転換期を迎えた七〇歳の支笏洞爺国立公園
羊蹄山避難小屋管理人 近藤英輝
はじめに
1999年(平成11年)、私は、35歳の時から支笏洞爺国立公園管内羊蹄山避難小屋で環境省自然公園指導員、北海道自然保護監視員を兼任し、同時に羊蹄山に隣接する倶知安町・ニセコ町・真狩村・喜茂別町・京極町の五町村で構成する羊蹄山管理保全連絡協議会から山岳指導嘱託職員(羊蹄山管理人)に任命され、今年で21年目のシーズンを迎えた*1。
勤務初年度は当時増加傾向にあった商業登山(いわゆるツアー登山)の遭難事故*2が羊蹄山の山頂付近で発生し、2名の尊い命が失われた大きな事故の救助活動に関わった。その後、この遭難事故は夏山のツアー登山としては日本で最初の民事訴訟となる。新参者の私にとっては鮮烈的な1年目となった。
以降管理人として環境省や北海道、協議会五町村の各機関と交流をもち、同時に国立公園を利用する方々や警察や消防・病院、自然保護団体やガイドの方々など、職業柄あらゆる人たちとつながりをもって来た。
そんな私が21年間お付き合いしている支笏洞爺国立公園が今年で70周年を迎える。
70歳を迎えた支笏洞爺国立公園。その魅力は何か。課題や問題点、展望・目指す未来について公園指導員・自然保護観察視員、管理人としての立ち位置から独自の視点でお話ししたい。
支笏洞爺国立公園の魅力・特色
支笏洞爺国立公園は1949年(昭和24年)に国立公園に指定された。公園面積はは9万9473ha 。公園はカルデラ湖である支笏湖と洞爺湖を中心に樽前山や羊蹄山、有珠山や昭和新山などの活火山からなり、噴火や侵食などの自然現象によりさまざまな地形が形成されている。各地には泉質豊かな温泉、爆裂火口群の地獄谷、侵食地形である苔の洞門など美しい景勝地が点在する。 周囲は大都市である札幌市をはじめ、千歳市や小樽市、苫小牧市や室蘭市といった都市が隣接しているために、公園への交通アクセスが非常に良い。観光客はもちろんのこと、公園の周囲の都市に住む方々が日常的に公園を利用し楽しんでいる。 周辺住民の多くが「日常的に公園を利用している(利用できる) 環境であること。これは支笏洞爺国立公園の大きな特色であり、魅力である。
公園利用のスタイルは人により多彩で、それぞれのスタイルでアウトドアアクティビティを楽しんでいる。
特筆すべきは、世界に類を見ない「極上の雪」を求めて世界中の人たちがこの国立公園を訪れているということである。
今や世界の共通語となった「JAPOW(ジャパウ)」ーJAPAN POWDERの略語ー という言葉はニセコから生まれたとされている。
羊蹄山・ニセコエリアの雪はドライでとても軽い。しかも膨大な降雪量から世界が注目するようになり、ニセコは日本の雪の素晴らしさをいち早く世界に知らしめた。
特に羊蹄山のクレーター(火口)からの大滑降は世界中のスキーヤーから憧れの的となっている。高いガイド料を払って南米のアコンカグアに登り「サミッター」の仲間入りをするように、国際ガイドを雇い入れJAPOWの聖地羊蹄山の大火口を滑るのである。
冬の羊蹄山を抱える支笏洞爺国立公園は世界が注目する日本の雪「JAPOW」の聖地なのである。
支笏洞爺国立公園の課題と取り組み
そもそも国立公園は保護と利用という両極のバランスを考え、保ち、修繕する事業を展開していくのが本来の道筋だが、支笏洞爺国立公園は利用する側が環境保護の側を大きく上回っているのが現状である。
なので、このまま「人と自然のバランス」の不均衡が続くと、公園の美しく豊かな自然環境は損なわれ、利用者にとって魅力的で意味のある場所では無くなってしまい、自然も人も消え絶えてしまうだろう。
問題点としてはオーバーユースがある。利用者の施設やフィールドへの一極集中により環境悪化が進んでいる。
この課題の克服であるが荒廃した箇所の環境整備や人数制限、人数調整、住み分けや周知活動の実施となる。
また、公園利用者で最近特に増加している外国人への対応も必要である。公園内に設置された看板や標識の外国語表示、インターネットなどの外国語表記を行う。
他にはトイレやごみの問題がある。トイレに関してはバイオトイレだけでなく携帯トイレとの併用が望ましい*3。ごみ対策も同様であるが、その対策には使用施設や処理施設の充実も伴う。
いずれの問題も対策には掛かる費用が不可欠で、費用捻出の方法としては入園・入山料や使用料といった形や各関係機関からの捻出など色々と知恵を絞って考えていかねばならない。
このように問題は山積みで対策を取るためには計り知れないエネルギーと決意を要するが、急速に劣化しているこの国立公園を次の世代に受け継ぐためにも行動を起こす時は既にきている。
世界が「注目」する国立公園から、世界が「認める」国立公園にするべく、全員で一歩前へ踏み出そう!
目指す未来「雪の世界遺産」へ
世界に類を見ない極上の雪質とその莫大な降雪量から世界中の人たちがJAPOWを求めてニセコエリアを訪れる現況を考えると豪雪地帯を形成する羊蹄山はその意味でニセコ連峰とセットとして括るのは至極自然なことである(そのニセコ連峰は現在ニセコ積丹小樽海岸国定公園に属している)。
近年、日光国立公園から尾瀬が分かれ、周辺地域を携えて新たに尾瀬国立公園に指定されたように羊蹄山がニセコ連峰など豪雪地帯である周囲の山を従えて、その雪の貴重さから新たな国立公園に指定されるといった将来も興味深いではないか。
世界中の人々が認め、憧れ集う新たな国立公園が誕生したならば、その流れは雪の世界遺産へと向かう。
新たな国立公園が雪の自然遺産へ。
夢は広がる。
*1 今年で21年目のシーズンを迎えた
平成28年度のレポートとして、近藤英輝さんの「羊蹄山避難小屋でのこの1年」がこちらから読めます。
*2 商業登山(いわゆるツアー登山)の遭難事故
「羊蹄山有料登山ツアー凍死事件」と言われ、添乗員が業務上過失致死被告事件の被告人となり、平成16年3月17日札幌地裁において、禁固2年、執行猶予3年の有罪判決が出された。
*3 トイレに関してはバイオトイレだけでなく携帯トイレとの併用が望ましい
羊蹄山避難小屋が改築された際に、北海道で始めての「TSS(土壌処理)方式」のトイレが併設されました。設置後1年稼動後のTSS方式トイレの状況・取り組み・問題点・今後の課題について、近藤英輝さんが現場で見続け感じたことを報告した「羊蹄山のトイレ レポート」がこちらから読めます。
近藤英輝
1963年東京都出身。高等学校教諭退職の後、環境省自然公園指導員、北海道自然保護監視員、羊蹄山管理保全連絡協議会山岳指導嘱託職員(羊蹄山避難小屋管理人)に従事。現在に至る。羊蹄山比羅夫(倶知安・半月湖)コース登山口「蝦夷富士小屋」経営。蝦夷富士自然保護の会代表。ニセコ羊蹄山岳会理事。くっちゃんフットパスウォーキング「羊蹄を楽しみ隊」隊員。
自然公園専門誌「國立公園」とは
「國立公園」は80余年の歴史を持つ本邦唯一の自然公園専門誌。
自然公園の最新ニュースから、調査研究や最新技術の情報、日本各地の自然保護活動や海外の国立公園事情の紹介など自然公園に関する様々な情報を掲載。
平成24年3月まで国立公園協会によって発行されていたが国立公園協会業務終了に伴い、自然公園財団によって発行業務を引き継がれた。
【PORTALFIELD編集部より】
この記事は、PORTALFIELDエキスパートでもある近藤英輝さんのご協力により、環境省関連機関誌「國立公園」に掲載された寄稿文をPORTALFIELDに転載させて頂くことができました。この場を借りて御礼申し上げます。
次回は、この寄稿文に関連する内容について、近藤英輝さんに詳しくお伺いした話を掲載致します。
この記事は、「國立公園」■ 70周年を迎える国立公園(一般財団法人自然公園財団発行 通巻778号 令和元年10月25日印刷・令和元年11月1日発行、ISSN 0466-3934)より、羊蹄山避難小屋管理人の近藤英輝さんの寄稿文「転換期を迎えた七〇歳の支笏洞爺国立公園」を環境省の承諾を得て掲載しています。