 全日本ロードレース選手権
  • スーパーフォーミュラ
  • SUPER GT
  • FIMアジアロードレース選手権
  • 全日本プロドリフト選手権
  • スーパー耐久

2015年

  • 全日本ロードレース選手権
  • スーパーフォーミュラ
  • スーパー耐久
  • SUPER GT

過去に開催された主なイベント

その他

  • ママチャリグランプリ - 自転車のうち「軽快車」を使用してオートポリスのコースを8人の選手がリレーして走る競技。夏の風物詩となっている。

サーキットクイーン

このオートポリスのPR活動などを行う「サーキットクイーン」と呼ばれるイメージガールが存在している。毎年春のビッグレース時にオーディションが行われ、4名(当初は5名)が選ばれ活動していたが、2009年から任期が2年に延長している。

歴代メンバー

  • 2004年:藤原みほ、藤井加奈子、新宮優佳、松原幸枝、村上香織里
  • 2005年:高橋久美子、広崎美紗、藤本藍、持永絢子
  • 2006年:小倉さやか、小柳友里江、伊藤優子、藤村いづみ
  • 2007年:坂那あゆ、清水まい、白石ひとみ、吉澤ゆり
  • 2008年:池原冬実、秋成妹、田中彩香、増田仁子
  • 2009年~2010年:上田綾、榎田さくら[7]、今井春菜、今井怜菜
  • 2010年~2011年:大宮まおり、寺本幸美
  • 2011年~2012年:足立佳奈美、井本菜月、澤田麻耶
  • 2012年~2013年:村上リサ、井芹美奈子、廣瀬奈菜
  • 2013年~2014年:篠原愛梨、税所くれは、佐々木みき
  • 2014年~2015年:野田恵理好、森島さつき、矢野萌
  • 2015年~2017年[8]:上田綾[9]、オリビア、津田知美
  • 2017年:小宮麻結、廣原佳乃
  • 2018年:今井怜菜[10]、小宮麻結、池田芽生、西田鈴音
  • 2019年~2020年:ARISA、いつきみや、瑞木ティナ、渡辺由夏、日高亜美、ラニ
  • 2021年:木村ゆい、鬼塚すずの、倉智天彩、時任カヨ、あゆ、菜々瀬桃子

アクセス

大分県と熊本県の県境付近の山間部に位置し、近くに高速道路インターチェンジ鉄道路線バスの乗り入れもないなど、交通アクセスは総じて悪いと言える。公共交通機関は一切ないが、ビッグレース開催期間は日田市や熊本市などからシャトルバスを運行する場合もある。詳細は公式サイトを参照。

日田市方面からは大分県道12号、菊池市方面からは熊本県道45号線、大津町方面からはミルクロードを利用してアクセスするが、いずれも市街地から自動車で30~40分程度かかる。なお、山間部に所在するため、冬季は積雪により周辺道路が通行止めとなることもあるので注意が必要である。

関連項目

脚注

  1. ^ a b 株式会社オートポリス 第18期決算公告
  2. ^ オートポリス、5月16日以降も施設クローズを継続。施設被災状況も公開 - オートスポーツ・2016年4月30日
  3. ^ SUPER GT第3戦オートポリスの開催は延期ではなく中止。代替案は5月末までに,Car Watch,2016年5月4日
  4. ^ 【全日本ロードレース選手権】熊本地震の影響により、オートポリスでの第4戦を中止,レスポンス,2016年4月30日
  5. ^ スーパーフォーミュラ第5戦オートポリス大会の中止が正式発表,オートスポーツ,2016年5月29日
  6. ^ オートポリス、震災から復活 - F1EXPRESS
  7. ^ 当初は佐藤亜美が選ばれていたが、家庭の事情により辞退し、榎田が繰り上げ当選となった。
  8. ^ 2016年熊本地震の影響によりこの年度のサーキットクイーンのみ任期が3年となった
  9. ^ 上田は2009~2010年に続いて2度目のサーキットクイーン就任となった。
  10. ^ 今井は2009~2010年に続いて2度目のサーキットクイーン就任となった。

外部リンク

座標: 北緯33度2分13秒 東経130度58分22.9秒 / 北緯33.03694度 東経130.973028度 / 33.03694; 130.973028



 

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