1.はじめに
羊蹄山避難小屋は前避難小屋の老朽化に伴い、平成25年10月25日に現在の避難小屋に建て替えられました。その際にトイレも一新され、北海道の山岳地帯では初のTSS土壌処理方式(以下TSS)が採用されました。
羊蹄山避難小屋の施設の概要やTSSのメカニズム、平成26・27年の登山者数及びトイレ利用者数については以前のレポートにもありましたのでここでは主にTSS導入後3年目を迎えた平成28年度のTSSの利用状況や管理状況、また3年目にして見えてきた問題点や利点、最後に今後の課題などを「羊蹄山避難小屋でのこの1年」と題して、TSSを一番近くで見つめてきた私が報告いたします。また、参考までにTSSの図面を以下図1に示します。
2.トイレの利用状況等
羊蹄山管理保全連絡協議会(以下協議会)によると平成28年度の入山者数(倶知安コース)は3653人。その他真狩コースや京極コース、喜茂別コースは現在集計中との事でした。
平成28年度の宿泊者数は協議会の集計で1380人です。ちなみに昨年平成27年度の宿泊者数は1287人です。
平成28年度のトイレ利用状況は避難小屋の宿泊数からみても平成27年度とほぼ変わりないと考えてよいと思います。
3.トイレの管理状況
冬期間はシーズンにつき数回トイレや避難小屋に異常はないかチェックしています。平成28年度は3月と4月に避難小屋までチェックに行って来ました。
管理人が常駐する6月第2週から10月の第2週は、トイレを毎日清掃しています。その他に夏山シーズンに合計3回、環境省北海道地方環境事務所(以下環境省)と点検業者がTSSを検査して点検内容を「点検記録表」に記入し、記録写真を撮っています。
平成28年度は環境省と点検業者の点検が7月6日と8月12日、9月23日に行われました。参考までに7月6日に行われた点検の点検記録表と記録表の詳細を以下に示します。
4.シーズンを通しての報告
昨年平成27年度の厳冬期は、トイレ室内や便器内部が霜でビッシリ覆われていました。原因はトイレ内部から常に発生する水蒸気と思われます。しかし、平成28年度に霜は確認出来ませんでした。その原因として平成28年度は冬期用の扉が破損し、その結果水蒸気が外へ排出された為、霜が発生しなかったものと思われます。
平成28年7月6日、1回目の環境省と点検業者の現地検査が行われました。トイレ室内外で臭気が発生しています。米ぬかを8kg投入(消化槽第1室)しました。消化槽第1室(トイレ便座直下)において生理用品等の異物の混入を確認しました。また、トイレ内部からアンノニア臭が発生。夜間に目が痛くなる程の刺激の日もありました。その他の点検項目に異常はありませんでした。
平成28年8月12日。2回目の環境省と点検業者の検査がありました。前回同様トイレ室内外で臭気発生。ウジ虫の発生が消化槽第1室で確認されました。更に消化槽第1・2室で臭気がありました。生理用品等の流入も前回同様に確認されました。また、屋外マンホール枠周辺に土壌浸食による若干の露出を確認しました(写真5)。その他の点検項目に異常はありませんでした。
平成28年9月23日、3回目の環境省と点検業者の検査がありました。相変わらずトイレ室内外で臭気が発生。米ぬかを消化槽第1室より投入。予備濾過槽から土壌処理装置前点検口にて滞水がありました(ここが詰まると蒸散出来ない)。消化槽第1室に相変わらずの異物の混入(生理用品・ゴミなど)を確認。今回は使用済みの携帯トイレも見つかり可能な限り異物を除去しました(消化槽第1室の異物混入の写真や除去作業の写真は以下の写真1・2・3に示します)。その他の点検項目に異常はありませんでした。
また、点検業者側から悪臭の改善策として毎日トイレに直接水を入れてみてはどうかという提案を頂き、トイレ掃除の際に水の投入(1回につき10~20リットル)を実行しました。
5.シーズンを通して感じた問題点や利点
北海道の高所という不利な環境の中で試みた羊蹄山避難小屋のTSS。一番近い所で見てきた私が正直に感じているところは「概ね機能していたのではないか」というものです。
「臭い」に関してですが、シーズンの途中に点検業者側から「水の投入」を進められ、実行した結果、かなり問題が解決したように思われます。
また、スカム(浮上汚泥)が分解により更に発生してタンク内の表面を覆い尽くせば、臭いの解消に繋がるといった旨点検業者側から聞きましたが、今のところその可能性は低い様に思われます(スカムが表面を覆い尽くしたことが今までに殆どないので)。
屋外マンホール枠周辺の土壌浸食による若干の露出についてですが、そこからの破損でTSSの機能が損なわれる可能性が否めないので、土を盛りなおして消化槽を保護するなどの対策が必要かと思われます。
それからなんといっても登山者によるトイレ内への異物(生理用品・ゴミなど)の投棄問題がTSSに影響を与える最大の要因だと思います。TSSは水分を現地で浄化させる為に多数の配管が必要になります。これらの配管は登山者がトイレ内に投棄する異物(生理用品・ゴミなど)によって詰まってしまうと機能が著しく損なわれます。TSSは「使用者のモラル」があってこそ成り立つシステムであると考えます。
余談ですが、TSS始動後3年目にして見えてきた「これはよかった」と思う事があります。まずトイレの形です。羊蹄山避難小屋のトイレは洋式で独立した形となっています。便座が独立しているので、登山者が便座に登山靴のままで立ちながら用を足し、次の使用者が汚くて使用できないという様なことはなく、清潔を保つ事が出来ました。またトイレが小屋内にある事は管理側が掃除を容易に行える利点や使用者側の心理面からも清潔を保った1つの要因になっていると思われます。
6.最後に(これからの課題など)
北海道で初めての試みとなった山岳地帯での羊蹄避難小屋のTSS。先にも述べましたが、総合的に見ると(経費面や管理面等)、概ね良好であると思います。
TSSを今後機能させていく上で一番大切なこと、それは「使用者(登山者)のトイレに対するモラルの向上」です。ここが解決していけば行くほどTSSの機能の更なる向上に繋がり、未来は明るくなると思います。
臭気の解消方法の1つとして臭気塔の設置も挙げられますが、こちらも今後の課題として検討していく必要があると考えています。
それから「携帯トイレとの併用」についてです。現在登山口から避難小屋までの区間にはトイレは無く、排泄物やティッシュの花がたくさん確認されます。この問題は携帯トイレを使用すれば解決すると思います。携帯トイレの普及にはトイレブースの設置や回収・焼却といった問題を考えなければならず、環境省や地方自治体との理解や連携も必要なので、実現に向けては課題がたくさんありますが、今後検討していく必要性は大いにあると思います。
また、定期的な点検(TSSのチェック)を今まで通り続けていく必要があると思います。
環境省や点検業者、自然保護団体、山の管理人、登山者、これら関わる全ての人たちが今後これらの課題に取り組んでいけば、もっと山は素晴らしくなり、美しくなり、自信を持って次の世代へと受け継ぐ事が出来ると思います。
特筆事項
・ 米ぬか8kg投入 メーカーからの協賛により脱臭剤のサンプル提供
・ 消化槽第1室において生理用品等異物の混入あり
「環境省と点検業者の点検内容の詳細」
◆ トイレ室内外の臭気の確認。
◆ 消化槽第1・2室及び予備ろ過室ではスカム(浮上汚泥)の発生状況や中間水、堆積汚泥状況、水温。
◆ 屋外にある土壌処理装置では上部被覆土壌の陥没や蒸発散を妨げるもの、植物の生育状態
◆ 屋外にある土壌処理装置では上部被覆土壌の陥没や蒸発散を妨げるもの、植物の生育状態。
◆ 貯水槽では水位の状況や透視度の状況や水温。
◆ その他として特記事項
●写真1 消化槽第1室の異物混入状況
●写真2 消化槽第1室の異物混入の除去作業
●写真3 消化槽第1室の異物混入(使用済み携帯トイレ)の除去作業
●写真4 消化槽第2室の状況
●写真5 マンホール周辺の侵食状況
●図1 TSS図面
参考資料提供:環境省北海道地方環境事務所
【PORTALFIELD編集部より】
この記事は、「山のトイレを考える会」に掲載されたものを、PORTALFIELDエキスパートでもある近藤英輝さんの承諾を得て転載しています。
近藤英輝さんは、羊蹄山避難小屋の管理人(羊蹄山管理保全連絡協議会山岳指導嘱託職員)として、2019年で21年目のシーズンを迎えました。
その魅力、課題や問題点、展望・目指す未来については、「転換期を迎えた七〇歳の支笏洞爺国立公園」として、近藤英輝さんが環境省関連機関誌「國立公園」に寄稿した記事でも触れられています。こちらから寄稿文の全文が読めます。