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🌤|台風6号 非常に強い勢力で24日にかけて先島諸島にかなり接近 沖縄は長引く暴風・高波・大雨など…


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台風6号 非常に強い勢力で24日にかけて先島諸島にかなり接近 沖縄は長引く暴風・高波・大雨など…

 
内容をざっくり書くと
沖縄地方では暴風や高波、土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫、高潮に厳重な警戒、また、奄美地方でも高波に警戒が必要となる。
 

大型で強い台風6号は、沖縄の南を発達しながらゆっくりと北上し、24日(土)にかけて非常に強い勢力で先… →このまま続きを読む

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土砂災害

土砂災害(どしゃさいがい)とは、大雨地震に伴う斜面崩壊がけ崩れ・土砂崩れ)、地すべり土石流などにより人の生命財産が脅かされる災害[注 1][1]

定義

地表の斜面を構成する岩石重力を受けており、何らかの要因により不安定になると下方へ移動する。その様式には、落石、地すべり、崩壊、流砂、土石流などいくつかの種類がある。これらの現象は全て一括りにして、「マスムーブメント(英語: mass movement)」[2]、または「斜面移動(英語: slope movement)」、あるいは「(広義の)地すべり(英語: landslide)」[注 2][3]という用語で、専門的には定義される。

「土砂災害」は、上記のマスムーブメント(あるいは斜面移動、広義の地すべり)により発生する災害全般を指す[4]。ただ、斜面崩壊・地すべり・土石流の3分類が定着しており、この3つが土砂災害であると説明する場合がある。特に砂防、防災の場面でこのような分類・説明をすることが多い[5]。なお、この概念は世界共通ではない(cf.#日本の特質性[注 3]

類義語に、斜面で起こるという点に着目した「斜面災害」[6][3]、山地で起こるという点に着目した「山地災害」[7]があり、場合により同義としたり使い分けたりする。このほか、地盤を人為的に削ったり盛ったりした造成地で起こる法面崩壊などの災害も、土砂災害に含めることがある[8]

日本の特質性

後述(#原因)の通り、土砂災害は起伏に富んだ土地で起きやすい。日本は、国土の7割を山地丘陵地が占め、地殻変動が活発な変動帯(環太平洋変動帯)にあり、火山も多いことから土砂災害が起きやすい。そのうえ、平野が少なく土地利用に制約があるため、特に第二次世界大戦後の経済成長や人口増加に伴って郊外の台地や丘陵地までもが都市化し、土砂災害が居住地域に及びやすくなった経緯がある[8]

一方、国土の広い国、例えばアメリカやカナダ、ロシアなどでは、こちらも広大な山地を有するものの、地すべりなどが発生して道路や住宅が被害を受けても、場所を移して復旧するほうが安上がりなため、同じ場所で再建し更に崩壊を防止する工事などを行うことは少ない[9]。例えばアメリカの場合、工事を行う場合も、政府・行政が行う公共工事は、道路への土砂流入を防ぐ、農地などの土砂流出(侵食)・土砂流入(堆積)を防ぐといった目的が主であり、住宅を守る目的では行われない。これは、斜面崩壊などの災害について、リスクを織り込んで居住を選択するという、受益者負担の原則を重く見る考え方が根底にあるとみられる[10]

また学問においても、欧米では粘土質地盤の性質を扱う土質力学が広く受け入れられ、土砂の粒径や土質・移動形態・移動速度などを基準とする細かい「地すべり分類」[注 2]が発達し、防災を意識することが少ない。対する日本では、土木工学が岩や礫質地盤、斜面安定などの理論に長け、分類も地「すべり」と斜面「崩壊」の区分を行う独自のものになっている[9][11]

原因

発生機構

斜面を構成する土塊や岩盤はふつう、重力摩擦力などの作用の結果、「斜面を移動させようとする力」よりも、それに「抵抗する力」が大きい状態で安定している。ここで、前者が大きくなったり後者が小さくなったりすると、バランスが崩れて変形を生じる[12]。土質力学上、これは土塊の剛性を超える外力によるピーク破壊と呼ばれ、破壊時の外力をピーク強度という[12]。また、斜面安定を考える上では、仮定したすべり面において土塊を滑動させるせん断破壊である[13][14]

斜面を移動させようとする「せん断応力」が、それに抵抗する「せん断抵抗力」を上回ると滑動が始まる。後者に対する前者の比を安全率 Fs といい、斜面安定の指標とする。実際には、クーロンの破壊規準により求められる土の強度定数などを組み入れた解析法を用い、計算を行う[15]

ピーク破壊の直前に生じる微小変形に対応して、斜面崩壊の実験等では崩壊直前に極めて低速のクリープと呼ばれる変形が生じることが確かめられている[12]。このクリープは土砂災害のいわゆる前兆現象を生じさせる原因の1つでもある。

斜面崩壊や地すべりの発生は、土塊に含まれる水の作用が関わる場合が多い。これは、浸透した水が間隙水圧を増加させ、土粒子の有効応力が減少して、せん断抵抗力が低下しせん断破壊に至るメカニズムである。土中の水を抜く、あるいは水を浸み込ませないような工事により、間隙水圧を減少させることが対策として有効である[16]

素因

地球上において、土砂災害の主な素因は、地殻変動、火山活動、寒冷な気候である。地殻変動は、断層運動による地盤の破砕、造山運動による地盤の隆起などを起こす。火山は、崩れやすい火山灰火砕流などの堆積物(火山砕屑物)を一度に大量に降らせ、起伏のある溶岩地形を造る。高緯度や高山などの寒冷地域では、凍結融解を繰り返す周氷河作用が崩れやすい地質を造る[17]

世界における巨大な崩壊・地すべり(崩壊体積107 - 109 m3)の発生地域は、インドネシアネパール中国日本台湾フィリピンニュージーランドアメリカカナダペルーなどが挙げられ、ほとんどが変動帯(環太平洋変動帯あるいはアルプス・ヒマラヤ変動帯)に位置する[17]。なお、例外的にノルウェースウェーデンなどでは、氷河の後退による岩盤地すべりやクイッククレイ地すべりが起こる[17]

その他の素因として、強風化花崗岩真砂土)や火山性土壌(シラスなど)、厚い堆積土(レス)といった局地的な地質、また、過放牧大気汚染による植生の破壊、過度な採鉱、山沿いや台地の市街地化といった人為的・社会的要因も挙げられる[17]

誘因

土砂災害の誘因(引き金)には、集中豪雨台風などによる大雨[18]地震、火山活動、天然ダムの決壊、人工的な掘削などがある[17]

日本の土砂災害の状況

近世以降

歴史的に見ると、日本では江戸時代を通して山林の荒廃が進行し続け、江戸末期から明治初期にかけては最も荒廃した状態にあったと考えられる。これは、この時代、日本人が生活する上で、生活に必要な物、建材、船や荷車、燃料、肥料などの大部分に木材を利用し、森林に大きく依存していたためである。庶民は、生活苦から株や根まで掘り起こして燃料等に用いていた時期もあるほどだった。各地で焼き畑の禁止や植林、伐採禁止・入山禁止などの御触れが出されたが、効果は乏しかったと考えられる。集落に近い里山を中心に伐採された木の無い山林が広がり、本州の広い範囲、特に西日本にはハゲ山が多く分布していたと推定される。これにより、山林では激しい土壌浸食や表層崩壊が多発した[19]

明治に入ると、産業革命により木材の代替品が開発・普及し始めるが、工業化や戦争などで木材の需要は高く、山奥まで森林鉄道を敷いて伐採が進められた地域もあった。一方、防災のため明治政府は治水三法[注 4]を制定し、国家として「治山」や「砂防」の事業を開始した。ヨーロッパからの技術導入により、ハゲ山の土砂を安定させる山腹工や砂防ダムの技術も発達した[20]

第二次世界大戦後には、復興のための木材需要により、伐採が急速に奥地まで拡大してしまう。一方で、植林政策により伐採地は急速に人工林化され、ハゲ山はほとんどなくなる。また高度経済成長期には、安価な輸入木材が国産に取って代わり、伐採は急速に減少する。しかし、崩壊防止機能が弱い若齢林(若い人工林)などで、表層崩壊や土石流が多発した。さらに、都市化により市街地のがけ崩れが顕在化した。1960年代後半から1970年代前半には、毎年100名以上が土砂災害の犠牲となり、自然災害犠牲者の半数以上を占める状況となった。これに対し、がけ崩れ防止や砂防ダムなどのハード対策が進められる。その後、戦後大量に植林された森林が成長して崩壊防止機能が高まり、ハード対策の進展も相まって犠牲者は次第に減少してきた[21][22]

現代

1979年 - 2008年までの30年間には、平均するとおよそ年間1,000件程度の土砂災害が発生している[23]。また、2009年 - 2013年までの5年間も同じく年間1,000件程度である[24]。ただし、気象条件などにより200件位から2,000件超と大きく変動がある[23]。例えば、2004年は新潟・福島豪雨福井豪雨、多数の台風上陸などにより土砂災害が多発し、2,537件に上った[24]

死者数も年により変動があり、例えば2003年 - 2013年の11年間では、2007年は0人、2010年は11人だった一方、上記のように各地で土砂災害が多発した2004年は62人、台風12号による紀伊半島大水害で犠牲者が多く出た2011年は85人に上った[24]

自然災害全体で見ても、土砂災害被害の比率は低くない。1980年代から2000年代まで、年変動は大きいものの、1割から4割あり、年によっては6割に達している[22]

斜面崩壊・地すべり・土石流の形態と被害

種類
/(主な別名)
特徴被害の様相
斜面崩壊[13]
/(山崩れ[13][25]、崖崩れ[13][25]、土砂崩れ[13]、岩崩れ[26]、急傾斜地崩壊)
  • 傾斜20度以上の急斜面で、土塊が突発的に崩れて下方に押し出され、1日当たり10mm以上の速さで移動する[26]
  • 斜面の表層2 - 3m程度が崩れるもの(表層崩壊)は頻度が高く、風化した斜面ではどこでも起こりうる。特に水成堆積岩や火山灰、花崗岩の風化土(真砂土)が分布する地域や雨量の多い地域で起こりやすい[26]
  • 斜面の下深くの岩盤まで崩れるもの(深層崩壊)は頻度が低い。大量の雨水の浸透により地下水脈の水圧が上昇して起こると考えられ、大雨や地震などを引き金に発生する[26]
  • 崩れ落ちる時間はごく短いため、住宅の近くで発生すると、逃げ遅れるなどして死者が出ることも多い[27]
  • 土塊の重量が重いほど、また斜面の傾斜が急なほど、崩壊の力が大きい[13]
  • 災害の規模は地すべり・土石流に比べると小さいものが多い。ただし、深層崩壊などの大きなものは、土石流を誘発したり、天然ダムを形成しその決壊が下流の広範囲に影響するなど、災害の規模が大きい[26]
地すべり[28]
  • 傾斜5度 - 20度程度の緩い斜面で、地下の特定の層(すべり面)を境にして、土塊が形状を保ちながらずれる。1日当たり10mmに満たないくらいのゆっくりとした速さで移動し、数日以上動き続ける[29]
  • 斜面崩壊に比べてすべり面が深く[30]、規模が大きい傾向がある[29]
  • 主に粘性土(地すべり粘土)がすべり面となる。地すべり粘土が分布する地域に多発する[29]
  • 日本では3種の地すべり地帯が知られている。1.第三紀層の風化粘土が丘陵地に分布する長崎県北松地域北陸地方、2.断層運動による破砕帯や過去の造山運動による結晶片岩が分布する中央構造線沿いの徳島県愛媛県など、3.温泉の化学成分により風化が進んだ温泉余土が分布する箱根霧島別府鳴子などの温泉地帯[31] である。
  • 寒冷地では、雪解けに伴い発生する周年性の地すべり[30]、周氷河作用による地すべりが起こりやすい地帯がある[17]
  • 継続性、再発性がある。始めゆっくりと動いていたものが一転して速くなったり、停止した後再び動いたりすることがある[29]。発生地の多くが過去に近辺で地すべりが発生したところである(過去の地すべりの「二次すべり」である場合が多い)[30]
  • 過去の地すべり発生地には、馬蹄型の崖、階段状の斜面、斜面下方の隆起など、特徴的な「地すべり地形」が現れる場合が多く、これを判別することによって地すべりの起こりやすい所を特定できる[30]
  • 進行が遅く、前兆が捉えられやすいため、人的被害はあまり出ないことが多い。ただし、1985年に長野県長野市地附山で26人が死亡・55棟が全壊した地すべり災害のように、大きな人的被害が出た例もある[32]
  • 土塊の移動規模が大きいため、物的被害は大きい[27]
土石流
/(鉄砲水[33]、山津波[33]、泥流[33])
  • 斜面や川床の土砂が流動化し、谷沿いに流れ出す[34]。土砂と水とが同程度混合したものを指し、土砂の割合が少なければ河川の洪水流となる[35]。しばしば大きな岩や流木を含み、段波となって何度も押し寄せることがある[36]
  • 3つの形態がある。1.渓流内(川床)の不安定な土砂が大雨で流動化するもの、2.大雨などによる斜面崩壊・地すべりの土砂が、大量の湧水や表流水とともに流動化するもの、3.斜面崩壊・地すべりが河川を塞いで天然ダムを形成、その後水位が上昇して決壊し流れ下るもの[34] である。
  • 山間部や火山地帯など土砂生産が活発な土地に多い。また、傾斜約15度以上の渓流付近で発生しやすい[35]。平地に流れ出て緩やかになり、傾斜2度の付近で停止し堆積する例が多い[34]。ただし、運動量が大きく、カーブを曲がらずに直進する傾向がある[36]
  • 地質条件に依らず突発的に(ゲリラ的に)発生するため、いつどこで発生するのか予測が難しい。土質力学では流動性が非常に高い「土砂流」に分類される[33]。流れはふつう時速20 - 40kmと速く、ときに時速60kmを超える場合もあり、逃げるのは困難[27][36]。斜面崩壊・地すべりに比べて、居住地に発生したとき、死者が出るなど人命に関わる被害になりやすい[33]
  • その土地における過去の雨量と土石流発生の有無から導き出される、下限の累加雨量(数十分から数日単位)を求めておくことで避難の目安となる[37]

その他の土砂災害

落石・崩落
傾斜の急な崖から岩塊が剥離して落下するもの。雨による地盤の緩みや地震動などの自然要因だけでなく、交通による振動などの人為的要因も作用する。過去の事例でバスや列車の被害が多いのは、乗用車よりも振動が大きいためと考えられる。なお、危険箇所が絞りやすい一方、前兆が乏しく予測が難しいとされる[38]
地震による崩壊・地すべり
地震動による力は斜面に対し、角度が急になったり重量を増したりしたような効果を及ぼす。これにより、雨による崩壊はあまり起こらない傾斜10 - 20度の緩い斜面でも崩壊を起こし、大雨の時よりも広い範囲で崩壊が起こる。表土がない急な崖でも崩壊を起こす。周囲より盛り上がった部分は地震動が増幅されやすく、大雨で通常崩れないような、山の尾根や稜線部分なども崩壊する。また、崩壊の規模が大きくなりやすく、土砂の移動距離も長くなりやすい。なお、突発的なため避難することが難しい[39]
流木による被害
土石流や洪水では、河川上流の崩壊に伴い発生した流木が一緒に流下し、被害を拡大させることがある。特に、流木が直撃して家屋や橋などを破壊する被害や、土石流が流れ下る途中、橋や水路などに流木が詰まり、土砂や泥水が溢れて周辺の家屋に及ぶ被害は、危険性が高い。なお、樹種では広葉樹林よりも針葉樹林の方が、面積当たりの流木体積が大きい傾向にある[40]
造成地の災害
法面崩壊などの災害。切土や盛土、谷埋めや腹付けなど人工的に盛られた地盤は地質的に若く緩い状態にあるため、自然に形成された地盤に比べると崩壊や流動化を起こしやすい。更に、住宅地などに利用されることが多く、災害が発生すれば人命や財産に大きな影響を及ぼし得るため、造成後に起こりうる現象を想定して工事を行わなければならない。日本では、宅地造成等規制法(1961年制定)が宅地などにおける地盤の安全性に基準を設け、崖への擁壁の設置や排水施設の設置などを定めている[41]
山体崩壊・岩屑なだれ
地震や噴火により山地の一部が大規模に崩壊するもの。落差が大きいため、崩れた土砂は高速で長距離を流れ下る(岩屑なだれ)。大きなものでは厚さ100m以上の土砂が時速100km以上で谷を流れ下り、水平の移動距離は高低差の10倍程度に達する。火山地帯、特に成層火山で起こりやすい。海に流れ下ると津波を発生させる[42]

対策

被害を防ぐため、初歩的には危険な土地の利用を避けること、やむを得ず利用する場合には、崩壊などを防ぐ土木設備を設けたり、前兆現象や雨の降り方などを参考に適切なタイミングで避難を行うことが有効である。

危険地帯は、特に法律に基づく土砂災害警戒区域に指定されているところやその基礎調査が行われているところ、また都道府県が調査した土砂災害危険箇所に含まれているところなどである(cf.#行政が公表している危険地帯)。ただし、これらに該当しなくても、山間部や、周りに斜面や崖のある土地では注意が必要である[43][44]

危険地帯において土砂災害を避けるためには、雨の降り方と各種の前兆現象に注意し、前兆に気付いたときは、速やかに市町村や近隣住民などに知らせるとともに、自らも率先して避難することが有効である[43][45]

注意すべき時期は、雨の量が多いとき、雨が長期間続いているとき、さらに雨が止んだ後しばらくの間である[43]。また、大きな地震の後もしばらくの間注意が必要である[43]。日本では、気象庁がこれまでの雨量と数時間先までの予想雨量を基に大雨警報土砂災害警戒情報などを発表しており、これが目安になる(cf.#土砂災害が起きやすくなっていることを知らせる情報[46]

対策の要点

日本は、前述した国土の特性から住宅や公共施設などが被災する可能性のある地域を多く抱え[27]、2020年の時点でその数は約60万を超えている[47]。日本の政府広報のページでは、土砂災害から身を守る基本的な方法として以下の3つを挙げている[27]

  1. 普段から自分が住んでいる場所が土砂災害警戒区域か確認しておくこと[27]
  2. 雨が降りだしたら土砂災害警戒情報に注意すること[27]
  3. 土砂災害警戒情報が発表されたら早めに避難すること[27]

また東京都が2015年に発行した防災ハンドブック「東京防災」では、土砂災害から身を守るための「普段からの備え」として3つのポイントを挙げている[48]

  1. 危険箇所を確認しておくこと(上記1.)[48]
  2. 避難場所を確認しておくこと[48]
  3. 非常用持ち出し袋の用意をしておくこと[48]

このほか、同書では以下も挙げている[48]

  • がけ地周辺や山間部では、警報が発表されなくとも、土砂災害の前兆が見られたら、安全を確保した上で避難すること[44]
  • 土砂災害の危険を感じたら、早めのうちに、活動しやすい服装に着替えていつでも避難できるようにしておくこと[48]
  • 避難する時は、持ち物を最小限にして、両手が使えるようにしておくこと[48]

森林との関係

森林は土壌侵食や表層崩壊を抑止する
深さ数mの表層崩壊に対しては、樹木が存在することで斜面を安定させる効果がある。特に、急斜面において高い効果がある[49]。土壌中に広がった樹木の根が、土層のずれを受け止めて変形したり、摩擦力により引き抜きに抵抗したりして、斜面を滑らせようとするせん断力に抵抗する[50]、あるいは根が土層の変形を防ぐ配筋として働き、土壌の滑りに抵抗するアーチ構造を保つ[51]などと考えられている。
更に、土壌表面の浸食を防ぐ高い効果も持つ[52][53]
ただし、抑止効果には限界があり、異常な豪雨に見舞われると、森林があっても表層崩壊が起こりうる。このようにして森林が失われた場合、できるだけ早期に森林を復元することが、更なる崩壊の抑止となる[54]
深層崩壊の抑止効果は乏しい
一方深層崩壊に対しては、すべり面が深いため地表の植生の影響を受けにくく、管理が行き届いた森林でも発生する。崩壊抑止の効果は乏しいと考えられている[55][53]
伐採は崩壊を促進させる
森林の樹木を伐採した斜面は、土層を支える根が弱くなるため、表層崩壊が起きやすい。ただし、伐採直後よりも数年 - 十数年後のほうが崩壊に弱い。これは、伐採後に根の腐朽が次第に進行していくことによる。ただし、樹種や環境により程度は異なる[56]
また林業においては、樹木の根系を強く保つために、伐採間隔をより長くして十分生育させることや、根が発達していない伐採時や若齢・壮齢林の時期でも林床を土むき出しにさせない(落葉や下草に覆われた状態に保つ)ことが望ましいとされる[57]
樹齢が長いほど抑止効果が高い
樹齢の長い森林ほど、表層崩壊は起きにくい。樹齢40-50年を超える森林に比べると、若い森林(幼齢林)は崩壊を起こしやすい[58]
間伐の影響
人工林において、間伐は病虫害や強風害などを防ぎ、良好な生育を助ける効果がある。日本では、林業の経営環境の悪化などから間伐の遅れる森林が増加する傾向にあり、森林の持つ崩壊防止機能の低下が懸念されている。ただしいくつかの研究では、間伐林では根の量が増えるため崩壊への抵抗力が増すという報告もあれば、逆に低下したという報告もあるなど、効果は明確ではない[59]

工事などの発生防止策

その土地の地質や土地利用の目的などに応じた、さまざまな工法がある。

斜面崩壊や岩盤崩落の危険地帯では、斜面へのコンクリート吹き付けやプレキャストコンクリート枠の設置(法枠工)、法面アンカーの埋め込みなどの法面工(法面保護工)をはじめ、斜面への植樹(播種)や芝生張りといった植生工などが有効である[60]

水の作用が原因となりうる斜面崩壊や地すべりの危険地帯では、水を排除するため、水路の暗渠化、横方向のボーリング、集水の設置などの地下水排除工、地表の排水路設置、雨水浸透防止などの地表水排除工が有効である[16]

地すべり地では、地すべり面上部の土を取り除く上部排土工と末端に盛土し擁壁で抑える抑え盛土工の併用という方法もある。盛土部は公園として利用されることが多い[60]

土石流の危険性が高い渓流では、構造物を設けて土砂を堆積させる砂防ダム治山ダムの設置も有効である。ただし、その容積が限られ、時間経過により埋まってしまうため、効果は限られる[61]

小規模で突発的な崩壊・崩落に対しては、危険地帯の道路沿い・鉄道沿いに落石シェッドや落石防止網、落石防止壁を取り付ける方法もあるが、1989年福井県越前海岸で発生した崩落事故のように、稀に予想を超える規模の崩壊が発生して被害が生じる場合もある[62]。これを補うものとして、衝撃や移動を検知する落石検知器や地すべり計、土石流センサーなどを設置して道路の管理事務所の警報装置と連動させるようなシステムもある[62]

日本以外でも、急峻な国土を持ち土砂災害の被害が多いインドネシアネパールなどで、日本の砂防技術を導入した対策が行われているところがあり、主にJICAを通じた技術支援により進められている[63]

ただし、砂防ダムが設けられていてもふもとで土石流の被害が発生してしまった例は少なくないことなどから、対策工事が行われたから安全だ、と思い込むことは危険である[64]

主な前兆現象

  • 土石流
    • 川の中でゴロゴロという音(石がぶつかり合う音)がしたり、火花が見えたりする[43][48]
    • 山全体が唸っているような音(山鳴り)がしたり、地震のように震えたりする。異常なにおい(腐った土のにおい)がする[43][48]
    • 川の水が濁り、水と一緒に倒れた木(生の木)が流れてくる[43]
    • 雨は降り続いているのに、川の水が減る[43]
  • 地すべり
    • 崖や斜面から水が噴き出す。湧き水が増える[43]
    • 風もないのに山の木がザワザワする。木が裂ける音や木の根が切れる音がする。地鳴りや山鳴りがする[43]
    • 沢や池、井戸の水が濁ったり、急に増えたり減ったりする[43][48]
    • 地面にひび割れや段差、陥没ができる[43][48]
  • 斜面崩壊(崖崩れ)
    • 崖から新しく水が湧き出る。また、湧き水が濁ったり、量が増えたり、急に止まったりする[43][48]
    • 崖にひび割れができる。あるいは、崖が膨らむ[43]
    • 崖の上の木が揺れたり傾いたりする。地鳴りがする[43]
    • 崖から小石がパラパラと落ちてくる[43]。※崖崩れは、前兆もなくいきなり起こることもある[43]

なお、これらの前兆現象は、発生の前に必ず現れるわけではない。また、周囲が暗く寝ている人が多い夜間や、雨が激しい時間帯などは、前兆現象があっても発見するのが難しい。少しでもおかしいと感じたら対処することや、早めの避難をすることが、土砂災害の回避に有効である[65]

行政が公表している危険地帯

  • 土砂災害警戒区域・特別警戒区域 - 土砂災害防止法に基づいて都道府県が調査・指定・公表している。土砂災害のおそれがある区域の住民の避難を促し、特に危険な区域は開発制限を行うもの[66]。2020年末時点で、指定済みが約64万箇所でうち約52万箇所(約81%)が特別警戒区域、今後指定される見込みの区域が約3万箇所[47]
    • 土砂災害警戒区域 - 市町村の地域防災計画において、区域ごとに警報の伝達や避難の体制を定める[66]
    • 土砂災害特別警戒区域 - 警戒区域の措置に加えて、建築規制や開発行為の制限を定める[66]
    • 基礎調査後公表される、土砂災害警戒区域に相当する区域 - 警戒区域の指定には調査などで期間がかかる。その間の被害を防ぐため、基礎調査の後に都道府県は速やかにその区域を公表することが定められている[66]
  • 土砂災害危険箇所 - 旧建設省・国土交通省が定める調査要領に基づいて都道府県が調査し、公表している。土砂災害により人家や公共施設等に被害のおそれがある区域[66]。1966年から2000年代にかけて行われ、調査の進展と開発の進行により年々増加し、2003年3月時点で約53万箇所を数える[注 5][67][68][69]
    • 急傾斜地崩壊危険箇所 - 傾斜30度以上、高さ5m以上の急傾斜地で、人家や公共施設に被害を及ぼすおそれのある急傾斜地およびその近接地[66]
    • 土石流危険区域 - 渓流の勾配が3度以上(火山砂防地域では2度以上)あり、土石流が発生した場合に被害が予想される危険区域に、人家や公共施設がある区域[66]
    • 地すべり危険区域 - 空中写真の判読や災害記録の調査、現地調査によって、地すべりの発生するおそれがあると判断された区域のうち、河川・道路・公共施設・人家等に被害を与えるおそれのある範囲[66]
  • 山地災害危険地区 - 林野庁農林水産省の外局)が定める調査要領に基づき都道府県の森林担当部局が調査し、市町村に伝達している。山地災害(山腹崩壊、崩壊土砂流出、地すべり)により人家や公共施設等に被害のおそれがある地区[70]。森林(国有林または)を対象としたもの。2012年時点で計約18万箇所[71][69]
    • 斜面崩壊や落石のおそれがある山腹崩壊危険地区、土石流のおそれがある崩壊土砂流出危険地区、地すべりのおそれがある地すべり危険地区の3種類[70]
  • 砂防三法による指定区域 - 排水工や擁壁工、砂防ダム設置などの対策工事(砂防事業)を行うことを前提に、土砂災害のおそれがあり工事の必要性が高い地域を指定するもの。土砂災害危険箇所に比べると件数が少ない。
    • 砂防指定地 - 砂防法に基づいて国土交通大臣が指定している。掘削や盛土、竹木の伐採や土石の採取などの開発が制限される。
    • 地すべり防止区域 - 地すべり等防止法に基づいて国土交通大臣が指定している。掘削や盛土、土石の採取などの開発が制限される。
    • 急傾斜地崩壊危険区域 - 急傾斜地法に基づいて都道府県が指定している。掘削や盛土、土石の採取などの開発が制限される。

土砂災害が起きやすくなっていることを知らせる情報

大雨警報や土砂災害警戒情報などは気象庁が災害の危険度が高まっていることを知らせ、避難指示などは市町村が危険な地域の住民に避難を強く促すものである。土砂災害は、発生してから逃げるのは困難で、木造住宅を流失・全壊させるほどの破壊力を有し、人的被害が出やすい。その反面、危険な区域は事前に調べれば絞り込むことができ、危険な区域から少しでも離れれば人的被害を軽減できるため、各種情報を手がかりにして早めの避難を行うことは有効である。

しかし、こうした情報は市町村などの広い範囲に画一的に出されるため、住民が個々の場所の危険度の大小を認識しないまま、「警報や避難指示が出されていないこと」を「安全」と捉える場合がある。例えば、山間の1つの集落内においても、段丘面の上にある建物は下にある建物より土石流の危険度が低い、他方では段丘面上にあっても近くに山の斜面が迫っていれば斜面崩壊の危険度が高い。そのため、「警報や避難指示が出されていないこと」を安全と捉えることは好ましくなく、個々の場所の危険度の大小に応じて避難の是非を判断するべきとされる。

なお、土砂災害の前兆があった場合は警報などが出されていなくても避難し市町村などに連絡するべきとされる[72]

ただし、地震による崩壊は、突発的である上、場所を特定できず大規模になりやすい。そのため、避難の余地がほとんどなく、有効な対処としては危険な土地の利用をあらかじめ避けるしかない[73]

大雨警報などは、土砂災害の危険度を段階的に示すものである。市町村単位。累積雨量や予想雨量などにより求められ、気象庁が発表する[46][74]

  • 大雨注意報(土砂災害) - レベル2 - 大雨によって災害が起こるおそれがある[75][74]
  • 大雨警報(土砂災害) - レベル3相当 - 大雨によって重大な災害が起こるおそれがある。市町村が避難準備情報の発令を判断する要素の1つ[75][74]
  • 土砂災害警戒情報 - レベル4相当 - 大雨警報発表後、土砂災害の危険度がさらに高くなっている。市町村が避難勧告の発令を判断する要素の1つ[76][74]
  • 記録的短時間大雨情報 - 数年に一度しかないような大雨が降った。急激に雨量が増し、災害の危険度が高まっている[77][74]
  • 大雨特別警報(土砂災害) - レベル5相当 - 大雨によって重大な災害が起こるおそれが著しく大きい[75][74]
  • 土砂災害の危険度分布「土砂キキクル」[注 6] - 注意、警戒、非常に危険、極めて危険 - 地図上に1km四方単位、10分ごと更新で土砂災害の危険度を示す。気象庁が公開し、防災機関向け情報システムに提供されるほか、気象庁のホームページ上で閲覧できる。地域差を反映した細かい危険度を示す。また2時間後までの予想雨量を根拠にするため予報的要素も含むが、急激に発達する局地的大雨は予想できない場合がある[76][74][79]
  • 土砂災害緊急情報 - 速度が比較的遅い地すべり、火山噴火後の降灰が引き起こす火山泥流、天然ダム決壊などによる災害の危険度が高まったことを知らせる情報。都道府県が発表する[80]

市町村が発令する避難指示などは、対象区域の住民に対して避難を強く促すもので、警報や雨量などを参考に市町村長が発令する。この意味するところは、「立ち退き避難」 = 避難場所への避難(指定緊急避難場所への移動)あるいは安全な親戚・友人の家などへの避難を基本とし、それがかえって危険な場合や緊急の場合は、「緊急的な待避」 = 近隣の高い建物、強度の強い建物、公園などへの移動や、「屋内での安全確保措置」 = 建物内のより安全な場所に留まることである。内閣府の『避難情報に関するガイドライン』(2021年)によると、水害等において、要配慮者を除く住民は、高齢者等避難の段階でまず避難の準備をして情報に注意を向け、避難指示を受けて避難を始めるよう推奨されている一方、土砂災害においては、対象区域のすべての住民が「高齢者等避難の段階で避難を始める」ことが推奨されている。これは、突発的で予測困難な土砂災害の性質を考慮したもので、2019年の令和元年東日本台風の教訓から改められたものである[81]

  • 高齢者等避難 - 対象地域の災害時要配慮者(高齢者、障害者、乳幼児など[注 7][82])は避難を始める。その他の住民は、準備が整い次第、避難を始める[83]
  • 避難指示 - 対象地域のすべての住民は避難を始める。避難に急を要する。
  • 緊急安全確保 - 既に災害が発生し、安全な避難が困難となり、人命に危険が及ぶ可能性のある状態。

土砂災害の避難において留意すべき点は以下の通り。

  • 避難指示などが出ていなくても、身の危険を感じたら、避難指示を待たず、自発的に避難すべきこと[84]
  • 土砂災害の前兆現象を発見したら、率先して自発的に避難し、すぐ市町村にも連絡すべきこと(前兆の報告は避難勧告などの発令基準の1つであり、他の住民の安全にも資する)[84]
  • 特に木造家屋は土砂災害により倒壊したり埋没したりする危険性が高く、その住民は高齢者等避難開始の段階で早めに避難場所へ移動しておくことが勧められる[85]
  • 屋外行動の危険性が高い、夜間や、暴風・豪雨の最中であっても避難指示等は出される。この場合、離れた避難場所への移動の危険性や周囲の状況を見極める必要があり、近隣の待避場所への移動や屋内での安全確保などを考慮すべきこと。さらに、このような事態が予想される場合、明るいうちに・風雨が弱いうちに、避難場所へ避難しておくことが望ましい[86]
  • 避難しようとした時点で既に水害や土砂災害がまわりで発生しているなど、避難場所までの移動がかえって危険な場合、土石流の予想到達区域や急傾斜地からできるだけ離れたところ、できるだけ高いところ、あるいは頑丈な建物の上層階といった緊急的な待避場所への移動も考慮すべきこと。例として、近隣にあるコンクリート造のビル上層階、山から離れた小高い場所など[86]
  • 小規模ながけ崩れが予想される地区では、避難場所までの移動がかえって危険な場合、自宅の2階以上に移動するといった、緊急的な屋内での安全確保も考慮すべきこと。ただし、通常の木造家屋は土石流によって全壊する恐れがあり、土石流が予想される地区では自宅外の緊急的な待避場所への移動が望ましい。自宅の2階などへの避難はやむを得ない場合の選択肢であり、そうならないように早い段階から避難場所へと避難しておくことが望ましい[86]

警報や避難情報は、災害の「見逃し」がないように出される。そのため、発表されたにもかかわらず災害が発生しない、いわゆる「空振り」はつきものとなる。住民側の意識として、空振りだったけれど「被害がなくて良かった」・避難したけれど「何もなくて幸運だった」と考え、警報や避難情報を軽視しないよう心掛けることが、自らの被害回避や、行政側が避難指示発令に躊躇してしまう事態の抑止につながると考えられる[87][88]

事例

Category:各国の土砂災害も参照
アンカシュ地震による山崩れ(1970年)【地震・山体崩壊・岩屑なだれ・市街地埋没】
ペルー北部でM7.7の大地震が発生、6,000m級のワスカラン山で山頂付近の急崖が大規模に崩落。岩塊は崖の下にあったモレーン[注 8]を削ぎ取って巨大化し、岩屑なだれや土石流となって流れ下った。岩屑なだれは高さ230mの尾根を乗り越え、10km程離れたふもとの都市ユンガイを襲った。同市は人口25,000人のうち18,000人が犠牲となる壊滅的被害となった。崩壊の規模は0.5-1.0×108m3、速さは推定時速280kmという超高速だった[89][90]
島原大変肥後迷惑(1792年)【山体崩壊・岩屑なだれ・津波】
島原半島にある雲仙岳の1峰・眉山が崩壊、岩屑なだれとなって流れ下った。ふもとの集落や田畑を押し流し埋没させた後、なお勢いのある土砂は有明海に流れ込んで津波を引き起こし、沿岸を襲った。津波の高さは対岸の熊本県沿岸で最大23mに達した。死者は島原半島で10,000人、熊本天草で5,000人に達した。崩壊規模は推定2.2×108m3[91][92]
ネバド・デル・ルイス山噴火による泥流(1985年)【噴火・氷河融解・火山泥流】
コロンビアのネバド・デル・ルイス山が噴火、山頂の氷河が融解して発生した火山泥流が下流を襲った。火口から45kmにあった都市アルメロでは人口30,000人のうち21,000人が死亡、その他の地域でも2,000人が死亡した。泥流は火口から最大80kmまで到達した[93][94]
長野県西部地震による山崩れ(1984年)【地震・斜面崩壊・山間部】
長野県西部で発生したM6.8の地震により、震源に近い御嶽山の南側山腹で大きな斜面崩壊が起きた。崩壊の大きさは長さ1,300m×幅400m×深さ140m・体積3.4×107m3、速さは平均で時速70-80kmと推定。川沿いの谷を約12km流れ下り、付近にいた15人が巻き込まれて死亡した[95]
繁藤災害(1972年)【集中豪雨・斜面崩壊・二次災害・山間部】
1972年(昭和47年)7月5日早朝、豪雨により高知県土佐山田町(現 香美市)繁藤の谷沿いの集落で山崩れが発生。この復旧作業中に2回目の崩壊が起き、消防団員1人が生き埋めとなった。他の団員や住民ら多数が団員の救出作業を行っていた所に、更に体積10万m3、幅130mという大規模な崩壊が襲い、集落や繁藤駅に停車していた列車を押し流した。救出に当たっていた者多数が犠牲になる二次災害となり、60人が死亡した。また、高知県と香川県を結ぶ幹線の国道32号と国鉄土讃線がともに埋没し、20日余りに亘って不通となり、道路は大幅な迂回を余儀なくされた[96][97]
針原土石流災害(1997年)【集中豪雨・斜面崩壊・土石流(崩壊型土石流)・山間部】
1997年6月9日、鹿児島県出水市針原地区の針原川上流で豪雨により山崩れが発生、川に突入した土砂は土石流となって川沿いを流れ下った。崩壊は風化の進んだ斜面の深層崩壊で、崩れ落ちた後流動化する崩壊型土石流であった。扇頂部(扇状地の山に近い部分)では家屋のほとんどが押し流され全壊、21人が死亡、13人が負傷した。扇央部や扇端部では、家屋やみかん畑が泥に埋もれたり浸水したりする被害、平野部の中下流域では、橋に流木や損壊家屋が引っかかり川から溢れた水が浸水被害をもたらした。発生時間は豪雨のピークを過ぎて数時間後でかつ多くの人が寝ている深夜1時前だったこと、この地域では土砂災害の経験がなく多くの人は洪水に注意を向けていたこと、川の水位低下が目撃されていたがそれが土石流の前兆だと知る者がいなかったことなどが、被害が大きくなった要因と分析されている[98][99]
タジク共和国の地震による斜面崩壊(1989年)【地震・液状化と斜面崩壊の複合災害・素掘り水路】
旧ソ連タジク共和国(現タジキスタン)でM5.5の中規模地震が発生。震源付近のギッソールという町で、高さ数十mで傾斜の緩い黄土の斜面が、流動化した泥土に変化しながら、あちこちで同時に崩壊した。この地域の表土は水を含むと脆くなりやすい黄土であり、町の周りに素掘りの用水路[注 9]が網羅されていたため、その水の作用で地盤の液状化が起きたと考えられる。最も犠牲者が多いシャララ地区では、住家100棟が埋まり220人が死亡した。また最も大きな崩壊は幅800m×3,600mに亘っていたが、その頂点から末端までの傾斜はわずか1度に過ぎない緩い斜面だった[100]
黄土地帯の地震による崩壊災害は、窰洞(ヤオトン)と呼ばれる洞穴式住居が多い中国の黄土高原を襲った1920年の海原地震(中国語)でも発生したと考えられている[101]
長崎大水害における土砂災害(1982年)【集中豪雨・斜面崩壊・土石流(崩壊型土石流)・都市部・急斜面の宅地化】
記録的な大雨により、長崎市周辺で斜面崩壊や土石流が多数発生した。崩壊の種類としては、表層崩壊や、風化した地盤のやや大きな規模の崩壊が多く見られたが、土砂災害の犠牲者299人の多くはやや大きな規模の崩壊によるものだった。山に囲まれ、谷底の限られた平地では土地が足りず、急斜面にも宅地が広がっているという、地形が要因となった。谷底や急斜面に都市が形成されている土地は、土砂災害に弱いことを露呈した[102][103]
昭和39年7月山陰北陸豪雨による島根県内の斜面崩壊(1964年)【集中豪雨・斜面崩壊・土石流(崩壊型土石流)】
大雨により、島根県加茂町・大東町(ともに現雲南市)で斜面崩壊や土石流が多数発生。崩壊の数は合計10,000箇所を超え、同時多発的な崩壊や、崩壊に端を発し川床の土砂を巻き込んで拡大した土石流により、109人が亡くなった[104]
地附山地すべり(1985年)【地すべり・高速化・災害弱者】
長野県長野市の地附山で、数年間続いていたゆっくりとした地すべりが突然加速した。山腹の亀裂などが発見されたため数年前から監視が続けられていたところ、数日前より亀裂の拡大が目立つようになり、7月26日夕方、突如として高速ですべり始め、押し出された土砂がふもとの建物を埋没させた。老人ホームにいた寝たきりの高齢者26人が死亡したほか、住家55棟が全壊した[32][105][97]
バイオントダム地すべり(1963年)【地すべり・山間部・津波・ダム建設による地下水位上昇】
イタリア北部のバイオントダムで地すべりが発生。1960年に竣工していたダム堤の岩盤は固かったが、貯水池左岸に地すべり地形と考えられる緩斜面が広がっていた。貯水を始めてしばらくすると、その緩斜面で地すべりの開始を示す亀裂やクリープが発見されたため、監視が続けられ、水を抜く排水トンネルも設けられた。中断されていた貯水は、試行錯誤の末、小刻みに昇降させつつ水位を上げていくと地すべりの速度が遅くなったことから、この方法を採用して再開された。ところが1963年秋、途中で再び地すべりの速度が速くなったため、水位を下げる対策を取ろうとしていた時、雨が降り続いて水位が更に上昇してしまう。10月9日深夜に高速の地すべりが発生、土砂は貯水池に突入して高い津波を発生させ、対岸(右岸)や上流の集落を襲った。更に、津波はダム堤を乗り越えて下流の集落も襲った。犠牲者は2,600人に上った。津波は湖面から240m高い地点にまで到達、土砂に押し出された水の体積は1.2×108m3と推定されている[106][97]
エルム地すべり(1881年)【岩盤地すべり・山間部・採掘】
スイスの山間部にあるエルム(ドイツ語)という村で地すべりが発生。急斜面の中腹でスレート屋根の材料である粘板岩が深さ50mほど採掘されていたが、これが大規模に滑り落ちて2km下の村を直撃、115人が亡くなった。崩壊規模は1×107m3[107]

脚注

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注釈

  1. ^ 火山の噴火に伴う溶岩流火砕流火山泥流を含める場合もある。
  2. ^ a b 3つの国際学会とユネスコが設けた世界地すべり目録委員会は、滑り、落下、前方回転、伸張、流動を含んだ運動を総称して"landslide"(日本語訳:地すべり)と定義している。運動のタイプ、せん断タイプ、材料の3要素により細かい地すべり分類 (landslide classification) を行っている。せん断タイプとしてすべり、液状化、クリープの3種、材料として岩、砂質土、粘性土の3種がある。
  3. ^ 例えば、日本の法律でも、災害防止を目的としていることから、「土砂災害」を
    • 急傾斜地の崩壊(傾斜度が三十度以上である土地が崩壊する自然現象をいう。)
    • 土石流(山腹が崩壊して生じた土石等又は渓流の土石等が水と一体となって流下する自然現象をいう。)
    • 地滑り(土地の一部が地下水等に起因して滑る自然現象又はこれに伴って移動する自然現象をいう。)
    3つのいずれかを発生原因として国民の生命又は身体に生ずる被害と定めている(土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律 2条)。
  4. ^ 治水三法: 河川法(1896年制定)、砂防法(1897年制定)、森林法(1897年制定)。
  5. ^ 1972年約4.7万箇所、1993年頃約17万箇所(※急傾斜地は1992年の数字)、2002年頃約53万箇所(※地すべりは1998年)。2002年の急増は調査対象を人家5戸未満まで含めるよう拡大したためであり、従前基準では約21万箇所だった。なお、この頃土砂災害防止法に基づく基礎調査が開始されたため、これ以降は新たに行われていない。
  6. ^ 2018年までの呼称は「土砂災害警戒判定メッシュ情報」[78]。2021年に愛称付与。
  7. ^ 避難に必要な情報を把握したり、避難行動をとったりする、また自身の身を守るにあたって、手助けが必要な者。高齢者、障害者、外国人、乳幼児、妊婦など。災害時要援護者。
  8. ^ 氷河の作用で堆積した土砂や岩。
  9. ^ 素掘りの用水路とは、土を掘っただけで石などを敷いていない単純な形式の用水路をいう。水が浸透しやすい。

出典

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参考文献

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  • 渕田邦彦 他『防災工学』コロナ社 <環境都市システム工学系教科書シリーズ 20>、2014年。ISBN 978-4-339-05520-7
  • 公益社団法人地盤工学会(編)『全国77都市の地盤と災害ハンドブック』丸善出版、2012年。ISBN 978-4-621-08477-9
  • 公益社団法人地盤工学会『地盤工学用語辞典』丸善出版、2006年。ISBN 978-4-88644-073-0
  • 大石道夫『微地形砂防の実際 微地形判読から砂防計画まで』鹿島出版会、2014年。ISBN 978-4-306-02457-1
  • 防災科学技術研究所 自然災害情報室(編)『防災科学テキスト -自然災害の発生機構・危険予測・防災対応(改訂版)』、防災科学技術研究所、2013年2月。
  • 矢野義男『山地防災工学』山海堂、1973年。全国書誌番号:69014061
  • 土岐憲三、河田恵昭『防災事典』築地書館、2002年。ISBN 978-4-8067-1233-6
  • 萩原幸男(編)『災害の事典』<初版>、朝倉書店、1992年。ISBN 978-4-254-16024-6
  • 東京都総務局総合防災部防災管理課(編集・発行)『東京防災』、2015年9月。
  • 内閣府防災担当(編集・発行)『避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン』、2015年8月。
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  • 石川芳治「V章 流木災害と森林 (<特集>土砂災害と森林)」、『森林科学』47巻、pp.28-32、日本森林学会、2006年6月。NAID 110004758635
  • 太田猛彦「VI章 土砂災害と今後の森林管理のあり方 (<特集>土砂災害と森林)」、『森林科学』47巻、pp.33-38、日本森林学会、2006年6月。NAID 110004758636

関連項目

外部リンク

土砂災害から身を守るための情報(日本)
基礎知識・防災広報
土砂災害の事例
土砂災害・砂防関連組織

沖縄県

沖縄県おきなわけん沖縄語: ウチナー /ʔucinaa/[1][2]: Okinawa Prefecture)は、日本九州・沖縄地方に位置する県庁所在地那覇市

日本で最も西にあり、沖縄本島宮古島石垣島など多くの島々から構成される[3]

概要

鹿児島県薩南諸島を除く南西諸島の島々(沖縄諸島先島諸島大東諸島)から構成されており、東シナ海太平洋に挟まれている。面積は2,281平方キロメートルで、日本の都道府県では小さい順に香川県大阪府東京都に次いで第4位であり、人の居住する日本最南端の地域を含む県でもある[注 2]。また、八重山郡与那国町は日本の最西端にある地方自治体であり、与那国島の北北西端にあるトゥイシが日本最西端の地点である[4]

県民人口の約9割が沖縄本島に集中しており、さらに本島中南部に県人口の8割が集中している。那覇市中心部は三大都市圏に匹敵する人口密度がある。

ほぼ全域が亜熱帯気候であり、一部は熱帯に属する。年間を通して温暖な気候であり、最低気温が氷点下以下になる事はほとんどない。

海上輸送路(シーレーン)および軍事的要地(第一列島線)として重要な場所に位置し、多数の在日米軍基地が存在する。主な米軍施設として、嘉手納飛行場普天間飛行場キャンプ・バトラー等が存在する。

歴史的経緯(後述)から、宗教、文化ならびに風習、人名や方言、料理や食文化および産業、人口構成ならびに所得格差に至るまで日本列島主要四島との差異が大きい。俗に沖縄「県外」のことを「内地(ナイチ)」、沖縄県外の日本人を「内地人(ナイチャー)」と呼び分ける場合がある。

日本では数少ない南の島であるため、日本屈指のリゾート地となり、日本人の夏の観光先として定番化した。特に2001年テレビドラマちゅらさん」の放送以後は、県外でも沖縄文化がブームを超えて身近なものとして定着し、県外からの観光客や移住者も大幅に増加した。沖縄県としても文化体験、沖縄料理レジャーマリンスポーツ戦争遺跡などを強みに観光分野に特に力を入れている。沖縄全体で見た場合の世界的な知名度は未だ低いが、座間味島のみは、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン二つ星を獲得し、国定公園になったことで、海外でも日本の観光名所として大きく紹介されるようになり、一定の知名度を獲得している[5]

沖縄県内の産業割合を見ると観光業を含む第三次産業が79.2%を占めている一方で第一次産業は5.4%、第二次産業は15.4%と低調である[6]。沖縄は太平洋高気圧の南側に位置し、熱帯低気圧が発生する海域に近いため、台風発生シーズンの9月上旬から11月上旬までは沖縄の天候が荒れやすく、沖縄発着の旅客機が欠航しやすい。しかし、9月は気温が高いにも関わらずオフシーズンとなるため、夏と殆ど同じ条件で安価に旅行する事が可能となる。

格闘技界においては空手の発祥の地(琉球唐手)として世界的に有名であり、多数の外国人門下生が県内の空手道場に入門し稽古している。ボクシングにおいては石垣市出身の具志堅用高を始めとして数多くの世界王者、名選手を輩出している。

名称

「沖縄(おきなわ)」という地名の由来は、「沖あいの漁場」を意味する「おき(沖)な(魚)は(場)」を由来とする説(伊波普猷)と、「沖にある場所」「遠い場所」を意味する「おき(沖・遠い)なは(場所)」を由来とする説(東恩納寛惇)がある。

淡海三船が著した鑑真の伝記『唐大和上東征伝(とうだいわじょうとうせいでん』779年成立では、天平勝宝5年(753)11月21日に遣唐使一行が阿児奈波嶋(あこなはしま/あこなわじま)に到着したと記述されており[注 3][7]、この島は沖縄本島のことを指していたという[8]。のちに中国側からの呼称による「流求」「琉球」と呼ばれるようになった。

琉球処分の際、明治政府内では「琉球県」の名称も検討された。これは1879年(明治12年)、琉球藩を廃して沖縄県が設置される際に俎上に上っていたものである。内務卿の伊藤博文から太政大臣の三条実美に提出した同年3月1日付の琉球処分に関する文章には「琉球藩ヲ廃シ、更ニ琉球県ヲ被置候、此旨布告候事但県庁ハ首里ニ被置候事」とあり、琉球県の名称が使われていたが採用には至らなかった。この間の経緯は不明であるが、中国語由来の琉球に対し、沖縄のほうがより日本帰属の意思が明確になるため選ばれたと推察できる。また、旧信濃国長野県、旧上野国群馬県となったように、旧国名などの広範な地域名は都道府県の名前として使用しないという原則があったのも理由の一つだと考えられる。用語としての「沖縄」は元々は沖縄本島を指す言葉であったが、沖縄県設置により奄美群島が正式に日本に編入、さらに沖縄諸島先島諸島全域が「沖縄」と呼ばれるようになり、より広義に解釈されるようにもなった[9]

地理・地域・公海

国土交通省による日本の14地域区分の1つである沖縄は、沖縄県1県のみから成る[注 4]。なお、「九州地方」の一部または「九州・沖縄地方」と呼ぶ場合もある(「九州#近現代の「九州」」を参照)。国土交通省は、「沖縄本島」を、「本土」5島の一つとしている[注 5][注 6]国土地理院海上保安庁によると、沖縄県は363の島から成っている[3]。49の有人島と多数の無人島から成り、0.01km2以上の面積を有する島は160島存在する[13]。最東端から最西端までは約1,000km、最北端から最南端までは約400kmと、広大な県域を持つ[14]。 南西諸島は鹿児島県から台湾近くまで長く延びており、地理的分布では北のトカラ列島までと、奄美群島沖縄諸島および先島諸島の3つに大きく分けられる。 沖縄本島宮古島の間は宮古海峡と呼ばれ最狭区間でも約145海里(約270km)の距離があり、そのうち約48海里(約89km)が領海接続水域になっており、残りの約97海里(約180km)が排他的経済水域になっている。 与那国島と台湾の間は約54海里(約100km)である。

沖縄県の端[15]
所属自治体備考位置
最北端硫黄鳥島久米島町有人島に限れば伊平屋島[16]
沖縄県の位置(南西諸島内)
硫黄鳥島
硫黄鳥島
波照間島
波照間島
北大東島
北大東島
与那国島
与那国島
那覇市
那覇市
伊平屋島
伊平屋島
沖縄県 (南西諸島)
最南端波照間島竹富町日本最南端の有人島[17]
最東端北大東島北大東村
最西端与那国島与那国町日本最西端の島[18]

離島が多いものの、離島の医療は人材的あるいは経済的理由から不足気味であり、病院がなく診療所のみという島も多い。そのため、離島で治療できない急患患者の沖縄本島への空輸を陸上自衛隊海上保安庁が行っている。なお、宮古島石垣島には県立の総合病院が設置されているため、それらの島の周辺離島での急患は沖縄本島ではなく宮古島や石垣島に搬送される場合もある。

県庁所在地である那覇市の半径1,000km圏内には九州島全域や下関市上海福州台湾島全域が含まれ、1,500km圏内には大阪南京ソウル平壌マニラ香港などが位置する。2000km圏内には東京仙台北京瀋陽海南省海口市長春ウラジオストク等が存在し、2500km圏内には稚内成都重慶ハノイグアム北マリアナ諸島パラオが収まるなど、まさに東アジア東南アジア日本との接点とも言える位置にある。

沖縄本島の中南部は那覇市沖縄市を中心として都市化や人口集中が進んでおり、全面積の約5分の1に110万人以上が居住している(沖縄本島#中南部都市圏 も参照)。その上、治外法権の米軍基地が多数存在しており、利用できる面積はさらに限られる。そのため人口密度は全国で第9位であり、三大都市圏の都府県を除くと福岡県に次いで2番目に高い。

地質

琉球諸島は太平洋側の琉球海溝と東シナ海側の沖縄トラフに挟まれる。琉球海溝はフィリピン海プレートユーラシアプレートに潜り込むことによりできたもので、これは南海トラフと同様の成因である。また背海盆沖縄トラフはユーラシアプレートが新しい時代に引き裂かれて陥没した1000〜2000の窪みであり熱水鉱床などがみられる。地質的には琉球列島(諸島)のうち沖縄島と奄美大島はケラマ海裂とトカラ海峡とに挟まれた中琉球と呼ばれ、島は海洋地殻の上に海洋地殻の付加体(海洋地殻の陸側斜面となるユーラシア・プレートの下にフィリピン海プレートが沈み込むときに、海溝の陸側斜面ユーラシアプレートの端に押し付けられて隆起した海洋地殻の上の堆積物)で構成され、さらに3億〜5000万年前の古い付加堆積物で作られる沖縄島北側と、500万年前に作られた現地性堆積物により構成される沖縄島南側に大きく分けられる。

自然

生物
亜熱帯地帯で生物に好適な気候に恵まれ、貴重な動植物が多い。沖縄本島北部には山原と呼ばれる森林が広がっており、ノグチゲラヤンバルクイナヤンバルテナガコガネといった天然記念物等貴重な生物が生息している。山原と沖縄本島の海岸線の一部、慶良間諸島等が沖縄海岸国定公園に指定されている。西表島一帯および石垣島の一部が西表石垣国立公園に指定されており、マングローブ林が広がるほか、イリオモテヤマネコ等の貴重な生物が生息している。なお、環境省が指定する日本の重要湿地500のうち、55ヶ所が沖縄県内にある。これは、北海道(61ヶ所)に次いで日本で2番目に多い。
大雨水不足
2005年(平成17年)から2007年(平成19年)各年の6月梅雨前線の影響で大雨とが沖縄本島を襲い、各地で冠水、土砂崩れ崖崩れ等が相次いだ。平年値では年間を通じて降水量が多いが、梅雨台風による降雨が多いこと、年による変動が大きいこと、大きな河川がなくすぐに海に流出してしまうことなどから、気候および地形的に水不足に陥りやすい[19]。また、1946年に約51万人だった人口が、本土復帰の1972年(昭和47年)に約96万人と増加し、需給関係から1990年代前半までしばしば水不足による断水が行われた[20][21]。特に1981-1982年の渇水では日本最長の326日間にわたって給水制限が実施された。そのため、屋根の上などに給水タンクを設置している家が多い。しかし、沖縄本島北部から南部への導水が進み、また1997年(平成9年)に気候に左右されず安定して水の供給が可能な海水淡水化施設が北谷町に完成したことで[22]2005年(平成17年)に県人口が約136万人と増加したものの、断水に見舞われることは減った。
地震
「地震大国」と言われる日本において、九州などと同じく、一年あたりの(有感)地震回数が少ない。しかし、損害保険料率算出機構の最新の統計集では2等地となっており、特段リスクが低い地域と見なされなくなった。過去には1771年八重山地震による大津波で、先島諸島に多大な被害が生じている。最近では2010年(平成22年)の沖縄本島近海で発生した地震で約100年ぶりに沖縄本島で震度5以上を観測し、勝連城跡の城壁の一部が崩壊した[23]

気候

日本国内における気候区分では南日本気候に属する。

宮古島多良間島石垣島西表島与那国島波照間島および沖大東島熱帯性気候でケッペンの気候区分では熱帯雨林気候 (Af) に、それ以外の地域は亜熱帯性で温暖湿潤気候 (Cfa) に属する。沖縄県各地方ともに高温多湿で年間降水量は2,000mm以上で、年間平均気温は約22°Cとなっている。しかし、最高気温が35℃を超える猛暑日になることはほとんど無い[24]。これは、沖縄は陸地面積が狭く周りを海に囲まれていること(海洋性気候)から、フェーン現象や晴天弱風と都市化がもたらす大規模なヒートアイランド現象のような要因がないためである(但し都市部での小規模なヒートアイランド現象の研究報告はある)。また沖縄は台風銀座と呼ばれており、毎年多くの台風が接近する。月別で注目すると、降水量は梅雨入りの平均期間である5月と台風が多く接近する8月に多い。また、日照時間は7月に長く、冬期の1月・2月では短い。冬季は北からの季節風の影響で雨や曇りの日が多い。梅雨明け頃には、夏至南風(沖縄本島ではカーチーベー、宮古・八重山周辺ではカーチーバイ[25])と呼ばれる秒速10m以上の南寄りの強い風が吹き、夏の到来を告げる季節風として知られている[26]

降雪

冬期に降雪があることはごくまれであるが、1977年(昭和52年)2月17日久米島で、2016年(平成28年)1月24日に久米島と名護市でそれぞれみぞれ(気象記録上はと同じ扱い)が観測された[27][28]気象庁が公式に発表した沖縄県での降雪記録はこの2例のみで、久米島での降雪は日本における降雪の南限記録である[29]

観測開始以前においては、琉球王国の正史とされる『球陽』によると、1774年1816年1843年1845年1857年にそれぞれ現在の沖縄県の領域で降雪があったことを記録している[30]

なお、昭和38年1月豪雪では県内各地であられひょうなどが観測されており農作物への被害も発生している[31]

1999年(平成11年)12月20日とその前後に那覇市などで「雪が降った」という目撃談が複数報告され、NHK沖縄放送局でその「雪らしきもの」の映像を放送したが、気温が高かったことなどから気象台は否定的で[32][33]、公式な降雪記録とはなっていない。

沖縄県内各地の気象データ[34]
平年値
(月単位)
沖縄諸島大東
諸島
宮古諸島八重山諸島
沖縄本島















石垣島西表島





国頭村
名護市金武町那覇市南城市
糸数
登野城伊原間祖納大原
気候区分CfaCfaCfaCfaCfaCfaCfaCfaCfaAfAfAfAfAfAfAfAf
平均
気温

()
最暖
26.7
(7月)
28.8
(7月)
28.6
(7月)
28.9
(7月)
27.1
(7月)
28.3
(7月)
26.7
(7月)
28.8
(7月)
28.5
(7月)
28.7
(7月)
29.0
(7月)
29.5
(7月)
28.8
(7月)
28.9
(7月)
28.9
(7月)
28.9
(7月)
28.8
(7月)
最寒
14.5
(1月)
16.3
(1月)
16.2
(1月)
17.0
(1月)
15.2
(1月)
16.1
(1月)
15.3
(1月)
16.7
(1月)
17.7
(1月)
18.0
(1月)
18.4
(1月)
18.6
(1月)
18.3
(1月)
18.3
(1月)
18.0
(1月)
18.8
(1月)
18.4
(1月)
降水量
(mm)
最多
309.5
(6月)
248.2
(8月)
228.8
(5月)
260.5
(9月)
253.3
(6月)
269.9
(6月)
268.8
(5月)
263.9
(6月)
200.6
(5月)
262.5
(8月)
249.6
(8月)
261.6
(8月)
250.6
(9月)
273.6
(8月)
284.1
(8月)
197.7
(9月)
293.2
(9月)
最少
138.3
(12月)
96.2
(12月)
78.3
(12月)
102.8
(12月)
111.7
(1月)
97.5
(12月)
124.1
(12月)
119.0
(7月)
84.7
(1月)
130.8
(1,7月)
127.2
(12月)
126.3
(12月)
122.3
(7月)
141.6
(7月)
137.6
(3月)
106.2
(12月)
138.5
(7月)
日照
時間

時間
最長
239.2
(7月)
245.7
(7月)
218.1
(7月)
238.8
(7月)
210.1
(7月)
289.8
(7月)
230.5
(7月)
255.4
(7月)
278.8
(7月)
246.7
(7月)
199.1
(7月)
264.5
(7月)
245.6
(7月)
253.2
(7月)
245.4
(7月)
259.3
(7月)
258.9
(7月)
最短
78.3
(1月)
86.2
(2月)
88.3
(2月)
87.1
(2月)
93.0
(2月)
91.5
(1月)
87.8
(1月)
77.4
(2月)
114.5
(2月)
82.6
(2月)
73.9
(1月)
82.1
(2月)
70.5
(1月)
74.5
(1月)
86.5
(2月)
91.9
(1月)
55.7
(1月)
  • 1981年から2010年まで(ただし金武町、多良間島は1971年から2000年まで)の平均値

島嶼

自然公園

地形

山岳
河川

本県の河川の特徴としては、急勾配でかつ、河川延長が短く、流域面積が小さいことが挙げられる[39]。その為、河川流量の変動が顕著で、大雨による増水、少雨による水不足に陥りやすい。またマングローブ林など県外と異なる亜熱帯特有の自然環境を形成している[40]。現在、沖縄本島北部では赤土の流出、中南部では畜舎からの排水等の影響による河川汚染が問題となっている[41][42]

本県には国内で唯一、一級河川が存在しない。二級河川の開発は知事の要請に基づき沖縄振興特別措置法により、日本政府の直轄事業として改良・修繕工事を行っている[43]

  • 浦内川 - 沖縄県最長の川でマリユドゥの滝などを有する。
湖沼・干潟等

地域区分

2019年現在、沖縄県には11市、5郡、11町、19村があり、町は全て「ちょう」、村は全て「そん」と読む。

現代(2020年)において沖縄県の地域は北部地域中部地域、南部地域(南部離島地域)、宮古・八重山地域に大分される[44][45]

南部離島地域は、南部地域に包含される場合があるが、沖縄本島と、伊江島、伊平屋島および伊是名島を除く沖縄諸島大東諸島の島々の町村を含んだ概念である。

また、伊江島、伊平屋島、伊是名島の村域は北部地域に包含される(「北部離島地域」と言う呼び方は公式ではない)。

ただし、本島周囲の離島であって国頭村、大宜味村、今帰仁村、本部町、名護市、恩納村、うるま市、豊見城市、糸満市、南城市に属する小島嶼[注 7]はこれら離島地域には含まれない。

歴史的な地域区分

1896年(明治29年)4月1日郡制施行(沖縄県区制)に伴い、那覇区首里区と、国頭郡中頭郡島尻郡宮古郡八重山郡の5郡が設置された(2区5郡)。この時点では沖縄県発足以来継続していた旧慣温存政策により琉球王国時代の間切制が残存していた[注 8][注 9]。これは、1908年(明治41年)4月1日に沖縄県独自の島嶼町村制施行により、間切→村(そん)に移管されるまで続いた。

この1896年沖縄県区制施行当時の郡区分を特に「郡制」と言う事があり[注 10]、この境界をもって5地域(5地区)に分ける慣例が制度上も残っている。

この歴史的経緯により、旧郡制当初から現代まで、伊平屋村伊是名村は島尻郡に属しているがその一方で現代行政区分としては北部地域に組み入れられている。ほか、沖縄本島と伊江島を除く沖縄諸島と、大東諸島の島々の市町村も同様に島尻郡に属しており、必ずしも南部とは言えない南部地域(南部離島地域)に組み入れられている。

その他の行政区分および都市圏

行政による地域区分は上記のほか、沖縄本島(周辺離島を含む)における広域行政圏として北部広域市町村圏中部広域市町村圏南部広域市町村圏を持つ。

これら広域行政圏は、沖縄都市圏や那覇都市圏の影響を受けており、行政機能的、商業的にもより実態に即した圏域を構成している。そのため、中部地域に属する浦添市は南部広域市町村圏に組み入れられている。西原町は公式にも中部広域市町村圏だが、より実態に即して南部扱いされる場合も一部にある。

沖縄本島(本島周囲離島及び伊平屋島、伊是名島、伊江島を含む)

北部広域市町村圏
(旧)国頭郡の範囲に、島尻郡の伊平屋島と伊是名島を加えた範囲。郡の名称から「国頭地区」とも呼ばれる。
中部広域市町村圏
(旧)中頭郡の範囲から浦添市を除いた範囲。
南部広域市町村圏
(旧)島尻郡および旧那覇区、旧首里区[注 11]と、これに中部地域の浦添市を含めた範囲(ここでは沖縄本島部分を扱う)。
なお、西原町は中部地域かつ中部広域市町村圏に属するが、一部の事務組合については南部と合同になることもある。


沖縄諸島(伊平屋島、伊是名島、伊江島を除く)

南部広域市町村圏(離島)
いずれも(旧)島尻郡、南部広域市町村圏に属している。南部離島地域と同様の概念で「南部離島」等とも呼ばれる。

先島諸島

宮古地区
旧宮古支庁、(旧)宮古郡の範囲
八重山地区
旧八重山支庁、(旧)八重山郡の範囲

米軍基地

2017年現在、在日米軍の専用施設は沖縄本島の総面積の15%を占めている[46][47]

歴史

概略

古代 『続日本紀』には、文武天皇2年(698年)に朝廷の命により、務広弐文忌寸博士が南島(なんとう)(南西諸島)に派遣されたとある。このときの文忌寸博士の任務は屋久島、種子島、奄美大島の朝貢関係を確認することにあり、文武天皇3年(699年)に多褹・掖玖・菴美・度感から朝廷に来貢があり位階を授けたと記載がある。これ以降、朝廷は種子島に国司を派遣するとともに、久米島や石垣島にも服属を求める使者を派遣している。和銅8年(715年)には南島の奄美・夜久・度感・信覚・球美の島民が来朝し貢上したという記載があり、蝦夷の人々とともに南島の人々に位階を授けたとある。他にも養老4年(720年)に南島人232人に位を授け、また神亀4年(727年)に南島人132人に位階を授けた、などの記載がある。

琉球王国時代に編纂された「中山世鑑」によると、保元の乱で敗れ伊豆に流された源為朝が追手から逃れるため沖縄本島(運天港)に渡り、その子が初代琉球国王舜天になったとされており、正史として扱われている。14世紀後半には三山王国(北山中山南山)が勃興し、中国()に朝貢冊封を受け琉球貿易を行っていた。1429年に中山王尚巴志が南山と北山を滅ぼし琉球を統一、琉球王国を建国した(第一尚氏)。1469年尚徳王の家臣であった金丸が王位を簒奪し、自らを尚円王と号し即位した(第二尚氏)。周辺の先島諸島や奄美群島にも版図を拡げるが、1609年慶長14年)に薩摩藩の侵攻を受け尚寧王は降伏、当時王国の支配下にあった奄美群島は薩摩藩に割譲[注 12]、王国は薩摩藩の支配下におかれた(琉球侵攻)。薩摩による侵攻以降も王国は中国の冊封を受け続け、日本の薩摩藩と清国に『両属』する体制となっていたが鎖国体制下の両国の中継貿易地としての役割を担い、交易を通じて独自の文化と自治を保っていた。この当時の日本本土と沖縄の関わりが、現代まで続く日本の南洋幻想の発端となった[要出典]

近代に入り日本本土で明治維新がおこり開国したことを受け、1871年(明治4年)9月に日清修好条規が締結されとの間に外交関係が樹立された。しかし、その約1ヶ月後となる同年10月に宮古島島民遭難事件が発生、明治政府は外交対処のために中央集権国家の確立を急ぎ、1872年(明治5年)、琉球藩が設置され、琉球国王の尚泰を「琉球藩王」に封じて東京に藩邸を置いた。福島外務卿による清との交渉後、1874年(明治7年)に台湾出兵となり、日本の航客に危害を加えないなどの統括権などがイギリス大使の調停による事後処理条約で確認され、清との外交事件が帰着した。1879年4月4日明治12年)、明治政府は琉球藩を廃して沖縄県を設置、尚泰は東京の藩邸に居を移し華族となる。グスク時代の城跡遺跡は『琉球王国のグスク及び関連遺産群』としてユネスコ世界遺産に登録されている。

1945年昭和20年)、太平洋戦争では『国内最大の地上戦』と呼ばれる[注 13]沖縄戦の戦場となった。米軍は4月1日に沖縄本島の読谷村の海岸に上陸、瞬く間に島の北半分を制圧、日本軍は米軍の総攻撃を受け南部に追い込まれ、総司令部が置かれていた首里城も焼け落ち、6月23日に沖縄守備軍最高指揮官の牛島満中将らが摩文仁で自決したことで組織的戦闘は終結した。約3カ月に及ぶ激戦により県民の4人に1人が犠牲になり土地も荒廃した。現在、摩文仁は沖縄戦跡国定公園に指定されており、6月23日は慰霊の日として沖縄県の休日となっている。

沖縄戦後、GHQSCAPIN - 677指令により南西諸島[注 14]は米軍軍政下となり、日本の施政権は停止、行政実体(内務省知事下)としての沖縄県は一旦消滅した(アメリカ合衆国による沖縄統治)。米軍統治下で基地建設のため集落や農地を大規模に接収し、右側通行の道路を整備し、通貨としてB円、後に米ドルを使用させ、日本本土への渡航にパスポートが必要になるなど、米国流のやり方で戦後復興が進められていった。1952年(昭和27年)にGHQの占領下にあった日本が主権回復した後も沖縄は引き続き米軍の統治下におかれた。同年、米軍政が終了、米国主導で新たに琉球政府を設置、本格的な琉球統治と復興に乗り出す。

1950年代以降になると朝鮮戦争ベトナム戦争が勃発し、沖縄は米軍の前線補給基地として重要度を増し、数多くの米軍人が駐留、B-52等の戦略爆撃機枯葉剤核兵器といった大量破壊兵器が多数配備され、ベトナムからは『悪魔の島』と恐れられた[49]。経済は基地に大きく依存していた一方で、当時ドル高円安の固定相場制の影響もあり物価は安く生活は安定しており、人口は終戦直後の約50万人から本土に復帰するまでのわずか27年間で約100万人に倍増した。しかし米軍による強権的かつ差別的な施政に島民は強い反感を抱き、本土への復帰を求める大規模な反基地運動が各地で展開されていった(島ぐるみ闘争)。1971年(昭和46年)に佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領との間で沖縄返還協定が締結され、翌1972年(昭和47年)に沖縄は日本に施政権が返還され沖縄県が復活した(沖縄返還[注 15][注 16]。米軍統治時代から続く基地問題や不発弾の問題、日米地位協定の問題は県の主要な政治課題となっている(「普天間基地移設問題」を参照)。

年表

人口

2015年度の国勢調査結果より前回の2010年度と比較して、沖縄県の人口は約4万人(2.9%)増加し、都道府県別で東京都(2.7%)を抜き全国で最も人口増加率が高くなった[54]。人口増加率は全国1位。人口別では初めて65歳以上人口が15歳未満人口を上回った。地域別で見ると沖縄本島の中部と南部で増加し、沖縄本島北部と石垣島を除く離島の大部分で減少している。国立社会保障・人口問題研究所は、2025年に143万3千人まで増加すると予測している[55]。2010年の自然増加率は人口千人あたり5.0人増と全国最高である[56] が、社会増加率は各年により増減が変動する[57]。また2010年度の合計特殊出生率は1.87人[56] と1975年度以来連続で全国1位を維持している[58]。2015年度国勢調査によれば、65歳以上の人口比率 (19.6%) が、調査開始以来、15歳未満 (17.4%) を上回った[59]粗死亡率は男女ともに全国で最も低いが[60]年齢調整死亡率は全国平均に近く[60]、特に成人男性は全国3位以上の年齢調整死亡率となっている[61]。沖縄県在住の外国人は、国籍別で2010年現在アメリカ米軍とその関係者は含まれない。)が最も多いが、中国韓国籍の外国人も増加傾向にある[62]。2015年度の国勢調査で、県内の外国人は11,020人となり、2010年度より3,369人 (44%) 増加している[59]

なお人口統計には含まれない在沖米軍人と軍属およびその家族数は2013年度現在47,300人にのぼる[要出典]

2016年度の沖縄県への入域観光客統計は年間8,613,100人で過去最高を記録し一日平均で約23,500人になる[要出典]

また県外から赴任した自衛官や国の出先機関の出向公務員も多数存在するために、これらを含めると見かけ上の人口は統計よりも7〜10万人も多い[要出典]

Demography47000.svg
沖縄県と全国の年齢別人口分布(2005年)沖縄県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 沖縄県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

沖縄県の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

政治

沖縄返還以前の沖縄における統治機構は、「琉球政府」および「琉球列島米国民政府」を参照。

知事

沖縄県公選知事
氏名在職期間出身地最終学歴
1屋良朝苗
やら ちょうびょう
1972年(昭和47年)5月15日
- 1976年(昭和51年)6月24日
2中頭郡読谷村広島高等師範学校卒業
(現・広島大学
2平良幸市
たいら こういち
1976年(昭和51年)6月25日
- 1978年(昭和53年)11月23日
1中頭郡西原町沖縄師範学校卒業
3西銘順治
にしめ じゅんじ
1978年(昭和53年)12月13日
- 1990年(平成2年)12月9日
3島尻郡知念村
(現・南城市
東京大学法学部卒業
4大田昌秀
おおた まさひで
1990年(平成2年)12月10日
- 1998年(平成10年)12月9日
2島尻郡具志川村
(現・久米島町
米国シラキューズ大学大学院修了
5稲嶺恵一
いなみね けいいち
1998年(平成10年)12月10日
- 2006年(平成18年)12月9日
2関東州大連
(現・中国遼寧省大連市
慶應義塾大学経済学部卒業
6仲井眞弘多
なかいま ひろかず
2006年(平成18年)12月10日
- 2014年(平成26年)12月9日
2大阪府大阪市東京大学工学部卒業
7翁長雄志
おなが たけし
2014年(平成26年)12月10日
- 2018年(平成30年)8月8日
1真和志村(現:那覇市)法政大学法学部卒業
8玉城デニー
たまき デニー
2018年(平成30年)10月4日 -1中頭郡与那城村(現:うるま市上智社会福祉専門学校卒業

組織・庁舎

議会

  • 議員定数 48人
  • 任期 2020年(令和2年)6月25日 - 2024年(令和6年)6月24日

沖縄県議会議員選挙は統一地方選挙では実施されない数少ない都道府県議会議員選挙の1つである(他は東京都茨城県岩手県宮城県福島県)。これは、日本復帰後の選挙が1972年(昭和47年)6月25日に行われたことによるためで、東京と茨城は議会の解散、岩手、宮城と福島は東日本大地震による延期のためであり、事情が異なる。

財政

2015年度

  • 標準財政規模 3567億9084万円
  • 財政力指数 0.29(都道府県平均 0.47)
    • 財政力指数が0.3未満のEグループ(11自治体)に分類されている
  • 経常収支比率 95.1%(都道府県平均 94.6%)
    • 財政の硬直化が進んでいることを示す指標である
  • 将来負担比率 81.3%(都道府県平均 210.5%)
  • 実質公債費比率 12.2%(都道府県平均 14.1%)
  • 人口100,000人当たりの職員数 1,412.52人(都道府県平均1,110.90人)
  • ラスパイレス指数 107.0(都道府県平均 107.4)
地方債残高
  • 普通会計分の地方債現在高 6829億9400万円
  • 上記以外の特別会計分の地方債(企業債)現在高 1541億800万円

経済・産業

産業

沖縄県は日本屈指の観光立県でありサービス業が発達していて県経済の中心になっている。また観光以外に目立った産業のない沖縄県[要出典]は、在日米軍基地が生み出す経済(軍雇用者所得、軍用賃借料、米兵向け商店・飲食店など)に依存している側面があり、経済依存度は、1972年の15.5%から低下したものの、現在でも5.7%を占めている。米軍基地内には、オフィスや病院、ショッピングセンターなどの施設があり、約9,000人前後の県民が基地施設に勤務していて、沖縄県庁に次ぐ大口の就職先になっている。

沖縄県の産業構造は、全国に比べて第2次産業のウエイトが低く、第3次産業のウエイトが高いことが特徴であるが、この傾向は、復帰以降全く変わっていない。平成25年度の県内総生産に占める第2次産業及び第3次産業の割合は、それぞれ13.9%及び84.4%となっており、全国の24.4%及び73.9%と比べその差異は明らかである。特に、製造業の割合は、全国が18.4%に対し沖縄県は4.2%とその差異は極めて大きい。 また、政府サービス生産者(公的な電気・ガス・水道業や公務等の経済活動)の割合が沖縄県(平成25年度)では16.0%と高い。この高い割合は、復帰以降続いているものである[63]

2014年平成26年)度の県内総生産は4兆1749億円で、前年度と比較した経済成長率は、1.5%増加した。名目は3.5%増の4兆511億円で、それぞれ6年連続のプラス成長だった[64]。平成26年度の一人あたり県民所得は212万9000円(全国平均は286万8000円)である。失業率は日本一高いが2016年には沖縄の完全失業率は23年ぶり3%台に低下した。

県外の日本国内で生産または供給される商品に関しては、輸送距離の関係から時間・費用が嵩み、輸送費の分だけ県外に比べ割高となってしまう。そのため、県内生産品を除き、県外の地方と比べて、平均小売価格は特段低くはない。食品や携帯電話サービスでは全国的なブランドの商品生産・提供を沖縄独自の法人(、沖縄セルラー電話など)が一括して担っていたり、オキコオリオンビールブルーシールなど、沖縄独自のブランドが特定ジャンルのシェアを占めている場合もある。

農業・漁業

農業では日本有数の亜熱帯性気候を生かし、マンゴーアセロラパインアップルドラゴンフルーツなどのトロピカルフルーツや、サトウキビタバコゴーヤー(ニガウリ)といった農作物が生産されている。また、伊平屋島などでは稲作が盛んである。

漁業ではマグロイカブリタカサゴアジ、アカハタなどの他クルマエビモズク[65]の養殖も盛んである[66]

畜産業では、養豚が古くから盛んに行われ沖縄固有品種アグーが有名。またヤギウシも生産されている。

工業・鉱業

製糖業、飲食料品製造業や、セメント製造を中心とした窯業・土石製品製造業があるがいずれも小規模である。

沖縄本島の本部半島には良質な石灰岩が存在し、セメントの原料や砕石・砕砂の原料として採掘されている。沖大東島北大東島にはかつて燐鉱山が経営されていたが、北大東島は良鉱石が枯渇しており、沖大東島は戦後、米軍射爆撃場に指定されたたままである。

沖縄本島沖の海底には国内最大規模の熱水鉱床が広がっており、亜鉛などのほか、ガリウムビスマスなどレアメタルを含むため、次世代の海洋資源として試掘調査が活発化している。

東シナ海の海底には推定埋蔵量約1000億バレルに上る天然ガスや石油が眠っており、日中中間線周辺では中国との領有権争い(東シナ海ガス田問題を参照のこと)が生じている。

植物資源を燃料に充てられるバイオエタノールが脚光を浴び、県産サトウキビが原料として注目され試験操業も行われたが、結局採算が取れず撤退した。

観光業

本県の主な産業として、伝統、歴史、自然、食文化や国際色を生かした観光業が挙げられる。ただし、これらの観光業は景気に左右されやすい。 沖縄本島のリゾートホテル付設や公営の海水浴場の多くは、ワイキキビーチと同様に人工海浜であり、観光資源ではあるが「沖縄の自然」ではない。2009年観光客数は国内外合わせて5,690,000人(国内:5,443,800人、海外:246,200人)[67] である。2019年の訪れる外国人観光客数は1,951,150人に達し、台湾 (40.00%)、韓国 (22.99%)、中国 (18.38%)、香港 (10.26%)、米国 (3.51%) という比率になっている[68]。米国からの観光客は、米軍基地関係者が多く含まれる。

2000年(平成12年)に主要国首脳会議が行われたのをきっかけに、国際会議、コンベンションといったイベント開催地としての体勢作りを進めている。また県はスポーツアイランド構想を掲げエコツーリズムも活発化している。

情報

1998年(平成10年)から「沖縄県マルチメディアアイランド構想」に基づき、海底ケーブルの陸揚げ本数が多いことから IX (Internet Exchange) の語に掛けて IT Exchange 等の呼びかけを行いコールセンターやIT企業の優遇策による誘致を活発に行っている。その一方で内外から施設は立派であるが内容が伴わないとして箱物行政といった批判も多い。

2010年代頃からスマートフォンアプリの開発業も盛んになっている。

優遇税制・特例

経済振興のため、数々の特例[69] が設定されている。

  • ガソリン税(県外より1リットル当たり7円引き)や、沖縄自動車道の通行料金(県外より約4割引)などが軽減されている。
  • 沖縄県発着の航空便に関しては、航空機燃料税が50%減免されていることもあり、県外の同一距離路線に比べて5000円程度安くなっている[70] ため、結果として観光客誘致にも寄与している。
  • 観光においては、観光戻税制度、のちの特定免税店制度が他県にはない特徴的な優遇税制である。
  • 酒税の軽減措置がある(→泡盛オリオンビール参照)。
  • 2002年(平成14年)4月に施行された沖縄振興特別措置法により、IT関連企業、金融関連企業の誘致を行っている。税制上の優遇(法人税の控除、特別土地保有税の非課税、事業所税の課税標準の特例)と大地震等の災害の可能性の低さを理由に、いくつかの企業が特別地区への移動を行っている。

企業

県内では、本州等で展開している企業の地域会社が多数存在する。

電気通信事業者
電気通信事業者では、携帯電話の au のサービスを提供する地域会社として沖縄セルラー電話がある。この会社は沖縄県の経済振興を目的として設立された企業であることから、同社の過半数株式を所有する KDDI だけでなく、地元企業の沖縄電力のほか県内の財界、有力企業なども出資している。沖縄県独自のサービスも展開していることもあり、県内では他県での市場占有率が首位のNTTドコモを抑えている(2005年(平成17年)現在の市場占有率は49%)。なお、同社は政治的な配慮により対象外だったが、のちに au 本体 (KDDI) が対象となっている。
また、アステルグループのPHSサービスを提供していた沖縄電力グループの旧アステル沖縄を引継ぎ、2005年(平成17年)1月25日に事業を開始したウィルコム沖縄本州などでPHSサービスを提供するウィルコム(旧DDIポケット)の子会社として設立。のちにソフトバンクの子会社となりY!mobileブランドを展開)がある。
酒類
ビールメーカーとして県内で大きな市場占有率を持つオリオンビールが存在する。なお、同社は県内における酒税減免措置にのった県内市場の高い占有率を成しているが、日本全体で見た場合の市場占有率は1%程度であるため独占禁止法に抵触しないとされる。
新聞
新聞は輸送事情の関係から、現地印刷を行う日本経済新聞、県内地方紙と提携のうえ印刷・発行しているスポーツニッポン日刊スポーツを除き、当日の朝に配送することが不可能なため(県外における夕刊配達の時間帯に朝刊が配達される状態)、地方紙である沖縄タイムスおよび琉球新報が購読率の大半を占めている。また石垣島・宮古島には主に島内や周辺離島を販売域とする新聞がそれぞれ2紙づつ発行されている。
金融
金融機関は、県内に本店を置く地方銀行3行のほかコザ信用金庫郵便局ゆうちょ銀行)やJAバンクJAおきなわ)などの店舗が多い。都市銀行については、みずほ銀行那覇支店のみが存在する。県外の地方銀行は鹿児島銀行の沖縄支店が2015年に設置され、那覇市に2店体制で営業している。

沖縄県に本社を置く主要企業

沖縄県に拠点事業所を置く主要企業

工場
  • 日本鉄工(糸満市)

生活・交通

警察

交通

空港

島嶼県であるという事情から、県外への移動や県内離島間の移動は空路が主に利用されている。特に、宮古列島、および八重山列島については、域外との定期旅客航路が休止または廃止となっており、原則として航空路線での移動が必須となっている。県内には、以下の表の空港と伊是名場外離着陸場があるほか、在日米軍基地として利用する嘉手納飛行場普天間飛行場などがある。

2017年度旅客数[71]
空港旅客合計国内線国際線
旅客数定期便旅客数定期便
那覇21,161,683人17,524,761人県外新千歳仙台茨城羽田成田・(新潟)・小松静岡中部伊丹関西神戸岡山広島岩国高松松山高知北九州福岡熊本長崎宮崎鹿児島奄美徳之島沖永良部与論3,636,922人ソウル釜山大邱北京上海天津杭州南京香港台北台中高雄バンコクシンガポール
県内北大東南大東久米島宮古石垣与那国
石垣2,497,171人2,411,480人県外羽田成田関西中部・福岡85,691人台北
県内那覇・宮古・与那国
宮古1,700,590人1,699,901人県外羽田関西中部・(福岡)689人-
県内那覇・石垣・多良間
久米島258,640人258,640人県外羽田0人-
県内那覇
与那国105,302人105,302人県内那覇・石垣0人-
南大東48,418人48,418人県内那覇・北大東0人-
多良間45,186人45,186人県内宮古0人-
北大東19,303人19,303人県内那覇・南大東0人-
粟国3,794人3,794人県内那覇0人-
慶良間490人490人--0人-
伊江島0人0人--0人-
下地島0人0人--0人-
波照間0人0人--0人-
  • 就航先は2019年1月1日現在
  • チャーター便の旅客数含む
  • 括弧は通年運航ではない(季節運航もしくは運休期間がある)路線を示す
  • 三大都市圏への航空路は太字で表記

鉄道路線

太平洋戦争前には沖縄本島に沖縄県営鉄道沖縄電気路面電車)、沖縄軌道糸満馬車軌道が存在したが、沖縄電気の路面電車と糸満馬車軌道はバスの台頭により廃止され、残った沖縄県営鉄道と沖縄軌道も沖縄戦で破壊され消滅した。戦後は長らく鉄道路線が存在しなかったが、2003年(平成15年)に沖縄都市モノレール線(ゆいレール)那覇空港 - 首里間が開業した[注 17][注 18]

2013年現在、2006年(平成18年)に明らかになった那覇 - 名護間に鉄道を建設する構想は、建設費を政府が一部(または全部)負担することを除き、建設や運営の主体や手法などについて調査、検討段階にある[72]。また南大東村では、観光客の増加を図ることが目的に、1983年までサトウキビを運搬するために島内を運行していた鉄道「シュガートレイン」の復活を計画している[73]

全都道府県の中で唯一、JR各社の路線が敷設されていない。これは国鉄時代から同様であるが、鉄道小荷物については琉球海運などとの連絡運輸により取り扱いが行われていた[74]。なお、かつては那覇市に九州旅客鉄道(JR九州)沖縄支店が設置されていたが、2017年3月17日をもって閉店したため、JRの営業拠点が全く存在しなくなった。

このほか、鉄道事業法に準拠する索道としては2016年4月1日に宮古島のシギラリゾート内にリフトが設置されている[75][76]

バス

沖縄本島では那覇市・浦添市内の沖縄都市モノレール(ゆいレール)以外に鉄道がないため、都市内および都市間を結ぶ交通機関として、島内各地にバス路線網が展開されている[77]。また、石垣島や宮古島でも島内の交通機関としてバス路線網がある。

ほかに、島の港、空港、中心集落や観光地を結ぶ交通手段として、小規模な路線バスの運行が行われている島も多い。

また、沖縄県は、日本で唯一、国鉄バスと後身のJRバスの定期旅客営業路線が歴史上において存在したことのない都道府県である。

一般乗合・一般貸切兼業
一般貸切専業
  • 沖縄本島
    • 中部観光バス
    • 大東交通
    • ワールドトランス
    • 平安座総合開発
    • 沖宮観光バス
    • サクシードプランニング
    • 美ら島
    • 國和第一ハイヤー
    • 翔陽
    • 沖縄南観光
    • ハイウエイ沖縄
    • 太陽交通
    • カリー観光
    • ロケーションファースト
    • アンドインディー
    • フジさくら観光
    • Island Limousines
    • タワダロケーションサービス
    • ダイトウ
    • 沖縄ツーリスト
特定
  • 沖縄本島
  • 八重山諸島

道路

  • 本土復帰後、1978年(昭和53年)7月29日までは、車輌は右側通行だった。730 (交通)も参照。
  • 沖縄本島、特に那覇都市圏では渋滞が激しく、県内の1km当たりの渋滞損失額は三大都市圏の都府県に次いで大きい[78]
  • 他の都道府県と比べ県の特性上、レンタカーを示す「わ」ナンバーや「れ」ナンバー、米軍関係者の使用車であることを示す「Y」ナンバーや「A」ナンバーの車が非常に多い。
  • 県の自動車保有台数は約100万台である。
高速道路
一般国道
県道

港湾

航空機を使うまでもない近接離島間の移動には、船舶が広く利用されている。

重要港湾

医療・福祉

災害拠点病院
保育所

教育

2007年度より開始された小学6年生および中学3年生を対象にした全国学力・学習状況調査では、2011年度、沖縄県は全ての科目で最下位[79] となったが、2014年度の調査では沖縄県は小学6年生算数で全国2位となった。

大学

国立

公立

私立

短期大学
高等専門学校

国立

高等学校・中学校・小学校・その他の学校

以下の一覧記事を参照されたい。

マスメディア

新聞

2大県紙のシェアが合わせて約7割弱に達し、全国紙(一般紙)は下記の事情もあり、他県と比べシェアが極めて低い[80]。また、先島諸島では独自の地域紙が発行されている。

県紙
先島諸島の地域紙
地方紙その他

西日本新聞も沖縄県の官公庁や図書館、および九州に本社を置く企業・法人の出先機関(沖縄支店など)に向けた事実上の「業務用」として新聞を発行していたが、2009年(平成21年)に発行を停止した。同新聞は1967年(昭和42年)-1977年(昭和52年)と2000年(平成12年)-2009年(平成21年)に那覇支局を設けていた。

全国紙

読売新聞毎日新聞朝日新聞日本経済新聞産経新聞の各社が県に総局・支局を設置している。2008年(平成20年)11月1日より日経が琉球新報社への委託による現地印刷を開始し、全国紙では唯一、朝夕刊(2018年1月からは朝刊のみで、夕刊は廃止した。)とも地元紙と同時に配達を行っている。なお、読売、毎日、朝日は東京本社版および西部本社版を、産経は大阪本社版がそれぞれ販売されている。これらの一般紙はいずれも発行地より空輸されるため、配達は当日の午後にずれ込む(前日の夕刊と同時配達)。また先島諸島や大東諸島については、全国紙だけでなく地方県域新聞2紙も印刷後空輸や船便で配送されるため、本島などから比べて朝刊の配達が遅れてしまう。

スポーツ紙

スポーツ新聞は、日刊スポーツスポーツニッポン新報スポニチ)が県で現地印刷を行っているが、両紙とも本州などで発行される新聞とは異なり、10〜12ページで発行されている(沖縄県には公営競技の施設がないため公営競技面は掲載されていないほか、番組表も非掲載)。なお、那覇空港内や那覇市内の一部のコンビニでは、東京本社版の各紙が発行日当日に空輸され販売されているが、価格は定価より50円上乗せした180円となっている。

日刊機関紙

聖教新聞が県内で現地印刷を行っている。またしんぶん赤旗は福岡県の印刷所で印刷されたものが空輸で送られ、全国紙と同様、昼過ぎからの配達となる他、大韓民国宗教団体が運営する世界日報も、一般全国紙・スポーツ紙と同じく、東京で発行された新聞を空輸して午後に主要航空ターミナル・コンビニでの即売と、一部の一般紙(全国紙・地方紙問わず)への委託宅配という形をとっている[注 20]。このため番組表も首都圏のものに加え、沖縄県の先発2局[注 21] の当日昼〜翌日朝の番組表を収録している。

放送局


テレビ放送における特記事項

NHK受信料支払率は、平成23年度末の初公表において全国最低の42.0%であった。

先島諸島・大東諸島における特記事項
大東諸島では長らく県内のテレビ放送が受信できなかったため、アナログ放送では関東広域圏を放送対象とするテレビ局のうち日本テレビテレビ東京を除く各局の放送を、小笠原諸島向けに送信されている衛星回線を使用し中継していた(このほか、NHK衛星第1NHK衛星第2テレビも地上波で中継)。なお、県内の話題については電話回線を利用した字幕情報が必要に応じて挿入されていた。その後、2011年(平成23年)初頭から敷設工事が進められた海底光ケーブルで送られてくる信号で沖縄本島からのテレビ放送波を送ることができるようになり、同年7月のNHK沖縄放送局・民放各局のデジタル中継局の開局によって、RBC は本島のテレビ放送開始から51年、OTV は本島の開局から52年、QAB は本島の開局から16年でようやく視聴可能になった(詳細は大東諸島#テレビ放送を参照)。
先島諸島に関しても、テレビ放送の開始当初は先発3社4局(NHK・民放2チャンネルずつ)の中継局が整備されておらず、那覇本局からの電波を直接受信、ないしはケーブルテレビの中継回線を介した受信も技術的に不可能であったので、1993年12月の中継局開設までは在那地上波の受信が全くできなかった。そのため、宮古テレビ石垣ケーブルテレビの自主放送で、在那局、及び東京・大阪のいわゆるキー局などからの番組販売を独自に購入した番組をネットするという状態が続いた。
なお、琉球朝日放送 (QAB) は、1995年に開局後も先島諸島での中継局が整備されなかったため、宮古・石垣では引き続きケーブルテレビの自主放送によりテレビ朝日の番組を時差放送していたが、2009年(平成21年)10月21日にデジタル新局として QAB の中継局が設置され、本島の開局から14年でようやく視聴可能になった。これに伴い、宮古・石垣のケーブルテレビにおいても、中継局非設置の代替として、デジアナ変換[注 22] による補完再放送を行っていた。
ネットワーク系列局の空白
県内には、日本テレビ・テレビ東京両系列の放送局が置かれていない(佐賀県と並び、クロスネット局を含めた日本テレビ系列が放送対象地域外となっている都道府県でもある)が、これらの系列各局により制作された番組の一部は県内の他系列に属する放送局で、ローカル枠で放送されている他、OTVでは、日本テレビ系列が主催する毎年夏放送の『24時間テレビ』、『高校生クイズ』および年末年始の『高校サッカー』の中継(沖縄県大会および全国大会の沖縄県代表絡みの試合)にも参加している他、日本テレビ系が放送権を獲得したFIFAワールドカップ日本代表戦や夏季オリンピック女子マラソン競技の中継の沖縄県でのネットを担当する。(放送時間がフジテレビ系列の全国放送番組の時間帯に被った場合、その番組については臨時にネット返上するか後日振替放送を行う。)
日本テレビでは、系列局のない県内におけるニュース取材を行う目的で日本テレビ那覇支局を設置している。なお、同局系列の系列局については1990年代に南西放送が開局予定だったが実現しなかった。
他県と隔絶しているゆえの事象
県内の全てのケーブルテレビ局では、アナログ・デジタルとも地形や技術上などの問題もあり、県外民放の再配信は一切行われていなかったが、2019年9月1日から沖縄ケーブルネットワークの自主放送「テレビにらい」で鹿児島読売テレビ(日本テレビ系列)の一部番組のネットを開始した。2020年10月3日から「日テレ系ライブ配信」で時間帯限定であるが日本テレビ系列の番組が視聴可能になる[82]。また琉球新報沖縄タイムス番組表も鹿児島県を含めた県外民放はラジオを含め一切掲載されていない[注 23]
AMラジオ局について
  • 沖縄本島北部、先島諸島および大東諸島では夜間〜早朝を中心に近隣国の混信をまともに受けやすいため、FM電波を使って中継放送が行われている。
  • FM沖縄は1984年に転換するまではAMラジオ局極東放送として放送されていた。
  • 沖縄返還後もしばらく民間放送による英語放送が続けられ、琉球放送による放送(KSBK→返還時にJORO)が1973年まで、Far East Broadcasting Company(アメリカ法人。日本語放送は1972年12月に上記極東放送へ引き継ぎ)による放送が1977年まで続けられた。
FMラジオ局について
  • FM沖縄は、現在先島諸島の多良間島以南、大東諸島では中継局がないため直接受信不可[注 24]。NHK-FM は現在大東諸島では中継局がないため直接受信不可である[注 25]
インターネットラジオでの再放送
  • radikoでは、沖縄県内の無料配信、及びそれ以外の県での有料会員制「radiko.jpプレミアム(エリアフリー聴取)」のサービスでは、RBC iラジオ、ラジオ沖縄、FM沖縄を配信している。
  • NHKネットラジオ らじる★らじるでは、東京・名古屋・大阪・札幌・福岡・仙台・広島・松山の各放送局の県域放送を選択してラジオ第1・2、FMが聴取できるが、沖縄県の県域ローカル放送は選択できないため同アプリでは聴取できない。
コールサインについて

アメリカ合衆国の施政権下では KSxx を用いていたが、本土復帰(1972年(昭和47年))以降は JOxx を用いている。

ケーブルテレビ

文化・スポーツ

琉球王国成立以前から日本本土の影響を受けつつ、中国大陸東アジアの文化も受け入れ、混ざり合う文化を築き上げてきた[83]。また太平洋戦争後から沖縄返還に至るまで、長期間米軍に統治されていたため、アメリカ合衆国の文化も多岐にわたって浸透している。

宗教

アニミズムを基本としており、日本本土の神道の原形(古神道)に近いと言われる。琉球神道とも言われ、県外の神社に当たるものとして御嶽がある。また、祖先崇拝の風も強く残る。

仏教は、王族や一部の上層階級が信仰するのみで、一般の農民にはほとんど浸透しておらず、葬式の儀礼の一部に用いられるにとどまった。現在でも仏教信徒(檀家)の数は、県外に比べると極端に少ない。近年葬儀は一応仏式で行われるようになったが、県外のように宗派別の僧侶ではなく、無宗派の僧によって執り行われる場合が多い。また、僧とは別にユタを呼ぶ事例もある。

は、自然のほら穴等を使った岩陰墓や崖を掘り込んだ掘込墓から、中国の影響を受けた亀甲墓へと変わり、現在では破風墓が一般的である。また、遺骨の処理方法も風葬洗骨をする独特の風習があったが、近年では保健所等の指導や婦人運動の結果、多くの地域で火葬が実施されるようになった。

戦後は、米軍の影響でキリスト教信仰も盛んである。その多くはプロテスタント派に属する。県内には約210か所のキリスト教会が存在し、全国で最もクリスチャン人口の比率が高い。[要出典]

言語・方言

沖縄県で使われている言葉は大まかに以下の三つに分けることができるが、団塊の世代より後に生まれた世代の県民では共通語化が著しく、平成以降(特に2000年以降)に生まれた世代の県民になると、琉球語だけでなく沖縄弁(ウチナーヤマトグチ)でさえも衰退が著しいが、特に強い保護政策等はとられていない。

  • 琉球語 - 日本政府の立場としては、日本語の方言である琉球方言として扱われることが多いものの、ユネスコなどの国際機関の間では日本語とは異なる日琉語族に属した独立した言語であるとされる。伝統的な沖縄の言語であるが、日常的な使用はほぼ高齢者層に限られる。明治から昭和中期まで方言札を使った強力な標準語普及運動が推進されたことに加え、本土復帰運動や戦後のマスメディアや学校教育の発展に伴いそれらを通じて、琉球語を軽視する反面、標準語に接する機会が圧倒的に増えたため、琉球語が使われることは非常に少なくなっており、特に平成以降に生まれた世代では大半が理解することすら難しいほど衰退している。おおまかに、国頭語(国頭方言)、沖縄語(沖縄方言)、宮古語(宮古方言)、八重山語(八重山方言)、与那国語(与那国方言)に分けられるが、それら諸言語(諸方言)の間でもそれぞれ別言語とされることがあるほどの違いがあり、いずれもユネスコにより絶滅危機言語とされている。
  • ウチナーヤマトグチ - 沖縄県民の大半が日常的に使用する言葉であり、日本語の共通語を基盤に琉球語の要素を混合させた新方言とされる。沖縄弁とも言われる。しかし、ウチナーヤマトグチと言えども、平成以降に生まれた世代の沖縄県民において年齢が下がるほど衰退傾向が著しく(特に2000年生まれ以降はその傾向が強い)、アクセント面で影響が残る程度となっており、語彙面では共通語と差異がほとんどみられない場合も少なくない。
  • 日本語共通語 - マスメディア・学校教育や公的機関などで使われている。昭和初期まで(概ね1930年代まで)に生まれた高齢者層では琉球語、沖縄弁、共通語とのトライリンガル、戦後から昭和末期まで(概ね1940年代から1980年代まで)に生まれた世代では沖縄弁と共通語のバイリンガルが大半であり使い分けができる。一方、平成以降(概ね1990年代以降)の生まれの世代においては共通語(首都圏方言)とほぼ変わらない言葉を話す傾向が強く、ほぼ共通語のみのモノリンガルに近い。また年々その傾向も年齢が下がるにつれて強くなりつつある[84]。このように、日本国内でも特に共通語化が進みつつある地域とされており、危惧されている。
  • 英語 - アメリカの統治下にあった沖縄では英語が事実上[注 27]の第二公用語であった。現在でも英語教育を受けた高齢者や、復帰後に生まれた世代でも米軍基地内で従事して働く軍雇用員・米軍や兵士相手の商売をしている者・米国人と結婚した家族の間では英語を解す人は多い。

人種・民族

沖縄の地に先祖を持つ人々は、地理的、歴史的および文化的な経緯から「琉球民族」であるとする立場がある。人種的には先史時代から10世紀にかけて北方的形質(九州など)が移入したとされ、分子生物学の研究でも日本列島人種(大和人)と遺伝的に近いことが確かめられている。日本政府は琉球民族を沖縄の「先住民族」とは認定していないが、2014年8月に国連人種差別撤廃委員会は「国連教育科学文化機関が琉球・沖縄について特有の民族性、歴史、文化、伝統を認めている」と言う理由付けで「先住民族」であるとし、これと対立している[86]。日本政府や自民党系議員からは「民族分断工作」であるとの反発が高まっている[87]

名字

沖縄の名字の多くは、地名に由来する。琉球王国時代では、王族、士族らは現在の名字に相当する家名を名乗り、領地が変わるたびにそれも変化した。薩摩藩による侵攻以降、薩摩藩の政策琉球王府施策により、日本風の二字姓家名からいわゆる沖縄風の三文字姓に改名した家系が多い。琉球処分後、一般庶民にも姓を名乗ることが許され、また明治以降は琉球語読みの名字の多くは日本語読みに改まった。

建築

沖縄県の伝統的な建築技術は、主に琉球王国時代後期(近世)に発展した。多くの建造物は、建築様式や素材、技術などの面で周辺地域の建築様式(主に日本建築・中国建築)との類似点が多く見られるが、資源の状況や風土等が異なるため沖縄独自の発展が見られる。

王朝時代において、琉球士族などを中心に瓦葺きの木造建築である貫木屋(ヌチジャー)、庶民は主に穴屋(アナヤー)と呼ばれる掘立小屋に住居を構えていた。また住居以外には、城壁橋梁等の石造建築物に琉球石灰岩が多く使用されたが、沖縄戦により失われた建築物も多い。戦争により多くの木造住宅だけでなく山林が消失し、大量の職人と資材が失われ、復興をアメリカ軍が主導するかたちでツーバイフォー構造の建物が多く建てられた。

現在では、台風やシロアリに強い鉄筋コンクリート構造に給水タンク(大きな河川がなく幾度と水不足を経験したため)を設置した住宅が一般的になっている[88][89]

在日米軍の軍人軍属およびその家族が居住する目的で基地外に建築された外人住宅も多数存在しており、県外の基地縮小とは裏腹に復帰後も戸数は拡大していった。増加する米軍人員を収容するための住宅需要が高まり、民間投資によるアメリカ人向けの大規模な土地造成と住宅地建築が行われた。現在も宜野湾市、北中城村、沖縄市、うるま市、北谷町などに「外人住宅街」が存在し、独特の街並みを形成している。

伝統工芸

経済産業大臣指定伝統的工芸品

芸能等

エイサー浄土宗念仏が基となり形成された伝統芸能であり、近年では宗教色のない創作エイサーへも発展している。

アメリカ統治時代に、コザ市(現沖縄市)では、朝鮮戦争ベトナム戦争に明け暮れた米軍人向けにクラブやライブハウスが流行し、多数のハードロックミュージシャン達が活躍した。戦争の終結、米ドルの相対価値の下落、Aサインバーの閉鎖等、環境の変化に伴い衰えたものの、現在でも全国に進出して活動しているミュージシャンは多い。

現代では沖縄県出身の芸能人も盛んに活躍し、沖縄アクターズスクールの卒業生を筆頭に数多くの歌手、アイドル、タレントの輩出している。

衣装

伝統的衣装である琉装のほか、近年ではアロハシャツに似たかりゆしウェアも見られる。

戦後は収容所で生活していた住民らに米軍から放出された衣類が支給された。収容所が解体された後も耐久性や利便性から米軍放出品の衣類が利用され、現在に至るまで[要出典]販売されている。

武術

以前から存在していた沖縄固有の武術「手(ティー)」と、琉球王国時代に伝来した中国武術により融合して誕生したのが、唐手(からて、トゥーディー)であり、後の空手道に発展した[90]。戦後、空手を習得したアメリカ軍人や、日本から海外へ渡った空手家により、次第に世界へと普及した。

広義の琉球古武術は、徒手空拳術(空手)と武器術から成る。一般的に古武術は後者を指すが、空手と武器術は互いに密接な関係にある[91][92]棒術トンファー術など様々だが、中でもヌンチャクを用いた武器術は世界的にも有名である。

馬術

速さではなく、美しさを競う古式競馬。琉球競馬(ンマハラシー)は300-500年ほど前から行われ、明治以降は全県民的な催事となり太平洋戦争中までは琉球競馬が盛んに行われていた。 2013年から琉球競馬の復活事業として沖縄こどもの国にて行われる。

料理

日本本土においては7世紀以降、稲作を神聖視する一方で、肉食穢れとみなされ、表向き禁忌とされた。しかし沖縄はこの思想がなく、早くから肉料理が発達した。中国の影響からか特に豚肉料理が伝統的に発達している。の肉を食べるが、祝いの席などで山羊の刺身、山羊汁、チーイリチーをふるまうことが多い、山羊の肉と血液を調理するチーイリチャーは、沖縄ならではのものといえる。海洋交易立国の伝統から、琉球料理には、遠い北海道産の昆布も古くから使われる[93]

国内有数の長寿地域である理由に健康的な伝統的食文化があるのでは無いかと考えられている。他方、米軍統治時代に発展したファーストフードアメリカ料理も根付いており、食の欧米化も進んでいる。

また、アメリカ占領時の食文化も今日に受け継がれている。[94]

差別、圧政

琉球人による差別

琉球王国時代、中山王府(琉球王国王府)の管轄下にあったニンブチャー(念仏者、チョンダラー:京太郎)以外には被差別民がいなかった[95]ため、大和の部落差別にあたるものはないものの、王族や士族と庶民(農奴)の格差が甚だしく大きい身分制度社会であった。また都市部以外ではシマ社会の旧習が今も色濃く残っており、男尊女卑や、部外者排斥の傾向が見られる。「シマ」とは「島嶼」のほかに「村落」や「分領」をも意味する。日本本土の村社会に似た構図がある。

大和人による差別

日本本土ではかつて、沖縄出身者が異質な存在として差別的に扱われることが多かった。1903年には展覧会で沖縄出身の遊女をアイヌ台湾原住民などとともに異民族として「展示」し、沖縄県民の反発を招く事件が起こった(詳細は人類館事件を参照)。大正から昭和初期にかけて沖縄から県外への出稼ぎが増加した際には、県外の言語や慣習、例えば標準語や時間感覚などに不慣れな者が多かったことなどを背景に、求人告知や商店の入口で「琉球人お断り」と但し書きされる事例があった。

在沖米軍による圧政

戦後のアメリカ統治時代に、米軍は銃剣とブルドーザーによって強権的に土地を接収し、米軍兵による強盗、強姦や殺人等の事件が相次ぎ、沖縄人の間に反米感情が高まった。特にポール・W・キャラウェイ琉球列島高等弁務官時代には非常に強権的な態度で沖縄人を抑圧した(キャラウェイ旋風)。1970年12月には、米軍人による交通事故を発端にコザ暴動にまで発展した。

奄美出身者への差別

地理的、文化的に近い奄美群島は、琉球王国の侵略を受け15世紀から17世紀初頭にかけて服属していたが、その琉球王国が薩摩藩の間接支配を受け幕藩体制下に入り、明治維新から琉球処分を経て併合された後もなお、沖縄との人的交流が盛んな地域であった。しかし、太平洋戦争後のアメリカ占領軍の施政下から奄美群島が先に祖国復帰を果たすと、「日本国民」に戻った奄美出身者の公職追放、参政権剥奪、財産権の制限など基本的人権を大幅に制限する施策が、沖縄本島住民の陳情により次々と導入された。また、民間に差別感情が広まった。沖縄マスコミもこれらを煽る報道を行った。

先島諸島民への圧政

琉球王国時代に服属した先島諸島に対して中山王府(琉球王国王府)は過酷な人頭税を導入し圧政を強いた。薩摩藩、および王府に加え、先島諸島の現地支配層による農民の二重搾取、強制賦役、弾圧や迫害の歴史は琉球王国の滅亡まで連綿と続き、さらに明治維新を経て琉球処分後も旧慣温存政策に基づいた現地支配層による強制的な搾取構造は20世紀まで連綿と続いた[96]。薩摩や王府の権威による圧政に、王府や支配層による農民の強制移住、干魃や暴風雨による不作、さらに大津波などの自然災害、疫病の流行や飢饉の発生が追い打ちをかけ人口の大減少をもたらした(詳細は「八重山地震」参照)。

先島諸島の人頭税は1637年から制度化され、重税であり収穫が少ない年でも徴収され島民を苦しめたと言われる。人頭税は琉球処分後も旧琉球王国の既得権益層への懐柔のために執られた旧慣温存策により存続した。1893年明治26年)に中村十作城間正安、平良真牛、西里蒲ら4人により、沖縄本島の官憲や士族らの妨害を乗り越えて、国会請願書が当時内務大臣であった井上馨に届けられた。中村の同郷(新潟県)の読売新聞記者である増田義一の記事で国民に周知されるところとなり、世論の後押しも受け第8回帝国議会[97]において1903年(明治36年)廃止され、日本本土と同様の地租に切り替えられた[98]

混血児への差別

アメリカ人とアジア人、特にアジア地域へ来たアメリカ軍人と現地の女性との間にできた子どもはアメラジアンと呼ばれる。沖縄には今日でもアメリカ軍の軍人や軍属が多く居住し、多くのアメラジアンが生まれ続けているが、差別も根深い。米軍基地とテレビで目にすることが、沖縄で育ったアメラジアンが知っているアメリカ文化の全てということが多い[99]。にもかかわらず外見でアメリカ人と決めつけられ、商店からつまみ出される、公共のプールに入れさせてもらえない[100] といった差別を受けている。特にアフリカ系アメリカ人との混血児に対してはその傾向が強い。慰霊の日の前後に公立校では反米的な学習が展開されるため、「ヤンキー・ゴー・ホーム」と迫害されるいじめを浴びる[101]。さらに、アメラジアン自身だけではなくその母親にまで、反米意識に基づく差別、偏見のまなざしが向けられている[102]。また、アメラジアンの多くが集まっていたオキナワ・クリスチャン・スクール・インターナショナルの新校舎建設地が産廃の投棄跡であったため生徒に吐き気や皮膚炎症いった健康被害が多発した時には、沖縄県はダイオキシンPCBの検査をせずに「安全宣言」を出して済ませてしまい、結局約80名が退学する事態となった[103][104]

ハンセン病者への差別

沖縄県はハンセン病が多く発生してきた地域であり、20世紀末には日本人の新規発症者の6割から7割を沖縄県出身者が占めている[105][106] が、沖縄社会のハンセン病に対する差別や迫害は厳しいものであった[107]シマではハンセン病者(「クンチャー」と呼ばれ、これは乞食を意味する琉球方言である)をガマ、崖地、ゴミ捨て場などに隔離し、シマに戻ることを禁じる文化があった[108]。亡くなっても一族の墓には入れず、逆さまにして埋め、二度と生まれてこないよう呪いをかけた[109]。昭和50年代に火葬場が増えてから沖縄にも県外式の葬儀が広まった[110] が、その下でも遺骨に炒り豆を置く呪い(「これが芽吹いたら生き返ってこい」という意味だが、炒ってあるので絶対に芽は出ない)が行われている[111]

近代医学的なハンセン病医療の場を作る動きに、沖縄県民は激しく抵抗した[112]国立ハンセン病療養所設置を阻止するための暴動(嵐山事件)が起きたり、療養所設置を求めた青木恵哉ら、ハンセン病患者が焼き討ちにあったりもしている。その青木らにより、ようやく開園にこぎつけた沖縄県立国頭愛楽園(現在の国立療養所沖縄愛楽園)は、地域社会との交流が他の療養所以上に乏しかった。

感染性への誤解も根強く、琉球新報は投薬治療中の教員から児童へ感染が広がっているという誤った考え方を主張し(後に他紙記者により「沖縄戦後ジャーナリズム最大の汚点」と指弾される)、またらい予防法廃止(1996年)の前に行われた世論調査では住民の87%がハンセン病患者の全員隔離に賛成という結果が出ている[113]

精神障害者への差別

復帰前の調査では、沖縄は精神障害の有病率が県外の2倍との結果が得られ[114]、近年でも精神的疾病、性暴力、家族内暴力、学校内暴力、自殺などが全国トップレベルである[115]

その沖縄で特徴的なのは、西洋医学とは整合しない土着の信仰や旧習に基づく障害観である。精神障害者を家族が座敷牢に閉じこめる私宅監置は、県外では1950年に禁止されたが、沖縄では復帰後もなお障害者の座敷牢状態が続き、また家族は地域社会から疎外され見捨てられる有様であった[116][117]。精神障害は悪霊(マジムン)によって起こされているという理解もあり、これを迷信として否定するよう呼びかける精神科医がいる一方で、ユタ信仰の影響を受け土着化したキリスト教である沖縄キリスト教福音はその主張自体が悪霊に言わされているものだと批判し、統合失調症てんかんには悪霊払いを行っている[118][119]。「医者半分、ユタ半分」ということわざがあり、精神科医が精神病の患者にユタを勧める例もある[120]

一方、ユタは精神障害者に近いというとらえ方から、精神障害者が社会の役に立っているという認識をしている人も多い[121]。精神異常を来した者のうち、神や先祖とのコンタクトや憑依体験に至った者はカミダーリと呼ばれ、社会に受けいれられる「肯定的な狂気」として存在できる[122]

自衛官への差別

職業差別として、自衛官に対する差別がある。本土復帰に伴い自衛隊が沖縄に配置されると、自衛官たちは人殺し呼ばわりされ、自衛隊員の子供は半年以上も学校に通うことが出来なかったほどである。また様々な行事から閉めだされた上に、参加が許可されても自衛隊を名乗ることを許されなかった。自治体は自衛官やその家族の住民登録を拒否し、ゴミの処理を受け付けなかった事例もあった。那覇ハーリーで自衛隊を名乗って参加することが許されたのは2001年のことであった[123]

2017年3月9日には宮古島市の市議である石嶺香織が、自身のFacebookに「(アメリカ)海兵隊から訓練を受けた陸上自衛隊宮古島に来たら、米軍が来なくても絶対に婦女暴行事件が起こる」などと投稿し炎上したため、「自衛隊全体を批判しているわけではない」と謝罪し「戦争のための軍隊という仕組みに対して(批判した)」などと言及したところ、再度炎上する事態となり、石嶺は2つの投稿をFacebookから削除した[124]。宮古島市議会は「投稿は自衛隊員、米海兵隊員に対する職業的差別であり、断じて許すことができない暴言と言わざるを得ず、市議会の品位を著しく傷つけるものだ」などとして石嶺に対する辞職勧告決議(賛成20、反対3、欠席1)を可決した。石嶺は「私は議会が選んだ議員ではない」などとして辞職を拒否している[125]

スポーツ

スポーツチーム

主なスポーツイベント

スポーツ施設

プロ野球春季キャンプ地が沖縄県に集中しており、2011年(平成23年)は、12球団中10球団(1軍のみ)が県内でキャンプを行った。以下に主な運動公園および野球場を挙げた。

観光

沖縄県を舞台とした作品

映画
テレビドラマ
文芸
アニメ
ゲーム

人物

沖縄県名誉県民

沖縄県名誉県民の称号は、2003年(平成15年)3月31日に制定された沖縄県名誉県民条例(平成15年3月31日沖縄県条例第1号)に基づき、「社会の発展に卓越した功績があり、県民が誇りとしてひとしく敬愛する者」へ贈られる(条例第1条)[128]。対象者は「沖縄県の出身者、沖縄県に居住したことがある者又は沖縄県にゆかりのある者で、社会福祉の向上、学術文化若しくはスポーツ又は産業経済の振興その他の社会の発展に貢献したもの」であり、沖縄県知事が沖縄県議会の同意を得て選定することが定められている(条例第2条)[128]。名誉県民に選定された者には、沖縄県名誉県民称号記と沖縄県名誉県民章および記念品が贈呈される(条例第3条)[128]

受賞者氏名職業選定年月日備考出典
山中貞則政治家2003年12月17日初代沖縄開発庁長官[129]

沖縄県県民栄誉賞受賞者

沖縄県県民栄誉賞は、1999年(平成11年)4月8日に制定された沖縄県県民栄誉賞表彰規則(平成11年4月8日沖縄県規則第45号)に基づき、「広く県民に敬愛され、県民に明るい希望と活力を与える顕著な功績があったもの」へ、沖縄県知事から贈られる(規則第1条・第2条)[130]

受賞者氏名職業授賞式開催年月日備考出典
沖縄尚学高等学校野球部1999年4月19日第71回選抜高等学校野球大会において沖縄県勢初の甲子園優勝。[131]
上与那原寛和車いすレース選手2008年10月23日北京パラリンピック車いすマラソン銀メダル獲得。[132]
興南高等学校野球部2010年9月13日第82回選抜高等学校野球大会および第92回全国高等学校野球選手権大会で優勝。史上6校目の甲子園春夏連覇。[133]
宮里藍プロゴルファー2010年12月27日同年の米女子ゴルフツアーで5勝をあげる。[134]
仲里進車いすラグビー選手2016年11月22日リオデジャネイロパラリンピックウィルチェアーラグビー日本代表選手。チームの銅メダル獲得に貢献。[135]
安室奈美恵歌手2018年5月23日25年間にわたり日本を代表するアーティストとして活躍。[136]

脚注

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注釈

  1. ^ 2019年の首里城火災で焼失。
  2. ^ 日本最南端は東京都に属する沖ノ鳥島であるが、人は住んでおらず民間人が自由に立ち入ることはできない。
  3. ^ なお「漂着」とする説が見られるが、文献、研究書で漂着と解しているものは見られず、原文も単に『同到阿児奈波』としているだけである。
  4. ^ 14地域:北海道、東北、関東内陸、関東臨海、東海、北陸、近畿内陸、近畿臨海、中国山陰、中国山陽、四国、九州北九州、九州南九州、沖縄[10]
  5. ^ 国土交通省では、島国領土がすべてから成る国)である日本を構成する6,852島を、本土5島と離島6,847島に区分している[11]。ただし、島について地理学上はこのような分類・区分けはない。
  6. ^ 日本のの面積順上位10島:本州北海道九州四国択捉島国後島沖縄本島佐渡島奄美大島対馬[12]
  7. ^ 次の「沖縄本島に属する市町村の位置」図に掲載。
  8. ^ すなわち、この時点の間切制が琉球王国時代末期(最終)の間切制をほぼ継承していたと考えられる。
  9. ^ なお、この間切制の大きな区分として、沖縄本島は「国頭方」「中頭方」「島尻方」の3つに大分されていた。これは古琉球14 - 15世紀の三山時代の国界に由来している(多少の相違はある)。「地下三方諸離(じじさんぽーしゅはなり)」の「地下三方」が国頭方・中頭方・島尻方を指す。「諸離」は本島の周囲離島、周辺離島を概ね指す。
  10. ^ 郡役所などにより行政実体として機能していた時代を指す。郡制廃止以降、郡は単なる地理的名称と残っている。沖縄県外でも同様だが、沖縄県では時代的経緯は異なる。
  11. ^ ただし首里区は旧郡制下の一時期、中頭郡役所が置かれるなど中頭の一部として機能した時代もあった。沖縄戦後に那覇市に編入された。
  12. ^ ただし名目上は琉球の一部とされた。詳細は奄美群島の歴史を参照。
  13. ^ 当時、内地(非植民地である日本本土)であった樺太庁及び千島でもソ連軍と激戦が繰り広げられたため、「唯一の地上戦」ではない。[48]
  14. ^ 大隅諸島および上三島を除く。
  15. ^ 沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律」では、形式上、戦前の沖縄県および戦前の県内の市町村制から、戦後の地方自治法に基づく沖縄県および市町村に継承されるものとした。あくまでも法律上の形式的継承の問題である。
  16. ^ なお復帰に際して日本は米国に対し総額3億2000万ドルを支払っている(現在の為替レート(2016年10月時点)で約5000億円)。
  17. ^ 2019年10月には浦添市てだこ浦西まで延長した。
  18. ^ これにより電車が走っていない都道府県は徳島県だけになった。
  19. ^ 八重山日報は2017年4月1日に沖縄本島で沖縄本島版の発行と朝刊配達を開始したが、2019年2月末を以て八重山版と統合するとともに配達を中止して郵送に切り替えた[81]
  20. ^ 日刊新聞の販売自体は、現状首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)を中心としており、それ以外の地域は郵送での配送となる。
  21. ^ 琉球放送と沖縄テレビ。琉球朝日放送、及びラジオは未掲載。
  22. ^ 宮古・石垣のケーブルテレビでは先発3社・4局もアナログ放送を配信していたが、4:3の通常画質だったそれらとは異なりQABははじめからレターボックス16:9を使っていた。
  23. ^ 以前は他地域での経営上の理由(ケーブルテレビ局側における設備上のコストや県内既存局の圧力)などで再送信されなかったケースもたびたびあったが本土の県庁所在地の中心部のケーブルテレビ局は4大系列とも再送信されることが一般的である。なお2紙では県内の主要ケーブルテレビの独自チャンネルの番組表を掲載しているため、前記鹿児島読売テレビを一部再送信している「テレビにらい」の番組表は掲載されている
  24. ^ 2019年1月に伊良部島に中継局が開局し、宮古島とその周辺の離島ではFM沖縄が受信可能になった。
  25. ^ ただし、NHK-FM は2011年(平成23年)9月からラジオ第1・第2とともにインターネットを通じた同時配信により聴取可能となったが、すべて東京からの放送となるため本来の沖縄県域および九州・沖縄ブロックの番組と権利上の理由で同時配信されない番組がある場合は中継局が整備されない限り聴取不可。なお、2012年度に東京都小笠原諸島の父島・母島両中継局が開設されたが、大東諸島では依然として開局のめどが立たず、全国で唯一 NHK-FM のラジオ放送による直接受信ができない地域となった。
  26. ^ 沖縄本島に16局(那覇市・沖縄市・宜野湾市に2局、浦添市・豊見城市・糸満市・南城市・うるま市・名護市・与那原町・北谷町・本部町・読谷村に1局)、久米島(久米島町)・宮古島(宮古島市)・石垣島(石垣市)にそれぞれ1局設置。
  27. ^ 琉球政府章典や各種法令で公用語は定められていないが、琉球政府章典や各種法令には日本語、米軍からの布令布告には英語が使用されている[85]

出典

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関連項目

外部リンク

先代:
琉球藩
行政区の変遷
1879年 - 1945年 (第1次沖縄県)
次代:
琉球列島米国軍政府
先代:
琉球列島米国民政府
琉球政府
行政区の変遷
1972年 - (第2次沖縄県)
次代:
-----

 

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