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🎁|『ワン・プラス・ワン』2週連続限定入場者プレゼント決定


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『ワン・プラス・ワン』2週連続限定入場者プレゼント決定

 
内容をざっくり書くと
一部劇場にて数量限定での販売となり、取扱は新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル梅田。
 

ジャン=リュック・ゴダール監督がザ・ローリング・ストーンズのレコーディング風景を撮影した伝説の音楽ド… →このまま続きを読む

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ヒューマントラスト

株式会社ヒューマントラスト(英社名:HUMANTRUST Co.,Ltd.)は、東京都千代田区に本社を置く各種事業、人材紹介業、労働者派遣業、求人サイト運営などを行う総合人材サービス企業である。なお、本項目では同社による広告企画記事を巡って生じた政治問題、同社がネーミングライツ(命名権)を取得している映画館についても叙述する。

概要

当時、派遣会社の社員だった阪本昌之らによって設立。現在は阪本がヒューマントラストホールディングス 代表取締役グループCEO兼代表取締役社長として経営に当たっている[2]

事業内容は各種アウトソーシング事業(BPO業務、軽作業請負、営業代行、営業支援、販売支援、採用代行、コールセンター)、人材紹介業、人材派遣業、人事コンサルティング業、求人サイト「急募.COM」の運営。

主にオフィスワークの派遣事業(紹介予定派遣や有料職業紹介、およびいわゆるレギュラーワークに相当)と、現場作業を中心とした、1日限りを含む「日雇い」などの短期間派遣(いわゆるスポットワーク)事業、職業紹介のうち短期間のものである「日々紹介」(雇用主は就業先企業)に大別される。短期就業あっせんの一部(日々紹介は雇用主との直接契約となるため対象外)では、給与相当額の一部を就業当日に引き出せる「CYURICA」サービスを提供している(下記参照)。

勤怠連絡等は、携帯電話のウェブサイトから行う。それとは別に、登録スタッフ用に「マイページ」と呼ばれるサイト[2]が準備されている。スポット登録のスタッフは利用できず、希望する仕事がサイト上にあった場合は、電話で支店に勤務希望を出す形となる。スポット登録でない場合は、「マイページ」から直接申し込み可能。また、登録情報等も、本来はマイページ経由で変更可能だが、スポット登録の場合は支店へ出向く必要がある。

登録スタッフへの福利サービスとして、ヒューマントラストシネマの優待がある。

ヒューマントラスト社では給与相当額の一部を勤務当日に渡す、「給与即日払いサービス」の「CYURICA」(キュリカ)をスポットワーク(日雇い・短期雇用系)の一部の事業で導入している。これは就業後にCYURICAサービスのサイトで派遣先から伝えられた就業承認コードを含む勤怠報告を行うと、すぐに24時間365日稼働の同社提携ATMから所定労働時間内給与の60%程度の金額を引き出せる(手数料は別途給与から控除される)システムで、同社では「給料日まで待たなくても最短で就業当日に給与を現金で受け取ることができる」と自社サイト内の「CYURICAサービス」ページで紹介している[3]

また、企業の人事・採用担当者に向けた案内としては、導入前と比較して4年間[注 1]で「会員数は約9倍、定着率は1.8倍」と紹介し、時給単価の上昇やアルバイト・パート労働者の定着率の悪さへの対策に有効で、給与支払いの事務コストの不発生[注 2]や勤怠システム変更無しでの「給与即日払い」の実現をうたっている[4]

2008年12月1日にこの「CYURICA」を導入した際、ヒューマントラスラスト社は消費者金融会社のアコムとの提携により同サービスを開始するとしていた[5][6]。その後に各銀行との提携が徐々に拡大され、2014年4月14日からはセブン銀行[7][8]2016年4月10日からは三菱東京UFJ銀行[9]2017年7月10日からはイオン銀行[10]のATMでの利用が開始された。

2013年4月25日の参議院厚生労働委員会の審議で、民主党所属の参議院議員である石橋通宏は、阪本美貴子と丸川珠代が行った日経企画広告記事(下記参照)の中で、阪本が「CYURICA」を導入した事について丸川がそれはすばらしいと評価し、お墨付きを与えていると指摘したが、丸川は阪本による「CYURICA」の話題の後で自分が話したのは派遣労働者のニーズを捉えたエージェント機能を果たす事で労働者が保護されるのは望ましいという内容で、「CYURICA」とは全く関係ないと答弁した。これに対し、石橋は「CYURICA」とはアコムのATMを使った貸付で、その手数料は賃金の日額から考えれば相当な金利になる[注 3]と追及したが、丸川は「CYURICA」に対する評価は全くしていないと返した[11][注 4]日本共産党田村智子も「CYURICA」を「実は、キュリカは「給与相当額の一部を貸し付ける」制度です。」「ところが問題となっている(阪本美貴子社長と丸川珠代政務官が対談した形式の)全面広告でも、ヒュ社のHPでも「給与即日払い」と銘打たれています。」と批判し[13]、同日の審議で「CYURICA」の違法性をただしたが、厚生労働省の中野雅之労働基準局長や岡崎淳一職業安定局長は賃金からの控除を行う際には書面での協定や労働条件の明示が必要という一般論を答弁し、「CYURICA」そのものへの言及は避けた[14]

2013年9月現在、ヒューマントラスト社の公式サイト内にある「CYURICA」紹介ページでは、「給与即日払いサービス」、「就業済の給与相当額の一部を(中略)お給料日よりも前に引き出せる」、「報告した分の給与の一部がすぐに提携ATMから引き出せます」という文言が混在し、給与の支給か給与相当額の貸付かはあいまいになっている。

丸代との広告対談問題

2013年2月25日付の日本経済新聞で、同社は代表取締役社長の阪本美貴子が第2次安倍内閣厚生労働大臣政務官でもある自由民主党参議院議員丸川珠代と行った対談企画、これと“『猫の手』を貸します”という語句が付いた広告が一体となった記事が掲載された。この中で丸川は「日雇い派遣の原則禁止は見直すべき」と発言したが、これは2012年10月[注 5]に施行された労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(労働者派遣法改正法)で定められた規定であり、3月15日衆議院厚生労働委員会で野党の民主党議員から「厚生労働省の公式見解か」「自民党も禁止に賛成したのにおかしい」の追及を受けた。丸川は当初「見直しは省としての見解」と答弁したが、厚生労働省の事務方(官僚)から助言を受けると「(見直すべきというのは)議員としての見解。議論をしてほしいというのが厚労省としての見解」と修正し[15]、3月28日の参議院厚生労働委員会では「以後は誤解を招く事のない様にしたい」と陳謝した。また“『猫の手』を貸します”という広告についても「派遣労働者に失礼に当たる点があると認識している」と述べた[16]

丸川は3月21日の参議院厚生労働委員会で、日経クロスメディアでのインタビューを阪本社長から持ちかけられたのは政務官就任前の2012年11月13日だったと述べた[17]。対談は2013年1月10日に行われ、対談記事の原稿を厚生労働省に2回(同年2月13日と18日)チェックしてもらったが、対談内容がヒューマントラストの広告とともに掲載されることは分からなかったと述べた[17]

この一連の問題に対し、参議院厚生労働委員会の理事会は5月23日に丸川を政務官として答弁に立たせない「謹慎扱い」にするとした決定を自民党も含む全会一致で決定した[18]。さらに6月25日には同委員会で民主党など野党各党の賛成多数により丸川に対する問責決議案が可決されたが、これには自民党は欠席し、この決議を批判した[19]。丸川の「謹慎」を決定した理事会ではヒューマントラストを含む人材派遣会社への調査を今後も続ける事が確認され、問責決議案では「関係業者との接触で国民の疑惑を招く行為を禁じた政務三役規範に抵触する」「労働行政の根幹を揺るがす事態」「政治家個人として無償出演しヒューマントラスト社の宣伝に協力したなら同社への寄付行為で公職選挙法違反、個人の意見を述べただけならばヒューマントラスト社が丸川の宣伝広告費を肩代わりした事になり政治資金規正法に抵触する」と指弾され、丸川の説明に対しても「当初から阪本が丸川との連絡を取り、日経側の担当者と会ったのは1月11日の取材当日が最初なので、同記事がヒューマントラスト社の企画広告記事だったとは知らなかったというのは到底考え難い」という虚偽答弁の可能性まで疑念を持たれたが[20]、ヒューマントラストや親会社のヒューマントラストホールディングス、及び阪本はこの問題に関するコメントや公式発表を一切行わなかった。

CMイメージキャラクター

過去

番組提供

関東ローカル
関西ローカル

ヒューマントラストシネマ

2008年、日本の芸能事務所アミューズと日本の映画会社シネカノンが運営していた東京都渋谷区映画館ミニシアター)「シネ・アミューズ」「アミューズCQN」のネーミングライツを取得。同年12月20日より館名を『ヒューマントラストシネマ』(HUMANTRUST CINEMA)と改称した。

文化村通りは2009年10月31日をもって閉館(詳細はシネ・アミューズの項を参照)。同年12月4日より千代田区有楽町の「シネカノン有楽町2丁目」が『ヒューマントラストシネマ有楽町』と改称。現在は東京テアトルに経営が譲られている。

渋谷・有楽町とも全スクリーンがサラウンドEXDLPに対応している。

ヒューマントラストシネマ渋谷

東京都渋谷区渋谷のココチビル7階と8階にある映画館。2004年11月13日に「渋谷アミューズCQN」(AMUSE CQN。CQNはシネカノン〔フランス語: Cine Quanon〕の略)としてオープン。3スクリーンある。TOHOシネマズ渋谷リニューアル前は東宝系の作品(「電車男」「イキガミ」「ホームレス中学生」「曲がれ!スプーン」など)の上映が多かったが、ごく稀に丸の内ピカデリー2・3系の作品を上映する他、かつては2013年6月15日封切の「ハード・ラッシュ」からは渋谷東急の閉館に伴い、丸の内ルーブル系の作品も上映していた。

データ
  • 所在地:〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1丁目23-16 ココチビル7・8階
  • 座席数
    • シアター1(8階):200席
    • シアター2(7階):183席
    • シアター3(7階):60席

ヒューマントラストシネマ有楽町

東京都千代田区有楽町にある「有楽町イトシア」のイトシアプラザ4階にある映画館。2007年10月12日、「シネカノン有楽町2丁目」として有楽町イトシアの開業と共にオープン。2009年12月4日に現館名に改称。2スクリーンある。

データ
  • 所在地:〒100-0006 東京都千代田区有楽町2丁目7-1 有楽町イトシア・イトシアプラザ4階
  • 座席数
    • シアター1:162席
    • シアター2:63席
  • 支配人:小島英伸(2012年時点[22]

グループ会社

現在のグループ会社
過去のグループ会社
  • VIS総研
    • マーケティングリサーチ会社。2006年から同社グループに所属。2009年にVISマーケティングに業務を移管し、2010年までにグループ企業から外れた。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ この文章を執筆した時期は明記されていないが、導入時から逆算すると2012年か2013年になる。
  2. ^ その代わり、利用企業はヒューマントラスト社に「CYURICA」の基本サービス利用料を支払う。
  3. ^ ヒューマントラスト社ではその金額を明らかにしていないが、田村によれば1回あたり210円である。東京都内の最低賃金である時給850円で8時間労働した場合の日額賃金は6800円で、その80%が「CYURICA」利用対象とすると金額は5440円となり、手数料は対象金額の3.86%となる。同条件で週5日労働した後に金融機関での一括給与振込を利用し、その手数料として「CYURICA」利用料と同額の210円を負担した場合、金額は週給の0.62%である。
  4. ^ 2014年3月まではCYURICA利用料として、税込315円/回が給与から控除された。また、2014年4月現在、ヒューマントラストが雇用元となっている職場からの給与については税込324円/回、日々紹介などで雇用された企業がヒューマントラストを経由して支払われる給与については税込432円/回がそれぞれ月払い給与から控除される[12]
  5. ^ 民主党による野田内閣の時、自民党も賛成して成立。

出典

  1. ^ a b 株式会社ヒューマントラスト 第27期決算公告
  2. ^ 読売新聞2013年7月1日付記事、ジョブサーチ「私の仕事学」、「オンの才人・オフの達人」内での阪本美貴子(退職)へのインタビュー記事、「“使える人材”で委託業務も
  3. ^ CYURICA(キュリカ)とは」、2020年12月23日閲覧。
  4. ^ ヒューマントラスト社公式サイト、企業ご担当者様、「給与前払い、即日払いに対応 CYURICA(キュリカ)システム」、2013年9月15日閲覧。
  5. ^ 日本の人事部、2008年11月17日付ニュース、「「派遣労働者・企業双方のニーズに対応」 独自給与前払いシステム「CYURICA(キュリカ)」本格稼動」」、2013年9月5日閲覧。同記事はヒューマントラスト社の同日付プレスリリースより抜粋したとなっているが、大元のリリースは現在は削除されている。
  6. ^ CYURICAログイン - 同画面には、利用可能ATMのメンテナンス関連が表示されることがあり、2014年4月9日閲覧時点で、アコムATMのメンテナンス時間延長が記されている。
  7. ^ CYURICAセブン銀行ATM利用スタートキャンペーン2014年4月9日閲覧。
  8. ^ 「CYURICA(キュリカ)」4月10日より三菱東京UFJ銀行とのATM 連携開始 (PDF) 、2017年7月30日閲覧
  9. ^ 「CYURICA(キュリカ)」4月10日より三菱東京UFJ銀行とのATM 連携開始 (PDF) 、2017年7月30日閲覧
  10. ^ 日本唯一の給与随時払いサービス「CYURICA(キュリカ)」、 連携ATM拡大、全国64,000台以上対応で 人材の獲得と定着を支援。」 (PDF) 、2017年7月6日発表、2017年7月30日閲覧。
  11. ^ 石橋みちひろのブログ、2013年4月25日付、「参議院厚生労働委員会で質問に立ちました!」、2013年9月5日閲覧。
  12. ^ ヒューマントラストATMサービス|セブン銀行
  13. ^ 田村智子公式サイト、「ともここらむ」、「【13.04.25】ヒューマントラスト社の「偽装日々紹介」を告発」、2013年9月5日閲覧。
  14. ^ 国会会議録、第183回国会、平成25年4月25日、「参議院厚生労働委員会第4号
  15. ^ しんぶん赤旗2013年3月17日、「派遣会社の広告に登場した丸川政務官 国会でもデタラメ答弁
  16. ^ しんぶん赤旗2013年3月29日、「日雇い派遣禁止見直し発言 丸川氏が陳謝 政務官の資格問われる問題
  17. ^ a b 第百八十三回国会 参議院厚生労働委員会会議録第二号 (平成25年3月21日) (PDF) p.16
  18. ^ しんぶん赤旗2013年5月25日、「「日雇い派遣原則禁止の見直し」公言 丸川珠代政務官を「謹慎扱い」 自民含め全会一致
  19. ^ “丸川政務官の問責可決=参院厚労委”. 時事ドットコム (時事通信社). (2013年6月25日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201306/2013062500785&g=pol 2013年7月24日閲覧。 
  20. ^ 江田五月(民主党参議院議員)ホームページ内、「平成25年6月25日 厚生労働大臣政務官・丸川珠代君 問責決議案
  21. ^ 「給与随時払いサービス「CYURICA(キュリカ)」、 沢尻エリカさんがCM登場! “社長さん何とかしてあげて~”エリカが誘惑・・・!?」 (PDF) 、2017年7月12日発表、2017年7月30日閲覧。
  22. ^ 犬伏まり (2012年12月4日). “映画も見逃せない!!アナザーハッピーデイ ふぞろいな家族たち”. Suono Dolce. ニッポン放送. 2014年11月17日閲覧。

関連項目

外部リンク

東京テアトル

東京テアトル株式会社(とうきょうテアトル、英語: Tokyo Theatres Company, Incorporated)は、映画配給および映画館の運営、飲食店運営、不動産賃貸事業を中心とする日本の映画会社。かつてはセゾングループ傘下で西洋環境開発の子会社であった。その関係でパルコ西友LIVINWALK)、西武百貨店など元セゾングループの商業施設で多数の映画館を運営受託していた。

概要

1946年、東京興行株式会社として設立。1949年5月、東証再開と同時に株式上場する。1955年11月3日に映画館「テアトル東京」を銀座に開館、同時に東京テアトル株式会社社名変更している。 映画館キャバレーボウリング場の運営を主な事業として手掛けてきた。しかしその後、ボウリングブームの終焉や、映画産業の斜陽化などから経営不振に陥る[1]。テアトル東京も1981年10月31日をもって閉館するに至った。

そこで安定的な経営基盤の構築を目的に、テアトル東京跡地の再開発に際して当時の清水清秋社長から、セゾングループ総帥の堤清二に協力が要請され合意に至った[1]。合意に則り、1983年に西武都市開発(のちの西洋環境開発)が増資して東京テアトル株式の37%を取得。再開発の主体を担い、1987年1月、跡地にホテル西洋銀座銀座セゾン劇場、銀座テアトル西友が入居する銀座テアトルビルが竣工した[2]。これによって東京テアトルは、東邦生命保険とともに銀座テアトルビルの共同所有者となった[1]

1989年までは、西洋環境開発は東邦生命保険に次いで東京テアトルの2位株主であったが、その後セゾングループ各社の持株を集約して東京テアトルの筆頭株主となった。これにより、東京テアトルは西洋環境開発の子会社となりセゾングループ入りした[2]。セゾングループ入りに伴い、グループ内の西武百貨店西友パルコが個々に運営していた映画興行の運営を受託した[3]

1999年に大株主であった東邦生命保険が業務停止命令を受け破綻。さらに翌2000年には西洋環境開発も経営破綻する。大株主の喪失は東京テアトルにも大きな影響をもたらし、東邦生命から銀座テアトルビルの土地と建物を購入したほか、同ビルでセゾングループが手掛けていた事業を引き継ぐなどのために新規融資を受けたため、ピーク時における借入金総額は220億円を超えた。また安定株主であった大株主の経営破綻によって株式が大量に市場に放出されたため、株価も急落する事態にも見舞われた[4]

銀座テアトルビル竣工以来、自己所有する歓楽街テナントビルなどレジャー関連の不動産賃貸業とホテル運営が売上の柱となっていたが、世界金融危機による不況により2009年から2013年にかけて多くの事業整理に踏み切った。2013年5月にはホテル西洋銀座を閉館[5]、同年6月には銀座テアトルビルを売却している[5]

その一方で、中古区分マンションを買取り、リフォーム後に販売するリニューアルマンション事業への進出、北海道内を中心とした「串鳥」など居酒屋の出店、また映画部門では既存の映画館に加え、運営受託したシネリーブルシネカノンの映画館を「テアトルシネマグループ」のチェーンに組み込み、独立系の作品や配給会社の作品を中心とした映画作品の配給、上映の拡大などが行われている。

沿革

  • 1946年 - 東京興行株式会社設立、テアトル銀座開館。
  • 1949年 - 東京証券取引所上場
  • 1955年 - 東京テアトル株式会社社名変更、テアトル東京開館。
  • 1957年 - テアトル新宿開館。
  • 1973年 - 新宿区歌舞伎町にキャバレー「クラブハイツ」開館。
  • 1981年 - テアトル東京閉鎖。
  • 1984年 - キネカ大森開館。
  • 1987年 - 銀座セゾン劇場(後のル テアトル銀座 by PARCO)、銀座テアトル西友(後の銀座テアトルシネマ)開館。
  • 1988年 - テアトル新宿のミニシアターへのリニューアルと同時に「バビット」レーベルをスタートさせて洋画買付・配給業務を開始。
  • 1990年 - テアトル梅田開館。
  • 1993年
    • 2月 - 西友より映画館8館13スクリーン、西武百貨店より映画館3館4スクリーンの運営を受託[5]
    • 9月 - パルコより映画館3館6スクリーンの運営を受託。
  • 1999年 - 松竹グループから『劇場版アンパンマンシリーズ』の映画配給権を移行(※後述)。
  • 2007年 - アドホック債権回収株式会社の全株式を購入し、テアトル債権回収株式会社とする。
  • 2009年
    • 2月 - 歌舞伎町クラブハイツを閉店。
    • 4月 - 日活より映画館5館19スクリーンの運営を受託[5]
    • 12月 - シネカノン(翌年倒産)より映画館2館5スクリーンの運営を受託[5]
  • 2011年
    • 5月 - テアトルダイヤ閉館。
    • 6月 - 池袋ホテルテアトルを閉館[5]
    • 9月 - パルコ調布キネマ閉館[6]
  • 2013年
    • 2月 - 札幌クラブハイツを閉館[5][7]
    • 5月 - ホテル西洋銀座を閉館[5]
    • 6月 - 銀座テアトルビルを売却[5]。 

創業者

創業者の吉岡重三郎(1883-1969)は、大阪府の吉岡勘三郎の三男として生まれ、大阪高等商業学校在学中は野球部捕手として活躍、1909年に箕面有馬電気軌道阪急電鉄の前身)に入社して営業を担当、1915年には同社が建設した豊中球場の活用策として全国中等学校優勝野球大会(現・全国高等学校野球選手権大会)を発案し開催した[8][9]。阪急阪神東宝グループの創業者小林一三の片腕として40年以上仕え、東京宝塚劇場(のち東宝)社長、後楽園スタヂアム社長、日活社長(1941~45)を務め、1942年には大映の発起人に名を連ねるなど、戦前の映画・演劇・レジャー界で活躍した[10][11]。 終戦後、公職追放となり隠居生活を送っていたが、戦後の荒廃した大衆生活に潤いをと、東京テアトルを設立、映画・演劇の斡旋興行を行いつつ自社映画館の設立に尽力し、銀座一丁目に「テアトル銀座」を開業した[10]。当時、銀座で映画館は失敗するというジンクスがあったが、米国の封切作品の上映や一流設備の導入により成功した[10]。長女初子の婿に子爵梅小路定行の次男・定美(1911-1984、京都大学経済学部卒)を迎え、吉岡定美は重三郎の跡を継いで東京テアトルの社長、会長を務めた[12][13]。姪に木谷千種がいる[14]

歴代社長

  • 吉岡重三郎
  • 吉岡定美
  • 三橋三之助
  • 清水清秋
  • 三橋保
  • 脇田勇
  • 滝島優行
  • 松下晴彦
  • 前田稔
  • 太田和宏

関連会社

連結子会社

  • 札幌開発株式会社
  • 株式会社テアトルダイニング
  • 東京テアトルリモデリング株式会社
  • テアトルエンタープライズ株式会社

過去の関連会社

  • 株式会社メディアボックス

映画関連事業

映画館

過去に運営していた施設

映画館

ル テアトル銀座 by PARCO
東京都中央区。銀座テアトルビル内にあった貸劇場。
銀座セゾン劇場セゾングループ)。2007年にパルコに運営移管。ホテル西洋銀座などとともに2013年5月31日で営業を終了。
銀座テアトルシネマ
東京都中央区。銀座テアトルビル内にあった映画館。
1987年3月11日オープン。開業当初の館名は「銀座テアトル西友」。2013年5月31日で営業を終了。
テアトルニュース劇場(銀座シネパトス1)
東京都中央区銀座
1950年代前期、三原橋地下街ニュース映画専門館「テアトルニュース劇場」として開館。定員座席数380。1967年10月3日に同施設は恵通企業(現:ヒューマックスシネマ)に譲渡され「銀座地球座」と改称。1988年7月に「銀座シネパトス1」と改称。2013年3月31日に閉館した。
パルコ調布キネマ
東京都調布市調布パルコ6階
1989年5月25日の調布パルコ開店とともにオープン。139席。東宝系作品を中心に上映されていた。
閉館前年の2010年には調布市を舞台とした映画『ゲゲゲの女房』が劇場公開された。2011年9月11日をもって閉館[6]。閉館当時は「映画のまち調布」を掲げる調布市内で唯一の映画館だった[6](6年後の2017年9月29日トリエ京王調布開業に伴い[15]、C館に「イオンシネマ シアタス調布」が開業している[16])。
池袋テアトルダイヤ(テアトルダイヤ)
東京都豊島区東池袋
1956年12月池袋地区初のテアトル系映画館として開業。1982年12月1日サンシャイン60通り沿いにある「第一地所 池袋ビル」(「池袋ホテルテアトル」とテナントの居酒屋が入居)の地下1階にて再開業した(当時の座席数は204席)。改装前はTOHOシネマズみゆき座TOHOシネマズ六本木ヒルズ系作品を中心に上映していた。
2009年5月23日よりリニューアルのため休館、同年8月22日にリニューアルオープン。スクリーン(劇場)を分割して2スクリーン体制(143席、71席)となった。近隣運営館の「シネリーブル池袋」とともにミニシアター(インディペンデント)系作品の上映が中心となる。
2011年3月25日に家主のビルの建て替え計画に伴い同年5月29日の閉館を発表。5月21日からクロージング(リバイバル上映)イベントを実施。最終上映作品は、シネマ2は15時30分からの『鬼神伝』(関東地域でのファーストラン最終上映でもある)、シネマ1では18時15分からのクロージングイベントで吉浦康裕監督出席の上で上映された『イヴの時間』であった。「池袋ホテルテアトル」は6月1日のチェックアウト(5月31日宿泊分)を以て閉館した。
跡地は三井不動産が商業ビル三井ショッピングパーク「池袋グローブ」を開発。核テナントとなるユニクロ2014年3月14日にオープンした[17]
シネセゾン渋谷
東京都渋谷区道玄坂ザ・プライム渋谷6階
1985年11月6日オープン。開館記念上映作品が「英語版」(監督:フェデリコ・フェリーニ[18][19]であるとおりミニシアター系映画館として運営されていたが、1989年2月からの一時期は、渋谷東宝会館が老朽化による再開発(後の「渋東シネタワー」)のため東宝洋画系作品(主に日比谷スカラ座系)を上映していた。1990年代はいわゆる渋谷系シネマの旗手的シアターとして若者文化を担った。1993年に西武百貨店より東京テアトルに移管。2011年2月27日に閉館し25年余の歴史に幕を下ろした[18][19][20]。閉館後は2011年7月に施設を改装してイベントホール「CBGKシブゲキ!!」が開館している。
また、シネセゾン渋谷と同フロアには松竹系の映画館「渋谷ピカデリー」(旧「渋谷松竹セントラル」)があったが、シネセゾン渋谷より早く2009年1月30日に閉館している[21]
津田沼テアトルシネパーク
千葉県船橋市津田沼パルコB館。
1985年11月にオープン。315席。経営効率化を目的とし、2010年2月28日にテナント契約満了をもって閉館。跡地は「津田沼献血ルーム」となっている。
テアトルタイムズスクエア
東京都渋谷区千駄ヶ谷新宿駅南口)。タイムズスクエアビル12階
座席数は344席。旧「東京アイマックスシアター」跡を東京テアトルが経営譲受し、2002年4月27日『DOG STAR』の上映でオープン。『WATARIDORI』『マーサの幸せレシピ』『監督ばんざい!』などミニシアター系の個性的な洋画・邦画を多数上映していた。
施設内の契約満了に伴い、2009年8月30日ローマの休日』の上映をもって閉館。劇場設備が取り払われ、2010年に開店した「ユザワヤ新宿店」の売場の一部となっている。
水戸テアトル西友
茨城県水戸市LIVIN水戸店6階
1988年4月にオープン。シアター1:80席、シアター2:260席。東宝系の作品がメインだが、ミニシアター向けの作品も上映していた。しかしその後、2006年に水戸駅南口にシネプレックス水戸が開館するなど、近隣のシネコンに客足を奪われたことや、経営の合理化も重なり、2008年8月31日崖の上のポニョ』『ニュー・シネマ・パラダイス』の上映を最後に閉館。これにより「西友」と名の付く映画館はすべて姿を消した。翌2009年3月31日にLIVIN水戸店も閉店している[22]
厚木テアトルシネパーク
神奈川県厚木市厚木パルコ9階
1994年3月オープン。3スクリーン・383席。主に東宝系列の邦画・洋画を中心に上映されていた。厚木パルコの閉店に伴い、2008年2月24日オリヲン座からの招待状』の上映を最後に閉館。
厚木パルコ閉店後は、厚木市が建物を購入しアミューあつぎとして運営している。以降については「アミューあつぎ#映画館」を参照。
テアトル池袋
東京都豊島区南池袋1丁目「南池袋共同ビル」8階。座席数は162席。
1980年のオープン時は名画座だったが、1989年以降、アニメ映画やアジア映画など、メジャー系の邦画・洋画からインディーズ系邦画まで様々な作品を上映し、多くのファンに親しまれた。池袋ジョイシネマ閉館後の一時期は東宝洋画系(主に日劇プラザ(現:TOHOシネマズ日劇スクリーン3)系)の作品を、最末期には渋谷東急系の作品をメインに上映していた。
業績不振などの事情により2006年8月31日をもって閉館。最終日はアニメ映画『時をかける少女』を上映後、細田守監督などのトークショーが行われ華々しいフィナーレを飾った。この劇場でのアニメ映画路線は、2009年にリニューアルされたテアトルダイヤに引き継がれたが、テアトルダイヤも2011年5月29日に閉館した。
前橋テアトル西友
群馬県前橋市WALK前橋3階
1987年9月、前橋西武WALK館の開店とともにオープン。シアター1(56席)、シアター2(152席)。ヒット予想の高い洋画・邦画からアート系作品まで幅広く上映していた。WALK前橋の閉店に伴い2006年1月29日に閉館。跡地は2009年12月4日に市民団体「前橋芸術週間」によりミニシアター兼イベントホール「シネマまえばし」(現・前橋シネマハウス)がオープンした。
シネセゾン所沢
埼玉県所沢市西武百貨店所沢店8階。
1986年4月1日に所沢西武の開店とともにオープン。開館記念作品は「ローカル・ヒーロー/夢に生きた男」。当初は西武百貨店の直営だったが、1993年に東京テアトルに譲渡される。常に洋画とヒット予想の高い邦画を上映し「雨に濡れずに行ける映画館」として親しまれたが、2003年5月28日に閉館。跡地はイベントホール「ワルツホール所沢」となっている。
テアトル吉祥寺
東京都武蔵野市 吉祥寺パーキングプラザ地下1階。1979年、吉祥寺パーキングプラザ開業とともにオープン。203席。主に松竹系作品を中心に上映。その後松竹に経営権が移り「吉祥寺松竹」に改称、末期は「吉祥寺ピカデリー」となり、2000年5月21日をもって閉館。
閉館後は家電量販店ラオックス」吉祥寺店のAV機器売場となったが、その後同店も規模縮小によりAV機器売場を閉鎖、2008年12月31日をもって閉店した。跡地はライブハウス吉祥寺CLUB SEATA」となっている。
光が丘テアトル西友
東京都練馬区光が丘IMA内、光が丘西武(現:LIVIN光が丘店)3階。
1987年4月「緑の光線」でオープン。2スクリーン(165席、121席、計286席)。光が丘団地ショッピングセンター内という立地からファミリー向け作品の上映が目立ち、人気作品の上映時には小学生が学校帰りにランドセルのまま来館する風景が見られた。また1988年のクリスマスに同年夏作品の『ぼくらの七日間戦争』の特別上映を実施(スクリーンは同ビル4FのIMAホール)し、光が丘在住の菅原浩志監督をはじめ、主演の宮沢りえ菊池健一郎が舞台挨拶を行うなど、イベント企画も開催されていた。2000年4月に閉館。
テアトル東京
東京都中央区銀座。
1955年11月3日に『七年目の浮気』の上映でオープン。シネラマや70mmの大画面に対応した映画館として、『ベン・ハー』『西部開拓史』『2001年宇宙の旅』『未知との遭遇』などのヒット作や大作を上映していたが、1981年10月31日天国の門』の上映を最後に閉館。跡地に銀座テアトルビルが建設された。
テアトル銀座
東京都中央区銀座。テアトル東京に併設。
テアトル渋谷
東京都渋谷区。しぶや百軒店。1947年12月開館の映画館、定員座席数771。戦前から営業していた「渋谷キネマ」の施設を利用していた(閉館時期不明)。
テアトルハイツ
東京都渋谷区。1950年11月開館の映画館。定員座席数705。テアトル渋谷の筋向の現在の渋谷区道玄坂2丁目18番地付近で営業していた(閉館時期不明)。
テアトルSS
東京都渋谷区。1951年12月開館の映画館。定員座席数281。テアトル渋谷、テアトルハイツに面する場所で営業していた(閉館時期不明)。
渋谷大映劇場
東京都渋谷区。1953年11月開館の映画館。大映封切館。文化村通り沿い、現在の渋谷区宇田川町28番地付近で営業していた(閉館時期不明)。

商業施設「PAT」

生鮮食料品を中心とした生活密着型モール。両店とも1998年に開店、2013年4月に閉店。

製作・配給に関わった映画作品

不動産関連事業

子会社の有限会社アイザックを通じて、レジャーホテルの運営も行っていたが、2016年1月10日をもって営業を終了。レジャーホテル事業から撤退した[24]

ホテル西洋銀座
1987年にセゾングループによって開業され、子会社(エイチ・エス・ジー)が運営。同じ建物に本社およびル テアトル銀座 by PARCOが入居していた。
2013年5月に営業終了、同年11月20日に子会社の特別清算開始[25]
跡地の建物はコナミの関連会社が取得。グループの拠点として、当初は改装のうえで活用する計画だったが、建替えへ変更されたのに伴い解体された[26]
池袋ホテルテアトル
映画館・テアトルダイヤと同じ池袋ビルの高層部にあるビジネスホテル。前述のとおり2011年5月31日の宿泊分をもって閉館した[27]

飲食店関連事業

2013年までキャバレーを運営していたが撤退。東京都心部でレストランや「西洋銀座」名称の中食・を数店舗出店しているほか、子会社の札幌開発により「串鳥」などの居酒屋を展開している。

参考文献

脚注

注釈

  1. ^ 2011年まではメディアボックスとの共同配給。かつては、松竹富士が配給を担当していたが1999年8月末で解散し配給を同社に移管。
  2. ^ 1993年版は松竹富士、2006年版は角川映画が配給を担当。

出典

  1. ^ a b c 『セゾンの挫折と再生 Series SAISON 2』p.211
  2. ^ a b 『セゾンの挫折と再生 Series SAISON 2』p.212
  3. ^ 『セゾンの挫折と再生 Series SAISON 2』p.214
  4. ^ 『セゾンの挫折と再生 Series SAISON 2』p.213 - 214
  5. ^ a b c d e f g h i 「沿革」『東京テアトル株式会社 S1005BK2:有価証券報告書 ‐ 第99期』
  6. ^ a b c 調布唯一の映画館「パルコ調布キネマ」閉館へ-23年の歴史に幕 調布経済新聞、2011年6月7日、2019年11月1日閲覧。
  7. ^ “国内唯一の大型キャバレー「札幌クラブハイツ」、43年の歴史に幕”. 札幌経済新聞. (2013年1月10日). https://sapporo.keizai.biz/headline/1572/ 2017年3月9日閲覧。 
  8. ^ 東京宝塚劇場社長 吉岡重三郞『非常時財界の首脳』 (武田経済研究所, 1938)
  9. ^ 『長谷川如是閑: 人。時代。思想と著作目錄』中央大学, 1985、p50
  10. ^ a b c 創立70周年記念作品のご案内東京テアトル『テアトル通信』、2015年4月1日~2015年9月30日
  11. ^ 『朝日新聞社史: 大正・昭和戦前編』朝日新聞社, 1990、p50
  12. ^ 家政婦が実の娘に勝った!資産家夫人の遺産3000万円を巡る「わが抗争」週刊現代、2016.2.9
  13. ^ 『ダイヤモンド会社職員録』ダイヤモンド社, 1951、p474
  14. ^ ときの輝き池田市『広報いけだ』 2020年10月号
  15. ^ 調布の新たなランドマーク「トリエ京王調布」開業 キャンドルナイトや謎解き企画も 調布経済新聞、2017年9月29日、2019年11月1日閲覧。
  16. ^ 映画のまちに映画館。「イオンシネマ シアタス調布」が9月29日オープン Impress AV Watch、2017年9月27日、2019年11月1日閲覧。
  17. ^ サンシャイン60通りの新たな商業施設「(仮称)池袋Sプロジェクト」の施設名称を「池袋グローブ」に決定”. 三井不動産 (2014年1月9日). 2015年3月29日閲覧。
  18. ^ a b 「シネセゾン渋谷」閉館へ-26年の歴史に幕、ミニシアター閉館続く シブヤ経済新聞、2011年1月6日。
  19. ^ a b シネセゾン渋谷が閉館!25年の歴史に幕! シネマトゥデイ、2011年1月6日。
  20. ^ 休館相次ぐミニシアターは、本当に存亡の危機なのか?”. 日経トレンディネット (2011年2月10日). 2015年10月16日閲覧。
  21. ^ 道玄坂の映画館「渋谷ピカデリー」閉館へ-23年の歴史に幕”. シブヤ経済新聞 (2009年1月16日). 2015年10月16日閲覧。
  22. ^ 「リヴィン水戸店が閉店 中心街空洞化に拍車も」日本経済新聞、2009年4月1日。
  23. ^ a b 『映画館のある風景 昭和30年代盛り場風土記・関東編』 キネマ旬報社、2010年
  24. ^ 「事業の内容」『東京テアトル株式会社 有価証券報告書 ‐ 第100期』
  25. ^ 「ホテル西洋 銀座」運営、東京テアトル連結子会社 株式会社エイチ・エス・ジー 特別清算開始決定受ける 負債19億2500万円”. 帝国データバンク (2013年12月4日). 2013年12月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年3月29日閲覧。
  26. ^ 「銀座の誇り」別れの時 「ホテル西洋」きょうから解体”. 東京新聞 (2014年8月25日). 2014年8月27日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年3月29日閲覧。
  27. ^ 池袋ホテルテアトルインターネットアーカイブ

関連項目

外部リンク


 

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