1.はじめに
羊蹄山は築40年以上になる避難小屋の老朽化に伴い道の呼びかけで環境省・羊蹄山管理保全連絡協議会(羊蹄山に隣接する倶知安町・ニセコ町・真狩村・京極町・喜茂別町の5ヶ町村で構成される協議会)・有識者で「羊蹄山避難小屋整備計画」なる議論の場が設けられ、今後の避難小屋のあり方について話し合いがなされました。そして平成25年に新しい避難小屋が完成し同年10月に羊蹄山避難小屋という名称で一般登山者に解放されました。
「羊蹄山避難小屋整備計画」の席では様々なテーマが話し合われ、トイレの問題でもそれぞれの立場で様々な意見が出され議論が行われました。熟慮に熟慮を重ねた結果、北海道で始めての「TSS(土壌処理)方式」のトイレが新避難小屋に併設されました。
こうした経緯で実質1年稼動した羊蹄山避難小屋TSS方式トイレの状況・取り組み・問題点・今後の課題について、現場で見続け感じたことを報告いたします。
2.TSS方式トイレの状況・取り組み
① 土砂の流出
平成26年5月19日に毎年恒例である羊蹄山避難小屋の下見に行きました。下見は6月第2週から管理人の常駐が始まるのを前に小屋に異常がないかを確認したりゴミがあれば回収したり、修繕をしたりするのが目的です。小屋の外部を点検していた際、トイレの水分を蒸散させる為の土砂が流出しているのを確認しました(写真1・写真2)。雪解け水や雨水、風などが原因だと思われます。当日できる応急処置として現場周辺の石で土砂の流出を食い止めてきました。下山後羊蹄山管理保全連絡協議会(倶知安町役場)にこの件を報告し、更に道や環境省にもその旨伝えて頂きました。
② 事前対策
避難小屋の運営を担当する羊蹄山管理保全連絡協議会は小屋の下見の後に総会を開きます。総会を前に私は友人である山のトイレを考える会の平井裕子さんからTSS方式のトイレを運用する 際に重要な事を教えて頂きました。
それは「トイレ利用者の使用済みトイレットペーパーなどの持ち帰り」ということと、「持ち帰りによるメンテナンス(汲み取りなど)や環境面でのメリット」ということでした。 新しい避難小屋が建設されてから道や環境省、協議会からも運用に対するそのような発言はあり ませんでした。しかし平井さんのお心遣いで協議会の総会を前にこの案件を提示する事が出来ました。
総会では使用した紙の持ち帰りの徹底を了承して頂きました。伴って備品として持ち帰りのためのビニール(=マナー袋)をある一定期間用意することも了承されました。こういった経緯を道や環境省へ伝え、それぞれが同意の下、トイレの本格運用を前に受け入れ態勢を整えることが出来ました。
③ 注意喚起・啓発・口頭での呼びかけ
6月13日の小屋開きから羊蹄山は夏山シーズン本番を迎え登山者が続々と入山してきました。すると新しいトイレの使用頻度が一気に上がりました。トイレを適切に機能させるためにも使用した登山者1人1人にきちんと使用して頂かなくてはなりません。目的達成のためにトイレ内部 に注意喚起の掲示を日本語と英語で行いました(写真3)。使用後は蓋を必ず閉めることや使用した紙やサニタリー用品持ち帰りの徹底などをアナウンスしました。
更に登山者1人1人に山のトイレの現状を知っていただく為に山のトイレを考える会の資料をトイレの外ドアや小屋の内部に貼らせて頂きました(写真4・写真5)。
④ マナー袋を入れる木箱を製作
トイレ中にトイレットペーパーを使用したりマナー袋を利用する際に、作業し易い様に棚やマナ ー袋入れを作成しました(写真3)。
⑤ 臭い
気温が高くなる時期になると夜間トイレ室内に悪臭が充満してしまいました。時々窓を開けて空気を入れ替えたり日中トイレを頻繁に使用したり(ドアの開閉が結果的に換気を助ける)すると悪臭が気にならないのですが、夜間は目が刺激されるほどの強いアンモニア臭に多くの利用者が悩まされ対策が必要かと思われます。
⑥ 虫
気温が上がる夏の時期に入るとトイレにハエがたくさん出現してしまいました。トイレの内外から凄い数のハエが頻繁に飛び交っていてとても不衛生でした。
⑦ 登山者のモラル
登山者によっては注意書きやマナー袋が置いてあるにも関わらずトイレットペーパーやサニタリ ー用品・ビニール袋などをトイレ内に捨てていってしまう人が少なからずいました。 虫がトイレの中から飛んでくるのを嫌がって大量の紙で蓋のようにして覆ってから用を足す人も いました。またトイレを使用中に俗に言う「おつり」がきてしまいその後慌てて大量の紙でトイレを覆いお釣りがこない様にしたというケースもありました。 トイレに捨てられた紙などは掃除の時など可能なものは回収しています。
3.成果・問題点など
① 土砂の流出
土砂の流出に関してはトイレの機能に影響が出るかどうか専門家による定期的な調査が必要かと思います。その後土砂の流出に対する具体的な対策やリアクションはありません。
②事前対策
この様な情報が事前になかったらトイレの運用は後手後手になり、TSSの機能を損ね環境の悪化を招いていたかもしれません。
③ 注意喚起・啓発・口頭での呼びかけ
山では紙の持ち帰り認識のない登山者が大半でした。そのため注意喚起や啓発・口頭での呼びかけは非常に効果があったと思います。
またトイレを取り巻く山の環境の現実を知ってもらうことで多くの登山者の環境意識が高まっていくのを肌で感じました。こういった日々の積み重ねが非常に重要なことだと感じました。
④ マナー袋を入れる木箱を製作
作業し易くすることで紙などをトイレに捨てる頻度を下げる効果がありました。
⑤ 臭い
山のトイレを考える会の方々が小屋に視察に来られた際にトイレ内の小窓に網戸の取り付けのアドバイスを頂きました。下山後協議会及び道や環境省にその旨伝えましたが、その後の対策やリアクションはありません。
⑥ 虫
トイレ内の小窓に網戸を設置すればある程度ハエの進入に予防効果があると思われ、協議会及び 道や環境省にその旨伝えました。その後の対策やリアクションはありません。
⑦ 登山者のモラル
1年間を通して見ると以前のトイレの状況とは異なりかなりの割合で紙などの自主回収がなされたように思われました。今後は登山者1人1人の更なる意識の向上が必要かと思います。 「おつり」に関しては登山者のモラルだけではなくて構造上の問題も含まれるかもしれません。 専門家の方々の対策が必要かと思われます。
4.今後の課題
TSS方式のトイレについては施工業者の瀬尾建設さんから簡単な説明はあったものの詳しい説明は殆ど受けていないので適切に運用する為にも現場に充分な説明が必要だと感じました。
また長いスパンでのトイレ機能のチェックについては専門家による定期的な検査が不可欠であると思いました。
また配管の詰まりや便層の汲み取りといった今後ありえる事態に対応出来るように事前に対策を整えておかなければならないと感じました。
更にアクシデントによってトイレの使用が不可能になった場合に備え、各登山者が携帯トイレを持参することも必要であると思いました。伴ってトイレブースや回収BOX・携帯トイレの販売や提供・処理方法等、山や麓のインフラ整備も必要になると思いました。
羊蹄山避難小屋は環境省が管轄し北海道が管理をし、羊蹄山に隣接している5ヶ町村で構成される協議会が運営をするという立ち位置になっていますが、その関係がいまひとつスムーズに機能してないように思われます。所々の理由があると思われますが、結果的に連絡や対応が遅くなっているようならば改善が必要だと思います。迅速に対応できるように連絡網を整え、自然保護団体などのアドバイスも頂きながら「官民が一体となって迅速に問題に取り組む事」が大切であると思います。
5.終わりに
私は避難小屋の管理人として16年間羊蹄山に関わってきました。その間「山のトイレを考える 会」の方々には長年たくさんのご尽力を頂戴してきました。
この場をかりてお礼申し上げます。
羊蹄山のトイレを取り巻く環境は様々な立場の皆様のお力添えで改善傾向にあります。今後は新しいシステムとなったトイレがきちんと稼動していくようにみんなで一丸となって努力していかなければなりません。
私達登山者の心の中には「山が大好き」「山を愛している」という気持ちが必ずあるはずです。 美しい山・素晴らしい自然を次の世代に受け継ぐ事が出来たならこんなにステキなことはありま せん。
このレポートが山のトイレの環境保全に多少なりとも役立つことが出来たなら幸いです。
【PORTALFIELD編集部より】
この記事は、「山のトイレを考える会」に掲載されたものを、PORTALFIELDエキスパートでもある近藤英輝さんの承諾を得て転載しています。
トイレやごみの問題については、「転換期を迎えた七〇歳の支笏洞爺国立公園」として、近藤英輝さんが環境省関連機関誌「國立公園」に寄稿した記事でも触れられています。こちらから寄稿文の全文が読めます。