「高山植物」と聞いたときに多くの登山者が思い浮かべるのは、群生でお花畑を構成する、シナノキンバイ、ハクサンイチゲ、チングルマあたりがメジャーどころではないでしょうか。
一方「高山植物の女王」と言われれば
誰もが「コマクサ」と答えることでしょう。
コマクサ (駒草)(ケシ科コマクサ属)
(学名:Dicentra peregrina)
それほど今やメジャーな存在となり、実物も意外と多くのところで眼にするようになって多くの人が知っています。
生育地の保護が進み、登山者のマナーも向上した成果もありますが、各地の山岳観光地などで山野草園として植栽されていることが多くなったせいもあります。
コマクサ平の見事なひと株(大雪・7月)
しかし、日本で天然自然の生育地の山は全国でも20座程度と言われているようで、やはりたいへん貴重な植物ではあります。
南アルプスや中央アルプスでは、すでに野生絶滅と考えられ、木曽駒ケ岳や宝剣岳で見られるものは山小屋や営林署で増殖させたものです。
白山や北海道の樽前山などでは、明らかに人為的に園芸種を撒かれたものが生えているということで本来の生態系保全のために除去作業が行われているほどです。
いくら美しいと言っても天然自生の生育地と園芸とはしっかり分けなければなりませんね。
コマクサの生育地が名所となっている山は中部以北のあちこちにあります。
さて、これらの生育地の山名を見て、
何か傾向にお気づきになりましたか?
8月末というのにまだ頑張って咲いてる(北八ヶ岳 根石岳 8月)
そう、
北アルプス主脈以外、みんな火山なんです。
コマクサが一番好む地面は、火山礫みたいなザレっぽい細かい礫地帯のようです。
火山でないところでも燕岳や烏帽子岳では風化花崗岩の砂礫地に、白馬や蓮華岳などの主稜線でも風衝地の風化礫地に生えています。
火山岩の間の僅かな砂礫地に点々と生育(大雪山 7月)
コマクサが「高山植物の女王」といわれるのは、単にその美しさだけでなく、他の植物と群れない希少性に人は気品や気高さを感じるのでしょう。
火山性の礫地に生える(湯の丸高原 6月)
しかし、コマクサは何故こんな砂礫のような厳しい環境を好んで生えるのでしょう。
人はそこに他に比類ない強さや逞しさを感じ、勝手に「女王」などと称するわけですが、コマクサが不毛の地面に生えるのは、実はある意味その「弱さ」ゆえなのかもしれません。
すなわち、多種多様な植物が混生するお花畑や草原では限られた空間の中で、多くの植物が生存をかけて日々競い合い過酷に戦っています。
コマクサはそのような生存競争に勝ち上がることができず、やむを得ず誰も進出してこない不毛の砂礫に生きる道を選んだようなのです。
しかもただの砂礫ではなく、足を踏み入れれば足もとがザラザラと崩れるような不安定な地面です。
浅い根に背の高い植物では土壌のもろさと強い風ですぐ倒れてしまいます。
日当たりのよい高山の稜線の風衝地はあたかも砂漠のような環境で、夏は強烈な紫外線と乾燥、冬は激しい風で積雪さえ飛ばされ凍結状態。
そして常に崩れるような不安定さで栄養分の無い砂礫。
コマクサは苔のように低い姿勢で細かい葉を茂らせ強風に耐え、最大1m以上にも達するという深い根を張り、斜面の砂礫の移動にも耐えています。
水分の極端に少なくなる砂礫地でも、細かく入り組んだ葉に露や霧を自ら蓄え深い根とにより乾燥を凌ぎます。
「高山植物の女王」は、家来も従者もいない孤独な女王なのでした。
山行中に高い稜線で不意にぽつんと見つける小さなコマクサは、大いに心を和ませてくれますが、今まで見た群生地も素晴らしいものでした。
大雪山の赤岳山腹に広がる、その名も「コマクサ平」では、緩やかにうねる台地に日本庭園のように設えられたような広いコマクサ群落が見られます。
庭園のようなコマクサ平(大雪山 7月)
火山礫の斜面ということでは、秋田駒ケ岳の「大焼砂」では広い斜面一面に広がるコマクサの群生地が圧巻です。
ここはコマクサが咲く前の時期には「タカネスミレ」が一斉に咲き、同様の生育地を好む2種が季節で棲み分け共存しているところでもあります。
「大焼砂」斜面の大群落 (秋田駒ケ岳 7月)
北アルプスの稜線などにはなかなか見に行けないという方には、浅間外輪の湯の丸山近くにある「三方ケ峰」に保護地があって、わりあい手軽に群生を見ることができます。
三方ケ峰の群生(湯の丸高原 6月)
コマクサは古くから貴重な薬草として採取され、御嶽山や甲斐駒ケ岳など、それ故に絶滅の危機に瀕したわけですが、アルカロイド類を全草に含み有毒であることは覚えておいてください。
しかし、「蓼食う虫も好きずき」ということか、このコマクサだけを幼虫の食草とする蝶があります。
大雪山や十勝連峰の高所だけに生育する「ウスバキチョウ」です。
特殊な生態だけにこの蝶自体も希少な絶滅危惧種で天然記念物です。
過酷な環境に生き残ったコマクサの希少な生存に乗っかって種の存続を繋いでいるわけで、どのような進化の道を辿ってこんな生存戦略をもつに至ったのか、造化の神の声を聞いてみたいものです。
文・写真 金子圭一
構成 PORTALFIELD編集部